久々にイワン君がネガティブモード。ついでにスカイハイもアンニュイモード。
空さんとおじさんの出会いは独立エピソードにしてもよかったんですけど、ダイジェストにして流しました。彼は明るすぎてどう絡ませたらいいか作者にはわかりません・・・。ホラーだって彼とは絡みたがらないよ、きっと・・・。
後半はアンドロイド戦からの連続で魔導馬アクションです。魔導馬は#10から連続登場してますね・・・。まあ、今回はイワン君の試練の結果を見せるためにも、魔導馬アクションは必須ですし。
いよいよ物語終盤に向けて事態が加速します。お楽しみに。
・・・でも、物語のテンポを重視したら、空さんの切な目エピソードが丸々カットになっちゃいました。まあ、その辺はアニメ本編と変わらないから、いいですよね?
万尺の断崖、千尋の谷、
万人に立ちはだかる。
己が壁を超えることこそ、
宿命〈さだめ〉と知るべし。
――魔戒詩編第一六八節より
#13. 試練~虎の昔と、折紙の現在~
「うまくいったのか?」
「ああ。ホラーを使っておびき寄せたところをばっさりやってやったよ。
軽いものさ。」
薄暗い室内。
革張りのソファに腰掛けた男二人が血のように赤いワインを飲みながら語っていた。
「あれが最強の魔戒騎士?
我らが影の掟を平然と破り、ああもあっさりと“破滅の刻印”を食らった男が?
先代の“牙狼”も相当な変わり者と聞いてはいたが、今代はその上を行くようだな。」
黒いローブにフードをかぶった男の一人が嘲笑うように言った。
「まあ、おかげでやりやすくはあるが。」
「油断をするな。あれでも“冴島”の血を引いた現当主だ。」
つまみのチーズを口に運び、もう一人が口を開いた。
黒いローブを纏っていたが、今はフードを下している。
あらわになった顔立ちは、日系の血が入っているらしく、琥珀の双眸に、こげ茶色の髪を短く整えた、整った顔をしていた。髭はなく、置いてるようにも若くも見える。
「過大評価ではないか?それとも、あんたがそうだからか?
冴島鬼切〈サエジマオニキリ〉。」
「“友切〈トモキリ〉”だ。その名は捨てた。」
忌々しげに友切が眉をしかめた。
ビキビキ・・・。
途端に肉が軋むような音を立てて、その顔にうっすらと醜い傷が浮かび上がった。
×の字に眉間に刻まれた、刀傷らしい。
「っ・・・!」
「“変化”の秘薬の効果が切れたようだな。」
パシリと右手で顔を覆う友切に笑って、黒フードはローブの中から小さな小瓶を取り出した。
奪うようにそれを受け取ると、友切は栓を開けて中身の透明な液体を飲み干した。
途端にすうっと刀傷は消失した。
「やはり痛むのかね?二十六年前に冴島正宗によってつけられたその傷は。
魔戒騎士の最終手段、“必殺”の呪印だ。痛まない方がおかしい。」
「痛みはしない。忌々しいだけだ。」
吐き捨てて、友切は小瓶を部屋の隅に投げ捨てた。
「魔導陣の方はどうだ?順調か?」
「ああ。いささか出力が足りないが、期日までには間に合うだろう。」
頷いた黒フードに、友切は薄く笑った。
「では。そろそろ私も表舞台に出ようじゃないか。」
* * *
どんよりと背後に暗雲をひきつれたイワンが、公園のベンチで猫背になっているのを見たら、友人として彼を放っておけないというのはスカイハイの正体であるキースの弁だ。
キースが彼を見かけたのは偶然だった。
ソウルメイトのジョン(そこそこ年齢のいったゴールデンレトリーバーだ)の散歩コースになっている公園を通りかかってみれば、黒ずくめの少年がベンチでうなだれていれば、それはもう目立つだろう。
「イワン君かい?どうしたんだい?こんなところで。」
「あ・・・ス・・・じゃなくて、キースさん・・・。」
顔をあげたイワンはキースを見てから、再び深々とため息をついた。
「実は、ちょっと悩んでまして・・・。」
「悩みかい?私でよかったら聞かせてくれないかな?」
真剣に心配疎な顔をするキースに、イワンは力なく笑った。
「魔戒騎士の試練かい?」
「ええ。」
頷いてイワンは隣に腰掛けたキースに説明する。
ちなみに、愛犬のジョンはそばでリードにつながれたまま昼寝をすることにしたらしく、地面に伏せて、気持ちよさそうに時折ぴくぴくと鼻を動かしている。
「僕もこの間百体のホラーを浄化することに成功したんです。」
「それはすごいじゃないか!」
「ありがとうございます。」
我がことのように喜ぶキースに、イワンは微笑み返す。
「この試練を乗り越えることができれば、僕もタイガーさんみたいに魔導馬を召喚することができるようになります。
でも・・・なかなかうまくいかなくて・・・。」
しかし、すぐにイワンはしょんぼりとした。
「そうか・・・。
試練というのはどんなものなんだい?」
「ええと・・・。
人間界とホラーの棲む真魔界の間にある心の魔界という所で、自身の影と戦って打ち勝つというものなんですけど・・・。」
目下惨敗中である。
イワンの態度から、キースもそれを察したらしい。
「今までどうやってホラーを退治してたんでしょうね、僕・・・。」
「・・・わかる気がするよ。」
ついでに自信まで喪失したらしく、弱音を吐くイワンに、キースもうなずいた。
「え?」
思わず隣を振り返ったイワンに、キースは穏やかにほほ笑んだままだ。
そこでイワンは思い出す。
キース――スカイハイはシックスマッチにてジェイクに手酷い敗北を喫した。
それから復帰しても調子が今一つ戻らず、ランキングでもバーナビーに追い抜かれてしまったのだ。
「私も、今までどうやってヒーローをしていたのか、わからなくなってしまったよ。」
「キースさん・・・。」
穏やかな表情のままであるはずなのに、どこかキースは途方に暮れているようだった。
――そうか。
イワンは思った。
――悩んで苦しんでるのは、僕だけじゃないんだ。
「僕、もう一度頑張ります。」
すっくと立ち上がって、イワンは微笑んでいった。
「絶対試練を乗り越えて、ス・・・キースさんに僕の魔導馬を見せます!
だから、キースさんも元気を出してください!」
「・・・。
ありがとう。そしてありがとう。
そうだね、私も頑張るよ。」
キースも力なく、それでも少し元気が出た様子でうなずいた。
イワンが立ち去ってからも、しばらくキースはそのままベンチでじっとしていた。
そんなキースに近寄る人物がいた。
内巻の銀髪をショートにし、赤と白が基調のワンピースを纏った可憐な少女だった。
「君は・・・。」
顔をあげて、キースは少女をまじまじと見た。
やがて、少女はキースの隣に「ゴメンナサイ」と一声言ってから座った。
キースは思い切って彼女に話しかけることにした。
* * *
キースが魔戒騎士という存在を知ったのは、彼がヒーロー、スカイハイになって間もなくだった。
少しでも街の人々の助けになれるようにと始めた夜のパトロールで、彼は見た。
人通りの多い通りから離れたブロンズステージの裏通りで、長剣を手に美しい容姿の女に斬りかかっている白いコートの男がいた。
必至に逃げ惑う女を、男は「化け物」と罵りながら剣を振り上げているのだ。正義感の強いスカイハイに放っておく道理などない。
風を巻き上げ、男を空中に拘束したのだ。
しかし、その直後、女が化け物然とした本性をあらわにし、襲い掛かってきた。
その時知り合った男――虎徹がいなければ、スカイハイはとっくの昔にこの世から姿を消していただろう。
助けてもらった後、スカイハイはそれはもう平謝りに虎徹に謝った。
しかし、虎徹は暢気なもので、
「別に気にしてねえよ。
お前は優しくていいヒーローだな。これからも街の人たちを助けてくれよ。
頼んだぜ。」
と笑って言っただけだった。
シュテルンビルトには隠されたヒーローがいる。
都市伝説のようなその噂が本当のことだとキースが確信したのは、その時だった。
そうして思った。
彼もまた、自分たちと同じ、この街を守る者だ。彼に負けないようなヒーローになろう。
そう思ったのだ。
* * *
虎徹は本を手に、ああでもないこうでもないと調べ物をしていた。
何とか刻印を解除する方法はないかと探っているのだ。
しかし破滅の刻印に関するはっきりした記録は、先祖に当たる冴島鋼牙が残した記録にわずかに残されているだけで、他のものは一切ない。
しかも、その記録当時の状況と、虎徹のケースは大きく異なる。
記録当時は、鋼牙を含めた魔戒騎士全員が刻印に侵され、太古のホラー、ギャノンの力を借りた魔戒法師によって発動されそうになったが、ギャノンの力の媒体としている魔戒法師の左腕を斬り落とし、阻止したとある。
今回、刻印に侵されているのは虎徹一人。ついでに呪法を仕掛けてきた魔戒法師もただの人間のようだった。明らかに異なっている。
「ってえことは、“破滅の刻印”ってのは人間が持ってる魔導力じゃ、発動できないってことか?いやでも、あいつ普通の人間っぽかったし・・・。」
ぶつぶつと本を抱えたままつぶやく虎徹。
「何か強力な魔導力の媒体物があれば発動は可能か?」
『まあな。しかし、だとすると、その媒体物は明らかに元老院から直々に禁止指定されてるようなヤバイ代物だぞ。
何しろ、“破滅の刻印”自体、禁術指定されている。その発動ができるような増幅器なんて、早々に手に入る代物じゃないはずだ。』
口をはさんだのは左中指のザルバである。
「そうなのか?」
『イデア戦役(※1)の後、あの呪法は禁術指定されたんだ。
まあ、お前も分かったように、普通の人間にはあれを仕掛けること自体が不可能なんだがな。』
「そうか・・・。」
今現在わかっていることはただ一つ。
「とにかく、呪法を仕掛けた魔戒法師を探し出して、そいつが持っている魔導力の媒体物を破壊すれば、何とかなるかもしれない、ってところか。」
本を閉じて虎徹がつぶやいた時だった。
コンコン。
「旦那様。お客様がいらっしゃってます。」
「客?わかった、すぐ行く。」
頷いて、虎徹は書斎を後にした。
「へえ。あの試練を受けれるようになったのか。よかったな、折紙。」
「ありがとうございます。」
応接室のソファにて、二人の魔戒騎士は向かい合いながら、お茶をしていた。
本日は、日本好きなイワンのために、日本産の上等な緑茶に、ふわふわの鈴カステラである。
「ですが・・・。」
『なかなかクリアできないのよ。』
しょんぼりと言ったイワンに、シルヴァが続けて言った。
「タイガーさんもお忙しいとは思いますが・・・その、よければアドバイスをしていただけないでしょうか?」
「ああ・・・。あれ、すげえ大変だもんな。俺もかなり苦労したし。」
鈴カステラをモグモグゴクンと飲みこんでから、虎徹は遠い目をした。
「タイガーさんの時はどんな感じだったんですか?」
「俺は二十くらいの時だったな。
あのころは友恵ちゃん――嫁さんがホラーの呪い受けてて、影から守ってたんだよ。
そしたら普通に戦ったんじゃ、到底勝ち目のないホラーが出てきて、何としても試練をクリアする必要が出てさー。」
ずずっと虎徹は緑茶をすすって続ける。
「ちょっとびっくりするような方法だったんだ。」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、虎徹はイワンに試練をクリアした時のことを話しだした。
* * *
真っ白な空間に、魔戒文字が飛び交うだけの殺風景な世界――心の魔界に、イワン=カレリンはたたずんでいた。
目の前には、青いマントを羽織り、銀色のオオカミを模した鎧――“絶狼”の鎧を纏った騎士が、銀狼剣を手にたたずんでいる。
「よろしくお願いします。」
一つ頭を下げてから、イワンは手に持った双剣を構えた。
『ソウルメタル製の退魔の剣じゃないね。いいのかい?』
軽い調子で騎士――イワンの影が尋ねてきた。
その指摘の通り。イワンが持つのは、黒い柄であるはずの退魔の双剣ではなく、白い柄の鉄製の脇差二本らしい。
「無論。いつでもいいでござるよ。」
『それじゃあ、いくよ!』
軽い調子で言って、騎士はイワンめがけて斬りかかってきた。
イワンは攻撃を受け流し、そのままカウンターで剣を騎士に叩き込もうとする。
そうはさせじと、騎士は攻撃に使ってなかった左の剣でイワンの攻撃をはじく。
ガギャインッ!ギィンッ!ガギギィンッ!
そのまま二人は激しい打ち合いにもつれ込む。
イワンと騎士は全く同じ剣筋の攻撃を、まるで鏡写しのように繰り出しあっている。
何度目かの騎士の剣をイワンははじくと、そのまま勢い任せに騎士の懐に踏み込んだ。
騎士は鎧を鳴らしながら体勢を立て直し、イワンめがけて剣を振り下ろすが、イワンはその剣をよけることも防ぐこともせずに、そのまま剣を突き出した。
ギドンッ!
イワンは斬られた肩を押さえるが、そこには痛みがあるだけで、傷はない。
『どうやら、わかったようだね?』
すっと姿勢を正し、剣を下げて騎士はイワンに向き直ると、穏やかな声で言った。
「あなたはホラーじゃない。
だから、ソウルメタル製の武器で戦う必要はない。
だから、今までは倒せなかった・・・。」
『その通り。』
頷くと、騎士は何事か考え込むようにうつむいた。
『試練は合格だ。
ただ・・・。』
「ただ、何ですか?」
『今、この街には恐ろしい災厄が迫りつつある。』
頭を上げ、深刻そうに騎士が告げた。
「災厄・・・?!」
『闇の胎動が刻一刻と力を増している。
忘れないで。結束の大切さを。
信じる意志を。』
騎士が言い終わった時、あたりは白く塗りつぶされた。
* * *
ちなみに、イワンが虎徹から聞いた話の続きはこうだ。
「んで、右衛門爺さん――ああ、マックスの前に執事してた人な。あの人が親父が試練に使った剣だとか言って普通の鉄の剣持ってきたから、それ使ってブっ倒した。」
――そうそう。どっかで聞いたような話なんだよな、それ。
虎徹の左中指で一連の話を聞くザルバがこっそりそう思った。
その一連のエピソードは、虎徹の先祖に当たる冴島鋼牙と全く同じ流れである。諸事情からその頃の記憶を失っているザルバに、知る由もないだろうが。
「普通の鉄製の剣ですか?!」
「おお。俺もびっくりしたんだけど、ぶっちゃけあれでよかった。」
穏やかに笑って、虎徹は言った。
ともあれ。
“番犬所”の狼像の前から立ち去り、イワンは雑踏を歩きながらぼんやりと考える。
試練を乗り越えることができてうれしいはずなのに、騎士からの“警告”が重く胸に沈殿している。
『気になるの?イワン。』
「うん・・・。」
不安なのは同じなのだろう、シルヴァが気遣うように声をかけてきて、イワンは素直に頷いた。
「タイガーさんは何か気が付いてるかな?」
『さあ・・・。
うすうすおかしいと思うくらいはしているんじゃないかしら?』
シルヴァの言葉に、イワンは足を止めた。
何事もなければいいのだが。
「・・・行こう。」
とにかく、今のイワンにできることは、昼間の魔戒騎士の仕事――陰我を斬り祓い、夜にホラーが出てくるゲートの数を減らしておくことだ。
気を取り直して、イワンは歩き出す。
その黒い後姿は、あっという間に人ごみに紛れて姿を消した。
* * *
「スカイハイが恋?!マジか?!」
それから二日後の夜のこと。
今日も一日終えて、珍しく静かなバーで二人で飲んでいた虎徹は、隣にいたバーナビーを見た。(バーナビーと飲むときは、たいていどちらかの家ということが多いのだ。)
くすっと笑ってバーナビーは答えた。
「ええ。ネイサンたちがそう噂してましたよ。
何でも、トレーニングセンターでうっとりと溜息をついて、あの時見た姿が忘れられないとか何とか言ってたらしいですよ。」
明らかに尾ヒレがついているでしょうけどね。
肩を竦めるバーナビーをよそに、虎徹は興味津々といった様子である。
「おお!恋はいいぞ!
若いうちにイチャイチャしておくもんだ!」
虎徹はからりと笑ってお気に入りの焼酎を一口飲んだ。
言ってることが年寄り臭い、とひそかにバーナビーは思った。
「で?相手はどんな子なんだ?」
「さあ?僕も詳しく聞いたわけではないので。」
「そうか・・・。
今度会った時、詳しく聞いてみるか?
うまくいってないようだったら、俺たちでくっつけるお手伝いでもしてやろうぜ。」
フヒヒっとあまり品の良くない笑みを浮かべる虎徹。
野次馬根性半分、お節介半分と言ったところだろうか。
「ちょっと虎徹さん・・・。」
『おい、虎徹。
“人の恋路を邪魔する奴は、魔導馬に蹴られて魔界行き”だぜ。
色恋沙汰にあんまり首突っ込むなよ。』
困ったような声を出すバーナビーに、ザルバが口をはさんだ。
「何ですか、その格言・・・。」
「邪魔なんてしねえよ?
ちょっと手伝ってやろうとだな」
『お前のお節介が色恋沙汰で役立ったことはあんまりないだろ。』
「だっ!」
呆れるバーナビーをよそに、言い合いをする“牙狼”パートナーズ。
旗色が悪いと思ったのか、虎徹は話題を変えることにしたらしい。
「そういや、バニーにはいないのか?」
「何がですか?」
「気になる相手だよ。」
にやにやと笑いながら問いかける虎徹に、バーナビーはカクテルグラスを置いて、虎徹をじっと見つめてから答えた。
「・・・いますよ。」
「マジ?!どんな子?!
隅に置けねえなぁ、おい!」
身を乗り出す虎徹に、バーナビーはゆるりとほほ笑んだ。
「そうですね・・・。
まず見た目と中身が釣り合ってません。
黙ってたら美人でしょうけど、おしゃべりでふざけたようなことを言うことが多いので、初対面の時はいらいらしました。
でも。」
ここでバーナビーは、すごく優しげな笑みを浮かべながら続けた。
「とても優しくて、僕が何度も邪険にしても、会いに来てくれるんです。
それから、強くて、かっこいいし、自分の信念を持ってるんです。」
ブルータス〈バーナビー〉、お前もか。
虎徹の中指で、ひそかにザルバが呆れた。
人間磁石、鏑木・T・虎徹が、男女問わず恋愛対象とされるのを、二十年近い付き合いのあるザルバは間近で目撃してきたわけだが、初対面の様子から、バーナビーがそうなることなどさしもの魔導輪にも予想できなかった。
バーナビーの独白は、どう聞いたところで、虎徹のことにしか聞こえない。
しかし、当の本人はザルバのお墨付きの鈍チンである。
「へえ。誰かわかんねえけど、いい子なんだな。
大事にしてやれよ。」
「・・・はい。」
手を伸ばしてワシワシと金髪を撫でる虎徹に、バーナビーは少しさびしそうにしながら、頷いた。
――虎徹〈そいつ〉はハードル高えぞ。まあ、玉砕しねえ程度にがんばれ、バーナビー。
と、ザルバは口に出さずに他人事調子に思った。
ザルバが思うに、虎徹は亡き妻、友恵以外をそういう対象に見たことはない・・・あるいはそう思うことすらいけないと感じている節がある。好意を寄せられること自体は悪くないと思っているようなのだが、そこから先に進む気配が皆無なのだ。
しかし、とザルバは続けて思った。
いずれにしたって、今の状態で虎徹が恋愛沙汰に走ることは皆無だろう。
虎徹の体に刻まれた“破滅の刻印”。それを何とかしない限り、彼の寿命は近い将来に尽きる。その未来がある限り、虎徹は二人目の伴侶を望もうとはしないだろう。想いを受け入れるだけ受け入れて、そのまま一人取り残して逝くなんてそんな残酷なことはできない。
それを虎徹がはっきり意識してか、無意識であるかはさておき。
「大事なものは、大事にできるうちに大事にしておけ。」
「虎徹さん?」
手を離して柔らかく言った虎徹に、バーナビーは消え入りそうな錯覚を覚え、とっさに彼を凝視した。
虎徹は変わらずにそこにいる。
「ん?
どうした?」
「い、いえ・・・。」
錯覚は錯覚だと自分に言い聞かせ、バーナビーは眼鏡を押し上げた。
「と、ところで。」
話題を変えようと、バーナビーは視線を巡らせ、ややあって、尋ねた。
「虎徹さんには何か夢とか、目標はないんですか?」
「うん?」
口づけていたグラスを置いて、虎徹はバーナビーを見る。
「なんだなんだ?
気になる子の次は、夢の話か?
いいな、バニー。生き生きしてんな。」
「・・・はい。」
からかうように言った虎徹に、バーナビーは照れくさく思いながらもうなずいた。
「毎日がキラキラしてるんです。
生きがいというか、やりがいというか・・・とにかく、とっても充実してて・・・。」
ここでバーナビーはエメラルドの目をキラキラさせながら、虎徹に自分の夢を語った。
「僕は今、キングオブヒーローになって、マーベリックさんに恩を返すのが夢なんです。
それで、虎徹さんは?」
「俺か?
俺は・・・そうだな・・・。」
虎徹は視線をさまよわせる。
幼少は、ヒーローになるというのが夢だった。
魔戒騎士の修練所で知り合った他の騎士の家系の子たちには変人扱いを受けたが、それでもあきらめきれなかった。
魔戒騎士になってからはどうだったか。
ホラーを斬り、人々の安寧を守るのに必死で、夢というものはあまり考える機会は・・・否。最愛の女性、友恵と再会してからは、彼女を伴侶に迎えたいと考えていた。
そして、今は。
「楓・・・娘に、いつか『かっこいい』って言ってもらうことだな。」
娘には魔戒騎士のことは隠している。
最近は電話の度に『カッコ悪い』と言われてはヘコんでいるが、何時か聞きたいと虎徹はひそかに願っていた。
「え?」
きょとんとバーナビーは目を瞬かせた。
バーナビーの目から見て、虎徹は決してカッコ悪くないのだが。
『楓嬢ちゃんには“魔戒騎士”のことは隠してんのさ。
危ないから、だと。』
「ああ・・・。」
ザルバの言葉に、バーナビーは納得した。
確かに、“魔戒騎士”のことを抜きにすると、途端に虎徹は情けなく、カッコ悪い、どこにでもいるお節介焼きのおじさんになるに違いない。
虎徹は、ホラー退治中と、そうでないときの落差がそのくらい激しいのだ。
「なら、頑張らないといけませんね、“お父さん”。」
「ああ。お前もな、“キングオブヒーロー”。」
二人は視線を交わして、にっと笑いあった。
* * *
数日後の夜。
ロトワングは舌打ちした。
車を大破させ、暴走し始めた作品〈アンドロイド〉を見ながら、まだ制御装置が甘かったかと思考を巡らせる。
シスという呼称〈コードネーム〉のそのアンドロイドは、たおやかな女性の見た目とは裏腹に、幹線道路のど真ん中で自動車の車体を安物の紙細工のようにその細腕で引き裂き、片っ端から破壊していっている。
青かったその眼は、戦闘モードの証である赤に爛々と輝き、身体からバチバチと余剰エネルギーを放電するその姿は、完全に常軌を逸していた。
さてさてどうしたものか。
車から脱出し、路肩にたたずむロトワングが思索にふける中、人々はあっという間に非難し、なおも破壊活動を続けるシスと彼だけが取り残されていた。
ロトワングは、約二十年前、ブルックス夫妻が行っていたアンドロイド開発に協力していた科学者だった。
左右にはねた白髪と、腫れたような赤い鼻の、どこか神経質そうな男だった。
ブルックス夫妻はアンドロイドを、人間のパートナーとして――生活の補佐となれたらよいと開発していたが、ロトワングにはそれが気に入らなかった。
設計上では、出力はパワー系NEXTを軽く上回り、外装だって並みのソーサラー系NEXTではびくともしないほどなのに、肝心の開発コンセプトは非戦闘用。
なんてもったいない!
おそらく、夫妻が亡くならなかったら、殺してでもそのデータを奪い取っていたに違いない。
しかし、夫妻は死んだ。誰がやったとか、どうしてとかはロトワングには関係なかった。夫妻が亡くなったのをいいことに、彼は研究データを持ち逃げし、アンドロイドを戦闘用への改造を試みた。
NEXT――あの化け物どもを駆除できる、唯一無二の可能性を、自分が創り上げるのだ。考えただけでもわくわくする。
二十年近くかかったが、何とかロボット三原則(※2)のうちの一つ――人間への殺傷行為の禁止にロックを施すことに成功。実用化は目の前だった。
そこで試作品を“彼ら”のもとへ輸送していたら、誤作動でも起こしたのか、試験的に人間に偽装させ、簡単な人工知能を植え付けておいた“シス”が逃亡。
やっと見つけて連れ帰ろうとした矢先、街角に設置してあったバーナビーの看板を見て“シス”が戦闘モードに入り、現在に至る。
ガシャンッ。
ホラーにとどめを刺し、鎧を解除した虎徹は、すぐさま苦しそうに顔をゆがめ、胸元を押さえフラついた。
刻印は確実に、彼の体を蝕んでその寿命を削っている。
「ウグ・・・!」
『おい虎徹・・・。』
「大丈夫だ・・・。」
心配そうにするザルバに、虎徹は答えると姿勢を正し、ハンチング帽をかぶり直すと、歩き出した。
まだ痛みを感じられる。まだ立って歩ける。まだ剣を握れる。
まだ、生きている。
「死んで、たまるか。」
毒づいて、彼はそのまま大通りに出る。
ドガァムッ!
彼の目と鼻の先を、紙風船のように吹っ飛ばされた自動車が霞めたのは、そのときだった。
「だあっ?!」
ぎょっとして足を止めた虎徹は、あわてて自動車が飛ばされてきた方を見た。
バチバチと放電しながらも、フラフラと歩く少女――シス。
「何が・・・?!」
「虎徹さん?!」
エンジンを唸らせながらチェイサーに乗った私服姿のバーナビーが、虎徹の隣に並んだ。
「たまたま通りかかって・・・!
何が起こってるんですか?!」
「俺にもわからねえ!」
首を振る虎徹をよそに、シスがゆらりと真紅の眼を向けてきた。
瞬き一つしないランプのような眼がバーナビーを捉えた瞬間。
『ヒーロー。排除。排除。』
キュバッ!
機械的な棒読み調子でつぶやくと、彼女はそのほっそりした体躯からは想像もできないスピードで、バーナビーめがけて飛びかかってきた。
「なっ?!」
「バニー?!」
ズガアムッ!ダガヂャンッ!
「ぐああっ?!」
チェイサーが横倒しになり、バーナビーは少女に殴り飛ばされ、地面に転がっていた。
「ちょぉっと乱暴が過ぎるぜ!御嬢さん!」
怒鳴って虎徹は、少女の腕をひねり上げようとした。
グリンッ。
『障害物、排除。』
首だけこちらに向け、少女が機械的に呟く。
直後。その腕が虎徹の予想以上の速度で、虎徹を穿たんと貫手を放ってきた。
魔戒騎士として鍛え上げた反射神経が発揮され、その貫手を間一髪でよける。
――速い!
『虎徹!こいつ、人間じゃねえぞ!』
「だと思った!」
叫んだザルバに、虎徹も負けじと叫び返した。
ヒュババババッ!ヒュピピピピッ!
連続で少女から繰り出される拳や手刀、蹴りといった攻撃の数々を、虎徹はいずれも紙一重でよける。
以前訓練の一環で戦った号竜人――機械仕掛けの人型の魔戒の起動兵器に雰囲気が似ているのだ。すぐにわかった。
とはいえ、号竜人ではないようだ。号竜人なら、あそこまで精巧な人型ではないし、顔は仮面をかぶったようで、身体にはローブのような服を纏っているのだ。おそらく、他の・・・表の世界の技術で造られたものだ。
となれば。
「機械・・・アンドロイド?!」
「素晴らしい!よくぞ見抜いた!」
パンパンパン・・・!
距離をとって身構える虎徹に、ロトワングは拍手しながら言った。
「っつう・・・!
?! お前は?!」
吹っ飛ばされた拍子に打った頭をさすりながらバーナビーが立ち上がり、ロトワングの姿を目にするなり大きく目を見開いた。
垂れた青い目と腫れたような赤鼻。バーナビーはその持ち主を両親の形見として残っている写真の中で見たことがあった。
「ロトワング・・・!?」
「おや?私のことを知ってるのかね?」
男の名をバーナビーがつぶやいたところで、ロトワングは不思議そうに首をかしげ、ややあってポンと手を打った。
「ああ、あの“天才”夫婦の一人息子か。
復讐達成おめでとう、ジュニア。」
やっぱりそうだ!
「彼女は何だ?!
何をした?!」
バーナビーはロトワングに掴みかかった。
しかし、ロトワングは息苦しそうにするだけで、態度は余裕そのものだった。
「ぐぅ・・・!
何って・・・君のご両親の研究を完成させてあげようと、いうのだよ・・・。」
「父さんと母さんの?!」
驚愕のあまり、バーナビーはロトワングから手を放し、なおもしつこく虎徹を攻撃しようとする少女――否、少女の姿をしたアンドロイドを見た。
虎徹はホラー戦でも使い、先ほど回復したばかりの能力を再発動させる。
キィン。
全身を淡いシアンの光がつつむ。
ビギンッ。
「ぐっ・・・!」
しかし、途端に胸に走った激痛にほんの一瞬動きを止めた。
シスはそれを見逃さなかった。
ズダァンッ!
「がはあっ?!」
ひじ打ちを胸に食らい、虎徹はのけぞるように吹っ飛ぶが、百倍に強化された肉体のおかげですぐさまその場に踏みとどまる。
しかし、能力を発動していても、受けたダメージはかなりのものだった。
とっさに受け身で一歩さがってなかったら、もっと深く決まって肋骨が砕けていたに違いない。
「虎徹さん?!」
キィン。
バーナビーもまた能力を発動させ、シスに飛びかかった。
「やめろぉぉぉ!」
ズダンッ!
得意の蹴りを浴びせかけるが、シスの前にはそれも柳に風だった。
どこにそんな力があるのか、バーナビーの蹴りは細腕に軽々と受け止められ、弾かれる。
「っ!
バニー!」
「はい!」
刹那。交叉した瞳から、二人は互いの意図を読んだ。
シスはそのまま目標をバーナビーに変更し、アスファルトを砕く勢いで踏み込んできたが、バーナビーはその拳の一撃をしゃがむようによけ、虎徹とともに背後に回り、二人がかりでシスの動きを封じようと試みた。
しかし。
ブガムッ!
「だああっ?!」
「うわあっ?!」
シスが軽く腕を振っただけで、ハンドレッドパワーを発動させているはずの二人は、まともに吹っ飛ばされた。
「なんて力なんだ・・・!」
「かわいい顔してとんでもねえよ、こいつ・・・。」
何とか立ち上がった二人に、シスは体からバチバチと放電した。
ボボウンッ!
突如シスの体が爆発した。
「冷却装置が破損したか・・・。」
どこか他人事調子でロトワングがつぶやいた。
シスの体を覆っていた服や人工皮膚が燃え尽き、骨格のような金色の金属パーツがむき出しになった。
完全にロボットらしい外見になったが、それで状況がよくなるわけではない。
フヒュッ。
虎徹の能力が終了したのはこの時だった。
「うぐっ・・・!」
「虎徹さん?!さっきの攻撃が・・・!」
胸元を押さえてうめいた虎徹に、バーナビーはそういえば先ほどそこに攻撃を受けていたことを思い出し、あわてる。
「だ、大丈夫だ・・・。」
口先ではそう言い、破壊兵器と化したアンドロイドを睨む虎徹だが、その胸中は混乱一歩手前だった。
――やっぱりおかしいぞ!
さっきホラー戦で能力を使った時にも思ったが、出力が上がるわけでもなく、単純に発動時間が短くなっているような気がする。
しかも。
――なんで鎧をつけたわけでもないのに、刻印が痛むんだ?!
破滅の刻印が猛烈に痛む。
――まさかこれ、ただの“破滅の刻印”じゃないのか?!
アンドロイドが俊敏な動きで二人めがけて突っ込んで来ようとした時だった。
「スカーイハーイ!」
ビュッゴオウワッ!
独特の掛け声とともに巻き起こった風が、アンドロイドを吹っ飛ばす。
「ワイルド君!バーナビー君!無事かい?!」
「スカイハイ!」
「スカイハイ先輩!」
漆黒の夜空から正義の天使のごとく舞い降りて登場したのは、言わずと知れた風の魔術師、スカイハイだった。
そういえばとバーナビーは思い出す。
この時間帯になれば、スカイハイは夜のパトロールに繰り出す。おそらく、この近くを通りかかったに違いない。
「私が相手だ!」
スカイハイが朗々と叫び、風が同調するように巻き上がる。
ギギギ・・・!
逆巻く風に逆らうように、アンドロイドはスカイハイに向かって飛びかかろうとして。
ビュッガッゴッゴオウワッ!
スカイハイが出現させた特大の風の刃に胴を寸断された。
『ゴメンナサイ。ワカラナイ・・・。』
声帯まで破損したのか、先ほどまでの可憐な声ではなく、くぐもった機械然とした声でそうつぶやくと、アンドロイドはアスファルトに叩きつけられる。
ガゴガラァンッ!
細かいジャンクパーツをまき散らし、バチバチと切り口から火花を散らして沈黙するアンドロイドをよそに、ロトワングは信じられないとばかりに口をパクパクさせた。
「バカな!」
いや。まだあれは試作品だ。もう少し装甲の強度を上げれば、あの程度の風、十分防ぐことができる。
ここでバーナビーはくるりとロトワングに向き直った。
「あのアンドロイドをどこで作ったんだ!!」
父と母の研究を恐ろしい殺人兵器に利用されそうになり、バーナビーは激怒していた。
そのままロトワングに掴みかかろうとした瞬間。
ガビヅッ!
アンドロイドの残骸に、黒い短剣が突き立った。
ゆるくカーブを描いた短い刀身のそれが。
ズザザザザザア・・・!
途端にその短剣から黒い帯状の闇が噴き出し、アンドロイドの残骸を包み込んでいく。
『虎徹!あれは・・・!』
「封魔剣だと?!」
「封魔剣?」
驚愕する“牙狼”パートナーズに、ぎょっとして動きを止めたバーナビーが問い返した。
『封魔剣は討伐したホラーが封印してある短剣だ!
“番犬所”で抽出されたら魔界に送り返されるはずのものが、なんでこんなところに・・・?!』
「何でもいい!来るぞ!」
いつの間にかコートから退魔の剣を取り出した虎徹の声に応えるように、漆黒の繭はモコッと直径5メートルほどに膨らむと、そこを断ち割るようにそれは顕現した。
ガチャンッ!
『ギギャアアアアァァァッ!!』
それは、鋼でできた竜だった。
二足歩行するための大きな二本足だけで、リボルバーの銃身を思わせる大きな頭に、マジックハンドのついた触手を何本も体から生やしている。
とっさに虎徹は号竜かと思った。
号竜は、魔戒法師たちが操る魔界の起動兵器だ。二足歩行の小型の竜で、口から魔導火を吐くことができる。このため、本来は封印しかできない魔戒法師たちもホラーを倒すことができるようになったのだ。
確かに、目の前の存在は号竜に似た姿をしている。しかし、その体から発される禍々しい邪気は間違いなくホラーのものだった。
ギリギリギリ・・・バクンッ。
号竜型のホラーの額――真っ赤な目の間の装甲が割れると、その間から女のバスト像が出現した。
「バニーとスカイハイはさがってろ!」
「わかったよ、ワイルド君!そして気を付けて!」
素直にすぐに距離をとったスカイハイをよそに、バーナビーはロトワングを探そうと視線を巡らせた。
「いない・・・?」
「バニー!」
「っ!
すみません!」
強く呼びかけられ、やむなくバーナビーもそうした。
「ほう・・・“刻印”をその身に受けているのに、それでも戦おうとするか・・・。」
少し離れたビルの上。
気絶している様子のロトワングを担ぎ、黒いローブを夜風になびかせ、男は路上の白いコートの魔戒騎士を見つめた。
「腐っても“牙狼”、魔戒騎士の最高位といったところか。」
枯れ枝から直接削り出したような魔戒筆を手持無沙汰にいじりながら男はひとりごちる。
「まだか、友切。早くしないとせっかくの“ごちそう”をくたばり損ないの魔戒騎士に持っていかれるぞ。」
ビャッ!
号竜ホラーはリボルバー状の頭から弾丸のように真紅の光弾を放ってきた。
虎徹は攻撃をよけながら退魔の剣を抜刀し、号竜ホラーに斬りつけようと試みる。
ギャリィィィンッ!
「くっ!」
しかし、退魔の剣は号竜ホラーの体から生えたマジックハンド状の触手であっさりはじかれる。そうして別の触手が、虎徹を叩きのめそうと迫る。
虎徹は身をひねって攻撃をよけると、何度も斬りかかる。
ステップを踏んで何度も斬りかかろうとする虎徹に、号竜ホラーは頭や触手を振り乱し、蹴散らそうとする。
白いコートをなびかせ、虎徹は大きく跳ぶ。触手の一つを足場に、号竜ホラーの顔面に斬りかかろうと剣を振り上げた。
『Eeeeeeeekkkk!!!』
バウッ!
突如、眉間の女像がくわっと目を見開き――白目も瞳もない、真っ暗な闇だけがあった――悲鳴を上げた。
同時にその口から放たれた衝撃波が、虎徹を吹っ飛ばす。
ズダンッ!
「ぐああっ!」
「虎徹さん!」
「ワイルド君!」
向かいのビルの壁面に叩きつけられて悲鳴をあげる虎徹に、たまらず二人のヒーローは駆け出した。
落ちてきた虎徹をお姫様抱っこで受け止めるバーナビー(能力はとっくに切れていたので、辛そうだった。)に、がれきや砕けた窓ガラスを風で浮かべるスカイハイ。
ガチャンッ!
号竜ホラーは一歩踏み出し、そのまま大口を開けた。
その口腔で金緑色の炎――魔導火がくすぶる。
すぐさま虎徹はバーナビーの腕から降り、意地でも手放さなかった退魔の剣の切っ先を頭上に向ける。
刻印によってダメージを受けようと、鎧を召喚して二人の盾になるしかない。
そうしないと、背後の二人は魔導火によって炭と化すに違いない。
キパッ!ガスリッ!
『Eeeeeekk?!』
「うおおおおっ!」
どこからともなく飛んできたソウルメタル製の手裏剣が、女像の額の真ん中に刺さり、飛び出してきたイワンが退魔の双剣で触手を斬り払う。
攻撃を受けたことによるダメージのためか、号竜ホラーはよろめき、口の中でくすぶらせていた魔導火を消失させた。
「イワン!」
「タイガーさん!」
距離をとって隣に並んだイワンを、虎徹は心強く思った。
「行くぞ!」
「はい!」
ソウルメタル製の武器を構え、二人の魔戒騎士は白と黒のコートの裾をなびかせながら、号竜ホラーに突っ込んだ。
号竜ホラーは触手を使って、女像の額に刺さったソウルメタルの手裏剣を引き抜くと、仕返しだと言わんばかりにイワンに向かって投げつけてきた。
イワンはそれを右の剣を使ってはたき落とし、号竜ホラーに斬りかかる。
一方、虎徹はマジックハンドの付け根を掴み、一本の触手を号竜ホラーの脚の間に通し、絡ませた。
よろけてバランスを崩す号竜ホラーに、虎徹は剣を振りかざして飛びかかる。
ガギャギギィンッ!
それでもマジックハンドの数は多く、二人の魔戒騎士を翻弄する。
「鎧だ!」
「はい!」
ヒョウッバァン!ガシャンッ!
鎧の召喚陣をそれぞれ剣を使って描き、二人はあっという間にそれぞれの騎士姿になる。
虎を模した黄金の騎士“牙狼”。
狼を模した銀色の騎士“絶狼”。
ヒュピピッ!ガッガシャァァァンッ!
続けて剣先で印を切って、二人は魔導馬を召喚する。
赤い鬣の金色の魔導馬“轟天”。
牙のような装飾が目立つ、銀色の魔導馬“銀牙”。
「魔導馬・・・!
イワン先輩の・・・!」
「あれが・・・!」
目を瞠ったヒーロー二人をよそに、魔導馬にまたがった騎士二人。
堂々としたその姿に、スカイハイは胸を熱くした。
ああ、きっと自分があの少女に勇気づけられ立ち上がることができたように、彼も立ち上がったのだ。
宣言通り試練を乗り越えることができたに違いない。
「すごい、そしてすごい・・・!」
つぶやくスカイハイをよそに、二組の人馬は蹄でアスファルトをえぐり、号竜ホラーめがけて疾駆する。
号竜ホラーはリボルバーの銃口のような口から、銃弾のような魔導火を次々吐き出すが、騎士の操る剣によって弾かれる。
ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ!
並走していた二組は、それぞれ分かれ、号竜ホラーの脚を片方ずつ切りつける。
バギギャンッ!バギャギィンッ!
あっさりバランスを崩す号竜ホラーは、今度は体中の触手を束にして、立ち上がろうと試みるが、その前に、その頭上を“牙狼”がまたがる“轟天”が飛び越え、“絶狼”がまたがる“銀牙”と挟み撃ちになる。
ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ!
再び疾駆し始める二組の人馬。
号竜ホラーは束ねていない触手を振り回し、抵抗する。
シュボォォォォォゴゴオウワッ!
取り出した魔導火が鎧にそれぞれ金緑色と蒼白の火を灯し、二組の人馬は号竜ホラーをはさんで交叉した。
ギドガゴンッ!
×の字に引き裂かれる異形に、魔導火が燃え移る。
終わったと誰もが肩の力を抜いた時だった。
キュパッ!ガビガビビガヅッ!
空気を切り裂き、形状差はあれど、何本もの短剣――動体視力のいい魔戒騎士たちには、それがホラーが封印された封魔剣だとすぐに分かった――が号竜ホラーの残骸に突き立った。
「な?!」
「何が?!」
ぎょっとするヒーローたちをよそに、魔戒騎士たちも驚いて身を震わせる。
何が起こっているかさっぱりだ。
ブワバヴォッ!メキ・・・!
号竜ホラーの残骸は魔導火を吹き飛ばし、その装甲を軋ませると、粘土をこね合わせるようにその形状を変貌させていく。
新たに足を何本も生やし、リボルバー状の頭の左右に牙のような刃を備え、触手の先もマジックハンドから剣を携えた人型の上半身に変貌させ、号竜というよりも、触手を生やした鋼の蜘蛛である。
その大きさも膨らみ、先ほどは5メートル程度だったのに、今度は10メートルは軽く超えている。
「くそっ!」
「確かに倒したと思ったのに!」
悪態をつく虎徹とイワンは、魔導馬の手綱を引いて、再び身構えた。
コツリ。
「やっときたな。」
ロトワングを担ぐ黒ローブは、隣に並んだ影に振り向いて笑った。
「返り討ちに遭いそうだったから、追加しておいたよ。
ざっと十一体分。これで“魔剣”に食わせる分は」
「999体。
予定通りだ。」
淡々と言って、彼はヒスイのペンダントの上につけていたソウルメタル製のペンダントを引きちぎるように外すと、そのヘッドで頭上に光の円――召喚陣を描いた。
ヒョウッバァン!ガシャンッ!
しかし、その身に纏ったのは、金でも銀でもない、闇に溶け込みそうな漆黒の、狼を模した鎧だった。錆色の刺繍が入った黒いマントも羽織っている。
牙をむき出しにしたような口元に、禍々しい邪気を放出するその鎧を纏い、男は背中の剣を抜く。
身の丈ほどはあるその大剣は、分厚い鉄の塊のようで、柄に人の骨格のような――頭蓋骨から肋骨にかけた骨格像のような浮彫が掘り込んである。
「さあ。食事の時間だ。」
笑うように言って、漆黒の鎧を纏った男は、マントをなびかせてビルの上から跳んだ。
ズバダガァァァァンッ!
「うわあああああ?!」
「ぐああああああ?!」
復活した号竜ホラー――否、鋼蜘蛛ホラーは、触手の一振りすら桁違いにパワーアップしていた。
魔戒騎士二人を騎乗する魔導馬ごと軽々と吹き飛ばしてしまった。
アスファルトの上に転がる二人は、衝撃で鎧が外れ魔導馬も送還され、元の白と黒のコート姿で苦痛に呻くしかない。
しかも、虎徹はダメージのみならず、“破滅の刻印”による激痛もその身に受け、悶絶状態に近かった。
ズダァァァンッ!
アスファルトを砕いて、漆黒の鎧を纏った男が飛び込んできたのは、まさにこの時だった。
「な・・・?!」
「だ、誰だい?!」
次々と目まぐるしく変化する事態に、ヒーロー二人は目を白黒させるしかない。
「魔戒騎士・・・?」
鎧姿からそう思ったバーナビーだが、その姿から感じる威圧感に、ぞっとした。
虎徹たち魔戒騎士の鎧姿も、神々しくて、人を畏怖させる力を持っているが、目の前の漆黒の鎧姿から感じるのは、圧倒的な恐怖と絶望感だけだ。あんなのは絶対に普通じゃない。虎徹たち魔戒騎士たちからもかけ離れた意味を持ってそう思われた。
――あれ?
恐怖に震えそうになった瞬間、バーナビーはふと思った。
――どこかで・・・?
ざざっと記憶の底がうごめいた。
炎の海、かけっぱなしのオペラ、佇む人影――ジェイクだ。ジェイクのはずだ。でもどうしてここでそんなことを思い出す?
『キュラアアアァァァァァ!』
バーナビーの思考をよそに、ぎりぎりと牙を打ち鳴らして鋼蜘蛛ホラーが吠えた。
ガチャンガチャンッ!
その巨体に似合わぬ俊敏さを持って、鋼蜘蛛ホラーはあっという間に漆黒の騎士に近寄ると、触手の束を一斉に放ってきた。
斬轟ッ!
圧倒的だった。漆黒の騎士は動じた様子をまるで見せずに、手にした身の丈ほどの大剣で鋼蜘蛛ホラーは真っ二つにしてしまったのだ。
「な、何だ・・・?!」
「あいつは・・・!」
何とか上体を起こした二人の魔戒騎士をよそに、漆黒の騎士は次の動作に入る。
ガチャリッ。
大剣の切っ先を頭上に向ける。
同時に鋼蜘蛛ホラーがドロドロした黒い粘液に分解されると、剣に溶け込むように、その刀身の浮彫の髑髏の口に吸い込まれていく。
ドクリドクリと剣が不気味に脈打ち、髑髏の浮彫が変貌していく。
めきめきと鋼材がコーティングされるようにその表面を覆い、今度は目を閉じた女のバスト像に変化した。
騎士はそれを見ると、満足そうに剣を背に収めると、何とか立ち上がった虎徹たちに兜を向けた。
「ひっ・・・!」
「っ!」
喉の奥で悲鳴を上げたイワンをよそに、虎徹は一歩前に進み出ると退魔の剣を構えた。
虎徹の勘はささやいている。
目の前の存在は、自分たちの敵だ!
しかし、騎士はせせら笑うような空気を浮かべると、マントを翻し、大きく跳ぶ。
そのまま漆黒の天上に姿を消した。
「な・・・何だったんだ・・・?」
呆然とつぶやいたバーナビーは、頼りになる魔戒騎士に目を向けようとして。
「虎徹さん・・・?」
彼がいつの間にか姿を消していることに気が付いた。
「うぐ・・・!」
『虎徹・・・悪いことは言わねえ。魔戒法師に相談しろ。
その刻印、普通の刻印じゃねえようだ。』
路地裏に姿を隠した虎徹は、胸元を押さえ苦痛に呻いた。
見かねたザルバが口を開く。
「後でな・・・。
それより、あいつは一体何なんだ?
あの邪気・・・明らかに普通の魔戒騎士じゃないぞ!」
『・・・可能性はただ一つだ。』
詰問するように言った魔戒騎士に、魔導輪は答えた。
『聞いたことないか?虎徹。
ホラー食いの魔戒騎士・・・暗黒騎士“呀〈キバ〉”の話を。』
「んなもんはただのうわさ・・・伝説だろ?!」
『よく言うぜ。
噂ってのは、元になる事実があるから、存在するってわかっているくせに。』
八つ当たり気味に叫ぶ虎徹に、ザルバはしれっと言った。
『おそらくだけど、ホラー食いの魔戒騎士よ。
暗黒騎士“呀”。まさか、再び現れるとは思わなかったわ。』
震えるイワンの胸元で、シルヴァが険しい声で語った。
「ホラー食いの魔戒騎士かい・・・?」
『そうよ。闇の力に魅入られ、闇に堕ちた魔戒騎士。
千体ものホラーを食らい、究極の力を手に入れようとしている者よ。』
問い返したスカイハイに、シルヴァは続けた。
絶句するヒーロー二人。
千体のホラーを食らった末に、究極の力を手に入れる魔戒騎士。スケールが大きすぎて想像もつかない。
「で、でもシルヴァ、あいつは」
『ホラーを吸収してたのは、あいつじゃなくて、剣の方って言いたんでしょう?イワン。』
震えを押さえ、もつれる舌で問いかけるイワンを安心させようというかのように、シルヴァは言った。
『あの剣・・・何かしらね?暗黒騎士と同じくらい、禍々しい邪気を感じたわ。』
「何が起ろうとしてるんですか?イワン先輩・・・。」
「わかりません!僕にだって!」
不安げに問いかけたバーナビーに、イワンはすっかり混乱した様子で怒鳴った。
しかし、すぐに「あ」と言って悄然とつぶやいた。
「す、すいません。
でも、僕も本当に分からないんです・・・。」
首を振るイワンに、「いえ・・・。」とバーナビーは答えた。
何かが起こり始めているのは確かだ。
巨大で、不吉な、何かが。
イワンは道路を振り返った。
暗黒騎士が飛び降りてきた際に、砕いたアスファルトが、確かにそこにあった。
#13END
GO TO NEXT!
(※1)イデア戦役・・・冴島鋼牙の時代で起きた、一部の魔戒法師の独立騒動によって引き起こされた魔号竜イデアと、太古のホラー“メシアの牙”ギャノンをめぐる一連の闘争のこと。詳細は『牙狼〈GARO〉~MAKAISENKI~』を参照。
(※2)ロボット三原則・・・SF作家、アイザック=アシモフが提唱。
ロボット工学において、ロボットが従うべき3つの原則のことで、以下の内容。
①人間への安全性(人間を傷つけない)
②命令への服従(人間の命令に必ず従う)
③自己防衛(自分を傷つけない)
よお!実は暗黒騎士と会ったことを覚えてない方、ザルバだ。
暗黒騎士が出てきたってのに、
三神官は何を悠長にしてやがるんだ?
まあいい。
ところで、またルナティックが出てきたってな。
あいつと正宗の関わり、知りたいとは思わねえか?
ん?ベンか?虎徹に大事な話だって?
何?能力減退だと?
“破滅の刻印”だけじゃなかったのか?虎徹!
次回、“月代”。
敗北。それは完膚なき、屈辱。