戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE22 被験者:「長月凛花」

 

 

 

 季節はよく晴れた夏の日、午前11時。

 高く昇っていく太陽がここからよく見える。

 

 「さぁ~てさて、今日は!凛花ちゃんによるLiNKER改良実験の記念すべき第一回目!張り切って行きましょー!」

 

 「……」

 

 周囲に遮るものが一切無い広々とした高原に一行は訪れていた。

 ジリジリと肌を焼き付けてくる暴力的な日差しは、夏の終わりの心地よい風が吹き抜けてくれるお陰で幾分か和らいでいる。

 

 涼風さんには感謝しなきゃ。

 

 奏との模擬戦から少し時間が経ち、ようやく杖も車椅子も必要なしで歩けるぐらいに凛花の怪我は治っている。恐らく飛んだり跳ねたりしても問題ない。

 

 「俺達が今まで持ち得なかった手札である、正規適合者へのLiNKERの投与という目論み、考え方は悪くない」

 

 「そうでしょそうでしょ?もーっと褒めちゃって頂戴!」

 

 「この実験で成果が得られなければ我々のして来たことは泡沫と帰す事になるだろう。だが、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

 「ふふん、やった事も無いんだからどうなるかなんて私にも分からないわよ」

 

 風にたなびく髪に優雅さを感じさせる櫻井了子は夏の太陽と対抗するかのように明るい笑顔だ。分かりもしない事でそんなに威張られても、と対していた弦十郎は困惑気味に顔を顰める。

 

 「大体、凛花くんもどうしてやることにしたんだ?」

 

 「……」

 

 不安と心配で心が一杯な弦十郎は何故なのか?と凛花に問いかけるも、凛花は相変わらずの仏頂面で黙秘権を行使していた。

 

 「そりゃ、この子なりに考えるところもあったのよ。義母として義娘の意思は尊重しなきゃ、でしょ?」

 

 櫻井了子は頬ずりをしそうな勢いで長月凛花に後ろから抱きついた。

 

 「奏の為の実験に被験者として凛花くんを選び、一切翼を関わらせないのは翼の立場故か?」

 

 「当たりよ。翼ちゃんは日本政府が公認している唯一のシンフォギア装者、聖域を穢す事をお偉い役人様が許すはずもないわ」

 

 「だからとて凛花くんを犠牲にするような真似をしてはならないだろうが……」

 

 「いずれは誰かがやらなきゃいけない事よ」

 

 櫻井了子の口から決定事項と言い聞かされた事案にも弦十郎の預かり知らない事が増えてきていた。この改良実験もつい昨夜聞いたばかりの急な話。

 

 櫻井了子の自分勝手な暴走は今に始まった事ではないが、最近は度が過ぎるような気がしてならない。それも凛花が関わると目の色を変えたように行動する辺り、どれ程凛花に対して興味と好意を持っているかが伺える。

 しかし、何を言っても(凛花に関しては)止められる気がしないので弦十郎は非常に不本意のまま黙認中。

 

 理由として凛花が主張なく黙っていることが一番大きく、訊いたところで『……大丈夫です』しか言わなかった。櫻井了子に強制されている訳ではなさそうなことから、本人も恐らく乗り気なのだろう。

 

 おまけにこの実験は天羽奏の適合を促すためのもの。

 凛花の身を慮って中止するように命令するわけにも行かず、弦十郎としてもなかなか制御出来てない惨状だった。

 

 ――何かをやらかす前に灸を据える必要があるな、と弦十郎は密かにそう思う。

 

 

 櫻井了子のやや過剰なスキンシップを受けている当人は抱き着かれてズレた眼鏡を戻すぐらいで顔には一切の変化が無い。やめて欲しいと手を払いのける事をしないので凛花としても満更でもないのかも知れない。

 

 が、ただこの執拗さを前に諦めただけかも知れない……。

 

 「奏ちゃんの負担を軽減する為には凛花ちゃんに頼ることしか出来ないのが現状なのよ。本人の意思確認は随分前に済んでいるわ」

 

 「……師匠は反対ですか?」

 

 今日初めて凛花が口を開く。

 

 「複雑だ、何とも言えぬな」

 

 「アフターケアは抜かりなく行うし、負担を強いる代替として凛花ちゃんにはちゃんと埋め合わせしてるわ。それも出血大サービスものよ!」

 

 「しっかり頼むぞ、了子君」

 

 「了解よ。さて、そろそろ始めましょうか。シンフォギアを使用した状態で戦ってもらうけど、この山全体が政府の所有物なんだから気にせずやってちょうだい!ここでなら幾らぶっ壊してくれても構わないのよ?」

 

 「……そうだったんですか」

 

 高原とは言いつつここには草が生えず岩肌が露出している荒地。この荒地はかつて凛花が絶唱を使って月の破壊を実行しようとした首都圏内にある山だ。

 登山口や登山道はキープアウトの帯が掛けられた他、山の境界線に沿ってひかれた鉄格子で隈無く封鎖されているので誰も入ってこれない。その為、隠れて大規模な実験を行うのに適している場所である。

 

 凛花が周りを見渡せば所々大小様々に抉れた地面が認められた。数ヶ月前に弦十郎と凛花でボコボコ破壊しまくった結果がこれだ、景観もクソも有ったものじゃない。一番大きいクレーターは凛花が絶唱を使ったその箇所であるが、凛花にとってはその時点の記憶がやや曖昧なので特に思う所は無かった。

 

 凛花が絶唱するためにここを選んだ事は凄い偶然だろう。

 

 「本当は自衛隊の富士演習場を使いたかったんだけど、凛花ちゃんの聖遺物は誰にも見せられないから仕方ないわ。ここに来ているのも私含めてたったの4人だけになっちゃったけど、数値を取るには支障無いから安心して、ね?」

 

 この閑散とした山奥に居るのは被験者の長月凛花、記録担当の櫻井了子や保護者兼二課司令の風鳴弦十郎。そして前回に続き今日も何故か駆り出された緒川慎次の4名だ。

 

 「どうして僕までここにやって来たのでしょうか?」

 

 緒川慎次は一人場違いな感じがして居心地が悪そうにしていた。緒川は本来隠密として裏の仕事や情報収集を主体としてやっており、こと適合実験に関わる機会など今までを思い返しても殆ど無かった。

 緒川がそう言ったのは決して凛花の実験に興味が無いからという訳ではなく適材適所という面からであり、隠密の部下たちに緒川が受け持っていた仕事を任せてまで自分がここにいる理由が分からなかったからだ。

 

 想定した通りの質問が来たことで得意になった櫻井了子は何故緒川まで無理矢理連れて来たのか、その真意を語る。

 

 「んー、弦十郎くんもそうだけどシンフォギアを纏った凛花ちゃんと戦って貰いたいから、かしらね!」

 

 「……えっ?」

 

 絶句。

 らしくない素っ頓狂な声を出してしまった緒川慎次は、冗談ですよね?と櫻井了子を凝視する。

 

 「天才科学者であるこの私、櫻井了子が作ったシンフォギア相手に通常兵器なんて目じゃないわ。戦うのはあなた達2人よ」

 

 「俺もなのか……?」

 

 「そりゃ当然じゃない!何のためにあなたを呼んだと思ってるの、弦十郎くん!ビシバシ鍛えてやってよ!あなた凛花ちゃんの師匠でしょ?折角凛花ちゃんの怪我も完治したんだし修行をつけてやると思ってガンガンやっちゃいなさいな!この機会に慎次くんも凛花ちゃんに色々教えてあげてね?」

 

 ハートマークが付いていそうな過激なお願いに男二人はたちまち混乱する。混乱の原因である櫻井了子自身は「いつか有効性を見せつけるためにデモンストレーションでもしようかしら……?」と独り言をブツブツ呟いていて二人の様子に気付いていない。

 

 弦十郎は凛花に修行をつける師匠であり、緒川慎次もまたその教育役として凛花を強くしてほしいとのこと。何故?と訊くと……

 

 

 「ほら、凛花ちゃんはノイズが現れたとしてもシンフォギアを普段使い出来ないでしょ?それに完全聖遺物のガングニールと切り離せなくなってしまったこの子はいつか聖遺物絡みの危険に見舞われてもおかしくないからね。身を守る術をより多く付けるに越したことは無いのよ!」

 

 

 この母親、過保護だ。異常なほどに過保護だ。それでいて自分の研究には遠慮もせず手を借りるとは一体何故なのか?

 意図せず弦十郎と緒川は同じことを思っていた。

 

 「それにシンフォギア装者と戦えるなんてまたと無い機会なのよ。戦いが本職のあなた達もいっぺん経験しておいた方が良さそうじゃない?」

 

 自分の青図通りに事が運んで楽しくてしょうがない櫻井了子に対して、既に一度手合わせして(なぐりあって)いるとは言えない凛花と男たち。

 

 狂乱状態の凛花がどれほどの強さを誇っていたのかを身に染みて理解してしまっている緒川に関しては薄ら笑いしか出てこない。ガングニールの熱線で危うく頭を蒸発させられる所だったのだから。

 

 一般市民からすれば十分人外の強さを誇る緒川だが、対シンフォギアの肉弾戦闘には自信がない。攻守共にシンフォギアで増強された近接体術にはどうしてもこちらが打たれ弱くなる上、銃弾を容易く弾かれてしまい立ち回りが難しくなるのだ。あの時と同じように別の手で攻める必要がある。

 

 「前回の奏さんと凛花さんの模擬戦の時も僕がいる必要は無かったじゃないですか」

 

 「あれは凛花ちゃんの素の戦闘力を観てもらう為であってこれから長い間鍛えてもらうための参考にしてもらうためよ?主に忍術方面の修行でね?」

 

 どうやら凛花に師事される事は例の如く既に決まっていたらしい。頭を抱え、はあぁぁぁ、と長く溜め息をつき潔く諦める事にした緒川慎次は凛花に何を教えてやるべきかという思考に移っていた。

 

 弦十郎はどうなのかと言えば戦う事に異存はないようだ。

 

 「凛花くんと手合わせ願うのは構わん。そろそろ凛花くんの師匠として直々に何かやらねばならないと思っていた頃合いだからな。だがLiNKERを使った状態で戦闘行為など可能なのか?」

 

 ただでさえもがき苦しむ薬物の使用、かつての被験者達や天羽奏の悲惨な姿を見てきた弦十郎は未だに不安を残している。しかし櫻井了子の意見は違った。

 

 「そんな事言ったらLiNKERで適合したシンフォギア装者は皆使い物にならなくなるじゃないの。大昔から掲げていた私たちの目的がおじゃんになるわ、ってさっき自分で言ってたでしょうに」

 

 「むう……」

 

 「LiNKERの実用化を目指すために私達は尽力してきたわけだし、その成果を確認する為に今日はここにいる」

 

 「だが未完成のLiNKERを使う事には変わりない。だからこそ細心の注意を払ってくれ」

 

 「もちろんよ、この私が今までヘマをしたことがあって?凛花ちゃん、そろそろ準備いいかしら?」

 

 「……大丈夫です。けど、シンフォギア使って大丈夫なんですか?」

 

 緋い瞳が櫻井了子に突き刺さる。

 凛花の心配は非公開のシンフォギアを使った影響はこの場以外にもあるのか?という風に櫻井了子は解釈した。

 

 「細かい所まで考えてくれたようだけど、ご心配なくよ。二課のセンサーにはあなたのシンフォギアと完全聖遺物のガングニールは感知されないように細工してあるからじゃんじゃん暴れ回って大丈夫!何かあったら出来るオトナ達がなんとかするから」

 

 「……暴れるつもりはないです」

 

 「難しいことはあんまり気にしなくていいわ」

 

 凛花は右手に持った翠色の液体に目を向ける。

 

 LiNKERを使った事がない凛花にも不安がある。身近でLiNKERを使っていた装者のマリア、暁切歌、月読調やこの世界で出会った天羽奏の様子を見てきたが、今になって尊敬の念と申し訳なさがより強まってきた。その危険性は熟知しているつもりだが、いざ自分の番になるとどうも尻込みしてしまう。

 

 厳しい環境に居たのは彼女達の方。

 

 偶然から聖遺物を手に入れ、且つLiNKERを必要としなかった自分はやはり恵まれていたらしい。

 

 「……いきます」

 

 決意した凛花は眼鏡を外し、櫻井了子たちから少しだけ離れてから首筋に注射口を当てて引き金を引く。

 同じ痛みを味わう事で少しでもみんなに返す事が出来るなら返していくとしよう。

 

 これも私の罪滅ぼしの一つ、やらなきゃいけないことはあの事だけじゃないんだから。この一回で天羽奏やアメリカにいるマリア達の実験の一回が減ってくれると信じて。

 

 「……うっ!!」

 

 ドクドクと身体の中に入って来たLiNKERに呼応するように心拍数が上がって行く。やがて来る掻き毟りたくなるような全身の痛みに身悶えが止まらなくなって足元がおぼつかなくなる。

 

 身体が熱い、熱い、熱いッ!?!!

 

 「……ぅぅううううわあああああアアあああああああアアアアアアアアアアアアああァァあああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!」

 

 長い長い叫びと共に高圧の空気が凛花を中心に球状の衝撃波となって弦十郎たちを襲う。ビュンという風の音すら生易しく、轟ッ!という唸りを立てて地面を抉る衝撃の強さにオトナたちは慌てて身構えた。

 

 「なッ……!!凛花ちゃんッ!?」

 

 「いきなりですかッ!?」

 

 「来るぞッ!!了子君!!」

 

 震源地の凛花から割と近距離にいた一行、回避に合わない櫻井了子をお姫様抱っこした弦十郎と緒川は大きく後方へジャンプして距離を置く。負傷は免れた。

 

 「間一髪ってとこか……」

 

 「……急激に適合係数が上昇ッ……!?それも凄まじいスピードで!?こんなのあり得ない!!まずいわ!!」

 

 手に持つタブレットで数値は計測され続けている。しかし、そのどれもが異常値で分析する事が不可能。長月凛花の様子を見れば苦しみに耐えかねて地面に蹲ってしまっていた。

 

 一瞬だけ凛花の身体が黒く染まりかける。

 

 「あ"ッ、ガッ!!うがぁあああア"ア"ア"ア"!?!?あぁあああああああ!!?!!!!?」

 

 凛花は自分の保護者たちに危害を加えてしまった事を考える余裕は無かった。熱で魘された頭の中はグチャグチャに掻き乱され、感覚が麻痺して来たのかアレだけ痛かった身体が痛みを感じなくなっていた。

 

 それどころかコワイ事になってきた。

 

 

 「……あは、あはははは、アハハははハハハハハ!!アハハハハハハハハハハハハハ!!!!!アハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

 笑いが、笑いが止まらない。

 

 あの長月凛花がお腹を抱えて高らかに笑っているのだ。

 長月凛花の異常に弦十郎や櫻井了子、緒川慎次は大きく目を見開く驚愕の表情のまま息を飲んで一切動けない。

 

 「アハハハハハハハ!!きひひひヒヒヒ!!キャハハハハハハ!!!」

 

 何だ……これは!ワタシは一体どうしちゃったんだろう?何でわたシは笑えているんだ……?

 

 沸騰するような熱さにやられた凛花の頭では既に上手く考えられなくなっていた。痛みすらスゥーッと心地よい快感に感じてしまうほどイカレるくらいに。

 

 「あハハハハハハ、ははは……はあ、はあ……っ!」

 

 けど、凛花はそんな事は、もうどうでも良くなって来てしまった。そんなツマラナイ事を考えてるよりも、今は歌が歌イたい。思い出した、歌を歌うのはとぉーっても楽しい事なんだから!

 

 

 『……Balwisyall Nescell gungnir tron―――』

 

 

 サあ、歌ヲ歌おうか……。

 凛花の黒いガングニールが数ヶ月振りに作動する。

 

 

 凛花の身につけていた衣服と入れ替わるようにガングニールのシンフォギアが次々に装着されていく。

 

 捕食者のように刺々しく鋭い爪を持つ脚に、自然界の危険を思わせる黒と黄色のコントラスト。どこまでも黒く伸び、少し長くなった髪の毛と共に紅いアクセントを煌めかせ風に靡く漆黒のマフラー。全てを打ち砕く腕の装甲と黒き双角のヘッドギア。見るもの全てを魅了し射抜く緋色の眼がギラリと輝く。

 

 ――イグナイトモジュール、抜剣せずに抜剣。

 ここに完了した。

 

 

 「……はあ、はあ!ハア、ハア!……あはははっ!」

 

 自分の腕で自分を抱きしめる凛花。

 これだ!この感覚だ!待ち焦がれていたのはこの気持ち!どうして忘れちゃっていたんだろう。こんな楽しくなれるモノを自分はずっとすぐ側に持っていたのに!

 

 過去に戻って来てからシンフォギアで変身するとずっとイグナイトモジュールを使った状態になっていた。抜剣する為にペンダントを触ることなく黒く染まるガングニールに違和感を感じたのは最初だけ。

 

 過去に来て初めて変身したときから感じていたこの高揚感と快感の心地良さを忘れてしまうとは愚の骨頂。ニヤケた顔を自覚してもこの気持ちは抑えられない。

 

 

 「……ねえ、師匠……?私と、戦いませんか……?」

 

 「ッ!?」

 

 コクリと首を傾げ、蕩けるような猫撫で声で凛花は甘えるように弦十郎に話しかける。シンフォギアからは蒸気が立っていて周囲よりも温度が高く、凛花の周囲に陽炎が浮かんで見えていた。

 

 「……戦いたくて、仕方ないんですよ。戦わなきゃこんなの損ですよ!苦しいですよ!師匠ぉ〜!」

 

 弦十郎は視てしまった。酔っ払ったように頬を赤らめた凛花はニヤりと口が裂けそうになるくらいに微笑んでいた。

 

 けれど凛花の緋い瞳だけが笑っておらず、冷たいまま狂気の闇を孕んでいる事に気付いてしまう。隈の酷い眼を異常な程に開き、ギロリと弦十郎を一瞥した凛花はニヒッと不気味に笑った。

 

 「くッ!!!凛花くん!!」

 

 「キャハハハッ!!来ないんだったら、コッチから行っちゃいますからねぇ!?ていっ!!」

 

 「何ッ!?」

 

 ほんの少しの時間しか経っていなかったにも関わらず、遠く離れた凛花が一瞬にして弦十郎の顔前まで迫ってきていた。音を置き去りにして弦十郎に襲いかかった凛花。

 視覚と聴覚で得られる情報の違いに惑わされること無く、弦十郎は振り下ろされる右腕のチョップに対して咄嗟にクロスアームで頭部を防御した。

 

 着弾と同時に凄まじき暴風が吹き荒れる。

 

 「し、司令!!」

 

 「……ふんッ!!」

 

 「わわわっ!?……ふぐぇっ!!」

 

 鍔迫り合った腕を豪快に振り解き、踏み込みの瞬間と共に突き出す十八番の正拳を凛花の腹にお見舞いする。

 凛花は腹の痛みと浮遊感を感じた後、ズサズサと地面を転げ回り遥か後方にあった岩場に激突した。かの絶唱時にもそこへぶつけたかもしれない。砂塵が高く巻き上がり弦十郎たちからでは凛花の様子が見えなくなった。

 

 「……やれやれ、どうしたもんかな、了子君。どう落とし前をつけてくれる」

 

 「私にだって想定外よ!こんなの。元々高かった凛花ちゃんの適合係数がLiNKER一つでこんなに跳ね上がるだなんておかしいわ!適合係数の最高値も上昇率もちと高過ぎる。オマケにあの性格からの豹変さはまさしく異常よ!」

 

 「チッ!……ったく、本当予想の斜め上ばかり行く弟子だ」

 

 砂煙が風に流されて凛花の姿が明らかになる。

 腕をだらんと下げて俯くシルエットは映画に出てくるゾンビのよう。視線をすっと上げた凛花の表情は未だ惚気ているように酷く崩れている。しかしその口や鼻からは血が出ており、流血に気づいた凛花はゴシゴシと拭き取った。

 

 「……はあっ……痛かったなぁ。師匠ぉ〜!今のは結構効きましたよ〜。やられっぱなしは私の趣味じゃないんでコッチからもどんどん行っちゃいますからねぇ?きゃははははっ!」

 

 「……やるしかないか。緒川!バックアップ頼む!」

 

 「……了解しました」

 

 シャツを腕捲りした弦十郎と黒縁眼鏡を胸ポケットにしまい込んだ緒川。乗り気になれない男達に戦闘を任せて、櫻井了子は最速で思考を巡らせる。

 

 

 長月凛花が見た通りの狂戦士(戦鬼)となってしまった原因は何だろうか?

 普通に考えても、LiNKERの性能からして適合係数をここまで極端に引き上げる事なんて出来やしない。適合係数には謎も多く天羽奏のようにもがき苦しんでも全く上昇しない時もあれば、今の凛花のように指数関数的な跳ね上がりを見せることもある。何が切っ掛けになるか予想がつかない。

 

 彼女は適合係数が上昇していくにつれて気を狂わせていったが、シンフォギアを纏った瞬間に抑圧された何かが無くなり表情がスッキリ(?)晴れたように見えた。そして今の彼女はかつてない程に饒舌で、戦闘を愉しみながら抑えきれない破壊衝動を弦十郎と緒川にぶつけて解消している。

 

 「……これってつまり、極度のストレスから自分を解放する為……って事?」

 

 これが正しい仮説であるかはこの際置いておくとして。

 

 長月凛花は普段から無口だ。話しかければ答えてくれる程度には反応するものの、自分から話しかけるタイプではない。活動的じゃ無い凛花の生活は穏やかなもので特にストレス解消になるような刺激は思いつかなかった。

 

 さらに櫻井了子が見た限り、長月凛花が病床から目覚めてから何かに没頭するようなものを見たことが無い。風鳴翼であれば演歌の鑑賞や刀や剣の修行、天羽奏であればLiNKER実験に対応するための肉体作りや翼と共に励み合う修練、といったものが長月凛花には無い。

 

 二課に拘束を強制されて自由を奪われ、かつ感情を上手く表現する事が出来ない凛花が何時ストレスを解消しているのか?

 それでなくてもアイデンティティーの崩壊や親友の死別という最悪の出来事から立ち直れていない凛花に、何か楽しかったと思わせるような事を自分らはさせてきただろうか?

 

 ……何もやっていないし、何もやらせていないのだ。

 

 長月凛花は己からは何も求めることはなかった。

 二課側としても何も欲しない、何も行動を起こさない彼女の意思を尊重し続けてきた所為で二課からもアクションを起こしてこなかった。平穏な日々を送る事こそが長月凛花にとって必要な事だと思い込んで。

 

 けれども、それでは凛花の心を癒すことは出来ていなかった。

 

 ずっとずっと凛花は苦しんでいた。二課に保護される前でも保護されて安定した生活を送っていても、凛花は自分の心に苦しんでいたのだ。何時崩壊してもおかしく無い精神状態がここに来て暴走という形で現れ、歪んだ心が狂い咲く。

 

 平穏と対極にある闘争を自ら求めるように。

 

 「ホント、常識の通じないあなたにはいつも驚かされるわ」

 

 目を細めた櫻井了子は1人愉しそうに愚痴る。

 

 

 「ねぇねぇ!もっと楽しい事しちゃいましょうよ!例えば……こんなのどうです?それっ!」

 

 右手に完全聖遺物のガングニールを宿した凛花は弦十郎に向けて投擲され、豪速で突き進む槍によって空気が切り裂かれる。鋭利な音が耳に痛い。

 

 しかし顔面を潰しにかかってきた槍に対し弦十郎は拳で突き返す。衝撃を脚で地面に逃がすことに成功した弦十郎は見事にガングニールを掴み取った。

 

 「おおー、ナイスキャッチ」

 

 「何が楽しい事だ!戯れに付き合ってる暇はない。俺と戦いたければ拳で勝負しろ!」

 

 「えー、いいじゃないですかー!キャッチボールしましょうよー」

 

 「そんなに言うなら返してやる、ふんッ!」

 

 弦十郎は凛花以上の速度で槍を投げ返す。しかし槍は凛花の眼前で光粒子となり、姿を消した。凛花が攻撃を受ける前にガングニールを異次元のどこかへ戻したようだ。

 

 「それではキャッチボールにもならんな、全く……」

 

 「師匠が塩対応だから辞めちゃいました」

 

 「……」

 

 一瞬の凪の後、どちらからともなく再び両者は拳を交え始めた。穴だらけの土地に一つ、また一つとクレーターを生成する。

 

 

 「アははははハハハハハ!!やっぱ凄いなあ、師匠は。まーだまだこんなもんじゃ無いですよね?痛いのも別にイイですが、私はぶっ壊し足りないんですよぉ!!キャハハハッ!!」

 

 凛花の顔つきは完全に薬をキメてハイになってる中毒者そのもの。子供のように無邪気そうに笑いながら戦う凛花にゾッとしながらも弦十郎は拳を交え続ける。

 司令と共に連携をとっていた緒川は一時戦線離脱。

 

 「もっと激しくイッちゃいますからね!そりゃッ!」

 

 怒りに任せていたあの時の凛花に比べて、狂い踊るように変貌した今の凛花の方が明らかにあしらい辛い。獣のように殺意を一直線に向けて単調な攻撃をして来たあの頃とは違い、ある意味我を失っていない所為で搦め手を使ってくる。

 

 酔拳宜しく変な体勢からの突拍子も無い攻撃が多く、それでいて力の強さや攻撃の重さは前回以上の威力を誇る。バカみたいに殴ってくれれば対処しやすいものなのだが。

 

 しかし、弦十郎には一つもダメージが無かった。

 

 「どうした?さっきから俺に攻撃が通ってないぞ?」

 

 弦十郎の持つアドバンテージとしては、凛花の武術は弦十郎のそれととても似ていて動きが読みやすいということと、それらの我流武術は全て弦十郎の知り得るもので構成されていることか。

 背後から蹴りかかった凛花の脚を掴み、勢いよく背負い投げする。

 

 「甘いッ!!」

 

 「ふぎゃッ!?」

 

 地面に叩きつけられ転がっていく凛花は痛がっていたが大した傷は無く、地面がまたしてもヒビ割れて抉れただけだった。

 

 「攻め方が甘いんじゃないのか?」

 

 「……ふはっ!あぁ、楽しいなぁ……!きゃハハハハ!!あははははは!!!はあ……」

 

 「チッ……!!」

 

 このままじゅるりと舌を舐めずりしそうで、弦十郎の攻撃に全く堪えて無い凛花に弦十郎は舌打ちする。

 前回が狂気と破壊衝動に駆られた獣であるならば、今回もまたどこまでも餌に飢えた獣には変わりなかった。次の一発に力を込める為に弦十郎は半身になって構える。

 

 

 「来いッ!一から叩き直してやる!!」

 

 「あははっ!」

 

 弦十郎は立ち上がった凛花を注視していた筈だった。

 

 「ひャハッ!!」

 

 「なッ!!――ぐはッ!?」

 

 病んだ瞳を狂ったように開けた凛花は予備動作も無しに縮地を使い、弦十郎にも反応出来ない速度で弦十郎の前に現れた。出現と同時にかまされた突然のラリアットで腹部を強打されて弦十郎は吐血しながら遠くへ吹き飛ぶ。今度は弦十郎が岩壁に突き刺さる番になってしまい、穿たれて砕け散った大量の岩石に弦十郎は埋もれてしまう。

 

 「……くッ!!!」

 

 「……ほーら、師匠?全然当たんないとか言うから、攻撃っ、頑張って当てちゃいましたよぉ?もっと褒めてください!師匠!」

 

 遠くの弦十郎にもよく聞こえるくらい大きな声を出してぴょんぴょんと跳びながら喜ぶ姿はまさに子供そのもの。幼児退行でもしてるのかと疑わざるを得ない。

 凛花が投げ飛ばされたと思いきや今度は弦十郎がやられてしまうという疾風怒濤の展開を見せる戦場。

 

 「別に炎を纏ったパンチとか使ってないからズルしてません。これは純粋な格闘技です!」

 

 えっへん!と凛花は誇らしげに仁王立ちする。

 弦十郎が動けないのをいい事に、軽く演武までする余裕っぷりを見せた。

 

 そんな激戦地に介入すべくバックアップを頼まれた緒川は静かに機会を伺い、そしてついに攻めに転じた。

 

 「うぉっと?やーっと来ましたね?緒川さん。待ってました!」

 

 「期待はしないで下さい、ねッ!!」

 

 「さっきは勝手に居なくなっちゃったんで寂しかったですよ?」

 

 高速の忍び足で凛花に近づくが、一歩手前で凛花に気付かれてしまった。緒川は言葉尻に合わせて蹴りだすが、凛花は演武ついでに肘を立ててそれを防ぐ。遠目から見ても分かっていたがやはり凛花の眼差しは笑っていない。

 

 「あの時の再戦と行きましょうよ!結局緒川さんにも師匠にも勝てなかったんですから!!……来て、ガングニールッ!」

 

 そう言って凛花は自身の身体より大きそうな長さの神槍を右手に宿す。それの放つ輝きに緒川は無意識の内にブルリと青褪めた。思わず手にした拳銃を固く握る。

 

 「……それを使うのは卑怯じゃないですか?」

 

 「これの攻撃が一切合切当たらない緒川さんにだけは言われたく、ないッ!!」

 

 初手でいきなり光粒子をかき集めた収束砲を解き放つ。

 

 「なッ……危ないッ!!」

 

 「……もうっ!やっぱり当たんないじゃないですか!いつもいつも緒川さんばっかりズルいですねー!」

 

 本能に従って回避した緒川にその言葉に返す余裕はない。頬をプクーと膨らませて拗ねる凛花はまるで無邪気な死神。迫り来る恐怖感にうちひしがれないようにしなければやられるのは緒川だ。

 

 本気でやりに行かねば此方がやられる。それだけの力を彼女は持っているのだと、緒川は再び強く心に刻み込む。いつの間にか掻いていた汗がたらりと顔から滴り落ちる。

 

 「さぁて、もう一発。……次は、外さないです」

 

 ふわりと凛花の身体が浮かび上がる。

 いつの間にか手に入れた飛行機能を使って凛花は空へ飛び、チャージ体勢に入る。

 

 「……ハッ!!」

 

 凛花のドスを効かせた声に少々驚くも、殺人レーザーに当たらないようにする為に緒川は縦横無尽に走り出した。ただ黙って走るだけでなく拳銃を発砲しながら牽制し狙い逸らさせる。

 

 銃もリボルバー型一つじゃ手数が足りない事を悟り、ホルダーにしまっていたオートマチック型のハンドガン二つを両手に持って弾幕を張った。凛花本体を狙うだけでなく、太陽によって写し出された凛花の影も狙っていく。

 

 「……くッ!銃弾の雨はクリスちゃんで慣れてるけど、コッチはコッチで面倒くさい!」

 

 ガングニールにチャージを継続しながら緒川の弾丸を高速で避けたり腕で弾いたりするが、気性の定まらなさ故にイライラが募って来た。万が一にも影には当ってはならない事を覚えているので弾く方向も考えてないといけない。空中に浮いていると影を狙われるというデメリットもあり、移動にかまけてチャージが疎かになっていた。

 

 捕まれば負けるのは凛花だ。捕まってしまえば実力、経験共に上の緒川や弦十郎に勝てる見込みが薄くなる。それだけは避けたい。

 

 薬室に弾丸が無くなると緒川慎次は走りながら何度でも即座に装填し直す。雪音クリスと遜色無い拳銃捌きに凛花は攻めあぐねており、本体にも影にも容赦無く降り注ぐ鉛玉の豪雨はいつまでも止むことが無い。雪音クリスと違う点は通常兵器であるが故の弾丸の威力と絶対量だが、一発一発が『影縫い』に使われるとしたらそれには絶対当たってはならない。

 

 影に当たる事は避けたいけれど、色々ともう限界だった。

 

 「……もう、イッちゃえッッ!!!ガングニールッッッ!!!!」

 

 ぶっ放しちゃえば相手も撃てないよね?という単純な思考で、走り回る緒川を先読みして照準を合わせ光の奔流を放った。直径3メートル、長さ100メートル以上はあるその光の槍は短時間にチャージして溜めたにしてはこれまた頭が痛くなるほどに異常だ。

 

 ギャンッ!という金属同士が擦れるような嫌な音まで聞こえてくる。当然、緒川の姿が光に飲み込まれて見えなくなった。これには手応えがあった。

 流石にこれで勝ったと思った凛花は浮かれ気分のまま呑気にこの技の名前とかどうしようかな?と構えていた。

 

 ええと名前は、星をぶっ壊すには丁度良さそうだし、光ってるから……。もう少しちゃんと溜め続ければあの名前にも恥じない威力がある筈……必中させる為の拘束具もあれば完璧にトレース出来そうだ!板場弓美ちゃんから教えられた知識も役に立ちそうだね!

 

 と、考えてる余裕はすぐに無くなる。

 

 

 「……えっ?」

 

 

 光の柱が徐々に収束して無くなるとそこにはなんと緒川の姿も無かった。

 光に飲み込まれてそのまま消滅したのかと言えばそれも違う。あんなので緒川が消える者ではないことを凛花は知っているからどこかに身を隠しているのだろう。シンフォギアのおかげで感知機能も鋭敏になった事で気配もまだ微かにあるのが分かっている。

 

 地上に降りて辺りを見渡す。

 

 しかし、姿が見えない。凛花が驚いたのはそこでは無かった。凛花の目の前には黒スーツの緒川の代わりに、時代劇に出て来そうな緑色の唐草模様の布が浮いていたからだ。

 

 「……風呂敷?なんで?」

 

 何のことだか全く分からない。忽然と緒川は姿を消し、目の前には何の変哲も無い緑色の布があるだけだった。地に落ちたそれに近づき実物を触ってみてもただの風呂敷だ。裏返して見てもただの風呂敷。

 

 「……ただの風呂敷だ」

 

 「そう、()()()()()()、ですよ?」

 

 「……ッ!?緒川さ――」

 

 囮に気を取られていた凛花が振り向く前に緒川は手刀で頸を叩く。正確無比な熟練の手刀を前に凛花の意識は静かに沈んで行き、そのまま地面にバタリと倒れこんだ。

 

「モノの使い所は重要ですが、この場に於いて必要なのは高火力の攻撃でも広範囲に撃てる銃でもありません」

 

完全聖遺物のガングニールが消失し纏っていた黒いガングニールのシンフォギアが解除されたのを確認した後、緒川によって抱き上げられる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 タガが外れるとお転婆になり過ぎるお嬢様は眠りに就くことで普段の無口なお姫様に戻ってくれたようだ。結果的に緒川の話は無駄になってしまったが後でまた教えればいいだろう。

 

 「やっと、終わってくれましたか……」

 

 走り回っている途中も冷や汗が止まらなかった緒川は深くため息をつく。事態が収まったことで、今まで静かに傍観していた櫻井了子と先程負傷した弦十郎がお腹を撫りながら歩いてくる。

 

 「良くやった、緒川。助かったぞ」

 

 「いえ……それより、司令は大丈夫でしたか?」

 

 「痛い所を突かれた攻撃で一瞬気を失いかけたが、まだかすり傷の範疇、心配は無用だ。俺も鈍ってるな」

 

 「凛花ちゃんのお相手、ご苦労様だったわ。LiNKER投薬後の身体のメンテナンスもあるし、今日は退散しましょ?」

 

 二人から異論が出なかったので二課の首脳部一行は早急に名も無き山を降り、凛花の回復を待つ。

 

 道中、緒川の運転する大きなワゴン車の中で櫻井了子から再度提案がなされた。凛花はこの救急車以上の設備を導入された車の中で応急手当てを受けている。

 

 「やっぱり凛花ちゃんに二人から修行を付けてもらえないかしら?」

 

 「やっぱり、とはどういう事だ?了子君」

 

 既に弦十郎と緒川は凛花に対し修行をさせる事が決定していると櫻井了子から告げられた筈なのに、やっぱりと言う言葉はおかしかった。

 

 その訳を櫻井了子は語る。

 

 「今日の一騒動で分かった事があってね、凛花ちゃん、もしかしたら心の内にストレスを溜め込んだまま生活していた可能性があるの」

 

 「……そうか。やはりな」

 

 「今日の精神的崩壊は溜め込まれたその反動によるもの。行き場も無いその苦痛に破壊衝動と闘争本能を合わせて解放する事で心の平穏を保とうとした。凛花ちゃんが何らかの戦いになると少し性格が解放的になるのはそれから来るんじゃないかしら?奏ちゃんとの決闘の時も幾分か好戦的だった筈よ」

 

 「それで、俺たちが凛花くんと修行して鍛え上げる事で心の不安を少しでも無くして和らげろ、と言うことか?」

 

 「ええ、その通りよ。LiNKERがキーとなってしまった可能性は否めないけれど、凛花ちゃん自身が望んだこのLiNKERの改良実験を進めるにはそのストレスが非常に邪魔になる。彼女の為を思ってお二人さんに私から頼みたいわ」

 

 「……分かりました」

 

 「戦いから遠ざかり平和な世界で過ごす事が、逆に彼女の心の平穏を保てなくする要因だったとは……それでいて凛花くん自身は自分を傷つけた争いを嫌っていた筈なのに、戦っていなければ己を見失ってしまうだなんて酷い皮肉だ。……くそっ、俺たちのやる事なす事はどうしていつも裏目に出てしまうのか……」

 

 「……っ」

 

 凛花の唯一の心の支えであった最愛の親友の不在が全てを狂わせていた。どれだけ泣こうとも悲しもうとも大好きな親友さえ側に居てくれれば凛花はそれで立ち直れていたのに。

 

 それを許さないのがこの世界の不条理。酷く厳しいこの世の不幸に見舞われた凛花が復活を果たすにはまだ時間がかかってしまうらしい。

 

 人類守護という尊大な目的を掲げているにも関わらず、たった一人の少女を幸せに出来ない不甲斐なさに弦十郎はまたもや情けない気持ちで一杯になる。何度悔いても悔い切れない。身内に対する甘さ故に、身内に降りかかる不幸には何故か不器用になる司令官には苦悩が尽きない。

 

 「……ん?今気がついたのだが、凛花くんは戦闘中に歌を歌ってたか?」

 

 「「あっ……」」

 

 二課本部へと向かう車の中、すぅすぅと寝息を立てる凛花はその後意識を取り戻すことなくメディカルチェックを終え、自室のベッドに運ばれても尚まだ目を覚まさなかった。

 

 

 

 


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