戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE24 侵されざるべき聖域の外側で

 

 

 

 

 

 茹だるように暑かった夏も終わりに差し掛かり、幾分も過ごしやすくなった9月上旬から中旬くらいの今日この頃。残暑がほんの少し残る秋晴れの空が心地の良いそよ風を運んで来てくれて、春とは違う眠気を誘うこの季節はいつにも増して気分が良くなる。

 

 私は毎年この時期になるのがとても楽しみ。私の一番好きな季節だと言っても良いかもしれない。

 

 真夏の太陽に張り合うかの如く、夏休みの間ずっと開かれていたイベントは9月になるとその喧騒が嘘のように無くなり、世の中は静まり返る。皆んな非日常からいつもの日常に戻って行った所為かもしれない。

 

 街の中も通学通勤で忙しく歩き回る人達が増えて来て、鬱な気分なまま仕事に追われている内に季節を忘れて行く。気が付いたら秋が深まりやがて冬が来ていて嗚呼今年ももう終わりか、と世の中の人達はそうやって気分が落ち込んで行くらしい。

 

 楽しかったひと時の夏の思い出が印象深く、この時期は一般的に忘れられやすい傾向にある事が残念でならない。

 

 旧暦において『秋分』の前にあたる『白露(はくろ)』という季節。そんな名前があるんだなんて、この前私も初めて知りました。

 

 別に私は夏が嫌いな訳じゃなくて、夏の終わりでもあり秋の始まりでもあるこの時期がとても好きなだけなの。

 

 「今日も太陽が明るくて何だか空も綺麗だね」

 

 時刻は午後2時で天気は晴れ。気温は暑すぎもせず冷えもしないので丁度いい。 

 穏やかな太陽の明かりに照らされて、どこまでも広がりを見せる蒼穹に幻想的に薄くかかる巻雲やうろこ雲がとても良く映える。うろこ雲は人によっては見るのが苦手って人もいるけれど、これはこれで悪くない。夏のギラギラした太陽ではこう上手くいかないでしょう?

 

 絶好のピクニック日和。日向ぼっこには最強のコンディションだと思うのは私だけじゃない筈。

 

 だって、ほら。隣の誰かさんもそう言ってたから。

 

 「んん~!確かに!今日はいい天気だね!こういう日はどこかでのんびり過ごしたいなぁ」

 

 軽く伸びをして私の隣を歩くその人は私と同じ小学5年生の幼馴染み。屈託無い明るい笑顔を見せたその人を見ているとこっちまで明るい気分にしてくれる親友だ。

 

 「どこかでゆっくり休む前に買い物済ませちゃった方が良いと思うんだけど……」

 

 「まあ、仕方ないよね~。夜になる前には帰らなきゃいけないし時間も勿体無いもんね。さっさと買うもの買って帰ろ!未来!」

 

 「うん!」

 

 今日私たちが街に出て買い物をしている理由。

 

 それは今日が私の隣を歩くその人、立花響の誕生日なの。響の為に私から何かをしてあげられる大切な日で、響の笑顔が一番輝く日。

 

 「あははっ!ほらー!未来ー!早くしないと置いてっちゃうよ~!それっ、レッツゴー!ヒャッホー!!」

 

 「あっ、ちょっと待ってよ〜!響!」

 

 いつものように楽しそうにはしゃぐ響の背中を小走りで追いかける。

 

 私にとって今日は、日常の中にある非日常な日。

 

 はあっ……響の笑顔がいつもより多く見られる今日はなんて良い日なんだろう……頬が蕩けちゃいそう。

 私、小日向未来にとって、そんな嬉しい日がある季節はやっぱり大好きなんだ。

 

 

 

 と、思っていた矢先の事。

 早速、響と(はぐ)れちゃいました。

 

 「……もう、響はどこに行っちゃったの?」

 

 私たちがショッピングモールに到着し、まず服屋を散策して行こうと提案して一緒にお店に入ったまでは良かった。問題はその後。

 似合いそうと思った服を手に取って響のいるであろう方向に行ったら、もうそこには響が居なかった。

 

 純粋無垢にして自由奔放な響は目を離した瞬間にどこかへ消えてしまう事が多い。今日も例に漏れず、卓越した行動力で興味を惹かれた方向に向かって行ったに違いないだろうなぁ。こうなった場合、高確率で私の事を置いて他のお店に行ってる可能性がある。響自身は考え事しているうちにどこか違う場所に来ちゃうんだって前に言ってた。

 

 私の気分は急転直下。

 それを探す身にもなって欲しい。

 

 響のお父さんやお母さんからも響をよろしくねって、小学生にして響の保護者に認定されてしまったのは記憶にも新しい事だ。のんきな響本人にその気は無いのだろうけれど。

 

 どうにかして見つけ出して買い物を済ませに引っ張らなければ今日の予定が狂ってしまう。自分の誕生日なのに……。

 

 私も私で迂闊だった。今日は響の誕生日で祝われると分かってる日にあの子がテンションマックスになるのは簡単に予想出来たのに、なんで手綱を緩めてしまったのか。

 

 ……私もすごーく浮かれ気分だったから。響の誕生日プレゼントを何にしようかなって考え込んじゃって、響を置き去りにしたのはもしかしたら私の方だったのかもしれない。反省しなきゃな。

 気分が上がると周りが見えなくなる程何かに集中しちゃうだなんて、二人してなんていうダメな共通点なの……。

 

 本当は声に出して名前を呼びたいところなんだけど、他にもお客さんが多いからそうも行かない。迷子センターにお願いして探すのは最終手段にしないと響が怒っちゃうからそれも無し。残念ながら携帯電話はまだお互い買ってもらえてないから連絡も取れない。

 

 結論、自力で探し回るしかない。

 

 「はぁっ、響ったら……」

 

 小さく溜め息を吐き、服屋さんを出る。

 

 本日は日曜日、お外は晴れ間が広がっていた所為か、お出かけに来た大勢の人でショッピングモールの店内外はどこも溢れかえっている。

 

 ここのショッピングモールは施設が豊富で服や雑貨はもちろんのこと、フードコートとは別にある食べ物屋さんや本屋さんに電気屋さん、それに映画館やゲームセンターなんかの娯楽施設も揃えていて、一日中ここに居ても楽しめるくらいになっている。どこもかしこも活気があって人集りが絶えない。

 

 ショッピングモールを出てすぐの近場には自然の広がる緑地公園もあって、休憩するにはこれ以上ないスポットだ。空気が澄んで気持ちよく、待ち合わせの待機場所にしたり火照った身体を涼ませるのにも最適。

 

 そことは反対側に橋を渡ってもう少し行けばキャンプが出来るくらいに開けた河川敷に出る。まだキャンプの行楽シーズンだから通りかけた時は人も多かった。

 

 ――果たしてそのどこに響は行ったのか?

 

 出鼻を挫かれた上に、頭が痛くなる事案が発生。

 もう少し落ち着いてくれるようになれば良いのになぁとしみじみ思う。財布の中身は私が責任持って握っているので無駄な買い物をすることはないと思うけど、それでもちょっと心配だ。

 

 少なくともショッピングモールの中にまだ居るはずなので、まずは服屋さんと食べ物系のお店に行ってみようかな。

 

 

 

 

 

     ◯

 

 

 

 

 

 結局、小1時間程探した所で響を見つけることは叶わなかった。こうなるんだったら初めから迷った時の待ち合わせ場所でも決めとくんだった。反省する事が増えちゃったな。

 

 もう時刻は太陽がやや傾き始めた午後3時、響を探し回ったせいで身体が熱くなっていたのでどこか涼しいところで休憩したかった。

 休憩し終わったら迷子センターに直行してでも探し出さなきゃ家に帰れない!

 買い物がまだ終わってないもの!

 

 と、これからの予定を立てつつも私の足が向かう場所は自然溢れる休憩所。たくさんの木々が生い茂る公園内には小さな小川も流れていて空気が気持ち良いの。

 お買い物に疲れた場合はいつもここに来ることにしている。

 

 けれど、お昼過ぎの3時過ぎに合わせて今日は日曜日、公園にも人が多い!休憩はやっぱり近くの涼しい公園だよね、という同じ魂胆の人が多すぎて参っちゃいそう……。

 これでは休憩にすらならないので人気の無い所に避けていく。

 

 今まで自分でも行ったことのない場合にも行ってみようかなと、木の葉で遮光されて影の出来ている並木道を歩いていく。昼間ならこういう所の方が涼しいだろうに誰も人が来ないのは、周囲に面白みが無いからだろうね。中心からもそこそこ遠いし。

 

 ゆったりと歩を進めていると、段々とこの時期特有の甘い香りがして来た。あの花かな?

 

 並木道を抜けちょっとした広場に出て前を見れば、少し奥まった所にこの匂いの原因と一つだけポツンとベンチが設置されていた。

 

 一本の金木犀の木だ。人気のある花なのにこんな所にあるなんて誰かの趣味なのかな?きっとここの設計者は金 木犀の香りを独占したかったに違いない。一人だけで楽しむために誰も通らないような所にベンチを置いたんだろうな、と勝手な想像をした。

 

 燦々とした太陽の光を浴びて金木犀の花が煌びやかに輝いているように見える。風通しも良いこの場所は絶好のスポットだ。今まで気づかなかったのが勿体無いくらい。

 

 「……えっ?」

 

 ベンチに座ろうと近づいていくと、金木犀の木の幹に寄りかかるようにして眠る誰かの姿が見えて来た。

 

 太陽の光が当たって暖かい陽だまりの中で眠るその人は癖のあるセミロングの茶髪に黄色い縁の眼鏡を掛けた女の子。腕に綺麗なオレンジと青紫色のお花の花束を抱えて寝ていた。

 見た目上、私よりも年が上そうで女の子というより女性っぽい。小学生の私にとって高校生や大学生は等しく大人と同じように見えてしまうのでどのくらいの年齢か分からない。20歳位?

 

 けれど既視感があった。それはもう存分に。

 

 「……ひび、き……?」

 

 眼鏡を掛けていて髪の毛も少し伸びてるとはいえ、寝顔が響のそれと実にそっくりだった。本人か血縁であることを疑いたくなるくらいに。

 身長自体がいつもの響よりも大きかったから探してた響じゃないって事だけは分かったけれど、響をそっくりそのまま大人にさせたらこうなるんだろうなと想像も出来ちゃう。私には分かる。

 

 確か、前にもこんな事あったかもしれない。

 

 「……んん……っ……」

 

 「あっ!」

 

 寝ている人の前で思わず声を上げてしまったせいで起こしてしまったみたいだ。悪い事したかな。

 

 「…………ッ!!」

 

 「えっ?」

 

 寝ぼけ眼を擦っていた目の前の響のそっくりさんが私の顔を見た途端、急に驚いて固まってしまった。何だったんだろう?

 

 「えっとあっ、あの……だ、大丈夫、ですか……?」

 

 アワアワして、しどろもどろになっちゃった言葉に恥ずかしくなって来たけれど、この人は笑わなかった。

 

 「……ううん、大丈夫。それと……ごめんね」

 

 「あ、いえ、こちらも大丈夫です」

 

 その人は私から視線を逸らした。……そう言えば何で謝ったの?

 ……あ、変な心配させてごめんね?か。

 

 「……」

 

 「……」

 

 ……沈黙が痛い。

 

 「あの、ここ、座っても良いですか?」

 

 ベンチではなく彼女が座っていた金木犀の木の隣を指差して私は言った。

 

 「……そっちじゃなくていいの?」

 

 「何となく、こっちの方がいいんです」

 

 「……(コクリ)」

 

 その人はただ頷くだけ。

 

 「あ、ありがとうございます……」

 

 許可を得た私はその人の隣に座り、木に寄りかかる。座ってみて分かったけれど、ここは凄くお昼寝がしやすい場所だ。とってもいい感じ。ここで寝ていたのもある意味頷ける。

 

 どうしてコッチを指差しちゃったのかは自分にも分からなかった。

 

 「どうして、ここで寝てたんですか?」

 

 「……気がついたら、寝てた、かな」

 

 暖かい所ではどこでも寝れちゃう誰かと一緒だ。

 

 「……みっ……君は、なんでここに来たの?」

 

 「友達を探してたらこんな所に来ちゃったんです。そこで気持ち良さそうに寝てる人を見たら、なんだか羨ましくなっちゃって……」

 

 この人の隣を指差した理由を、口にした事でようやく分かった。

 

 「その友達を探してたんですが、もう1時間ぐらい経っても見つからなくて途方に暮れていたんです。折角の誕生日なのに一人で勝手にどっか行っちゃうし……探し回ってたら疲れちゃいまして……」

 

 「……」

 

 「……あ、なんかゴメンなさい。変な事喋っちゃって」

 

 この人が黙ったままなのを見て、ナチュラルに愚痴ってしまった私は慌てて謝りその場を取り繕った。けれど、私の心配は杞憂に終わる。

 

 「……気にしなくていいよ。平気だから」

 

 「そう、ですか……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 またしても沈黙が続く。あぁ、恥ずかしいな……。何を言ってるの、私は!許してくれたから良いけれど絶対変な子に思われたよ……!

 

 別段知っている人ではないのだから会話をしなければいけないという訳でもないんだけれど、今の私はソワソワして何かを話さなきゃという焦りを持ってしまっていた。

 

 木に腰掛けている二人の間には50cmも無い、初対面にしては近い距離。けれど感じる不思議な安心感。

 

 寝ているときは響に似てたけど黙っていると時はどんな表情をしているのかなと、ふと思った私は体育座りをしつつ気付かれないようにこの人の横顔を窺い見る。

 

 眼鏡を掛けていても横顔は本当に似ていた。ふざけ合って響に眼鏡を掛けさせた時の顔にそっくり。声の方も響の声を少し低くした時のトーンに似ててビックリしちゃった。クールな響って感じ。

 

 世の中には自分と同じ顔が3人はいるとか聞いたことがあるからたまたまだったのかも知れないんだけど、こんな偶然が重なっていいのか。

 

 けれど、どこまでも違うのは瞳の虹彩と顔の表情。

 立花響は黄色っぽい色の眼に、ずっと絶えることのない笑顔だけれどこの人は違った。

 

 赤よりも緋い眼にくっきりと浮かぶ目の隈。

 それと真一文字に結んでる口。笑ったところを想像できない真顔っぷり。ここが響と違うところだ。

 

 鮮やかな緋色に染め上げられたジト目に無表情な顔は、見るものを色んな意味で魅力しそうで怖い。この人の持つ様々な属性は色々と危険だ!眼鏡のおかげで目つきの悪さが和らいでいるのが救いかも。でも、寧ろ逆にそれがインテリ系に見えてオトナの女性って感じがしてとても……って、ううん、これ以上はもうダメ!!ダメッ!!

 

 煩悩退散!煩悩退散!と首をぶんぶん振る。初対面の人に何てこと考えてるの!

 顔が真っ赤になっちゃった……。

 

 ……響一筋の私でもこの人にじっくり見つめられたら即堕ちる覚悟がある。あんまり見ないようにしなきゃ。響に似てるのが悪いんだからね!

 

 という、意味の分からない自分だけのやり取りはどこかへ棄てて、と。

 

 響のそっくりさんは遠くの空を見上げたまま動く事はない。癖のあるセミロングの茶髪がそよ風に揺られて、金木犀の甘い香りと共にこの人のシャンプーの匂いまでも運んで来た。混ざり合っても喧嘩しないその香りはとても良い匂いだった。

 

 ……この匂い、どこかで……?……まあ、いっか。

 

 けれど、その素直な匂いとは裏腹に何だかとても複雑な顔をしているような気がする。

 

 悲しくもあり、嬉しくもある。厳しくもあり、優しくもある。焦燥に駆られているようでもあり、冷静に考えているようでもある。酷く疲れているようでもあり、落ち着いてリラックスしているようでもある。

 

 それが何に対してなのか、誰に対して思っている事なのかに関しては読み取れなかった。自分の事かもしれないし誰か他の人の事かもしれない。

 

 そういった相反する感情がぎこちなく存在する事を、この女性の生気のない無表情な顔つきから分かってしまった。

 何でだろう……?初めて会った筈なのに、この人の事は分かる気がする……。

 

 

 何分そうやって見つめていたのか。ようやく視線に気づいたその人は頭に疑問符を浮かべて質問してくる。

 

 

 「……どうしたの?」

 

 「あっ!いえ、何でもないんです!……あの、名前聞いても良いですか?」

 

 「……」

 

 我慢の出来なくなった私はついつい名前を尋ねてしまう。何で咄嗟にそんなこと訊いちゃうのよ!私!

 

 「………………凛花」

 

 「……え?」

 

 「……私は、長月凛花」

 

 長月凛花。そう、この人は言った。

 

 「長月凛花さん、って言うんですね。私は小日向未来です。すみません、突然名前なんか訊いちゃって」

 

 人に名乗りを上げてもらったのなら名乗り返すのが礼儀。自分の名前もちゃんと言っておく。

 

 「……平気だから、気にしないで」

 

 この人は何でも許してくれる。気にならないのかな?

 ……興味が無い、のかな……。

 

 それにしても長月凛花さん、か。『立花家』とは関係が無さそうだなぁ。そもそも響の家族にお姉さん的ポジションの人を見たことも聞いたことも無いし、少し冷静になって考えてみれば響と関係者でないのは当たり前なのに、私は何を暴走してるの……。

 

 今日は自己嫌悪が多い。反省点はそれ以上にいっぱいだ、しっかりしなきゃ!

 

 私が頭の中で反省する事を整理していると凛花さんの方から話しかけてくれた。

 

 「……お友達はいいの?」

 

 「あっ……!」

 

 そうだった。私としたことが、すっかり響のことを忘れてしまっていました。でも……

 

 「たまにはいいんですよ。いっつも私ばっかり心配してるので、今日は響の方から私を探させます。……あっ!響っていうのはその私の友達のことなんです」

 

 「………………」

 

 「私だって怒ってるんだよ!って所を見せておかないとすぐ調子に乗っちゃいますからね。敢えて1人にさせておくこともちょっとは必要です」

 

 ひとりでいると危なっかしくて堪らないあの子はきっとどこかで踏みとどまる。そんな時に私がついていないとダメだってことに気づかせてあげなきゃ!

 

 そうだ。今日はそれを気づかせるチャンスだね!

 

 「……でも、私の方も心配ではあるのでちょっとしたら探しに戻ります。寂しくさせるのも嫌なので」

 

 「……やっぱり大人だね」

 

 「いえっ、そんなことないですよ」

 

 大人ぶっていた態度でいたのが恥ずかしくなってきちゃった。

 

 「……ううん、歳を重ねた私よりもずっと大人だよ」

 

 そんな事ないと思うんだけどなぁ。

 初対面の私の愚痴を嫌がること無く聞いててくれる聞き上手なのに。

 

 話が終わったと同時に凛花さんは無言のまま立ち上がり、こちらを振り返ることなく凛花さんは語り出す。

 

 「……ありがとう。お話してて楽しかったよ?」

 

 「あっ……はい、こちらこそ何だかすいませんでした」

 

 「……じゃあね」

 

 それっきり凛花さんは私の方を見ることなく歩いていってしまった。結局、1回も笑うどころか微笑む所すら見れなかったな。

 

 ひとすじの風がぶわりと吹き抜けて行く。

 さっきの凛花さんと同じように空を見上げれば流れの速い雲が太陽光を遮るように動いていた。

 さっきまであったうろこ雲が密集してきている。……これはちょっと速すぎる展開、夜には雨になりそう?それはいけない!

 

 急いで響を探さなきゃ!!

 そう思っていた頃が私にもありました。

 

 「あー!!もー、やっと見つけたよー!!」

 

 なんと響の方から私を見つけてくれるとは、これは明日雨が降る。凛花さんと入れ替わるようにこちらへ走ってきた響が大きく手を振って私を呼んだ。

 

 「もうっ!未来ったら勝手に居なくなっちゃうから困ったよ~!」

 

 「一人で勝手に居なくなっちゃったのは響の方でしょ!?私だっていっぱいいっぱい探したのに……って響、それは何?」

 

 「んー?これ?」

 

 どこかを放浪としてきた響は手に何かの紙切れを持ったまま帰ってきたのだった。

 えっと、お好み焼き大サービス券……?

 

 「これはね、お花屋さんで出会ったおばちゃんがくれたんだ!なんでも、『お花選びを手伝ってくれたお礼に今度お好み焼き食べに来て』って言われちゃった!すんごいサービスしてくれるらしいよ!」

 

 「へ、へぇ」

 

 ズイっと響がこっちににじり寄って距離を詰めてきた。何故だか知らないけど食べ物の事になると響の目が一層キラキラしだすんだよね。

 

 「ねぇねぇ!今度一緒に行ってみない?すごく優しいおばちゃんだったから、きっと未来も好きになるよ?ね?ね?」

 

 か、顔が近いよぉ……。カァっと顔が赤くなるのが自分でも分かる。

 こっちの気も知らないで!もう……。

 

 「そ、そんなに気になるなら今度一緒に行こ?」

 

 「やったぁー!絶対だよ?未来!」

 

 「分かってるってば。もう響ったらはしゃぎすぎ!」

 

 「えへへ~ごめんごめん!」

 

 私達はどちらからとも無く手を繋ぎはじめ、帰路に立った。まだ太陽が明るく光ってくれているけれど、お空には鈍色になってきた雲が徐々に見えはじめてきた。

 

 ……あっ、まだ帰れない!

 雨が降る前に買い物を済ませなくっちゃ!

 

 今日は響の誕生日なんだから!!

 ……伊達眼鏡、響に黙ってこっそり買ってみようかな……?

 

 今の私の顔は他人から見たらきっと悪巧みしているように見えるかも知れない。けど響が見ていないから多分オッケー。今度寝ている隙にかけちゃってみようかな、なんてね……?

 

 今日は散々響に振り回された私はお返しとばかりに響の手を取ってショッピングモールの店内を急いで駆け巡っていった。

 

 

 

 

 

     ○

 

 

 

 

 

 「今日一日楽しんでくれたかい?」

 

 「……はい」

 

 「それは良かったよ」

 

 うふふ、と隣で微笑むふらわーのおばちゃんと歩く商店街。黄昏時特有の二色の空には段々と雲がかかってきた。背中の方にある夕日はやや沈みかけている。

 

 二課に帰ろうとする頃には雨が降り出すと見込んでいるので、今日の夜はおばちゃんの家でお泊まりだ。既に師匠たちには連絡済み。

 

 私の腕の中にはさっき貰った花束があった。

 これが結構大きな花束で、チラリと視線を下に向けてみるとその全体像が良く見える。

 

 「その花、気に入ってくれた?」

 

 「……」

 

 「おばちゃんも選ぶのは苦労したんだけど、たまたま近くにいた女の子が助けてくれてね、9月の誕生花を一緒に選んでくれたのさ」

 

 「……そうだったんですか」

 

 その女の子とやらはお花についての知識が豊富だったのか、はたまた好奇心で選んでくれたのか分からないが綺麗な花を選んでくれたようだ。

 

 顔も知らない他人である私の為に。

 

 色んなことがあった所為か、『自分の為に』何かをしてもらうというのが苦手になった気がする。自分に向けられる好意や厚意を素直に受け止められなくなったし、受け取らざるを得ない時だってどうもぎこちなくなってしまう。誰かを頼ることも数えてみればほんの数回程度だけ。

 

 ある程度落ち着いてきたとはいえ、すっかり一人でいることに慣れてしまったようだ。

 

 「……向こうに着いたら花瓶に飾っておきます」

 

 「大切にしてね」

 

 「……」

 

 「ねえ、凛花ちゃん?」

 

 「……はい?」

 

 「ちょっとは元気が戻ってきたんじゃないかしら?」

 

 おばちゃんは笑顔のまま、そう言った。

 

 「……そう、ですかね」

 

 「そうさ、来たばっかりの時より表情が変わってるもの。もう半年前かしら、あの時の悲しそうな顔に比べたら断然良くなってるわ」

 

 そんな事言われても自分じゃサッパリ分からない。何でか知らないけど私の周りの人は私の変化によく気づくらしい。鏡の中の自分はあれから変わることは無いので、何がどのように違うのかだけでも教えてほしいくらいだ。

 

 「特に今日と来たらもう絶好調じゃないか。今までで一番いい顔しているよ」

 

 「……はあ」

 

 今日の私は絶好調なのか。

 

 「もしかして今日が凛花ちゃんの誕生日だったりするのかしらねぇ?」

 

 「……」

 

 「だとしたら凄い偶然だわね。それはそうとして、何か良い事あったんじゃないの?」

 

 何か良い事、ね。

 特別何かあった訳じゃないけれどいつもと違う事と言えば――

 

 「……この世界の私の親友と偶然ですが会いました」

 

 「おや、それはまた凄い偶然ね」

 

 「……そうですね」

 

 ふらわーのおばちゃんは私の置かれた状況について聖遺物関連の情報を除いて殆ど知っている。だから、私の親友が私のいた世界でどうなったかなども知っている筈だ。

 

 未来がどんな結末を辿ったのかも。

 

 「嬉しかったかい?」

 

 「…………えっ?」

 

 「未来ちゃんって言ったかしら、その子と出会えて嬉しかったんじゃないの?」

 

 「……」

 

 嬉しかった、か。

 感情に疎くなってたからあんまりそんな事考えてもいなかったけれど、言われてみれば私はどう思ってたんだろう?

 

 「……どうでしょう」

 

 「人の気持ちってのは考えもしないうちにパッと表に出てきてしまうものさ。あんまり難しく考えるんじゃないよ。思った通りの素直な気持ちを表現すればいいから、その時々に感じた瞬間を思い返してご覧なさい」

 

 今日感じた気持ちは確か、『好き』とか『落ち着く』とか『悲しい』とかかな……。どれもこれも最近じゃ感じなくなっていたものばかり。

 

 どれもこれもそんな事ないぞと否定したい気持ちがあるが、心に感じてしまった以上は何も言えないだろう。

 そうやって少しの間私が物思いにふけっていると、おばちゃんはふっと笑いだした。

 

 「その様子だと思い当たる節があるようね。そいつは重畳よ」

 

 カツカツとなる靴音と共に歩く帰り道。もうすぐお好み焼き屋のふらわーに到着するかもという所でポツポツと雨がチラついてきてしまった。

 

 まだ太陽が出ているというのに、これはお天気雨というヤツか。ちょっと曇ってくるの早過ぎないかな?

 

 「おや、予報より随分早いわね。私達も急ぎましょう」

 

 何事にも縛られることの無いお天道様の機嫌は逐一変化し続けているので予想が外れることもままある訳だ。

 

 そう納得をして、おばちゃんに続き私も足早に移動する。せっかくの誕生日プレゼントだし、雨曝しにするほど無下に扱いたくない。私は花束を抱え込むように早足で歩む。

 

 数分後、少し強まってきた雨脚からようやく逃れた私とおばちゃんはふらわーに到着する。

 

 「ちょっと濡れちゃったわね、お風呂を沸かす時間で風邪引いちゃうと困るから先にサッとシャワーを浴びてきなさい。その花束は私が預かっておくから」

 

 私はおばちゃんに花束を手渡した。

 花についた白露(しらつゆ)が蛍光灯の光に反射してキラキラしている。降ってた雨が花が散ってしまうほどの強さじゃなくて良かった。

 

 私は、このタイミングで常日頃から思っていることを吐き出した。

 

 「……はい。……あの、おばちゃん」

 

 「ん?何だい?」

 

 「……今度でいいので、私もお店のお手伝いをしてもいいですか……?」

 

 すると、おばちゃんは少し呆気に取られていたかのように黙り込む。それからややあっておばちゃんが微笑みながら口を開いた。

 

 「……そうねぇ、お願いしちゃおうかしら」

 

 これで一つ、ふらわーのおばちゃんに恩を返せる。

 

 「ただし、やるってからにはお店の手伝いだけじゃなく、お好み焼きの作り方までしっかりと叩き込んであげるから、覚悟しておくんだよ?いいね?」

 

 「…………はい」

 

 「うん!いい返事だよ」

 

 私が思っていたよりも数倍おばちゃんは本気にして受け取ってしまったようだ。食器洗いとか配膳とかで終わらせるつもりが、プロの技まで教わることになろうとは……。思わぬ誤算。

 予期せぬおばちゃんへの弟子入り後、私は風呂場の脱衣場へと踵を返した。

 

 雨に当てられて少し臭くなった服を脱いでいるときにふと思うことがあった。

 これで私が弟子入りした人物は何人になるのだろうか?指を折りながらゆっくりと数えていく。

 

「……ひー、ふー、みー、よー……4人も、か……」

 

 こんな短期間で4人も師匠(せんせい)が増えるとは、まして人と関わるのが怖くて壁を築いた筈の私が、こうも深い繋がりを持つようなことになるだなんて初めは思いもしなかった。

 

 ……まあ、この展開は私自身が望んでいた事だからいい。

 

 私が弟子入りした人物は、そのいずれも今の私が関わることを心の底から許せる人達ばかり。

 

 武術の師匠たる風鳴弦十郎。

 二課の戦闘訓練並びに忍術修行をつけてもらっている緒川慎次。

 聖遺物の研究を一緒にやらせてもらっている櫻井了子。

 そして今日、事実上の弟子入りが決まったお好み焼き屋のふらわーのおばちゃん。

 

 みんな、純粋に私を守ろうとしてくれている人達。

 どうしてこんなにしてくれるのか?

 

 その答えは師匠から既に受け取っていた。

 

 『オトナは子供を守るものだから』と。

 

 「……やっぱり、今のままじゃ何にも出来ない子供なんだ」

 

 どうやったらオトナに成れるのか?守りたいものを守る為には未熟なままではいけない。見合う実力を付けなければ過程や結果は着いてこず、守れるものも守れやしない。

 

 だったら、今の私に足りない部分を立派なオトナたちから吸収して行けば良いではないか。そうすれば私は今の庇護を脱して守護者へと成り変わる。

 

 何としても手遅れになる前に、私は強くならないといけないんだから。

 

 扉を閉じてシャワーを出し、適温になった所で頭の頂点から浴び始める。ふっと、私の視線が胸の古傷へと向かった。

 

 「……けどさ」

 

 そう思う反面で、私は心の底で怯えているだろう。誰かと親しくなって良い関係を持つことに対して。

 

 ――親しくなった人が、急に自分に愛想尽かしたら?

 

 ――親しくなった人が、急に自分を裏切ったら?

 

 ――親しくなった人が、目の前で急に生命を落としたりしたら……?

 

 「……ッ」

 

 思わず拳に力が入り、ギリッと歯軋りをしてしまった。手のひらを開くと案の定クッキリと深く爪の跡がついてしまっている。血が滲む程ではない。

 

 壁ドンしたい衝動は無理矢理抑えこんだ。自分の家のように寛いでいるがここはおばちゃん家なのだ、マナーの悪い迷惑行為は自重すべきと考えた。

 

 助けてくれた恩は感じているし、もちろんそれ相応に恩返しをすべきとも思っている。だけど、それでも私の心には不安が寄り付いて離れてくれない。

 

 いつかそんな日が来るんじゃないのか?

 いつかそんな日が来てしまうんじゃないのか?と。

 こんなに甘えていいのか?とも、いつかまた痛い目に遭うぞ?とも思ってしまう。

 

 自分から望んだはずの師事に対してどうしようもなく矛盾してしまう。

 

 ……だって、この世の中に、『絶対』なんて文字は存在し得ないんだから。

 

 「……」

 

 もういいや、これ以上おばちゃんを待たせるのも悪い。おばちゃんだって濡れて帰ってきたんだしさっさと上がろう。

 

 それから手短にシャワーを済ませて私服に着替え、タオルで髪の毛を拭いながら私は雨の降り具合を確かめるために窓から外を覗き込んだ。

 

 ……んまあ、思ったよりは強くない。て言うかさっきよりも結構弱い。

 でもこれからが本番だとも言いたげな厚い黒雲が遠方に見える。早朝起きてからランニングをしているので朝まで続かれるのはかなり困る。予定がズレてしまうので黒雲さんには早々にお引き取り願いたいところ。

 

 「……あっ」

 

 目線を黒雲から沈む寸前の夕陽の方へと向けていくと、何とそこには一筋の綺麗な虹がかかっていた。

 

 「虹ねぇ、こんなにハッキリと見えるだなんて私も久しぶりに見たかしら」

 

 私が声を上げたのが珍しかったのか、私の背後からおばちゃんが同じ空を見る。弱めのお天気雨だったので光の屈折現象が起こり、運良く虹が出来たんだろう。

 

 「沈む夕陽と綺麗な虹、なんてロマンチックな組み合わせかしらね。これはきっといい事がありそうだわ!」

 

 ふらわーのおばちゃんのテンションが少し上がった。これから雨が降り出してくるというのに……。

 

 「……おばちゃん、シャワーどうぞ」

 

 「あら、そう言えばそうね。ちょっと時間を貰うから夕飯は少し待っててね?」

 

 「……はい」

 

 窓の外に視線を戻すと既に日は沈み、綺麗な虹もその姿を消してしまっていた。思えば虹が架かっていたのはほんの一瞬だったみたい。

 

 それからものの数分後、ザーザーと激しい雨音が辺り一帯に聞こえ始めた。急に降り出したり急に弱まったり、それからまた強まったり、と天気というものはよく分からないもんだ。

 特に今日は変な感じだったよね?と操作できない天気に文句を言うのも可笑しいし、そんな事はもう放っておこう。

 

 人生、諦めが肝心。

 

 私はこの店の店主が風呂場から戻ってくる間、無言でずっと雨の降る様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 


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