戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE8 僅かばかりの平和な一幕

 

 初夏を思わせるような葉桜が立ち並び、高く上った太陽とで作る日陰にあるベンチに私は腰掛けている。夏が訪れる前だとはいえ照し出す陽の光が作る暖かさで平年より気温がやや高めな今日、涼しいそよ風が吹き抜けるとある公園には土曜日という事もあってか親子連れの姿が少々見えていて、幼少の子供たちと一緒にはしゃぐ声が聞こえてくる。

 

 なんで私がこんなところに座っているのかと言うのは確認ごとのため。体調も回復し不自由なく動けるようになった私はおばちゃんに一言だけ伝えて今この場を訪れた。では、この公園がある場所は一体何処なのか、と言うと、私の実家の近くにある公園とだけ言っておけば、私の確認したい事もきっとわかると思う。

 

 そう、私は本当にここは過去の世界なのかという事を確かめるために昔の私の姿を見に来た。

 

 率直に言えばそれが本当であって欲しく無い、嘘であってほしい。しかしこの状況を説明できる証拠の方が圧倒的に多くて、否定する材料が無いほどだ。だけど、それもこれも今日過去の私の姿を見る事が出来ればこれらの問題についても私の中で決着がつく。その、はず。じゃないと、私は納得が出来ない気がする。

 

 ここが8年も前の世界なら、この世界の私は小学5年生の10歳で、成長期が訪れるちょっと前か成長期が来始めた頃?かどうかは忘れちゃったけど身長は今ほどは無い。

 

 そうで無くても自分と瓜二つな存在がいたらやっぱりそれでもわかると思うから、それで判断はつけれる。

 

 また、遠目から見るつもりがうっかり鉢合わせちゃったなんてことになってもいいように、少しばかり今日の私は変装をしている。

 未来みたいにちゃんとした形には出来なかったけれどポニーテイルっぽく後ろで髪を結んで、度無しの伊達眼鏡をつけてきた。

 大したもんじゃないのは分かっているけれど、それでもしないのとは結構違うのかもしれない。

 

 

 この頃の私なら日曜日にはこの公園を待ち合わせにして未来と遊びに行く事が多かったような気がしたという予測をして公園のベンチに座っていたけれど、小学生の私は一向に現れない。

 考えてみれば当たり前で、毎回遊ぶ訳でも無いしどんな時もここで待ち合わせていたという事でもない。お互いの家に行くと言ったことや、遊ぶ予定のお店に現地集合という事も普通にある。

 

 単純に、今日はそういう日ではなかったという話。

 自分の考えの至らなさに落胆しつつ、後には引けないところもあるので、懐かしい光景を眺めながらただただこの公園での時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 気温と太陽の暖かさと心地いい風に当てられてうとうと公園で昼寝をしそうになったとき、周囲に喧騒で溢れている事に気づく。ここに来たときには高かった日が既に傾きやや茜色に染めている事から実際はやっぱり寝ちゃっていたのだろう、暑いくらいだったからよかったものの、外で昼寝なんてまた体調を崩す事にも繋がりかねないから注意しないと。時刻は午後3時半から4時程、日陰だったこのベンチにも太陽の光が差し込むくらいに傾いたこの時間帯に、さっきまでは気配すらなかった小学生の団体が公園すぐ傍の道を歩いていた。

 

 

 (……あぁ、そっか、今日は運動会でもあったのかも)

 

 

 只今思い至った通りに小学生たちは皆一様に体育着を着ていて、背中には普段背負っているはずのランドセルが無く身軽な格好だった。運動会帰りなのにまだまだはしゃぎ足りないのか、小学生特有の元気さを活かして追いかけっこをしている子供たちも見受けられる。

 

 

 (ッ!?あれはッ!)

 

 

 そして、事態は唐突に動き出す。

 小学生の中には父親や母親と一緒に歩いていた家族もあったけれど、私はその中に遂にその姿を見つけた。

 

 

 

 「いやぁー、やっぱり未来は速かったねー!流石は未来の陸上部エースって感じだよ!」

 

 「もうっ、変な事言わないでよ、響」

 

 「んふふー、ごめんごめん。でもさぁ、午前中アレだけ全力疾走して徒競走走ってたのに、最後の組別縦割りリレーでも他の人突き離してたじゃん!あれはもう未来のおかげで勝てたってもんだよ!」

 

 「もう、そんなことないのに」

 

 明るい声音と表情を浮かべて嬉々として喋る『この世界の立花響』と、この世界の私に言いくるめられて少々困惑顔の『小日向未来』がそこにはいた。寄り添い合う二人の顔には夕陽のせいか赤くなっている様にも見える。

 ……少しだけ、未来の方がより赤くなってるような気がした。

 

 たったこれだけの事によって私の中で燻っていた疑問は突如として確信に変わった。

 

 この世界には立花響がもう一人いる事。

 

 死んじゃったはずの小日向未来が目の前で立花響と楽しく話している事。

 

 そして何より、その二人は今の私よりも幼く、他の小学生と同じ様に体育着を着ている事。

 

 それだけで、信じられなかった事は、信じたくなかった事は、本当の事であって欲しくなかった事は真実であると突きつけられた。

 

 

 ――私は、本当に、本当に過去に戻って来てしまった。

 

 

 私の中でまた、何かが崩れる音がする。

 

 一体今の私には何が残ってるのかな……?

 

 

 失意の淵に落ちる私。

 

 過去の世界に戻って来たからといって未来の全てが無くなる、なんて事はない。

 私の陽だまりはもうどこにも無いのは変わり無く、傷ついた心が元通りになった訳でもない。

 

 ……サヨナラの一言さえも言わせて貰えないなんて…………。

 あの時は、サヨナラの言葉を伝えることぐらいは出来るものだと思っていた、けれど現実は違ってた。

 

 本当に、本当に、私には何も無くなってしまった。

 居場所も。

 帰る所も。

 親友にかけるべき言葉の行方も。

 正義も。

 夢も。

 希望も。

 そして何より、陽だまりも。

 

 

 此の世のどこかに神様がいるなら、なんて酷い事をするのだろうか。

 

 「……私って、呪われてる、かも……、は、はは……」

 

 またしても乾いた笑いが出てしまう。

 

 なんとなくこの場所に居づらくなった私は木造のベンチから立ち上がって、元気な小学生たちで溢れかえる道を隙間を縫うように歩いて公園を後にする。

 

 これから私は何をしたらいいのか、何を道標にしたらいいか、何を頼りにすればいいのか、何を、何を、何を………。

 

 心身ともに衰弱し、すっかり弱気になってしまった私に、手を取って助けてくれる人は誰もいない。

 たとえ手を差し伸べてくれたとしても、その手を取れる自信が無い。

 そもそも誰かを頼るって事自体間違いなのかもしれない。

 

 どちらかと言うと頭で考えるより感覚で動く私だからか、考えてもどれが本当に正しいのかわからない。私の傍にはいつも誰かがいて手助けしてくれていた、助言をしてくれていた。

 

 

 けれど、それはもう叶わないのかもしれない。

 

 ひとりだけで、生きていかなければいけないようになるのかもしれない、いや、実際もう私はひとりだからそうしていかなければならない。

 

 

 だけど、それは……。

 

 

 いつの間にか耳に届く周囲の喧騒はもう聞こえなくなって、無音にしか感じられない状態で住宅街を進む。

 

 誰かとすれ違った時にこっちに振り返って見ていたような気もするけれど、俯いていた私には誰が見ていたかなんて分からなかったし、それに些細な事に思われて、そのまま歩を進めた。

 

 

 またおばちゃんの家に戻るのは少し気が引ける、これ以上はおばちゃんに迷惑をかけられない。墜落してから早1週間程時間が経った。好意からとは言え、1週間以上も居候なんて出来ない。

 

 

 助けてくれた恩を返した上で、早くに出ていかなければ。

 

 

 

 

 ―――あんなにも純粋で、無償な愛情は、今の私にはとても耐えられないから……。

 

 

 

 

 ……これからどこに行こうかな……。

 

 

 

 

 

 

     ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやぁー、やっぱり未来は速かったねー!流石は未来の陸上部エースって感じだよ!」

 

 「もうっ、変な事言わないでよ、響」

 

 「んふふー、ごめんごめん。でもさぁ、午前中アレだけ全力疾走して徒競走走ってたのに、最後の組別縦割りリレーでも他の人突き離してたじゃん!あれはもう未来のおかげで勝てたってもんだよ!」

 

 「もう、そんなことないのに」

 

 

 

 いつもより朝早く起きて行った小学校行事が終わって、私は隣を歩く響と一緒に響のお家に向かっています。

 帰る道中、ずっと響は私の事ばかり褒めるようなこと言っていて、恥ずかしかったし、何も言わせて貰えなかった。

 

 

 響だっていっぱい活躍したのに。

 やっぱり響は少しずるい。

 

 

 確かに、自分で言うのも変だけど、今日の私は沢山皆んなに貢献できたと思う。

 でもそれは隣の誰かさんの応援のお陰なんだよって言いたい。

 けど、いつだってマイペースな誰かさんのせいで、言わせて貰えないから、今日のことは心の中に仕舞っておこうと、お喋りしているうちにそう思った。

 

 五月にしては暖かい気温に加え、晴れ渡る夕焼け空の西日に照らされて顔が赤くなった私たち。もしかしたら顔が赤いのは運動もたくさんしたし、少し日焼けもしちゃったからかもしれない。

 日の光で少し見えづらいけれどお隣さんはぱあっとした笑顔。そんな、満天の笑顔が一番好き。

 

 響のお家付近に到着したけど、公園でまだお話ししたいって事で、小学生とそのお母さんやお父さんたちでいっぱいの道を歩く。

 

 

 その時私は前から歩いてくる誰かに似たような人を見た気がした。誰か知っている人かな?っていうことに加えて、その人が周囲の雰囲気とは少し違う雰囲気を醸し出していることも相まって、私の注意はよりそっちにひかれた。周りの人は特に気にするようなことはなかったけれど。

 

 その人は私たちよりもずっと大人だけど、その雰囲気はどこか沈んでいるように思った。俯きながら歩いていて、ふらつくこともあってちょっと心配になるけど、誰にもぶつかる事はないみたいだった。

 段々距離が近づいてきて姿がよく見えると、ふと違和感に気づいた。

 

 

 

 ―――えっ?……ひ、ひびき?

 

 

 

 思わず首を傾げた。

 すれ違いざまにその女の人を見たら、隣に居た響とやっぱりどこか似ている気がした。でも隣を向けば響は確かにそこにいて、話を続けている。一人で熱心に何か力説しているけど……。

 

 それよりも、それよりもだよ。

 隣に響はいるし、一体あの人は……?でも響、眼鏡なんてかけてないし髪も……。

 じゃあ、響の家族の誰か……?大人の人ぽかったし。けど、響の家族にお姉さんなんていたかな?お母さんでもないし……。単に響のそっくりさん……?

 

 

 どういうことなんだろう……?

 

 

 さっき見た響に似ているような人、あれは幻?

 

 ……まさか!私が響のことが好きだからってそんなことは……。いや、響は親友だよ!?それは私も響もそうお互いに想っているし……、そういうのじゃない、と思う。きっと、多分、うん。

 

 …………でも、私は響のこと―――

 

 

 

 

 「ねぇ!!未来?ちゃんと聞いてるの!?」

 

 「えっ?えっ?う、うん、ちゃんと聞いてるよ?」

 

 「むぅー、ホントかなー?じゃあ、公園着いたら速くなる走り方教えてね!私も未来みたいに速くなりたいんだから。来年こそは……」

 

 うーん、と私が考えているところに話しかけてきた響は、話を聞いていなかった私に怒ってきた。

 笑顔から一転、ジト目でこちらを睨み、拗ねたようにムスッとした表情の私の親友はどうやら疲れ知らずみたい、それに加えて負けず嫌いな所もある。

 無茶なことを言ってくることも時々あるけどそれに応えるのも嫌いじゃないから、まあいいかってなっちゃう時もある。

 

 

 ……笑顔もいいけど、さっきの表情もいいなぁ……。

 ……って、

 

 

 「えぇ!アレだけ動いたのにまだ走るの!?」

 

 「そりゃあ、もちろん!さあ、未来!公園は目と鼻の先だからさっさと行くよ!」

 

 

 強く拳を握りしめて、響は先に走って行ってしまった。ころころと表情を変えて、今度はやる気に満ち溢れた凛々しい顔つきになった。心なしか眼もキラキラしてる気がする。

 ……うぉー、って感じに奇声を発して走っていくのは、見ているこっちも恥ずかしいよ……。

 

 

 「もう、待ってよ響ー」

 

 

 私も慌ててその後ろ姿を追いかけるように走り出す。

 ふと、後ろを振り返ったらもうそこにはその姿は無く、さっきの人は居なかった。すれ違ってからそんなに時間経ってないし、もしかして私の見間違い?首を傾げてしまう。まさか本当に響の幻影を見ちゃったのかな……?

 

 

 悪寒がするよりも、顔が熱くなってきちゃった。

 

 気がかりだけど今はそう思うようにして、今は大好きな親友のためにもう一踏ん張り頑張ろうと思う。

 

 

 今日のピアノのレッスンはお休みかも。

 

 

 沈んで行く太陽に向かって走る響の背中を追いかけながら、そう思った私。

 遠くにあるその背中は少しだけ大きく見えて、眩しくも思えた。

 

 

    

 きっとそのうち飽きて帰っちゃうだろうけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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