戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE14 激情を奏でる思い出に

 

 

 

 

 翌日、事情聴取するべく監禁室へと連れてこられた少女は、まるで手負いの獣だった。

 

 

 

 「離せッ!!このッ!!ぐッ!!ッ!!」

 

 

 

 椅子に座ったまま身体を縛り付けられ身動きが取れない少女の名は、天羽奏。長い赤色の髪と共にガタガタと椅子を揺らして何とかこの拘束を解こうと試みるが、身体の其処彼処に何重にも拘束具が取り付けられ、きつく巻きつかれている為に一切の緩みが生じていない。それでもなお天羽奏は諦めずじたばた抵抗を繰り返えす。

 

 

 「いい加減、あたしを自由にしろ!!!」

 

 

 その目の前には深紅色の髪の毛の大男と黒スーツの一団が立ち並んでいる。他にも監禁室内からは見えないが一方向からのみ見えるガラスを挟んだ向こう側にも数人の大人の姿があった、恐らくはこれからやり取りが行われる事情聴取の記録係であろう。

 

 そして身長195cmにも届きそうな赤毛の大男の隣には、その男の肩より下ぐらいの身長の――おおよそ160cmに届くかどうか――青髪の女の子がその場の雰囲気には似合わない服装で立っていた。どう見ても育ちが良く、いいトコのお嬢様な雰囲気を持つ少女の名前を風鳴翼という。翼は目の前にいる少女、天羽奏の飢えた獣のような形相と激しく暴れる様子に唯々圧倒されてしまいピシリと硬直しており、情けなく口を小さくポカンと開けてしまっていた。思わず赤スーツの大男の後ろに隠れてしまう。

 

 隣の大男、翼の叔父である風鳴弦十郎は黒服の一団の一人に話しかける。

 

 

 

 「その子が報告書にあった……」

 

 

 「天羽奏、14歳。先日ノイズに襲撃された長野県皆神山聖遺物発掘チームで唯一の生存者です。事件当日は休日でしたので両親が家族を現場に連れてきていたのでしょう、そこを襲われ両親と妹が亡くなり天涯孤独の身、皆神山の遺跡部からやや離れた森林にて事後処理に駆けつけた二課の救援隊に保護されました。簡易的な検査を終え、口座に補償金が振り込まれたのを確認した後、本人の希望で自宅へと移送された筈でしたが……」

 

 

 

 その後に続く、口にしなかった言葉は『どうしてここにやって来てしまったのか?』だった。

 

 しかし、天羽奏は大人たちに考えさせる時間を与えなかった。

 

 

 「……今の口振りからして確信したぜ、テメェら、ノイズと戦っているんだろ!?だったらあたしにも武器を寄越せ!!あたしにノイズをブチ殺させろッ!!」

 

 

 天羽奏は力の限りに叫ぶ。

 そうまでしてノイズを倒す事に執着するのは一体どんな理由があるのか、考えられる事は……

 

 

 「両親と妹の、家族の仇を討つつもりか?」

 

 

 「あったりめぇだッ!!!でなければ、わざわざこんなところに来たりしねぇ!!今すぐ奴らをぶっ殺す力をくれ!!」

 

 

 ノイズとの戦いは誰にでも出来るというわけでは無く、その上に多く降りかかってくる困難と苦心を受けることを避けられない。常人の生き方から外れた人生しかなく、そこに平穏な生活など無い。

 

 日の当たる場所へと天羽奏を帰すべく風鳴弦十郎は進言する。

 

 

 「……辛いだろうが事件当日の事を俺たちに教えてはくれないか?両親の仇は、俺たちが必ず取ってやる。だから君は――」

 

 

 「眠てえ事言ってんじゃねぇぞ!おっさん!あたしの家族の仇は、あたしにしか取れないんだッ!!そんなもの当たり前だろッ!!」

 

 

 しかし、その事を知ってか知らずか天羽奏は引き下がることは無かった。

 

 

 「……じゃあ、あんたは自分の肉親が殺されて、仇討ちが出来ない状況となっても何もせず黙って泣き寝入りするたちなのか?そんなガタイの良い図体してそんな訳ないよなァ?絶対ぇどうにかする筈だろう!?」

 

 

「…………」

 

 

 

 弦十郎は閉口する他なかった、まさに彼女の言葉の通りで、自分も家族を失ったならば例えどんなに止められようとも仇討ちの一つや二つぐらいやってのけてしまうだろう。図星でしかないご指摘だった。

 

 そして天羽奏は弦十郎の隣にいた翼の方を、キッと睨み付ける。翼は蛇に睨まれた蛙のように竦みあがってしまう。

 

 

 

 「ひっ!!」

 

 

 

 「……そこにいるそいつが使っていた武器があれば、あたしにだってノイズをぶっ倒せるんだ。だからあたしにもそいつを寄越せッ!!」

 

 

 「……どこでその存在を知った?」

 

 

 その事を聞いた弦十郎は視線を鋭くさせ、凄みを効かせた低い声で威圧する。

 

 しかし、その威圧も天羽奏には効かず寧ろ悪戯を成功させた子供のように機嫌を良くさせてしまい、天羽奏はニヤッとした笑みを浮かべている。

 

 

 「……へっ、二度もあたしの目の前でその力を魅せつけられたんだ、あの時の出来事はどっちも目蓋の裏に深く焼き付いているに決まっている。

 秘密主義を敢行しようとしているらしいが、どうやら情報封鎖は完璧じゃなかったらしいな。あたしの両親は発掘チームの一員としてあんたらと少なからず関わっていたらしくてな、あたしの欲しい力の事については無かったが両親が遺してくれたデータの海にあんたたちのことが記されていたんだ。

 ここにくればあたしの望みが叶うと思い居場所を探し始めたさ、場所を特定するまで結構手間はかかったがようやく辿り着いた!こんなチャンス、絶対に逃す訳には行かねえんだよ……。

 

 ……ノイズに触れても炭素化する事なく身体は弾かれるだけ、こっちから攻撃しようもんならノイズは炭塊となって塵々に崩れていくと来たもんだ、もしあたしにもその力を扱えるならば心が踊らない筈がないじゃないか!これでようやくあたしの夢が叶うんだ!」

 

 

 奏が話している間、弦十郎はしばし黙考する。

 

 シンフォギアを扱えるものは非常に限られた人間だけだ、聖遺物と人間の身体とは隔たりが大きいために、その隔たりを出来るだけ小さくして聖遺物の力に適合することは並大抵では叶わない。現状、適合者となっているのは翼とあの少女のみ。少女の方はどうか分からないが、少なくとも先天的な適合者しか居らず、実験を繰り返した結果で後天的に適合した者は今の所いない。実験を行った被験者たちは皆ショック症状で死んだか廃人になってしまったかのどちらか、生きててもまともな生活を送れている者はいない。

 

 

 ……悲惨なものだ、禁忌とされる人体実験を秘密裏に進めても積み上がるのは死者や廃人の数だけで成果一つ上がってないのだ、研究を進めるのも各所から批判殺到で憚られてしまっている。

 

 

 

 だかしかし、この少女――天羽奏ならばもしかしたら、と考える。

 

 

 

 そして近頃、耳に痛いほどよく聞いた言葉――『夢』。

 

 

 

 弦十郎の脳裏に、今も手術室から出られない少女の姿が浮かび上がる。

 

 ……この少女も同じような事態になってしまうのではないのか、そんな弱気な考えを持ってしまった弦十郎はやはり止めるべきだとして言葉をかける。しかし、鋭い視線と厳しい口調でもってその思いを隠し、天羽奏のもつ覚悟を確かめる。

 

 

 

 「……それは君が地獄に落ちる事になってもか?」

 

 

 「ッ!!」

 

 

 

 天羽奏の目付きが変わった。

 闘争本能に従う獣の如きただ強気に睨み付けていた瞳は真剣な覚悟を秘めた決死の様相を見せる。

 

 

 「……地獄、か。そんなもの、前にも聞かされたよ」

 

 

 「……前にも、だと?」

 

 

 「あぁ、皆神山であの姉ちゃんに助けられた時にな、姉ちゃんは言ったんだ。

 『……私の居る所は、地獄だから。それでもいいなら、私の背中を追って来て』ってな」

 

 

 「皆神山で、姉ちゃんに助けられた、か?」

 

 

 「そうさ、あたしが皆神山から命辛々生き延びる事が出来ちまったのは、あの黒いバトルスーツに身を包んだ姉ちゃんのお陰なんだ、あの姉ちゃんはまるでノイズを一掃するように戦っていた。目で追いきれない程に素早い身のこなしでノイズに翻弄されることなんてなく、最後に放った槍の一撃は数え切れない程に埋め尽くされていたノイズたちを一瞬で炭に変えたんだ。人類の天敵であるノイズが手も足も出てなかったんだよ!」

 

 

 

 助けてくれた恩人の事を語る天羽奏は、まるで英雄譚を読んだ子供がその英雄を周囲に自分の事みたいに自慢するかのよう。皆神山にいた『黒いバトルスーツに身を包んだ姉ちゃん』とは、まさかとは思うが……。

 昨夜も浮かんだ嫌な予想が弦十郎の頭をよぎる。

 

 

 「だからあたしはあの背中を追い続けてここまで来た!地獄がどうこう言われようがあんなもの魅せられて心が動かない訳ねぇ!!絶対ぇ家族の仇を取ってやると誓ったんだ!!悪いが既にここにくる前からあたしの覚悟はもう出来てんだよ!!!」

 

 

 ハァ、ハァと息を切らすほどに天羽奏は必死だった、こんなところで止められてたまるか!こんなところまで来て無手で帰ることなんてあってなるものか!という想いが高まって、とても強気に弦十郎に食いかかる。

 

 

 

 

 呼吸を整え、天羽奏は最後に、自ら死地へと赴かんとする決意を告げた。

 

 

 

 

 

 

 「……ノイズを、奴らを皆殺せるのなら、あたしは望んで地獄に落ちるッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 「ッ!!」

 

 

 

 

 天羽奏のもつその瞳は、もう既に戦地へと向かい力強く大地を踏みしめる戦士のそれと同じ輝きを持っていた。

 

 あまりに強い覚悟に呆気にとられた弦十郎、茨道ですら生易しく思える天羽奏の進む壮絶な未来を想像し、弦十郎は思わず椅子に縛られた天羽奏を撫でて強く抱き締める。

 弦十郎の胸の中にすっぽりと収まってしまうほどに小さき戦士が望んだことを、その夢を出来ることなら叶えてやりたい、適合者になることが出来た暁には、その進むであろう残酷な戦場への道を強く支えてやりたい。

 

 

 子供の夢を叶えてやるのがオトナの役割なのだから、と弦十郎は強く心に刻む。

 

 

 それは今も病床に伏せる名も知らぬ少女への罪滅ぼしか、免罪符を求めるが故なのかは定かではない。

 

 

 

 今度は天羽奏が呆気にとられた番だった。

 いきなり頭を撫でられ抱き締められれば誰だって困惑する。

 

 

 「お、おい!一体何だってんだ?どうしたんだよ、急に」

 

 

 その言葉に答える事なく弦十郎は奏から離れ、後ろの黒スーツの男たちに命令を下す。

 

 

 「彼女の、天羽奏の拘束を解け。それと、了子君を呼んできてはくれないか?大事な話があると」

 

 

 弦十郎も男だ、一度決めた事を今更曲げるつもりもない。天羽奏の夢を叶えてやるためにも、シンフォギアの第一人者である桜井了子の手を借りたいと弦十郎は言った。監禁室内にいた大人たちはこれからやる事を察して散り散りに持ち場へと向かい、その準備を始める。

 

 今この場所にいるのは天羽奏、風鳴翼、そして風鳴弦十郎の3人だけとなった。

 

 黒サングラスをかけた黒服の男たちによって拘束を解かれ自由の身となった天羽奏は弦十郎に問い詰める。

 

 

 「……あたしをこれからどうするつもりだ?」

 

 

 弦十郎は奏へと向き合い、その瞳を見つめる。

 

 

 「……天羽奏くん、君を、我々特異災害対策機動部二課へと歓迎する、俺はそこで司令をやっている風鳴弦十郎だ。これから、辛く苦しい事が必ず待ち受けて居るだろう。

 ……覚悟は、出来ているな?」

 

 

 天羽奏は胸を張り、弦十郎へと言い返す。

 

 

 「……当然だ、何度も言わせるなよ。さっきも言ったがあたしはもう覚悟は出来てる、いつでもなんでもどんと来いだ!」

 

 

 それを聞いた弦十郎は、ふっと表情を和らげ微笑みを浮かべる。

 

 

 「……そうか、ならばこれからよろしく頼むぞ」

 

 

 「こちらこそだ、よろしく頼むぞ、おっさん」

 

 

 どちらともなく手を差し出しあつく握手を交わす二人。

 天羽奏はここに、特異災害対策機動部二課への所属が決まり、自らが望むその地獄へと進む歩みを始めた。

 

 

 「早速だか紹介しておこう、奏くんの望む力を扱える俺の姪っ子の風鳴翼だ。これから先シンフォギアを扱えるようにするためには実際に扱える持ち主の近くが一番環境的にはいいだろう、歳が近いこともあるが仲良くしてやってくれ」

 

 

 弦十郎はポンポンと姪っ子の頭を優しく叩き、そして奏に対して紹介する。

 

 

 

 「……風鳴、翼です。よろしく、お願いします」

 

 

 「……あぁ、これからよろしく頼む」

 

 

 

 目の前の手の届くところに自分の目指すべき目標が居る、けれど今のままでは決して手の届かない所にいる目標。天羽奏は自分の何歩も先を行く風鳴翼に追いつくべく決意を新たにした。その視線をもろに受けた翼は友達が居なく人付き合いの不足も災いして上手く言葉が出てこない。

 そんな姪の様子に苦笑いする弦十郎だった。

 

 

 

 ――後に大親友となり、戦場で背中を預け合うほどの信頼を築く二人の運命の出逢いがここに果たされた。

 

 

 

 

 

 そして天羽奏は己の悲願であるノイズとの戦いに向けて奔走し、

 ――風鳴翼はその歩みの全てを、その眼で見ていく事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 監禁室から場所を移し通路を歩いていた弦十郎、翼、そして天羽奏の3人は、弦十郎の呼び出しで駆けつけた桜井了子と合流する。

 

 

 

 「弦十郎くんから話は通ってあるわ、天羽奏ちゃん、私はあなたが欲しがっているシンフォギアシステムの礎となっている桜井理論を提唱した天才考古学者の桜井了子よ、これでもまだまだ若くて元気一杯な20代!ギリギリだけどっ!これから大変だとは思うけどよろしくお願いするわね〜」

 

 

 「は、はい……、よろしくお願いします」

 

 

 天羽奏が思わず殊勝な態度になってしまうほどの桜井了子のマイペースなパワーは、弦十郎と翼にも苦笑いさせる力を持っていた。

 

 

 

 「んー、とりあえず、脱いでもらいましょうかしら」

 

 

 「おい!開口一番それかよ!って、勝手に手掛けて脱がそうとするな!!ここは廊下だぞ!?」

 

 

 

 しかし、次の瞬間にはその殊勝さは崩れ去っていた。

 

 

 奏が初めに連れてこられたのはとある検査室、翼のメディカルチェックにも使用されるこの機械でまずは天羽奏の生体情報を取ろうということだった。

 検査着に着替え、しかし普通の病院でのCTスキャンと表面上なんら変わらないチェックを恙無く終えることとなる。

 ……実はここで桜井了子はとあるものと生体データをリンクさせることで、あるデータを取ることに成功していた。

 

 

 次に奏が受けたことは、奏が欲している力の正体の説明だ。

 その説明は技術主任の桜井了子が直々に説明をして、奏は弦十郎、翼と共に桜井了子の話を聞くことになった。

 

 

 「まず、奏ちゃんに聞いておきたいことはどこまでシンフォギアというものを知っているのかということだわ、どうかしら?」

 

 

 「どこまでって言われてもな、ノイズに対抗できて奴らを倒せる力があるってぐらいしかあたしは知らないぞ?」

 

 

 ふむふむ、と何かを納得して頷く桜井了子。

 

 

 「まあ、概ねその捉え方で間違ってはいないわ、じゃあどこから説明を始めようかしら……。

 ……まず、シンフォギアというものはどんなもので作られているか、そこから始めましょう」

 

 

 桜井理論の提唱者が直接授業をしてくれる豪華な講義がここに開講した。

 

 

 「シンフォギアシステムというのは、私が提唱した桜井理論に基づいて作られた、聖遺物の欠片に含まれる力を増幅し引き出すことの出来る異端技術のこと言うのよ。聖遺物とは伝説上の武器や防具が発掘されたものを言い、殆どは欠片で発見される上にその聖遺物が本来持っていた効力を失っているの。その失われた力をもつ聖遺物を起動・励起状態にとさせて聖遺物に含まれるパワーを引き出して扱えるようにしたのがこの"シンフォギア"というものよ。ここまではいいかしら?」

 

 

 「……まあ、なんとか」

 

 

 「それじゃあ続けるわね。シンフォギアを介して聖遺物の秘められたエネルギーを引き出すには特定振幅の波動が必要とされる、そしてその重要となってくる特定振幅の波動というものが一体何なのかというと、シンフォギア装者が歌う"歌"なのよ」

 

 

 「歌……」

 

 

 奏は二つの場面を思い出した。森林の中で自分を助けてくれた年上の女の子と、すぐ近くに座っている風鳴翼が住宅地で戦っていたその時の場面を。そのどちらも周辺一帯に少女の歌う歌が流れていたような気がした。

 

 

 「歌によって聖遺物は特有の『アウフヴァッヘン波形』を発して起動、増幅されたエネルギーを身体に纏う形でボディプロテクターとして再構築され、その姿でシンフォギア装者はノイズと戦うことが出来る。故にそれを『アンチノイズプロテクター』とも言う、……面倒だから私はシンフォギアで済ませているんだけど、これによってシンフォギアはノイズに対抗出来る唯一の方法とされているの。

 

 シンフォギアがノイズに対抗し得る現行唯一の手段とされるには2つ大きな理由があるわ。

 

 このシンフォギアシステムから歌の力によって発せられる振動や音波のバリアによって、装者はノイズの炭素変換を無効化しその攻撃から守られるという『バリアコーティング機能』が存在している事。

 それから装者が歌う歌の波動によってノイズのズレている位相を『調律』し、こちらの世界の物理法則下に強制的に置く事で複数の世界に跨って存在していた『ノイズの位相差障壁を無力化』、建物や通常兵器などをすり抜けるノイズに対してこちらの物理攻撃が当たるようになるという事の二つよ」

 

 

 

 

 「……、……えっと……んん??」

 

 

 

 

 一旦切った桜井了子だが、天羽奏は目をパチクリとして首を傾げ、今の言葉は果たして日本語だったのか?と思ってしまった。

 口伝えだけで無く画面にその情報を出しつつの説明ではあったのだが、いきなりにしては整理出来る情報量を超えていた。

 

 全くの素人に説明するには専門用語がたくさん飛び交い、理解するのに難し過ぎるものであったので弦十郎はこめかみを抑えてこれを指摘する。

 

 

 

 「……了子君、最初から飛ばし過ぎだ、もう少し簡単に説明してやってくれ。己の知識を語りたがるのが研究者の性であるのは分からなくもないんだが……」

 

 

 「あれま……、んんっ、ゴメンなさいね、つい熱が入っちゃったのは悪い癖なの」

 

 

 

 戯けて謝る桜井了子、しかし全く反省の色は見えず、これからも語る気満々な表情をしている。

 研究者というものは自分の分野の事となるといつまでもどこまでも話し続ける事が出来る生き物だ、話を聞いてくれる人がいるということが嬉しくてついノリノリになって、話の中身がとても難しい内容になることもしばしば起こる。

 桜井了子はその最たる一人、天才と評されてもこういう所は典型的な研究者となんら変わりはない。

 

 

 

 「まあ、言いたかったことは、シンフォギアはノイズに対して防御面でも攻撃面でも優位性があるということよ」

 

 

 

 「……なんだ、結構簡単な話じゃないか……」

 

 

 「……私の時も、このくらい簡単に言ってくれれば良かったのに……」

 

 

 「あら、翼ちゃんのときもそうだったかしら……?」

 

 

 翼は頬を僅かに膨らませおちょぼ口で拗ねるようにブツブツと呟く。

 桜井了子にその自覚はない、たとえ説明が専門用語満載で理解が難しいものだとしても、桜井了子の頭の中にあるのは自分の知識でもって精一杯説明しようという、善意から来ているものしかないのだから尚のことタチが悪い。

 

 

 

 「どうしてそんな風になっているのかという理屈を理解してもらった方が納得出来ると思ってたからなんだけどね、ちゃんとしておきたいところなのよ。

 さてさて、シンフォギアがノイズに対抗出来るということが分かったところで、肝心の扱い方についての説明に移りましょうか。

 

 シンフォギアは適合者の歌う"聖詠"によって起動するの、所謂言葉による起動コードだと思ってくれればいいわ。それから適合者はエネルギーが再構築されたものとしてシンフォギアを見に纏うのだけれど、そのポテンシャルを十分に発揮する為にはこれまた歌の力が必要になってくる。

 

 歌を歌う事によってシンフォギアの力の源になる"フォニックゲイン"を高めることが出来、そのまま高められたフォニックゲインが装者のパワーとなって還元される仕組みになっているわ。フォニックゲインの量によってシンフォギアは装者の身体能力や戦闘能力が飛躍的に向上する設計になっており、装者の実力に応じて膨大にあるギアのロック機能が段階的に解除されていく仕組みになっているの。従って、シンフォギア装者は歌い続けながら戦うことでフォニックゲインを高め、齎された限定解除により身体機能も、手に持つ武装もより強化されて戦闘に臨むことが出来る。

 

 逆に言えば、歌い続けてフォニックゲインを供給し続けなければシンフォギアは唯の鉛のように重いだけの鎧に過ぎなくなり当然動きは鈍くなる、シンフォギアのボディアーマーを構成するエネルギーさえも使い切ってしまえばシンフォギアは解除され、変身前の生身の人間に戻ってしまう。

 

 ノイズとの戦闘時に生身に戻ってしまうのは由々しき事態なために、シンフォギア装者の歌う歌というのはとても重要になってくるの。何らかの不測の事態によって歌が中断されてしまえばそれだけシンフォギアの性能は減衰していってしまうので、そこは注意が必要よ?」

 

 

 

 「……うー、またなんか難しくなってきたな……」

 

 

 「私は何回か聞いてるから何とかついていけているけど……」

 

 

 「了子君、それは実際にシンフォギアを纏えるようになってからでも遅くないだろう、むしろ奏くんにとって大事になってくるのはその前段階のはずだ、そこにある壁を乗り越えられるか越えられないかで全てが決まってしまうのだからな」

 

 

 「……んもう、分かっているわよ?そんなこと。これから言おうと思ってたところなの!順を追って説明した方が良いと思ったのよ」

 

 

 「だがな……」

 

 

 

 プンスカと軽く不機嫌になった桜井了子と正論をぶつける弦十郎。

 天羽奏はそんな二人を余所に理解を深めることを優先させたいので、言い争いを遮って質問をする。

 

 

 「……んで、結局のところ、今の説明では何を言いたかったんだ?」

 

 

 奏は桜井了子に質問した筈だが、その答えは隣の翼から帰ってきた。

 

 

 「……つまり、シンフォギアを使って戦うには、どんな時も歌い続けていなければいけない。歌わない時間が長くなるとそれだけ力が落ちて行く、という事だと思います」

 

 

 パチパチと桜井了子から拍手の音が聞こえてくる。

 

 

 「流石は、現役シンフォギア装者なことはあるわね、身に染みて分かっているようで何よりよ」

 

 

 「いえ……」

 

 

 褒められたことが嬉しくて上がった頬を見せないように下を向いていた翼は、隣から向けられた鷹の目のように強い視線に気づかなかった。翼が顔を上げればその視線も消失する。

 

 

 

 「さて、さっき私はシンフォギアを動かすには歌の力が必要となると言ったわ、だけど、聖遺物を起動させるための歌は、どんな歌、誰の歌でも良いというわけじゃない。残念なことに、聖遺物を起動するに適した歌声を持つ人物は非常に限られてしまっている。聖遺物を起動出来る歌を歌える者を私たちは"適合者"と呼んでいるわ。

 日本政府公認の適合者はそこにいる風鳴翼ちゃんただ一人、私たちで確認出来ているのは翼ちゃんと先日見つかったもう一人のたった二人だけ、シンフォギアや聖遺物を取り巻く複雑な事情も合間って、適合者が見つかる確率はそれこそ雲を掴むより難しいと言われているの。いえ、現実にそれほどまでに見つかってすらいない、なぜなら日本の全人口の中からたった二人しか判明していないんだからね」

 

 

 

 「じゃ、じゃあ、もしあたしに適合者の素質がないってことが分かってしまえば……」

 

 

 「残念だけど、奏ちゃんはシンフォギアを扱えるようにはなれない」

 

 

 「ッ!!」

 

 

 

 

 「……そして、残酷な事を言うようだけど、さっきの検査で計測した適合係数の値から、奏ちゃんはシンフォギアを起動して扱えるほどの数値を持っていない事が分かったわ」

 

 

 

 

 「なん……だとッ……!!……くッ!!!」

 

 

 

 両手拳を強く握り込む奏、シンフォギアを纏えないようならばと、ある種の恐怖感や無力感が彼女の心を苛み始める。

 

 

 しかし、桜井了子は時期尚早と別の可能性がある事を示唆する。

 

 

 

 「……もう、まだ話は終わってないわよ?確かに先天的に適合者となれる人がとんでもなく少ないってことはあるけれども、それでは聖遺物をより有効に使うことが出来ないだろうという事で、私たちは後天的に適合者となれる者を作り出せないかという議論がなされているの。

 適合者とそうでない人の違いは何かと言えば、『適合係数』の絶対数と上昇率の違いに殆ど集約されるわ」

 

 

 「適合係数、だって……?」

 

 

 「人間の身体と聖遺物の力の間にはどうしても隔たりがあって、完全に馴染ませる事は難しく拒絶反応が出てしまう。それもそうよね、自分の身体に未知の異物が潜り込んで来るんだから、人間の身体の反応として正しいものではある。

 

 適合係数と言うのは聖遺物を扱うための資質の度合の事をいい、適合係数が高くなればなるほど聖遺物との隔たりが小さくなってより聖遺物の力を引き出しやすくなる。

 

 適合者は、こうした適合係数が高くて聖遺物に対する反動が少なくてすむけれど、適合者と判断されなかった者がいくら歌おうとも、そもそもの適合係数が低く聖遺物のもつ力と乖離してしまうため聖遺物はうんともすんとも言わない、実験は大失敗に終わったわ。力による負荷や反動なんていう段階にすら到達しなかった。シンフォギアを使うことなんて夢のまた夢ね。

 

 聖遺物に適合するための実験段階で無理矢理に聖遺物とリンクさせようもんなら、聖遺物の力の負荷を強く受けてしまうために安全に実験不可能。

 また、その負荷をなるべく出さないように考慮して実験をしてみたら何にもならず従来通りのまま。負荷無しに実験が出来ないっていう点、これがとても厄介なの。

 

 そこで考えられたのが、適合係数を引き上げる事を目的とした薬、『LiNKER』の開発よ。

 これもまた、厄介な代物ではあるんだけど……」

 

 

 

 羽織っている白衣の裏から桜井了子が注射器と共に取り出した不思議な薬品は、黄色の液体が入った試験管だった。桜井了子がそれを軽く振ると黄色から鮮やかな緑色へと変色する。

 

 

 顔を詰め寄せてそれがどんな物かと観察する奏、試験管のガラスに反射して映った天羽奏の歪んだ顔はその先に何を見つめているのか……。

 

 

 地獄へと縛り付ける為の鎖が一つ、天羽奏の元へとその姿を現した。

 

 

 

 

 






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