全てを白銀に染め上げる強風は止むことはない。生物の姿は影も形もない。ただ地平線まで続く白銀の雪原が広がる、灰色の小さな基地を除いては。
アマノン北極基地――――――北の果ての地に建設された小規模の基地は、アマノンの建造物の例に漏れず地下に広大なスペースを有している。氷河層に包まれた空間にアマノンの「禁忌」は隠されていた。アマノン内部でも極一部の人間しか知らない「禁忌」は、その巨大な躰を漆黒の拘束具で包まれていた。拘束具の隙間から見える紅き眼光が観るもの、全てを威圧させる。
「おい、どうだ? 『カミムス』の調子は? 各周波数は正常か? 」
「心配症ですね。至って正常です」
拘束具に包まれている巨人がいる広大な部屋の上に監視室がある。監視員達は銅像のように微動だにしない巨人に対して、恐怖心を抱いているようだ。
「しかし、閑職とはこのことですな。暇でしょうがない。まあ、何かあったら最も危険な場所になりますがね」
「そう言うこと言うなよ。俺はただでさえ巨体恐怖症なのに」
「恐いのも無理はないさ。何せこいつは『セカンドインパクト』の原因の一つだからな...... 」
突然、通信機の受信音が鳴り響く。監視員の一人は驚いて、地面に尻餅を付いた。
「わはは、何驚いてるんだよ。只の通信だぞ」
「こちらアマノン北極基地...... はい...... はい...... え? それはほ、本当ですか? はい...... はい...... はい...... り、了解」
「どうした? 何があった?」
監視員の一人が通信を取った監視員に詰め寄る。その顔は青ざめていた。
「落ち着いて...... よく聞いてくれ...... アマノン南極基地が...... か、壊滅した... 」
「な、なんだって? あそこには『ウラノス』が...... まさか...... 」
「ああ、『ウラノス』が暴走したらしい。南極基地は跡形もないらしい」
「そ、それじゃここもヤバイんじゃないか? 早く逃げないと! 」
「落ち着けよ! まだ『カミムス』が暴走すると決まったわけじゃ...... 」
「ん? 」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」
**************
「まさか、ルイが結婚していたとはね...... いてて」
「まさかとは何よ。まさかとは」
真理谷ルイの自宅に遊びに来ていたエヴァンゲリオン三号機パイロット、苟アリスはルイに頬を軽くつねられる。
ルイの子供はまだ幼く、乳幼児ベットで泣き出していた。家全体に泣き声が響き渡る。
「はい、はい、だいじょうだよーよしよし」
ルイが赤ちゃんを両手に抱くと、あっという間に泣き止んだ。
「それにしてもルイは凄いわね。家事育児もやって、戦術指揮官の任務もこなして...... 尊敬するわ」
ルイは悲しみを帯びた笑みを浮かべると口を開いた。
「私ね、天涯孤独だったの。33年前の『セカンドインパクト』で両親を失って... ね。それから必死に生きたわ。両親がアマノンの前身、世界連盟天使対策課にいたからそのツテも使ってミサと一緒にアマノンに入ったのよ。
もう、繰り返したくないからね」
「そうだったの...... 大変だったんだね」
「だから家庭がほしかったの。両親は私が生まれてすぐに『セカンドインパクト』に巻き込まれたから、『家族』を知らなかったの。仕事と家事の両立は確かに大変だけど今は本当に幸せよ」
「そっか、いいな。私も幸せな結婚出来るかな」
「アリスなら出来るわよ。その前に花嫁修業しないとね。炊事、掃除、洗濯、買い物、全部出来ないとね。私がミッチリ教えてあげるわよー」
アリスが項垂れる姿を見て、ルイはクスクスと笑う。すると電話が掛かってきた。
「宮本副司令官だわ......
はい、もしもし。真理谷ルイです。え? 南極基地と北極基地が壊滅した? そんな馬鹿な...... あそこには...... ええ、はい...... 分かりました。アリスと共に直ぐに向かいます。失礼します」
「どうしたの? 『天使』の仕業? 」
「それはまだ分からないわ。兎に角本部に急ぐわよ! 」
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ヘリオン市が見渡せる丘にある小規模な公園―――――― 黄昏に都市が抱擁される瞬間、世界が黄金に染め上がる唯一の瞬間を銀髪の少女、林原愛は只佇んで見つめていた。
幼い頃、よく父が遊んでくれた公園、愛にとっては唯一の思い出の場所だ。この公園を訪れるたびに愛はふと他者を傷付けることしか出来ない獣の自分を忘れる。もう二度とは戻ってこない幸せな時間、もう触れることは出来ない世界で一番大切な人の感触。ここに来れば取り戻せそうな気がしたのだ、例えそれが幻想でも。
父が失踪してから、愛のセカイは変わってしまった。自分の殻に閉じ籠り、他者を攻撃することで自分の世界を守ってきた。『第四天使』の戦闘以降、愛自身心の奥底でそれは自覚していた。しかし、どうしても他者、特に母親である林原結希に対しての憎しみは消えない。愛の中では母親は父親を失った原因。許す訳にはいかなかった。
黄昏が夕闇に移り変わる頃、電話の着信音が鳴り、愛は面倒臭そうに電話を取った。
「もしもし」
「愛? ルイよ。 今すぐ本部に来て頂戴。緊急事態なの。かなり深刻な事態よ! すぐ来て頂戴」
ルイ指揮官は要件だけ伝えるとすぐに電話を切ってしまった。焦っていた様子だったが、愛には他人事の様に思えた。愛の為し遂げたい目的は二つだけなのだから...
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愛がアマノン本部の地下にある司令部中段に到着すると、黒空詩丹と苟アリス、真理谷ルイ指揮官と我蛭ミサ副指揮官が揃っていた。場の空気感は一気に悪化するも、愛は意に介さず司令部中段の中央に堂々と立つ。
愛がふと司令部上段の方を見ると宮本副司令官、アルテミス博士、そして愛が世界で最も憎む人間、林原結希統括司令官の姿が写った。愛は歯を力強く噛み締め、阿修羅の如きの表情を浮かべる。
その愛の姿を見た母親はすぐにモニターの方向に顔を背けた瞬間、愛の怒りは増幅する。
「ルイ! 今日は一体何の様よ! 」
「何、キレてんのよ! 落ち着きなさい! 緊急事態なの、今日の朝方、アマノン北極基地と南極基地がほぼ同時刻に壊滅したの。『ウラノス』と『カミムス』がこの本部や支部に襲来する可能性があるわ。あなた達三人は今から防衛体制をいつでも取れるように司令部に泊まり込みしてもらう、いいわね? 」
黒空詩丹は恐る恐る手を上げる。
「真理谷指揮官、『カミムス』と『ウラノス』とは一体...... 話から察するに『天使』では無さそうですが? 」
ルイはすぐに司令部最上段を見上げ、林原司令官が頷くのが見えると話を再開する。
「いい? このことは絶対に他言無用よ。さもないと...... 」
ルイのいつもと違う雰囲気にエヴァンゲリオンパイロット達は身構えてしまう。どうやら今から話すことはトップシークレットの様だ。
「まず『カミムス』――――――この機体は第三の生命の種から作製された機体。初号機から八号機までのエヴァンゲリオンシリーズ、シリーズ化されていない機体も含めて初めて建造された機体なの。ただこの機体には欠陥があってね...... 周り全てのものを吸収してしまう性質があったの...... だから北極に基地を作り、地下に固く封印してたのよ」
「周りを全て吸収... まるで『天使』みたいね」
林原愛は獣のような瞳でルイを睨みつける。ルイは見透かされていることを知り、白状する。
「いいわ、話すわ。『カミムス』は第三の生命の種『イブ』から作製された機体。そして『天使達』も同じ...... 『イブ』から生み出された生命体なのよ」
苟アリスと黒空詩丹は驚きを隠せない。愛はただ目を細める。
「他のエヴァンゲリオンも同じ...... 全てのエヴァンゲリオンは生命の種から作製されたの。ある意味『天使達』とエヴァンゲリオンは兄弟なのよ。そして『ウラノス』...... この機体も同じよ。この機体は第四の生命の種『カイン』から製作された。ただこの機体も大きな欠陥があってね」
「親に似て強すぎるんじゃよ、『ATF』が。エヴァンゲリオンや天使を瞬時に蒸発させる『カイン』ほどの超絶的なATFではないが、それでも人間の作りしものなら全て蒸発させる、『ATF弾』でもな。親と同じでGCLとLCLを混合させた培養液に浸かせて浮かせるしか管理方法はなかった...... 」
アルテミス博士が悲しげな表情で目標の特長を語る。ブラックコーヒーを一口口にすると、再び口を開く。
「『ウラノス』『カミムス』はわしの父親、ダリス・平谷が作製したのじゃ。そしてエヴァンゲリオンの素体達もな。わしはその後を引き継いで素体達をエヴァンゲリオンとして建造した。しかし『ウラノス』『カミムス』はエヴァンゲリオンとして建造、運用はとてもじゃないが出来なかった。余りにも特殊な素体じゃからの...... 」
「しかしエヴァンゲリオンとしても使用出来ない特殊な素体が何故暴走したのか...... 」
詩丹が疑問を口にすると同時に司令部下部に通信音が鳴る。オペレーターの緑が直ぐに対応する。
「アマノン情報局からの映像及び情報提供です。今、モニターに映します」
アマノン司令部の巨大モニターに映し出されたのは世界地図と『ウラノス』『カミムス』、その二体の進行ルートの予測だった。
「これは...... 『カミムス』はこの本部に向かっているわね。『ウラノス』はバルバリア支部近くに向かっている......『ウラノス』の狙いは『イブ』ね」
宮本副司令官の分析すると、林原結希司令官は続いて指示を出す。
「緑ちゃん、直ぐにバルバリア支部司令官と天上ウル帝国支部司令官に繋いで」
「了解しました」
エヴァンゲリオンパイロット達は沈黙を続ける。全てのアマノンの拠点が動くことの重大性は理解していた。
「林原司令官、繋がりました」
「林原司令官、バルバリア支部司令官クリス・ゲルバル、参上しました」
「天上ウル帝国支部司令官マリク・メーリング、同じく参上しました」
「二人ともよく聞いて。南極基地と北極基地が壊滅したわ。そして『カミムス』はこの本部に向かい、『ウラノス』は『イブ』に向かっているわ」
「両基地が壊滅したことは聞いておりましたが、まさか『ウラノス』『カミムス』が生命の種を標的にするとは...... これではまるで...... 」
「『天使』みたいですね。33年前のことを考えてもあの二体が『単独』で動くことはまず有り得ない。『天使』に乗っ取られたと見るのが自然でしょう」
クリスの疑問に、マリクが仮説を被せる。林原結希は納得するように頷く。
「マリクちゃん、相変わらず頭キレるわね。確認が取れ次第、『ウラノス』『カミムス』を天使認定することにする。あと作戦なんだけど......
八体のエヴァンゲリオンを二隊に別けるわ。この本部、バルバリア支部のエヴァンゲリオンはそのままの位置。天上ウル帝国支部の三体のエヴァンゲリオンを二体、『イブ』戦線、つまりバルバリア支部に派遣、残りの一体を本部に派遣。一隊四体の二隊体制で事態に臨むこととする。最低四体いないと『ウラノス』『カミムス』には勝てないわ」
「二隊体制...... 大丈夫かしら? 」
苟アリスが愛を睨みながら呟くと、愛は舌打ちしながら唾を吐き出す。
「しかし統括司令官、目標が突然天上ウル帝国に標的を変えるかもしれません。他の天使の存在もありますし、この支部をノーガードにするのは...... 」
マリクが苦言を呈しても、アマノンの女王は決して動じない。
「本部と天上ウル帝国支部はバルバリア支部ほど離れていないわ。もし『カミムス』が天上ウル帝国支部に進行ルートを変えても、本部の一隊が対応出来るわ。こちらの運搬速度のほうが上よ。天上ウル帝国支部から遠い『ウラノス』が進行ルートを変えたら尚更よ。こちらの八体のエヴァンゲリオンが揃うほうが早い。他の天使は大丈夫よ... 忘れたの? 」
「...... 了解しました。今から手配します」
「どの機体をどこに派遣するかは、マリクちゃんに任せるわ。クリスちゃんもいいわね? 四体運用出来る体制に整えといて。全体の指揮は私が取るけど、実質『イブ』戦線の総指揮官は貴方よ、しっかりね」
「了解です」
「緑ちゃん、目標が本部と『イブ』に辿り着くまで何日位?」
「おおよそ、6日から8日です。」
「それまでには一隊四体の二隊を完全に運用出来るようにする、連絡は密にするように。これはアマノン全体の総力戦よ。皆、覚悟して。では散会」
モニターの映像が消えると同時に司令部の隊員達が慌ただしく動き出す。
三人のエヴァンゲリオンパイロットはただ立ち尽くすだけだ。
母親の見事な組織運用に愛は苛立ちを募らせる。勝ち誇る訳でも、頭ごなしに支配する訳でもない、冷静な立ち振舞いに、愛はただ下から睨みつけることしか出来なかった。
シン世紀 エヴァンゲリオン アイ
第十三話 完