モモンガ、ブルー・プラネット達がこの世界に現れてから10年の月日が流れた。
アルベドとデミウルゴスの知恵により、魔導国及びその属領――ほぼ大陸全域――の統治はおおむね上手く行っている。逆らう者には苛酷極まりない刑罰を、忠誠を誓う者には目も眩むような褒美を与える。飴と鞭によって掌握された人間たちはお互いを監視しあい、競って反逆分子の密告を行った。
モモンガやブルー・プラネットも指をくわえてその手腕を眺めていたわけではない。
ブルー・プラネットは召喚モンスターによって農地の改造を行う。自動的に土地を肥沃にする植物モンスターだ。
モモンガはその農地を耕すためにアンデッドを配置する。疲れを知らず常人の数倍の力で土を耕す強力な働き手だ。
土地の生産性は飛躍的に向上し、溢れるほどの食料で人々の生活は潤った。人々の顔には笑顔が溢れ、自然と超越者に対する賛美を口にする。
アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ! ナザリックに栄光あれ! 至高の御方に栄光あれ!
モモンガとブルー・プラネットが街を視察する。青白い光を纏う死霊の馬に跨った至高者達を、街の人々は純粋な尊敬の眼差しで見つめる。若い母親たちは赤子を抱え、至高者の祝福を求めた。
(みんな幸せそうだ。この世界に来て本当に良かった)
ブルー・プラネットは赤子の額に香油を垂らし、祝福を与える。そして、自分の力でこの繁栄が支えられていることに誇りを感じる。
モモンガも同じだろう――隣に顔を向けると黒衣の骸骨が口を開けて笑っていた。晩夏の日差しが真っ白な骨を輝かせる。ブルー・プラネットが緑の葉を伸ばし、モモンガの骨の手とハイタッチを交わす。
夏が過ぎ、秋が去り、再び冬が訪れる。
ナザリックの者達は祭りの準備を始める。いや、ナザリックの支配下にあるこの大陸の全知的生命体が、間もなく訪れる祝祭に向かって慌ただしく動いている。
祝祭は2人の超越者に捧げられる。今や魔導国の王としてこの大陸に君臨するモモンガとブルー・プラネットへの賛美の儀式だ。
「今年もお祭りの季節が来ましたねえ」
「はい、もうそんな時季ですねえ……」
超越者たちは、その自室で額に手を当てて考え込んでいる。
祝祭など、彼らは望んでいない。元は平凡な人間であった彼らは「神」として崇められることに気恥ずかしさを感じ、それは10年の歳月を経た今でも変わることは無い。
いや、むしろナザリックの名声が高まるにつれ、その最高責任者としての重圧が強まるのを感じている。どうやって祭を盛り上げるか――皇帝や王族を迎えて恥ずかしくないようにせねばならぬとの思いに悩んでいるのだ。
「今年もアレですか」
「ええ、やっぱりモモンガさんにシメてもらうのが一番だと。派手ですし」
2人がお手本としたのは、元の世界の「クリスマス」と呼ばれる祭りだった。
特にその祭りについて詳しい知識や思い入れがあったわけではない。
昔の宗教の名残で、若い男女がプレゼントを交換しあったらしい――その程度の認識だ。そんなイベントに縁が無かったモモンガとブルー・プラネットは、クリスマスにあまり良い印象を持っていなかった。
だが、何かイベントを企画しなければならない。そのためには手本が必要だ。冬と言えばクリスマス――それだけの話だ。
だが、クリスマスなるものの意味が不明瞭では困る。
そこでブルー・プラネットがアイディアを出した。
魔導国が成立したのが冬であることを踏まえ、新たな支配者を迎えた喜びに「冬から春への世界の新生」という意味を重ねよう――そして、クリスマスは新たな祭りへと変容した。
そして祭りの当日。日が傾き始めたころ。
各国から訪れた招待客が魔導国首都エ・ランテル郊外の広場に設けられた会場に集まる。
各国の首長たち――
バハルス帝国からは皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと大賢者フールーダ・パラダイン
南エスティーゼ王国から、“英雄王”クライムの妻ラナー。王は今年も欠席する。
北部エスティーゼ連合からは代表としてエリアス・ブラント・デイル・レエブン
魔導領スレインからは司祭長レイモン・ザーク・ローランサン他、主だった司祭達が来ている。
そして各地の英雄たち――冒険者たちが並ぶ。
漆黒を頂点とする、蒼の薔薇、朱の雫、銀糸鳥、漣八連などの著名なグループが招かれている。
スレインからは旧六色聖典の主だった者達も参加している。
人間ばかりではない。
アーグランド亜人領からは竜女王ドラウディロン・オーリウクルス
蜥蜴人自治領からは総酋長ザリュースと女祭司クルシュ夫妻
西トロール首長国からはゴ・ギン武闘王
等々、各国・各地域の要人たちが既に集められている。
広場の中央には 金銀のレースや宝石で飾り立てられたザイトルクワエII世がそびえている。その両脇に、身の毛もよだつ恐ろしい姿をした魔物たちからなる楽隊が控えている。
招待客たちは、魔樹――ザイトルクワエII世の前に設けられた席に着く。時折その巨大な口を開けて軋むような音をたてる魔樹を恐ろしげに眺めながら。
そして毎年のように、この恐ろしい魔物たちを支配する超越者の力について小声で囁き合う。
エ・ランテルの鐘が鳴った。祝宴の始まりを知らせる鐘だ。楽隊が力強く太鼓を打ち鳴らし、笛を吹く。
集められた要人たちは、魔樹よりも更に恐ろしい存在の訪れを知り、身を固くする。
魔樹の前に鏡が出現し、その中からアルベドを先頭として守護者たちが姿を現す。
守護者たちはザイトルクワエの前の演壇に並び、楽隊が演奏を止めた。
一歩前に出たアルベドが招待客に向かって声を発した。
「それでは『降臨節』の儀を執り行います。皆、起立するように!」
広場に良く響く声は優しげな、思わず引き込まれるような艶を帯びた声だ。
しかし、その声に逆らうことが何を意味するのか、その場の全員がよく知っている。
出席者たちの顔は冷たい緊張の色を帯び、即座に立ち上がる。一秒の躊躇も許されない。不敬の咎めは自分の命だけでなく、その地域の幾万もの命を危機に晒すことになる。
出席者の一糸乱れぬ行動を満足げに眺め、微笑んでアルベドは続けた。
「この世界はわずか10年前まで堕落と荒廃を極めていました。慈悲深き至高の御方々のご降臨なくば滅亡は避けられなかったでしょう。お前たちの今日の繁栄は、全て至高の御方々の無窮なるご慈悲とお知恵によるものと知りなさい」
夕日の差す中、アルベドの声を聞いて出席者たちは一斉に仮面を付ける。
嘆きの仮面――苦悩するような、泣き叫ぶような表情を浮かべた仮面がオレンジ色の光の中に並び、影を落とす。至高者の来場まで、その不在を嘆くことを表す儀式だ。
「あ、いや、自分で出来る……というか触るな。ヒッ! 助けてモモンさま!」
「静かにしなさい。式典が始まっているのよ」
冒険者たちの一角から突然幼い悲鳴が上がった。<蒼の薔薇>のイビルアイの声だ。
元々仮面を付けているイビルアイが、その上に仮面を重ねることに苦戦していた。それを見かねたセラブレイトが紐を結ぶのを手伝ったとき、偶然にもイビルアイの首筋に指が触れてしまったようだ。
<漆黒>のモモンの脚に縋りつくイビルアイを、その前に並んでいた<永遠の白>ラキュースが振り返って小声で窘める。
会場の空気が凍る。
アルベドの鋭い視線がその一角に向けられる――が、<漆黒>のモモンが大袈裟な身振りで頭を下げて謝罪の意を示すと、アルベドも「仕方がない」とでもいうような表情を浮かべて視線を逸らす。
唯一、魔導国に対抗しうる英雄モモン。エ・ランテルの治安を魔導王アインズより託された存在。
そのとりなしに会場を覆った緊張が和らいだ。
そしてアルベドの演説が続く。至高の存在の愛の深さ、知恵の深遠さを滔々と述べていく。
すでに日は沈み、空は夕焼けから灰色に、そして闇色に変わっていく。
アルベドの長い演説が終わる――楽隊が再び荘厳な曲を奏で始め、空から七色の虹が突如降り注いだ。
アルベドと守護者達がその光を仰ぎ見る。超越者たちが光の中を降りてくるのを歓喜の表情で迎えて。
「モモンガ様とブルー・プラネット様のご光臨である! 歓声をもって迎えよ!」
アルベドの声が響き、出席者たちは一斉に仮面を外して宙に放り投げる。
そしてあらん限りの歓声と拍手をもって超越者達を迎える。
「大儀である」――ザイトルクワエII世の遥か頭上、宙に浮いたモモンガが一声発して腕を振ると拍手と歓声がピタリと止まる。
「今年もまた冬を迎えた」――モモンガの隣に浮かぶブルー・プラネットの声が響く。
「冬は一年の終わり……人間の一生に例えれば死の象徴である。だが、新しい生命の誕生をもたらす春を約束するものでもある。我々はこの世界を生まれ変わらせるために来た。我々は来年の更なる繁栄を世界にもたらそう」
そしてザイトルクワエII世の各枝の先端に眩い光が灯される。モモンガの<時間停止>による<永続光>の同時点灯だ。
会場が一気に真昼のように明るくなり、参加者から歓声が上がる。先ほどのような強制されたものではない。人知を超えた魔力による奇跡を目の当たりにし、自然に漏れる驚きの声だ。
「闇は晴れた」
自らは漆黒の装備に身を包んだモモンガの声がアイテムによって拡大され、会場に響く。
「今宵、私は願う。各国の人々、種族が手を取りあい、ともに永遠の繁栄を歩むことを。さあ、魔導国の料理を共に食べ、同胞の契りを結ぼうではないか」
再び歓声が上がる。どこか空々しい響きを帯びたものではあったが。
そして広場に楽しげな音楽が流れ、宴会が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「終わったー」
「終わりましたね。今年も、何とか……」
宴会が終わり、2人の超越者はモモンガの部屋で大きく伸びをする。
各国・各地域の代表者と会い、それぞれの抱える問題を聞いて対応する――宴会とはいえ気の休まることのなかった2人はようやく寛いで深々と椅子に身体を預ける。肉体的な疲労は感じない2人だが、人間の精神の残滓からくる疲労感は元の肉体と変わらない。
「あとはアルベドとデミウルゴスに任せて……と」
「ええ……竜王国の女王さん、どうなっているんでしょうね。それは気になりますが」
今年滅ぼしたアーグランド評議国――その支配者であった竜王達と血縁であるという竜王国の女王ドラウディロンが暫定統治者として置かれた。その対処はアルベドたちに任せているが、異種族の多いあの地域が落ち着くまではしばらく時間がかかるだろう。
「あの地域は、まだまだ探りがいがありそうですしね」
「本当に……まさに謎の宝庫ですよ」
楽し気にモモンガが語る。竜王達を倒して得たアイテムの豊富さを思い出しているのだろう。
ブルー・プラネットも頷いて今年のアーグランド戦を思い返す。
◇◇◇◇◇◇◇◇
竜王達との戦い――それはこの世界に来てから最も激しい戦いだった。
フールーダからの情報で、竜王達は「始原の魔法」と呼ばれる独自の魔法体系をもつことが分かった。ユグドラシルとは異なる魔法体系だ。加えて複数の竜王が評議国に点在しているという。彼らの居場所は定かではなく、評議国自身の地図も不正確なままだ。
この世界のドラゴンは弱い。それは以前のフロストドラゴンとの戦いで分かっていたが、未知の魔法にだけは気を付けるべきだろう。未知の攻撃手段を持つ敵が複数潜む評議国に進撃するのは、地雷原に突っ込むようなものだ。
そう考え、モモンガ達は慎重さをもって攻略することを決めた。
デミウルゴスの提案により、まずは捨て駒を――人間達の英雄を使うことにした。
幻術により創り出した竜を使ってリ・エスティーゼ辺境の村々を襲わせ、魔導国の属国となったリ・エスティーゼに対するアーグランド評議国の侵略の噂を立てた。そして、その確認のために<蒼の薔薇>を竜王の国に向かわせた。
「本来であれば夫の代理として私が行くべきでしょうが、夫があのような状態ですから……竜王に会うのに一介の冒険者の立場では難しいでしょうから、リ・エスティーゼの特使としてお願いできますか?」
「ええ、助かるわ。あなたは心配しないでお父様やクライム様の介護に専念してちょうだい」
調査を依頼したラナー女王は、出発に際してラキュースに書状を預けた。
そして、アルベドやデミウルゴスが<蒼の薔薇>に各種アイテムを与えた。竜王へのプレゼント、そして万一竜王が敵対的であった場合に身を守るという名目で。
貸し与えられた装備には、竜王たちが警戒していたというスレイン法国の神人の装備も含まれていた。これらは極めて貴重なものであり、必ず返却するよう厳命された。
アーグランド評議国は急遽議会を招集し、元・王国からの特使を歓迎した。
ガガーランに剣を預け、巨大な議場の中央に<蒼の薔薇>のリーダー、ラキュースが独り歩を進めた。亜人や獣人の評議員たちが投げかける鋭い視線に目もくれず、前方のアーグランド永久評議員――5匹の竜王達を見据えて。
そしてラキュースは自分たちを見つめる巨大な竜たちに向かって胸を張り、ラナーの手紙を読み上げ、リ・エスティーゼの村々に対する“悪事”を調査するよう訴えた。
竜王達は目の前の小さな人間を興味深げに眺め、その言葉にせせら笑いを漏らした。
愚かなことを言う、竜が人間たちの村を襲って何になるのだ、と。
だが、竜王の一匹が<蒼の薔薇>の装備に気が付いたとき、その空気は一変した。
竜たちが目配せをし、議長ツァインドルクス=ヴァイシオンが装備の由来を問いただした。
<蒼の薔薇>が「神の遺産だ」と説明すると、竜王達は激高した。
「“ゆぐどらしる”の災厄を神などと呼ぶな」――ツァインドルクスが吼えた。
「やはり裏切っていたのだな! この世界を汚し続けるのだな!」――他の竜王達はそう叫んだ。
そしてスレイン法国の装備を譲り渡すよう要求し、その権限が無い<蒼の薔薇>が拒否したとき――
破裂音とともに、憎しみと混乱をもたらす悪臭が議場を覆った。
「罠だ!」――竜王達が叫んだ。彼らにはさほど効果は無かったようだった。
「竜が毒を吐いた!」――<蒼の薔薇>は猛り狂い、叫んだ。ただ一人、イビルアイだけは仲間たちを止めようとしたが、ラキュースたちは耳を貸そうとしなかった。
亜人の議員たちが悲鳴と怒号を上げて逃げ惑う中、戦いが始まった。議場の入り口に控えていたガガーランが走り寄り、ラキュースに向かって力任せに剣を投げつける。飛んでくる愛剣の回転に合わせて自らも跳んだラキュースは、剣の柄を片手で掴むとその勢いのまま剣を振りかぶる。そして、雄叫びを上げて突進した。前方で大きく息を吸い込んでいる竜王に向かって。
竜王はラキュースに向かって炎を噴いた。笛を吹き鳴らすような甲高い音とともに、細く絞られた白い輝きが通路を駆けるラキュースを、そしてその後ろに続く<蒼の薔薇>達を一直線に襲った。
本来ならば<蒼の薔薇>はその一撃で焼き尽くされていただろう。だが、ツァインドルクスの炎は神人の護符が放出した力場によって防がれた。ツァインドルクスがたじろいだ次の瞬間を狙い、ラキュースの剣が闇を纏う。
「超技!
ラキュースの闇の力を開放する高らかな詠唱は途中で消えた。目の前で突如始まった惨劇に、混乱状態にあったラキュースも凍り付いたように動きを止めるしかなかった。
ナザリックの奥深く、<蒼の薔薇>に持たせたマーカーを通じて正確な座標を把握し"遠隔視の鏡"で一部始終を見ていたモモンガが、シャルティアに命じて<転移門>を開かせたのだ。
青の竜王の首が鋭利な刃で切り飛ばされ、落ちた頭部がズシリと床を軋ませた。
黒の竜王の脇腹に人間の胴体ほどの穴が開き、血が噴き出し、それが全て吸い取られるように空中に消えた。
金剛石の輝きを放つ竜王の身体が轟音とともに揺れ、その鱗が大きく波打って剥がれ落ちた。次いで放たれた拳によって鱗の下の肉が血飛沫とともに弾け飛び、竜王は血を吐いて横倒しになった。
長大な身体をもつ竜王が天井まで届く業火に――2種類の火柱に全身を包まれた。炎を纏ってのたうつ竜王に何人かの亜人たちが巻き込まれ、ともに灰燼と化した。
そして白金の竜王の頭蓋は巨大な銅鑼を打ち鳴らしたような轟音とともに揺すぶられ、その身体に無数の矢が突き立った。それでも生き延びたツァインドルクスが何かを言おうと口を開け――その胸を何かが圧し潰し、その首が半分ほど断ち割られた。
第一撃が終わり、<完全不可知>の魔法を解いて虐殺者たちが姿を現した。5匹の竜王達に対し6人の階層守護者、そしてセバス、パンドラズ・アクター、ルベドまでも加えたナザリック最大戦力が投入されたのだ。しかも魔法とアイテムによって十分に準備して。
病んだ光を纏うバルディッシュを構えた黒い騎士が議場に宣言した。
「平伏なさい。魔導国保護領リ・エスティーゼの使者に刃を向けた不遜な竜王の後を追いたくなくば!」
亜人たちの評議員は平伏した。何が起きているか把握できず呆然と立ちすくんだままの何人かは、アウラの放つ矢によって倒された。
「思った以上に簡単に済みましたね」
「ええ、人間への蔑視、神人への過剰な警戒……そんなものに気を取られ、最も畏怖すべきナザリックを忘れた愚か者の末路に相応しいわ」
評議員たちが息を潜める中、デミウルゴスは微笑み、アルベドは白金の竜王の首を足蹴にして吐き捨てた。
「ふむ、終わったか。やはり、竜王と言ってもレベルは高くないのだな」
「一度で倒せなかったのは、このツァインドルクスという奴だけですな」
モモンガとブルー・プラネットが転移し、周囲を検分した。
「始原の魔法……とやらも見たかったが、まあ、やむを得ないか」
「仕方ないでしょう。その魔法がどんなものかを知らない以上、生け捕りってわけにもいかないですし」
虚空を見据えたまま動かないツァインドルクスの目を覗き込みながらモモンガとブルー・プラネットが感想を述べ、それを守護者達は跪いて聞いていた。
「やはり我々が的となり、始原の魔法とやらをご覧いただくべきでしたでしょうか」
「よい。お前達の一人も傷つかず勝利を収めたこと、それが何よりの喜びだ。そのための計略であったはずだろう? あえてお前たちが傷つく計略など、あって良いはずがない」
「なんと、ありがたきお言葉!」
「よい。それでは――」
デミウルゴスをはじめとして守護者達が感涙にむせぶ中、モモンガは戦後の処理を指示した。
『属領リ・エスティーゼの特使を攻撃した竜王への裁きである』
――魔導国が評議国を支配下に置くことを各地に宣言した。<蒼の薔薇>が竜王の先制攻撃の証人となり、異を唱える者はいなかった。
戦利品――評議国に残された竜王の宝物が接収された。ただの宝石の山はモモンガとブルー・プラネット達にとってはガラクタでしかなく、そのままナザリックの宝物庫に運ばれた。しかし、竜王達が収集していたアイテム群は竜王の宝物庫でモモンガ自らが鑑定した。
竜王たちが集めていたユグドラシル由来のアイテムは驚くべきものであった。
「みてくださいよ! これ、“永劫の蛇の腕輪”ですよ! それにこっちは“五行相克”!」
「えぇぇぇぇ!? ワールドアイテムの中でも特級品じゃないですか!」
モモンガが鑑定を終えて叫び、ブルー・プラネットも叫び返した。二人は手を打ち鳴らすと、アイテムを高く掲げ、ワールドアイテム入手の効果音を口ずさんだ。
スレイン法国を占領してその宝物庫を暴いたときもワールドアイテムが幾つか見つかり興奮したが、竜王達のコレクションは更に素晴らしいものだった。ワールドアイテムだけでなく、神器級アイテムも何十も揃っていた。超レア素材を組み合わせたアイテム――おそらくギルド武器――まで見つかった。
「これ……昔のプレイヤーの遺品ですね?」
「ですね。しかも、相当高度なギルドのものだったはずですよ、これ」
「しかし、竜王達がこの価値を知っていたんですかね?」
「そりゃぁ、伝承によれば竜王達は過去のプレイヤーとも戦っていたようですし……」
「でも、なんで使わなかったんでしょう?」
興奮が去ると、疑問が生じた。ブルー・プラネットの問いにモモンガは口を閉ざす。
確かに変な話だ。
強力なアイテムと知り、それを集めておきながら何故使おうとしなかったのか?
何故、宝物庫にしまっておいたのか。
竜王たちがアイテムによって自分や部下のステータスを向上させていたら、過去のプレイヤーに、あるいは神人にとって恐るべき相手ともなり得たはずだ。
特にワールドアイテムの“永劫の蛇の腕輪”や“五行相克”――
モモンガ達は皆ワールドアイテムを装備している。それは、敵のワールドアイテムに対抗するためだ。だが、ワールドアイテムの中でも特級品である“永劫の蛇の腕輪”や“五行相克”など世界の仕組みそのものを変えてしまうものに対しては、通常のワールドアイテムを装備していても対抗できない場合がある。
「もし、異形種の設定変更とかに使われていたら……」
「ユグドラシルでは特定の異形種を消すことだって可能でしたしね」
モモンガとブルー・プラネットが声を潜める。ユグドラシルで起きた事件を思い出して。
かつて、ユグドラシルではドラゴンをプレイヤーキャラクターとして使うことが出来た。もちろん、それはシビアな条件をクリアしてリザードマンから転生できるものであったが、強力すぎる種族特性でゲームバランスを崩しかねないと不評が巻き起こった。
そして、あるギルドが試しにワールドアイテム“永劫の蛇の腕輪”を使用した。
「ユグドラシルから、ドラゴンのプレイヤーを消してくれ」――と。
そして、その願いは聞き届けられてしまった。ワールドアイテムを装備していた者も含めてドラゴンのプレイヤーは消え去り、元のリザードマンへと強制的に転生させられた。特殊効果付きの竜の鱗で作られた鎧を纏う、ただの竜騎士として。
もしも、竜王が「この世界からユグドラシルプレイヤーを消し去ってくれ」と願っていたら。
もしも、「魔導国の異形どもを消し去ってくれ」と願っていたら。
――モモンガ達の背筋を冷たい感覚が這い上った。
しばらく考え込んだ末に、モモンガは仮説を提示する。
「……うーん、ひょっとして竜王達は『始原の魔法』を使える代わり、ユグドラシルのアイテムを使えなかった……とか?」
「あ、そうですね……うーん……」
今度はブルー・プラネットが腕組みをして考え込んだ。
竜王は始原の魔法を使える代わりに、ユグドラシルのアイテムを使えない――ゲームとしてはあり得る話だが、この世界の現実でそんな制約があるのだろうか。それに、仮に竜王が使えなかったとしても配下の亜人に使わせればよかったのに、と。
「まあ、彼らの遺した資料を探ればそれも分かるかもしれません」
そう言ってモモンガは大切そうにアイテムをアイテムボックスにしまうと、次に竜王達の書庫に向かった。
書庫といっても人間の書き記す書物のようなものが主体ではない。鋭い爪をもち、文字を書くことのなかった古の竜王達は魔力を込めた宝珠に記録を刻み込んでいたらしい。
過去のプレイヤーとの戦いで「始原の魔法」を使える竜王達が減ってしまった後、宝珠の記録の一部は「始原の魔法」を使えないアーグランド評議国の諸種族のために石板や紙に書き写されて残されている。
書庫にはその宝珠と、幾つもの石板や書物が眠っていた。
猫頭の獣人の司書から宝珠が主たる記録媒体だと聞いたものの、モモンガの魔法をもってしてもその鑑定は出来ず、記録を読み取ることも不可能だった。
「やっぱり、俺らでは竜王のアイテムは使えないみたいですね」
「なるほど、『逆もまた然り』ってやつですか」
肩をすくめたモモンガにブルー・プラネットは頷いて見せる。
やはり捕虜にすべきでしたね――モモンガが残念そうに言う。得体のしれない「始原の魔法」を使う竜王を捕虜にするなど爆弾を抱えて寝るようなものだというデミウルゴスの忠告で断念したのだが。
竜王の宝珠の問題は意外なところで片付いた。
竜王国の女王が「始原の魔法」を使えると評議国の者から聞けたのだ。
竜王国の女王であれば危険性は低い――その判断の下、急遽、竜王国とアーグランド評議国の併合が発表され、女王は評議国の支配者として据えられた。そして、遅々としてではあるが宝珠の情報を紙に書き写す作業を進めている。
膨大な記録を読み取るまで何年かかるか分からないと女王が言った。
そのため、当面は石板や紙への写本――宝珠に残された記録のごく一部の翻訳――をナザリックに持ち帰り、モモンガとブルー・プラネットの2人でその内容を解読している。
年代が浅いものから歴史を逆行していき、徐々に竜王達の歴史が明らかになってきたところだ。
大変な作業ではあるが、ユグドラシルの謎解きと同じだ。この数か月、暇な時間を見つけては2人は嬉々として謎の解明に取り組んでいる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
祝宴の苦労をねぎらい合いモモンガと別れた後、ブルー・プラネットは自室で今日も写本に向かう。
この写本は、ツァインドルクスの父、先代の竜王が「八欲王」との戦いに赴く前に残した詩の一片らしい。
「えーと……“オリュアリゥ……えっと、竜王が自分たちを指す言葉だったな……クィアリゥ……は『この世界』だったな。……創り保つ……裂き……空を……者、現れたる……恐るべき”? ふむ、『我々竜王はこの世界を創り、保つ。空を裂いて現れた恐るべき者は』か」
ブルー・プラネットはメモを取っていく。これまでに得た歴史の知識と合わせ、八欲王などの過去のプレイヤー達のことだろうと推測する。
ドラウディロン女王の翻訳した文章、あるいは獣人の文章ならば魔法による翻訳は簡単だ。しかし、この写本は竜王の言葉を元に獣人が書き写してきた文章である。文法が根本から異なるため、文章は伝言ゲームのように変化し、ほとんど単語の羅列となっている。その上、意味の分からない単語も混ざる。特に竜族の固有名詞や比喩はさっぱり分からないので、ドラウディロン女王の翻訳との照らし合わせとなる。
「オリュアリゥ……我ら竜王の、大地、汚し、混ぜる……ギィ? 否定形か……『混ざらない』だな……彼らの力……広がり……不毛な樹。蟲を滅ぼす、食えない実、悪意の彼ら……存在は……否定形だな」
自分たちの領土を侵略する敵は必ず排除し、滅ぼす――そんな決意の表れだろうと推測する。
これまでの解読から、ブルー・プラネットは竜王たちの考え方を理解しつつあった。
竜王達はこの世界を自分たちの物と考え、プレイヤーを異常に警戒していた。“この世界を汚す者”と呼び、自分達の世界と相容れない敵だと考えていたらしい。
「自分たちの『始原の魔法』と相容れない力をもつ者を敵視するのは分かるが……」
それにしても“蟲”とか“不毛な樹”とか、酷い言われようだ――苦笑してブルー・プラネットは自分の枝を見る。
この文章は数百年前に書かれたものだ。当時は“蟲の魔神”と呼ばれていた者もいたらしい。“樹”と言っても自分のことではない。おそらくザイトルクワエのことだろうと考える。彼らが遺したであろうユグドラシルのアイテムが竜王にとって「不毛」なのは確かだが、と笑って翻訳を続ける。
「外の者、混ざらぬ……生み出し……生み出さない……彼らと我ら……増え、滅ぼす? なんだ?」
生み出して、生み出さない。彼と我、増えて滅ぼす。――対立概念の羅列に翻訳の手が止まる。後に続いているのは再び「樹と蟲と」という言葉。
ブルー・プラネットは翻訳に悩み、考える――そして思い当たる。
外の者……外来種……外の世界から持ち込まれたもの。それをどう捉えるかが問題だと。
自分たちは外来種だ。その自覚はあった。恐怖候の眷属が外の世界で殖えたことに気付き、それを捕らえる罠も各家庭に配っている。恐怖候の眷属が敵だからではない。生態系を守るためだ。
この世界と恐怖候の眷属――その対立をブルー・プラネットは「その上の視点」で考えている。
もし、竜王が「敵と味方」ではなく「その上の視点」で考えていたとしたら……
ブルー・プラネットの視界がぶれた。翻訳の勘違いに気が付いて。
今まで読んできた部分を読み返す。
竜王達が、「外の者」に自分達の財物や領土が奪われることを警戒したのではなかったとしたら。
彼らが言う「蟲」や「不毛な樹」がプレイヤーの蔑称ではなく、そのままの意味だとしたら。
「えっと……彼らの生み出すものは、我らの生み出すものと相容れない。彼らの力は大地を汚した。樹は不毛であり、その実は食えず、蟲が死ぬ。彼らは広がり増え、我らを滅ぼす……はぁっ!?」
文章をまとめ、ブルー・プラネットは思わず声を漏らした。
そんな馬鹿なことがあるはずがない。<樹木育成>で樹は育つ。土地は<土地回復>で肥沃な農地となった。人々はその恩恵によって繁栄している! 第六階層に植えた果樹だって今や甘い実をつけるようになった。植えた当初は薄味で砂っぽく、食えたものじゃなかったが……
――苛立ってうねるブルー・プラネットの指が止まった。
食えなかった実が何故、甘くなったのだろう?
土が栄養豊かだからか? いや、未だに第六階層に害虫は広がっていない。
何年も失敗し続けている飼育計画――ナザリックの土では、森の蟲は育たない。
蟲――この世界の本来の生物。竜王が創ったと主張する世界の生物だ。
なら、何で人間が……この世界の人間は――
転移の指輪を作動させ、ブルー・プラネットは地上に出る。
そして<帰還>によってトブの大森林の要塞に転移する。
その周囲にはブルー・プラネットの魔力によって育てられた樹木が広がっている。大要塞の建築、そして再築のために何度も育て直した樹々が。
土を掬い、恐る恐る覗き込む。
そしてその土塊を地面に叩きつけると、ブルー・プラネットは地面に突っ伏して呻き声を上げた。
死んだ土だった。
何度も魔力で回復された大地。創り直された土――そこには一匹の蟲もいなかった。
『どうされたのですか? 我が創造主よ……』
周囲の樹木が騒めく。ブルー・プラネットの魔力で成長した樹々たちの声だ。
ブルー・プラネットは枝を伸ばし、その樹々を薙ぎ払う。
幹を抉られた大木が悲鳴を上げ、地響きを立てて地面に倒れる。
ブルー・プラネットはその様子を冷たい目で睨み付けた。何度も何度も地面を殴りつけた。
騒ぎを聞きつけ、要塞からエルダーリッチたちが飛び出してくる。至高者の怒りを鎮めるために。
「どうかなされましたか? ブルー・プラネット様!」
最初に声をかけたエルダーリッチは、無言で振り下ろされた枝の一撃で叩き潰された。
その他の者達は何か言いたげに口を開け、ブルー・プラネットを囲んで無言で立ち尽くす。冬の月光が青白く差す下で、それは立ち並ぶ墓標に見えた。
「ははは、それでいいんだ。そうだよ、お前たちは死んでいる……死んでるくせに動くなよ」
ブルー・プラネットは笑い、そして目に付いた青々とした樹の枝――自分の指先を引き裂いた。
鋭い痛みの中で自分の指先――枝先を見つめ、それをエルダーリッチたちに見せつけた。
「見ろよ、これ……どう見ても樹の枝だろ? 生きてるように見えるだろ? でも、これ金属なんだぜ? 騙されるだろ? ははは……モモンガさんは正直だよ。だって骸骨だしなあ。あはははは……」
無言の死者たちに囲まれ、ブルー・プラネットは乾いた声で笑う。
そうだ、答は出ていたじゃないか。俺自身が答じゃないか。これは樹じゃない。「生ける鋼」、ただの金属を樹に似せただけだ。生きているはずがない俺が、命を創れるはずがないじゃないか――
ブルー・プラネットの中で点と点が結びついた。
かつてモモンガが魔法の根源について語った言葉――捕らえた神官の記憶を弄りながら語った言葉。
『何か大きな力の根源があり、それが信仰や呪文に応じて様々な効果に姿を変えるんじゃないかって思うんです』
竜王の魔法はその“根源”からこの世界を創り出したのだろう。だから“始原の魔法”なのだ。
そして、それと相容れないユグドラシルの魔法で作られた物は、この世界に相容れない物質を生み出すのだろう。
竜王はユグドラシルのアイテムを使えない。この世界の生き物は本来ならユグドラシルの生み出すものを使えない。
竜王達が魔法によってこの世界を創りあげ、俺達は別な世界を――死んだ世界を混ぜてしまったのだ。
「いや、“俺達”じゃないな」
ブルー・プラネットは考え直して呟いた。
この身体――生きているはずのないこの身体はどこから「来た」のか。
「来た」のではない。「来た」はずがない。俺たちはどこにも「居なかった」のだから。
ユグドラシルはどこにも存在していなかった。あれはただの電子情報、脳に投影された幻影だ。
竜王が魔法で――情報でこの世界を創り出すように、何かの原因で元の世界が、ユグドラシルの情報がこの世界と干渉し、俺達が“根源”から創り出されたのだろう。ユグドラシルの設定を真似る存在として。
「俺はただのコピーだ。人間であった記憶も、何もかも……」
ブルー・プラネットは大きく夜の空を仰いだ。
出来損ないのコピー。外部の刺激によって生じた異物。周囲を侵食し、自分と同じに塗りつぶす有害な存在。死に至る病。
――ブルー・プラネットはそれを良く知っている。
「あはは、そうか、俺たちはガン細胞だ。この世界のガン細胞だ。なんとかしなきゃな。なんとか……」
そう呟きながらブルー・プラネットはフラフラと立ち上がった。
そして<帰還>を唱えてナザリック地下大墳墓に戻ると――