シン世紀エヴァンゲリオン アイ   作:ケプラー星人

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第十八話 母と娘

 

 「愛、出来たわよ〜 あなたの好きなホットクレープ」

 

 銀髪の少女は微動だもしない。ただ虚ろな瞳で母を眺めるだけだ。

 

 「口に押し込むほどに好きだったじゃない。ほら、いっぱい作ったからたんとお食べ」

 

 好物を目の前にしても、少女はその場に座り込むだけだ。まるで少女は心を失ったかの様な振る舞いだ。

 

 

 愛の母、林原結希は膝をつき、9歳の娘と同じ視点に合わせると声を震わせながら娘に語り掛ける。

 

 「愛! お父さんは帰ってくるから! お願いだから元気だして! 」

 

 「お母さん、そう言ってもう冬から春になったよ。お父さんはちっとも帰ってこない。何時になったら帰ってくるの? 」

 

 母は息を詰まらせる。誤魔化すのも限界だが、母は詭弁を紡ぐしか選択肢はなかった。

 

 「愛、私も辛いの。私も光希に会いたいのよ...... でも、今は待つしかないの...... ね? お願い分かって? 愛 」

 

 

 失意の娘は母の必死の願いを無下にするがの如く、母から離れ体育座りする。愛の母はその光景を見てただただ頭を抱える。

 

 

 あの実験――――――初号機の初動実験はまず間違いなく成功するはずだった。SAGIシュミレーションでも99.888888%の確率で成功する可能性を示唆していた。しかしその予測は裏切られた。光希は、林原結希の伴侶は永久にエヴァンゲリオン初号機の中に閉じ込められた。今でも救助活動が続けられているが4ヶ月経った今も未だに愛の父親、林原光希は救出出来ていない。結希は知っていた、「神へ至る儀式」を行うしか伴侶を取り戻す術はないことを。しかしそれはまず実行出来ない。結希は愛に対して誤魔化しし続けるしかなかった。

 

 

 「愛、お父さん、戻ってくるから...... 待ってて...... 」

 

 

 

 

 

 

 ***************

 

 

 

 林原愛は夕焼けの光が街を染め上げる帰り道を下を向きながら歩いていた。学校生活にも最早何も感じず、無作為に過ごしているだけだった。ずっと自分に優しかった父、側にいるだけで安心出来た父。しかしもう彼はいない、もう帰ってこない――――――9歳の少女にもそれは直観的に感じ取れた。父が失踪する直前に喧嘩していた母も信じられない。愛は人間不信に陥っていた。しかし銀髪の少女は笑顔を取り戻していた。父親が失踪してから、いや失踪する前でも父以外の人間で唯一心を開ける人間が目の前に現れたからだ。

 

 

 「レイ姉ちゃん! 綾波レイ姉ちゃん! 」

 

 

 「よー! 愛ちゃん。一週間振りだね! 修学旅行行ってたから会えなかったよ。」

 

 愛に綾波レイと呼ばれた少女は活発に返事を返す。水色のショートヘアーが特徴的で見る人間を吸い込ませるような紅い瞳、透き通るような白い肌も人の注目を集める。歳は14歳位、年齢相応の立ち振舞いだ。この不思議な少女が今、愛が最も信頼している人間だ。愛は嬉しさのあまり、レイに勢い良く飛び付いた。

 

 「レイ姉ちゃん! むぎゅ〜 会いたかったよ! 」

 

 

 「よし、よし。」

 

 綾波レイと呼ばれた少女は愛の頭を優しく撫でる。その表情は菩薩のように優しかった。

 

 

 「レイ姉ちゃん、お父さんまだ帰ってこないの...... お母さんは帰ってくるってずっと言ってもお父さんは帰ってこない...... 私、寂しいよ」

 

 うつ向いた愛に青髪の少女は目線を合わせ、語り掛ける。

 

 

 「大丈夫だよ、愛ちゃん。お父さん必ず戻ってくるよ。お母さんも辛いんだと思うよ。分かってあげて」

 

 「...... うん」

 

 

 「そうだ、明日学校は第一休日で休みだし、気分転換でどっか遊びに行こう! 愛ちゃん、どこ行きたい? 」

 

 

 

 

 

 

 ***********

 

 

 

 

 

 

 「うー 目が回るー 」

 

 

 「きゃはは! レイ姉ちゃん、よわ! 」

 

 

 愛は遊園地内の乗り物、コーヒーカップを目一杯回し、綾波レイをノックダウンさせている。コーヒーカップが止まるとレイはふらふらと体を揺らしながら不安定に歩き出す。

 

 「レイ姉ちゃん、参ったか! 」

 

 

 「あー ま、参った、参ったよー 」

 

 (この子の笑顔、久し振りに見たな)

 

 

 「レイ姉ちゃん、次はあれに乗ろう! 」

 

 愛が指を指した先にはジェットコースターがあった。レイは咄嗟に話題を変える。

 

 「あ、愛ちゃん、なーんか喉渇かない? ジュース飲も! 」

 

 

 

 

 二人がベンチに座り、ジュースを飲み始めると、愛が懐かしげな表情を浮かべ口を開く。

 

 

 「お父さんがまだ居たとき、三人でなんどかこの遊園地に遊びに来たなー もっと父さんと来たかった。」

 

 

 「愛ちゃん...... 大丈夫、また家族で来れるよ。ね? 」

 

 「うん、レイ姉ちゃんが言うなら大丈夫な気がしてきた。うん」

 

 「大丈夫だよ、人間は何時でも希望はあるもの...... さあ、夕方まで目一杯遊びましょ」

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 夕焼けが街を染め上げる黄昏の時。空が闇に染まるまでの黄金に包まれる時間帯に二人の少女は手を繋いで帰宅の途についていた。愛の自宅に着くと愛は笑顔を見せる。

 

 「今日は楽しかったね、愛ちゃん」

 

 

 「うん、また行こうね、レイ姉ちゃん! 」

 

 「もちのロンよ! あ、そうだ、愛ちゃんに渡したいものがあるんだ。」

 

 綾波レイはカバンから服を取り出すと愛に手渡す。何処の服屋にも置いてなさそうな青を基調色にした不思議な服だった。中には白いY型の服を着るようだ。

 

 「わあ、ありがとう! レイ姉ちゃん! 大切にするね! 」

 

 「喜んでくれて嬉しいよ。ただ今の愛ちゃんにはでかいかな? 私位の年齢になれば着れるだろうからちょっと待っててね 」

 

 「うん! 」

 

 

 「じゃあね! 愛ちゃん、また遊ぼうね! 」

 

 「うん、約束だよ!レイ姉ちゃん! 」

 

 

 銀髪の少女は自宅の扉を開けると母に帰宅を告げる。

 

 「お母さん、ただいまー 」

 

 

 「お帰り、愛。楽しかった? 」

 

 

 「うん、服まで貰っちゃった」

 

 

 「あら、今度会ってお礼言わなきゃね。光希とも面識あったみたいだから信頼してたけど、お姉さんの名前も知らなかったわ。お姉さんの名前、なんて言うの? 」

 

 「綾波レイって言うんだ! 不思議な名前だよね 」

 

 林原結希は瞬時に顔を青ざめる。決して一般では使われないであろう、『観測者達』の力で戸籍登録出来ない名前である名を一般市民が名乗れる訳がなかった。それもその筈、その名前は世界には発表されてない隠された人類の歴史に於いて最も重要な名の一つだからだ。驚愕の表情で結希は愛に詰め寄る。

 

 「愛! そのお姉さん、どんな人? どこに住んでるの! 教えて! 」

 

 突然焦り出す母に恐怖を覚えながらも愛は母に知りうる限りの情報を提供する。

 

 「え、えっと、き、綺麗な人だよ。髪は青くて、目は赤いの。お父さんもお母さんもいないって言ってた。」

 

 林原結希は確信した。間違いない、この少女は10万年前の『鍵』の一つであると。『観測者達』からの、父からの情報とも完全に一致していたからだ。

 

 「愛、私もそのお姉さんに会いたいな。今度家に呼んでくれる? ね?」

 

 母の口調は静かだが目はまるで標的を狙ったかのような獣の瞳だった。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 林原結希の家で愛とレイ、二人でジュースを飲んでいる。愛は母からの言伝てを伝える。

 

 「レイ姉ちゃん、ごめんね。お母さん、もう少しで帰ってくるから少し待っててだって」

 

 「大丈夫よ、愛ちゃん」

 

 レイが言い終わると愛は急に倒れこむ。

 

 

 「ごめんね、愛ちゃん。林原結希に気付かれた今、この最後のチャンスを見逃す訳には行かないの」

 

 ジュースの中に睡眠薬が入っていたのか、愛は突然眠りについた。綾波レイは膝に愛の頭を起きながら、カバンから注射器を取り出す。服を腕捲り、的確に動脈に注射器の針を突き刺す。

 

 

 「何やってるの!? 」

 

 事態を目撃した林原結希が玄関先で大声を出すも、綾波レイと名乗る少女は冷静に注射器に残る液体を一滴残らず愛の体内に注入した。林原結希は娘に大慌てで近寄る。

 

 

 「あなた! 私の娘に何したの! その注射器は何? 答えなさい! 」

 

 

 「あなたが知る必要はないわ」

 

 

 「な、何ですって? 」

 

 

 「あなたが知ってもどうしようもないもの」

 

 そう言うと綾波レイはその場を立ち去ろうとした。結希はレイを捕まえようと身を乗り出す。

 

 「ここは3階よ、逃がさないわ! 」

 

 その言葉と同時に綾波レイはジャンプし、窓を突き破り外に出た。余りの想定外の出来事に結希は固まるしかなかった。

 

 「ば、馬鹿な...... 死ぬわよ! 」

 

 しかし結希が三階から見た光景は何事もなかったようにその場を立ち去る綾波レイの姿だった。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

 「愛、ホットケーキ美味しい? 」

 

 「うん」

 

 (あれから二週間、愛に別状はない。そして)

 

 

 「へリオン市内の山中で発見された推定14歳の少女のバラバラ死体の身元はまだ判明されていません。警察は殺人事件として捜索本部を設立する予定です。それでは次のニュースです」

 

 (私が情報部を使い、調べたところこのバラバラになって殺された少女はあの綾波レイだった。表向きは警察が調べるなんて言ってるが死体はとっくに『観測者達』が回収済み。今躍起になって正体を調べているだろう。)

 

 「そう言えば、母さん。レイ姉ちゃんとお話したの? 私が起きたら居なくなっちゃって...... 最近レイ姉ちゃんに会わなくなっちゃったし 」

 

 

 「あ、ああいつも愛の遊び相手になってくれてありがとうねってお礼言ったのよ。そしたら急に用事思い出したって言って帰っちゃったのよ。」

 

 「そう...... 」

 

 「大丈夫、また会えるわよ」

 

 

 

 **********

 

 

 一年後

 

 

 

 

 

 「エヴァンゲリオンのパイロットになりたいですって? 愛、あなた何考えてるの! 駄目に決まってるじゃない! 大体何故あなたがエヴァンゲリオンのこと知ってるの? 」

 

 「お祖父様から聞いたのよ。お父さんはエヴァンゲリオン初号機とか言う兵器のコアに閉じ込められているって。もしお前がパイロットになるなら自在に操ることが出来て、光希君を解放出来ることが出来るかもしれないって。」

 

 

 「お父様が...... なんでそんなことを愛に! 」

 

 「何で今まで言ってくれなかったの? 何で今の今まで黙ってたの? ねえ! どうしてよ! 」

 

 

 「幼いあなたに言っても理解出来ないと思ったし、何より辛いと思ったのよ。もうお父さんは帰ってこないなんて...... 言える訳ないじゃない! 」

 

 母の激昂に愛は一瞬たじろぐ。だが愛も引かない。

 

 

 「とにかく、私は乗る! エヴァンゲリオン初号機のパイロットになる! 父さんを助けられる可能性があるならなんだってやる! 母さんだって本当はそう思っているんでしょ? 母さんだって会いたいって言ってたじゃない...... 父さんに会いたいって言ってたじゃない...... お祖父様がいいって言ってたんだから覆せないわ。私は乗るからね! 」

 

 

 愛が部屋から飛び出すと結希は部屋にあるもの全てを破壊せんと暴れだす。自分の世界が崩れ去るのを止められない忸怩たる想いが彼女を突き動かす。

 

 「なんで、なんでなのよ...... 」

 

 結希は物が散乱した部屋に膝をつくとただ茫然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ***************

 

 

 

 

 

 「信じられません...... 初搭乗でシンクロ率89%、精神汚染率0.0008%...... 四号機パイロットが初搭乗で35%、八号機パイロットが29%のを考えると驚異的数値です! 」

 

 アマノン司令部が驚嘆に包まれる。『禁姦の子』エヴァンゲリオン初号機をここまで支配下に置けるなど誰も夢にも思わなかった。天使撃退の主力が稼動可能になったことで司令部は活気づく。

 

 「凄いの。この分だと初号機の戦力化計画は一年は短縮出来そうじゃ。娘様々じゃな、結希」

 

 

 アルテミス博士の言葉にも結希はまるで反応しなかった。

 

 「まあ、そう心配するな。もう二度とあんな事故、いや事件起こさせんさ」

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 「母さん、ご飯は? 」

 

 

 「...... 」

 

 

 「ねえ、聞いてるの? 」

 

 「自分で作りなさい」

 

 

 愛は困惑するが、愛自身、母との関係が壊れていくのが日々感じ取れた。自分がエヴァンゲリオンパイロットに祖父との策略でなってからはろくに会話もしなくなった。責任は感じているが愛にも母の度重なる嘘に信用が持てなくなっていた。なにより愛の中で母は『シロ』ではなかった......

 

 

 

 

 

 

 

 **************

 

 

 

 

 一年半後

 

 

 

 「母さん、私、この家から出ていくわ」

 

 「何言ってるの? あなた12歳になったばかりじゃない。一人暮らしなんて...... 」

 

 

 「もう嫌なのよ、あなたといるのが。嘘つきのあなたといるのが耐えられないのよ。」

 

 「嘘なんてついてないわよ! 謝りなさい! 愛! 」

 

 

 「何言ってるのよ! 帰ってくるって言って誰も帰ってこなかった!父さんもレイ姉ちゃんも、誰も! もうあなたなんて信用出来ないわ! 」

 

 

 「愛! 」

 

 

 「それに聞いたのよ。私は父さんが去る前に父さんと母さんが大喧嘩した後、あなたが覚えていろよと呟いたことを...... 」

 

 

 「そ、それは...... 」

 

 

 「本当はあなたがやったんじゃないの?」

 

 

 母の手が娘の頬を打ち抜く。それは関係の終わりを意味していた。

 

 

 「これで満足? もう行くわ 」

 

 

 

 「さよなら、母さん」

 

 

 両膝をつき、泣き崩れる母を娘は振り返え見ることはなかった。

 

 

 

 

 

 シン世紀 エヴァンゲリオン アイ

 

 第十八話 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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