戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE7 悲痛な嘆き、未だ晴れることなく

 

 私がふらわーのおばちゃんの家で目が覚めてから二日目、動かせばその都度激痛が走り鉛のように重かった身体は少し怠いかなと思えるくらいにまでは回復した。

 しかし、まだ満足に動ける状態ではなく歩けないことはないが自分一人で歩くのは少々キツイ。

 

 ただ、体内のガングニールの破片が過度に侵食が進んでいたころに比べればなんてことないし、恐らく安静にしていれば明日には完全に回復できる気がする。無理をすればシンフォギアを使って戦えるかもしれない。

 

 実はあれからおばちゃんにはこれ以上の迷惑は掛けられないと、無理してでも出て行こうとしたのだけれど、「怪我人を見捨てて見て見ぬふりをすることなんて寝覚めが悪くて仕方ないからね、せめて動けるくらいにまでに回復するまではここに居なさい」と、逆におばちゃんに説得されてしまった。

 

 その間、食事はずっとおばちゃんに食べさせてもらっていたし、トイレに行くときはそこまで支えてもらいながら移動したし、お風呂には入れないからタオルで身体を拭いて貰っていた。お好み焼き屋さんの営業もあるのに、まるで介護紛いのことをさせてしまって非常に申し訳ない。

 

 そして今は西日が傾き夕方に差し掛かっていて、おばちゃんに身体を拭いて貰っているところ。

 

 

 「……本当に、おばちゃんは何も訊かないんですね」

 

 

 私からはよく知っている人物ではあるが、おばちゃんからしたら初対面に過ぎないただの他人だ。 

 前に一度問いかけたときにはお茶を濁されたことをまた私はおばちゃんに再度問いかけた。  

 

 

 「そうねぇ、一体何から聞いたらいいかしら?」

 

 

 背中や腕に首筋、たまに前に来て胸やお腹をお湯で絞ったタオルで丁寧に拭きながらそういうおばちゃん。

 

 私の身体は正直言えば一般的な人よりも傷が少なくない、先日のことで青アザだってあるかもしれない。

 そして一番目立つ胸の古傷、それは生々しい傷痕を残していてただの怪我では説明のできないものだ。

 

 しかし、おばちゃんは一切そういう事を訊いてこないし、訊いてこようともしない。

 

 先ほどの問いかけに私が答えずにいるとおばちゃんが話を続けた。

 

 

 「……あんまり言いたくないんだろう?言いたくなかったら言わなくていいもんだ、何も無理して話そうとするもんじゃない。話したくなったら話せばいいもんさ」

 

 

 立派に大人の対応をするものだと思う。素直にそこは凄いと感心してしまった。

 

 

 「確かにあなたはあの日の夜、私の家の裏手に倒れていたさ。だけど、どうして商店街の裏道に倒れていたなんて私には分からないし、身体の傷痕についてもどうしたんだろうとは気になりはすれど、それがどうしても言えない事や辛くて言いづらいことなら無理に訊こうとは思わないね。大人になると誰しもが人には言えないような秘密の一つや二つ、少なからず出てくるもんさ、あなたから言おうとしない限りは私は別に構わないんだよ?時には流すことを覚えることも大事さ」

 

 

 「……そうですか……、そう言えば私ってどんな風に倒れていたんですか……?」

 

 「まあ、あのときはビックリしたね。夜中にいきなり凄い物音がしたからね」

 

 そう言っておばちゃんはふふっ、と微笑し、ことの顛末を語り始めた。

 

 おばちゃんから話を聞いてみれば私は朝方にもなってない時間帯に商店街の細い裏路地で倒れていたらしくその時に大きな物音がしたためにすぐ発見に至ったらしい。

 思えば私が空から墜落した時間帯って真夜中か……、お騒がせしてしまったみたいで。

 大きな衝撃音に集まった近隣の住民の方々が何事かと騒ぎ集まって私を発見、その時におばちゃんの家が一番近くだったことからそこで保護された、という経緯になる。

 

 ……何で救急車を呼ぼうとしなかったのかな?

 そのことについて質問したら、意外な答えが返ってきた。

 

 

 「いやね、本当は呼ぼうとは思っていたんだけど、何となく、本当に何となくだけど私の家に寝かせて置いた方がいいんじゃないかって直感でそう思ったのよ。ただ応急処置は済ませたとは言ってもね、まさか丸一日目を覚まさないとは思わなかったわ。流石に呼んじゃおうかしらと思ってた頃にあなたが起きたから良かったのだけれどね」

 

 

 ……今初めて知ったけど私って1日中眠ったままだったんだ……。まさかそんなにだったなんて、本当にこりゃあ重症なことで……。

 

 でも、考えてみればそこまでする義理も義務も、ましては責任すらもおばちゃんには無いはず。

 そこまで優しくする理由が分からない。

 

 「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 

 「前も言ったかもしれないけれど怪我人を見捨てられるほどの性分は持ち合わせてなくてね、差し伸ばすことが出来る手があるならなるべく伸ばすようにはしているのさ。困ったときはお互いさま、って言葉もある訳だし」

 

 「お互い……に……?」

 

 「そうさ、困っている側は助かるし、助けた側は良い気分になる。また自分が困っているときはもしかしたら助けた相手が助けてくれるかもしれない、そういう言葉さ」

 

 困っている人を助けること。

 

 かつて、自分の信条として、己の正義として私の中に立っていたもの。

 しかし今の私にとってはとてもデリケートな問題で、答えの出せない迷宮の中でずっと彷徨っている。

 

 おばちゃんの言っていることは確かに正しいのかもしれない、前までの私だってそう思ってきた。

 困った時はお互いさま。

 

 だけどそれを、それで良いんだと、鵜呑みにして信じることもできなくなったことも事実だ。

 現に私は窮地に遭ったときにさらに追い込まれる状態にあったから。

 

 本当にそうなのか?それで本当に正しいのか?

 

 その恩を仇で返されたらどうするのか?

 

 

 あの戦争で人間の醜さ、暗黒面を色々と酷く見た所為か、疑惑の目を向けざるを得ない現状に、それを解消できないことがすごくもどかしい。

 

 傍にある桶でぴちゃぴちゃとタオルを洗い、それから何回かタオルを絞る水音が聞こえる。

 

 

 「それに、自分のことを知っているなんて言われて嬉しかったし、そう言われた以上はますます見過ごせなかったのよ」

 

 

 私が沈黙している間におばちゃんによる身体拭きは終了し、服を着せてもらってまた横になる。因みにこの服はたまたま家にあった親戚の子のものらしい。私の服は洗濯はとうの昔に済まされて横に畳まれている。

 

 私が、知っている、なんてこと言ったせいでおばちゃんにとって枷になって、かえって迷惑かけちゃったみたい。

 ……いつまでもお世話になる訳には行かないなぁ……。

 

 

 用具一式を片付けるために立ち上がり部屋を出て行こうとするおばちゃんは、ふすまを閉める前にこちらを振り向き一言だけ言った。

 

 

 

 「ゆっくり、おやすみなさい」

 

 

 私が小さく頷いて反応すると、おばちゃんは微笑みながらふすまを閉めて行った。

 その表情は訝しげなものも疑いの一つもなく、何も含むところもなく、ただただ優しい微笑みを浮かべるだけだった。

 

 

 

 静かに寝ているように言われたけれど、変に頭が冴えわたってしまって寝付くことが出来なかった。

 この家で目を覚ましてから満足のいく熟睡なんて取れていることはなく、実は寝不足気味。

 私はこれからどうしたらいいのかということや、私の身に起きている色んな不思議なこと、そのことを考えていたら眠くなんてならなかった。

 

 

 あれからずっと考えている。

 

 

 思えば初めてシンフォギアを身に纏った時のこと以上に不思議にも不気味にも感じる。

   

 何でおばちゃんは私のことを知らないのだろうか。

 見た感じおばちゃんがわざと無視しているようには見えないし更に言えば記憶喪失になっているとも考えにくいと思う、けどそれ以外には見当もつかない。

   

 何故またノイズが現れたのか。

 ソロモンの杖がまたどこかで使われるなんてありえないし、あの時ノイズたちが一杯いたところに大打撃を与えたとおもったけど……。

 まさか何かの拍子にまたバビロニアの宝物庫が開いたとか……?

 

 

 何か手掛かりはないの?

  

  

 ……そう言えば全然関係ないけど、この家でこの部屋だけでも色々と懐かしいと感じるものがいくつかあったかなぁ。

 

  

 退屈だろうと点けてくれたラジオやテレビで、昔よく聞いてたラジオがまたやっていたり、昔テレビで人気だった音楽グループの大ヒットアルバムが映り、それもこの部屋に飾って置いてあったりした。きっと親戚の子の忘れ物かも?

 人気だし何となくで買ったけど、私はそのあとツヴァイウィングが出てきてそっち方面にシフトしちゃったけどね。

 何はともあれ懐かしい気分にはなった。

 

 おばちゃんは私のことを憶えてなかったことはまだ理解できてないけど、私が知っている昔のものがちゃんとあったからほんの少しだけちょびっと安心したかも。

 

 でもそれって私が考えていることとは、無関係だ……し……?

 

 …………………憶えてない? 私の知っている昔のものばっかり……………?懐かしい……?

 

 

 

 

 ッ!!!まさかっ!!!

 

 

 

 

 浮かび上がった一つの予想が頭の中から離れることを許してくれない。

 

 嘘だッ!!

 

 そんなことがあっては堪らない!そんなことはあり得ない!

 だって、そんなものは空想上のもの、夢物語で、御伽噺のものでしかないよ!!  

 

 ……でも、もしそれが正しいんだったら、今まで起きたことは全部説明がついちゃう。

 

 信じられない!そうであって欲しくない!けど、もしそれが本当だったなら……………。

 

 

 今までにないくらいに、ブルッと全身に寒気が走る。

   

 

 この部屋にあれはないのかな!?あれが私の中でくすぶっていた疑問を確実に証明できるものだと思う!

 

 どこか!どこかにない!? どこかにないの!?

 

 このときばかりは身体が身体の芯から迫る鈍痛に悲鳴を上げても無理矢理無視して強引に動かす。

 

 ベットから飛び出して、部屋中を探す。だけどこの部屋には無いみたいだった。

 

 それなら、おばちゃんに聞いてみれば!!

 

 

 実はこのふらわーのおばちゃんの家側には何度かお邪魔したことがあって、お店側に通じる廊下も憶えている。

 こっち側にいないってなったら多分お店の方かも知れない。

            

 たとえ家の構造はそれが()()が変わろうとも一緒なはず。

 

 

 「おばちゃん!ちょっと聞きたいことが!」

 

 「どうしたの!?まだちゃんと寝てないと」

 

 「今日のカレンダーってありますか!?」

 

 「えっ、カレンダー?どうしてまたカレンダーなんて」

 

 「それはまた後で説明します!だから早く!!」

 

 食器拭きをしていたおばちゃんにまるで責め立てるかのように迫り、カレンダーの在りかを教わる私。

 何でまたカレンダー?と理解できないといった様子のおばちゃんは食器を置いてお店の壁を指さす。 

 

 「えっとそうね、カレンダーだったらそこよ」

 

 おばちゃんの指さしたそこには、カレンダーが確かにあった。

 

 

 だけど、そこには………―――

 

 

 

 

 「ッ!!うそ、でしょ………!?」

 

 

 

 

 

  ――――8年も前の年号がそこには書いてあった。   

 

 

 

 

 

 膝から崩れ落ち、近くの座席に縋るように手を付いた。

 

 

 

 もう何度目の驚きか分からないくらい驚いていていたけど、今度のはあまりの衝撃に声が出なくなってしまった。

 あわあわと口が震えてしまっている。

  

 ………8……ねん、8年も昔!?

  

 ここは、この世界は私のいた時代から、は、8年も前なの!?

 

 

 信じたくなかったけれど思った通り、私は過去の世界に戻ってきてしまってた。

 それらしい状況証拠はたくさんある、むしろそのすべてがこの現実を証明できちゃう。

 

 でも……、過去に来てしまったということは、

 

 

 「誰も、私のことを知らない………」

 

 

 

 

 

 絶望。

 

 

 

 

 

 「う、嘘、だよ……ね……?」

 

 

 

 陽だまりを失ったこと。

 

 理不尽にその命と大切なペンダントを執拗に狙われ続けたこと。

 

 そんななかでも一生懸命助けたのにあらゆる人から罵倒され続けたこと。

 

 自分の持っていた正義に失望してしまったこと。

 

 そして、もう誰も自分のことを知らないということ。

 

 帰る方法すら分からないということ。

 

 

 

 もう、あと何度も絶望すれば、私は、わたしは許されるのだろうか……。

 

 あと何回苦しめば楽になれるのだろうか……。

 

 私の夢である、人と人が手を取り合って仲良くしていくという願いは何度潰されて覆されればいいのだろうか……。

 

 

 

 ――夢も希望も、信念さえも裏切られ続けて、ついに帰る場所さえも奪われた私から、今度は何を奪おうとするの…………?

 

     

  

 「………はっ、ははっ、………あれ?おかしいな………、こんなにも悲しいのに何で泣けないんだろう……。どうして笑っちゃうの……?ねぇ……?」

 

 

  

 それは誰に対する質問か。

 

  

 

 私のなかで、ボロボロと何かが崩れていくような気がした。

 

 

 

 何度も壊れたはずの私の何か大切なモノがさらに壊れて、崩れ去ってしまったような感じがした。

 

 

 

 私はどこか壊れてしまったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾いた笑いも次第に収まって、私は立ち上がった。

 

 「……おばちゃん、これからいろいろと説明しようと思います。おばちゃんは私のことを助けてくれたから、だから言います」

 

 

 振り返るとおばちゃんはコチラをとても心配そうに見ているみたいだった。 

 これ以上余計な心配をかけるのはダメ。だからきちんと話さなきゃ。

 おばちゃんのためにも、私の為にも。

 

 

 ――本当は、言いたくなどなかった。

 言わない方がお互いの為だ、と思っていたのに……。

 関係ないおばちゃんを巻き込んでしまった。

 

 おばちゃんにも知る権利はあると、独りよがりな免罪符を心に持って話す。

 

  

 「……ふらわーのおばちゃん、信じられないかも知れないけど私はどうやら、未来から過去へと戻ってきてしまったみたいです。そして、私の名前は―――」

 

 

 おばちゃんは目を逸らすことも無く私の話をじっと聞いていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 


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