牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 それでは、第20話を投下します。
 悪役たちの悪巧みはありません。虎徹さんのターン!
 久しぶりに兎が登場。スタイリッシュハンサム?そんなタグ、彼についてましたか?おかしいな、検索しても出てきませんが。
 今回はヒーローズはお休みです。おじさんと兎がひたすらグダグダしてるだけです。

 主人公がぁぁぁっと思いきや、それじゃ話が進みません。あとはひたすらフラグ回収という会話を延々としてます。
 僕ぁ、バトルが書きたいんですよ、安西先生ぃぃぃ(誰?)!
 【お詫び】今更注意することでもありませんが、今回捏造設定が山のように登場します。公式と違う!という文句は甘んじて受け付けます。捏造上等!最後まで付き合ってやろうじゃねえか!という寛大なお方のみ、閲覧なさってください。


#20 回心

 吠えよ、謳え。

 逃隠の末に思い起こす、声華の影。

 忘却の彼方に掻き消えし絆、今こそ甦らん。

 

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第九十六節より

 

 

 

 

 

  #20. 回心~打って出た虎の大勝負~

 

 

 

 

 

 HERO TVのダイジェストを眺めていたバーナビーはややあって映像を止めると、眼鏡を押し上げた。テレビモニターの発する光がレンズに反射しているため、その表情をうかがい知ることはできない。

 そのまま彼は立ち上がり、洗面所に向かった。

 眼鏡を外し、バシャバシャと顔を洗い、タオルで顔を拭ったところで、バーナビーはおもむろに黒い半袖のシャツを脱いだ。

 白い肌の上半身はまるでギリシャ彫刻を思わせるくらい、白くバランスが整っていた。

 ただ一点。鏡の中にある異常を除いて。

 ミチッ・・・。

 そんな擬音が聞こえそうな様子で、バーナビーの胸元――両の鎖骨の間で、黒い薔薇の花のような紋章がその花弁を開くように大きくなっていく。

 しかし、それは鏡の中にしか映らず、現実のバーナビーの体は白皙のままだ。

 バーナビーは無表情でその鏡にしか映らない紋章のような痣を撫でる。

 あの人は言った。これはバーナビーと己をつなぐ絆だと。

 これがある限り、自分は負けない。誰にだって!

 「・・・殺してやる。」

 殺意に満ちた言葉を吐き出し、バーナビーはシャツを着直し、踵を返した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ふかふかの寝心地に、楓はとろとろとまどろむ。

 見知らぬ天井をぼうっと見上げ、ややあって、彼女は思い出す。

 ここはシュテルンビルトで父が住まいとしている大きな屋敷だ。確か、あの執事さんの言葉では、父の父――楓の祖父の家系の持ち物で、わざわざルーツとなった国から移築したものだとか。

 のそりと身を起こし、身支度を整えると、客間から出る。

 どうやら、執事はもう起きているらしく、キッチンの方からいい匂いが漂ってくる。

 「ああ、おはようございます。お嬢様。」

 「おはようございます。マクシミリアンさん。」

 ダイニングの大きなテーブルに朝食用の皿を並べる執事に挨拶をする。

 割烹着姿でそれを手伝う静流に、セシリーだけが悠々とテーブルの隅で奇妙な絵柄のカードを並べ、ぶつぶつとつぶやいている。

 「何か手伝いましょうか?」

 申し出た楓に、マクシミリアンはなぜかぎくりと顔をこわばらせ、「い、いえ!お嬢様のお手を煩わせるまでもございません!」と大仰なまでにその申し出を断った。

 

 

 

 

 

 マクシミリアンは知っている。

 特定の時期――バレンタインや父の日になると、彼の主人が青い顔で娘の名で送られてくる小包を凝視し、ややあってその中身――大抵黒とか蛍光ピンクとか紫とか、お菓子とは思えぬ毒々しい色合いのそれを口にしては、解毒用の秘薬を服用して、それでも二~三日は調子悪そうにしていることを。

 鏑木楓は、その母以上に、料理スキルがダメダメだった。しかも、本人がそれを自覚していない。

 

 

 

 

 

 「でも、私だけなんだか悪いし・・・。」

 「とんでもございません!」

 申し訳なさそうにする楓に、マクシミリアンは大仰に首を振り、何とか楓を諦めさせるうまい口実はないか考える。

 ややあって。

 「!

  お嬢様、朝食まで奥様の画廊をご覧になってはいかがでしょう?」

 「お母さんの?!」

 唐突に言い出した執事に、楓は目を丸くした。

 「はい。旦那様が、亡き奥様を偲んで、お作りになられたのです。

  よろしければ、ご案内いたします。」

 もちろん、楓に断る選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 「こちらでございます。」

 案内されて、楓が通されたのは、画廊というには小さいながらも、いくつも絵が飾られた部屋だった。

 「うわぁ・・・。」

 母が絵を描いていたことはおぼろげに覚えていたが、どんな内容の絵を描いていたかまでは覚えてない楓が、思わず感嘆の息をこぼした。

 「それから。」

 すっとマクシミリアンは楓に鍵を一つ差し出して言った。

 「こちらは、奥様のアトリエの鍵でございます。

  色々片付けはしましたが、いくつかそのままにしているものもございます。

  気になるようでしたが、どうぞ行ってみてください。」

 「ありがとうございます、マクシミリアンさん。」

 鍵を受け取ってお礼を言った楓に微笑んで一礼すると、執事は朝食の支度の続きをするべくキッチンへ向かった。

 

 

 

 

 

 楓は一つ一つ絵を覗き込んでいく。

 見たこともない風景、不思議な生き物。

 中には、スケッチブックに描かれていたあの鎧姿の剣士がモチーフになっている絵もいくつもある。

 ふと楓はある絵の前で足を止めた。

 ひときわ大きなその絵には、虎徹の鎧を纏った姿によく似た絵が描かれていた。

 一つ異なったのは、背中から一対の翼を生やし、剣を片手に天空を駆け抜けているところだ。『翼人〈つばさびと〉』と絵のすぐ下にキャプションがつけられている。

 「伝説の“牙狼”の姿まで、絵にしてたんだネ、トモエハ。

  らしいといえばらしいわネ。」

 背後から聞こえた声に、楓はビクッと肩を震わせ振り向いた。

 そこには、狩衣のようなコートを纏った、女魔戒法師がいた。

 「セシリーさん・・・この絵のこと、知ってるんですか?」

 「知ってるも何も、魔戒関係者の間じゃ有名ヨ、こレ。」

 驚きながらも問いかけた楓にしれっと答え、セシリーは彼女の隣に並ぶ。

 「昔々のそのまた昔、誇り高き黄金騎士の系譜に、一人の男がいたんですっテ。

  その男は、歴代“牙狼”のうちでもっとも偉大と言われてるのヨ。

  まだ生きている間に“伝説”とさえ言われたそうヨ。」

 ここでセシリーは目を細め、まぶしそうに絵を見つめ、続けた。

「名前は冴島鋼牙。すべてのホラーの始祖メシアを打倒し、復活した“メシアの牙”ギャノンを滅ぼし、帰還困難と言われた“約束の地”から無事帰還したんですっテ。

 この絵はネ、その最初の伝説――メシアを倒した際に鋼牙が変身した姿なんですっテ。」

 「へえ・・・。」

 なんだかスケールが大きすぎるし、魔戒のこと自体最近知った楓にとっては遠い世界の話のように思えて、あまり気のない相槌を打つと、それがわかったのか、セシリーはくすっと笑って返した。

 「あなたのご先祖様なのヨ。すべての魔戒関係者なら知ってて当然くらいの伝説ヨ。

  まあ、今はどこにでもあるありふれた伝承のようになってしまっているけド。

  スケールでかすぎて想像もつかないわよネ。」

 そんな英雄譚に目を輝かせていたのは虎徹くらいだ。

 法術を教わりに来ていたハロルドの庵で、セシリーの読む魔戒の伝説を聞き入っていた。

 思い返し感慨にふけるセシリーをよそに、楓はしばし絵を眺め、ややあって小さくつぶやいた。

 「・・・この絵、見たことある。」

 「エ?」

 ハッとして楓は、客間に駆け込むと、ベッドわきに置いていた母のスケッチブックを持って画廊に取って返した。

 再び画廊のあの絵の前で、開いたのは最後のページ。

 色鉛筆で着色された、翼を生やした金色の剣士。

 “虎徹君の幸せを願います。”

 鉛筆で書かれたメッセージ。

 「お母さん・・・。」

 「トモエらしいわネ。」

 スケッチブックを覗き込んで、セシリーは小さく笑った。

 「さテ。朝飯食べて作戦の最終確認したら、あの頼りない虎を助けに行くわヨ。」

 「うん!」

 セシリーの言葉に、楓はうなずいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 まだ朝もやの立ちこめる街を、虎徹はひとり歩いていた。

 ちなみに、ルナティックにまた目隠し付きで、適当なビルの狭間に夜明け前におろしてもらった。

 路地裏に身を潜め、警官たちをやり過ごし、虎徹は目的地に向かって歩く。

 今向かっているのはもちろん。

 「バニー・・・。」

 バーナビーの住まう高層マンションを見上げ、彼は一人ごちた。

 『勝算はあるのか?虎徹。』

 「ない。」

 尋ねたザルバに、虎徹はきっぱり答えた。

 『おい!』

「こればっかりはバニーの腹三寸だよ。俺はあいつを信じてるが、今のあいつに俺の言葉が届くかはわからねえ。」

 『・・・ちょっといいか、虎徹。』

 「うん?」

 『それを言うなら“胸三寸”じゃねえのか?』

 「だっ!ちょっと間違えただけだろ?!」

 いつものことながら魔導輪と漫才のようなやり取りをして、虎徹は自分が柄にもなく緊張していることに気が付き、苦笑する。

 それはそうだ。これから自分がやろうとしていることはとてつもなくバカなことだ。

 普通の魔戒騎士なら、とっとと関係者全員の記憶を消去して、さっさと街を脱出するのを常套手段として実行に移すだろう。

 しかし、虎徹は信じている。自分が今まで彼らと築いてきたことは、決して無駄なことじゃない。彼らは絶対に自分を思い出してくれる。

 ズクリっと胸元で破滅の刻印がその存在を主張するように疼く。

 お前などに負けはしない。みんなは必ず思い出してくれる。

 「行くか。」

 朝もやの中、虎徹は軽く胸を押さえてから、白いコートを翻し、歩き出した。

 

 

 

 

 

 「待て!鏑木虎徹!」

 「♪お~にさん、こちら!

  手~の鳴~るほ~へ!」

 鬼のような形相で追ってくるバーナビー(ちなみにチェイサーにまたがって、かなりのスピードで走っている。うっかり誰かを引き殺してもおかしくないだろう。)に、虎徹は泣き出したくなる感情を押し殺し、挑発するような言いぐさとともにワイヤーを飛ばし、彼を先導する。

 マンションの駐車場でバーナビーに姿を目撃させ、虎徹は彼をうまく誘い出すことに成功した。

 『なんで能力を使ってこねえんだろうな?兎坊やは。

  坊やの性格ならさっさと使ってお前を殺しに来そうなもんだがな。』

 「さあな!よっと!」

 ザルバの問いに、虎徹はビルの隙間を飛び越え、バーナビーが追ってきているのを確認しながら前へ前へと駆け抜ける。

 虎徹に気が付いたのか、サイレンの音がやかましい。

 他のヒーローたちが駆け付ける前に、バーナビーを先に正気に戻す。

 「何でサマンサを殺したんだ!!」

 「聞け!バニー!」

 路上のバーナビーに、虎徹は吠える。

 「俺は殺してない!無実だ!」

 「嘘を吐くな!!」

 『・・・虎徹よう、あいつ本当にヒーローか?

  ライフルあったらお前を撃ち抜きかねねえ凶悪な眼ぇしてんぞ。』

 「ザルバはちょっと黙ってろ!」

 呆れた調子のザルバに怒鳴りつけ、虎徹は目的地にダイブする。

 遊覧船が行きかう、河口付近の港。

 「覚えてるか?!バニー!俺たちが最初に会った場所だ!

  鎧が解けた俺を助けてくれたんだぜ!屈辱だったけどな!」

 逃げ足の速いホラーを追ってうっかりミスをした虎徹を救った、生意気な新人ヒーロー。

 最初の印象はそんなものだった。

 「何の話だ!!僕が聞きたいのはそんなものじゃない!!

  なんで小母さんを殺したのかと聞いてる!!この人殺しめ!!」

 バーナビーは全く興味がない様子で怒鳴った。

 虎徹は続いてワイヤーを飛ばし、新たな目的地を目指す。

 その時には警察が群がり始め、虎徹を捉えんとしていたが、闇を駆け抜ける虎がたかだか烏合の衆に負けるはずがなかった。

 銃撃の狭間を縫うように潜り抜け、そのまま突破する。

 「うわあああああ!!殺してやるぅぅぅ!!」

 「「「ぎゃあああああ?!」」」

 「「うわあああぁぁ?!」」

 そのまま警察の囲いをチェイサーで強引に突破するバーナビー。

 『ヒーローのやることじゃねえ・・・。』

 ザルバが呆れてつぶやいたが、虎徹は無視してビルの狭間を突破することに専念した。

 

 

 

 

 

 バーナビーはチェイサーを乗り捨て、そのまま階段を駆け抜ける。

 あの男がこのホールに逃げ込んだことは間違いない。

 バーナビーは、エントランスに飛び込んだ。

 果たして目当ての男はそこにいた。

 長い脚を肩幅に開き、丹塗りの鞘の退魔の剣を杖のようについて柄の上に両の手をゆるりと置き、文字通り仁王立ちだった。

 「よう。」

 にっと笑う虎徹。

 どうやらここを己の死に場所と定めたか。

 バーナビーは素早く視線を巡らせ、出入り口を確認する。

 そんなバーナビーに気が付いたのか、虎徹は不敵に笑いながら言った。

 「安心しろよ。」

 すっと彼は出入り口の付近に貼ってある赤い札を指して言った。

「界符を使って“人払いの結界”を施した。泣こうが喚こうがここには誰も入ってこねえよ。外に出入りできねえのはこっちも同じだがな。」

 それは好都合だ。

 とっさにバーナビーはそう思った。

 それなら、この殺人犯を、思う存分痛めつけようと、自分の気のすむまで、自由にできる。

 「覚えてるか?バニー。

  この場所を。」

 バーナビーは答えずに、ジャケットの内側に手を入れた。

「キャサリン=グレーデンに化けたホラーを、お前は必死に守ろうとして、俺に蹴りかかってきたんだぜ。

 あん時の蹴りはなかなか効いたぜ。」

 苦笑する虎徹は、バーナビーがジャケットの懐から取り出したものを目の当たりにして、すっとその表情を消した。

 それは、鞘に収まった大ぶりなナイフだった。

 『・・・虎徹、これでも坊やの説得を続けるのか?』

 ザルバが問いかけた。

 完全に見切りをつけたらしい、他人事調子の口調だった。

 虎徹は答えずに、鞘から刃を抜くバーナビーを黙って見つめる。

 ナイフの刃はぬらりとした、不気味な紫色だった。何かが塗られているらしい。

 「・・・毒か。」

 「そうだ。友切さんがくれたんだ。

  魔戒騎士ならかすっただけで、死に至る猛毒だ。」

 目を細めて言った虎徹に、バーナビーは鞘を投げ捨て、そのナイフの切っ先を虎徹に向け、問いかける。

 「もう一度言う。どうしてサマンサ小母さんを殺した。

  ホラーを殺すためなら、だれが何人死のうがどうだっていいのか。」

 「俺は殺してない。」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!

  何度も同じことを言わせるな!!!!」

 淡々と言った虎徹に、バーナビーは鬼気迫る表情で叫んだ。

 「殺してやる!

  殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!

  魔戒騎士!!殺してやる!!!」

 バーナビーがさっとナイフを構えた時、やっと虎徹は動いた。シャンと丹塗りの鞘から退魔の剣を抜剣する。

 ヒョウッ。

 頭上にその切っ先を向け、召喚陣を描く。

 キィン。

 バーナビーは能力を発動する。

 『いいかい、バーナビー。

 奴が鎧を召喚したら、とにかく逃げまくるんだ。鎧をつけている状態の魔戒騎士は無敵だからね。攻撃は自殺行為だ。能力を使えば逃げ切れるはずだ。

 99,9秒経てば、奴は鎧を解かざるを得ない。

 また鎧を召喚する前に倒すんだ。君ならそれができる。』

 友切からもらったアドバイスを思い出しながら、バーナビーは憎い敵の次の動きを見逃すまいと睨みつけた。

 ところが。

 すっと、虎徹は体を一歩ずらして、召喚陣の下から出る。

 バァンッガシャンッ。

 虎徹のいたところには、直立した金色の鎧が、きらきら輝きながらあるだけだ。

 ガギン。

 大理石の床に、牙狼剣となった得物を突き立て、虎徹は改めてバーナビーに向き直った。

 「・・・何のつもりだ。」

 「俺なりの覚悟だ。」

 言って虎徹はポケットから、格闘用のグローブを取り出し、両の手にはめる。

 このままでは、バーナビーは人殺しをする。

 ヒーローなのに、人殺しをする。人殺しをさせてしまう。

 それはダメだ。それだけは。それだけはさせられない。

 虎徹が剣と鎧をあえて放り出すようにしたのは、何が何でもバーナビーを止めてみせるという誓いのようなものだった。

 そして、バーナビーへの信頼の証――魔戒騎士の鎧を身に纏うことなく見せるのは、古くからの慣わしだった。虎徹はそういう古い習慣などはあまり気にしないが、今はそれに従いたい気分だった。

 「喧嘩に剣も鎧も必要ねえよ。

  来いよ。お仕置きの時間だ。」

 足を広げて身構え、手招きしながら言った虎徹に、バーナビーは歯噛みした。

 こいつは自分を馬鹿にしている!鎧をつける価値もないと判断されたのだ!自分は!!

 「殺してやるぅぅぅ!」

 キィン。

 能力のせいで猛スピードで突っ込んできたバーナビーに、虎徹も能力を発動して、よけようとする。

 ビギンッ。

 「うぐっ・・・!」

 苦痛に呻きながらも、虎徹は動きを止めず、突き出されたナイフをよける。

 掠ることさえ許されない紫の刃をよけ、虎徹はナイフを奪うべく手を繰り出す。

 その手をバーナビーはナイフを持ってない左手で押しのけるように防御し、なおもナイフを繰り出す。

 ビュババババッ!

 「チッ!よけるなぁぁ!」

 その攻撃全てをよけに徹し、あくまでナイフを奪うことにこだわる虎徹に、業を煮やしたバーナビーは蹴りを繰り出した。

 ギャオッ!

 苛立ちがそのまま形になった、荒々しい蹴りだった。

 虎徹は蹴りを受けた。

 否。よけずに跳びさがり、その蹴りのダメージを打ち消したのだ。

 ダンッ!

 ハンドレッドパワーの発動状態で跳んだせいで、勢いが付き、虎徹は間後ろの壁に垂直に着地した。

 シャァァァァンッ!

 衝撃で天井近くにある天窓のガラスが割れ、ガラス片がダイアモンドダストのように舞う中、虎徹はぐっと両足をそろえ、跳ぶ。

 そのまま振りかぶり、再びバーナビーからナイフを奪おうとするが、バーナビーは負けじと虎徹の腕を避けるようにナイフを突き出した。

 すんでのところで虎徹は体をねじるようにナイフをよけ、そのまま地面に転がると、再び跳ぶ。

 柱を蹴り、三角跳びの要領でホールを移動する虎徹を、バーナビーは追いかける。

 バシッ!

 「しまっ!」

 「とらえた!」

 虎徹の左足首を掴み、バーナビーは狂喜の笑みを浮かべる。

 ズダァンッ!

 「がっ・・・!」

 そのまま地面に叩きつけられた虎徹は、大理石の床に小さなクレーターを作り、その真ん中でうつぶせのまま苦痛に呻いた。

 ハンドレッドパワーと魔法衣がなければ内臓にまでダメージがいっていただろう。

 ヒュバッ!

 ガツッ!

 それでも背中の上にまたがるバーナビーが振り下ろしたナイフを振り返ることなく、体をずらすようによけ、右手の甲で刃の腹を叩くように弾き飛ばした。

 カシャンッカラカラカラ・・・!

 弾き飛ばされたナイフがホールの奥で硬い音を立てて転がる。

 「しまった!」

 バーナビーが悔しそうにするのをよそに、虎徹は次の動きに移る。

 ババッ!ギュパッ!

 虎徹はそのまま跳ね起きてバーナビーを跳ね飛ばし、振り返りざまに掌底を叩きこむ。

 バシィンッ!

 「ぐあ・・・!」

 のけぞりよろめくバーナビーに、虎徹は新たに拳を叩きこむ。

 バシッ!ヒュガッ!ダンッ!バシィンッ!

 虎徹は眉をしかめ、苦痛に耐えるような表情をして、防戦一方に陥ったバーナビーを見つめる。

 ――泣きそうな顔しやがって。

 ザルバはこっそり思った。

 痛いのは殴られているバーナビーじゃない。忘れられ、本気の殺意を向けられた虎徹の方だ。

 泣きたいのは虎徹の方だ。

 「思い出せよ、バニー!

  お前がヒーローとしてデビューした夜に会った魔戒騎士は俺だ!

  俺のミスでお前はホラーの返り血を浴びた!

  一緒にワイヤーに絡まって宙ぶらりんになって!

  アントンと一緒に飲みに来て!

  イワンと一緒にアカデミーでルナティックに会って!

  パオリンと一緒にベビーシッターをやって!

  ジェイクを倒すのを協力し合っただろう!」

 「何の、話だぁ!」

 バーナビーは殺意を前面に押し出し、蹴りを繰り出した。

 ビュバッ!ギャンッ!ヒュオッ!

 今度は虎徹がそれを腕で受け流し、防戦一方に陥りながら語る。

 「“返り血付き”がどうなるのか黙ってた俺に怒っただろう!

  紅蓮の森で、俺の名前を初めて呼んでくれただろう!

  呪いが浄化された後、助かってよかったって言ったじゃねえか!」

 「うるさいうるさいうるさい!

  そんなこと知らない!黙れ黙れ黙れ!」

 バーナビーは叫んだ。

 殺意の中で、頭の奥がざわめいた。

 「お前はノイズだ!僕の前から消えろ!いなくなれ!」

 とても不快だった。とても苛立った。

 目の前の男がとても、憎かった。

 この男さえいなくなれば、ノイズが消える。

 バーナビーはそう信じていた。

 サマンサも、両親も、この男がいたからいなくなったのだ!

 殺意に燃えるバーナビーは気が付かない。

 ノイズだと言い放たれた虎徹が、ショックを受けた顔をしたことに、

 フヒュッ。

 虎徹のハンドレッドパワーが消失したのはまさにこの時だった。

 ビギンッ。

 「ぐっ・・・!」

 破滅の刻印の激痛に呻く虎徹に、バーナビーは容赦しなかった。

 「殺してやるぅぅ!」

 ドガァァァンッ!

 「うあ・・・!」

 バーナビーはそのまま虎徹を蹴飛ばし、エントランスホールの壁に叩きつける。

 蜘蛛の巣状のヒビを背に、バウンドする虎徹に、バーナビーは素早くナイフに駆け寄り、それを拾い上げた。

 ――殺してやる殺してやる殺してやる。

 「死んでしまえぇぇぇぇ!」

 ゾンッ。

 ここで能力が切れたバーナビーが振りかぶった紫のナイフは、とっさにガードしようとした虎徹の右手の平に突き立った。

 「っ・・・!」

 『虎徹!』

 ザルバの悲鳴に、虎徹は大きく目を見開いた。

 ザビュッ。ドンッ。

 バーナビーはそのままナイフを引き抜き、前のめりになる虎徹を蹴って再び壁に叩きつけた。

 だらりと虎徹の両手が垂れる。

 ふーっふーっと肩で息をするバーナビーに、虎徹は力なく微笑んだ。

 「ごめんなぁ・・・バニー・・・。」

 お前を助けられなかった。人殺しにさせてしまった。

 何が“守りし者”だ。これじゃ魔戒騎士失格だ。

 脚に力が入らなくなり、ずるりと壁にもたれかかるように座り込む。

 「バ・・・ニー・・・。」

 目が霞む。

 仁王立ちのバーナビーの姿がにじむように見えなくなっていく。

 カクリ。

 首を垂らし、そのまま虎徹は瞼を下し、動かなくなった。

 

 

 

 

 

 「・・・虎徹さん?」

 目の前の男が動かなくなったところで、バーナビーはつぶやいた。

 唐突に、その名が唇から滑り落ちた。

 鉄砲水のように記憶が脳内に湧き上がってくる。

 空から降ってきた変な男。

 『バニー。』

 金色の鎧を纏って怪物を倒す、化物退治屋。

 『バニーちゃん。』

 お人よしでお節介焼きで、得意料理はチャーハンで、好きなお酒は焼酎で。

 『バニー!』

 僕の、命の恩人で、一緒に生きたいと願った人。

 「あ・・・?」

 そこでバーナビーは現状を理解する。

 動かない虎徹、血まみれのその右手、バーナビーの右手に持ったナイフ、その刃に塗られた魔戒騎士を即死させる毒。

 「あああああああああっ!!」

 絶叫が喉をついた。

 バーナビーの右手から滑り落ちたナイフがガシャンと音を立てる。

 「虎徹さん!起きてください!虎徹さん!」

 足をもつれさせ、うずくまる男に駆け寄り、バーナビーは彼を揺さぶるが、虎徹は答えない。

 目を閉ざし、揺さぶられるがままだ。

 「虎徹!」

 『タイガー!』

 どうやってか、ベンと斉藤(彼はスピーカーがセットになったヘルメットをかぶり、そのため声が普通の大きさに聞こえるらしい。)がホールに駆け込んできた。

 二人はすぐさま、バーナビーに揺さぶられる虎徹と、傍に落ちている毒々しい色のナイフを発見し、真っ青になった。

 「どいてろ!」

 「いやだ!虎徹さん!虎徹さん!」

 押しのけよとするベンに抵抗して、バーナビーは虎徹にしがみつく。

 「治療の邪魔だ!斉藤!」

 怒鳴りつけられ、ひるんだバーナビーをベンが押しのけたところで、斉藤は白衣のポケットから魔戒筆と魔導火のランプを取り出す。秘薬のアンプルも出し、その透明でトロッとした液体を筆先に浸してから、金緑色の火を灯し、手袋をはがした虎徹の右手の甲に押し当てる。

 ジィワァ・・・。

 黒く膿んだようなジュクジュクの傷口が消えうせ、新たにピンク色の肉が盛り上がる。

 しかし、虎徹は呻き一つ上げることはない。

 『・・・無駄だ。』

 ザルバが口を開いた。

 酷く静かな口調だった。

 『もう、呼吸も脈も止まっている。』

 カランッ。

 斉藤の手から魔戒筆が滑り落ち、硬い音を立てた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 虎徹の意識は白い世界を漂っていた。

 ヒタッ。

 誰かの手が、彼の目元を覆う。指が細くて、少し冷たくて、ペン胼胝が目立つ、小さな手。指先から香る、絵の具のかすかな匂い。

 ――友恵ちゃん?

 虎徹はそう問いたかった。

 しかし、彼の体はその意志とは裏腹に、石のように固まり、舌一つ、瞼ですら、自由にならなかった。

 『こんなところで何してるの?虎徹君。』

 柔らかな声は、記憶の中ではだいぶ曖昧になってきていたとはいえ、間違いなく彼女のものだった。

 彼岸の彼方に旅立った、最愛の女性。

 なあ、友恵。俺頑張ったんだぜ。でももう疲れたよ。もう、いいだろ?

 虎徹はそう言いたかった。

 『・・・。』

 不思議なことに彼女は虎徹の言いたいことがわかるらしい。

 ふうっとため息をつくと、軽く息を吸ってから彼女は言った。

 『虎徹君の意気地なし。』

 きっぱりはっきりと吐き出された言葉は、虎徹の胸にぐさりと刺さった。

 『何よ、ちょっとみんなにイジメられたからって、らしくもなくイジけちゃって。

 私が生きてるうちにそんなふうに弱音吐いてくれたこと、ほとんどなかったくせに、自分が死んでから甘えてくるの?』

 返す言葉もございません。

 身体が自由だったら、虎徹はうなだれていたに違いない。

『まだやること、あるんじゃないの?』

 促され、虎徹は思い出す。

 自分を刺してしまったバーナビー、記憶を捻じ曲げられたままのヒーローズ、おかしな魔剣を持つ暗黒騎士、破滅の刻印を仕掛けてきた魔戒法師らしき人物、そして――最愛の娘、楓。必ず帰ると、約束した。

 『ここにあなたの居場所はありません。

  残念でした♪』

 笑うように朗らかに、友恵は言った。

 その言葉を最後に、虎徹の目元から、手の感触が離れる。

 意識が、再び遠ざかった。

 

 

 

 

 

 『さっさと戻ってやれ。バカ者め。』

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ポウ・・・。

 左手の黒いグローブ越しに、薬指部分で、何かが光った。

 「これは・・・?」

 怪訝に思ったベンが、グローブを外させると、それが見えた。

 虎徹の左薬指にはめられた結婚指輪。突然それが灯火のように淡い金色に輝いている。

 『?! こいつは・・・!』

 隣の指のザルバが驚く中、金色の指輪が一層強く輝く。

 『“護りのまじない”か!』

 ハッと斉藤が言った。

 「“護りのまじない”?」

 『持ち主が命の危機に瀕した時に発動するんだ。致命傷をなかったことにできる。

  見るのは初めてだ。』

 聞き返すベンに答え、斉藤は虎徹の金色の輝く結婚指輪を見つめる。

 『“護りのまじない”自体、大昔に廃れた術式なんだ。

 何しろソウルメタルじゃない金属にそれを刻んで、十年以上は肌身離さず持ち歩いて、魔導力の影響下に置いとかないといけないからね。

 手間暇がかかりすぎるし、術式自体複雑過ぎて並みの魔戒法師じゃ仕掛けること自体不可能だ。こんなことができるのは――。』

「ハロルド=クルシェフスキーか・・・。」

『そういや、あの爺さん、虎徹に結婚祝いだとかなんとか抜かして結婚指輪を貸し出させてたな・・・あのときか・・・。』

 ザルバが思い出したところで、指輪から放たれた光が虎徹を包み込む。

 ふわりと金色の光が虎徹に吸い込まれるように消え、ややあって。

 ヒュウッ。

 「ゲホッ・・・ゲホゲホッ・・・!」

 大きく胸を上下させ、虎徹が動いた。

 力なく、それでも大きくむせてから、ゆるゆると顔をあげ、琥珀の双眸で周囲を見回す。

 「ベンさん・・・斉藤さん・・・。」

 「虎徹!」

 『タイガー!大丈夫かい?!』

 心配そうに必死に、それでもほっとしたような二人を見てから、虎徹は視線を動かす。

 二人の向こう、放心状態で座り込んだ、金髪の青年。

 「ばにー・・・。」

 「っ!

  虎徹さぁん!」

 微笑まれ、ようやくバーナビーは動いた。

 ぼろぼろ涙をこぼしながら、虎徹に抱きつき、肩口に顔をうずめる。

 「ごめんなさい!ごめんなさい!僕・・・僕・・・!

  ごめんなさい!ごめんなさい!」

 言いたいことはたくさんあるはずなのに、謝罪の言葉しか出てこないバーナビーは、虎徹を強く抱きしめた。

 「思い出してくれたんだな・・・ありがとな、バニー・・・。」

 力が入らなくてされるがままの虎徹が、穏やかにそう言うと、バーナビーはぼろぼろ涙をこぼしながら、こくこくと頷いた。

 何とかバーナビーが落ち着いたところで、ほっとしたらしいザルバが声を出した。

 『よう。虎徹。』

 「ザルバ・・・。」

 虎徹は力なく笑い、左中指の相棒が目に入るように、だるい左手を持ち上げた。

 『また会えてうれしいぜ。』

 「ああ。俺もだ。」

 虎徹がそう答えた直後。

 ピシ・・・!

 ザルバの隣の指で、結婚指輪が嫌な音を立ててきしむ。

 見ると、くすんだ銀色であったはずの指輪は、錆びたかのように真っ白になり、いくつもの小さな亀裂が走っている。

 「あ・・・?」

 虎徹が怪訝な声を出した直後。

 パギンッ。

 指輪は、粉々に砕けて、跡形もなくなってしまった。

 虎徹は大きく目を見開き、指輪のあったところを凝視するしかない。

 『“護りのまじない”の術式の影響だね。

  あの術式は、媒体にしたものと引き換えに対象の致命傷を消すんだ。

  ・・・指輪と引き換えであっても、君が戻ってきてくれて、よかった。』

 解説してから、ややあって斉藤は気まずげに、それでも嬉しそうに言った。

 「友恵さんと、ハロルド法師に守られたな、虎徹。」

 「守られた・・・。」

 ベンに言われて、虎徹は思い出す。

 友恵との会話の後、最後に聞いたしわがれた声。

 あれは、ハロルド法師の声ではなかったろうか?

 『まあ、雑談なら後からいくらでもできる。

  そろそろ移動しねえとまずいんじゃねえか?』

 「!

  ああ、そうだな。」

 ザルバに促され、ベンはハッとして、斉藤とうなずき合うと、虎徹に肩を貸して担ぎ上げようとした。

 「ま、待ってくれ。」

 そこで虎徹はホールの片隅に目をやる。

 そこには召喚したままの鎧が、傍らに突き立った牙狼剣と共にキラキラとたたずんでいた。

 「っ!

  お前、鎧!」

 死にかけの虎徹に目がいってて気が付かなかったが、大事な“牙狼”の鎧を剣ともども放置とは、なんと迂闊な。

 ぎょっとするベンをよそに、バーナビーは涙を拭いて眼鏡をかけ直し、「僕にやらせてください」とベンに言って、虎徹に右肩を貸して担ぐように一緒に歩き出した。

 「一人で歩けるっつーの・・・。」

 「バカなことを言わないでください・・・!

  そんなフラフラな足で・・・!」

 文句を言う虎徹に心配そうに言って、バーナビーはそのまま牙狼剣のもとに歩み寄る。

 虎徹は右手を伸ばし、牙狼剣を抜こうとするが抜けない。

 歩み寄ってきたベンの助力でようやっと引き抜くと、再び召喚陣を描いて、鎧を魔界に送還した。

 『トランスポーターへ行こう。

  バーナビーのサポートをすると言い訳をつけて、乗ってきたからね。

  監視カメラにはダミー映像を流してるから、安全地帯になる。』

 斉藤の言葉に、頷く一同。

 「あ!待ってください!」

 ポトカシャッ。バギギンッ!

 ハッとした様子で、バーナビーは手首のPDAを外すと、ポケットから取り出したケータイともども、地面に落とすと踏みつけて壊した。

 「バニー?!」

 「PDAにもケータイにもGPSが仕込まれてます。

 ・・・報告もなしに勝手にトランスポーターに引き上げれば、記憶が戻ったことがバレかねません。

  これなら、向こうでGPSが故障したと思い込んでくれると思います。」

 『それが賢明だね。』

 ぎょっとする虎徹にバーナビーが答えると、斉藤が頷いた。

 そうして、一同は改めてエントランスホールを後にした。

 残されたのは、ガラスの破片が飛び散りまくり、クレーターやらヒビやらが入った廃墟のようなホールだけだった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 『いイ?楓〈アホルン〉。あなたの能力は、NEXT能力のコピー。

  それなら、手はあるワ。』

 楓は深々とパーカーのフードをかぶったまま、脳内で作戦内容を復唱した。

 昨日、屋敷で実験して確信した。楓の能力は、直接接触したNEXT能力者から能力をコピー、行使できるというかなりデタラメじみた能力だ。

 『アポロンメディアに行って、マーベリックに接触。能力をコピーするのヨ。

  それが一番確実にヒーローたちを正気に戻せる手ヨ。』

 セシリーから聞かされた言葉を繰り返し、楓はパーカーのポケットにしまっている小ぶりな瓶を取り出し、その中身を飲み干した。

 すうっと音を立てて、楓の顔が変わっていく。

 鼻は高くなり、目の色はとび色からエメラルドに、唇は珊瑚のような健康的な色に。眉やまつ毛の色もこげ茶から金に、髪の色も金に替わり、くるくるとカールがかかる。

 ごそごそとリュックの中から度の入ってない眼鏡を取り出し、かける。

『“変化”の秘薬は、子供であるあなた用に希釈――薄めてあるから、せいぜい持って三時間。三時間以内にマーベリックに接触してくるノ。三時間経ったら、元の姿に戻るから、気を付けテ。

 化けるのは子供のころのバーナビーヨ。お気に入りのそっくりさんがいたら、あっちから声をかけてくるはずだワ。』

 容貌を変える魔界の秘薬の効能と注意点を思い出しながら、楓はフードを下すと、一人果敢にアポロンメディアのビルを見上げる。

 ――楓〈アホルン〉、うまくやるのヨ。

 その様子を少し離れたところから、“認識疎外の結界”を張っているセシリーがこっそり見守る。

 彼女は楓の護衛のため、少し離れたところにいる。すぐそばだと怪しまれかねないし、餌に食いついてくれない可能性がある。

 ちなみに、マクシミリアンと静流は、それぞれ別行動中だ。

 時間が来れば合流する。

 「行くよ、お母さん。」

 小さくつぶやいて、楓は背負ったリュックの中に入れたスケッチブックと筆――出かける前に母のアトリエからこっそり持ってきたものに声をかけ、さっそうと歩きだした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 所変わり、ゴールドステージの某所。

 人通りの比較的少ない場所に、“認識疎外の結界”を展開した状態で、アポロンメディアのトランスポーターが駐車していた。

 その内部のシートにて、虎徹は斉藤印の苦まずい薬湯を、眉をしかめて飲んでいた。

 少しでもマグカップから口を離そうものなら、“お残しは許しません!”と言わんばかりの険しい顔で睨んでくるバーナビーが「全部飲むんです。聞こえなかったんですか?これだからおじさんは。」と嫌味たっぷりに言ってくるので、お前は俺の母ちゃんかっつーの、と内心愚痴りながら、飲み干した。

 もっとも、その態度が心配の裏返しだと、虎徹にはきちんとわかっている。

 ゆえにこそ、虎徹も何も言わないのだ。

 

 

 

 

 

 ちなみに、ベンと斉藤の“正体”も、すでにバーナビーには説明済みだ。近しい存在であるはずの斉藤の正体に、バーナビーもひどく驚いた。世の中は実に狭く、奇縁に満ちている。つくづく彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 「うえええ・・・苦まずいぃぃ・・・。」

 「ちゃんと飲んだみたいですね。」

 げんなりする虎徹(しかし、その甲斐あって体力は完全回復した。)がマグカップを置くと、中を覗き込んで完飲を確認するバーナビー。

 「よかった・・・。」

 ほっとした様子で小さくつぶやくバーナビーの言葉を、虎徹は聞き逃さなかった。

 「だぁいじょうぶだよ。おじさんは不死身で最強の魔戒騎士なんだからさ。

  そんな大げさにしなくったって」

 「実際死んでたくせにそんなこと言わないでください!!」

 おどけた虎徹に、バーナビーは泣きそうな顔で叫んでいた。

 「虎徹、今のはお前が悪い。」

 『ふざけるのも時と場合を考えろよ、虎徹。

  今回ばかりは、さすがにお前の運も尽きたと思ったぜ、俺は。』

 先輩騎士と、魔導輪からも説教を受け、さすがに虎徹も悪いと思い、申し訳なさそうな顔をした。

 「・・・わるかった。

  けど、そんな辛気臭い顔すんなよ。

  俺はみんなで笑ってる方が好きなんだからさ。」

 困ったように笑う虎徹に、ようやくバーナビーもつられるように笑みを浮かべた。

 「それで?

  虎徹、お前は何に巻き込まれた?なんでヒーローたちがお前の命を狙う?

  サマンサ=テイラーと、何があった?」

 尋ねたベンに、虎徹はバーナビーの方を見た。

 「・・・ショックかもしれねえけど、聞くか?」

 「聞かせてください。

  サマンサのことなら、僕には知る権利があるはずです。」

 真剣な顔でバーナビーが頷いたのを確認して、虎徹はあの夜、区立図書館で何があったかを話しだした。

 

 

 

 

 

 「サマンサも・・・記憶を書き換えられたのか・・・。

  きっと、彼女を殺したのは・・・。」

 うつむくバーナビーを、虎徹は痛々しく思ったが、それでもバーナビーには訊かなければならないことがある。

 『ちょい待て、兎坊や。

 サマンサ“も”?お前やヒーローたちの状態を見てひょっとしてと思ってたが、やっぱりあの婆さん・・・。』

 「ザルバの想像のとおりです。

  サマンサも、記憶を書き換えられていた可能性が高い。」

 「誰に?」

 「マーベリックさん・・・いいえ、アルバート=マーベリックに。」

 首を振って、バーナビーは思い切ったように答えた。

 「思い出したんです。二十一年前のクリスマスの夜、何があったかを。」

 

 

 

 

 

 二十一年前。ND1957年12月24日。午後七時三十分。

 クリスマスプレゼントを買って、スケート場で写真を撮った4歳のバーナビーはサマンサとともに、両親の待つブルックス邸に帰宅した。

 「お父さん!お母さん!ただいま!」

 「ジュニア!サマンサ!逃げて!きゃあああああ!」

 帰宅の挨拶をかき消したのは、母の悲鳴だった。

 「お母さん?!」

 「奥様?!」

 あわてて奥のリビングに家政婦ともども入ってみれば。

 炎の海と化したリビングで、イグアナのような頭に、拘束着を纏ったような背の高い異形が、佇んでいた。

 ゴビュリッ。

 その牙が生えそろった口から垂れ下がるのは、人間の腸らしい、長い管だった。

 管の先は、仰向けに倒れる母の腹腔に続いていた。

 怪物が喉を鳴らすたびに、管が徐々にその口内に引き込まれていく。

 「きゃあああああああ!!」

 サマンサは悲鳴を上げ、その場で倒れ伏した。

 現実離れした光景のためか、信じられない惨劇を目の当たりにしたショックのためか、あるいはその両方か。

 いっそ気絶できた方がよかっただろう。

 不幸にも、バーナビーはあまりにも現実離れしたその光景を、座り込んで凝視することしかできなかったのだ。

 

 

 

 

 

 「うっ・・・。」

 「少し休むか?」

 顔を青くして、口を押さえるバーナビーに、虎徹は痛々しそうな顔でその背を撫でながら言った。

 「大丈夫です・・・。」

 首を振って、バーナビーは青い顔ながらも気丈な様子で続けた。

 

 

 

 

 

 ゴビュゴビュゴビュリっ。

 そのまま怪物は、内臓から母のすべてを麺類をすすり取るかのように口の中に収め、バーナビーに向き直った。

 『ジュニア・・・。』

 怪物が口をきいた。

 それは、くぐもってこそいたが、父の声だった。

 「お・・・お父さん・・・?」

 呆然としたままのバーナビーに、父の声の異形が手を伸ばそうとした瞬間。

 ゾパッ!

 そのイグアナそっくりの首が切り離され、ごとりと床に転がる。

 どざっとフローリングの床に崩れ落ちた異形の背後から、それは現れる。

 漆黒の、狼を模した鎧を身に纏った人物。背中に鉄塊のような身の丈ほどの大剣を背負っている。何より特筆すべきは、いやおうなしに命の危機感をあおるような、ぞっとする空気を身に纏っているのだ。

 「見られたか・・・。」

 漆黒の鎧姿が声を発した。

 さびた金属をすり合わせるような、低い声だった。

 「なら殺すか。男はホラーになり、女はその餌になり。

  ガキとそっちの女は・・・使い魔にでも改造するか。」

 漆黒の鎧姿の背後から、別の人物が姿を現した。

 こちらは黒いローブを纏い、フードを深々とかぶっている。

 ローブから突き出されたその手が握っているのは、何か細長い棒のようなものだった。

 二つの黒い影に、いっしょくたに見詰められるバーナビー。

 かけっぱなしのオペラだけがひどく耳障りだった。

 

 

 

 

 

 「すいません。ここから先は覚えてないんです。

  多分、気を失ったんだと思います。」

 頭を抱えるバーナビーに、虎徹はその背をさする。

 「辛かったな。よく話してくれた。お前は偉いよ。」

 「子ども扱いしないでください。

  ・・・大丈夫です。」

 一呼吸おいて、バーナビーは話しを続けた。

 「次に気が付いた時には、あの黒い格好の連中の傍に、マーベリックがいたんです。

  何か、話してたような気もしますが、内容までは思い出せません。

  そして・・・。」

 フルリと身を震わせ、バーナビーはギュッと膝の上で両手を握りしめながら続けた。

 「マーベリックは僕に、能力を使った。多分、サマンサにも・・・。」

「あの図書館行きの指令、“俺の命を狙う”罠じゃなくて、“俺をハメる”ための罠だったのか。多分、サマンサさんは用済みということで、奴らに殺されたんだろうな。」

 『ってえことは、マーベリックはそいつらとグルってことか。』

 「・・・はい。」

 唸った虎徹に続いたザルバの問いに、バーナビーは屈辱をこらえるようにうなずいた。

「あなたとあのスケート場で別れた後、記憶のことをマーベリックに相談しにアポロンの社長室に行ったんです。それが間違いだった。

  コーヒーに睡眠剤を入れられ、また記憶を・・・。」

 「肝心なことがわからんな。」

 うなだれるバーナビーに替わって、ベンが口を開いた。

「マーベリックを陰で操っているのがその黒ずくめども――十中八九魔戒関係者だとして、なんで執拗に虎徹の命を狙うのか。どうもそこがわからん。」

 「それは、たぶん」

 ここで虎徹は視線を自分の左中指に落とした。

 「こいつが知ってる。」

 『・・・。』

 「話せよ、ザルバ。

  “トモキリ”ってのは誰だ?

  俺が狙われる理由も、お前なら心当たりがあるんじゃないか?」

 「“トモキリ”だと・・・?」

 意外にも、その名に反応を返したのは、ベンだった。

 「どういうことだ、ザルバ。

  お前の話では、奴は死んだんじゃないのか?」

 問い詰められ、ザルバは観念したようにため息をついた。

 『・・・わかったよ。話す。

  何より虎徹。これは、お前の問題でもあるからな。』

 「俺の?」

 怪訝そうにベンとザルバを見比べる虎徹。

 『奴の名は・・・今は“友切”なんぞ名乗っちゃいるが、本名は違う。

  奴の本名は、冴島鬼切。』

 「冴島だと・・・?!」

 息をのむ虎徹。

 「サエジマ・・・?」

 「親父の方のファミリーネームだ。鏑木はおふくろのファミリーネームなんだ。」

 怪訝そうにするバーナビーに、虎徹は呻くように説明する。

 『そうだ、虎徹。

  奴は、お前の従兄にあたる。』

 「初耳だぞ、そんな話。」

「冴島の恥部だからな。父親の長光は放蕩者で、その息子の鬼切・・・いや、友切は力を求めるあまり、暗黒騎士に堕ちた。」

 「暗黒騎士に・・・!」

 ベンの説明に、虎徹の脳裏を、漆黒の鎧姿がよぎる。

 あの暗黒騎士が、友切。

「正宗のことだ。ザルバ、あいつはお前に口止めしていたんだろう?友切のことを、虎徹には言わないようにな。」

 『まあな。何より、奴は死んだはずだった。』

 ベンの言葉に、ザルバは答えた。

「なぜそう言い切れるんですか?現にあの男は生きて、こうして虎徹さんの命を狙っている。」

 「それは・・・。」

 『魔戒騎士の最終手段、“必殺の呪印”を食らったからだ。

  正宗の、死に際の一撃だった。』

 怪訝そうに尋ねるバーナビーに、ベンが答えるより早く、ザルバが説明する。

 「“必殺の呪印”?」

『魔戒騎士の最終手段。その名の通り、受けただけで魔戒騎士だろうとホラーだろうと確実に死に至る呪印だよ。

 ザルバが死んだと思っても、無理はないだろうね。』

魔戒関係のことに疎いバーナビーに、斉藤が説明する。

 「っ!」

 息をのんだのは虎徹だった。

 脳裏をフラッシュバックする光景。あの神社の石段の下、血まみれでうずくまる父、突き立った牙狼剣。

 まさか。

 『・・・何で正宗がその話を伏せるように言ったか、わかったか?虎徹。』

 「親父を殺したのは、その、友切ってやつなのか。」

 『・・・ああ。』

 カチリッと目を伏せるザルバに、虎徹も目を伏せる。

 「え・・・。」

 バーナビーはとっさに虎徹を見た。

 ホラーに殺されたと言っていたはずなのに、実は違っていたのか。

『死んだと思っていた。ヒーローどもが口をそろえてその名を出した時、まさかと思ったが、確信が持てなかった。同姓同名ってこともあるかもしれないだろう?

 確信を持ったのは』

 「バニーのナイフか。」

 『ああ。魔戒騎士を即死させる毒なんざ、そうそう手に入るもんじゃない。』

 「俺の命を狙うのは・・・。」

『復讐ってところだろうな。正宗は死んだが、呪印は残っている。あれはそう簡単に消せるもんじゃない。

  おそらく、秘薬でだましだましやっているんだろう。』

 話し合う魔導輪と黄金騎士に、バーナビーは唇をかんだ。

 思い出した。もう一つ、重要な話があった。

 でも、ただでさえも大変な時に、この話をしていいのだろうか?

 「どうした、バニー?」

 バーナビーの変化に目ざとく気が付いた虎徹に、バーナビーはややあって、観念して話すことにした。

 「・・・あなたはこれが何だかわかりますか?」

 そう言って、バーナビーはライダースジャケットを脱ぐと、黒いシャツをめくり上げた。

 「へ?なんもないけど?」

 「・・・斉藤さん、鏡はないですか?

  ・・・ありがとうございます。」

 不思議そうにする虎徹に答えずに、バーナビーは斉藤から手渡された手鏡で、その胸元――ちょうど両の鎖骨の間に当たる部分を映して見せた。

 そこにあるのは、黒い薔薇の花のような紋章だった。しかも、今なお、それはその花弁を開くように大きくなっているらしく、今や鏡の中のバーナビーの白い胸はその紋章に大半が占められていた。

 「「『『!」」』』

 息をのむ一同に、バーナビーは鏡を置いてから無言のままシャツを引き下げた。

 「バニー!お前、それどうしたんだ?!」

 「わかりません。マーベリックに記憶を書き換えられて、奴の別邸で目が覚めたんです。

  その後、シャワーを浴びようとしたら、これを見つけて・・・。

 最初はパニックだったんですけど、あいつ――友切が“守りの印だ”なんて言うから、そのときはそう信じ込んでいたんです。」

 虎徹の言葉に、バーナビーは首を振って答えた。

 「魔戒関係の物なんでしょう?心当たりはありませんか?」

 『調べてみよう。』

 尋ねたバーナビーに、硬い声で答えて斉藤は立ち上がると、トランスポーターの片隅に置いていた革製のトランクから、どこにそんな容量があるのかというくらいの分厚い本を山ほど引っ張り出し、べらべらとめくって調べ始めた。

 「手伝おう。」

 『そうしてくれると助かるよ。』

 斉藤の返答にうなずき、ベンはすぐさま斉藤が持っているのとは別の本を開いて調べ始めた。

 「あ、俺も」

 「お前はもう少し休んでいろ。」

 「そうですよ、虎徹さん。」

 「・・・はい。」

 虎徹も腰を浮かせ掛けるが、ベンに言われ、続いてバーナビーに脇からにらまれたので、おとなしくシートに座っていることにした。

 『それにしても、冴島の血がバラゴの二の轍を踏むとは思えねえな・・・。』

 「バラゴ?」

 元魔戒騎士と魔戒法師が魔導書をあさる中、ぽつりと言ったザルバに、虎徹は聞き返した。

 『あー・・・そうか、名前までは伝わってねえか。

 バラゴってのはな、昔の“牙狼”冴島鋼牙――虎徹、お前の先祖がメシアを打倒した際、メシア降臨をもくろんだ暗黒騎士のことだ。

 まあ、暗黒騎士の存在自体、メシア降臨のためにあるといっても過言じゃない。』

「ああ、確かメシアの力を取り込もうとしたはいいけど、実はメシアに利用されてて、最終的にメシアに吸収されちまったんだろ?記録にはそう残って」

 「待ってください。」

 ザルバと虎徹の会話にバーナビーがストップをかけた。

「おかしいじゃないですか。そのメシアとかいうのを呼び出すために暗黒騎士がいて、昔実際呼び出そうとしたのに失敗した記録が残ってる。

 どうして友切とかいうやつは暗黒騎士になったんですか。

 メシアに吸収されるのはわかってるんでしょう?」

「あれ?言われりゃそうだな。」

「今までのやり口から考えても、そんなわかりきった失敗例があるのに、自分こそはと思い込むようなタイプじゃないでしょう。」

 首を傾げる虎徹に、バーナビーは考え込むがすぐに首を振った。

 魔戒のことに詳しくない自分にはわからない。

 「気になるのはあのホラーを食らわせてた魔剣だな。」

 『ああ、本来の暗黒騎士なら、剣の方じゃなくて騎士の方がホラーを食らうからな。』

 虎徹とザルバの会話が途切れた時だった。

 『あった!たぶんこれだ!』

 斉藤の声がした。

 分厚く古めかしい本を抱えて斉藤がちょこちょこともどってくると、シートの傍に広げた。

 そこには、バーナビーの胸にあるのと同じ紋様をもつ人間の絵と、それとは別に不気味な剣で胸を刺し貫かれた人間の絵が描かれている。

 バーナビーに分かったのはせいぜいその程度だ。

 よくわからない字体(バーナビーにはわからないが、それは梵字のような魔導文字だった。)のせいで、何が書かれてるかさっぱりわからない。

 一方の虎徹は、ページに書かれた字を目で追い、徐々に表情をこわばらせ、硬い顔でバーナビーを――正確には、その胸にあるだろう不気味な紋章に目をやった。

 「何ですか?何て書かれてるんですか?」

 『これはね、バーナビー。

  “メシアの淀み”、カナン降臨の儀式だ。』

 「“メシアの淀み”?カナン?」

 『そうか、カナンか。』

 口をはさんだのはザルバだった。

 『俺たちホラーは、始祖メシアから生まれたとされている。

 鋼牙が戦ったメシアも巨大だったが、誕生直後のメシアはさらに巨大で比類なき存在だったらしい。しかし、あまりにも大きすぎるため、真魔界の底の底にある虚無の海で、自らの力の一部を“淀み”として切り離したんだ。それが・・・カナン。

 メシアに比肩するほどの、巨大な存在だ。

 “夜の女神”、“メシアの断片”、“真魔の塵”、“メシアの淀み”、“殺しの女神”、“壊しの剣”、様々な異名を持っているな。』

「“三つの‘9’をそろえた子供に、‘贄’の刻印を刻め。ホラー食いの魔剣に999体のホラーを食らわせた後、‘贄’の心の臓腑を捧げよ。さすればカナンは魔剣をゲートとして現世に降臨し、魔剣の主に比類なき力を授け、万物は彼の者の支配下に置かれるだろう。”

 このページの内容を要約すると、こうなる。」

 硬い顔で一緒に本を覗き込んだベンはそう言った。

 「贄・・・?」

「生贄ってことだ。バーナビー、お前さん、おそらく友切に、カナンの贄として、その刻印を打たれたんだ。」

 「あ・・・!」

 ここでバーナビーはいつか見た悪夢を思い出す。

 黒ローブの男、九日目にあった九人目の子供と言われ、持っているおもちゃを九つと答えたこと、胸を掴まれたこと。

 あれはすべて夢じゃなかった。

 「夢じゃ、なかった・・・。」

 「心当たりがあるんだな。」

 茫然とシートに座り込んだバーナビーは、ベンの問いに、力なくうなずいた。

 「・・・僕を殺してください。」

 「バニー?!」

 うつむき加減に言ったバーナビーに、難しい顔で考え込んでいた虎徹はぎょっとした。

「僕がその魔剣の持ち主である暗黒騎士に殺されたら、カナンとかいうやつが出てきてしまう。・・・あの友切とかいうやつがこの世の支配者になってしまう。だったら、その前に僕が死んでおけばいい。」

 居間にも泣き出しそうな顔でバーナビーは顔をあげ、虎徹に微笑んで見せた。

 「僕ならいいんです。もともとホラーの呪いで死んでいるはずだった。

  あなたに会って救われた。それだけで、十分です。」

 「いいわけねえだろ!」

 虎徹は叫んでいた。

 「俺はそんなことのためにお前を救ったんじゃない!

  諦めんなよ!」

 「虎徹さん・・・。」

 「俺はお前を見捨てない。絶対に。

  何があっても助けてやる。だから信じろ。」

 「・・・はい。」

 力強く笑って見せた虎徹に、バーナビーはくしゃりっと顔をゆがませ、笑って見せた。

 『んで?どうするんだ?虎徹。』

 話がまとまったところで、ザルバが声をかけてきた。

『状況はあんまり変わらないぜ。兎坊やが正気に戻ったといっても、他の面子は相変わらずだろうし、お前は指名手配のままだ。』

 「そうだな・・・。」

 と虎徹は考え込んだ。

 「他のみんなも・・・。」

「マーベリックに記憶を改ざんされてるんだろうな。俺のことを暗黒騎士の人殺しと思い込まされてる。」

「やっぱり・・・。」

バーナビーは視線を落とした。

 マーベリックが敵なのははっきり言ってきつい。この街そのものが敵と言っても過言ではないような状態なのだ。

 「・・・先にみんなの洗脳状態を解こうと思う。」

 「なっ?!危険です!」

 言った虎徹に、バーナビーは腰を浮かせた。

 しかし、虎徹は静かに首を振った。

 「みんなの記憶をいじられたのは、俺がヒーローたちと親しくしていたからだ。

  そこを付け込まれたんだ。完全に俺のせいだ。

 馬鹿だよ、俺。こういうことにならないために、一般人とは係わらない、係わりを持ったらその記憶を消すように掟があるのにな。

 俺にはみんなの記憶をもとに戻す責任がある。」

「あなたのせいじゃない!」

バーナビーは叫んでいた。

「僕は、あなたのせいだなんて思ってません!

 あなたに会えたことを、後悔なんてしてません!だからそんなこと言わないでください!」

「・・・ありがとうな、バニー。

 けど、俺はいく。止めても無駄だぜ。」

「・・・わかりました。」

 意見を変えるつもりのない様子の虎徹に、ややあってバーナビーは眼鏡を押し上げ立ち上がると、言った。

 「僕もあなたと一緒に、みんなの説得をします。」

 「だっ?!危険だぞ!」

 「あなた一人を行かせるよりはマシです。

  それに、一人より二人の方が、説得力が増すと思いませんか?」

 「そりゃそうかもしれねえが・・・。

 お前が正気に戻ったとわかったら、あの友切とかいうやつが出てきて、何をしてくるか・・・。」

 「だから、あなたがいるんでしょう?

  それに、僕だってヒーローです。僕にも、守らせてくださいよ。」

 あなたを。

 力強く言ったバーナビーに、それでも虎徹は渋っているようだった。

 『いいじゃねえか、虎徹。

 見えないところでこいつが友切にかっさらわれるよりは、手元に置いといたほうがいいぜ。』

 「けどなぁ・・・。あのムカつくアンドロイドもいるし、イワンの様子もおかしいしな・・・。」

 同意するザルバだが、虎徹は懸念事項を吐き出した。

 「アンドロイド?それにイワン先輩?」

 「そうだった、虎徹。

  そのことについて、セシリーから連絡を受けている。」

 怪訝そうなバーナビーに、口をはさんだのはベンだった。

 「セスから?」

 「誰ですか?」

 『セシリーは斉藤と同じ魔戒法師だ。年こそ違うが、虎徹の幼馴染みてえなもんだな。』

 「へえ・・・。」

 こそこそ話すザルバとバーナビーをよそに、ベンは硬い顔で続けた。

「お前のところの執事と一緒に街頭カメラの映像を解析して分かったらしいんだが、どうもあいつは“分化の呪印”を刻まれてしまったらしい。」

「なっ・・・!」

「“分化の呪印”?」

目を瞠る虎徹に、バーナビーが訊き返した。

どうも不吉な響きの言葉だ。

『精神に作用する呪いの一種だな。人格を二つに分けちまうんだ。

 様子がおかしかったのはそれでか。』

「・・・あいつも元に戻さねえとな。」

ザルバの言葉にうなずいて、虎徹はバーナビーに向き直って真剣な顔で言った。

「イワンだけじゃなくて、前に街ん中を暴走してたアンドロイドがヒーロースーツみてえな格好で襲ってきた。あいつが乱入してくる可能性もある。」

「・・・“ワイルドタイガー”ですね。

 目が覚めてから、マーベリックに紹介されたんです。新しいヒーローだと。」

バーナビーの言葉に、虎徹は奥歯をかみしめ、怒りを押し殺した。

「すいません。あなたがその名前を大切にしてるとわかっていたのに・・・。」

「バニーが謝ることじゃねえよ。第一、記憶をいじられてたんだろ?無理ねえさ。」

首を振ってから、虎徹は顔をあげて、続けた。

「・・・わかった。一緒に来るなら止めねえ。

 でも覚悟はしてくれ。いろいろきつい。」

「はい。

 斉藤さん、ヒーロースーツの用意をお願いします。」

『わかった。』

斉藤は頷いてスーツの準備を始めた。

「っ。」

虎徹は小さくうめいて胸元を押さえた。

虎徹にしかわからない。

 どうやら、死んでも“破滅の刻印”まで解除には至らなかったらしい。激痛が虎徹の身を苛んでいる。

「虎徹さん?」

「・・・バニー。」

様子のおかしい虎徹に気が付いて覗き込んできたバーナビーに、虎徹は力なく微笑んだ。

「みんなが正気に戻ったら話しておきたいことがあるんだ。

 俺が管轄付きを辞める理由だ。」

「・・・今は、話せないんですね。」

「まだ、覚悟できてねえ。」

首を振る虎徹は怖い、と思った。

 バーナビーの反応が。そしてそれを見て改めて死ぬかもしれないという不安を突き付けられることが。

 「けど、必ず話す。まあ、みんなを元に戻す方が先決だけどな。」

 ようやく痛みが治まった虎徹は、猫のように背伸びしてから笑った。

 「みんな揃ってハッピーエンドが一番なんだから。」

 

 

 

 

 

 

 #20END

 GO TO NEXT!

 

 




 よお!隣の指から指輪がなくなって物足りない方、ザルバだ。
 おいおい、バーナビーだけで死にかけたってのに、
 虎徹の野郎、今度はヒーロー全員をスタジアムにおびき寄せて説得する気だぜ?
 勝ち目はあるのか?
 来たな!銀牙の坊主!
 お前も元に戻してやらねえとな!
 次回、“転変”。
 あれは楓嬢ちゃん?なんでここにいるんだ?!
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