戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE11 赤、紅、緋

 

 

 

 

 先日までとは打って変わり、お昼頃から曇った空模様にぽつりぽつりと雨が降り出し、段々と雨脚が強まってきた夜飯時、風鳴弦十郎はいつも通りの赤いシャツを着て、ひとり傘を差しながらとある建物を目指して歩を進めていた。

 長野県皆神山の事件から1週間以上経ち、この間のノイズ襲撃の際に現れた謎の少女の行方を捜し始めることにして丸三日、二課本部においてこちらの追跡に関しては何も進展はしていなかった。総出で休暇を取っているので事態が進展するも無いはずであるが、どちらかと言えば残ったメンバーで監視業務や翼の治療、及び桜井了子を中心に謎粒子の研究を少しずつ進めているためでもあった。

 

 本来ならば今日は休みであったはずの弦十郎は趣味の映画鑑賞をする事もなく、鍛錬をするでもなく、コンビニのレジ袋片手に、自宅とも二課本部とも違う所を目指して歩いていく。

 

 ……これ以上の豪雨になる前に帰れれば良いのだが。

 

 元公安である弦十郎独自の情報網を駆使してようやく得た別経路からの情報で、謎の少女は誰も住んでいない解体作業前の12階建てマンションの一室に身を潜めているとわかった。ロスト地点からそう離れてはいない。

 この辺り一帯はマンションなどの集合住宅地や住宅地に囲まれてる所だ。

 

 

 きっと高い所から遠くを眺めると海側には近未来的で、より前衛的な形をした大きなライブ会場が見えることだろう。

 

 

 本来なら弦十郎自身が依頼するところなのだろうが弦十郎自身も限界点に達しようとしていたところだったため大事を取って休養に専念することにした。代理として緒川にこの件を頼み込み、この一帯の地域を調べてもらったおかげで功を奏した。昨夜連絡を受けた弦十郎は、ようやく一息つく。

 

 

 よって、風鳴弦十郎はエネルギー満タン状態である。

 

 

 さて、言い方は悪いが重要参考人たる少女を確実に連行させるためには団体様でその場に行った方が良いのは明白なのだか、弦十郎はそうせず、休暇と言うのを良いことに、彼の腹心である緒川慎次すらも同行させず、緒川以外の誰にもその事を教えないで単独で行動していた。

 

 

 そうした理由はなんだっただろうか。

 

 

 歩く道中考えて思いついたのは、一人だけで彼女の話を聞いてみたいということか。先日モニター越しではあったが、その姿を見たところ、謎のシンフォギアを持つ少女は、どこか疲弊し、悲嘆し、そして絶望していたようになんとなく感じられたのだ。それがどうにも他人事として放っておくことが出来ない自分の性分にどこか引っかかったのだろう、そう思い立ったら直ぐに行動していた。

 

 彼女を救いたい、少しでも助けになりたいなんていう傲慢なことを思ってしまったのだろう。三年ほど昔にバル・ベルデ共和国で行方不明となってしまった女の子の捜索がずっと暗礁に乗り上げてしまっている案件を弦十郎はかかえている。現在も行方不明の女の子を救うことが出来ていないという悔しい気持ちが弦十郎の胸のうちで燻っており、そのことを無意識のうちに重ねてしまったのか、この案件における弦十郎の気持ちは強くなっていた。

 

 だか、それを度外視しても未知のシンフォギアについての話を聞かなければならないこともあるので、本来の目的は後者だろう。

 

 前者は、出来ることならば、という前受けがつく。本音と建前を使い分けてしまうそういう所が悪い意味で大人だと思い、「俺も素直じゃないな……」と呟きつつ弦十郎はレジ袋を持つ手で頭を掻いた。

 

 

 コンクリートで出来た階段を上り12階建てのマンションの最上階に着く。エレベーターは動いていないので地味に上るのに時間がかかったが、要らぬ警戒をさせないために静かに上っていく。

 廃墟同然なのでセキュリティーはないに等しい。だからこそ少女はこの部屋の中に入ることが出来たと言うものだ。

 

 早く解体するよう、後で要求しようという考えを頭の片隅に追いやり、カチャリと音を立てて玄関のドアを開いてそのままリビングへと向かう。玄関には普通ならあるであろう靴が一足も無かったことから弦十郎も靴を履いたまま部屋に上がる。土足とかは気にする必要もないだろう。

 

 外は強い雨のせいで絨毯もカーテンも冷気を遮断するものが何一つないこの部屋は入った瞬間に肌寒いと感じた。こんなところに長時間いたら風邪をひいて仕舞いかねない。

 もちろん電気など点いているわけもなく、部屋の中に明かりというものは、僅かに差し込んできた外の街灯の明かりのみ。とても心許ない。

 視界が悪く薄暗いが、それでも確かに見えてくるものはある。

 

 

 情報はやはり正しかった。

 

 

 探していた目的の少女は、六畳一間の畳造りの部屋の隅にひとりポツンと壁を背にして膝を抱えて顔を埋めている。その明るい茶色の髪の毛は草臥れていて、本来あるであろう艶や輝きは無く、鈍色に所々薄汚れている跡も見える。

 寝ているわけではないだろう、だが、何かを考え込んでいるのだろうか、聞き取るのも難しい小さな声でブツブツと呟いており、こちらの存在には気づきすらしていない。 

 ドアを開ける音、またそれなりの足音もあったはずなのだが。 

 

 部屋中に充満するじめっとした重い空気に弦十郎は口に出すことなく内心で溜め息を吐き、それから少女に向けて声をかける。

 

 

 「少し、話を訊かせてもらってもいいかな?」

 

 

 文言だけ見れば新手のナンパにも聞こえなくはない言葉、だかしかし、雰囲気が雰囲気だけに決してそんな感じをさせない。

 俯いていた少女はその言葉を耳にしてようやく弦十郎の存在に気付いた。

 

 だかその眼はまるで死んだ魚のように濁り、何もかもに絶望している、虚ろで諦めた眼をしていた。

 そして普通そこにはあっておかしくない警戒感は無く、どうでもいい、どうなってもいいという感じが見受けられた。

 

 少女は弦十郎を一瞥した後、また膝に顔を埋めて俯く、一言も無く。

 

 

 「……ふぅ」

 

 

 弦十郎はそんな様子の少女に肩を竦め、隠すのも大変だった溜め息を吐いた。立っているのも何かと思い至り、その場に腰を下ろす。そこで手に持っていたものを思い出して、ガサゴソと袋の中から一つあんパンを取り出す。

 

 

 「こいつは見舞い品だ、腹減ってないか?」

 

 

 これまで一方的にしか喋ってないので、そろそろ反応が欲しい頃。

 弦十郎は人間の三大欲求の一つを引き合いに出して話しかける。目の前の少女はいかにも十分な食事は摂れてないと見越してのことだ。ほっそりとした様な、或いはげっそりとした様な頬や体つきを見ればわかる。

 

 

 果たして魚はかけた餌にかかってくれるだろうか…?

 

 

 

 すると少女は顔を上げて弦十郎を見るが、直ぐに目線を床に落とす。

 

 

 「……いい、です……」

 

 「…ん?」

 

 「……お腹は空いていても、何だか食べたくないんです」

 

 

 残念ながらはずれてしまったようだ。

 

 だか、初めて少女から言葉を引き出すことには成功した。このまま話が続けばいいがと思い、そのまま沈黙して続きを待つ。しかし、少女はそのまま喋ることはなかった。

 仕方ないのでもう一度仕切り直し。

 

 

 「どうしてここに来たとは、訊かないのだな」

 

 「……予想はしていました。なんとなく。私の持つものを考えれば、何となくじゃなくても、考え付きます」

 

 

 そういう考えに行き着くこと自体、風鳴弦十郎が指揮を務める特異災害対策機動部二課の存在を知っている事の裏付けになるのだが……。だがその事にも後々言及して行こうとしていたので後回しにする。

 弦十郎はここであんぱんを食べてしまおうかと思ったが、少女の状態を見てしまっては食べようとするのをやめにし、袋に戻す。

 レジ袋は畳の上に無造作に置く。

 

 

 「そうか…。改めて、話しを訊かせて貰えないだろうか?……君は一体何処の誰で、そして何故シンフォギアを持っているんだ?……そもそも、君が持っているそれはシンフォギアなのか……?」

 

 

 弦十郎のその言葉に対して初めて少女はビクッと反応をした。少し震えているようにも見えるその反応の訳は何だろうか、少しだけ怪訝に眉を顰めた弦十郎には分からなかったが少女は長い沈黙の後、言の葉を紡ぐ。

 

 

 「……それについては、まだ話せません……」

 

 「…そうか、それならば仕方あるまい」

 

 

 泣いている時のようにあわあわとした震えた声で喋る少女。しかし涙を拭く動作は無く洟をすする音は聞こえてこない。

 

 暗部の世界では身元を隠すのは常套手段、もとい当然のことで、事情聴取をしてもむしろ素直に喋ることの方が少ない。元からこの質問にはあまりアテにしてなかったのでそこまで思うところはない。身元が不明である事には変わりはないが、ここまで来てすら些かの警戒心も感じられない。もし何処かの組織に所属しているならば、若しくは仲間ではないと判断したならば、弦十郎が来た段階で攻撃態勢や逃走態勢には入るだろう。それが無いと言うことはつまり本当に仲間とする者も、行く宛すらも無いのだろう。

 

 弦十郎はこのような短い時間で状況整理をして推測を始める。

 

 

 「どうして、逃げようとはしない?」

 

 「……逃げたところで私ではすぐ捕まるのがオチです。それに、……最初はS.O.N.G.……、いえ、二課とコンタクトを取ろうとしていたくらいですし。……でも、それは途中から意味が無くなっちゃったんですけどね……」

 

 

 我々と接触を図ろうとしていた……?

 しかし、もう意味は無いというのはどういうことだろうか。

 

 ところどころボソボソと喋っていたり、声が震えていて多少聞き取りにくい所もあるが、それでも少女はちゃんと話をしてくれている。

 きっと今は分からなくとも、その内向こうから話してくれるようになるのではないか、そう期待を胸に、話を続ける弦十郎。

 

 

 「どこで二課の事を知った?それに俺の事も知っているそぶりだか」

 

 「……ごめんなさい、それも、言えません」

 

 

 

 言える事と言えない事の違いは一体何か?シンフォギアの事と言い、この少女は余りに謎が多過ぎる。だが、少女の心身状態が良くない以上、此処ではこれ以上の情報を聞き出すのも難しい。

 新鮮な空気を求め、少女に聞こえぬように肺に溜まった空気を吐き、そして静かに深呼吸する。

 

 

 シンフォギア、と言えば……。

 

 

 「……では、話を変えようか。シンフォギアを手に入れた過程や理由はどうあれ、君はシンフォギアを扱う事が出来る適合者だ。戦姫が歌を歌うことでノイズを倒すことが出来る唯一無二のその力を扱うことが出来る。

 

 であるならば、君はおおよそシンフォギアがどんな存在であるか、またどんな意義があって作られたかについてのことは知っているだろう。……もし、君の気持ち次第ではあるが、我々と共に人類を守るために協力してはくれないだろうか……?もちろん無償でとは言わん、世俗から離れ、苦しく辛い戦士としての道を歩むことになるからな。

 

 可能な限りの要望・要求は飲むし、衣食住、金銭面といった現実的な部分も我々で保障をつける。……どうだろうか……?」

 

 

 長々と少女を勧誘するための口上を述べる。

 今更自分の事を紹介することも無いだろうと思い、そこは省く。だが問題はそこでは無い。少女の反応が思わしくなく、またしても体育座りの状態で俯いてしまったことであった。

 

 再び長い沈黙が場を支配する。一分か、五分か、十分か、それともほんの少しの時間だけか、それともそれ以上の長い時間が経ったのか。

 少女の返答を待つ弦十郎、そしてやっと顔を上げてくれたが、しかし長い時間かかってようやく出てきた言葉はそれに対する答えではなかった。

 

 

 

 

 「……もう、何が何だか分からなくなっちゃったんです。頭の中はグチャグチャで、全くもって整理もつかない。あれこれ考えてもやっぱりどうしていいか分からないんです」

 

 

 

 何の脈絡も繋がりも無い言葉だったがこの少女にとってはきっと大事な言葉だった。精神状態が良いとは言えない状態で必死に考えた末の事だろう、問答の結果が芳しくないことに腹をたてるほど子供ではない弦十郎はそのまま話を続けさせようと無言でもってそれを促す。

 

 

 

 「……私はこれまでノイズと戦ってきました。何回も何十回も、数えられないくらいに戦ってきました」

 

 

 

 モニター越しに見ていてはいたが、戦っていた彼女はどこか手慣れているように思えたので、きっとノイズに関してもそうなのではないかと予想はついた。少女の話はまだまだ続く。

 

 

 

 「……それこそ困っている人やノイズの危機にある人たちを助けてたくて、人助けをしていたんです。ある時、戦争が起きました」

 

 

 

 少女の口から出た言葉、それは信じがたいものであった。

 

 戦争。

 

 それは幾度となく人間たちが繰り返してきたことだ。 

 

 ……予想してた以上に事は深刻のようだ。これが、苦笑を浮かべて話すならば笑い話として流すことが出来て救いはまだあったのかもしれない。だか、少女の顔には一切の感情はなく、話す声にも覇気は感じられない。

 

 

 

 「人と人とが争い、多過ぎる人が亡くなってしまった戦争で、私が助けた人たちに私は、お前らが戦争の元凶だ、って言われて責め立てられて、私の親友はそんな戦争で人に殺されてしまったんです……」

 

 

 

 弦十郎の記憶が確かならば、()()()()()()()()()そんな戦争など起きてはいない。しかし、目の前の少女が嘘を言っている様には思えない重みある確かな響きがその声音にはある。

 もしかしたら海外でノイズ退治や人助けをしていたのか、そんなことが頭をよぎる。

 虚言癖や妄想癖の線も考えたが、それならばいつまでも本気でここまで落ち込んで行くかと考えれば、弦十郎の経験上そうではない可能性の方が高いと推測。

 

 

 だが、その線で考えて行ったとしても、『どうして彼女がシンフォギアなんていう異端技術の結晶を持っているのか』という問いには答えることが出来ない。

 

 

 どうやらこの案件は、相当にワケありらしい。自身が聖遺物なんていうオカルトなものと真剣に関わっていることからこそ、今回の事も看過できないものであると。

 弦十郎はそう結論づける。

 

 

 どうしたものか、と少しだけ思考の海に意識を沈める弦十郎。

 

 

 

 「……理不尽に命を狙われて、助けたはずの人たちにも裏切られて、大切なものも奪われて、気がついたら帰るところも居場所もなくなって、今まで信じていたはずの正義も疑うようになってしまって……、ノイズに飲み込まれそうになっている人を前にも、そういう事が頭をちらついてきて……、私は、わたしは、一体何のために、戦っていたのか、それさえも…………」

 

 

 

 段々と拙い言葉使いになって来ているが、その声は震えていて、尚且つ怯えもどこかにあった。

 何に震え怯えていたか大凡の察しは着くが本当のところは彼女にしか分からないだろう。

 

 再び沈黙が場を支配する。

 少女は頭の中を整理するかのように独白を続ける。 

 

 

 

 「……私って、きっと呪われてるんですよ…… 。私も、私の周りも、不幸なことがよく起きるんです。まるで、疫病神みたい、ですね……」

 

 

 

 そして、乾いた笑いをこぼす少女、だが弦十郎はそれに対してとても笑うことなんてできなかった。

 それから少女はまたまた塞ぎ込んで自分の世界に入ってしまった。弦十郎すらも聞き取るのが難しいくらい小さい声で呟いている。

 

 

 

 

 「……私だけじゃない、人間が、人類がもう、呪われてるんだよ…。きっと、そうだよ。そうじゃないと、何で、こんなにも争わなきゃいけないの……。何で、私から大事なものばっかり奪っていくの……?何で、私ばっかり、こんな……、何で……?ねぇ、何でなの……?何で私ばっかり傷つくの………?……もう、どれもこれも全部、私が呪われているから……。きっとそうだ、私が全部、ぜんぶ、ゼンブ悪いんだ………、私が悪いから私が傷つくんだ……。でも、そんなのっておかしいよ……。ううん、それだけじゃないよ……、私だけじゃなくて人類が呪われているから………、人類が呪われているから争いが無くならないんだ……。人類が、呪われているのは、バラルの呪詛の所為、だか……ら……、…………バラ、ルの、呪、詛…………?」

 

 

 

 

 ふと、少女は自ら発した言葉に引っかかりを覚えた。

 様子の変わった少女に気づいた弦十郎は意識を向け直す。

 

 

 そして、少女はおもむろに立ち上がり、その虚ろな瞳を雨は止んだがまだまだ曇天模様の空へと向け、フラフラと幽鬼のように歩いて窓に近づいていく。

 

 厚かった雲は雨を落とした後だからか、少しずつ薄くなっている。

 時折雲間から月光が覗くものの、点々と夜道を照らす街灯だけが頼りな今夜。

 

 

 ――彼女は一体何を見ているのか。

 

 

 何一つ話の読めない弦十郎にはその行動の意味を理解できなかった、この時は。

 

 

 弦十郎のことはすっかり忘れたかのように視界に映さず、その隣を通り過ぎてガラガラと窓と網戸を開けてベランダへと出た少女。

 

 空を見上げ、手を伸ばした。

 伸ばした手は細かく震えていて、何かを躊躇っているかのようで、掌を開くだけで掴もうとはしていない。

 掌の隙間からは同じく雲の隙間に覗いた月の光が差し込んでいる。月全体は見えていない。

 

 

 手を伸ばすこと十数秒。

 

 

 やがて月明かりは動きの速い雲に覆われて無くなり、少女は手を下ろす。震えは止まっていた。

 逡巡の後、彼女は前を向いたままボソッと呟く。それは確かに弦十郎にも聞こえる声であった。

 

 

 そしてその言葉は、どう考えても支離滅裂で、耳を疑う一言だった。

 

 

 

 

 「月を壊せば、人類の呪いは解ける……。私の力を全部使えばきっと……」

 

 

 

 

 「……月を、壊すだとッ?……君は、一体何を言っているんだ?」

 

 

 弦十郎は立ち上がり思わず声を張る。

 

 その声で思い出したように少女は振り向く。雨の上がった空、今度の天気は冷気を少々感じさせる風が吹くものとなった。マンションとマンションの間の隙間を抜けて強めに吹きつける横風は、ベランダにいる少女の髪の毛を少し乱暴に揺らす。しかし女性にしてはやや短めな髪の毛が幸いして、再び雲間から顔を覗かせた月明かりによって彼女の顔は良く見えた、のだが……。

 

 

 

 

 よく見えるようになったその表情は不気味に引きつった笑みを浮かべ、同時に見開かれたその"()()()()"は悲哀に満ち溢れていた。

 

 それは、空想上の存在である()()()を連想させるには十分なものだった。

 

 

 

 

 額に冷や汗をかき、ほんの少し肌が粟立つ弦十郎。

 

 

 

 

 「……師匠、知っていますか?人類って、呪われてるんですよ……。人間が仲良くできなくて、どこか争うように出来ているのはその呪いの所為なんです。お互いがお互いと、手と手を繋いで仲良くするようにするには、その呪いを解かなきゃいけない」

 

 

 あまりの唐突さに唖然とする。

 しかしそんな弦十郎を他所に少女はまたふり返り、空を見上げて話を続ける。

 

 

 「……それがあるところ、呪いの原因は、『月』です。だから、月を壊せば呪われてる人類は呪いから解き放たれるんです」

 

 

 理論的とは到底言えない理論を語る彼女は、弦十郎から見るとどこか危うく、狂気じみたものを感じられる。 

 

 

 それっきり話をやめて、少女はベランダの手すりにつかまってその上に登る。

 一瞬ヒヤヒヤした弦十郎、しかし少女は驚異のバランスをもって直立していた。

 

 

 が、しかし。

 

 

 

 次の瞬間、両手を広げた少女の身体は前へと倒れる。

 

 

 「なッ!?」

 

 

 弦十郎はすぐさま駆け出し背中を追った。

 自由落下で少女は頭から地面へと落下する姿がマンション12階のベランダで見下ろす弦十郎からは見えた。

 

 

 

 ――その耳に、歌が聞こえる。

 

 

 

 

 

『Balwisyall Nescell gungnir tron――』

 

 

 

 

 

 ――聖詠。

 

 

 

 姪っ子の風鳴翼とは違うそれが確かに聞こえる。

 一瞬、少女の姿は光に包まれ見えなくなくなったが、それも刹那の間だけで、今は既にギアを纏っている。

 

 

 そのシンフォギアはやはり黒い。

 翼の天羽々斬の姿を知っている身からすれば、黒いシンフォギアなど違和感しか無いが、かと言って他にシンフォギアを纏っている姿を見た事があるかと言えば弦十郎には無い。

 だがしかし、天羽々斬しか知らないと言っても、あれは何かが違う、どこかが違うと言うのが直感的に分かった。

 

 少女のもつあのギアは危険だと、普通ではないと、そう感じたのだった。

 

 

 変身を終えた少女は身体を丸めて空中でクルクル回転を始めて体勢を立て直す。

 地面への着地音がドンッ!と聞こえた後、少女は落ちて来たはずの空をジャンプ一つで跳び上がり、さっきまで居たマンションの向かいの建物の屋上に降り立った。

 

 

 「…それでは、さようなら、師匠……」

 

 「……ッ!!」

 

 

 隣の屋上から見下ろす少女は弦十郎と目線を合わせ、別れの言葉を告げる。弦十郎はその言葉に焦りを覚えた。

 

 決別。今生の別れ。そんな言葉が弦十郎の頭に思い浮かぶ。

 

 その後彼女は音もなく空中に浮かび上がり、方向転換してどこかに向かって空を飛んで行ってしまった。

 

 まだまだ雲に覆われているが、点々と月明かりと夜空の星々が覗くようになった空、さっきまで降り続いていた雨なんで文字通りどこ吹く風の天気は、豪雨の中を帰りたくないという弦十郎の願いによって叶えられたのかもしれない。

 

 しかし、そんな些細なことなんかよりも。

 

 

 「緒川ッ!!聞こえるか!!例の少女が移動し始めた!追跡は出来ているな?」

 

 

 有能な右腕、緒川慎次に連絡を取り付けた弦十郎。ハンズフリーで耳穴に入れて付けるインカムタイプの通信機を用いているため、両手は自由。暗がりにあった為に少女はその存在には気づかなかった。その会話の最中でさえ、足を動かすことを忘れない。

 

 

 『はい、司令!今回ばかりはバッチリ大丈夫です!』

 

 

 まず先ほどの少女と同じくベランダの手すりに片手をかけてよじ登り、勢いよく踏み付ける。その勢いに任せて少女が降り立った隣のマンションの屋上へ跳躍した。その際の衝撃で手すりには弦十郎の足跡がくっきりとついている。

 しかしその衝撃に耐えたことから解体寸前とはいえ、このマンションはまだ老朽化はしていないようだ。

 

 

 「随時そっちの情報をこちらに寄越してくれ!俺の方からも、あの子を追いかける!」

 

 

 次に少女が飛んで行った方向を見上げる。しかし少女はもう既に目視できるところにはいないようだ。

 

 それが分かった段階で即刻移動開始。建物と建物の、主にマンションの屋上や電柱の天辺を踏み上げて跳躍し飛び乗りつつ、どんどん足場を変えて進んでいく。

 入り組んだ住宅地を駆けるよりもこちらの方が直線的に進めるため速い。高速で進行していく為にある程度力を入れて踏み付けているが、一般家屋の屋根では少し耐久度に心許ないため、なるべくより硬質のものを選んでいく。耐久度とは別に騒音、損壊など、己が生み出す衝撃力が無関係な他人の迷惑にならないようにするのもOTONAの務めだ。

 

 

 『了解しました!もうあんなにカフェインたっぷりの激苦コーヒーばっかり飲む生活なんて懲り懲りですよ!一連の事件、今日でカタをつけさせてもらいます!』

 

 

 けたたましい唸りを上げた車のエンジン音が通信機越しに聞こえる。

 

 緒川慎次をこの所に同行させなかった理由の一つはこれを予測してのこと、別に車の中で待機させて、少女の存在を確実に捕捉することが目的だ。

 そして今、彼女はシンフォギアを使用しているため、何よりもそれぞれの聖遺物が固有にもつアウフヴァッヘン波形が出ているために居場所を特定させることは容易い。

 二課の高性能な追跡機からの情報を知り得ている緒川は、車で少女を別ルートから追っていることだろう、少女が飛び出した段階で緒川は既に発進していた。

 

 

 「ああ!そうだな!それでは頼んだぞ!」

 

 『はいッ!』

 

 

 緒川からの情報では、進行方向から恐らく少女は人気のない広い所に向かっているという推測がなされた。そこは、木々は無く地面も草も生えていなくて土と砂と岩場で構成された山の麓だという。

 

 ここからだと結構遠い。

 

 しかし、車で移動している緒川には先に追ってもらっている訳で、それに乗せてもらうわけにはいかなかった。

 ここまで歩きで来ていた弦十郎は、車に比べどうしても遅れをとることを余儀なくされる。無闇に音を立てないようにして相手方を警戒させないようにするため、車で来なかったことが仇になった今回だか、マンション内で話をしているうちに雨が止んだことがやはり不幸中の幸いだった。

 

 山の麓へ向かう道路の分岐点までようやく辿り着いたところで、遅れを取り戻すべく、弦十郎は少しその力を解放して駆け出す。

 ここからは殆ど一直線だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、

 

 

 

 「……ふんッッッ!!!」

 

 

 

 僅かな精神統一の後、カッと大きく目を見開き、腹の底から声を出す。

 弦十郎はコンクリートの道路を駆け出す際に強力に蹴りつけて、まるで弾丸、ではなく大砲の如く飛びだす。

 なお、速度も大砲と同じ領域に達する、ただの比喩表現に非ず。

 達人の域に差し掛かり、もはや到達して何年も経つこのOTONAに取って、そんなことは容易く、造作もないこと。

 

 普通の人間では殴れば逆に拳を傷つけてしまうほどの堅さをもつコンクリートは、大きく陥没し幾重にもひびが走っている。この衝撃の大きさが如何に凄まじいかということをものがっているだろう。これが、何一つ武装をしていない生身の人間によって作り出されたという事は、普通の人間には到底理解できないかもしれない。

 

 しかし、こういう事――最大瞬間速度をマッハで移動が出来てしまうのが、風鳴弦十郎という漢である。

 シンフォギアを纏わずして、その性能と同等の、あるいはそれ以上のパワーを発揮できる超人。

 普段はその力を抑えることにしているのには使った際の周りへの被害がデカいという理由がある。致し方無し。

 

 彼の本気を知るものは果たしているのだろうか。

 

 

 着地するその度に間隔を開けてボコボコと道路に穴を開けつつ走る弦十郎は頭の中から鳴る警鐘に眉を顰めており、いち早く少女のもとへと辿り着かなければ取り返しのつかないことになると予感していた。

 

 

 人類守護の務めを担う風鳴家として、救おうと思ってしまっていた少女を、例え傷つけてでも少女を止めなければならないと。

 

 さっきよりも一層強く吹き付ける乱風は、高速移動を繰り返す弦十郎の耳にいやに鋭い風切り音を鳴り響かせている。

 

 

 

 

 

 ――――流れる雲より、紅月はその姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

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