シン世紀エヴァンゲリオン アイ   作:ケプラー星人

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番外編 碇シンジの最後

 空は灰色、海は赤色、人間の姿はここにいる38人以外には全く見当たらない。まるでこの世の終わり。サードインパクト以前の人間ならばそう思うだろう、『人類補完計画』が未遂に終わった世界の成れの果てがこの世界だ。

 

 

 しかし、二人―――――碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーは、この『世界』を選んだこの二人は『補完』ではない痛みも悲しみもあるこの『世界』を生き抜いた。

 二人はサードインパクト以前と同じく、互いを傷つけあい、そして想いあった。他人など所詮他人、完全に理解出来るはずもない。言葉でも身体でも傷つけ、その行為を補うようにお互いの身体と心を何度も重ね合わせた。

 

 

 

 傷つけるという排他的行為でも、セックスという擬似的な融合行為でも、二人は互いを確かめあった。自分とは違う他者、どんな形でも触れ合うことがその存在を認識し、許容する一番の近道なのだ。

 それが心の底から恐ろしいと感じる人間もいる。他者が怖い、他者との関係が恐ろしい、自分が否定されてしまうかもしれない。

 そうした疑心暗鬼の末に生まれた集合意識の結果が『人類補完計画』だったのだ。

 

 『人類補完計画』自体は良いとも悪いとも言えない。しかし、碇シンジは自己と他者の堺が無くなることを否定した。人間が傷つけ合い、愛し合うことが無くなることを否定したのだ。

 

 そうした人生の終着点が今正に訪れようとしていた。

 

 道に迷った。

 

 最善の選択を出来なかった。

 

 多くの大切な人を喪った。

 

 しかし、彼は彼なりに精一杯生きてきた。

 

 

 

 碇シンジは毛布一枚の上に寝ていた。髪や髭はすっかり白色に染まってしまった、シワも一本や二本ではない。老いきった老人となった碇シンジは今正に天に召されようとしていた。

 人間ならば誰にも訪れる『死』

 

 一時『神の児』となった碇シンジにもそれは訪れる。

 

 周りには息子達、娘達、孫達が碇シンジを取り囲んでいる。自分達の支柱である人間が最後の時を迎えようとする現実を前に、泣き出す者もいる。

 

 惣流・アスカ・ラングレーは孫娘を膝に乗せ、頭を撫でている。アスカも白髪に多くのシワ、シンジともに何十年の『現実』を生きてきた。涙を堪えているのか、シンジの顔は見ようとしない。

 

 

 「皆、き、聞いてくれ......んか」

 

 

 

 碇シンジが家族に呼び掛ける。

 

 

 

 シンジの子孫達は一斉に近寄る。アスカは涙を拭う動作をする。

 

 

 

 「ふふふ、じ、自分の身体を動かすこともままならん。これが死を迎える人間か......ふふ、何も出来ん」

 

 

 

 「父さん、海を見たいなら......手を貸します。綾波さんを......見たいのでは?」

 

 

 

 息子の一人がシンジに問いかける。

 

 

 

 「いや、いい。あ、あれは綾波の姿をしているだけじゃ。綾波は......ここに......」

 

 シンジは力を振り絞って胸に手を当てる。

 アスカは孫娘をあやしながらずっと下を向いている。

 

 

 

 「わ、わしはも、もう天に還る。さ、最後に、皆に伝えたいことがある」

 

 

 皆、シンジに寄り添っている。シンジは孫の頭を優しく撫でる。

 

 

 「わしは、わし達は恐かった。他人が。

 他人の『心』を理解することが。他人に傷つけられるのが、拒絶されるのが耐えられなかった......」

 

 アスカは堪えられず、涙を流した。

 涙が孫娘の頭の上に落ちる。

 

 

 「だから人間は他者を支配下に置いたり、他者の心を抉ることで安寧を得る。自分から離れてほしくない、否定してほしくない不安から他者を傷付ける」

 

 

 シンジの息子、娘達も全員涙を流していた。自分達が生まれた時は世界はこの有り様だった、サードインパクト以前の世界等知る由もない。しかしこの白色の少女の形をした巨人と白色の人型の巨人、そして灰色の空以外何もない世界になった原因は両親から聞かされていた。父親の生きてきた人生の重さ、そしてその終わりを前に涙が心の奥底から溢れ出る。

 

 

 「そんな、そんな不完全な世界、人間など耐えられない......『神』になりたい......あの愚かな老人達、父もそんな考えだったのかもしれぬ......

 

 人の不完全さ、未熟さを受け入れることが 出来なかった......わしもふくめて、な」

 

 

 ゴホッ ゴホッ

 

 シンジが咳こむと子供達が前のめりになり、シンジの様子を伺う。

 シンジが口を押さえた手は血で染まっていた。

 

 

 

 「じ、じゃが人、人間が傷付け合ってきた今までも、か、完全に他者を受け入れることが出来なくとも自分と他者の狭間に揺られながらも生きてきた。

 他者の本心が隠されていても、心身ともに他者に傷付けられても、他者に裏切りられても...だ。

 その耐え続けた結果が『人類補完計画』だった。だとしても人間は自分と他者の『壁』を自分なりに構築しながら生きてきた...... それをわし達は忘れていた、いや目を背けていただけ......じゃ」

 

 シンジの口から言葉を放つたびに血が吹き出す。しかしアスカも、子供達も最早微動だにしなかった。ただシンジの―――最後の言葉―――を一心に聞くだけだった。

 

 

 

 「いいか、よ、よく聞きなさい、我が子供達よ。

 わ、わしは他者と自分が曖昧な世界を確かに望んだ......全ての人間の境がない世界を.....

 だがそこに『自分』はいなかった。都合のいい他人も......

 わしは他者から傷付けられても、否定されても『自分』が存在する世界を選択した。

 もう一度、もう一度会いたいとお、思った......だ、だからじゃ。

 アスカ、お前にも......な」

 

 

 アスカは孫娘を側に置き、涙を流しながらシンジの傍らに寄る。シンジの手を握りながら、アスカは声を詰まらせながら声を掛ける。

 

 「シ、シンジ......」

 

 シンジはアスカの手を握り返す。

 

 

 

 「お、お前達はこれから新たな人類の歴史を作り出すのだ!

 たとえまた人間同士傷付け、否定し合うことになっても、人類は自分と他者の壁に折り合いを付けながら、自分と他者の共通項を見つけ、前に進むと、進んでくれると......」

 

 

 「わしは信じている......」

 

 

 アスカはシンジに優しく抱きつき、頭に手を置いた。アスカの涙がシンジの頬に伝っている。

 

 「ただ人類がまた間違った道を歩まないように導く責任はわし、そしてお前達にはある。

 このわしが倒れる前に書いたこの『審判の書』と『扉の書』を道標として新世界の人類を正しく導くのじゃ。ただ『扉の書』は......わかっておるな?」

 

 

 

 シンジとアスカの子供達が一斉に頷くと、シンジは安堵の表情を浮かべ、アスカの頭を撫でる。

 

 

 

 「アスカ、お前とは......色々あったという言葉も追い付かない程色々あったな、ふふふ」

 

 

 アスカは手を握りながら、自分の上半身を起こす。

 その蒼き瞳は決して完全には理解出来ないが自らの人生を作り上げた最重要要素である伴侶に向けられていた。

 

 

 

 「本当よ......本当あなたには振り回されぱなし。ふふふ、シンジもそう思っているでしょうけど」

 

 

 「ああ、その通りだ。ははは」

 

 アスカは今日初めての笑みを浮かべた、涙は止まらないまま。

 

 

 「初めて会った時、覚えてる?」

 

 

 「ああ、いきなり平手打ちだったな、あれ以上の挨拶はなかった」

 

 「ふふふ、若気の到りと言うことで赦してちょうだい。

 あれから一体何れくらいの月日が流れたのか......まるでわからない。『補完』から還ってきたことが正しいことだったのかも......でもね......」

 

 

 「でも、でもね」

 

 

 

 シンジの顔はアスカの別れの涙で濡れきっていた。

 

 

 

 「ひ、ひとつ...だけ、ぐすっ うう......た、わ、私の人生で確かなことがある。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シンジに出会えてよかった」

 

 「わしもだ、アスカ」

 

 

 

 そうアスカに返すとシンジはゆっくりと眠るように目を閉じ始めた。

 

 「シンジ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 碇シンジが瞼を閉じて見えた光景は光に包まれている世界だ。

 

 夢か現か、生か死か、シンジにはその境がないように感じている。

 

 

 光の向こう側から人が近付いてくる。何十年経った今でもその人のことは忘れたことはなかった。

 

 「ミサトさん!」

 

 

 「シンジくん」

 

 

 

 光からもう二人現れる。自分を生んでくれた二人が。

 

 「シンジ、来たか」「シンジ」

 

 

 「父さん、母さん!」

 

 

 

 

 

 光は今までにない程輝き始めた、すべてを包み込む光

 

 その中央から表れた、青髪の少女がシンジに手を差し伸べた。

 初めて会ったその時から、シンジの心に居続けた―――永遠の想い人

 

 

 

 

 「碇くん......」

 

 

 「綾波! 来てくれたのか? 」

 

 

 綾波レイの手を取ると光は激しく発光した! 目の前が、すべてが光になる!

 

 

 「碇くん、行きましょう」

 「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 「父さん!」

 

 「ぐす、ううっ」

 

 「おじいちゃん、どうしたの?」

 

 「父さんの意志、受け継ぎます」

 

 「お、お父さん」

 

 

 

 シンジの伴侶はシンジの胸に顔を埋め、その場を離れなかった。

 

 「シンジ、シンジ......」

 

 

 

 

 

 

 碇シンジ、享年86歳。

 

 

 誰よりも他者を遠ざけ、誰よりも他者を受け入れた激動の生涯だった。

 

 

 

 

 

 

 

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