牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 それでは、第19話を投下します。
 約一名を除いてさっぱりダメダメなヒーローズに、にっちもさっちもいかない様子のイワン君。どうしてこうなるんでしょう?
 おじさんは前回のラストから引き続いて身動きできません。今回の主役?話によってはさっぱり出番のなかった執事ことマクシミリアンさんですが、なにか?
 虎徹さんに替わって執事がお送りいたします。
 スーパー執事、本領発揮、の巻ですよ。
 ついでにほとんどモブと大差なかった静流さんと、セシリーさんに楓ちゃんが登場。アニメ版の楓ちゃんの行動って、本当に運要素が大きかったと思うんですよね。
 モブ執事が切断執事に、モブ家政婦がスタントマン家政婦にジョブチェンジしたところで後篇に続きます。
 牛が不憫ですか?仕様ですが何か。
 後半に入ったところで、再びマベとラムダの悪巧み。でも、マベよ、ヒーローたちに任せたって、ヒーローの方は電話ボックス吹っ飛ばして、道路を焼け野原にして、下水道を凍らせかけたぞ。街に被害が出るという点では変わらんぞ。
 そして、前篇からのカーチェイスの続きは、ついにヒーローまで出てきてしまいました。かませ犬扱いしてごめんよ、スカイハイ。
 ついでにカーチェイスのラストは、ドラマ版牙狼MAKAISENKI第3話『車輪』から邪輪号竜をリサイクル。魔戒騎士とのバトルは魔導馬も出てきて燃えたけど、今回は執事と家政婦が頑張る。
 一方で、思考もいじられたから、自制心がなくなって、某プロデューサーは大変なことをしでかしました。まあ、ちゃんと整合性は持たせますよ、ええ。
 ぶっちゃけ今までこうならなかったことの方が奇跡。
 一方で、楓嬢のあまりの無計画と猪突猛進ぶりに、セシリーさんが怒り出しました。だからって引っ叩くことはないと思います。
 おじさんが復活したところで次話に続きます。


#19 奔命

 忠なる付隷、主に替わり、闇を疾駆す。

 はだかる影を裂き、その背にかばうは無二の宝。

 清聴せよ。小さな嘆きを。

 

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第七十三節より

 

 

 

 

 

  #19. 奔命~執事と娘と、魔戒法師と~

 

 

 

 

 

 「そうか・・・取り逃がしたのか・・・。」

 「ああ、悪いな、友切。」

 「ごめんね、トモキリ。」

 ジャスティスタワーにあるヒーローたちの待機室にて、異様な光景が広がっていた。

 バーナビーを除いて、いつでも出動できる状態のヒーローたちが、黒いローブを纏った男に親しげに話しかけているのだ。

 それは、言わずと知れた、友切というあの男だった。

 「気にすることはない。まだまだチャンスはある。」

 「そうだな。今度会ったら、スーツの借りを倍返しにしてやるぜ!」

 穏やかに言った友切に、アントニオが右の拳を左手で受け止めながら凄んだ。

 「ハンサムの具合はどう?療養中なんでしょう?」

 「まだショックが大きいようだが、もうすぐ出てこれるようになるだろう。」

 尋ねたファイアーエンブレムに、友切はつらつらと答える。

 ブルーローズはそんな一行から一人離れ、ポツンと座っていた。

 手に持っているのは、悪趣味な蛇の柄と鏑木酒店とつづられた手ぬぐい生地のタオルだった。

 握りしめられているので、その柄も今は判別不能だったが。

 「どうしたんだい?ブルーローズ君。」

 「あ・・・。」

 話に加わろうとしないブルーローズに、スカイハイが話しかけてきた。

 ブルーローズは何か言おうと思ったが、言えなかった。

 頭では分かっているのだ。今追いかけている、あの鏑木虎徹とかいう男を捕まえなくてはならない。いたいけな老人を剣で一突きに殺したのだから。

 でも。

 下水道で怪物に襲われた時、さんざん攻撃したはずの自分を、彼は必死に守ってくれた。

 『ホラーを倒し、人を守るのが、魔戒騎士の使命だ!』

 言い放った彼の声が耳から離れない。

 こんな調子じゃ、もう彼と戦うことなんてできそうにない。

 「ねえ。」

 それでも彼女は恐る恐る口を開いた。

 「あいつ、本当に暗黒魔戒騎士とかってやつなのかな・・・?」

 途端にほかのヒーローたちが静まり返った。

 「何言ってるんだい、ブルーローズ君!」

 スカイハイが勢いよく叫んだ。

「私は見たんだ!そして見た!あの金色の鎧が、蜘蛛のようなホラーを吸収している様子を!」

「あいつに何を吹き込まれたか知らないけど、ブルーローズを惑わせるなんてとんだ不届き者ね!」

 ぷりぷり怒るファイアーエンブレムに、ブルーローズはやむなく口をつぐみ、言うんじゃなかったとこっそり思った。

 「・・・何を持ってるんだ?ブルーローズ。」

 真ん前に友切に立たれ、ブルーローズはかすかに肩を震わせた。

 「・・・タオル?」

 ブルーローズの手の中のものを見て、友切は軽く眉をしかめると、言い放った。

 「ずいぶん不似合いなものを持ってるな。くたびれているようだし、捨てたらどうだ?」

 ――え?

 思わずブルーローズは目を瞠った。

 このタオルくれたの、あんたでしょ?

 とっさにそう言いそうになったのを飲みこんだ。

 言ったらいけない。何となくそんな気がして、彼女はあいまいに笑うことにした。

 「そ、そうね・・・考えとくわ・・・。」

 口ではそう言ったが、絶対棄てないでおこうと、彼女は手の中のタオルを強く握りしめた。

 「とにかく、警戒を怠らないでくれ。奴は何をしてくるかわかったもんじゃない。

  奴を見つけたら、即座に攻撃、捕縛してくれると助かる。」

 「わかった!」

 「任せてくれ!そして任せてくれ!」

 「わかったわ。」

 「任しとけ。」

 「・・・ええ。」

 力なくうなずいたのはブルーローズだけだ。他のヒーローたちはみなやる気に満ちていた。

 「私は戻る。バーナビーの様子が気になるのでな。」

 「おう。ところで、友切、後で一緒に飲みに行かねえか?」

 ローブの裾を翻した友切に、待機状態が解除となるため、ロックバイソンが声をかけた。

 おそらく、それに気が付いたのはこの中ではブルーローズだけだっただろう。

 友切は、バイソンの呼び掛けに、振り向くと、一瞬煩わしげな眼をしたのだ。しかし、すぐに穏やかな表情になって首を振った。

 「・・・また今度にしてくれ。今はバーナビーの傍にいてやりたいのでな。」

 「んもう。相変わらず過保護なのね。」

 不満そうにファイアーエンブレムは口をとがらせるが、友切は一顧だにすることなく、そのまま待機ルームを後にした。

 

 

 

 

 

 「トモキリ、もう帰っちゃった?」

 着替えてドラゴンキッドからホァン=パオリンの姿になった少女は、ジャスティスタワーの廊下をキョロキョロ見回した。

 「せっかく見てもらおうと思ったのに・・・。」

 小さくつぶやいて、パオリンはミルクティー色の髪を彩るピンクのセイヨウオダマキのヘアピンを触った。

 パオリンは知らない。その花言葉は、“愚か”。

 「いつもだったら、少しくらい残って雑談してくれたりするのにな・・・。」

 ぽつりとさみしそうにパオリンはつぶやいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」

 ブロンズステージの、どこかの高架下。

 息を切らして、イワン=カレリンは壁に背をもたせ掛けていた。

 ルナティックの青い炎に、多少あぶられたが、高い防御力を誇る魔法衣のおかげで救われた。

 でも。

 イワンは苦しそうにしながら、ポケットからシルヴァを引っ張り出した。

 「ごめん・・・ごめんよ、シルヴァ・・・。」

 『いいのよ、イワン。

  大丈夫?』

 手の平に乗せたシルヴァが心配そうに声をかけるが、イワンは苦しげに首を振って答えた。

 「僕よりも、タイガーさんを心配しないと・・・。」

 『そうね・・・。

 大丈夫よ、きっと。タイガーには悪いけど、きっと彼なら無事よ。そして、あなたを助けてくれるわ。』

 「無駄だよ。タイガーは僕が殺すんだから。」

 すぐ隣から、イワンと全く同じ声がした。

 そこには、イワン=カレリンが全く同じ姿でたたずんでいた。

 瞳に殺気を宿した状態を除いて。

 「タイガーさんは僕なんかに負けない。

  きっと僕の呪印を解いてくれる。」

 「否定しても無駄だよ。僕は君なんだからさぁ!」

 イワンの言葉を、“イワン”はせせら笑うように否定した。

 「さあ!そろそろおとなしくしてもらおうか!」

 「うあああああ!」

 『イワン!』

 直後、イワンの姿は掻き消え、その手から零れ落ちたシルヴァが、カシャンと地面に落ちた。

 “イワン”はシルヴァを拾い上げると、乱暴にコートのポケットに押し込み、つぶやいた。

 「殺す。“牙狼”・・・殺す!」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「ブラボー!ブラボー!」

 マーベリックの別邸にて、ラムダはソファの上でゲラゲラ笑い転げていた。

 「自分たちのやってることを後から知ったら、どんな顔をするかな?

  ハハハハハ!!あいつら最高ぉ!最っ高ぉ!!」

 「うるさいぞ、ラムダ。」

 「あー、千両役者のお帰りか。

  ふっくくくく・・・あんたも最高ぉ。」

 戻ってきた友切は、不機嫌そのものといった様子でドカッとソファに腰を下ろした。

 「どうしたの?ご機嫌斜め?」

 「あんな煩わしいごっこ遊びに、付き合わされる身になってみろ。」

 「筋書き立てたのはあんたじゃないか。」

 「脚本はマーベリックだ!!」

 しれっと言ったラムダに、友切は怒声をとどろかせた。

「私はヒーローどもの記憶を改ざんしろとは言ったが、“あれ”と私の位置を取り替えろとは一言も言ってないぞ!!」

 「その方がやりやすかったんじゃないか?あんまり叫ぶなよ。

  男のヒステリックはみっともないぞ。」

 「くっ・・・。」

 からかうように付け加えられた言葉に、友切は苦々しげな顔をするが、口をつぐんだ。

 「ああ、ほら。」

 ここで何かに気が付いたらしいラムダが、長椅子に目をやった。

 つられて友切がそちらに目を向けると、そこに横たわっているバーナビーが小さくうめきながら身じろいだ。

 「眠り姫のお目覚めだ。」

 その言葉に応えるように、バーナビーはうっすらとエメラルド色の目をうつろに開けた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 冴島邸の廊下にて、黒電話の前で、彼は腕組みしたまま微動だにしなかった。

 点けっぱなしのテレビからは口やかましく、彼の仕えるべき主に着せられた汚名の話がこれ見よがしに流れてくる。

 最初に聞いた時、今日は四月馬鹿〈エイプリルフール〉だったろうかと、生真面目な彼らしくもなく、とっさにカレンダーを確認してしまったくらいだ。

 次に振って沸いたのは怒りだった。テレビを八つ裂きにしてしまわなかった自分をほめたい。

 本当は聞きたくもなかったが、親愛なる主の行方を知る唯一の手がかりなので、仕方なくつけっぱなしにしている。

 屋敷には警察の手は入ってない(悪意を持つ者限定で発動する“人払いの結界”が功を奏したらしい。この屋敷は常人には毒薬めいたものが多々あるので、何よりだ。)が、ニュースで聞く限りセカンドハウスの方は手を入れられたらしい。ただし、あそこは本当に寝るためだけの場所――せいぜいレトルト食品と寝具を置いている程度だ。きっと徒労に終わっているだろう。

 閑話休題。

 ともあれ、彼――マクシミリアン=倉橋は直立不動・腕組みしたまま、石像のように黒電話の前にたたずんでいた。

 眼鏡をかけた、俗にイケメンと呼ばれる整った容貌は、恐ろしいくらい無表情だった。

 ジ。ガチャリ。

 「鏑木でございます。」

 黒電話がジリンと鳴り始めた瞬間、彼は受話器を取り上げていた。

 『マクシミリアンか?!』

 「これは村正様。ホットラインでご連絡いただきありがとうございます。」

 『ホットラインじゃないとつながらなかったんだ!

  マクシミリアン!何がどうなっている?!

  虎徹は一体何に巻き込まれたんだ?!』

 「私も存じ上げません。

  事件の前日、ホラー退治に向かわれて、そのままお帰りにならず・・・。

  翌朝、あのニュースが流れた次第でして。」

 『そうか・・・。

  ということは、虎徹はまだ屋敷に戻ってないんだな?』

 「残念ながら。」

 マクシミリアンは視線を伏せつつ答えた。

 主の信頼を全面的に受ける執事にも、そろそろ魔戒騎士にとって不可欠の日――“一時的に死ぬ”時が迫っていることを把握していた。

 幸い、ニュースを見る限り、今はどこかに身を隠すことに成功したらしいが、心配の種は尽きない。

 「そちらはどうですか?大奥様や楓お嬢様はご無事ですか?」

 『ああ。家の外は大騒ぎだが、何とか無事・・・?!』

 「村正様?」

 突然何かに気が付いたらしい村正に、マクシミリアンは怪訝そうに問い返した。

 『まずいことになった。

  楓がいなくなった。』

 「楓お嬢様が?!」

 ぎょっとしたマクシミリアンに、村正は現状を伝え始めた。

 『友恵さんの形見のスケッチブックを発見されて、どういうことか問い詰められた。

  それで、虎徹が魔戒騎士だということを話したんだが・・・。』

 「もしや・・・シュテルンビルト〈こちら〉に向かわれているのですか?!」

 『可能性は高い。』

 すぐさまマクシミリアンは電話を持ったまま、携帯電話のGPSサービスにアクセスする。

 主人の大切な愛娘は、すぐに見つかった。鈍行に乗っているのか、ゆっくりと、しかし確実にシュテルンビルトに向かっているらしい。

 「確認いたしました。確かにこちらに向かっている御様子です。」

 顔を強張らせて答えたマクシミリアンは、すぐに続ける。

 「お嬢様の保護はこちらにお任せください。

  申し訳ございませんが、村正様は大奥様をお願いいたします。」

 『ああ。すまない。

  楓を、頼む。』

 「かしこまりました。」

 恭しく、彼は首を垂れた。

 

 

 

 

 

 ガタゴトと電車に揺られながら、楓は抱えているスケッチブックを強く抱きしめた。

 持ち物は、それと、貯金箱を叩き壊してはじき出したわずかなへそくりに、お母さんの形見のお守り、ケータイなどを入れたリュックくらいなものだ。

 祖母から聞かされた話が、まだ頭の中をぐるぐると廻っている。

 夜闇を蠢く怪物ホラー、それを退治することを生業としている魔戒騎士、そして父がその一員で、その最高位“牙狼”の称号を持っているなんて。

 信じられないと思う半面、すとんと納得できた部分があった。

 神社で襲ってきた鎧武者のような怪物。あれは夢ではなかった。

 金色の光の中で見た、父の姿。あれも、夢ではなかった。

 あれもこれも全部。全部、夢じゃなかった。

 話すと危ない目に遭うかもしれないからと、祖母は言っていたが、それでも話してほしかった。家族なのに、隠しごとなんてしてほしくなかった。

 スケッチブックの表紙を撫で、楓は考える。

 怪物を倒して街の平和を守る父だって、ヒーローのようなものだ。きっとバーナビーなら、話せばわかってくれる。

 楓の王子様なんだから。

 今度は私が、お父さんを助けるんだ。

 「見てて。お母さん。」

 顔をあげて、楓は小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 『・・・と。だいたいこんなところだな。

  ここまでで何か質問は?』

 ルナティックのアジトにて。

 パイプベッドにて“死んで”いる虎徹と、その左中指のザルバに、枕元に三脚を置いたルナティックことユーリ=ペトロフがひそやかな会話を続けていた。

 「・・・タイミングが良すぎるな。」

 『ウロボロステロのことか?』

 「そんな昔のことではない。」

 ぴしゃりと言い放ち、ユーリは続けた。

「サマンサ=テイラーが“記憶を取り戻した”矢先、彼女に人間をホラー化する魔弾を与える人物が現れた。

 さらに、サマンサが殺された翌朝には、犯人がMr.鏑木と断定された。マスコミの報道も並行して行われた。

 後者に関してはいくらなんでも手際が良すぎる。」

『俺は人間の警察とか何とかについてはよくわからねえんだが・・・あんたがそう言うなら、そうなんだろうな。』

 ザルバの言葉に、ユーリ=ペトロフはうなずいた。

 「少し前に調べたのだが、Mr.鏑木のパーソナルデータがことごとく削除されている。

  警戒厳重なはずの司法局のデータベースから、だ。

 警察機構、司法局、マスコミ、3ついっぺんに多大な影響力を持つ人物が、ただ一人いる。

  ・・・アポロンメディアCEO、アルバート=マーベリックだ。」

 『はあ?バーナビーの育ての親か?

  なんでまた虎徹を』

 ここでザルバは不意に言葉を途切れさせた。

 「・・・魔導輪?」

 『・・・まさかあいつが?

  いや、あいつは死んだはず・・・。』

 考え込んでいる様子でザルバはぶつぶつ言う。

 「・・・話したくないなら、後でも構わない。

  私も、少し休もう。」

 すっと腰を上げ、ユーリは部屋の出入り口に向かった。

 「またあとで来る。」

 『おう。いろいろありがとうな、ルナティック。』

 飄々としたザルバの声を背に受け、ユーリは扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 いくつか電車を乗り継いで楓はようやくシュテルンビルトにたどり着いた。

 アポロンメディアの住所は、ネットのバーナビーのファンページに乗っていたから、だいたいわかる。

 改札を通り抜け、楓はタクシーを捕まえようと算段しながら、駅の構内に出た。

 その時だった。

 楓の前に、一人の男が立ちはだかった。

 大柄なラテン系の男で、赤毛を撫でつけた強面の男だ。

 「鏑木楓ちゃんかい?」

 優しげに話しかけてくるが、見知らぬその男に、楓がどうこたえようかと一瞬逡巡した時だった。

 「お嬢様!」

 突然声が割って入った。

 つかつかとその青年は燕尾服の裾を翻し、楓めがけて歩み寄ってくると、すっと恭しくひざまずいた。

「あれほどおひとりでシュテルンビルトへお越しにならないでくださいと申し上げたはずです!

  いくら旦那様のお仕事が終わって、休暇がとれるからと言っても」

 「おい。」

 べらべらとしゃべり倒す青年――眼鏡をかけて、黒髪を撫でつけたイケメンの青年に、たまりかねた様子で強面の男が口をはさんだ。

 「あんた、なにもんだ?」

 「失礼ですが。」

 すっくと立ち上がり、青年は眼鏡を押し上げながら平然と言い放った。

 「人に名を訪ねる時は、まずは自己紹介をするべきでは?

  ああ、申し訳ございません。わたくし、道外家執事、セバスチャン=倉田と申します。

 主人の命令で、こちらにいらっしゃいます、カオルお嬢様をお迎えに上がった次第でございます。」

 視線を向けられ、楓は一瞬困惑するが、立ち上がりざまに青年にささやかれた「合わせて」という言葉を思い出し、とりあえず話を合わせてみることにした。

 「だって待ちきれなかったの!

  電話しても、パパはもうすぐ仕事が終わるの一点張りだし!」

 「本当に。旦那様にも困ったものですね。」

 にこやかに談笑してみせる二人に、強面の男は困惑したようだ。

 「それで?」

 「え?」

 「あなた様はどこのどちら様ですか?」

 白々しく尋ねたが、自称:道外家執事こと、本職:冴島邸執事、マクシミリアン=倉橋には、男の正体がはっきりとわかっていた。

 アントニオ=ロペス。ヒーロー、ロックバイソンだ。

 虎徹の二十年来の親友らしいが、今はただの敵だ。ただの。

 主人がどう思っているかは知らないが、忠実な執事にとって、主人とその家族に手を出そうとする輩など、排除対象でしかない。

 「はっ!?

  まさかカオルお嬢様を拉致して不埒なことをしようと?!」

 「なんでそうなる?!俺は」

 「大変でございますぅぅぅぅ!人さらい!悪党でございますぅぅぅ!」

 少々大げさな芝居がかった様子で、マクシミリアンは楓を抱き上げかばいながら、危険人物を見る目でアントニオを睨みつけながら後ずさった。

 「ち、違う!俺はその子が」

 「やはりお嬢様が目当てなのですね?!

 このセバスチャンの目の黒いうちは、貴様のような悪党になど、お嬢様に指一本触れさせはしません!」

 「ち、違う!」

 ピンッキュパッ!

 慌てふためくアントニオも、騒ぎ立てるマクシミリアンに注目する人々も皆、その何かが引っ張られ、空気をこすり上げるわずかな音を、聞き逃した。

 直後。

 バブツッ。パサリ。

 何かが切れる音の直後、アントニオのズボンがずり落ちた。その下の下着も一緒に。

 当然さらにその下にある立派なイチモツが露わになるわけで。

 「「「きゃあああああ?!」」」

 「ぶはあっ?!」

 「ぶふっ!」

 「やだぁ・・・。」

 悲鳴や吹きだす音に、忍び笑いが聞こえ、アントニオはあわててズボンを引き上げるが、彼はそれでも果敢に執事と少女に言い訳しようとした。

 「ま、待ってくれ!俺は」

 「その汚らしい獣欲をお嬢様に向けようというのですね?!

  断じて許せません!お嬢様!見てはいけません!穢れます!」

 しかしながら、立板に水の調子でしゃべり続けるマクシミリアン(徐々に後ずさり、確実にアントニオから距離をとっている。)を前に、その言葉はすぐに断ち切られた。

 「君。」

 ズボンを抑え、それでもなお何か言おうとしたアントニオは、背後から肩を叩かれた。

 振り向くと、そこには険しい表情をした駅員らしき男が。

 「少し話を聞かせてくれるかな?」

 「ち、違う!誤解だぁぁぁ!」

 

 どさくさに紛れ駅から脱出したマクシミリアンは、楓をおろし、低い声でささやいた。

 「ご協力ありがとうございます、楓お嬢様。」

 「あ、あの、あなたは?」

 「申し遅れました。

 わたくし、冴島邸執事、マクシミリアン=倉橋と申します。今は虎徹様――あなた様のお父様にお仕えさせていただいております。」

 「お父さんの?!」

 恭しく一礼しながら名乗った執事に、楓は目を瞠った。

 そういえば、彼の姿は見覚えがある。

 「大きなお屋敷で、お父さんとお母さんに、ご飯の準備をしていた・・・。」

 「覚えておいででございましたか。嬉しい限りです。」

 にっこりほほ笑むマクシミリアンは、すぐに表情を引き締める。

 「わけは後でお話しいたします。

  お嬢様、ここは危険です。ひとまず、安全なところへご案内いたします。」

 楓は少し迷った。

 このままアポロンメディアに行って、バーナビーに会いたかったが、危険だと言われた以上、まっすぐ向かうのもよくないだろう。

 何より、父に仕えているという人だ。信頼できるだろう。

 コクリと楓は頷いて、マクシミリアンの後に続いた。

 

 

 

 

 

 「静流様。車を出してください。」

 「はい、マクシミリアンさん。」

 楓を後部座席に乗せ、自身は助手席に乗りながら言ったマクシミリアンに、スラックスに黒い運動靴のラフスタイルの藤林静流(トレードマークのお団子頭はそのままだが、割烹着はしていない。)が運転席でうなずくと、ギアを入れ直し、車を出した。

 黒い車体のその車は、傷や汚れ一つないピカピカのボディの、明らかに高級車だった。

 「えっと・・・あなたは?」

 尋ねた楓に、静流はバックミラー越しに微笑んでみせる。

 「藤林静流と申します。

  私は、銀牙騎士“絶狼”のイワン=カレリンさんのお世話係をしてるんですよ。」

「旦那様が指名手配されたことをご存じになられてから、お力になりたいとご連絡くださいまして。お言葉に甘えて、ご協力を願いました。」

 事情を説明して、マクシミリアンは話題を変える。

 「ところでお嬢様、携帯電話はお持ちですか?」

 「う、うん。」

 「こちらにお渡しください。」

 「わかったわ。」

 頷いて楓はリュックの中から愛用のシルバーの丸いフォルムのケータイを取り出すと、マクシミリアンに渡した。

 直後。

 「失礼。」

 バギッ!

 「え?!」

 楓が驚いても無理はない。

 マクシミリアンは楓のケータイを開くと、そのまま逆さにへし折って、窓から車外に放り出したのだ。

 「何するの?!」

 父が帰郷中に買ってもらった、大切な物を壊されて、楓は執事に食って掛かった。

 「申し訳ございません。

  ですが、ケータイは危険です。GPSでこちらの居場所を探知されかねません。」

 「探知って・・・誰に?」

 「敵です。」

 楓の問いにマクシミリアンはきっぱりと答えた。

 その時だった。

 「・・・っ・・・。」

 ふいに静流は表情をこわばらせ、大きくハンドルを切った。

 それに合わせるかのようにマクシミリアンもすっと表情を消し、後ろを振り返る。つられて楓も後ろを見た。

 幹線道路の車の往来を縫うように、黒塗りの車がいくつも、一同の乗る車を追ってきている。

 「え?な、何あれ?!」

 映画の中でしか見たことのないような状態に、楓は目を白黒させるしかない。まるでこちらはお尋ね者で追われているようではないか。

 「ど、どういうことなんですか?

  なんで・・・。」

 強張った顔の楓が恐る恐る言うと、シートベルトを外しながら、マクシミリアンが答えた。

 「事情は後で説明いたします。

  先ほど申し上げましたように、あなた様は今、危険のただなかにあるのです。」

 「どうします?マクシミリアンさん。」

 ハンドルを切り、アクセルを踏み込みながら尋ねた静流は、スタントマン顔負けのドライビングテクニックを披露して、次々車を追い抜き、目的地めがけて車を走らせる。制限速度など、とっくの昔に違反している。

 おとなしく黒塗りの車たちに従って停車するという選択肢は彼女の中にはないようだ。

 「静流様、そのまま冴島邸にお願いします。」

 「はい。マクシミリアンさんは?」

 「少々、聞き分けのない輩をしつけて参ります。」

 ギッと音を立てて、マクシミリアンはその手から、それまでつけていた白い布手袋から黒革らしき黒い手袋に付け替えた。

 ヴィィィィンッシュタッ。

 窓を開けると、逆上がりの要領で車の屋根に上り、マクシミリアンは後方に向きなおってぴんと背筋を伸ばし、カチリと眼鏡を押し上げた。

 「・・・邪魔です。」

 車の上で、マクシミリアンは歌うように言った。

 「今の私の優先事項は、楓お嬢様の安全です。

  あなた方がどうなろうが知ったこっちゃありません。」

 黒塗りの車たちが、一同の乗る車を包囲する。わずかにあけられた窓から突き出されたのは、ライフルの砲身だった。

「したがって、私はこの黄昏〈トワイライト〉の刹那、あなた方を、一切合切、切断しようと思います。

  まな板の上の鯉のように。のこぎりの前の角材のように。切断しようと思います。」

 恐ろしい宣言だった。

 キィン。

 執事の黒い両の目がシアンに染まる。そのまま彼は軽く両足を広げ、身構えた。

 直後。

 ピピンッキュパパパパッ!

 ギドッバガゴッズッガガガゴォォンッ!

 踊るように振り上げられた執事が右の手を振り上げた直後、すぐ右隣の車がまるで刃物にそうされたかのように鋭利な切り口を見せ、前後に寸断されてた。

 スクラップと化した車は、そのまま後続の黒塗りの車にぶつかり、後方で炎上する。

 ガガガガガガッ!ビギギギギンッ!

 あわてた様子で、車の窓から突き出されたライフルたちは、車上の燕尾服を撃ち抜こうと火を噴くが、その攻撃は、マクシミリアンの前で瞬時に出現した鋼の壁の前にむなしく散る。

 「斬るだけが能と思ったら大間違いですよ。」

 くすっと笑い、執事は踊るように両手をふるった。

 酷いありさまだった。ほとんどワンサイドゲームと言っていいくらい、酷いありさまだった。

 ある車はタイヤを引きはがされ、火花を散らしながら地面をすべる羽目になり、ある車は車体を縦に寸断され、そのまま別々に車道のわきに激突したり。

 「実はマクシミリアンさん、すごく怒ってるみたいなんです。」

 あまりのありさまに絶句状態で窓の外を見やる楓に、静流が困ったように声をかけた。もちろん運転しながら。

 「普段は穏やかな方なんですけどねぇ・・・。」

 「殺しはしません。達磨にして、何を敵に回したか骨の髄まで後悔させるだけです。」

 両手をおろし、眼鏡を押し上げながら執事はしれっと言った。

 

 

 

 

 

 なお、彼の宣言通り、この車の搭乗者たちは奇跡的に命は助かったが、全員、四肢のどこかを切断したり、障害が残るほどの大けがを負い、回復後も、“燕尾服・眼鏡・黒髪のイケメン”の三点セットにトラウマが残るようになるのだが、それは自業自得であるうえ、余談である。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「バカな?!全滅だと?!」

 マーベリックは電話を受けて、社長室で焦っていた。

 何としても鏑木虎徹をヒーローたちに倒させる。

 そのためなら、何だって利用するし、どんな非道だってやり遂げるつもりだった。

 例え子供だろうと人質にするつもりだったのだ。

 しかし、どうやら相手はマーベリックの予想をはるかに上回って性質が悪かったらしい。

 “迎え”にやったヒーローロックバイソンをあしらって振り切り、手持ちのエージェントたちをあっさり蹴散らしてしまった。

 「役立たずだな。」

 ソファの方から聞こえた声に、マーベリックはビクンと肩を震わせた。

 白い仮面の男――ラムダが、いつ入ってきたのか、そこにいた。

 「お、お前・・・。」

 「俺たちの敵は魔戒騎士なのに、雑魚相手にてこずらされるとは。

  鏑木虎徹が見つからない以上、見世物も延期。

  仕方ない。少し手を貸そう。」

 ユラリと彼は立ち上がると、どこから取り出したのか、奇妙なハンドルのついたアタッシュケースをゴトンと床に置いた。

 「起きろ。パイソン。」

 ガシャンッカシャカシャカシャシャッ!

 『ギャァ。』

 ラムダの言葉に応えるように、アタッシュケースが変形していき、二本脚の機械仕掛けの竜――号竜となった。

 「いい子だな、パイソン。」

 その鋼の頭を叩くように撫でると、ラムダはおもむろにモニター――駅構内の監視カメラのものらしい楓の映像を指さした。

 「さあ、パイソン。お前の力であの子をここまで連れてくるんだ。」

 『ギャァ。』

 「いい子だね、ご褒美だ。」

 尻尾を振ってうなずいて見せたパイソンに、ラムダはがりっと指先をかじると、そこから滲み始めた血をパイソンの頭にたらした。

 ヴン。バリンッ!

 その血を浴びた途端、パイソンはそれまでのヒスイ色の目から赤い目に変化すると、窓を突き破って社長室から飛び出した。

 「窓の修理くらいはやってあげるよ。」

 「ま、待ってくれ!まだヒーローたちがいる!」

 しれっと言ったラムダに、マーベリックはあわてた。

 あんなどう見ても危険そうな化物に、街中を徘徊させてはたまったものじゃない。どんな被害が出るかわからない。

 「・・・やってみれば?どうせ無理に決まってる。闇の力も知らない人間なんだから。」

 ラムダはあざけるように言って、割れた窓に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 ガシャン。

 地に降り立ったパイソンは、近場に停めてあった大型のバイクに飛びかかる。

 ブブワッ。

 ガルンッ。ドッドッド・・・ブロロロロロ・・・。

 パイソンは溶け込むようにバイクと一体になる。

 そのままバイクにエンジンがかかり、それはすべるように動き出した。

 ザザザっとバイクの運転席の上に黒服に黒いヘルメットのライダーが現れた。

 そのままパイソンが憑依したバイクは環状線に向かった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ようやく黒塗りの車を全部撃退しても、彼らの“敵”は彼らを無事屋敷に返すつもりはないらしい。

 『そこの黒い車!止まれ!そして止まるんだ!』

 振り返って見ると、背後からスカイハイがいつものさわやかな調子でこちらを追ってきている!

 どうやら声を風で増幅させて拡声器のように大音量で話しているらしい。

 「な、なんで?!」

 ぎょっとする楓――ヒーローまで追ってくるとは思わなかった――だが、その答えはスカイハイがもたらした。

 『君たちが少女を誘拐したことはわかっている!そしてわかっている!

  おとなしく投降し給え!』

 「少女・・・誘拐って、私?!」

 目を丸くする楓だが、マクシミリアンも静流も分かりきっているかのように冷静だった。

 「落ち着いてください、楓さん。」

 車を運転しながら、静流が言った。

 「何度も言うようですけど、あなたは今、危険なんです。

  ヒーローたちにつかまるわけにはいきません。」

 「マクシミリアンさんも静流さんも無実なんでしょう?!

  私が話せば」

「聞く耳を待たないでしょうね。楓さんは誘拐犯に洗脳されたといわれ、私たちは問答無用で逮捕されると思います。」

 身を乗り出して言う楓に、静流はアクセルを踏み込みながら答える。

 『投降しないならば実力行使だ!そして捕まえてみせる!』

 「どうぞご自由に。」

 カチリと眼鏡を押し上げ、執事は言った。

 「丸腰の少女一人を追いかけ、力づくで意のままにしようとする。

  まるで、いやまるっきり強姦魔のやり口だ。

  私がそんなものに屈してお嬢様を引き渡すとお思いか。」

 それまでの丁寧な口調をかなぐり捨て、執事が言った。

 「あなた方はただの敵です。ただの。

  敵に容赦など無用。」

 執事の言葉を聞いているのかいないのか、スカイハイは風を巻き上げる。

 「仕方ない!そして仕方ない!

  実力行使だ!」

 ブッビュォォォォォウウゥ!

 スカイハイが行ったのは、巨大なロードローラー――近辺の路上整地を行っていた、今は無人のそれを投げつけてきたことだった。

 「キャアアアアアッ!」

 楓は身を抱きかかえるように座席の下に縮こまった。

 高ぶった感情に反応するようにその体がシアンに輝くが何も起きない。

 対し、マクシミリアンはスパッと右手を振り上げた。

 ピンッキュパパパッ!

 ギンッバガアッ!ドゴガゴガゴッゴゴォォォンッ!

 次の瞬間、何か銀色の閃光が閃いたかと思うと、ロードローラーが刃物にそうされたかのようにきれいに真っ二つになり、そのまま一同の乗る車のわきを通り抜け、車道のわきに激突、炎上する。

 「?!

  君は、NEXTか?!」

 スカイハイの驚愕の声に、マクシミリアンは答えない。

 ただ、シアンに染まった眼にかけた眼鏡を無造作に押し上げただけだ。

「普通に生きてるとこんな能力、要りませんので。旦那様くらいしか御存知なかったのですが。」

 淡々と言いながら、マクシミリアンは再び右手を振った。

 ピンッキュパパパッ!ギンッバガガンッ!

 「うわあああ?!」

 銀の閃きは、スカイハイの背中に背負ったジェットパックを破壊し、ついでに彼のトレードマークのような仮面の上の一本角をも切断した。

 もろにバランスを崩し、スピードを緩めざるを得ないスカイハイは、ここまできてようやくマクシミリアンの能力を悟った。

 「ワ、ワイヤー?!」

 「そう。私は“ワイヤーを思うがままに操るNEXT”なんですよ。

  有象無象の区別なく、私の“糸”は、何物をも切断します。」

 しれっと言ったマクシミリアンは、右手を振って“糸”を繰り出した。

 ピンッキュパパパッ!バガアァァンッ!

 「それでは、ごきげんよう。」

 無造作に言ったマクシミリアンに、ふいに視界が暗くなったスカイハイはハッと顔をあげた。

 ワイヤーによって斬り落とされた巨大な看板が、バーナビーの微笑みを真下に向けながら、風の魔術師めがけて落下してきている。

 「くっ!

  スカーイハーイ!」

 ブッビュォォォォウゥワッ!

 スカイハイは風を巻き上げ看板を受け止めたが、その時には一同の乗る車は、スカイハイを大きく離し、道路の向こうに消えていた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、マクシミリアンの能力は攻撃一辺倒と思われがちだが、瞬間的にワイヤーを編上げて、鋼の壁を作り攻撃を防御することも可能だ。

 先ほどのカーチェイスの際に見せた防御手段がこれだ。

 ヒーローを圧倒するなど、その辺のNEXTよりも規格外な能力だ。

 

 

 

 

 

 「ど、どういうことなんですか?

  なんで・・・。」

 青い顔の楓が恐る恐る言うと、ハンドルを切りながら、静流が答えた。

 「あなたが捕まらないなら、殺してしまえという勢いなんでしょうね。

  ヒーローたちもそのように洗脳されてるんだと思います。

  殺人犯の娘だから、殺しても構わないと。」

 「お父さんは無実よ!」

 「わかってますよ。でも」

 ここで静流は表情を引き締めると、バックミラーとサイドミラーを交互に見やって他の追手がいないか確認しながら言った。

 「ひとまず、生き延びることを考えましょう。」

 パチリッ。

 そんな二人をよそに、マクシミリアンは燕尾服から懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 日没だ。

 「早く屋敷に戻らねば・・・。」

 懐中時計をしまい、マクシミリアンは小さくつぶやいた。

 キィィンッ。

 車のドリンクホルダーにおいていた、小さな小鉢のようなものが、突然淡い緑色の光を発し、光の矢印を後方に向けた。

 それをちらりと見て、静流は顔をこわばらせた。

 「これは・・・!」

 「え?!何これ?!」

 突然光り出したそれに驚く楓に、静流は答えた。

 「それは魔針盤・・・・ホラーの探知機のような魔導具なんです。

  反応しているということは、近くにホラーが出たということなんです。」

 「ええ?!」

 ぎょっとした楓は、神社の社の中で見た不気味な鎧武者を思い出した。

 あんなものが襲ってくるのか。

 「マクシミリアンさん!」

 「視認しています。おそらく・・・あれです。」

 窓を開けて叫んだ静流に、マクシミリアンはワイヤーを再び取り出しながら答えた。

 一台の漆黒のバイクが迫ってきている。

 黒いヘルメットとライダースーツの男が乗っている。こいつがホラーなのか。

 ホラーを倒せるのはソウルメタル製の武器のみ。マクシミリアンの使うワイヤーは強力といえど、その範疇ではない。

 彼の使う“糸”の正体は、ナノカーボン製の単分子ワイヤー。理論上、最強の硬度を誇る糸だが、ホラーには通じない。

 ――防御に徹して、何とか振り切るしかありませんね。

 無手の左手で眼鏡を押し上げ、執事は“糸”を手繰った。

 ピンッキパパパパッ!

 ギンッ!バガッ!メギメギメリィ!

 先手必勝とばかりに執事は動いた。

 ワイヤーが空を切り、道路情報を流す電光掲示板を支える柱を斬り落とし、巨大なそれを漆黒のバイクめがけて叩き落としたのだ。

 『キャアアアアアアッ・・・。』

 明らかに人間の声でも、バイクのエンジン音やタイヤのドリフト音でもない、不気味な咆哮が、バイクからした。

 メゴドォォォンッ!

 バイクの上に電光掲示板が落着した。直後。

 バッギャガゴドガァァァァンッ!

 電光掲示板の残骸を吹っ飛ばし、それは現れた。

 漆黒の鉤爪付き触手をいくつも生やした、怪物と成り果てたバイクだった。

 ヘッドライトの下には切れ込みが入り、ぎざぎざの牙を生やした口が、涎をほとばしらせながらこちらめがけて迫ってくる。

 またがったライダーだけがそのまま――中肉中背の漆黒のライダースタイルのままであるのが、かえって不気味だった。まるでそれだけが作りもののように見えて仕方がない。

 「何あれ?!」

 ぎょっとする楓をよそに、マクシミリアンは眉をしかめ、“糸”をふるう。

 ピンッキパパパパッ!

 ギシッ!

 「っ!

  やはり・・・!」

 “糸”の手ごたえに、マクシミリアンは悔しげな顔をした。

 執事としては、バイクのタイヤを切り離して距離を稼ごうとしたのだが、糸はサスペンションに絡むだけで、いつものように切断しようとはしない。

 ピンッキパパパッ!

 ピピンッキパパパパパパッ!バグッガガガガァァンッ!

 マクシミリアンは、“糸”をバイクの車体から外し、今度はアスファルトに走らせ、道路を切断すると、アスファルトの破片を打ち上げたのだ。

 メゴ・・・!バグッメギャボゴバガギメゴガギャァァンッ!

 怪物バイクは触手を伸ばし、大小さまざまなアスファルトの鋭利な断片をことごとく弾き飛ばすと、そのまま一同の乗る車を捉えようと触手を伸ばしてきた。

 「楓さん!しっかりつかまってください!」

 キュギャギャギャギャッ!

 タイヤが地面をこすり上げ、暴れ馬もかくやと言う乱暴さで静流の操る車は触手を躱し、幹線道路の広い路上を右へ左へと逃げ回る。

 楓はとっさに運転席のシートにつかまり、悲鳴を喉の奥で噛み殺した。

 叫んだら、必死に戦っている車上のマクシミリアンや、運転席の静流の迷惑になると、思考の隅でわかっていたからこそ、だった。

 マクシミリアンはというと、乱暴な車から振り落とされず、多少姿勢を崩したものの、健在だった。

 それもそのはず。

 彼は車上に上がった時点で、別の“糸”(単分子ワイヤーではないが、そこそこ頑丈なものだ。)で自分の左足と車体を結びつけたのだ。おかげでちょっとやそっとでは振り落とされないのだ。

 めきめきと触手をしならせ、怪物バイクは車を追う。

 静流の運転では躱しきれない触手を、マクシミリアンはワイヤーを飛ばして、払いのける。

 斬るのは不可能だが、防御する程度ならできる。

 しかし、このままではジリ貧だ。こちらの反撃はできないに等しいのだから。

 『きゃあああぁぁぁぁぁ・・・!』

 「キモいのヨ、この化け物!」

 怪物バイクの咆哮に、前方の歩道橋にたたずむ影が、悪態をつきながら身の丈ほどの青い扇をバラリと開いて構える。

 「あれは・・・!」

 前方を振り向いて小さくつぶやくマクシミリアンは、少し驚いたようだが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 「来ていただけるとは有り難い限りです。」

 歩道橋の手すりの上に、彼女は自慢の銀髪と黒い狩衣のようなコートをなびかせ、立っていた。

 カッ!

 ヴヴワッ!バッシャァァァァァンッ!

 『ピャアアアアァァァンッ!』

 手すりの上でステップを踏み、彼女――セシリアル=クルシェフスキーは扇を一閃させた。

 途端にそこから放たれた水でできた鳳凰が、透明なしぶきを散らしながら、高く鳴いて化け物バイク向けて肉薄する。

 バグリッ。メギッボヒュッ。

 一飲みだった。

 化け物バイクは水鳳に呑まれ、残骸も残さずに消えてしまった。

 パシャンッ。

 同時に、水鳳は満腹だというかのようにその姿を崩し、ただの水となって道路を濡らした。

 カッヒュパッ。

 それを見届け、セシリーは立っている手すりから宙返りをうちながら大きく後ろに跳ぶ。

 そのまま歩道橋を飛び越え、反対側に落下した矢先、歩道橋の下をくぐった、マクシミリアンの立つ車の上にガツッ!と降り立った。

 「雑魚すけガ。一昨日来ナ。」

 パチンっと扇をたたんで鼻を鳴らすセシリーに、マクシミリアンは折り目正しく一礼した。

 「助けていただきありがとうございます、セシリー様。」

 「はぁイ、執事〈バトラー〉。相変わらずむちゃくちゃネ。」

 「冴島邸の執事ですので。喧嘩の一つや二つくらいできなくてどうします。」

 「・・・“あれ”を喧嘩で済ませるカ。」

 しれっと言ってワイヤーをしまう執事に、呆れながらセシリーは上を見上げ、眉をしかめる。

 ややあって、彼女はコートの大きな袖からパッと赤い札――界符を取り出し、魔導力を込めた。

 ヒュワッ。

 走行中の車の周囲に、金色の魔界文字で彩られた魔導陣が浮かび上がる。

 「え?何々?」

 「“認識疎外の結界”を張ったワ。

  これで追手がやってきても、あたしたちの居場所はわからないはずヨ。」

 キョロキョロと周囲を見回す楓に、セシリーはしれっと言って、下を覗き込む。

 「窓開けてちょうだイ。中に入るワ。

  ここはちょっと風が強いノ。」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「容疑者の乗った車両、ロストしました。」

 困り果てた調子で言ったケインに、アニエスは唇をかんだ。

 所はOBCのスイッチングルームである。

 容疑者鏑木虎徹の娘がシュテルンビルトにやってきたというから、彼女を押さえて、容疑者を確保しようとした矢先、妙な連中にさらわれてしまった。

 最初こそ悔しがったものだが、考えてみれば少女を誘拐した犯人として、十分HERO TVのネタになると、嬉々としてヒーローたちを招集しようとした矢先、有志だろうか、一台の黒いバイクが果敢に彼らを追い始めたのだ。

 その雄姿の中継を指示してしまったアニエスは悪くない。こんなに見ごたえのあるエンターテイメントなのだ、人々には真実を知りたがる権利がある。何より、ヒーローたちが現場に駆け付けるまでの時間稼ぎにちょうどいい。

 HERO TVの中継用ヘリで、バイクと車のデッドチェイスを嬉々としてシュテルンビルト中に中継した。

 ところが、歩道橋にいたNEXTらしき女性の攻撃で、バイクのライダーは死体も残さず消滅。車に女性が合流したところで、車も消えるように見えなくなってしまった。

 おそらく、鏑木虎徹のところに逃げたに違いない。

 アニエスには奇妙な確信があった。

 車が消えたことに関しては、あのへんな女性のNEXTの仕業だろう。

 彼女は、ヘリが中継していることに気が付いているようで、カメラを睨みつけてきたのだから。

 「アニエス!電話だ!」

 考え込む女プロデューサーの思考を、スタッフの一人が中断させる。

 「抗議の電話が止まらないぞ!」

 「回線がパンクしそうだ!」

 「ファックスとメールもだ!」

 早速影響が来た。

 電話などの対応は他のスタッフに任せ、やれやれと肩をすくめる女プロデューサーは今後の方針を練ることにした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 「信じられなイ・・・。

  あれ、実況済みでニュースになってるワ・・・。」

 無事たどり着いた冴島邸の応接間にて。

 持ち物らしいノートパソコンでネットのニュースを覗いていたセシリー(ちなみに、あの後乗り込んだ車内で自己紹介は済ませている。)は苦々しげな様子で画面を覗き込んだ。

 「どうぞ。」

 「ありがト。」

 紅茶を淹れたマクシミリアンに礼を言って、セシリーはその中に山のような角砂糖を投入し、もはや紅茶色でゲル状の糖分となったそれに口づける。

 「これで旦那様とおそろいですね。」

 「のんきなこと言わないでちょうだイ。」

 にこやかに言った執事に、セシリーは苦々しげに答えを返した。

「あたし、執事〈バトラー〉、家政婦〈ハウスヴィルツチャフト〉の三人が、キャエデ・・・あー、いや、虎〈ティーゲル〉の娘を誘拐したことにされてるのヨ。」

 楓の名前が言いづらいのか、言い直してセシリーは現状を簡単に説明した。

 「ちなみに、動機はどうなってるんですか?」

 「こじつけネ。虎〈ティーゲル〉に対する怨恨じゃないカっテ。」

 マクシミリアンが出かける前にあらかじめ作って用意しておいたサンドウィッチをほおばりながら尋ねた静流(このまま冴島邸から出るのは危険なので、事件が解決するまで滞在することにした。)に、セシリーは糖分紅茶を飲み干し、サンドウィッチを手に取った。

 楓は何か考え込んでいるのか、ついてから一言も口をきくことなく、ソファにうつむいて座っている。

 「あんたも食べたラ?」

 「ご心配なく。既にいただいておりますよ。」

 執事の方は、お茶の用意をする前に味見がてら食べたらしく、けろりとしている。

 「・・・とりあえず食べたラ?」

 と、セシリーは楓にもサンドウィッチを勧めた。

 「・・・いらない。」

 ぽつりと楓は言った。

 「なんでみんなそんなにのんきにしてられるの・・・?」

 「お嬢様・・・。」

 肩を震わせて言った楓に、執事は気の毒そうな顔をした。

 彼女の気持ちが痛いほど理解できるからだ。

 「あラ、あたしたちがそんなにのんきに見えるかしラ。」

 「こうしてる間にもお父さんが危ないかもしれないんだよ?!

  ごはんなんか食べてる場合じゃないよ!」

 ガタンと立ち上がって楓は叫んだ。

 「お、お嬢様、どちらへ?!」

 「アポロンメディアに行くの!」

 リュックを背負い、楓は応接室の出入り口へ向かうが。

 カッ。

 「ムグッ。デ?

  アポロンに行ってどうすんノ?」

 扉の前に立ちはだかり、セシリーは手に持ったサンドウィッチに大口でかぶりつきながら尋ねた。

 その無神経な態度が余計楓の癇に障った。

 「バーナビーに会うの!

  会ってパパを助けてって」

 「ムゴグッ。バーナビーが聞くわけないでショ。

  常識的に考えなさイ。」

 サンドウィッチを食べ切り、パン屑のついた指先を払いながら言ったセシリーに、楓はひるむがすぐに勢いを取り戻す。

 「どうして?!バーナビーはヒーローなのよ?!

  第一、パパの友達だって」

「それなら他のヒーローたちも全員そうなるわね。それ以前に、ニュースを見直したノ?

 あの坊や、大切な人を殺されたってカンカンになってるはずヨ。

 ヒーローたち全員がそうされたように、頭ん中いじられて、あいつのことを忘れさせられてるに決まってるワ。」

ここでセシリーは言葉を切ると、楓の瞳を覗き込みながら淡々と続けた。

「例えばヨ?あたしがあなたのお父さんを殺したとして、ニュースで大々的に報道されたとしましょウ。身内の人間もみんな口をそろえて“セシリアル=クルシェフスキーが鏑木虎徹を殺した”といったとするワ。

 あなたも当然怒るわよネ?

 そこにあたしの弟を名乗る子供がやってきて、姉はやってません、信じてくださいと叫んだとすル。

 あなた、見も知らぬ子ども、まして憎い仇の身内の言うことを、信用しようと思ウ?」

 「・・・っ・・・それは・・・。」

 「あなたが思ってるほど、バーナビーは大人じゃないわヨ。」

 とセシリーは言うが、楓はなおもセシリーを睨みつけた。

 「どいて!それでも、行かないと!

  じっとしてなんていられない!」

 楓が叫んだ瞬間。

 パンッ。

 一瞬、楓は何が起きたかわからなかった。

 セシリーの振り抜かれた手と、自分の左ほおに痛みが走ったことで、ようやく、張り手を食らったことに気が付いた。

 「いい加減にしなさイ。」

 セシリーの声が、いら立ちを帯びた。すっと冬の湖のような双眸が細められ、楓を睨みつける。

「あなたのその軽々しい行動が、あいつを・・・あなたのお父さんを危険にさらすとは考えないノ?!」

 頬を押さえて呆然とする楓に、セシリーは容赦なく浴びせかけた。

「あなたがノコノコヒーローたちのところに行けば、これ幸いとヒーローたちはあなたを捕まえて、あいつをおびき寄せる餌に使うにきまってるワ!

  見たでしょウ?!ここまで来る途中のスカイハイの様子ヲ!

 ヒーローたちは、記憶をいじられた副作用として思考力や自制心に影響が出てると考えて間違いないワ!

 犯人を捕まえるために、子供一人を餌に使うなんてどうとも思わないはずだワ!よしんば自制心が残っていても、黒幕がそれをやらせル!」

ここで彼女はいったん言葉を切って腕組みして、続けた。

 「そうなったら、あいつは出て行かざるを得なイ。あなたを助けるためニ。

 泣き叫ぶ娘の前でなぶり殺しにされる様子がシュテルンビルト中に中継されるでしょうネ。“正義”の名のもとニ。」

 「セシリー様!」

 さすがにたまりかねた様子のマクシミリアンが止めに入ろうとするが、セシリーに睨みつけられ、執事は口をつぐんだ。

 彼にもわかっているのだ。セシリーの判断の方が正しい、ということを。

 「もっと悪いケースを教えましょうカ?

 助けにやってきた虎〈あいつ〉の目の前であなたが殺されたら、あいつは戦意喪失するでしょうヨ。

 バーナビーはさぞかしスッキリするでしょうネ。大事な者を殺される痛みを、復讐相手にも与えられるんだかラ。」

冷然とセシリーは言い放った。

 

 

 

 

 

 もっとも、これは“楓にとっての”最悪のケースだ。

 セシリー――魔戒関係者にとっての最悪はまた違う。

 一番まずいのは、楓が殺されて虎徹が自棄を起こした場合だ。やけくそになって、鎧をつけて暴れ続け、制限時間を無視したら、その先に待っているのは心滅獣身を経た闇堕ちだ。

 虎徹一人が殺されても、外部から魔戒騎士が派遣されるだけで済む。

 しかし、暗黒騎士となった虎徹と戦うことなど、考えたくもない。

 

 

 

 

 

 「・・・じゃあ。」

 ボロリ。

 耐えかねた様子で、楓はとび色の大きな瞳から涙をこぼしながら肩を震わせ、力なくうめいた。

 「どうしたらいいのよ・・・。

  お父さん・・・助けたい、だけなのに・・・。

  どうして、ヒーローは、助けて、くれないのよ・・・。」

 楓の王子様、ヒーロー。

 どうしてお父さんを助けてくれないの?

 「楓さん。」

 泣き出した楓にそっと歩み寄り膝を折ってかがみこむと、その手を取って優しく包み込んだのは、静流だった。

 「泣かないでください。それから落ち着いてください。」

 彼女は楓の不安を和らげようというかのように、微笑んで続ける。

 「あなたのお父さんを助けたいと思う人は、あなただけじゃありませんよ。

  私の家族――イワンさんも、私も、あなたのお父さんにとってもお世話になりました。

  私も、あの人の無実を知っています、そして助けたいとも。」

 楓は涙をぬぐい、静流を見つめ返す。

 「一緒に考えましょう。どうやったら、あなたのお父さんを助けられるか。

  あなたは一人じゃないんですから。」

 「お嬢様。卑小の身ながら、私もお力になります。

  共に旦那様を、お助けしましょう。」

 「・・・うん!」

 執事の言葉に、楓は涙を拭って、ようやく笑って見せた。

 「そのためにも。」

 ここで執事は言葉を切り、楓にうなずいて見せた。

 「食事を摂り、英気を養い、情報を集めましょう。」

「あのネ、あたしだってあいつを助けるって点は反対しないワ。むしろそうしたいと思ってル。」

 セシリーは気まり悪げに視線をさまよわせてから続けた。

 「あたしはやみくもに動くことに賛成できないノ。

  しっかりした作戦を立てないと、助けられるものも、助けられないワ。」

 ここで彼女は少し眼差しを曇らせ、腫れた楓の頬を見て、居心地悪そうにしてから、言った。

 「その・・・殴ったりして、悪かったわネ。」

 「ううん。考えの足りない私だっていけなかったの。

  ごめんなさい。」

 頭を下げる楓に、セシリーはほおを緩ませた。

 「でも忘れないデ。あなたのことを、あいつは大切に思ってル。

 その気持ちを逆手に取られる可能性があるノ。そうならないためにも、慎重に行動しないト。」

くうぅぅ・・・。

 セシリーが真剣に言ったところで、楓のおなかが控え目に空腹を訴えた。

 「お嬢様、ひとまず召し上がってください。

  その後、今後の方針を決めましょう。」

 「う、うん。」

 頬を赤くして頷くと、楓はソファに戻り、サンドウィッチを手に取った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ルナティックは、今日も今日とて、彼の“正義”を行うべく、夜空を駆け抜けていた。

 ヒュパッ。キラキラキラ・・・。

 突如目の前に花火のような金色の光がほとばしり、ぎょっとしたダークヒーローは耐火性の衣装をなびかせ、適当なビルの上に降り立った。

 「おう。お前さんがルナティックか。」

 ルナティックの目の前に現れたのは、腹が出た、中年の黒人の男――ベン=ジャックソンだった。

 「・・・何者だ?」

 「あんたの所にいる虎の先輩さ。」

 「っ?!」

 しれっと言ったベンに、ルナティックは息をのんだ。

 何故己のところに彼の魔戒騎士がいることを知っているのか。

 とっさに腿のクロスボウのグリップに手をかけたルナティックだが、ベンはあわてなかった。

 「待て待て。俺は知り合いに、そのことを教えてもらっただけだ。

  ついでにあんたがここを通りかかるってこともな。」

 言ったベンの脳裏を、銀髪の髪の女魔戒法師の顔がよぎった。

 

 

 

 

 

 『いイ?あたしの魔戒占術によると、虎〈ティーゲル〉は今、こいつのところにいるワ。』

 と、彼女は“月”が描かれたカードを見せながら、言う。

『あいつにこれを渡せって執事〈バトラー〉が言ってたワ。あたしたちは今動けなイ。頼みの綱はあなたなノ。お願いネ、ベン。』

 

 

 

 

 

 ここで、ベンは左手に持っている大き目のスーツケースをよっこらせとルナティックに差し出した。

 「あいつに、これを渡してくれ。」

 「・・・これは?」

 「必要なものだ。」

 きっぱり言ったベンに、ルナティックはしばし黙し、ややあって、スーツケースをガチャリと音を立てて持ち上げた。

 「感謝するぜ。あんた、見た目よりいいやつみたいだな。」

 「・・・礼には及ばぬ。」

 淡々と言うと、ルナティックは再び青い炎を纏い、夜空に飛び上がった。

 余波に髪と服をなびかせながら、ベンは小さくつぶやく。

 「・・・神のご加護を。」

 祈りの言葉など、魔戒のものらしくない。

 魔戒のものは、神に祈る前にまず行動するものだ。

 しかし、今のベンはその言葉をつぶやかずにはいられなかった。それが気休めにも慰めにもならない、とわかっていても。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 身動きすら許されない冷たく重い泥の中から無理矢理放り出されるような感覚だった。

 虎徹は“魔導具に命を食らわせ”た後を、そう例えている。

 今回も例外ではなく、ギシギシときしむ体を動かして、獣のような呻きを上げながら何とか起き上った。

 身体にうまく力が入らない。

 見下ろすと、いつ着替えさせられたのか、服はコートと血の付いたアーバンスタイルから、ブカブカの青いストライプのパジャマになって、毛布がかけられていた。

 『よう。気分はどうだ?虎徹。』

 毛布をどかし、少しずつ体を動かして、感覚を取り戻す虎徹に、相棒の声がかかった。

 「・・・いつも通り。」

 肩をすくめて、虎徹は軽く体を動かした。関節を曲げ伸ばし、準備運動やストレッチのようにほぐしていく。

 冷え切った体に体温が戻り、痺れたような手足に感覚がよみがえる。

 何とか体の調子がいつも通りになったところで、虎徹は姿勢を正す。

 “死んで”いる間は、絶食状態でしかもその状態で体中のエネルギーをことごとく魔導具に持っていかれるので、目が覚めると猛烈な空腹感を覚える。

 「腹減ったなぁ・・・。」

 虎徹は空腹感をごまかそうというかのように腹をさすりながら、ぽつりとつぶやいた。

 ガチャッ。

 「!

  目が覚めたか。」

 「おう。おかげさんでな。」

 顔を出したルナティックに、虎徹は笑いかけた。

 グッギュグギュギュゥゥゥ・・・。

 「・・・悪い。腹減ってさ。何か食わしてくんねぇ?」

 情けなく笑った虎徹に、ダークヒーローが仮面の下で何を思ったかは定かではない。

 

 

 

 

 

 「ぷはぁ。ごっそさん。

  こんなにうまいシチュー食ったの久しぶりだぜ。」

 豪快に飲み干して皿を空にし、虎徹は両の手を合わせてルナティックに礼を言った。

 「・・・伝えておこう。」

 「え?このシチューお前が作ったんじゃねえの?」

 ルナティックはらしくなく余計なことを言ってしまったと後悔した。

 シチューを作ったのは母だった。

 父がいなくなってから、彼が怪物となったことは忘れたが、それゆえ彼の不在を認められず、過去の幻影とともに暮らす、母。

 ルナティック――ユーリには、幻影の存在を認めるよう強要してくるが、それだけだ。立って歩きまわり、見えざる父と団欒を夢想する母に、ユーリは合わせてやればいいだけなのだから。

 三人分用意されたシチューから、母の目を盗んで残りをよそってくるのは、簡単だった。

 ルナティックの空気からそれを聞くべきではないと悟ったのだろう、虎徹は話題を変えた。

 「悪いな、かくまってもらった挙句飯までもらっちまってさ。

  明日にでも出ていくから、勘弁してくれ。」

 「・・・これからどうするのだ?」

 『そうだぜ、虎徹。何か当てはあるのか?

  やみくもに動いたって、前のときの二の舞だぜ。』

 ルナティックの問いと、ザルバの苦言に、虎徹は腕組みして考え込む。

 「う~ん・・・何とかみんなの記憶を戻す方法を考えねえとな・・・。」

 『そのことなんだが、虎徹。』

 「うん?」

 『この事態を引き起こした黒幕と思しき人物が一人いるぜ。』

 「アポロンメディアCEO、アルバート=マーベリックだ。」

 「バニーの養父さんが?!なんでまた?!」

 ぎょっとする虎徹に、ルナティックはザルバとの問答でもした己の推測を話した。

 「なるほど・・・。

  察するに、マーベリックは記憶改竄のNEXTといったところか。

 それならバニーが四歳のことを鮮明に思い出せるのも、ジェイク事件のタイミングも説明がつくな。」

 「・・・策はあるのか?」

 「・・・現状では。」

 フルフルと首を横に振った虎徹だが、ふとルナティックが部屋に持ち込んで、隅においていた大きなスーツケースを発見した。

 「ルナティック、あれは?」

 「・・・汝の先輩を名乗るものに、渡してほしいと頼まれた。」

 「ベンさんから?」

 虎徹は首をかしげながら立ち上がり、スーツケースに歩み寄ると、ベッドわきに持ってきて、中身を開いた。

 「あ・・・。」

 中には、丁寧に折りたたまれた白いコートと黒いレザー服に、ビニール袋に包まれたショートブーツと、ハンチング帽。

 中にはメモ用紙が一枚。

 “旦那様へ。お忘れ物でございます。

  魔戒騎士たるもの、これがなければ‘しまり’がございませんよ。”

 「・・・ありがとうな。」

 この場にはいない忠実な執事に礼を言って、虎徹はさっそく服を着こむ。

 パジャマを脱ぎ捨てた際、胸元の刻印が露わになり、ルナティックが何か物言いたげな空気を漂わせたが、虎徹は無視して、服を着込み、ブーツを履く。

 ばさりっと裾をなびかせ、白いコートを纏い、ようやくひと心地着く。

 ついでに次の方針も決まった。

 魔戒騎士の衣装は己にとっての戦装束であると同時に、ヒーローたちとの出会いの絆の証でもあるのだから。

 「ルナティック。明日の朝一に、俺はここを出ていく。」

 「・・・どうするのだ?」

 「ちょっと、賭けに出る。」

 尋ねたルナティックに、虎徹はこの場にはいない、この悪趣味な演出を企む者に、心のうちで吠えた。

 ――鬼札〈ジョーカー〉なら手に入れた。勝負〈コール〉だ!

 

 

 

 

 

 

 #19END

 GO TO NEXT!

 

 




 よお!ルナティックの素顔を見ちまった方、ザルバだ。
 虎徹の野郎、考えがあるとか言いながら、
 やることはみんなの思い出話だぜ?
 相変わらず出たとこ勝負な野郎だぜ。
 まずは兎坊やから行くのか?そりゃかなり危険だぜ。
 カンカンの兎坊やがこっちの話を聞くかねえ?
 次回、“回心”。
 おい!虎徹!起きろ!死ぬなぁぁ!
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