冒頭は、#12のマベさんの事情の続きです。こうしてみると白マベっぽいですねぇ。でも八百長とマッチポンプは健在。真っ白な潔白マベ?なんですか、それは?古代魔界語の一種ですか?
虎徹さんはいまだにnot魔戒騎士スタイルで、ごそごそ帰郷準備中。すっかり元の調子を取り戻しましたが、死ぬかも不安が強くなってます。
一方兎は久しぶりに精神レベルの低さを露呈して、駆け込み寺よろしくアポなしでお屋敷に突撃してきました。書いてて思います。やっぱこいつメンドくせぇよ!おじさんに対する依存具合が半端ねえし!
ヒーローズは兎以外不在の状況。しかも、フラグをおっ立てるだけおっ立てて、次回へ続きます。
全体を通すと、#15.5という感じですが、キリがいいので、ここで話をいったん切ります。
瞠視せよ、
孤高の太刀筋に秘められし忘却の彼方。
暗黒の沼に眠りし悲哀の記憶、
屹然と蘇らん。
――魔戒詩編第五十一節より
#16. 蠢動~兎の迷いと、虎の迷い~
二十一年前。ND1957年12月24日。午後九時。
「や、やめろぉぉぉ!」
アルバートは声を張り上げていた。
身体から恐怖が消え去ったように、もつれる足で雪の中の二人に駆け寄り、黒ずくめの二人組の前に立ちはだかった。
しかし、体からは震えが消えない。
目の前の二人はぞっとするような、空気を身に纏っているのだ。
こうして間近にいるだけで、卒倒しそうだ。
「何だ、こいつは?」
「かまわん。まとめて殺せ。」
黒ローブの手が持ち上がり、短く太いタクトのような棒――先についた白い毛の房から、それが筆だとわかった――、その穂先がマーベリックに向けられた。
マーベリックはひるみそうになった。震えが止まらない。かなうなら逃げ出したかった。
しかし、それよりも二人を守らなければという気持ちの方が何倍も強かった。
「ふ、二人がお前たちの顔を見たからというなら、私が二人の記憶を書き換える!
お前たちのことなど絶対思い出せないようにする!」
もつれる舌を懸命に操り、マーベリックは饒舌に語った。
「私はNEXTだ!能力は記憶の改竄だ!
信じられないなら、今この場で実験して見せてもいい!
二人の記憶を消しても私がいるというなら、私の記憶も消そう!
だからこの二人だけはやめてくれ!」
マーベリックの説得に、黒ずくめ二人は黙したままだった。
興奮と混乱の極致にあるマーベリックは次々と言った。
「金が欲しいというならいくらだって出す!
逃走経路だって用意しよう!
マスコミや警察への細工だってやろう!」
Mr.レジェンドをKOHに祭り上げ続けた自分の“手腕”は健在だ。
犯罪者の補給経路も、犯罪プランも、“逮捕”後の“報酬”も、何だって用意できる。エミリーは自分にそんな危ないことは止めろといったし、自分も明日あたりにそれを止めると宣言しに行こうと思っていたが、なりふり構っていられない。
力でまったくかないそうにない自分が、エミリーの息子と親愛なる家政婦を助けるには、交渉に持ち込むしかない。
少しでも機嫌を損ねれば、この二人は、自分たち三人をまとめて殺しにかかってくる。
マーベリックは緊張と恐怖の狭間で、がちがちと歯を鳴らしながらも、二人の黒い影の返答を待った。
「必要ない。」
黒ローブの返した言葉に、マーベリックは目の前が真っ暗になったような気がした。
「うっとうしい奴め。ベラベラベラベラと。まとめて殺してやる。」
すっと、再び筆が持ち上がり、穂先が向けられる。
ガシャンッ。
「まあ、待て。」
止めたのは、黒い甲冑を光の粒子と化させ、少しデザインの異なる黒ローブ姿となった、もう一人の男だった。
「なかなか面白い能力を持っている。それに、表の世界で、かなり大きな“力”を持っているらしい。」
フードの下からのぞく口元を笑みの形にゆがめ、黒甲冑だった男は言った。
「いいだろう。貴様に免じて、この二人は助けよう。」
「ほ、本当か?!」
「その代わり。」
黒甲冑だった男は言った。
「たった今から、貴様は我らが駒だ。」
その言葉は、マーベリックを予想だにしない、深淵に引きずり込むことになろうとは、この時点の彼は予想だにしなかった。
マーベリックはその場でサマンサとバーナビーJrの記憶を書き換えた。
加えて警察関連のつてをあたって、証拠の隠滅を指示する。
そして、マーベリックの協力を得ることにした黒ずくめの二人は、案内されたマーベリックの別邸に身をひそめることにした。
「ふぅん・・・ワインね・・・赤酒が欲しいところだな。」
「そう言うな。表の世界の酒もなかなか悪くない。」
新たなねぐらとした部屋で、ソファに陣取る二人は、早速ワインセラーをあさって、適当にワインボトルとグラスをとってくると、手酌で飲み交わしていた。
もっとも、コルク抜きなど気の利いたものを使うことなく、黒甲冑だった男が手刀でコルクの詰まった口を斬り落として開封というかなり乱暴な手段を使っていたが。
「あんな男、利用価値があると本気で信じているのか?」
「あの男の名前、聞いたか?」
「アルバート=マーベリック?
HERO TV現プロデューサーとか言ってたな。」
ワインに口づけ、黒甲冑だった男は小さく微笑む。
なかなかいい酒だ。
「知ってるか?ラムダ。
普通にしてたんじゃ、ヒーローの活躍の場などそうそうないから、視聴率稼ぎのために、奴は“適当な人材”を番組に“補充”してるそうだ。」
「表の世界の情報か?興味がないな。
貴様も物好きなことだな、友切。」
「考え方次第だ。
例えば・・・TV出演ついでに、こっちにも“材料”を回すよう、奴に言えばいい。」
「なるほど・・・そういう考え方もあるか。」
冷蔵庫に入っていたハム――ざっくばらんに切り分け、リンゴジャムをつけたそれを口に運びながら、言った黒ローブの男――ラムダに、黒甲冑だった男――友切は軽く眉をしかめた。
この男は、いったいどんな舌をしているのか。
ハムにリンゴジャムって。
「“封魔剣”もストックが少なくなっていたし、かといって軽々しく“番犬所”を襲うわけにもいかない。
確かに、効率的だ。」
「女一人生かすだけで便利な“補充人”が拠点と一緒に手に入る。
安いもんだ。」
気を取り直して、肩をすくめて見せる友切。
「“贄”の方はどうする?」
「奴に監視させよう。理由など何とでもつけることができる。断ればあの二人を殺すといえばいい。」
実に、単純だ。
うっすらと友切は笑みを浮かべた。
「残る問題はこの街にいるだろう、魔戒騎士だな。」
「問題ない。くたばり損ないの“絶狼”のジジイと、“牙狼”の系譜の流れを汲んでいるとはいえ、無銘の魔戒騎士がいるだけだ。
簡単に片付く。」
「“牙狼”が継承される可能性は?
冴島正宗は死んだが、あの男にはガキが二人いたはずだ。」
「正宗のことだ。自分のガキにも魔戒騎士のことを隠しているだろう。
となれば、ガキどもが系譜を継ぐ可能性は限りなく、低い。」
ワインを飲み干し、グラスを置いて、友切はにやりと笑った。
「“牙狼”は滅びた。
もう、いない。」
しかし友切のその言葉とは裏腹に、翌年の春、“牙狼”の称号を継承した者がシュテルンビルトにやってきたことを耳にした。冴島正宗の息子、鏑木虎徹――会ったこともない、従弟が。
* * *
ND1978年。現在。
「本気、なのですか?」
「本気も本気。お前には悪いと思っているけどな、マックス。」
「いえ・・・。」
途方に暮れたような執事に、虎徹は私室の片づけをしながら答えた。
ちなみに、その服装は魔法衣のクリーニング(素材が特殊なので時間がかかるのだ。)が完了してないので、アーバンスタイルをきちんと着込んでいる。
マクシミリアンは、眼鏡を押し上げると、困ったように笑った。
冴島邸そのものを処分する気はない。
この屋敷には貴重な魔戒関係の物――いざというとき役立つものがたくさんある。マクシミリアンには申し訳ないが、彼には自分が去った後も、この屋敷の手入れを頼むつもりだった。
虎徹が段ボールに詰め込んでいるのは、着替えや私物の類だった。
『暗黒魔戒騎士のことはどうするんだ?虎徹。』
「それとなく近場の魔戒騎士に話して、別の“番犬所”を通じて元老院に伝えるしかねーよ。」
ストックホルダーに納まったままのザルバに、虎徹は答えた。
管轄地でもない街の“番犬所”に、よその“番犬所”付きの魔戒騎士は立ち入ることができない。苦肉の策だ。
シュテルンビルトの“番犬所”の様子が、いよいよおかしいと虎徹は感じていた。
昨日早速、守護の任を辞そうと話を通しに行こうとした矢先に、なぜか“番犬所”の入り口が開かず、困惑してしまった。
イワンも困惑しているらしく、顔を突き合わせて、悩むしかない。
何がどうなっているのか。
いずれにせよ、一介の“番犬所”付きよりかは、列記とした元老院付きの騎士がことに当たった方がいいだろう。
ジリリリリンッ。
ベルの音がした。どうやら誰か来客らしい。
「見て参ります。」
一緒に片づけを手伝ってくれていたマクシミリアンは、埃まみれのエプロンをとり、玄関に向かった。
「そうだ、絵・・・。」
ふと虎徹は思い出す。
実家に帰るとなれば、友恵の画廊はどうしよう?
友恵が亡くなって、彼女のアトリエと兼用の私室を、涙を呑んで片づけた際に、絵を処分するのがもったいなくて、作った小さな画廊。
『おいとけばいいじゃねえか。気に入ってるんだろ?』
「・・・ああ。」
ザルバの言葉に、虎徹はしばし考えてから、笑ってうなずいた。
「全部話したら、楓を連れてくるか。
友恵ちゃんが描いた絵、ちゃんと見せてあげたい。」
イーゼルに立てかけたカンバスの前で微笑む友恵の姿が脳裏をよぎる。手に持ったパレットと絵筆が、彼女の武器だった。
きっと彼女は、恥ずかしそうにこそすれど、自分の絵を我が子に見られるのを厭わないはずだ。
コンコン。
「旦那様。」
再びマクシミリアンが入ってきた。
しかし、どこか彼は困惑しているようだ。
「マックス?」
「バーナビー様がいらしているのですが・・・その・・・。」
「何だよ?バニーがどうかしたのか?」
「ひどく憔悴しているようなんです。要件も言わずに、とにかく旦那様にお会いしたいの一点張りでして・・・。」
この執事が言葉を濁すとは。
幸せ絶頂のルーキーヒーローに、よほど精神的打撃を受ける何かがあったらしい。
――虎徹のことは認めても、精神的成長の気配が皆無なんだよな、あの兎坊や。
シックスマッチから十ヵ月経っているとはいえ、ザルバの見立てでは、虎徹がいるから安定しているだけであって、最後のストッパーである魔戒騎士がいなくなれば、元の木阿弥だろうと魔導輪は睨んでいた。
――長く生きてると人間観察が上達しちまうな、おい。
ドンドンドンッ!
「虎徹さん!いるんでしょう?!」
「お待ちいただくよう、応接間にお通ししたはずなのですが・・・。」
私室に続く書斎の扉を叩く音と、切羽詰っているらしいバーナビーの声に、執事が困り果てた様子で呻いた。
――厄介なのに懐かれたな、虎徹。
今更ながらバーナビーにあれこれ世話を焼いたのは間違いではなかったろうかとザルバは思ってしまう。一歩間違えれば、最近流行りのヤンデレをこじらせそうだ。
しかしながら、当事者の魔戒騎士は暢気なものだった。
「待て待てバニー!この部屋は魔戒関係の物がたくさんあるから入るな!
入ったらお前の記憶を消さなきゃいけなくなる!」
部屋の外に聞こえるように怒鳴りながら、虎徹は段ボールをよけ、床に散乱した私物を踏まないようにまたいで、デスクの上のザルバを定位置につけると、虎徹は書斎を出た。
書斎の扉の前の廊下には、憔悴しきった様子のバーナビーがいた。
寝不足らしく、目の下に隈ができ、月二回は美容院で手入れしてもらっているというくるくるのハニーブロンドも、ツヤがない。
「どうしたんだ?!ひでえ顔じゃねえか!」
ぎょっとした虎徹は、バーナビーの顔を覗き込んだ。
心配そうな虎徹の顔を見て、バーナビーはほっとした顔をして、「実は・・・。」と話しだそうとした。
「だから待てって。立ち話もなんだから、応接間に行こうぜ。
マックス、お茶頼む。」
「かしこまりました。」
虎徹の後を続いて出てきた執事が、恭しげにお辞儀した。
改めて応接間に通されたバーナビーは、ソファに腰を下ろし、執事の手によって紅茶が淹れられるのを待つことなく話し出した。
「昨日、クリームが意識を回復させたというので、面会に行ってきたんです。
ジェイクが僕の両親を殺した理由だけでも知りたくて・・・。
ひょっとしたら、クリームなら何か知ってるかもしれないと・・・。」
「クリームかあ・・・。」
懐かしい名前に、虎徹は顔をしかめた。
虎徹がホラー化したジェイクを倒したところを、彼女は見てしまった。
さぞかし恨まれていることだろう。こんな家業だと、自然と人に恨まれる機会が増えるということはわかっていたが、やはりいい気分はしない。
「心配しなくてもあなたのことは覚えてませんでした。
よほどショックが強かったんでしょうね。」
と虎徹の心境を察してバーナビーは続ける。
「・・・ジェイクじゃなかったんです。」
「うん?」
「両親の敵が、ジェイクじゃなかったんです。」
「へ?」
コポリ。
バーナビーの言葉に、虎徹は間の抜けた声を出し、お茶を淹れていたマクシミリアンもティーサーバーの注ぎ口と顔をあげていた。
『わかるよう話せ、バーナビー。
いきなり結論だけ言われても俺たちにはさっぱりわからん。
クリームがそう言ったのか?』
口をはさんだのは、ザルバだ。
ゆるゆるとバーナビーはうなずいた。
「どうぞ。」
砂糖抜きでミルクたっぷりのミルクティーをバーナビーに、ほんのり蜂蜜が効いたレモンティーを虎徹に出し、執事はわきに控える。
「ありがとうございます。
クリームは、二十年前――いえ、二十一年前のクリスマスにジェイクに身代金目当てで誘拐されたのですが、実親からNEXTだからという理由で見捨てられ、絶望していたところをジェイクに励まされたと。」
礼を言って、バーナビーは続けた。
「なるほどな・・・。」
腕組みして、虎徹はうなずいた。
あの懐きぶりはそういうことか。
『つまり、ジェイクにはアリバイがあったってことか。』
「ええ。」
ザルバの言葉に、バーナビーはうなずいた。
「クリームが嘘を言ってる可能性や、勘違いをしている可能性は?」
「僕もそれを考えました。
ですが・・・。」
「いや、クリームにとっては記念日になる日を、勘違いするわけないか。」
自分で言った可能性を自分で否定して、虎徹はソファの背もたれに寄りかかるように天井を仰ぐ。
「それに、もう一つ、根拠があるんです。」
「あん?」
視線をバーナビーに戻す虎徹。
バーナビーはうつむきがちのまま、続けた。
「僕は言いましたよね?両親を殺した奴には、左手の甲にウロボロスの紋章の刺青がある、と。」
「おい、まさか・・・。」
「はい。」
バーナビーは深々とうなずいて言った。
「司法局に保存されている映像を調べたんです。ジェイクの左手の甲に、刺青はない。」
「「『!」」』
目を瞠る冴島邸の住人達。
「それからなんです。それまでははっきり思い出せた、炎の中にいるジェイクの姿をはっきり思い出せなくなって・・・。
それだけならまだしも、だんだんデタラメになってきて・・・。」
頭を抱えるようにうつむいたバーナビーに、ザルバが問い返す。
『デタラメだぁ?』
「あの瞬間は今でも夢に見るんです。
でも、最近は犯人の姿がどんどん変化していって・・・!
僕や、サマンサ、挙句の果てには鎧を着たあなたの姿まで見えるんです!」
「はあ?!」
「バカなことをおっしゃらないでいただきたい!」
聞き返す虎徹に、たまらずにマクシミリアンが口をはさんだ。
「確かに旦那様が“牙狼”を継いだのは二十一年前でございます!
しかしながら、当時は学業の最中、旦那様はオリエンタルタウンにとどまっていらした!旦那様がシュテルンビルトにいらしたのは、年が明けた春でございます!
クリスマスはオリエンタルタウンにいらっしゃいました!
第一、ホラーでもない善良な市民を殺すなど、」
「お、落ち着けってマックス。」
なだめる虎徹に、マクシミリアンは口を閉ざした。
「バニー。当時4歳のお前がやったっていうのはありえないし、第一炎の中に立った自分の姿をどうやってお前が見るんだ。
サマンサさんもお前にとっては大事な人なんだろ?じゃあ、ありえない。
もちろん俺だって違う。」
ここで虎徹は言葉を切ると、紅茶を一口すすり、続けた。
「可能性としては、お前の記憶が間違っているとしか言いようがないな。」
「僕の・・・?」
「ああ。」
頷いた虎徹に、バーナビーは「やっぱり・・・」と打ちひしがれたようにうつむいた。
「どうしたらいいんですか・・・?
こんな状況、もうヒーローを続けていく自信がありません・・・。」
頭を抱えるバーナビーに、虎徹は気の毒そうな顔をした。
そっと手を伸ばして、消え入りそうなバーナビーの肩に手を置いた。
「あきらめるなよ。俺がついてる。」
「虎徹さん・・・。」
顔をあげてすがるような目をするバーナビーに、虎徹の左中指でザルバはこっそり嘆息した。
ああ、もうこの契約相手は。時間がない、娘の傍にいる、そのために番犬所付きを辞めると言い出したのに、もう撤回するのか。
どこまでお人よしなのだ。
いつ“破滅の刻印”が発動して死ぬかもわからない、おまけにこの街のどこかに暗黒魔戒騎士がいる、不安定な状況だというのに、この上まだ面倒事を抱え込むつもりなのか。
「とにかく、今日はもう仕事ねえのか?」
「・・・こんな状態では仕事にならないので、今は有給をとってるんです。」
「じゃあちょうどいいや。泊まってけよ。
部屋の空きはあるよな、マックス。」
「はい。すぐに客室をご用意いたします。」
恭しく頭を下げて退室した執事に、虎徹は力なく笑うバーナビーの頭を撫でながら、夜に実家に電話しなければならないと考えた。
番犬所が取り合ってくれないのと、友人が苦しんでいるから、もうしばらく待ってほしいということを連絡するために。
* * *
電話を終え、虎徹はため息をついた。
刻印の侵食を抑えるために、このところ夜中の外出は控えていたため、今夜は珍しく書斎にいた。
どうやら、あの駅で発動した楓のNEXT能力は、通常のそれとは勝手が異なるらしく、この間はちょっと触っただけでキッチンのテーブルをたたき割り、かと思えば今日は鍋や釜が勝手に引き寄せられて、大変な事態になっているらしい。
早く帰ってきてという娘の声は、本当に不安にかげっていた。
「っつう・・・!」
ビキッと胸の“破滅の刻印”が痛み、とっさに虎徹は胸元を掴んだ。
痛みを感じるのは、まだ生きている証。生きているうちに、できることをやっておかないと。
楓の傍に行って。その上で呪いを解く手段を探さなければ。
『で?どうするんだ?』
「ああ・・・バニー次第だが、できるなら明日、あいつの記憶を確認してみようと思う。」
ストックホルダーに納まっているザルバの言葉に、虎徹はそう答えた。
『確認?』
「クリスマスの日の、バニーの行動をたどって見りゃ、何かわかるんじゃないかと思ってさ。」
『その割には、納得してなさそうだな?』
「!」
デスクの皮張りのチェアに座る虎徹は、ザルバの言葉に、瞠目した。
「納得してない?俺が?
・・・そうか、確かに、言われりゃ納得できねえな。」
『何にだ?』
「バニーの状態だよ。」
『四歳で両親を亡くしたことか?
ハン。そんなのあの坊やに限った話じゃ』
「そっちじゃねえ。」
虎徹の言葉に、ザルバはあからさまに見下した調子になって言うが、虎徹はそれをさえぎった。
「ホラーのお前にはわからねえかもしれねえけどな、普通の人間なら四歳の頃のことなんて、そう細かく思い出せねえよ。
いくら印象に残ってるっていったって限度がある。
悪夢で毎日見てようが、手の甲に刺青があったとか、そんな細かいことまで思い出せるか?
それに・・・。」
『それに?』
「どうも引っかかるんだ。
バニーがジェイクのことを“思い出した”途端に、ウロボロステロが起きた。」
『タイミングが良すぎる、か。』
「ああ。」
ザルバに虎徹はうなずいた。
『なあ、虎徹。』
「ん?」
『さっき坊やの話を聞いてて思ったんだが、もう一つ、可能性があるんじゃないか?』
「・・・何の話だ?」
『とぼけるなよ。お前だって考えたんだろ?
坊やの両親を殺したのがホラーである可能性もあるってな。』
「!」
ザルバの指摘に、虎徹は眉を寄せた。
今日のバーナビーの話を聞いて、それは虎徹も思考の片隅でふと思ってしまったことだ。
バーナビーはあくまで人間の仕業と思い込んでいるようだが、もしもあの事件にホラーがかかわっているとなると、根底からひっくり返ることになる。
『魔戒騎士がらみの事件は、基本的に表ざたにならない。
よしんば表ざたになっても、迷宮入りが当たり前だ。
坊やの記憶が当てにならないのも、これなら説明がつく。』
「・・・ベンさんからも、先代の“絶狼”からも、他の魔戒法師たちからもブルックス邸の事件は聞いたことがねえ。
第一、バニーが魔戒関係者からの記憶の改ざんを受けているとしても、あそこまでの混乱はきたさないはずだ。」
首を振る虎徹。
『往生際が悪いな、虎徹。
この街にはもう一人、魔戒関係者がいるだろ?』
「まさか・・・!」
強張った顔をする虎徹の脳裏を、漆黒の鎧姿がよぎる。
い、いや!いや!
断定するのはまだ早い。バーナビーの記憶を確認することの方が先決だ。
首を振って、チェアに身を沈める虎徹は、執事が風呂に呼びに来るまで、そのままじっとしていた。
用意された客間はきれいだし、ベッドは本当に寝心地がよかった。
しかし不安定なバーナビーの精神は、眠りに落ちるのを拒んだ。
もともと眠りが浅いというのもあったが、うつらうつらとまどろむ度に、悪夢の記憶がフラッシュバックする。
炎の海、かけっぱなしのオペラ、佇む人影。
ジェイク、サマンサ、バーナビー、鎧がはがれおちた虎徹が点滅するように入れ替わっていく。
突如、バーナビーは炎の海から別の場所に放り出された。
そこは、まだきれいなブルックス邸の玄関先だった。
夕食の支度をするサマンサをよそに、幼いバーナビーは早く両親が帰ってこないか、両手いっぱいにおもちゃを抱えてうろうろしていた。
早く帰ってこないかな?
今日はバーナビーの誕生日だ。
早めにお仕事を切り上げて帰ってくると、母も父も言っていた。
待ちきれなくて、バーナビーはそっと玄関を出て、門の前に立った。
幾分空気は冷たくなったが、ちょっと外に出るだけだから、まだコートなどは着なくて大丈夫だろう。バーナビーはおもちゃを持ったままそわそわと周囲を見回した。
街灯からの明かりが突如陰った。
バーナビーが顔をあげると、黒いマントを羽織りフードを深々とかぶった人間――おとぎ話に出てくる魔法使いのような感じの人間が、バーナビーのすぐ前で彼を見下ろしていた。
フードの下からのぞくのは、不気味な漆黒に染まった白目に浮かび上がる、オレンジ色の瞳二つだった。
「九日目に出会った、九人目の子供。」
男が口を開いた。
さびた金属をすり合わせるようなひどく低い声だった。
「・・・そのおもちゃ、坊やのかい?」
「う、うん。」
バーナビーは後ずさりながらもうなずいた。
「いくつ持っているんだ?」
「え、えっと・・・九個!」
同年代の子供より頭のよかったバーナビーは、すぐさま答えた。
「いいだろう。」
ニィッとフードの下で、白い犬歯をむき出しにして、男が笑う。
「君が、適格者だ。」
言うや否や、男はバーナビーの手からおもちゃを叩き落とし、その胸元に黒いグローブに包まれた手を押し当てた。
パギッ。
バーナビーは確かに聞いたような気がした。
男の手と自分の胸の真ん中の間で、何か、卵が割れるような音がしたのを。
「うわあああああ!」
今度こそバーナビーは跳ね起きた。
初めて見る悪夢だった。
あの黒フードの男、ぞっとするような空気を纏っていた。
ゆるゆると首を振って、バーナビーは息を吐いた。
夢だ。あんなこと、夢に決まってる。あんな人間、父や母の知り合いにもいないし、実在するはずがない。
「バニー?まだ起きてるのか?」
カチャッとドアが開いて、パジャマ姿にガウンを羽織った虎徹が顔を出した。
「虎徹さん・・・。」
ほっとしたバーナビーに、虎徹も安心したような顔をした。
「あー・・・その、ちょっと起きるか?」
「ええ。」
虎徹の言葉にうなずいて、バーナビーは用意された来客用のパジャマを羽織った。
「虎徹さんも、起きてたんですか?」
「ああ。なかなか寝付けなくってさ。
日頃の習慣ってやつ。」
「魔戒騎士ですもんね。」
場所をリビングに移し、酌をしながら二人は雑談をする。
「マクシミリアンさんは?」
「寝たよ。もう真夜中だ。あいつは早起きしなきゃいけないからな。」
つまみを食べながら、虎徹は言った。
「・・・虎徹さんは」
バーナビーが口を開いた。
「どうして魔戒騎士になったんですか?」
「何だ、珍しいな。おじさんに興味津々か?」
「茶化さないでくださいよ。」
軽くとがめるような調子のバーナビー。
とにかく今は何か話したりして、気分をごまかしたかった。記憶の混乱のことも、黒フードの男の悪夢のことも、忘れたかった。
「・・・本当はさ、ヒーローになりたかったんだ。」
ポツリポツリと虎徹は話しだした。
「ある日、親父が死んだ。多分、ホラーに殺されたんだと思う。」
「敵討ち、ですか?」
「最初はそれもあったかもな。
今は、違う。」
グラスを見つめながら、虎徹は話した。
普段なら茶化すなり話題を変えるなり、一言で済ますなりしている話題だったが、酔っていたのか、あるいは残された時間を有意義に使いたいと思ったか、とにかく彼は饒舌に語る。
「友恵ちゃん――俺の嫁さんな、前話したけど、ホラーの返り血浴びちゃったんだ。
俺がそばにいたのに、守りきれなかった。
その後も、いっぱいいっぱい危ない目に合わせてさ。
そん時だな。強くなろうって、思った。」
もう彼女を――大切な人を、危ない目に遭わせないようにするために。
「虎徹さん・・・。」
「まあ、そんだけだよ。
あ、そうだ!せっかくだから、いいもの見せてやるよ!」
しんみりするバーナビーに、虎徹は照れくさくなって早口にまくしたてると、立ち上がった。
「いいもの、ですか?」
「俺の宝物。」
へへっと笑う虎徹は少年めいた顔つきだった。
虎徹に連れられてバーナビーが来たのは、一枚の扉の前だった。
「ちょっと待ってろよ。」
と虎徹はガウンのポケットから鍵を出して、扉を開錠した。
ガチャリッ。
重い音を立てて扉が開かれる。
「えっと、電気電気・・・。」
パチッと虎徹が明かりをつけた。
部屋というには広すぎるが、画廊というには少々手狭な、大小さまざまな絵の飾られた部屋だった。
「ここ、は・・・。」
「友恵ちゃんが描いた絵を飾ってるんだ。
処分するのができなくて。」
ここで虎徹は言葉を切ると、一枚の絵の前に歩み寄り、額にそっと触った。
「友恵ちゃんの絵はさ、なんか不思議なんだ。惹きつけられるっていうか・・・。」
「・・・いいんですか?」
「え?」
「そんな大事なもの、僕に見せたりして。」
「いいんだよ。きれいな絵を見て、安心して眠れ、バニー。」
時々この人はこちらがぎくりとするようなことを言うと思いながら、バーナビーは「そういうことでしたら」と素直に頷いた。
様々なモチーフの絵を覗きながら、バーナビーはふとある絵の前で足を止めた。
ひときわ大きなその絵には、虎徹の鎧を纏った姿によく似た絵が描かれていた。
一つ異なったのは、背中から一対の翼を生やし、剣を片手に天空を駆け抜けているところだ。『翼人〈つばさびと〉』と絵のすぐ下にキャプションがつけられている。
「メシアを打倒した伝説の“牙狼”の姿なんだってさ。
俺がその話をしたら、友恵ちゃん、目を輝かせて描き上げたんだよ。」
バーナビーのすぐ隣に立った虎徹が、絵を見上げながら言った。
「メシア?」
「すべてのホラーの始祖だよ。
大昔に一度復活しかけたんだけど、俺のご先祖様が封印したんだってさ。」
「虎徹さんの、ご先祖様・・・。」
「もっとも偉大な、伝説の魔戒騎士って言われてる。
俺にはピンとこないけど。」
ヘラリと笑った虎徹に、バーナビーは再び絵を見上げた。
ひどく安心する心持だった。
多分、もう大丈夫だろう、と根拠もなく思った。
黒い影が夢に出てきても、きっと金色の騎士が助けてくれる。
全く、その通りになった。
#16END
GO TO NEXT!
よお!今回バトルがなくて物足りない方、ザルバだ。
兎坊やも楓嬢ちゃんもタイミングが悪いよな。
それとも中途半端な虎徹がいけないのか?
あん?このタイミングで指令書は珍しいな、虎徹。
何?二十一年前の事件のことで話があるだと?
一体どこのどいつなんだ?
次回、“魔弾”。
おいおい、あんたに恨まれる覚えはねえぜ!婆さん!