牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 一応アニメ版のT&Bでは、ジェイクを倒して前半終了でしたが、牙狼バニではバーナビーの呪いが解けてないので、あと一話分追加して前半終了とさせていただきます。
 というわけで前半最終話になる第11話を投下します。アクションがメインのはずなのに、今回はバトル要素が皆無です。ジェイク戦でバトルはお腹いっぱい気味なので、ちょっと休憩をはさませてください。
 バーナビーを助けようとおじさんは必死こいてるのに、肝心の兎は死ぬ気満々でとうとうおじさんがキレました。おかしいな?しかもお説教かましたら逆ギレされちゃったよ?おかし(以下略。
 
 後半では、女に手を挙げられないとおじさんがダダこねたので、バルチャスを使った勝負になりました。おかしいな?
 おじさんがのんきにゲームする一方で、兎は必死こいて走る走る。そしてザルバがツンデレの良さに目覚めたようです。



 第10話に引き続き、オリキャラのセシリーさんが出張りました。苦手な人はご注意を。


 全体を通してみたら、なんだか11話というより、10.5話という感じになりましたが、気にしないでください。お願いします


#11 生命

 生まれいづるもの、滅び消え去るもの。

 紡ぎ、繋がれ、続くもの。

 高らかに産声を上げるも、いずれは塵と帰す。

 紅蓮の森にこそ、儚き命は花開かん。

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第一四四節より

 

 

 

 

  #11. 生命~タイムリミット~

 

 

 

 

 「バニー、黙ってて悪かった。」

 ロックバイソンであるアントニオと、スカイハイであるキース、二人の入院する病院の一室で、見舞いに来た女子組ヒーローたちとイワンをしり目に、虎徹は同じく見舞いに来たバーナビー(打ち身がひどく、三日はおとなしくするようにと言い渡され、同室に入院していたが、四日前に退院した。)頭を下げた。

 

 

 

 

 ジェイクとの決戦から、一週間後。虎徹はすっかり不調を払しょくし、元通りの元気そうな状態である。ちなみに、虎徹の消耗が激しかったため、虎徹が受けたオリエンタルタウン行きの指令は、彼が寝込んでいるうちにイワンが遂行してくれた。

 “番犬所”も、虎徹への指令はキャンセルとし、新たにイワンに指令を出し直したらしい。

 

 

 

 

 閑話休題。

 「・・・いいですよ、もう。」

 「よくねえんだよ。」

 仕方なさそうにスクンと肩を竦めたバーナビーに、虎徹は真剣な表情で顔をあげてから、しばらく口をつぐみ。

 ややあって、思い切ったように言葉をつづけた。

 「ホラーの返り血を浴びた者は、ホラーを引き寄せるようになる。」

 「知ってます。」

 「これには続きがあるんだ。」

 「え?」

 呆けたような顔をしたバーナビーに、虎徹は硬い表情で覚悟を決めたように続けた。

 「百日後に、地獄のような苦しみを味わいながら・・・死ぬ。」

 息をのんだのは誰なのか?

 目を瞠ったのは、古参のアントニオとネイサン、そして魔戒騎士であるイワン以外の全員である。

 その事情を知る三人も、硬い表情だった。

 「黙っててすまなかった。」

 「・・・うそでしょ?」

 再度頭を下げた虎徹に、絞り出すようにカリーナが呻いた。

 「ねえ・・・嘘だって言ってよ!」

 カリーナの悲痛な叫びに、虎徹は沈黙したままだ。

 「そんな・・・このままじゃ・・・。」

 「・・・もう、あれから三ヵ月以上経ってるじゃないですか。」

 おろおろとバーナビーを見たパオリンなど眼中にないように、愕然と彼はつぶやく。

 『正確には、今日で九十六日。つまり、あと四日だ。』

 「何とか・・・何とかならないのかい?」

 タイムリミットをカウントしたザルバに、口をはさんだのはキースだった。

「私はバーナビー君に死んでほしくない!そして生きてほしい!何とかならないのかい?!」

 「もちろん、助ける方法はある。

  そうだよな?虎徹。」

 答えたのはアントニオだ。

 「友恵さんを、それで助けたんだろ?」

 頷いた虎徹に、ネイサン以外の面々が驚いたような顔をした。

 「友恵・・・俺の嫁さんも、昔バニーと同じようにホラーの返り血を浴びたんだ。

  でも、呪いを解くことに成功した。」

 ここで虎徹は改まった様子で答えた。

 「紅蓮の森にある、ヴァランカスの実だ。

  そいつを絞った汁を飲ませれば、呪いが解けて助かる。」

 「じゃあ、さっさとそれを」

 「紅蓮の森に入ることができるのは、魔戒法師だけなんです。」

 言いかけたブルーローズに首を振ったのはイワンだ。

 「僕たち魔戒騎士は、基本的にその森に立ち入ることができません。

  森の番人であるタム婆も、許してくれないと思います。」

 『あの婆さん、今代の奴は頑固なんだよなー・・・。』

 うんざりした調子でザルバが呻いた。

 「すでに仲間の魔戒法師に頼んで、森へ実を取りに行ってもらうよう、依頼した。」

 ここで虎徹はバーナビーに向き直り、優しく微笑みながら言った。

 「言ったろ?絶対助けるって。」

 ほっとしたような面持ちになるヒーローズたちに対し、バーナビーは一人、硬い表情のまま、黙って眼鏡を押し上げた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 その会話から、二日後。

 虎徹は険しい表情で、屋敷の黒電話の前に立っていた。

 耳に当てた受話器から聞こえてくるのは、普段の蚊の鳴くような小さい音量をかなぐり捨てた、御用達の魔戒法師――斉藤の喚き声だった。

 虎徹が実の採取を依頼したのは、彼だった。

 そして彼はウロボロステロとシックスマッチの後始末をそこそこに、表の仕事の方は有給をとって紅蓮の森に向かってくれたのだ。

 ところが、事態はそう思うようには運ばないらしい。

 『タイガー!彼女は私の手には負えそうにない!』

 完全にさじを投げた様子で斉藤が喚いた。

 『君じゃないと絶対に話には応じないと言って機人をけしかけてきたんだ!

  私に“実”は絶対に渡さない、欲しいなら直接森に来いと言ってね!』

 「何考えてんだ、セスの奴・・・。」

 苦虫をかみつぶしたような顔で虎徹はつぶやいた。

 はっきりしているのはただ一つ。

「セスが、斉藤さんよりも先にヴァランカスの実をグラウ竜から奪い取って、欲しけりゃ俺に森に来いって?

  わけわかんねえよ・・・。」

 肩を落としてうめいた虎徹。

 「・・・わかりました。」

 ややあって、虎徹は気を取り直したように言った。

 「セスには俺が話をつけます。

 ご苦労様でした、斉藤さん。シュテルンビルトに戻ってバニーの様子を見といてください。」

『そうさせてもらうよ。』

ここで斉藤は少し戸惑ったように言葉を切ると、ややあって口を開いた。

『大丈夫なのかい?タイガー。

 彼女――セシリーが頑固なのは、君もよく知ってるだろう?』

「ええ。同じ釜の飯食った仲っすから。」

電話越しに虎徹はうなずいた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 父、冴島正宗が亡くなった後、虎徹はしばらくぼんやりすることが多かった。

 あれほど好きだったMr.レジェンドの話を聞いても、遠い世界の出来事のように耳を素通りしてしまう。心の内側にぽっかりと穴が開いたようだった。

 父が見ていた世界を知れば、その空白を埋めることができるかもしれない。

 そう考えた虎徹は、少しずつ、能力の制御訓練の一環として受けた魔戒騎士の修行を、父の仏壇に飾られたザルバからもアドバイスを受けながら自己流ながらも再開した。

 父と同門だった魔戒騎士(いうまでもないだろうが、ベンのことである。)が墓参りに来た時、教えを請うたこともあった。

 そうして彼――ベンの紹介で、虎徹は一人の魔戒法師の門戸を叩いた。

 ハロルド=クルシェフスキー。オリエンタルタウンに居を構えているその老魔戒法師は、虎徹よりもやや年下の少女を弟子として育てていた。

 それが、セシリアル――セシリーであったのだ。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「まったく、セスの奴、昔からそうだったけど、わけわかんねえよ・・・。」

 斉藤との通話を終え、身支度を整えて屋敷を出ると、虎徹は大通りを歩きながらぶつぶつつぶやいた。

 ――半分は鈍チンのお前のせいだぜ?虎徹。

 とザルバがこっそり思ったが、当然そんなことに虎徹が気が付くわけがない。

 「素直に“実”を渡してくれたらいいんだけどなー・・・。

  あいつと揉め事を起こすとろくな目に合わねえんだよなー・・・。」

 『そのツケが右肩の傷だからな。』

 「だっ!わかってるっつーの!」

 茶々を入れたザルバに、虎徹は言い返した。

 「あん時は俺もガキだったんだよ・・・。

  ムキになってザマァねえよ・・・。」

 自嘲の笑みを浮かべて虎徹は歩を進めた。

 シュテルンビルトの街並みは、元の平穏を取り戻しつつある。

 パワードスーツの残骸は撤去され、大破された二つの橋は現在修復中である。

 シックスマッチ終了直後の最初の一日こそ、街をあげての飲めや歌えやの馬鹿騒ぎだったが、今はすっかり日常生活に戻っていた。

 そして当然、平穏が戻れば人は刺激を求めるわけで。

 『我らは結社ウロボロスの瞳!

 人質の命が惜しいならば、すぐに現金1千万シュテルンビルトドルを用意してもらおうか!』

『まぁたやってるぜ。よくもまあ、飽きねえもんだ。』

 虎徹が足を止めて飛行船に取り付けられた街頭テレビのモニターを見上げると、その中で覆面の男が、ここ数日ですっかりテンプレート化したセリフを喚き、ザルバがうんざりしたように言った。

 HERO TVのライブ映像だ。アントニオとキースはいまだに入院中なので、バーナビーと女子組を含めた四人のヒーローたちのみで、事件に対応しているようだ。

 『まるっきりビョーキじゃねえか。』

 「ウロボロス症候群〈ウロボロスシンドローム〉って?

  主な症状は、人質とって身代金の要求。

  ・・・笑えねえよ。」

 自分で口にしておいていうのもなんだが、ジョークにしてはブラックすぎる。

 ハンチング帽を抑え白いコートを翻し、虎徹はうつむいて人ごみに溶けるように姿を消した。

 

 

 

 

 ウロボロス症候群〈ウロボロスシンドローム〉。

 虎徹が口にしたブラックジョークは決して大げさではない。

 数日前のテロとシックスマッチがシュテルンビルトに与えたのは、物理的損傷と恐怖だけでなく、人々の精神そのものにも大きな傷跡を与えたらしい。

 とりわけ、悪人が気取るにはふさわしい旗印としては、絶大な効力を持つにいたったらしく、ここ数日のHERO TVに取り上げられるような事件のほとんどはそのウロボロスの名を取り入れて自称する一団が引き起こしている。

 もっとも、その悪事の内容は、先日の本家と比べれば、月とすっぽんに近いショボイ内容だが。

 

 

 

 

 ともあれ、虎徹はブロンズステージに降りると、人通りの少ない高架下に向かい、その硬いレンガ壁の前にすっと左手の魔導輪を翳した。

 ゴンッ・・・。

 重々しい音を立てて、ブロックが滑るように展開していき、大の大人が一人通れそうな黒い入口――魔戒道の入り口が開かれる。

 「・・・今度は通れるよな?」

 『当たり前だろ?結界の気配もねえよ。』

 すかすかと右手を振って壁の有無を確かめる虎徹に、ザルバがからかうように言った。

 「んじゃ、行くとしますか。」

 言って、虎徹は入り口をくぐった。

 ゴゴンッ・・・。

 再び重々しい音とともに、ブロックは閉ざされ、元通りの硬い壁となる。

 今度こそ魔戒道に入った虎徹は、一定間隔で松明が灯されただけの薄暗い石造りの道をすたすた歩いていく。

 「魔戒道って便利なんだけど、風情がねえよな~。」

 退屈そうに言った虎徹の声が、石の通路にこだまする。

 『まあ、ここは魔戒騎士専用の通路だ。

  通常空間から隔離された別空間だから、そんなことを期待してもな。

  しかし、言いたいことはわからんでもない。』

 ここでザルバは言葉を切ると、続けた。

『他の魔戒騎士たちも、魔戒道を使わずに人間の使う乗り物を移動手段に使っていたことがあった。

 きっと今の虎徹と同じようなもんなんだろうな。』

 「そりゃそうだろ?魔戒騎士たちだって人間なんだ。

  たまには人間世界の空気を味わいながら旅をしたいって思うんじゃねえか?」

 あっさり答えて虎徹は歩を進める。

 やがて、明るい場所に抜けた。

 そこは、うっそうと茂った林の中だった。

 奇妙なことに、虎徹の目はこの林に出るなり色彩を感知しなくなったかのように白黒に見え始めた。

 しかし、それは虎徹の目に限った話ではない。この林は人間の住まう現実の世界――人界と、ホラーの棲まう世界――魔界の狭間に位置した特別な場所だ。こういったところでは、どんな異常が起きても不思議ではない。

 聞いた話では、閑岱〈カンタイ〉という地域にある奈落の森は、重力が横に働いており、落下するように横滑りに移動しなければならないらしい。

 そういうことを聞くと、白黒に見える程度、大した問題ではないだろう。

 「タム婆さ~ん!どこにいるんだ~?!」

 見回しながら虎徹は林の中を歩き回った。

 やがて、一つのテントのようなオブジェの前にたどり着いた。

 「お。いた。」

 ぽつりと虎徹がつぶやいた時だった。

 メキメキメキ・・・!

 オブジェの上部が木の枝が軋むような音とともに開かれ、一人の老婆が顔を出した。

 おとぎ話に出てくる魔女のようなトンガリ帽に、しわしわの顔と白髪のその老婆は、じろりと虎徹を見るとフンと鼻を鳴らした。

 「どおも、タム婆さん!」

 「何だい、今代の“牙狼”じゃないか。

  みっともない髭を生やしたね。剃っちまえばどうだい?」

 朗らかにあいさつした虎徹に、老婆――タム婆は不愛想に言い放った。

 「そんなことねえっすよ!かっこいいでしょ?!

  Mr.レジェンドみたいで!」

 「レジェ・・・?わけのわからないこと言ってるんじゃないよ。」

 むっとして言い返した虎徹に、俗世に疎いタム婆は怪訝そうに返し、要件を促した。

 「それで?こんなところに何の用だい?」

 「紅蓮の森に」

 「ダメだよ!」

 虎徹がすべていうより早く、タム婆は不機嫌絶頂といった様子で目を吊り上げて言い放った。

 「ダメダメダメダメ、絶ぇっ対ダメだよ!

  魔戒騎士が入ると、森の陰我が活性化して、ホラーが活発化しちまうのさ!

 二十年前にもいったはずだよ!あたしの目が黒いうちは、“牙狼”の系譜だろうと魔戒騎士は絶対森に入れないよ!」

 『正確には十七年前だぜ。相変わらず頭の固い婆さんだ。』

 「前は入れてくれたじゃん・・・。」

 ツッコミを入れるザルバに、肩を落としてうめくと、虎徹はコートの懐から、念のため持ってきた“土産”を取り出した。

 「そ、それは・・・!」

 途端にタム婆はうろたえたように視線を泳がせ、ごくりと喉を鳴らした。

 「ソーテルヌ・・・しかもシャトー・ディケムじゃないかい!」

 虎徹が手にしているのは、白ワインがなみなみとあるワインボトルである。

 「俺ワインはあんまり飲まないんですよねー・・・。

  しかもこれ甘口だし・・・。

  どっちかっていうと日本酒の方がいいんですよねー・・・。」

 「・・・。」

 「まあ、森に入れてくれないんだったら、もうここに用はないし、帰るか。」

 「お、お待ち!」

 これ見よがしにボトルを振ってから、踵を返した虎徹(いうまでもないが、かなりわざとらしかった。)に、タム婆はあわてて叫んだ。

 

 

 

 

 紅蓮の森のタム婆は、不死とまではいかないがかなりの長寿を誇る。

 しかし、それでも彼女は死ぬ。なぜなら彼女は人だからだ。ゆえに、彼女が死ねば、女性の魔戒法師の中から次の“タム婆”が選ばれ、番人としての地位と力が継承される。

 そうして、紅蓮の森の番人は粛々と続いている。

 虎徹の知る今代のタム婆は、かなりの頑固者で“掟”に厳粛だが、一つだけ弱点があった。無類の酒好きで、特に人間界の美酒に目がないのだ。

 

 

 

 

 「そ、そういえば、魔戒法師のセシリーから言伝を頼まれてたんだったね。」

 「何て?」

 「“紅蓮の森の奥深くで待つ。大事な話がある。誰にも聞かれたくない。”」

 ここでタム婆は言葉を切ると、気まずそうに虎徹を見た。

 「婆さん・・・。」

 『どうせセシリーからも酒もらってたんじゃねえか?

  あいつが虎徹を通すよう手配し忘れるわけがねえよ。』

 ジト目で見やる“牙狼”パートナーズに、タム婆はうっとたじろいだ。

 「わかったよ!通せばいいんだろう?!

  この婆の股の下を通って、どこへなりとも行っちまえばいいさ!」

 やけくそ気味に叫んだタム婆の下――テント状のオブジェの入り口がぼんやりと光った。

 紅蓮の森に続く入口の結界を、タム婆が解いたのだ。

 「わかってるとは思うが」

 「鎧の召喚はできない、けっして走るな振り向くな、だろ?」

 トプンと音を立ててワインボトルを差し出しながら虎徹は言った。

 ボトルを受け取ると、タム婆はうれしそうに目を細めながら軽く指を鳴らした。

 シャキン!

 音を立てて虎徹が右手に持つ退魔の剣が金色の光に包まれ、金の鞘に収まった牙狼剣に変貌した。

 「サービスだよ。行ってきな。」

 「サンキュー、婆さん。

  余計なお世話かもしれないけど、飲みすぎんなよ。」

 牙狼剣を持って、虎徹は礼とお節介を述べてから、紅蓮の森の入り口をくぐった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 モノレールを占拠していた“ウロボロスの瞳”を自称する一団を無事制圧・逮捕して、ヒーローたちは一息ついていた。

 HERO TVはエンドクレジットに入り、ブルーローズがお立ち台の上で歌い始める。

 バーナビーはマスコミの一団に取り囲まれ、さっそくインタビューを受けていた。

 「ふええ・・・人気だな~・・・バーナビーさん・・・。」

 「シュテルンビルトの救世主ですもの。無理ないわ。」

 ドラゴンキッドとファイアーエンブレムがそれを遠目から見守りながら話す。

 当分はこの調子だろうな、と思いつつ、ファイアーエンブレムはバーナビーの表情が気にかかった。

 もうすぐ死ぬと言われたにもかかわらず、バーナビーはあまり動揺しているように見えなかった。助かる方法もある、すでにその手配をしていると言っても、あまり安心したような様子も見せなかった。

 まさか。

 ファイアーエンブレムがそこまで考えた時だった。

 「バーナビーさん?!」

 「どうしたんですか?!」

 「バーナビーさん!!」

 マスコミが一層騒がしくなった。

 見ると、他の人より頭一つ分高いバーナビーの姿が見えなくなっている。

 「どうしたの?!」

 「ハン・・・じゃなくてバーナビー?!」

 「!

  どいて!」

 何が起きたかわからないドラゴンキッドに、ブルーローズもとっさに歌を止めて叫ぶのをよそに、ファイアーエンブレムが人ごみをかき分けてたどり着くと、ぐったりとバーナビーが倒れているのが目に入った。

 「き、急に倒れてしまったんです・・・!」

 おろおろしている記者たちをよそに、ファイアーエンブレムは一通りの応急処置法を施す。

 意識の有無、心肺機能の正常を確認し、フェイスガードが上げられているためにのぞく頬に手を当ててファイアーエンブレムは呻いた。

 「ひどい熱だわ・・・!」

 「氷を出して冷やすわ!」

 「お願い。」

 駆け寄ってきたブルーローズにうなずいて、意識を喪失してハアハアと浅く息をするバーナビーを抱き上げて、ファイアーエンブレムは叫んだ。

 「救急車を、いいえ、トランスポーターの方が速そうね。

  早く病院へ!」

 ホラーの返り血を浴びた者は、ホラーを引き寄せるようになり、百日の後に地獄のような苦しみを味わいながら死ぬ。

 もう時間がないに違いない。

 アポロンのトランスポーターにバーナビーを担ぎこみながら、ファイアーエンブレムはこの場にいない魔戒騎士に心のうちで叫んだ。

 ――タイガー!もう時間がないわ!何してるの?!

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 虎徹はグレートーンの深い森を歩いていた。金色の鞘に収まった牙狼剣は鞘に包まれたまま、鎖で彼の背に背負われている。

 ざくざくと彼が踏みしだいた草は、彼が通り過ぎるなり、ユラリと黒い煙のような陰我を発生させ、そこから次々と素体ホラーがわいてくるが、虎徹は振り向かない。

 紅蓮の森は大量の陰我を内包し、昼だろうとホラーが無限にわいてくる。いちいち相手にしていては命と体力がいくつあっても足らない。

 紅蓮の森の掟、“けして走らない”“けして振り向かない”というのは、背後に沸いてくるホラーを無視して、できる限り彼らへの刺激を最小限に控える為なのだ。

 ガグンッ!

 「だあっ!」

 振り下ろした右足の先の地面が急に抜け落ち、虎徹は大きな漆黒の穴のど真ん中に放り出された。

 パシュッ!ビィンッ!

 間一髪で飛ばしたワイヤーが太い木の枝に引っ掛かって魔戒騎士の体重を支え、虎徹はふうっ吐息をついた。

 『下は見るなよ、虎徹。』

 「わかってる。前はそれでひどい目にあったんだからな。」

 忠告したザルバに、虎徹は上を見上げたまま答えた。

 絶対に下は見ない。以前妻を助けるために森に入った時は、それで巨大なホラーに襲われ、ひどい目にあったからだ。

 この森では少しの判断ミスがたやすく命取りになる。

 紅蓮の森のホラーたちは、森に入ったものがそうと認識しない限り襲ってこない。いかにホラーを認識しないように動くかが森を抜けるポイントになる。

 ワイヤーを巻き取って、再び地面に降り立つと、背筋を伸ばして虎徹は再び歩き出す。

 「あ!タイガーだ!」

 「本当だ!タイガーだ!」

 「よう。おチビたち、変わらねえな。」

 しばし森を進むと、Yの字状に二つに分かれた道の前で、白っぽいローブを着た十歳くらいの童女に会った。

 二人の童女たちに笑いかけられ、虎徹は彼女たちを見下ろしながら朗らかに笑う。

 この童女たちは、森の精霊のようなものだ。人の姿はしていても、本質は人からは程遠い。

 「何しに来たの?」

 「ねえねえ遊ぼう?」

 「悪いな。遊ぶのはまた今度な。」

 「「え~。ケチ~。」」

 二人の少女は不満そうに口をとがらせた。

 「ところで、魔戒法師のセスがこの道を通って行かなかったか?」

 「「魔戒法師?」」

 尋ねた虎徹に二人は顔を見合わせ、すぐに答えた。

 「あ!銀色のおばさんのことだ!」

 「長い髪の綺麗なおばさんだね!」

 「うん。そうだな。でも本人の前で言うなよ~。怖いから。」

 ひきつった笑みで笑う虎徹。

 以前彼女をオバサン呼ばわりしていた若い魔戒騎士(イワンに非ず)が、法術でぼこぼこにされて、逆さ吊りにされていたのを、虎徹はしっかり覚えていた。

 「質問してもいいけど、どっちの言うことを聞く?」

 また始まった。虎徹は苦笑しながら二人の童女の話を聞く。

 「私は70%の確率で本当のことを言うよ。」

 「私は1%の確率で本当のことを言うよ。」

 「んじゃあ、今回もお前さんに言うことを聞こうかな。」

 と虎徹は1%本当のことを言うといった少女に向き直った。

 「私が言ったことの反対の通りにすれば、99%正解だから、でしょ?

  悔しいなぁ。」

 「めげるなめげるな。じゃあ、また今度な。」

 口をとがらせる童女に、虎徹はくしゃくしゃとその頭を撫でて言った。

 「魔戒法師の女の人が行ったのは、どっちなんだ?」

 「あっち!」

 虎徹の問いに、童女は機嫌を直したように微笑んでから、すっと向かって右の道を指さした。

 「おう。ありがとうな。」

 頷いて、虎徹はすっと左の道へ足を踏み出した。

 その直後、ふっと童女たちの姿が掻き消え、それまではうっそうとした森の情景を映し出していた右の道の先が炎が燃え盛る地獄のような情景に変貌した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 病院に運び込まれたバーナビーは、ざっと検査を受けた後、ひとまずは過労による発熱だろうということになり、病院に一室――同じヒーローたちの入院する部屋のベッドに寝かされた。

 トランスポーター内でヒーロースーツは既に脱がされ、今の彼は水色の病人着をつけたまま、ベッドの上で浅く短い息をしながら、体中に油汗をかいて、うなされているように眉をしかめていた。

 「バーナビー君はどうなるんだい・・・?」

 強張った顔で尋ねたのは、キースだ。

 「虎徹・・・何してるんだ・・・。」

 「あの、失礼します。」

 ハラハラしている様子のアントニオがつぶやいた時、ノックと一緒に黒いコート姿のイワンが入ってきた。

 「バーナビーさんが倒れたと聞いて・・・。」

 「アタシが連絡したのよ。」

 言ったのは移動途中でヒーロースーツから着替えてきたネイサンである。

 「本来こういうことは魔戒法師の役目なんですが・・・。」

 そう言いながらも、イワンはてきぱきと準備を進める。

 バーナビーの横たわるベッドの周りを囲むように四つの燭台を設置し、それぞれにろうそくを置くと、そこに普通のライターで火を灯す。

 途端にその火は、バーナビーの具合の悪さに反応するようにゆらゆらとあやしく揺れ出した。

 「これは?」

 「命の燭台です。」

 尋ねたカリーナに応えて、イワンは感情を押し殺すように続けた。

「この燭台は持ち主の生命力を象徴してるんです。この炎が消えた時、バーナビーさんは死にます。」

 誰かが息をのんだ。

 「単刀直入に聞くわ。」

 硬い表情でネイサンが尋ねた。

 「ハンサムはどのくらい持つの?」

 「僕はバーナビーさんがいつホラーの血を浴びたか正確な日を知りませんが・・・。」

 『この調子なら、おそらく持って明日の日暮れまでね。』

 交互に答えた魔戒騎士と魔導具に、パオリンが小さく息をのんだ。

 「明日の日暮れ・・・!」

 「タイガー・・・何してんのよ・・・。」

 カリーナが不安そうにつぶやいた。

 ――私、あの時〈シックスマッチの時〉、ハンサムに言い過ぎたこと、謝れてないのに・・・!

 「タイガーさんは間に合いますよ。」

 不安そうな面々を励まそうというかのように、ギュッと手を握りしめて、イワンは言った。

 「助けるって言った人を、あの人は見捨てない。何があったって。」

 「・・・ああ。あいつなら絶対間に合う。」

 その言葉に、思い直したようにアントニオもうなずいた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ここはどこだろう?

 深い森を、バーナビーは歩いていた。

 素足で枯葉を踏みしめ、日の光は多い茂る枝枝に隠された薄闇の森を、一人、進んでいた。

 バーナビーはうす布のような病人着一枚を纏った状態で、何かに吸い寄せられるように森の中を歩いていた。

 記憶をたどろうとしても、頭の中にもやがかかったように肝心な部分が思い出せない。

 見回しても色彩を失ったような白黒の木々しか、目に映らない。

 もともと視力に問題があって、ヒーロー活動中はコンタクトを使うくらいだったが、ついに色盲にまでなったのだろうか?

 そういえば、今自分は眼鏡をつけてない。コンタクトも入れてないようだ。

 なのになぜ、周囲の情景がはっきりとわかるのだろう?

 ガサリ。

 つらつらとそんなことを考えながら、バーナビーは茂みを一つ、潜り抜けた。

 黒に近い森の光景に、突如、鮮やかな白が現れた。

 ちがう。白いコートとハンチング帽だ。

 「あなたは・・・!」

 『こいつぁ驚いた。』

 なんでこんなところに、とバーナビーが言うより早く、同じように驚いている様子の男の左中指で、魔導輪が口を開いた。

 『兎坊やの奴、魂だけになって紅蓮の森に迷い込みやがった。』

 「魂だけ?」

 聞き返して、バーナビーは思い出す。

 そうだ。自分はいつものようにヒーローとして悪人を捕まえた後、インタビューを受けてたら急に気が遠くなって倒れてしまったのだ。

 何故こんな森の中にいるのだろう?

 『この森は人界と魔界の境に位置している。

 当然、他の次元との壁も紙一枚分の距離しかない。いわゆるあの世への通り道にもなってるんだ。

 ホラーの呪いにあてられた兎坊やの体から、魂だけが飛び出してあの世に向かってるのさ。』

 聞かされた事実は、あっけないほど簡単にバーナビーの胸にすとんと納まった。

 「ちょ!まずいじゃねえか!」

 「・・・そうですか。」

 あわてる目の前の男――虎徹に、バーナビーは奇妙なくらい落ち着き払って言った。

 こんなところでまで出会うとは、目の前の男とは奇縁というか、腐れ縁というか、とにかく、不思議なつながりができたようだ。

 「バニー!今すぐ引き返」

 「この先に行けば、死後の世界に逝けるんですね?

  それじゃあ、僕はこれで。」

 虎徹の言葉をさえぎり、バーナビーは再び歩き出そうとした。

 「バニー?!」

 ぎょっとした虎徹を、バーナビーは足を止めて静かに見つめ返した。

 「いいんです、もう。」

 首を振って彼は言った。

 「両親の敵も討てました。もう思い残すことはありません。

  この先に行けば、僕は死ぬことができる。そうしたら・・・。」

 父さんと母さんに会える。

 心のうちで、バーナビーはそうつぶやいた。

 燃え尽きたとでも言うのだろうか。二十年だ。二十年復讐のために何もかも捧げて生きてきた。仇を討つことができたのだ。もう休んでもいいだろう。

 きっと、父さんと母さんもほめてくれる。よくやった、頑張ってくれたと。

 「・・・本気で言ってるのか。」

 腹の底から絞り出すように、虎徹が呻いた。

 ギチギチとその両の手が握りしめられ、バーナビーが本来は温厚な魔戒騎士の地雷をえぐるように踏みつけたことをザルバは悟ったため、黙り込むことにした。

 「ええ。それじゃあ、そろそろ。

  両親が待ってますから。」

 とバーナビーは道を横断して、深い森の先に進もうとした時だった。

 「逃げるのか。“バーナビー”。」

 ドスの利いた声で、虎徹が静かに言った。

 「え?」

 「逃げるのかと訊いてるんだ。」

 思わず足を止めて、バーナビーは虎徹を振り向いた。

 「逃げる?」

 「ああ、そうさ。何が“両親の敵も討てました、もう思い残すことはありません”だ。

  そんなもん、目標失くしてこれから生きる覚悟もない、根性なしの言い訳だろうが。

  かっこつけてんじゃねえぞ、クソガキが。」

 聞き返したバーナビーに、虎徹は吐き捨てるように言うと、ヅカヅカと歩み寄って、その襟首を乱暴につかんだ。

 「うぐ・・・!」

 「苦しいだろ?痛いだろ?!お前の体が生きようとしている証だ!

 母ちゃんが腹痛めて生んで、父ちゃんに抱き上げられた、生まれることを望まれたその命を、身体は必死に生きようとしているのに、お前はカッコつけてドブに捨てるんだな!」

 ここで虎徹は言葉を切ると、乱暴に手を離して、続けた。

 「両親だけじゃない。

 お前が生きることを望んでいる連中は他にもたくさんいるのに、お前は自分の都合でその命をドブに捨てるんだな。それじゃあ、お前が生きることを望む連中はお前がゴミのように扱ったものを望んだことになるな!」

 ここまで虎徹にきつい言葉を浴びせられたことがいまだかつてあっただろうか?

 呆然とするバーナビーを、虎徹はきつく睨みつけた。

 「いいか、言っておくぞ。

  死にたいと言ってる奴を死なせてやるほど、俺はお人よしじゃない。

  お節介だろうが自己満足だろうが、絶対に助けてみせる。」

 ここで虎徹は、バーナビーが元来た道を顎でしゃくった。

 「来た道を引き返せ。今ならまだ間に合う。」

 「・・・どうせ」

 しかし、バーナビーはそうせず、一度うつむいてから、悲壮感たっぷりに叫んだ。

 「どうせ生きてたって、いいことなんか何一つないじゃないですか!!

  両親は死んだ!もう戻ってこない!僕も死ぬんだ!!」

 「死なせないって言ってるだろう!!」

 負けじと虎徹は声を張り上げた。

 「・・・何で」

 ついにバーナビーのエメラルドの瞳から、ポロリと涙が一粒零れ落ちた。

 「何で、僕なんか助けようとするんですか・・・?」

 「“なんか”なんて言うな。」

 ここで虎徹は声の調子を和らげ、バーナビーの肩に手を置いて言った。

 「人を助けようとするのに、理由なんかいらないだろ?

  それに・・・。」

 「それに?」

 「俺たち、もう仲間だろ?」

 にっと笑いかけられ、バーナビーはパチパチと目を瞬かせた。

 ややあって、彼はぽつりと言った。

 「・・・僕、本当は生きたいんです。」

 「うん。」

 わかっているというように、虎徹はバーナビーの言葉にうなずいた。

 「やっと両親の敵を討つことができて、みんながお祝いしてくれて。」

 「そうだな。よく頑張ったよ、お前は。」

 「やっと敵討ちとか抜きにして、自分のやりたいことを探そうって思って。」

 「探そうぜ!」

 虎徹は満面の笑みで笑いかけた。

 「お前の人生はこれからなんだ。

  お前が幸せになることを、きっと天国の両親も祈ってるはずさ。

 やりたいこと、たくさんあるはずだろ?友達と遊びに行ったり、飲みに行って朝まで騒いだり、恋人とデートしたりさ!」

 「・・・僕は、生きていいんですか?」

 おずおずと尋ねたバーナビーに、虎徹は大きくうなずいた。

 「当たり前だろ、バーナビー!」

 「・・・バーナビーじゃなくて」

 ここでバーナビーはようやく安心したように、ほおの涙をぬぐいながら笑いかけた。

 「バニーでいいですよ。“虎徹さん”。」

 まさしく虚を突かれたように、虎徹は呆けた顔をした。

 「来た道を引き返せばいいんですね?」

 「え?ちょ、バニー?今俺のことなんて」

 「生き延びることができたら、もう一度呼んであげます。

  引き返せばいいんですよね?」

 しれっといったバーナビーに、虎徹は何とか気を取り直して答えた。

 「おう。

  ああ、ちょっと待て。その前に。」

 頷くが、すぐに虎徹はバーナビーを呼び止め、手招きする。

 「バニーちゃん、ちょっと左手を出してくれ。」

 「左手?こう、ですか?」

 「そうそう。」

 差し出されたバーナビーの白い左手、その中指に、すっとそれは差し込まれる。

 髑髏を模した台座の、鈍い銀色の指輪――魔導輪ザルバが。

 「え?!」

 「帰り道はザルバが案内してくれる。

  頼むぜ、ザルバ。」

 『任せとけよ。』

 魔戒騎士の言葉に、魔導輪はあっさり了承したが、バーナビーはあわてた。

 「ザルバはあなたのパートナーじゃないですか!

  僕がするわけには」

 「助かった後で、返してくれたんでいいからさ。

  俺なら大丈夫。」

 虎徹に笑いかけられ、バーナビーはやむなく口を閉ざした。

 「じゃあ、後で会おうぜ、バニー。」

 「はい!あなたも気を付けて!」

 再会の約束を交わし、魔戒騎士とヒーローは別れた。

 片方は森の最奥を目指して歩み。

 片方は来た道を引き返して駆けて。

 去って行った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ガサリ。

 歩き続けた虎徹がたどりついたのは、開けた広場だった。

 ちょっとした運動場ほどはあるその敷地の奥に、魔戒法師の使う魔導陣の上に、縦横高さが三メートルほどの黒い箱が、でかでかと鎮座している。

 箱の表面には、女のバスト像が掘り込まれ、妙な切れ込みも見当たるので、勘のいい人間なら、この箱が変形することぐらい察せられるだろう。

 「こいつは・・・。」

「グラウ竜だヨ。邪魔してもらったら困るから、時の陰我を封じる陣の上におびき寄せてやったんだヨ。心配しなくても、後でちゃんと元に戻すヨ。」

 魔導陣と黒い箱を交互に眺めた虎徹に、箱を挟んで向こう側から声がした。

 ざりっと砂を踏んで箱の向こうから現れたのは、もちろん。

「セス・・・。」

「セスじゃなくてセシリーだヨ。何度言えばわかるわケ?」

 呆れて訂正するセシリーの右手には、赤い苺のような実に、カブのような葉がいくつもついた、不思議な果実が数センチほどの高さを保って浮かべられていた。

 これこそ、虎徹がいま最も必要としている、ヴァランカスの実だ。

 本来、ヴァランカスの実は、今はセシリーの仕掛けた魔導陣によって動けなくなっているが、グラウ竜の体内で精製された、ホラーの恐怖心が結晶化したものだ。

 ゆえに、その数は少ない。次の実ができるのには、またかなり時間がかかるだろう。

 つまり、虎徹は何が何でも実を持ち帰らねばならないのだ。

 対峙する黒髪に白衣の魔戒騎士と銀髪に黒衣の魔戒法師。

 先に口を開いたのはセシリーだった。

 「一応聞いとくけど、このヴァランカスの実を探してるんですっテ?」

 「ああ。セス、悪いがそいつを俺に譲ってくれないか?

  代わりと言っちゃあなんだが、俺にできることなら何でもする。

  だから頼む。」

 「じゃア」

 セシリーは肩をすくめながら言った。

「この実をバーナビー=ブルックスJrに絶対使わないと約束するなら、譲ってもいいわヨ?」

「だっ?!」

完全に想定外のことを言い出したセシリーに、虎徹は目を丸くした。

「ちょっと待て!なんでバニーはダメなんだ?!」

虎徹はすぐさま食って掛かった。

「それじゃまるであいつを見捨てろって言ってるようなもんじゃねえか!」

「まるでじゃなくて、見捨てろって言ってるのヨ。」

これ見よがしにやれやれと首を振ったセシリーに、虎徹は納得がいかない。

「なんでだよ?!わかるように説明しろ!」

「あんた、あたしが魔戒導師としての修行もしてたって知ってル?」

急に話題が飛んだが、虎徹はそれでもうなずいた。

「おふくろさんが魔戒導師だったんだろ?

 ハロルド爺さんから聞いた。」

「そうネ。魔戒導師は魔導力を用いて占術を使い、魔戒法師と魔戒騎士、双方のバックアップをすル。」

 ここでセシリーは言葉を切ると、狩衣のようなコートの袖から三枚のカードを取り出した。

 「先日あたしが占った、あんたの未来ヨ。」

 と、彼女はカードの柄を虎徹に見えるように差し出す。

 『塔』『悪魔』『死神』。虎徹が見る限り、そんな感じの絵柄に見えたが、虎徹はいらいらと首を振った。

 「俺は魔戒導師の知識はねえんだよ!そんなカード見せられてもわけわかんねえよ!」

 「わかりやすく言うト、」

 ここでセシリーはひたと虎徹の琥珀の双眸を見据えながら言った。

 「あんたは、近い将来、死ヌ。

  誰にも助けられず、無様に這いつくばってネ。

  そして、そのあんたにとどめを刺すのガ」

 ビラリとセシリーが新たに取り出して虎徹に見せたカードには、『愚者』の絵柄が描かれていた。

 「あんたが今必死に助けようとしている坊やなのヨ。」

 絶句した虎徹に、セシリーは四枚のカードをしまい、冷然と言い放った。

 「助けた相手に殺されル。これほど馬鹿馬鹿しい死にざまはないワ。

 赤の他人の兎坊やの命と、同じ釜の飯食ったあんたの命と、あたしがどっち取るかなんて、明白でショ?」

 肩をすくめてセシリーは言った。

「悪いことは言わないワ。“実”は横取りされて、どうしようもなかったということにして、引き返しなさイ。あたしはあんたを死なせたくないのヨ。」

 「・・・そういうわけにはいかねえよ。」

 ややあって虎徹は口を開いた。

 いつもの飄々とした調子で口元にはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、彼は続ける。

 「俺がバニーに殺される?

  悪い冗談だ。そんなこと、天地がひっくり返ったってありえねえよ。」

 先ほど見た、生への希望に満ち溢れたバーナビーの笑みが、何よりの証拠だと虎徹は確信していた。

 「あたしの魔戒占術が信用できないっていうノ?」

 不満そうにセシリーが言った。

 「百発百中ってわけじゃねえんだろ?占いはしょせん占いだ。

 こないだなんか、朝のニュースの占いコーナーで俺の星座一位だったけど、楓にお父さんカッコ悪いって言われて・・・うう・・・。」

 最後の方で虎徹は思いっきりうなだれた。どうやらその時の精神的ダメージも思い出してしまったらしい。

 セシリーは軽くこめかみを抑えた。昔からこの同門者は調子を狂わせるのがうまかったが、相変わらずのようだ。

 「つまり、」

 何とか気を取り直し、セシリーは言った。

 「交渉決裂ってわけネ。」

 「そうなるな。」

 軽く足を広げて身構えながら、同じく気を取り直した虎徹は言った。

 「あら、あんたいつからホラー以外の女に手をあげられるようになったノ?」

 「だっ!」

 痛い点を突かれた。

 基本的に虎徹は女性に手をあげるどころか、暴力沙汰が嫌いだ。やむを得ない場合というのはあるが、話し合いや説得で済むなら、それに越したことはないのだ。

 たじろぐ虎徹に、やれやれとセシリーは肩をすくめた。

 「それじゃあ、こうしまショ?」

 不敵に笑い、彼女は身につけているポーチを開けて、それを取り出した。

 それは、木製の、将棋のような駒だった。白く塗られた表面に黒の魔戒文字で“騎士”と書かれている。

 「魔戒騎士と魔戒法師らしク。バルチャスで勝負ヨ。」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バーナビーは走っていた。

 先ほどまではほのかな光が差し込んでそれなりに明るかったのに、いつのまにか夜にでもなったかのように、暗い森の中を懸命に走っていた。

 いつもならこのくらい走った程度では息切れしないのに、今は肺が破れんばかりに息をするのがつらい。足もいたい。

 「なんで・・・?」

 『お前さんが魂だけの存在だからさ。』

 少し足を止めて息を整えながらつぶやいたバーナビーの疑問に、左中指のザルバが答えた。

 『体を離れた状態で動くとなると、その能力は意思の力に比例する。

  普通の人間なら息切れして当然だ。』

 ここでザルバは警戒を促すように付け加えた。

 『気をつけろ。その状態じゃ、NEXT能力〈ハンドレッドパワー〉も使えないぜ。

  いざというときは』

 「シャアアアアア!」

 「うわああああ?!」

 ザルバが言うより早く、どこから湧いてきたのか、素体ホラーが一匹、バーナビーめがけて襲いかかってきた。

 悲鳴を上げながらも、バーナビーはファイティングポーズをとり、蹴りを叩きこむ。

 ドゴンッ!

 「シャギャアッ!」

 「くそっ!」

 蹴飛ばされたホラーは近くの木の幹に叩きつけられる。

 すかさずバーナビーは踵を返して走り出した。

 「ザルバ!こっちでいいんですか?!」

 『おうよ。そのまままっすぐ走れ。

  ぐずぐずしてると、お迎えが来ちまうぞ。』

 今の状況では本当にシャレにならないことを言うザルバに、バーナビーは内心で悪態をつきながらも必死に足を動かす。

 一方のザルバは少し驚いていた。

 実は、ザルバが耳にする限り、バーナビーが彼の名前を呼んだのは、虎徹に託された時が初めてだったのだ。

 ――やれやれ。虎徹がこの坊やをかわいがる理由がわかったような気がするぜ。

 誰にも懐こうとしない動物を懐かせたような気分、と言ったところだろうか。

 ――素直になりゃ、なかなかかわいいところもあるじゃねえか。

 「シャアアアアアッ!」

 ズダンッ!

 「うわああっ!」

 木の陰に隠れていたらしいホラーが、バーナビーを押し倒しのしかかる。

 ハンドレッドパワーの使えないバーナビーは、振りほどくことができない。

 黒い牙をむき出しにして、ホラーがバーナビーに顔を近づけた時だった。

 『バーナビー!俺を奴にかざせ!』

 ザルバの叫びに、反射的にバーナビーはそうした。

 『ガアアアアッ!』

 ゴッゴォォォォウッ!

 「シャギャアッ!」

 ザランッ!

 ザルバは口から金緑色の炎――魔導火を吐き出し、ホラーを焼き払ったのだ。

 あっという間に砂と化した素体ホラーをしり目に、バーナビーは立ち上がった。

 「今、僕の名前を・・・」

 『あとで好きなだけ呼んでやるさ。

  さあ走れ!ぐずぐずしてると肉体とのつながり自体途切れちまうぞ!』

 目を瞬かせて、中指の魔導輪を見やったバーナビーに、ザルバは照れ隠しだろうか、そういって今の装備者をせかした。

 「え、ええ!」

 頷いてバーナビーは再び走り出した。

 その駆け去った後の暗い森の茂みから、素体ホラーが次々と出現すると、ズルズルガチャガチャとバーナビーが駆けて行った方へ向かって行った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バルチャス。それは、魔界に伝わる、チェスのようなゲームだ。

 プレイヤーはそれぞれ盤をはさんで手持ちの駒を動かし、駒を盤上からはじき出す。

 相手の駒を全滅させた方が勝ちという点、そして駒を盤上からはじく方法が、チェスとは異なる。

 バルチャスは、プレイヤーのイメージングと魔導力が大きく影響する。“バルチャスを制する者は最強の魔戒騎士の資質あり”という格言まで存在する、奥深いゲームだ。

 

 

 

 

 場所を紅蓮の森の最奥――開けたのっぱらから、シュテルンビルトのブロンズステージにあるとある廃屋に移す。

 むき出しの鉄筋コンクリートの床に茣蓙を敷いただけの簡素な敷物の上に、将棋盤のようなバルチャスの盤が置かれ、虎徹とセシリーはそれをはさんで対峙していた。

 胡坐をかく虎徹のすぐそばには、丹塗りの鞘に収まった退魔の剣が置かれ、正座するセシリーのすぐ隣には賞品のヴァランカスの実が高坏に乗っておかれていた。

 「もう一度確認するわネ。」

 口を開いたのはセシリーだ。

 「勝った方が“実”の所有権を得ル。だってもでももなシ。OK?」

 黙って虎徹はうなずいた。

 バルチャスなら、魔戒騎士の修行時代に限らず、幼少に父から少々ではあるが手ほどきを受けたし、目の前の女魔戒法師の師に当たる老魔戒法師からも教わった。正式に魔戒騎士になってからも、時々やっている。

 でもそれは対戦相手も同じこと。

 虎徹は盤に視線を落とし、ふと眉をしかめた。

 「おい、セス。」

 「セスじゃなくてセシリーだヨ。」

 顔をあげた虎徹が指摘するより早く、彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。

「魔戒騎士冴島正宗の息子と、魔戒法師ハロルド=クルシェフスキーの弟子の対局にはもってこいでショ?」

 言ってる意味がよくわからず、虎徹は再び盤上に目をやった。

 セシリーが操る白の駒は、虎徹が動かす赤の駒より数が少なく、しかも双方の駒は初期配置ではなく、盤上にばらけておかれている。付け加えるなら、赤の駒も初期数より数が少ない。

 これはまるで。

 「対局中みたいじゃねえか・・・。」

 「“みたい”じゃなくて、本当に対局中だったのヨ。」

 ぽつりとつぶやいた虎徹に、セシリーは続けた。

「これはネ。あの偏屈ジジイと、あんたの無愛想親父がある夜対局して“待った”をかけて、それっきり放置されてたノ。

 正確には、その対局模様を再現しただけなんだけどネ。」

「・・・ハンデのつもりか?」

虎徹は唸るように言った。

 虎徹の見立てでは、この駒配置は完全に詰んでいる。どう頑張っても白側――つまり、セシリーに勝機はない。

「まさカ。あんた、バルチャス強いじゃン。

 チェスとかカードゲームはからきしダメなくせにネ。」

ふふっと笑ってセシリーは続けた。

「時間、ないんでショ?これならすぐに片付くワ。

 それに、言ったでショ?」

不敵に笑って、魔戒法師は言った。

「あたしたちの対局にこれ以上ない駒の配置でショ?

 このゲームの元々のプレイヤーは二人とも、もうこの世にはいなイ。

 あたしたちでその続きをやるのも一興でショ?」

虎徹は沈黙したままだ。

 父・冴島正宗はもちろん、魔戒法師ハロルド=クルシェフスキーも、すでに他界して久しい。

 残されたのは、二人の教えを受けた、魔戒騎士と魔戒法師が一人ずつだ。

 「・・・いいぜ。くどいようだが、この駒の配置のままでいいんだな?」

「そうヨ?言っとくけど、あたし、この状況を破る逆転の一手、ずっと考えてきたんだからネ。」

ややあって答えた虎徹に、セシリーは満足そうにうなずいた。

 「先手はあたしからだヨ。」

 セシリーはすっと手を伸ばし、駒の一つを取り上げて移動させると、拮抗した二つの駒を重ねて、縦にした。

 二人は精神を集中し、それぞれ印を組んだ手で念を送ると、やがて駒の上に魔戒騎士のシルエットが浮かび上がった。

 二つのシルエットは剣を振りかざし、激しく切り結ぶ。

 バシュッ!

 やがて、セシリーの操る影の魔戒騎士が、虎徹の魔戒騎士を斬り捨てた。

 バシンッ!

 同時に重なっていた二つの駒のうち、赤い駒――虎徹の動かすべき駒が盤上から弾き飛ばされた。

 これが、バルチャスが魔戒法師と魔戒騎士などの魔戒関係者にしかできない理由だ。魔導力をもって拮抗した駒を具現化させ、イメージングによって対戦し、勝敗を決する。

 動かすべき駒の配置のみならず、駒に注ぎ込む魔導力の分配まで計算してゲームを展開せねばならないのだ。

 「まずは一手。」

 盤上から飛ばされた駒を目で追い、口元を引き結んだ虎徹に、セシリーは不敵にほほ笑む。

 続いては虎徹のターンだ。虎徹は駒を動かし、セシリーの駒に同じように戦いを挑む。

 バシュッ!バシンッ!

 魔戒騎士のシルエットが切り捨てられ、今度はセシリーの白い駒が盤上から弾き飛ばされる。

 「・・・懐かしいわネ。」

 ぽつりとセシリーが言った。

 「・・・ああ。」

 「師匠の監督のもと、二人でよく対局したわネ。

  あんたが結婚するまでは、トモエもよく見に来てタ。」

 「結婚してから、お前、バルチャスしに屋敷〈うち〉に来なくなっただろ?」

 「あラ。新婚さんを邪魔しないように気を利かせたのヨ?

  感謝してほしいワ。」

 バシュッ!バシンッ!

 ツンとセシリーが言い放ったところで、いくつめかの虎徹の駒が盤上から弾き飛ばされた。

 「聞いてもいイ?」

 「あん?」

 「どうしてあの坊やを助けようとするノ?

  あの子は生きてたら、絶対にあんたを殺そうとするわヨ。」

 「バニーはそんなこと」

 「するしない論はひとまず置いといテ。

  自分を殺そうとする相手をどうして助けようとするか、その神経が理解不能なのヨ。」

 かっとなった虎徹をさえぎって、セシリーは駒を動かしながら言った。

 「・・・そうしないと。」

 バシュッ!バシンッ!

 セシリーの駒を弾き飛ばして、虎徹は続けた。

 「俺が、後悔するからだ。

  俺は魔戒騎士だ。俺は人間を守る。何があったって、絶対助ける。」

 「・・・やっぱり理解不能ネ。」

 虎徹のまっすぐな琥珀を、冬の湖のような青は不機嫌そうに見つめ返した。

 「あんた、自分のことになると途端に鈍くなるわネ。

  今、自分が何言ったか、全然わかってないでショ?」

 「?」

 駒を動かす手を止めて、セシリーは不思議そうな虎徹を呆れた目で見ながら言った。

 「究極のお節介、極上のエゴイストだって言ったのヨ?

  魔戒騎士は神じゃないワ。人間なのヨ。」

 「?」

 まだわかってないらしい虎徹に、セシリーは容赦なく続けた。

 「あれもこれもと欲張って全部救いたイ?我がままじゃなくてなんだっていうノ?」

 「それの何がいけないっていうんだよ?」

 「“二兎を追う者は一兎も得ず。”あれもこれもと欲張ったら、何もかも失うのヨ?

  あんたのそういう所は世間一般なら美徳でしょうけド、」

 再び手を動かし、拮抗した二つの駒を重ねたセシリーに、虎徹も両手で印を組んだ。

 出現した二人の魔戒騎士のシルエットが、激しく切り結ぶ。

 バシュッ!バシンッ!

 虎徹の魔戒騎士のシルエットが切り捨てられ、盤上から駒がはじかれたところで、セシリーは続けた。

「魔戒騎士としては致命的ヨ。別にいいのヨ?二匹のウサギを追っかけて、一匹も捕まえられない程度だったラ。

 でも、ウサギを追っかけた結果、崖から落っこちて狩人が死んじゃいましたってなったらどうするノ?悲しみ苦しむのは狩人の家族なのヨ?

 さらにいうなら、狩人は本来熊やイノシシなどの害獣を捉えるのが仕事だから、他の人間たちも大迷惑ネ。」

虎徹は手を止めて、戸惑ってるらしい表情でセシリーを見た。

セシリーは不機嫌そうに腕組みしている。

「あんたが死ねば、家族が嘆き悲しむのはもちろん、ホラーが野放しになるから被害者が増えるわネって言ってるのヨ。

 大切な人の心を傷つけてまで、他を優先してあれもこれもと欲張るのが、あんたの言う“守りし者”の務めなノ?

 切り捨てるものは切り捨てないと、本当に守りたいものまで失うことになるわヨ。」

 「・・・それでも」

 虎徹は駒を動かし、対戦を仕掛ける。

 真剣な、研ぎ澄まされた刃物を連想させる眼差しだった。

 「目の前で死にそうになってる相手を見捨てられるか。

  約束したんだ。絶対助けるって。」

 バシュッ!バシンッ!

 セシリーの白い駒が盤上からはじかれる。

 「・・・そうだっタ。そういうやつよネ、あんたハ。」

 ふっとセシリーはそれまでの厳しい表情を崩すと、自分の陣の駒を動かした。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バーナビーはひたすら暗い森を駆け抜ける。

 遠くがぼんやりと明るくなった。

 『出口だ!あの光に飛び込め!』

 ザルバの言葉に、バーナビーは頷いてさらに先に進もうとしたが。

 「しゃああああ!」

 「くっ!」

 行かせてなるものかと言わんばかりに無数の素体ホラーが目の前に立ちはだかる。

 「ザルバ!」

 『ガアアアアアッ!』

 ゴッゴォォォォォンッ!

 バーナビーは叫びながら魔導輪を素体ホラーの群れにかざした。

 吐き出された金緑色の炎がホラーの群れを焼き払ったところで、すかさずバーナビーは光のもとへ一直線に駆け出した。

 ボゴッ!ガシッ。

 「うわ!」

 しかし、その途中、突如枯葉が敷かれた地面から生えた黒い手が、バーナビーの足首を掴み、彼を引き倒そうとした。

 『させるかよ!』

 叫んだのはザルバだ。

 途端にバーナビーの体は彼の意思を無視して動いた。

 捕まれてない脚が黒い手を蹴飛ばし、倒れそうになったのを手で逆立ちするように支え、逆立ちから跳ね起きるように跳び、そのまま光のもとへ向かう。

 光に包まれたバーナビーがおぼえているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 虎徹はひきつった表情で盤上を眺めた。

 もうだめだ。完全に詰んだ。赤い駒はその数を減らして、白い駒たちに包囲され、完全に追い詰められてしまった。

 セシリーは無表情に盤上を眺めている。

 ややあって。彼女は言った。

 「待っタ。」

 「はあ?」

 思わず虎徹は聞き返した。

 自分が優勢なのに、この期に及んで“待った”?彼女が何を考えてるかさっぱりわからない。

 「いいから聞きなさイ。あんた、最初の駒の配置、覚えてル?」

 「ああ。親父が優勢だった・・・つーか、すでに王手かけてたんだろ?」

「まあネ。あたし、その対局見てたんだけどね、実は“待った”かけたの、正宗さんの方だったんだヨ。」

 「へ?親父が?」

 目を丸くして、虎徹は盤上を眺めた。

「何か難しい話しながら対局しててネ。終盤の方でかなり機嫌よさそうだったから、それでじゃなイ?

 どっちにしたって、あたしたち魔戒法師チームは、あんたたち魔戒騎士チームに借りがあるのヨ。」

 微笑みながら彼女は言った。

 「あと三十年くらい考えてみたラ?あたしみたいに上手い手を思いつくかもヨ?」

 「いやいやいや!三十年って、俺は今すぐヴァランカスの実がいるから対局したわけで」

「あラ。あたし、バルチャスに付き合ってくれたお礼にヴァランカスの実をあげないとは一言も言ってないわヨ。」

「はああ?!」

もう何が何やら。

全く話について行けない様子の虎徹。

まったくこんな感じだから、この女魔戒法師の考えてることはわからない。

「バルチャスなんてついでヨ、ついデ。

 あんたの本音を聞きたかったノ。」

ここで彼女は真剣な表情で虎徹を見つめた。

「そこまで決めてるんだったら、もうあたしは何も言わないワ。

 でもこれだけは約束しなさイ。」

静まり返った広場に、彼女の言葉が響き渡った。

「何があっても絶対あきらめない、絶対死なないっテ。」

「・・・ああ。約束する。」

虎徹はうなずいた。

「それから、これだけは忘れないデ。

 あたしは、あんたの味方ヨ。何があったっテ。どうなったっテ。」

「ああ。俺もお前の味方だぜ、セス。」

 「セスじゃなくてセシリー!」

 「わかったわかった。」

 虎徹が苦笑しながら答えたところで、セシリーは高坏に乗せていたヴァランカスの実を虎徹に渡した。

 「ありがとな、セス。

  じゃあ俺、急いでるから、そろそろお暇するぜ。」

 「セスじゃなくてセシリー!」

 「おう!またな!セス!」

 「あんた人の話聞いてないでショ?!」

 立ち上がった虎徹が、廃屋から歩み去る。

 一人残されたセシリーはバルチャスの盤を見つめた。

 「これでよかったんでショ?トモエ。」

 ぽつりとつぶやいた。

 「あそこでコテンパンに負かして実を取り上げてたら、あいつ、絶対一生後悔してタ。

  あいつはへらへら笑ってるくらいがちょうどいいんだヨ。

  葬式みたいな不景気面、似合わないヨ。」

 独り言が空しく響いた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 虎徹が息を切らしてバーナビーの入院する病院に駆け込んだ時には、すでに翌日の昼前になっていた。思った以上に、森の最奥との往復とバルチャスの対戦が時間を食ったらしい。

 急ぎ持ってきていた絞り器を使って実から果汁を絞ると、瀕死のバーナビーに吸い口を使って飲ませた。

 途端にそれまで真っ青な顔でハアハアと息を切らしていたバーナビーの呼吸が穏やかになり、うっすらと彼は目を開けた。

 ぼんやりした様子で、眼鏡がないためにぼやける視界のなか、彼は見回す。

 はっきりと見えなくても、色彩でだれがだれだかはわかる。

 カリーナ、パオリン、ネイサン、アントニオ、キース、イワン、そして・・・。

 「虎徹さん・・・。」

 「バニー!」

 パッと虎徹は表情を明るくした。

 「バーナビーさん!」

 「ハンサム、もう大丈夫?!」

 「よかった!そしてよかった!」

 「よかったわね、ハンサム。」

 「ハラハラさせやがって・・・よかったな。」

 「よかったよかったでござる。」

 同じようにパッと明るくなったヒーローたちが次々声をかける。

 泣きながらも笑うパオリンとカリーナに、無邪気に笑うキース。少し離れたところで穏やかにほほ笑むネイサンと、虎徹とバーナビーを交互に見て穏やかに笑うアントニオ、安心のあまりござる口調になったイワン。

 彼らを見回そうと、バーナビーは上体を起こした。

 「バニー。」

 歩み寄ってきた虎徹に気が付いてうなずいて、バーナビーはそっと左手を開いた。

 魔導輪ザルバが、鈍色に光りながら、その手の平に鎮座している。

 「ありがとうございました。

  ザルバも、助かりました。」

 「どういたしまして。」

 『どうってことねえよ。』

 穏やかに返し、虎徹はザルバを定位置の左中指に再びはめたときだった。

 「バーナビー!!」

 バン!

 引き戸が勢いよく開けられ、誰かが病室めがけて駆け込んできた。

 「マーベリックさん・・・。」

 「急に倒れたと聞いてね!すぐにでも駆けつけたかったんだが・・・。」

 ここで彼は気まずげに言葉を切ったが、バーナビーは養父の顔色が悪く、普段は撫でつけられている髪がやや乱れていることに気が付いた。

 山ほど抱えた仕事を無理やり終わらせて、駆けつけてくれたに違いない。

 「坊ちゃん!」

 「サマンサ?!」

 続いて病室に駆け込んできたのは、バーナビーの実家で家政婦をしてくれたサマンサだ。

 「何度も面会しようとしていて、今回は私が許可して通してもらったんだ。」

 「びっくりしたんですよ?!テレビで見てたら急に倒れてしまわれて・・・!」

 説明したマーベリックに、サマンサは涙ぐみながら、ベッドから出ていたバーナビーの右手を握った。

 「元気そうでよかった・・・!

  あなたに何かあったら旦那様と奥様に顔向けできません・・・!」

 バーナビーは呆然としたまま、周囲を見回した。

 こんなに、自分を思ってくれる人がいたのだ。

 視線を動かして、今はマーベリックたちから死角になるカーテンの影にいる虎徹を見た。

 な?助かってよかっただろ?

 そう言わんばかりに、虎徹は満面の笑みでうなずいて見せた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バーナビーの無事に喜んだマーベリックだが、すぐに照れくさそうに咳払いして、ヒーローたちに今見たことは内密にするようにと言い渡した。

 合理主義のメディア王の親ばかな一面に、ヒーローたちは面食らいながらもうなずいた。

 それから駆け込み見舞いの二人が退室してからは、病室でありながらも、ワイワイと騒ぎ、看護師が注意に来るまで、騒動は続いた。

 やがて面会時間がおわり、女子組ヒーローは帰宅し、魔戒騎士二人は仕事に繰り出した。

 そして。

 念のため大事を取って三日入院し、その後も一週間自宅で養生を言い渡されたバーナビーはこっそり病院の屋上に出ていた。

 医者ですら、何をやっても下がらないバーナビーの熱がほんの一時間程度であっさりと回復したことを不思議がっていたが、治ったならいいかということで流すことにしたらしい。

 病人着の上に羽織ったカーディガンが風になびき、パタパタとスリッパが音を立てる。

 「寒い・・・。」

 夜明けに近く、空の彼方が薄明るいとはえ、まだ夜中なのだ。

 それでも何となく目が覚めてしまったバーナビーは同室のヒーロー二名が熟睡していることをいいことに、こっそり抜け出してきたのだ。

 「まぁた、ホラーに襲われるぞ、バニー。」

 からかうように声を掛けられ、バーナビーはぎくりと肩を震わせた。

 「なんてな。もう呪いは浄化したんだ。

  これからは普通の人間だ。ホラーが寄ってくることは、もう二度とねえよ。」

 「虎徹さん・・・。」

 いつやってきたのか、白いコートを風になびかせながら、バーナビーから少し離れたところに虎徹が立っていた。

 「なんでここに?」

 「病院寄ろうとしたらバニーが見えたから、ワイヤー使って登ってきた。」

 あっさり答えた虎徹に、バーナビーがひそかに何やってるんだこの人・・・と呆れた時だった。

 ふっと町の光が次々と消えていく。

 「お?ちょうどいいや。」

 「え?」

 街並みに視線を向けた虎徹につられて、バーナビーもそちらに目を向けた。

 最後の明かりが消えた頃。彼方が金色の線が広がるように明るくなり、空が明るいグラデーションを描いていく。

 夜明けだ。

 「きれいだろ?薔薇色っつーか・・・。」

 言葉を失くすバーナビーに、虎徹は穏やかに言った。

 「いつもクタクタになるけど、こういう光景を見るの、悪くねえんだ。」

 「・・・わかる気がします。」

 ひどく穏やかな気分だった。

 ふと、バーナビーは思い出した。

 金色。そうだ。

 「僕、きっと昔から、あなたを知ってました。」

 「へ?」

 改めて虎徹に向き直ったバーナビーに、間の抜けた声で虎徹は聞き返した。

 「俺たち、どこかで会ったっけ?」

 「そうじゃなくて。」

 ここでバーナビーは一度言葉を切ると、大切な宝物をこっそり見せるような表情で続けた。

 「僕の家に絵本があったんです。

  タイトルは忘れましたが、金色の騎士が、金色の馬に乗って怪物を倒していく話です。

 僕、寝る前にあの絵本を読んでもらうのが好きで。お母さんによく読んでもらったんです。」

 火事で焼けて、その時の絵本もなくなってしまったが、幸せだったそのときの記憶は確かに残っている。

 ジェイクとの戦いを見て、そのことを思い出した。

 「ありがとう、魔戒騎士。

  僕、生き残れてよかったです。」

 改めて、バーナビーはお礼を言った。

 呆けたような虎徹は、ややあって照れくさそうに笑ってから胸を張った。

 「ま、まあな!当然だって!」

 『ところで、バーナビーはこれからどうするんだ?』

 口をはさんだのはザルバだ。

 『両親の敵討ち、済んだんだろ?

  ヒーロー活動する目標、無くなっちまったな。』

 「それは・・・。」

 バーナビーは言葉を切ってしばし考えた後、答えた。

 「ひとまずはキングオブヒーローを目指してみます。」

 「お?やる気だな。」

 「今いるところの頂点を極めて、それからまた考えてみます。」

 虎徹に言ったのは言い訳だとバーナビーはわかっていた。

 本当は違う。

――魔戒騎士じゃないけれど、僕は人を助けられる。そして僕は、あなたが見たかった世界にいます。

 ヒーローとして、人々を救い、彼らに希望を与える世界に。

 ――あなたの分も、僕が活躍しますよ、ワイルドタイガー。

 誰も知らない、けれど確かにこの街の守護者である男の名をバーナビーは心のうちでつぶやく。

 「そうか。頑張れよ。バニーならきっとなれるさ。」

 「はい!」

 バーナビーは満面の笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 #11END

 GO TO NEXT!




 よお!バーナビーをちゃんと名前呼びしてやる方、ザルバだ。
 さあて、一気に十ヵ月後に飛ぶぜ。
 その間もいろいろあったんだけどな。
 バーナビーもヒーロー活動ご苦労さん。
 お?今度ブルーローズと組んでユニット活動するって?
 虎徹宛てに招待状持ってくるとはな。
 懐かれたもんだな、虎徹。
 だからってホラーが退散するわけもないけどな。
 次回、“変節”。
 ワイルドに吠えてやれ・・・って、誰だお前!?
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