牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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よお。導入部分を語らせてもらう方、ザルバだ。
まずは警告だ。
この小説はTIGER&BUNNYと牙狼~GARO~のクロスオーバーだ。
二つを両方とも知らない奴はアウトだ。
次に登場人物の処遇が正伝と異なるというのが気に食わないという奴もダメだ。
エロ、グロ、ダーク、ゴシックホラーなんて読みたくない奴、
TIGER&BUNNYの世界観に上記の描写を持ち込みたくない奴も、
当然論外だ。
おっと、重要なことを忘れていた。
作者はTIGER&BUNNYをまじめに見てないから、
イマイチ話の流れやキャラクターの性格に疎い部分がある。
そういうわけだから、「ここでこいつがこんなことを言うわけがない!」というような
言動の齟齬に関しては生ぬるい目で見てやってくれると助かる。
以上を了承のうえで、本文に進んでくれ。


#1 剣虎

 古来より、人間は闇の脅威に脅かされてきた。

 しかし、黄金をその身にまとう、魔を断つ騎士により

 幾度となく、人の世は平穏を取り戻して来た。

 人々は、魔を断つ騎士をこう呼んだ。

 

 

 

 ――魔戒騎士、と。

 

 

 

 ――魔戒絵師御月刀祢著 回顧録 第十七章より

 

 

 

 

  #1. 剣虎~虎は黄金をまとって騎士となる~

 

 

 

 

 シュテルンビルト。

 ドイツ語で、星座を意味するその街は、その名の通り、夜でも明るい。

 煌々と放たれるその街の光は、上を無数の柱で支える基盤であるブロンズステージから、頂上であるゴールドステージ、そして両者の中間に位置するシルバーステージという町の各階層を、くまなく照らしている。

 しかし、きらびやかな街並みとは裏腹に、そこに住まう人々の心は暗く、澱んでいた。

 人ならざるものが強く惹かれるほどに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 カツン。

 男が足を止めて見上げたのは、一つのビルだった。

 夜である。

 きらびやかなゴールドステージの街並みに釣り合って、そのビルにある磨き上げたガラス窓はまるで鏡のように、ゴールドステージの街をくっきりと映し出していた。

 ビルを見上げる男はというと。

 ゴールドステージにはどこか不釣り合いだった。

 闇にも浮かぶ真白のコートは一見するとレザーだろうか。裾や袖口をはじめとしたあちこちに、ライトグリーンでアクセントが入れてある。

 その下に着ているのは、細身で黒のレザー服。

 中年の男が身にまとうには、ハードルが高いようにも思われるかもしれないが、男の実年齢は中年でこそあったが、その肉体は二十代でも通じるほど若々しいため、十分だった。

 体格にしても、コートに隠れてよく見えないが、180センチ近い身長の割に細身で、同年代の男たちより腹も出ておらず、鍛えられているだろう。

 首から上はというと、張りのある褐色の肌に肩ほどまである黒髪から、アジア系の人種だろうとわかる。

 たれ目気味の琥珀色の双眸に、左に流した長い前髪がかかっている。

 特徴的な髭――なぜか虎模様を思わせる――がなければ童顔ながらも整った顔にも見えるだろう。しかし、今、彼は険しい表情でビルを見上げていた。

 カツン。カツ、カツ、カツ・・・。

 かぶっている白とこげ茶色のツートンカラーのハンチング帽――明らかに白いコートとアンダーのレザー服から浮いている――をクイッとかぶりなおすと、黒いショートブーツのかかとを鳴らして、コートの裾を翻し、彼は見上げていたビルに歩み寄っていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌日。

 とある会社員――昨夜、白いコートの男が見上げていたビルにある会社で働く青年が、朝早くから出勤していた。

 今日は早めに提出しなければならない書類がある。

 朝一番で出勤してきたのはそのためだ。

 ――内容自体は完成しているから、あとはプリントアウトして、サインと印を・・・。

 ぶつぶつ考えながら、通勤に使ってきた自動車を地下駐車場に乗り入れて。

 とたんに、彼は絶句した。

 地下駐車場は、昨日からは想像もつかない勢いで荒れ果てていた。

 壁のあちこちはへこんでいるし、上のビルを支える柱のいくつかも、明らかに何か大きな衝撃を受けたように蜘蛛の巣状のヒビが入っている。

 地面を固めているセメントだって、地割れのようにいくつもの亀裂が走り、昼夜問わず点けられている天井の蛍光灯は、ぱちぱちと火花を散らしていた。

 「な、何だ・・・?

  昨日、悪人とヒーローがうちの地下駐車場で戦いでもしたのか・・・?」

 あまりのことに提出しなければならない書類のこともきれいに頭から吹っ飛んだ彼は、茫然とそうつぶやいたのである。

 

 

 

 そして、その日を境に、彼の働いていた会社の上司が永久に姿を消してしまったのである。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その日のシュテルンビルトは、きれいに澄み渡った晴れ空を見せていた。

 カツ、カツ、カツ・・・。

 ブロンズステージのゴミゴミした街並みを、一人の男が歩いていく。

 ライトグリーンのアクセントがついた白いコートをまとう、中年の男。

 かぶったツートンカラーのハンチング帽に、黒いショートブーツ。

 褐色の肌に、特徴的な髭、琥珀色の双眸に、黒髪はそのままだが、アンダーが少々違っていた。その日の彼は、前日とは異なり、ぴっちりした黒いレザーの服ではなかった。

 モスグリーンのシャツに、茶色のスラックス、鋲つきのネクタイは黒で、その上にハンチング帽と同じツートンカラーのベストを着ている。

 コートさえ着ていなければ、その辺のおじさんで済ませられるかもしれない。

 休日であるだけあって、シュテルンビルトの街並みは人でにぎわっていた。

 ブロンズステージは治安がいいとは言えないが、休日に家族連れで楽しむには、安価な割に楽しい施設も多い。

 のどかな街並みを眺める男の琥珀色の双眸が笑みの形に緩んだ。

 

 

 

 男から少し離れた道の先。

 街路樹に引っかかった水色の風船を見て、一人の子供――ようやく小学校に入ったくらいだろうか――が今にも泣きそうな、途方に暮れた顔で見上げている。

 時折ぴょんぴょんとジャンプして、ああでもないこうでもないと木の周囲を歩きまわって位置を変えているのが、子供らしい。

 せっかくもらった風船。ちょっと手が滑ったがために、少年は風船に逃げられてしまった。

 たまたま街路樹に引っかかったからほっとしたのもつかの間、明らかに大人でも届かない高さに小さな子供ではどう頑張っても届きそうになかった。

 街ゆく人々は、自分のことで精いっぱいなのか、あるいは見て見ぬふりをしているのか、泣きそうにしている子供など関係なしに通り過ぎていく。

 子供のそばを一人の青年が通りかかった。

 見事な美青年である。肩よりやや長めの金髪は見事な巻き毛で、白い肌は極上の陶器を思わせる。180センチは軽く超えている長身で、深紅の革製のジャケットに身を包み、ジーンズと茶色のロングブーツを身につけている。

 しかし、麗しい見た目とは裏腹に、眼鏡の奥のエメラルド色の双眸は冷たい光をたたえていた。

 そうして、子供のそばを通りかかる青年は、ちらっとわずかに横目で子供を見降ろすと、ふっと鼻で笑った。

 届かないものにいつまでも執着するなんて、馬鹿な子供だ。

 そんな言葉が聞こえてきそうな嘲笑に、子供がはっと顔をあげて、青年をにらみつけた。

 そのときだった。

 先ほどの白いコートの男が子供の脇を通りかかる。

 その琥珀の双眸が、鮮やかなシアンに輝く。

 トン。

 その細い両足が地を蹴った。

 白いコートをなびかせながら軽々と舞い上がったその体躯は、近くの街灯を足場に、あっという間に引っ掛かっている風船のひもをつかみ取った。

 スタッ。

 着地すると、男は微笑みながら振り返り、駆け寄ってきた少年と目線が同じになるように腰をかがめた。

 「ほらよ。」

 「! ありがとう!おじさん!」

 差し出された風船を受け取って、少年はにっこり笑った。

 「もう手放すんじゃねえぞ。」

 と、男は少年の頭をなでようとでもしたのか、手を伸ばしかけるが、その手がほのかなシアンの燐光をまとっていることに気がついたらしく、あわてた様子で手を引っ込めた。

 「おじさん、NEXTなの?」

 「まあな。」

 子供の無邪気な問いかけに、男はゆったりと頷いた。

 途端に子供は無邪気に瞳を輝かせた。

 「すっげー!かっこいい!」

 称賛の言葉に、男は苦笑ともつかないあいまいな笑みを口元に浮かべたままだ。

 

 

 

 NEXT。それは、常人は持ち得ない特殊な能力を持つ、異能者の通称にして、次の人類を意味する言葉である。

 最初のNEXTが現れてから、優に五十年。

 多種多様なNEXTが出現し、社会に隠れ住むようにして生きている。

 大声では言えないが、NEXTは差別されている。それはそうだ。能力は覚醒したばかりの時は、本人にもうまく制御できない。しかも、その能力はけして無害であるとは限らないのだ。

 いわば、いつでもどこでも暴発する爆弾を抱えているようなものだ。

 しかし、この町シュテルンビルトでは、とある事情から、NEXT差別は軽減しつつある。

 

 

 

 「ねえ!おじさんの能力はなんて言うの?!」

「ああ、おじさんのは、ハンドレッドパワーっていって、発動中は体の力とかが百倍になるんだよ。」

 五分しか持続できないけど。

 心の中で付け加えると、男は子供の問いに答えた。

 「ふーん。なんか地味だね。」

 「地味って・・・。」

 訊いておいてひどいことを言う少年に、男はあからさまに肩を落とした。

 「スカイハイみたいにバビューンって飛んだりできないんでしょ?

  地味じゃん。」

 反論できなかった。

 男にもう少し語彙力があれば何かしら言い返したかもしれないが、生憎男はそこまで語彙力に富んでいなかった。

 第一、ここで言い返すのも大人げなかろう。

 「・・・坊主、ヒーローが好きなのか?」

 少年の穿く短パンのポケットからラメ加工されたカードが覗いているのをちらっと見てから、男が問いかけた。

 「まあね!」

 「そっかそっか。おじさんも好きだぞ、ヒーロー。

  かっこいいよな。ア・・・じゃなくて、ロックバイソン。」

 「えー。ロックバイソン~?」

 男の言葉に、少年はあからさまに落胆したようだった。

 「普通、そこはキング・オブ・ヒーローじゃない?

  スカイハイ!」

 「ははは・・・そっかそっか。」

 にこにこと笑う男は、何か言う代わりであるように少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 既に五分経過したので、その体と瞳からはすでにシアンの輝きは失せている。つまるところ、能力の発動が切れたのだ。これでまた発動させるためには、一時間のインターバルを入れなくてはならない。もっとも、普通に暮らす分にはこんな能力必要ないだろうが。

 「ところで、坊主、こんなところでうろうろしてていいのか?」

 「あ!そうだ!」

 男の問いに、少年ははっとしたように道の向こうを見やった。

 「じゃあね、おじさん!

  風船ありがとう!」

 「おー。気ぃつけてなー。」

 パタパタと走り出しながら、振り返りざまにいう少年に、男もまた立ち上がってゆったりと手を振った。

 やがて少年の姿が人ごみに没すると、男はハンチング帽を押さえるように俯くと踵を返し、ゆったりと歩きだした。

 白いコートにハンチング帽という独特のその姿は目立つはずなのに、なぜか驚くべき希薄さを持ってあっという間に人ごみに溶け込んでしまった。

 

 

 

 この街――シュテルンビルトには、ヒーローがいる。

 揶揄とか、異名とかではなく、職業としての“ヒーロー”が確立しているのだ。

 スポンサーの看板を背負い、パワードスーツに身を包み、HERO TVの画面の中を縦横無尽に駆け巡り、凶悪犯を捕まえ、人命救助し、それによってポイントを競う、ショービジネスとしての“ヒーロー”だ。

 NEXTという、特殊能力を持つ人間たちが、その正体だ。ヒーローのおかげで、シュテルンビルトではNEXTの差別がだいぶなくなりつつある。

 

 

 

 シュテルンビルトの上空をゆったりと遊覧している飛行船がある。

 これは、アポロンメディアという一大企業――その名の通り、テレビから雑誌までシュテルンビルトに出回るそのほとんどのシェアを占めるマスコミの企業である――の所有するもので、その船体には巨大な液晶テレビがつけられ、昼夜問わずアポロンメディアの番組を流している。

 その中でも有名で、シュテルンビルト市民がこぞって楽しみにしているのが。

 『お茶の間のみなさん!お待たせしましたぁぁ!

 さああ!ヒーローたちを待ち受ける今回の敵は、シュテルンメダイユ地区にあるシュテルン銀行を襲った銀行強盗だぁぁぁ!』

 液晶画面のサイドに備え付けられたスピーカーから陽気な男の声で中継が入る。

 HERO TVである。

 画面に映し出されるのは、パワードスーツやプロテクターに身を包んだ様々なヒーローたちだ。

 道行く人々に交じって、白いコートの男もまた、ビルの壁面に埋め込まれている街頭テレビを見上げた。

 『あーっと!ここでロックバイソン、流れ弾から市民を守ったぁぁ!

  ポイントゲットだぁ!』

 画面に映っているのは、深緑のボディに、頭部に雄牛を思わせる角をつけたヒーローだった。

 ハンチング帽を持ち上げ、それを眺めた男は特徴的な髭のある顎をさすってから、ふっとほほ笑んだ。

 「頑張ってんなぁ・・・。」

 その笑みは、羨望の入った穏やかなものだった。

 「さあて、俺もお仕事お仕事。」

 くっとハンチング帽を下げると、足を止めている人々の間を縫うように、男は歩み去った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 トンッ。

 黒いブーツのつま先が、ビルの屋上を蹴った。

 白いコートの裾が翼のように翻る。

 夜である。不夜都市の異名をとるシュテルンビルトでは、天上に星は見えない。代わりに足元に広がるのはきらびやかなネオンの群れだ。

 彼は跳ぶ。

 「シャァァァッ!」

 彼の目前を、ビルの屋上を蹴って異形が疾駆する。

 かろうじて人型をしているものの、その体躯は漆黒の鱗に覆われ、とげとげしい鉤爪のような器官があちこちにある。

 「待て化け物ぉォ!」

 白いコートの男が怒鳴った。片手に持つのは、まっすぐな直刃の長剣だ。

 月光に白刃がきらめく。

 『お茶の間のみなさん!お待たせしましたぁぁ!

 さああ!ヒーローたちを待ち受ける今回の敵は、シュテルンメダイユ地区にあるシュテルン銀行行きの現金輸送車を襲った強盗犯だぁぁぁ!』

 街頭テレビの液晶画面のサイドに備え付けられたスピーカーから陽気な男の声で中継が入る。

 HERO TVが始まったらしいが、昼間と違って男は立ち止るそぶりすら見せず、目の前の化け物を追い続ける。

 

 

 

 シュテルンメダイユと目された地区は、ちょうどミルフィーユの生地のように重なったこの町において、中心区域と言っていい。

 真ん中の湾に面した大きな島――橋で陸地と連結された三層構造の町が、シュテルンメダイユ。

 その奥にある古い多重構造の町が旧市街地のダウンタウン。

 東に行けばブロックスブリッジでシュテルンメダイユに連結されているのがブロックス工業地区である。

 

 

 

 街の上空を白いヘリが飛んでいた。

 HERO TV中継用のヘリである。扉から身を乗り出すようにカメラマンとリポーターが現場の様子を中継している。

 強盗に乗っ取られた現金輸送車はハイウェイを爆走中で、現在それを食い止めようとヒーローたちが奮闘しているらしい。

 そのうち使い物にならなくなった現金輸送車を捨てると、強盗たちは新しく車を強奪し、それに乗って逃走を再開し始めた。

 またしても新しく登場したヒーローによって車は破壊され、三人組の犯人のうち二人が逮捕される。しかし、主犯である男はしぶとく逃亡を続けていた。

 ハイウェイを降り、モノレールに逃げ込んだ。

 運転手を脅して、速度を上げさせている。

 

 

 

 「スカーイハーイ!」

 ビルの谷を縫うように、ヒーローが一人、空を駆け抜けていた。

 白いヒーロースーツは背中にジェットパックを背負った、騎士服のようだ。

 彼こそ、スカイハイ。今シーズンのキングオブヒーロー――ヒーローの中で一番ポイントが高いものに与えられる称号だ――だ。

 彼の能力は風を操る。故にこそ、アメコミや特撮に登場するヒーローのように本当に空を飛ぶことができる。

 モノレールに乗った犯人を捕まえるべく先回りするため、彼は風を操り、空を駆け抜けていた。

 その時だった。

 ヒィィィィン・・・。

 カメラのフラッシュとも、街のネオンともつかない不思議な光が、彼の視界の端をかすめた。

 神々しいけれど、どこか寒々しい。そんな感じのする、金色の光だった。

 「え?」

 思わず彼は前進するのをやめてホバリングに切り替えると、発光源を探そうとした。

 『ちょっとスカイハイ!何してるの?!』

 PDA――ヒーロー達に支給されている通信機から、HERO TVのプロデューサー、視聴率の魔女、アニエス=ジュベールの甲高い叱責が入った。

 『何をぐずぐずしてるの?!さっさと現場に向かってちょうだい!

  急ぐ!』

 「す、すまない!そしてすまない!」

 そうだった。今はモノレールにいる市民達の安全が最優先だ。きっと怖い思いをしているに違いない。

 思考を切り替えると、彼は再び風を巻き起こし、モノレール目がけて進んで行った。

 

 

 

 「もっと速度は出ねえのか?!」

 「む、無理ですよぉォ!」

 拳銃を突きつけられ、モノレールの運転手は泣きそうになりながら、覆面の男に訴えた。

 「クソ・・・!」

 覆面の男――現金輸送車襲撃犯の主犯格は、舌打ちした。

 モノレールはコースが決められているため、このまま乗っているのは危険だ。次の駅に着く前に何とかしなければ。

 その時だった。

 「シャァゥッ!」

 ダガンッ!

 モノレールの車両のはるか先――レールの上に、異形が飛び乗った。

 それは、先ほど白いコートの男と追いかけっこをしていた、あの怪物だった。

 ジャギギィンッ!

 「シャァァァァッ!」

 異形は己の鎌のような尾を使ってレールの先をズッパリと二メートルばかり切断すると、さっさと別のビルへ跳び移ってしまった。

 ゴドォォンッ!

 遥か地面で重々しい音を立てるのは、当然切断されたレールのなれの果てである。

 ヒュオオッ!ヒュウパッ!ヒュオオオッ!

 風を切り、何かがビルの屋上から飛び出してきた。

 金色。

 誰もがとっさにそう思ったことだろう。

 金色の虎を模した鎧を着た何者か――片手に直刃の長剣を携えた人物が、切断されたレールの縁に軽業師よろしく見事なバランス感覚を持って着地すると、レールをわずかにしならせ再び飛びあがり、別のビルへ跳び移った。

 まるで怪物は金色鎧の追跡をかわすために、足場となるレールを破壊したようにも見える光景だった。

 

 

 

 「おい、今、何かレールの上に乗らなかったか?」

 「え?嘘?どこどこ?」

 「見間違いじゃないか?」

 一瞬の非日常は、カメラに映った時間が極めて短かったうえ、かなり遠かったことが幸いし、ほとんど気づいたものはいなかったうえ、わずかに気がついた者も見間違いと思い込んだ。

 これが見間違いでなかったと公になるのは、かなり後のこととなるのだが、それは余談である。

 

 

 

 「うぎゃああああああああっ!」

 ガチンッ!ギギギギギギギィィィィィィィィィッ!

 モノレールの運転手は悲鳴を上げて急ブレーキをかけた。

 見事な英断である。もし、ブレーキをかけるのが少しでも遅かったら、車両は地面目がけて落下していたに違いない。

 ゼエゼエ息を切らす運転手――一般人の彼は確実に寿命が縮んだに違いない――をよそに、襲撃犯はドアをこじ開け、モノレールの隣を飛んでいた飛行船に跳び移っていた。

 

 

 

 この襲撃犯、根性があったのか、はたまた運が良かったのか、かなり長時間にわたる逃走劇を繰り広げることとなった。

 飛行船に飛び移った男は、そこでまた運転席をジャックすることに成功したのだが、ここでようやく追いついたスカイハイによって、船外に脱出を図った飛行船の乗組員たちが救出されたものの、男の拳銃によって計器などを破壊された飛行船が河口付近に墜落し、クルージングを楽しんでいた遊覧船を巻き込まんとしていた。

 しかも、男はまだ逃走を続行しようとした。

 この期に及んで男はまだ、諦めてなかった。

 

 

 

 バキバキバキバキッ!

 唐突に犯人が乗っていた飛行船が落着の寸前に凍りつき、これによって巻き起こった大波もそのままコチンコチンの氷像と化し、周囲一帯の波立つ水面が凍りついた。

 「私の氷はちょっぴりコールド、あなたの悪事を完全ホールド!」

 襲撃犯が寒さにがくがくふるえながら声のした方を見やった。

 そこには、ヒーロー界のアイドル、ブルーローズがいた。

 水色の髪に青を基調としたメイクと、スレンダーな体躯を包む露出の高い衣装。青い薔薇〈ブルーローズ〉の名の通り、腰の後ろからとげとげのついた蔓が伸びている。

 ほっそりした両の手が持っているのはフリージングリキッドガン――要するに、水鉄砲である。

 彼女の能力は、氷を操る。そのため媒体となる水があった方が何かと便利なのだ。

 「うおおおっ!くそったれぇぇ!ヒーローが何だ!」

 火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、襲撃犯は凍った水面に降り立つと、ブルーローズの立つ一段と高いお立ち台によじ登る。

 「きゃっ!」

 それを見たブルーローズは顔を引きつらせると、

 「いやーんっ!」

 お立ち台から素早くセクシーポーズで滑り降りる。

 お得意のキューティーエスケープだ。

 「そこまでだ!そして観念したまえ!」

 さっそうと登場したのは、救助した人々を近場のビルにおろしてきたスカイハイだ。

 「ち、ちきしょぉぉ!」

 やけくそになった彼が拳銃を抜こうとした時だった。

 「シャアアアアアアッ!」

 遠くのビルから、奇妙な影がお立ち台めがけて飛び込んできた。

 それは、モノレールのレールを切断した怪物だった。

 お立ち台の上に立つ襲撃犯目がけてまっすぐに向かって行く。

 だが。

 斬ッ!

 それは一瞬後に現れた金色の影から放たれた銀色の閃光によって真っ二つに切り裂かれる。

 「シャギャ」

 ザラァンッ!

 次の瞬間、異形はまるで最初からいなかったように砂となって風に溶けて消えてしまった。

 『タイムリミットだ。』

 「マジかよぉォぉォぉ?!」

 唐突に声がした。

 落ち着き払ったくぐもった声に、慌てふためいた男の声。

 砂となって消えた異形の後を追うように、その影はまっさかさまに落ちてきた。

 白いコートの裾は重力に逆らいまっすぐに天に向かい、その両手はじたばたと無意味に動かされている。・・・いや、少しでも空気抵抗を多くしようという魂胆か。鳥であるまいし、やはり無意味としか言いようがないが。

 落ちて行くのは、先ほどビルの屋上で異形と追いかけっこをしていた男だった。

 この時、HERO TVの流れる街頭テレビに視線を向けていたヒーローの一人――現金輸送車に刺さっていた肩のドリルをやっと抜くことができたロックバイソンが「虎徹?!」と素っ頓狂な声を上げていたのを、至近距離にいた同じくヒーローのファイヤーエンブレム以外知る由はない。

 ヘリからのLIVE映像は、ばっちりシュテルンビルト中に放送されていた。

 落ちゆく男は眼前に広がる光景に青ざめていた。

 本来なら、ただ青々とした水面が広がっているはずなのだが、今はブルーローズの能力によって波の形にとげとげした氷の大地が広がっている。

 あの高さからここにたたきつけられればただでは済まない。

 しかも。

 ――能力使ってからまだ一時間経ってねえから使えねえええ!

 男の内心の絶叫をよそに地面が迫る。

 その時だった。

 「大丈夫ですか?」

 ボスグイッと誰かが男を抱きとめると、そのまま大きく飛び上がり、離れたところにある足場に降り立った。

 落ちてきた男を抱きとめた――膝裏と背中に手をまわした、いわゆるお姫様だっこという奴である――のは、赤と灰色、黒の三色の取り合わせのパワードスーツを纏った男だった。

 両耳のあたりからアンテナらしきピンク色の長いクリアパーツが伸びている。

 『おおっとぉ!彼は一体何者でしょうか?!

  新しいヒーローかぁぁぁ?!』

 HERO TVの実況が盛り上げようと声を張り上げようとする。

 かなり乱暴、というよりおざなりに地面におろされた男が居心地悪げに俯いた。

 カシャンッと音を立てて、パワードスーツのメット部分が可動式バイザーのように持ちあがり、中の人間の顔が露出する。

 見事な金髪に白皙の美貌。緑色の双眸が印象的な若者だ。

 ふっとほほ笑んだ若者に、遊覧船に乗っていた野次馬たちが一斉にフラッシュを向けた。

 「逃がさない!そして捕まえたよ!」

 「くそったれぇぇぇ!」

 ハッとそちらを見ると、今だしぶとく逃亡を続行しようとしていたらしい襲撃犯を、スカイハイが拘束しているのが見えた。

 『さすがはキングオブヒーロー、スカイハイ!

  本日最後の犯人を捕まえたのは、やはり彼だったぁぁぁ!』

 HERO TVの実況に合わせて、お立ち台に再び戻ったブルーローズが歌い出した。どうやら、今日の中継は終わりらしく、エンドクレジットに入ったようだ。

 「あー・・・。」

 「何ですか。」

 ヒラヒラと風に舞うように落ちてきた白黒ツートンカラーのハンチング帽を無造作に掴み取ってから勢い良くかぶった男に、ヒーロースーツの若者が顔を向けた。

 かなり面倒くさそうな、つっけんどんな響きがある。

 「さっきは助かった。ありがとうな。

  若いのにすごいな、お前さん。」

 「・・・いいえ、当然のことをしたまでです。」

 ハンチング帽を深々とかぶった男に、ヒーロースーツの若者が答える。

 その直後のことだった。

 新しく登場したこのミステリアスに思える若者に話を聞こうと、凍った水面を通ってマスコミの記者達が向かってきた。

 「正式な発表はまた後日あります。

  それまで僕のことには答えられません。申し訳ありません。」

 申し訳なさそうに苦笑する若者はチラッと視線を巡らせ、ギョッとした。

 先ほど自分に抱えられた男がいつの間にかいなくなっている。

 ――どこ行ったんだ、あのおじさん・・・。

 

 

 

 遊覧船のある河口から程よく離れた雑踏の奥。

 裏道で、白いコートの男が息を切らせて壁に背を持たせかけて座り込んでいた。

 『限界まで“鎧”をつけてるからだぜぇ、虎徹。』

 「ああ・・・次からはもうちょっと気をつけるわ・・・。」

 そんな会話が一人しかいないはずの空間から聞こえてきたのは、当事者しか知らないことだろう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その翌夜のことだった。

 今シーズンのヒーローリーグの総合成績が発表されていた。

 トップを飾ったのは、スカイハイ――現キングオブヒーローはその座を維持することに成功したらしい。

 「ありがとう!そしてありがとう!」

 さわやかな声とともにそう挨拶するのは、主役のスカイハイだ。

 普段――ヒーローとしての戦闘時に装着するスーツの騎士を思わせる鉄仮面とは少々デザインの異なる仮面に、タキシードに身を包んだスカイハイは手を振って元気よく言う。

 大きなホールのパーティ会場は拍手に満たされた。

 パーティー会場に居合わせるのは、HERO TVのスタッフだけでなく、HERO TVやそこに出演するヒーロー達に出資する企業の代表である。

 みんな上等なスーツやパーティードレスに身を包んでめかしこんでいる。

 ヒーロー達に関しては、素性を隠しているものがほとんどなので、みんな仮面やメイクなどで一目でヒーローとわかるようにしているが、ドレスやスーツなどを着ているのは同じである。

 スカイハイのあいさつが終わったところで、一人の壮年の男が進み出た。

 灰色の髪に、左頬の下に大きないぼがある、小太りの男は、黄色い縁の眼鏡をかけている。

 彼こそ、HERO TVのシステムを築き上げた祖にして、アポロンメディアをたった一人で大企業までのし上げた男。

 シュテルンビルトの市民は彼をこう呼ぶ。メディア王、アルバート=マーベリックと。

 『まずは、今シーズンのヒーローリーグはスカイハイ君が好成績を収めました。

  この場を借りて、ひとこと言わせて欲しい。

  おめでとう。これからもこの町の平和と秩序に貢献してほしい。』

 ここでマーべリックはマイク越しの言葉を切ると、ぐるりと会場を見回した。

『もちろん、それはスカイハイ君だけでなく、この場にいるヒーローたち、そして彼らに協力してくださる皆さんにも、お願いしたい。』

パチパチパチパチ!

再び会場に拍手の波が沸き起こる。

 しかしマーべリックはそれに頓着することなく、身振り手振りでそれを制し、話を続ける。

 『さて、本日、この町、シュテルンビルトに新たなヒーローが誕生しました。

  紹介しましょう!』

 マーべリックの言葉に応えるように、舞台の隅から一人の青年が進み出た。

 見事な美青年である。肩よりやや長めの金髪は見事な巻き毛で、白い肌は極上の陶器を思わせる。180センチは軽く超えている長身は、パーティー用のスーツに身を包んでいる。

 以前、風船を手放して困っていた子供を鼻で笑った青年にして、落ちてきた男を抱きとめた新しいヒーローである。

 六角形のようなレンズの眼鏡をかちりと押し上げて、青年は冷たいエメラルドの双眸を会場に向けると、ニッコリとほほ笑んだ。

 『バーナビー=ブルックス=Jrです。所属はアポロンメディアです。

  よろしくお願いします。』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 カツン。

 男が足を止めて見上げたのは大きなホールだった。

 夜である。

 きらびやかなゴールドステージの街並みに釣り合って、そのホールの近辺に並ぶビルにある磨き上げたガラス窓はまるで鏡のように、ゴールドステージの街をくっきりと映し出していた。

 ホールから聞こえてくる喧騒。

 酔いざましだろうか、突き出たバルコニーにポツリポツリと人が出ている。

 ハンチング帽を押し上げて、男はその様子を見上げていた。

 「どうだ?ザルバ。」

 ポツリとつぶやいた男に、しわがれた声が答えた。

 『ああ、臭うな。

  間違いない、あそこにいる。』

 男の周囲には他に誰もいないにもかかわらず、声がした。

 さらに不気味なことに、その声は男自身から聞こえてくるようだ。

 「まずいぜ、おい。

  あんな大勢いる所で暴れ出したら。」

 『ケケケ。

  相変わらず心配性だな。

  奴らはできるだけ人目を避ける。

  二十年近くになろうかってのに、まだそれがわからないのかねえ。

  なあ、虎徹。』

 「万が一ってこともあるだろ?」

 呼びかけられた声に、男――虎徹はハンチング帽を押さえるように俯いた。

 「・・・とにかく、もう少し様子見か。」

 ポツリとつぶやき、虎徹は再び顔を上げてホールを見た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それは、先ほどから視線を飛ばして会場内をギョルギョルと品定めしていた。

 ああ、どいつもこいつも美味そうに見えて仕方ない。

 いっそ片っ端から食ってしまおうかと思案する。

 しかし、こっちは出てきたばかりで力不足もいいところだ。

 こういう時こそ、慎重な行動が要求されるものだ。

 うかつに動けば天敵〈忌々しい狩人〉に察知されて、消されてしまう。

 ふと視線を動かすと、金髪の巻き毛が美しい、眼鏡の美青年が目に入った。

 『彼がいいわ。』

 欲望が蠢いた。

 『彼がいいわ。彼、カッコイイもの。きっと私のそばにいても遜色ないわ。

  彼がいいわ。彼、きれいだもの。きっと私をより綺麗に見せてくれるわ。』

 よし、じゃあ、彼にしよう。

 名前は何といっただろうか。

 舌なめずりをしながら、それは獲物に定めた青年へ歩み寄った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「あの。」

 呼びかけられて、バーナビーは振り向いた。

 そこには少し頬を赤くした令嬢がいた。

 ピンクのふわふわしたドレスを着せられ、茶色の巻き毛に整った顔立ちの彼女は、さながらフランス人形のようであった。

 「バーナビーさんですね。

  これから大変でしょうけど、頑張ってください。」

 少し上ずった声で言う少女に、バーナビーはにっこりほほ笑んで答えた。

 「ええ。ご期待にこたえられるよう、精いっぱい頑張ります。」

 「バーナビー。」

 呼びかけられて、バーナビーは振り向いた。

 そこには、にこにことしているマーべリックがいた。

 「時間だ。そろそろ行こう。」

 「はい、マーべリックさん。」

 「おや、そちらは・・・。」

 ここでマーべリックはバーナビーの隣に立つ女性に気がついたように声を上げた。

 「確か、今人気の女優、キャサリン=グレーデンさんだね?」

 「え・・・!

  私のこと、ご存じなんですか?!」

 マーべリックにほほ笑まれて、女性――キャサリンは少し驚いたように目を瞬かせた。

 「もちろんだ。

  我が社としても、これからの君の活躍に期待しているんだ。

  ぜひ、これからもがんばってくれたまえ。」

 「はい・・・!」

 マーべリックの言葉に、キャサリンは感動したように体を震わせた。

 「そうだ、バーナビー。いい機会だから、彼女をエスコートしてあげなさい。」

 「・・・はい。」

 頷くバーナビーの柳眉がかすかにしかめられたが、それに気がついたものはいなかった。

 キャサリンの手を引くバーナビーを筆頭に、ヒーローたちを引きつれて、マーべリックは会場の外に待機している記者たちの元へと向かった。

 途端に、パーティーに招かれていた記者たちが一斉にカメラのフラッシュをたく。

 興奮気味な記者達に、穏やかな笑みを浮かべているマーべリックとバーナビー。

 誰もが気がつかなかった。

 緊張しているような面持で必死に笑みを取り繕っているようなキャサリンが、バーナビーに向かって一瞬飢えた獣がこれから獲物を仕留めようとするかのような眼差しを向けたことに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――ああ、面倒くさい。

 ようやくパーティーがお開きになり、バーナビーは控室で私服――お気に入りの真っ赤なレザージャケットに着替えていた。

 しかし、パーティーは終わっても、彼は受難を逃れてなかった。

 いろんな意味で。

――いくら今後のためとはいえ、あんな見るからにお嬢様を送ってかなきゃいけないなんて・・・。

 バーナビーは、マーべリックに頼まれて、キャサリンを家まで送っていくことになってしまったのだ。

 送り狼になるつもりは全くないが、新人ヒーローは手が早いとあらぬ噂を立てられても困る。

 ――まったく、マーべリックさんだってそんなことは分かっているだろうに・・・。

 内心で見事に愚痴っても、事態がよくなるわけでもない。

 しかし、幸か不幸か、バーナビーは外面の良さには自信があった。

 ――適当にあしらって、やり過ごすしかないな・・・。

 ガチャリッと控室の扉を開けると、そこにいたのは。

 「あれ?間違った?」

 見知らぬ男がたたずんでいた。

 ライトグリーンのアクセントの付いた白いロングコート。

 その下にはぴっちりした黒いレザーの上下。かぶったツートンカラーのハンチング帽がいまいちミスマッチだ。

 褐色の肌に、琥珀の双眸を持つ男は、独特の髭を生やし、不思議そうに首をかしげた。

 「おっかしーな・・・。」

 「何ですか、貴方は。」

 扉の前に立っている男に、バーナビーはいらだちを隠そうともせずにむっつりと言い放った。

 どこかで会ったような気はするが。

 「おいおい、昨日の今日でその反応はないんじゃねえ?

  まあ、こっちは助けられた側だけどよ。」

 「・・・?

  ホールで働いている従業員の方ですか?」

 と、問いかけてバーナビーはようやく思い当る。

 昨日、どこからか落ちてきたところをお姫様だっこで救出した男だ。

 「ああ、昨日の・・・。

  僕のファンになったんですか?

  申し訳ありませんが、今あなたの相手をしている暇はないんです。

  どいてください、邪魔です。」

 「いやいや、悪いけど、そういうわけにはいかねえんだよ。」

 右手でハンチング帽を押さえ、左手をコートのポケットに突っこんだまま、男――虎徹が言った。

 「いったい何」

 なんですかと言おうとしたのか、の用事ですかと続けようとしたのかは分からない。

 確かなのは、バーナビーが全てを言うより早く、ぬっと伸びてきた虎徹の右手がバーナビーの胸ぐらをつかみ、ドアのすぐ隣の壁に、彼の背を叩きつけるように押さえつけたことだ。

 「ぐっ・・・!

  あなたいったい・・・?!」

 抵抗しようとバーナビーはもがくが、万力のようなものすごい力に思うように動けない。ヒーローになるために毎日欠かさずにトレーニングをしていても、それも何の役にも立たない。しかも、肺も圧迫されて、思うように息ができないからますます力が入らない。

 目の前の男の琥珀の双眸が、ネコ科の肉食獣のような獰猛さを持ってバーナビーを射抜く。

 バーナビーの中で警鐘が鳴った。この男は危険だ。一緒にいると命が危ない。

 ますますもってバーナビーは抵抗を激しくしようとした。

 同時に、男の左手がポケットから引き抜かれる。

 握りこんだ拳に、何か持っている。隙間から見えるそれは、廊下の電灯を反射して銀色に光った。

 刃物かもしれない。

 「悪いな。恩を仇で返すような真似しちまって。」

 ――かくなるうえは!

 ちっとも悪いと思ってなさそうな気軽そうな様子で言う男をよそに、バーナビーが能力を発動(新人とはいえヒーローであることに変わりはない。彼もまたNEXTなのだ。)しようとしたときだった。

 シュボッ。

 はじける音を立てて、バーナビーの目の前に小さな火がともされた。

 何のことはない。

 男が握りこんでいたのは、ナイフでもなければ、針でもない。

 ただの古めかしいライターだったのだ。

 しかし、不気味なことに、そこから灯される火は、てらてらした金緑色だった。

 「な、何のつもりですか・・・?」

 息を詰まらせながら問いかけるバーナビーを男はライターの火を挟んでじろりと見やり、ややあって。

 「ごめんごめん。人違いだったみたいだ!」

 ニマッと笑うと、パッと押さえつけていた右手を離した。

 カチンッ。ライターの蓋が閉じ、炎がかき消える。

 自由になったバーナビーは壁にもたれかかったままこれでもかとむせかえり、酸素を求めて必死に呼吸をした。

 「アー・・・大丈夫か?

  つい、力入れすぎちまった。」

 「ほんと・・・ですよ。

  この・・・馬鹿力!」

 申し訳なさそうに右の人差し指で頬をかき、左手をポケットに突っこんだ男に、バーナビーは体をくの字に曲げてむせかえりながら悪態をついた。

 いったいこの男は何だというのだ。

 顔をあげたバーナビーが文句を言おうとするより早く。

 「え?」

 そこに、白いコートを着てハンチング帽をかぶった男の姿はすでになかった。

 「あー、それから!」

 廊下の向こうから響いてきた男の声に、バーナビーははっとそちらを見た。

 いつ移動したのだろうか。白いコートの後姿に、首をひねってこちらを見ている男が目に入った。

 「お子様はもう寝る時間だ!さっさと帰れよ!

  ここから先はR指定だからな!」

 「なっ・・・!

  ちょっと!あなたいったい」

 すべてを問いかけるには時すでに遅く。

 前を向いた男の背は廊下を曲がって消えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 パーティ会場になっていたホールのエントランスは広く、静まり返っていた。

 無人のそこでただ一人、いまだにパーティドレス姿のキャサリンがたたずんでいる。

 そわそわと周囲を見回すその姿は、騎士を待ちわびる姫君といったところか。

 「ミス・グレーデン!」

 呼びかけにキャサリンは一瞬期待の眼差しをするが、すぐにうんざりした表情になって、声のした方に振り返った。

 「なあに?

  あたし、これからバーナビーに送ってもらうんだけど。」

 そこにいたのは、よれよれの背広に身を包んだ、眼鏡の男だった。

 男は、キャサリンのマネージャーだった。

 まだ未成年のキャサリンを、保護者代理として守る義務がある。

 「あなたはまだ未成年でしょう!

 ミスター・ブルックスには申し訳ないが、早々にお帰りいただかないと、ご両親も心配」

 「うるさい。」

 言い募ろうとするマネージャーに、キャサリンがとてつもなく冷たい言葉を投げつけた。

 「餌の分際で生意気なのよ。」

 「餌・・・?」

 マネージャーが呆けたような顔をした。

 キャサリンが何を言っているのかわからない、という顔だ。

 次の瞬間、キャサリンが悪鬼のような形相になると、クカッと口を開いた。

 整って生え並んでいる白い歯は、いつの間にか鋭い牙の生えそろった歯列に変貌していた。

 次の瞬間。牙の生えそろったキャサリンの口から赤黒い触手がいくつも飛び出すと、茫然としていたマネージャーの体に巻きついた。

 悲鳴を上げる間もなかった。

 あっという間にマネージャーはキャサリンの口に吸い込まれるように消えてしまった。

 ゴキュッ。

 喉を鳴らしてキャサリンは口を閉じた。その顔は元の美女であったが、どこか不快そうに眉をしかめている。

 ややあって。

 プッ。カシャンッ。

 何かを口から吐き出した。

 血と唾液にまみれた、黒ぶちの眼鏡。・・・マネージャーがつけていたものだ。

 「・・・いまいちね。

  やっぱり、バーナビーでないと・・・。」

 吐き捨てると、キャサリンはパンプスのつま先で眼鏡をけっ飛ばし、先ほどと同じようにバーナビーが来るのを待ちわびていた。

 だが。

 かつんっと大理石の床を踏んで現れたのは、バーナビーではなかった。

 白いコートに、ツートンカラーのハンチング帽をかぶっている。

 「なるほど、こんなところにいたのか。」

 ハンチング帽を持ち上げ、琥珀の視線をキャサリンに向けるのは、もちろん虎徹である。

 ついでにちらっと視線を走らせ、床に転がる血と唾液にまみれた眼鏡を目ざとく発見し、眉をしかめる。

 「少しばかり遅かったか。

  一人喰ったな?」

 「な、何の話ですか?

  あなた、いったい・・・?」

 先ほどまでの化け物ぶりはどこへやら。キャサリンはすっかり可憐な新人女優の皮をかぶりなおして、おろおろとおびえた風を装って虎徹を見た。

 「あー、いい、いい。

  演技しなくていいって。」

 面倒くさそうに、虎徹は右手をひらひら振って言った。

 しかし、長身のどこにそんな瞬発力があったのやら、次の瞬間、虎徹はひとっ跳びにキャサリンの前に詰め寄ると、左手に持った銀色のライターの火を彼女の目の前にかざしていた。

 てらてらとあやしく光る金緑色の火に、彼女は一瞬茫然とした。

 直後。キャサリンの青い目がグルンッと白目をむくと、悪鬼のような形相となり、ピンク色の唇からこぼれる白い歯がギザギザの牙となる。

 白目に浮かびあがったのは、ルーン文字のような記号の羅列だ。

 「やっぱりそうか。

  人間の皮をかぶった、化け物が。」

 カチンッとライターの蓋を閉じて、虎徹は苦々しく毒づくと、顔を押さえてふらふらと後ずさるキャサリンを睨みつけた。

 「き、貴様!魔戒騎士か!!」

 「そのかっこで言われると、いろいろ複雑だぜ。」

 キャサリン――否、キャサリンのふりをしていたそれは、顔を押さえるマニキュアを塗った白い指の隙間から、青い目で虎徹をにらむ。

 虎徹もまた、言葉草自体は飄々としたものだったが、眼差しは真剣そのものだった。

 「さあて、ワイルドに吠えるぜ!」

 いつの間にか、虎徹の手からはライターが消え失せ、丹塗りの細長い棒が握られていた。

 否。丹塗りの鞘にしまわれた剣だ。虎徹はハンチング帽を脱ぎ棄てるとその柄を掴み、剣を鞘から引き抜いた。現れたのは、まっすぐな直刃に、細身の長剣だ。

 『魔戒騎士なら、“貴様の陰我、俺が断つ!”っていうのが普通なんだがな・・・。』

 「細かいことは気にすんな!」

 剣を構え軽口をたたく虎徹に、キャサリンの姿をしたそれは明らかにうろたえたようだった。

 「ク、クソォォォッ!」

 ビャルルルルルルルルルッ!

 悪態とともに、“キャサリン”は口から例の触手を吐きだし、虎徹めがけて肉薄させる。

 ガギギギギギギギィィンッ!

 トンッキュパッ!

 そのことごとくが虎徹が手にした剣によって弾かれ、防御される。

 まさかと“キャサリン”が目を見張ったときには、虎徹は床を蹴ってキャサリンめがけて肉薄していた。

 「おおおっ!」

 気合とともに繰り出された剣撃を、“キャサリン”はのけぞるようによけた。

 ヒュンッ!ヒュパパッ!

 虎徹が次々と剣を繰り出すものの、“キャサリン”はどれも紙一重でよけてしまう。

 鍛え上げたしなやかな筋肉をまとう虎徹に対して、細身で武闘の心得もないキャサリンの容姿である。どれだけ異様な光景かは、一目瞭然だろう。

 だが、虎徹もいつまでもよけさせ続けているつもりはない。

 ヒュパッ!キンッヒュオッ!

 下段からの斬り上げを“キャサリン”が避けたところで、素早く上段からの攻撃に組み直し、その首を撥ねんと剣を振りぬいた。

 グネンッブワウンッ!

 それでも、“キャサリン”の方が一枚上手だったに違いない。

 腕から生やした赤黒い肉の触手を虎徹の腕に巻きつけると、素早く高く投げ上げたのだ。

 追撃が来るかと虎徹は空中で身構えたが、“キャサリン”は虎徹を投げ上げるや否や、あっさりとドレスのすそを翻し(ついでに触手も引っ込めて)、逃げ出したのだ。

 「あっ!てめ、こら、待て!」

 スタンッ。

 地に降り立ち、虎徹が毒づくのをよそに、“キャサリン”は一目散に控室のある廊下の方へ向かおうとした。

 ドン。

 「きゃっ!」

 「おっと!」

 タイミングがいいのか悪いのか。

 ちょうどそのとき廊下から出てきたバーナビーと正面衝突してしまい、倒れそうになった“キャサリン”をバーナビーはすっと抱きとめた。

 「だっ!」

 虎徹がまずいと言わんばかりに顔をひきつらせた。

 すかさず“キャサリン”はバーナビーにしがみついて悲鳴を上げるように叫んだ。

 「助けて!あの人、変質者なんです!

  殺される!!」

 「変質者・・・?」

 怪訝そうにしていたバーナビーは顔をあげてすっとエメラルドの双眸を細めた。

 何しろ今の虎徹は右手に抜き身の剣を携えている。

 加えて“キャサリン”は触手もなければ、悪鬼のような形相に牙というオプションもない、ほっそりした女性然とした姿である。

 バーナビーがどういう行動をとるかは言うまでもないだろう。

 「下がって!ここは僕に!」

 「だっ!ちょっと待て、お前!」

 すっくと“キャサリン”を背後にかばい、ファイティングポーズをとるバーナビーに虎徹は剣を下してあわてた。

 「すぐにその手に持った物騒なものを離してください。

  おとなしく警察に投降すれば、身の安全は保証しましょう。」

 「・・・~~。」

 虎徹は口をもごもごと動かし、ややあって、意を決したようにすっと背筋をただした。

 「お前が背中にかばってるのは、人間じゃねえ!

  化け物だ!

  悪いことは言わねえ!すぐに逃げろ!」

 「は?」

 バーナビーはあっけにとられたような表情をした。

 いったいこの男は何を言ってるのか。

 「さっきからそんな言いがかりつけて、剣で斬りかかってきて・・・!

  私は人間よ!頭がおかしいんじゃない?!」

 “キャサリン”が目に涙をいっぱいためてそう訴えた。

 「この期に及んでとぼける気かよ!

  さっきなんてワーッて口からいっぱい触手出してやがったくせに!」

 先ほどまでそれなりに格好良かったはずの男が、まるで子供のようなことを喚いている。

 内心“キャサリン”はあきれた。

 あれが魔戒騎士?何かの間違いじゃないのか?

 「もう、いいです。」

 地を這うような声がバーナビーから発せられた。

 はたと虎徹がバーナビーに意識を向けた時には遅かったと言っていい。

 「あなたの頭がおかしいことは十分わかりました。

  話を聞くに値しないことも。」

 バーナビーの眼鏡越しのエメラルドが、氷のような冷たさをたたえて虎徹を射抜く。

 やばい。

 直感した虎徹がとっさに一歩下がったときには、間合いを詰めてきたバーナビーのブーツの靴底が鼻先をかすめていた。

 ――蹴り・・・!足技使いか!

 ――よけた?!それなりに自信があったのに・・・!

 続く二度目の蹴りを紙一重で避け、虎徹は間合いをとってバーナビーと対峙する。

 背後に可憐な少女を庇うバーナビーは、さながらおとぎ話に登場する王子か、騎士のようだった。

 ――完全に俺、悪役じゃねーか・・・。

 どうしたものかと虎徹が思案する間もなく、バーナビーが踏み込む。

 腰を軸に、鋭い蹴りを次々と放つ。

 対する虎徹は「おわ!」「だぁっ!」「ひょええ!」などという悲鳴を上げながらも軽々とそれらを避ける。ちなみに、剣先を後ろに向け、バーナビーには一切反撃していない。

 そんな虎徹の態度にいら立ちを感じるのだろう、バーナビーはイライラしている様子を前面に出し、蹴りのキレがだんだんあらくなっていく。

 ちなみに、その間キャサリンはエントランスホールの端にある柱の陰に隠れて、二人の男の殺陣(というには、一方的すぎる)を恐る恐ると言った様子で眺めていた。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 「どわぁっだっ?!」

 何をどうしたのか、虎徹が足を滑らせた。

 もろにバランスを崩したその隙を、バーナビーは見逃さなかった。

 キィン。

 その翡翠を思わせる両の眼がシアンに輝き、全身を青い光が包み込む。

 NEXTの能力を発動させたのだ。

 きしくも、彼の能力もまたファイブミニッツハンドレットパワー――五分間、身体能力を百倍に引き上げる力だった。

 ドゴンッ!

 ものすごく重い音がして、虎徹の体がくの字に曲がる。

 「ぐふっ・・・!」

 ドッシャアッ!

 ガランガラガランッ!

 バーナビーの蹴りを鳩尾にもろに食らった虎徹は小さなうめきとともに吹っ飛ばされ、ホールの隅に滑って行く。

 気絶したらしく、ピクとも動かない。

 その手から離れた剣が甲高い音を立てる中、キャサリンがまだ発光しているバーナビーに駆け寄った。

 「バーナビーさん!」

 「ミス・グレーデン・・・。

  ご無事ですか?」

 一応、型通りのことを聞くバーナビーに、キャサリンは感動したように身を震わせ、何度も頷いた。

 「ええ!あなたのおかげですわ!

  さすがはヒーローです!」

 ――ヒーローね・・・。

 その賛辞に、バーナビーはこっそり自嘲の笑みを浮かべたが、キャサリンは気付かなかった。

 「それでは、後は警察に任せて、自宅まで」

 「その必要はないわ。」

 バーナビーの言葉をさえぎって、キャサリンが言った。

 「だって・・・『これからあなたは私のディナーになるんだもの。』」

 「え?」

 キャサリンの言ってる意味がわからず、らしくもなく呆けた顔をするバーナビー。

 次の瞬間、キャサリンはその白魚のような細腕からは想像もつかないような怪力で、バーナビーのジャケットの襟首をつかみ上げ、軽々と宙づりにした。

 「なっ・・・?!

  ミス・グレーデン?!」

 「いやだわ、キャサリンって呼んで頂戴、バーナビー。

  いただきます。」

 にぃっと、先ほどまでのはかなげな美貌の面影もなく、キャサリンが嗤う。

 まるで、悪鬼のような形相で、口元からこぼれる歯は鋭くとがったぎざぎざの牙に変貌していた。

 クカッとその真っ赤な唇が開かれた。

 とっさにバーナビーは反射的に彼女の体を蹴った。

 空中にぶら下げられ、体重をうまく乗せられなかったが、それでもハンドレットパワーが発動している上、『キャサリン』をひるませるには十分だった。

 身をひねって拘束を外すと、バーナビーは距離をとった。

 「どうしたんですか?!ミス・グレーデン!」

 「うるさいわね。」

 ギョルリとキャサリンになり済ましていたものがバーナビーを睥睨する。

 しかも、百倍の力で蹴られたにもかかわらず、さしたる痛手を受けたようには思われた。

 悪鬼のような形相に、キャサリンの魅力的な青い双眸はなく、眼孔には白い粘土を思わせる眼球がはまっているだけだ。

 「食事はおとなしく食べられればいいのよぉォぉ!」

 牙をむき出しにし、“キャサリン”が飛びかかってきた。

 考える間もなく、バーナビーはとっさに反撃した。

 ボギィンッ!

 今度こそ、得意の蹴りをほっそりした少女にたたきこんだのだ。

 百倍の力で叩きこまれた蹴り――しかも、ヒーローとして鍛え上げられたそれがヒットしたキャサリンはひとたまりもなかった。

 骨の砕けるような音ともに、明らかに首があり得ない方向に曲がった。

 そのまま彼女は吹っ飛ばされる。

 ・・・かと思われた。

 「いやだわ、何て足癖の悪い。

  ヒーローのくせにマナーがなってないわ。」

 そのまま彼女は両の足でしっかり吹き飛ぶほどの勢いのついた体を踏みとどまると、爪の伸びた両手で首を押さえつけ、元の位置に強引に戻した。

 ボキッゴリボキボキンッ。

 ひどくこった関節の鳴るような音を立てて、“キャサリン”の首が元に戻る。

 できの悪いホラー映画を見ているような非現実的な光景だった。

 思わずバーナビーはひるむが、すぐに次の攻撃を繰り出した。

 しかし。

 パシッ。

 虎徹を一発でノックアウトした蹴りは、“キャサリン”の細腕に軽々と受け止められ、あまつさえ。

 グギンッ!

 「うああああ?!」

 軽く握られただけで足首に猛烈な痛みが走ったバーナビーは、無様に床に転がることとなった。

 百倍に跳ね上がった身体能力がなければ、骨も握り砕かれていたかもしれないが、バーナビーの動きを封じるには十分だった。

 「大げさね。ちょっとひねっただけよ。

  あまりいじるとまずくなるもの。」

 その言葉に秘められているのは、先ほどまでの人間に対する扱いではなく、食材に対する要望であった。

 今度こそバーナビーはぞっとした。

 何とかバーナビーが上体を起こした時には、キャサリンを装っていたものが覆いかぶさるようにその顔を彼に近づけていた。

 『じゃあ、今度こそ』

 「う」

 にんまりと『キャサリン』が笑い、バーナビーが恐怖に絶叫しそうになった。

 「いただきます。」

 「いいや、“お預け”さ。

  この、化け物が。」

 ザシュッ。

 落ち着き払ったその言葉とともに、『キャサリン』の喉笛から銀色の刃が生えてきた。

 「ぎっ・・・がっ・・・?!」

 「よお。」

 ピンクのふわふわしたドレスの後ろから姿を現したのは、先ほどバーナビーが力一杯蹴っ飛ばしたはずの男だった。

 「ぎ、ぎざま゛あ゛あ゛?!

  い゛、い゛づの゛ま゛に゛?!」

 「熊には利かねえが、ホラーには利く死んだふりって奴さ!」

 驚愕する“キャサリン”答えて――つまり、彼は最初から気絶したふりをしていたのである――虎徹は剣を振りかぶった。

 当然そこに貫通されている“キャサリン”も一緒に振りかぶられ、遠心力によってホールの隅に投げられた。

 そうして右手に剣を携えている虎徹はつかつかとバーナビーに歩み寄った。

 「無事・・・じゃねえけど、生きてはいるか。

  悪かったな、助けるのが遅くなった。」

 痛ましげに足を見てから、申し訳なさそうに言った虎徹を、バーナビーは狐につままれたような気分で見上げた。

 「な、何で・・・?」

 「俺もNEXTでな。それもパワー系。

  お前さんが能力を発動した時にとっさに発動したんだ。」

 いたずらっぽくウインクする男の両の双眸は、金とも茶ともつかない琥珀色から、シアンの輝きに染まり、全身が青い光に包まれている。

 「さすがに能力を使ってなかったら危うかったな。

  すげえな。」

 ごまかしもおだてもない純粋な称賛を送ってから、虎徹はバーナビーに剣を持ってない方の手を差し伸べた。

 「立てるか?」

 「な、なんとか・・・。」

 答えてバーナビーはその手をとると、ひねられた方の足に体重をかけないように注意しながら立ち上がった。

 「さあて、ここから先はR指定だ。

  後は俺に任せて、さっさと逃げな。」

 バーナビーから手を離すと、シャンッと剣を構え直して虎徹が宣言した。

 「ちょっと待ってください!

  いくら彼女が乱暴してきたからって、そんなものを持ち出すなんて」

 「言ったろ。

  あいつは人間の皮をかぶった化け物だ。」

 あわてるバーナビーに虎徹は、よろよろと身を起こす“キャサリン”から目を離さないようにしながら答える。

 「NEXTかも」

 「NEXTが人間を食うかよ。

 だいたい首の骨が折れても平気だわ、能力を発動せずにあんなことができるわ、異常すぎるだろ。」

 なおも制しようとするバーナビーに、苦虫をかみつぶしたような顔で虎徹が答えた。

 その言葉に、バーナビーはけげんな顔をしながら“キャサリン”に目を向け、今度こそ絶句した。

 “キャサリン”は悪鬼のような形相のまま、体のあちこちから赤黒い肉の触手を生やしているのだ。

 しかも、能力を発動したNEXTはシアン色に発光して目の色も青く光るというのに、まったくそんな様子が見えない。

 「この、魔戒騎士がぁぁぁ!」

 「ちゃんと逃げろよ!

  警告したからな!」

 今度こそ、虎徹は剣を構え一直線に“キャサリン”めがけて突進した。

 発動したままの能力のため、シアン色の軌跡を描き、白いコートの裾を翼のように広げ、まっすぐに。

 「つおおおお!」

 「くそったれぇぇぇ!」

 ダンッ!

 気合とともに虎徹が踏み込む。

 “キャサリン”も負けじと体中の触手の先に鋭い鉤爪を生やし、虎徹を射抜かんとその切っ先を彼に向けた。

 ガギギギギギギギィィンッ!

 そのことごとくが虎徹が手にした剣によって弾かれ、防御される。

 そればかりか、鋭いかぎづめは斬り落とされ、黒ずんだヘドロのような液となり、白い大理石の床に飛び散る。

 気のせいだろうか、虎徹は液を浴びないように気をつけているようだった。

 バーナビーはというと、逃げろと言われても(新米とはいえ)ヒーローという立場上「はい、わかりました」というわけにもいかず、好奇心も手伝って、ひねられた足が痛むという言い訳をつけて、柱の陰からこっそり二人の戦いを見守っていた。

 「おおおっ!」

 気合とともに繰り出された剣撃を、“キャサリン”はかがむように避けると、そのまま口を開いた。

 ギョベラァァァァ!

 先ほどのようにまたしてもそこから赤黒い触手の束が伸び、虎徹目がけて肉薄する。

 その時だった。

 虎徹が一層眼差しを鋭くして剣先をおろすと、まるで腰に鞘があるかのように剣を収めるような仕草をした。

 次の瞬間。

 ヒュンパッ!ザシュンッ!

 一閃。

 抜刀の動作によって勢いがついた斬撃が、迫りくる触手をいっしょくたに斬り飛ばした。

 「く・・・人間風情がぁぁぁ!!!」

 とうとう『キャサリン』が激怒した。

 「思い知れぇぇぇ!!!」

 ギャルルルルルッ!

 新たにその体のあちこちから生えた触手が、『キャサリン』のドレス姿を繭のように包み込んだ。

 グアンッ!

 勢いよく触手の束が開かれた。

 現れたのは異形――キャサリン=グレーデンのかわいらしい容姿の面影はもはやどこにもない、おぞましい姿だった。

 かろうじて人型のシルエットはしているようだったが、その全身は漆黒の鱗に覆われ、ところどころから鋭い鉤爪のついた触手を生やしている。

 悪鬼のような形相の顔は、かろうじて女性の面影――不自然に血色の悪い口元が露出し、ぽってりした赤い唇だけがやけに目立った。

 こんなものが人間であるはずが・・・まして、NEXTであるはず、絶対にない。

 息をのむバーナビーをよそに、虎徹は全く動じた姿を見せなかった。

 既に能力の発動時間はタイムリミットを迎え、その体からはシアンの輝きは失せている。

 いくら武器を持っているとはいえ、あんな化け物相手に、能力もなしにどう立ち向かうというのだろうか。

 「ワイルドに吠えるぜ!」

 吠えて虎徹は中指にはめた指輪を剣の刃に滑らせる。

 そうして今度はその剣の切っ先を頭上に向けるとヒョウッと円を描いた。

 すると、その軌跡が金色に輝き、虎徹の姿を包みこむ。

 あまりのまぶしさに思わずバーナビーは目を細めた。

 次の瞬間光の中から現れた虎徹の姿に、バーナビーはまたしても息をのむ羽目になった。

 金色の、虎。

 とっさにそう思った。

 虎を模した金色の鎧を纏っている。

 兜の目の部分は翡翠をはめ込んだような碧色で、虎徹が持っていた長剣も気のせいか、刃が一回り大きくなり、鍔飾りがついたような気がする。

 ――・・・?

 ほんの、一瞬。

 バーナビーはその姿に慨視感を覚えた。

 ――どこかで・・・?

 しかし、その逡巡は一瞬のことだった。

 怪物が今度は目にもとまらぬスピードで触手を繰り出す。

 負けじと金色の騎士はそのすべてを剣ではじいて肉薄する。

 怪物が地を蹴って、ホールの天井近い壁に足をつけ、三角跳びの要領で騎士に殴りかかった。対して騎士も地を蹴り、怪物に斬りかかった。

 ザゾンッ!

 たったの一撃で怪物の体中から生えていた触手の一部と右腕がゴトンと地についた。

 『ーーーー!!!』

 怪物の悲鳴が上がる。

 人間には発音不能な、ぞっとするような言語だった。

 斬ッ!

 今度こそ、騎士の携えた長剣の一撃は、怪物を頭から真っ二つにしていた。

 ビシャンッ!

 怪物の骸から、黒ずんだヘドロのような血があふれる。

 ビチャチャッ。

 「うわ!」

 ハッとした様子で、騎士は声の上がった方に兜を向けた。

 見ると、そこには柱の陰から頭だけを突き出していたらしいバーナビーの白い頬と、とっさに庇おうとしたらしい手の甲に、怪物の返り血が何滴か飛び散っている。

 バーナビーの鼻をこの世のものとは思えない凄まじい悪臭がついた。

 「何ですか、これ・・・?!

  気持ちの悪い・・・!」

 怪物がいなくなって安心しているからだろうか、特に不安や恐怖はなさそうな様子で、バーナビーは不快そうに眉をしかめながら綺麗な方の手の甲で頬についた血糊を拭おうとした。

 しかし、その直後、血糊は音もなくすうっと消えてしまった。

 「え・・・?」

 何が起こったのやらと言った様子でぱちぱちと目を瞬かせるバーナビー。

 怪物の死体もザアっと音を立てて砂となり、空気に溶けるように消えてしまった。

 ガシャンッ。

 ガラスの割れるような音を立てて、虎徹の体から金色の鎧が光の粒子となって消えた。

 虎徹は真っ青な顔で、ついでに言うならこれでもかというほどひきつりまくった表情でバーナビーを見やった。

 「何でいるの?!

  逃げろっつったよね?!俺!」

 先ほどまでの見事な戦いぶりはどこへやら、三流コメディアンのやりそうな大げさな仕草でバーナビーを指差しながら、虎徹が怒鳴った。

 「あなただけ置いて逃げるわけにはいかないんですよ、おじさん。」

 「おじさ・・・?!

  いやそれよりもブツブツブツ・・・。」

 よろよろと立ち上がり、厭味ったらしく言ったバーナビーに虎徹はショックを受けたような顔をするが、それも一瞬のことで、すぐに深刻そうに考え込みながらバーナビーをじろじろと眺める。

 「助けてくれたことには礼を言いますよ。

  それよりも、あれは何ですか?

  いいえ、まず第一に、貴方が何者か聞いていませんね、貴方は何者ですか?おじさん。」

 矢継ぎ早に質問を投げかけるバーナビーに虎徹は答えなかった。

 ややあって。

 クハアッと深々とため息をついて虎徹はその顔から一切の表情を消す。

 「悪いな。」

 シャンッ。

 鎧とともにしまわれたはずの剣の切っ先がバーナビーに向けられる。

 「恨むなら自分の不運を恨んでくれや。」

 剣が振りかぶられる。

 バーナビーはとっさに逃げようとしたが、足が痛みひるんでしまったところに、先ほどの仕返しとでも言うかのように腹に強烈なパンチを受け、昏倒してしまった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 『どうすんだよ、虎徹。

  “返り血付き”は殺さなきゃいけない掟だぜ?』

 「ザルバぁぁぁ。

  やっぱり俺にはそんなことはできねえよぉォぉ。」

 街灯の照らす薄暗い道を、大きな影が一つゆらゆらと歩んでいく。

 白いコートにハンチング帽をかぶった虎徹が、気絶している様子のバーナビーをおんぶして、夜道をえっちらおっちらと歩んでいく。

 『だいたいこれで二度目だろ?お前・・・。

  いい加減にしないと、“番犬所”に何て言われるか・・・。』

 愚痴愚痴とこぼすしわがれた声は、虎徹自身から――いや、よく聞けば、背負ったバーナビーの腿に回した左手から聞こえてくる。

 よく見ると、虎徹の左手には指輪が二つはめられている。

 一つは、薬指にはめられた、シンプルな銀色の指輪。

 もう一つが、中指にはめられた、髑髏を模したような指輪だった。

 「ええと・・・そうだ!

  “餌”!ホラーに対する“餌”って言っときゃ」

 『前もその言い訳使ったぜ?』

 指輪に刻まれているどくろが、ハクハクと口を動かしてしゃべった。

 「だっ!」

 まずいなあと言わんばかりに、虎徹は顔をしかめた。

 「~~っ。

  まあ、何とかなるか!」

 『結局成り行き任せか。

  ケケッ、虎徹らしいぜ。』

 二人と一つは、そのままネオンサインのまばゆい大通りに消えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 辺り一面に満ちる炎の海。

 かけっぱなしのオーディオから流れるのは、甲高いオペラ。

 幼い少年は茫然と座り込んで目の前の光景を眺めているしかできない。

 炎の海となっているのは、格調高いインテリアに飾られていたリビングだった。

 フローリングに倒れているのは、代わり果てた愛しい人たち。

 そして、炎の海の奥で、誰かが笑う。

 顔がよくわからない。

 もう少しで見えそうなのに。

 ゆっくりと、それが振り向いた。

 

 

 

 「うあああああああああっ!!!」

 絶叫とともにバーナビーは跳び起きた。

 「うわっちょっ、大丈夫か、お前。」

 冷や汗でびっしょり湿った額を拭おうとしたバーナビーは、脇から話しかけられ、とっさに振り向いた。そこにはベッドの脇に座って、恐る恐ると言った様子で彼を眺める虎徹がいた。

 「あなたは・・・!」

 「おー、大丈夫か?

  随分うなされてたようだったけど?」

 「余計なお世話です。」

 つっけんどんに言い返して、バーナビーは周囲を見回した。

 やけにインテリアの少ない殺風景というよりもさびしい寝室。キングサイズのベッドだけがその存在感を主張する。

 視界がぼやけていることから、バーナビーは自分が眼鏡をかけていないことを悟った。

 眼鏡を探すバーナビーをよそに、枕もとにいる虎徹は、白いコートを脱いでコート掛けにかけているため、その下の黒いレザーのような服が細身の体躯を目立たせる。

 ごそごそしているバーナビーに、眼鏡のことを悟った虎徹はベッドヘッドに畳んでおいた眼鏡を渡した。

 「僕の家・・・?

  いつの間に・・・?」

 改めて眼鏡を装着して、自分の居場所を正確に把握し、バーナビーは困惑した。

 バーナビーが住んでいるのはゴールドステージの一等地にあるマンションだ。防犯セキュリティはもちろん、どこぞの一流ホテルのようにコンシェルジュもいる、一級中の一級物件である。

 「すげえなー。こんな豪邸住まいなんて。」

 「何を勝手に人の家に上がりこんでるんですか?!」

 きょろきょろと見回す虎徹に対し、バーナビーは怒鳴っていた。

 ――この人、どうやって家に入りこんだんだ・・・?!

 家の鍵は自分が持っていたからとしても、マンションに入り込むには、エントランスにある端末にキーコードを入力しなければならない。

 この男はどうやってそれを知ったのか。

 「悪かったって。

  あ、足は一応応急処置しといたけど、ちゃんと医者に診てもらえよ。じゃあな~。」

 すっくと立つと、虎徹はドアへ行く前にコートを手にとろうとコート掛けに向かおうとした。

 が。

 「待ってください。」

 グイ。

 とっさに虎徹の左手を捕まえることにしたバーナビーは逃がすまいというように鋭い眼差しで虎徹を見上げた。

 「あなた、何者ですか?

  あの化け物は?

  もちろん、答えてくれますよね?」

 「え・・・?

  な、何のことかなぁ?

  俺、おじさんだからわかんな」

 みしぃ・・・。

 冷や汗とともにあからさまに視線を外してへたくそなとぼけ方をする虎徹に、バーナビーは能力を発動して、とらえている左手を握る力を(ほんの少し)強めた。

 どうやら、あれから確実に一時間は経ったらしい。

 「いだだだだだだだ!

  砕ける砕ける!おじさんの左手がボッキリ砕かれる!」

 「答えてくれますよね?」

 語調を強めたバーナビーにごまかすことをあきらめた虎徹は深くため息をついたのである。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「ホラー?」

 「俺達はそう呼んでる。」

 寝室以上に殺風景なリビングに移動し、二人は改めて向かい合っていた。

 バーナビー宅のリビングは殺風景を通り越して無機質としか言いようがなかった。

 バーナビーのパーソナルカラーである赤を基調とした装飾――だんだんになった床と壁一面にプリントされたハイビスカスだ――はともかく、一人がけの椅子とそれに付随するテーブルがポツンとあるだけだ。

 テレビは映画のスクリーン並みの大画面のはめ込み式なので、ますます無機質さに拍車をかけていた。

 家主であるバーナビーがいすに座り、虎徹は段々になっている床にじかに腰をおろしていた。

 カーテンすらない窓からは、シュテルンビルドの見事な夜景を一望できる。

 さすがは一級中の一級マンションである。

 「聞いたことがありませんね。」

「そりゃそうだろ。人間に化けて人間を食ってる化け物が徘徊してるなんて公になったら、パニック間違いなしだぜ。」

 ここで虎徹は一息置くと、胡散臭げなバーナビーに再度説明し始めた。

「あれだ。ほんとはそんなつもりなかったのに、ふとした拍子に悪いことをついつい考えたり、フラフラァッとやっちまうこと、あるだろ?」

 「・・・“魔が差す”ですか?」

 「そう!それ!」

 パッと表情を輝かせる虎徹に対し、バーナビーは胡散臭げな態度を崩さなかった。

 「・・・語彙力ないですね、おじさん。」

 「うっせ。だいたい俺は“おじさん”なんて名前じゃねえ。

  鏑木・T・虎徹っつう立派な名前があるんだよ。

  ・・・あれ?何話そうとしたんだっけ?」

 「もうボケたんですか、おじさん。“魔が差す”がどうかしたんですか?」

 「だっ!まだそんな年じゃねえっつの!

  ええと、奴ら――ホラーはその“魔が差した”人間につけいるんだよ。

  人間の暗い欲望や感情につけいって、その人間に憑依してなりすます。

  んで、隙を見て他の人間を喰っちまうんだ。

  さっきのお嬢さんも、そのクチだ。」

 「待ってください!」

 思わずバーナビーは声を張り上げていた。

 「それじゃあ・・・あれは・・・本物の、キャサリン=グレーデン嬢だったんですか?!」

 「・・・残念ながら。」

 痛ましげに目を伏せた虎徹に、バーナビーは掴みかかっていた。

 「何やってるんですか、あんた!

  人を殺したんですよ?!

  何でそんなへらへらしてられるんですか!!」

 『その辺にしとけ。』

 唸るような声が、どこからともなく発せられた。

 「だ、誰だ?!」

 虎徹から手を離して周囲を見回すバーナビーに、虎徹は咎めるような視線を、左の中指にはめた指輪に向けた。

 「ザルバ・・・。」

 『言われっぱなしとは情けないぜ、虎徹。

  こういう坊やには、ちゃぁんと言い聞かせてやらねえと。』

 からかうよな声に、バーナビーはむっとした。

 「僕は坊やじゃない!バーナビーです!

  どこにいるんですか?!姿を見せろ!」

 「『最初っからいるって。」』

 虎徹の声と、姿なき声が重なった。

 すっと虎徹が左手を持ち上げ、手の甲をバーナビーに見せた。指輪の台座に彫り込まれている髑髏が笑う。

 『そういう反応が坊やなんだよ。坊や。』

 「!!?」

 バーナビーは大きく目を見開いたが、すぐにすっと目を細めると、じろじろと指輪を見やった。

 ややあって。

 「よくできたおもちゃですね。

  いいえ、スピーカーか何かを内蔵してるんですか?

  それともこれ自体が小型のPDAですか?」

 「おもちゃ・・・。」

 『てめっ!この魔導輪ザルバ様を捕まえて、言うに事欠いておもちゃだと?!』

 思わず肩を震わせて笑いをこらえる虎徹に、その中指でザルバが喚いた。

 「まどうりん・・・?」

 「そ。ほんとに生きてるの。ちゃちい仕掛けとかないからな。」

 頷いて虎徹は左手を引っ込めた。(指輪はいまだにギャーギャー喚いている。)

 「他に何か質問は?バニーちゃん。」

 「は?」

 自分は何かおかしな呼ばれ方をされなかったか?

 思わず聞き返したバーナビーに虎徹は平然と言った。

 「バーナビーって呼びづらいだろ?だから縮めてバニーちゃん。」

 『ぶはっ!ウサちゃん〈バニー〉か!

  ナイスネーミングだぜ、虎徹!』

 ザルバの揶揄に、バーナビーはカッと眉をつり上げた。

 「僕はバニーじゃありません!バーナビーです!

  だいたい!誰がウサギですか!」

 「ほら、前会った時のヒーロースーツ。

  赤くてお耳が長かったじゃねーか。

  さっきはピョンピョン跳ねてたし。」

 両の手を頭の上にやって兎の長い耳を連想させるコミカルなジェスチャーをする虎徹に、ザルバが笑う。

 『確かにそりゃ兎だな。ケケケ。』

 揶揄する一人と一つにとうとうバーナビーの堪忍袋の緒が切れた。

 「出てってください!」

 「そう怒るなよ。

  まあ、今日はいろいろあったからな。

  体に気をつけてゆっくり休めよ、バニーちゃん。」

 「僕はバニーじゃありません!バーナビーです!」

 バーナビーの怒声を背に受けるものの、飄々とした態度で小さく振り返り、ひらりと手を振って虎徹は出て行った。

 バーナビーが煙に巻かれたと感じたのは、それから少し後のことだった。

 

 

 

 この時、彼はかけらも予想にしていなかった。

 この奇妙な夜が、その後の彼の人生すら一変させることになろうとは。

 思いもしなかったのだ。

 

 

 

 

 #1END

 GO TO NEXT!

 

 




 よお!虎徹が指輪にしてる方、ザルバだ。
 やれやれ、ドジっちまったなあ、虎徹。
 厄介な兎ちゃんの面倒も大変だが、
 娘の応援にも行ってやらないといけないとは、父親ってのは大変だな。
 おっと、だからってホラー退治をさぼる言い訳にはならないぜ?
 次回、“陰我”。
 ワイルドに吠えてやれよ!虎徹!
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