戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE13 夢に沈み、闇の奥へ

 

 

 

 

 

 とても高いところから真っ逆さまに落ちて行く感覚がする。

 

 

 恐る恐る目を開ければそこは明るくて何もない青いところだった。色合い的には空や海の色に近い。

 

 

 

 けれど、空高くから落ちているにしては地上は見えなくて底には何もない。落ちてきた上の方を見上げてみれば、陽の光はあって明るいし、雲も風の流れによって何処かへ向かって行ってしまう。落下するときに聞こえる風切り音も耳に強く響いている。

 

 じゃあここは空高いところかと言えば、私の口から水泡が出て空気が逃げて行くみたいで、まるで水の中や海の中のよう。でも何故か呼吸が出来て苦しいわけでも無い。もう一度口を開けてみればゴボゴボと空気が出て行く、でも水を飲んでる訳じゃない、その繰り返し。

 それに海の中にしては周りは明るくて、水の抵抗を感じないし目を開けても痛くない。

 

 

 

 

 私は空の高いところでも、海の深いところでも無い、――そして誰もいない、とても不思議な空間にいた。

 

 

 

 

 

 ……ここは……?

 

 

 

 何処だか分からない。現実にこんなところがある訳がないし、私はこんなところに来た覚えがない。

 現実世界の世界じゃないとすれば、ここは夢の中。

 

 

 

 

 ……そっか、私、夢を見ているんだ……。

 

 

 

 私は私の意思とは関係無しに止まりもしないでどんどん落下していくようだった。実のところ、止めるつもりもなかった。夢にしても理解不能な不思議な場所で、私は自由落下に身を任せていた。

 

 

 何で私はここにいるんだろう……?

 

 

 私はどこまで落ちていくんだろう……?

 

 

 ……私は、一体どうなるんだろう……?

 

 

 ……私は、いつになったら目が覚めるんだろう……?

 

 

 

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 その問いかけに答える人や教えてくれる人は誰もいない。

 

 

 

 ……まず、ここは何処?

 

 ――ここは夢の中、私が今見ている夢の中。

 

 

 ……じゃあ夢を見る前は何をしていたの?何で私は眠って夢を見てるの?

 

 ――少しずつ思い出していこうかな。

 

 

 確か私は過去に来てしまって、この世界の翼さんや師匠と出会ってそれから、それから……、月を、壊そうとした。

 

 

 私が空を飛んで誰も居ないところにいった後にやって来た緒川さんと戦って、それから師匠がやって来た。師匠は私が月を壊そうとしたのを間違っている夢だと言った。そう言われた後、頭の中がぐるぐるしてグチャグチャになって何も分からなくなった、何も考えられなくなった。

 

 頭が考えることを拒否しちゃったんだ。

 

 

 ……そこからは、あんまり覚えてない。

 けれど、矛盾してるようだけど何かをしたような気がしている。

 

 

 私は一体、何をしたんだっけ……。

 

 

 

 

 …………………。

 

 

 

 ……………………………。

 

 

 

 …………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………ぁ……、………そっか、私、歌ったんだ、ひとりだけで……。

 

 

 

 絶唱を。

 

 

 

 

 S2CA――みんなで絶唱を使った時とは今回は違って、力を調律することも、痛みや苦しみをみんなで分かち合って分散させる事も無かった。ただただ力任せにエネルギーを解き放った。もちろん、XDモードでもないからその負荷は何倍にも重くなっちゃうはず。

 

 

 あの時、無理に絶唱を使ってとても無事だったとは思えない。

 私のもつ全ての力を、文字通り生命の全部をエネルギーに換えるように絶唱を歌ったんだ、自分がどうなるかなんてことは頭の中には無かった。

 

 

 じゃあ、ここは夢の中じゃなくて天国……?

 

 

 

 ……いや、私がいるのはきっと地獄だ。

 

 天国だったならこんなに苦しい訳がないよ……。

 

 

 

 

 ……どうして、師匠は私が間違っているって、言ったんだろう……。

 

 

 私の全てで月を壊す事が出来たなら、バラルの呪詛からみんな解放されて、争いなんてなくなるのに……。

 

 私はその後月がどうなったか分からない。

 もともと不確定要素ばっかりの破壊方法だったから、もしかしたら失敗しているかもしれない。

 

 

 ……また、私は何かを間違えたのかな……?

 

 

 間違えていたから、正しくなかったから緒川さんや師匠は私に攻撃してきたのかな……。 

 絶唱を歌う前後で何をしていたか記憶が曖昧で、絶唱を歌った事実だけが私の胸に残っている。

 もし暴走なんて状態になっていたら……

 

 

 ……まさか、師匠も緒川さんも、私のせいで……?

 

 

 ……。

 

 

 ……もう、何が良いことなのか、何が正しいのか、一体何を信じればいいのか分からなくなっちゃった……。

 

 

 

 

 

 自分の都合だけを考えて裏切ったり責めてきたりして、私から大事なものばかりを奪っていく他人も、そんな人たちを助けようと信じていた正義も、それを信じた偽善者な私も、そうやって誰かを不幸にして傷つけ続けた私が見た夢すらも、もう、何もかもが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………なんで、誰も、私を助けてくれないの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当にひとりぼっちだった。

 不思議なこの世界にいるのは私ただ独り。

 

 

 誰も助けになんて来てはくれない。

 

 

 ……誰もこんな世界にやって来る訳がない。

 

 

 ……やっぱり、私が悪いから味方が誰もいなくなっちゃうのかな……。

 

 

 

 

 

 いつの間にか落下速度は緩やかになり私は浮遊して漂うようになっていた。私は膝を抱えて体育座りのように身を縮めて揺蕩う。

 

 空のようで海のようなこの空間、明るかった上の空が段々と暗くなって夕方へと移り変わり、やがて夜がやってくる。

 太陽の光が無くなると、見渡す限り辺りは真っ暗でまるで海の底。宇宙に数多輝く星の光がこの夜を照らす事もない。

 

 

 

 

 

 

 何もない真っ暗なこの空間。

 

 

 

 

 まるで、今の私と同じ。

 

 

 

 

 

 

 ……そもそも誰のことも信じられなくなった私が、誰かに助けを求めること自体が甚だおかしいのだろう。

 

 

 やっぱり、私は誰かと一緒にいるより、孤独に一人、淋しくいる方がお似合いなのかな……。

 

 

 だから、神様は私をここへ連れて来たのかな……。

 

 

 ここまでやってくると、なんだか涙も出てこないや……、まるで、これが当たり前なようにも思えて来た。

 

 

 私は温もりを求めはいけないと、温もりを求めれば必ずその人を傷つけると、だから私は、独りでなきゃいけないと。

 

 

 

 自分で考え出した三段論法がとても正しく聞こえてしまう。

 

 

 

 ……バラルの呪詛を解かずしてみんなが幸せになる方法は何か無いのかなと考えてみると、その答えはすんなりと出てくる。

 

 

 ……それは、厄病神な私が誰にも関わらずひとりぼっちになれば、みんなは不幸にならず、幸せに暮らせてしまうのではないのか……?

 

 

 どんな感じに考え出しても結局はここに行き着いてしまう。

 

 

 酷いものだとは思えない、だって世界がそれでより良い方へと向かっていくならそれが一番正しいことなんだから。 

 

 

 

 みんなが幸せならばそれに間違いは存在しないんだから。

 ……それが、みんなにとって、一番正しいことなんだから……。

 

 

 

 ……だから、私は……。

 

 

 

 目蓋が重くなり意識が静かに沈んでいく。

 まるで、深い眠りにつくかのように。

 まだまだ身体はゆっくりと勝手に下へ下へと向かって行き、私の身体と意識は暗くて深い底無しの闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少ない人数を動員した救護班と合流した後、二課本部へと到着し絶唱を使った少女を緊急治療室へと送り込んだ弦十郎と緒川の二人はその足で翼の元へと足を運んでいた。何でも桜井了子も翼の病室へと向かったそうでと伝えられ、翼の容態も知っておくそのついでに事の説明とお詫びをしようという思惑からだ。

 

 

 ノイズの襲撃とあの少女との戦闘から3日目の夜、風鳴翼は目を覚ました。

 事件直後も重症を負うような凄まじい攻撃を受けたとは思えないほどの傷だったが入院後も思いの外回復が早く、何でももう一眠りしたら明日の朝には退院出来て何事も無かったかのように日常生活は送れると、二課直属の医師は言う。

 

 実際、目の前の翼はピンピンしているぐらいだ。手を握ったり開いたりして力の入り具合を確かめている。

 

 

 

 「翼、身体の調子の方はどうだ?」

 

 「はい、特別思うところはありません。ただ、少し疲れてしまったような感じがするぐらいですが、これぐらいなら問題なく歩いたり出来ます」

 

 「酷い倦怠感も無さそうね。だけど念のため、翼ちゃんの出撃や戦闘訓練は少し控えさせてもらうわよ?これで病状がまた悪化したなんて事になったら大変だからね、走り込みなんかの体力作りもまだ遠慮していてね?」

 

 「はい、分かりました」

 

 「うむ、よろしい。メディカルチェックを何回か受けて、検査結果に問題が見られなければ元の生活リズムに戻しても大丈夫よ」

 

 

 物分かりが良くて素直な風鳴翼にとても満足気な桜井了子、主治医と共に桜井了子は補助的に翼の治療を行っていたので、それを知った翼の方も感謝はすれど、特に文句は出てこなかった。

 

 

 「お前がやられて一時はどうなることかと思ったが、ピンピンしているようで安心した。翼、今日はもう寝るようにしてしっかり休め。動けるようなら明日から少しずつリハビリを進めてくからな」

 

 

 時間帯は深夜で無いにしても夜10時とまあまあ遅めの時を刻んでいる、いつまでも起きているのは病み上がりには毒でしかないので弦十郎は翼に対してもう休むように告げる。

 

 

 「分かりました、司令」

 

 

 「それじゃあね、お休みなさい」

 

 「翼さん、ゆっくり休んでください」

 

 「翼、また明日な」

 

 

 「はい、お休みなさい」

 

 

 桜井了子、緒川慎次、弦十郎らは各々言葉をかけて翼の病室から退出する。

 それからすぐに病室内の明かりが消えた。

 

 

 

 そして一行は件の少女が緊急手術を受けているICUの控え室へと入る。此処からはその手術風景がガラス越しに見え、手術を受けている少女の様子も確認することが出来る。

 

 

 

 「……さて、そろそろ本題に入りましょうか?」

 

 「そうだな、いつまでもこの問題を放っておくことは出来まい」

 

 

 そう言って弦十郎は胸ポケットの中から勝手に拝借した少女のギアペンダントを桜井了子へと手渡した。

 

 

 「……これは」

 

 「あの少女の持っていたペンダントだ、誠に勝手だか後で詳しく解析してもらいたい。君が作ったものと殆ど外見は一緒、とすればやはりこれはシンフォギアのペンダントであると推定出来るだろう」

 

 「……でも私たちはあの子のことを知らないのよ?貴方だってあの子のことは初めて知ったでしょう?」

 

 「あぁ、確かに俺たちにとっては初対面だった。だか、彼女にとってはそうでは無いらしい。実際話してみたが二課の事はおろか、説明せずとも俺たちの事を知っているらしかった。その上、会話の中でどこか俺らを全面的に信頼している節も見られた。……途中からは戦闘になってしまったがな」

 

 「僕自身も少し会話をしました、その時もあの子は僕の方を一目見て僕の名前を呼び、認識しました。普段から僕のことを知っていたような雰囲気も感じましたし、恐らく了子さんのことも知っていることかと」

 

 

 弦十郎はあのマンションでの会話の様子を思い出し簡単に伝えた。

 少しだけ少女と話した緒川も弦十郎の意見に賛同する。

 

 

 「……うーん、どうしたらいいのかしらねぇ……。私たちが知らないのに彼女は知っていると、それに加えて作った覚えもないシンフォギアを持っているのもイマイチよく分からないわね、私が作ったガングニールと天羽々斬のシンフォギアはもれなく無事だったし」

 

 「俺たち二課がどんな組織か、シンフォギアを扱える適合者がどんな存在なのか、ノイズとシンフォギアの関係性も分かっている素振りだった。それなりに詳しいのだろう、ギアの扱い方も申し分ないほどだから素人ではないはずだ」

 

 「そう、それもおかしいのよ。何でそんな事まで分かってしまってるのかが。シンフォギアや適合者については二課だけでなく政府が直々に強固な情報封鎖をしている訳でしょう?そんな極秘事項をこうも理解しているだなんて誰かが教えない限りは無理よ」

 

 

 しかし、桜井了子は己の生み出した技術や情報が流出している事態に疑いの姿勢を保持している。

 

 

 「二課の中に誰かスパイが紛れ込んでいるとでも言うのか?」

 

 「私たちが直接選びとって、守秘義務も徹底させてるオペレーターや研究者たちにそんなものいないと思いたいのだけれど」

 

 「だな、確かにスパイがいるような線は無さそうだ、俺たちもそんな奴が出てきたら徹底的に潰して何処のものか炙り出しているしな。……そしてこれも予測の域を出ていないがあの子は特別何処かの組織に与するものではないと思っている」

 

 「その根拠は?」

 

 「仮に君のシンフォギア技術が何処からか漏洩し新たにシンフォギアが作られたとしよう。敵対関係にある組織の者が相手に対して無防備な格好を晒し、況してや警戒感を抱かず信頼を寄せるような形で自分の大事な過去をつらつらと話すだろうか?寧ろ口を堅くして情報を漏らそうとせずに威嚇の一つぐらいしてもいいはずだ」

 

 「なるほどね、隙あらば奪おうとするこの殺伐とした裏の世界ではそんなことはあり得ないと。確かに言っていることは分からなくもないわ。

 ……それでも、あの子がどうやって私たちのことやシンフォギアについて知ることが出来たかについては説明できてないわよ?それに、もしかしたら何処からか逃げ出してきたのかもしれないのだし」

 

 「それもそうだが、だからこそまだ予測の段階のままだと言っているに過ぎない、まだ確証などどこにも無い」

 

 

 

 少女を擁護する弦十郎や緒川に対して実に懐疑的な桜井了子、互いにその姿勢を崩さないが、議論を交わすときの構図としては良いのだろう。

 

 

 

 「あの子の過去、ね。一体どんな事をあの子は貴方に喋ったのかしら?」

 

 

 桜井了子からの問い、それに対して弦十郎は一瞬閉口するが意を決して事の顛末を語ることにした。

 

 弦十郎が語ったのは、彼女がノイズとの戦闘を幾度となく繰り返してきたこと、彼女が人助けをしていたこと、そして戦争に巻き込まれ人間の醜悪な一面を見た上に、その戦争で大事な親友を失ってしまったということだった。

 人間というものに絶望し、帰るところも己の生き方さえも見失ってしまったのだと、弦十郎は少女について桜井了子に伝えた。

 

 

 

 「……それは、軽い同情なんて出来ないものね」

 

 

 

 桜井了子の少女を見る目が変わった。

 今まで向けていた訝しげな視線は哀れみへと転じる。

 

 

 「それでもなお、あの少女は他の人の幸せを願っていました。人と人とが仲良くできるようにと、そうなる事を願って。とても優しい子です、優しすぎるぐらいです」

 

 

 緒川慎次はその表情を苦しみに歪める。

 この胸の遣る瀬無さや苦しみは、あの子の感じている何分の1かも分からないのに、こんなにも酷く苦しく残酷な事があっていいのかと思っていた。

 想像しただけでもこんなにも苦しいのに、と。

 

 

 「あの子が一体全体どこからやって来た誰なのかという事や、そのシンフォギアや知識はどうやって手に入れたのか、そしてどこで活動していたのかは不明だとしても、実際にシンフォギアを使える状況からも察するに、そのシンフォギアでノイズとの過酷な戦いや多くの人を助けていた事は紛れも無い事実であるということね……」

 

 

 「居場所も無くまともな睡眠も食事も摂れてなかったのだろう、俺たちが出会った段階で彼女は痩せ細りとても(やつ)れていた。そんな満身創痍な状態でも彼女は無理してシンフォギアを纏って戦い、終いには絶唱までも放った。それがどんなに辛い事か、俺たちには想像も出来ない。

 傷ついた少女を助けるために少女を傷つけ、少女の夢を潰さなければならなかったのは俺たちへの盛大な皮肉さ。結果としてあの子は夢を叶えられず傷ついたまま。俺たちは何もしてやれなかった無力な連中よ、全く、情けなくて堪らん」

 

 

 控え室にある座席に座り、肩を落とし目を瞑って下を向く弦十郎。

 

 国家役人としても人類守護の任を受け持つ風鳴家の一員としても、人助けの仕事についているが、目の前の女の子一人満足に助けられないことに無力感を感じてしまう。名前ばかり、肩書きばかりが凄味を増して目立つ一方で、困っている少女に対して大層なことは何もしてやれない自分を恥じた。出来たことと言えば本当に取り返しのつかなくなる前に力でもって止めたことぐらい、事が大きくなる前に何とか出来なかったのかと、弦十郎は反省と少しの後悔をしていた。

 

 

 翼の時とは反対に少女の容態はとても酷い。食べるものも食べていなかったのか、栄養失調のようになっている状態で相当にエネルギーを費やすシンフォギアを、そして絶唱を使用、無いところから無理矢理エネルギーを持ってきてしまって無事なものか。

 

 

 シンフォギアを使用するにあたって普通に考えれば、周りの人間は装者の健康状態をシビアに確認することが必須だ。聖遺物の力を引き出すシンフォギアからのエネルギーの負荷は装者の身体を容赦無く蝕んでいく。慣れや適合係数によってはその負荷も幾らか軽減されていくこともあるだろう、しかしそれでも健康を害さない保障などない。一見無事だった翼でさえも厳格なメディカルチェックを何度もパスしなければ再びシンフォギアを纏い戦うことは許されないだろう。

 

 

 それだけシンフォギアというものは己が身をも壊す諸刃の剣、装者もその周囲の人間たちも生半可な気持ちや態度でシンフォギアを装者に使わせてはならないのだ。

 

 それが、シンフォギアを纏う前段階から健康状態が既にマイナスだった少女はシンフォギア使用によるエネルギー負荷と絶唱によるバックファイアをもろに受けてしまった為にあまりに傷が深い。加えて最後の弦十郎の一撃もあるのだ。

 

 命の限りを尽くし、全てを棄てて解き放つ絶唱を使って生きて帰って来れるのかも怪しいのに、それ以上に少女の傷は何重にも重なっている。最悪の場合死に至るのも有り得てしまうが、そんな事態にはなって欲しくないし、人助けを生業としている三人の中に、人が死んで喜ぶような人物はいない。

 

 

 

 そもそもシンフォギア装者となれる人物はとんでもなく稀少価値がある。弦十郎や桜井了子たちが日本中必死になって探し出しても適合者が見つかる確率は限りなくゼロに近く、今回この少女が現れたのはある種渡りに船でもあったのだ。

 

 

 不謹慎にもそんな現実的な事を理解してしまっている三人だからこそ、少女の無事を願っていた。

 

 

 そこで会話が途切れ、大人たちは今も続く少女の手術を見守ることにした。

 

 

 長い間沈黙が場を支配し、ひとえに時間だけが過ぎ去って行く。

 

 

 

 ふと腕時計を見てみたら気が付けば30分以上も黙ったままだったようで、桜井了子は、思い出したと言わんばかりに弦十郎へ話しかける。

 

 

 

 「……そう言えば、あの子の名前、なんていうのかしら?」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 その言葉に、弦十郎も緒川も返す答えが無かった。

 

 

 「……まさか、名前さえも知らないって言うの!?」

 

 「……あぁ、そうさ。俺や緒川は、あの子の名前一つも知らずにやり合ったのさ」

 

 「…………ッ」

 

 

 衝撃の事実に絶句する桜井了子。その様子を見た緒川は弦十郎を援護するかのように会話を繋ぐ。軽く俯き目を閉じて彼女の言葉を思い出すように。

 

 

 「……決して名前を訊かなかった訳じゃないんです。けれど、あの少女は自分の身元に関することは何も喋らなかったんですよ。話したことと言えば、自分の過去と叶えたかったあの子の夢だけでした」

 

 「……あの子の夢については、何か聞かなかったの?」

 

 

 

 「………………、……月を穿ち、破壊することによって、みんなが仲良くできるようになり、そしてみんなが幸せになれる。そんな事を彼女は口にしていた」

 

 

 

 「……ッ!」

 

 

 

 雷に打たれたかのように目を開いて驚愕する桜井了子、その様子は俯いて下を見ていた二人には分からなかった。桜井了子はその驚きを見せないように二人に対し静かに背中を向ける。

 

 

 「了子君にも聞いてみたいものがあった。神話や伝承の中で月が不和の象徴として描かれることは稀にあるだろうが、それは物語の構成上情景描写としてそういう表現をしているに過ぎないと俺は思っている。しかし、あの少女は現実に月が人類に呪いをかけていると言った。……本当にそんな事が有り得ると思えるか?」

 

 

 視線を床から桜井了子がいる方へと向けなおし、二課へと帰ってくる道中も相談したかった事を桜井了子へとぶつける。

 考古学者として何かを考え込み思考を整理しているのだろうか、桜井了子は黙ったまま。今呼びかけるのも悪いと思い、弦十郎と緒川も沈黙してその返答を待つ。

 

 

 

 十秒もしないうちに桜井了子は言葉を発した。

 

 

 

 「……月が人類に対して呪いをかけている、ねぇ……。聖遺物に多く関わって来た考古学者としては大変興味深いものだし、確かに神話の産物たるロストテクノロジーの塊が少なからず発見されていることからも全くその可能性がないわけじゃ無いと思うわ。弦十郎君が言った通りお伽話の中にもそのような記述がある事からも推測することは出来なくもない。

 けれど、私の持論からすればそれは荒唐無稽で杜撰な推測、証明するのは非常に難しいと思うの」

 

 

 「何故、そのように思う?」

 

 

 桜井了子は弦十郎と緒川の方へと振り返り、顎に手をあてて思案しつつ根拠を述べる。

 

 

 「まず一つ目に、私たちはその呪いの存在をこの目で確認できていない。その呪いが月にあるっていうならばその表面か月の内部のどちらかにあるはず。月の表面は月面着陸や人工衛生写真で昔から何度も何度も確認されているけど、特にこれといったものは何も観測されてない。

 

 内部にあると言われても確認のしようがないわ、放射線を使った写真撮影で非科学的な呪いが写っている訳でもないんだから見る事が出来ない。呪いを発する器官があれば話は別だけどそれにしたって見つけるにはそれこそ月を破壊して見なければ分からないわ、放射線で月内部の構造を調べてもそんなものは無かったのだし。

 

 はたまた本当に呪いが存在するのかもよく分からない。私たち人間は本当に呪いにかかっていて争うように出来ているの?人間は良くも悪くも争う事で栄枯盛衰をはかり進展と没落を繰り返して来た生物、争いが呪いによって仕組まれてているとするならば、もし呪いが無いなら人間は一切合切成長しないっていうことになってしまうわ、それもまた可笑しな話じゃない?このままだと、まるで都合の悪い争いだけを取り上げてそれを訳も分からない呪いの所為だとする後付け路線も考えられてしまうわ」

 

 

 「何か、それ以外にも理由があるんですか?」

 

 

 「こっちの方が案外理由としては大きいかもね。……地球上全ての人類に対してかかってしまうほどの呪いをかける事が出来るのは一体誰なのか、まして人間が生身で到達不可能な宇宙空間にある月に呪いの発生装置を付ける事が出来るのは一体誰なのか、そんな大逸れた事を出来るのは者は一体誰だと思う?」

 

 

 桜井了子は問いかける。

 しかし考えて欲しいだけであって答えは求めていないようだ、そのまま話を続ける。

 

 

 「そんな事が出来るのは全知全能の神、もしくは神にも等しい力をもった何者かしかいないわ。少なくともただの人間には到底出来ない芸当よ」

 

 

 「……考えてみればそれもまた当然か……」

 

 

 「いよいよそうなってくると、月が人類不和の呪いの根源ということの証明をするには神が存在したという事実が必要になってくるわ、その論争は大昔から幾度となく繰り返されて来たもので互いの主張は平行線を辿っているまま、今の私たちをもってしても出来ない領域の証明よ。

 

 現代にとって異端技術である聖遺物の存在が神がいたかもということを暗に仄めかしているかもしれないけど、史実や伝説を洗いざらい探し回っている私たちですら神がいるという確証を持てていない、オカルト混じりの実態を科学として日々研究している私たちがそこで安易に宗教絡みで神が実在していると断言してはならないから難しい訳だし。

 

 それに本当に神と会った事があるという人が居たとしてもそれを証明をすることは不可能だわ。神に会ったことがあるなんて言えばこの現代社会においては虚言にしか捉われないうえに、仮に本当だったとしてもそれは本人にしか分からないのだからね、科学として成り立たせることは殆ど不可能。

 

 聖遺物を所持していた人物が神にも等しい力を持っていたという伝説は世界各地に点在するけど、実際は戦争で活躍した英雄が誇張表現を加えられて祭り上げられただけで、超巨大な呪いを発することの出来る程の特殊能力を持ってたかどうかは怪しいもの。残念ながらあくまで寝物語の域をでない物もあるのよ。神話や歴戦の英雄の話っていうのは、昔存在していた王家の人間がいかに自分が由緒正しい血筋にあるかという証明のためのこじ付けた物語であるっていう可能性も否定できないっちゃ否定できなくもないし……、実際問題神話が本当なのかってことを研究しても本当に詳しいところは何も分かっちゃいないのよ。本当にそんな力を持った人物がいたのかもしれないし、いなかったかもしれない、という非常に曖昧模糊としたお話になっちゃう。

 

 この話をすれば、じゃあ聖遺物とは一体何なんだ?となるけどそれはまた別問題ね、……まあそれが分かってしまえば考古学者なんていう職業は要らなくなっちゃうのだけれど……。

 

 今考えただけでも証明はとても難しいわね、如何かしら弦十郎くん?」

 

 

 ふぅ、と即興の考古学講義を終えた桜井了子は溜め息をつく。この即興講義を弦十郎からの問いかけに対する答えとし、弦十郎に意見を求めた。

 

 

 「十分納得ができる論理ではあるな。そうだな、ここまでの確固たる根拠は無かったが俺も殆ど同意見だ。……やはり、少女の思い違いが濃厚かもな……」

 

 

 天才考古学者をしても難しいと言わせるのだ、少女が一体どのような経緯で月には呪いがあると思ったのか、それについても問いただして行かねばなるまい。

 そのためにも今は少女が無事に回復するのを待つしか無い、少女の事案に関しては行き詰まりかけてるのでしばらくの間は棚上げすることにしよう。

 

 ……何とも、複雑な感じがして堪らないな……。

 

 そう考えた弦十郎は座席から立ち上がる。

 そういえば……、と桜井了子が何やら言いたげだったので弦十郎はそれを促す。

 

 

 「どうした?了子君」

 

 

 「自分の意見を言うのに熱中しててすっかり頭から離れてたけど、今日の夜、だいたいリディアンの教職員も帰った頃に此処二課本部に侵入者がいたわ」

 

 

 「えっ!?」

 

 「何だとッ?」

 

 

 まさかのカミングアウトに驚く二人、秘密主義に幾重にも守られた二課本部の場所が暴かれ、侵入を許してしまうとは思いも寄らなかっただろう。

 それ故に弦十郎は責任者として話の続きを聞こうとした。

 

 

 「何でそんな大事なことをもっと早くに教えてくれなかったんだ?」

 

 「あ・な・た・た・ちが、私の話をちゃんと聞こうとしなかったからでしょう!」

 

 「うっ……」

 

 

 やはり根に持っていたようだ……。

 思い当たる節がありすぎるので素直に飲み込むことにする。

 

 

 「侵入者か、一体どんな奴だ?」

 

 「これがなんと翼ちゃんとそこまで歳の変わらない女の子。捕らえたときに二課の通信機を持っていたわ、個人用に作られたものでなく汎用機だったために出自は不明だったけど、何処から手にいてれ此処へやって来たみたいね。ちゃんとする為にも通信機もナンバリングして管理しておこうかしら……?情報封鎖はしているのにこういうところは杜撰すぎたわね」

 

 

 「なんと……」

 

 

 翼とそう変わらない女の子、と言うことは中学生かそこらの年齢だろう。この際、誰がヘマをして通信機を紛失したのかどうかは置いておくとしても、最終的に行き着く問題は、『何故こんなところにやって来たのか?』といことだ。

 

 

 「国際スパイという訳じゃ無いんですよね?」

 

 「偶然やって来たにしては勝手が良すぎるけど、見た感じただの一般市民だったわ。そこんところは貴方の隠密チームが情報収集と整理をしてるから、後で詳しく見せて貰いなさいな。そんじゃまた明日ねー」

 

 

 緒川との会話ののちに部屋を後にして出て行く桜井了子を見送り、弦十郎、緒川も同じく控え室を出た。

 そこで二人も各々に別れ、緒川は自分の受け持つ隠密部隊のいる所へと向かい、弦十郎は司令室へと戻り、ドカッと司令の席へと座り込む。

 

 

 またしても厄介事の匂いがすると頭を痛める。最近はめまぐるしく色んなことが起きてしまっていて心安まる時間も少ない。今日の休暇も返上して少女の元へと向かった為にここしばらく趣味の映画鑑賞も出来ていない弦十郎は少々ストレスが溜まっていた。

 

 

 俺もどっかで丸々休みを取ろう……。

 

 

 そう心に決めた弦十郎は緒川から送られて来た先ほどの侵入者についての情報に目を通す、と、そこには侵入者の少女の顔写真とあまりに予想外な情報が記載されていた。

 

 

 

 

 「……天羽奏、長野県皆神山でのノイズ襲撃事件に於いて、唯一の生存者、だとッ?」

 

 

 そこで何かを思い至った弦十郎は過去のノイズや聖遺物反応の観測履歴のログを確認する。

 

 

 「確か、少女の反応が最初に観測された地点は皆神山だったか……?それにしても何でまた……」

 

 

 デスクモニターに現れたのは予想に違わない事実。

 新たに浮上した厄介事、全く関係の無さそうだった黒いシンフォギアの少女と何か関係があるのではないのかと嫌な予感がする弦十郎だった。

 

 

 

 夜更けにあった二課本部に朝が来るのはまだ先のようだ。

 

 

 

 

 


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