牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 それでは、第15話を投下します。
 このシリーズを書き始めた時から、ずっとどう書いたものか悩んでた帰郷話です。
 冒頭は、最近恒例化してきた、回想話か暗黒騎士たちによるこそこそ悪巧みですが、今回は前者で。
 #11から4話ぶりにオリジナルキャラクターのセシリーさんが登場しました。回想オンリーですけど。
 あと、今回、虎徹さんは魔戒騎士スタイルをずっとキャストオフ状態(笑)です。前回惨敗だったせいか、精神的にへこたれ気味です。元気出してくださいよ。
 ヒーローズは影も形も存在しません。
 しかも、鏑木兄弟がファザコン気味。二十年以上経っても引きずるか。まあ、それだけインパクトのある親父だったんでしょうね。
 後半に入っても、まだまだグルグル状態の虎徹さんと、問題浮上の鏑木家。ヒーローズは相変わらず影も形もありません。
 多分、この時点の楓ちゃんって、お母さんのことがトラウマになってると思うんです。個人的見解ですけど。それにしても、何故でしょうね?私が楓嬢を書くと、怒ってばかりになってしまう。いくら帰郷中の父親が情けなく見えるし失礼なことをされたって言っても、許してあげてくださいよ。・・・あ、魔戒騎士のことも能力のことも、ばれてないからか。ごめんね、楓嬢。かっこいいお父さんはもう少し待ってね。
 後半は定例のバトル。
 そして、けっこうドタバタしたにもかかわらず、楓嬢はお父さんの裏の顔に気づかず仕舞い。それでいいのか。
 あ。あと、今回は何気に外伝とリンクしてしまいました。一応通して読めるようにはしましたが、読み直したいという方や未読の方、興味がある方は読んでみてください。


#15 故郷

 瞼の裏に映えるは、

 青き蒼空、

 絢爛たる花々。

 いざ行かん黄金の大地、

 魂の故郷へ。

 

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第十七節より

 

 

 

 

 

  #15. 故郷~虎の故郷と、娘と思いと~

 

 

 

 

 

 六年前。ND1972年某月某日。

 白い病室だった。

 薄黄色のパジャマ姿の鏑木友恵はベッドの上に座り、スケッチブックの表紙を撫でながら、物思いにふけっていた。

 ガラリ。

 「邪魔するヨ。」

 「こんにちは。セシリー。」

 「思ったより元気そうネ、トモエ。」

 ベッドわきに立って、セシリアル=クルシェフスキーは顔をあげた友恵を覗き込んだ。

 相変わらず怪しげな狩衣のような魔戒法師の衣装姿だ。

 「あの馬鹿〈ティーゲル〉ハ?」

 「ホラー退治に行ってる。」

 「嫁さんが死ぬかどうかの瀬戸際だってのニ、何やってんのヨ、あいつ・・・。」

 「私が行ってって言ったの。」

 苦々しげな顔をしたセシリーに、友恵は穏やかにほほ笑んだまま言った。

 「トモエ・・・。」

 「ねえ、セシリー。」

 困ったような顔をしたセシリーに、友恵は顔をあげ、ひたとその青い目を覗き込みながら言った。

 「虎徹君のこと、お願いね。」

 「ちょっと・・・何言ってんのヨ!それ、遺言にしか聞こえないわヨ!」

 セシリーは怒鳴った。

 気に入らなかった。友恵が何もかも諦めたような、悟ったような態度をしているのが。

 「あいつは・・・虎〈ティーゲル〉ハ!

  あんたを選んだのヨ!あたしじゃなくて、あんたヲ!」

 「でも、私はもう、虎徹君の傍にはいられないの。」

 友恵は首を振った。

 ポロリ。

 微笑んだままの、その美しく整った顔に、涙が一筋垂れた。

 「死にたくないよ・・・死にたくない。

  虎徹君の前では笑っていようと思ったけど・・・やっぱりつらいよ・・・。」

 肩を震わせ、静かに泣きだした友恵に、セシリーは口をつぐんだ。

 「私がいなくなった後も、きっと虎徹君は魔戒騎士でいようとする。

  だって、そうお願いしちゃったから。

  私が、虎徹君を縛り付けちゃった・・・。」

 「・・・後悔してるノ?」

 尋ねたセシリーに、友恵は首を振った。

 「私一人のために、虎徹君に立ち止ってほしくないんだ。」

 ここで彼女は涙をぬぐいながら言った。

 「私ね、虎徹君には前を向いて幸せになってほしいんだ。

  私がどこにいったって。どうなったって。」

 かなわない。

 セシリーは、友恵を見ながらそう思った。

 こういう女性だからこそ、あの無鉄砲な魔戒騎士が伴侶にと望んだのかもしれない。

 「でも、虎徹君、向う見ずなところあるから。

  ちょっと目を離したらすぐむちゃくちゃしちゃう。

  セシリーなら、魔戒法師だから、虎徹君を助けてくれるでしょう?」

 すがるような眼差しの病床の女に、女魔戒法師はため息をついた。

 「・・・向う見ずって点は、あんたも人のこと言えないと思うわヨ?」

 ややあって茶化すように言ったセシリーに、友恵は首をかしげる。

 「そう?」

 「よく言うわヨ。」

 苦笑してから、ややあって。

 「あたしは・・・。」

 セシリーは視線を落としながら、友恵の頼みに対する返答をするべく、口を開いた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ND1978年。現在。

 ガタンゴトン・・・。

 虎徹は列車に揺られながら、頬杖をついて窓の外を流れる景色をぼうっと眺めていた。

 住宅地は抜け、透けるような蒼天の下、青々とした田園風景に差し掛かっている

 今の虎徹の恰好は、モスグリーンのシャツと白いベストに、黒いスラックスと鋲付きタイに、ハンチング帽という、アーバンスタイルオンリーで、魔戒騎士の魔法衣をコートすら纏っていない。

 コートもレザー服も雨の中ゴミ捨て場でじっとしていたせいで、ゴミの臭いが取れきれなかった。普段なら小言の一つでもいう執事だが、今回は何も言わなかった。それはずぶぬれで帰宅した主人が、死んだような眼と青い顔をしていたことに起因するのだろう。そっと風呂を勧めただけだった。

 ともあれ、そういう事情から、虎徹は普通の格好で帰郷することにしたが、左中指の魔導輪と、深緑の鞘袋に入れた退魔の剣、ポケットに入れた魔導火は健在だった。

 後は数日分の着替えを入れたボストンバッグがそばにあるだけだ。

 

 

 

 

 

 さて。先ほど帰郷と記したが、その理由はおおざっぱながらまとめると、こうなる。

 基本的に“番犬所”付きの魔戒騎士は守護管轄から離れられない。しかし、虎徹とイワンは、最近のシュテルンビルトの“番犬所”はおかしいと感じていた。

 暗黒魔戒騎士出現の報告をしたにもかかわらず、元老院に奏上した気配もなく、新たな指令の気配もない。何かあったのか様子見に行ってもすげなく追い返されるのみ。

 これはいよいよおかしいと感じた虎徹は、ペナルティ覚悟で“番犬所”と距離を置くことにしたのだ。

 そこに実家から電話がかかってきた。それにでたら、落ち込んでいることがあっさりバレた。あれこれと心配する母と兄に、ちょうどいいからと帰郷することにしたのだ。

 ・・・そこに、近々死ぬかもしれないという覚悟めいたものも、確かにあった。

 

 

 

 

 

 ――友恵ちゃんの墓参りもきちんとしておきたいし。

 今生きているものを優先してきた。

 魔戒騎士として、“守りし者”として。

 しかし、虎徹の残された時間は少ない。残された時間を、虎徹は悔いのないよう、過ごしたかった。

 『おい、そろそろ着くぜ。』

 「ああ。」

 ザルバに応えて、虎徹は荷物を持って立ち上がった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 田園風景の中にポツンと建つ駅舎の前に立ち、虎徹は空を見上げた。

 澄み切った青空だった。

 今も昔も、空だけは変わらない。

 虎徹が魔戒騎士になった日も、こんな澄み渡った空だった。

 パッパー。

 「虎徹!」

 「! 兄貴!」

 クラクションの音に振り向くと、鏑木酒店と車体に描かれた中古のバンが停まった。そこに乗った男に、虎徹は笑いかける。

 短い黒髪に、褐色の肌と琥珀の双眸は弟である虎徹に似ているが、落ち着いた物腰の持ち主だ。ポロシャツに鏑木酒店の紺色の前掛けをしたまま、運転席に座っている。

 「配達ついでにな。乗れ。」

 「おう。サンキュー。」

 笑って虎徹は荷物を持ってバンに乗り込んだ。

 すぐに車は人通りの少ない田舎道を走り出した。

 「元気そうだな。いつものコートはどうしたんだ?」

 「ああ、えっと・・・クリーニング中。」

 少しごまかすような響き交じりに言った虎徹に、男――兄にあたる鏑木村正は「そうか」とうなずくにとどめた。

 村正は現在、母、鏑木安寿の後を継ぐ形で鏑木酒店の店主を務めている。ちなみに結婚はしておらず、独身である。

 『よう。村正。お前こそ元気そうだな。』

 「ザルバもな。」

 運転中なので、村正は視線は前に向けたまま、魔導輪の声に応えた。

 

 

 

 

 

 村正が、この指輪が意志を持って物を言うことを知ったのは、父・冴島正宗が亡くなってからだった。

 家庭を顧みないひどい父親と思っていた(ゆえに自分が父親の分も虎徹を守らなければと彼は思っていた。)が、虎徹の能力制御訓練の一件から、その見方を改めはじめていた。それでもなかなか素直になれなかった矢先、父が亡くなり、母と弟の口から、その家業を初めて聞いた。

 魔戒騎士。夜闇を跳梁跋扈する異形を打倒す、“守りし者”。

 正直に言えば、複雑だった。家族の中で自分だけ知らなかったのだから。しかし、父には父なりの考えがあったのだろう。月日が経つにつれて、そう考えることができるようになった。

 虎徹がその後を継ぐと聞いた当初、村正は真っ先に反対した。弟を父の二の舞にさせたくなかった。

 しかし、虎徹は訓練を続け、とうとう父と同じ称号を継いだ。

 謝りながらも生き方を決めてまっすぐ前を見据える虎徹に、村正は腹を括った。

 『行ってこい。ときどきでいいから連絡しろ。』そう言って、村正は弟を遥かな不夜都市シュテルンビルトへ送り出した。

 

 

 

 

 

 いくつか雑談と近況報告を互いに終え、虎徹は改まった様子で口を開いた。

 「楓、どうしてる?」

 「まだ学校に行っているが、もうしばらくすれば帰ってくるだろう。」

 「・・・ちゃんと日暮れまでには家に帰らせてるよな?」

 「当たり前だ。あんな化物に襲わせてたまるか。」

 うんざりという響きの入った調子で答えた村正。

 ちなみに、彼はホラーを直接見たことはないが、ザルバのイメージトレーニングの応用で、イメージを直接頭に伝えられているので、ホラーの恐ろしさを間接的であれ、知っている。

 楓は虎徹の娘――黄金騎士の子供だ。

 虎徹の唯一の弱点である。中には彼女を狙って現れるホラーがいないとも限らないのだ。

 「ちゃんと“お守り”も肌身離さず持たせている。」

 「あれは友恵ちゃんの形見だしな。」

 柔らかな表情で言った虎徹。

 「ああ、そうだ。

  お前に言っておこうと思ってたことがあったんだ。」

 「ん?なんだよ?」

 「お前が使ってた部屋、今楓が使っているからな。」

 「はあ?!」

 ぎょっとして虎徹は正宗に振り向いた。

 「ちょ・・・!

  あの部屋、魔戒関係の物とか結構おいてたと思ったんだけど!」

 虎徹が見習い時代に使っていた魔戒文字のテキストとか、騎士の作法本とか、バルチャスのルールブックとか、練習用の魔戒道具など、やばすぎるものが目白押しだったような気がする。

 あれは魔戒騎士でない者――早い話、虎徹以外の家族には劇薬でしかない。触ることすら危険なものだって中にはある。

 さらに虎徹は娘には魔戒騎士のことは隠しているわけで。

 「安心しろ。セシリーさんに連絡したら、あっちで引き取ってくれた。」

 「セスが?!」

 さらにぎょっとする虎徹。いつの間に自分抜きの連絡手段を確立させたのだ、兄とあの魔戒法師は。

 「とにかく、そういうわけだから、お前は客間に泊まれ。

 ・・・わかっているとは思うが、楓の目に付くところにその物騒なものを置いておくなよ。」

 ちらりと村正は、虎徹の足元にある、深緑の鞘袋――退魔の剣を見た。

 「う・・・気を付ける。」

 気まずげに頷く虎徹。

 ついでに言うなら、ザルバとおしゃべりしているところや、魔導火の管理も徹底しなければ。

 『村正。ちょっと聞きたかったんだが。』

 「何だ?」

 虎徹に替わって口を開いたのはザルバだった。

 『お前、正宗に魔戒騎士のこと隠されて、いやだったんだろ?

  楓嬢ちゃんが同じことされてるのに、なんとも思わねえのか?』

 「ザルバ・・・。」

 虎徹はさらに気まずそうな顔をした。

 父から口止めを食らっていたとはいえ、兄に隠し事をしていたのは、虎徹も一緒なのだ。

 「・・・思う所がないと言えば、嘘になるな。

  だが。」

 ここで村正はちらりと虎徹を見てから、続けた。

 「楓は、女の子だ。

 魔戒騎士の子供は魔戒法師か騎士にならなければならないそうだが、そんなふうに限定するものでもないと思う。楓には楓の未来がある。

 何より、ホラーのことは、知らない方が幸せだろう。」

『・・・なるほど。』

ここでザルバは薄く笑うような気配を浮かべてつづけた。

『お前、確かに正宗の息子だわ。

 そういうこと言うあたり、あいつに似てるよ。』

「虎徹、ダッシュボードにガムテープがあるから、ザルバの口をふさげ。

 俺はあいつに似てなどいない。」

――受け入れてはいるけど、好いてはいないんだよな、親父のこと。

 正宗に似ていると指摘されるのが嫌いな村正に、虎徹はこっそり思いながら、ダッシュボードを開けてガムテープを取り出し、「悪いな」と少しいたずらっぽく笑いながら、『まて!やめろ!』と叫ぶザルバの口に小さく切って貼り付けた。

 『虎徹!村正!覚えてろ!〈モゲム!ムマママ!モモメゲモ!〉』

 くぐもった叫びをあげるザルバに、虎徹は苦笑いする。

 最強の魔戒騎士の、実家での地位ははっきり言って下の方なのだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 赤い屋根の平屋――鏑木家の前で、虎徹はバンから降ろされ、そのまま村正は配達へ行くべく、車を切り返し、去って行く。

 虎徹はそれを見送ってから、改めて玄関の引き戸をガラリと開けた。

 『ブハぁ!顎が外れるかと思ったぜ!』

 「悪かったな、ザルバ。

  けど、兄貴も嫌がってるんだから、あんまりそのことは言うなよ。」

 やっとガムテープを口から外され、ぶつぶつ言うザルバに、虎徹は苦笑いした。

 『ああ。さすがに今回は懲りた。

  ビー玉咥えるなんて、二度とごめんだ。』

 顎が馬鹿になったらどうする。ぶつぶつとなおも文句を言うザルバ。

 「ただいま~。」

 一言声を出したが、家の中は静まり返っていた。

 留守、ではないだろう。

 母の靴はある。

 ならば。

 「庭、か?」

 靴を脱いで、虎徹は家に上がった。

 

 

 

 

 

 ひたひたと縁側を歩く虎徹は、庭の小さな畑でキャベツに水やりをしている母の姿を認め、ほおを緩めた。

 「母ちゃん!ただいま!」

 「おや、お帰り。虎徹。」

 下の息子の姿を認め、水を止めながら母は振り向いて言った。

 母――鏑木安寿は、こんなに小さかっただろうか?虎徹は時折ふとそう考えることがある。

 昔から小柄ではあったが、皺と白髪が増え、電話口では腰が痛いと愚痴ることが多くなったような気がする、と虎徹は思った。

 つっかけをカポカポ鳴らしながら、安寿は縁側に歩み寄ってきた。

 「水やりなんて、程々にしとけよ。

  また腰、痛めるぞ。」

 無駄とは思いながら言った虎徹に、安寿は苦笑しながら言った。

 「元気がないのを放っておくわけにもいかないだろ?

  キャベツも、あんたも。」

 虎徹はぎくりと肩を震わせた。

 気にしないようにしていたつもりではあったが、やはり母にはかなわない。

 ふとした拍子に思い出してしまう。首に突き付けられた黒塗りの刃、佇む漆黒の鎧、圧倒的な力の差、見逃された屈辱。

 「落ち込んでた正宗にそっくりな顔をしていたからね。

  ほんと、お父さんに似たよ、お前は。」

 「・・・そうかな?」

 ホースを巻き取り、蛇口を閉めながら言った安寿に、虎徹は首をひねった。

 父のことを知る魔戒関係者からは口をそろえて似てないと言われるのだが。

 「ところで、魔法衣はどうしたんだい?」

 「・・・クリーニング中デス。」

 目をそらした虎徹に、安寿は何かあったなと悟ったが、この場では訊かないことにした。

 『よう、安寿。腰の調子はどうだ?』

 「大丈夫だよ。ザルバも虎徹の面倒見てくれてありがとうね。」

 『大したことねえよ。』

 ザルバの言葉に目を細めながら答えた安寿に、虎徹は口をとがらせた。

 「子ども扱いしないでくれよ。」

 もう四十路手前だというのに、何だこの扱いは。

 『けけっ。それだけおめえが心配されてるってことさ、虎徹。』

 「そうだよ。お前はいつまでたっても手がかかる子だからね。」

 魔導輪と母にまとめて言われて、虎徹はうなだれた。

 ただでさえも口達者な魔導輪と、頭が上がらない母のダブルパンチだ。かなう気がしない。

 「さて!そんなところに突っ立ってないで、さっさと荷物を置いといで!」

 「は~い・・・。」

 うなだれたまま虎徹は、客間を兼ねている仏間に向かった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 妻の遺影が飾られた仏壇に手を合わせてから、虎徹はアーバンスタイルからラフな私服に着替える。

 この田舎で、あそこまできっちりしているとかえって目立つ。

 ちなみに、魔戒騎士スタイルでいると、さらに悪目立ちするので、実家に帰ってきた際はホラー退治がない限り着替えるように厳命されている。

 そうして虎徹はぼんやりと仏壇――正確には友恵の遺影を眺めた。

 ややあって。

 「あ。」

 『どした?』

 「ヤベ・・・昔の部屋に友恵ちゃんのスケッチブック置きっぱなしだわ・・・。」

 というより、妻が亡くなった後、彼女の絵を見るのもつらくて、葬儀の際に持って帰ったのをいいことに、そのまま部屋に置きっぱなしにしていた。

 『あとで楓に言って返してもらったらいいじゃねえか。

  いくらなんでも、無断で娘の部屋に入るのはまずいぜ、虎徹。』

 「ダメだ!あれにはいろいろヤバいもんが描かれてるんだよ!

  楓に興味を持たれるのはまずい!」

 早足でかつての自室――今は娘の部屋に歩きながら、虎徹は言った。

 『ヤバいもの?』

 「“牙狼”の鎧とか、鍛練の様子とか、霊獣とか!」

 『・・・そりゃ確かにやばいな。』

 ザルバの言葉にうなずいて虎徹は、楓の部屋の戸を開けた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 背後に暗雲が垂れこみそうな勢いで、虎徹はうなだれていた。

 『だからやめとけって言ったじゃねえか・・・。』

 「だってさぁ・・・。」

 しゃがみこんでそのまま「の」の字を書きかねない様子の虎徹に、その左中指でザルバは嘆息した。

 

 

 

 

 

 結局スケッチブックは取り戻せず、最悪のタイミングで楓が帰宅。

 机の中身を見てしまった挙句「昔は自分の部屋だった」と言い訳した虎徹に激怒し、さっさと追い出した。

 眉を吊り上げ、「変態!」と連呼した楓の胸中は、本人にしか知る由はない。

 

 

 

 

 

 『虎徹よぉ、いつまで楓嬢ちゃんを赤ん坊扱いするんだ?

 俺は人間のことはよくわからねえが、今回はお前の自業自得だってことくらいはわかるぜ。』

 「・・・。」

 耳に痛いザルバの言葉に、虎徹はうなだれるしかなかった。

 ビギンッ。

 「っ・・・!」

 唐突に走った激痛に、虎徹は胸を押さえ、必死に声を押し殺した。

 客間に戻ってきていてよかった。

 こんな姿見られたら医者でも呼ばれて大騒ぎになるところだ。

 「まだ、死にたくねえな・・・。」

 苦痛をこらえながら、ぽつりとつぶやいた。

 楓〈娘〉のことを理解してやれないまま死ぬなんて、カッコ悪すぎる。「かっこいい」と言ってもらうなんて、夢のまた夢だ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 最低!信じられない!

 ブリブリ怒りながら、楓は父が開けていた引き出しを閉め、ランドセルを放り出した。

 鏑木楓。十一歳。こげ茶色の髪をサイドで括り上げて黄色のリボンで止め、長い前髪を三つ編みにした、かわいらしい少女である。

 いわゆるお年頃な彼女は、絶賛反抗期、とまではいかずとも、声高に叫びたかった。

 いつまで子ども扱いするのよ!と。

 実際叫んだが。

 いいじゃない、バーナビー様を応援したって。

 机の中で微笑むバーナビーの切り抜きを、父に見られた。それだけでも恥ずかしいっていうのに!

 自分がされて嫌なことを、人にするなと叔父も祖母も言っているのに、何を考えているのか、あの変態親父は!

 お母さんは何を考えてあの人と結婚したんだろう?

 母のことを考えると、楓は切なくなり、本棚に飾っていた写真立てに目をやった。

 まだ幼い楓が、元気だったころの母と父に囲まれて撮られている写真だ。

 

 

 

 

 

 楓は、母が亡くなる以前のことを良く覚えていない。

 いくつか覚えていることもあるにはあるのだが、ひどく現実離れした光景だから、本当のことか今一つ実感がない。幼い自分の想像かもしれない、と思い始めている。

 

 

 

 

 

 ある光景はこうだ。

 青々とした芝生の広い庭で、母がスケッチブックを手に、鉛筆でデッサンしている。

 楓はまるで魔法のように描かれていく母の絵と、モデルとなっている人物を見比べる。

 モデルは――父だった。赤い柄の長剣を手に、剣舞を舞うように見えない相手と戦っている、何かの訓練をしているような姿。

 母がスケッチブックから顔をあげてほほ笑むと、父は困ったような照れくさそうな顔をして、自分たち二人に微笑み返すのだ。

 

 

 

 

 

 別の光景はこうだ。

 白い頭の老人と、背の高い黒髪の眼鏡の青年が燕尾服姿で、食事の支度をしている、広い食堂だった。

 老人と青年、父と母と楓の、五人で食卓を囲み、楽しく食事をしている。

 

 

 

 

 

 そして・・・これが、楓が自分の記憶を信じられないと決めつけている、一番の光景にして、一番印象深い光景だった。

 息を切らして暗い夜道を駆ける母と、その背に背負われた楓。

 母は必死に何かから逃げ惑っているようだった。

 いよいよ背後から迫る何かが二人に追いつきそうになった時だった。

 金色の光が割り込み、何かをやっつけるのだ。

 とてもきれいで、寒々しくて、現実離れした光景だった。

 

 

 

 

 

 でも、そんなことあるはずがない。

 だって、あんなにきれいな金色、テレビの作り話の中でも見たことがないのだ。

 父のことにしたってそうだ。剣を持っているところなんて見たこともないし、だいいち、あんなもの、確実に銃刀法違反だ。

 

 

 

 

 

 とにかく、楓はむっとしながら、写真の中で微笑む父を睨み返し、写真立てを伏せた。

 遠いシュテルンビルトで働いてて、警備関係だかで忙しいとか言ってるが、そんなこと関係ない。

 そばにいてほしいのに。ちゃんと今の自分を見てほしいのに。

 「どうしてわかってくれないのよ・・・。」

 ぽつりと楓は力なくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 その夜のこと。

 結局楓は夜まで口をきいてくれず、虎徹はへこんだまま夕食を終えた。

 楓は一言も口をきくことなく、そのまま部屋に戻ってしまった。

 そして。

 「で?何があったんだ?虎徹。」

 閉店後の鏑木酒店のカウンターにて、虎徹に酒を出し、グラスを磨きながら、村正は問いかけた。

 「・・・。」

 口をつぐむ虎徹は、黙ってグラスの中身――琥珀色の液体を一口飲んだ。

 カラリと中で氷が涼やかな音を立てる。

 「・・・お前が一人で抱え込みがちなことはわかっているつもりだ。

  だがな。」

 ここで村正は言葉を切ると、カウンターにひじを突き、虎徹をひたと見据えながら続けた。

 「言ってくれなきゃわからん。」

 おずおずと視線をあげる虎徹。

 しかし、まだ迷いがあるのだろう、何かを言いかけては口を閉ざすということを繰り返し、ふいと視線を逸らした。

 「いいか?ここでのお前は魔戒騎士じゃない。

  鏑木虎徹、俺の弟なんだ。

  俺にはNEXT能力も、魔戒剣を使うこともできないが、弟の話を聞くことならできる。」

 「・・・。」

 再三の村正の言葉に、虎徹はすっと手を腰にやった。

 ズボンのポケットから小箱を出し、そこから取り出したストックホルダーに、左中指から引き抜いたザルバをカシャンとはめ込んだ。

 『それじゃ、俺は休むぜ。

  あとは兄弟水入らず、てな。』

 「・・・ああ。お休み、ザルバ。」

 頷いて、虎徹はストックホルダーごとザルバを小箱にしまった。

 これでザルバは一時的に魔界に帰り、休むことができる。

 すっと顔をあげた虎徹は、覚悟を決めた顔で、服の胸元に手をかけた。

 「おい?」

 「・・・見た方が早えから。」

 プチプチとボタンを外し、胸元を寛げた。

 露わになるのは、小麦色の肌に刻まれた、翼を広げた蝙蝠のような漆黒の紋章。

 「なっ!」

 大きく目を見開き、村正は虎徹に詰問した。

 「虎徹!それは何だ?!」

 「・・・“破滅の刻印”だ。」

 胸元を閉め、虎徹は語り出した。

 “破滅の刻印”のこと、能力減退、暗黒魔戒騎士の出現と、惨敗した挙句いつでも殺せると言わんばかりに放置されたこと。

 「友恵がいなくなってから、ずっと、戦ってきた。

  一人でも多く、ホラーから助けられるように。

  あいつの分まで生きられるように。

  あいつが誇ってくれた“牙狼”の称号に恥じないように。」

 淡々と語る虎徹。ジワリとその眼に涙が浮かぶ。

 「家族も娘もほったらかして、ひたすら戦ってきて!

  ここにきて、もうすぐ死んじまうかもしれねえなんて!

  言えるかよ!」

 乱暴に目元をぬぐった。

 「死にたくねえよ!助かる方法だって探してる!

  けどこのまま俺がシュテルンビルトで魔戒騎士続けていいのか?!

 娘のことも理解できねえ!殺す価値さえないと判断されて放置されたようなくたばり損ないに!そんな資格あるのか?!」

 バギッ!

 勢い余ってグラスを握りつぶしそうになってヒビを入れた虎徹を、最初こそ驚いたが、すぐに村正は悟る。

 事態は、自分が思っていた以上に深刻だ。

 「どうしたらいいんだよ・・・。」

 うなだれた虎徹は、そのままカウンターに倒れ伏して眠ってしまった。

 やれやれ。効き過ぎたか。

 ちらっと村正はカウンター内――虎徹からは見えないところに置いている、なんだかよくわからない文字(魔戒文字らしい)のラベルの貼られた小瓶を見た。

 小瓶の中には透明な液体がなみなみと入っている。

 これは常人には水のようなものだが、虎徹など魔導力の扱いを心得ている者には酒の効力を強め、強烈な自白剤になる。

 虎徹の部屋の片づけに、弟と同門だという魔戒法師の女性を呼んだら、片付けの後にくれたのだ。

 彼女曰く『こうでもしないとあいつは本音を言わない』らしい。

 村正は割れ掛けている虎徹のグラスと、自分の分のグラスを片づけ、ため息をついた。

 これは深刻だ。こんなこと――もうすぐ死ぬかもしれないなんて、楓はもちろん、母にだって言えない。

 どうしたらいい?自分は一階の酒屋の店主だ。魔戒のことは多少聞きかじっている程度で、本職の弟が手におえないといったものをどうにかする力など、自分にはない。

 ――弟一人、守れないのか。

 歯がゆく思いながらも、村正の口をついたのは別の言葉だった。

 「酒代とグラスの弁償代は、明日にしてやるかな。」

 寝顔だけは昔と同じであどけない弟を見下ろし、村正は小さく笑った。

 村正にできるのは、普段と同じように接してやることだけと、いやでもわからざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 白い病室だった。

 紙のように白い顔の伴侶が、肩にカーディガンをかけたまま、魔戒騎士の正装姿の自分に向かって微笑んでいる。

 「安心しろよ。」

 虎徹は言った。

「オブジェの浄化もできるだけ済ませたし、指令が来ても“銀牙”のじーさんにやってくれるよう頼んでるからさ。」

 「そうなの?ごめんね。」

 「謝るなよ。俺が好きでやってるんだから。」

 弱々しげな友恵に、虎徹は少しでも安心させようと笑いかけた。

 カツカツカツ・・・ガラッ。

 「旦那様。」

 病室の引き戸を開け、入ってきたのは執事見習いのマクシミリアンだった。

 「マックス?どうした?」

 「申し訳ありません。先ほど屋敷にこれが・・・。」

 強張った顔でマクシミリアンが差し出してきたのは、赤い封筒――“赤の指令書”だった。

 「それから、銀牙騎士“絶狼”様から連絡を受けました。

  腰痛で床に臥せってしまい、動けないと・・・。」

 「なっ・・・!」

 思わず虎徹は呻いていた。

 指令書は“赤”だ。絶対優先の“黒”ではない。拒否することだって十分できる。

 だが・・・。

 虎徹は指令書と妻を見比べてしまった。

 ホラー退治か、伴侶か。

 「・・・行ってきて。」

 口を開いたのは友恵だった。

 「友恵ちゃん?!

  でも・・・。」

 「いいから。」

 なおも逡巡している様子の虎徹に、友恵は微笑みながら、手を伸ばした。

 その手を取り、物言いたげにしている虎徹に、彼女は言った。

 「あなたはヒーローでいて。

  誰も知らなくったって、あなたは確かにヒーローなのよ、私の魔戒騎士。」

 その時の友恵を、虎徹は忘れない。

 病で痩せて、ひどく顔色が悪かったはずなのに、とても美しいと思ったのだ。

 友恵に手を離された虎徹は、弱々しくうなずくと、マクシミリアンに向き直り、指令書を受け取った。

 魔導火で開封し、メッセージを暗記すると、虎徹は伴侶を振り向いた。

 友恵は相変わらず微笑んでいる。

 「すぐ戻るからな!」

 言い残して、虎徹は病室を後にした。

 

 

 

 

 

 それが、虎徹が生きた妻を見た、最後の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 翌日。

 一服盛られたと毒づきながら、虎徹は起き出した。

 楓が学校に出た後(やっぱりまだ怒っているらしく口をきいてくれなかった。)、虎徹は鍛錬するべく退魔の剣を持って庭に出た。

 ステップを踏んで舞うように。

 だが、唐突に虎徹は足を止めた。

 漆黒の鎧、突きつけられた剣、見逃された屈辱。フラッシュバックするように思い出したそれらを切り裂こうと、虎徹は剣を振り下ろす。

 『心の乱れは剣の乱れ。

  剣先がブレてるぞ。』

 「うっせぇ。」

 ザルバに言われなくても分かっている。ソウルメタルの剣が重いのが何よりの証拠だ。

 悩むな。迷うな。それらはたやすく魔戒騎士から命を奪い去る。わかってはいるのだ。

 ガチリと剣先を下した虎徹に、背後から声がかかった。

 「おい、虎徹。」

 「!」

 ヒュオッ!

 「うおっ?!」

 振り向きざまに剣を突き付けられ、村正は驚愕のあまり後ずさった。

 「わ、わりぃ!兄貴!」

 あわてて虎徹は剣を下し、謝る。

 「大丈夫か?!怪我してないか?!」

 「大丈夫だ。第一、寸止めしたのはお前の方だろう。」

 あわてる虎徹に、村正は苦笑した。

 驚きはしたが、それだけだ。

 「それより虎徹、今から友恵さんの墓参りに行っておくか?」

 「あ。もうそんな時間か。今支度する。」

 あわてて虎徹は縁側に置いといた丹塗りの鞘に駆け寄った。

 その後ろ姿を見ながら、村正は過去に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 一度だけ。村正は退魔の剣を見たことがあった。

 夜中にもよおして、トイレに立った時のことだった。

 玄関先に無造作に、傘か何かのように立てかけられて置かれていた。

 父が帰ってくるまで、あんなものはなかった。

 興味を持った村正がそれに触ろうとするより早く。

 『触るな。』

 不機嫌そうな声とともに、いつやってきていたのか、正宗が丹塗りの鞘を奪うように持ち上げた。

 言い訳もそれが何であるかの説明も、正宗からはなかった。

 後にも先にも、正宗がそれを持っているのを見たのは、村正にとっては、それっきりだった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 来るのは久しぶりだというのに、墓所はきれいだった。誰かが――たぶん、楓だろうと虎徹は思った――丁寧に掃除しているのだろう。

 ついでにオブジェの浄化をしようと退魔の剣の入った鞘袋を肩に担ぎ、虎徹は墓前に手を合わせた。

 ここには最愛の伴侶が眠っている。

 父・正宗は――名前こそ刻まれているが、彼が実際に眠るのは、歴代“牙狼”の眠る“英霊の塔”だ。

 「友恵さんはできた人だったな。」

 「・・・ああ。」

 『本当にな。ホラーの俺から見てもいい女だったよ。あいつは。』

 立ち上がった虎徹に村正が言い、ザルバが続いて言った。

 虎徹のような特殊な事情を持っている者には、そうそう結婚はできないだろうと村正は思っていた。よしんばできてもセシリーのような魔戒法師とだろうと思っていた。

 しかし、ここに眠る女性はそんな虎徹を理解し、生涯添い遂げたいと言ってくれた。

 彼女の今際の言葉を、虎徹は忠実に守って生きている。

 ある意味、彼女は虎徹に呪いをかけたと言っていいだろう。おかげで虎徹は彼女が亡くなってからも、粛々と魔戒騎士を続けている。

 「なあ、虎徹。」

 改まった様子で村正は口を開く。

 もういいじゃないか、と彼は思った。

 何もかもを投げ出してまで、伴侶の言葉に従うことなどないと虎徹に言いたかった。

 「お前がいないとき、楓がどうしてると思う?」

 「楓が?」

 「口にはしないが、あの子はさびしがっている。

 この間の父兄参観日の前、あの子は持って帰ってきた保護者用のプリントを見ながら、こっそり泣いていたぞ。」

 「っ・・・。」

 虎徹は息をのんだ。

 わかっているつもりだった。娘にさみしい思いをさせていることくらい。

 しかし、頭では分かっていても、実情は理解できていなかったらしい。

 村正の口から聞いて、虎徹は改めて自分が娘のことを何も理解してやれてないことを悟った。

 「魔戒騎士の仕事が大切だということはわかっている。

  だが、それは楓を泣かせてまで続けなければならないのか?

 “魔戒騎士は守りし者”とお前は言ったな?今生きている者を優先したいからともいったな?

  楓は、お前が守るべきものじゃないのか?」

 ぐっと苦しそうに顔をゆがめた虎徹に、村正は卑怯だと思いながらも、最後の言葉を紡いだ。

 「あの子に、俺と同じ思いをさせないでくれ。

  時間がないというなら、なおのこと。」

 時間がない。

 虎徹は胸元を掴んだ。

 ずくりっと、苦痛を感じたわけでもないのに、“破滅の刻印”が疼いたような気がした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 そのまま墓所で別れ、村正は配達へ、虎徹はオリエンタルタウンのオブジェの浄化を行う。

 オリエンタルタウンは小さな町なので、虎徹のように大きな都市付きの魔戒騎士が定期的にやってきてはオブジェの浄化を行っている。人口が少ないこともあり、オブジェの数自体少ないこともあって、町付きの魔戒騎士はいないのだ。

 いくつかオブジェの浄化を終えるが、迷って乱れきっている虎徹の心に反応して、ソウルメタル製の剣は鉛の塊のように重かった。

 いつもなら魔導輪と他愛ないおしゃべりをしながらオブジェの浄化を行う虎徹も、先ほどのことが堪えているのだろう、黙りこくっており、ザルバも自分が口をはさむべきではないと思い、沈黙していた。

 昼過ぎに虎徹は重い剣を引きずるように帰宅した。

 「ただいま~。」

 がらりと引き戸を開け、帰宅した虎徹は、母の声が聞こえないことに首をかしげた。

 昼をとっくに過ぎているから、はやく昼食を食べろと文句を言われると思っていたのに。

 「母ちゃん?」

 靴を脱いで上がった虎徹は、小さなうめき声に気が付いた。

 「母ちゃん?!」

 虎徹が駆け付けた居間の神棚の下、苦痛に満ちたうめき声を上げながら、安寿がうずくまっている。

 『おい安寿!大丈夫か?!』

 「こ・・・腰が・・・!」

 ザルバの声に、安寿は呻くように答えた。

 虎徹はすぐさま近所の病院に往診を頼むべく、電話の受話器を取り上げた。

 

 

 

 

 

 ぎっくり腰。

 それが安寿の病名だった。

 布団に横たわった安寿に、虎徹は沈痛な面持ちでいた。

 命にかかわることはないと思っていても、家族が苦しんでいるのを見るのはいい気分がしない。

 「そんな顔するんじゃないよ。」

 痛み止めを飲んで腰に湿布を張った安寿が、だいぶ楽そうな表情で微笑んだ。

 「ただいま~。」

 パタパタという足音から楓が帰ってきたことを悟った虎徹は、「おう、お帰り~。」と声を出した。

 「お父さん?」

 ひょこんと頭をのぞかせた楓はすぐさま息をのんだ。

 「おばあちゃん?!どうしたの?!」

 「ぎっくり腰だってさ。おとなしくしてりゃすぐ治るって。」

 「当分動けないねぇ。」

 安心させようとほほ笑んだ虎徹と、安寿に、楓は不安そうに眉を寄せた。

 「で、でも・・・。」

 「なんだなんだ。楓は心配性だな~。」

 と、虎徹がおどけるように言ったとたん。

 「お父さんの馬鹿!もう知らない!」

 キッと眉を吊り上げ、楓はバタバタと出て行ってしまった。

 「え・・・?

  なんで怒られたの?俺・・・。」

 『虎徹よう、ひょっとして、楓嬢ちゃんは友恵の時を思い出しちまったんじゃねえか?』

 「あ・・・!」

 呆然とする虎徹だが、ザルバの指摘にすぐに息をのんだ。

 友恵も突然倒れて、そのまま入院沙汰になり、虎徹と楓の手の届かないところへ旅立った。

 あわてて虎徹は立ち上がり、楓を探したが、家を飛び出したらしく、ランドセルすら見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ゴロゴロゴロ・・・。

 朝から怪しかった雲行きが、ここにきて本格的に危うくなってきた。

 暗い空に雷鳴がくすぶり始めた。

 寝込んだ安寿をそのまま放っておくこともできず、虎徹は家に残っていた。

 暗くなるまでには家に帰ってくるように言い含めてあるし、聞く限り楓はそれを破ったことがなかった。大丈夫だろう、と高を括っていた。

 

 

 

 

 

 『虎徹。指令だ。』

 「っ。」

 ザルバの言葉に、虎徹は眉をひそめた。

 カタンという投函音に、虎徹が郵便受けを覗き込むと、見慣れた赤い封筒があった。

 「帰郷中もこき使う気満々かよ・・・。

  っていうか、俺の距離置く宣言無視ですか・・・。」

 あきれ半分の虎徹は愚痴りながらも、ポケットから魔導火を取り出し、封筒に金緑色の火をつける。

 ウネン。カチンッ。

 空中に吐き出された文字を眺めながら、虎徹は特製ライターの蓋を閉じる。

 「またホラー退治か?」

 「ああ。この近辺で出たらしいから、俺に行けってさ。」

 安寿の不調のため店を早めに閉めた村正の背後からの問いに、虎徹は掻き消えた文字のあったところを眺めながらうなずいた。

 魔法衣を持って帰ってないが、退魔の剣と魔導火はあるから、何とかなるだろう。

 ゴロンッ!ゴロゴロゴロゴロ・・・ビシャアァァンッ!

 くすぶり続けた雷鳴が、とうとう轟音を立てた。

 ぽつぽつと降り出した大粒の雨が、地面を濡らし始めた。

 『楓嬢ちゃん、傘持ってるか?』

 「本降りになる前に戻ってくると思いたいが・・・。」

 ザルバの言葉に、村正が答えた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ガラガラと神社の鈴を鳴らし、楓はパンパンと手を打った。

 おばあちゃんが早くよくなりますように。おばあちゃんを連れて行かないでください。

 眉を寄せながら、楓は必死に祈った。

 ゴロゴロゴロ・・・ビシャァァァァンッ!

 稲妻がとどろいたのは、この時だった。

 「きゃっ!」

 思わず耳を押さえてしゃがみこんでしまった楓のうなじに、落ちてきた大きな雨粒が当たる。

 「冷たっ!

  え?嘘?」

 立ち上がって空を見上げた楓に、雨粒は容赦なくその量を増やしながら降り注いできた。

 ザアザアのどしゃ降りだ。

 「やだ!最悪!」

 あわてて楓はランドセルを笠替わりにして、神社の社の軒下に避難した。

 雨がやむまでここで待つしかない。

 そばにランドセルを下すと、腰を下ろして膝を抱えて、楓はぼんやりと考え事をした。

 わかってる。自分でも大げさだってことくらい。

 でも気持ちが落ち着いてくれない。

 小さいときのことはあまり覚えてないけど、お母さんが倒れた時のことは昨日のことのように思い出せる。

 いつものようにイーゼルに乗せたカンバスで絵を描いていた母が、突然激しく咳き込むと、そのまま黒髪をなびかせ、イーゼルごとカンバスを押し倒すように倒れこんだ。

 物心ついて間もない楓にできることは、倒れこんだ母にしがみついて泣きわめくことだけだった。

 徐々に冷えていく体温と、苦しそうな母の様子は、今でも時折夢に見るのだ。

 お父さんだって知ってるはずなのに、何なのだ、あの反応は。

 考えただけでむかむかしてきた。

 「・・・雨やまないかな。」

 楓の希望とは裏腹に、雨脚は徐々に激しくなっていった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 『おい虎徹。もう日暮れだぞ。』

 雨脚が激しくなってきたので、さすがに迎えに行こうと雨がっぱ姿で娘の姿を探していた虎徹は、ザルバの言葉にやむなく来た道を引き返し、家に向かった。

 タイムアウトだ。

 玄関の前で、同じく雨がっぱを着た村正と落ち合った。

 日没までに結界の利いた家に帰らないと危ないと、彼も分かっていた。

 「ダメだ。行きそうなところはあらかた探したが、見つからない。」

 「こっちもだ。」

 首を振る虎徹は、ふと肝心なことを思いだす。

 「ザルバ!楓の位置は?!」

 『ん?お、おお!

  そうだったな!』

 虎徹に尋ねられ、ザルバは急いで探知を開始した。

 「わかるのか?」

「楓に持たせてる“お守り”には、邪気よけの界符の他に、前に友恵ちゃんがつけてたザルバの分身が入ってるんだ!」

 尋ねてきた村正にうなずいて、虎徹は答えた。

 滅多に使わないからすっかり忘れていた。

 『いたぞ、虎徹!

  ・・・?!』

 「どうしたんだ?」

 息をのんだザルバに、虎徹が尋ねると、ザルバは困り果てた調子で続けた。

 『ホラーの気配だ!

  どうやら楓嬢ちゃんを狙っているらしい!』

 「なっ?!」

 狙われる可能性は重々承知していたが、こうまで動きが早いとは思わなかった。

 「くそっ!」

 「虎徹!」

 濃緑色の鞘袋を担ぎ直して、虎徹は駆け出した。

 「兄貴は家に!楓は必ず連れて帰る!」

 言い残し、虎徹はザンザン降りの雨の中を突っ走った。

 

 ザルバの案内で虎徹がたどりついたのは、神社の石段の前だった。

 「ここは・・・?!」

 『懐かしいねぇ。お前が牙狼剣を抜いた場所だ。』

 思わず足を止めた虎徹に、ザルバが感慨深げにつぶやいた。

 同時にそこは、虎徹の父、正宗の死に場所でもある。

 正宗の死にざまが記憶の底からよみがえりそうになった虎徹は、表情を引き締め、石段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 暗くなってきた周囲に、楓は身を震わせた。

 日暮れまで家に帰る言いつけを、楓は今日初めて破ったことになる。

 一度だけ、どうして早く帰らないといけないのか尋ねたことがある。

 口を濁す祖母とは裏腹に、叔父の村正は至極真面目に「危険だから」と言っていた。

 何がどう危険なのか。

 しかし、お調子者の父とは裏腹にまじめな叔父の言うことだ。楓は今日まで言いつけを忠実に守ってきた。

 ガシャリッ。

 雨音を切り裂くように、重々しい音がした。

 ガシャリッ。ガシャリッ。

 その音は、足音らしい。規則的な感覚を持って、徐々に近づいてくる。

 ゾワッ。

 突然周囲の温度が下がったような気がして、楓は身を震わせると、急いで背後の社の扉を開け、中に身を滑り込ませた。

 いやな予感が止まらなかった。

 少しだけ扉の隙間を開けて、楓は外をのぞく。

 ゴロンッゴロゴロゴロ・・・!

 ビシャァァァァァンッ!

 雷がとどろく。

 閃光に照らされ、神社の石畳を歩くそれを、楓は見た。

 それは、シルエット自体は鎧武者によく似ていた。

 しかし、あんなとげとげしい赤紫の鱗に覆われ、髑髏をそのままあしらったような仮面をつけ、大きな鉈のような首切り刀を持っているなんて、絶対に普通じゃない。

 雨の臭いに交じって血臭まで感じそうな、現実離れした光景だった。

 ガシャリッ。

 “鎧武者”が社の前で足を止めた。

 “鎧武者”の髑髏のような仮面の奥に光る赤い目が、楓を射抜く。

 楓は戦慄した。あいつは私がここにいることを知っている!

 急ぎ楓は隙間を閉じ、社の奥に向かい、神棚のある壁にぴったり背をくっつけた。

 震える手で持っていたケータイを操作し、急いで家に電話をかける。

 助けて!助けて!

 耳に通話口を当てながら、楓はその単語だけを口の中で繰り返していた。

 ところが、運悪く充電を怠っていた子供用のケータイはピーピーというバッテリー切れのサインとともに、画面が真っ暗になってしまった。

 ガドォンッ!

 絶望に染まる楓をよそに、轟音とともに社の扉が紙細工のように引き裂かれて吹き飛んだ。

 ガカッ!

 稲妻に異形の姿が照らしだされる。

 『忌まわしき血を引く者よ。我が宿願のために、利用させてもらうぞ。』

 くぐもった声でそう言うと、異形の腕が自分めがけて伸ばされる。

 恐怖に身をすくませた楓がおぼえているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

 石段を登りきった虎徹は、石畳の先から強烈な圧迫感を感じた。

 間違いない。ホラーがあの社の中にいる。

 「楓ぇ!」

 キィン。

 娘の名を叫びながら、虎徹は能力を発動し、社めがけて突っ走る。

 激痛が体を蝕むが、そんなことは気にならない。それよりも娘の命の方が数倍大事だ。

 娘に手を伸ばそうとしていた異形――ホラーが虎徹に気が付き振り向く。

 ズダァァァンッ!メギャアアンッ!

 それより早く、虎徹はホラーの前に立つと、見事な一本背負いを仕掛け、ホラーを地面に叩きつけ、そのまま社の外の石畳めがけてめい一杯蹴り飛ばした。

 「楓!」

 扉が吹っ飛ばされて脆くなった社の中、虎徹はざっと娘の体を見回し、ほっとした。

 気を失っているだけのようだ。

 『虎徹!』

 『待っていたぞ、黄金騎士。』

 ザルバの言葉に、虎徹は雨合羽の裾を翻し、背後に楓をかばうように、壊れた社の入り口越しに身を起こした異形と対峙する。

 『ホラー“ダイデンタ”だ。

  鎧に染みついた陰我に引き寄せられたか。』

 ザルバがうなった。

 『我が望みは強者と戦い、我が勝利の暁にその血肉を食らうこと。

  我と戦え。黄金騎士。』

 ミシッ・・・。

 ホラーの言葉をよそに、社が大きく軋んだ。

 扉が叩き壊されたり、ハンドレッドパワー付き背負い投げでホラーを叩きつけたから、限界なのかもしれない。

 虎徹は急ぎ楓を抱き上げると、そのまま社を飛び出した。

 メギッズゴシャアアアァァァァ・・・。

 直後、社は最後の一線を越えたかのように、轟音を立てて崩壊していた。

 ギョパッ!ギヂィンッ!

 『我と戦えい!“牙狼”!!』

 「言われなくっても戦ってやるよ!

  娘を安全なところに置かせろ!バカ野郎!」

 首切り刀を振りかざし、突っ込んできたホラーの一撃を鞘袋に入ったままの退魔の剣で受け止め、虎徹は毒づいた。

 そのままホラーを再び蹴り飛ばし、距離を置く。

 そこで能力が終了し、フヒュッとその体からシアンの光が掻き消える。

 ビギンッ。

 「ぐ・・・。」

 苦痛に呻きながらも、虎徹は楓を安全そうな手洗い場――石造りだが、屋根はあるのでここなら濡れにくいだろう――にそっと寝かせた。

 バサッ!

 動きにくい雨合羽を脱ぐと、楓に毛布代わりにかぶせ、虎徹は鞘袋を放り出し、丹塗りの鞘から退魔の剣を抜刀し、立ち上がったホラーに向き直った。

 ビガッ!ゴロンッゴロゴロゴロ・・・。

 閃光がほとばしり、雷鳴がうなる中、異形と剣士は対峙する。

 ビガッ!キュパッ!ガギィンッ!

 再び閃光が走った瞬間。

 両者は大きく踏み込み、剣を繰り出していた。

 ギリギリと鍔競り合いをしながら、両者はぐるりぐるりと円を描くように移動する。

 ガギンッ!キュパッ!ガギギンッ!

 いったん互いに剣を弾くと、踏み込んできたホラーに、虎徹は距離をとりつつ剣を構え直し、再び踏み込む。

 そのまま激しく打ち合うが、虎徹は防戦一方だった。

 剣が重くていつものように自在に扱えないのだ。

 この期に及んで自分はまだ迷っているらしい。苦々しく思うが、どうにもならない。

 『どうした黄金騎士。この程度か。』

 「うるせえ!これから調子出すんだよ!」

 降りしきる雨のせいでずぶぬれになりながら、剣を構える虎徹は怒鳴った。

 鎧を召喚すれば寿命が削られる。だが鎧なしでこのホラーに勝てるのか。否。召喚したところで勝てるかどうかも分からない。

 『迷っているのか。』

 せせら笑うように、距離をとって対峙するホラーが言った。

 ぎくりと虎徹は身を震わせる。

 『ならばその迷いを消してやろう。』

 すっと籠手を思わせるホラーの右手が持ち上がる。

 ビャビャビャッ!

 そこから放たれた数本の矢が、気を失ったままの楓に迫る。

 キュパッ!キンキキンッ!

 しかし、虎徹の方が一枚上手だった。

 矢と娘の間に割って入ると、退魔の剣でことごとく叩き落としたのだ。

 『我が勝利した暁には、貴様の血肉のみならず、貴様の娘の血肉もいただくとしよう。

  若い娘の肉は柔らかく、血は佳絶なり。』

 ズッと首切り刀を持ち上げその切っ先を虎徹に向け、嘲笑うように言ったホラーに、魔戒騎士は初めて怒りをあらわにした瞳を向けた。

 「てめえ・・・!」

 自分はいい。好きで魔戒騎士になった。いつ殺されてもいいよう、覚悟はできている。

 だが、楓は。

 こんな血腥い世界等知らない、普通の女の子なのに。

 自分の娘に生まれてしまったばかりに、巻き込まざるを得ない。なんて理不尽なのだ。

 『虎徹・・・。』

 退魔の剣をきつく握りしめる虎徹は、ふと思い出す。

 亡き父、正宗の遺言を。

 『“守りし者”となれ・・・強くなれ・・・。』

 父は魔戒騎士にとは一言も言わなかった。“守りし者”になれといったのだ。

 ――俺は楓を“守りし者”なんだ!

   死ぬのが何だ!能力が無くなるのが何だ!

   こいつをブッ倒して、何が何でも楓を守る!守って見せる!

 一度腹を括ってしまえばそこからはもう簡単だったと言っていい。

 羽のように軽くなった退魔の剣の切っ先を頭上に向け、虎徹は鎧の召喚陣を描く。

 ヒョウッバァン!ガシャンッ!

 あっという間に金色の騎士姿――虎を模した黄金の騎士“牙狼”となった。

 バサリッ。

 その背を金の刺繍が入った紫のマントが彩る。

 ギギャァァァン・・・!

 牙狼剣の刃を左手の甲に移動したザルバの口に滑らせ、騎士はホラーと対峙する。

 再び対峙する両者。

 ズダンッ!

 石畳を踏み砕く勢いで、ホラーが踏み込んだ。

 騎士もまた同じくらいの勢いで、ホラーめがけて突進していた。

 刹那。

 雷鳴がとどろいた瞬間、金色と赤紫は交錯していた。

 斬ッ!

 膝をつく“牙狼”に対し、ホラーはそのまま倒れ伏した。

 『ふは・・・ははは・・・。

  我の勘違いか・・・。』

 「?」

 ガシャンと兜だけ外し、金色の鎧を纏ったまま虎徹がマントをなびかせ、呻くホラーに振り向いた。

 『強き太刀よ・・・。

  迷いなどないではないか・・・。』

 「礼を言うぜ。

  おかげで“守りし者”がなんたるか、思い出せた。」

 『フ・・・ホラーに礼を言うか・・・おかしな、騎士よ・・・。』

 ぽつりと言った虎徹に、ホラーは自嘲するように言った。

 ザランッ。

 直後。ホラーの姿は砂と化して消えた。

 

 

 

 

 

 楓はうっすらと目を開けた。

 まばゆい、金色の光が目に入り、細めた。

 ああなんだ、いつもの夢か。

 ほっと楓は息をついた。

 きっとあの怪物が出たのも夢なんだ。夢だから、この金色の光が怪物を追い払ってくれたのだ。

 眠気でぼんやりしたまま、楓はそう思った。

 ふと、金色の光の中に、父の姿を見たような気がしたが、今の状況を夢だと思っている楓は、うつらうつらしながらまどろむ思考の片隅で思った。

 今度父が謝ってきたら、意地を張らずにいい加減許してやろう、と。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 『覚えてるか?虎徹。』

 「んー?」

 肩には退魔の剣の入った鞘袋、背中には眠ったままレインコートにくるまれた楓を背負って夜道を歩きながら、鎧を解除してずぶ濡れの私服姿の虎徹はザルバに耳を傾けた。

 いつの間にか雨は上がり、雲は晴れ、美しい星空――シュテルンビルトからは見えない、輝きを宿した天上が見える。

 十歳の楓は、最後に背負った時よりとっても大きく重くて、虎徹にその成長を嫌でも示した。・・・多分、楓に言ったら当たり前でしょ!と怒られるんだろうなと同時に思った。

 『おんなじ道を、お前は正宗に背負われて帰ったんだぜ?』

 「知らねえ。つーか、それ、俺は気絶してたから覚えてない方が当然だろ?」

 『そういやそうだったな。』

 「・・・何が言いたいんだよ?」

 『んー?親子だって思ってな。

  お前も正宗と同じように、眠ってるガキを背負って夜道を歩いてる。』

 「・・・そうだな。」

 虎徹は頷いて、楓を担ぎ直した。

 そのまましばらく無言で歩き、ややあって虎徹は口を開いた。

 「なあ、ザルバ。」

 『んー?』

 「俺は決めたよ。」

 しれっと言った虎徹だが、真剣な響きのある言葉に、ザルバはカチリと瞬きした。

 『何をだ?』

 「シュテルンビルト守護を辞する。」

 『そりゃ流れの身になるってことか?』

 「ああ。それなら楓の傍にいてやれる。

 魔戒騎士は生涯現役だ。体は万全なのに、やめようとしたら殺される。なら、これが一番ベストだ。」

 虎徹の言葉に迷いはない。

 諦めるつもりはない。だが楓の傍にいてやるために。傍で愛しい娘を守り抜くために。

 「そうすりゃ鎧の召喚の機会も、能力を使うことも減るから、万々歳だ。

  ・・・お前は、退屈かもしれねえけど。」

『そうでもねえぜ。毎日毎日やれ、オブジェを探せだ、やれホラーはどこだ、言われることが少なくなるからな。

 ちったぁのんびりできるだろ。』

 「おい、そりゃ俺が人使いが荒いって言いたいのか?」

 ちょっとムッとした様子で言った虎徹に、ザルバは鼻で笑う。

 『さあな。

  だが、これだけは忘れるな。』

 ここでザルバはらしくない神妙な口調になって言った。

 『俺はお前の“ザルバ”だ。

  お前がどんな決断をしたって、最後まで一緒に行くさ。』

 「・・・ありがとうな。」

 ぽつりと礼を言った虎徹に、ザルバは照れたようだ。

 『と、ところで虎徹。楓嬢ちゃんの傍にいるとして、魔戒騎士のことはどうするんだ?

  流れの身になっても隠し続けるつもりか?』

 「いや・・・。」

 虎徹は首を振って楓を担ぎ直し、答えた。

 「正式に流れの身になってから、楓にちゃんと伝える。

  お前も協力しろよ?」

 『任しとけよ。』

 おどけた魔戒騎士の協力要請に、魔導輪は朗らかに答える。

 ――俺は楓の“守りし者”となる。

 ごめんな、友恵ちゃん。でも、もういいよな?

 そう思いながら、虎徹は家路をたどった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 翌日。

 列車に乗った父が去ったのを見送り、楓は晴れやかな気持ちで帰宅した。

 駅で突然発動した能力――まさか自分がNEXTになるとは思わなかった――には驚いたが、それよりもうれしかった。

 仕事熱心な父が、仕事の配置転換を頼んで、オリエンタルタウンに帰ってくると約束してくれたのだ。

 うっとうしいと思うこともあるけど、それよりも期待で胸がいっぱいだった。

 カタリっと倒していた写真立てを起こし、楓は満面の笑みを浮かべた。

 コトン。

 ふと硬い音がした。

 見ると、今まで本棚の上にでもあったのだろうか、白い表紙の本――スケッチブックが床に落ちていた。

 いや、白一色かと思われた表紙には、マジックでTomoe.Aとサインされている。母のものに違いない。

 ――お母さんの形見なら、いいよね。

 パラリっと楓はスケッチブックの表紙を開く。

 そこにあったのは、見たこともない光景だった。

 剣を構えた人物――たぶん、父の姿。

 デフォルメされた鎧を纏った剣士。

 雄々しい角と立派な毛皮を纏った4つ脚の獣。

 独特の筆を構えた女性。

 構図こそ違えど、そんなモチーフのスケッチが何枚も何枚も出てくるのだ。

 そして一番最後のページ。

 鉛筆画のみだった他のページとは違い、このページは色鉛筆で着色されていた。

 金色の鎧を纏った剣士。背中から一対の翼を生やし、大きく飛翔しているその雄姿。

 一番下に鉛筆で小さく、こう書かれていた。

 “虎徹君の幸せを願います。”

 金色。お父さん。剣を持ったお父さん。

 「・・・夢じゃ、なかった?」

 呆然とつぶやく楓に、確かめるすべはない。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「まさか生かして放置しておくとはね。

  あれほど警戒しておいたのに、どういう風の吹き回しかな?」

 薄暗い部屋で二人の男がワインを飲みながら語っていた。

 「気が変わった。どうせあの男は死ぬ。

  貴様による“破滅の刻印”によってな。布道ラムダ〈フドウラムダ〉。」

 「布道本家は私の存在は認めていない。妾腹だという理由でな。

  その名は無意味だ。」

 布道ラムダと呼ばれた男は、長い黒髪を無造作にたらし、顔の上半分にだけのっぺりした白い陶器の仮面をつけていた。

 深々とかぶっていたフードこそおろしているし、かろうじて見える口元も整っているとわかるが、それ以外は仮面のせいでやはり容貌は不明のままだ。

 「生かして放置ということは、もっと面白い趣向を用意しているのかな?友切。」

 「無論。」

 くつくつと肩を揺らし、友切は嗤う。

 「正宗・・・この呪印の借りは、貴様の息子に払ってもらおう。

  最高に無様でむごたらしい死に方を持って、貴様のところに息子を送ってやろう。」

 顔を撫で、友切は狂気に満ちた笑みで言った。

 それを眺めながら、ワインを楽しむラムダは思った。

 バカな男だ。利用されているとも知らないで。

 もうすぐ夜の女神が降臨する。その力をわがものとするのは友切ではない。

 “女神”は誰のものにもならない。ラムダにはわかる。

 彼は見てみたいだけなのだ。ホラーも人間も区分されない、新たな世界の秩序というものを。

 「しかし、問題がある。

  “贄”の小僧だ。」

 「ああ、“あれ”か。」

 コトリとワイングラスを置いて行ったラムダに、友切はふんと鼻を鳴らした。

 「まさかあそこまで、黄金騎士に肩入れしようとはな。

  想定外だ。」

 「そうでもない。当代“牙狼”はヒーローに対して強力なコネクションを持っている。

  ある程度は予想できた。」

 「“調教”は失敗だな。

  マーベリックめ・・・。」

 毒づくラムダに、友切はのけぞるように笑いだした。

 「失敗?否!むしろ大成功に近い!」

 ここで彼は言葉を切ると、足を組み直し、続けた。

 「一人ぼっちの世界に、ある日突然現れた面倒見のいい男。

 どんなに突っぱねてもズカズカ内面まで踏み込んできて、優しくて魅力的で、何度も命を救ってくれる。」

友切は組んだ足を下すと、身を乗り出すようにして、ラムダにささやいた。

「小僧は“あれ”に依存している。自覚してようがしてなかろうがな。

 “あれ”も頼られてまんざらでもないだろうさ。

 そこで状況が逆転したら・・・どうなると思う?」

「逆転?」

「そう。逆転。」

友切はパンと手を打ち鳴らしていった。

「喜劇だ!悲劇だ!最高の悲喜劇になるだろうさ!」

天上を仰ぎ、友切は笑う。

それはもう愉しげに、狂気を乗せて。

「次の一手だ。そろそろ眠り姫に起きていただくとしよう。」

 友切の言葉に応えるように、テーブルの上に蜃気楼のような立体映像の中で、その姿が浮かび上がる。

 病人着に身を包んだ剃髪の女性。目元に入った紫の刺青。

 それは、ウロボロステロで拘束され、警察病院に入院し、いまだに意識が戻らない、クリームであった。

 

 

 

 

 

 

 

 #15END

 GO TO NEXT!

 

  

 

 

 

 

 【おまけ】没案になった#15の案。

 

 帰りの列車がホラー“ブエル”で、やむなくガチンコする羽目になった虎徹さん。

 帰りの列車の時間帯の都合で没に。




よお!虎徹と正宗はやっぱり親子だと確信した方、ザルバだ。
 流れの身になりたいって言っても、
 いよいよ三神官の様子は変だし、
 簡単に行きそうにねえな。
 楓嬢ちゃんにはしばらく我慢してもらうしかねえか。
 あん?バーナビーか。
 急に来てどうしたんだ?
 は?ジェイクが仇じゃないかもしれないって?
 次回、“蠢動”。
 ワイルドに吠えてやれよ、虎徹!
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