冒頭は、ごそごそ悪巧み再び。書いてるうちにマベさんが気の毒になりました。
一方、おじさんは私服姿で兎と公開デート(笑)です。でも(兎はともかく)おじさん本人にそんな気はありません。ザルバが一緒ですし。
そして案の定、原作同様にこじれました。何気に兎の最低具合が原作よりひどい気がします。関係ないことまで引っ張り出して攻撃材料にするか。いくら興奮してたといっても、兎よ、その発言はないですよ。でも、このシリーズのおじさんが引っ叩くくらいキレるのって、正宗さんと娘さんがらみのことくらいしか思いつかなかったんですよね。ついでに楓嬢も暴言内容がひどすぎます。
それにね、おじさんにどうしろっていうんですか。まさか「もうすぐ死ぬかも」発言なんて、あの人でなくてもできないでしょうに。いつかは言わなきゃいけないのも、わかってるんでしょうけどねぇ。ずるずる後回しにするのが、おじさんクォリティ。
こじれたらこじれたで、悪巧み再び。そしておじさんに訪れる災難。
何気にドロドロ具合がドラマ版牙狼やアニメ版T&Bよりもひどくなっているように感じます。どうしてこうなったんでしょうか、プロットを立てた作者にもわかりません。
今回、ドラマ版牙狼第21話『魔弾』に登場した、ホラー“ボナファルツ”をリサイクル。あの話は明るさとドロドロ具合のギャップが最高だと思います。でも今回の話はドロドロダークしかありません(酷)。
最近ドラマ版牙狼シリーズを見直してるんですが、やっぱりアクションかっこいいですね。作者みたいにオノマトペでごまかしてる奴には、できないカッコ良さがあります。もっと勉強しないといけませんね。
【お詫び】今回、某キャラクターが、盛大にキャラ崩壊しています。#1 Apartのザルバの注意を思い出し、よくよく腹を決めたうえで、閲覧してください。
遺恨が生みし呻吟の魂、
流浪の同志を集めん。
其の躰は露命、
其の心は偽善者の眩惑なれど。
――魔戒詩編第五十八節より
#17. 魔弾~兎との決裂、遺恨との対峙~
彼女は今やすべてを思い出していた。
あいつのせいだ!あの男が、全てを壊したのだ!
憎しみが腹の底を暴れまわる。
どうすればいい?
やっとあの子は仇討ちを終えたと嬉しそうにして、新たな生を謳歌し始めたのだ。もう、あの子にこれ以上苦労を掛けられない。
何より、“彼”の話によると、あの男はあの子を騙して傍にいるということだ。
“真実”を知れば、きっとあの子は傷つく。
ならばそうと知られないように、あの男を排除するしかない。
でもどうすればいい?
自分はただの人間――年老いた女だ。
聞けば、あの男は剣一本で人ならざる化物を屠る最強の化物退治屋の末裔で、しかもNEXTだというではないか。
どうにもできそうにないと悔し涙を流す彼女の前に、“彼”は言った。
「ならば、私が君に力を与えよう。
その力を使って復讐するも、大事な“坊ちゃん”を守るも、貴女の自由だ。」
ああ!嗚呼!
神は私たちを見捨てていなかった!
歓喜する彼女に、“彼”から渡されたのは、銀光する小ぶりの拳銃だった。
「彼には弱点がある。
それを突けばきっと勝てるさ。」
“彼”の話を一言一句聞き逃すまいと、彼女は耳を傾けた。
「さてさて、見ごたえある芝居の第一幕が開幕だ。」
ソファにくつろぐ友切は、楽しげにくつくつと喉を鳴らした。
「あんなババアに何とかできるのか?」
魔戒筆の手入れをしながら興味なさげに尋ねたラムダに、友切は即座に首を振った。
「無理だ。」
「即答か。」
「だがダメージは与えられるだろう。慈悲深き騎士殿は、背後の裏切りには弱いものだ。」
ここで友切は言葉を切ると、先ほどから扉のすぐそばで子羊のように身を震わせている男に振り向き、うっとうしそうに眉をしかめた。
「ちゃんと改竄できたんだろうな?」
「い、言われたとおりにやった!」
金切声で言い返したのは、七三分けにした白髪に、額のイボと金縁眼鏡、独特の蝶ネクタイをつけた、壮年の男――マーベリックだった。
「し、しかし!いくらなんでも彼女には荷が重すぎる!
なんで彼女なんだ?!」
「なぜ?なぜかだと?」
何とか勇気を奮い起こして抗議したマーベリックに、くつくつと肩を震わせ、友切は笑った。
「二十一年前に、あの女を助けたのは私だ。
もう、あの女の命はあの女のものじゃない。私のものだ。
私のものを私がどう扱おうが、私の勝手だろう。」
傍若無人な物言いに、マーベリックは続けて抗議しようとした。
「あの時約束したはずだ!
私がお前たちに協力する代わり、バーナビーと彼女は助けると」
「はははっ。何を寝ぼけたことを言ってるんだ?」
ピャッと嘲笑うラムダの持つ魔戒筆の筆先がマーベリックに向けられた。
瞬間。
バウッ!
「ぐあああ?!」
そこからほとばしった紫の閃光がマーベリックをゴム毬のようにはね飛ばし、天井付近の壁に叩きつけた。
そのまま床に落ちたマーベリックが苦痛にあえぐ中、その背中に黒いブーツをはいた足が乗せられ、ぐりぐりと地面になするように力を入れた。
友切の脚だった。
「貴様は言ったな?あのクリスマスの夜。
自分の力を我々のために使うから、あの二人は見逃せと。」
「だから見逃してやったんだろう?あの時は。
もう、今は“あの時”じゃない。もう、その約束は無効だ。」
「なっ・・・!」
息を詰まらせるマーベリックが、それでも顔をあげようとしたが、すぐに背中の脚に力を籠められ、たまらずに顔を伏せた。しかし、それでも食いしばった歯の隙間から、何とか言いたいことを言う。
「ば、バーナビーに・・・手を出すな・・・!」
「出さないさ。」
今のところは。
心のうちで続きをつぶやき、友切はほくそ笑む。
「自分であの女の記憶を書き換えたくせに、何を言ってるんだ?お前は。
お前はすでに選んだんだ。あのババアよりも、ガキの方をな。」
床に伏せたまま、マーベリックは打ちひしがれたようにうつむいた。
確かに、その通りだった。
「さあ・・・どう出る?“牙狼”。」
* * *
「フェェッブシュ!」
「風邪ですか?」
親父臭い大きなくしゃみをした虎徹に、バーナビーは眉をしかめた。
「い、いやぁ。そんなことはない・・・ハズ。」
そういえば、最近はやたら殺気のような悪寒を感じることが多い。
――風邪っつーよりは・・・。
いやな予感とでもいうのだろうか?
しかし、虎徹の勘と経験によると、多分これは魔戒のものがらみのものだ。
――今度こそ巻き込まねえようにしねえとな。
ちらりと横目で隣を歩くバーナビーを見やる。
昨日は何とか眠れたらしく、今朝朝食の席に現れた時には、昨日よりは顔色がよくなっていた。
「ところで、今日はあのコート着てないんですね。」
と、バーナビーは虎徹を見た。
虎徹が今着ているのは緑と白、黒を基調にしたアーバンスタイルに、濃緑色の鞘袋を担いでいる。
「ああ、あれか。今クリーニング中なんだよ。」
「いい年して自分の服汚してどうするんですか。」
「だっ!気を付けてるっつーの!
子ども扱いすんな!」
カチンとなった虎徹の左中指で、ひそかにザルバが(お前がそれ言うか?)と思ってたりするのだが、そこまで二人が知る由はない。
ともあれ。
「ここです。」
バーナビーは一件のおもちゃ屋の前で足を止め、ショーウィンドウを覗き込みながら言った。
「ここで、マーベリックさんと一緒に、クリスマスプレゼントを選んだんです。」
「へえ。どんなおもちゃを選んだか思い出せるか?」
「ええと・・・。」
視線をしばしさまよわせ、ややあって、バーナビーは首を振った。
「思い出せません。すいません。」
「気にすんなよ。
二十一年も前のことだ。大したことじゃないって思っちまえば自然と忘れちまうよ。」
「そう・・・ですね。」
「んで?ここに寄った後、どこに行ったんだ?」
「はい。確か、この後・・・。」
頷いて、バーナビーは先導し始めた。
今日、虎徹はまだ有給が有効なバーナビーとともに、オブジェの浄化がてら事件当時のバーナビーの行動を、本人の記憶に沿ってたどっているのだ。
虎徹はある程度予想していた。
クリームの証言によってバーナビーの記憶がほころんだのなら、きっかけさえあれば本当の記憶を思い出すことも不可能ではない、と。
* * *
次にたどり着いたアイススケートリングで休憩がてら、虎徹は売店へ向かう。
飲み物を買おうとして目についたのは、小さなピンズだった。
しばしそのピンズを見つめた後、虎徹は飲み物と一緒に、二組を購入して、バーナビーのところへ向かう。
「お待たせ。」
「ありがとうございます。」
頭痛がするということでベンチに座っていたバーナビーはお礼を言って、虎徹から飲み物を受け取った。
「それから。」
「?
なんですか?」
「じゃーん!今日の記念だ。」
ピッと虎徹が取り出したのは、先ほど買ったピンズだった。
「やるよ。二人おそろいだ。」
「・・・僕着けるところないんですけど。」
「遠慮するな。ほら、ここに適当に」
「ちょっと!このジャケット本革なんですから、穴とか勘弁してくださいよ!」
ギャーギャー騒ぐ二人。
どうでもいいが、大の男が二人組でベンチで騒いでいるのだから、かなり目立った。
――おいおい、ガキじゃねえんだから。
と、ザルバが呆れたかは定かではない。
しばらく騒いでから、二人は目を合わせ、ややあって噴き出した。
「・・・わかりましたよ。もらっておきます。
まあ、二人の思い出ならこの先いくらでも作れますけどね。」
ピンズをポケットにしまって、バーナビーは苦笑した。
それを聞いた虎徹は、必死にポーカーフェイスを保った。
能力を使ったわけでも、鎧を召喚したわけでもないのに、“破滅の刻印”がズクリと疼いたような気がする。
・・・この先の保障なんて、虎徹には皆無だというのに。
「・・・頭痛は大丈夫か?」
「ええ。何とか。」
頷いたバーナビーに、それでも虎徹は笑い返した。
「そいつはよかった。」
ここで虎徹は少し真面目な調子になって続けた。
「なあ、バニー。
昨日ヒーローを続けていく自信がないって言ったけどさ。
まだ自信ない、か?」
「・・・。」
無言のままのバーナビー。
ややあって。
「いえ。もう、大丈夫です。」
弱々しく頭を振り、彼は言った。
「でも、僕はこのまま一生過去に苦しめられて生きるんですね・・・。」
その言葉に、虎徹は何も言えなくなった。
――ああ、畜生。
脳裏を泣きそうな、それでいて怒り出しそうな愛娘の顔がよぎる。
――こんな状態のバニーを放って帰れねえよ。
別に音信不通となった“番犬所”のことは放置しておけばいいし、その気になれば他所の町の“番犬所”から管轄地守護を辞めるといえばいいだけだ。
しかしバーナビーに関してはそういうわけにはいかない。
どうにもお節介根性が刺激され、放っておくなんてできない。
「・・・こういう時に支えるのが仲間ってもんだろ?」
そっと手を伸ばして、バーナビーの髪を乱さないように、そっとその頭を撫でた。
「・・・お節介な人ですね。
でも・・・ありがとう、ございます。」
と、バーナビーは安心したように笑った。
「さて!落ち着いたところで、帰るか!
夕飯食いにうちに来い!」
「二日連続はさすがに悪いですよ。
おすすめのイタリアンがあるんですけど、一緒に」
立ち上がった虎徹に、バーナビーも笑って立ち上がろうとして。
ふと顔をこわばらせた。
「?
バニー?」
肩越しに振り替える虎徹。
バーナビーはスケート場の奥にあるクリスマスツリーを凝視していた。
何事か言いたげに彼は震える唇をハクハクと動かした。
ややあって。
ふらりとその体が傾いだ。
「バニー?!」
ドサリッ。
バーナビーはそのまま倒れこんでしまった。
* * *
『黒い炎と黄金の風。』
バーナビーは夢を見ていた。
火事で焼ける前の幸せな家の中、寝室のベッドの上だった。
柔らかにほほ笑む母が、絵本を開いて読んでくれている。
『黄金騎士のふるう剣が、怪物を引き裂きます。』
挿絵の中で金色の鎧を纏った剣士が、黒いとげとげしい怪物を蹴散らしていた。
いつの間にか幼い姿となったバーナビーはその話を聞き入った。
白魚のような母のほっそりした手が、ページをめくる。
剣士は今度は鎧と同じ金色の馬にまたがり、ひときわ大きな怪物に立ち向かっている。
次のページだ。
剣を杖代わりにした黄金の剣士が、体を引きずるように光の差し込む扉へ向かっている。
『黄金騎士はもうボロボロです。光の扉を抜けた先にあったのは――。』
母の声はそこで途切れ、ページがめくられた。
『何にも描いてないよ?お母さん。』
『いい?ジュニア。
ここにはね、あなたが描くのよ。』
柔らかな声で言って、母は白紙のページを撫でた。
『ボクが?』
『そうよ。頑張った騎士さんがどうなったのか。
あなたが決めてあげるの。
騎士さんの未来と同じように、あなたの未来も決まってないのよ。
この絵本のページのように、あなたが自分で描いていくんだから。』
見上げた母は穏やかだった。
『お母さんもある人にそのことを教えてもらったの。』
『じゃあ、お母さんは黄金騎士がどうなったか、知ってるの?』
『ええ・・・もちろん。』
柔らかく笑い、母は続けて言った。
『――――――――――――。――――。』
その言葉が、思い出せない。
ヒュボッ。
閃光が炸裂するように、場面が切り替わった。
かけっぱなしのオペラ。炎の海。
『ジュニア!サマンサ!逃げて!きゃあああああ!』
母の金切声が炎にかき消される。
炎の奥で蠢く影。
一つじゃない。三つだった。
ゾパッ!
黒い閃光が閃く。
ゆるりと誰かが振り向いた。
ズクリ。
胸元が熱を持ったように疼く。
「う」
「うわあああああああ!!」
絶叫とともにバーナビーはとび起きた。
ハアハア息を切らして、額と首筋の冷や汗を拭った。
「ここ、は・・・。」
周囲を見回した。
閉められたカーテンと消毒臭。
記憶をたどると、アイススケート場でクリスマスツリーを見たところから途切れている。
確かあそこで写真を撮ったはずだ。・・・養父と。
それを思い出そうとして、いよいよ頭痛がひどくなって倒れてしまった・・・ハズだ。
だが、バーナビーにはそれが確かだと言い切る自信がなかった。自分の記憶が今はさっぱり当てにならない。
いや、記憶は当てにならなくても、一つ当てになるものがあった。
「虎徹さん・・・?」
見回すが、頼りになる男の姿はどこにもない。
急いでバーナビーは傍に畳んでおかれていた眼鏡をかけ、脱がされていたジャケットを羽織ると、ベッドを仕切っていたカーテンを開ける。
「大丈夫ですか?」
詰めていたスタッフが心配そうにする様子に、バーナビーは「大丈夫です。ありがとうございました。」とあいさつして、部屋を出た。
「いや!だから、もうしばらく待ってくれって!」
廊下に出るなり声がした。
虎徹の声だ。
――虎徹さん。
ほっとしたバーナビーが歩み寄ろうとするより早く。
「必ず配置換えをしてもらって、オリエンタルタウンに戻る!本当だって!」
聞こえてきた言葉に、バーナビーは凍りついた。
今何と言った?
「楓!待ってくれ!」
『パパなんか大っ嫌い!そんなに仕事が大事なら、ずっとお仕事してたら!?
もう知らない!どっか行っちゃえ!』
電話越しというのに、こちらまで聞こえそうな金切り声が響き渡り、虎徹は通話が切れたスマホを片手にうなだれた。
「・・・ザルバ、何にも言わないでくれ。」
「・・・どういうことですか。」
地を這うような声で答えたのは、バーナビーだった。
肩を震わせ、目を吊り上げ、虎徹をねめつけている。
最悪のタイミングだった。
息をのむ虎徹に、ズカズカと大股で歩み寄り、バーナビーは食って掛かった。
「オリエンタルタウンに戻るって!?シュテルンビルトを守るんじゃないんですか?!
それが最強の魔戒騎士のやることなんですか?!」
バーナビーには信じられなかった。
彼ならきっと自分を見捨てないと、どこかで信じていたのだ。
裏切られたような気分だった。
「僕を見捨てるんですか?!
生きろと言っておいて!!あの森の中で救うだけ救っておいて!!」
「見捨てねえよ!」
たまらず虎徹は叫んでいた。
「なら、どうしてですか?!
わけを説明してください!」
詰問するバーナビーに虎徹は言葉を詰まらせた。
言えるわけがない。
もうすぐ死ぬかもしれないから、悔いのないよう、娘の傍にいてやりたいからなんて。
「・・・シュテルンビルトの“番犬所”が信用できねえんだよ。
だから、管轄付きを辞めて流浪の身になる。」
ほんの少しだけ本当のことを言った虎徹に、バーナビーはますます眉を吊り上げた。
「町が信用できないからって、僕も信用できないっていうんですか?!」
「そこまで言ってねえだろ?!」
「同じじゃないですか!」
興奮していくバーナビーはついに禁句を言ってしまった。
「見損ないましたよ!どうせあなたの父親も似たような感じで情けなく死んだんでしょう!?」
「っ!」
パンッ!
とっさにことに虎徹はバーナビーの頬を張っていた。
「あ・・・。」
殴ってからしまったという顔をする虎徹に、バーナビーは殴られた頬をさすりながら、冷たい目をしていった。
「・・・最低だ。
信じてたのに。」
「っ。
待て、バニー!」
呼び止めようとする虎徹を振り切り、バーナビーは能力を発動すると、そのままスケート場の天井を突き破り、大きく跳びだしてしまった。
後悔を顔に張り付け、虎徹はバーナビーを張ってしまった手を見やった。
『・・・どっちが最低なんだか。』
呆れたような声を出したのはザルバだった。
『正宗のことは関係ねえだろ?
死人のことを悪く言うやつに、ろくな奴はいないね。』
「そう言うなよ、ザルバ。
俺も悪かったんだよ。」
落ち込んだ様子で虎徹はうなだれて言った。
「すぐに追いかけて謝らねえと・・・。」
『坊やの様子からすぐに許してもらえるとは思えねえがな。
それにかなり興奮してるようだったぜ。少し冷却期間をおいて、頭冷やした方がいいぜ。
兎坊やも、お前もな。』
どうやら、ザルバの中でバーナビーに対する評価が下がったらしい。
呼称が以前の“兎坊や”に戻っている。
「・・・そうだな。」
確かに、ザルバの言うとおりだ。
肩を落としてうめくと、虎徹はどうやって娘とバーナビーの機嫌を取ろうかと考えながら踵を返した。
* * *
両目からシアンの輝きを消し、マーベリックは倒れ伏したバーナビーを見下ろした。
「すまない・・・すまない・・・!」
震える手で意識を喪失しているバーナビーの手を取り、マーベリックは謝った。
聞こえてないとわかっていても、何度も謝った。
バーナビーは思い出してしまった。
二十一年前のあの日――あのクリスマスの日、彼が一緒に出掛けたのは、マーベリックではなく、家政婦のサマンサ=テイラーであった。
そうして、帰宅した彼が目撃してしまった、惨劇。
混乱するバーナビーだったが、マーベリックに出された睡眠薬入りコーヒーを飲んでいたため、間もなく昏倒した。
そうして、マーベリックは再び自分の力――記憶改竄のNEXT能力を使い、その記憶を書き換えた。
“彼ら”の注文通り、二十一年前の出来事と一緒に、バーナビーの中から特定人物に関する記憶を丸ごとごっそり書き換えた。
マーベリックに、“彼”とは直接の面識はないが、時折バーナビーが“彼”と会うことを楽しそうに話すので、ほほえましく思っていたのに。
自分はどれだけ愛するエミリーの息子の人生をもてあそべばいいのか。
いくら力のない自分がバーナビーを守るためとはいえ、これでは矛盾しているのではないか?
「終わったか?」
背筋の凍りつくような響きを持って発された声に、マーベリックはとっさに振り向いた。
いつ社長室に入ってきたのか。そこには黒いローブをなびかせた友切が悠然と立っていた。
「・・・い、言われたとおりにやった。」
「結構。」
そこで友切は眠っているバーナビーを見下ろし、ふと忌々しげに眼を細めると、そのまま足を使って彼を蹴り転がし、仰向けにした。
「何をする!」
マーベリックの抗議を無視して、友切は乱暴にバーナビーのジャケットのファスナーを引き下ろし、その下に鎖で下げられた銀色のリング――虎徹が預けたザルバの分身を引きちぎった。
「小賢しいことを。」
友切が低く言った直後。
ヂィンッ!
さして力が加えられた様子もなかったのに、その指の間で、銀色のリングが粉々に砕け散って消えた。
「次の手はずを整えろ。」
「ま、まだ何かしろというのか?!」
「安心しろ。」
ここで友切はニィッと白い犬歯を見せるように、笑って見せた。
「貴様の会社に一儲けさせてやろう。
悲劇のヒーロー、再び仇討に挑む。見出しはこんなところだな。」
何をする気なのか。
いやな予感がぬぐえないマーベリックは、青い顔で震えるしかない。
「貴様も“マッチポンプ”は大好きだろう?
今度は犯罪者をプロデュースすればいい。」
まさか。
マーベリックは友切の狙いを悟るが、どうにもならない。
断ればバーナビーの命が危うくなる。
もうすでに自分は何度もバーナビーの命と、他者の命を天秤にかけて、そのたびにバーナビーの命をとってきたのだ。今更引き返すわけにはいかないのだ。
もう、どうにもならないのだ。
うなだれるマーベリックをよそに、同じくいつの間にか室内に入ってきたラムダが腰をかがめた。
黒いグローブで覆われた指先で拾い上げたのは、小さなピンズ――バーナビーが虎徹に買い与えてもらったものだった。
「悲劇のヒーロー再び、か。」
ひとりごちて、彼はピンズをローブの懐にしまいこんだ。
* * *
『おかけになったお電話は、電源を切られているか、電波の届かないところにあり』
「ダメか。」
ぽつりと言って、虎徹はスマホの通話終了操作をして、顔をあげた。
帰宅した虎徹は、荷物を片づける気にもなれず、デスクについてぼんやりしていた。
そんな主人に、執事は何かあったなと察したが、聞かなかった。
かなり落ち込んでいること請け合いだったからだ。
代わりに夕食の支度をしていたが、カタンという郵便ポストの鳴る音に、彼はガスの火を止め、そちらへ向かった。
トントンッ。
「旦那様。」
落ち込みモードの主に言うのは忍びなかったが、ここで黙っているわけにはいかない。
マクシミリアンは書斎の扉をノックしてから入室すると、虎徹に赤い封筒――“指令書”を差し出した。
「距離置くって言ってんのがわかんねえのか、あの若作りババアども・・・!」
『じゃあ、無視すりゃいいだろ?』
「そういうわけにもいかねえっつーの!」
からかうように言ったザルバに言い返して、虎徹はいつものように魔導火で“指令書”を開封した。
「何々・・・?
“二十一年前の遺恨について、話あり。
今宵午後十時、イーストシルバーにある区立図書館に一人で来られたし。
拒む場合は罪なき人々が魔弾に倒れる。”・・・。
脅迫じゃねえか!」
メッセージを読み上げてぎょっとした虎徹に、ザルバが尋ねる。
『で?どうするんだ?』
「どうするも何も・・・行くしかねえよ。」
観念した様子で虎徹は呻くように言った。
* * *
彼女の名前はヘレナ=ヒンメル。ごくごく平凡なその図書館で、彼女は司書を務めていた。
ふっくらした、気のいいオバサンそのものの容姿のヘレナは、本のことが好きで、図書館の司書など天職だと自分で信じていた。
そろそろ閉館時間も近く、彼女は戸締りを確認し始めた。
閉館した後も、返却棚の本をきちんと元の場所に戻し、新しい本の発注や本の案内内容を考えるなど、やることは尽きない。
忙しいけど、とてもやりがいがある仕事だ。
「もしもし。」
ヘレナは、ソファに座って絵本をめくっていた女性に話しかけた。
年老いて、白い髪はくるりとカールされ、眼鏡をかけている。ふっくらした体躯には品のよさそうな服を着て、気のいいおばあさんに見えた。
「もうすぐ閉館時間ですよ。
申し訳ありませんが・・・。」
「ああ、そうですか。」
話しかけたヘレナに応えると、老女はおもむろに絵本を中ほどのページにすると、そこに両の手をかけた。
ビリバリィッ!
「なっ・・・!」
次の瞬間破られたページが宙を舞い、ヘレナは絶句した。
「何をするんですか!」
ヘレナが叫んだ瞬間。
パンッ。
銃声がこだまし、額を撃ち抜かれたヘレナはやわらかな絨毯の上に崩れ落ちた。
カバンから取り出したのだろう、老女は銃口から煙が上がる一丁の小ぶりな拳銃を携えていた。
グシャリッ。
そのまま老女はソファから立ち上がると、床に落ちた絵本のページを踏みにじる。
「坊ちゃんをこれ以上苦しめるわけにはいきません。
あなたには・・・いいえ、あなた方には協力していただきます。」
銃声を聞きつけ、駆けつけた図書館の他の職員たちは一斉に悲鳴を上げた。
倒れたはずのヘレナがゾンビのようにゆらりと立ち上がると、めきめきとその肉体を変貌させたのだ。
リボルバー拳銃を思わせる頭と、大砲のような腕。鋼色のプロテクターに覆われた様な体躯は、かろうじて女性の面影を感じさせる。
今や、それは完全にヘレナ=ヒンメルの面影を消失させていた。
「協力してください・・・私に。」
『ああああぁぁぁぁぁぁ!!!』
老女が静かに言った直後、異形の咆哮と、銃声が図書館に響き渡った。
阿鼻叫喚と化した図書館の中で、老女に破られ、踏みにじられた絵本はそこに静かにあった。シュテルンビルトの共通語である英語でつづられたタイトルには、こうあった。
“黒い炎と黄金の風”と。
* * *
「ここか。」
『ああ。』
時刻は午後九時五十五分。
虎徹はアーバンスタイルに、退魔の剣が収まった鞘袋を肩に担いで、“指令書”から指定された図書館の前に立っていた。
・・・ちなみに、魔法衣はまだクリーニング中である。
『こりゃひでぇ。中はホラーの巣窟だぜ。』
「あー・・・。」
ザルバの言葉に、虎徹はうんざりといった様子を隠さずにため息をついた。
“指令書”の感じから、罠だとひしひし感じてはいたが、まさしくその通りだったらしい。
しかし、罠だとしても打ち破るしかない。
「俺には、まだやるべきことがあるんでな。」
胸元を押さえて一人ごちると、虎徹は図書館に向かって歩いて行った。
自動ドアをくぐり、広いエントランスに出る。
中は真っ暗がりに等しかったが、夜目の利く虎徹には、その様子が手に取るようにわかる。
エントランスから少し奥に受け付けカウンター、さらに奥に広いホールのような空間に本棚がいくつも立ち並び、ところどころにソファが置かれているのが見える。
ホールの中央は吹き抜け上になっていて、二階の本棚へ続いている。
{ひでえ邪気だ。鼻が馬鹿になりそうだ。}
人間であれば眉をしかめていったであろうザルバの念話に、虎徹は頷いて警戒を怠らずに、エントランスを進んだ。
受付カウンターに人はいない。
否。
ガウンッ!ヒュパッ!
突如とどろいた銃声に、虎徹は帽子を取り落しながらも、その一撃をよけた。
カウンターの奥から、本棚の影から、ソファの後ろから、図書館職員の制服を着た人々が数名ほど、うつろな目つきで出てきた。
その手に携えているのは小ぶりな銀光する拳銃だった。
・・・明らかに正気の人間ではない。
「おいおい・・・。」
『虎徹、こいつら全員ホラーだ。』
囲まれて口元をひきつらせる虎徹にザルバが言うと、何の前触れもなくスピーカーからアナウンスが入った。
『初めまして、魔戒騎士。』
どうやら、変声機でも使っているのか、妙に機械っぽい声だった。
途端にうつろな目の図書館職員たちはぴたりと身動きを止めた。虎徹を包囲していることにかわりはないが。
「あんたが仕掛け人か。
悪趣味な歓迎、どーも。」
『あらあら。ちゃんと玄関から歓迎したでしょう?
せっかくのクリスマスに、幸せな家族を引き裂いたあなたに、そんなこと言う資格はありませんよ。』
「あん?」
言われた意味が分からず、虎徹は眉間に眉を寄せた。
“クリスマスに幸せな家族を引き裂いた”。まさかと思う半面、そんなことに心当たりはない。
「・・・意味わかんねえんだけど。」
『とぼけないでちょうだい!』
声が激高した。
『あなたのせいよ!
あなたが二十一年前のあの日!旦那様と奥様を殺したのよ!!』
「二十一年前って・・・。」
『クリスマスねえ・・・。』
聞く耳持たずという相手の様子に、目を見開く虎徹と口をはさむザルバ。
『絶対許さないわ!あなたはここで死ぬんです!』
ジャコリッ。
安全装置のはずれる音に、虎徹は戸惑いを消し、狩りの前の虎がそうするように姿勢を低く身構えた。
ガガウガウガウガウンッ!
とどろくいくつもの銃声と、十字砲火。
虎徹はそのまま鞘袋ごと剣を構え、人影たちに立ち向かう。
「ツアアアアッ!」
ガツォッ!
えぐるような突きを繰り出し、胸板を砕かんばかりの勢いで、人型ホラーを3人ほどまとめて吹き飛ばし、続いて振り向きざまの勢いのまま鞘袋をほどいて、柄に手をかけ、虎徹は退魔の剣を抜刀した。
ガウガウガウンッ!
ヒュパッ!
背中を向けた虎徹めがけて、間髪入れずに人型ホラーたちは銃撃を向けるが、虎徹はそのまま高々と跳び上がり、宙返りをうちながら、受付カウンターの上に降り立つ。
ガウガウンッ!ガギャッ!キュパッ!ゾパンッ!
銃を撃ちながら殴り掛かってきた人型ホラーの一帯を、受付カウンターの上に乗っていた小さな本棚を蹴飛ばすことで動きを止め、その隙にカウンターを踏み台に大きく跳び、交叉ざまに一太刀のもとに首を斬り落とす。
ガッキュパンッ!
向かいの返却済の本用書架を蹴って、虎徹は方向転換し、奥の本棚が立ち並ぶ書架スペースへ向かう。
その素早さたるや、舞い踊るように、実に軽々とした身のこなしだった。
ガタバタガタッ!
{虎徹。こいつら、最初から書架の間にも隠れてたみてーだな。}
(らしいな。)
念話でザルバと会話する虎徹は、書架の間を縫うように移動する。
書架の隙間から隙間へ移ろうとするたびに、ガウンッ!タァンッ!と銃声がこだまする。
ごそごそと、人型ホラーたちは虎徹がいるであろう、書架の隙間を徐々に包囲していく。
迂闊に突っ込まない。先ほどの弾丸のような突きを食らい、今度こそ文字通り砂と化されることが目に見えているからだ。
ゴソ・・・バババッ!
完全に隙間を包囲してから、人型ホラーたちはいっせいにそこめがけて銃口を構えた。
しかし、そこに目当ての獲物はいない。
『!』
「遅え!」
キュバッ!ズザンッ!ザザザゾゾゾンッ!
本棚の上に身をひそめていた虎徹は、人型ホラーたちがその存在に気が付いたと同時に、そこからダイブして、ホラーたちを一網打尽に蹴散らす。
銃を持ってようが、獣のように素早かろうが、長年の経験から無意識的に敵の動きを予測してしまう虎徹の前に、その抵抗は風前の灯火同然だった。
あらかた片づけて、人型ホラーたちを砂にしたところでザルバから声がかかる。
『本体は別だな。
こいつらは端末・・・言ってしまえば、雑魚だ。』
「OK。こんなふざけたことは早めに終わらせて、どういうことか聞き出すぞ。」
身を翻し、虎徹は上の階に向かう階段へ向かった。
吹き抜けに設置された、途中で折れ曲がった階段を上へと昇る。
折れ曲がった途中地点で、上の階から人型ホラーが鉄パイプを振り回して降ってきた。
ギュダンッ!ガギィンッ!
鋼色の手すりの上に降り立ち、そのまま振り下ろされた鉄パイプを剣で受け止める。
ヒュパッ!ガギンッ!ザゾンッ!
次の瞬間、虎徹は手すりの上に飛び乗り、軽業師よろしく見事なバランス感覚を持って、その上で鉄パイプを弾き飛ばし、人型ホラーを斬り裂いた。
カンッ。カッカッカッカッカッカ・・・。
虎徹はそのまま手すりの上を走り、上の階へ向かった。
階段を上りきり、虎徹は手すりの上から柔らかな絨毯が敷かれた床の上に降りる。そこは、ソファやテーブルがいくつも並ぶ読書スペースにだった。
ガチャリッ。
『アアアアァァァァ・・・・。』
鋼のプロテクターを鳴らして、それは一歩足を踏み出した。
全身に銃を模したようなホラーだ。
「こいつが本体か。」
シャンッと剣を構え直す虎徹に、ずるずると残りの図書館の職員が姿を現した。
「むごいことしやがる・・・。」
虎徹は小さく毒づいた。
狙いが自分なのはまだいい。こんな職業だ。恨みつらみをその身に受けることは覚悟している。しかし、関係ない人間をホラー化して巻き込むというのは許せなかった。
予想はしていたが、この図書館の職員は全滅していることだろう。
早めに決着をつける。
決意とともに、虎徹は剣を構え直した。
ガボボウンッ!
ホラーが大砲のような両手を持ち上げ、そこから黒い弾丸を放つ。
ガギャギャギンッ!
それらを剣ではじき、虎徹は剣を構え、踏み込む。
一息にホラーとの間合いを詰めんと、彼は絨毯を踏み、突進する。
ヒュザザッ!ガウガウン!ガギギィンッ!ゾンゾパッ!
その途中割って入り、銃を乱射する人型ホラーたち。
虎徹はその弾丸をことごとく弾き、あっという間に雑魚を蹴散らして、ホラーめがけて肉薄する。
ガギャアァァァンッ!
右腕の砲身を振りかざしたホラーと、斬りつけた退魔の剣が耳障りな音を立て、火花を散らす中、再びアナウンスの機械的声がした。
『正義の味方気取りで、いったい何人のホラーを狩って、いくつの家族を壊して、何人の苦しむ人を作ってきたのかしら?
あなたのその行為は、間違っているのよ。』
「ふざけんな!」
ガボウンッ!キュパッ!ガウガウンッ!キュパパッ!
虎徹は怒鳴りながら、ホラーの頭部から発射された弾丸をのけぞるようによけ、そのまま逆立ち要領で間合いを取る。
間髪入れずにホラーが銃撃してきたが、最低限のステップで軽やかによけた。
「じゃあ、ホラーに食い殺された人間はどうなったっていいっていうのか?!
その家族は?!悲しむ涙を放っておけっていうのか?!
ホラーを狩って“人”を守るのが魔戒騎士の務めだ!」
『いいえ。あなたは間違っています。』
剣を構え直す虎徹に、アナウンスは強い響きを持って言った。
『ホラーも人間です。
人の成長を促してきたのはいつだって強い願い――欲望です。その欲望の化身であるホラーこそ、人の可能性なんです。』
「違う!ホラーの欲望は自分がよければそれでいいだけの身勝手なものだ!」
虎徹は叫んでいた。
このアナウンスの考え方は、二十年魔戒騎士をしてきた虎徹の生き方そのものを根底から否定するものだ。許容できるわけがない。
虎徹とて、最初は悩んだのだ。ホラーを斬ることを、ためらった。
だって彼らも人間だった。きっとどこかに大切な人や家族がいるかもしれないのに。
けれど、虎徹は決めた。
本当の――人間としての彼らなら、人間を食べるなんておぞましい行為、望むはずがない。ホラーを倒すのではない。ホラーから人の魂を解放する。そのために、虎徹は剣をふるうのだ。
「人間を成長させるのは、もっと別のものだ!
誰かを守りたい、一緒に生きたい、支えたいっていう願いこそが、人間を成長させるんだ!
お前の言うことは」
『その願いを引き裂いたくせに!!』
虎徹の言葉をさえぎって、アナウンスが吠えた。
鼓膜が裂けんばかりの怒声が、図書館中に響き渡る。
『平行線だな。やだねえ、思い込みの激しい人間ってのは。』
「ちょっとザルバは黙ってろ。」
人間だったらやれやれと肩をすくめているだろう相棒の言葉に毒づいて、虎徹は頭上に剣の切っ先を向ける。
交渉決裂。いつものことながら力づくで黙らせるしかない。
「ワイルドに吠えるぜ!」
久々の決め台詞とともに、鎧の召喚陣を描いた。
ヒョウッバアン!ガシャンッ!
金色の光に包まれた虎徹は、金色の鎧を纏った姿――“牙狼”となる。
『出たな!黄金騎士!』
アナウンスの機械的声が憎々しげに轟いた。
ギャリリィンッ!
牙狼剣の刃がザルバの口を滑り、火花を散らした。
刹那。金色の騎士は牙狼剣を手に、姿勢を低く駆け抜ける。
間合いを詰め、剣を突き出す騎士に、ホラーは右腕の砲身を当てるようにその一撃をよけ、素早く左手の銃口を騎士の頭に向ける。
ガウンッ!ヒュパッ!
ホラーの銃撃を半歩体をずらすことでよけ、騎士はさらに剣を繰り出す。
ガギィンッ!キュバッ!ギンギギィンッ!
牙狼剣と砲身の打ち合いの間に、銃弾が飛ばされるので、騎士は攻撃の合間に回避を行うのを忘れない。
ジャギンッ!
「なっ?!」
バルルルルルルルッ!
突如ホラーの胸の装甲が開くと、円環上に並んだ六つの銃身が顔を出す。
虎徹が驚愕する暇こそあれば、次の瞬間その六つの銃口――ガトリング砲が火を噴いた。
とっさに大きく跳んだ虎徹に、ジャギンッとホラーは残りの腕と頭部の銃口を向けた。
――そろそろトドメだ!
ゴウンッ!
いまだに空中の騎士の身に金緑色の炎が宿される。魔戒騎士の奥義、烈火炎装だ。
ガウガウガウンッ!
ボジュボジュボジュッ!
ホラーの銃撃は、全て烈火炎装の魔導火の前に掻き消える。
ホラーがあわてた様子でガトリング砲を向けるより早く。
斬ッ!
ホラーは頭から股間までを真っ二つにされていた。
ゴゴォォォン・・・。
ガシャンッ。
魔導火にその残骸を燃やされ、灰となったことを確認し、虎徹は鎧を解いた。
「っ・・・。」
ビギン・・・。
フラつく足元を踏ん張り、とっさに胸元を押さえた。
だんだん痛みが激しく、その間隔が短くなっているような気がするが、気のせいであってほしい、と虎徹は思った。
いや、自分のことなど後回しだ。
この悪趣味なゲームの仕掛け人を探し出し、どういうことが問い詰めなくては。
場合によっては、(虎徹は嫌いだが)記憶をいじることも視野に入れねば。
首を振って、虎徹は踵を返そうとした。
パァンッ・・・!
「が・・・?!」
銃声がとどろき、たまらず虎徹は膝をついた。
鋭い痛みが走った右のふくらはぎを押さえた。
すぐに分かった。撃たれた。
「止めを刺した直後に、撃つ・・・!
当たった・・・!」
声のした方に、虎徹は振り向いた。
本棚の隙間から、硝煙のにおいがする。
「っ・・・!
ザルバ!」
なぜわからなかったという非難を込めて、魔導輪の名を呼ぶ虎徹に、魔導輪はあわてたように言った。
『ホラーはきちんと倒したぞ!虎徹!
あそこにいるのは人間だ!』
「そうです。私は人間です。
ただの、年老いた人間です。」
静かに、彼女は言った。
もう変声機越しではない、凛とした、それでいてどこか狂気を含めたような、静かな声だった。
足を引きずって立ち上がる虎徹の前に、しずしずと絨毯を踏んで、彼女は姿を現した。
「あんたは・・・!」
虎徹は、窓から差し込む月光に照らされるその姿を見て、大きく目を見開いた。
彼女は、ホラーの呪いから回復したバーナビーを見舞い、のちにバーナビー本人の口から、とても大切な人だと教えてもらった女性だ。
「サマンサさん?!」
「気安く呼ばないで!」
ガチリッ。
老女――サマンサ=テイラーは手に持った小ぶりな拳銃の銃口を虎徹に向けて怒鳴った。
「あなたが!二十一年前のあのクリスマスの夜!
旦那様と奥様を殺したんです!」
「なっ?!」
サマンサが言い出したのは、とんでもない言いがかりだった。
「バカな!俺はやってない!」
「うそを言わないでちょうだい!」
サマンサは激昂した。
一歩間違えれば、虎徹が再び退魔の剣(今は再び鞘袋にしまわれ、虎徹の肩に担がれている。)を抜剣するより早く、銃弾が飛ぶだろう。
増して虎徹は足を負傷している。先ほどのような軽業師まがいの機動力を発揮できるはずがない。
「私は見たのよ!
燃え盛る屋敷の・・・ブルックス邸のリビングで、金色の鎧を着たあなたが、奥様と一緒に旦那様を、その剣で斬り殺したところを!」
『「!?』」
絶句する虎徹とザルバ。
「バカな!」
再度虎徹は唸った。
「二十一年前のクリスマスは、俺はオリエンタルタウンにいた!
シュテルンビルトのホラー退治はまだやってないはずだ!」
ちなみに、二十一年前のクリスマス、虎徹は高校在学中だったので、当時のクラスメートたちとクリスマス会を開いてはしゃいでいたというのは、余談である。
「第一、ブルックス邸にホラーが出たなんて話、今初めて聞いて」
「うそを言いなさい!」
『虎徹、ダメだ。この婆さん。聞く耳持たねえ。』
言いつのろうとする虎徹をさえぎるサマンサに、ザルバは呆れて言った。
タァンッ!
「黙りなさい!嘘なんて聞きたくないわ!」
放たれた銃弾が虎徹の頬をかすった。
ピリピリとした痛みとともに、虎徹は異質な気配を感じ、眉を寄せた。
先ほどの銃撃の際に感じた違和感といい。
「その銃・・・ただの銃じゃねえな?」
「そうよ。この銃で・・・正確には、この弾丸で撃たれた人間は、ホラーになるの。
どうやら魔戒騎士には効かないようね。」
答えたサマンサに、虎徹は奥歯をぎりっとかみしめた。
「・・・俺一人を倒すために、この図書館の人間を、ホラーにしたのか。」
「ええ、そうよ。人間の可能性の姿を、与えたのよ。」
一瞬、虎徹はサマンサがバーナビーの家族同然に大切な女性であるということも忘れ、縊り殺してやろうかという狂暴な思考に憑りつかれそうになった。
「あなたを倒すために“あの人”がくれた力よ。」
大きく深呼吸して殺意を沈める虎徹に、サマンサは銃をそっと大切な宝にそうするように撫で、再び銃口を向ける。
「“あの人”?」
「あなたには関係ないわ!」
聞き返した虎徹に、サマンサは言った。
「勝負よ!魔戒騎士!
あなたを私は許さない!
今度こそ、あなたから守って見せる!」
引き金にかけられた、サマンサの皺とシミがたくさんある指先を、虎徹は黙って見つめた。
カタカタと銃口が震えている。
「震えてるな。人を撃ったのは・・・いや、銃を扱うのは初めてか?」
「っ!!」
タァンッ!タァンッ!
サマンサは虎徹の言葉にそんなことはないと反論する代わりに、二発撃った。
しかし、銃弾は虎徹に当たることなく、背後のソファとテーブルに命中し、バスッ!ガギッ!という硬い音を立てただけに終わった。
「以前、俺がチャーハンを作ってやった時、バニーが自分は料理ができないとこぼしていた。」
淡々と虎徹は言った。
「だから、温かい料理が作れる人は、すごいと思うと言っていた。
特に、サマンサの料理は好きだった。誕生日に贈ってくれるパウンドケーキは美味しくって、いつも嬉しく思うって。」
「あなたが坊ちゃんを語らないで!」
サマンサは怒声を上げたが、虎徹は無視した。
負傷した右足を引きずりながら、一歩一歩確実に、サマンサに近づいていく。
「あんたのその手は、銃を構えるためのものか?!
仇だろうが人を殺して、血みどろになったその手で作ったパウンドケーキを、バニーが美味いっていうと思うか?!
違うだろう!!」
「黙りなさぁぁぁぁぁい!!」
虎徹の言葉を否定するように、サマンサは引き金を引いた。
タァンッ!ビシッ!
「ウグ・・・ッ!」
『虎徹!』
銃弾が左の二の腕をかすめ、たまらず虎徹は血が滲み始めるそこを押さえる。
あっという間にモスグリーンのシャツに黒いシミが広がっていく。
「やめろ。今ならまだ間に合う。
俺がやったというなら、それでもいい。何ならバニーに言ったって構わない。
けど・・・バニーのことを思うなら、復讐はやめろ。
それは、あんたの役目じゃない。」
苦痛をこらえながらなおも説得を続ける虎徹に、サマンサは憎々しげに彼を見返した。
ガシッ。
虎徹は右手を傷口からどけ、血まみれのままのその手で、サマンサの手から強引に拳銃を抜き取った。
「あ!」
サマンサがしまったという顔をし、あわてて彼の手から武器を取り返そうとした。
ヒュオッギドドンッ!
次の瞬間。高々と投げあげられた銃に、虎徹が一瞬で抜刀した退魔の剣の刃が炸裂し、弾倉が装填された銃弾ごと、その断面が見えるよう斬り落とされていた。
「っ!!!」
絶望に顔をゆがませるサマンサに、虎徹は何かを押し殺した表情をしたまま、剣を納刀した。
ゴトトンッ。ボジュゥゥゥゥ・・・。
地面に落ちた壊れた拳銃は、斬られた弾丸の断面から、黒い煙のような靄を吐き出した。
もはや、使い物にならないことは、誰の目にも明白だった。
「いやああああ!」
泣きながら壊れた拳銃を拾い上げ、何とかしようとする様子のサマンサに、虎徹は背を向けた。
正直、疲れた。このまま帰って寝たい。サマンサのことも、彼女の言う“あの人”のことも気になるが、彼女があの調子では、もう何も聞き出せないだろう。
そのときだった。壊れたレコードのように喚いていたサマンサが突如泣き止んだのだ。
猛烈に嫌な予感がして、振り向いた虎徹は、次の瞬間息をのんだ。
サマンサは、壊れた拳銃を放り出し、どこから取り出したか、黒い短剣を手に持っていた。
――封魔剣!
「あなたが殺した旦那様よ。
一目でわかったわ。」
目にいっぱい涙を貯めながら、サマンサは剣の切っ先を己の胸に向け、微笑んだ。
「旦那様、お力を・・・!」
ゲシンッ!
「きゃああっ?!」
突如手を蹴りつけられ、驚いたサマンサに、蹴った足の持ち主、虎徹はそのまま封魔剣をさらに遠く――サマンサの手の届かないところに蹴り飛ばし、能力を発動する。
キィン。
ハンドレッドパワーが発動し、苦痛に顔をゆがめながら、虎徹は素早く封魔剣に向かい、三度、退魔の剣を抜刀し、床の上の短剣に突き刺した。
ビギィンッ!ボジュゥッ。
澄んだ音を立てて砕ける封魔剣は、黒い靄を吐き出しつつ、消えてしまった。
「いやあああああああああああ!!!」
今度こそサマンサは喉が張り裂けんばかりに絶叫した。
「いい加減にしろ!!」
今度こそ虎徹は激怒した。
発動中の能力を考慮しながら、サマンサの襟首をひっつかみ、彼は怒鳴った。
「ブルックス夫妻やバニーが、あんたにホラーになってほしいと一言でも言ったのか?!
ホラーになるということは、他の人間を喰らうようになるんだ!
あんたは苦しみ悲しんでるバニーの姿を見てるくせに、同じことを他人に強要するのか?!
あんたが“バニー”を造り出すんだぞ?!」
涙でほおを濡らし、しばし呆然とするサマンサは、ややあって脳髄に染み渡ったその言葉をゆっくり理解し、大きく目を見開いた。
ブルックス夫妻の葬儀の際、雨の中、それまでのあどけない笑みを置き忘れたかのようにうつむいたバーナビーの姿が脳裏をよぎる。
「そうやってあんたも、あいつを傷つけるのか!
自分の復讐を言い訳に、あいつを守ると言って、あいつを泣かせるのか!!」
「ちが・・・!」
そんなつもりじゃなかった。
だってこの男がことの元凶だから、いなくなればみんなが幸せになると信じていたのだ。
・・・?
そこまで思い返し、サマンサはふと気が付く。
それは根拠も何もない、自分勝手な思い込みだ。
「それでもやるというなら好きにしろ!いつでも相手になってやる!
ただし、バニーの前から消えろ!それがあいつに対するせめてもの愛情だ!」
言い放って、虎徹はサマンサ=テイラーから手を放し、彼女に背を向けると、剣をしまい、左の二の腕を抑え、右足を引きずりながら、今度こそ図書館を去った。
月明かりの下、取り残されたのは、混乱する老女が一人。
自分は間違っていたのかもしれない・・・。
壊れた拳銃を見つめ、座り込んだサマンサは窓の外に目をやった。
月だけが、嘲笑うように老女を見下ろしていた。
* * *
シルバーステージにある、とある公園。
ベンチに腰を下ろした虎徹は、ポケットから回復薬〈リヴァートラの刻〉を取り出し、傷の処置を行う。
幸い、左の二の腕はかすっただけだし、右ふくらはぎも弾は貫通している。
傷の処置を終え、魔導火をポケットにしまい、虎徹はそのままベンチにもたれるように月を見上げた。
金色のまばゆい月。牙狼剣を引き抜いたのも、こんな月の綺麗な夜だった。
今回は肉体的というより、精神的にきた。
『大丈夫か?』
「大丈夫さ。こんな商売だ。覚悟はしていた。」
『・・・顔見知りからなのは、始めてだろ?』
「大丈夫だって。心配してくれてありがとうな、ザルバ。」
心配そうにする魔導輪に、虎徹は笑いかけた。
どこか疲れたように見えたのは、ザルバの気のせいではないだろう。
「それより・・・どういうことだと思う?」
『二十一年前のブルックス邸の事件か。』
「ああ。どうして俺が殺したなんてサマンサさんは言い張ったんだ?」
サマンサ=テイラーは完全に虎徹が犯人だと思い込み、その前提の下、復讐しようとした。
しかも。
「人間をホラーに変える・・・強引に憑依させてるっつーか、とにかく、あの“魔弾”・・・。」
『気になるか?』
「普通の人間にあんなものは手に入らない。」
虎徹の脳裏を、黒い甲冑姿がよぎる。
まさか。
彼が思いめぐらすより早く。
ビギンッ!
「うぐ・・・!」
『虎徹?!おい!虎徹!』
ザルバのあわてた声をよそに、“破滅の刻印”の激痛に襲われた虎徹は、そのままベンチの上に横倒しになり、気を失ってしまった。
#17END
GO TO NEXT!
よお!バーナビーを再び兎坊や呼びに戻した方、ザルバだ。
おいおい、こりゃ何の騒動だ?
朝目が覚めたら虎徹が指名手配されてて、
おまけに様子のおかしいヒーローたちが追っかけてきやがる!
何?!虎徹がサマンサを殺したって?!
一体全体何が起きたってんだ?!
次回、“逃竄”。
おいおい銀牙の坊主!お前まで一体どうしちまったんだ?!