さて、長らくお待たせしました。第8話の投下です。
せっかく白黒オセロカラーの魔戒騎士がそろったんだし、と共闘させてみたら、思ったより長くなって自分でびっくりしました。そういうわけで前後篇に分けました。
パオリンの話なのに、彼女の出番が思ったより少なくってびっくり。兎の家にお泊りなのに、兎の出番も少なくてびっくり。
ホラー戦に、どうパオリンを絡ませようかと思った末路がこのザマです。
これでヒーローズはみんな魔戒騎士のことを知ってることになりますね。ジェイク戦への布石はこれで万端。
読み直して、ちょっと折龍っぽいかな?とは思いましたが、このままいきます。リンリンコンビはかわいくていいですね。
魔導馬轟天は次回登場予定です。いいなあ、轟天。早く書きたい
その身に宿すは同じ血肉、
その目に映すは同じ蒼天。
なれど異なるその思い。
重なる時は、いずれか来たらん。
――魔戒詩編第七十一節より
#8. 遠想~竜の思いと、虎の思い~
「アハハハハッ!今日も大成功!」
大きなバッグの中身――札束がぎっちり詰まったそれを覗き込みながら、彼女たちは歓声を上げた。
豪華なホテルのスイートルームである。
カラーリングが違うだけの、そっくりな三人の女性である。
「これだからやめられないんだよね!“ベビーシッター”!」
にやにやと笑いながら、彼女たちは金の使い道を検討する。
「ねえ!私、あのアクセ欲しいな!
あ、新しい服だって!」
「アタシはバッグかな。今使ってるのダサイもん。」
「えー。この間買い換えてなかった?」
「流行遅れになったのよ。」
その時、すっと彼女たちの一人が立ち上がった。
「×××、どこ行くの?」
「煙草切れたから買いに行ってくるのよ。
ついでにいい男捕まえて、イイコトしてくるわ。
・・・あんたたちも来る?」
彼女の問いかけに、他の二人は苦笑しながら首を振った。
「×××も好きよね。」
「ほどほどにしてよ。明日も予定入ってるんだから。
“ベビーシッター”の。」
止める気はないらしい。
彼女は笑って頷くと、部屋を出て、エレベーターを使い、下に降りてホテルを出る。
ホテルから少し離れた、とあるバー。
「ちょっと隣いいかしら。」
「ん?
・・・!」
グラスを傾けていた男は目を瞠った。
隣に腰掛けたのは、豊満な体つきに、美しい顔の女性だった。
身体にぴっちりとフィットした服は露出も多く、ともすれば挑発しているようにも見える格好だ。
「ああ、かまわないよ。一人で飲むのはさびしいからね。」
仕事帰りだろう。ビジネスマンは動揺を押し隠そうというかのように眼鏡を押し上げながら答えた。
「ええ。私も一人で飲むのはさびしかったの。」
それから二人はしばらく他愛のない話を続けた。
しばらくして、女が口を開いた。
「ねえ。一人でトイレに行くのがさびしいの。一緒に来てくれないかしら。」
あからさまな誘い文句だったが、男は気にした様子も見せずに、しょうがないなと笑いながら席を立った。
そうして連れ合った二人が男女共用のトイレに向かい。
個室に二人一緒に閉じこもるなり、男は眼鏡を外し、ねっとりしたキスを交わす。
「キス、上手だね。」
「ええ。あなたも。このキスがもう感じられなくなるなんて、とても残念だわ。」
「え?」
一瞬何を言われたかわからず、男が聞き返した時だった。
女がクカッと大きく口を開いた。その妖艶な笑みが悪鬼のような形相に変じた途端。
呆然とする男の体がまるで糸がほどけるように肌色の液体と化し、女の口に吸い込まれていく。
ゴキュッと音を立てて、女は口を閉ざした。
「味はいまいちね。ゴチソウサマ。」
確か、日系人は食後にこんなあいさつを述べていたと思いながら、彼女は元の妖艶な容姿に戻り、腰を振りながらトイレを出て行った。
男の胸ポケットから零れ落ちた、ヒビの入った眼鏡だけが、トイレの床に残された。
* * *
唐突だが、イワン=カレリンは困惑していた。
所は、イワンの住まう、ゴールドステージの日本邸の縁側である。
「頼む折紙!手を貸してくれ!」
――これがジャパニーズ・ドゲザ・・・。
いつもなら興奮するはずの光景も、茫然と脳を素通りしていく。
イワンの目の前には、五体投地もかくやと言わんばかりの、虎徹の見事な土下座ポーズが広がっていた。
「ええと・・・何ゆえに?
タイガー殿?」
思わず口調が興奮した時のござる口調になりながら、イワンは問いかけた。
ちなみに、先ほど折紙と呼ばれていたが、これはイワンがヒーローになる際に決まっていた、ヒーロー名、折紙サイクロンに由来している。
エドワードの事件が解決した後、照れくさそうにそう教えてくれたイワンに、虎徹は「愛称代わりに」と言って、そう呼び出した。
イワンもおとなしくそう呼ばれるのを許容している。
閑話休題。
「俺が追っかけてるホラーが、」
『捕まらねえんだよな、これが。』
魔戒騎士の言葉を魔導輪が繋いで話す。
『あらザルバ。とうとう鼻がイカれた?
魔戒法師に診てもらったら?』
からかうように尋ねたシルヴァに、ザルバはむっとして言い返した。
『んなわけねえだろ!』
「ザルバは大丈夫だよ。
問題は、そのホラー、どうもNEXTみたいなんだよ。」
身を起こして虎徹は正座したまま腕組みして答えた。
「というか、それぐらいしか考え付かねえ。」
『こっちが接近すると、予知能力でもあるのか、感知範囲外に逃げちまうんだ。
かれこれ三日、ずっと追っかけてるけど、捕まらねえ。』
「『三日?!」』
ぎょっとする絶狼パートナーズ。
「んで、お前には申し訳ないんだけど、ちょっと手伝ってくんねえか?
頼むよ、この通り。」
再土下座する虎徹に、絶狼パートナーズは顔を見合わせた。
ややあって。
「いいですよ。」
しれっとイワンは答えた。
「タイガーさんにはお世話になりましたし、僕の方に言いつけられているホラー討伐の予定も入ってませんし。」
『イワンが引き受けるっていうなら、私が言うことはないわ。』
シルヴァも意見を述べ、ここに魔戒騎士二名のタッグが誕生したのだった。
* * *
「「「「「「「ベビーシッター?!」」」」」」
「そうよ。」
ジャスティスタワーにあるヒーロー専用のトレーニングルームにて、素っ頓狂な声を上げたヒーローズに、麗しの女プロデューサーはしれっと答えた。
彼女は、ベビーバスケットにすやすや眠る一人の赤子を連れてきて声を抑えて言った。
「最近頻発している資産家を狙った連続乳児誘拐事件に、市長夫妻が警戒されてて、お二人が外出している今日の夕方から明日の昼まで、ヒーローたちに預かってほしいそうなの。」
サムという名のその赤子が起きないように声を抑えながら説明したアニエスに、ヒーローたちは顔を見合わせた。
ちなみに、誰もが困惑を表情に浮かべる中、天然と言われるキースは「それは大変だ!」と神妙な顔をし、バーナビーは表情にこそ出してなかったが、目が明らかに「どうみても公私混同じゃないですか。それがヒーローの仕事ですか」と言っていた。
「誰か育児経験があるのは・・・いなかったわね。」
「・・・知り合いでよければ一人いるが。」
「え?」
ヒーローたちを見回して呟いたアニエスに、申し出たのはアントニオである。
「アニエスさんもよく知ってる奴ですよ。」
「・・・まさか」
思い当たったアニエスが微妙そうな顔でつぶやいた。
二十分後。トレーニングルームにて。
「んで?俺を呼んだと。」
ビジター用のIDを首にぶら下げた虎徹(イワンに協力要請をかけた直後にかかってきたアントニオの電話に応じてやってきた。)が、しげしげと眠っている赤子を見た。
「なんでタイガー?」
「何だブルーローズ。知らなかったのか?こいつは立派なパパだぞ。」
「えモガ。」
「シー。赤ちゃん、起きちゃうわ。」
驚愕のあまり叫びそうになったカリーナの口をそっと押えて、ネイサンが注意する。
ネイサンとアントニオ、そして以前ザルバの口から聞いて知っていたバーナビー以外が目を瞠る中、虎徹は顔をあげて居心地悪そうに身じろぎする。
「・・・そんな驚くようなことか?」
――そりゃこんな殺伐とした職業に加え、お前の性格じゃ、独身の方が自然だと思われてたんじゃねえの?
虎徹の中指のザルバはそう思ったが、事情を知らない子供〈パオリン〉がいるため、ただの指輪のふりに徹することにする。
変なところで子供っぽいのだから、この魔戒騎士は。
「お前にも“仕事”があるのはわかってるんだが・・・。」
「いや。」
都合がいいかもしれない。
申し訳なさそうにするアントニオに、口の中でそうつぶやくと、虎徹はにっと少年めいた笑みを浮かべて見せた。
「いいぜ。俺でよけりゃ、引き受けるよ。」
「あらあっさりしてるわね。」
彼にとって労働時間となる貴重な夜を拘束しようというのだ。ごねられるだろうと予想していたアニエスは、あっさりうなずいた虎徹に少し拍子抜けした。
「その前に、アニエス、ちょっと話をさせてくれ。」
「?」
場所をトレーニングルームの外にあるヒーローたちの待機ルーム――今は無人のそこに移し、虎徹とアニエスは二人向かい合っていた。
「それで?何よ、話って。」
「お前、その資産家連続乳児誘拐事件について、ヒーローの投入を考えてるか?」
「いいえ。なぜ?」
そんな大がかりなことにすることなく、警察で十分だろうと考えていたアニエスは、虎徹は深刻そうな表情に眉を寄せた。
「その事件が起こった夜、事件が起きたのと同じ地区で必ず行方不明者が出ているというのは?」
「ちょっと待って・・・!」
虎徹の言葉に、さっと顔色を青くして、アニエスは呻いた。
「あの化け物が、誘拐犯なの?!」
「誘拐犯に憑依しているという方が正しいな。」
「さっさと退治しなさいよ!」
「しようとしてるさ。」
苦々しげに虎徹は吐き出した。
「何か知らねえけど、必ず嗅ぎつけられて、絶対空振りに終わっちまうんだよ。
多分、そういうNEXTに憑依したんだと思うけど。」
「危機感を感じ取る、みたいな?」
「あるいは、そういう知り合いを連れ歩いてるのかもな。」
首を振った虎徹に、アニエスはふと思ったことを口に出した。
「あんたが空振りに終わるなら、警察も空振りに終わって当然か・・・。」
「魔戒騎士〈俺〉としては、警察には係わりあいになってほしくねえんだよな、あんまり。
警察が動くにしても、昼の間ならまだマシなんだけどな。」
「なぜ?」
『奴らが活動するのはもっぱら夜だ。
昼の間なら、多少ごたついても、おとなしく人間のふりをする。
それがホラーってものさ。』
突如聞こえたしわがれた声にアニエスはぎくりと体を震わせるが、すぐに不気味そうに虎徹の指に視線を落とした。
「やっぱりしゃべるのね、その趣味の悪い指輪。」
『誰が“趣味の悪い指輪”だ!“かっこいい指輪”の間違いだろうが!』
事情を話した際、ザルバのことも話しておいたが、アニエスはいまだに慣れないらしい。むっとしたザルバが抗議の声を上げる中、虎徹はひそかに以前オリエンタルタウンに帰郷した際、愛娘の楓に「お父さん、その指輪の趣味かっこ悪い。」と言われ、ヘコんだことを思い出し、再びヘコんでいた。
最強の魔戒騎士にとって一番の大敵は、身近な女性(年齢問わず)なのかもしれない。
ともあれ、一応用件を伝えきり、二人がトレーニングルームに戻ってきた時だった。
「ビエエエエエエエエンッ!!」
「うっわああああ?!」
「「「きゃぁぁぁぁ?!」」」
「うぎゃああああ?!」
赤子の泣き声と、慌てふためいてるらしいヒーローズの叫びが耳に入ってきた。
「いけない!大切なことを伝え損ねてたわ!」
「大切なこと?」
首を傾げる虎徹に、アニエスは早足でトレーニングルームのドアを開けた。
竜巻のように飛び交うトレーニングルームの内装に、目をシアンに光らせて泣き叫ぶサムと、慌てふためきながらもなんとか泣き止ませようとああでもないこうでもないとあやすヒーローたちが、そこにはいた。
「市長のお子さん、テレキネシスのNEXTなのよ。」
「そういうことは早く言えよ!」
しれっと言ったアニエスに、虎徹が高速ツッコミを入れた時だった。
「虎徹!出番だ!」
赤子を抱きながらアントニオが駆け寄ってきた。
「だっ!
そんな危なっかしい抱き方してんじゃねえよ!」
あわてて虎徹はアントニオから赤子を受け取ると、ゆらゆらと抱き動かす。
なかなかに手慣れた抱き方であるが。
「ビエエエエエエエンッ!」
ブワワワワワワッ!
「全然泣き止まないじゃない!」
赤子は泣きやもうとせず、カリーナがぶつかってきそうな鉄アレイから能力を使って作った氷の壁で身を守りながら叫んだ。
「お、おかしいな・・・?」
――たぶん、そりゃ、俺のせいだわ。
微妙に口元をひきつらせる虎徹をよそに、口に出さずに思ったのはザルバである。
赤子や子供というのは感受性が強く、無意識に“陰我”やホラーの存在を感知してしまうことがある。いかに魔導輪という形であっても、ザルバも立派なホラーである。ザルバの存在を感じ取って、赤子は危機感をあおられ、泣きやまないのだ。
――楓嬢ちゃんの時もそうだったからな~・・・。
楓が赤子だったころも、ザルバが虎徹の指にはまっていると、不機嫌になっていた。おかげで虎徹は楓と暮らしていた頃、屋敷にいるときはザルバをストックホルダーに置いているのが日課になっていたものだ。
「だっ!
ダメだ!パス!」
虎徹は顔をあげ、ヒーローたちを見回すが、みんないっせいに首を振る。
虎徹とアニエスが戻ってくるまで、彼らもいろいろとあやしたのだが、赤子――サムは受け付けようとしないのだ。
「誰かサムを抱っこしてないのは?!」
虎徹の問いに、全員の目が一斉に一人に集中した。
黄色のトラックスーツに身を包んだ、十代前半の、ミルクティー色の髪の少女――ホアン=パオリンに。
「ぼ、ボク?!だ、ダメだよ!」
「やってみなきゃわかんねえだろ?!」
慌てふためくパオリンに、虎徹はサムを渡した。
途端に、サムはぴたりと泣き止み、くりくりした栗色の瞳で彼女を見上げた。
「何だ、いけるじゃないか。」
全員ホッと肩から力を抜く。
空中乱舞していたトレーニング器具が重々しい音を立てて落下するのをよそに、パオリンは戸惑いながらも腕の中の赤子に微笑んだ。
「・・・ニイハオ。」
* * *
「ああ。協力を仰いでおいてなんだが、ちょっと野暮用で合流が遅れる。
・・・例の事件に巻き込まれる可能性が高い子供の護衛だ。
一応バニーがいるが、何が起こるかわからないからな。
・・・ああ。じゃあ、後で。」
プツッと通話を切ると、虎徹はスマホをコートのポケットにしまう。
通話相手は言うまでもなく、協力相手のイワンである。
そうして彼は電話のために借りていたトイレを出て、キッチンへ向かう。
「なんで僕の自宅なんですか。」
「いいじゃねえか。おまえんち広いし、物少ないからさ。
俺んちはダメ。物騒すぎる。
それに、パオリン一人に預けるわけにもいかないだろ?」
納得いかない様子で、スーパーの袋から食材を出していくバーナビーがぶつぶつと文句を言うのを、虎徹はまあまあとなだめる。
所は二人の会話から察せられると思うが、バーナビーのマンションである。
パオリンはリビングでサムの相手をしている。
「物騒って」
『魔戒騎士やホラー関係の書籍とか、結界などを張るための呪符とか、秘薬とかが、あの家にはあるんだよ。
一応しまっちゃいるが、そういうものがテレキネシスが発動してめちゃくちゃになったら、目も当てられねえんだよ。
魔戒騎士の使うアイテムは、一般人には劇薬みたいなものも多いしな。』
口をはさんだのはザルバだ。
「・・・そんなに危険なんですか?」
「バニーちゃん、ちょっと。」
あまり実感してない様子のバーナビーに、虎徹は手招きした。
「僕はバニーじゃありません、バーナビーです。
・・・何ですか。」
「これ、おじさんの武器。ちょっと持ってみなさい。」
「何なんでうわっ?!」
ゴトンッ!
虎徹に、傍に立てかけておいた退魔の剣を鞘ごと渡されたバーナビーは、ひとたまりもなかった。驚愕とともに、剣を取り落したのだ。
「これは・・・?!」
バーナビーは床に落ちた剣に手をかけ、再度持ち上げようと試みた。
しかし、剣はまるで床の一部であるかのようにびくともしない。
ヒーローとして鍛え上げている筋肉が軋み、汗が浮き上がっても、剣は動かない。
「これ・・・何なんですか?!」
「この剣は、ソウルメタルっていう特殊な金属でできてるんだよ。
魔戒騎士の訓練を受けてないと、この剣は超重量に感じられて、まず持ち上げられない。」
言って虎徹はひょいっと何事もないかのように丹塗りの鞘を持ち上げた。
「おじさんの家には、こんな感じのものがけっこうごろごろしてるんだけど。」
それは育児には不適当な環境だ。
退魔の剣を再び脇に立てかけながら、しれっと言った虎徹に、瞬時にバーナビーはそう結論を出した。
「とりあえず飯の支度をするか。
バニーはパオリンたちの方を見に行け。」
「・・・わかりましたよ。」
腕をまくる虎徹に、駄々をこねるのもあほらしいと、バーナビーはおとなしくうなずいた。
* * *
リビングでは、パオリンがたどたどしい手つきながらもサムをあやしていた。
――ああしてると本当に普通の女の子に見えるな・・・。
とてもカンフーで悪人をなぎ倒す高ランクヒーローには見えないと、バーナビーがこっそり思った。
と、唐突にサムがぐずりだした。
NEXTテレキネシスが発動し、サムのための育児用品と、テーブルの上に置いといたバーナビーのわずかな私物が浮かび上がる。
「な、なんですか?!」
「え、ええと、ミルクはさっきやったよね?!
あ!おむつ!」
ぎょっとしておろおろするバーナビーをよそに、パオリンは早くもコツを飲んだらしくてきぱきと使い捨ての紙おむつを取り替える。(ちなみにおむつの取り換え方を指導したのは虎徹である。)
サムは何とか機嫌を直し、二人がほっと一息ついた時だった。
コトンッ。
パオリンのトラックスーツのポケットから、紫のビロードの小箱がバーナビーの前に零れ落ちた。
「あ!」
あからさまにしまったという顔をするパオリンだが、落ちた拍子に蓋の空いた箱は中身を外に見せていた。
紫の小さな花のついたヘアピンだった。
「かわいいヘアピンですね。
ご両親からですか?」
一緒に零れ落ちたメッセージカードからそう察したバーナビーが箱を拾い上げながら言うと、パオリンはあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「かわいいって言わないでよ。
ボクがつけたって・・・きっと似合わないよ。
そんなの贈られたって、困るし・・・。」
「御両親から贈られたものは、大切にした方がいいですよ。」
らしくない、と思いながらも、バーナビーはそう言った。
自覚していなかったが、おそらく彼は親の存在に対する羨望があったのだろう。彼女はまだ、自分のように亡くしてない。いつだって、大事なもののありがたみを知るのは、失くしてからなのだ。
しかし、バーナビーの事情を知らないパオリンは納得できなそうだ。
「でも・・・。」
「ひょっとしたら、何かメッセージでも込められてるのかもしれませんね。」
「メッセージ?」
ぽつりとつぶやいたバーナビーに、パオリンはしげしげとヘアピンを見つめた。
紫の小さな花は、紫苑だ。
何だろう?理解できなくて首をひねって考え込むパオリンをよそに、チャーハン三皿を持ってリビングに虎徹が入ってきた。
「よお、お待たせ」
「ビエエエエエエエエン!」
「どうしておじさんが入ってくると途端に泣き出すんですか?!」
「あああ!悪い!多分、ザルバのせいだ!
外してくる!」
途端にサムが泣きだし、テレキネシスによってチャーハンが空中乱舞し出したところで、虎徹は楓が赤子だったころのことを思い出したらしく、急ぎキッチンに引き返し、ザルバに謝りながら彼をキッチンテーブルの上に置いた。
ちなみに、パオリンは“ザルバ”が何のことかわからず怪訝そうに首をかしげていた。
そのころには、チャーハンはリビングの床に散らばって、ただの残飯と化していたことを述べておく。
* * *
眠ってしまったパオリンとサムを自分のベッドに運んでシーツをかけてから、バーナビーはリビングに戻ってきた。
「悪いな、シャワールーム借りちまって。」
「いえ。」
お気になさらずに。
そう言おうとした言葉が喉元で引っかかったように、バーナビーは言葉を詰まらせた。
湿った黒髪にガシガシとタオルを当てる虎徹は、下半身こそズボンを着ていたが、上半身は裸で、細身ながらも鍛えられて筋肉のついたその褐色の肌は大小さまざまな傷跡がいくつも目に付いた。
特に凄惨なのは、右肩にある大きな爪痕だ。熊にでも引っかかれたとしか言いようがなかった。
「!
ああ、みっともないもの見せちまったな。」
バーナビーの視線に気が付いたのか、虎徹は右手に抱えてたレザー服をすぐに羽織って傷跡を隠す。
「どうしたんですか・・・それ?」
「若気の至りってやつ。
大丈夫。もう痛くねえよ。」
ヘラリと笑う虎徹。
今更ながら、バーナビーは目の前の男が日夜化物と闘争を続けていることを思い知らされた。
「バニーがそんな顔することねえよ。
この傷は自業自得みてえなもんさ。」
ぽんぽんと頭を撫でられ、バーナビーはすぐにその手を振り払った。
「子ども扱いはやめてくださいよ、おじさん。」
こちらが殊勝な態度を見せればすぐこれだ。
むっとしたバーナビーが文句を言うと、虎徹はタオルを肩にかけたまま、「そう言うなって」と笑いかける。
「・・・ずいぶん、頑張ってたんだな。」
「あ・・・。」
虎徹の視線に気が付いた。
あの後も何度かテレキネシスを発動させたサムの相手をするうちに忘れていたが、どうやら、バーナビーが調べまわっていたウロボロスに関するデータベースがいつの間にか開かれていたらしい。
テーブルの上に青白く光るウィンドウに、バーナビーが目を付けたウロボロスがらみと思われる、いくつもの事件の記事が表示されていた。
「・・・反対、しないんですね。」
「何を?」
「僕はヒーローなのに、両親の復讐を優先しようとしてるんですよ?」
この理想主義者のような魔戒騎士が知れば、きっと何か言うに違いないと思っていたのに。
恐る恐ると言った様子で尋ねたバーナビー。
「どんな目標でも、それが生きる支えになるなら、それは誰にも邪魔することができない、正当なものだと思う。人様に迷惑をかけなければ、って付くけどな。」
ヘラリと笑って言うには重い言葉を口にしながら、虎徹は答えた。
「まあ、そんだけだよ。
ああ、俺、そろそろ行かないと。」
完全に服を着こむと、虎徹はキッチンに向かい、ザルバを指につけ、退魔の剣を持つ。
「・・・やっぱり今日も仕事の予定があったんですか?」
うすうすそんな予感のしていたバーナビーに、虎徹は静かに頷いた。
「折紙――イワンと待ち合わせしてんだ。
朝には戻ってくる。」
そういうと、虎徹は玄関に向かい、コートから取り出した怪しげな札を壁や天井にごそごそと貼り付けだした。
「何ですか?これ。」
「界符。ホラーが入ってこれないように結界を施したから、この家にいる限り、とりあえず今晩は大丈夫。
わかってるとは思うけど、外に出るなよ。」
「わかってますよ。」
虎徹の忠告を無視してホラーに襲われるのは、観覧車倒壊事件の時に懲りた。
むっつりとバーナビーはうなずいた。
「パオリンたちをよろしくな。」
「ええ。」
頷いたバーナビーに手を振って、虎徹はマンションを出た。
* * *
「待たせたな。」
「バーナビーさん、お元気でしたか?」
不夜都市の名前らしく街灯で明るい道を二人並んで歩きながら、魔戒騎士二人は、何気ない会話を交わす。
「元気元気。前はちょっと不安定だったけど、今は元通り安定してる。」
精神的に安定してれば、バーナビーに問題はない。
イワンの問いに虎徹は笑って頷いた。
『そろそろだな。』
『そろそろね。』
それぞれの魔導具が、獲物の匂いをかぎ取り、それを告げた。
「折紙、お前はそっちの道から行け。
俺はこっちから奇襲を試す。」
「はい。」
イワンが頷いたところで、虎徹はワイヤーを繰り出してビルの上に飛び、白と黒の影は二手にわかれた。
夜中。ベッドの上で惰眠をむさぼっていた彼女ははたと気が付いた。
何かくる。自分たちの邪魔をしようという、危険なにおいだ。
「△△△!○○○!起きて!」
急いで仲間たちを叩き起こす。文句を言う彼女たちに危険が迫っているのを告げれば、皆一斉に顔色を変えた。
「私たち、一人でも欠けてしまえば、明日の“ベビーシッター”の予定が台無しになるわ!」
「何なのよ、この間から!今日でもう四日目じゃない!」
文句を言いながらも、彼女たちは手早く着替え、部屋を飛び出すと地下駐車場に停めておいたキャンピングカー(フロントに預けている鍵はダミーだ)のエンジンをかけ、飛び出した。
その数分後、入れ違いになるようにホテルの前に到着した白と黒の魔戒騎士二人が空振りを察したのは、言うまでもなかった。
『話以上に難儀な奴のようね。』
「なんて逃げ足の速い奴なんだ・・・。」
唸るように言ったシルヴァと、がっくり肩を落とするイワン。
ホテルから少し離れた路地裏で、二人と二つは顔を突き合わせてため息をついた。
もう追いつかないところまで逃げられたに違いない。今日の追跡は断念だ。
「どうすっかなぁ・・・。」
頭を掻いた虎徹に、ザルバが口をはさんだ。
『虎徹。こうなりゃ、兎坊やを餌に使うしかねえよ。』
「だっ!そんな必要ないだろ?!」
『それは無理よ。』
反対の意見を述べたのはシルヴァとイワンだった。
「バーナビーさんはヒーローとして顔が知られてます。
あのホラーが資産家連続乳児誘拐事件の犯人だとしたら、いくら垂涎物の餌が目の前にあっても、警戒して寄ってこないと思います。」
極上の珍味一つと引き換えに拘束されるのと、自由に餌が調達できる自由の身と、どちらがいいのか考えれば、答えはおのずと出るだろう。ヒーロー〈バーナビー〉を狙うということは、周囲に他のヒーローがいるかもしれないのだから。
『八方ふさがりかぁ?』
「・・・いや。」
ザルバが降参と言いたそうにうめいたところで、しばし考え込んでいた虎徹は苦虫をかみつぶしたような顔をしながらも、顔をあげた。
「“手”はある。」
虎徹の流儀に反する、危険な方法だが。
* * *
その日の朝。
「うぅん・・・。」
カーテンから差し込む朝日に、パオリンは目を覚ましてベッドから起き上がると、大きく背伸びした。
カチャッと彼女はリビングに続く扉を開いて。そのまま盛大に呆れた。
辺りに散らばる酒瓶と、大の字にひっくり返ったいい年こいた大人二名。(しかもそのうち一人は、クールでスマートをウリにしているヒーローだった。)
「お酒臭っ。」
顔をしかめると、彼女はお手洗いに向かい、用を足してから簡単に髪を整える。寝癖が付いていてはみっともない。
『かわいいヘアピンですね。』
バーナビーの言葉を思い出し、パオリンはそっとポケットからヘアピンの入った小箱を取り出した。
鏡に映る自分の顔をヘアピンを見比べるが。
「・・・やっぱりかわいい物なんて、ボクには似合わないよ。」
ぽつりとつぶやいて、パオリンは小箱をしまった。
ホアン=パオリンは、オデュッセウスコミュニケーション所属の最年少ヒーロー、ドラゴンキッドである。稲妻カンフーマスターのキャッチフレーズのとおり、雷撃を操る能力と、カンフーで悪人をなぎ倒し、高ポイントを稼ぐ、将来有望なヒーローだ。
しかし、そんな彼女にも悩みはある。
自分らしくが一番と思っているのに、保護者代理を務めるナターシャをはじめとした周りの人間から、もっと女の子らしくした方がいい、と折につけて言われるのだ。
こんな稲妻を自在に操って、大食いで、カンフー使いの子供が無理に女の子ぶったって、かわいいはずがないのに。
かっこいいって言われるならまだしも。
両親から贈られてきたヘアピンを見るたびに、そう考えてしまうのだ。
ともあれ、ざっと身だしなみを整えたパオリンが寝室に行くと、サムも起きていた。
キョロキョロと見まわしてパオリンを探していたらしく、彼女を見かけると、「だぁ♪」と愛らしく微笑んだ。
「散歩にいこっか。」
ダメな大人たちはほっといて。
という副音声が聞こえてきそうな笑顔で言うと、パオリンはサムを抱えて玄関に向かう。
「? 何これ?」
彼女は玄関のわきに何枚か貼られた界符に目ざとく気が付いた。
彼女の国の文字によく似た不思議な記号が書きなぐられた、お札のようにも見えるそれを一瞥して首をかしげた。
「昨日までこんなの貼られてなかったのに、変なの。」
しかし、気にした様子もなく、彼女はサムを連れて朝の涼しい空気の中に繰り出した。
ガチャンッと重い音を立てて玄関のドアが閉まる。
残されたのは、ダメな大人扱いされた二人の男。いまだに夢の国の住人となっているバーナビーと、虎徹であった。
* * *
――やっぱりこの男に関わらせるべきじゃなかったわ。
二人とも無事だったからよかったようなものの。
身代金の受け渡し場所となっていた港の倉庫から出てきたサムを抱きかかえたパオリンと、彼女を連れた虎徹に、警察へ連絡したアニエスはケータイ(パワードスーツの襲撃でダメにされたので、同じ型のものに新しく買い換えた)をたたみながらそう思った。
案の定というかなんというか。
朝の散歩に出たパオリンとサムはそのまま件の連続誘拐事件の犯人(よく似た名前と背格好、加えて顔もよく似た三姉妹だった)に誘拐されたのだ。
市長夫妻が戻ってくるまでに何とかするということで、バーナビーによって立案された救出作戦に従い、アニエスが保護者の身代わりをするものの、なぜかすぐに嘘と見破られてしまい、バーナビーも虎徹も犯人たちの追撃に失敗してしまったのだ。
もうだめかと思われたが、捕まっていたパオリンとてヒーローである。犯人の使う電撃銃〈スタンガン〉をものともせず、逆に返り討ちにし、サムも泣きわめいて発動したNEXT能力で犯人たちに倉庫内のものを片っ端からぶつけて気絶させ、無事帰還となったわけである。
「バーナビーは?」
一緒に引き渡し場所に向かったはずの若きルーキーの姿が見当たらないと思ったアニエスが尋ねると、パオリンと虎徹は二人そろって顔を見合わせた。
どう話したものかと言いあぐねているようだ。
ややあって、虎徹は口を開いた。
「あー・・・ロケット花火第二弾?」
「というか、ハンサムエスケープ?」
そういえば、先ほど倉庫のトタン屋根を突き破って青白い何かが打ち上がったような気がしたが、そういうことか。
二人の言い草に、アニエスはきれいに納得した。
――ルックスはきれいだけど、だめね、あの子。
あの情緒の不安定さがあっては、ヒーローとして長続きしないだろう。
「ちなみに、なんでそうなったの?」
「「さあ?」」
アニエスの問いに、二人一緒に首を振る。
しかし、虎徹には思い当たる節があった。
――ひょっとしたらフラッシュバックかもな。
倉庫の中は、灯油でもあったのか、虎徹たちが突入した時は火の海だった。
犯人を制圧し、虎徹が敵の武器である電撃銃を押収したところで、バーナビーは顔色を変えて、能力を発動、空高く打ち上がってしまったのだ。
一生モノのトラウマは、ふとした拍子によみがえり、いたずらに人を苦しめるということを、虎徹は知っていた。
ともあれ、虎徹は危険な目にあうと知りながら、家の外に出してしまったパオリンに謝った。
「ごめんな、パオリン。」
「このくらい大丈夫だよ。ボク、ヒーローだもん。
サムもいたしね。」
にっこり笑うパオリンに、虎徹は「そうだな。」と頷いたが、内心はちっとも慰められた気にならなかった。
家の外に出れば、高確率でサムが誘拐されることは、虎徹には容易に予想できた。
そこで、虎徹は一計を案じた。
言葉巧みとまではいかなくても、それなりに図々しいところのある虎徹は己の押しの強さをここぞとばかりに押し出し、バーナビーを酒攻めにして無理やり寝かせ、自身も寝こけたふりをする・・・つもりだったのだが、酔いが回ったのと日頃の習慣のせいで完全に寝こけてしまった。
子どもというのは酒の味がよくわからないものだ。酒の匂いに嫌気を感じ、おそらく外出するに違いないという計算のもとに。
後は彼女たちが誘拐されれば、ヒーロー・・・少なくともバーナビーは救助に動くはずだ。昼間はホラーとしてふるまえないから、その間に警察に引き渡せば、居場所を留置所に固定することができる。それさえできれば、いちいち夜中に逃げられることがないのだ。
つまり、虎徹は護衛対象を自分の仕事の餌として利用するという、彼の信条に反する行動をとってしまったわけである。
まさか誘拐犯が三人とは思わなかったが。しかし、そのうち一人は確実にホラーだろう。
結果的には二人とも無事であったものの、虎徹がパオリンとサムに罪悪感を感じないわけがなかった。
閑話休題。
己の狙いを見破ってはいないのだろうが、アニエスが全く笑ってない目でこちらを見てきている。
あの得体のしれない化物に、最年少ヒーローが一人で立ち向かうことになっていたらどうするつもりだと言わんばかりである。
「・・・とりあえず、いったんジャスティスタワーに報告に向かうわよ。」
後で説明してちょうだい。
全く笑ってない目で、そう言いながら、アニエスは颯爽と歩きだした。
* * *
迎えに来た市長夫人はほっとした表情でサムを受け取り、微笑みながら帰って行った。
パオリンはそれを見送りながら、胸に一抹のさみしさがよぎるのを感じ、小さくうつむいた。
しかし、同時にこうも思った。少しの間離れてたサムとお母さんも、あんなに思いあってた。自分の両親も、ひょっとしたら・・・。
パオリンはポケットからヘアピンの入った小箱を取り出すと、それをしげしげ眺め、ややあって、ナターシャに言ってネットを開くといそいそと調べ出した。
そんなパオリンをよそに、虎徹とアニエスは再びヒーローたちの待機ルームでああでもないこうでもないと話していた。
「とにかく!犯人が捕まった以上、居場所が確定してて、逃げられないんだから、さっさとあの化物を退治してちょうだい!」
「ずいぶん積極的だな・・・。」
寝こけていたという虎徹の言い訳をため息交じりに信じてくれたアニエスが次に突きつけたのはそんな要求だった。
「当たり前でしょう!
またこの前みたいに生放送の番組に乱入されて、台無しにされたくないのよ!」
アニエスは、どうやら以前の犯罪アジト一斉検挙事件の時の虎徹の乱入をきっちり根に持っているらしい。
「わかったわかった。
場所はサウスブロンズにある警察署の留置場でいいんだな?」
「ええ。
・・・一応聞いておくけど、そこに入るアテはあるのかしら?」
「大丈夫。初めてじゃねえよ。」
化物退治のために、犯罪やった〈不法侵入した〉ことを自白しやがった、この男。
HERO TVプロデューサーは顔が引きつりそうになったが、すぐに元通りの澄ました表情に戻る。
大事なのは確実に視聴率を稼ぐこと。そしてそのためにはあの化け物は邪魔な存在で、それを駆除できるのは現時点ではこの男のみ。多少の問題には目をつぶった方がいいだろう。アニエスはそう考えて、何も言わないことにした。
* * *
日が沈み、夜のとばりが不夜都市に訪れる。
「おきれいな顔して、連続乳児誘拐犯だと。」
「あーあ。まったくとんだ連中だぜ。」
警官たちがぶつぶつ文句を言いながら見張るのは、個別に取調室に隔離された件の誘拐犯の三姉妹である。
「今までどうやって捜査を躱して来たんだ?あいつら。」
「NEXTらしいぜ。
マリーとかいう長女が“危険”、リリーとかって次女が“嘘”、末っ子らしいメアリーが“お金”をそれぞれ臭いで嗅ぎ取れるんだとさ。」
「はー!そりゃ、犯罪にはうってつけだ!」
金の臭いをかぎ取って交渉材料を手に入れ、嘘と危険をかぎ取って警官などの捜査を躱す。これ以上ない組合せだろう。
「ま、単品じゃ何もできないだろうけどな。」
『そうかしら?』
耳元で聞こえた女の声に、しゃべっていた警官の一人が振り向いた。
トス。
軽い音と首筋に感じた針が刺さるような鋭い痛み。それが、男が感じた人間としての最後の記憶だった。
勉強を終えたパオリンは、保護者代わりのナターシャとともに少し遅めの夕食に繰り出していた。
今日はベビーシッターをがんばったからという理由で奮発してもらえるのだ。いつもより少し多めにおかわりしよう。
ルンルン気分でナターシャの後を歩いていたパオリンがふと顔をあげると、見覚えのある白いコートの後ろ姿が目に入った。
――あれって・・・。
時々みんなと一緒にいる、タイガー(本当は鏑木何とかって名前らしい。)とかって人だ。昨日もベビーシッターを手伝ってくれた。おむつの替え方やミルクの作り方はあの人がいなかったら、思うようにならなかっただろう。
――でも・・・。
パオリンの中の、直感的な部分がささやくのだ。
あの人には何かある。危険で、摩訶不思議で、それでいて魅力的な何かが。
そういえば、サムはあの人が近くにいると必ず泣き出していた。あの子も何か感じたのだろうか?
少しお腹が空いたけれど、勉強中におやつ(大ぶりな肉まんを三つ。大の大人なら一つで満腹になりそうな代物だった。)も食べたから、まだ我慢はきく。
――ごめんね、ナターシャ。
申し訳なさと多分怒られるだろうと思いながら、パオリンは気配を殺して、おしゃべりしながら先を歩くナターシャにそっと手を合わせ、方向転換すると、白いコートの後を追い始めた。
――つけられてる。
虎徹が尾行に気が付いたのは、ブロンズに降りてからだった。
これからホラー狩りに行くには、尾行がいるのはまずい。
――誰だか知らないが、遊園地に行くわけじゃないんでな。
虎徹は素早く路地裏に身をひそめると、イワンとの待ち合わせ場所に向かうべく、ワイヤーを繰り出し、空に舞った。
「飛んだ!」
パオリンは驚きながらもすぐに追いかけた。
ダテにヒーローなどやっているわけじゃない。
すぐそばにあった鉄パイプを使って棒高跳びのように跳び上がると、そのまま壁をよじ登り、ビルの上を走って、先を行く白いコートの後ろ姿を追いかける。
――あのコート、目立って便利だな・・・。
とパオリンが思っていたかは定かではない。
「タイガーさん!」
「折紙!待たせた!」
「いえ。僕も来たばかりですが・・・。」
警察署の前に降り立った虎徹とイワンの、黒白の魔戒騎士は二人そろって顔を警察署の方へ向けた。
『ホラーの気配しかしないわ、ここ。』
『気をつけろ。中はホラーの巣窟だぞ。』
唸るように魔導具たちが言った。
「開き直られたか。」
「迎撃準備万端って感じですね。」
苦々しく言った虎徹に、イワンは緊張に表情をこわばらせながら答えた。
「悪いな、こんなことに付き合わせて。」
「いえ。いい経験になりますから。」
二人とも互いの得物を取り出しながら言った。
虎徹は退魔の剣を、イワンは退魔の双剣を、それぞれ手に携える。
「んじゃ。」
「行きましょう。」
そうして白と黒の二人はホラーの巣窟と化した警察署に踏み込んだ。
「ここ・・・。」
息を切らしながらもなんとかコンクリートジャングルを突破したパオリンがたどりついたのは、虎徹たちが踏み込んだ警察署だった。
「なんで警察署?」
と、ここで彼女は異常に気が付いた。
「あれ?明かりが・・・。」
警察署は夜間相談も受け付けているから、夜遅くでも明かりがついているはずだ。
まして今は夜の八時前後。充分通常営業の範囲に入る時間帯なのに、なぜ真っ暗なのだろうか。
パオリンが怪訝に思った時だった。
・・・ギィンッ!ギギィィン・・・!
何か、鋭い金属を打ち合う音――時代劇とかで目にする、剣撃のような音が聞こえてきた。
かすかな物だったが、耳のいいパオリンには十分察知できる音だった。
「何、あの音・・・。」
好奇心に駆られたパオリンは、警察署の扉をくぐった。
警官の姿をしたまま、うつろに拳銃やら押収したらしい凶器の類を向けてくるホラーを剣で斬り捨てながら、虎徹とイワンは奥へ奥へと向かう。
受付を兼ねたエントランスは、女性警官や相談に訪れていた会社帰りのサラリーマンすらホラーと化していて、給湯室にあったらしい包丁を片手に襲いかかってきた。
それらすべてを返り討ちにするのは、かなり心が痛んだが、それでもやらなければならなかった。
「大丈夫か、折紙。」
「は、はい。」
小さな会議室らしい空き部屋で息を整えながら尋ねた虎徹に、イワンは青い顔であったが、それでも気丈に頷いた。
彼はここまではっきりと人間の姿をとどめ、人間と同じ戦法で戦ってくる相手と戦うのは初めてらしい。
「無理はするな。
俺もきつかった。」
「経験、あるんですね・・・。」
「まあな。同じくらい、失敗しそうになった。」
尋ねたイワンを、和ませようとするかのようにヘラリと笑う虎徹。
「大丈夫です。」
大きく息を吐いて頷きながら、イワンは振り向きざまに右手を一閃した。
ヒュンパッ!ガツッ!
『ゴアガッ?!』
額のど真ん中にソウルメタル製の十字手裏剣が刺さり、ドアから顔を出していた警官ホラーがひっくり返ってあっという間に砂と化して消えた。
「僕も、魔戒騎士ですから。」
『いつまでも坊や扱いはやめてちょうだい、おじさん。』
しっかりした顔で言ったイワンに、シルヴァがからかうように付け加えた。
「なら、休憩は終わりだ。先を急ぐぞ。」
砂の中から手裏剣を拾い上げたイワンに言いながら、虎徹は拳銃から放たれた弾丸を退魔の剣ではじき、廊下の奥にいるホラーめがけて肉薄する。
ザシュッ!
ガウガウンッ!ギンギン!
ドゴッ!
そのさらに奥にいた警官ホラーが拳銃を撃ってくるが、虎徹はそれらも剣ではじいて防御し、標的を蹴倒し、銃を手放させる。
ブン。スパンッザシュッ!
イワンはというと、虎徹の暴れる廊下の反対側から現れた刑事らしきスーツ姿の男のホラーが金槌を持って殴り掛かってきたのを、金槌の柄を退魔の双剣で切り飛ばし、そのままもう一つの刃で首を掻き斬った。
獅子奮迅の活躍を見せながら、二人の魔戒騎士は討伐目標がいるだろう上の階へ歩を進めた。
「何これ・・・?」
呆然と言った様子でパオリンは警察署のエントランスを眺めた。
暴徒でも暴れたかのような、すさまじい光景だった。
事務用の机や椅子は蹴倒されてひっくり返っているし、待合のベンチもガタガタ。
そこらじゅう砂まみれだし、それに加えて包丁や金属バットなどの刃物や鈍器が転がっていることもおかしい。
ここまで来て、丸腰でいいはずがない、とパオリンの中の第六感はささやいた。パオリンは転がっていた金属バットを拾う。
いつもヒーローの時に使っている竜の飾りがついた棍棒よりも遥かに短いが、ないよりマシだ。
ついでにナターシャに連絡を取ろうとPDAを起動させるが。
「え?!」
シュテルンビルト内だったらどこにいてもつながるはずの通信が、まったくつながらず、『電波が届かないか、電源が入っていません』という無情な表示がされるだけだ。
建物内にいるからだろうか?外に出て連絡を入れようと扉に歩み寄ろうとした時だった。
『は~い、生意気な魔戒騎士さんたち!こんばんは~!』
やけにキャピキャピした、それでいていやというほど聞き覚えのある声が、天井についている館内放送用のスピーカーから流れだした。
『ちょっともったいなかったけど、この建物の人たちは、仲間になってもらったわ。
歓迎会はどうだったぁ?』
「最っ悪だぜ。」
「なんてむごいことを・・・!」
悪態をつく虎徹と、強く退魔の双剣を握りしめるイワンをよそに、館内放送の声は言葉を続けた。
『ひとつ面白いことを教えてあげるわ。
今、この建物に、女の子が一人入り込んできたわ。』
「「?!」」
『ゲームをしましょう!私たちがその子を先に殺したら私たちの勝ちよ!
そっちの勝利条件は・・・言うまでもないわよね?』
「ふざけんな!」
言うだけ言ってとぎれてしまった放送に、虎徹は顔を怒りにゆがめるが、すぐに思考を切り替える。
「折紙!お前は引き返して、ここに入ってきたっていう女の子を助けに行け!」
「タイガーさんは?!」
「俺は」
ザシュッ!
「頭目〈ボス〉を叩き潰してくる。」
振り向きざまに釘抜きを振り上げていた刑事ホラーを剣で斬り捨てながら、虎徹はふてぶてしく宣言した。
* * *
「マカイキシ・・・?
“女の子が一人入り込んできた”って・・・ボクのこと・・・?」
戸惑いながらパオリンがつぶやいた時だった。
ガタッ。
ひっくり返った机の向こうから、物音が聞こえた。
「だ、誰?!」
パオリンは叫んだが、エントランスは水を打ったように静かだった。
――とにかく、いったん外に出よう。
パオリンはガラス張りの扉を押したが、入ってきた時と違い、今度はうんともすんとも言わない。
「どうして?!」
ぎょっとするパオリンは、背後に誰かが立ったのに、気づくのが遅れた。
ヒュガツッ!
「わあ!」
振り下ろされたゴルフクラブを、パオリンは間一髪でかわすことに成功した。
よけなければ今頃彼女の頭はスイカのように砕けていたに違いない。
ぞっとしたパオリンが見た襲撃犯の正体は、うつろな目をしたスーツ姿の女性だった。
「ど、どうしたの?!なんでこんなことをするの?!」
後ずさりながらパオリンは叫んだが、女性は答えずに再びゴルフクラブを振り上げた。
「く・・・ごめんなさい!
サァァァッ!」
バチバチバチッ!ドホォッ!
謝りながらパオリンは金属バットを構えつつ能力を使い、電撃を纏わせると、女性めがけて一撃を喰らわせた。
普通の人間なら、これだけで感電して動けなくなるはずだ。
普通の人間なら。
腹を強打され、女性は吹っ飛ばされて倒れこんだが、すぐに何事もなかったかのように立ち上がると、再びゴルフクラブを手に取り、パオリンに向かって振り上げた。
「嘘っ?!」
パオリンが仰天する間もなく、エントランスに次々と人影が現れる。
みんな手に金属バットなどの鈍器やら包丁のような刃物を携え、うつろな目でパオリンに迫ってくる。
「く、来るなぁぁぁぁぁ!!」
バヂバヂバヂバヂッ!
青白い雷撃をまき散らし、パオリンは人影たちを蹴散らそうとするが、まったく効果がないらしく、吹き飛ばされた彼らはさっさと武器を拾い上げると、パオリンに迫る。
バットを振り回し、雷撃を飛ばし、パオリンは必死に抵抗するが、それもむなしく、とうとう壁際に追い詰められてしまった。
――ごめんなさい!ナターシャ!
今頃自分を探し回っているだろうマネージャーに、パオリンが涙目で心のうちで謝った時だった。
「斬り捨て御免!
参上仕る!」
朗々とした声とともに、黒い影が銀色の閃光とともにゾンビのような人影を蹴散らした。
黒いコートの裾がカラスの羽のように翻り、両手に持った双剣が窓から差し込む月光にひらめいた。
「大丈夫でござるか?!」
「う、うん。」
問いかけた黒ずくめのロシア系の少年(パオリンよりもかなり年上だろうが、まだ十代だろう。そしてなぜかござる口調である。)に、パオリンは呆けながらもなんとか頷く。
「よかったでござる。では!」
シャリリンッ!
少年が双剣を構え直しながら朗々と叫んだ。
「いざ!尋常に!」
そこからは、少年の独壇場と言ってよかっただろう。
コートの裾を翼のようにひるがえしながら、舞い踊るようにゾンビのようなうつろな人影たちを、双剣をふるい、懐から取り出した奇妙な刃物(あれは日本の忍者が使う、手裏剣とかいうものだ。)で次々倒していく。
最初こそ止めようとパオリンは思った。いくらなんでも斬り殺すなんてあんまりだと。しかし、その死体があっという間に砂になるのを目撃してしまい、絶句した彼女はそれを口にするのが遅れた。
しばらく奮闘したかいがあったのだろう、廃墟のようなエントランスは外界から隔離された静けさを再び取り戻した。
「ふう・・・。」
「君は・・・」
投げた手裏剣を回収し、双剣をコートの内側にしまう少年に、パオリンは疑問を口にしようとしたが、それよりも気にかかることがあった。
自分の見間違いでなければ、タイガーはこの警察署に入ったはずなのだ。
「ねえ、タイガーって人、知らない?」
ぎょっとしたように、少年がパオリンを見てきた。
「た、タイガー殿をご存じでござるか?!」
「うん。あの人の後を追いかけてきたんだ。」
『ダメダメじゃない、あのおじさん。』
頷いたパオリンに、鈴を鳴らすような女性らしき声が呆れた様子で口を挟んできた。
「え?何?どこ?」
「し、シルヴァ!」
『・・・。』
キョロキョロ見回すパオリンだが、なぜか少年は気まずそうに胸元を見て、それっきり声は聞こえなくなってしまった。
* * *
人型ホラーの群集を蹴散らし、虎徹は一人、大会議室の扉の前に立っていた。
「どうだ?ザルバ。」
静かに尋ねた虎徹に、中指のザルバは答えた。
『ああ、臭うな。ここにいるぜ。』
『臭うだなんて失礼しちゃうわ。これでも女性よ?マナーがなってないわね。』
中から聞こえた来たのは、奈落の底からこだまするような、女の声だった。
どうやらこちらがいることは、先方にはバレバレらしい。
「そりゃ悪かったな。
それならレディーファーストで地獄行きにしてやるよ!」
ドガムッ!
軽口をたたいて、虎徹は扉を蹴り開けた。
大会議室は奥にプロジェクター用のスクリーンが設置してあり、本来はそれを囲むようにコの字型にデスクが配置してあるのだろうが、今はそれらは壁際に寄せられている。
『ハァイ♪いらっしゃぁい♪』
わざわざスクリーンの前に椅子を移動させ、そこに足を組んで座り、ひらひらと手を振るのは、一人の女。
露出の高い、肌にフィットした衣装の、豊満な体躯の持ち主で、緑の巻き髪をしていた。三女のメアリー――“お金”を臭いで嗅ぎ取るNEXTの持ち主である。
『誰かと思えば、“ベビーシッター”の邪魔してくれた、冴えないおじさんね。
“お金”の臭いはするけど、ムカつく臭いがするから、放っておきたかったのにさ。』
くすくす笑いながら、“メアリー”は緑色に染めた髪の毛先をいじりながら言った。
『臭いんだよね~、魔戒騎士の臭いって。
この街はプンプンして、超ムカつく。』
長い脚を振り上げて、跳ね起きるように椅子から立ち上がると、“メアリー”はくすくす笑いながら言った。
「臭い臭い言ってんじゃねえ。」
そろそろ加齢臭が気になる年頃の虎徹がうなるように言うと、“メアリー”を睨みつけながら詰問する。
「他の二人の犯人はどうした?」
『ああ、マリーとリリーのこと?
さあ?どうしたと思う?』
くすくす笑う“メアリー”をよそに、カチリッといい撃鉄の跳ね上がる音を、確かに虎徹は聞いた。
ガガウンッ!
ギンギンッ!
メアリーのわきから――普段はスクリーンを覆うためにしまっている分厚いカーテンの後ろから、銃弾が放たれるが、虎徹は退魔の剣を使ってあっさりはじく。
『くすくす。この程度じゃ駄目ね。』
『くすくす。奇襲にならなかったか・・・。』
『くすくす。やっぱり面倒ね、魔戒騎士って。』
『『『くすくすくすくす。』』』
カーテンから出てきた他の二人――灰色のメッシュの入った髪を右目の前にたらした長女マリーに、赤毛を白い筒でいくつも束ねたリリーが、メアリーの両隣に、それぞれ並ぶ。
不気味な忍び笑いが会議室に唱和した。
『妙だぜ、虎徹。こいつら、全員から同じホラーの臭いがしやがる。』
『『『だって私たち、一心同体だもの。』』』
唸るように言ったザルバに、三姉妹――否、三姉妹の姿をしたモノが答えた。
「一心同体・・・?
! “番犬所”の三神官の同類か!」
『やあだ、あんな犬と一緒にしないでよ。』
『そうよ、“番犬所”の秩序の結界に縛り付けられたばあさんと、私たちは違う。』
『私たちは若くて美しくて自由!お金も、餌も、全部全部私たちのもの!』
『『『くすくすくすくす。』』』
少し考えて言った虎徹に、“三姉妹”は不服そうに答えた。
“番犬所”の主、三神官はそれぞれケール、ベル、ローズという少女だが、本性はガルムという魔界でも屈指の上級ホラーである。
ガルムは三つの体を使っているが、意識は一つだ。
目の前のホラーはそれと同じ――三つの体を使ってこそいるが、意識は一つなのだ。
「言いたいことはそれだけか?」
シャンッと虎徹は退魔の剣の切っ先を“三姉妹”に向けた。
正直に言うと、虎徹は頭にきていた。
昼間は乳児という弱者を使って金儲けをし、夜は夜で人を食い物にする、この美しい姿をした化物を、許すことができそうにない。
魔戒騎士としても、一児の親としても。
『“言いたいことはそれだけか”ですって。』
『やぁだ、怖~い。』
『マジになっちゃってさ、お・じ・さ・ん♪』
ふりふりと腰を振りながら、“三姉妹”は虎徹を取り囲むように歩み出る。
『『『そろそろ死んでよ!』』』
カチカチカチリ。
撃鉄の跳ね上げられる音とともに、銃口が虎徹に向けられる。
ガガウガウン!
二発は同時に、一発はコンマ数秒遅れて発射される。
同時攻撃よりもややテンポがずれている方が連続攻撃としては防ぎにくい。
ギギンギィンッ!
退魔の剣が跳ね上がり、虎徹の身体をえぐろうとした鉛玉をあっけなく蹴散らす。
使い手の双眸はすでにシアンに輝き、その能力――ファイブミニッツハンドレッドパワーを発動したことを如実に物語っていた。
『NEXT?』
『能力者だわ。何の能力?』
『関係ないわ。死んじゃえ!』
シャキンッ!
拳銃を持った手とは反対の手に、折り畳み式の特殊警棒を持つ。特殊金属性のそれは、打ち込み所が悪ければ、頭がい骨を陥没させることだって容易な代物だ。
最初に踏み込んできたのは“マリー”。虎徹は半歩下がることでその攻撃を空振りさせるようによけ、続いて再び拳銃を撃ってきた“リリー”に剣を突き出すが、あっさりよけられる。
そこに“メアリー”が警棒を振りかぶるが、虎徹はすぐに剣先の軌道をそらして、警棒を斬り飛ばした。
そのまま背後に迫る“マリー”に、振り向くように一撃をお見舞いしようとするがよけられてしまう。
前ががら空きになった虎徹に“リリー”が警棒を振り上げたが、腹に虎徹の掌底突きを喰らいそうになったため、跳び下がって距離をとる。
“メアリー”は細い脚で虎徹の胴をはさみ掴んだ。
『アハ♪おじさん、スタイルいいねえ。』
グイッと顔を近づけられるが、虎徹は「行儀悪いな!嫁の貰い手がつかねえぞ!」と言い放ち、退魔の剣の柄で彼女の顎を殴ろうとした。
するりと足を外し、大きく飛ぶように“メアリー”も距離をとる。
『妙だぞ、虎徹。』
「ああ。」
距離をとって、虎徹は呻いた。
こちらの攻撃が手の内を見据えているかのようによけられてしまうのだ。
『くすくす。』
『臭い臭い。』
『攻撃を仕掛けるとき、臭いのよ、お・じ・さ・ん♪』
再び忍び笑いをする“三姉妹”。
『わかったぞ、虎徹。
こいつら、ホラー“ギマ”だ。
三位一体のホラーで、臭いで攻撃のタイミングを掴んでるんだ。』
「臭いね・・・。」
ホラーの正体を看破したザルバに、虎徹は小さくつぶやいて剣を構え直した。
『『『遊びはおしまい!いい加減死んでよ!』』』
言い放った“三姉妹”は背中を合わせ、互いの手をつなぎ合う。
ミチミチミチミチ。
血のように赤い糸が三人の皮膚を縫い合わせるように結合させ、一つの個体に強引に縫い合わせていく。メコメコと音を立ててほっそりした六本三対の腕は一対の肩の先に移動し、整ったかんばせは正面に“マリー”のものが来て、向かって左に“リリー”のものが、その反対側に“メアリー”のものが来た。
服はとげとげしい灰色の装甲服に替わっており、妖艶さを強調するようにへその周りと胸の谷間を露出している。
――確か、日本の寺だったか神社だったかに、ああいう仏像なかったっけ?
苦虫をかみつぶしたような顔で、虎徹は三つの顔と、六本の腕を持つ女を見やった。
まったくの余談になるが、世界中に伝わる精霊や魔獣の伝説は多かれ少なかれ、ホラーに影響されている。しかし、まさか異国の神の容姿にまで影響を与えていないだろうか。微妙に自分のルーツの国のことを心配してしまう虎徹だった。
もっとも、悠長に考え事ができたのはそこまでである。
六本の腕をバラバラに動かしながら、三面六腕の女――ホラー“ギマ”が襲い掛かってきた。
シュババババババッ!
6本の腕から繰り出される多彩な攻撃を、虎徹は退魔の剣一本と最低限の体さばきで何とか防ぎきる。
一つの腕は普通にパンチ、ある腕は貫手、ある腕は目つぶし、ある腕を別の腕と組んでハンマーのように振り下ろそうとしてきた。
ハンドレッドパワーによる反射神経の上昇がなければ、必ずどれか一つの攻撃に引っ掛かり、動きを止めたところをばっさりやられていたに違いない。
――サンキュー、斉藤さん。
心のうちで御用達の魔戒法師の名をつぶやきながら、虎徹は距離をとり、コートの懐に手を滑り込ませる。
今回のホラーの素体が“臭い”として事象を感知するNEXTだったので、ホラー自体が似たような能力を持っているんじゃないかと、もたせてくれた特別製のアイテムだ。(もちろん、代金はしっかり屋敷宛に請求された。)
取り出したのは、緑色に塗られた、親指ほどの大きさのろうそくだった。
カチンッシュボッ。
魔導火でろうそくに火をつけた直後、ホラー“ギマ”が腕を振りかぶる。
ユラリ。
虎徹の手の中で、緑のろうそくに灯された、金緑色の炎が揺らめいた。
刹那。虎徹は手の中のろうそくをホラーの顔面めがけて投げつけていた。
ボウンッ!
その直後、ろうそくが風船のように膨らんで破裂すると、薄い緑色の粉じんをまき散らした。
『『『ぎゃああああああ?!』』』
『ああ、臭くてかなわねえぞ、これ!』
ホラー“ギマ”の三つの口が一斉に悲鳴を上げる中、げんなりした調子でザルバが呻いた。
『ホラーの嗅覚を一時的に潰すろうそくなんて、サイトウもえげつない物作りやがって・・・。』
「ワイルドにぃぃぃ!」
ぶつぶつというザルバをよそに、今度こそ虎徹は退魔の剣を構え直し、踏み込んだ。
ザシュッ!
正面の“マリー”の眉間に斜めの刀傷を刻むと、返す刃で腹を斬りつけようとするが、6本の腕のうち2本がその手の甲で刃をはじいて防ぐ。
『『ろくでもないことしやがって!』』
『退却よ!逃げるが勝ちよ!』
汚い言葉づかいで一斉に三つの口に喚かせると、ホラー“ギマ”は踵を返して、会議室を飛び出す。
「逃がすかぁぁぁ!」
嗅覚という最大の武器をつぶしている今が、最大のチャンスだ。
時間が経つと回復されてまた厄介なことになる。
会議室から飛び出したホラー“ギマ”は、そのまま正面の奥――吹き抜けとなってエントランスに通じている空間に飛び降りた。
白いコートの裾を翼のようになびかせ、その後を粋白の魔戒騎士が続いて飛び降りた。
一方、もう一人の漆黒の魔戒騎士はどうしたらいいか途方に暮れていた。
「どうしてあの人たちは襲ってきたの?
なんで砂になって消えちゃったの?
ここで何が起こってるの?
それ以前に、君は何者なの?」
目の前の少女にあれこれと質問攻めにされるが、どう答えたらいいのかわからないのだ。
――ううう・・・魔戒騎士のことは守秘義務が働いてるし・・・。
いっそ気絶させて記憶を消そうか?
それが順当な手段ではあるのだが。
「ねえ、タイガーはどこなの?」
「それは・・・。」
何度目になるのか、頼りになる先輩騎士の居所を聞いてきた少女に、イワンは同じ返答を繰り返すしかない。
「もうすぐ戻ってくるから、ここで待ってほしいんだ。」
「さっきからそればっかり。」
ぷうっと少女は頬を膨らませた。
まさか、ここをこんなにした元凶のところに突撃かまして、化け物と殺し合いの真っ最中だろうとは、口が裂けても言えない。
どうしたものか。
――いっそタイガーさんがバーナビーさんにやってるみたいに、僕も全部話した方がいいのかなぁ・・・。
あれこれと迷っていた時だった。
ヒュォォォォ・・・ズダァァァンッ!
何かが吹き抜けを横切って落ちてきた。
降り立ったのは、三つの顔と六本の腕を持つ、装甲服を纏った女だった。
「嘘・・・。」
呆然とパオリンがつぶやいた。
化け物としか言いようのない、ありえない光景だった。
――ジャパニーズ・ブツゾー?!
とっさのことにイワンは一瞬そう思ったが、すぐに退魔の双剣を構え、パオリンをその背にかばう。
ズダンッ!
ホラーのすぐ後を虎徹が白いコートをなびかせながら降り立った。
「逃げんなこらぁぁぁぁ!」
手にした退魔の剣の剣先を頭上に向けてヒョウッと円を描いた。その軌跡が金色に輝き、虎徹を包み込む。
金色の虎を模した鎧姿、黄金の魔戒騎士、牙狼の姿となる。
「うわあ・・・!」
パオリンの感嘆の声をよそに、騎士は動いた。
最後の抵抗とでもいうかのように、六本の腕それぞれに大小さまざまな刃物を出現させて切りかかっていったホラー“ギマ”に、騎士は手にした牙狼剣でその攻撃をすべてさばききると、距離をとった。
シュボォォォォォゴオウワッ!
取り出した特製ライターで牙狼剣の刃に金緑色の火を灯し、簡易版の烈火炎装を使い、そのまま踏み込んだ。
斬ッ!
ひとたまりもなかった。ホラー“ギマ”は防御しようとした六本の腕ごと胴から真っ二つにされ、金緑色の炎に燃やされ、灰となって消えてしまった。
ガシャンッ。
ガラスの割れるような音とともに、虎徹の体から鎧が金色の光となって剥がれ落ちた。
「ふうっ。」
「すごいすごいすごい!」
一息ついた虎徹に、パオリンのはじけるような歓声が降りかかった。
「タイガーもヒーローだったんだ!
ひょっとして君も?!すごい!どうして黙ってたの?!」
「パ、パオリン?!」
駆けよられてきたところで、虎徹は彼女の存在に気が付いたらしい。
気まずげにしているイワンをバッと見ると、その胸元のシルヴァが一言。
『あなたの後を追ってきたんですって。』
『説明するしかねえな、虎徹。』
にやにやしているだろうザルバに、虎徹とイワンは観念した様子で顔を見合わせた。
「へー・・・つまり、タイガーと折紙さんもヒーローってことだよね?」
「そんな大げさな物じゃないよ・・・。」
事情を一通り聞いたパオリンはそう口にしたが、イワンは困ったように返した。
廃墟と化した無人の警察署を出て、三人は夜のブロンズの通りを移動している。
白いコートの虎徹と、黒いコートのイワンの間を黄色のトラックスーツのパオリンが挟まれるような形で歩いている。
「そんなことないよ。ボク、助けてもらったし。
能力も、カンフーも、あいつらには歯が立たなかったし・・・。」
これまで身につけた力の一切がまるで役に立たないことを見せつけられたかのようで、パオリンは悄然としているようだった。
「けがはないか?怖くなかったか?」
「うん。大丈夫。
折紙さんに助けてもらったし。」
ちらりと彼女に視線を向けられ、イワンは「大したことは・・・。」と謙遜した。
「謙遜家だな。素直にほめられとけ。」
手を伸ばして、くしゃくしゃと虎徹はそんなイワンの頭を撫でた。
「あ、ありがとうございます・・・。」
少しうれしそうにイワンは笑った。
「しかし、どうして俺の後をつけてきたんだ?
一人で出歩くなんて感心できないぜ?」
「一人じゃ・・・あ!」
一人じゃないと言いかけたところで、パオリンは自分の保護者代理のことを思い出した。
同時にPDAがけたたましく鳴り出した。
『パオリン!!あなたどこにいるの?!』
「ご、ごめんなさい!ナターシャ!」
顔面蒼白で心配の二文字をでかでかと表情に張り付けたマネージャーが立体映像に出てきて、パオリンは謝った。
「知ってる人を見たから、追いかけて迷子になっちまったんだよな。」
ひょいっと虎徹はPDAの通信画面に姿が映るように身をかがめて言った。
『あ、あなたは・・・。』
「あのね、言ったでしょ?!ベビーシッターの時手伝ってくれた、バ・・・えっと」
突然映り込んできた虎徹に戸惑うナターシャに、パオリンはロックバイソンの友人と言いそうになるが、ヒーローのプライベートを軽々しく言いふらしてはいけないと口ごもってしまった。
そこに虎徹はなんとかフォローを入れる。
「プロデューサーの友人っすよ。
パオリンは今、俺たちと一緒にいます。
どちらに連れて行けばいいですか?」
合流先を聞いて、パオリンをそこに届けると約束してから、通信は切れた。
「心配、させちゃった・・・。」
「そうだな。」
悄然としたパオリンに、虎徹はうなずいた。
「自分の目の届かないところで、パオリンの身に何かあったらって、心配してるんだ。
大切に思ってくれてるんだ。」
「うん・・・。」
パオリンは頷いて、左のこめかみに手をやり。
「あ!」
ない。
出かけるとき、せっかくもらったあの紫苑のヘアピンをつけたのに、なくなってる。
虎徹を追ってるときか、警察署でホラーという怪物に襲われた時に、落としてしまったのかもしれない。
「ひょっとして・・・。」
ここで足を止めたのはイワンだった。
ポケットを探り、彼が取り出したのは。
「ボクのヘアピン!」
パオリンが声を上げた。
「警察署で拾ったんだ。」
「ありがとう、折紙さん!」
「つけてあげるね。じっとして。」
にっこりほほ笑むパオリンに、微笑み返してイワンはミルクティー色の髪につけてやろうとするが。
「あ、あれ?」
『もう。不器用ね、イワン。』
なかなかうまくいかず、ヘアピンは髪から取れてしまう。
シルヴァに呆れた声を出され、パオリンが「自分でつけるからいいよ」というより早く。
「どれどれ。おじさんに貸してみな。」
ひょいっと虎徹がヘアピンを手に取ると、するりとパオリンの髪に留めた。
「これでいいか?」
道路のカーブミラーを指さしながら言った虎徹に、パオリンはそこに映る姿を確かめてうれしそうにうなずいた。
「うん!ありがとう、タイガー!」
『意外な特技ね。』
『何言ってやがる。こいつ、小さな楓嬢ちゃんの髪をいじりまくってたから、ヘアピンをつける程度、どうってことないぜ?なあ、虎徹。』
感心したシルヴァに茶々を入れたザルバの言葉に、虎徹は頷いて見せた。
「カエデって、タイガーの娘さん?」
「おう♪とってもかわいいんだぜ~。」
パオリンの問いに、虎徹はでれっと表情を崩して笑う。
先ほどまで化物と殺し合いをして、最強の魔戒騎士の系譜に位置する、当代継承者のものとは思えない表情である。
「あ、結婚して娘さんもいるって有名ですもんね。」
口をはさんだのはイワンである。
「そうなの?」
『魔戒騎士の間では、ということよ。お嬢さん。』
パオリンの問いに、シルヴァが答えた。
「そのヘアピン、似合ってるぜ。
かわいいな。」
「そ、そうかな?」
虎徹に褒められ、パオリンはまんざらでもなさそうに笑う。
「ねえ、花ことばって知ってる?」
『なんだなんだ?唐突に。』
嬉しそうにパオリンは二人の魔戒騎士を見上げると、ザルバがはやし立てた。
「この花は紫苑っていうんだ。
花言葉は・・・。」
“遠くにいる人を思う”。
声に出さずに、そうつづけたパオリンはとても幸せそうに笑った。
遠くにいても、両親は自分のことを思ってくれている。そう思ったら、この髪飾りを、身につけてみたいと思ったのだ。両親の思いを、より身近に感じるためにも。
「何かよくわかんねえけど、よかったな。
大事にしろよ。」
「うん!」
大きくうなずいたパオリン。
「花言葉かあ・・・奥ゆかしいですね。」
今度自分も日頃のお世話を込めて静流さんに何か花にちなんだものを贈ってみようかなと考えてみるイワン。
『そういや、虎徹も髪飾りを楓嬢ちゃんに贈ってたな。』
「おう!そうだ!今度電話した時に訊いてみるか!」
ザルバの言葉に、虎徹は思いついたように声を上げた。
ちなみに、パオリンを無事に送り届けた翌夜、夜の見回り前に電話をかけた虎徹が、贈った髪飾りを母に使われているという話を聞いて撃沈するのは、余談である。
#8END
GO TO NEXT!
よお!子供には不人気な方、ザルバだ。
楓嬢ちゃんも小さいころは泣かれたし、今は今で趣味が悪いと来た。
いくら俺でもへこんじまうぜ。
ところで、イワンがしっかりしたから一旦虎徹が帰郷してみるんだと。
兎坊やの呪いもまだ少し猶予があるしな。
って、おいおい、橋が吹っ飛んじまった!
これじゃ帰るどころの騒ぎじゃねえぞ?!
何?新たな指令も追加だと?
次回、“饗宴”。
ワイルドに吠えてやれよ、虎徹!