「んは...... はあ、はあ」
銀髪の少女は甘い吐息を口にすると、ぐったりベットに倒れ込んだ。透き通るような白い肌が月明かりに照らされて、より輝きを増す。
「ふう...... もういいわ...... 帰って」
「事が終われば用済みかよ...... 」
エヴァンゲリオン初号機パイロット――――――林原愛はベットの上に投げ捨ててあったタバコの箱を拾い上げ、おもむろに吸い出す。愛の興味の失せきった態度に相手の男は怒りの表情で、急いで服を着て身体を怒りで揺らしながら部屋を飛び出していった。
一つの衣も纏っていない、生まれたての姿で喫煙を行う銀髪の少女からいつも周囲に見せつける獣のような眼光は消え伏せていた。変わりに毎日、様々な男をひっかえとっかえして抱いていた。
少女の胸の中にはまだ他者への底知れない『憎悪』が溢れている。特に母親であり、父を喪う原因と推測される林原結希への憎悪は未だ止まることを知らない。しかし、『第六天使』を撃破してから、いや戦闘の最中、気を失った時、確かに少女は会った気がしたのだ。自分の一番大切な人間に......
銀髪の少女はタバコを灰皿に押し付けると、倒れるように眠りにつく。あの時触れた『父』の感覚を何度も頭の中で再生しながら......
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「異神驪洲ミリヤです! お二人共、よろしくお〜願いしますのです! 」
「今日から新しくこのバルバリア支部に入った清掃員の異神驪洲ミリヤちゃんだ。シェリアもセトナも仲良くするんだぞ。うん、するんだぞ、するんだぞ」
清掃着姿の10代前半としか見えないプラチナブロンドヘアーの幼女が、エヴァンゲリオン四号機パイロット、シェリア・シャルウェルツェンとエヴァンゲリオン七号機パイロット、セトナ・ブライトの前に立ち、深々と挨拶する。
エヴァンゲリオンパイロットの二人は、同じ年頃の女性を見て満面の笑みを浮かべる。大体このアマノン・バルバリア支部で働いているのは年上、二人は気心しれた友人が出来ると期待していた。
「よろしくね! ミリヤちゃん! 私はセトナ・ブライト! 」
「私はシェリア・シャルウェルツェンですわ。どうぞ宜しくお願い致しますですわ」
ミリヤは二人の差し出した手を素早く握り、爽やかな笑顔を振り撒く。
すると鼻息を荒くし、隣にいるアマノン・バルバリア支部司令官クリス・ゲルバルに命令を求める。
「さあ、支部司令官殿! あたすに指令を下され! どこでも、果てでも、どこまでもぱっぱと綺麗にしちゃいますですぞ〜 」
「おお、ヤル気満々だな! では最初に食堂の掃除でもやってもらうか! 」
「了解ですた! では行って参りますですた! 」
敬礼すると、元気一杯な少女は物凄い早さで廊下を駆け抜けていった。
「しかし、元気な子だね〜 良く働きそうだね! 」
「そうだな、よく知らんが良く働いてくれることを期待しよう。うん、しよう、しよう」
シェリアがクリスの発言に驚き、咄嗟に言葉を返す。
「支部司令官、あの子のことを良く知らないんですか? 」
「あ、ああ。いや、その、なんというか... なんか何故ミリヤを雇ったか、忘れてしまってな。なんだかその辺の事がボンヤリしてるんだ。うん、ぼんやり、ぼんやり」
「! 彼女を雇用した理由も忘れてしまったのですか? 」
「ははは、シェリア、心配するな。彼女はいい子だから。うん、いい子、いい子」
シェリアは腑に落ちないまま、エヴァンゲリオンの予行演習に赴く。その顔は厳しい、余りにも厳しい環境を生き抜いた昔に戻っていた。
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「ここだったか、結希」
エヴァンゲリオンの設備ピットの最上部にある展覧室にアマノン統括司令官、林原結希はいた。特殊ベーグライトで固められたエヴァンゲリオン初号機を眺めていた。
林原結希を探していたアルテミス・平谷博士は手に持っていた缶コーヒーを結希に手渡す。
「『U計画』を前に覚醒した初号機... ... 四号機が『セブンスインパクト』を引き起こしそうになった今、こうするのが妥当じゃろ」
林原結希は缶コーヒーの蓋を開け、少しずつ口を付ける。その瞳はどこか虚ろだ。
「どうした? やはり気になるか? 光輝のことが。しかし、今はどうにもならん。コアから『魂』を取り出す方法はないし、たとえ出来たとしても『カレルレン達』がそれを許さん。何せ...... 」
「初号機は『磁石』だから...... でしょ? 」
アルテミス博士は頷く。
「そうじゃ...... 初号機が『U計画』そして『TG計画』の鍵を握っているからの...... 」
結希は重い溜息を付き、虚ろな瞳を尖らせる。
「『アダム』『リリス』『イブ』『カイン』... 全ての生命の種を造りし『神』...... 所詮は全て彼らの手のひらか...... でも...... それでも...... 」
結希の諦念と微かな希望が入り雑じった言葉に、博士は返答せず、ただ抗う司令官を見つめるだけだった。
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ヘリオン市内にある第二ヘリオン学校の一教室にいる、須成屋真理の背中に定期的に紙飛行機が当たる。授業中にも関わらず、その行為を教師は咎めない。紙飛行機を飛ばす少女、林原愛が恐ろしいからだ。実際、彼女を注意した教師は何人か『何故か』地方の学校に転任になっている。愛の出身のせいなのか、教師すら愛には物を申せないでいた。
須成屋真理は自分の机に不時着した紙飛行機を、愛に注意しながら恐る恐る開く。中に書いてあったのは『今すぐ死ね』の文字。
しかし、この言葉の暴力は須成屋真理の日々受けている屈辱の中では比較的ましな方だった。少女はそう納得せざるを得なかった。屈辱を受け続ける少女は下を向き、やり過ごすしかなかった。
その様子を後ろの席で見ていた、エヴァンゲリオン三号機パイロット、苟アリスは怒りの表情で愛を睨み、今にも愛に食って掛かろうした。
が、隣の席にいるエヴァンゲリオン二号機パイロット、黒空詩丹に手を捕まれた。
「いい加減止めたらどうだい? くだらない...... 先生も止めたらどうなんですか? 」
黒空詩丹の大きめな制止の声が教室に響く。教師はただ唖然とするばかりだ。
当然、獣の瞳の銀髪の少女は、黒空詩丹に敵意を剥き出しにする。
駆け足で詩丹の席に向かい、詩丹の机を両手で強く叩いた。
「須成屋が何されたってあんたに関係ないでしょ? 」
「大有りさ、友達以上の人だからね」
突然の告白にクラスはざわめき、隣にいる苟アリスは目を丸くして驚く。
「ふ〜ん、あんた達そういう仲なのね? お似合いじゃない...... 『貧乏人』同士で」
少し間を置いて、詩丹が言葉を投げ返す。
「そんなに悲しいのかい? あの戦いで『父親』に触れて起きながら取り返せなかったことが...... 」
愛は激昂し、詩丹の机を蹴り飛ばす!
「テメエに関係ねぇぇだろぅが! 」
「は、林原さん、お、落ち着いて...... 」
「ふん、帰るわ! 馬鹿馬鹿しい! 」
教師が慌てふためく姿を見て、愛は捨て台詞を吐いて、教室を出ていった。
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授業が終わり、黒空詩丹と苟アリスが廊下で会話している所に、須成屋真理が近寄る。
「さ、さっきはありがとう、黒空くん。」
「礼には及ばないよ、僕自身も頭に来てたし。」
「黒空が言わなかったら、あたしがまた殴り掛かってる所だったわよ。」
「あ、ありがとう。黒空くん、苟さん。で、でも貧乏人同士って、どういう意味かしら? わ、私はともかく、黒空くんはエヴァンゲリオンパイロットだし...... 」
真理が言い終わると、二人同時に真理を見る。真理は気まずい空気感を感じた。
「ご、ごめん」
「謝ることないよ、須成屋さん」
須成屋がほっと胸を撫で下ろすと、詩丹は再び口を開く。
「僕の父は小さなパン屋を営んでいたんだ」
須成屋真理は驚く。考えて見れば黒空詩丹の過去を何も知らない。好意を寄せていても何も知らなかったのだ。
「僕は好きだった...... 家から帰ると芳ばしく香る小麦粉の焼けた匂いが...... そのパンを一生懸命作る父の姿が...... 」
過去を振り返る詩丹の顔はどこか哀しそうに見える。詩丹は話を続ける。
「ただ、そんな慎ましくとも良い生活は長く続かなかった...... 33年前の『セカンドインパクト』の余波で生まれた不景気は完治してはいなかった。父のパン屋も不景気の煽りを受けて、売上が落ちていってね...... 僕は嫌だったんだ、父の頭を抱え込んでいる姿を見るのが...... 」
真理は想い人の過去を聞き、胸が締め付けられる思いと同時に嬉しい思いも去来した。
「だからこそ、僕は『汎用兵器パイロット採用試験』を受けたんだ。受かれば、パイロットとその家族の生活は保証される。運動神経は良い方だったからね」
「あたしも同じ...... 家族のためにエヴァンゲリオンパイロットになることを決めた...... 危ないことだと解っていても......ね。あの馬鹿位よ、生活のため以外の理由でエヴァンゲリオンに乗っているのは 」
苟アリスの告白にも真理は唖然とする。自分も生活は豊かな方ではないが、自分のため、ましてや家族のために化物達と戦うなんて出来やしない... 真理はそう思っていた。
「須成屋さん、僕は、僕たちはカッコいいヒーローなんかじゃないんだよ。ただ、自分と家族のために戦っているんだ...... そうじゃないととても『天使達』と戦うなんて出来ない、出来ないよ...... 」
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シェリアとセトナは予行演習を終え、食事を取ろうとしていた。そこに元気一杯の清掃員が素早く寄ってくる。
「お二人共、お疲れ様ですなのですた〜 肩でもお揉みましょうか? 」
「ミリヤちゃん! 悪いね〜 じゃあ、お願いしちゃおうかな? 」
「了解なのですた! 」
セトナの返事にミリヤは肩を揉み出す。その様子を見るシェリアの目は笑っていなかった。
「あ〜あ、極楽、極楽。ミリヤちゃん、肩揉みの天才だね〜 」
「お褒めに預り、光栄なのですた! そうだ、シェリアさんも如何ですた? 」
「いえ、私は御遠慮...... 」
シェリアが言い終わる前に、ミリヤはシェリアの後ろに周り込み、シェリアの肩を揉み出した。
「そんな、そんな、遠慮なさらずにこの神テクをご堪能あれ〜 」
「! 」
決定的な違和感にシェリアは気付いた、自分の人生で培った感覚で......
「やっぱり肩こっていましせんし、御遠慮しますわ。セトナ、行きますわよ」
シェリアは立ち上がると食堂から出ていった。セトナはシェリアを追いかける。
「シェリ姉、どうしたのさあ? ブスとしちゃってさあ...... 」
「...... 」
「シェリアさ〜ん、急にどうしたのですた? 」
廊下で三人が立ち止まる。
「急に肩揉んだのが、気に入らなかったのなら謝るますですた。あたすはシェリアとも仲良くして行きたいのですた」
「残念ですけど、貴女とは仲良く出来ませんわ、絶対にね」
シェリアの辛辣な言葉に、セトナが憤る。
「シェリ姉! あんまりだよ! ミリヤちゃんはこんなに働き者のいい子で...... 」
「だって貴女、人間じゃありませんもの 」
セトナは驚愕し、開いた口が塞がらない。ミリヤはただ下を向く。
「シェリ姉、な、何を言ってるの...... 」
「シェリアさん〜 冗談キツいですた...... あたすが人間じゃないって...... 」
「臭い、 ですわ」
「に、臭い? 」
「ここに来る前、大勢の人間に『抱かれた』から分かるのです。口臭、頭臭、体臭...... 人間には様々な『臭い』があります。貴女には『臭い』がまるでなかった...... あんなに一生懸命働いた直後にも関わらずにね。」
「...... 」
「鈍感なセトナは騙せても、私は誤魔化せませんわ。支部司令官の記憶を曖昧にしたのも貴女ですわね? 貴女、何者なんですの? 」
下を向き続けいたミリヤはゆっくり、ゆっくりと口を開き、笑みを浮かべる。この世の物とは思えない程の邪悪な笑みを.......
「ぐひひ、ひひひ」
「ミ、ミリヤちゃん?」
「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。」
「なかなか、鋭いね。キミ」
シェリアはセトナを自分の後ろにやり、正体を表そうとするミリヤを睨みつける。
「ボクが誰だって? いいよ、教えて上げる」
「ボクはキミたちを生んだ『生命の種』を造った者達の一人だよ、『観測者達』はボクたちのことを『神』と呼んでいる」
「! 」
シェリアは背筋が凍り付く。自分が、今まさに世界の最深部に触れようとしていることを理解したからだ。
「そう、ボク、ボクらは『アダム』『リリス』『イブ』『カイン』全ての生命の種を造りし、第一の民......
『第一始祖民族』だよ...... 」
シン世紀 エヴァンゲリオン アイ
第十話 完