戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~ 作:Myurefial0913
「……ん、……んん……う、ん?」
どこか隙間風のようなものが吹き頬を撫でて去っていく。
微睡みの中にあった意識が急浮上して、私は眠気眼を開けて身体を起こした。
……あれ、ここは、どこ……?
……何で、わたしは、こんなところに……?
気がついたら私は、立派な樹木がたくさんある森林の中にいた。あまり意識ははっきりしていないけれど、辺りを見渡してみても特に開けてる訳でもなく、開発がなされている様子でもなかった。どうやら森の奥深くにいるらしい。そこまで明るくもない。
「……ふぇっ?」
ペタペタと触って自分の身辺を確かめる。
顔も服も髪の毛も泥で汚れているし、落ち葉も草もいっぱい付いているし一体何があったんだろう……?
えっ、何か嫌な感じがする!ブルっと鳥肌が立ってきて思わず身体を抱きしめる。時間が経つにつれて段々とぞっとした恐怖が押し寄せてきた。
怖くなりぱっと目が覚めた私は立ち上がり、ポケットの中にしまってあったはずの本部への通信機器を取り出そうとした。
「あれっ……?何で?何で、どうして無いの!?」
目当てのものが見つからなくて取り乱し焦ってしまう、しかしどこを探しても見つかることは無い。
だが、何ということか代わりに携帯電話が出てきた。
「あっ、それなら携帯電話だったら……!」
震える手で急ぎ携帯電話を起動、連絡先一覧ページを高速スクロールする。
携帯電話だったなら、お母さんにもお父さんにも繋がるし、未来にだって連絡を取ることができる。翼さんや師匠、クリスちゃんなんかの個人的な連絡先もあるから本部に繋がるものがなくてもコンタクトぐらい取れる。これで今何でこうなっているかなにか分かるかもしれないし、自分は生きていると一報を入れることだってできる。心配かけるのはまずい。こういう時私はいつも一番に未来とメールや電話をした。
だから、今すぐ未来に連絡を……、未来に……、…………………未来………?
「未来ッ!!!!!」
自分の身体に雷が落ちたかのような衝撃が駆け巡る。
手と足はわなわなと震えだし、ふらついて膝に手を付く。
携帯電話は力が抜けた私の手をすり抜け、地面にあった石たちに激突して嫌な音を静かな森の中に響かせた。
その音はエコーがかかったみたいに私の耳の中に残る。
ここに至る前の出来事を思いだした、戦争中の光景がフラッシュバックして浮かんでくは消えていく。
何があったのか、その全てを、手を伸ばしても届かないその光景の全てを。
「ッ!!!!!」
―――未来、小日向未来は、もういないということを。
―――立花響にとっての陽だまりは、永遠に失われてしまったということを。
「……ああぁ……あああぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」
またすぐに足ががたつき地面に膝をつく。もはや立っていられることなんて出来ない。
「うぅっ……、うっ、……うえっ…うわぁああああああああん!!!!!………みくうぅぅぅうああああああああああ!!!………………」
泣き叫んだ。声が枯れた。そのうち涙も出なくなるほど時間が経っても泣いた。
込み上げてくる罪悪感のあまり、痛いなんて感じなくなるくらい地面を何回も叩いた。血がにじむほど叩いたと気づいたのはずいぶん後になってからだった。
――未来を守れなかった!!未来を助けられなかった!!
何が困った人を助けたいだッ!何が人助けが趣味だッ!何が正義の味方だッ!
――大切な人一人守れやしないじゃないかッ!!!
助けた人にだってたくさん裏切られてきた!もしあの時他の人を見捨ててでも未来を連れていければ未来は……、未来はッ!
そこでハッと気づく。
私にとって同じくらい大事なものに疑いをもってしまった。
――本当にやって来たことって褒められたことで正しかったことなのかな……?
私の頭の中がそんなことでぐるぐるしていた。
私は困っている人を助けて、その人は助かった。その人と同じような困っている人がいればそこへ行き、新たにその人を助ける、見返りを求めることもなく。
そんなことを繰り返して繰り返して、その結果、私は一番大切なものを失った。
戦争で死にそうになっていた人がいたから助けたのに、私に対して助けられたことに関して棚上げして何もなく、ただ蔑み、罵倒し、死ねと言葉を発する。
その人たちには悪い事は一切無く、何の罪も無い。
けど、だからって何で私はこんなにも責められるの?私だって何も悪い事はしていないのに……。
人助けに見返りを求めてはいけない、なんてことはあるかもしれないけれど、それにしたってあんまりだ。
助かった人にとっては正しくて良いことかもしれない。
だけど、私にとっては正当な評価も得るものも無く、そればかりか私が一方的に損ばかり、失うばかり、傷つくばかり。
何もいいことが無い、むしろあの時、私にとって悪いことしかなかった。
だけど、今こうしてそう思っているってことはつまり―――
―――私がしてきたことって見返りが欲しくてやっていた偽善だったのかな……?
―――あの時の調ちゃんが言っていた言葉は実は正しかったんじゃないのかな……?でも、私はそんなつもりじゃ……。
頭を抱え込んで考えても答えの出ない堂々巡り。
もう何も分からない、もう何も信じられない。もう何も考えられない。
本当に限界だった。
アイデンティティーの喪失と、無くなってしまった帰る場所。
この二つがもたらした影響は、とても強大だった。
私の中で何かが悲鳴を上げ、ミシミシと音を立てて終いにはポッキリと折れて行ってしまった。
私は生きる支えを失った。
文字通り、信じて手を取り合っていくことを力にしてきた私は、この時から心の底から誰かを信じることが出来なくなってしまった。
――もう誰かと手を繋ぐことは出来なくなってしまった。
「こんな私だったから、未来は死んじゃったんだ。私のせいだ……」
「私が甘かったから、ちゃんとしてなかったから、強くなれなかったから」
「……やっぱり人は自分のことが一番大事なんだね……」
こんな結末を迎えるのであれば、いっそ自分のために好き勝手に生きた方が何倍も何十倍も気が楽ではないか。苦虫を食い潰したように頑張ってきた自分は一体なんなんだろうか。
大真面目が馬鹿を見る。欲も出さず人の為にと必死になって信じてやって来た自分の、もう取り返しのつかないことになってしまった今の状態がまさにそれ。
本当に自分は馬鹿だったみたい。
「こんな、……こんな最後だなんて、嫌だよ……未来……、だって……、だって、さよならも言わせて貰えないなんて……、最後に交わした言葉があれだなんて、私は嫌だよ!未来……、うっ、ううっ………」
最後の一粒が流れ落ち、消えていった。
突然、くぅ~っと気の抜けた音が鳴る。
「……ははっ、何でか分からないけど、お腹が空いてきちゃったよ……未来……」
鼻水をすすり、涙の洪水でぐっちゃぐちゃになった顔を袖で拭い、どこか呆れたように気の抜けた笑いが出る。
どこまでも無神経で空気の読めないお腹を擦り、私はそう呟いた。
どうやら神様はまだ私に死ぬことを許してはくれないみたい。
こんな気持ちになっても人の身体は非情でどうやら素直らしい。
この森は見事なまでに木がたくさんあって、食べられそうなものは見当たらなかった。
そもそも野草や果物についてのサバイバル知識がないので、たとえあったとしても口にはできなかったかもしれない。
私は何か口にするものを求めるため近くにあった木を支えにして立ち上がった。
お腹は先ほどからグーグー唸りを上げて訴えてくる。
さっきはずっと泣き叫んでいたせいか水も飲んでないので喉はカラカラ。
結構深刻な状態になっていた。
見渡す限りの全部が獣道で、人が歩いた形跡が見られないので、食事にありつく為に森を抜けるのがまだまだ先になってしまうだろうか。
今日空模様は曇っているのか昼なのに暗い。木漏れ日一つない。
「せめて、未来に挨拶して行かなきゃね……」
……歩くっきゃない。私のことはそれから、二の次にしよう。
落葉と土と草で覆われた地面を踏みしめていつの間にか涙は渇いてしまっていた私は歩き出した。
地面に、画面の割れた携帯電話を虚しく残しながら。
少し歩いてみればここは山になっていることが分かった。
途中森林の無い所で遠くを見渡せるところがあってそれを確信する。
それほどの勾配があるわけでもないし特別苦しいわけでもないから歩いていたけど、当初の目的だった食料探しは当たり前に難航。水の音すら聞こえてこないので近くに沢、渓流、川のいずれも無いんだろう、きっと。
だけど歩き始めて5分もしないうちに洞窟を発見、水があったらいいなと思いその中に入っていく。泥も落としたいしあわよくばそこで水を飲みたい。
その洞窟は薄暗いながらも何やら人工的に作られたような感じがして、中には電気が通っているのか通路の天井に辺りをポツポツと照らし出すライトの存在も確認できる。
誰か人の出入りがある……?
さっきまでの森にはそんなことなかったのに……?
考えても仕方ないことなので、頭の片隅にそのことを移し、ひたすら歩く。
もうどれくらい経ったか分からないくらい歩いたとき、狭い通路を通り、その先にあった何かを祀っているかのような場所にでる。
ここは何かの遺跡だ、そう思った、もうそれしかない。
さっきまで半信半疑だったけど、昔テレビで見たことがある様な洞窟はこんなに綺麗じゃない、もっとごつごつして足場も何もないところばっかりでもおかしくないはず。
だけどここは完全に人の手によって作られた平坦な道を歩いてここに着いた。
そんな簡単に遺跡に出入りなんてできなかったはずだけど、どうしてだろう?
私の目の前にあった祭壇には、大きく破損し半月型になっているような石が置いてあった。その周りには壊れたあとの破片が散らばっている。
なんていうか石というよりも形は綺麗で若干青銅色、凹凸模様もあるからなんか違う気がする。学校の授業で見たことがあったかもしれないけど何だか忘れてしまった。
私はなんの考えもなしに持ってみたいと思い、それを手に取った。
……予想以上に重い、全然持ててはいるけど。
だけど、これに触るのは初めてなのに、なんか初めてじゃない感じもする、不思議な気分になった。
何となく懐かしい、どこか安心する、何故かそう思った。
そう思ってギュッとそれを抱きしめた瞬間、突然にその石っぽいものは光出して、淡い光の粒子となって虚空へと消えていく。
私の手も虚空を彷徨う。
……ふえっ!?一体何が!?
触って20秒も経たないうちに跡形もなく消えた。
傍にあったはずの石たちの破片でさえも無くなった。
周りをきょろきょろ探し回ってもどこにもない。
どこへ……行ってしまったの……?空へ……?
上を見上げてもただの岩でできた天井、何もない。飛んでいった形跡は見られない
……もう、わかんないし仕方ないや。
「……ここにいても意味はないよね……。……戻ろっか、……ッ!?」
さてこれからどうしようかと考え足を一歩踏み出したときた時、ゾワッっとするあの懐かしき感覚が蘇ってきた。
いろんなことが起きすぎて頭がパニックになる……。
だけどこっちは懐かしくとも思い出したくもない感覚だった。
――認定特異災害 ノイズ
「ノイズが……まさか、来る!?」
何度も何度も戦ったあいつらがまた襲ってくる、急にそんな感覚に見舞われた。
……だけど、それはおかしい。だってフロンティア事変以来ノイズは発生していないんだから、私も見たことない。
仮にアルカ・ノイズだったとしても昔キャロルちゃんたちが作り出した特殊なものだし……、まさかそれが!?
……いやいや、そんなことは多分考えられない。
少しどころかかなり不安になったわたしは聖詠を紡ぐ。
ノイズに対抗できる唯一の手段を持っているが故に。
『Balwisyall Nescell gungnir tron――』