牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 しょっぱなからマーベリックの話とか、誰も読みたくないですよね(苦笑)。その分、直後に牙狼の華麗なバトルが入ってるので、お楽しみください。
 ついでに青薔薇さんと何かに目覚めたらしい兎さんのおじさんをめぐる争いがひそかに勃発したようです。ほほえましいですね。
 さて。アニメではこの話からおじさんの能力減退が始まってましたけど、魔戒騎士なおじさんは能力減退程度でへこまないだろうしな・・・と思ったら、ドラマ第二期のMAKAISENKIの方でへこませる材料を発見!利用しない手はないですよ!
というわけで、新しく問題が浮上して、後半が始まります。


#12 変節

 闇に潜む魔獣ホラー。

 人を喰らい、人を憎悪する魔獣。

 かつて人はその魔獣の影に怯えていた。

 しかし人は希望の光を手に入れた。

 魔戒騎士という名の希望の光を。

 魔獣を狩りし者、人を守りし者・・・。

 人は彼らをそう讃えた。

 

 

 

 

 ――魔戒楽士 星野結奈著 回顧録 第十二章より

 

 

 

 

  #12. 変節~蠢動する闇と、虎の異変~

 

 

 

 

 二十一年前。ND1957年12月24日。午後八時。

 アルバート=マーベリックは必至に車を運転していた。

 今宵――クリスマス・イブは、今肉体関係を持っている女性のもとで一夜を過ごすつもりだった。少なくとも、その電話がかかってくるまでは。

 『アル!助けて!バーナビーが!バーナビーが!!』

 受話器から聞こえてきたのは、親友の妻にして、自らの想い人、エミリー=ブルックスの悲鳴だった。

 何があったか聞き出す前に、電話が途切れてしまった。アルバートはすぐさま車に飛び乗り、ブルックス邸を目指した。

 

 

 

 

 ここの所、バーナビー=ブルックスの様子がおかしいことは、アルバートも気が付いていた。些細なことですぐに怒鳴り散らすし、常に何かイライラしているようだった。温厚で落ち着いた物腰のバーナビーにしてはらしくなかった。

 彼らの開発中のアンドロイドの研究がうまくいってないのだろうか?

 比例するように、エミリーの様子もおかしかった。ひどく疲れたような顔をしていることが多く、服や化粧で隠そうとしていたが、青痣や擦り傷をあちこちに作ってくるのだ。心配したアルバートは問いただしたが、エミリーは笑って大丈夫とごまかすだけだった。

 あまり考えたくないことだが、ひょっとしたら、バーナビーが家庭内暴力を行ってて、エミリーがその被害者になっているのかもしれない。

 だとしたら、自分は彼を止めなくては。親友としても、エミリーを大切に思う男としても。

 

 

 

 

 ようやっとブルックス邸の前に乗り付けたアルバートは、目の前に光景に呆然とした。

 燃えている。赤々とした炎を天めがけて吐き出しながら、ブルックス邸が燃えている。

 あそこには・・・!

 「バーナビー!!エミリー!!」

 叫んで彼が車から降りて邸宅めがけて駆けだそうとした時だった。

 赤々とした炎の海から、黒い点が二つ、ゆっくりと歩み出てきた。

 それを見たときの、アルバートの気持ちを、何と表現すればいいのだろうか?

 恐怖、だった。

 圧倒的な恐怖と、何をやっても待ち受けているだろう死に、逃走すら無駄と思わせる、強大な絶望感。

 ヘタリ。

 駐車スペースに降り積もった雪の中に、彼はしりもちをついた。

 冷たいとか寒いとか感じる以前に、圧倒的な恐怖に、身を震わせ、がちがちと歯を鳴らした。生物としての本能が、わめきたてている。

 目の前の存在には絶対に勝てない!

 炎の海から歩み出てきたのは、黒ずくめの人間が二人だった。

 一人は身の丈ほどの、分厚い鉄の塊のような剣を背負った、狼を模した黒い甲冑を纏っている、長身の男。

 もう一人は、漆黒のローブを纏い、深々とローブをかぶっているため、体格はおろか、性別もさっぱりわからない。

 そうして、漆黒のローブの男は、肩に無造作に人間を二人、かついでいた。

 すすで焦げた、ふくよかな女性と、金髪の子供。

 アルバートは、それが家政婦のサマンサ=テイラーと、大切な二人の子宝バーナビー=ブルックスJrだとすぐに分かった。

 ドサドサ。

 黒ローブの人物が気絶している様子の二人を雪の中に乱暴に放り出した。

 「女はいらん。殺せ。」

 「ガキの方は?」

 「九日目に会った、九人目の少年。九つのおもちゃを持っていた。

  適格者だ。必要になる。」

 黒ローブの人物(先ほどの会話の声から、男とわかった。)と甲冑の男が何を話しているか、アルバートにはさっぱりわからなかった。

 しかし、これだけははっきりしていた。

 このまま放っておけば、二人が危ない!

 「や、やめろぉぉぉ!」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ND1978年。現在。

 不夜都市シュテルンビルト。

 地上に横たわる、人工の光の群れ。

 しかし、そこに住まう人々の心は、その輝きからは程遠く、闇に跳梁跋扈する者が強く惹かれるほどに、よどみきっていた。

 

 

 

 

 ウロボロスによるシュテルンメダイユ占拠と、シックスマッチから十ヵ月ほど経ち、時節は再び風が冷たくなり始めるころに差し掛かっていた。

 街は再び元の喧騒を取り戻し、一時期は嫌というほど街を騒がせていたウロボロスの名は風化し始めていた。

 しかし、闇の胎動は静かに、しかし確実に始まっていた。

 

 

 

 

 トンッ。

 頑丈なブーツをはいた足が、ビルの屋上を蹴る。

 夜である。

 漆黒のビロードを敷き詰めたような夜空の下に、輝く星の河のような不夜都市、シュテルンビルトが横たわり、そこにそびえたつビルの間を一人の男が疾駆していた。

 白いコートのような魔法衣を翼のようになびかせた、長身の男――鏑木・T・虎徹である。

 彼の眼前を疾駆する者がいる。

 『しつこい奴め!』

 「あいにく諦めの悪さには定評があるんでね!」

 振り返り怒鳴ったのは、男だった。

 丸々した毬のように太ったその男は、ぼさぼさの茶髪に、終始落ち着きなく青い目を瞬かせ、豚にそっくりであったが、その大きな体躯からは想像もつかない足の速さを見せ、ただいま背後の魔戒騎士とデッドチェイス真っ最中である。

 と、唐突に、虎徹は方向転換して、まったく見当違いの方向に向かって駆け出した。

 やっと諦めたか。

 丸々した男はにんまりしながら、短く見える手足のどこにそんな力があるのやら、ひょいひょいといくつもビルの上を渡り。

 ズドォンッ!

 「よう。待ってたぜ。」

 先ほど振り切ったはずの魔戒騎士が飄々たる様子でたたずむ、人気のない資材置き場に、重々しい音を立てて着地してしまった。

 『き、貴様?!』

 「いやぁ、あっちのルートは回り道になるからさ。」

 ダテに二十年――正確には二十一年、虎徹はシュテルンビルトで魔戒騎士をしているわけではない。シュテルンビルトの地理は熟知している。

 あっけらかんと言った虎徹に、丸々した男は悪鬼のような形相となると、そのまま勢い任せに突進してきた。

 イノシシのような突進だったが、虎徹は白いコートをなびかせ、軽々とよける。

 「ヒュー!闘牛みてえだな。

  オ!レ!」

 『そりゃフラメンコだろ?ふざけてる場合かよ。

  まあ、牛みてえだってのは否定しねえがなぁ。

 もっとも、闘牛なんて気取ったものじゃなくて、脂肪たっぷりの食用ビーフの方が正しいだろうぜ、きっと。』

 白いコートの裾をふざけ半分にばさりっとなびかせ、ポーズを決める虎徹に、その左中指の指輪――魔導輪ザルバが茶々を入れる。

 たしなめながらも、魔導輪の言動もまた十分ふざけていた。

 『ふざけるなぁぁぁ!』

 メゴメゴメゴォッ!

 ぶよぶよした贅肉をはじけさせ、男の肉体は変貌する。

 丸いゴツゴツした鉄球が、手足を生やしたようなコミカルな体躯だが、軽く直径四メートルはある。

 鉄球の上の方に切れ込みがあり、どうやらそこが目になっているようだ。

 『ホラー“イアール”だな。

  道理ででかい図体の割に、素早いわけだ。』

 「ワイルドに吠えるぜ!」

 シャンッ!

 退魔の剣を抜剣した虎徹は、その切っ先を頭上に向け、ヒョウッと金色の光の円――鎧の召喚陣を描く。

 そこから放たれる光に包まれた直後、彼は虎を模した金色の鎧をまとった、魔戒騎士“牙狼”の姿となり、手にした退魔の剣も、刃が一回り大きくなって鍔飾りがついた牙狼剣となった。

 ガシャションッ。

 ビュゴワッ!

 同時にホラーはその短い手足を丸々した胴体のうちに亀のように引っ込めると、完全に球体となり、騎士めがけて解体業者が用いる鉄球のように突っ込んできたのだ。

 ガギャギンッ!

 騎士は構えた剣ではじくというよりも、剣ごと吹っ飛ばされるように跳びさがった。

 すさまじいパワーとスピードだ。

 ソウルメタル製の剣は折れずに済んだが、鎧越しでも手が痛む。

 ならば。

 ヒュピピッと騎士は剣先で空中に赤い印を切る。

 ガッガシャァァァンッ!

 すると、その印を描かれた部分から、ガラスが砕けるように空間を粉砕して、赤い鬣に、鎧を纏ったような金色の馬らしき生き物が飛び出してきた。

 魔導馬“轟天”。百体のホラーを討伐した魔戒騎士が試練を乗り越えて騎乗を許される、魔戒獣だ。

 素早く騎士は魔導馬に飛び乗ると、手綱を握った。

 バガツッ!

 『リィィリリリリィッ!』

 “轟天”は後足立ちをして、高くいなないた。

 同時に、騎士の背からタスキのような黒い帯が長く伸び、牙狼剣が一段と分厚く大きな刀身の大剣――牙狼斬馬剣に変貌する。

 ギョルリッ。

 球体ホラーが空中で回転し、切れ込みが人馬に向けられる。

 無駄なことを。

 そう言いたいのだろう。

 ビュガワゥッ!

 再び勢いよく球体ホラーが突っ込んできた。

 ダカカッ!ダカカッ!

 負けじと魔導馬も蹄でアスファルトを蹴り、駆け出した。

 バガガツッ!ドッガァムッ!

 球体ホラーを足場にするように、轟天は跳ぶ。

 そのまま反動で球体ホラーはアスファルトにめり込む勢いで叩きつけられた。

 ダカッ!ダカカッ!

 轟天は着地し、素早く球体ホラーに向き直る。

 ジャキジャキィンッ!

 球体ホラーは今度は体中からトゲトゲを生やし、棘付き鉄球〈モーニングスター〉のような姿となる。

 ガツッガツッ。

 轟天が蹄でアスファルトを掻く。

 ビュドウワッ!

 ダカカッ!ダカカッ!

 ギンギギギィンッ!

 再度空を切って、球体ホラーが迫る。

 轟天は地を蹴り、球体ホラーに突進し、馬上の騎士は大剣をふるい、棘を薙ぎ払う。

 ビギンッ!

 牙狼斬馬剣の鋭い切れ味に、棘の半分近くがごっそりと削げ落とされる。

 バガツッ!

 断ッ!

 素早く身を切り返しながら、魔導馬が再び飛ぶ。

 一刀両断。

 牙狼斬馬剣が球体ホラーを真っ二つにしていた。

 ゴドドォォンッ!

 ザランッ。

 重々しい音を響かせながら、球体ホラーは地面に落ちると、そのまま砂と化して消えた。

 フヒュッ。ガシャンッ。

 同時に魔導馬は鎧ともども光となって消え失せた。

 「終了!」

 大きく伸びをする虎徹は、そのまま踵を返して資材置き場を後にした。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「虎徹さん!」

 キキッとブレーキをかけて、バイクが夜道を歩く虎徹のすぐそばに止まった。

 「よお。バニー!元気そうだな。」

 「はい。おかげさまで。」

 乗り手を見て笑いかけた虎徹に、彼――バーナビーはにこにこと返した。

 この十ヵ月で、彼の態度もかなり柔らかくなり、一緒に酒を飲んだり食事をしたりする仲になった。

 ・・・ただし、どうもバーナビーは呪いうんぬん以前にホラーがらみの騒動に巻き込まれやすい体質らしく、この十ヵ月の間にも何度か騒動に巻き込まれ、見かねた虎徹が再びザルバの分身指輪を渡したくらいである。もっとも、それは指につけられることなく、鎖に通され、ペンダントとして胸につけているのだが。

 「今からお帰りですか?」

 「まあな。そっちもか?」

 「ええ。撮影が長引いてしまいまして。」

 苦笑して、バーナビーはチェイサーのタンデム席をちらっと見て言った。

 「乗っていきませんか?送りますよ。」

 「んじゃ、お言葉に甘えて。」

 頷いて、虎徹はひらりとバーナビーの後ろにまたがり、彼にしっかりつかまった。

 「おー、さすがヒーロー。

  筋肉質なのなー。」

 「何当たり前のこと言ってるんですか。」

 などと言いながら、バーナビーはチェイサーを発進させた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「ここまででいいぜ。ありがとな。」

 屋敷の近くの大通りの路肩で、タンデムシートから降りながら言った虎徹に、バーナビーは「どういたしまして。」と答えた。

 「あ、そうだ。」

 と、ここで彼は何か思い出したらしく、ごそごそと赤いライダースジャケットの内ポケットを探る。

 「あった。

  これ・・・。」

 すっと彼は何か差し出してきた。

 「その、よかったら、来てもらえませんか?」

 「ん?“B&Bスペシャルライブ ~夏の恋はお疲れサマー~”?

  え~っと・・・何これ?」

 「今度ブルーローズ先輩と一緒にスペシャルライブコンサートをやるんです。

  “仕事”がなかったらでいいんですが・・・。」

 街灯の明かりでチケットに印刷された文字を読み上げて尋ねた虎徹に、バーナビーははにかみながら言った。

 「へえ!面白そうだな。絶対行く!

  仕事入らないようにしとくぜ!」

 チケットをしまって大きくうなずいて虎徹に、バーナビーはぱっと嬉しそうに笑った。

 「はい!きっとですよ!」

 ここで彼は再びチェイサーのハンドルに手をかけ、自分のマンションのある方へ前輪を向けてから、軽く手を振った。

 「それじゃあ、僕はこのへんで。」

 「おう。お休み、バニー。

  一人で危ない所へ行くなよ!」

 「行きませんよ!ホラーに会いたくありませんから!」

 ひらひらと手を振った虎徹に言い返し、バーナビーを乗せたチェイサーはまばゆい大通りに姿を消した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 『嬉しそうだったな、バーナビー。』

 「ああ、生き生きしてる。」

 帰宅した虎徹は書斎でストックホルダーにザルバを置くと、二人は穏やかに語りだした。

 「やっとあいつは、誰のためでもない、あいつ自身の人生を歩き出したんだ。

  生き生きしてて当たり前だろ?」

 『・・・話は変わるんだが。』

 「何か引っかかることがあるのか?ザルバ。」

 『最近妙に静かだと思わないか?』

 ザルバの言葉に、虎徹はしばし黙した。

 「ホラーの出現数がいきなり減ったことか?」

 『ああ。ジェイクを倒してから、妙に静かになった。

 バーナビー坊やと出会ってから、あんなに騒がしかったのに、ここの所ご無沙汰状態に近かった。』

 「俺たちが暇なのは、いいことだろ?」

 口では虎徹はそういうものの、彼も不安らしく、眉根を寄せている。

 まるで嵐の前の静けさのような。

 「何か起こると決まったわけじゃない。」

 自身に言い聞かせるようにそう言って、虎徹はデスクから立ち上がると、窓辺に飾ってある写真立てを手に取った。

 魔戒騎士の正装姿で、椅子に座って生まれたばかりの娘を抱いた妻の傍らに立っている己の姿と、かなり若い――結婚式の時のものの、二枚の写真が収められている。

 写真の中の二人は穏やかに笑っている。

 それでも虎徹が大丈夫と言い切れないのは、平穏というものは突如として打ち崩されることを、彼は無意識的であれ、知っているからだが。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 カリーナは頬杖をついて白いチョークで文字がつづられていく黒板を眺めていた。

 授業中真っただ中、彼女はらしくもなくぼんやりとしていた。

 栗色の瞳は目の前のことを見ていない。

 思考は遠い過去のことに向かっていた。

 ピンチの自分を救った、白いコートを纏った男。

 ――は、白馬の王子なんてがらじゃないわよ。あんなのおじさんだし!

 おっちょこちょいで、すぐ子ども扱いしてきて。

 ――でも頭撫でられるの嫌いじゃないし・・・時々かっこいいかな、とか・・・な、何考えてるのよ?!

 いつもにこにこしている表情で、でもあの怪物に立ち向かうときは凛と冴えわたっていて。

 ――ギャップってやつ?

 「Missライル!」

 はたとカリーナは我に返った。

 眼鏡をかけた女教師が教科書片手に、カリーナを睨むように強く呼んでいる。

 「教科書49ページ、13行目から読んでください。

  考え事もいいですが、授業はしっかり受けてくださいね。」

 「す、すみません。」

 あわててカリーナは指示された部分を読み上げ始めた。

 

 

 

 

 一日の授業カリキュラムを消化し、友人たち(カリーナは知る由もないが、彼女たちはカリーナの現状を的確に把握し、ついにカリーナに春が!とひそかに騒いでいた。)と別れたカリーナは、最後のリハーサルをすべく足早にスタジオに向かっていた。

 しかし、頭の中では、友人たちに言われたことがぐるぐると取り留めのないワルツを踊っている。

 ――錯覚?気になるだけ?ちょっと変わった感じだから?

 なんだか違うような気がする。しかし、それがなんなのか、具体的な言葉が、カリーナにはわからなかった。

 「お?カリーナじゃねえか。」

 「た、タイガー?!」

 悩みの種の張本人が出てきて、とっさのことにカリーナはぎくしゃくしてしまった。

 虎徹は相変わらず白いコートを纏ってハンチング帽をかぶっているが、今は昼間だからか、モスグリーンのシャツにベストとネクタイのアーバンスタイルだ。

 「学校帰りか?」

 「そ、そうよ。これから仕事なの。

  あんたは?」

 「“番犬所”からの帰りだ。」

 「“バンケンジョ”?」

 「俺たち魔戒騎士をまとめている神官たちの詰所だよ。

  勤め先の会社みてえなもんさ。」

 なるほど。

 虎徹の説明にカリーナはうなずいた。

 「ところで、今度バニーと一緒にコンサートするって?」

 ドキン。

 虎徹の言葉に、カリーナはとっさに彼を見上げた。

 虎徹は相変わらず穏やかに笑っている。

 「な、なんで知ってるの?!」

 「ん?バニーからチケットもらったんだ。絶対見に行くからな。」

 出遅れた!

 虎徹の返答に、カリーナはなぜかとっさにそう思った。

 しかし、次の瞬間に、カリーナは複雑な気分になった。うれしいような、悲しいような。跳び上がりたいような、肩を落としたいような。何とも形容しがたい感情だった。

 「ま、まあ、期待せずに待っておくわ。」

 ツンとそっぽを向いて言ったカリーナに、虎徹は柔らかく微笑んでいった。

 「頑張れよ。応援してる。」

 「い、言われなくてもやるわよ!子ども扱いしないで!」

 くしゃくしゃと頭を撫でた虎徹の手を振り払って、カリーナは文句を言った。

 「悪い悪い。

  んじゃ、俺はこのあたりで。」

 「う、うん。じゃあ、またね。」

 ひらひらと手を振って、道を曲がっていく虎徹の白い後姿をカリーナは見送ってから、スタジオへの道を歩く。

 頑張ろう。

 撫でられたばかりの頭を、髪を整えるように触ってから、カリーナは一つうなずいた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 さてさて。

 いよいよ満を持してイベント当日である。

 「うわ~・・・長蛇の列じゃねえか・・・。」

 コンサートのあるアリーナの前にて、念のため魔戒騎士スタイルの虎徹はわいのわいのと騒ぐ人ごみを前に、茫然としていた。

 グッズコーナーはすでに売り切れ状態で、団扇やら、応援衣装やらでめかしこんだファンたちがわいわい騒いでいる。

 「もうちょっと早く来りゃよかった・・・。」

 バーナビーとブルーローズを思わせるピンクと水色の花束を抱え、虎徹は肩を落として呟く。

 ついでに娘に限定CDを送ってやれば株が上がると、せっかく執事のマクシミリアンからアドバイスももらったというのに。

 「おう。虎徹。」

 「ア・・・じゃなくて、ロックバイソン。」

 トントンと肩をつつかれ、虎徹が振り向くと、そこにはヒーロースーツ姿の親友がいた。

 「お前はこっちだ。ハンサムから頼まれてな。」

 「そっか。サンキュー。」

 のっそりと先導するロックバイソンにお礼を言う虎徹。

 「ところで、どうしたんだ?出動・・・ってわけでもなさそうだが?」

 「・・・察しろ。」

 尋ねた虎徹に、ロックバイソンは背中に暗雲が見えそうな雰囲気でうなだれた。

 「あ~・・・。」

 ここで虎徹は思い出す。

 そういえば、最近ロックバイソンは絶賛ランキング最下位を独走状態だった。

 ひょっとしたら会社の上司から何か言われたのかもしれない。

 「ま、まあ元気出せって。

  ジェイクとの戦いは、お前のおかげで本当に助かったんだし。

  そのうちいいことあるって。」

 「・・・だといいんだが。」

 ぽんぽんと肩を叩かれ、ロックバイソンは何とか立ち直って言った。

 「実は最近芸能人関係の間で楽屋荒らしが頻発していてな。

 念のために、今回のイベントでそういうことがないように、二部ヒーローズたちと併せて警護することになったんだ。」

 「へえ。大変だな。」

 「そっちはどうなんだ?」

 「ん?こっちも比較的平和だな。

 ちょっと前に大型のやつを退治したけど、ジェイクとの戦い以降は、ぽつぽつ程度にしか“仕事”がねえな。

 まあ、俺もお前も仕事がない方がいいんだろうけどな。」

「・・・そういう考え方ができるあたり、お前がうらやましいな。」

近況を報告しあいながら、二人はアリーナのスタッフ専用の扉の前に立った。

「ここから先をまっすぐ行ってから、突き当りを右に曲がると楽屋だ。

 花とかが贈られているから、すぐわかると思うぞ。」

『なるほど。その恰好じゃ、中には入れないか。

 ドリルが引っ掛かって。』

 口をはさんだのはザルバである。

 「わかっている・・・。

  それじゃあ、俺は持ち場に戻るぞ。」

 「ああ。頑張れよ、ヒーロー。」

 気のせいか、背中がすすけて見えるバイソンを見送ってから、虎徹は扉をくぐった。

 

 

 

 

 「あれ?」

 最終チェックも終了し、いよいよ本番という所で、ブルーローズは一度楽屋に戻ってきた。

 歌うという行為は、非常に口が乾きやすい。だから、ブルーローズはコンサートの前に必ずある程度水分を摂取することを心がけている。

 スポンサーにもなってもらっている会社の炭酸飲料に口づけてから、ふと彼女は気が付いた。

 お気に入りのバッグがなくなっている!

 「え?嘘?!」

 あわててごそごそと椅子の下をのぞいたり、ああでもないこうでもないと探すブルーローズをよそに、彼女の予備の衣装を着込んだその男は必死に願っていた。

 早く出て行ってほしい!

 その願いが天に通じたのか、ブルーローズは首をひねりながら部屋を出て行った。

 途端にすっと男は姿を現した。露出度の高いブルーローズの衣装に身を包んだガリガリの金髪の男で、フクロウのような大きな眼鏡をかけている。

 男は肩を大きく上下させ、ゼエゼエと息を切らしていた。

 

 

 

 

 この男、名前をライオネルといい、もともとはアポロンメディアの社員であった。約一年ほど前に、クビにされるまでは。

 彼は、体格が似通っているという理由から、最初はバーナビーの影武者として雇われたのだ。(アポロンメディアのCEOが万が一の事態も危惧して手配していたらしい。)ところが、そこにバーナビーと同じ能力で似通った体格の虎徹が割って入るかのように登場。土壇場で影武者の座を彼に奪われてしまったのだ。

 食い扶持を失った彼は、その能力――“息を止めている間だけ透明になれる”能力を利用して、アポロンメディアに勤務していた間に把握した芸能人の楽屋を荒らし、彼らの持ち物を泥棒するようになった、というわけである。

 

 

 

 

 閑話休題。

 一方のブルーローズはスタッフたちの誰かが知らないだろうかと廊下を歩き出そうとしていたが、すぐに足を止めた。

 ヒーロースーツを纏ったバーナビーが、誰かと穏やかな顔で話している。

 あの白いコートにハンチング帽をかぶった後ろ姿は――!

 「タイガー!」

 「よお。ブルーローズ。」

 呼びかけられ、虎徹は振り向いてにっと笑う。

 「僕が中に入れてもらうよう、お願いしておいたんですよ。」

 「おう。何だか悪いな、バニー。」

 ここぞとばかりに職権乱用するバーナビーだったが、ブルーローズはうれしくなった。

 しかし、行動はなかなかその通りにできない。

 「遅いのよ!イベント三十分前とか、ありえない!」

 「え?!そうなのか?!」

 「僕たちもあと少しでスタンバイしなければなりませんし。」

 驚く虎徹に、バーナビーが笑いながら説明した。

 「そっか・・・なんかバタバタしてるときにごめんな。

  これ、二人に。」

 と、虎徹は抱えていた花束をブルーローズに差し出した。

 「え?あ、ありがと。」

 驚きながらも、ブルーローズは花束を受け取る。

 自分に花束を差し出してもらったことがうれしくて、ついつい口元が緩む。

 「楽屋に置いてこないと」

 と言いかけ、彼女は思い出した。

 そうだ!バッグ!

 「? どうした?」

 ブルーローズが険しい表情になったのを見逃さずに、虎徹が尋ねた。

 「・・・実は、バッグが見当たらないの。

  確かに楽屋に置いたと思ったんだけど。」

 「まさか、例の楽屋荒らしか?」

 『バイソンに聞いた。』

 バーナビーがどうしてそのことを?と訊くより早く、ザルバが補足してくれた。

 「安易に決めつけるのはどうでしょう?

  一応、この会場は二部ヒーローの皆さんやバイソン先輩も警護してくれてます。

  まだ少し時間もありますし、もう一度探してみては?」

 提案したのはバーナビーだ。

――本当に変わったな、バーナビー。もうちょっと前なら、ブルーローズが探し足りないんじゃないかぐらい言いそうだったのにな。

 こっそりザルバはそう思った。

 「・・・それもそうね。」

 「手伝うぜ?」

 一つうなずいて踵を返そうとしたブルーローズに、虎徹が申し出た。

 「虎徹さん!女性の部屋ですよ!」

 「いいじゃねえか、少しくらい。」

 注意するバーナビーだが、虎徹は悪びれた様子も見せず、しれっと言う。

「お前も手伝えばいいだろ。探し物なんて案外他の人間だったら、あっさり見つけることもあるんだぜ?」

 「・・・わかりました。さっさと探しますよ。」

 やれやれと肩を落として、バーナビーは同意した。

 

 

 

 

 ガチャリっとノブを回して、三人はブルーローズの楽屋に入った。

 ブルーローズはもらったばかりの花束をそっとテーブルの上に置いた。

 そうして再びあちこちのぞくが、やはりお気に入りのバッグは見つからない。

 「それらしいものはありませんね。」

 一通り探して、バーナビーが口を開いた。

 {虎徹。}

 (ん?)

 念話で呼びかけてきたザルバに、テーブルの下を覗き込んでいた虎徹は立ち上がってから、左中指の魔導輪に目をやった。

 {この部屋、俺たち以外に誰かいるぞ。}

 (な?!マジか?!)

 {お前だってわかるはずだろうが。}

 言われて、虎徹は感覚を研ぎ澄ませる。

 確かに、誰かがいる。

 ニジニジとドアの方へ向かっているようだ。

 ――させるか!

 カチャリッ。バシャアッ!

 虎徹は素早くブルーローズが飲みかけにしてテーブルの上に置いていた炭酸飲料のペットボトルを手に取り、素早く蓋を開け、気配の持ち主めがけて中身をぶちまけた。

 「タイガー?!」

 「虎徹さん?!」

 ぎょっとする二人は、茶色っぽい液体が人の形に付着しているのを目撃して、続く文句を飲みこんだ。

 「何これ?!」

 「まさかNEXT?!」

 「ブハァッ!畜生!!」

 ここでとうとう息止めが続かなくなったライオネルは、悪態とともにドアを蹴破って一目散に逃げ出した。

 「私のバッグ!」

 ブルーローズが叫んで後を追う。

 ライオネルが手に持っているのを、目ざとく発見したのだ。

 「逃がすか!」

 「二部ヒーローとバイソン先輩に連絡を入れます!すみませんが、後をお願いします!」

 PDAを起動させながら言ったバーナビーに、虎徹は「任せろ!」と言い捨て、駆け出した。

 お人よしの虎徹に、じっとしている理由などない。

 駐車場に飛び出したところで、ライオネルがスクーターに乗って飛び出し、ブルーローズがフリージングリキッドガンを構えようとして、野次馬の多さに追撃を断念した。

 「あとからバニーと来てくれ!」

 キィン。

 叫んで虎徹は能力を発動させる。

 百倍に増幅された脚力が、目にもとまらぬ勢いを発揮して、ライオネルの乗ったスクーターに迫る。

 幹線道路に入ったライオネルのスクーターは、そのままトンネルに入った。

 サイドミラーで、能力発動中の虎徹が迫ってきているのを確認し、ライオネルはいらいらと叫んだ。

 「お前のせいだ!」

 「はあ?!」

 聞き返す虎徹。

 ライオネルは、自分がクビにされた原因の男の顔を知っている。この男がすべての元凶なのだ!

「お前がバーナビーの影武者なんて引き受けるから、俺が路頭に迷うことになったんだろうが!!おかげで楽屋泥棒しないといけなくなったんだぞ!!」

 ――逆恨み丸出しじゃねえか。

 どういう事情か分からないが、訊く限りではそうとしか思えず、ザルバは呆れた。

 「なんだかよくわかんねえが、泥棒してんじゃねえぞ!コラァッ!」

 チンピラのような悪態とともに虎徹は速度を上げようとして。

 キィンッ!

 突如、その全身を包んでいた淡いシアンがえんじ色の輝きに変化した。

 同時にその速度がいきなり上がる。ハンドレッドパワーの出力が上がったのだろうか?

 「な、何だ?!」

 驚愕しながらも、虎徹はあっという間にライオネルを抜き去り、その前に回り込むことに成功した。

 ――なんだかよくわかんねえが、これならいける!

 そのままスクーターに飛びかかろうとして。

 フヒュッ。

 直後、いきなり光が消え、能力が終了してしまった。

 「へ?」

 三十年近く使い続けている能力だ。感覚で終了までの時間は大体わかる――虎徹の感覚ではあと三十秒ほどはあるはずなのに、急に消えてしまった。

 しかし、戸惑う間もなく、スクーターは立ちすくむ虎徹のそばをすり抜け、そのまま駆けて行こうとして。

 ドッゴォォォンッ!

 「うっし!犯人確保!」

 スクーターをなぎ倒し、目を回すライオネルの襟首をひっ捕まえ、ロックバイソンが言った。

 ブロロロロロッキキィッ!

 バーナビーとタンデムしていたブルーローズの乗るチェイサーが到着したのはこの時だった。

 「何やってるんですか。」

 「いやぁ、悪い・・・。」

 到着早々に文句を言ったバーナビーに、虎徹はしげしげと手を見ながら首をひねった。

 きちんと時間を測っているわけでもないから、かん違いかもしれない。

 一方ブルーローズはなぎ倒されたスクーターに駆け寄り、収納スペースからバッグを取り出し、ほっと一息ついた。

 まだ中身は確認してないが、一安心だ。

 「イベント、大丈夫か?」

 「そこはスタッフの皆さんにお任せしました。彼らもプロです。

 ヒーローとしての活動を優先するので、少し待ってくださいとファンの方に説明するようお願いしました。」

 気を取り直して尋ねた虎徹に、バーナビーはすらすらと答える。

 さすがに卒がない。

 『虎徹!』

 「きゃあああ?!」

 突然ザルバが叫び、それに応えるようにブルーローズが悲鳴を上げた。

 見ると、しりもちをついたブルーローズから少し離れたところに、奇妙な花飾りをつけた頭の異形が手に持ったブルーローズのバッグをこねくり回している。

 鉤爪付きに、トゲトゲした漆黒の鱗のその体躯は素体ホラーを思わせるが、頭のけばけばしい花飾りだけが奇妙にういていた。

 「何ですか?!あれ!」

 『「ホラーか!』」

 まさかと思いつつ叫ぶバーナビーに、虎徹はコートから退魔の剣を取り出し、異形めがけて駆け出した。

 「逃げろ!ブルーローズ!」

 踏み込みとともに切りかかりながら叫んだ虎徹に、ブルーローズは一瞬見惚れたが、すぐに我に返って、頷いて離れる。

 ギチギチと首をかしげると、異形はブルーローズのバッグを手にしたままトンネルの出口めがけて駆け出した。

 「クソッ!待ってろ!すぐ取り戻してくる!」

 「あ・・・。」

 すぐさま駆け出した虎徹に、ブルーローズは声をかけ損ねた。

 「気を付けて!」

 「頑張れよ!虎徹!」

 バーナビーとバイソンの声援を背に、虎徹は異形を追って入ってきた方のトンネルの出口に向かった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「これでよし。」

 頭に奇妙な飾りを着けていること以外、素体ホラーと大差なかったそのホラーを、鎧を召喚するまでもなく斬り捨て、人ごみから離れた裏路地で、虎徹はブルーローズのバッグを拾い上げた。

 『やれやれ。とんだイベントになったな。』

 「たまにはこういう日もあるさ。」

 和やかに魔導輪と話し、虎徹は踵を返し、アリーナの方へ向かおうとして。

 「っ?!

  何?!」

 突如背後に出現した気配に、振り向いた瞬間。

 キュゴウッ!

 「がはぁっ?!」

 真紅の閃光がその胸の真ん中を貫いた。

 「ぐぅっ!」

 苦痛に呻いて姿勢を崩しそうになるが、たたらを踏んで虎徹は退魔の剣で抜刀ざまに攻撃してきたらしいその人物に斬りつけた。

 ひらりとその人物は大きく飛びさがり、その一撃をよけると、そのままビルの屋上に姿を消した。

 ちらりとしか見えなかったが、どうやら黒いマントか何かぞろりとした裾の長い衣装を着ているらしい。

 「うぐ・・・!」

 『虎徹!大丈夫か?!』

 刺すように痛む胸元を押さえて呻いた虎徹に、魔導輪が心配そうに声をかけた。

 「だ、大丈夫だ。少し痛んだだけだ。」

 苦痛をこらえながらも笑みを浮かべて見せた虎徹に、ザルバは『ならいいが・・・。』と追及を止めた。

 「さて。早くみんなのところに戻ろうぜ。」

 再び剣を鞘に納刀し、先ほどのどさくさで再び取り落してしまったバッグをまた拾い上げ、今度こそ、虎徹は踵を返し、その場を去った。

 去り際、虎徹は自分の胸を貫いた光弾が直撃したビルの壁面をちらりと見た。

 シュゥゥ・・・と煙がくすぶるその壁には、蝙蝠が翼を広げたような奇妙な文様が刻まれていた。

 

 

 

 

 久しぶりに犯人確保ポイントを得て、上司に褒められているロックバイソンをよそに、ブルーローズはそわそわと虎徹の帰還を待っていた。

 前にジェイクと戦ったときだって顔色が悪かったし、万が一ということもあるかもしれない。

 でも、イベントの開催も近い。そろそろ行かないといけない。

 頭では分かっていたが、それでもブルーローズは虎徹を待ちたかった。

 「お待たせ。」

 「タイガー!」

 「虎徹さん!」

 やっと待ち人が戻ってきた。

 ひらりと手を振る虎徹に、ブルーローズとバーナビーは駆け寄った。

 「大丈夫でしたか?」

 「おう。軽い軽い。」

 ヘラリと笑う虎徹に、二人はほっとした。

 「ほい。ブルーローズ。」

 「あ、ありがと。」

 お礼を言って受け取るブルーローズ。

 すぐに中身を確認するが。

 「嘘!ない!」

 「え?!何が?!」

 驚く虎徹をよそに、ブルーローズは肩を落として言った。

 「お気に入りのタオル・・・。」

 ブルーローズは知る由もないが、そのタオルは、ライオネルが(R-18でないので表現を自主規制。)に使おうと、別に抜き取って隠してしまったのだ。

 「それは・・・。」

 「げ、元気出せ。

  あ、これでよかったら使えよ。」

 気の毒そうな顔をするバーナビーに、あわてて虎徹はコートの懐からタオルを一つとりだした。

 手ぬぐい生地のそれには、悪趣味な蛇の柄と“鏑木酒店”とでかでかとつづられている。

 「何この悪趣味なタオル・・・。」

 「う・・・悪いかよ!実家から送られてきたんだよ!

  蛇は商売繁盛の印なんだぞ!」

 呻くように呟いたブルーローズに、虎徹がすねるように言う。

 「し、しょうがないわね。せっかく言ってくれたんだし、もらっといてあげるわ。」

 素直に慣れない自分を恨めしく思いながらも、ブルーローズはタオルを受け取った。

 「その・・・ありがと。」

 その後でうつむきながら小さく蚊の鳴くような声でつぶやいたが、それは虎徹には聞こえなかった。

 「ん?何か言ったか?」

 「ななな何でもないわよ!

  そ、それじゃ、今からイベントあるから、そろそろ行くわ!」

 バッグとタオルを手にまくしたてるように叫ぶと、ブルーローズはアリーナに向かって駆け出した。

 ――私、タイガーが好きなんだ。

 やっとわかった気持ちに名前を付けて、彼女は大事にしようとタオルをそっと撫でた。

 「・・・負けませんから。」

 ぼそっと険しい表情でバーナビーがつぶやいた。

 「ん?バニー?」

 「何でもありません。

  それより、今からイベントがあるので、僕もそろそろ。」

 「おう。頑張れよ。」

 ひらりと手を振って、虎徹は観客席に向かった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 翌日。

 虎徹は上機嫌なアントニオと、いつものバーで飲み交わしていた。

 「正直、クビにされる瀬戸際だったんだ!

  助かったぜ!」

 「よかったな。アントン。」

 「どうした?虎徹。あんまり酒が進んでないようだが?」

 「んなことねえって!」

 ヘラリと笑う虎徹。

 「まあ、俺も能力が進化したかもしれないし。」

 「進化だと?」

 「おう。こう、ブワーッていきなり力が上がったんだよ。」

 ここで虎徹はようやく笑みらしい笑みを浮かべて言った。

 魔戒騎士の主武装は退魔の剣と、それぞれの鎧だが、虎徹はこれに加えてハンドレッドパワーも使っていた。

 そのハンドレッドパワーが進化するなら、これまで以上にホラー退治が楽になるだろう。

 ・・・それだけが、現状で唯一の慰めだった。

 ――いつまでこうしてこいつと酒を飲み交わせるのかな?

 上機嫌な親友を眺めながら、虎徹はこっそり思った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 帰宅した虎徹はレザー服の胸元を開け、鏡の前に立った。

 小麦色の肌――あの光弾が貫いた部分には、刺青でも入れたかのように、蝙蝠が翼を広げたような漆黒の紋様がくっきりと刻まれている。

 「破滅の刻印か・・・。」

 小さくつぶやいて、虎徹は胸元を閉めると、窓際の写真立てを手に取った。

 

 

 

 

 破滅の刻印。それは、強力な呪いだ。

 この刻印が刻まれた魔戒騎士は、鎧を召喚するたびに激痛と共に寿命が削られていく。そして、これはいつになるか全くわからないが(近い将来であることは確かだが)、完全に発動すれば、その時に刻印が刻まれた者は死に至るのだ。

 解呪方法は、目下模索中――つまりわからないのだ。

 

 

 

 

 「どうすりゃいいんだろうな・・・友恵・・・。」

 デスクについて写真立てを撫でる魔戒騎士を、ストックホルダーに納まる魔導輪は黙って見つめるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 #12END

 GO TO NEXT!

 

 




 ハァイ。手甲についていた時期もある方、シルヴァよ。
 久しぶりに私が予告させてもらうわ。
 誰しも自分の前の壁を打ち破るのって、大変よね。
 今イワンもすごく悩んでるの。
 あら?ヒーローのスカイハイじゃない。
 なんだか悩んでるみたいだけど、どうしたのかしらね?
 次回、“試練”。
 自分の壁を打ち破るのは、自分にしかできないのよ。
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