戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE19 花より団子……?

 

 

 「凛花くんはここに座っててくれ」

 

 「……はい」

 

 過去の世界に来てからそれなりの時間が経とうとしている。リハビリを続けたおかげで激しい運動は無理だけど日常的に杖を付きながら歩けるようにはなった。車椅子生活と漸くおさらば。

 髪の毛も以前よりも多く結えるくらいには伸びて来て時間が経ったんだなって事をより実感させる。どうしてもボサボサになっちゃう寝癖の処理に時間がかかっちゃうのは少し難点。

 

 私たちは今二課の持つ地下訓練室に来ている。と言っても私が今座ってる場所はだだっ広い部屋の内部ではなく、そこに付属された管理別室というかそんな感じの場所。一階分高い所にある為、ガラス越しに内部の試合を観戦出来るようになってる。中と連絡が取れる機械もあるみたい。

 

 向けた目線の先に立つのは私にとって見覚えある姿よりも一回りは小さい二人の女の子たち。お互いに臨戦態勢だ。

 

 

 「今日凛花くんを紹介したいっていうのはこいつらの事だ。凛花くんは未来での二人を知っているか?」

 

 「……はい」

 

 「それならば話が早くて助かる」

 

 「……」

 

 

 それっきり会話が途切れる。

 

 

 「……訊かないんですね」

 

 「ん?」

 

 「……未来で二人がどうなっているのかとか」

 

 

 何と無く気になってしまい痺れを切らして師匠に質問してしまった。しかし師匠は、

 

 

 「そいつを聞いちゃあ人生なんてつまらんだろう。俺が知ったところであいつらに教えようとも思わんしな」

 

 「……」

 

 

 師匠にとってはどうでも良いような質問だったみたい。ポンポンっと師匠は私の頭を軽く叩く。

 

 正面のガラスに薄っすらの自分の姿が映っていて、焦点を変えてガラスを見つめれば私と目と目があった。何となくかけていた眼鏡を外しても見える風景は何も変わらず、視界がぼやけることはない。私のこの眼鏡は所謂伊達眼鏡というやつ。側にあった平らなところに眼鏡を広げたままコトリと置く。

 

 一言で言えば、酷いに尽きる。

 

 黄色がかった癖のある茶髪に感情を表現しなくなったせいで死んでしまった表情筋、それに光の燈らなくなって死んでしまった鮮やかな緋い瞳。鮮やかなのにハイライトが無いとはどういう事なんだろう……。

 

 加えて口を真一文字に結んでいる為、私の顔はザ・無表情と言える。眼の輝きが戻る事はあれから一度も無く、アニメ大好きな板場弓美ちゃんに言わせればよく分かんないけれどジト目ってやつ?になってしまった。まさか自分がなるとは思わなかったなぁ……。

 

 私の中でも全くもって理解不能で不可解なのがこの瞳の虹彩の変化。前までは緋色では無くて黄色か橙色かだったのにいつの間にか変わってしまっている。この世界に来てから初めて鏡を見た時は驚きでしばらく固まってしまった。

 ……驚いたところで表情筋が働く事は一切無かったから側から見たら鏡を凝視してるようだろうね。変な子扱いされるのは慣れてるから別にいいけど、一体いつからこんな色に変わっていたのか確かめる術がないし虹彩が変わるような心当たりも全然ない。とどのつまり何も分かんない。

 

 オマケに目つきも少し悪くなっていて総評して全体的に陰鬱で冷徹な雰囲気を醸し出している。愛想良く振る舞っていた昔と随分私は変わってしまった、昔の私は正直ここまで酷くなかったと思う。

 

 今の私は常に眠たそうで覇気がなく底抜けにやる気の無さそうな人っぽい感じ。私にだってそう見えるんだからきっと周りからもそういう風に見えちゃうんだろう。

 

 ……酷い。

 

 私が自分の有り様に黄昏ているその隣で師匠がカチカチとボタンを押してマイクを繋げる。すごい良い笑顔だ、どうしてそこまで笑顔なんだろう……?

 

 「よし!お前ら始めろ!」

 

 その一声を合図にして下にいた二人は同時に動き出し、模擬戦が始まった。

 姿は見えてないけれど師匠の楽しげな声につられたのか、二人の表情は心なしか楽しそうだ。

 

 

 それに比べて感情、表情、そして眼という人間にとって大切なものが死んでしまった私の生活はそれこそ酷い。

 やる気の無さを体現するかのように今は感情の起伏のない無味乾燥な日々を過ごし、勉強もせず働きもせず只々ぼーっと時間が経過するのを待つだけ。時間になったら誰かが作ってくれたご飯を食べて、テレビでやってる旅番組や映画(どっちも昔やってるのを思い出した)を何と無く横目で流し見て、眠くなったら寝る。

 そういや時々寝つきが悪くて寝れなかったりもする日もあるけど気がついたら寝てる事が多いね。そんな日もある。実にいいご身分だ。

 

 ただ、やるべき事も目標も無いとここまで時間が経つのが遅いんだなって言うのは実感していて、正直苦痛になってきてる。私は何の為に生きているのかって苛まれることもしばしばあって、ほんのちょっとずつ持ち直してきた心が逆に荒んでいくことも。監視だったり軟禁というのは特別されてる気がしないんでこっちは辛くなってないけれど、ただ生きるだけって言うのは辛いなぁ……。

 

 

 だからと言って、楽しいことを探す気には何だかなれなかった。

 

 

 師匠の提案でふらわーのおばちゃんが私の保護者に加わってからはおばちゃんの家に訪れることもしばしば。たまに何と無く泊めてもらうこともある。行くたびにおばちゃんのお好み焼きを食べているせいか、ふらわーのメニューをこの世界でもコンプリートしそうな勢いだ。

 

 怠惰な生活している私にだって難しい悩み事は尽きなくて、思い悩んでドツボに嵌る事もある。けれど、私にとってご飯を食べる事っていうのは心の安泰を保てる唯一の時間なのか、ご飯を食べているとそんな難しい考え事をせずに済む。何も考えなくていい平穏な時間だ。

 昔食べてた分量とは大違いだけどやっぱり食事は大事なファクターだね。未来から食べ過ぎだよと言われる分量は食べてないはず、多分……。

 

 保護者、と言えば了子さんが勝手に私の親権保持者になっていたのには思わす絶句してしまった、元々喋ってないんだけど。養子は嫌だって言ったのに聞いてくれてないし……マイペース過ぎて何が一体どこまで本気なのか私には推し量れない。それがあのフィーネさんの表に出してる顔って思うと何とも言えなくなる……。あんまり気にしてなかったけれどホントにどっちが本当なのかな?

 

 そう言った訳で、私を受け入れてくれた人たちとの関係性は割と良好なまま季節は移り変わっていった。みんな優しすぎるくらいに。

 

 

 「……凛花くん?」

 

 

 嫌な事や怒られた時の事ほどよく覚えているのは人の悲しき性なのか、時間は過ぎ去ったとしても師匠とのあの話で突き付けられた言葉の数々は記憶に残っている。

 

 師匠は私が『強く復讐を望んでいるわけではない』と言った。確かに私は衝動に駆られただけの残忍な人殺しになりたくないから私を貶めた人たちに何としても復讐してやりたいとは思っていない。人を殺しても良い気持ちにはなれないだろうし、なれるのはどうしようもないジャンキーな人たちだけでそこまで落ちぶれるつもりじゃない。

 

 ……ただ、そう思ってないだけで私はあの戦争での事を許してなんかいない。

 

 確かに私もダメだった部分はあったんだと思う。それは全面的に認めてる。私は誰かの為の正義を纏いながら誰かを傷つけた偽善者で、自分の嫌なことから逃げ出すような臆病者、そして周囲を危険に巻き込む呪いを持つ傍迷惑な厄介者。そんなの、もう分かりきっている。

 

 けれど、時間が経てば幾分か気持ちの整理もつけれるようになって、あの時よりも思い込みを排除して色んな事を考えて行けるようにもなった。違う考えも出てくるのは当たり前だ。

 

 あの時の複雑な状況をもう一回考え直してみればあの人たちはやっぱり悪くなんか無いかもしれないけれど、納得なんかいくもんか!何も心当たりがない悪意を理不尽に突き付けられて能天気でいられないし、向けられた怒りや侮蔑の視線、罵詈雑言は私の落ち度とは関係無いんだから!……それが呪いの所為だって言われたら何も言えないけれど。

 

 誰も私の事を考えてはくれなかった、話すら聞いてくれなかった。そればかりか生きていることを否定され続ける……まるで中学生の時とおんなじ、そんな相手を簡単に許すなんてもうしない。

 

 ……この時分かったかな。私は生きていたいんだなって。死にたくなんかないんだって、心の底ではそう思っている事を。

 

 

 「凛花くん、大丈夫か……?」

 

 

 もっと許せないのは戦争なんか起こした側の方。元々戦争なんて起きなきゃこんな事になる訳も無かったし、未来を死なせる事も無かった。聖遺物の恩恵欲しさに私達を悪者に仕立て上げ、人殺しも辞さないような連中を私は一生許す事なんかない。

 

 私がこうして生き延びてしまった以上、もうそんな惨劇なんて絶対に見たくない。目の前で二度と繰り返させない。

 

 これだけは心に誓う。

 

 

 いつかまた私が人を助けなきゃいけなくなる時が来るかもしれないけど、私は私が必要だったり大切だと思ったものだけを助けるし、私に対して害意しか与えないような有象無象は助けない事を以ってして復讐とする。困った時は是非自分の力で助かって頂きたい。私は何も知らない。

 

 何も知らない無知な私は自分の事でどうしようもなく手一杯だから。

 

 師匠が思っている程私は真面目じゃないし優しくもない。それにもし今度私から何かを奪おうとする輩が現れたとしたら私はそれを守る為ならば誰であろうと容赦なんてしない……そう決意する。

 

 一度苦しみに向き合う事から逃げ出して放棄した私に助ける側になる資格があるのか疑わしいけれど……それはまだ考えないでいよう。今の私なんかに答えは出せない。

 

 

 「……おい、聞こえているか?」

 

 

 もう一つ師匠は言った。逃げずに苦しむ事は罪の償いにはならない、死を選ぶ事も償いにはならないと。 じゃあ私はどうやって未来に償えばいいのか。

 

 長月凛花が生きる意味は小日向未来の為だけ、それ以上の意味なんか無い。未来の想いに応えて生きる事こそが償いになる、そう信じていく事しか今の私には分からないから。

 

 この世界が私のいた世界の過去であるというのなら……あの戦争はいずれ起きてしまう。そんなのは絶対に阻止しなきゃいけないし、この世界の未来も戦いに巻き込まれてしまう。過去の世界の未来は死んでなんかいないんだから。

 

 長月凛花が小日向未来の為に生きるのならば、私はこの世界の未来を死なせる訳にはいかない。どんな世界であっても未来は未来だ、それだけは変わることはない。

 

 戦争を起こさせない為にはどうしたらいいか。

 未来を守る為にはどうしたらいいか。

 

 根本の原因は戦争を起こした悪い人たちだけど、私があの瞬間に未来を救い出せなかったのも未来を失ってしまった原因だ。シンフォギアを纏ってたとしても私は圧倒的に未熟で力不足だったんだ。

 

 だからもっともっとチカラをつけなければならない、あらゆる面で私に足りない絶対的なチカラを……そこに妥協なんか許しちゃいけない。

 未来を死なせておいて尚私は生きていたいと思ってしまっているんだ。こんな酷い奴が償う為には何をしても足りないくらいだと思うから……。

 

 それに未来を救う為に障害になる要因は他にもある。

 

 幾つか考えた未来を守る為の方法のうち、大事な一つ目はもう始まってて、来たる二つ目の準備にはもう動き出さなきゃいけないみたい。

 全ては未来を守りきる為に。タイムリミットは8年。それが長いのか短いのかは判断できないかな……。

 

 

 どうしようもなく弱者な私は、誰よりも強くならなきゃいけないんだ。

 

 

 ……………………。

 

 

 「――聞こえているか!凛花くん!返事をしろ!」

 

 「……ッ!」

 

 

 耳元で聞こえたの声の大きさに思わずビクンっと肩を震わせびっくりしてしまった。師匠はどうやら少し怒っている様子。鼓膜が破れそうだった。

 

 

 「全く、人の声に反応出来ない程に考え事に嵌るのも些か考えものだぞ。その様子だと疲れが溜まって茫然自失になってた訳ではあるまい」

 

 「……ごめんなさい」

 

 

 心労は別としてもこんな生活で疲れなんて出る訳ないのでそれは無い。

 

 

 「考え事の深みに入ってくのは誰もいない一人の時にするべきだが、そもそもそれで思い込みが激しくなっていくのは君の悪い癖だ。結構なことだか程々にするようにな」

 

 「……分かりました」

 

 

 師匠はやっぱりすごい。少ししか一緒に過ごしていないのに私の癖まで見出してくる。

 考え込んでドツボに嵌ってしまうのならその場その場の直感で動いた方がいいのかもしれないけれど、考えもしないで行動したせいで失敗が続く事も多い。けれど、そこで考え始めたらまた……。

 

 どうやら私は失敗しかしてないみたい……。

 もうどうしたら良いのかな……やっぱり私なんか――

 

 

 「そこまでだ凛花くん、また考え込んでいただろう。考える時に下を俯くから気持ちまで落ち込んでくんだ。顔を上げて背筋を伸ばし顎を引け!それだけでも全然変わってくる。今の君にはまだ難しい所もあるだろうが、なんにせよ下に俯かなければそれでいい」

 

 またしても私はやらかしたみたい。まさか無意識のうちに俯いてたなんて自分には分からなかった。今は何も考えないでいよう、これ以上は気分が悪くなってくだけだ。けれど、上を向いてもこの気持ちのが綺麗サッパリ晴れる訳じゃないんだ……ままならないこの気持ちはどうしたらいいの……。

 

 

 ……。

 

 ……お昼ご飯前に考え事なんてするもんじゃないね。

 

 

 「君にいうのは酷かもしれないが、君はその悲しみから立ち直らなきゃいけないんだ。その思い出を忘れろとか周囲に対して無理にでも明るく振る舞えとは言わん、だがそれがずっと落ち込んでていい理由にはならない筈だ。君もそろそろやるべき事ややりたい事が見つかる頃合いだろう。楽観的になろうとも悲観的になろうとも、前だけは見ておけ」

 

 「……はい」

 

 

 仕方なしにと顔を上げてガラスの向こう側の戦いに集中する。気がつけばもう10分近く経ってたみたい。

 

 けれど……――

 

 

 「……すいません、少しお手洗いに行って来ます」

 

 「ん、ああ、行ってくるといい。気をつけてな」

 

 

 ――あの二人の浮かべる笑顔は、今の私には眩しすぎる。

 

 

 壁に立てかけてあった杖を右手に持つ。まだ私は杖で支えなきゃ歩くのが難しい。早い所完治したいな、大怪我をした事は何回かあるけど不自由なのは不便だ。トイレに来たのはそこから逃げ出したくなった建前。用をたす訳でもないけれど何と無く手を洗い、さっきよりも鮮明に映る鏡を見つめる。

 

 ……やっぱ、酷いなぁ……この顔。

 

 ここでは考え事はしない。さっき失敗したばかりだし、これ以上師匠を怒らせる訳にはいかない。……さっきから語彙力が乏しくなって来てる気がする。酷いしか言ってない。

 

 ……。

 

 ……あ、部屋に眼鏡忘れて来ちゃった。

 

 何か物足りないなぁって薄々感じてたけど伊達眼鏡か。あの二人に会う前に取ってこないと……。私よりも年下なツヴァイウィングの二人、風鳴翼さんと天羽奏さんと顔を合わせる前に。

 

 何だか変な感じ。

 

 

 

 

 

     ○

 

 

 

 

 

 

 外では雨が降ってしまって屋外での訓練が出来ないという事で、本日の鍛錬は二課の地下施設で行われる事になった。具体的な内容は模擬戦に終始し、現在屋内訓練所にて二人の少女が取っ組み合いをしていた。周りには誰も居ない。

 

 二人の少女の名は、風鳴翼と天羽奏。至近距離で取っ組み合っていた所から一旦離れて仕切り直し、再び両者は走り出す。

 

 天羽奏はやはり天才であった。成長スピードが途轍もなく速く、ものの数秒で張り倒されて返り討ちにあった数ヶ月前とは大違いなくらいに身体の動きにキレが出ていた。天羽奏が一兵卒では対処しきれなくなる程メキメキと実力を伸ばしてきた為に、風鳴翼及び天羽奏の対戦相手は殆どお互いが担うことになっている。一般兵涙目だ。

 

 日に日に二人の実力差が無くなっていくことを表すかのように繰り広げられる試合は凄みを増していき、見応えのある良い勝負をするようになって来た。

 それでもまだまだ風鳴翼の全勝なのだが、それに天羽奏が執着することはとある日を境にして無くなっていて、あからさまな反応の違いに周囲は初め戸惑いを隠せなかった。

 

 二人が激しく動き回る度に汗が滴り落ちて訓練室の床を濡らしていく。

 

 

 「ここ数日で、また実力を上げたようね、奏!はぁっ!!」

 

 「……っ、よっと、そうか?試合中にそんな事言われるようじゃ、あたしはまだまだ翼の実力に至らない、ようだなッ!」

 

 「っ!まだよッ!!」

 

 「わわっ!?」

 

 

 翼は迫り来る奏の右拳を掴み、勢いを受け流すように後方へ巴投げをした。それも盛大に投げ飛ばして。しかし翼によって身を空中に投げ出されて一瞬驚いた当の本人は涼しい表情で身体を捻って体制を立て直す。着地後は何事も無かったかのように走り出して反撃を開始した。

 

 

 「こっちだってな!!てりゃッ!!」

 

 「きゃっ!?」

 

 

 数発打ち合った後に奏は右脚を鎌のように使い翼の脚を刈りにかかった。見事に命中した事で翼の身体は大きくよれてバランスを崩し後頭部から倒れかかる。が、すぐさま手をついてバク転を繰り返し奏の追撃を回避した。

 

 

 「くっそー!あれを躱されるか!」

 

 「やられたらやり返すまで!」

 

 

 こうしてやられてはやり返すことを繰り返し、試合開始からもう10分が経過している。激しい戦闘に息を荒げているものの疲労で動きが鈍る様子は見られず、2人の体力は底無しであるかのように見えた。

 

 それから数分後、膠着状態にあったその戦いに幕を降ろす一撃を青髪の少女が繰り出した。

 

 

 「はあッ!!」

 

 「……くっ!……はぁ、またもあたしの負けか」

 

 

 顔の真正面から拳を寸止めで突きつけられた天羽奏は諸手を挙げて降伏するポーズをとった。

 勝負事となると歴戦の強者のように真剣な顔をする風鳴翼は奏のそれを見た途端にその表情を崩して笑みを浮かべる。

 

 

 「何だよ今のパンチ、早すぎるぜ……そんなん出されたらこっちは文字通りお手上げだよ。髪の毛にまで風をブワッて感じたぞ!?」

 

 「奏には初めて使ったからね。今日の奏はいつもよりも強かったわ、昨日とは大違いみたい」

 

 「昨日と大違いなのに、どうしてあたしは勝てないんですかねー」

 

 

 奏は頭の後ろで腕を組み、翼に対して少し拗ねているように見せた。その急な態度の変容に翼はオロオロと焦り出してしまう。

 

 

 「いつになったらあたしは翼大先生の本気を常に引き出させるようになるのか、いつも本気を出せなくてつまらん試合させてるようで悪いなぁ」

 

 「あっ……べ、別にそう言うつもりじゃ――はぅっ!」

 

 

 奏にデコピンで不意打ちされた翼は情けない声を出して思わず怯む。揶揄ったのが分かったのだろう、翼はムスッとして奏を半目で睨んだ。

 

 

 「……ふふっ、わかってるよ翼、そんなに怒るなって。悪かった悪かった、怒った翼は可愛くないぞ?」

 

 「んもうっ……」

 

 「さぁて、一旦休憩にしようか。丁度よく腹も減ってきたしな」

 

 「そうね、奏。はい、これ」

 

 「サンキュー」

 

 

 奏は手渡された汗拭きタオルで顔を拭う。お互いを認め合った二人はお互いを見て微笑みあい、それから訓練室を後にしようとした。と、そこへタイミング良く訓練室の自動ドアが開く。

 

 

 「二人とも!良い戦いっぷりだったぞ!」

 

 

 白い歯を見せつけながらサムズアップして現れたのは二課司令の風鳴弦十郎。いつも着ている真紅のシャツにピンクのネクタイの格好はお馴染みのもので、一体いつ洗濯してるのかとか幾つシャツのスペアがあるのか気になっている奏だが何と無く訊いてはならない気がして訊かないままでいる。

 

 

 「お、弦十郎のおっさん、ちゃんと見てたか?中々良い感じだったが結果はいつも通りあたしの負けさ」

 

 「それにしては翼の方もいつもよりも疲れているが感触はどうだったか?」

 

 「最近、奏がどんどん強くなっていて私の方も余裕が無くなってきているんです。このままじゃ私が負ける日が来るかもしれません……」

 

 「まーだ勝ってるんだからいいだろ?あたしの方は強くなれてる実感なんてこれっぽっちもないってのにそう言われてもなぁ~」

 

 

 首を横に振り自分じゃ分からないと言って肩を落とす奏。

 

 

「今実力が上の翼がそう言うんだ、自分には分からなくてもきっとそうなんだろうよ。俺から見ても成長はしてるさ」

 

 あ、そうだ、と思い出したように弦十郎は呟く。

 

 「二人に紹介しようと思ってだな、来てくれ」

 

 

 弦十郎は話題転換して置いてきぼりにされていた後ろの人物について話し始めた。弦十郎の巨体に隠れて見えなかった人物がトコトコと横へ歩いて来る。

 

 

 「長月凛花、現在18歳で翼や奏よりも年は上だ。突然だが彼女も奏くん同様シンフォギア装者になるべく我々の実験に協力してもらう事になった」

 

 「……はじめまして」

 

 

 現れた年上の少女は能面のように表情が無く、眠たそうでやる気の無さそうな眼をしていた。加えて、全身から元気さが感じられない所為で物静かな人というよりかは、この人大丈夫?と心配になりそうな感じがする。

 

 第一印象は根暗そうな人。

 

 しかし、最初はそう感じ取った二人は揃いも揃って「むー」と唸り声を上げ、訝しげな表情を見せ始める。初対面の相手を前に何らかのモヤモヤを隠せないらしい。

 

 

 「……どうした?お前ら、そんな顔して」

 

 「……んー、はじめましてな事ははじめましてなんだが、どうにも初対面って感じがしなくてな」

 

 「私もです、司令」

 

 「お、なんだ、翼も何か思う所があるのか?」

 

 「うん」

 

 

 互いに顔を見合わせる二人。

 凛花に感じた既視感には奏だけではなく、なんと翼も心当たりがあると言う。翼たちが思う心当たりに心当たりがありすぎる弦十郎はヒヤリと冷や汗をかく。

 

 

 「なんつーか、雰囲気はまるで違うんだが髪色と声音がまんまそっくり似てる人と話した事あるんだよ。少しだけだけどな」

 

 「会話という会話は無いですが私も少しだけ相対したことは……」

 

 「もしかして翼が会った人はあたしの会った人と同じか?」

 

 「どうかな……?」

 

 

 二人は互いに思い浮かべている人物の特徴を話し合う。凛花はまだ挨拶しかして無いのにどうしてそこまで考えられるのか……。変なところで勘の鋭い奴らだ、内心そう愚痴る弦十郎は背後に控える凛花に援護を求めた。

 

 

 長月凛花が翼や奏と出会うのはこれが初めての筈なのだから。

 

 

 「……と言っているが凛花くん、その辺はどうなんだ?」

 

 「……初対面の筈です」

 

 「「んー……」」

 

 

 納得の行ってない奏たちの言及を凛花は動揺する事なく無表情のままやり過ごす。普段から感情を顔に見せない事が幸いし、ものともしなかった凛花に弦十郎は心の中でホッと一息ついた。長月凛花がシンフォギア装者であることをばらせないで話題を逸らすべく追求にストップをかける。

 

 

 「他人の空似というやつだろう。詮索はそこまでにしておけ」

 

 

 立場が上のものからそう言われれば強く言えなくなる心理を突くことで功を奏したのか、潔く諦めたのは奏からだった。

 

 

 「そうだな、人違いなんてよくある事だし誰かと間違えたんだろう。そんじゃ気を取り直してあたしから自己紹介だ。あたしは天羽奏。二課に入ってからそんな経ってないしシンフォギアにもまだ適合出来てない出来損ないだがよろしく頼むぜ。ほれ、次だ」

 

 

 簡単に自己紹介を終えた奏はポンッと翼の背中を叩く。

 

 

 「……っ、私の名前は風鳴翼です。一応私はシンフォギア装者で、今は任務をこなす事や奏の適合実験や訓練に協力しています。よろしくお願いします」

 

 

 ただの自己紹介に翼は丁寧にお辞儀までした。

 凛花は小さく口を開く。

 

 

 「……よろしく、奏さん、翼さん」

 

 

 妙に親しげに呼ぶ凛花。言い慣れていそうなその言葉に再び翼と奏は違和感を覚えたが、顔に出す事無くその場は済ませた。

 

 

 「弦十郎のおっさん、なんでまたその人を適合実験なんかに?あれは色んな事の所為でホイホイ出来るものでもないだろ?」

 

 「それにはこうなった経緯を話せばなるまい。と言っても、奏と似通った部分はあるが長月凛花くんはノイズ襲撃によって天涯孤独の身となり我々二課に保護されていた。その際に行われたメディカルチェックで他の者よりも高い適合係数を持つことが分かってだな、凛花くんの同意の下実験に参加してくれる事になったって訳だ」

 

 「他の者よりも高い?という事は私や奏よりも……」

 

 「高いとは言ったがお前ら二人よりも数値上では負けている。奏の次に高い、というべきだろう。微々たる差だがな」

 

 「ってことはあたしは人よりか割りかし適合係数が高めか?」

 

 「ま、そういう事になるな。少なくとも俺や了子君よりは高いはずさ」

 

 

 意外な事実に自慢気になり自信を取り戻した奏だったが、すぐに別の疑問が浮かび上がる。

 

 

 「ってか、適合係数が高めだって分かっていりゃあさっさとおっ始めてればいいのに何でだ?」

 

 

 そんな人物がいれば直ぐに二課に向かい入れてもおかしくない筈だ。しかしそうしなかった訳を簡単に説明した。

 

 

 「それこそホイホイ出来ない理由の一つだ。凛花くんはその事故の時に大怪我を負ってしまっていて暫く入院する事になっててな……。保護されたのは奏がやって来るよりも前ではあったんだが入院してた所為で紹介が遅れたんだ。今もまだ通院だけはしてもらっている」

 

 「ほー、それで今も杖を突いてるわけか」

 

 「……(コクリ)」

 

 無言のまま凛花は頷く。

 

 「体調を万全にしなきゃいけないからLiNKER投与実験はまだやってないがな。二人とも、仲良くしてやってくれ。後で他の二課の奴らにも紹介する時間を取るから訊きたい事がありゃそん時に訊くと良い」

 

 

 「………………」

 

 

 この時凛花は初めて二課に連れて来られた時にどんな事が起きたか思い出した。隣の弦十郎の笑みを見てる限り、これからどんな事が起きるか想像に難くない。

 

 

 「という訳で自己紹介も終わったし早速修行の再開!っと言いたいところだがもう昼飯の時間か、丁度いい。俺たちもそのまま食いに行くとするか」

 「分かりました」

 

 「腹減ってるから一杯食うぞ!行くぞ翼!」

 

 「あっ、待ってよ奏!」

 

 

 そう言って二人は一目散に走り去ってしまった。

 

 

 「何とも騒がしくなったな、ここも。ちょっと前とは大違いだ。君の方からも仲良くしてやってくれまいか?」

 

 「……出来るならば、そうしたいです」

 

 「そうか……」

 

 

 小さく微笑みを浮かべた弦十郎は再び凛花の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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