牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 それでは、魔のマベ事件篇に突入の第18話を投下します。
 冒頭はいつも通り、マベと暗黒騎士と法師による悪巧み。お前らいい加減にしろ。特にマベ。お前は指示された以上のことをやりすぎ。
 今回何がきつかったかって、久しぶりのオールヒーローズなのに、みんながおじさんに厳しくて、書いているだけでSAN値がガリゴリ削れていくってところでした・・・。
 みんな記憶のついでに、思考パターンもいじられてるんじゃないですか?!
 書いてくうちにどんどん辛くなっていくから、清涼剤代わりに外伝の方からモブを出張させたり、トニー君をちらっと出したりしました。
 アニメでも思いましたけど、おじさんはもうちょっと反撃してもよかったと思います。逃げ回るだけが相手を思いやることじゃないと作者は思うのです。
 やっぱりきつくて青薔薇さんを清涼剤代わりに投入したら、ここぞとばかりにいい子っぷりを発揮。虎薔薇っぽくなりました。やっぱり作者は彼女に何か夢を見ているようです。
 そして、何かされたっぽいイワン君とアンドロイドがタッグを組んで登場。おじさん超逃げてぇぇぇ!あ、アンドロイドの着てるスーツは、海老ちゃん(ダークネスタイガーっていうらしいですね)仕様でお願いします。
 もうだめポ。作者が力尽きそうになった時に、ようやく満を持してルナ先生が降臨してくださいました。ルナ先生の口調がいまだによくわからないんですよねー・・・。
 この話を書いて、案外ザルバとルナ先生っていいコンビかもしれないって思いました。
今回全般的にアクション要素が多くて、大変でした。ヒーローズ、イワン君も一緒に早く正気に戻れぇぇぇ。そして恩を仇で返したおじさんに謝れぇぇ


#18 逃竄

 謂れなき罪業を背負う者、

 嘲罵と恨殺の陰我の狭間にその身を堕とす。

 暗黒の淵に堕ちたる同胞に追われ、

 残傷の身で、久遠の絆の在り処を嘆かん。

 

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第二十三節より

 

 

 

 

 

  #18. 逃竄~ひっくり返った虎の世界~

 

 

 

 

 

 バウッ!

 『きゃあああああっ!!』

 青い目の少女、ベルが悲鳴を上げながら、胸に大穴を開けて倒れ伏し、あっという間に白い砂となった。

 赤い目の少女、ローズはすでに魔導火に焼かれ、“秩序の結界”の片隅で灰になっている。

 『バカな・・・!』

 緑の目の少女、ケイル――三神官の最後の一人、上級ホラー“ガルム”の最後の一人は、信じられない者を見る目で、目の前で悠々とたたずむ黒いローブに白い仮面をつけた男――布道ラムダを見つめた。

 『わ、我らはあなた方に協力するといったはずだ!

 そのために魔界へ送還するはずの“封魔剣”を差し出し、あなた方のことを“元老院”にも伏せてきた!

 なぜ・・・こんなことを?!』

「フ・・・。」

 ラムダはその言葉を鼻で笑った。

 「そんなことは簡単だ。お前たち・・・いや、お前が信用できないからだよ、ガルム。」

 『何?!』

 「“ガルム”は日本の東の“番犬所”で、謀反を起こしている。

 黄金騎士冴島鋼牙と、暗黒騎士バラゴ、双方を利用して、小賢しくもメシアの力を手に入れようとした。同じ名前を持つお前が同じことをしないとどうして言い切れる?」

 『言いがかりを・・・!』

 こじつけとも取れるラムダの言葉に、ケイルは忌々しげに顔をゆがめた。

 「そうだ。これは言いがかりだ。もっと単純に言うなら」

 くすっとラムダは口元をしならせ、続けた。

 「用済みだからだ。戦力は足りている。

  何より、“女神”はおっしゃられた。“番犬所の犬は要らない”とな。」

 『くっ・・・つああっ!』

 バウッ!

 ケイルは、最後の抵抗と言わんばかりに、“力”を放った。

 それは見えざる衝撃波となり、ラムダに向かう。

 ガツッ。カシャッ。

 衝撃波はラムダの顔上半分を覆っていた白い仮面を弾き飛ばした。

 その下にあった容貌を見た途端、ケイルは息をのんだ。

 『貴様?!』

 「フ・・・ククク・・・。

  いいだろう?これ。」

 後ずさるケイルをよそに、ラムダは仮面に隠れていた顔を撫で、くすくすと笑った。

 『狂っている!貴様は!!

  何というおぞましいことを!!』

 「はははは!裏切りの神官の口から、狂気という言葉が聞けようとは!」

 罵るケイルに、ラムダは今度こそ魔戒筆の穂先を向けた。

 『くっ・・・いずれ貴様もその身を滅ぼすぞ!

  所詮は闇の手の上で踊らされている駒の一つにすぎぬのだからな!

  お前も!この私も!』

 「何とでも言うがいい。」

 ケイルの叫びに、ラムダはせせら笑った。

 負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。

 「では、ごきげんよう。」

 

 

 

 

 

 「やっと入れた・・・。」

 イワンは薄暗い通路を、奥――三神官のいる“秩序の結界”へ向かって歩いていた。

 ここ数日でまたホラーを狩ったから、いい加減退魔の双剣の浄化をしたい。それに、三神官に探りを入れたい。

 まだ元老院に何も言ってないようなら、いい加減別の街の番犬所へ出頭することも考えなければ。

 ヒタッ。

 突然、イワンは足を止めた。

 何か・・・異様な空気が周囲に満ちている。

 足を速め、“秩序の結界”の前にたどり着いたイワンは、絶句した。

 その足元にごろりと転がるのは、三神官の世話役である、コダマの首だった。

 残りの三神官の姿は、どこにもない。定位置のブランコの下に、ただただ白い砂が散らばるだけだ。

 白い、砂。ホラーに憑りつかれた、人間の末路。

 「これ、は・・・!」

 『イワンッ!』

 絶句するイワンの胸で、シルヴァが叫んだ。

 キュドッ!

 「うあああっ?!」

 青白い閃光が、背後から彼の胸を貫き、イワンはそのまま倒れ伏した。

 いつの間に背後に立ったのか、白い仮面をつけ直したラムダが、口元を笑みの形にしならせ、魔戒筆をもてあそびながら言った。

 「こちらの下ごしらえは完了だ。

  間抜けな魔戒騎士、せいぜい舞台を盛り立ててくれ。」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 アルバート=マーベリックは、震えながら言われるままに、倒れ伏した者たちの記憶を次々書き換えていった。

 ロックバイソン、ファイアーエンブレム、スカイハイ、ドラゴンキッド、ブルーローズ・・・。加えてプロデューサーのアニエス=ジュベールを加えたHERO TV関係者のものも、まとめて全部だ。

 特定人物に関する記憶を丸ごと書き換え、なかったことにする。

 こんな大人数に対して大がかりなことをするのは初めてだった。しかし、やらなくては。

 でないと、バーナビーの命が危ういのだ。

 友切とかいう男に言われるままに、次の企画に対するパーティーと称して、ヒーローズをはじめとした彼らを集め、睡眠剤入りの食事で眠らせ、今記憶を書き換えている。

 並行作業として、シュテルンビルト中にある、対象人物――鏑木・T・虎徹のデータも削除するよう、部下たちに指示した。

 戸籍、住民票をはじめとした重要情報から、携帯電話の契約や銀行口座、細かいものならビデオレンタル店のカード情報に至るまで、全部。全部だ。

 もう後戻りなどできない。この男をヒーローたちに倒させれば、自分とバーナビーを解放すると、友切は言ったのだ。

 やるしかない。今度こそ、バーナビーを自由にするんだ。

 「こちらも完了だ。問題ない。」

 音声を飛ばす小さな羽虫型の魔導具に声を吹き込み、友切はそれを空に放つ。

 パリン。

 会場となっていたホールの窓を割り、翅を耳障りに振動させ、鋼色の羽虫は声を乗せて飛び立った。

 「連れてきました。」

 替わって会場に入ってきたのは、マーベリックにつき従っている黒いスーツにサングラスの二人組――通称エージェントである。

 二人は、憔悴した様子のサマンサを後ろ手に拘束し、引きずるように連れてきた。

 生きていてくれた。

 ほっとするマーベリックをよそに、友切はサマンサに視線を移した。

 「あ!」

 サマンサは目を見開き、友切に駆け寄ろうとするが、エージェントに捕まえられ、それもできない。それでも彼女は、困惑混じりの視線を彼に向けた。

 「彼が・・・奥様と旦那様を殺したと・・・。」

 サマンサが口を開いた。困惑しながらも、はっきりした口調で、虎徹に向けていたような狂気と殺意にまみれたモノではなく、彼女本来のものだった。

 「私の願いに、あなたは同意してくださった。

  復讐しろと。そう言って力を下さった。」

 サマンサの脳裏を、虎徹に破壊された小銃――FNブローニングM1910と、それに装填する“魔弾”を受け取った時のことがよぎる。

 「ですが・・・彼は本当に旦那様と奥様を殺した下手人なんですか?」

 真剣な表情で己を怒り、自分がやったということでもいい、バーナビーのことを考えろと怒鳴った中年の男の姿を思い浮かべ、サマンサは言った。

 「私の記憶は正しいんですか?!

  復讐して、それで坊ちゃんと私が救われると」

 ザビュッ。

 「あ・・・?」

 なおも言いつのろうとするサマンサの胸を、漆黒の刃が貫いた。

 「やかましい。貴様はもう、用済みだ。」

 吐き捨てて、友切はサマンサを貫いていた黒塗りの長剣を引き抜いた。

 そのままサマンサは崩れ落ちた。

 「後始末をしろ。」

 「わ、わかった。」

 背を向けて、こちらを見ることなく言った友切に、サマンサの死から目をそらしたマーベリックはかくかく頷くと、エージェントたちに視線を向け、頷いて見せた。

 黒ずくめたちは、そのままサマンサの遺体を引きずるようにホールから運び去る。

 そうして、友切は言った。まるで、歌うように。

 「来るがいい、“牙狼”。

  勝負〈コール〉だ。」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 虎徹は走っていた。

 一点の光すら存在しない、無明の闇の中を。

 息を切らして走り続けていた。

 はるか遠くによく知ってる背中が二つ見える。

 虎徹は二人の名を呼んだ。

 「楓!バニー!」

 しかし、二人はちらっと振り向いて冷たい目で虎徹を見ただけだった。

 「パパなんか大っ嫌い!そんなに仕事が大事なら、ずっとお仕事してたら!?

  もう知らない!どっか行っちゃえ!」

 「・・・最低だ。

  信じてたのに。」

 二人はそう言い捨てると、闇に溶け込むように消えてしまった。

 「待ってくれ!」

 虎徹は懸命に走りながら手を伸ばす。

 だが、唐突に虎徹はつんのめって倒れこんだ。

 ちがう。誰かが足首を掴んでいる。

 『刻印を刻まれし者よ。』

 闇の中で誰かがささやいた。

 『いずれ死ぬ者よ。』

 別の声がささやく。

 『迎えに参った。』

 「ふざけんな!」

 虎徹は怒鳴った。

 めきめきと周囲の闇が腕の形を持って虎徹を取り囲み、彼の四肢を抑え込んでいく。

 虎徹は必死に振りほどこうと抵抗する。

 『無駄な抵抗を。』

 『お前の望みは断たれた。もう、何もない。』

 「俺にはまだやることがあるんだ!」

 虎徹は必死にもがこうとした。

 『刻印が発動した。お前は死ぬのだ!』

 ビシィッ!

 声とともに、虎徹の胸――“破滅の刻印”が刻まれたそこを中心に、体に無数のヒビが入る。

 パギンッ。

 魔戒騎士は、粉々に、砕け散った。

 

 

 

 

 

 「っ!」

 悲鳴を喉の奥で噛み殺し、虎徹は大きく目を見開いた。

 ざわざわという喧騒に、自動車の音、シュテルンビルトの、街並みの音。

 「いだだだ・・・。」

 どうやら、あのまま公園のベンチの上で一晩過ごしてしまったらしい。

 唸りながら身を起こすと、凝り固まった関節がバキバキいう。

 冬場というのに風邪をひかずに済んでよかった。それに、一晩寝たせいか体力は回復しているし、治療のおかげで怪我も完治している。

 寝起きに見た夢のせいで、気分は最悪だが。

 『やっと起きたか、虎徹。』

 ザルバがふてくされたように口を開いた。

 「おう、悪いな、ザルバ。」

 謝った虎徹に、ザルバはしばしためらい、ややあって尋ねた。

 『・・・うなされてたようだが、大丈夫か?』

 「へーきへーき!ちょっと夢見が悪かっただけだって!」

 ヘラリと笑い、虎徹は立ち上がった。

 血がにじんだ左肩は、モスグリーンのシャツがドス黒くなっているし、スラックスは黒だから色こそ目立たないものの、ガヂガヂになっている。

 ついでに連絡抜きの朝帰り。

 ああ、またマックスに怒られる。

『旦那様、あれほど心配しますから、外泊の際はご連絡を入れてくださいと申し上げたはずです。

 しかもお怪我までして、なお連絡なさらないなんて。

 それが忠実な執事に対する仕打ちですか。悲しくなってまいります。』

 眼鏡をとって、涙をぬぐう真似をする執事の幻影が脳裏をよぎり、虎徹はげんなりした。

 『けけっ。まあ、頑張って怒られろ。』

 「へいへい。朝っぱらからベンさん来てくれるかな~。」

 ぶつぶつ言いながら、虎徹は懐からスマホを取り出し、なじみのタクシーの運転手に連絡を入れようとしたが。

 「あれ?」

 スマホのアンテナ表示が圏外になっている。

 どうしたのだろうか?しばし虎徹はスマホを持ってうろうろと公園を回るが、アンテナが回復する兆しは全くない。

 「壊れたかな?」

 首を傾げる虎徹。

 虎徹のスマホはホラー退治にももっていくことが多いので、持ち主の無茶苦茶についていけなくなって不具合を起こしたのかもしれない。

 「後で電話屋に持っていくか・・・。」

 一人ごちて彼はスマホを再びしまい、鞘袋を担ぎ直して歩き出した。

 血のシミがついたシャツを着た男をモノレールに乗せてくれるかは疑問だが、駅前ならタクシーを捕まえやすいだろう。

 

 

 

 

 

 ビーッバタンッ!

 『エラー!未確認のIDです。』

 料金カードをスキャンして改札を通り抜けようとした虎徹(運が悪いのか、タクシーは一台も捕まらなかった。)は、警告音とともに改札が閉まり、目を点にした。

 早朝であったせいか、虎徹以外人通りが少なく、迷惑がかかってないのが慰めだろう。

 「あれ?」

 「どうしましたか?」

 首をかしげ、財布に入ったままの料金カード(sui●a的ものと思ってください)を見やる虎徹に、駅員が歩み寄った。

 「あ、すんません。俺の変みたいで。」

 へにゃりと困ったように笑う虎徹だが、その顔を見るなり、駅員は凍りついたように大きく目を見開いた。

 「?

  あの」

 「うわあああああ!!警察ぅぅぅぅ!!」

 首を傾げ虎徹が問うより早く、駅員はもんどりうって逃げ出しつつ叫んだ。

 「え?

  なんで?」

 「動くなぁ!」

 ザカザカッ!

 駅の構内で、茫然とする虎徹を、警備員たちが警棒を振りかざし、取り囲む。

 「な」

 虎徹はもう目を白黒させるしかない。

 「何がどうなってんだよぉぉぉ!?」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『昨夜午後十時ごろ、シルバーステージ在住のサマンサ=テイラー(××歳)の遺体が同地区の区立図書館のロビーで発見されました。』

『どうやら剣のような鋭利な刃物で胸を一突きにされたことが死因とみられます。』

『図書館に設置された防犯カメラの映像から、容疑者は、鏑木・T・虎徹(三十八歳)と判明しました。』

『容疑者は、閉館後の図書館に被害者を呼び出した後、殺害。

 現場となった図書館の職員たちも連絡が取れず、安否が気遣われます。』

『警察の方では、動機は怨恨によるものと断定しています。』

『こちらが、その証拠の音声です。』

 『“あなたが!二十一年前のあのクリスマスの夜!

 旦那様と奥様を殺したんです!”(テロップでサマンサ女史と思われると入る。)

 “そうだ。俺がやった。”(テロップで鏑木と思われると入る。)』

『図書館の防犯システムの録音音声です。』

『二十一年前のクリスマスといえば、バーナビーのご両親をジェイクが殺害した夜ですよね?え?犯人はジェイクじゃなくて、鏑木何とかってやつだったんですか?!』

『OBCはヒーローの出動を決定しました。』

 

 

 

 

 

 

 「ハッハハハハハ!!最高だ!

  脚本段階ではイマイチかと思ったがなかなかどうして、面白い展開じゃないか!!」

 設置されたいくつものモニターからバラバラに流れるニュースやバラエティ番組をつれづれに流しながら、ラムダは腹を抱えてソファの上で転げまわっていた。

 「そういえば、あの証拠の音声とかってのは?」

「合成だ。あの図書館に仕掛けていた盗聴器から、必要な部分だけを切り取って、編集したらしい。」

 ひーひー言いながら、ラムダが尋ねると、友切は彼の膝枕で眠り続けるバーナビーの頭を、壊れ物にそうするように撫でながら言った。

 「私がやったわけじゃない。

  あの男が勝手にお膳立てしただけだ。

  私が用意したのはおおざっぱな筋書き〈プロット〉だけだ。

  演出も、脚本も役者も、ほとんどすべて、あの臆病ものが勝手に用意しただけだ。」

 「そうするよう仕向けたくせに。」

 「・・・否定はしない。」

 にやにやしながら言ったラムダに、友切はしれっと答えた。

 「さて。どうする?

  心開いた“仲間”に、“執行妨害による排除権”を用いてその剣を向けるか?

  それともおとなしく殺されるか?

  楽しませてくれ。」

 モニターの中で、吹き飛ばされそうになった公衆電話から飛び出した虎徹が、スカイハイの竜巻攻撃から逃げ回っているのが映る。

 必死に口を動かし、何事か叫んでいるようだが、マイクまで届かないようだ。

 「ぷはっ♪無様♪

  あれが、最強の魔戒騎士?威厳ガタ落ちだな。」

 「まだだ。まだこんなものではない。」

 再び口元を抑え笑いをこらえるラムダに、友切は首を振った。

 「まだまだ苦しんでもらうぞ、“牙狼”。」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ニル=ラグナイトは、掃除機をかけていた。

 日系の血の入った夫は何かと綺麗好きなので、掃除はまめに行っている。

 十年前は、アポロンメディア傘下の出版社で、腕利きの編集者としてバリバリ働いた彼女も、今は野暮ったいどこにでもいるオバサンだ。

 ・・・もっとも、オバサン呼ばわりされたら、まだ若い!と怒るだろうが。

 ジリリリリン。

 ああ、やってきた。

 掃除機を置いて、彼女はエプロンを取りながら玄関に向かう。

 シルバーステージならありきたりな、こぎれいなフラットが彼女の一家の住まいだ。

 「は~い。」

 チェーンロックを外さず、彼女は扉を開けた。

 「失礼。」

 立っていたのは、青い制服を着こんだ、警官だ。

「この近辺に、狂暴な殺人犯が逃げ込んだらしいのですが、何か見聞きしてはいませんか?」

 「ああ!ニュースでやってましたね!怖いですね~!」

 ことさら能天気を装ってカラカラ笑ってみせるニルは、にっこり微笑んでいった。

 「でもうちには来ませんよ。

  うちはまだ幼稚園〈キンダーガーデン〉にも入れてない子供が二人もいるんですよ?

  そんな狂暴な奴が来たら、ビービ―泣いて大変なことになってますよ。」

 ニルの言葉を証明するように、奥の部屋から上機嫌な子供の片言と、楽しげな男の声が聞こえてきた。

 「兄貴ですよ。家事がいよいよ忙しくて、なかなかおチビたちにかまってやれなくて。

  相手しろー、どうせ暇でしょーって呼びつけたんですよ。」

 小さく振り返りながら言ったニルに、警官は頷くと、「何かあったらシュテルンビルト市警にご連絡を」と言って、立ち去った。

 その背後にアカンベエをして、ニルは扉を閉め、再び鍵をかける。

 「行ったわ。」

 「すんません。えーっと・・・。」

 奥のリビングに顔を出して言ったニルに、虎徹――この近辺を通りかかるなり、問答無用で引きずり込まれ、子守を頼まれた――が子供たちをあやしながら微笑んでみせる。

 「ニル=ラグナイト。旧姓はラクスネス。

  トモエの葬儀以来ですね、旦那さん。」

 「あ!友恵ちゃんの友人の!」

 ハッとした虎徹に、ニルは微笑んで見せた。

 だいぶ垢ぬけて、ごく普通の主婦っぽい彼女に、最初誰かと思ったのだ。

 「ニュースを見たとき何の冗談かと思ったわ。

  トモエの旦那さんが、そんなことするはずないもの。」

 虎徹は力なく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 実は、ここに来る道中にも、久しぶりにトニー――あの石像暴走事件の犯人だった子供に鉢合わせした。

 トニーはしばしためらったが、虎徹をゴミ箱の影に隠し、追ってきた警官たちに、まったく見当違いの方向に逃げたと嘘を教えたのだ。

 スカイハイに攻撃された時はショックだったが、自分のことを覚えてくれている人が、ここにもいてくれた。

 訳も分からず殺人の汚名を着せられた混乱の中、それは確かに、虎徹の支えとなっていた。

 

 

 

 

 

 しかし、このままここにこうしているわけにもいかない。

 完全に巻き込む前にはなれなければ。

 「じゃーな、坊主たち。また遊ぼうな。」

 子どもたちを膝から降ろして、散々引っ張られた髭のある顎を撫でながら、虎徹は言った。

 「これ。」

 すっとニルはラップでくるまれたおにぎりと、ペットボトルのスポーツ飲料を差し出した。

 「このくらいしかできなくて、ごめんなさいね。」

 「充分ですよ。あなたが守るのは、俺じゃなくて、子供たちなんですから。」

 申し訳なさそうにする彼女に、虎徹はそれらを受け取り、左二の腕の血糊をごまかすためにもらった薄手のベージュのコート(彼女の夫の持ち物らしい)を羽織り、ベランダの窓を開ける。

 「いつか友恵の話を、娘にしてやってください!」

 言い残し、虎徹はワイヤーを飛ばし、飛び出した。

 「・・・。」

 「きゃうー!」

 「ビューン!ビューン!」

 はしゃぐ子供二人をよそに、ニルは目を点にし、昔親友が言っていた冗談を思い出した。

 『虎徹君はね、ヒーローなの。』

 「・・・まさかね。」

 肩をすくめ、彼女は窓を閉めた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 黒い狩衣のような衣装の裾をなびかせ、裏路地にたたずむ彼女は、深々とかぶったフードをわずかに持ち上げ、やかましく実況中継する街頭テレビを見上げた。

 街頭テレビによると、虎徹は何とかスカイハイを振り切り、ブロンズに降りたらしい。

 「・・・何が起こってるのヨ、一体。」

 冬の湖のような双眸で、テレビを見上げ、セシリアル=クルシェフスキーは一人ごちた。

 はっきりしているのはただ一つ。

 あのお人よしの魔戒騎士が、面倒を通り越した厄介ごとに巻き込まれた、その一点のみだ。

 セシリーは思い返す。

 その意識は遠い過去に飛んだ。

 

 

 

 

 

 六年前。ND1972年某月某日。

 白い病室で、ベッドの上の友恵は、セシリーの返答を待っていた。

 「あんたなんか嫌いヨ。」

 セシリーはぽつりと言った。

「突然出てきて、ホラーの返り血浴びたからってあいつに守ってもらって、何の力もないくせに、そばをうろちょろしテ」

 ずっと、そう思っていた。

「挙句の果てに、あいつの努力とか無視して、餌にしてたって怒鳴って傷つけるし、あの後あいつすごいヘコんで大変だったシ」

 違う、こんなこと言いたいわけじゃないのに。

 「うん。あのときのことは反省してる。」

 「でもネ!」

 困ったように笑う友恵に、セシリーは怒鳴るようにつづけた。

 「あいつに抱きしめられて、うれしそうな顔をさせるのも、あんたしかいないのヨ!

  あたしは」

 ぐっと言葉に詰まるが、セシリーは吐き出した。

 「あんたがずっト!羨ましかっタ!」

 肩を震わせ、うつむいてセシリーはくしゃくしゃの顔を友恵に見られないようにした。

 友恵が何か言いたげに口を震わせるが、その時にはセシリーは黒い狩衣の袖で目元をぬぐい、きっと顔をあげて言った。

 「あんたは、あたしの戦友ヨ!

  あいつを大事に想う者同士だからネ!

  しょうがないから、その頼み、きいてやろうじゃなイ!」

 「・・・ありがとう、セシリー。」

 友恵はふわりと笑いかけた。

 直後。

 「ゴホッ!ゴホッ!」

 「トモエ?!しっかリ!!」

 背を丸め、咳き込んで血を吐き始めた戦友に、セシリーはあわててナースコールを押し、彼女の背中をさすった。

 

 

 

 

 

 それが、一人の男をめぐる二人の女の別れだった。

 

 

 

 

 

 ND1978年。現在。

 「約束を果たす時が来たようネ、トモエ。」

 小さくつぶやいて、セシリーはフードをかぶり直し、裏路地から出ると、雑踏に溶け込むように姿を消した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 虎徹は路地裏に身をひそめながら、腕時計を確認した。

 まだ時間はあるが、身をひそめるところを確保しないとまずい。

 ベストなのは、ゴールドステージにある冴島邸に戻ることだが、今現在の状況でそれは不可能に等しい。

 ゴールドステージへの道は検問が敷かれ、大通りには警官やパトカーがうろうろ。

 ヒーローたちも警戒を怠らない様子らしい。

 ―― 一体どうしちまったってんだ・・・。

 虎徹はシルバーで遭遇したスカイハイの様子を思い返した。

 

 

 

 

 

 モノレールの駅で虎徹を捉えようと迫る警備員たちを何とか躱し、(ぶっ飛ばすわけにもいかないので、本当に逃げるにとどめた。)駅から飛び出した直後、彼は自身が指名手配されていることを知った。

 どういうことなのか。

 さっぱりわからなかったが、スマホが使えない今、とにかく連絡を入れようと電話ボックスに向かった。

 冴島邸の電話には公衆電話からの連絡は入れられないので、オリエンタルタウンの実家から繋いでもらおうとしたのだ。

 ところが実家の方はさらなるパニック状態。どういうことなのかと電話越しに食って掛かってきた娘をなだめようとした直後、スカイハイに電話ボックスごと吹っ飛ばされた。

 退魔の剣を良く手放さなかったものだと、虎徹は自分に感心している。・・・代わりに財布が吹っ飛ばされてゴミになった。

 どういうわけか、スカイハイは虎徹を見知らぬ殺人犯と思い込んでいるらしい。虎徹が必死に言葉で説得しようとした矢先、彼は言った。

 『ホラーをばらまき、人々を苦しめる暗黒魔戒騎士!

  トモキリ君を苦労させる前に、私が倒す!そして倒す!』

 そうして連続攻撃の嵐の前に、虎徹は説得を諦め逃走する羽目になった。

 そうして警戒の少ない方へ少ない方へと逃げるうちに、ゴールドどころか、ブロンズまで下りてきてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 「なあ、ザルバ。

  トモキリって誰だ?」

 『・・・。』

 虎徹の問いに、ザルバは黙ったままだ。

 「お前にもわからないか。」

 一つ嘆息して、虎徹はそっと路地裏から様子をうかがう。

 この近辺には、虎徹がセカンドハウスとして確保しているフラットがある。

 ホラー退治で疲れ切って、屋敷に戻る気力がないときや、傷の手当てをしたい時などに利用している。

 結界を張っているから、ホラーなどにもそうそう嗅ぎ付けられることはない。

 ――無実を証明するのも大事だが、その前に“あれ”が来る。何とか身を隠さねえと・・・。

 今の状況で“あれ”が来るのは非常にまずい。

 サマンサの一件を片づけてからと思っていたのが、完全に裏目に出た。

 しかし。

 虎徹はフラットの近くの路地裏に身を隠したまま小さく舌打ちした。

 フラットの前で、ドラゴンキッドが自慢の竜の飾りのついた棍棒を素振りしている。

 ピピピ。

 「あ!トモキリだ!」

 パッと表情を輝かせ、キッドは笑った。

 「うん!教えてもらったとおり、見張ってるよ!

  バーナビーの大切な人を殺した奴なんて、すぐやっつけて見せるから!」

 無邪気に言うドラゴンキッドに、虎徹は泣き出したくなった。

 どうやらここは完全に敵に知られているらしい。ドラゴンキッドも虎徹のことがわからないというおまけつきで。

 ――冴島邸の方は、悪意を持った者限定で“人払いの結界”が発動するからなぁ。

 今頃、警察連中は冴島邸が表向き申告している住所にある空地を前に途方に暮れているだろう。

 しかし、セカンドハウスが使えないとなると、どうすればいい?

 「見つけたぞ!」

 はたと振り向くと、、そこには雄々しい角とドリルのシルエットが佇んでいた。

 ――ヒーロー、ロックバイソン。

 「アントン!」

 「変な呼び方してんじゃねえ!ゲス野郎!」

 「お前もかよ?!」

 殴りかかってきたロックバイソンから距離を取りながら、虎徹が叫ぶ。

 「サアアアアッ!」

 バヂバヂバヂッ!

 「しまった!」

 気が付いたらしいドラゴンキッドが問答無用で雷撃を放ってきた。

 虎徹がとっさに大きく跳んで攻撃をかわすと、そのまま雷撃は彼の後ろにいたバイソンに命中した。

 「ぎにゃあああああ?!」

 「ああ!?逃がさないよ!

  サアアアアッ!」

 バヂバヂバヂッ!

 「お前はバイソンを心配しろぉぉぉ!」

 倒れこんだバイソンを歯牙にもかけず、空中にいた虎徹にさらなる追撃を浴びせるドラゴンキッドだが、虎徹の方が数枚上手だった。

 ボウゴワッ!ズヒュパッ!シャァンッ!

 とっさに退魔の剣を抜いて、魔導火をその刃につけると、そのまま雷撃を切り伏せたのだ。

 魔戒騎士の間でも一部のものにしかできない、生身での烈火炎装だ。

 「そうやって、バーナビーのおばさんも殺したんだな?!絶対許さない!」

 「二人とも聞いてくれ!俺はやってない!」

 「嘘を吐くな!」

 「サアアアアアッ!」

 「聞けよ俺の話ぃぃぃ!!」

 着地して剣を納めながら、復活したバイソンとなおもしつこく雷撃を放つドラゴンキッドから虎徹は逃げ回るしかできない。

 「ファイヤアアアアアッ!」

 ゴッゴォォォォォンッ!

 「おおおおおうう?!」

 目の前をほとばしった炎の奔流を前に、路地裏を飛び出した虎徹はいやがおうにも足を止めた。

 「いたいけな老人を串刺しにするなんて、許せないわ。

  ブルジョワ直火焼きなんてまだ生ぬるいわ。

  炭火焼決定ね。」

 「ファイアーエンブレム!」

 炎の奔流を止んだ直後、炎のエフェクトの入ったマントをなびかせ、さっそうと登場したおネエ系ヒーローに、虎徹は声を上げた。

 この様子。彼女も忘れているに違いない。

 「みんな聞いてくれ!」

 虎徹は声を張り上げた。

 「俺はシュテルンビルトを守護する魔戒騎士だ!」

 『おい、虎徹!』

 「黄金騎士、“牙狼”!誇り高き、魔戒騎士の末裔だ!」

 ザルバの声を無視して、虎徹は声を張り上げるが。

 「「ふざけんじゃねえ!!」」な!!」

 ユニゾンで正面のファイアーエンブレム(本気で切れたらしいドスの利いた声だった。)と追ってきたロックバイソン、ドラゴンキッドの反論が響き渡る。

 「黄金騎士はトモキリの方だよ!」

 「てめえ、なにクソ下らねえデタラメいってやがる!!」

 「本気で頭に来たわ。絶対炭火焼ね。」

 絶句した虎徹は、すぐに我に返り反論を試みようとするが。

 「サアアアアッ!」

 「ファイヤアアアアッ!」

 バギゴッゴォォォンッ!

 挟み撃ちで放たれた雷撃と炎をサイドロールでかわす虎徹に、バイソンが掴み掛る。

 「くたばれ!ゲス野郎!」

 ここでとうとう虎徹の堪忍袋の緒が切れた。

 「てめえ!」

 キィンッ。

 ドホォッ!

 能力を発動して双眸にシアンの輝きを宿し、虎徹は苦痛をこらえながらバイソンに特大のアッパーをかました。

 「がああああっ?!」

 ついでにロックバイソンのヒーロースールの装甲もクレーター上の大きなへこみが入り、そのままバイソンは吹っ飛ばされた。

 そのまま近くの家の壁を突き破り、動かなくなる。どうやら気絶したらしい。

 「てめえ!こないだ貸した二十一シュテルンドル倍返ししてもらうからなぁぁぁ!」

 なんだか小さいことを叫びながら、虎徹はそのまま大きく跳び上がり建物の屋根伝いに、逃走する。

 「逃げた!」

 「逃がさないわよ!!」

 ドラゴンキッドとファイアーエンブレムが鬼のような形相と空気でその後を追う。

 

 

 

 

 

 バガンッ!

 『下水道に逃げるのか?!』

 「他に道はねえ!」

 再びブロンズステージのとある路地裏――何とか二人のヒーローの追撃を振り切り、虎徹が降り立ったのは、そこだった。

 マンホールを蹴り開ける虎徹に、ザルバが苦りきった調子で怒鳴る。

 『下水道はヤベえぞ!

  ブロンズのなんか、どんな陰我があるかわかりゃしねえ!

  日も届かねえから、真昼だろうが、ホラーが出るかもしれねえぞ!』

 「じゃあこのままおとなしく捕まれってのか?!

  サマンサさんは剣で殺されたんだろ?!俺は退魔の剣を持ってる!

  あのへんな音声もあるし、言い訳できねえ!

  問答無用でアッバス行き確実だぜ!」

 まくしたてられ、魔導輪は黙するしかない。

 確かに、虎徹の言うとおりだったからだ。

 「俺の無実を証明するには、みんなに記憶を取り戻してもらうしかねえんだよ!」

 ヒュパッ!

 丸い奈落に身を躍らせながら、虎徹は怒鳴った。

 バシャァンッ!

 派手な汚水の水柱を上げながら、虎徹はそのまま走った。

 どうにか身を隠せる場所を見つけなければ。

 下水道は暗かったが、夜目の利く虎徹の前にはどうということはない。

 「私の氷はちょっぴりコールド、あなたの悪事を完全ホールド!」

 突如響き渡った怜悧な声に、虎徹は足を止めざるを得なかった。

 下水道の闇の中に浮かび上がるような白と青のコントラストの美少女。

 「ブルーローズ!」

 「あんたが暗黒騎士ね!絶対逃がさないわ!」

 虎徹の呼び掛けに言い返すと、ブルーローズはその躰からシアンの光を放ちながら、能力を使おうとする。

『おいおい!ここでお嬢ちゃんの能力なんか使ったら、ブロンズ中のトイレが逆流しちまうぞ!!』

 「のんきなことを」

 言ってる場合かと虎徹が逃走の姿勢に入るより早く。

 虎徹の目は、ブルーローズの背後に浮かび上がる、赤く光る二つの点を捉えた。

 違う。あれは、赤い目だ。

 「ブルーローズ!後ろだ!」

 「その手は食わな」

 ブルーローズがフリージングリキッドガンを構えるより早く、虎徹は駆ける。

 一っ飛びにブルーローズの目の前に飛びかかり、そのまま拳を振り上げた。

 殴られる!

 とっさにブルーローズが悲鳴をあげるより早く。

 メゴォッ!

 『しゃがあああああ?!』

 ボシャァァァンッ!!

 虎徹は、ブルーローズの背後で、まさに彼女を頭から食いちぎろうとしていた異形を殴り飛ばしたのだ。

 吹っ飛ばされて水しぶきを立てるそれを、虎徹はシャンッと鞘袋から退魔の剣を抜刀しながら睨みつけた。

 とっさに虎徹はそれを巨大なワニかと思った。

 汚水から見えるそれは、大きく長い、ワニの頭に、確かに見えた。

 ザバァァァ・・・。

 どろどろの水を散らしながら、それが立ち上がる。

 それは、ワニというには程遠いフォルムの持ち主だった。

 首から下は、熊のようで、ずんぐりむっくりしたシルエットに、漆黒の鱗が覆っている。

 メキャッ・・・。

 その背から、細長い脚が六本生えてくると、ぴたりと水面についた。

 そのまま、それはすべるように水面を移動し始めた。

 それを見たザルバが、ホラーの名を叫んだ。

 『虎徹!あいつはホラー“ダロコクイル”だ!水辺によく出現するホラーだ!』

 「アメンボかよ!」

 故郷の田んぼで夏場によく見かけた昆虫をほうふつとさせる動きに、虎徹は毒づいた。

 ビャッ!バキバキバキッ!

 「無視しないでよ!あんたの相手は私よ!」

 『空気読めよ!お嬢ちゃん!』

 背後から虎徹の右肩を冷気が霞め、下水道のヌルついた壁の一部が霜を吹く。

 ザルバが毒づくが、虎徹は無視して、剣を構えながら振り向く。

 「逃げろ!ブルーローズ!」

 「あんたの指図は受けないわ!」

 虎徹に向かってブルーローズはフリージングリキッドガンを構える。

 前門のホラー、後門のヒーロー。

 虎徹がどうするかは決まりきっていた。

 バシャッ!

 「つおおおおッ!」

 剣を構え、虎徹はワニ頭のホラー――ホラー“ダロコクイル”に斬りかかった。

 ヒュワッ!

 「クソッ!」

 滑るように移動するホラーに、水に足を取られトップスピードを出せない虎徹は毒づく。

 おまけに背後からはブルーローズの氷が飛んでくるので、それもよけなければならない。

 ――能力はまだ回復しきってないから使えない・・・!

   鎧・・・ダメだ、召喚のために身動きを止めたら、その瞬間氷漬けにされる。

 虎徹の一発逆転手段は双方封じられたも同然状態だ。しかも、刻印による激痛と寿命の削減はいまだに健在だ。

 嘲笑うようにホラーが大きく身をかがめた。

 ザバァッ!

 「?!」

 汚水が意志を持ったかのように舞い上がり、刃となって魔戒騎士めがけて降り注いでくる。

 ガギャンッ!ギィンッ!

 ソウルメタル製の剣に斬れないものはない。

 ホラーにコントロールされた水を斬り裂く程度、どうということはない。

 そのまま虎徹はベージュのコートをなびかせ、身をを翻した。

 『虎徹?!』

 素っ頓狂な悲鳴を上げるザルバは、すぐに契約者の狙いを悟った。

 「きゃあああ!」

 ギン!ギギャァンッ!ギンギンッ!

 ホラーの放つ水刃撃の餌食になりそうになったブルーローズをその背にかばい、なおも攻撃を剣で叩き落とす。

 「な、なんで・・・!」

 「ホラーを倒し、人を守るのが、魔戒騎士の使命だ!」

 呆然と汚水の中に座り込んだブルーローズに、振り向きもせず、虎徹は剣を構えながら言った。

 ブルーローズはその背を見つめる。

 大きくて、頼りがいのある、広い背を。

 脳裏を閃光のようにフラッシュバックする光景がある。

 『悪いがここから先はR指定だ。』

 『気持ちだけで十分だって。心配してくれてありがとうな、カリーナ。』

 『よう。歌、よかったぜ。』

 『逃げろ!ブルーローズ!』

 なぜだろう?

 ――あれはトモキリが言ったはずよ・・・。こんなひどい奴に、どうして重なるのよ・・・。

 首を振るブルーローズをよそに、虎徹は剣を構え踏み込む。

 ヒョウッバリンッガシャンッ!

 駆け抜けながら目の前に召喚陣を描き、その金色の光の円をくぐり、黄金騎士“牙狼”の姿となる。

 「おおおおおっ!」

 咆哮を下水管に轟かせ、牙狼剣を振りかざす金色の騎士に、ブルーローズはのろのろと立ち上がり、フリージングリキッドガンを持ち上げ、狙いを定める。

 ザザザザザザ!

 ドババッバァァァァンッ!

 水刃撃を放つのをやめ、その背後で水を巻き上げ、津波のように押し寄せさせるホラー。

 だが。

 バギバギバギッ!

 『しゃがぁっ?!』

 「私の氷はちょっぴりコールド、あなたの陰我を完全ホールド!」

 ホラーの間の抜けた声に、少しばかり変わったブルーローズの決め台詞が炸裂し、水はその背後で津波の形をとったまま凍りつく。

 「サンキュー!ブルーローズ!」

 騎士は踏み込む。

 シュボォォォォォゴウワッ!

 取り出した魔導火で、鎧に烈火炎装を施し、騎士は踏み込む。

 ホラーは武器の水を氷に変えられたことでおろおろしているようだが、それでも負けじと残りわずかな水で水刃撃を放つ。

 しかし、それも烈火炎装の前では無力だった。

 斬ッ!

 水上を滑る六本脚ごと、ホラー“ダロコクイル”は袈裟懸けに斬り捨てられた。

 ボボウ・・・。

 ガシャンッ。

 そのまま魔導火に燃やされ、灰となって汚水に溶けて消えたホラーをよそに、虎徹は鎧を解除した。

 「はぁ、はぁ、・・・うぐっ・・・!」

 苦しそうに息をして胸を抑える虎徹を、ブルーローズは複雑そうに見た。

 「あんた、ひょっとして、病気なの・・・?」

 「だ、大丈夫だ。どうってことねえよ。

  やっぱ、ブルーローズは優しいな。」

 苦痛をこらえている様子でヘラリと笑って見せた虎徹に、ブルーローズは観念した。

 「・・・って。」

 「へ?」

 「行きなさいよ!早く!」

 ブルーローズは怒鳴った。

 狂暴な殺人犯のはずの、命の恩人を睨みつけ、彼女は逆ギレ気味に怒鳴った。

 「あの化け物にびっくりして、腰が抜けちゃったの!

  あんたを逃がしてもしょうがないわ!早く行きなさいよ!」

 その時の虎徹の顔を、ブルーローズは忘れない。

 きょとんとあどけなさすら感じるように目を瞬かせ、ややあって嬉しそうに笑いかけてきたのだ。

 「・・・ありがとうな、ブルーローズ。」

 そう言って彼はブルーローズに手を伸ばそうとした。

 多分頭を撫でるつもりだったのだろう。

 しかし、すぐにハッとした様子で手をひっこめ、「じゃあ、またな!」と言い残し、バシャバシャと水をはねさせて行ってしまった。

 残されたのは、大量の氷と、汚水にまみれた、青い薔薇。

 「なんで・・・。」

 気まずげに、ブルーローズは視線を足元の汚水に落とした。

 彼に頭を撫でられなかったことを残念に思う自分がいる。

 ブルーローズは自分の気持ちがわからなくなりそうだった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 斉藤は顔を青くしてデータベースをあさっていた。

 ない。

 確かにあったはずだ。シミュレーションルームでバーナビーのスーツのテストに使おうとしていた、仮想スーツのデータが。

 斉藤は、昨夜のマーベリック主催のパーティに参加したが、魔戒法師に記憶をいじるような精神操作系NEXTは効かない。

 朝テレビをつけるなり、タイガー――あのお人よしの魔戒騎士が追い掛け回されているのには驚いたが、今は動くべきときじゃない。迂闊に動けばタイガーを狙う何者か――マーベリックの背後に蠢く邪悪な意志に危害を加えられる。

 ここは記憶操作を受けているふりをするべきだと、通常業務に入った。

 そこまではよかった。

 アポロンメディアのヒーロースーツ用のデータベースに保存していた、データがない。

 あれは、この十ヵ月の間に、バーナビーと同じ能力だからということで協力してくれた、タイガーの身体データをもとに、彼ならふさわしいだろうと斉藤がデザインしたスーツのデータだ。

 あれならバーチャルのシミュレーションだろうと、タイガーの身体能力と併せればバーナビーと対等以上にやりあえるはず。

 そのデータが、ないのだ。

 頑丈にプロテクトをかけておいたはずなのに。

 まさか。

 あわてて斉藤はデータベースそのものに検索をかける。

 そうして、彼は気が付いた。バーナビーのスーツのデータまで、コピーされた形跡がある!

 誰かが意図的にデータを持ち出した。

 おそらく、この技術部の者か、あるいはそれ以上の権限を持つ誰かが。

 まさか。

 ――タイガー!

 斉藤は青い顔で震えるしかない。

 表の技術のみで創ったとはいえ、自分が原案を出したスーツが、邪悪な意志を吹き込まれ、親愛なる魔戒騎士を襲う所など、考えたくもなかった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 やっとのことで下水道から這い出た虎徹。

 もう日はだいぶ傾いて、夕刻に差し掛かっている。

 ――まずいまずいまずい!もう時間が・・・!

 息を切らす虎徹に、何者かがビルの上から降ってきた。

 ビュバッ!

 ギィンッ!

 「殺す!」

 「折紙?!」

 振り下ろされた二つの刃を、鞘袋ごと翳した退魔の剣で受け止め、虎徹は驚愕した。

 銀牙騎士“絶狼”こと、イワン=カレリンが悪鬼のような形相で、虎徹に向かって退魔の双剣の刃を繰り出しているのだ。

 「うああああ!!殺す殺す殺すぅぅ!」

 ビュバババババッ!

 「イワン!落ち着け!どうしたっていうんだ!」

 叫びながらなおも刃を繰り出すイワンに、虎徹はその攻撃を鞘袋に入ったままの退魔の剣で防御しながら叫ぶしかできない。

 『タイガー!イワンを助けて!』

 「シルヴァか?!折紙はどうしたっていうんだ?!」

 イワンの胸元で叫ぶ魔導具に、虎徹が叫び返した直後。

 「うるさい!」

 ブツッ!

 イワンは鎖を引きちぎって乱暴にシルヴァを黒いコートのポケットに押し込むと、双剣を構える。

 イワンは正気じゃない。

 この時点で虎徹はそう結論付けた。

 イワンはシルヴァをその名の通り、家族のように大切に扱っている。

 その彼が、彼女をああも乱暴に扱うはずがない。

 「黄金騎士・・・“牙狼”・・・殺す!」

 血走った眼のイワンに、虎徹はやるしかないのかと鞘袋から退魔の剣を抜刀した。

 残念ながら、殺意満々の魔戒騎士(ソウルメタルの武器付き)を前に、抜刀せずに穏便に済ます方法を、虎徹は思い当たらなかった。

 まだ未成年ながら、イワンの腕はかなりのものだ。無事に逃走できる可能性は、ヒーローたちと比べてかなり低い。

 「殺すぅぅ!」

 ガギャンッ!

 「落ち着け!イワン!目を覚ませ!」

 噛みあう刃越しに、虎徹はイワンに呼びかける。

 「俺たちは魔戒騎士だ!“守りし者”だ!

  こんなふうに、刃を向けあうべきじゃない!」

 「・・・っ・・・・!」

 虎徹の言葉に、わずかにイワンの瞳が揺らぎ、腕から力が抜ける。

 ガギャッ!ドウッ!

 虎徹はそこを見逃さずに、虎徹は剣を引いてイワンの体勢を崩すと、そのまま蹴りを繰り出した。

 「ぐうっ!」

 「正気に戻れ!このやろぉぉぉ!」

 よろめいたイワンに、少々手荒だが、ぶん殴ろうと虎徹は剣を持ってない左手を振りかぶった。

 だが。

 ガシッとその腕が何者かに掴まれた。

 「な?!」

 驚愕する暇こそあらば。

 ズダァンッ!

 「があああっ?!」

 一本背負いを仕掛けられ、虎徹はそのまま地面に叩きつけられる。

 さらに襟首を使見上げられ、虎徹は宙づりにされた。

 「うぐ・・・!

  お前は・・・?!」

 虎徹が見下ろしたのは、漆黒のパワードスーツを纏った人物だった。

 背格好はちょうど、虎徹と一致するだろう。一本角に、赤い放射状のバイザーが目元を覆っている。

 赤と黒のコントラストのスーツ。

 ヒーロースーツのようにスポンサーのロゴは入っておらず、胸元には白い文字があった。

 “WILD TIGER”。

 それを見た瞬間、虎徹は脳が沸騰する錯覚に襲われた。

 自分を陥れるだけならまだしも、亡き妻の考えてくれたヒーロー像まで、この黒幕は汚すつもりだ!!

 「てめえええええええ!!!」

 虎徹は吠えた。

 キィン。

 『よせ!虎徹!』

 ザルバが叫ぶが、かまうものか。

 能力を発動し、虎徹は激痛も忘れて右手に持っていた剣を振り下ろす。

 殺しはしない。

 この忌々しいスーツを着た、クソ野郎の面を引きずり出してやる。

 ビギンッ!バガッ。

 「なっ?!」

 仮面が真っ二つに割れて、よろめく漆黒のパワードスーツに、地に降り立った虎徹は絶句した。

 仮面の中身は人間じゃなかった。

 髑髏を連想させる、金色の顔。赤い目が不気味に光る。

 それに虎徹は身覚えがあった。

 「アンドロイド?!」

 あの路上で暴れていた少女の姿をしたアンドロイドが、外装を失くした姿にそっくりだったのだ。

 ヒュバッ!

 「うわ!」

 「殺す!」

 考える暇もなく、再び背後から復活したイワンが斬りかかってきた。

 すっと身構えるアンドロイドと、退魔の双剣を構えるイワンに、虎徹は挟み撃ち状態になった。

 アンドロイドの方は、ハンドレッドパワーを使っても勝てないことは実証されているし、しかも能力は減退中。いつ発動時間が切れるかわからない。

 イワンの方は殺気に満ち、殺す気満々。こちらの呼び掛けには多少反応するが、動きを完全に止めるまでには至らない。

 完全に追い詰められた。

 どうする?どうすればいい?

 その時だった。

 ゴッゴォォォォォンッ!

 「うわあああ?!」

 『?!』

 降り注いだ青い炎の矢がイワンとアンドロイドを薙ぎ払う。

 『虎徹!今だ!』

 ザルバが言うまでもない。

 虎徹はワイヤーを飛ばし、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」

 さびれたどこかの路地裏に、虎徹は座り込んでいた。

 能力はとっくに切れて、激痛が体を蝕んでいる。

 今日だけで何度能力を使っただろう?鎧だって纏った。

 削られていく寿命と制限時間。

 加えて、“あれ”が来る。

 もう時間がない。このままでは完全に打つ手なしになる。

 「満身創痍か、金色の虎よ。」

 「っ!」

 降り注いだ厳かな声に、虎徹は頭上を仰いだ。

 いつ昇ったのか赤い月を背景に、ルナティックがこちらを見下ろしていた。

 先ほどの青い炎は、彼の仕業だろう。手に握られたクロスボウがその証拠だ。

 「ルナティック・・・。」

 「問おう。金色の虎よ。」

 すっとクロスボウを持ち上げ、ルナティックは虎徹に問いかけた。

 「俺はやってない!」

 虎徹はルナティックが問の続きを投げかけるより早く、そう怒鳴っていた。

 独自の正義を貫くルナティックならば、虎徹が魔戒騎士でも無辜の民を殺したならば断罪の炎を向けるだろう。虎徹はそう確信していた。

 「図書館に行ったのは本当だ!呼び出しを食らったんだ!

  そこでホラーと戦って・・・いろいろあって、サマンサさんとちょっともめた。

  でも殺してない!本当だ!」

 虎徹の言葉に、ルナティックはわかっていると言わんばかりにうなずいて、クロスボウを下した。

 「・・・?」

 「陰謀の糸を引く魔手に心当たりは?」

 「・・・いや。」

 虎徹は首を振った。

 気になるのは、ヒーローたちが口をそろえて信頼を寄せている様子のトモキリという人物だが、それがはたして黒幕なのか、虎徹にはわからなかった。

 「括目して己の過去を顧みよ。

  しからば、おのずと導かれよう。」

 「待ってくれ!」

 クロスボウをしまったルナティックを、虎徹は叫んで呼び止めていた。

 分が悪い賭けだというのは、自分でわかっていたが、現状でもう他に選択肢がない。

 「ルナティック!頼む!一日だけでいいんだ!俺をかくまってくれ!」

 「?!」

 必死の形相の虎徹に、ルナティックは仮面の下で目を剥いた。

 一体どういう風の吹き回しなのか?

 「もうすぐ俺は動けなくなる!その状態でヒーローたちに見つかるのはまずい!

  何処でもいいんだ!かくまってくれ!頼む!」

 ルナティックはしばし黙し、マントを夜風にたなびかせながら、虎徹を見下ろした。

 虎徹は息をのんでルナティックの結論を待った。

 ややあって。

 ブワッ。

 虎徹のすぐ目の前に降りてきたルナティックは、すっと手を伸ばし、彼の襟元からシュルリと鋲付きタイを抜き取った。

 「? 何を」

 虎徹が問いかけるより早く、ルナティックはその顔にタイで目隠しをした。

 「だっ?!ちょっ?!」

 「おとなしくしろ。

  魔戒騎士といえど、アジトを見られるわけにはいかない。」

 あわてる虎徹を、ルナティックは軽々と、そのひざ下と背中に手を入れて抱き上げた。

 ・・・所謂お姫様抱っこポーズで。

 ゴッゴォォォォォンッ!

 青白い炎を飛ばし、ルナティックは今度こそ大空に舞い上がった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 目隠しを外していいと言われた虎徹が、それをとった時、彼は薄暗い六畳ほどの部屋にいた。

 窓はなく、仮眠用らしき安物のパイプベッドがポツンとあるだけだ。

 ルナティックは装備を外してくると言い残し、部屋を去った。

 虎徹は急ぎ準備をする。

 ベストの内側に入れていたありったけの界符を取り出し、ぺたぺたと壁や天井にこれでもかと貼り付け、結界を厚く頑丈に施す。

 現状でこれが一番の防御手段だ。

 「ザルバ・・・後よろしく・・・。」

 一息ついて、虎徹はそのままベッドに横たわった。

 コートなども脱いで楽な格好になりたかったが、もう時間がない。

 身体に急激な脱力感が押し寄せてくる。

 『ああ。

  ・・・悪いな、虎徹。』

 「気にすんなよ・・・これが、俺と、お前の、契約、なんだか、ら・・・。」

 気のせいか、少々申し訳なさの入ったザルバに、虎徹は力なく答え、そのまま瞳を閉じた。

 ガチャリッ。

 マントとボウガンを外したルナティックが入ってきたのはその直後だった。

 「?!」

 壁・天井のあちこちに張られた赤い札にルナティックはぎょっとしたようだった。

 「・・・ワイルドタイガー?」

 ややあって、ルナティックはベッドの上の虎徹に呼びかけるが、虎徹はうんともすんとも言わない。

 そういえば、先ほどやけにしんどそうにしていたが、ひょっとしたら、病気なのかもしれない。

 ベッドわきに歩み寄り、ルナティックは耐火線維性のグローブを外したほっそりした白い手で虎徹の頬を触り。

 「?!」

 今度こそ絶句した。

 虎徹の体はひどく冷たく、呼吸を感じない。

 まさか。

 『心配すんな。今は“一時的に死んでいる”だけだ。』

 続いて聞こえたしわがれた声に、ルナティックは急ぎ周りを見回した。

 『おいおい、魔戒騎士のことは知ってるくせに、魔導輪のことは知らねえのか。

  “ニワカ”だな、お前さん。』

 くすくすと声は笑い、『ここだ、ここ。』と自分の居場所をアピールする。

 そこでようやくダークヒーローは、魔戒騎士が左中指につけている指輪が、意志を持って物申すことに気が付いた。

 『初めましてというべきかはわからねえがな。

  魔導輪の方、ザルバだ。

  お前さんは、ルナティック、でいいのか?』

 「・・・ああ。」

 頷いて、ルナティックは横たわる虎徹に仮面を向けた。

 「“一時的に死んでいる”とは、どういうことだ?

  ワイルドタイガーは、どうしたというのだ?」

 その問いに、ザルバはしばし黙したが、『内緒だぞ』とくぎを刺したうえで続けた。

『俺たち魔導輪をはじめとした魔導具は、魔戒騎士と契約して、ホラーの居場所やゲートの探知、その知識の提供をしている。

  そして、代わりと言っちゃあなんだが、月に一回、契約相手の魔戒騎士の命を食らう。』

 「?!」

 『俺たちに命を喰らわれている間、魔戒騎士は死体並みに何もできなくなる。

 無防備になっちまうんだ。今、虎徹はホラーが襲ってこようが天地がひっくり返ろうが絶対起きねえよ。』

 それであんなに焦っていたのか。

 かくまうよう頼み込んできた虎徹の態度に合点がいったルナティックは、心のうちでこっそり頷いた。

 『あんたにゃ感謝してる。ありがとな。虎徹に替わって礼を言わせてくれ。

 ああ、壁の札は引っぺがさないでくれ。ホラーや邪気が入ってこないよう、結界を施しているからな。』

 ザルバの言葉に、ルナティックはうなずいた。

 「ワイルドタイガーはどのくらいこの状態なのだ?」

 『きっかり一日はこのままだ。』

 ザルバの言葉にうなずいて、ルナティックは口を開いた。

 「・・・サマンサ=テイラーと何があった。」

 『聞きたいか?』

 頷いたルナティックに、ザルバはしばし黙した。

 ややあって。

 『その仮面の下見せてくれるなら、話すぜ。

  ああ、心配しなくても、虎徹には言わねえよ。俺は口が堅いからな。』

 ザルバがこう申し出たのには一応理由がある。

 一つは、ルナティックが本当に裏切らないように、保険をかけておくため。そして、もう一つが、独自の情報網を持ち、頭もまわるルナティックから知恵を借りたかったためだ。虎徹が身動きどころか、話すこともできない今、ザルバはできるだけのことをしたかった。

 ・・・単に好奇心の赴くまま、野次馬根性が働いたというのも、否定はできないが。

 ともあれ、ルナティックはザルバの申し出にしばし黙し、ややあって、仮面に手をかけた。

 パサリ。

 結った銀髪が垂れ落ち、仮面を外したユーリ=ペトロフは改めて、魔戒騎士の左中指にはまった魔導輪を見下ろした。

 『へえ。こいつはなかなか美人だな。』

 「茶化すな。真面目に答えろ。」

 『ヘイヘイ。堅物だねぇ。』

 ユーリの言葉に、人間なら肩をすくめたリアクションが付いただろう言葉を返し、ザルバは虎徹が受け取った指令書によって、件の図書館を訪れたことを話しだした。

 

 

 

 

 

 

 #18END

 GO TO NEXT!

 




 ハァイ。今回鎖を引きちぎられた方、シルヴァよ。
 今回は、私が予告させてもらうわ。
 普段穏やかな人間ほど怒ると怖いっていうけど、
 どうやら今回の黒幕さん、その誰かさんを怒らせてしまったようね。
 それだけタイガーが愛されているってことね。
 え?タイガーの娘さんがシュテルンビルトに向かってるですって?
 タイガーは動けないのよ?!
 ど、どうしたらいいの?!
 次回、“奔命”。
 イワン!希望を捨てないで!
 きっとタイガーが助けてくれるわ!
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