戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE12 コウヤニケモノドウコクス

 

 

 

 これでようやく私は楽になれる。

 ようやく私の夢は叶う。

 やっとみんなが幸せになれる。

 

 そういう事が一度に全て叶えられる事を、この世界の師匠とお話ししている時に閃いた。

 

 なんと言う盲点であったことか。

 私自身二度も、下手をしたらそれ以上の回数それの事件に大きく関係し、そしてそのうちの一つ目では、この手でその一部を破壊した事があったのに。それがどんな存在なのか、了子さんからあの戦いの中で手ずから教えてもらい、分かっていたと思っていたのに。

 

 

 すっかり忘れていた。

 

 

 人間が、みんなで手を繋ぎ合うことが出来ない全ての原因の元凶。

 

 

 

 

 月――それより地球へと強く降り注ぐ、バラルの呪詛。

 

 

 

 

 フィーネさんが生きていた神代の昔、古来の頃より続く世界中の人間にかけられた永遠に続く呪い。私もその呪いにかかっている一人だ。

 

 ……ううん、私の呪いはもっとずっと他の人よりも強い。

 私の不幸が私だけにとどまるだけならまだよかった。

 しかし、私の呪いの及ぼす影響は自分に降りかかる不幸だけにとどまらず、周りの人を巻き込んでしまう。必然的に私の呪いも解かなければみんなは幸せになれない。

 

 

 

 その事例は思い浮かべるだけでもたくさんある。

 

 

 

 一般人も多く亡くなったライブ会場のノイズ襲撃に始まり、私を庇った奏さんの殉死と翼さんの治ることのない深い心の傷。今はマリアさんやクリスちゃんのおかげで奏さんの死を乗り越えられたのかもしれないけれど、そこに至るまでに時間はとてもかかってしまった。私があの場にいなければ、もっと早く避難をしていれば奏さんは絶唱を使わなかったのかもしれない。

 

 

 私が余りにも未熟者だった為に引き起こされてしまった翼さんの絶唱と緊急入院。

 それに、いつ無くなってしまうかも分からない数少ない居場所をクリスちゃんから私が無理矢理奪ったも同然な出来事もあった。最終的に仲良くなれたからいいかもしれないけれどそれは結果論に過ぎず、あの時感じていたはずのクリスちゃんの寂しさや深い悲しみを、ぬくぬくと温かい居場所から見ていた私は知らなかった、それは翼さんにも当てはまる。

 翼さんやクリスちゃんの痛みを知らなかったのにあんな事やこんな事をのうのうと発言していたんだ。

 

 

 極め付けにはリディアン音楽院の校舎崩壊と月の落下。事件と全く関係のないクラスのみんなや学校のみんなに留まらず、世界中の人たちを危機に貶めた。

 

 

 それだけじゃない、調ちゃんや切歌ちゃんのことをろくに知りもしないで、知ろうともしないでいきなり話し合おうだなんて、今思えば偽善者と言われてもおかしくない自分勝手な言動だった。

 マリアさんからはガングニールを奪っただけでなく、身勝手な理由で戦えなくなってしまってマリアさんを傷つけてしまったこともあった。

 

 

 

 身近な人ですら私は沢山不幸をばら撒いている、それも非常に身勝手で、自己中心的な理由を押し付けて。

 

 

 

 

 そして…………

 

 

 

 

 そして私は、私の一番大切な人に取り返しのつかないことをしてしまった。何度迷惑を掛けたか分からない。何度約束を破ったか分からない。何度不幸にしたか、何度危険な目に合わせたのか数え切れない。それでも私は隣にまだ陽だまりがあることに、いつも許してくれるその優しさに甘えてしまって楽観視していた。何事も自分のことはどうでもいいと言わんばかりに私のことを優先させてくれた、あの優しさに……。

 

 

 ……そうしているうちに私の大事な陽だまりはもう二度と帰ってこなくなってしまった。

 ……みんなにあれだけ迷惑かけて悪いことをしたんだ、これが因果応報っていうヤツかもしれない。

 

 

 

 全ては、私が悪い。私に掛けられた呪いが悪い。そう、私が。

 

 

 

 それ以外にも私が知らないだけでまだまだ沢山あるかもしれない。

 もう何度周りの人を巻き込んだことだろうか、もう何人の人を巻き込んでしまったのか、私にはもう……。

 

 

 

 だから、私はその呪いを私自身の手で解く。みんなの幸せの為に。

 

 

 

 

 時間帯は夜だけど、それが何時だかもう私には分からないけれども、そんな事はどうでもいい。

 

 

 

 ――私の目的は、私の見上げるすぐそこにあるのだから。

 

 

 

 今日の夜空は、雨上がりの湿った地面や道路の水溜りに光が反射してキラキラと映えて、飛んできたときに見えた夜景と良くあう、綺麗な満月が浮かんでいる。

 強い風に吹かれて雨を降らせた雲たちはどこかへ行ってしまった。

 

 月は満月が一番綺麗に見えると言うのが一般的、かく言う私も明るく輝く満月が好きだった。

 真っ暗な夜の世界を健気に輝き照らすその姿は、太陽の暖かさとは違った光で私達を優しく包み込んでくれる。

 夜のベランダからその月を眺めているだけでしばらくは過ごせる。

 いつだか未来と隣り合わせでお団子を食べながら十五夜を過ごしたこともあった。

 

 

 そのはずだった。

 

 

 けれど、今の私には眩しい。

 その月を見るたびに色々な出来事が浮かんでは消えていく、いいことも悪いことも。

 その思い出が浮かんで来ては胸を強く締め付けるような苦しい気持ちになって、どうもムシャクシャしてしまう。

 嫌な事には目を瞑ればいいのかもしれない、光から目を背ければいいのかもしれない。何も見ていないと無視すればいいのかもしれない。

 

 でも、これから私がやろうとすることの為には、目を瞑っていてはいけないから、私は目を背けずに月を見つめるようにする、これ以上私の夢を諦めたくないから、何もできないのは嫌だから。

 

 

 XDモードでないのに飛行できるこの状態も、大分慣れてきた。飛んでいることに対して特に苦しいようなところはない、寧ろ快適?に飛んでいる。きっと私の姿は夜の闇に溶け込んでいるかもしれない。少なくともUFOと間違われることはないかも。

 

 ここが過去の世界っていう事を分かったとしても、何でシンフォギアが何時迄も真っ黒けっけのままなのか、そればっかりはどうしても分からなかった。 

 他にも過去の世界から元いた世界に戻る方法も分からない、そもそもどうやってこっちの世界に来たのかなんてことは全くもって全然分からない。

 

 

 元の世界には帰りたいとは思っている、だけど、既にこの世界の人たちとは少しとは言え関わってしまった。

 私がいる事で不幸を振り撒いてしまった人たちのことを、もはや無関係だなんて言えない。

 だから、私は私の力を以ってして、この呪いを解き放つ。

 

 

 帰る場所なんて私には無いから……。

 

 

 

 飛び続けてしばらく、人気の無い山の麓にある広い場所を見つけた。赤っぽい岩や灰色っぽい岩肌が表面を覆っていて山には生えてる木々は一切生えていない不毛地帯。多少の荒事なら周りに影響なんて出ない位に広々とした採石場?では無いかもしれないけど、とにかく広々としている。

 ここなら誰にも被害が出るなんて無いだろう、これからする事はかなり派手な事になるから周りに何も無い方が良い。

 

 

 ―――月を穿つ。

 

 

 昔、シンフォギアを扱えるようになってまだそんなに経ってなかった頃、了子さんの手によって建造された巨大な塔、『カ・ディンギル』によってそれは実行された。 

 それが月に向かって凄まじいエネルギーが放たれた時は、カ・ディンギルの頑丈さがあったお陰で、リディアン周辺に被害が留まったけれど、私の場合にはそんな保障はない。

 

 

 だから、出来る限り人のいない所へ向かった。被害が出るのは仕方の無いことだけどそれにも程度っていうのもある。せめて被害の少なくする方がいい。

 

 

 手元に槍を出現させる。この槍についても分からないことが多い。だけどそれを度外視しても、余りある力をこの槍は出すことが出来る。今はそれでいい、使えるならばなんでもいいから。

 

 ただ一つ分かったことはこの槍はきっと私の持つシンフォギアと同じ、ガングニールなんだってことかな。シンフォギアを装備した時と同じ安心感を、槍を持った時に同じく感じるし、ずっと一緒にいたような感覚さえ感じる。さらに言えば、ガングニールのシンフォギアととても相性が良い。

 

 だけど、これが私のアームドギアなのかはちょっと首を傾げちゃうかも。奏さんやマリアさんは腕のパーツを元にアームドギアを作っていたけど、私の腕のハンマーパーツは腕にそのまま付きっぱなしだし、何よりこのガングニールの槍はメカチックじゃない。改めて見てみればどこか神々しい、神聖で特別なものにすら感じる。

 

 でもこれが私のガングニールなんだってことは確かな事、何でそう思うのかというのは、そう思ったからとしか言えない。

 

 どこでて手に入れたか、どこにしまってあるのか、まだまだ謎はたくさん。

 けれどこれはガングニールの槍だ、それだけは揺るがない。

 

 

 槍を頭上にある月に向け、意識を集中させる。ガングニールは素直な子だ、私のしたい事を思い浮かべればそれにちゃんと応えてくれる。それどころか自分じゃ知り得ないこと、このガングニールで一体何が出来るのかをそれをぼんやりと教えてくれる。自立した意識を持ってないけどね、何となく直感で教えてくれる。ちっちゃくて可愛かった頃の翼さんの身体の傷を和らげることが出来たのもガングニールが教えてくれたから。何をしたか自分自身にも詳しく分かってないけど、こうしたら良いんじゃないかって、少し博打っぽかったけど上手くはいった。

 

 

 

 ……今の私、分からない事ばっかりだ……。

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

 改めて周りを見渡す。

 もちろんそこには人っ子一人居ない。

 人がいないところを選んで来たんだからそれは当たり前なんだけど。

 

 

 …………じゃあ、そろそろ始めようかな……。

 

 

 目標は遥か天高く浮かび上がっている満月、さっきは結構綺麗だった月明かりが天辺に向かうにつれて僅かに紅色に染まっていって少し禍々しさを感じるようになった。 

 あの時の月も確かこんな感じだったかな……。

 

 

 角度調整も大丈夫、今度はあの山の中でノイズを倒した時のように投げる訳じゃない、高密度高火力のエネルギーをたくさん溜め込んで一気に放出する。天をも貫く一撃を放ったカ・ディンギルを元にすればイメージしやすい。

 

 懸念事項は一つ、月を壊すにしてもただ壊せばいいという訳じゃない。またしても月の破片が落下するようなことがあればまた世界中の人に危険が迫るから、今度は破片が一切残らないようにするためその全てを消滅させる事が必要になる。

 

 

 ……そのために必要になる膨大なエネルギーを作り出す為に私は……。

 精神を落ち着かせ最後の迷いを振り切る為に私は静かに瞳を閉じた。

 

 

 

 ……一人でやるのはもしかして初めて、なのかな……?いつもこれをするときは隣にみんなが居た、だから恐怖感も無くその力を使えた。

 

 

 ……大丈夫、怖くなんかない。きっと怖くなんかない。

 

 

 でも、これが終わったら私はきっと……。

 

 

 ううん、それでも、月を壊すことが出来たら私の憂いや絶望を幾らか和らぐ。

 もう何も出来ないままだなんて嫌だ!

 

 私が背負った罪を償う為にもあるけど、散々潰されて叶うことのなかった私の夢がようやく現実にできる日が来たんだ。

 

 

 だから、私は……!!

 

 

 

 

 

 …………もう、迷いはないさ。

 

 

 ギュッと槍を強く握りしめる。

 

 

 

 

 口を開けて続く決意の歌を発しようとした瞬間、遠くで何かが爆発……というか打ち付けているような衝撃音が複数聞こえて来た。それだけじゃない、遠くから段々と近づいてくる車のエンジン音も聞こえて来た、むしろこっちの方が近い、もうすぐそこまで来ている。私の立っている真っ暗な空間に車のライトが差し込んできたのがその証拠だ。

 

 車が近づいてきて音が聞こえてくるまで全くその存在に気がつかなかった。

 

 

 ……一体誰がこんな人もいないところに爆走してくるんだろう……?

 

 

 私が槍を下ろし振り返ったと同時にタイヤと地面が強く擦れ合う急ブレーキが辺り一帯に響く。ヘッドライトの光をもろに受けて私はその眩しさに目を細める。

 

 土や砂の混じった煙を大量に巻き起こしたその黒塗りの高級車っぽい車がそこにはあり、ライトはそのままに誰かが運転席から降りてくる。

 

 黒いスーツに黒いネクタイ、普段の物腰の柔らかそうな顔つきは今は獲物を見つけた獣の顔……は言い過ぎかも知れないけど、凛々しい真剣な表情をしている。

 片手には拳銃を持ち、車から降りるだけなのにその身のこなしには一切の隙がない。

 車のドアを閉めて私の方に数歩あるいてその足を止めた。

 師匠とは家族ぐるみで関係を持っている師匠の側近中の側近、そして、現代に伝わる秘技を難なく扱うその人の名前は、

 

 

 

 「……やっと追いつくことが出来ました」

 

 

 「……緒川さん」

 

 

 

 ――緒川慎次さんだった。

 

 

 

 「……どうして、ここに来たんですか……?」

 

 

 「いえ、貴女と少しお話がしたかっただけですよ」

 

 

 単なる会話をするだけにしては随分と物騒なものを片手に持っている緒川さん。持っているだけでその銃口は地面を向いていて、私に向けて構えてはいないけど。

 

 ちなみに今日の緒川さんは眼鏡をかけていない。

 

 

 「……お話、ですか。お話って言うのはそう言うお話ですか?」

 

 

 段々と明順応してきて視界が回復してきた。

 今回はヘッドギアのヘッドホン部分から出来た目元を覆い隠す黒いバイザーを付けていないが為に、露わになっている私の目線に気がついたのか、右手に持った拳銃を肩の高さまでに上げる。

 

 

 

 「これはあくまで最終手段です、出来るならば平和的に解決したいですね……、念のために最初に言っておきますが我々特異災害対策機動部二課まで任意同行を願います。謎の聖遺物の反応や何故二課のことを知っているのか、翼さんの身に起きたことは一体何なのか、それらを一から話してもらわなければなりませんから。……返答は、いかがですか?」

 

 

 「……それは、出来ません。私には、今やらなければならないことがあります、……今じゃなきゃ、ダメなんです」

 

 

 「……月を、壊すことがですか?」

 

 

 「…………、あの時の師匠との会話を聞いていたんですね……」

 

 

 

 驚きは少ない、あの時そんなことを考える余裕は無かったからだけど今考えてみれば盗聴されているなんてこの人たちなら普通にやりかねないことだ。

 あの場に居なかった緒川さんがその内容を知っているという事はきっとそう言う事なんだろう。

 

 

 

 「そう言うことをするのは私の仕事の一つですからね」

 

 

 「……そうです、月を壊すことでようやく私の夢が叶うんです。だからこそこんな絶好の機会を逃すわけには行かないんです。……だから、今二課に行くことは出来ません」

 

 

 

 絶好のチャンス、その言葉には今日がたまたま満月の夜であることも含ませている。狙いが大きい方がいいのは明白。

 それ以上に私が持てる時間も限られているから、月の破壊を先延ばしにすると私の夢はもう叶うことはないかも知れない。私の命が果てるのも時間の問題、だったらせめて最後にちょっとぐらい夢を見たっていいじゃないかと思う。

 

 

 

 「月を壊すことが一体どういうことになるのか、それを分かっててそれでもすると言うんですね?」

 

 

 「そうです、月を壊せばみんな争うことは無くなり仲良くできるようになるんです」

 

 

 「…………。……もし任意同行がかなわないならば此方としても些かの強硬策に打って出る他ありませんね」

 

 

 

 突き付けられた最後通牒、それの意味する所はつまり……、

 

 

 

 「私ももう引くに引けないんです、緒川さん。最後ぐらい私の夢を叶えさせてください……」

 

 

 「残念ながら此方もそう言うわけには行かなくてですね、……やはり、こうなってしまうんでしょうか……」

 

 

 私はガングニールを両手持ちで構え、緒川さんも同じく拳銃を両手で支えて身構える。

 

 

 

 

 『限界突破 G-beat(IGNITED arrangement)』

 

 

 

 

 互いが互いに望まない戦い、先手は、緒川さんの放った銃弾だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の荒野同然の開けた採石場に少女が口ずさむ不穏な感じの口笛が響き渡る。

 

 

 緒川慎次の放った銃弾は3発、瞬間的に放たれたそれを黒いシンフォギアを身に着けている少女は口笛を吹くのをやめずにそのまま柔らかく上体を逸らすことで難なく避けた。少女はそのままバク転を数度繰り返して緒川からさらに距離を取る。

 

 緒川はその距離を詰めるべく拳銃のグリップ部分を右手で握り左手で底を抑えいつでも撃てる体勢に入りながら走る。今持ち合わせている拳銃では遠距離だと簡単に躱されてしまうからだ。最初の距離感ですら彼女はいとも容易く避けたということはつまり、それ以上近づかなければ当てることが出来ないということを意味する。

 別の武器で仕事用のスナイパーライフルはあるものの、より精密射撃を必要とする大型銃では隙が大きすぎて使い物にならない。使い勝手のいいマシンガンでも戦いの展開が速いだろうシンフォギア装者との戦いでは同じシンフォギア装者でない限り、小回りが利かず不利だ。

 

 もともと弦十郎ほどのパワーを持っていない緒川は持ち得る技術を駆使して戦ってきたタイプ、常人に比べればとんでもない達人であることは間違いないのだが近距離戦はどちらかと言えばあまり得意ではない。加えて少女は接近戦に特化した戦闘スタイルなため、緒川は予想以上の苦戦を強いられることを頭の片隅に思い浮かべていた。

 

 

 大変な仕事だと。

 

 

 

 

 少女は歌を歌い始めた。緋色の瞳がギラリと鋭さを増して光る。

 

 

 

 対する少女も同じく接近戦に持ち込むために強く地面を蹴って駆け出す。

 その速度は緒川の走る速度を超えているが、もし一般人が見ているならば緒川の走る速度も十分に規格外だと言うに違いないだろう。互いに怪物級の速度でもってその距離を近づけていく。

 

 

 段々と両者の間が詰まってきたところで緒川は二度目の銃撃を放つ。

 またしても3発放つ、ここで緒川の銃の残弾が無くなった。

 

 

 今度は躱しきれないと判断したのか、少女は右手に持つ撃槍で弾を切断して弾き飛ばした。

 少女は緒川をなんとか無力化するべく槍先端の平らな部分や柄の部分で横薙ぎを何回も繰り出す。 

 

 

 しかし、現代のNINJAたる緒川慎次には速度が速いだけの殺気の薄い攻撃は通じず簡単に躱してしまう。

 おまけに少女は槍の扱いに慣れていないのか、ただただ振るだけの素人同然の攻撃で、精度や練度が低いことも緒川にとって余裕ある回避につながった。

 

 

 槍がダメなら拳で応戦するまで、という具合に少女は槍を一度手元から上空へ高く高く投げ出す。少女は緒川に向かって格闘戦を仕掛けた。

 緒川の懐まで迫りボクシングよろしくストレートパンチの応酬、しかし衝撃を逃す防御の仕方でダメージは殆ど無く、少女の攻撃は軽くいなされてしまう。変化球として回し蹴りを繰り出すが攻撃は外れ、緒川からカウンターとして勢いよく的確な位置に蹴り上げが出された、だがそれもまた少女は避けてしまって当たることがない。 

 

 両者の攻撃は悉く命中しないままだ。

 

 

 そうこうしているうちに緒川は次の一手を繰り出すべく、弾の補充を開始、少女もまた接近して攻撃を再開する。

 オートマチックタイプとは違い使用している銃はリボルバー式の銃であるため弾薬の装填が頻繁に必要となる。

 リボルバー部分を開いて薬莢を捨てる、次に6発銃弾を入れて再びセットする、そしてリボルバーを回して初めて銃弾を撃てる、という動作があるのだが、一般に時間がかかってしまうその動作を緒川は殴り掛かってくる少女の攻撃をかわす合間に慣れた手つきで疾く済ませる。

 

 そして銃弾の装填を終えると同時に緒川は至近距離でまた銃を放った。

 

 

 だがそれでも鋭敏に察知した少女に銃弾が当たることはなく緒川の頭上を放物線を描くようにジャンプして回避し、緒川の背後を取った。

 

 緒川は急いで180度回転するが、緒川が少女の姿を認めたときには既に少女は攻撃態勢に入っていた。

 

 どうやら先ほど上へと投げた撃槍がタイミング良く降ってきて少女は緒川の頭上で曲芸師のようにキャッチしたようだ、さっきまでは無かった槍が少女の右手にあったのが確認できる。着地によって膝を折り曲げてしゃがんでいる状態で態勢を固定し再び鋭い先端を緒川に向けて突き出す少女、しかしその突きは単なる普通の槍の突きではない。槍頭はまばゆい光を放っておりそこから少女はエネルギー砲を放出する。

 

 エネルギー砲は一直線に進み緒川を狙う。

 

 

 

 「なッ!?ぐッッ!」

 

 

 ギリリッと歯軋りの音が立つ。

 

 速度は相当なもので目視してから避けることは難しい、それでも緒川は持ち前の気配察知技術を活かして少女がエネルギー砲を放つその瞬間から身体を仰け反って回避行動を開始しておいたためにギリギリ回避出来た。否、前髪がほんの少しだけ焼けており額には小さな傷が付いていた。

 それだけ緒川は危機を感じていたと言うことだ、あたってしまえば負傷は免れず致命的な隙を与えてしまうという警告を直感的に感じていたのだ。

 

 斜め上に撃ち放たれたそれは虚空へと消えて行く。

 

 今度は緒川の方から距離を取る。

 

 

 

 「……お強いですね、此方の攻撃は当たらないのに先にやられてしまうとは」

 

 

 「緒川さんこそシンフォギアを纏ってないのにどうしてそんなに動けるんですか……?幾ら何でも速すぎですよ……」

 

 

 「それは秘密です」

 

 

 「…………」

 

 

 

 二人同時に動き出そうとしたその時、

 

 

 

 「「……ッ!?」」

 

 

 

 突然、何かが上から降ってきた後、その大きな衝撃で両者の間に大きく土煙りが上がった。

 一体何が起きたのか、二人は理解が出来ずその場を動かずに警戒し、じっと辺りが晴れ渡るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 「……ったく、もうドンパチやり始めていやがったか……、どうやら間に合わなかったようだな」

 

 

 

 土煙りの中に巨漢のシルエットが浮かび上がる。やがて強い風に吹かれて視界は回復しついにその姿を見せた。

 

 

 

 「……師匠までここにきちゃったんですか……」

 

 

 

 「司令、助かりました。申し訳ありません」

 

 

 「緒川、足止めご苦労だった。俺のサポートに回れ」

 

 

 「了解しました」

 

 

 

 上空から現れたのは風鳴弦十郎だった。人間離れした荒技によってとんでもない速度を出して移動してきた弦十郎は既に臨戦態勢に入っていた。中国系往年の名アクション映画において主人公の格闘家がとるようなポーズはとても様になっている。

 

 

 夜の低い気温に加えて雨上がりの冷たい風が吹いていて体感以上に寒々しいはずなのだが、風鳴弦十郎はいつも通りの赤いシャツを腕まくりしておりネクタイは風にたなびく事なくシャツの胸ポケットにしまっている。その為に見るものに寒さを感じさせない。

 

 攻撃が思うように上手くいかない槍では存分に戦えないと判断した少女は手元から撃槍を消滅させる。そして少女も弦十郎と同じような構えをとる。

 

 

 「師匠まで、私の夢の邪魔をするんですね……」

 

 

 「子供の夢を叶えさせるように支えてやるのがオトナの役目ってもんだが、残念ながらそれには程度ってもんがある。夢の内容によっちゃあそれを止めてやって正しく導くのもオトナの責務だからな、今の君の夢は悪いが止めてやらなければならない」

 

 

 少女の方から今度は攻撃を開始する。予備動作無しで瞬足に飛び出したが弦十郎はそのような突進など見切っているぞと言わんばかりに掌で少女の拳を受け止める。拳と掌で鍔迫り合いが始まる。

 

 

 少女のシンフォギアに搭載されたバーニアが噴出しだし、力比べに負けないように勢いをつけだす。

 

 

 「……私の夢は間違っているって、師匠までそう言うんですか!?私の夢は、また否定されなきゃいけないんですか!?……ッ!?ふぐぁッ!?」

 

 

 それでも弦十郎は引き下がることは無かった。

 

 掴んだ拳を持って背負い投げの要領で一回転、バーニアの勢いをそのままに弦十郎は少女を元の地点へと豪速で投げ飛ばした。

 地面へ数度打ち付けられ、されるがままだったが、少女は受け身をとって停止し立ち上がる。

 

 

 

 ――そして弦十郎は告げる、少女の為を思って。

 

 

 

 

 

 「そうだッ!何も言わずに傍観しているよりかは言ってやる。君は間違っているってなッ!!」

 

 

 

 

 「――ッ!!!!」

 

 

 

 少女は否定された、少女に唯一残った最後のモノを否定された。

 握り込み過ぎて血が出てしまうのではないかと言わんばかりに強く拳を握る少女、俯いた少女の身体はわなわなと震えている。側から見た弦十郎と少女の構図は、その規模が大きいだけで癇癪を起こした聞き分けのない子供と正論を突きつけてそれをこっ酷く叱る大人にしか見えない。

 

 

 

 「月を壊すってことが一体どうなる事なのか正しく理解していない。一体どれだけの惨事になるのかを少しでも考えてみろ!月が壊れたら世界はどうなるんだ!?」

 

 

 「……そんなの……、決まってます……。月が無くなれば……月が無くなれば、人間は、呪いを解かれて争うことが無くなるんです……。争いのない、平和な世界に、なるはずなんです……」

 

 

 「その根拠は一体何だ!?争いが無くなるだなんてそんな保障は一体どこにあるんだ!?必ずそうなるとでも言えるのか!?どうなんだッ!?言ってみろッ!!」

 

 

 

 

 「ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 少女は眼を大きく見開き悲痛な表情をする。

 

 

 

 

 「……私の、夢を、邪魔しないでください……」

 

 

 

 

 弦十郎にその声は届かない。

 

 

 

 

 

 「……そしてひとつ、君は根本的に間違っているところがある。夢ってのはな―――――ッ!?」

 

 

 

 

 「うううゥゥああああアアアア!!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌ァァァァああアアあアア!!!あああああああああアアアアアアア!!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 少女はついに限界を迎えてしまった。弦十郎の言葉の続きをもう聞きたくないと遮るかのように叫ぶ、嘆く、発狂する、慟哭する。自分の身体を自分で抱き締めて、世界の全てから、その何もかもから自分を守るかのように。

 

 

 「あああアアアアァァァァあああアアアアあああああああああアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 正義を否定され、希望も否定され、最後の夢も否定された少女は、自分の存在すらも否定された気分だった。……やっぱり自分は生きていちゃいけない人間なんだ、そういう風に考え出してしまい叫びながら頭を抱える少女。弦十郎からすれば初対面にも等しい人物であるが少女にとっての弦十郎の存在は途轍もなく大事なものだったのだろう。

 バッサリと言い切ってしまった弦十郎に罪は無いのかもしれないが、少女は最早この様に捉えることは出来なかった。大事な存在から否定されてしまったらどうなるのかは余りに明白。そのことを受け入れることが出来ず、余りに痛恨な衝撃に我を忘れて叫びながら弦十郎に殴りかかる。

 

 

 

 

 ――歌うことをやめた少女はついに暴走してしまった。

 

 

 

 

 「ハアァッ!!!」

 

 

 

 

 相対する弦十郎はあの時の翼を襲った速度以上で迫り来る拳を、自らの拳でうって出る。

 二つのチカラはぶつかり合い、その中心から飽和したチカラが逃げ場を求めてメキメキと地割れを起こし始める。

 それでもまだまだ膨れ上がるエネルギーは暴風圧を発生させ周囲へ撒き散らす。

 

 

 「うッ!!……なんて力と力のぶつかり合いだッ!!」

 

 

 緒川慎次は外野から見守っている事しか出来なかった。肉弾戦が専門ではない緒川は、協力したら軽い災害の一つぐらい簡単に起こせてしまうのではないかという二人の戦いに巻き込まれないように遥か後方へ退避していた。

 そんな緒川に命じられていたのは弦十郎の補佐、つまりは戦いのサポート。現状付け入る隙もあったものではないので傍観に徹しているが、介入する機会があればとその時を虎視眈々と探っているようだ。

 

 

 

 何合も撃ち合いを始めてから数分経ったが弦十郎は今の所防戦一方で攻めあぐねていた。

 最初のうちは理性を失い感情のみで動く彼女を言葉で説得するように試みていたのだが早々にそれはもう無理な段階に達しているとして諦めた。ならばと、次なるは力で無力化する他ないのだが、少女の攻撃の手数が多く、その一回一回の攻撃もかなり重いものでなかなか攻め手に転じることが出来ていなかったのだ。

 

 少女は尚も攻撃を続ける、攻撃の最中も弦十郎に対して叫ぶように問いかけ続ける。

 

 

 

 「何で!!何で!!!何で!!!!どうして私から!!何回も!!何回も!!何もかも!!奪っていくのッ!?何でなの!?どうしてッ!?何で!!何で何で何で何で!!!!アアアア!!うあアああアア!!ああアアアああアアアア!!」

 

 

 

 弦十郎に言葉で答える暇もなく攻撃を繰り出す為に少女はその答えを得ることが出来ないというジレンマに陥っている。仮に弦十郎が答えられたとしても話を聞ける状態でないためその問い掛けすらも意味が無くなっている、ただの心の底からの嘆きでしかなかった。

 

 

 

 「うがあぁあアア■ああアア■■■アア!!」

 

  

 「ッ!!!来るかッ!?……ハァアッ!!!」

 

 

 

 そしてこれまで以上に声を上げた少女は腕を巨大なナックルに変形しパワーチャージ、弦十郎の斜め上上空へと飛びあがりブーストして超加速、ハンマーパーツを高速回転し重力加速度も乗せた一撃をインパクトに合わせて弦十郎に解き放つ。

 それに対し弦十郎は腕を突き出し全身全霊でもって攻撃を受け止める、その時に腹の底から覇気を出して衝撃を緩衝するのを忘れない。

 

 再び、拳と拳が重なり合う。

 

 

 

「ッ!!!何だとッ!?」

 

 

 

 瞬間的に出した全力で防御に徹し、それに成功したためダメージはそれほど無い、だが足で衝撃を殺しきれず地面が抉れてしまった。不安定になった体勢で少し身体が浮き上がった弦十郎は、そのまま緒川の居る後方へと吹き飛ばされてしまう。仰向けで空中に投げ出された身体を捻り一回転して地面に着地し、ズザザザッと引きずりながら減速した弦十郎は体勢を立て直す。

 

 

 「司令、大丈夫ですか!?」

 

 

 「大丈夫だ、幸いダメージはない、だか随分と離されてしまった」

 

 

 弦十郎を吹き飛ばした少女はさらなる追撃をする事は無かった。既に弦十郎には目を向けず少女の興味は別のところに向いている。

 

 着地後プシューとシンフォギアから蒸気を出して熱を逃がしたのち、先ほど消した撃槍をまた右手に現して、静かに天空目掛けて槍を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……もう、イッちゃえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否定されても諦めない、今証明出来ないなら実際やってみてそれを見せてみればいい。自分は間違ってなんかない、間違っているもんか。だって私はみんなの為を思ってやってるんだ。みんなが幸せになるためにやってるんだ。だから………。

 

 

 

 

 「……まさか、歌うのか……!?」

 

 

 

 

 そう思った少女は迷いもなくその歌を歌う。

 

 

 

 「おいッ!?やめるんだッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『Gatrandis babel ziggurat edenal―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――命を燃やし尽くし、その全てを力に変えて放つ歌。

 

 

 

 少女の立っている地点を中心に地面がひびが走りクレーターのように陥没する。

 

 

 

 

 

 『Emustolronzen fine el baral zizzl―――』

 

 

 

 

 

 

 

  

 ――血反吐にまみれながらも、血涙を流しながらも、その痛みに耐え少女は歌い続ける。

 

 

 

 今までに見たことも無いような凄まじいフォニックゲインの嵐が吹き荒れ、それらは少女を台風の目として超高速で渦を巻きながら少女の持つ槍の頂点へと集まっていく。だが槍自体は回転しているわけではなく、フォニックゲイン自体が渦を生み出して回転しているようだ。

 

 

 

 

 

 

 『Gatrandis babel ziggurat edenal―――』

 

 

 

 

 

 そうして集まったフォニックゲインはまるで無限に増幅されているかのように量を、密度を、濃度を尚も増し続けている。初めのころから比べてもその差は歴然、エネルギーが加速度的に増加していく。

 

 

 

 ――シンフォギアの持つ決戦機能の一つにして、最強で最大の最終手段。自分の全てを見返りに、何もかもを壊す滅びの歌。

 

 

 

 ――絶唱。

 

 

 

 

 

 『Emustolronzen fine el zizzl――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――少女の歌には、血が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女を中心として巨大なフォニックゲインの竜巻が巻き起こり、空気を裂く音が聞こえるようになった。

  

 本来ガングニールの絶唱特性は、放たれたエネルギーがドリル状に渦を巻き、突破力や貫通力に秀でた性能を持っている。

 少女はその性質を知ってか知らずか、無意識のうちにエネルギーを槍の先端に一点収束、回転数を増やし続けて渦の線が見えなくなるくらいに滑らかな表面を見せるようになった。

 遠目から見たらそれは、光で出来た円錐にみえることだろう。

 

 

 

 少女は血反吐を吐き出した、肺の中から溢れだす血を咳き込むように吐き出した、何度も、何度も、何度も。だがそれでも苦しさに耐え続け、槍を持った右腕を下げることはない。顔は上を見上げ、標的たる満月を凝視したままだ。

 

 

 

 今も進行形で増え続けるフォニックゲイン、大量に集められた巨大エネルギーの塊、それらを統括する撃槍。

 

 

 

 弦十郎や緒川は理解した、少女は本当に月を壊せるほどの力を持っていたのだと、その身をもって感じ取った。

 

 そして恐れた、アレを月に当ててはならないと。

 

 

 

 「……緒川ァァッ!!!」

 

 

 「はいッ!!!」

 

 

 

 非常に真に迫った表情で怒鳴るように緒川をよぶ弦十郎。

 緒川慎次はその一言で何を命令されたかを理解した。

 

 命令を受けてから一秒足らず、緒川は車の中に備えていた遠距離仕様の銃を構え引き金を引く、そうして放たれた弾丸の目標は少女の身体――ではなかった。弦十郎が確実に一手を打てるようにするために。

 

 弾が放たれた音を確認した弦十郎は急いで駆け出す。此処に至るまでに何回も使用したあの移動法で、何としてでも彼女の元へと辿り着き、彼女を止めるために。

 

 

 緒川の放った弾丸に対し、少女は一切気にする素振りを見せなかった、否、銃弾が放たれたことを認識できる程の意識を既に周囲に払うことが出来なかった。そのまま弾丸は少女の身体を掠めることなく隣を通り抜けて地面へと突き刺さる。

 

 

 

 少女の動きに変化はない。

 だが、同じような姿に見えてもその本質的な意味は全く違かった。

 

 

 

 ――これこそが二人の狙いだった。

 

 

 

 

 『影縫い』

 

 

 

 

 緒川慎次が得意とする非常に汎用性の高い技で、現代に秘匿されて伝わる忍術、『影縫い』。

 

 少女は動くことを封じられたのだ。

 だが縛られたことを気付きすらしなかった少女にとっては些細な問題だっただろう、動けなくなったとしても動く必要が無いから少女は動かなかった。動けずともこのまま解き放ってしまえば全てがうまく終わるから。

 

 

 しかし、それも状況によっては話が変わってくる、避けなければいけない攻撃を避けることが出来なくなっているのだから。

 

 

 

 槍に集まった高密度のエネルギーはついに臨界点を迎えようとしている。あと数秒もせずに限界を迎えて発射してしまうだろう。

 弦十郎はエネルギーが発射される前に辿り着けと祈っていた。

 

 

 ……間に合うのか……?

 

  

 目の前の少女は動かない、ずっと上を見上げたまま、槍を月へと構えたまま動かない。最早周りが見えていないために無防備な状態で立ち尽くしている。

弦十郎が近づいてくることに気が付いていない。

 

 弦十郎は手を握り締め、右腕を僅かに引いて構える。

 

 

 あと数メートルのところまで近づく。弦十郎にはその距離が酷く遠いと感じた。

 

 

 ……俺は、間に合わないのか……?

 

 

 槍の周りを回るフォニックゲインの回転数が格段と上がっていく。

 

 

 ……ついに、時は満ちた。

 

 

 彼女の持つ槍が一層の輝きを放つ。

 

 限界まで溜め込まれた巨大なエネルギーはそのまま―――――

 

 

 

 ……いやッ!俺が間に合わせないでどうするんだッ!!

 

 

 

 もう一度、地面を強く蹴る。

 

 そして今度は大きく腕を振りかぶって、フォニックゲインの吹き荒れる竜巻の中へと突入する。

 

 

 

 

 

 

 「ハァァァァアアア、オラァアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 その拳は、少女の鳩尾を的確に突く。

 

 

 運命の軍配は、少女にではなく弦十郎に上がる。どうやら女神は少女に微笑まなかったようだ。

 

 

 少女は声を上げること無く気絶し、翼が少女によって吹き飛ばされた速度に迫る勢いで遥か後方の岩山へと激突する。

 

 少女の持っていた槍は少女が飛ばされる過程でクルクルと回って中空に投げ出された。けれども、無情にも再び穂先が月の方向を向いた瞬間、ついに蓄積されたエネルギーは限界を迎えてしまう。

 

 

 

 「なん……だと……!?」

 

 

 

 弦十郎は眼を大きく開いた。

 世界が一瞬、光に包まれて、何も見えなくなる。

 

 

 真っ直ぐに、一直線に伸びて放たれたフォニックゲインの高エネルギー高密度粒子砲は易々と大気圏を突破し光速で月へと肉薄する。

 

 

 月が穿たれる、ついに月が壊されてしまう、誰もがそう思い諦めはじめた。

 

 

 

 

 

 

 ……だがしかし、その瞬間がいつまでも訪れることなく、それは月に当たることは無かった。最後の最後で少女の手から槍が離れてしまった為に月の中心に定めていた正確な狙いが外れ、月を貫通する事無く逸れてそのすぐ左隣を通り過ぎていく。さらに月の公転と地球の自転が合わさって、月は光の槍からどんどんと遠ざかっていく。

 

 発射から十秒ほど経ったが、尚も放出は止むことがない。閃光によって潰された視界は完全に回復したが、そこから目算しただけでも十分月の破壊は達成できてしまうだろうと弦十郎は考えていた。

 

 やがて粒子砲は細線となって消滅し、戦略級の威力をもつ撃槍はカランカランと音を立てて地面に落ちて横たわり、戦場に静寂が訪れた。撃槍は静かにその存在を粒子に変えて消した。

 

 

 

 あれから少女が動き出す事はなく、血塗れのまま弦十郎の一撃によって殴り飛ばされた岩山に埋もれている、今もずっと生温かい血涙を流しながら気を失って倒れていた。黒いシンフォギアの変身は解除されている。

 急いで弦十郎と緒川は少女のもとへ駆け出して行き、弦十郎はその身体を優しく抱き上げる。気を失っている少女の表情はどこまでも悲しみに溢れている悲痛なもので、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

 

 お姫様抱っこで少女を運ぶ弦十郎は、奇跡的に無事だった緒川が乗ってきた黒塗りの高級車に乗り、急いで特異災害対策機動部二課へと向かう。

 

 なんて不器用なものだ、心の底ではきっと助けを求めていた少女を、弦十郎自身が助けたいと願った少女を、弦十郎はその手で傷つけなければ助ける事が出来なかった。でも彼女を助ける為に、彼女を止める為に傷つけてしまったのは仕方なかったのだと、己の未熟を呪い唇を噛みしめる。

 

 傷つけてしまったからには大人の責任として少女に対し償わなければならない。身体の治療も、心のケアも、その全ての責任を果たさなければならない、そう心から決意する。

 今回の不幸は少女自身がおおもとの原因とは言え、少女だけが悪いとは言えないだろう。少女をここまで追いやった境遇や絶唱を使わせる前に説得出来ず止められなかった弦十郎、緒川たち大人の力不足など、原因は複合的に重なっている。ひとつひとつ解消して行く他あるまい。

 

 

 発射から数分経過しても月には何も変化がない事を確認し光の槍は見事に外れたのだとわかった弦十郎と緒川はようやく事態が終息したことに安堵した。

 

 

 ひと息ついたところで、突然電話のコール音が車内に鳴り渡る。音は弦十郎の端末から聞こえてきた。

 相手はきっとあの人だろう、二人は電話を繋げる前から予測していた。

 

 

 『ちょっと!?やーっと繋がったわよ!もう!一体何していたの!?こっちからいくら連絡しても繋がらないし』

 

 

 電話先の人物は桜井了子、珍しく何だかとてもご立腹のようだ。

 

 

 「了子君、すまんな。俺も緒川も別途で出ていたものでな」

 

 

 車を運転している緒川は発言せずにその行く末を見守っている。

 

 

 『ふーん、そ・れ・で、今あなた達は何処にいるのかしら?いきなり例のあの子の反応が出たと思えば、その後にトンデモない量のフォニックゲインが観測されたわ。こっちのモニターからも光の柱のようなものは確認できたし。……で、この電話を逆探知したら、あなた達の居場所はその観測点にとても近いのだけど、何故かしら?』

 

 

 ギクッとする大人二人、どうやら何もかも桜井女史にはお見通しなようで立つ瀬がない。質問に答えず無言のままにいると、電話口から溜め息が聞こえてきた。

 

 

 『……はぁ、まあ、おおよそ考えていた事ではあったけれども、せめて何か一言あってもいいんじゃないかしら?』

 

 

 「すまない、話やお説教はまた後にしてくれ、悪いがこっちは緊急事態だ」

 

 

 『んん、まあ後でみっちり説明してもらうわよ?こっちでも色々あったのよ、それについても話しておかなきゃいけないし。それで、一体何が緊急事態なの?』

 

 

 「例の少女だ、身柄を保護したが、絶唱を使った。全身傷だらけで出血も多量、意識不明の重体でとても無事とは言い難い。ここで悠長に救護班を待っている余裕など無いからな、急ぎ俺たちが二課へと搬送する!休暇で人員不足の今、もし途中で救護班と合流できるようならばそういう風に手配してくれ!それにICUを動かす準備もだ!こっちは確実に頼むぞ!!

 緒川、スピードをもっと上げろ!俺たちが法定速度を違反するのはいつもの事だから後でどうとでもなる、緊急車両扱いにすれば問題ないからもっと速くしろ!」

 

 

 「了解です、司令」

 

 

 『ちょっと待って!いきなり過ぎて話が掴めないわ!?絶唱?ICU?もう少しちゃんと説明を!』

 

 

 「こちらもすぐ本部へと戻る、話はそれからにしてくれ!……俺も少し疲れた、少し休むとする。また後でな、了子君」

 

 

 『ああ!ちょっと!?弦十郎く―――』

 

 

 ピッという電子音が鳴り、通話は終了した。

 弦十郎は手に持っていた通信機をズボンのポケットへと仕舞い、後部座席へと寝せた血塗れの少女へ視線を移す。

 

 呼吸をしているかどうかも怪しいほどに静かな少女、車に乗せる段階で応急処置の止血は済ませたがあまりに心許なく、仕事柄同じ仲間がこういう事態になってしまったことも経験はしているが、何度経験しても良い気持ちには絶対になれない。

 早い所彼女をICUへと搬送してやりたいものだ。

 

 視線を後ろの少女から窓の外へと移し、頭上の血塗れた満月を眺める。少女はあの月が人と人が争い分り合うことが出来ない原因であると、人類に掛けられた呪いの根源と言った。本当にそんな事があり得るのだろうか、まるで神話の世界のような話だ、とても俄かには信じ難い。

 

 しかし弦十郎は伝説上の遺物を現実にこの目で見てきている。翼が適合した天羽々斬、未だ適合者がいないガングニールをはじめとして、完全聖遺物であるネフシュタンもそうした伝説上の産物。

 月が呪いの根源と言うのもこうなってくると有り得なくなくなってくるのかもしれない。

 

 しかし、少女の言葉の証明が出来るのはきっと難しいのでは無いだろうか……、弦十郎は頭を悩ませる。これまでそのような事は聞いた事がない。聖遺物周辺を洗い出す為に血眼になって神話や逸話と言ったものは調べ上げているが、それでも月から呪いがかけられているという史実を発見出来ていない。月が不和の象徴とされているのは各所で聞きはするがそれはあくまで伝承上の比喩表現に過ぎないために信用出来ないものだ。

 

 

 

 ……これは了子君に相談するべきか……。

 

 

 いよいよもって少女の勘違い説も有力になってきそうだ。

 だが今決め付けるのは良くないので少女の治療を最優先にしてからだろう、話はそれからだ。そもそもここで少女の生命が尽きてしまっては元も子もない。

 

 またしても特異災害対策機動部二課に怪我人が増えたな……。予想以上に傷が浅い翼はそろそろ目が覚めてもおかしくない頃だが、どの程度回復できたかもう一度見舞いに行くか。

 

 

 公道から高速道路へと乗り替え、ガンガンに攻めて走って行く緒川の運転する車、その速度ですら今は遅いと思えてしまうもどかしさを胸に色々と思案しつつ、弦十郎は都市部の夜景を見ているだけしか出来なかった。

 

 

 

 


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