私は父が好きだった。母はアマノン司令官として多忙な任務に追われていたし、会う時間もなかった。父は私がせがむといつも遊んでくれた。日が暮れるまで遊んでくれた。
夜には決して旨いとは言えない手料理を作ってくれた、でも私は嬉しかった。不慣れながらも料理を作ってくれる父の背中を見るのが好きだった。
そして、いつも私が眠る時には話を聞かせてくれた。殆どは父は本を読んでいたけれど、たまに聞いたことがない不思議な話を聞かせてくれた。
三人の少年少女が巨人に乗って『使徒』と呼ばれる邪悪な存在と戦う話や、他者の存在に傷付く可哀想な老人達が『人類補完計画』という人類を一つにする計画を遂行しようとする話、二人の少年と少女がこの世界を造り、その子孫達が歴史を造り上げていく話。どれも今思えば滑稽無糖な馬鹿らしい作り話だけど、私は好きだった。父がオーバーリアクションで『使徒』と戦う弱気な少年を演じたり、強気な少女が弱気な少年をいじる演技も好きだった。
そして一番好きな話がこの地球の全ての生命を作った神様の話。神様は種を二つこの星に落として、その種が全ての生命を作った話だ。種はさっきの使徒や三人の少年少女、可哀想な老人を含めた全て生物を生み出し、固く地下に封印された。
神様達は第一始祖民族というらしい。この宇宙で一番早く生まれた知的生物という設定だ。神様はこの宇宙に多数の種をばら蒔き、この星には四つの種を持ち込んだ。何故この星にだけ、四つもの種を持ち込んだのか父に聞いたら、神様は行きたい場所があって、そこに行くために必要らしい。
娘を寝かせつけるためとは言え、よくもまあ、どこの小説家も書かないような滑稽無糖な設定を考え付いたものだと感心する。
父はこうやっていつも私のために尽くしてくれた。だから私は母のいない寂しさにも耐えられた。父と一緒に居れるだけでよかったんだ......
なのに......父は突然いなくなった。何日、何ヵ月待っても、父は帰ってくることはなかった。母に理由を聞いても、いつか帰ってくるの一点張りだった。私は途方にくれた、この世で一番好きな人だった人間が突然消えたのだ。母は暫く家には居たけど、蟠りは溶けることはなかった。何せ父が居なくなる前に母は数日に渡って大喧嘩していたのだ。まさか母が......とは私も思いたくなかったが、私は聞いてしまったのだ。酔った母が「覚えてろよ」と言っていたところを。
私と母の関係が良くなることはなかったが、私にはもう一人支えとなる人間がいた。父がいた時から遊んでくれた近所のお姉さんだ、今の私位の年齢だった気がする。父が居なくなってからも良く遊んでくれて、色々と面倒を見てくれた人だった。ただそのお姉さんも突然失踪してしまったが。
確か名前は......
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「第四の生命の種、カイン......」
「遂に完成じゃの」
地上から約三時間、地下奥深くにある広大という言葉も不適切な程の広大な部屋に第四の生命の種、カインは存在する。今まで未完成だった液状部分がなくなり、身体の全てが不気味な紺色に染め上がっている。頭から尾までトカサが生えている完成された姿は巨大な爬虫類を思わせる。カインは動くことなく、只、鼓動が聞こえるだけだ。
「結希、とうとう出来上がったな。『K計画』完了じゃ。もう後には戻れんぞ」
アルテミス・平谷博士が林原結希アマノン統括司令官に問うと、両手を上げながら結希は頭を横に振る。
「とっくに後には戻れないところまで来てるわよ。あと天使を二体倒して、『福音の刻』を起こすだけよ」
「まあ、それもそうじゃな。わしらはただ事を進めることしか出来ん」
二人が『カイン』の巨大なる姿を見上げていると、突然警報が鳴り、赤い警報灯が回り出す!
「何事じゃ! 」
博士が叫ぶと、結希の電話が鳴り出す。
「理沙からだわ、どうしたの? 」
「結希、緊急事態よ! 『第九天使』が『カイン』を狙って襲来してきたわ。もう第一防衛扉は破壊された、緊急時エレベーターを解放したからすぐに上がって来て、結希! 」
「わかったわ」
結希は電話をきると冷静に博士に現状を伝える。
「博士、今『第九天使』がカインを狙ってここに向かって来てるわ。あの緊急時エレベーターで司令部に向かいましょう」
「天使か! 分かった、行こう」
二人は緊急時にだけに使用出来る『カイン』の部屋と司令部直通のエレベーターに向かった。博士は扉の前に行くと上行きのボタンを押す。
「よし、『第九天使』が来るまで間に合ってよかったわい。ん? 」
「開かないわよ、博士」
博士は何回もボタンを押すが、扉が開く気配がない。まるで反応がない。
「駄目だ、何度押しても開かんぞ! 」
「理沙、エレベーターが起動しないわ」
「なんですって? 緑、どうなってるの!? 」
アマノンオペレーターの緑は、青ざめた表情で理沙と結希に事実を伝える。
「駄目です...... 一本の細い動力線が切られています。これではエレベーターは動きません! 修理に行こうにも深部のほうで切られているので時間が...... 」
「なんて事...... 」
話をしている内に結希達がいる部屋まで震動が伝わってきた。扉が破壊される音と多数の足音が徐々に大きくなっていく。
「ちっ! 」
博士が舌打ちすると真理谷ルイ戦術指揮官から電話が来る。
「林原司令官、大丈夫です。初号機を派遣しました。何とか間に合ってくれるはずです! 」
「初号機...... 」
「じゃじゃ馬娘か、大丈夫かの」
地揺れがより激しくなり、天井から鉄粉が降り注いでくる。
「『第九天使』、第五防衛扉を破壊、侵攻継続中です! 」
「しくじったのう...... しかし、ここを墓場にはする訳にはいかないのう。」
「覚悟はしとくのね、博士」
「『第九天使』、第六、第七、第八防衛扉を一気に突破! 」
「不味いわね、あと二枚で『カイン』と結希達に辿り着いてしまう...... 」
結希と博士は大きな揺れのせいで体勢を崩す、不気味な足音がすぐ側まで迫っているのを二人は感じていた。
「もう直ぐ側まで来ているぞ、結希! 」
「.......」
最後の防衛扉が大きな音を立てながら歪んでいく。瞬く間に重厚な扉は滅茶苦茶に変形していった。
「来るぞ! 」
バギャ!
扉の中央に巨大な穴が開くと同時に、『第九天使』が姿を表す。その姿は毛のない巨大な土竜だった。その一切の感情を帯びない瞳は狂気すら感じる。口を開け、今にもアマノンの女王に襲い掛かる!
「ちくしょう...... 」
博士が嘆いた瞬間、『第九天使』の動きは止まった。それどころか、ズリズリと徐々に後退していく。
「あれは...... 初号機! じゃじゃ馬娘、なんとか間に合ったな! 」
「愛...... 」
青と白のカラーリングの機体、エヴァンゲリオン初号機は『第九天使』の尾を掴み、殴りながら、斜めのリフト路を昇っていく。
「愛、良く間に合ったわ! そのまま『第九天使』をカインから引き離して! 」
「やってるわよ! 」
指揮官の命令を何時もの通りに返答すると、愛は操縦に更に熱を入れる。
「喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 」
初号機の連続殴打に天使は大きく身体を揺らす、頭や尾が側面に当たり、衝撃が『カイン』の部屋の手前にいる二人を襲う。
「ぐっ、マトモに立っておれん! 」
「愛...... 」
(今よ、あの女を殺すチャンスは......)
「違う...... 今はそんな事はどうでもいい...... 」
(あなた、殺したがっていたじゃない。)
「どうでもいい...... ただ天使を殺すだけだ」
(父親の仇なんでしょ? 大好きだった父親の失踪の原因なんでしょ? やっちゃっいなさいよ、ねえ)
「 どう......でも......いい...... 」
初号機の殴打に怯むことなく、いや、痛がっているのか『第九天使』は暴れまくる。初号機と一進一退の勝負だ。
「そう言えば、『カイン』は...... 」
愛は何かに気付くと、初号機の足で踏みつけ、『第九天使』を更に殴打し続ける。
「オラァ! この! ごの! 」
初号機の激しい殴打は、『第九天使』を挟んでもリフト路線を粉々に破壊する。側面壁も殴打のたびに歪んでいく。
(見てよ! あの女の顔! いつものポーカーフェイスが崩れに崩れてるわ! 御笑いね! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは)
「うる......せぇ」
『第九天使』の動きが鈍くなり、抵抗力が明らかになくなった。悲鳴のような鳴き声を吐き出すだけだ。
「EATFも展開されてない、よし! ババア達、端に退いてろ! 」
「誰がババアじゃ! 」
「...... 」
母親と博士が移動したのを確認すると愛と初号機は『第九天使』の尾を持ち、殴りながら最下層に向かって滑り込んだ。リフト路線が抉れに抉れ、初号機と天使は凄まじい勢いで落下していく! あともう少しで最下層という地点で初号機は『第九天使』の尾を手から放した。
「オラァ、飛び込め! 」
『第九天使』は抵抗出来ぬまま、『カイン』の部屋の前に張られてある特殊レーザー壁をぶち破り、『カイン』の超絶的ATFに触れた。その瞬間、九番目の敵はただの水蒸気となり、天井に舞い上がった。
「よし、やったわ。」
(まだ、やってないわ...... ほれ! )
「あ...... 」
愛が唖然する中、『第九天使』を放して不安定状態にある初号機は、林原司令官がいる左方に向かって倒れ混む。急に右足を上げたからだ。
「結希ぃぃぃぃ! 」
林原司令官は口をあけて身体が動かないでいた、それは恐怖の上の行動か、覚悟の上の行動か...... それは分からない。
「か......あ......さ...... 」
愛が言い終わる前に初号機は林原司令官を巻き込み、倒れ込んだ。
************
「林原司令官の容態は? 」
「一命は取り留めましたが意識は回復してません」
「まさかこんな事になるなんてね」
アマノン司令部内にある特別病院の廊下で、真理谷ルイ戦術指揮官と我蛭ミサ副戦術指揮官、オペレーターの緑が会話をしながら林原司令官の病室に向かっていた。
「しかし仲が悪いとは言え、まさか母親を殺そうとするなんて...... 人間の所業じゃありませんよ! 」
「もう我慢しないわ、愛を殴ってやる! 」
「二人とも落ち着きない、ここは病院、 騒ぎは禁物よ。」
ミサが二人に注意を促すが、ルイの怒りは収まらない。
「そんなこと知るもんですか! 会ったら只じゃ......」
三人の視線に林原愛の姿が見えた。司令官の病室の前で宮本理沙副司令官に腕を掛けらた状態で項垂れていた。ルイは一気に詰め寄る。
「愛、今度という今度はもう許さないわ! こっち来なさ...... 」
「戦術指揮官、今は黙って! 」
宮本副司令官の迫力に押され、ルイは立ち止まる。視界に写ったのは今まで見たことがない状態の愛だった。
「わたしは悪くない、わたしは悪くない、わたしは悪くない、わたしは悪くない、わたしは悪くない、わたしは悪くない、わ、わ、わるくない、わるくない、わるくない、わるくない......」
「愛...... 」
「副司令官」
我蛭副指揮官の言葉に宮本副司令官は首を横に振る。愛はまともに話せる状態ではなかった。
「わたしはやってない! わたしは何もやってないんだ! やってない、やってない! 信じてよ、ねえ! 」
今まで誰も見たことがない取り乱す愛の姿に、この場にいる全員が言葉を失う。他者を傷付け、支配しようとする獣のような少女―――――― これが誰もが感じる林原愛の第一印象だろう。しかし今眼前にいる林原愛は、そんな印象とはかけ離れた一人の少女だった。
「愛、解っているわ。だから落ち着いて」
宮本副司令官が愛を落ち着かせると、林原司令官のいる病室から医師が出てきた。
「林原司令官の意識が回復しました。ですが今しばらく安静に......」
医師が言い終わる前に、愛は病室に勢い良く入っていく。止めようとするルイの腕を宮本副司令官は強く握る。
「かあ...... さん...... 」
「あ......い...... 」
林原司令官は愛の姿を見ると踞る。その身体は小刻みに震えていた。
その母の姿を見て、愛は身を乗り出す。
「かあさん、ちがうの、わたし...... 」
「ごめんね、あい」
「え? 」
母は号泣しながら言った。
決して後には戻れない言葉を。
「あなたを生んじゃってごめ......んね...... アイ......」
愛の中で一番大切な何かが壊れた気がした。今まで辛うじて、一線を超えなかった歯止めが壊れた気がした。
もうあの頃には戻れない...... その諦念が愛に我を忘れさせる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
愛は手当たり次第に病室の物を母に投げ捨てる。母は身を守ることもなく、ただ両手で顔を被せて泣き崩れている。
「愛、止めなさい、愛! 」
皆が病室に入り、愛を取り押さえようとしても、愛の暴虐は止まらなかった。母と娘の涙は全てを洗い流してはくれなかった......
シン世紀エヴァンゲリオン アイ
第十六話 完