牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

24 / 28
 それでは、第22話投下します。
 いよいよ最終決戦。さらわれたバーナビーの運命やいかに?・・・って、完全にヒロインポジションですね、彼。しかも、ここぞとばかりに豆腐メンタルぶりを発揮。どこがカオルちゃんポジションだ!最後までおじさんを信じきれよ、兎!
 青薔薇さんや牛さんの方がよっぽど男前ですよね。
 兎がメンタルを崩壊させそうな有様です。

 舞台はスタジアムからジャスティスタワーへ。轟けオールスターズとばかりに、ルナ先生こと月さんも参戦。
 あれもこれもと欲張ったら、サクッとアンドロイドが退場。ロトワングについては、#23で語ることになります。代わりに魔戒の敵がタワーで好き放題。こういう感じの「ここは俺に任せて先に行け!」的なノリは嫌いじゃないです。むしろ燃えませんか?
 肝心なところで次話に続きます。


#22 牙城

 闇の賊巣、隷属者を内包す。

 蠢々たる衆生、

 聖なる母体の萌生胎動をなさん。

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第十九節より

 

 

 

 

  #22. 牙城~いざ、決戦の地へ~

 

 

 

 

 「世話の焼ける・・・!」

 「ひぃ!ひぃぃぃぃ!」

 社長室の窓を破り、青い顔であえぐマーベリックを米俵のように肩に担ぐ友切は、街灯の上に降り立つと毒づいた。

 マーベリックを拘束せんと社長室に入ってきた警察連中を振り切ることなど、友切にとってはたやすいことだった。

 全員殺してもよかったが、そろそろ日没も近い。“儀式”のために場所を移る必要がある。殺すのも時間がかかって面倒だった。

 マーベリックを連れるのは、バーナビーやヒーロー、そして黄金騎士に対する人質のつもりだった。

 こうなった以上、この男にはその程度しか価値はない。

 「喚くな。例の場所で、貴様ご自慢の人形に、ヒーローどもを殺させればいいだろう。」

 「ど、どうするつもりだ?!」

 マーベリックは喚いた。

 もはやこうなれば、シュテルンビルトに己の居場所などないというのに、この期に及んでこの男は無駄なあがきをしようとしている。

 「す、素直に捕まった方がいい!その方が罪も軽く」

 「やかましい。」

 ゴウッ。

 風が吹いたわけでもないのに、友切の黒いローブの裾がはためいた。

 マーベリックは友切の放つ、圧倒的な威圧感に卒倒しそうになった。

 「何度も同じことを言わせるな。貴様は我らの駒だ。貴様はもう、我らと一蓮托生だ。

  頭の悪い奴め。この愚図なカスが。」

 ようやくマーベリックが黙り込んだところで、足元に迫るサイレンに背を向け、友切は大きく跳んだ。

 シュテルンメダイユ中央にそびえる、ジャスティスタワーに向かって。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 所変わってバーナビーが連れ去られ、ヒーローたちと、魔戒騎士、そして彼らの家族が取り残されたスタジアムでは。

 『ヒーローズ。出動を要請します。』

 ファイヤーエンブレムの開いたPDAのウィンドウに険しい表情のユーリ=ペトロフが映し出された。

 「何か、あったんですか?」

 『アルバート=マーベリックが逃走しました。

  社長室から、護衛らしきNEXTと窓から逃げ、ジャスティスタワーに向かっています。』

 「ジャスティスタワー・・・!」

 尋ねたファイヤーエンブレムに答えるユーリに、虎徹はシュテルンビルトの中央にそびえる摩天楼を睨みつけた。

『生放送は許可できませんが、今はヒーローの力が必要です。後日録画放送でいいなら、撮影も許可しましょう。』

『そういうことよ!』

 ここでユーリの移るウィンドウの隣にから、新たにウィンドウが開かれ、そこにアニエスが映し出された。

 「アニエス・・・!」

 『・・・タイガーはいる?』

 「ん?」

 申し訳なさそうな顔になったアニエスに、虎徹はファイヤーエンブレムの肩越しにウィンドウを覗き込んだ。

 『その・・・悪かったわね。』

 「あー・・・いや、気にしてねえよ、うん。記憶をいじられてたんだから、仕方ねえだろ?」

 謝ったアニエスに、虎徹は毒気を抜かれたようにそう答えた。

 どうやら、彼女も思い出してくれたらしい。

『そうよ!よくもHERO TVの金看板に泥を塗ってくれたわね!しかも私の頭の中をいじるなんて!あのイボ!』

 拳を握りしめ、女帝とも呼ばれることがあるプロデューサーは吠えた。

 この期に及んで視聴率の方が大切らしい。

 「イボ・・・。」

『とにかく!そういうわけよ!ヒーローズ!すぐにマーベリックを追いかけて、捕まえるのよ!汚名返上、名誉挽回よ!』

 しかし、気炎を吐くアニエスとは裏腹に、スタジアムのヒーローたちは静かなままだ。

 『ちょっと!何か言ったらどうなの?!』

 「ごめんなさい、今ちょっとね・・・。」

 言葉を濁すファイヤーエンブレムも、元気がない。

 「アニエス、バニーがマーベリックの手のものらしい、アンドロイドにさらわれた。」

 替わって虎徹が状況を説明する。

 『!』

 『なんですって?!』

 大きく目を見開くユーリに、アニエスも目を丸くした。

 「撮影は刺激になるかもしれないから、程々にしてくれ。

  バニーの命が危ない。それに・・・敵にはこっちの関係者もいるんだ。」

 『!』

 言葉を濁した虎徹に、アニエスは事態を悟る。

 『・・・わかったわ。』

 頷いて彼女はヒーローズを見回すと、息を吸った。

 『シャキッとしなさい!ヒーロー!』

 ビクッと誰もが反射的に肩を震わせ、顔をあげた。

『何があったかはわからないわ。タイガーを傷つけようとしてショックを受けているのもあるんでしょう。けどね!』

 敏腕女プロデューサーは凛として言い放った。

 『あなたたちは!ヒーローなの!あなたたちがそんなんで、誰がこの街を守るの?!

  バーナビーだって助けられないわよ!』

 ここで彼女は不敵に笑う。

 『健闘を祈るわ。』

 『・・・健闘を祈ります、ヒーローズ。』

 ここで通信が切れた。

 虎徹は腰をかがめ、ピンズを拾い上げる。

 ――待ってろ、バニー。

 心のうちで呼びかけ、彼はピンズをポケットにしまうと、顔をあげた。

 「みんな聞いてくれ。バニーの命とシュテルンビルトがヤバい。」

 一同を見回して、虎徹はトランスポーターで見聞きした情報を話しだした。

 

 

 

 

 「“メシアの淀み”?カナン?」

 「ハンサムが生贄だと・・・?」

 「な、何なのよ、それ・・・。」

 話し終えた虎徹に、ヒーローたちは青い顔をますます色を悪くした。(ちなみに、この間にセシリーがいくつか口をはさんだので、彼女のことも紹介したし、能力減退のことも話した。)

 「タイガーさん。」

 ここで何かを決めたらしいイワンが凛とした表情で口をはさんだ。

 「あいつらは僕が何とかします。あなたは休んでてください。」

 「ダメだ、それはできない。」

 「タイガーさん!」

 「お父さん!」

 首を振った虎徹に、イワンと楓が叫ぶが、虎徹に譲る気はなかった。

 「でも、“破滅の刻印”があるなら、これ以上の戦闘は危険です!

  あれは本来、鎧の召喚で侵食するはずです!」

 「聞けよ、折紙。俺だって考えなしに言ってるんじゃない。」

 泣きそうな顔で訴えるイワンを安心させるように微笑みながら、虎徹は続けた。

「さっき言ったが、俺にあれを仕掛けてきたのは、あの魔戒法師――フドウラムダとかいう野郎だ。あいつが持ってる術の媒体を破壊すれば、俺の刻印は解ける。」

ハッとヒーローたちが虎徹を見つめる。

「だったら僕が」

「折紙。」

呼びかけられ、イワンは口を閉ざす。

「一人じゃ力不足だってことも、わかってるんだろう?」

虎徹の言葉に、イワンはうつむくと、力なくうなずいた。

「それにな、あのラムダとかいうやつと一緒にいる暗黒騎士とは、俺が決着をつけるべきだと思う。いや、そうさせてくれ。」

 「冴島、鬼切だからかしラ?」

 尋ねたセシリーに、虎徹はうなずいた。

「俺の、従兄らしいんだ。詳しいことを知ってるってわけでもないが、身内なら、身内が止めるのが筋ってもんだ。」

 軽い調子で言うと、虎徹は顔をあげてヒーローたちを見回した。

 「そういう暗い顔させたくなかったから、黙ってたんだけど、ばれちまったなぁ。」

 おどけた魔戒騎士に、全員複雑そうな顔をした。

 ややあって。

 「ジャスティスタワーに行くわ!」

 ブルーローズが薔薇をかたどった尻尾を揺らして、踵を返した。

「マーベリックを捕まえて、ハンサムも助けて、あのラムダとかいうやつをやっつけて、タイガーの呪いを解くの!今度は、私が」

 タイガーを助けるの。

 声に出さずに言ったブルーローズだが、誰もがその続きを悟ったに違いない。

 「うん。そうだよね。」

 顔をあげて、ドラゴンキッドの元気良くうなずく。

「ボクらだってこの街のヒーローだもん!マーベリックを捕まえて、バーナビーとタイガーを助けよう!」

 ここで彼女はイワンに顔を向け、続けた。

 「折紙さん!一緒に頑張ろう!」

 「・・・そう、だね。」

 呼びかけられ、イワンは顔をあげて頷く。

 できることをしよう。

 「そうね。あいつらに思い知らせてやるのよ。ヒーロー舐めてんじゃねえぞ、コラ。」

 最後だけどすの利いた声で言って、ファイヤーエンブレムはマントをなびかせる。

 「子どもに励まされるなんて、情けないわよね。

  それで、あなたたちはどうするのかしら?」

 振り向いて笑う彼女に、スカイハイは大きくうなずく。

 「もちろん行くよ!」

 風を巻き上げ、彼は飛ぶ。

 「マーベリックを捕まえる!そしてバーナビー君とワイルド君を助ける!」

 「・・・虎徹。」

 ここでロックバイソンは、一度ヒーロースーツのフェイスガードを外し、虎徹に向き直った。

 「バイソン?」

 「俺をぶん殴れ。」

 「はあ?!」

 ぎょっとする虎徹だが、バイソン――アントニオは譲らなかった。

 「俺の気が済まん!気分を切り替えさせるためだと思って、一発殴ってくれ!」

 「~~~!!しょうがねえなぁ。」

 ワシワシと黒髪を掻いて、虎徹は軽く足を広げ、拳を構えた。

 「殴るからには手加減しねえぞ。」

 「その方がいい。」

 真剣な顔のアントニオにうなずき、虎徹は拳を振り抜いた。

 ガツォッ!

 「ぐはっ!」

 アントニオは能力を使わなかった。

 そのまま仰向けに倒れそうになったところを、ぐっと踏みとどまり、アントニオは切れた口元を拭い、不敵な笑みを浮かべる。

 「ありがとな、虎徹。」

 「ったく、しょうのねえ、独身ビーフだぜ。」

 「ほざけよ、髭ナルシス。」

 手をプラプラ振って言った虎徹に、アントニオは悪態をつき返して、フェイスガードを装着する。

 「行ってくるぜ!」

 「おう!後で会おう!」

 トランスポーターに向かって駆け出したアントニオに手を振って、虎徹は楓を見下ろした。

 今にも泣きだしそうな、愛娘を。

 「楓。」

 呼びかけられ、楓は父を見上げた。

 「・・・泣かないよ。」

 魔戒騎士の娘は言った。

 「私は、最強の魔戒騎士の娘だもん。泣かないよ。」

 涙をこらえている様子で、楓は言った。

 「その代わり!絶対帰ってきてね!今度約束を破ったら許さないんだから!」

 「・・・ああ、約束する。」

 片膝をついて、娘に視線を合わせながら、父は答えた。

 「あのな、楓。パパはいつも約束を破ってばかりだった。

  楓にもそうだったし、友恵――ママにもそうしてしまった。

  でもな。」

 ここで虎徹は言葉を切ると、すっと手を伸ばして、楓の頭をやさしくなでた。

 「“戦いから生きて帰る”っていう約束だけは、破ったことがないんだ。

  これが終わったら、オリエンタルに帰ろうな。」

 「・・・うん!」

 虎徹の言葉に、楓はようやく満面の笑みを浮かべて頷いた。

 「マックス、楓を頼む。」

 「かしこまりました。」

 立ち上がって言った主人に、執事は恭しく一礼した。

 「静流さん、マクシミリアンさんたちと待っててください。」

 「はい。お帰りになられたら、おいしいお茶と和菓子を用意しますね。」

 微笑みあうイワンと家政婦。

 「セシリーさんも行くの?」

 「当然。魔戒騎士のサポートは、魔戒法師の義務だもノ。」

 楓に尋ねられ、セシリーは不敵に笑った。

 「帰ってきたら、あいつの恥ずかしい昔の話を聞かせてあげるワ。」

 ウィンクするセシリーに虎徹はあわてた。

 「ちょっ!セス!何変なこと約束してんだよ?!」

 「いいじゃないノ。変にカッコつけるより親しみが持てるわヨ。」

 『まあ、虎徹のことは俺たちに任しとけよ。』

 「だ、誰?!」

 ぎょっとする楓に、しわがれた声はからからと笑った。

 『おいおい、ガキの頃さんざん俺をおもちゃにしやがったくせに、“誰”とはひでえな。』

 「そういや、そうだったな。」

 左手を持ち上げ苦笑すると、虎徹は楓に左手を見せる。

 「あれ?」

 楓は目を瞬かせた。

 「お父さん、結婚指輪は?」

 目ざとく虎徹の指からそれがないことを発見した楓は不思議そうに尋ねた。

 「あ・・・いや、その・・・。」

『虎徹を怒るなよ、楓嬢ちゃん。指輪は壊れちまったが、虎徹の無事と引き換えだ。仕方なかったのさ。』

 言葉を濁す虎徹に替わって、中指のザルバが口を開いた。

 「指輪がしゃべった?!」

 『そりゃしゃべるさ。

  魔導輪の方、ザルバだ。よろしくな、楓嬢ちゃん。』

 カチリと笑って見せたザルバに、楓は目を丸くした。

 「ザルバはパパと契約して、ホラー退治を手伝ってくれてるんだ。」

 『そうさ。“趣味の悪い指輪”で悪かったな。』

 「あ・・・。」

 すねるように言ったザルバに、楓は昔父にぶつけた憤りの中に、指輪の趣味が悪いということがあったのを思い出し、あわてて謝った。

 「ご、ごめんね、ザルバ!」

 『別に気にしてねえよ。』

 「嘘つけ。しばらく引きずってたくせに。」

『何だとう?!虎徹だって楓嬢ちゃんとの電話の後は、いっつもうっとうしく落ち込んでやがったくせによ。』

 「だっ!今それを言うか!」

 ぎゃあぎゃあと口げんかを始めた牙狼パートナーズを見やり、セシリーはやれやれとため息をついた。

 「そこの馬鹿一人と一ツ。さっさと行くわヨ。

  じゃあネ、楓〈アホルン〉。」

 ひらひらと手を振って歩き出したセシリーに、虎徹は「だっ!待てよ!」と言ってその後を追い、イワンは礼儀正しく一礼してから二人の後を追った。

 後には、楓とマクシミリアン、静流の三人だけが取り残された。

 

 

 

 

 魔戒チームは、アポロンメディアのトランスポーターを使って移動することにした。

 時刻は夕刻に差し掛かり、ジャスティスタワーに到着する頃には完全に日が沈んでいることだろう。

 『できたよ、イワン。これでいいかい?』

 「ありがとうございます、斉藤さん。」

 礼を言って、イワンはリニューアルしたシルヴァを左腕にはめ直した。

 以前にも鎖が切れたことがあったので、この際だからとシルヴァをペンダント型から手袋の甲につけたような手甲型に変更したのだ。以前にもシルヴァはその形だったことがあるので、モデルチェンジは簡単だった。

 軽く腕を振って具合を確かめるイワンは、シルヴァにも尋ねる。

 「シルヴァ、具合はどう?」

 『快調よ。イワンは?』

 「僕も大丈夫。」

 頷き合う絶狼パートナーズ。

 「バーナビーがさらわれたのか・・・。」

 難しい顔で言ったのはベンだ。

 運転席からミラー越しに話しかけてきたのだ。

 コクリと虎徹はうなずいた。

「ホラーや暗黒騎士だけでも手一杯なのに、あのアンドロイドに目と鼻の先でさらわれたんだ・・・。」

 悔しげにうつむいて言った虎徹に、斉藤が口をはさんだ。

 『ブルックス夫妻が原型を開発したというやつだね?』

 「知ってるノ?サイトウ。」

 『もちろんさ。』

 界符のストックを作成しているセシリーの問いにキヒッと笑って、斉藤は続けた。

 『これでもサイバネティクスやロボット工学については一通りかじっている。

  子育てや介護のために開発されていたが、その割には、なんというか・・・。』

 「スペックが桁外レ?」

 『アプローチが的外れというべきかな?』

 セシリーの問いに、斉藤は苦笑した。

『夫妻の研究が間違っていたとは言わないよ。ただ、なんというか、夫妻はAI方面に特化してたようでね。』

 斉藤は苦笑しながら語った。

『開発当時のアンドロイドは、すごく適当な機体でね。とてもナニーロボットには見えなかったよ。手なんか、やっとこ・・・こんな感じの古いロボットハンドだったよ。』

 「どんだけ適当だったのヨ・・・。」

 手でCの字の形のジェスチャーをする斉藤に、呆れたセシリーをよそに、虎徹が口をはさんだ。

 「多分、あのロトワングってやつも、友切たちに協力してるんだと思う。

 前、アンドロイドが街中で暴走した時、いるのを見かけた。同じ型のアンドロイドがあいつらに従ってるということは、その可能性は高いと思う。」

 『ロトワング?ああ、あの機械工学の天才だな。』

 「有名なノ?」

 『表の世界の、この分野ではそれなりにね。』

 尋ねたセシリーに斉藤はしれっと答えた。

 『そうか、奴が機体を改修したなら、多少はまともになっただろうね。』

 考え込むように言ってから、斉藤はふと思い出したようにトランスポーターに設置されたコンソールのキーボードを目にもとまらぬ速さで打ち始めた。

 「さ、斉藤さん?」

 『確か・・・あった!』

 パッと映し出されたのは、何かの入力画面だった。

『あの“ワイルドタイガー”と“バーナビー”のスーツのデータを盗み出した奴を探ってたら、見つけた。アンドロイドを管理するメインサーバーと、そのセーフティコードの入力画面だ。』

 「セーフティーコード?」

 問い返した虎徹にうなずいて、斉藤は画面に視線を向ける。

『ブルックス夫妻がAI方面での研究に力を入れていたというのは話しただろう?夫妻は、万が一にも、アンドロイドが人間を傷つけて暴走し始めた時のために、その全機能を強制停止させられるセーフティをAIに施したんだ。』

「あのアンドロイドの原型を作ったのがブルックス夫妻なら、同じセーフティも当然組み込まれているカ・・・。」

 考え込むように言ったセシリーに頷く斉藤。

『軍事兵器への転用のために、人間への殺傷行為の禁止にロックをかけているんだろうけど、セーフティを起動させることができれば、そのロックも無効化できるはずだ。』

「デ?肝心のパスコードハ?」

 『・・・検索中だよ。』

 眼鏡を押し上げて答えた斉藤に、虎徹は険しい表情のまま、「引き続きお願いします。」と頭を下げた。

 『わかっているよ。

  タイガー、わかっているとは思うが・・・。』

 「バニーは、必ず助け出します。」

 虎徹は力強くうなずくと、ポケットの中のピンズにそっと触れた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ヘリポートに降り立ったアンドロイドは、そのままバーナビーを乱暴におろした。

 そして、間髪入れずに、バーナビーの両手を後ろ手にしたまま能力制御錠をはめる。

 ドンッ。

 そのまま、さっさと歩けと言わんばかりにバーナビーは前に突き飛ばされた。

 足をもつれさせ、彼が倒れこみそうになった時。

 「乱暴な扱いはよせ。大事な贄だ。」

 バーナビーを抱きとめ、友切がアンドロイドを睨んだ。

 「ただいま~。それじゃあ、儀式の準備を始めるよ。」

 ユラリと闇から姿を現して、ラムダが笑いながらローブの裾を翻す。

 「まだショックを受けてるんだ。」

 「何の話だ?」

 異様におとなしいバーナビーを覗き込みながら言ったラムダに、友切が尋ねた。

 「あんたの予想通り。あの黄金騎士、刻印のことを隠してたのさ。

  バラしてやった時のヒーローどもの顔ときたら!もう、最っ高!!」

 肩を震わせ、のけぞりながらラムダは笑った。

 「・・・虎徹さんを助けてください。」

 力なく、バーナビーは言った。

 「狙いは、僕のはずだ。僕はあなたたちに協力する。

  だから・・・だから、あの人を助けてください。」

 バーナビーは頭を下げた。

 屈辱だった。両親の敵で、サマンサの命をもてあそんだ連中に、頭を下げなければならない。それでも、バーナビーは虎徹を救いたかった。何を引き替えにしても、彼を守りたかった。

 「プッ。」

 しかし、バーナビーの決死の行動は、ラムダの爆笑を誘っただけだった。

 「プハッ・・・フハハハハハ!こいつ、傑作!

  失敗かと思ったけど、調教大成功じゃん!

  褒めてやらないとね~。ねえ、マーベリック。」

 ラムダが視線を向けた先には、青い顔のマーベリックがいた。

 「お前は!」

 カッと頭に血を上らせ、バーナビーはマーベリックに飛びかかろうとしたが、アンドロイドに押さえられ、不発に終わった。

 それでも彼は、マーベリックを睨むことをやめなかった。

 「バ、バーナビー・・・。」

 「呼ぶな!けがらわしい!こいつらとグルになって!僕の人生をもてあそんだくせに!」

 興奮したバーナビーは気が付かなかった。

 憤りをぶつけられたマーベリックが「違う、違うんだ・・・。」と力なく首を振ったことに。

 「そう怒ることないだろう?お互いそっくりなんだから。」

 なだめたラムダに、バーナビーは噛みつかんばかりに言い返した。

 「僕はこんなゲスとは違う!」

「おんなじだよ。特定個人を助けるために、我々に協力を申し出て、そのためなら何がどうなろうが知ったこっちゃないというあたり、そっくりじゃないか。」

 くすくすとラムダは笑った。

 うっと言葉に詰まったバーナビーの、興奮で紅潮した頬を撫で、ラムダは続けた。

 「蛙の子は蛙っていうけど、私に言わせれば、蛙に育てられたから、蛙になるんだよ。」

 「虎徹さんの呪いを解け・・・!」

 「何度も同じことを言わせるなよ。“断る”。」

 噛みつくように再要求したバーナビーに、せせら笑うようにラムダは答えた。

 「・・・いい加減儀式の準備をしろ。遊ぶな。」

 「はいはい。」

 友切に促されたラムダは肩をすくめ、ヘリポートから奥――ジャスティスタワー頭頂の女神像内部に足を運んだ。

 「信じてたのに・・・!」

 バーナビーはマーベリックをきつく睨みつけた。

 「バ、バーナビー。」

 もつれる舌で、マーベリックは青い顔をほほ笑ませ、言った。

 「だ、大丈夫だ、私が付いている。」

 いつもなら、これでバーナビーはほっとするはずだと、マーベリックは知っていた。

 しかし、マーベリックの魔法の呪文は、怒れるバーナビーには何の効果ももたらさなかった。それどころか、かえって怒りをあおる結果にしかならなかった。

 「何が“大丈夫”だ。」

 バーナビーは食いしばった歯の隙間から絞り出すように唸った。

 「どうせあんたも、僕が死ねばいいと思っているくせに!」

 「なっ?!」

 マーベリックは目を白黒させた。

 彼からしてみれば、バーナビーの言うことは言いがかりにしか聞こえなかったのだから。

 しかし、次の瞬間、その根拠はもたらされた。他の誰でもない、友切に視線を移して睨みつけたバーナビーの口によって。

 「僕はこいつに、カナンとかいう怪物の生贄に捧げられたんだ!

  こいつは僕を殺す気なんだよ!!」

 「なっ?!」

 「やはり知ってしまったか・・・。」

 驚くマーベリックをよそに、友切は泰然と言った。

 虎徹とバーナビーがそろってスタジアムに現れたという情報を聞いてから、ある程度は予想していたことだ。驚くことではなかった。

 「ど、どういうことだ?!」

 対照的にマーベリックはあわてた。

 青い顔をさらに紙のように白くして、なでつけた髪を振り乱し、友切に掴みかかった。

 「貴様は言ったはずだ!あの時!

  バーナビーだけは助けてくれると!」

 「必要な時が来たから、使う。それだけの話だ。

  第一、」

 ズイッと友切は息がかかりそうなくらい近くまでマーベリックに顔を寄せ、囁くように言った。

 「言っただろう?“私のものを私がどう扱おうが、私の勝手だろう。”とな。」

 「僕は貴様の所有物なんかじゃない!」

 叫んだバーナビーに、友切はマーベリックを突き飛ばし、せせら笑う。

「所有物さ。あのクリスマスの夜、貴様の命を救ったのは私だ。だから、ずっと見ていたんだぞ。そこの、愚図でカスな、間抜けを使ってな。」

 強く頭を打って動かなくなったマーベリック(バーナビーが手ひどく拒否した時点で、人質としての価値はなくなったと友切は判断した。)を見やり、視線をバーナビーに戻すと、友切は言った。

 「時は来た。女神よ、降臨なされよ。」

 歌うように言って、彼はローブの裾を翻す。

 「助けを期待しても無駄だ。“牙狼”は死ぬ。

  貴様らに寿命を削られ、弱りきった体を八つ裂きにされるのだ。」

 そうだった。

 友切の言葉に、バーナビーはうなだれた。

 もう、虎徹にバーナビーを救うほどの力はない。

 誰も、自分を助けることなどできないのだ。

 絶望に染まったバーナビーを引きずるように、連行するアンドロイドを従え、友切も女神像の奥へ姿を消した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ようやくトランスポーターはジャスティスタワーの前についた時には、予想通り、空は暗くなり、不夜都市は変わらずに煌々たる光の街並みを見せていた。

 「俺はここにいよう。」

 運転席から後ろに来たベンが虎徹たち現役組を見回して言った。

 「腕はこのザマだが、斉藤の護衛くらいならできるだろう。」

 どこから手に入れたか(おそらく斉藤経由だろうが)、魔戒剣を手に、彼は不敵に笑う。

 「大丈夫っすか?結構ブランクがあるんじゃ・・・。」

 「ジェイク事件の後、ダイエットを兼ねて、鍛練を再開した。

  現役のお前たちにはかなわないだろうがな。」

 心配そうに言った虎徹に笑い返し、ベンは答えた。

 そうして彼はふと視線を険しくして、虎徹を見つめる。

 「無理はするなと言ってる場合じゃないが・・・死ぬなよ。」

 「もちろんっすよ。」

 頷き返した虎徹を、セシリーが肘でつつく。

 「大丈夫よ、あたしはもちろん、イワンもいるワ。一人じゃないもノ。」

 「はい。任せてください。」

 イワンが頷いたところで、三人は向かい合った。

 「目標は、布道ラムダを撃破して虎〈ティーゲル〉の刻印の解除と、バーナビーの救出。

  いいわネ?」

 目的をセシリーが確認し、魔戒騎士二名は頷く。

 『バーナビーは最上階に連れて行かれた。女神像の中に隠し部屋があったらしい。』

 口をはさんだのは斉藤だ。

 バーナビーのスーツに内蔵されたGPSをたどったらしい。

 「行くぞ!」

 「はい!」

 「えエ!」

 頷き合い、三人はトランスポーターを飛び出し、エントランスホールに向かった。

 

 

 

 

 エントランスホールでは、一足早くたどり着いたヒーローズが奮闘していた。

 相手はバーナビーをさらった、あのアンドロイドだった。

 アンドロイドは右腕からヒートブレードを出し、左手にはビームライフルを構え、完全に兵器然とした様相だ。

 「ファイヤァァァァ!」

 ゴッゴォォォォォウウゥ!

 ファイヤーエンブレムが囮となって炎を放ち、アンドロイドをひきつける。

 「バイソン君!行くよ!」

 「おうよ!」

 風を巻き上げるスカイハイに、ロックバイソンが身構える。

 ビュゴウワッ!ズガァァァンッ!

 スカイハイが放った風に乗り、ロックバイソンは大砲玉のように突進する。バーナビーを抑え込んだ連携技だ。

 炎をまともに浴びたにもかかわらず、焦げ跡一つないアンドロイドが、振り向いた時には目の前に迫ったバイソンが、ビームライフルを弾き飛ばし、ヒートブレードを叩き折っていた。

 『っ!』

 アンドロイドは武装を失ったが、すぐさま次の動作に出る。目の前に立った鈍牛をビーフステーキにすべく、貫手を繰り出そうとした。

 バキバキバキッ!

 「私の氷はちょっぴりコールド!ガラクタ人形なんて完全ホールドよ!」

 ブルーローズの決め台詞が炸裂する中、貫手の予備動作――腰元のタメ動作のまま手元を凍らせたアンドロイド(その隙にバイソンは退避した。)に、止めの一撃が加わる。

 「サアアアアアッ!」

 「ファイヤァァァァ!」

 「スカーイハーイ!」

 ブワバヂボウウンッ!

 三人のヒーローの雷撃、炎、風が絶妙にブレンドされた攻撃が炸裂し、アンドロイドはメギャリッと腹を寸断され、断面から焼き尽くされた。

 「よ、容赦ねえなぁ、おい。」

 思わず絶句状態でそれを眺めてしまう魔戒チーム。

 「タイガー!折紙さん!」

 パッとドラゴンキッドが笑いかけた。

 「遅れてすみません。」

 「状況ハ?」

 謝るイワンと、尋ねたセシリーに、ファイヤーエンブレムが口元をしならせて答えた。

 「アタシたちも今来たところよ。

  あのアンドロイドを壊したのは見たわね?」

 一斉に頷いたところで、魔戒騎士二人は、上を見上げた。

 「妙ですね・・・。」

 「ああ。静かだ。」

 何人もの職員が詰め込んでいるはずのジャスティスタワーが、幽霊ビルのように静まり返っているのだ。

 しかも、ジャスティスタワーには司法局の本部や警備員の詰所があるというのに、異常すぎる。

「二十分ほど前のことだ。突然タワー全体が光に包まれ、職員たちが昏睡状態に陥った。何をしても目を覚まさぬ。」

 唐突に響き渡った厳かな声に、全員がぎくりと肩を震わせた。

 「ルナティック!」

 ダークヒーローは相変わらず怪しげなマント姿で、吹き抜けとなっている二階の手すりの上にたたずんでいた。

 『お前さんは無事だったんだな。』

 ザルバの問いにうなずくと、飛び降りて一階に降り立ったルナティックは懐から赤い札――界符を取り出した。

 「あ。」

 「汝が残していった結界の札を一つ、持ち歩いていたのが功を奏した。礼を言うぞ。」

 ハッとした虎徹に、ルナティックは声の調子を和らげながら言った。

 「めちゃくちゃだワ、こいつ・・・。」

 呆れた調子で呻いたのはセシリーだ。

「いくらサイトウ印の結界用の界符でも、素人ヨ?昏倒術を無効化するなんてよほどの素養がないとできないワ。」

 もし法術の修行を積んでたら、腕のいい魔戒法師になっていただろう。この事件が終わったら、声をかけてみようか。むやみにヒーローごっこに興じさせているよりは生産性があるだろう。

 こっそりセシリーはそう考えるが、すぐに思考を切り替える。

 「んデ?どうするノ?ダークヒーローさン。」

 尋ねたセシリーに、ルナティックは虎徹に向き直ると、頷いて見せた。

「事情はわからぬ。しかし、我とて、星の都の平和を願う一員。魔戒騎士が戦うならば、我が立たぬ道理はない。今回に限り、汝らのルールに従い、茶番劇の舞台に立とう。」

 「え・・・えーっと・・・。」

「面倒くさいやつネ。もったいぶらずに、“利害は一致してるから、協力しよう”って言えばいいのヨ。その方がこいつには通用するわヨ。」

 芝居めいたルナティックの言い回しに、虎徹は言いよどむが、間髪入れずにセシリーが鋭く言った。

 「協力してくれるのか?!」

 「是。」

 セシリーの解説に、虎徹はパッと表情を輝かせ問いかけると、ルナティックはうなずいた。

 「えええ?!」

 ぎょっとしたのはヒーローズだ。

 「で、でもこいつはダークヒーローの人殺しで」

 おろおろと言ったブルーローズだが、しれっとセシリーが口をはさんだ。

 「協力してもらいまショ。人手があるに越したことはないワ。」

 「だ、大丈夫なのか?」

 「それはよかった!よろしく!そしてよろしく!」

 あわてるバイソンだが、スカイハイは朗らかにルナティックに笑いかけた。

 順応性が高いのか、それとも単純に味方になったことを喜んでいるのかは、本人にしかわからないだろう。

 ともあれ、話はまとまった。まだ不審そうにしている者もいるが、とりあえず協力すると言っているのだ。聞いておいて損はないだろう。

 「おし。それじゃ、」

 「悪いけど、みんな、先行ってくれル?」

 虎徹が言うより早く、セシリーはコートの懐から二本の青い魔導旗を取り出しながら言った。

 「追加のお客さんが来ちゃったかラ。」

 ガチャァァァンッ!

 セシリーの言葉に応えるように、天井を突き破って、それは現れた。

 例えるなら、巨大な二足歩行の、鋼の鳥。しかし、その顔は不気味な白塗りの人間だった。

 小山ほどはあろう図体に、絶句するヒーローズ+ルナティックと、泰然とする魔戒チーム。

 「鉄騎ネ。魔戒の機動兵器ヨ。」

 説明しながらセシリーは一歩足を踏み出す。

 「あのラムダとかいうやつ、魔戒法師としてはかなり腕の立つ奴みたいネ。」

 一人ごちて、彼女は魔導旗を槍のように鉄騎に突き付けた。

 「行きなさイ!魔戒騎士!ヒーローズ!ここはあたしが引き受けるワ!」

 「っ・・・!」

 セシリーの言葉に、虎徹は一瞬逡巡するが、長い付き合いの女法師を信じることにした。

 「・・・わかった!必ず来いよ!」

 「当然でショ!」

 振り返って不敵に笑って見せる彼女にうなずき、虎徹は階段に向かって駆け出した。

 「みんな、行くぞ!あいつはセスに任せるんだ!」

 「セシリーさん!気を付けて!」

 虎徹とイワンの声とともに、やむなくヒーローたちは後に続いた。

 否。ガチャガチャと体をゆする鉄騎の前に立ちはだかるセシリーの両隣に並んだものがいた。

 「女一人残していけねえよ。

  俺だったら盾くらいにはなる。」

 のっそりとロックバイソンが身構えつつ言った。

 「そういうことよ。直火焼にしてあげるわ、鶏ちゃん。」

 投げキッスをしながらファイヤーエンブレムが不敵に笑う。

 「あんたたチ・・・。」

 両脇を見て、セシリーは目を瞠り、ややあって呆れたようにため息を吐く。

 「ヒーローって、お人よしが多いのネ・・・。」

 素直に礼を言えない彼女は、苦笑して視線を鉄騎に戻した。

 「来るわヨ!」

 『ぴゃああああああああっ!』

 鳥のさえずりにも聞こえる咆哮とともに、三人に飛びかかってきた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「階段を使うの?遠くないかな?」

 ハアハア息を切らしながらドラゴンキッドが訴えた。

「エレベーターはダメだ!密閉空間でガスとか幻術を仕掛けられたら、ひとたまりもないんでな!」

 先頭を走りながら、虎徹が答えた。

 こういう攻城戦において、密閉空間ほど危険なものはない。

「すまない!そしてすまない!外から行けたらよかったんだが・・・。」

「結界が仕掛けられて、できなかったんですね!」

 言葉を先読みしたイワンに、「その通りだ!一階からしか入れなかった!」とスカイハイは答えた。

 途中で階段が途切れた。

「なんでここで階段が途切れてるんだよ?!」

「ジャスティスタワーはテロ、及びゲリラ対策として、いささか面倒な構造になっている。」

 悪態をつく虎徹をよそに、ルナティックは道を指し示す。

「このフロアの反対側に上に向かう階段がある。そこに行くには、このフロアを通過する必要がある。こっちだ。」

「サンキュー!ルナティック!詳しいんだな!」

 替わって先頭に立って走り出したルナティックに、虎徹は心強そうに礼を言った。

「・・・。」

 何気に言われた、“詳しい”という言葉に、ルナティックこと、司法局のヒーロー管理官は少々ぎくりとしたが、おくびにも出さなかった。

 まさか本職の都合で脳内に構造を叩きこんでいるとは言えない。

 ザルバだけが、そりゃそうだろうよ、と内心で笑ったが、ルナティックとの約束の手前、それを口には出さなかった。意外とこの魔導輪は律儀なのだ。

 ともあれ、廊下を抜けた一同は休憩所となっている広場のようなカフェに出た。二~三階ほど続く吹き抜け状のそこはドーム状でもあり、かなり天井が高くなっている。

 中央にクリスマスツリーが置かれ、その周囲に客席がいくつもある。

 とっくに閉店したのか、客はいない。ただ一人を除いて。

 テーブルの上に、犬のような座り方をしている女性が一人。

 グラマラスな肢体にフィットする黒皮のボディスーツに、頭を彩るけばけばしい花飾り。青と金のオッドアイが特徴的な顔立ちは整っているが、そこには無表情しかなく、金魚のようにぎょろぎょろと一行を睥睨している。

 『やっぱり来た。』

 女が黒い唇を動かしてしゃべった。

 その声と口調は。

 「布道、ラムダ・・・!」

 『布道本家は私の存在を認めてないがね。

  まあ、そんなことはどうでもいい。』

 虎徹の声に、女を通してしゃべるラムダは肩でもすくめそうな調子で言った。

『この先にある階段を上りきってから、別の階段で一階分上ったフロア、そこに女神像内部に続く転送陣を設置した。』

 「!」

『来たいならそれを使ってくればいい。エレベーターにはご想像通り罠を仕掛けているし、階段は女神像内部までは続いてないからね。』

 「信用できるわけないわ!」

 「何を企む。」

 ブルーローズとルナティックの言葉に、彼は鼻を鳴らした。

 『雑魚に用はないんだけどな。まあ、いいや。

  君たちは私が友切と組んでいるのは何故だと思う?』

 女の口を通して、ラムダは続ける。

 『手段は一致しても、目的は異なる。端的に言うなら、求める結果が違うのさ。

  あいつは牙狼の抹殺はともかく、女神カナンの力を自分のものにしたがってる。』

 ここでラムダは言葉を切ると薄く笑った。

『そんなことできるわけないだろ?人間如きが、あのお方を我が物にしようなど身の程知らずも甚だしい。カナンが降臨すれば、きっと人類は滅びる。』

うっとりとラムダは言う。

『わくわくしないか?人間とホラーの垣根がなくなるんだ。愚かな連中はみんなまとめて死ねばいい。そう思わないか?』

「思うか!」

 即行で虎徹は突っぱねると、唸るように問いただした。

 「何で近道を教える?」

 『どうせなら間近で見せてやろうと思ってね。絶望ってやつを。』

 ユラリと女が立ち上がり、キリキリと首をかしげた。

 『ただし、先に通すのは牙狼一人だ。他の連中はダメだ。』

 「何でよ?!」

 怒鳴りながらも、ブルーローズはすでにフリージングリキッドガンのグリップに手をかけている。

 『そんなの決まってる。私の自信作のギギが、八つ裂きにするからだよ!』

 言い終わるや否や、女――ギギが躍りかかってきた。

 ビャウッ!ゴウワッ!

 しかし、彼女は迸った青い炎から身をひねってよけ、別のテーブルの上に着地し直した。

 「タナトスの声を聞け。」

 「ルナティック!」

 クロスボウを手に、ルナティックが言った。

 「今のは威力を抑えた。」

 ここでルナティックは虎徹に視線を向けた。

 殺してもいいか、あるいはこちらの攻撃は効くかと問いたいのだろう。

 『ありゃホラーじゃねえが、人間でもねえな。しいて言うなら“元”人間ってとこか。』

 「元?」

 『魔導の外法で使い魔にされたのよ。たぶんね。もう人間の意識は残ってないわ。』

 ザルバとシルヴァの解説に、ルナティックはうなずいた。

 ギチリギチリと首をかしげながら、ギギは無表情のままこちらの様子をうかがっているらしい。

「多分、普通の攻撃でも十分通用するはずだ。素体が人間なら、ソウルメタルの武器を使う必要はねえが・・・。」

 「・・・征け〈いけ〉。」

 退魔の剣を取り出そうとした虎徹に首を振り、ルナティックは視線をギギに戻し、言った。

 「征け。征くがいい。征って己が宿業をなせ。“守りし者”よ。

  この憐れな傀儡〈くぐつ〉は、我がタナトスの声を聞かせ、カロンの渡しに引き渡そう。」

 「相変わらず難しいこと言うな・・・。」

 虎徹は苦笑しながらうなずいた。

 「頼む。彼女を、救ってやってくれ。」

 悲しげな響きのある虎徹の言葉に、ルナティックはうなずいた。

 「ローズ君とキッド君はワイルド君たちと一緒に行くんだ!

  ここは私とタナトス君で引き受けよう!そして任せてくれ!」

 「・・・ルナティックだ。」

 進み出て、周囲に風を逆巻かせるスカイハイ(憮然と訂正したルナティックは無視した。)に頷いて、虎徹たちは身構える。

 「突破するぞ!振り向くな!」

 「スカイハイ!気をつけて!」

 「ルナティック!ありがとう!」

 虎徹の言葉に、ブルーローズとドラゴンキッドが残る二人に声をかける。

 ギギはテーブルを蹴り、長く伸びたナイフのような十本の爪を振り乱してイワンめがけて斬りかかる。

 「クッ!」

 ギャァンッ!

 とっさに構えた退魔の双剣と爪が耳障りな音を立てるが、イワンはすぐにギギを弾き飛ばし、追撃にソウルメタルの手裏剣を投げつける。

 ギギがのけぞるようにその攻撃をよけた時には、虎徹と女子ヒーロー二人はカフェを通り抜け、イワンもまたカフェを突破していた。

 逃がさないという代わりにギギは獣のように四つん這いで突破した四人を追おうとするが、そうはさせじとスカイハイが動く。

 「スカーイハーイ!」

 ビュゴウワァァァァッ!ガガガガガゴドガドォンッ!

 風を巻き上げ、テーブルセットをまとめて虎徹たちが行った通路に置くと、乱雑ながらバリケードを築き上げたのだ。

 「ここは通さない!そして通さない!」

 「タナトスの声を聞くがいい。憐れな傀儡よ。」

 空中に浮かび上がるスカイハイと、無事なテーブルの上でクロスボウを構えるルナティック。

 ギギは彼らを先に片づけたよさそうだと判断したのだろう。そのままのそのそと獣がそうするように体の向きを変え、一番近くのルナティックめがけて飛びかかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 再び階段上りをする四人。魔戒騎士二人は持久力にも自信があったが、ヒーロー二人はいくら一般人より体力があるといっても、未成年の女子である。息が上がりかけていた。

 「っ・・・!」

 唐突に胸を押さえ、虎徹が立ち止った。

 「タイガーさん!」

 「だ、大丈夫だ・・・。」

 心配そうな顔をするイワンに、虎徹は何とか笑いかける。

 「二人は大丈夫か?かなり長いこと走りっぱなしだが・・・。」

 「へ、平気よ・・・。」

 「何とか・・・。」

 息を切らしながらも二人は答えてみせる。

 「もう少しだから頑張れ。」

 「・・・あんたは大丈夫なの?」

 励ました虎徹に、ブルーローズは心配そうに問いかけた。

 下水道で助けてくれた時も調子悪そうにしていたから、心配でたまらない。

 「大丈夫だって。心配してくれてありがとな。」

 髪を崩さないように気をつけてブルーローズの頭を撫で、虎徹は笑いかけた。

 「よし!休憩終了!行くぞ!」

 「はい!」

 「うん!」

 「・・・ええ!」

 言って再び階段上りを再開した一行。

 ブルーローズはこっそり虎徹の背中を見つめ、絶対助けるという決意を固め直していた。

 ようやく階段が途切れ、別の階段を求めて、そのフロアを移動し始めた。

 しかし、フロアの奥――次の階へ続く階段の傍、吹き抜け状の広場となったそこに、彼はいた。

 白いのっぺりした仮面をつけた男――布道ラムダ。

 「ようこそ。お嬢さんがたと魔戒騎士。」

 薄い唇で笑みの形を作って見せるラムダを、一行は険しい顔で睨みつけた。

 「行ってください、タイガーさん。」

 シャンッと退魔の双剣を抜刀したのはイワンだった。

 「僕も、こいつには借りがあるんです。」

 イワンは目つきを一層鋭くし、ラムダを睨んだ。

 「“分化の呪印”の借り、返させてもらう!」

 「半人前ごときに何ができる。」

 せせら笑うように言って、ラムダはローブの内側から枯れ木のような魔戒筆を取り出した。

 ヒュパッシャキッ!

 それを一振りするや否や、魔戒筆は白い穂先を銀色の長い刃に変じさせ、細身の長剣と変わる。

 「格の違いを見せてやろう。野良犬め。」

 バサァッ!

 ローブに手をかけ脱ぎ捨てると、その下からは茶色の革の防具をあしらった、動きやすい黒服が現れる。

 どうやら、ラムダは魔戒法師としての技量のみならず、剣術にも自信があるらしい。

 「タイガーの刻印を解きなさい!でないとカチンカチンに凍らすわよ!」

 「そうだよ!でないと黒焦げにしちゃうよ!」

 さっとブルーローズとドラゴンキッドが武器を手にラムダに叫んだが、しかし魔戒法師はせせら笑うだけだった。

 「断ると何度言わせたら気が済むんだ?」

 ここでラムダは退魔の剣の鞘を手にした虎徹に目をやり、顎でしゃくった。

 「行けばいい。そしてカナンに殺されろ。牙狼。

 それとも友切か?いや、刻印の侵食が先か?いずれにせよ、この先で死ねばいい。黄金騎士など、消えてしまえばいい。」

 「タイガー殿!行ってくだされ!」

 ズダンッ!ギィンッ!

 「今度は拙者が!あなたを助けるでござる!」

 踏み込みとともにラムダに斬りかかりながらイワンが叫んだ。

 「抜かせ、小僧!系譜の血も引かぬ野良犬騎士が、この私に勝てるわきゃぁねえだろ!」

 長剣で受け止めながら、ラムダがせせら笑う。

 「・・・信じてるからな!みんな!」

 叫んで虎徹はコートを翻し、剣撃を背にして階段を上り始めた。

 

 

 

 

 正義の女神を戴く塔で今、それぞれの戦いが火ぶたを切った。

 

 

 

 

 

 #22END

 GO TO NEXT!

 

 

 




 ハァイ。再び手甲型にモデルチェンジした方、シルヴァよ。
 さすがに布道の出身ね。
 あのラムダとかいうやつ、結構強いわ。
 でも、イワンだって負けられないわ。
 他のヒーローたちだってがんばってる。
 タイガー、間に合ってちょうだい。
 兎坊やを助けられるのは、きっとあなただけだわ。
 次回、“血戦”。
 嘘でしょ?どうしてあなたがそれを持ってるの?!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。