牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 それでは、第14話投下します。
 外伝を除いて、#7以降さっぱり出番のなかった月さんの再登場です。彼の事情は割と最初っから考えてました。(#0でも臭わせておきましたし。)いっそ魔戒法師にしたらよかったかなと思いましたが、このままいきます。
 あと、冒頭を含めて、外伝から正宗さんが出張してきてくれました。一応この話だけで通して読めるようにはしたつもりです。正宗さんと友切の事情は完全に後付です。当初はこんなこと考えてなかったんですが、小説版の『暗黒魔戒騎士篇』を読んだらムクムクと構想が沸き起こってしまい・・・。まあ、ちゃんと収拾はつけるので、ご安心を。
 後、この話を書く上でgossipsで調べてもユーリさんの年齢とレジェンドの能力減退時期がよくわからなかったので、捏造しました。ムリヤリ感満載ですが、笑って流してください。お願いします。
ああ、鬱展開向かってまっしぐら。いやだなぁ、書いてるとこっちまで気が滅入るんですよねぇ・・・。


#14 月代

 冥府の業火が現世を滅ぼし、

 暗黒の使者、降臨す。

 其の影、清新なる聖水を

 漆黒の闇に染めん。

 

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第百四十一節より

 

 

 

 

 

  #14. 月代~月の始りと、虎の挫折~

 

 

 

 

 

 二十六年前。ND1952年某月某日。

 「来たか。」

 オリエンタルタウンの神社の石段の前。

 夜だった。赤い月が天上を彩る、生暖かい風の吹く夜だった。

 冴島正宗は白いコートを纏い、丹塗りの鞘の退魔の剣を片手に、眼前の黒い影を見た。

 漆黒のローブを纏った、その男を。

 「わかっているのか。」

 正宗が口を開く。感情をあらわにしない彼らしくなく、苦りきった口調だった。

 「お前がしようとしていることが、どんなに無慈悲で残酷なことか、わかっているのか。」

 黒いローブは答えなかった。

 「同じだ!まるで同じ糞垂れだ!

 ホラーを殺すために人を苦しめる非道な魔戒騎士と、力を手にするために人を苦しめる堕ちた魔戒騎士と!

 そんな“魔剣”の力を借りてまで、力を欲するというのか!」

「黙れ!」

 普段の無口さをかなぐり捨てたように怒鳴った正宗に、ここで黒いローブが声を張り上げた。

「貴様に何がわかる!正統な後継者でもなかったにもかかわらず、“牙狼”の地位を継いだ貴様に!

 “あの男”と俺が同じ?!貴様が“あの男”から“牙狼”を奪ったから、“あの男”はああなったんだ!!」

 「自分の父を“あの男”呼ばわりか。よく言えたものだな、そのザマで。」

 小ばかにするように正宗が言った。

 「長光が――お前の父がああだったから、私が“牙狼”となったんだ。

  お前は見込みがある方だと思っていた。鬼切。」

 「その名で呼ぶな!俺は友切だ!」

 黒ローブ――友切は怒鳴った。

 正宗は遠い過去に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 正宗がまだ騎士見習いであった頃。彼には兄がいた。名前は冴島長光。

 “牙狼”の地位は、本来、彼に継承されるものだった。

 しかし、長光は何をどうしたのか、“牙狼”の地位にはふさわしくない人物だった。成人する前から酒を飲み、女に乱暴し、あちこちでしばしば暴力沙汰を起こしていた。

 魔戒騎士となってから、その暴力の矛先が人間からホラーに移った。真昼間であるというのに、ホラーの憑依した人間を大衆の面前で斬り殺すこと数回、魔戒法師に乱暴を働き強奪同然に秘薬を奪うことも少なくなく、何度“番犬所”が裁きを下しても全く懲りる様子がない。

 見かねた彼らの父は、長光を継承候補から外した。彼には、“牙狼”はふさわしくない。

 一介の無銘騎士となってもその行為を改めることなく、長光は暴走し続けた。正宗も、彼の父も、長光を懸命に諌め続けたが、その声は届かなかった。

 やがて、長光は商売女に産ませた子供を置き去りにし、死んだ。“掟”破りを続けた結果、寿命が極端に短くなった結果だった。

 せめてこの子だけでもまっすぐに育て、時が来れば彼に“牙狼”の地位を返そう。

 正宗はそう思っていた。自分の子供たちに魔戒騎士のことを隠していたこともあり、そうするべきと思っていた。

 

 

 

 

 

 しかし、希望の子供は闇に堕ちた。

 ならば。

 「身内の責は身内で贖おう。

  来るがいい。そのねじくれた根性を叩き潰してやろう。」

 スラリと剣を抜刀し、構えながら正宗は宣言した。

 ガチャリッ。

 友切もまた黒塗りの細身の長剣を抜刀した。

 ――正宗よう、“根性”ってのは叩き潰すもんじゃねえぞう。

 どうでもいいことであったが、左中指のザルバはひそかにそう思ったが、口を挟まなかった。

 

 

 

 

 

 後に、魔導輪は彼のことを思い返して、虎徹の語彙力のなさは正宗に似たに違いないと思うのだが、それは余談である。

 

 

 

 

 

 そして心の片隅で思った。

 いやな予感がするから、やめておけと。

 正宗が傷つけば、きっと安寿が悲しむ。

 安寿だけじゃない。虎徹も、そして反発こそしているが、きっと村正も。

 ギィンッ!

 しかし、魔導輪の葛藤をよそに、白と黒の両者の剣は、鋭い金属音を立ててかみ合った。

 

 

 

 

 

 死闘の末。

 胸から血を吹き出し、倒れこんだ正宗をよそに、友切はダラダラと血の垂れる額を押さえた。

 正宗が最後の力を振り絞って放った“必殺”の呪印が刻まれたそこを。

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 咆哮とともに、友切は身を翻し、その場から逃走した。

 「ぐうう・・・!」

 『正宗・・・。』

 苦痛に呻く正宗に、ザルバは途方に暮れた声を出した。どう見ても、正宗の傷は深い。その場に魔戒法師でもいれば話は違ったかもしれないが、どう考えてもザルバには正宗が助かる手段を思いつけなかった。

 (ザルバ・・・。)

 念話で正宗は相棒に語りかけた。

 {何だよ?}

 (このことは、安寿と村正、虎徹には伏せろ。)

 {おいおい、この期に及んでまだ隠しごとか?}

 (あいつらを巻き込むわけにはいかん。特に虎徹には・・・。)

 『父さん!オレ、レジェンドみたいなヒーローになるんだ!』

 心のうちに、電話越しに聞いた虎徹の朗らかな声を思い出し、正宗は続けた。

 (虎徹は、光の世界で、ヒーローになるんだ。

  こんな、重い物を背負わせるわけにはいかん・・・。)

 {・・・わかったよ、正宗。}

 ザルバは了承の意を返した。

 安寿の声が聞きたい。

 ふと、正宗はそう思った。

 まだ若いころ、ホラー狩りでこの街を訪れた際、ホラーを退治し終えた後、クタクタになって適当な樹の下で寝ていたら、大丈夫かと話しかけてきた気丈な娘だった。

 正宗は最後の力を振り絞って、懐から携帯電話を取り出すと、短縮ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ND1978年。現在。

 『暗黒魔戒騎士?』

 「はい。確かに見ました。」

 “番犬所”の薄暗い明りの中、銀牙騎士“絶狼”ことイワンは三神官と緊張した面持ちで向き合っていた。

 「あんな桁違いの邪気を纏った魔戒騎士、見たこともありません。

  それに、奴は妙な剣を持ってました。

  僕たちの目の前で、ホラーをその剣に喰わせたんです。」

 『落ち着きなさい。』

 赤い目の少女、ローズになだめられ、イワンはやむなく閉口した。

 『あなたはどうですか?虎徹。』

 「・・・俺も奴は普通の魔戒騎士とは違うと思います。

  出過ぎた口をきくようですが、元老院に奏上するべきと思います。」

 緑の目の少女、ケイルが尋ねてきて、虎徹は自分の正直なところを述べた。

 本来、闇堕ちした魔戒騎士の討伐は、元老院――“番犬所”の上層組織付きの魔戒騎士の領分だ。自分たち一介の“番犬所”付きには荷が重すぎる。

 『・・・考慮しておきましょう。』

 「考慮って!」

 『お黙りなさい!魔戒騎士風情が!身の程をわきまえなさい!』

 食って掛かろうとしたイワンに、ケイルがとげとげしく言った。

 『決定は我々が下します。お前たちは黙ってホラーを狩っていればいいんです。』

 イワンは何か言いたげに口をもごもごしていたが、ここで逆らっても寿命を削られるだけなので、沈黙を選ぶことにしたらしい。

 虎徹はと言えば、一切表情は動かさず、沈黙したままだ。

 『次の指令は追って下します。』

 『言いたいことはそれだけですか?』

 『なら、早々に立ち去りなさい。』

 三人の少女がかわるがわる言い、やむなく魔戒騎士たちは“番犬所”を後にした。

 

 

 

 

 

 「一体何を考えてるんでしょう?!

  深刻な事態なのに・・・。」

 「さあな。三神官〈あいつら〉の考えることは、二十年経ってもわけわかんねえよ。」

 “番犬所”を追い出され、雑踏を歩きながら、いらいらと言ったイワンに、虎徹は肩をすくめた。

 「とにかく、今できることからしよう。

  夜は警戒を怠らず、何かあったらすぐに互いに連絡を入れよう。」

 「・・・はい。」

 言った虎徹に、イワンはやむなくうなずいた。

 そうしてイワンと別れたその足で、虎徹は御用達の魔戒法師のもとへ向かった。

 もう、隠しておくことは限界だと虎徹自身、感じていたのだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「(“破滅の刻印”じゃないか・・・。

  どうしてもっと早く言いに来なかったんだい・・・?)」

 つぶらな黒い目を眼鏡の奥で見開き、斉藤は蚊の鳴くような声で言った。

 アポロンメディアのラボである。

 虎徹はレザー服の胸元を閉めると、「すんません」と一言言った。

「人に見せると、その・・・気を使われるじゃないっすか。柄じゃないんすよ、そういうの。」

 照れているような、苦笑しているかのような声で虎徹は答えた。

 斉藤は難しい顔をした。

 らしいと言えばらしいが、命がかかっているときにまで父親譲りの悪癖(虎徹の秘密主義は絶対に正宗譲りだと彼は確信していた。)を発揮しないでほしい。

 「(すまないが、もう一度、刻印を見せてくれるかい?)」

 「え?もう一度っすか?」

 斉藤に言われ、虎徹は留め金まではしていなかった胸元を再度開いて見せた。

 蝙蝠が羽を広げたような黒い紋章は変わらずにそこにある。

 「(やはり・・・。)」

 目を細めて言った斉藤に、虎徹は不思議そうに首をかしげた。

 「どうかしたんすか?」

 「(私が文献で見たものと、微妙に形状が違う。

  鎧の装備以外で、刻印が痛んだことはないかい?)」

 「能力を使った前後にも、痛んだっすね・・・。」

「(それだね。この呪法は、普通の“破滅の刻印”にアレンジが加えられていて、NEXT能力にも対応しているんだろうね。)」

 ここで彼は真剣な表情になって続けた。

「(タイガー。悪いことは言わない。能力も鎧の召喚もしばらく封印して一線を退いた方がいい。)」

 「俺はまだ戦えます!」

 虎徹は叫んでいた。

 「(しかし、このままでは・・・。)」

 言葉を濁す斉藤。

 彼にもわかる。このままでは、虎徹を待ち受ける運命は“死”の一語だ。

 「俺は魔戒騎士です。“守りし者”です。

  最後まで人を守るために、戦います!」

 「(・・・。)」

 真剣というよりは、どこか追いつめられたような虎徹の顔に、斉藤は嘆息した。

 この魔戒騎士が、一度言い出したら聞かないのは、彼にはよくわかっていた。

 「(・・・わかった。無理だけはしないでくれ。

  こっちでも刻印のことは調べてみよう。他に解除方が見つかるかもしれないしね。)」

 「お願いします。」

 頭を下げ、虎徹はラボを後にした。

 「虎徹。」

 「ベンさん。」

 ラボのすぐ外で聞いていたのだろう、硬い表情のベンがそこにいた。

 現役を退いても、身につけた隠密スキルは健在らしい。こんなところにいるのがその確たる証拠だ。

 「・・・聞いてました?」

 「ああ。それともう一つ。話がある。」

 硬い表情のベンに、虎徹は頷いてその後に続いた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 怪しげな内装の薄暗い部屋に、モニターがいくつも点いている部屋。

 ダークヒーロー、ルナティックのアジトだった。

 コツコツと床を踏んで現れたルナティックは、おもむろにマスクを取り払った。

 はらりと垂れるウェーブのかかった銀髪を掻き上げ、ルナティック――否、ユーリ=ペトロフはため息をついた。

 今日仕留めようとしたのは、徹底して下調べして死んだら身内が悲しむような人間ではない者にした。あと一息という所だったのに、ヒーローたちの邪魔が入り、結局仕留め損ねた。放置しておいてあの異形――ホラーに成り果てても魔戒騎士が困るだけだ。実に惜しいことだ。

 つれづれなるままに点けていたTVの放送では、あの生意気な新人ヒーローがMr.レジェンドが打ち立てたクォータークールにおける獲得ポイントを塗り替えたとかで、どんちゃん騒ぎになっている。

 くだらない茶番劇だ。

 ユーリは画面を一瞥しクロスボウを外してから、耐火材でできたルナティックの衣装を脱いだ。

 すうっと白い面に、真っ赤な手形――火傷のような痕が出現する。これをつけられた夜を、ユーリは忘れない。

 あの夜、自分は知ったのだ。

 真のヒーローはMr.レジェンドなどではなかった。闇に生き、闇を呼吸し、闇を狩る者――魔戒騎士こそ、この街の守護者なのだ。

 彼を知った夜は、ユーリにとって、特別な日だった。

 父に殺されかけ、父が殺され、魔戒騎士を知り――ユーリが生まれ変わった日だった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 どのくらい昔からか、ユーリは覚えてない。

 あるいは記憶が思い出すことを拒否しているのか、とにかく、そのくらい昔のことだ。

 ユーリの父はヒーローだった。最初のヒーロー、Mr.レジェンド。

 強くて優しくて誇り高い父を、ユーリは尊敬していた。いつか父のような立派な男になりたいとひそかに憧れていたのだ。

 『悪い奴を放っておくな。見て見ぬふりをしてはいけない。強い子になるんだ。』

 父の教えだった。

 そんな父に寄り添い、たおやかな母も嬉しそうに笑っていた。

 美しい母と、たくましい父。ユーリの世界はまさしく光に満ち溢れていたのだ。

 

 

 

 

 

 運命の歯車が狂いだしたのはいつからだったのか。

 詳しい日付は覚えてないが、確実に言えるのは、父の能力――ハンドレッドパワーが減退し始めた頃だった。

 キングオブヒーローの栄誉を守るため、父は歪み始めた。

 八百長――犯罪者たちに獄中での待遇を約束する代わりに、わざと自分に捕まってもらったり、他のヒーローたちのポイントを我がものとしたり、見えないところでヒーローにあらざる不正に手を染め始めたのだ。

 私生活の方はこれに輪をかけてめちゃくちゃだった。

 減退が止まらないことに対する恐怖からか、あるいは不正を行うことへの後ろめたさからか。とにかく酒におぼれ、アルコール依存症となり、家庭内暴力に走ってユーリと母をことあるごとに罵り、暴力をふるった。

 あの優しい父は、どこかに行ってしまったのだ。父の姿をした怪物が、家の中を暴れ回り、ユーリと母はいつか優しい父に戻ることを夢見て、肩を寄せ合い、生きてきた。

 ユーリはその当時のことをあまり思い出したくない。

 

 

 

 

 

 あるとき突然父が酒をぴたりとやめた。自分たちに暴力を振るわなくなり、優しくなった。

 母は元の父が戻ってきたと喜んだ。しかし、代わりに父は夜な夜な外出するようになった。一体どういうことなのか。

 ひょっとしたら、よそに愛人でも作ったのだろうか?

 当時のユーリは年齢の割に大人びていて、好奇心も強かった。ゆえに、見てしまった。

 夜な夜な外出する父の後をつけて、父が人知を超えた怪力を発揮して路地裏で女のはらわたを引き裂いて貪り食っている姿を。

 「きゃああああああ!!」

 その姿を見たのは自分だけではなかった。

 やはりどこかおかしいと薄々感じていたのか、あるいは純然たる好奇心でついてきたのか、とにかく母が父のおぞましい姿を見て悲鳴を上げていた。

 「見たなぁ。」

 父の姿をしたものがゆらりと立ち上がった。

 「ひうっ・・・!」

 母は気丈だった。もつれる舌を使って、何とか夫に尋ねた。

 「あ、あなた・・・い、一体どうしたっていうの・・・?」

 「どうもしていやしないさ。」

 口元に凄絶な血糊をつけて、それは笑った。

 「お前も餌になれ。」

 言うや父の姿をしたそれは、立ちすくむ母に向かって手を伸ばした。

 このままじゃママが。

 考えたのは一瞬だった。

 「やめろぉぉぉぉ!!」

 ユーリは物陰から飛び出し、“父”に掴みかかろうとした。

 バギィッ!

 「あぐっ!」

 しかし、所詮は子供の力だった。あっという間に殴り飛ばされ、ユーリは薄汚い路地裏に転がった。

 「ユーリ・・・悪い子だな・・・。」

 ユラリと“父”は、手をついてフラフラと立ち上がったユーリに向き直った。

 「お仕置きだ・・・餌になれ・・・。」

 『悪い奴を放っておくな。見て見ぬふりをしてはいけない。強い子になるんだ。』

 優しかった本当の父の声がユーリの脳裏をよぎる。

 守るんだ守るんだ。僕がママを守るんだ!

 見て見ぬ振りせずに、悪い奴をやっつけるんだ!

 「うああああああ!!」

 キィン。

 ゴッゴォォォォォンッ!

 絶叫するユーリの体躯から青い炎がほとばしったのはこの時だった。

 通常なら、たいていのものを燃やしてしまう高熱の炎だったのだろう。

 しかし、“父”は明らかに異常だった。

 その太く大きな手は、青い炎の奔流を突き抜け、ユーリの顔面をわしづかみにし、そのまま宙づりにしたのだ。

 「うあああああああ?!」

 今度は苦痛からユーリは絶叫した。顔が痛い。右目の上から額にかけた顔が。

 ひどい火傷をしたのかもしれない。同時に能力は発動を終え、シアンの光と炎を失った。

 ユーリは必死で抵抗した。何とか“父”の手を振りほどこうと手をかけたが、力の差は歴然だった。

 「さあユーリ。お仕置きの時間だ。」

 べろりと舌なめずりしながら、“父”が言った時だった。

 ドギャッ!

 突如割り込んだ白が、“父”めがけて見事なドロップキックをかまし、その太い体躯を吹っ飛ばしたのだ。

 ボフンッ。

 父の手から取り落されたユーリを、誰かが抱き留めた。

 父よりも細いながら、力強い腕だった。

 「無事・・・ではないな。すまない。助けるのが遅くなった。」

 やけどをした部分を押さえながら、ユーリは無事な左目で彼を見上げた。

 闇夜に浮かぶ、白いコート。褐色の肌に、濡れ羽色の髪は短く切られ、左斜めに流した前髪の隙間から冷たい琥珀の双眸――しかし、心配をありありと浮かべたその眼がじっとこちらを見下ろしていた。

 コートの下には、黒いレザーのような服に、ショートブーツを履いた、背の高い男。

 「離れていろ。」

 そう言ってユーリを下すと、彼は素早く立ちすくむ母に駆け寄り、その額に赤い札を張り付けた。

 途端に母はクタリと体の力を失い、倒れこんでしまった。

 母を抱き上げ、ユーリのもとへ来ると、彼は母をユーリに預け、立ち上がった“父”に向き直った。

 「貴様の陰我、絶たせてもらうぞ。」

 シャンッ。

 どこから取り出したのか、その手に握った丹塗りの鞘から直刃の剣を抜刀しつつ、彼は重々しく宣言した。

 ユーリは男を見上げてから、再び“父”に目をやり。

 絶句した。

 “父”の口が大きく裂け、その上半身がシャツを引きちぎって風船のように膨らみ、体中を真っ赤な鱗が覆っているのだ。ドシンと地を太い尻尾が穿った。

 「あ・・・う・・・!」

 あんなもの絶対人間じゃない。“父”は本当に父じゃなかった!

 痛みを忘れ、がちがちと歯を鳴らして震えながら、気絶している母にすがりつくユーリをよそに、母子を守る騎士のようにその背にかばうその男は、剣を片手に駆けだした。

 夢のようだった。

 異形の攻撃を、白いコートを翼のようになびかせて華麗によけながら、懸命に異形に斬りかかる。

 やがて、男は剣の切っ先を頭上に向け、光の円を描く。

 ヒョウッバァン!ガシャンッ!

 そこから放たれた光に包まれた直後、男の姿は一変していた。

 虎を模した金色の鎧を纏っている。

 兜の目の部分は紅玉をはめ込んだような紅色で、男が持っていた長剣も気のせいか、刃が一回り大きくなり、鍔飾りがついたような気がする。

 ズダンッ!

 騎士は異形めがけて踏み込んだ。

 そこから先は言葉にならない。

 確かなのは、金色の虎の剣が、父に化けていた異形を真っ二つに斬り裂いたことだ。

 断末魔すらあげずに、それは砂と化して消えてしまった。

 悪は、滅びたのだ。

 呆然としながらも、ユーリは心のどこかでそう思った。

 ガシャンッ。

 鎧が光と化して消え、再び白いコート姿の男が母子の前に立った。

 「・・・。」

 男は二人を一瞥し、そのまま歩み去ろうとした。

 「ま、待って!」

 ユーリは叫ぶが、男は足を止めようとしない。

 『おいおい、正宗。

  そりゃないんじゃないか?』

 突如聞こえたしわがれた声に、男は足を止めると、忌々しげに舌打ちした。

 カッと踵を返しコートをなびかせながら、男は再び二人のもとへ歩み寄ってきた。

 「・・・どこだ?」

 「え?」

 「家は、どこかと訊いている。」

 

 

 

 

 

 気を失ったままの母を背負い、男は包帯で顔を覆ったユーリ(男の持ち物だった。応急処置してもらった。)の案内で、我が家に向かっていた。

 ユーリはおずおずと男を見上げた。

 父のようにコロコロと表情を変えるわけでもなく、冷たそうな――ちょうど、あの怪物を切り裂いた刃物のような人だと思った。

 「何だ?」

 「え?」

 「先ほどからじろじろと。何か言いたいことがあるんじゃないか?」

 「え、えっと・・・。」

 言いたいことならいろいろある。

 何から聞いてわからないが、とっさに出たのはこうだった。

 「あ、あなたは?」

 「・・・名乗る必要は」

 男はそう言いかけるが、ユーリを見下ろし、ややあって言葉を紡ぎ直した。

 「・・・正宗だ。冴島正宗。」

 「あの、怪物は?」

 「人食いの化物だ。だから斬った。」

 端的すぎる。訳が分からない。

 「ママは?」

 「気を失っているだけだ。」

 「・・・パパは?」

 ユーリの問いに、正宗はしばし黙した。

 『黙っててもいずればれるぜ、正宗。』

 「黙れ。貴様はいつも減らず口をべらべらと。」

 『お前が無口だから、俺が代わりに喋ってるんだろ?』

 どこからともなく聞こえたしわがれた声に、正宗は軽く目を細めたが、母を担ぎ直しながら、ユーリの問いに答えることにしたらしい。

 「・・・遠いところに旅立った。

  次に会うのはもう少し先でいいだろう。」

 「嘘だ!」

 思えば、それは正宗なりの優しさだったのだろう。しかし、あの異常事態を目の当たりにしたユーリは興奮冷めやらない様子で正宗に食って掛かった。

 「あいつはずっとパパに成りすまして、僕たちを騙してたんだ!

  ねえ!パパはどこ?!本物のパパがどこかにいるんでしょ?!」

 ユーリは正宗のコートを掴んで喚いた。

 お酒ばかり飲んで怖かったこと、ずっと暴力を振るわれて辛かったこと。

 ヒーローなのに、八百長や他ヒーローからの手柄の横取りなどの不正をしていたこと。

 どこかにいるはずなのだ。

 そんなことしない、自慢の父、Mr.レジェンドが。

 「・・・すまない。」

 その一言で、ユーリは悟った。

 ああ、やっぱりあれは本物の父だったのだ。

 「・・・慰めになるかわからないが。」

 と、一言言って、正宗は語り出した。

 人の心の闇に惹き付けられて現れる怪物ホラーと、それを討伐する魔戒騎士。そして自分がその魔戒騎士の一人であるということを。

 「お前の父は、ホラーに憑かれたことで人間としての道徳心を失った。

  ・・・すまなかった。どうであれ、父親を斬ったのは私だ。」

 ここでちょうど家にたどり着いた。

 ユーリは鍵を開け、男をリビングまで案内した。

 「・・ううん。」

 ユーリは首を振った。

 「だって、僕とママを助けてくれたんでしょ?

  おじさんは、“正しいこと”をしてくれたんだ。ヒーローだよ。おじさんは。」

 「・・・ヒーローか。」

 ぽつりとつぶやいて、正宗はソファに母を下すと腰を折ってユーリと同じ目線になって言った。

 「今日見聞きしたことは、お前の胸の中にしまっておいてくれ。」

 「ヒーローだから?」

 ヒーローは正体を隠さなければならないということを思い出し、ユーリは尋ねた。

 「魔戒騎士のルールだからだ。守れないなら、お前の記憶を消さなければならない。」

 「わ、わかった。」

 こくこくとユーリはうなずいた。

 『お前にしちゃずいぶん甘いな、正宗。』

 「・・・。」

 しわがれた声が口を挟んできた。

 眉を寄せる正宗に、ややあって、しわがれた声が『ははぁ。』と納得したような声を出した。

 『そうか。虎徹坊やに年が近いからか。

  息子と重ねちまったんだな?』

 「バカなことを言うな。」

 ぽつりと言って、正宗は低くつぶやいた。

 「・・・あいつはヒーローになる。私のような血腥い奴とは違う。」

 「おじさん?」

 正宗のつぶやいたことを聞き取れなかったユーリは聞き返したが、男は何も言わなかった。

 「できるなら、今日見たことは忘れろ。

  その方がお前の身のためだ。」

 すっくと立ち上がり、正宗は踵を返して出ていく。

 「おじさん!また会える?!」

 ユーリは叫んだが、正宗は答えることもなければ、振り返ることもなかった。

 

 

 

 

 

 それが、ユーリ=ペトロフが魔戒騎士、冴島正宗を見た、最初で最後だった。

 

 

 

 

 

 そして、ここから先はユーリの知らないことだ。

 「ザルバ。」

 『何だ?』

 「今日見聞きしたことは虎徹には伏せろ。」

 『また隠しごと追加か?』

 夜道を歩く魔戒騎士の左中指で、魔導輪はため息をついた。

 「あいつはヒーローになる。

  憧れで恩人のレジェンドがホラーになった挙句、私が斬ったなど・・・。」

 『そりゃ言えねえなぁ。』

 口にこそ出さないが、正宗は虎徹をかわいがっている。

 一時期屋敷に来させていたせいか、その愛情はより一層強まったと言っていい。

 息子の将来の憂いを取り除くのも、父の務めだと正宗は考えていた。

 『わかった。黙っておく。

  俺は口が堅いからな。』

 「・・・感謝する。」

 ぽつりと言って、正宗は夜の街に姿を消した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 現在。

 「嘘だろ?

 レジェンドが能力減退を起こして、不正やらかした挙句、ホラー化して・・・よりにもよって親父が斬ったのかよ?!」

 とある静かなバーの一室で、虎徹はベンに食って掛かっていた。(とっさのことで、敬語まで忘れている。)

 あの暗黒騎士に遭う前のホラー退治の様子を、ベンに見られていたらしい。ベンは虎徹の能力に異常が発生していると指摘し、同じように異常が発生した能力者――Mr.レジェンドのことを虎徹に教えたのだ。

 「俺も人づてに聞いたから、確かなことはわからないんだが・・・。」

 「ザルバ!どうなんだ?!」

 あーあ、隠しきれそうにない。

 言葉を濁す先輩魔戒騎士に替わって、詰問の矛先を向けられた魔導輪は、心の中で前の契約者に謝りながら、答えた。

 『・・・本当のことだ。』

 「・・・っ!

  なんで何も言わなかったんだ!」

 『正宗との約束だったんだよ。

  お前、あのころヒーローになるって騒いでただろ?

  そんなときに、こんなこと聞かせられないって判断したんだよ、あいつは。』

 「それは・・・。」

 「正宗・・・。」

 言葉に詰まる虎徹をよそに、ベンはこめかみを押さえた。

 同門者の悪癖が、彼がこの世を去ってからなお影響したか。

 『皮肉なもんだな。

 ヒーローにはならなかったっていうのに、能力減退だけはあこがれのヒーローとおそろいになっちまったんだからな。』

 ザルバの言葉に、虎徹はここ最近ですっかり癖づいた仕草――“破滅の刻印”のある胸元を押さえ、うつむいた。

 能力減退。

 それが“破滅の刻印”と同時に虎徹に襲いかかってきた事態だった。

 きっかけは、あのB&Bのコンサート会場で遭遇した楽屋泥棒騒動だった。能力の出力が上がったと思ったら、制限時間を待たずして突如能力が終了した。

 詳しく計ったわけではないが、おそらく徐々に発動時間が短くなっていっているに違いない。

 そこに、“破滅の刻印”による能力と鎧召喚による激痛と寿命の削減である。

 まさしく弱り目に祟り目だった。

 「虎徹・・・まだ平気なうちに能力の発動も鎧の召喚も控えて、一線を退け。

  今なら、後継者の指導に当たることだって十分できる。」

 「俺はまだ戦えます!」

 ベンの説得に、虎徹は強固に首を振った。

 『あなたはヒーローでいて。

  誰も知らなくったって、あなたは確かにヒーローなのよ、私の魔戒騎士。』

 病院のベッドの上で青い顔で微笑む最愛の女性の、今際の言葉に従って生きてきた。

 彼女に恥じないように、“守りし者”としての宿業をなしてきた。

 まだ動ける。まだ剣を握れる。まだ戦える。

 まだ、生きている。

 どうしても諦める気に、虎徹はなれなかった。

 「それに、刻印を解く手段がないわけじゃありません。

  希望を、俺は捨てません。」

 強固に言い放った虎徹に、ベンは説得は無理と判断し、深々とため息をついた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 祝賀会から帰宅したバーナビーはルンルン気分だった。

 自分がMr.レジェンドが達成したクォータークールの獲得ポイントの記録を塗り替えた。

 みんながお祝いしてくれて。

 マーベリックさんが特にはしゃいでて、これからは今までの恩を返すべく、あの人のためにもよりヒーロー界を盛り上げていこうと誓ったのは内緒だ。

 そうだ、虎徹さんにも電話してみよう。

 何というだろうか?

 『あーあ、レジェンドの記録、塗り替えられちまったな。

  まあいいや、バニーなら。』

 少し残念そうに眉を下げてそう言うだろうか?

 『すげえじゃねえか!バニー!

  お前なら絶対できると思った!』

 それともわがことのように嬉しそうに笑いながらほめてくれるだろうか?

 どっちにしたって、バーナビーは彼の声を聞きたかった。

 ひょっとしたら、あの暗黒魔戒騎士とかいうやつを追いかけて大変なのかもしれないが、声だけでも聞きたかった。

 イワンとシルヴァは深刻そうにしていたが、バーナビーは大丈夫だろうと楽観していた。

 だって、この街には最強の魔戒騎士が守護についてるのだ。あの人なら、何があったってきっと大丈夫。

 ケータイの短縮番号を打って、コール音を聞きながら今か今かと想い人の声を待つ。

 しかし、コール音を三十回以上聞いても、相手は通話に出ない。

 「どうしたのかな、虎徹さん・・・。」

 ため息交じりに電話を切って、バーナビーは小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 バーを出て、虎徹は夜道を歩いていた。

 コートにしまっている退魔の剣が妙に重く感じる。

 ソウルメタルは心の在り方でいかようにもその重量を変化させる。心が乱れている証拠だ。

 『心が乱れてるな。』

 「ザルバ・・・。」

 口を開いた相棒に、虎徹は呻く。

 『俺からは何とも言えねえよ。

  冷たいようだが、決めるのはお前だぜ。虎徹。』

 「・・・ああ。」

 わかっていると虎徹はうなずいた。

 

 

 

 

 

 こんなに虎徹が心を乱すのは久しぶりだとザルバは思った。

 魔戒騎士はその武器の特性上、精神鍛錬も義務付けられている。ゆえに、虎徹も普段はへらへらして感情の起伏が激しいと思われがちだが、それは表面上のことだ。実際は、冷静でよほどのことがない限り取り乱すことはなかった。

 ただ一点を除いて。

 その一点が亡き妻と娘の楓――守るべき家族だった。

 若いころは妻のために何度か掟を破って寿命を縮められているし、一度など諸々の事情が重なって心滅獣身となって暴走したこともあるのだ。

 どうやってその事態を納めたかはさておき。

 

 

 

 

 

 「きゃあああああ!!」

 女の悲鳴が耳をつんざいたのはこの時だった。

 「何だ?!」

 『虎徹!ホラーの臭いだ!』

 ザルバの声に、虎徹は瞬時に思考を切り替えた。

 すぐさま声のした方へ駆け出すと、路地裏で服を破られ、頬に小さな火傷のようなみみずばれをつけた女が震えながら座り込んでいる。

 「どうしたんだ?!」

 「き、急に襲いかかられて・・・!

  で、でも・・・!」

 女性の視線の先を追い、虎徹は大きく目を見開いた。

 青い炎を灯した矢が、地面に突き立っていた。

 ――ルナティック!

 {おいおい、ルナティックの奴、よりによってホラーにケンカ売りやがった。}

 (んなことはどうでもいい!ザルバ!どっちだ?!)

 念話でザルバと会話し、虎徹はホラーとルナティックのいるだろう場所にワイヤーを飛ばそうとして。

 「あ。」

 破けた服のせいで扇情的に見える女性に目を止め、一瞬どうしたものかと悩む。

 自分のコートはダメだ。これは特殊な魔法衣だ。その場で返してもらえるならともかく、うっかり置き去りにはできない。

 「おいあんた、これ、もらうぜ。」

 と、虎徹は近くの物陰で震えていたホームレスらしき男に1シュテルンビルトドル札を数枚渡し、彼が纏っていた少々臭う毛布を取り上げ、女性に投げ渡した。

 「それでも着て、じっとしてろ!」

 そうしてワイヤーを飛ばし、虎徹は今度こそ魔戒騎士の務めを果たすべく舞い上がった。

 

 

 

 

 

 「タナトスの声を聞け。」

 赤い月の下、クロスボウを手に、ルナティックは連続婦女殺人犯ブノワと、ロープウェイのゴンドラの上で対峙していた。

 ルナティックは心に決めていた。

 ホラーでなくても、人はこんなに罪深い。そして罪を犯せば犯すほど、その存在はホラーを呼び寄せやすくなるだろう。

 ならばその前に殺してしまえばいい。その方が世間も平和になるし、魔戒騎士たちの手助けにもなる。

 「はんっ。ルナティックね。」

 ブノワは鼻で笑うと、電磁鞭をもてあそびながら余裕でせせら笑いつつ言った。

 ブノワは、短い赤毛に、紺色のジャケットを羽織った細身の男だった。目つきが悪いのと細い顔のせいで、どこか狡猾そうな印象を与える。

 「魔戒騎士気取りのヒーローもどきだろ?悪い奴は倒しておしまい。ガキかよ。」

 何故魔戒騎士のことを?!

 ルナティックはマスクの下で驚愕した。

 確かあの男――冴島正宗は言っていたではないか!魔戒騎士のことは一般人には秘していると!

 まさかこいつは!

 「ルナティック!どけぇぇぇぇ!」

 頼もしい声が乱入したのはこの時だった。

 ドギャッ!

 「ぐはあっ?!」

 白いコートを翼のようになびかせ、ひっかけたワイヤーを外して飛ぶ虎徹が、勢いのまま、ブノワにドロップキックをかましたのだ。

 そのシルエットは確かに冴島正宗そっくりで、いやおうなしに二人が親子だということを思い知らせる。

 ブワッ・・・!

 空中に放り出された二人は、そのまま近くの地面に降り立った。

 「おーおー。噂をすれば、本物が来たよ。

  エセヒーローがどんな味がするか試したかったが、魔戒騎士の味も興味があるな・・・。」

 「ほざけよ、クソ化け物!」

 丹塗りの鞘の退魔の剣を手に、虎徹は電磁鞭を持った男――ブノワと対峙する。

 先に動いたのはブノワだった。

 キュバッ!

 電磁鞭をしならせ、虎徹に攻撃をしてくる。

 電磁鞭の一撃は急所に当たれば、人間を悶絶させるに違いない。そうして動けなくなった被害者をこの男はなぶり殺しにしてきたのだ。

 しかし、虎徹とて百戦錬磨の魔戒騎士だ。

 ヒュパッ・・・シャンッ!

 鞭の一撃を軽々とよけ、抜刀ざまに退魔の剣を叩きこんだ。

 ブノワは大きく跳びさがるように攻撃をよけると、鞭をしならせ、生意気な魔戒騎士を叩こうと攻撃を繰り出す。

 ヒュパパパッ!シャシャシャシャッ!

 そのことごとくを虎徹はよけて、カウンターで剣を繰り出す。

 ハンドレッドパワーを使えば、もっと素早く攻撃できるのだが、今は刻印によって封じられているも同然なので、地道に行くしかない。

 

 

 

 

 

 ルナティックは、離れたビルの上に立ち、そっと対戦模様を観戦することにした。

 正直、ルナティックが魔戒騎士の闘争を見るのは、これが二度目――虎徹の戦いを見るという意味では初めてということになる。

 以前、生意気な新人ヒーローと一緒に襲われた時は、一撃で斬られていた。

 今一度眼に焼き付けておこうと思った。

 この街を陰から守護する者の雄姿を。

 

 

 

 

 

 ヒュンパッ。

 唐突にブノワが鞭を納めた。

 否。

 バシィンッ!メギャッ!モゴォッ!

 鞭が一度地を打ったかと思うと、その体が一回り膨らみ、服が裂けた。

 露わになったのは、革のような光沢の装甲だった。指先は一つ一つが鞭のように伸び、ぱりぱりと電撃を纏っている。

 顔もヘルメットのような装甲が覆い、ブノワは今や完全に異形――ホラー“イプウィ”と化していた。

 ちっと舌打ちして、虎徹は剣を構え直す。

 ビュバッ!

 ホラーは指先の十本の鞭をバラバラに操り、魔戒騎士を仕留めようとする。

 虎徹は攻撃をよけるが、間合いを詰められず、攻撃を仕掛けることができない。

 ――ダメか!

 舌打ちとともに、虎徹は剣の切っ先を頭上に向けた。

 ヒョウッバァン!ガシャンッ!

 鎧の召喚陣を描き、虎徹はあっという間に金色の騎士姿――虎を模した黄金の騎士“牙狼”となる。

 刻印の痛みに苦しむ羽目になる前に、決着をつけねば。

 焦りそうになる感情を押し殺し、騎士は剣を構える。

 ビュバヅッ!

 ホラーの指鞭が騎士に迫る。

 騎士はそのことごとくを剣で叩き落とす、電撃が騎士の体に伝わるが、ソウルメタルの鎧の前には、それも無力だ。

 ギュバルッ!

 ホラーの指鞭のうち一本がはるか頭上に突き出ていた電灯に引っ掛けられ、ちょうど虎徹がワイヤーでそうするように空中に舞い上がった。

 ギャオッ!

 直後、ホラーの指鞭が突如まっすぐな槍状になると、騎士を貫かんと落下しながらこちらに向けられる。

 シュボォォォォゴオウワッ!

 ヴァウッ!

 騎士は取り出した魔導火を牙狼剣に灯し、簡易版烈火炎装を使う。そうして、剣を振りかぶり、空中めがけて金緑色の炎の衝撃波を放った。

 斬ッ!

 あっさりホラーは構えた槍状の指鞭ごと真っ二つになり、そのまま魔導火に燃やされて、消えていく。

 

 

 

 

 

 一連の戦闘を見届け、ルナティックは青い炎を巻き上げ、赤い月が輝く空に飛びだした。黄金騎士に命を救われたのは、これで二度目だ。

 もし・・・もし、自分の知るところで彼が命が危ういような事態になったら、その時は彼の手助けになりたい。

 それがこの借りを返すことになる。

 ルナティックは夜空を飛翔しながら、ひそかにそう誓った。

 

 

 

 

 

 ほうっと一息ついて、虎徹が鎧を解除しようとするより早く。

 ズダァンッ!

 「なっ?!」

 ガギィンッ!

 背後に轟音を立てて降り立った人物から放たれた殺気に、黄金騎士は考えるより早く炎が消えた牙狼剣を振り向きざまに繰り出していた。

 その判断は正解だった。

 その人物は、この間、超巨大ホラー化したアンドロイドを、不気味な剣に吸収させていた、あの暗黒魔戒騎士だった。

 背中に背負われた巨大な鉄塊のような大剣が何よりの証拠だ。

 しかし、あの剣は儀式用なのか、今、暗黒騎士が黄金騎士めがけて振り下ろしているのは、牙狼剣によく似たフォルムの長剣だった。しかし、金と銀のコントラストを描く牙狼剣に対し、暗黒騎士が使うのは黒と赤のコントラストの剣だった。

 虎徹の驚愕の後に響き渡った鋭い音は、牙狼剣が暗黒剣を受け止めた剣撃音だったのだ。

 「てめえ!」

 「お手並み拝見といこうか、黄金騎士“牙狼”。」

 吠えるように叫んだ虎徹に、暗黒騎士はせせら笑うように言った。

 ギリギリと鍔迫り合いをする両者の剣。刃をはさんで、金と黒が対峙する。

 ガギィンッ!ガギッ!ギュバッ!ガギギィンッ!

 そのまま剣を打ちあうが、虎徹は自分が明らかにパワー負けしているといやがおうにも悟り、真正面から受け止めるのを避け、できるだけ刃を受け流した。

 普通に戦ったのでは、おそらく一撃で吹き飛ばされる。

 ――ほう。状況判断力は上々。さすがだ。

   さすがは黄金騎士。さすがは“牙狼”。

 瞬時に戦い方を変更した虎徹に、暗黒騎士は兜の下でにやりと笑った。

 しかし、それは絶対優位者が下位者のけなげな努力をほほえましく見やるようなものだった。

 弩轟ッ!

 次の瞬間、反射神経を鍛え上げた黄金騎士の目にもとまらぬ勢いで踏み込んだ暗黒騎士の剣が、黄金騎士の胸板を強打し吹き飛ばしていた。

 ガシャンッ。ズダシャンッ!

 「がああああっ?!」

 衝撃で鎧ははがれ、元の白いコート姿となった虎徹は、ビルの壁に蜘蛛の巣状のヒビが入るほどの勢いで叩きつけられ、そのまま真下にあったゴミ袋がみっしり詰まったゴミ捨て場に背中から落下した。

 ガキンッ。

 牙狼剣から元のサイズに戻った退魔の剣は、少し離れたところに、斜めに突き立った。

 「うぐう・・・!」

 ビギギッ。

 ゴミ袋がクッションになったとはいえ、ここでタイミング悪く破滅の刻印の激痛が襲い、虎徹はあおむけになったまま胸を押さえて苦痛に呻くしかない。

 シャリンッ。

 「っ!」

 それでも立ち上がろうとした虎徹の喉笛に、暗黒剣の切っ先が付きつけられた。

 殺される――!

 大きく目を見開き、それでも虎徹は暗黒騎士を睨みつけた。

 魂までは屈してたまるかと言わんばかりに。

 どのくらいそのままでいただろう。

 虎徹には、一分にも一時間にも思われた。

 確かなのは、暗黒騎士は唐突に刃を納め、踵を返し、ゴミ捨て場から降り、去って行く。

 その姿が路地の角を曲がり姿を消したところで、その後ろ姿を呆然と眺めていた虎徹は再び、仰向けにゴミの山に身を沈めた。

 ポツ。

 その頬を、水滴が穿った。

 ポツ。ポツポツ。

 ザァァァァ・・・。

 降り出した冷たい雨は、身動きしない魔戒騎士を容赦なく穿った。

 情けをかけられた――!

 ぎりっと虎徹は奥歯をかみしめた。

 あれは、いつでも殺せるという意思表示だ。あるいは殺す価値もないと判断されたのか。

 ゴミの山に身を沈めたまま、右手で目元を覆った魔戒騎士に、その左中指に納まる魔導輪はかける言葉を思いつけなかった。

 

 

 

 

 

 

 #14END

 GO TO NEXT!

 

 




 よお!今回回想以外あんまり出番がなかった方、ザルバだ。
 傷心の虎徹を心配したんだろうな。
 家族がいったん帰って来いだと。
 楓嬢ちゃんも大きくなったもんだな。お年頃ってやつか?
 それに、いい機会だ、虎徹。
 今の状況、誰かに言ってみたらどうだ?
 一人でうだうだ悩むよりは、きっとマシだぜ。
 次回、“故郷”。
 父として、なすべきことがあるはずだろ?
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