牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。それでは、第24話投下します。
 お久しぶり、兎さんのターンですが、なんだかすごくヤバいにおいがプンプンします。
 救助済みの楓ちゃんは執事と家政婦たちと一緒。マベとロトワングは全く懲りた様子を見せません。やはりもみじおろしにするべきかもしれません。
 一方、長引いている銀牙騎士&ガールズヒーローVSラムダ。青薔薇さんのピンチに夜空コンビが合流してくれました。この二人は案外いいコンビかもしれません。
 案の定、ラスボスは手に負えないやつでした。友切さんがリタイヤしました。
 それから、セシリーさんが嫌なフラグを立ててくれました。
 一方、銀牙騎士VS布道ラムダは、延長戦に突入です。
 残るヒーローズは、シリアスばかりで作者の脳髄がわいたせいか、ギャグに走ってくれました。
 おじさんはおじさんで、兎さんの救助に必死。
 久しぶりに魔導馬アクションを書きました。すっかり勝手を忘れていますね・・・。
 ラスボスが降臨してくれたところで次話に続きます。
 書いても書いても終わりが見えませんね・・・。
 作者は楽しいのですが、こんな俺得以外の何物でもない話、誰が楽しんでるんでしょうね・・・。


#24 降臨

 闇の隷属者、闇に蹉跌し、闇に沈淪す。

 転生の果て、孤高の生命、

 聖なる母体に宿らん。

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第二十一節より

 

 

 

 

  #24. 降臨~舞い降りるメシアの淀み~

 

 

 

 

 ここはどこだろう?

 ぼんやりとバーナビーは周囲を見回した。

 一面が白い空間の中、ノイズのように不思議な文字が飛び交っている。

 ふと視線を前に戻した。

 途端に彼は驚いた。

 目の前に女が立っていた。

 一糸まとわぬその女は、黒人を思わせる褐色の肌の、豊満な体つきの女だった。

 長い黒髪はストレートで背中を覆わんばかりに長く、目鼻の通ったかんばせは整っており、エキゾチックな美女だ。

 こんな女性、さっきまでいただろうか?

 バーナビーがそう思った瞬間、それまで瞼を閉ざしていた彼女がくわっと目を開けた。

 血のように赤い瞳が、闇の中に浮かんでいる。

 ぞっとしたバーナビーが後ずさろうとするより早く。

 『見つけたぞ、“贄”。』

 女が口をきいた。

 鈴を転がすような声なのに、受ける印象は漆黒の奈落を思わせる、ぞっとするものだった。

 女がすっと手を持ち上げ、石のように固まるバーナビーの両肩を掴んだ。

 『お前の血肉を食らい、妾〈わらわ〉は人界に降臨するのだ。』

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 パンパンとマクシミリアンは両手をはたくと、忌々しげに人脳を思わせる巨大なコンピューターを睨みあげた。

「これがあの腹立たしいガラクタ人形のもとですか。いっそ本当のガラクタにすべく、鱠にでもしましょうか。」

 ピンっと両手の中でワイヤーを引っ張るマクシミリアンに、後ろ手に手錠をかけられたマーベリックは震えあがった。

 この青年ならやりかねないことを、彼はこの数分の間に学んだ。

 「ふざけるな!私の最高傑作を貴様らのような化け物どもに」

 「あー。手が滑りましたー。」

 ピンッ!キュパパパパッ!スパンッ!

 何やら喚こうとしたロトワング(同じように後ろ手に手錠をかけられている。)の頭頂部の髪を、次の瞬間、棒読み調子のマクシミリアンが飛ばした単分子ワイヤーがきれいに刈り取っていた。

「申し訳ございません。手が滑ってこのどうしようもないまるでカスなお方を切り刻みそうになりました。」

 「しょうがないよ、手が滑ったなら。」

 うんうんと大きくうなずく楓。

 ちなみに、静流は何やら悟りきった表情であさっての方向を見ているため、ツッコミ役が不在である。

 ロトワングは恐怖のあまりへたり込み、あうあうと口を開け閉めしている。

 次に何か言えば、髪では済まないことを悟ったのだ。賢明な判断である。

 「・・・とりあえず、これを壊すのはダメですよ。」

 ようやっと静流は口をはさんだ。

「魔界関係の物でもないようですから、現場保存のためにも、よほどのことでもないのに勝手に壊しては人様の迷惑になりますから。」

 「あ!そうだね!」

 「なるほど。それにしても。」

 納得した楓にマクシミリアンも同意するが、すぐさま冷たい視線をマーベリックに向けた。

「公共の施設に、会社のお金を横領して、こんな場所を作り上げ、こんなものまで用意するなんて・・・想像以上にアレなお方のようですね、あなたは。」

 あえてマクシミリアンが“アレ”と濁した内容について、静流は言及しないことに決めた。多分、きっと、十歳の少女〈楓〉の前では不適切な表現だろう。

 「それで、これからどうしましょう?」

 何とか気を取り直して静流は言った。

 「ここにはイワンさんや虎徹さんも来ているはずですが、同時にかなり危険な場所です。

  私たちだけでは、暗黒騎士どころかホラーに見つかってしまえば一巻の終わりです。」

 「脱出しましょう。この者たちも一緒に。」

 「え?こいつらも?」

 しれっと言ったマクシミリアンに、楓はかなり嫌そうな声を出した。

「ここに残ってアンドロイドを再起動させられては、旦那様のお手を煩わせることになります。」

 「でも邪魔じゃない?」

 辛辣な楓の言葉に、マクシミリアンは肩をすくめた。

 「致し方ございません。こんな連中でも、死ねば旦那様がお心を痛めます。

  本当に、お優しい方ですから。」

 「・・・なぜだ。」

 呻くようにマーベリックは言った。

 「私はあの男を殺そうとしたんだぞ。バーナビーを助けるために。

  そんな私でも、死ねば悲しむというのか!あの男は!」

 途中楓が怒鳴ろうとしたのを制し、マクシミリアンが口を開いた。

「“どんな人間であれ、大なり小なり業を背負って生きている。生きている限り、心のうちの光を見失わない限り、やり直せる。守るべき価値のない人間なんていない。”

 以前、旦那様がおっしゃっていた言葉です。

 あの方は、それがどのような方であれ、人間を守り続けようとなさるでしょうね。

 たとえ、ご自身を殺そうとしたような人間であっても。」

 カチリと眼鏡を押し上げ、執事は言った。

「あなたは旦那様を殺して、その死体を暗黒騎士に引き渡せば万事解決と思っておられるようですが、そんなわけないでしょう。

 そんなことすれば、もれなく世界滅亡フラグが立ってしまいますよ。」

 「「は?」」

 ロトワングとマーベリックは訊き返していた。

 「馬鹿馬鹿しい!そんな与太話」

 「うるさい!」

 バヂィ!

 「あひん!」

 喚こうとしたロトワングは楓のボールペン型スタンガンに撃沈された。

 一方のマーベリックは、あながち笑い飛ばせなかった。

 あの黒ずくめどもの尋常ではない様子、NEXTでも不可能と言わざるを得ない、化け物どもを量産する手法、常軌を逸した言動の数々を間近で見せつけられてきた彼には、すぐに笑い飛ばすことができなかった。

 あの連中なら、本気で世界を壊滅させに出ても不思議ではない。

 不思議ではない・・・が、マーベリックはそんなこと、信じたくなかった。

「バーナビー様は“メシアの淀み”カナン――簡単に言えば、ホラーの大ボスたちが人界に降臨するための生贄に捧げられました。

 そして、あの暗黒騎士はカナンの力を得て、世界の支配者になろうとしています。

 今更旦那様の首を差し出されても、よく頑張りましたの一言で終了、でしょうね。」

 「だから言ったじゃない!」

 ここで、聞かされた事実に呆然としているマーベリックに、楓が叫んだ。

 「バーナビーを助けるためにお父さんは今必死に頑張ってるって!

  もうバーナビーを助けられるのは、お父さんたちしかいないんだよ!」

 「ううううるさい!」

 マーベリックは喚いた。

 「何ですって?!」

 「お、お前らの言うことなど信用できるものか!

  寄ってたかって適当なことを言って私を騙そうという気だろう?!そうはいくか!」

 「・・・バーナビー様の視野狭窄が誰に似られたのか、少し理解いたしました。」

 眉を吊り上げる楓にマーベリックが叫ぶと、マクシミリアンは頭が痛いという代わりに、こめかみを押さえてうめいた。

 「静流様、ハンカチをこの方に噛ませてください。もううるさいだけなので。

  いい加減、移動しますよ。」

 言って、マクシミリアンは気絶しているロトワングにもハンカチをかませると、米俵のように担ぎ上げた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バシュッ。

 転送陣の上に現れた虎徹は体をふらつかせるが、すぐにそこから出て周囲に素早く視線を巡らせる。

 明かりは十分なので、視界は良好。

 金属の通路の真ん中らしい。

 いつでも抜刀できるよう、退魔の剣を手に携え、虎徹は駆け出した。

 通路を抜け、広い空間に出る。

 ホールのようにだだっ広いその場所は、ちょうど女神像の顔上半分の内側に当たるらしい。

 女神像の目の部分に強化ガラスがはめ込まれ、窓となっている。

 そのすぐ下に直径三メートルほどの大きな金属の輪が設置されている。

 放出される魔導力から、虎徹はこれが真魔界へと続く魔導陣だと察した。おそらく、降臨したカナンは、この魔導陣を通って顕現するに違いない。

 そうしてそのすぐ前に。

 「バニー!」

 うつむいている、メットのないヒーロースーツ姿のバーナビーと、黒ローブ姿の友切がいた。

 「もう、遅い。」

 小さく笑い、友切はソウルメタルのペンダントを引きちぎるように外し、頭上でペンダントヘッドを振り回して鎧の召喚陣を描く。

 「そいつに触るなぁぁぁぁ!」

 虎徹も駆け抜けながら剣を抜き、すぐ目の前に召喚陣を描き、金色の光の円を潜り抜ける。

 友切は漆黒の、虎徹は黄金の鎧をそれぞれ纏い、剣を振りかざす。

 ガギャァァンッ!

 金と銀の牙狼剣と、黒と赤の剣――黒炎剣が耳障りな音を立ててかみ合う。

 「バニィィィィ!」

 「無駄だ。小僧の意識はすでに女神カナンのものだ。

  そしてその肉身もまた、女神のものとなる。」

 鎧の下で友切は嘲笑を浮かべる。

 「お前の負けだよ、牙狼。潔く死ね。」

 ギィンッ!

 そのままあっさり剣の打ち合いに負け、押し出された虎徹が体勢を崩したところに、友切は素早い突きを食らわせようとする。

 ギャリィンッ!

 「二度も同じ手を食らうかよ!」

 以前惨敗した時と同じくらい素早い突きであったが、虎徹はすんでのところで剣でその一撃をはじき、剣を構え直す。

 「愚かな。よほど苦痛にまみれて死にたいらしい。」

 せせら笑い、友切はうつろなバーナビーに一礼する。

 「女神よ。しばしお待ちを。」

 「バニィィィィ!」

 再び切りかかる虎徹を、友切は迎え撃った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ズダァンッ!

 「うあああああ?!」

 「アハハハハハハ!どうしたよ!?野良犬!私を殺すんだろ?!

  できるのかよ?そのザマで!」

 壁に叩きつけられ、イワンが苦痛に悲鳴を上げるのを、ラムダは高笑いしながら見下ろした。

 「満身創痍だな?左肩が外れたか?お綺麗な顔も傷だらけだ!

  ざまぁみろ!アハハハハハハ!」

 高笑いするラムダの言葉通り、イワンはひどいありさまだった。

 高い防御力を誇るはずの黒いロングコートのような魔法衣でさえ、ラムダの剣撃と飛び回る羽虫モドキの攻撃を防御しきれず、裾からぼろぼろになりつつあった。

 頬をはじめとした顔のあちこちや首筋なども細かい切り傷により、血が滲み始めていた。

 ブルーローズとドラゴンキッドは逃げ回るのに必死で、イワンのフォローができないのだ。

 「うぐ・・・!」

 『イワン!』

 シルヴァの声に、イワンは答えなかった。

 ビビビビビビ・・・ギドンッ!ギギィンッ!

 立ち上がりざまに、無事な右手の剣を使って飛来する羽虫モドキを斬り落とし、彼はそのまま立ち上がる。

 一度右の剣の柄を口に咥え、右手で左腕を抱え。

 ズダンッ!ゴギィンッ!

 「うぐ!」

 「へえ・・・。」

 左肩を壁に叩きつけるように体当たりしたイワンに、ラムダは感心したような声を出した。

 「肩を自分で入れ直すとはね・・・。」

 「縄脱けで関節外しは基本でござる。入れ方ぐらい心得てござる。」

 再び剣を持ち直し、イワンは身構える。

 ビビビビビビ・・・!

 ここまでイワンもさんざん羽虫モドキを蹴散らしてきたが、その数は全く減った様子を見せず、ブルーローズとドラゴンキッドの体に穴を開けようと追い回し、イワンの頭蓋を抉ろうと襲い掛かってくる。

 「でもそろそろ飽きちゃったかな?」

 スラリと剣の切っ先を満身創痍のイワンに向けるラムダに、漆黒の魔戒騎士は傷をものともせずに踏み込んだ。

 ヒュパッ!

 「うおおおおおっ!」

 「いい加減死ねよ!」

 黒いコートをカラスの翼のようになびかせるイワンと、剣を構え直し怒鳴るラムダ。

 ガギィンッ!

 退魔の双剣と長剣が鋭い音を立ててかみ合う中、ブルーローズとドラゴンキッドはいまだに逃げ回っていた。

 くどいようだが、ソウルメタル製の羽虫モドキに対抗する術が二人にはないのだ。しかも、この羽虫モドキは装甲表面で構成分子が超振動しており、触れたものを片っ端から破壊する性質がある。つまり、触れることすらできないのだ。

 しかし、二人は気が付いていた。

 ラムダが本気になれば、この羽虫モドキどもは二人に回避すら許さずに、穴だらけにしてとっくの昔に殺しているところだ。

 それがないというのは、結局ラムダには二人に本気の殺意を向けてないからだ。

 相手にすらされてない。

 それが悔しかった。

 何とかイワンを助けなければ。

 思考が仇になったのか、それともここまで来る階段上りで体力を浪費してしまったからか、ついにブルーローズが足をふらつかせた。

 ビビビビビ!

 バギィンッ!

 「きゃあ!」

 そこに羽虫モドキが飛来し、ブルーローズのフリージングリキッドガンを壊した。片方だけだったが、驚いて彼女はとっさに足を止めてしまった。

 ビビビビビビビ!

 そこに一斉に羽虫モドキが襲い掛かる。

 「ブルーローズ!」

 ドラゴンキッドは彼女のピンチに気が付くが、どうにもならない。

 「スカーイハーイ!」

 さわやかな声と、巻き上がった風が乱入したのはその時だ。

 ブワドウッ!

 逆巻いた風は、ブルーローズの衣装をなびかせ、羽虫モドキを一時的に吹き飛ばすことに成功した。

 「やあ!何とか無事でよかった!そしてよかった!」

 「「スカイハイ!」」

 踊り場に颯爽と登場した風の魔術師に、ガールズヒーローは声を上げた。

 ビャウ!ビャウ!

 直後、青い炎の矢が空を裂き、羽虫モドキに迫るが、やはり効果を発揮せず、青い火花を散らすだけに終わった。

 「やはり効かぬか・・・。」

 クロスボウを構えつつ現れた青炎の断罪者に、ガールズヒーローはヒーローにあるまじきと思いつつも心強く思った。

 ビビビビビ・・・!

 風の束縛から解放された羽虫モドキたちは、一斉にその向きを四人に向ける。

 「こいつらは、ソウルメタルっていうのでできてて、こっちの攻撃が効かないんだよ!」

 「氷も効かないわ。触れたものを片っ端から壊すの。」

 ドラゴンキッドとブルーローズの説明に、スカイハイとルナティックはそれぞれ仮面の下で眉をしかめる。

 これは厄介だ。

 二人のヒーローはそう考え、次に元凶らしき人物に目を向けた。

 ガギャンッ!

 ドドウッ!ギィンッ!

 剣をはじき、足技を繰り出し、再び刃を繰り出しあう。

 片方はボロボロの漆黒のコートをなびかせるイワン、もう片方は。

 「な、何だい、彼は・・・?」

 「・・・っ!」

 仮面を失い、ギャノンの目をむき出しにしているラムダの姿を見るのは初めてのスカイハイとルナティックは大きく息をのんだ。

 「あいつの右目を狙って!」

 「あれがタイガーにかかってる呪いの原因なんだよ!」

 「・・・詳細はわからぬ。だが。」

 クロスボウの狙いをラムダに向け直し、ルナティックは謳うように言った。

 「タナトスは、あの者に声を聞かせたいらしい。」

 「そういうことか!それなら手加減しない!そしてしないとも!」

 ビビビビビ・・・!

 しかし、そうは問屋が卸さないとばかりに、羽虫モドキが飛来する。

 「スカーイハーイ!」

 ビュゴゴゴウウウワァッ!

 吹き荒れた風に羽虫モドキが動きを止める。

 「あの虫たちは私が引き受けよう!」

 「タナトスの声を聞け。」

 「ありがとう、スカイハイ!」

 「ありがと!今度こそ!」

 風を逆巻かせるスカイハイに、ルナティックと、身構えるガールズヒーロー。

 狙いは布道ラムダただ一人。

 その右目を破壊すればいい。

 ズダァンッ!

 「うわぁ!」

 「うっとうしいんだよ!くそどもがぁぁぁぁ!」

 イワンを吹っ飛ばし、向き直ったラムダが怒号を上げた。

 再び剣を魔戒筆に戻し、空中に金の魔導文字を描く。

 いくつも連なって描かれていくそれは、単純な攻撃法術ではなく、大掛かりなそれだと察しがついた。

『まずい!このフロアごと消し飛ばすような攻撃を仕掛けられたらひとたまりもないわよ!』

 よろよろと立ち上がるイワンの左手の甲でシルヴァが叫んだ。

 剣を構え直し、イワンは術式を中断させようと駆けだすが。

 バヂィンッ!

 「うわぁ!」

 「バーカ!見え見えなんだよ!」

 右手で攻撃法術の術式を描きながら、ラムダは左手の人差し指と中指の指先に界符をはさみ、防御結界を展開していた。

 「折紙さん!」

 弾き飛ばされたイワンに、ドラゴンキッドが悲鳴を上げる。

 しかし、イワンはすんでのところで受け身をとり、ひらりとコートを翻し、着地を決める。

 「タナトスの声を聞け。」

 「サアアアアアッ!」

 「私の氷はちょっぴりコールド!あなたの悪事を完全ホールド!」

 ビャウビャウ!ゴッゴォォォォォン!バヂバヂバヂィッ!

 バギバギバギッ!

 ルナティックの青い炎とドラゴンキッドの雷撃が同時に炸裂し、ブルーローズの氷がラムダを飲み込むが、それも結界の前に無効となって終わる。

 すぐにバリィンッ!とガラスの割れるような音を立てて砕けてしまった。

 「フィナーレだ!みんなまとめて塵になれ!」

 飛び散る氷の破片をものともせず、術式に最後の魔導文字を書き込みながらラムダが高笑いした時だった。

 どろんっ。

 「させぬ!」

 突如、床に散っていた氷の破片の一つがイワンの姿に戻り、ラムダの前に迫る。

 「なっ?!」

 ――しまった!雑魚どもに気を取られて、野良犬をノーマークにしていた!

   こいつが擬態能力者であることはわかっていたはずなのに!

 ガビュツッ!

 ラムダが驚愕する間もなく、その赤と金のまだらの右目に退魔の剣が刺さった。

 「ぎゃあああああああ?!」

 すぐさま剣を引き抜くイワンをよそに、ラムダは魔戒筆を取り落し(ついでに構築中だった術式も掻き消え)、右目のあったところを押さえながら、よろめいて後ずさった。

 「やった!」

 「これでタイガーも助かった!」

 声をあげるガールズヒーローに、スカイハイとルナティックもほっとした様子になった。

 イワンはそのまま追撃を仕掛ける。

 「オオオオオッ!」

 ダンッ!

 床を踏み込み、よろめくラムダに斬りかかる。

 「目が、目がぁぁぁぁぁぁ。

  僕の、僕の目がぁぁぁぁ。」

 右目のあったところを押さえながら、ラムダが呻いた。

 (どさくさに紛れて一人称が変わっているが、誰も指摘しなかった。)

 バシッ!

 「よくも・・・よくもやったな!」

 イワンの腕をつかむように斬撃を受け止め、ラムダは唸った。

 右目のあったところには漆黒の眼孔がうつろに口を開いている。そのうつろと、残っているとび色の瞳で、イワンを睨みつけた。

 「どいつもこいつも・・・そんなに僕が憎いのか!

  僕はこの世にいちゃいけないのか!!」

 「何・・・?」

 猛烈に嫌な予感がして、ガールズヒーローは肩を震わせた。

 ラムダは目の前のイワンを見ていない。

 ひたすら誰かに呪詛を振りまいている。

 「そんなにいたらいけないなら!そんなに消えてほしいなら!」

 ドゴウッ!

 「うわっ!」

 殴られてイワンは吹っ飛ばされた。

 先ほどまでの力とは比べ物にならない。常軌を逸した怪力だった。魔法衣を着てなかったら、体中の骨が砕けていたかもしれない。

 ヒュパッパシッ!

 「お望み通り!消えてやるよぉ!」

 魔導力で魔戒筆を引き寄せ、再び手中に収めたラムダは、漆黒に染め上げた穂先を頭上に向けた。

 バウッ!ズバダァンッ!

 途端にそこから墨汁が水に染み渡るように闇が広がり、立ち上がろうとしたイワンとラムダの姿を包み込む。

 「折紙さん!」

 「折紙!」

 「折紙君!」

 「先に行ってくだされ!後から追いつ」

 声を上げるヒーローズに、イワンが叫べたのはそこまでだった。

 闇が晴れた時には、イワンとラムダの姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ダァンッ!

 「くああ?!」

 ガシャンッ。

 地面に叩きつけられた衝撃で鎧がはがれおち、虎徹は苦痛に呻いた。

 容赦なく繰り出される友切の黒炎剣をガードできていたのは、友切が本気でなかっただけだ。

 ほんの少し本気を出してしまえば、“破滅の刻印”で寿命を削られ、体を弱らされ続けてきた虎徹には、ひとたまりもなかった。

 あっという間に吹っ飛ばされてしまったのだ。

 「うあ・・・!」

 呻く虎徹は、それでも立ち上がる。

 「貴様の相手も飽いた。

  女神をあまりお待たせするわけにもいかぬのでな。」

 ガシャンッ。

 鎧を送還し、友切は元の黒ローブ姿に戻る。

 一つ異なったのは、鎖でその背に鉄塊のような巨剣――ホラー食いの魔剣が背負われていることだ。

 パチンッ。

 そうして彼は指を鳴らした。

 ゾルゾルゾルッ。

 金属の床が突然黒に染まり、水面のように揺らめいたかと思うと、何匹もの素体ホラーが這い出てきた。

 「やめろ!」

 今度こそ虎徹は叫び、剣を構え直す。

 『『『『『シャアアアアア!』』』』』

 素体ホラーは虎徹めがけて襲いかかってくる。

 しかし、弱りきった虎徹にとっては、雑魚であるはずの素体ホラーを蹴散らすのも容易ではなく、一匹切り捨てては大きく肩を上下させ、続く攻撃をはじくのも精いっぱいという様子だった。

 まるで体中が鉛の塊になったかのようで、呼吸の一つでさえ、空気の薄い高地に放り出されたかのように思うようにならないのだ。

 ついでに激痛が体中を苛み、卒倒しそうな意識をつなぐのも限界に近かった。

 もう鎧も能力も使えない。次にどちらかを使えば、確実に自分が死ぬ。

 ズババババンッ!

 「くあああ?!」

 素体ホラーたちはここぞとばかりに虎徹にのしかかり、動きを封じようとしてきた。

 「畜生!バニー!バニィィィィ!」

 悪態をつきながら、身動きできない虎徹は彼の名を呼んだ。

 かけがえない、友の名を。

 しかし、バーナビーは呼び掛けに全く反応せず、うつろにたたずんでいるだけだ。

 ガシャリ。

 友切はその背からホラー食いの魔剣を引き抜くと、正眼に構えた。

 「さあ、女神カナンよ。

  虚無の海の水底〈みなぞこ〉より、そのお姿を現わせられよ。

  “贄”の心の臓腑を、今こそあなた様に捧げましょう。」

 ユラリとその巨剣の切っ先が、バーナビーに向かって振りかぶられた時だった。

 ズバダァンッ!

 「ガアアアアアアッ!」

 突如、青白い光と猛獣――虎を思わせる咆哮が炸裂し、素体ホラーたちがまるで小枝のように吹っ飛ばされ、片っ端から壁やら天井やら、床に叩きつけられ、砂となって消える。

 「NEXT能力〈ハンドレッドパワー〉だと・・・?

  馬鹿な!」

 思わず剣を下し、友切は信じられないとばかりに、立ち上がり剣を構え直す虎徹を凝視する。

 虎徹は、その体をシアンの燐光に包み、琥珀の双眸を青く光らせながら、友切を睨みつける。

 その様子からは、もはや死に瀕したもの特有の衰弱が抜け落ちている。

 「貴様、なぜ・・・?」

 言いかけて、彼は一つの可能性に思い当たる。

 「ラムダ・・・!しくじったか!」

 『どうやら、イワンたちがやってくれたらしいな、虎徹。』

 「ああ!」

 ザルバの言葉に、虎徹は不敵に笑う。

 もう激痛も、思うように動かせない体の重みも、息苦しさもない。少しだるいが、気にならない程度だ。

 「バニー!聞こえるか!」

 剣の刃を左手に沿わせる、牙狼の系譜の騎士特有のスタイルの構えを取りながら、虎徹は叫んだ。

 「必ず助けてやる!待ってろ!」

 「・・・もう遅いわ!」

 それでも、友切は余裕に満ちた笑みで、魔剣の刃をバーナビーの喉笛に沿わせた。

 ――大丈夫だ。

 虎徹は自分に言い聞かせる。

 ハンドレッドパワーは減退中だが、まだ時間はある。百倍に増幅されたスピードで、友切がバーナビーを傷つけるより速く、バーナビーを友切から引きはがす。

 その上で魔剣を壊す。

 そうすれば、カナンの降臨を防げるはずだ。

 瞬時にそう思考を巡らせ、虎徹は駆け出そうと足に力を込めた時だった。

 『時は、満ちた。』

 それまでうつろにしていたバーナビーが突然口をきいた。

 しかもその言葉は、シュテルンビルトの共通語、英語どころか、人間の言語ではなかった。

 『魔界語だと?!』

 ザルバが声を上げた。

 ホラーがしゃべる、魔界の言語だったのだ。

 まさか。

 思わず固まった虎徹をよそに、友切は刃をバーナビーからどかし、恭しく一礼した。

 「女神よ。今宵、“贄”の血肉をあなた様に捧げましょう。今こそ我がもとへ。」

 そうして再び刃が振りかざされる。

 ハッと我に返った虎徹が再び駈け出そうとするより早く。

 ブワゥッ!

 「どわぁっ?!」

 突如、友切の手から魔剣が浮き上がり、それまでの持ち主を平手を食らわすように弾き飛ばしたのだ。

『愚かな。妾は虚無の海に在りし、絶対破滅を司る者、カナンだぞ?誰が矮小な人間如きに力を貸すものか。身の程を知れ。虫けらめ。』

 バーナビーの口を借りて、それは言った。厳かな声で。

 直後。

 ギョルリとホラー食いの魔剣の刀身に彫り込まれていた女のバスト像が、閉じていた両目を開くと、くわっと口を開いた。

 その口腔も、眼球も、漆黒の闇に満ちていた。

 瞬間。

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 友切の体が、まるで編まれていた布から糸がほどけていくように、剣に吸い込まれていく――食われていく。

「食ってるのかよ・・・ホラーだけじゃなくて、暗黒騎士だろうと、食っちまうってのかよ!」

 剣先を震わせ、虎徹が怒鳴った時には、友切の姿は消えうせて、宙に浮く魔剣と、バーナビーだけが取り残されていた。

 『闇の隷属者よ、望み通り、妾の覚醒の礎となれ。

  汝の望み通り、妾は人界に降臨しよう。そして。』

 歌うようにバーナビーの口を借りて、それは言った。

 『人界も、魔界も、万物のことごとくを、虚無の海の底に沈めよう。』

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 絶叫する友切は、秘薬の効能を失ったために“必殺の呪印”の証である十字傷をその端正な顔にあらわにして、落ちていく。無明の闇の底へ。

 絶望に膝を抱えてうずくまるバーナビーのいる心の魔界を通過し、荒野のような真魔界の大地をも突き抜け、夜よりも闇よりも暗く、そして深い深い、虚無の海の底へ。

 羊水のように生ぬるい水に、小さな友切の体は沈没したばかりの小舟のようにもみくちゃにされた。不思議と息はできる。

 その直後。水底から伸びた、いくつもの白い腕が彼の体を包み込むように掴んだ。

 『あなたの肉をちょうだい。』

 『お前の血をおくれ。』

 『汝の骨をよこせ。』

 『君の臓腑をくれ。』

 『あなたの、お前の、汝の、君の、全てを、ちょうだい、おくれ、よこせ、くれ。』

 腕が一斉にささやいた。

 やがて友切の前に巨大な女の顔が現れる。

 墨汁のような漆黒の水であるはずなのに、不思議と女の顔ははっきりと見えた。

 褐色の肌に、慈母のような笑みをたたえた、素晴らしく美しい顔立ちの女だった。赤い瞳に、水に揺らめく絹糸のような黒髪。

 ――薄緑。

 とっさに友切は、心の底に沈めていた、亡き妹の名を呼んでいた。

 

 

 

 

 母に捨てられ、冴島家に引き取られても、ずっと一緒にいた双子の妹。あの、父親と呼ぶのもおぞましい男の仕打ちが原因で、病弱だった彼女は、あっさり逝ってしまった。

 『兄様、強い魔戒騎士になってください。』

 彼女の遺言に従い、友切は強くなろうとした。暗黒騎士になって最強の力を手に入れる。何もかも手に入れれば、自分のものになれば、守りきることができる。

 

 

 

 

 そう信じていたのに。

 なのに、自分は今どこにいる?どこで間違えた?

 “牙狼”などくだらない、闇の力の前にその力は微々たることと決めつけたことなのか。

 暗黒騎士に堕ちてからメシアと同化することができないと気が付いて、魔剣によるカナンの降臨に切り替えたことによるのか。

 それとも、魔剣と“メシアの淀み”について載せられていた魔導書の記述が間違っていたのか。

 ジャクリッ。

 慈母のような笑みを浮かべる巨大な女――カナンは、次の瞬間巨大な口を開け、茫然とする友切を一口のもとに飲み込んだ。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 セシリーの使う移動術は、金色に光る球体に包みこまれて、そのまま浮上するというシンプルなものだった。

 セシリーに、ロックバイソン、ファイヤーエンブレムの三人を乗せて、天井を透過し、そのままエレベーターのように一気に上に向かう。

 ポーチから取り出した、コンパスのようなもの――魔針盤を見つめ、セシリーは軽く眉をしかめた。

 また邪気が一段と強くなっている。

 「なぁに、それ?」

「魔針盤だヨ。ホラーの位置や、強い邪気を探知するのに使うノ。あたしたち魔戒法師は魔戒騎士たちのように魔導具をパートナーにしてないからネ。」

 ファイヤーエンブレムの問いに、セシリーはしれっと答えた。

 ちなみに、ロックバイソンは移動術を使った直後に、「ひゃあああ?!」という悲鳴を上げてから、一言も口をきいてない。

 高所恐怖症のけのある彼は、おそらく目を閉じて必死に到着を願っていることだろう。

 「また邪気が強くなってル・・・。」

 「そのカナンとかってやつ、そんなにやばいの?」

 つぶやいたセシリーに、ファイヤーエンブレムは尋ねた。

 「カナンについては、魔戒の伝承はかなり少ないワ。

  でも、あいつが始祖メシアから分かたれた存在ということははっきりしてるワ。」

 ここでセシリーは言葉を切ると、魔針盤をポーチにしまい、続ける。

 「魔界の創造と終焉を司るもの、ホラーの始祖、それがメシア。

  そのメシアが、弱体化を承知で自分から切り離すようなものなのヨ?

  真魔界の底の底にある虚無の海で。メシアですら、手におえないものだとしたラ?」

 「・・・どうしたらいいのかしら?」

 セシリーの様子からも、カナンの危険性を認識したファイヤーエンブレムが尋ねる。

 「一番簡単なのは、兎坊やを殺すこト。でも、それはダメ、なんでショ?」

 「もちろんよ。」

 「じゃ、魔剣を破壊するしかないわネ。でも、ホラー食いの魔剣ヨ?

 内部に今まで食ったホラーの陰我を溜めこんで、下手に破壊すれば999体分のホラーがシュテルンビルト中に拡散することになりかねないワ。」

 頭が痛いという代わりに、セシリーはこめかみを押さえた。

 「一旦封印して別の場所で改めて破壊、がベストかしらネ?

  それこそ元老院付きの騎士と法師が総出でやるくらいの大事になりそうだワ・・・。」

 「ほんと、頭が痛い話ね・・・。」

 セシリーの話を聞いて、ファイヤーエンブレムもこめかみを押さえた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 イワンが放り出されたのは、漆黒の空間にいくつもの岩場が浮かぶ不気味な場所だった。

 岩自体がうっすら光っているせいだろう、視界に特に不自由はない。

 幻術と空間隔離術の複合型のような術かもしれない。

 退魔の剣を構え、岩場の上で油断なく周囲を見回すイワン。

 ガチャンッ。

 頭上で突如重々しい足音が聞こえ、イワンはハッとそこを見上げた。

 今、イワンがいるのはいちばん大きな足場だ。ドーナツ状のリングになっているそこは、傘のように対になる岩場が覆いかぶさっており、そこに、いた。

 ガチャガチャと8本の長い脚を打ち鳴らし、それは傘のような岩場にぶら下がり、イワンを睥睨している。

 巨大な、鋼の蜘蛛。胴体の大きさとは不似合いなほど、やたらと足が長い。その頭部に収納され、胸から上だけを出しているラムダがにたりと笑う。

 『さあ、ファイナルラウンドだ。

  鎧を纏えよ、銀牙騎士。』

 挑発に乗るのは癪だったが、このままで対抗できるとは思えない。

 ヒョウッバァンッガシャンッ!

 頭上に剣先を向けて召喚陣を描き、イワンは銀色の騎士――“絶狼”となる。

 バシャンッビビビビビ・・・!

 同時に鋼の蜘蛛は腹部を開くと、そこからあの羽虫モドキを放出してきた。キラキラと輝くダイヤモンドダストのようなそれらは、岩場に無数のように広がる。

 イワンは銀狼剣を構え、岩場を蹴った。

 

 

 

 

 「ファイヤァァァァァ!」

 ゴッゴゴゴォォォォォウワッ!

 踊り場に突如吹き荒れた紅蓮の炎が、いまだに空中を浮遊し続ける羽虫モドキを一斉に焼き払った。

 ぼろぼろと炭と化して体を崩して消える羽虫モドキに、踊り場に取り残されたヒーローズとルナティックは呆然とするが、すぐに炎の源に向き直った。

 「無事のようネ。」

 セシリーと、年長ヒーロー2名が通路から歩み寄ってきた。

 「今の、ファイヤーエンブレム?」

 「ええ。」

 ブルーローズの問いに頷いて、ファイヤーエンブレムは胸元に貼り付けている界符を指さして答える。

「この札のおかげで、今のアタシの能力は魔導力を帯びてるの。だからソウルメタルだろうとホラーだろうとダメージを与えられるのよ。そうよね?」

 「そういうことヨ。」

 頷いて、セシリーはポーチからファイヤーエンブレムがつけている(ロックバイソンも同じく胸元に貼り付けている。)のと同じ界符を取り出し、ヒーローズに渡しながら続けた。

「これを使えば、ある程度はあなたたちの攻撃もホラーたちに通用するようになるワ。でも過信しないデ。いわゆる法術みたいなものだから、さっきのような小さい奴を除いて決定打にはならないワ。トドメは必ず、魔戒騎士かあたしに回しテ。」

 「了。」

 「貼りつける場所はどこでもいいの?」

 頷いたルナティックと、札を見ながら尋ねたドラゴンキッドに、セシリーは答えた。

 「邪魔にならないところにしといたほうがいいわヨ。

  そこ!新手の化物みたいになってるから、貼る場所を考えなさイ!」

 セシリーが怒鳴ったのは、ヘルメットの額部分に貼り付けたスカイハイだった。

 少し動くたびにひらひらと界符が揺れるため、どう見ても中国ホラー映画に登場するキョンシーにしか見えなかった。

 「え?駄目かい?」

 「貼る場所考えなさいって言ってるでしょーガ!

  貴様、天然カァァァァ!」

 不思議そうに首をかしげるスカイハイに、セシリーが怒鳴った。

 「この先に女神像内部に続く転送陣がある。金色の虎はこの先に行った・・・そうだな?」

 尋ねたルナティックに、ドラゴンキッドはコクリと頷いた。

「さっき折紙さんがあのラムダとかいうやつの右目を剣で刺してたから、タイガーの“ハメツノコクイン”だっけ?

 解除されたと思うよ!」

 「「「!」」」

 後から追いついたセシリーと年長ヒーロー二人はあからさまにほっとした顔をした。

 「そうか・・・虎徹・・・よかった・・・!」

 ロックバイソンがつぶやくと、「でも・・・。」とドラゴンキッドは不安そうな顔で、イワンたちがいたところに目をやった。

 「ラムダが使った変な術のせいで、折紙さん、消えちゃったんだ・・・。

  折紙さん、大丈夫かな・・・?」

 「・・・信じるしかあるまい。」

 札を貼り付けてからぽつりと言ったドラゴンキッドに、ルナティックが言った。

 「大丈夫さ、そしてきっと追いついてくる!

  彼は強いからね!」

 「大丈夫よ。あの子も魔戒騎士なんでしょ。

  “守りし者”は負けない、でしょ?

  魔戒騎士も、私たち〈ヒーロー〉も。」

 札を胸元に貼り直して言ったスカイハイと、札を胸元に貼り付けたブルーローズが毅然とうなずいた。

 ――そうよね、タイガー・・・。

 「イワンのことはあいつを信じるしかないわネ。

  それより急ぎまショ。」

 狩衣の裾を翻し、セシリーが言った。

 「邪気が強くなってるノ。急がないとカナンが降臨すル。」

 「ハンサム!」

 「そうだ!急がねえと!」

 ハッとしてヒーローたちは顔を見合わせ、頷いた。

 ぐずぐずしてはいられない。

 「カナン?」

 「後で説明するワ。とにかく急いデ。シュテルンビルト・・・いいえ、この世界の危機ヨ。」

 一人事情の呑み込めないルナティックに、セシリーは言って、走り出した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 フワリ。

 「っ!」

 キュパッ!

 ガギャァンッ!

 鉄塊のような魔剣がバーナビーの頭上で、彼を串刺しにせんと刃を向ける。

 させじと虎徹は、発動中のハンドレッドパワーにより、百倍のスピードで魔剣とバーナビーの間に割って入り、退魔の剣で魔剣を弾き飛ばした。

 「しっかりしろ!バニー!」

 退魔の剣を右手に構えたまま、虎徹は背中にかばうバーナビーに怒鳴った。

 しかし。

 バシィッ!

 「くあああっ?!」

 背後のバーナビーから、腕の一振りで吹っ飛ばされた虎徹は、床に転がりそうになり、すんでのところで受け身をとって着地する。

 『邪魔をするな、人間。』

 バーナビーの口を動かし、それが言った。

 「てめえはすっこんでろ!」

 ズダンッ!ガギャッギィンッ!

 床を踏み込み、再びバーナビーに迫る魔剣を叩き伏せながら、虎徹が怒鳴った。

 「バニー!目を覚ませ!」

 『無駄だ。この者の肉身は、妾のものだ。』

 「うるせぇ!てめえはすっこんでろっつってんだろぉがぁぁぁぁ!」

 ギン!ギャギャンッ!ギギィンッ!

 突っ立っているバーナビーを突っ込んでくる魔剣から守りながら、虎徹は怒鳴った。

 「バニー!言ったはずだ!

  俺はお前を見捨てない!絶対に!

  何があっても助けてやる!だから信じてくれ!」

 ガッギャァァァァン!

 ハンドレッドパワーのフルパワーで、魔剣をホールの端まで吹っ飛ばし、虎徹は振り向きざまに、剣を持ってない左手でバーナビーの肩を掴んだ。

 フヒュッ。

 さらに発動時間の短くなったハンドレッドパワーが時間切れしたのはこの時だった。

 バーナビーは無言のまま、虎徹の左手に手をかけ、投げ飛ばそうと力を込めた。

 「お前の手は、守るためのものだ!俺を投げ飛ばすためのものじゃない!

  お前はヒーローだ!俺たち魔戒騎士と同じ、“守りし者”だ!思い出せ!」

 がなった虎徹に、バーナビーの肩がかすかに揺れる。

 「戻って来い!“バーナビー”!」

 虎徹が怒鳴った瞬間、クククッと魔剣が持ち上がり、背を向けた魔戒騎士ともども生贄を貫こうと迫った。

 「・・・バーナビーじゃなくて」

 ふっとバーナビーが顔をあげた。

 微笑んで、虎徹を見つめる。

 「バニーでいいですよ、虎徹さん。」

 「バニー!」

 ほっとした顔で笑みを浮かべた虎徹。

 トサッ。

 ガゴガラァンッ!

 直後、バーナビーは崩れるように虎徹の腕の中に倒れ伏し、魔剣も操り糸が切れたように、硬い音を立てて地面に転がった。

 「虎徹ぅぅぅ!」

 「タイガー!」

 「虎〈ティーゲル〉!」

 ヒーローたちが口々に虎徹の名を呼びながら駆けこんできたのはこの時だった。

 「みんな!」

 「タイガー、大丈夫?!」

 「ああ。イワンと、みんなのおかげだ。」

 尋ねたブルーローズに、虎徹はバーナビーを抱えたまま頷いた。

 「折紙はどうした?」

 「ラムダが使ってきた変な術に呑みこまれて、あいつと一緒に消えちゃったんだ!

  大丈夫だと思うけど・・・。」

 見回してイワンの姿がないことに気が付いた虎徹の問いに、ドラゴンキッドが不安そうにしながら答えた。

 「・・・そうか。あいつを信じるしかないな。」

 「・・・友切ハ?」

 油断なく周囲を見回すセシリーに、虎徹は剣を鞘に収め、答えた。

 「魔剣に喰われた。

  カナンは、どうやら俺たち人間の想像をはるかに上回ってヤバい奴らしい。」

 息をのむ一同に、虎徹は言いながらバーナビーを見下ろした。

 「ハンサムは?」

 「気を失ってるだけだ。」

 ここで虎徹はセシリーに目をやり、彼女に尋ねた。

 「魔剣を破壊するのはヤバいか?」

「ご想像通りヨ。下手に破壊すれば、剣内部の999体のホラーの陰我がシュテルンビルト中にばらまかれるワ。」

 肩をすくめて彼女は続ける。

 「ベストは封印して、別場所で破壊なんでしょうけド・・・。」

 「あんなヤバい代物、封印には大掛かりな術式と魔導具がいるだろう。手元にあるのか?」

 「・・・ないワ。」

 フルフルと首を振るセシリーに、虎徹は嘆息する。

 今はバーナビーが何とかカナンの意識から逃れることに成功したが、再び支配されるのも時間の問題だ。

 完全に手詰まりだ。

 ガシャリッ。

 「ルナティック?!何を」

 「シュテルンビルトに住まう大勢の市民、まして世界中の人民の命には代えられぬ。」

 バーナビーにクロスボウの発射口を突き付け、ルナティックは言った。

 道中に事情を聞かされていた彼は、一番簡単な手段を選ぼうとしていた。

 「この手を汚し、それで世界が救われるなら、我は厭わぬ。」

 「やめろ、ルナティック。」

 バーナビーをかばうように抱きしめながら、虎徹はルナティックを睨みつけた。

 「わずかでも可能性があるなら、最後まであきらめず人を守るのが“守りし者”の務めだ。

  まだバニーを助ける可能性はある。」

 言って、虎徹は視線を奥に設置された魔導陣に向けた。

 「あんた、まさカ・・・!」

 ハッとしたセシリーは虎徹が何をやろうとしているか察したらしい。

 「待っテ、待ちなさイ!無茶だワ!

  そんなの・・・むちゃくちゃだワ!」

 狼狽をあらわにして怒鳴る彼女に、ヒーローズは怪訝そうな顔をするしかない。

 「虎徹、何を・・・?」

 「この馬鹿はネェ!

  真魔界に乗り込んで、カナンを直接たたくつもりなのヨ!

 確かに、あの魔導陣を使って、バーナビーの心の魔界を通れば、カナンの降臨する真魔界に行くことができるワ!

 だからって、ホラーの親玉中の親玉にたった一人でケンカ売るなんて、めちゃくちゃヨ!」

 怪訝そうなロックバイソンに、セシリーは部屋中に響き渡るように怒鳴った。

 「けど他に手はねえ。

  バニーを助けるって、約束したんだ。」

 絶句する一同に、よっこらせとバーナビーを肩に担ぎ上げ、虎徹は立ち上がる。

 「じゃあ私も行くわ!一人で行くより」

 「気持ちだけ受け取っとくよ、ブルーローズ。」

 駆け寄ろうとするブルーローズに笑いかけ、虎徹は首を振る。

 「真魔界には魔戒騎士しか行けないのヨ。

  邪気が半端じゃないから、鎧を纏える魔戒騎士でないと、体が耐えられないノ。

 ・・・あたしたち魔戒法師も、特殊な術式を使わないと行けないワ。その術式も、時間がないから間に合わなイ。」

 首を振って言ったセシリーに、虎徹は「おいおい。」と言葉をかける。

 「お前には他にやることがあるだろ?」

 「・・・魔剣がそっちに行かないようにする、でショ?」

 「さすが。わかってるじゃねーか。」

 にっと笑う虎徹に、セシリーは深々とため息をついた。

 「言い出したら聞かないのは、あんたの十八番でしょうガ!」

 「まあな。」

 笑って虎徹はセシリーの肩に手を置いて微笑みかける。

 「後を頼む。」

 「・・・ばか。」

 それでも彼女はコクリと頷いた。

 バーナビーを殺さずにシュテルンビルトを――世界を救うとなれば、もう虎徹にゆだねるしかないのだ。

 「みんな、セシリーのサポートを頼むぜ。」

 ヒーローたちを見回して、虎徹は言った。

 「絶対戻ってこいよ、虎徹!」

 「ハンサムも一緒にね。」

 「タイガー!頑張れ!」

 「ワイルド君・・・気をつけて!そして気をつけて!」

 「・・・絶対戻ってきなさいよね!」

 「・・・幸運を。」

 ヒーローたちとダークヒーローの声援に頷いて、虎徹は彼らに背を向けると、バーナビーを担いだまま、魔導陣の銀色の輪に向かって行く。

 女神像内部を出口を求めて歩き回っていた楓たちがこの場所にたどり着いたのはその時だった。

 「あ!」

 今まさに魔導陣に姿を消そうとしている父の後ろ姿を目にし、楓は大きく息をのんだ。

 お父さんが、自分の手の届かないところにいってしまう。

 そんなの。

 ――いや!行かないで!

 「お父さん!」

 叫ぶや楓は駆け出した。

 ハッと振り向いてきたヒーローたちの一人、スカイハイに触り、能力をコピーすると、風を身に纏い加速して、父の後に続いて魔導陣に飛び込んだ。

 「か、楓ちゃん?!」

 「お嬢様?!」

 驚く一行が止めようとする間もなく、楓は先に行った父とバーナビーともども、魔導陣の輪の奥に姿を消してしまった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ギャッ!ギギィンッ!ヒュパッ!ヒュウパッ!

 銀色の騎士は空中を跳ね回っていた。

 銀狼剣が閃くたびに羽虫モドキを斬り落とし、銀の具足が羽虫モドキを踏みつけるように足場とし、自在に軌道を変えていた。

 ラムダの搭乗する蜘蛛モドキは、四本の脚で頭上の岩場にぶら下がり、残る四本の脚先からソウルメタル製の刃を出して、銀色の騎士を斬り殺そうとするが、騎士はその攻撃をあるいは銀狼剣でいなし、あるいはのけぞるように躱していた。

 合間を縫って飛び込んでくる羽虫モドキの攻撃も躱さなければならず、騎士は文字通り閃光のように空中を疾走していた。

 騎士は羽虫モドキを踏みつけ、ラムダ本体に斬りかかる。

 バヂィンッ!

 しかし、その一撃は青白いガラスのような障壁――結界によって防がれる。

 『結界だわ!』

 『そう簡単にいくかよ!さっさと死んじまえ!』

 シルヴァの声に、空中の騎士が宙返りをうちながらどうしたものかと思案する間もなく、ラムダの刃がその体躯を貫こうと迫る。

 ガギャンッ!ヒュパッ!

 刃をあしらい、騎士は跳ぶ。

 空中で視線を走らせ、結界を発生させている紫のクリスタル状の浮遊物を認めると、そちらに軌道を向ける。

 『させるかぁ!』

 シャキッ!ビャビャビャウッ!

 騎士の狙いを悟り、ラムダが吠えると、ソウルメタルの刃が引っ込み、代わりに魔戒筆の穂先のような毛束になると、先端から真紅の光線を発し、騎士を射抜こうと迫る。

 ギギギギィンッ!

 それらをすべて剣ではじき、騎士はクリスタルへ一直線に飛び込み。

 ガヂィンッ!

 ビャビャビャッ!

 銀狼剣の刃がクリスタルを砕くが、そのため動きが止まった騎士に、真紅の光線が直撃した。

 「うわあっ!」

 ビビビビビッ!ドギャギャギャギャッ!

 ガシャンッ。

 反動で地面に叩きつけられ、そこに羽虫モドキが一斉に殺到したため、衝撃で鎧ははがれてしまった。

 『アハハハハハハ!ザマァ見ろ!ザマァ見ろ!

  所詮お前は野良犬なんだよ!』

 ラムダの交渉が響く中、トドメとばかりに羽虫モドキたちが地面のイワンに迫る。

 ヒュパッ!

 「まだまだでござる!」

 次の瞬間、イワンはその姿を消し、瞬時に離れた場所に現れた。

 ヒョウッバァンッガシャンッ!

 『リィィリリリリリッ!』

 再び鎧を纏い、今度は魔導馬“銀牙”も一緒に召喚する。

 高くいななく銀の馬にまたがる騎士は、銀狼剣を手に、天上の鋼の蜘蛛を睨みあげる。

 バガアアアンッ!ドゴゴゴ・・・!

 魔導馬の召喚に反応するかのように、鋼の蜘蛛が陣取っていた傘状の岩場が、コンパクトミラーがそうなるように開かれて、騎士のいる岩場の奥にラムダ本体が陣取ることになる。

 ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ!

 地面を抉るように蹴り、魔導馬が突進した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「よっこらせ。」

 一面が白い空間の中、ノイズのように不思議な文字が飛び交っている。

 心の魔界の片隅で、虎徹はバーナビーをそっと地面におろした。

 眠っているようにも見えるバーナビーはあどけなく見えた。

 『のんきに寝こけやがって。』

 「こうしてると、なんかガキみてえだな、こいつも。」

 『ハン。実際ガキだろ。』

 魔導輪が軽口をたたいた時だった。

 「お父さん!」

 虎徹とバーナビーしかいないはずの空間に、その声が響き渡った。

 「か、楓!」

 飛び込んできた娘を抱きとめ、虎徹は目を丸くした。

 「なんでここに?!」

 「お父さんがどこかに行っちゃうと思って、追いかけてきたの!」

 「いや、そうじゃなくて・・・。」

 今頃屋敷に戻っているだろうと思っていた娘が、まさかこんな敵陣ど真ん中にいるとは思わなかった。

「あのアンドロイドにさらわれて連れてこられての。でも大丈夫!マクシミリアンさんたちが助けに来てくれたし、イボだってけちょんけちょんにしてくれたから!」

「こら楓!いくら悪い奴だからって、イボなんて呼んではいけません!」

『あんな小物イボで充分だろ?』

「ザルバは黙ってろ!」

 騒ぎ立てる親子と魔導輪に刺激されたのか、バーナビーがうなりながら眉をしかめて起き上った。

 「ん・・・ここは・・・?」

 「お?気が付いたか、バニー。」

 虎徹の手を借りて起き上ったバーナビーは、しばしぼんやりした表情で彼を見つめ、ややあってハッと大きく息をのんだ。

 「虎徹さん!」

 「おう。約束通り助けに来たぞ。

  “来たぞ!ワイルドタイガーだ!”なんて」

 「そんなことよりも呪い!

  あなた大丈夫なんですか?!」

 「そうだ!お父さん、平気なの?!」

 必死の形相で見つめてくる二人に、虎徹は気圧される。

 「お、おう。もう大丈夫だぞ。」

 「本当ですか?!」

 「本当に?!」

 「疑り深えなぁ。」

 『お前が隠し事してるからだろ?』

 ヘラリと笑う虎徹に、ザルバが鋭い突っ込みを入れる。

 「否定できねえなぁ。」

 苦笑して、虎徹は魔法衣の胸元を寛げ、開いて見せる。

 小麦色の肌からは、蝙蝠が翼を広げたような禍々しい紋章はきれいに消えていた。

 「ほれ。何ともないだろ?」

 『“破滅の刻印”は解除された。削られてた寿命も元通りだ。』

 ザルバの補足に、二人はようやく安堵の表情を浮かべた。

 「折紙たちのおかげだ。」

 胸元を締めて笑う虎徹だが、すぐに表情を引き締める。

 「バニー。もう時間がない。

  このままだとカナンが人間界に降臨しちまう。」

 「「!!」」

 二人は大きく息をのんだ。

 「そこで、俺はこれからこの先――真魔界に行って、あいつをブッ倒してくる。」

 「無茶です!」

 たまらずバーナビーは叫んだ。

 脳裏を、あの褐色の女の姿がよぎる。バーナビーにはあれがカナンの末端の中の末端――爪の先のような存在だと、わかった。ゆえにこそ、それ以上のことも分かる。

 「僕にはわかるんです!あいつは人間の手に負えるようなものじゃない!

  危険すぎます!」

 青い顔で怒鳴るバーナビーに、虎徹はわかっているとばかりに頷いた。

 「だから、牙狼〈俺〉が行くんだ。

  俺は魔戒騎士だ。“守りし者”だ。

  みんなを、守りに行くんだ。」

 「だったら僕を」

 「バニー。」

 みなまで言わせず、虎徹はバーナビーの言葉をさえぎる。

 「“みんな”の中には、お前も含まれているんだ。

  せっかく生まれることを望まれて、ホラーの呪いからも助かったんだ。

  もう少し欲張ってみろよ。」

 肩に手を置かれて微笑まれ、バーナビーは力なく顔を伏せた。

 これでは、自分を殺してほしいといえないではないか。

 「楓。ここでバニーと待っててくれ。」

 「・・・絶対。」

 「うん?」

 バーナビーから手を離し、再び娘の前に跪いた虎徹に、楓ははっきりといった。

 「絶対、そのカナンとかいうやつをやっつけて、戻ってきてね!」

 「ああ!」

 笑い返し、虎徹は立ち上がると、二人を見つめ、頷く。

 「それじゃ、行ってくる!」

 「行ってらっしゃい!お父さん!」

 白いコートの裾を翻し、虎徹は白い空間の奥へと姿を消す。

 残されたのは、うつむいたバーナビーと、リュックの持ち手を握り、虎徹の勝利を祈る楓だけだった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「ムグゥ・・・!」

 猿轡をかまされたまま、マーベリックは目だけでバーナビーが連れて行かれた魔導陣を見つめた。

 ほら見ろ!やはりこいつらの言うことは嘘だったのだ!

 バーナビーを救わなくては!

 マーベリックは何とか隙をついて逃げようとするが、左足首に感じた冷たい感触に、足を止めた。

「賢明な判断です。そのまま足を動かしていたら、ワイヤーに左足が切断されていましたよ。」

 横目で冷たい視線をよこすマクシミリアン(いうまでもなく、その右手にはワイヤーが握られ、その糸はマーベリックの左足首に絡みついていた。)を、マーベリックは憎悪を込めて睨みつけた。

 「何を、おっしゃりたいのです?」

 「ぶはっ!貴様ら!バーナビーをどこへやった?!」

 ロトワングを乱暴におろしたマクシミリアンによって、猿轡をむしり取られたマーベリックは、今度こそ自由になった口で喚いた。

 「魔界の入り口に連れて行かれたのヨ。ここよりは安全ネ。」

 答えたのは、地面に転がっている魔剣の周囲に結界を施し、仕上げとばかりにスプレーラッカーをカチカチとシェイクしているセシリーだった。

 プシィィィィ・・・。

 振り向くことなく、ラッカー内部の怪しげな白い粉を床に吹きかけている。

 「ふざけるな!信用できるものか!」

 「あなたがそれをおっしゃいますか。」

 「何だと?!」

 マーベリックはマクシミリアンを睨みつけたが、次の瞬間執事に吐き出された言葉に、絶句した。

「大切にしている御様子の養い子だろうと、その養い子のご友人だろうと、頭の中を勝手に書き換えて、養い子の大切な友人を追いかけさせ、挙句その手で殺させようとしたお方の言葉に、どれほどの説得力がおありなのですか?

 どんなに善意として行っていようと、それが当事者の意に沿わなければそれはただの悪意の塊です。特に、人の命がかかっていれば、なおさらだ。

 あなたの行動を、バーナビー様は何とおっしゃいましたか?」

 『呼ぶな!けがらわしい!こいつらとグルになって!僕の人生をもてあそんだくせに!』

 『信じてたのに・・・!』

脳裏をバーナビーの悲痛な叫びがよぎる。

「し、仕方なかったんだ!」

すぐにマーベリックは叫んだ。

 「私が今まであの連中の言うことを聞いて行かなければジュニアは殺されていた!

 そうやって脅され続け、犯罪者どもをホラーとかいう化物の材料に渡し続けてきたんだぞ?!

 情報や目撃者の記憶だって操作して、あの連中のことをずっと隠し続けてきた!!

 ジュニアを救うためだ!それの何が悪い!!」

「シュテルンビルト〈この街〉における、ここ十数年のホラーの個体数の増大には、そういう事情があったわけネ。

  ついでに、あいつがヒーローたちと絡む機会が増えるわけダ。」

 カコンとポーチにラッカーを戻し、セシリーは一人ごちた。

 「・・・こいつ、凍らせて完全ホールドしていいかしら?」

 「ボク、頭にきた・・・!」

 「落ち着きなさい、二人とも。」

 ガールズヒーローたちが冷気と雷を放射するのを止めたのはファイヤーエンブレムだった。

「ハンサムを助けようという心意気は立派よ。でもだからって、あの子の心まで玩んでいい理屈は成立しないわ。もちろん、アタシたちの記憶もね。」

 ここで彼女は言葉を切ると、マーベリックをマスク越しに睨みつけた。

 「“てめえがされて嫌なことを他人にするな”。小学生でも知ってることだ。

  イイ年こいて、こんな簡単なことも忘れてるんじゃねえよ、イボ野郎。」

 ドスの効いた、実に雄臭いセリフをのたまった。

 思わず静流が小さく拍手する迫力だった。

 「これは何だい?セシリー君。」

 「邪気封じの結界ヨ。

  魔剣が“再起動”した時に、多少動きを鈍らせるかもしれないからネ。」

 魔剣の周囲に描かれた奇妙な幾何学模様に首をかしげながら尋ねたスカイハイに、セシリーはしれっと答えた。

 「虎徹が戻ってくるまで、この剣があの輪っかの方へ行かないようにすりゃいいんだな?」

 「そういうこト。これは再起動したら、真っ先にバーナビーを殺しに行くでしょうからネ。」

 バイソンの問いに頷き、セシリーは今度は魔導陣の周囲に界符を張って、防御結界を仕掛けながら答えた。

 ルナティックは一人、マーベリックを見つめ、クロスボウのグリップに手をかけては離すという動作を繰り返していた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 灰色の荒野と灰色の空が延々と広がる、不毛の大地。

 それが真魔界の光景だった。

 人はそれぞれ、己の心のうちに、心の魔界を持っている。

 さらにそこを深く潜れば、人がその自我意識を持つようになってから生じたとされる、共有無意識の魔界――真魔界に通じる。

 全てのホラーはその真魔界より生まれ、存在している。

 灰色の大地の中に一点、白があった。

 否、白い点ではなく、白いコートを纏った、長身の男――魔戒騎士、鏑木虎徹その人だった。

 目を閉じて丹塗りの鞘の退魔の剣を杖のように突き、風にコートと髪をなぶらせ、断崖の上にたたずむその姿は実に威風堂々としていた。

 ヒュウ・・・ザ・・・ザザ・・・ザザン・・・。

 荒野を吹き抜ける風の音に、潮騒が混じり始めた。

 水は、見えない。

 ふと、虎徹は琥珀の双眸を見開き、断崖を見下ろした。

 先ほどまで、灰色の荒野であったそこは、もう荒野ではなかった。

 墨汁のような漆黒の水に満たされた、海となっていた。

 地上の海とは異なり、潮の匂いは感じられず、断崖を削る波音だけが水の存在を主張していた。

 『虚無の海だ。カナンの降臨に共鳴して、真魔界まで侵食してきやがったんだ。』

 虎徹の中指で、ザルバがうなった。

 ザ・・・バシャアアアアアアアアア・・・!

 次の瞬間、漆黒の海が沸騰したかと思うと、それはのけぞった姿勢を元に戻すように、水底から顕現した。

 褐色の肌の、エキゾチックな美女だった。

 豊満な肢体を惜しげなくさらした、一糸まとわぬ妖艶な美女。

 しかし、その躰は実に巨大としか言いようがなく、全長はざっと目測50メートルはあるだろう。

 背中には骨組みのようにも見える、4枚8対の漆黒の翼。濡れ羽色の髪は無造作に流されているが、その隙間から5本の銀色の角が生えている。

 美しい顔には真紅の双眸と、白毫のようなクリスタルを額に頂いている。

 かつて、とある魔戒騎士はメシアをして純白の菩薩と例えていたが、この女――カナンはさしずめ、褐色の女神という所だろう。

 しぶきを散らし、濡れそぼった美女――カナンは微笑むと、ゆるりと両の手を天に向けた。

 「さーて、遠路はるばるご足労願ったけど、お引き取り願おうかな。」

 シャンと剣を抜いて、虎徹は一人ごちる。

 緊張はしていたが、不思議と恐怖は感じなかった。

 知っているからだ。自分は決して一人で戦っているわけではないのだ、と。

 「ワイルドに、吠えるぜ!」

 ヒョウッバァンッガシャンッ!

 鎧を召喚し、魔導馬“轟天”にまたがった状態で、黄金の騎士は断崖に出現する。

 「行くぞぉぉぉ!」

 『リィィィリリリリリッ!』

 虎徹の咆哮と“轟天”のいななきがとどろき、人馬は断崖を駆け下りだした。

 

 

 

 

 

 #24END

 GO TO NEXT!

 

 




 ハァイ。家族という意味の名を持つ方、シルヴァよ。
 タイガーも無茶するわね。
 イワン、あともうひと踏ん張りよ!
 ヒーローたちも魔剣と素体ホラー相手に奮闘してるわ。
 兎坊や、楓お嬢さん、しっかり!
 信じる気持ちは時として奇跡を呼ぶの。
 忘れないで、信じることの大切さを。
 次回、“黄金”。
 あれはまさか、伝説の・・・?!
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