エヴァンゲリオン零号機―――――― 素体名『タカムス』は六枚の凛然と耀く光の翼を羽ばたかせながら超高速で蒼き大空を横断する。その衝撃波は地上にも響き渡るほどだ。
光翼を広げる白き機体は一旦高高度で停止する、腕を横に広げる姿はまるで十字架のようだった。
「一体、何を狙っておる...... まさか! 」
アルテミス博士が最悪の予測をすると同時に、エヴァンゲリオン零号機は一気に海へ向けて下降する!
青き大空を豪々と切り裂くように急降下を行う零号機は海へ突入する。水飛沫が宙高く舞い落ちる。
「指揮官の目的は...... まさか...... 」
「ああ、『クリシュナの矛』だ。あやつめ、『セブンスインパクト』を引き起こすつもりか? 」
「一体どういうこと? ルイは何を企んでいる? 」
愛は突然の指揮官の裏切りに戸惑うしかなかった。
「海深10000テプトから高エネルギー反応! 零号機、目標を入手したものと思われます! 」
緑の報告と同時に海水が天高く舞い上がる。その様はまるで神話の海神の如き所業だ。巨大な水柱が成層圏まで伸び、その先にはエヴァンゲリオン零号機が白き矛を持ち、佇んでいた。
「ちっ! 手に入れよったか! クリシュナの矛を! 」
アルテミス博士が嘆くとそれに応答するように真理谷ルイは口を開く。
「さあ、33年前の惨劇を引き起こした主因は手に入れたわ! あと必要なのは愛! 貴女だけよ! 早く来なさい! さもないとセブンスインパクトを引き起こすわ! 」
「ちっ! なんだってんだ...... 」
愛は状況が飲み込めず、狼狽えていた。まさかルイが裏切るとは夢にも思っていなかった。
「愛、取り合えず初号機に乗って! セブンスインパクトを引き起こす訳には行かないわ 」
愛は副司令官の言葉に戸惑う。
「初号機は飛行能力はない。乗ったところでルイのところには到底辿り着けないわ、無駄よ...... 」
「案ずるな、じゃじゃ馬娘。そのことなら策はある。早く乗れ! それとも恐いか? 」
「馬鹿な! 恐い訳ないわ! 」
アルテミス博士の挑発に、愛は怒りを以て対応する。素早くプラグスーツ更衣室に向かって行った。
「博士、愛を動かしたのはいいけど、策なんてあるの? 」
「勿論じゃ。あやつらに連絡を取ってくれ 」
しばらくすると黒空詩丹と苟アリスが司令部に駆け付けてきた。走ってきたのか、二人とも息が上がっている。
「ふ、副司令官。今回は一体どうしたんですか? まさか天使の襲来...... 」
宮本副司令官は首を横に振ると、静かに巨大モニターを指差す。
「敵はエヴァンゲリオン零号機、パイロットは...... 真理谷ルイよ 」
「う、うそよ...... 」
青ざめた顔で狼狽えるアリスに副司令官は首を再び横に振った。
「ねえ、うそでしょ? なんでルイが敵に? ねえ、うそよね? ルイ」
アリスの言葉に答えるように巨大モニター越しにルイは話す。
「アリス、ごめんね。私、こうするしかなかったのよ...... 」
「姉だと、お姉ちゃんだと思ってたのにぃぃぃぃ! 」
アリスは大粒の涙を流す。一番の理解者に裏切られた気持ちはとても言語化は出来ない。切り裂かれる想いをアリスは発狂という形で表す。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「アリス......ごめんね...... 宮本副司令官、早く愛を呼びなさい! クリシュナの矛を使われたくなかったらね」
「馬鹿な...... そんなことしても父親の二の舞になるだけじゃぞ! 」
「それでも構わないわ。世界が壊れてあなた達、いや第一始祖民族の計画が崩れ去るのならね。これは復讐よ、33年前のね」
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愛はエヴァンゲリオン初号機のパイロット席の扉の前に佇んでいた。扉は開いたままだったが何故か躰が動かず、初号機に乗り込めずにいた。恐怖心からなのか、それとも諦念からなのか、自分でも分からずにいた。
白と青を基調にした女性型の機体を前に愛は俯く。自らの行いや攻撃性は愛自身にも響いている。今回ばかりは死ぬかもしれない、その恐怖心が愛の心の最深部にある僅かな慙愧の念をむしり出した。
「私も、結局...... 」
愛が呟いた瞬間! 後ろから猛烈な勢いでタックルされた。愛は突然の出来事に悲鳴すら出てこない。銀髪の少女は初号機のパイロット席に激しく転げ落ちた。全身に痛みが走る。愛は歯を食いしばって立ち上がろうとした瞬間、頬に平手打ちを食らった。混乱する愛の視界に写ったのは、自身が日々屈辱を与えていた少女、須成屋真里の姿だった。
「! なんであんたがいるのよ...... 」
「ゆ、許さない...... もう許さないんだから...... 」
真里は顔を赤く染めながら愛に再び襲い掛かる。突然の襲来に愛は困惑しながらも激情を増幅させる。
「須成屋ァァ! てめえ! 」
愛は叫びながら真里の髪をつかみ、何回も殴打する。しかし真里は怯まない。愛の顔を掴み、強く握った。頬に爪が食い込み、愛は苦悶の表情を見せる。
「す、須成屋の分際で何しやがる! 」
「愛! 私は貴女のやったことをゆ、許さない! く、黒空くんと付き合っていることも嘘だった! もう許さない! 」
「て、てめえ! 」
二人の争いの間に宮本副司令官の伝令が入る。
「愛、そろそろ出動よ! ところでその子は誰なの? 」
「し、知るか 」
「須成屋! どこに行ったかと思えばあんなところに!」
「須成屋さん...... 」
「わ、私、いつも恐かった...... あなたに暴行されて、暴言吐かれて、ゴミのようや扱いにされて....... 毎日死にたいと思ってた。でも黒空くんが守ってくれたから、私は生きてこれた。前に少しずつでも進めたの...... 黒空くんとの絆だけは壊させない! 絶対に! 」
真里の決意表明に愛はたじろぐ。その気迫に反撃を出来ずにいた。
「愛、あなたは何に傷付いているの? 何に脅えているの? 何を恐れているの? 心の中でなにかから逃げているから他人を傷付けたくなる。消したくなる。あなたの苦しみは何となく分かる。でももう私はこんな形では貴女の肩を貸せない。もうあなたには脅えない。覚悟して! 」
「くっ...... 」
真里の決意に愛の躰は動きを止める。自らの心の逃走を言い当てられた、自分が前に進めない原因が他人の前に晒された。愛はただ下を向く。
「二人とも、もう時間がないわ! 早く出動して! お嬢ちゃんも一緒に行って貰うわ。時間が惜しいの、済まないわね。 」
「分かりました。」
真里は宮本副司令官の願いを聞き入れると、愛を見つめる。
「続きは後にしましょう。さあ、世界を救って! 愛....... 」
愛は真里の余りに真っ直ぐな瞳を直視出来ずにいた。しかしその言葉にはゆっくりと頷いた。まだまだ真里の言葉に納得も理解もしていないが、今は自分のやるべきことをやるだけの状況であることは理解した。
「行くわ...... エヴァンゲリオン初号機、出動! 」
パイロット席の扉は閉まり、初号機の拘束具は順に外されていく。初号機の眼が鈍く光ると足元にあるカタパルトの出力が万全となった。
初号機の操縦レバーを握る愛の手に、真里は優しく手を添える。
「よし、今じゃ! 金髪娘! 」
アルテミス博士が号令を掛けると、初号機の背中から何枚もの光の翼が生えてきた。
「博士、これで宜しくて? 」
「ああ、上出来じゃ」
アマノン・バルバリア支部の訓練場に何枚もの光の翼を携えた四号機の姿があった。セトナとクリス支部司令官がその様子を見守っている。
「シェリ姉、頑張れ! 」
「共有化か、決戦も近いか」
アルテミス博士は準備が整った確信を得て、号令を放つ。
「よし! 行け! じゃじゃ馬娘! 」
エヴァンゲリオン初号機は熾天使の如く、十枚の凜と耀く光の翼を全開に広げ、超スピードで急上昇する。初号機が通るだけで発射路がズタズタに破壊される。愛と真里は決意を固めた表情で操縦レバーを握る。
「くぅ! す、凄い重圧...... 」
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 」
愛の叫びと共に初号機の加速度は最高潮に達した。アマノン本部を突き抜け、一気に大空を掛け上がる!
「来たわね! 愛! 」
「ルイ! 」
「貴女には礎になって貰うわよ! 父さんを『この世界』に再び呼ぶためのね! 」
「? 何を言っている? 」
「私の父さんは33年前、暴走したカミムスを止めるために『ウラノスR』という素体に乗った。あなた達が倒したウラノスの後続機よ。そして母はこのタカムスに乗り、二人はカミムスに立ち向かった。しかしそれは第一始祖民族の罠だった」
『タカムス』エヴァンゲリオン零号機に急接近した初号機はGナイフを零号機に向け横に薙る。零号機は急上昇し、斬撃を回避する。
「第一始祖民族の一部は『福音の刻』を待てなかった。もしかしたらカミムスの暴走すら奴らの仕掛けだったかもしれない。三体の素体が集結した所で強制的に素体やエヴァンゲリオンを覚醒状態にするこのクリシュナの矛を放った。三体は擬似神化形態になり、世界は破壊と凌辱に包まれた」
「そ、そんな話聞いてないわ! セカンドインパクトは隕石衝突じゃなかったの? 」
驚きを隠せないアリスにルイが答える。
「アリス、それは奴ら御得意の捏造よ、インパクトは実際は六回目だったのよ。奴らのせいでシックスインパクトに襲われた世界は崩壊寸前となった。それを救うために父は『思い』の力でウラノスRを更なる覚醒状態、擬似神化第五形態にし、『高次元』に飛び立ったの。その衝撃でカミムスとタカムスは大破して、シックスインパクトは収まったのよ」
「それで、一体何がしたいんだ! ルイ! 」
初号機は急旋回し、光の翼で零号機を切り裂こうする! だが零号機は急下降して、攻撃をかわす。その際に零号機の光の翼によるカウンター攻撃が初号機にヒットする。
「ぐぅ! 」
「きゃあ! 」
愛と真里はお互いに悲鳴を上げる。しかし戦闘意欲は失わない。
「だから、同じことをするのよ。父を取り戻すためにね! 」
零号機の翼による斬撃を初号機は再び回避する。
「アイ! それには貴女と初号機が必要だったのよ。あとは光希さんもね! 」
「ど、どういうことだ? 」
「高次元に行く手段の詳細は解らなかった。取り敢えず覚醒した二体のエヴァンゲリオンとクリシュナの矛が必要だと思った私は...... やったのよ 」
「!? 」
「光希さんが初号機に取り込まれたのは偶然でも事故でもないわ、私とミサが色々弄ったからよ! どうしても初号機には覚醒して欲しかった....... だからよ! 」
突然の告白に愛は唖然とするが、冷静になれば筋は通る。愛は真の仇に対して叫んだ。
「ルイ! お前が父さんを! 父さんを! 父さんを! 」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
」
愛の激情の解放と共に初号機の力は解放、更なる覚醒を果たした。光の翼は30本に殖え、翼は宇宙空間まで達した。
「それを待っていた! アイ! 」
零号機はクリシュナの矛を掲げると世界全体が赤に染まる。世界は揺れ、天地は裂ける。インパクトの前兆である。と同時にガフの扉も開き始めた、大地が、街が、海が、あらゆる生物が、全ての魂が集う部屋に吸い込まれていく!
「不味い! ガフの扉が開き始めたぞ、じゃじゃ馬娘! なんとかしろ! 」
「博士、それどころじゃないわ、見て」
アルテミス博士が違う巨大モニターに目を写すとそこに初号機と零号機の姿はなかった。存在するのは無数の光の翼を持つ白き光に包まれた光の巨人二体だけだった。
「糞ォォ! 擬似神化第五形態にまで進化した! このままじゃ...... 世界は吹き飛ぶぞ! 」
「父さん、漸く会えるね...... 独りにしてごめんね? 今、会いに行くよ」
ガフの扉は更に広がり、その奥に更に穴が姿を表す。『高次元』への扉だ。
「世界は...... 終わる」
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「私も父さんに会えるかもしれない、ルイもそれで幸せなら....... もういい、もういい、もういいよ。ウラマレルこともウラムこともない世界で父さんと生きたい。ねえ、逃げさせてよ! 父さん、私、私、父さんに会いたいよ! 世界なんかどうなったっていい! 父さんだけは必ず助けたい!ねえ、逃げよう 」
「アイ」
全ての視野が白き光に包まれた世界で聞き覚えのある声が聞こえる。懐かしい懐かしい声だ。声を聞くためにアイの人生はあった、アイはそう信じていた。声は続く。
「アイ、駄目だよ。アイは帰らなきゃ。あの世界でアイは生き続けなきゃならない。」
「父さん! 父さん! ずっと会いたかったんだよ!? 会いたかったんだよ!? 父さん! 顔を見せて! 」
「アイ、逃げては駄目だよ。逃げてもあるのは後悔だけだ。見なきゃ駄目だ、自分だけの真実を」
「嫌だよ! 絶対に嫌だ! 折角会えたのに、また離れるなんて...... 嫌だよ 」
「離れないよ、私は常にアイの側にいる。アイ、心配しなくていい。常にアイのこと見守っているから...... あの世界に帰るんだ! アイにしか出来ないことがある。さあ、アイ! 」
「愛、帰ろう。まだ貴女との話は終わってない。まだ許してない。貴女にはまだやることがあるわ。さあ、帰ろう? 」
真里の声が聞こえると『アイ』は白き光の世界から遠のく。アイは泣き叫んだ。
「父さぁぁぁぁぁぁん! 」
「アイ、愛しているよ」
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「まさか....... 」
ルイが異変に気付いた時には遅かった。ガフの扉と高次元への扉は急激に閉じ始める。対応しおうにも方法が思い付かなかった。
「ごめんね、また独りぼっちにさせちゃう。ごめんね、父さん」
「大丈夫だ、ルイ。私のためにありがとうな。」
「愛しているよ、ルイ」
父の声が聞こえた瞬間、ルイは息絶える。光の翼から放たれた超高濃度エネルギーが零号機を粉々に破壊したからだ。零号機は海の藻屑となり、この世から消え去った。
零号機を破壊した初号機も海へと落ち、世界は大壊しながらもまたも生き延びたのだった。
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「なんとかなったな、シェリア」
「ええ、私達の時より危なかったですけどね」
四号機から下りたシェリアはクリスとセトナに囲まれる。戦闘ではないが四号機も壊れかねない危険なミッションだった。
「シェリ姉、心配したよ! 無事でよかった」
「私は大丈夫ですわ、セトナ。本部は大変でしょうね....... 指揮官を失って....... 」
「副指揮官も捕まったようだ、その後自殺したようだがな」
「勝ったのになーんか後味悪いね。天使を倒した時みたいにすっきりしないなー」
「致し方無いですわ、理由はあれど裏切った訳ですからね。さあ、休んでいる暇はありませんわ、早く世界の謎を更に解き明かしますわよ、今度は古代のエヴァンゲリオンの謎を......」
「その必要はないよ 」
不気味かつ狂喜が入り交じった声が後方から聞こえるとシェリア達は一斉に振り向く。
そこには第一始祖民族の一人、異神驪洲ミリヤの姿があった。
「あ、ミリヤちゃ....... じゃなかった、なんとか民族! 」
「レプートン様...... 」
「ミリヤ、一体何の用ですの? 」
「随分冷たいねぇ、折角御褒美を上げに来たのにねぇ」
「褒美? どういう風の吹き回しですの? 」
「真実を探す姿が余りにも可愛くってね...... 教えて上げてもいいかなって思ってね」
「?」
「あと七日で最強の天使は現れる。『ストリンガ』と『ウィクラ』の元で教えて上げるよ、全てではないけどね」
「君達に教えて上げるよ、この世界の全てをね」
シン世紀エヴァンゲリオン アイ
第二十話 完