牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 Rising?公式の爆弾投下ネタ?知らねーな、そんなこと。世間の騒ぎをしり目に我が道をゆく方、亜希羅です。それでは、第25話投下します。
 しょっぱなは絶狼VSラムダ、延長戦。ラムダしつこすぎ。ワロタ。
 一方、おじさんはラスボスとタイマン中。まったく歯牙にもかけられてません。
 兎は兎で引き続き豆腐メンタルと面倒くささを発揮。しっかりしなさい。十歳の女の子に怒られてどうするの。
 セシリー&ルナティック&ヒーローズは魔剣と素体ホラー軍相手に時間稼ぎ中。
 イワン君とラムダの戦いにやっと決着がつきました。
 牙狼VSラスボス。めちゃくちゃすぎる。書いててワロタ。こんな奴どう頑張っても普通にしてたんじゃ勝てねえよ。鋼牙君呼んできなさい。
 何とか決着がつきましたが、牙狼シリーズ恒例の“ラスボス倒したけど、隠しボスが残ってた”に入ったところで、次話に続きます。
 ああ、もう、長くなるのはどうして?!次話で完結させます!もう少しお付き合いください!


#25 黄金

 金色の月光、皓々として

 闇の慟哭を蹴散らす。

 其の煌めき、鋼の鎧に満つる刻、

 黄金の騎士とならん。

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第七十四節より

 

 

 

 

  #25. 黄金~蘇る、翼~

 

 

 

 

 かつて。真魔界の深淵より蘇った始祖、メシア。

 人界をホラーに満ちた理想の世界にするべく、彼女はゲートの刻印を持つ人間の女を求め、飛び立った。

 そんな彼女の前に立ちはだかったものがいた。

 彼の名は、冴島鋼牙。黄金騎士“牙狼”の系譜に連なる、若者である。

 ゲートの刻印を刻まれた女性、御月カオルを救うべく、彼はただ一人、真魔界の荒野に足を踏み入れ、メシアに戦いを挑む。

 

 

 

 

 それは、後に生きながら“伝説”と謳われる、気高き魔戒騎士の最初の伝説である。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ!

 蹄が岩を蹴り、銀の人馬は鋼の蜘蛛めがけて突進する。

 ガチャン!ガチャン!

 四本足で岩場を移動し始めるラムダの“蜘蛛”は腹部を頭上に向ける。

 バババババウッ!

 そこから撃ち出されたのは、一抱えはあるだろう、いくつもの大岩だ。一つ一つ溶岩のように真っ赤に燃えたぎっている。

 ヒュラララ・・・ドドドドウッ!

 大岩の雨をよけ、飛び散る火の粉をものともせず、人馬は駆け抜ける。

 『生意気なんだよ!野良犬のくせに!

  系譜の血も引かないくせに!』

 グアチャンッ!

 ラムダのヒステリックな絶叫に応えるように、鋼の蜘蛛は跳ぶ。

 ダカッ!

 人馬もまた、跳んだ。

 ガギッ!ギギギィンッ!

 空中で再び“蜘蛛”の四本足と刃を交わす。

 ギドァンッ!

 「うわっ!」

 剣撃の合間を縫って羽虫モドキが騎士に殺到し、衝撃でイワンは魔導馬から叩き落される。ヒュパシッ!

 ダガズンッ!

 とっさに左手で手綱を掴み取り、馬から引き離されることだけは防ぐと、騎士は馬ともども着地し、またがることなく再び走り出した馬に、ソリがそうされるように引っ張られ始めた。

 銀の具足が耳障りな音を立て、火花を散らせる。

 右手に柄を合わせた銀狼剣を携え、再び人馬は蜘蛛めがけて突進する。

 『芸のない奴だ!』

 ビビビビビビ・・・!

 バババババウッ!

 ラムダの嘲笑に応えるように、羽虫モドキたちが一斉に人馬めがけて殺到し、“蜘蛛”の腹部から溶岩石が吐き出された。

 攻撃の合間を縫って、白銀の馬は駆け抜け、跳んだ。

 馬だけが、跳んだ。

 『リリィィィッ!』

 高いいななきを上げながら、魔導馬“銀牙”は牙のような装飾を振りかざし、飛び迫ってくる羽虫モドキを蹴散らす。

 『魔導馬ごときに何ができる!』

 ガギャギシィッ!

 次の瞬間、ソウルメタルの刃を出していた四本足がまたしても変形し、鉤爪のついた檻のような形に変形すると、“銀牙”を捕えたのだ。

 『リリィィィィンッ!』

 悲痛な鳴き声で檻の中でもがく“銀牙”だが、次の瞬間“銀牙”の鞍を蹴って、白銀の騎士がラムダ目がけて肉薄する。

 『二度も続けて同じ手が通用するか!』

 収納されているラムダが右手を引っ張り出し、魔戒筆の筆先を向けるが、その瞬間イワンは叫ぶ。

 「銀牙!」

 『リリリィィィッ!』

 騎士に応えて、魔導馬が後足立ちしながら高く鳴いた。

 グッゴォォォウワッ!

 『づあっ?!』

 途端に、空中の騎士の鎧と、檻の中の魔導馬に蒼白の炎――魔導火が装飾のように灯された。

 魔導馬共用の烈火炎装だ。

 万物を焼き尽くす魔界の炎にたまらず、魔導馬を閉じ込める檻は焼き尽くされ、“蜘蛛”そのものも大きくバランスを崩した。

 そこに騎士が飛び込む。

 ガシャンッ。

 「つああああっ!」

 制限時間ぎりぎりに差し掛かったため、鎧を解除し、生身のまま飛び込んだイワンは、崩れたバランスのせいで魔戒筆の狙いをそらしたラムダに双剣を振りかざし。

 ガガツォッ!

 「ぎゃあああああああっ!!」

 二振りの刃は、右はラムダの頭蓋に刺さり、左は左胸に刺さる。

 ドガンッ!

 「うわあっ!」

 しかし、最後の抵抗というかのように、“蜘蛛”の振りかざした脚の一撃に腹を強打され、イワンは岩場に叩きつけられた。

 「あぐ・・・!」

 苦痛に呻くイワンをよそに、“蜘蛛”の内部から、刃を突き立てられたままのラムダがずるりと落ちた。

 パリンッ。

 ガラスが砕けるように、周囲の空間が砕けて剥がれ落ち、漆黒の魔戒騎士と魔戒法師は通常空間に放り出された。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「行くぞぉぉぉ!」

 『リィィィリリリリリッ!』

 虎徹の咆哮と“轟天”のいななきがとどろき、黄金の人馬は断崖を駆け下りだした。

 カナンは掲げていた両の手を両脇に振り下ろした。

 ザザザァァァァァ・・・!

 それに応えるように漆黒の海が巨大な津波を打った。

 崖を駆け下りきった人馬はそのまま漆黒の海面に降り立ち、疾走する。

 どうやら、この海は地面のすぐ表面を覆う程度の浅さしかないらしく、水しぶきが少々散る程度で、問題なく走れる。

 あるいは津波に海水を持って行かれたためかもしれない。

 「“轟天”!」

 『リリィィィィッ!』

 虎徹の怒号に応えて、“轟天”が高くいななく。

 シャキッ!

 ボウワッ!

 「どぉぉりゃぁぁぁぁ!」

 牙狼剣が牙狼斬馬剣に変化し、騎士は振り上げたそれに金緑色の魔導火を纏わせ、勢いよく振り下ろした。

 ザッゾォォンッ!

 迫りくる津波を真っ二つに斬り裂き、その狭間を魔導馬が駆け抜ける。

 ズッ。

 そのほっそりした褐色の脚を振り上げ、カナンは漆黒の海水にぬれる真魔界の大地に足をつける。

 ズッゴォォォォウゥゥンッ!

 「だああああっ!」

 それだけで海水を巻き上げて衝撃波が巻き起こり、黄金の騎士は魔導馬ともども吹き飛ばされかけるが、すんでのところで手綱を手繰り、体勢を立て直す。

 カナンは足元の虎徹などまるで相手にしている様子も見せず、灰色の空を見上げた。

 ビャウッ!

 女神の白毫からいくすじもの緑色の光がほとばしり、灰色の空を貫く。

 ビャウッ!ビャビャビャビャウッ!

 無造作にやっているようなその行為に、虎徹は牙狼斬馬剣を元の牙狼剣に戻し、構えながらつぶやく。

 「何だ・・・?」

 『おそらくだが、魔剣と兎坊やの位置を探ってやがるんだ。』

 

 

 

 

 果たして、ザルバの言葉は正しかった。

 地上のシュテルンビルトでは、突如地面から発生した緑色の光線に当たった人々が一瞬のうちに灰になるという事件が発生。

 ただでさえもマーベリックのスキャンダルでごたごたし、なおかつ司令塔である司法局の本部と連絡が途絶していたシュテルンビルトの情勢に、完全にトドメを刺すような大混乱がもたらされることになった。

 

 

 

 

 ビャウッ!

 「うっ!」

 うつむいて白い空間にたたずんでいたバーナビーを、例外なく緑色の光線が貫く。

 「バーナビー!」

 あわてて駆け寄った楓に、膝をついたバーナビーはゆるゆると首を振った。

 「僕は、大丈夫・・・。」

 しかし、あの光線に当たった途端、それまで痛くもなんともなかった胸元が、突然熱を持ったように疼き出し、バーナビーの体は病に侵されたように思うように動けなくなってしまったのだ。

 ユラリッ。

 その時だった。

 白い空間の一部がまるで蜃気楼のように揺らめくと、一つの光景を映し出す。

 灰色の空、一面の黒い水面。

 その上を闊歩する褐色の女神と、その足元を疾駆する黄金の人馬。

 「虎徹さん・・・。」

 「お父さん・・・。」

 黄金の魔導馬にまたがる金色の鎧に、バーナビーと楓はほぼ同時につぶやいた。

 まただ。

 バーナビーは歯噛みした。

 あんな巨大な奴、どう頑張ったって勝てるはずがない。

 また自分はあの人を苦しめている。

 「・・・僕が、あの時死んでおけばよかったんだ。」

 ぽつりとバーナビーは言った。

 あのモノクロの森の先に進んでおけば、あの人はこんな大事に巻き込まれずに済んだし、あんな死ぬような目に合わずに済んだのに。

 弾かれたように楓はバーナビーを見た。

 そこには、テレビモニターの奥でキラキラしていた王子様はどこにもいなかった。

 ただ疲れたような、力ない若者がいた。

 

 

 

 

 楓がバーナビーを応援するきっかけになったのは、仲のいいクラスメートとの会話がきっかけだった。

 たまたまシュテルンビルトに行ったクラスメートが、事件に巻き込まれ、バーナビーに救われた。お礼の意味を込めて、楓はその友人とバーナビーを応援し始めた。

 気が付いたら、彼に惹き込まれていたが、実は彼のことを何もわかっていなかった。

 ここまで来て、楓はようやくそれに気が付いた。

 

 

 

 

 「バーナビーの意気地なし!」

 気が付いたら、楓は彼をそう罵っていた。

「お父さんが傷ついたり、苦しんだりするのを見るのがイヤなのは、私だっておんなじだよ!

  でもね!」

 楓はバーナビーから蜃気楼のような光景に目をやり、続けた。

 「お父さんは、“守りし者”だって言ってたじゃない!

  絶対あいつをやっつけて戻ってくるって約束してくれたじゃない!

  どうしてお父さんのことを信じられないの?!」

 「信じてないわけじゃない!」

 負けじとバーナビーは叫んだ。

「でも僕は“破滅の刻印”のことも隠されて、ホラーの呪いのことも隠されてたんだ!僕はあの人にとって信じるに値しない人間なんだ!」

「お父さんが直接そう言ったの?!どうしてお父さんの言葉を聞く前に、勝手に結論を出しちゃうの?!結局バーナビーは自分のことで手いっぱいで、お父さんのことを見ようともしないだけじゃない!」

 今度こそ、バーナビーは呆けたような顔をした。

 「私と一緒で、子供なんじゃない・・・。」

 くしゃくしゃに顔をゆがめて、楓は蜃気楼の中の父を見つめる。

 カナンが一歩踏み出すたびに、地響きと衝撃波が発生し、それに吹き飛ばされそうになりながらも、必死に金色の馬の体勢を立て直し、巨大な爪先に斬りかかろうとしている。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ジャスティスタワー女神像内部でも、大変な騒ぎになっていた。

 ビャウッ!

 地面から突き出た緑色の光が、転がったままの魔剣を直撃した。

 瞬間。

 クククク・・・ブワッ!

 細かく魔剣が震えたかと思うと、空中に持ち上がり、バーナビーが消えた魔導陣目がけて一直線に飛んでいき。

 バヂィンッ!

 セシリーが魔導陣のすぐ前で展開していた防御結界に弾かれた。

 「さあて、本番開始ヨ。準備はいいかしラ?」

 魔戒筆を片手に言ったセシリーに、万全体制のヒーローズが身構える。

 「虎徹が戻ってくるまで、こいつをここに引き留めときゃいいんだな?」

「そうヨ。言っとくけど、魔剣に触らないで。下手すりゃ意識乗っ取られて廃人になるわヨ。」

 「ギュウ・・・。」

 答えたセシリーに、バイソンは呻いた。

 それは直接攻撃しか攻撃手段のない自分にどうしろというのだ。

 「心配しなくても仕事はたくさんあるわヨ。」

 「「「「「シャアアアアア!」」」」」

 セシリーの言葉に応えるように、金属の床からいくつもの黒い影――素体ホラーが姿を現した。

 広いホールほどある部屋中を埋め尽くさんばかりに出現した黒い異形たちに、ヒーローズもたじろいだ。

 「邪気が活性化すれば、出てくるわよネ。

 こいつらにとってもカナンの降臨はまずいかもしれないのに、まるで関係ありませんってツラしてるわネ。ムカつく話だワ。」

 しれっと言って、セシリーは魔戒筆を構え直す。

 「執事〈バトラー〉、家政婦〈ハウスヴィルツチャフト〉、そこから出ちゃだめヨ。」

 魔導陣のすぐ隣に展開された小ぶりな結界の中で、マクシミリアンと静流は頷く。

 恐怖にすくみ上っているマーベリックと、いまだに気を失っているロトワングは二人の後ろで相変わらず縛り倒されていた。

 ・・・正確には、少し前にロトワングも気が付いたのだが、うるさく騒ぎ立てたので、セシリーの手によって額に界符を貼り付けられ、再度気絶させられたのだ。

 「さあて、最終打ち合わせ終了。

  来るわヨ。」

 セシリーの言葉に応えるように、“再起動”した魔剣が再び空中に浮かび上がり、ズルズルガチャガチャと素体ホラーの群れが押し寄せてきた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 何度目か吹き飛ばされかけた虎徹が、水しぶきを上げて体勢を立て直す。

 鎧は本来真魔界のものだ。魔界の環境下では、鎧に制限時間は存在しない。

 ダカパッ!ダカパッ!ダカパッ!

 ザシュッ!

 やっと片足に近寄ることに成功すると、牙狼剣で斬りつける。

 牙狼斬馬剣では大きすぎて小回りが利かなかった。再び斬馬剣に変化させる時間もなかった。

 痛みにひるんで動きを止めてくれたら儲けもの。

 こっちに攻撃目標を定めてくれるならしめたものだ。

 しかし、褐色の女神はこちらを見下ろすことなく、軽く足を一払いした。

 バッブワオオォウワッ!

 「だあああっ!」

 今までの衝撃波とは比べ物にならないほどの巨大な攻撃に、虎徹は魔導馬ごと吹き飛ばされた。

 「チィッ!」

 ヒュパッ!

 ダパシャァァァァンッ!

 手綱だけは手に巻きつけ、魔導馬から離れないようにすると、金色の乗り手と魔導馬は漆黒の海水に着地した。

 先ほどまでは魔導馬のひづめを浅く濡らす程度だった海水面が、騎士の膝丈ほどにまで高くなっている。

『まずいぞ。侵食が激しくなってやがる。時間をかけすぎたら、完全に真魔界は虚無の海に沈む。』

 「どうなるんだ?」

 『奴の言葉をお前も聞いただろう、虎徹。』

 「人間界が虚無の海に沈む・・・!」

 魔導輪とやり取りしながら再び魔導馬にまたがったところで、虎徹の脳裏を最悪の想像がよぎる。

 シュテルンビルトの街を中心に噴出した漆黒の海水が、町も人もいっしょくたに飲み込んで、世界そのものを沈めていく光景。その中でカナンだけが慈母の笑みを浮かべて滅びゆく世界を見下ろしているのだ。

 ――冗談じゃねえぞ!

 バーナビーやヒーローズばかりか、シュテルンビルト、はては世界そのものの壊滅の危機。

 「クソッ!行くぞ!“轟天”!」

 『リィィィィィ!』

 再び人馬が漆黒の海を追走し始めるが、邪魔をするなといわんばかりに漆黒の水面から、女のものと思しき白い腕がいくつも伸び、人馬を絡め取ろうとする。

 しかし、そこは慣れたもので、白い腕の拘束を躱しながら、水を蹴散らし、人馬が褐色の裸身を追いかける。

 カナンは一点を凝視したまま、腕を振り上げる。

 

 

 

 

 彼女の睨みあげる先では、魔剣が空中を斬り裂き、バーナビーのいる魔導陣の入り口目がけて滑空し、そのたびにセシリーの張った結界やヒーローたちの攻撃に弾かれるありさまがあったのだが、そこまで虎徹に知る由はない。

 

 

 

 

 白い腕たちはなおもしつこく金色の人馬を追尾する。

 とうとう騎馬の前方に網のように腕を広げ、彼らのコースをふさぐが、そこは“轟天”が地を蹴って跳び上がり、難なく躱した。

 褐色の女神は、海を走る金色の光を見ようともしない。

 

 

 

 

 蜃気楼を見つめながら、楓は強く手を握りしめた。

 こんなに無力感に打ちひしがれたことはない。

 ――伯父さん、おばあちゃん、お母さん・・・私、どうしたらいいの?

 何とか、お父さんを助ける手段はないのだろうか。

 自分が行くのはダメだ。明らかに足手まといにしかならないのは明白だ。

 それなら、自分に何ができる?

 『楓。絵を描こう。』

 「え?」

 突如、懐かしい朗らかな声が聞こえた。

 フワリ。

 白い空間を鮮やかに染め上げて、それは出現する。

 「お母さんの、絵・・・?」

 それは、屋敷の画廊に飾られていた、いくつもの絵だった。

 『生きてるうちにね、どのくらい絵が描けるかなって考えたことあったんだ。

  これだけ描けたんだな・・・私・・・。』

 「お母さん・・・?」

 楓がすぐ隣を見上げると、そこには写真に写っていた、在りし日の母――鏑木友恵の姿があった。

 幼かった楓の記憶の中では、おぼろげになっていたが、確かにそこにいた。

 『あのね、楓。』

 彼女は楓を見下ろすと、優しく微笑む。

 『あの絵を、完成させてほしいの。』

 すすすっと一つの絵がその言葉に応えるように二人の前に進み出た。

 “翼人”。あの金色の鎧に、翼が生えたような姿の騎士の絵だった。

 「完成?」

 『この絵は未完成なの。完成させる前に・・・ね。』

 「あ・・・。」

 言葉の続きを悟り、楓は複雑な顔をした。

 『絵を描くことは力になるの。お願い、楓の手でこの絵を完成させて。

  そうすればきっと虎徹君の・・・お父さんの力になる。』

 「だったらお母さんが」

 楓がすべていうより早く、友恵はゆるゆると首を振ると、そっとその手を絵に向かって差し伸べた。

 スカッとその手は絵を突き抜ける。

 『お母さんは、もう描けないの。』

 「・・・。」

 くしゃりっと楓は顔をゆがめた。

 ややあって。

 「・・・私、お母さんより下手だよ?」

 『大事なのはここよ。』

 スッと自分の胸を指して、友恵は微笑む。

 『大丈夫。楓ならきっとできるわ。』

 「・・・うん。」

 頷いて、楓は決意を固めた表情になると、リュックの中から筆を――母のアトリエから持ち出したそれを取り出した。

 「バーナビーも一緒に描こう!お父さんを助けようよ!」

 しかし、バーナビーは無言のままうつむいている。

 まだウジウジしているのかもしれない。

 「・・・意気地なし!」

 再度怒って楓は一人絵に向き合う。

 私一人でも描き上げる。

 『大丈夫。あなたは一人じゃないわ。楓。』

 うん。お母さん。

 頷いて、楓は筆を絵に走らせる。

 すると、絵の具もついてないのに、筆を走らせた部分がキラキラと金色に光って、カンバスに描かれていく。

 大丈夫だ。不思議なことに、どこをどう描けばいいか、楓にはわかる。

 楓は背伸びするように、絵筆をカンバスに走らせ続けた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ビャウッ!ビャウッ!

 ルナティックがクロスボウから放つ青い炎が素体ホラーをまとめて薙ぎ払う。

 「・・・十分いけるようだ。」

 ぽつりとつぶやくルナティックの声に覆いかぶさるように、スカイハイをはじめとした他ヒーローの怒声がとどろく。

 「スカーイハーイ!」

 「ファイヤァァァァァ!」

 ビュッゴオオオオウワッ!

 ゴッゴオオオオンッ!

 突風が飛んでくる魔剣を吹き飛ばし、続けて炎の奔流が包み込む。

 バキバキバキバキバキッ!

 「私の氷はちょっぴりコールド、あなたの陰我を完全ホールド!」

 ブルーローズが決め台詞とともに魔剣を凍りつかせるが、間髪入れずに魔剣はそれを砕いて再び空中に浮かび上がる。

 「ギュウウウッ!」

 「さああああっ!」

 肩のドリルで素体ホラーを突進しながら蹴散らすバイソンと、電撃を纏わせた棍棒で殴りつけるドラゴンキッド。

 今のところ魔導陣を死守できていたが、こちらの体力が尽きればそれも終わりだ。

 残念ながら、セシリーの魔導力も加速度的にすり減っている。

 道中面倒な術式を使ったことに加え、ヒーローたちに渡した界符、結界の展開が彼女の魔導力を確実にすり減らしていた。もちろんまだまだ余裕はあるが、このまま長引けばどうなるかわかったものではない。

 特にヒーローたちに渡した界符(ヒーロー五名にルナティックを加えた計六名分)は、セシリーの魔導力をヒーローたちの攻撃に付加させるというものだ。つまり、実際に減るのは彼女の魔導力だ。

 それもあって、彼女は結界の展開・維持に精神を集中させ、攻撃ができない。

 ただ立っているだけのように見えるセシリーだが、うっすらと額に汗を浮かべ、肩を上下させている。

 シャァァンッ!

 突如涼やかな音を立てて、イワンとラムダが一同の頭上に放り出されたのは、奮闘し始めて少し経ったくらいだった。

 「イワン!」

 「折紙君!スカーイハーイ!」

 ブワウッ!

 急ぎスカイハイが放った風が、空中のイワンをふんわりと抱きとめる。

 ズダンッ!

 ラムダはそのまま仰向けに床に叩きつけられ、頭と左胸に退魔の双剣を一振りずつ突き立てられたままびくとも動かない。

 「大丈夫かい?!」

 「は、はい・・・。」

 そのままゆっくりおろされたイワンは、腹を押さえたまま呻いた。

 高い防御力を誇る魔法衣のおかげで、内臓への致命的ダメージは免れたが、下の方のアバラにダメージが伝わった。

 思うように息ができない。

 「う、嘘でしょ?!」

 「そんな!」

 ブルーローズとドラゴンキッドの悲鳴に、ハッとイワンが視線を上げた。

 見ると、のけぞるようにラムダが立ち上がっているのだ。

 頭と心臓の二か所に致命傷を食らいながらも、なぜ立ち上がっているのか。

 『彼、もうすでに人間を辞めてるんだわ!』

 シルヴァの声にイワンは立ち上がって身構える。

 そうだった。ギャノンの目玉を自分の肉体に埋め込むような奴なのだ。他にどんな外法を自身の体に施していてもおかしくはない。

 ザビュッ!

 無造作に頭の退魔の双剣に手をかけ、ラムダはそれを引き抜いた。

 「やってくれるじゃないか。さすがに痛かったよ、これ。」

 投げ捨てられた剣がガランガランと硬い音を立てて転がる中、ラムダはうっとりと空中を浮遊する魔剣を見上げた。

 「ついに絶対者が降臨するぞ!アハははは!

  無くなっちまえ!何もかも!真っ平らになっちまえばいいんだ!」

 狂ったように高笑いするラムダに、ぞっとしないものがいただろうか?

 「狂ってる・・・。」

 呻いたのは誰か。

 ビャウッ!

 バシィッ!

 飛来した青い炎の矢を片手ではじき、ラムダは攻撃者を睨みつけた。

 「タナトスの声を聞け。」

 「うっとうしいんだよ、雑魚どもが!」

 ラムダががなった瞬間。

 「う!」

 突如ラムダは身動きを止め、よろめいた。

 瞬間。

 ビュルルルッ!

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。」

 ラムダの黒服を突き破って、紫色の触手がいくつも生えてくる。

 ガランガランッ!

 新たに生えた触手によって、左胸に突き立っていた退魔の双剣の片割れも床に落ち、硬い音を立てた。

 空中に浮かび上がったラムダの肉体はさらなる変貌を遂げる。周囲にいた素体ホラーを触手が片っ端から絡め取り、ずぶずぶと吸収していくのだ。

 おぞましいその光景に、年若い二人のガールズヒーローは喉の奥で悲鳴を上げた。

 年長ヒーローズやダークヒーローもマスクの下で顔を青くしていたことだろう。

 マーベリックは、卒倒しそうになった意識を、バーナビーを案ずる一心で必死につなぎとめた。

 執事と家政婦は真っ青になってがくがくと震えだす。

 セシリーとイワンだけが、険しい表情で、今や完全に巨大な怪物となった、ラムダだったモノを見上げた。

 素体ホラーをそのまま巨大にしたようなフォルムで、胸の中央にラムダの顔をつけ、さらに体のあちこちから触手を生やしている。

 『全部・・・真っ平らにナっちマえ・・・!』

 ラムダの声で、それは喚いた。

「よっぽど根が深かったんでしょうネ。この世を恨みたくなるような何かがあったんでしょうネ、こいツ。」

 哀れむように、しかし眼差しは冷たく凍てつかせ、セシリーが言った。

 負の感情は陰我を発生させ、ホラーを引き寄せる。

 ただでさえもギャノンの目玉などという強力なホラーの一部を体に宿していたのだから、それが他の術と相互干渉を引き起こして、こんな状態になってしまったのかもしれない。

 ――何とか剣を拾わないと。

 丸腰のイワンは、ちらりと巨大ホラーの足元に落ちている自分の得物を見た。

 せめて片方だけでも拾えたら、何とかなる。

 バヂィンッ!

 「きゃあ!」

 突如地面の一部に火花が散ったかと思うと、セシリーが悲鳴を上げて座り込んだ。

 「セシリーさん?!」

 「大丈夫。ちょっと驚いただけヨ。」

 驚くヒーローズに、セシリーは何とか立ち上がって答えた。

 「邪気封じの結界が破られたワ。」

 セシリーの言葉に応えるように、それまでは比較的のろのろしていた素体ホラーの動きが、急に野生の肉食獣のように俊敏になる。

 宙を舞う魔剣でさえ、水を得た魚のように生き生きとし始めた。

 ――結界を結び直す時間はないわネ。

 苦虫をかみつぶした顔でそう考えながら、セシリーは魔戒筆を構え直す。

 それでも、ヒーローたちは奮闘したと言っていいだろう。

 「ギュウウウウッ!」

 「サアアアアッ!」

 「ファイヤァァァァッ!」

 ロックバイソンが素体ホラーの群れを蹴散らし、ドラゴンキッドの棍棒がうなりを上げ、ファイヤーエンブレムの火炎が異形たちを薙ぎ払う。

 敵の動きが素早くなろうが、巨大な化物が出現しようが、やることは変わらない。

 虎徹がカナンを何とかするまでの間、魔剣から魔導陣を死守する。これだけだ。

 ヒュパッ!

 イワンが姿勢を低くし、黒いコートをカラスの翼のようになびかせながら、駆け出す。

 一番近くに落ちている、双剣の片割れを取ろうとして。

 ズガシャァンッ!

 「あぐぅっ!」

 手が届く前にラムダであった巨大複合ホラーの太い腕で薙ぎ払われ、イワンは金属の床に転がった。

 苦痛に呻くイワンに、まるで放られた肉片に群がる野犬の群れのように、素体ホラーが一斉に飛びかかる。

 「折紙さん!」

 「イワンさん!」

 「くっ・・・おおおおおっ!」

 ヒュパァンッ!

 ドラゴンキッドと静流が叫ぶが、何とか体勢を立て直し、イワンはコートのポケットから取り出したソウルメタル製の手裏剣を指に挟み、駒のようにその場で回転する。

 ザッザザザラァァァンッ!

 ソウルメタルに斬り裂かれ、吹っ飛ばされた素体ホラーが一斉に砂に還る。

 そのまま続いて噛みついてきた素体ホラーを拳で吹っ飛ばし、蹴り上げる。

 「さああああっ!」

 全然心配いらなかった。

 内心冷や汗するドラゴンキッドは、次の瞬間飛びかかってきた素体ホラーを反射的に棍棒でなぎ倒した。

 ヒーローたちは知る由もないことだが、魔戒騎士たちの闘法は何も剣一本というわけではない。徒手空拳を剣術のつなぎとして心得ている騎士は珍しくないのだ。

 ズシンッ!

 踏み出した複合巨大ホラーが、イワンに迫る。

 グアッ!

 ヒュパッ!ズダアンッ!

 振り下ろされた拳を飛びさがってよけ、漆黒の騎士は巨体を見上げる。

 ――退魔の双剣に手を届かせない気だ!

 その狙いを悟り、イワンは歯噛みした。

 ソウルメタル製の武器を扱えるのは、今この場ではイワンのみ。

 セシリーは防御結界の出力維持のために、大掛かりな攻撃はできないし、結界の傍から離れるわけにもいかない。

 魔戒騎士といえど、肝心な武器がなくては、どうしようもない。

 ズダンッ!ブガウッ!ドガムッ!

 振り下ろされる拳や太い脚をよけながら、じわりじわりとイワンは壁際に押されていく。

 魔剣をはじき、素体ホラーをはねのけるヒーローたちから引き離されていくのは、幸か不幸か。

 退魔の双剣の落ちている位置からは確実に遠のいているので、これは不利としか言いようがなかった。

 壁を背に、イワンは息を切らしながら巨大ホラーを見上げる。

 手元にあるちっぽけな手裏剣一つでは、一寸法師が針の刀で大きな赤鬼に立ち向かうようなものだ。

 いっそわざと食べられて、胃の中を突き回してみるか?

 やけっぱち気味にそんなことを考えてしまうイワンだったが、次の瞬間、彼は絶句した。

 「やめたまえ!そして私が相手だ!」

 宙を切って飛び込んできたスカイハイが朗々と叫ぶ。

 巨大ホラーの目と鼻の先にホバリングし、ソウルメタル製の退魔の双剣の片割れを、しかと構えて。

 『魔戒騎士でモないお前ニ、ソウるメたルが操レるト思っテいるノか?』

 せせら笑うように、巨大ホラーがラムダの声で言った。

 「え?あ、うわあああああ?!」

 指摘された途端、彼の手の中で退魔の剣はその存在を主張するように、瞬時に重みを数百倍に増幅させた。

 ドッゴガウンッ!

 ひとたまりもなく、スカイハイは剣を取り落し、その直後に、巨大ホラーの巨大な張り手を食らい、たまらず墜落した。

 しかし、取り落された剣の柄は、狼のように姿勢を低く、飛び込んだイワンの右手の中に引き込まれる。

 逆手に持った剣を振りかざし、イワンはそのまま巨大ホラーの懐に飛び込む。

 「おおおおおおおっ!」

 ゾッパァンッ!

 腹から胸にかけて切り傷をつけられ、巨大ホラーはのけぞり体勢を崩す。

 パシッヒュパッ!

 その脇をすり抜けるように、イワンは駆け抜け、もう片方の剣を回収すると、素早く身を翻し、鎧の召喚陣を描く。

 ヒョウッバァンッガシャンッ!

 「貴様の陰我!断たせてもらうでござる!」

 柄を合わせ、ブーメラン状にした銀狼剣を振りかざし、銀の騎士は咆哮する。

 ゴウワッ!

 その白銀の鎧と双刃に、蒼白の炎が宿される。奥義、烈火炎装だ。

 「この、一撃でぇぇぇぇ!!」

 『野良犬風情ガぁぁぁぁぁ!!』

 ビシュギュルルルルルル!!

 蒼白の炎を纏い、一直線に飛び込む騎士を、巨大複合ホラーは斬撃の傷口から生やした触手で包み込むように受け止めた。

 ビュグジュッ。

 そのまま騎士は巨大ホラーに飲み込まれる。

 「折紙さん!」

 「折紙君!」

 「イワン!」

 何とか能力を使って立ち直ったスカイハイをはじめとした、ヒーローたちが思わず叫んでも無理はなかった。

 だが。

 ゾバァァァァンッ!

 蒼白の火花を散らし、白銀の騎士は巨大ホラーを背中から飛び出すようにぶち抜いて、粉々に破裂させた。

 スタッガシャンッ。

 「うぐ・・・!」

 着地して鎧を解除するなり、イワンはその場に膝をついて激しく息をついた。

 こんなに何度も鎧を着けて暴れ回ったのは初めてだった。

 ――まだまだ未熟でござるなぁ・・・。

 自分の未熟さを改めて認識し、彼が苦く思った時だった。

 ズルリ・・・。

 「いやだ・・・!」

 かすかな声がした。

 イワンがはたとそちらに目を向けると、素体ホラーの群れからも離れた場所に、彼はうつぶせに転がっていた。少し離れたところに、へし折れた魔戒筆が転がっている。

 かろうじて、胸から上――それも両腕のうち左手しか残ってない状態の、血まみれでぼろぼろのラムダが、そこにいた。

 がらんどうの孔しかないだろう右目は髪に隠されて、虫の息だった。もはや、死ぬのは時間の問題だろう。

 「僕は、こんなところで、ひとりぼっちで死ぬのかっ・・・。」

 蚊の鳴くような声で呻くと、彼は左手で金属の床を力なく引っ掻いた。折れていようと、魔戒筆を取ろうとしたのかもしれない。

 「いやだ・・・イヤだっ・・・!」

 がりりっと爪先が床をくいこむが、指の形に血の跡が描かれただけだった。

 「ひとりぼっちで、生まれて、ひとりぼっちで、死ぬのか・・・。」

 顔を伏せ、彼は食いしばった歯の間から絞り出すように呻いた。

 「畜生・・・!」

 イワンは何故、彼の前に行こうとしたのか、わからない。

 ただ、さんざん自分を罵り、呪印によって玩んできて、殺して来ようとした敵であっても、その呻きはあまりにも憐れだった。

 イワンのブーツの黒い爪先が視界に入ったのだろう。

 ゆるゆるとラムダは顔をあげた。

 「・・・殺せよ。」

 せせら笑うように彼は言った。

 「野良犬に、処刑されるのが、雑種の末路には、ふさわしいだろうさ・・・。

  殺せよ・・・。」

 イワンはラムダを見下ろしたまま動けなかった。

 ややあって、漆黒の魔戒騎士は呻くように言った。

 「そなたは拙者でござる。」

 くしゃくしゃに顔をゆがめ、彼は言った。

 「拙者も、そなたのようになっていたやもしれぬ。

 師匠にも出会えず、一緒に高みを目指そうと約束した友も、目指すべき目標も、守るべきものも、何も見つけられなかったら、きっと、そなたのようになっていたでござる。」

 「・・・何で泣くんだ。」

 ラムダの言葉通り、イワンはズッと鼻をすすり、ぼろぼろのコートの袖で目元をぬぐった。

 「そなたには、守りたいものはなかったのでござるか?」

 イワンの泣きながらの問いかけに、ラムダは視線をさまよわせた。ややあって。

 「・・・そんなものはない。」

 蚊の鳴くようなかすれた声で、彼は答えた。

 「できても、すぐに奪われた。

  “妾の子のくせに”“身の程を知れ”“お前には不相応だ”いつもそう言われた。

  何も手に入らないなら、最初からなければいいと思って、何が悪い。」

 「・・・かなしいでござるよ。」

 再びイワンは目じりに涙をため、言った。

 「自分が辛い思いをしたことを、他人に押し付けていいわけがないでござるよ。

  ラムダ殿も、ラムダ殿にそれを押し付けた方も、悲しいでござるよ。」

 ぐずっとしゃくりあげたイワンを、ラムダは再び見上げる。

 先ほどまで死にたくないと死の恐怖に絶望していたのに、このガキに見下ろされるだけで、なぜこうも穏やかな気分になる?

 ああ、そうか。

 ――もう、独りぼっちじゃないからか。

 少なくとも、自分の死を、この小僧は看取ってくれる。

 「戻りたいなぁ・・・。」

 ぽつりとラムダはつぶやいた。

 妾の子とか、そんなこと気にせずにいられたあのころに、戻りたい。時すでに遅し、だが。

 「畜生・・・。」

 今更ながら、負けるつもりなんてなかったのに、こんな半人前の小僧に負けてしまった。・・・まあ、いいか。この少年に負けるなら、別にいい。

 ゆっくりとラムダは顔を伏せた。

 ザラ・・・。

 黒服を残して、その体躯は白い砂と化して、床に散らばる。

 それを見下ろし、イワンは哀悼の意を込めて祈るかのように、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ユラリっとカナンは身をかがめ、目を閉じる。

 ややあって、くわっと両目を見開き、その背の4枚8対の翼をピンと広げる。

 虚無の海の侵食はさらに進み、漆黒の水は今や魔導馬にまたがった黄金騎士“牙狼”の腰を浅く濡らし始めていた。

 それでも金色の人馬は水を蹴散らすように、褐色の女神目がけて進んでいた。

 のけぞるようにカナンが両手を広げる。

 直後。

 ババウッ!バババババウッ!

 漆黒の海面を突き上げるように、カナンと同じくらいの大きさの漆黒の刃が彼女を取り囲むようにいくつも出現し、衝撃で人馬は吹っ飛ばされた。

 「だああああっ?!」

 ジャジャジャジャリィィィィンッ!ギョパパパパパッ!

 悲鳴を上げながらも空中で体勢を立て直そうとする虎徹だが、次の瞬間、漆黒の刃はまるで蕾が花開くように傾斜がつけられ、そのままと天高く放たれた。

 「いいっ?!」

 ガギャァァァァンッ!

 『リィィィィィィンッ!』

 「があああああ?!」

 ガシャンッッドボォォォォォンッ!

 放たれた巨大な刃の直撃を食らい、衝撃で今度こそ鎧が強制解除された虎徹(魔導馬も強制送還を受けて消えてしまった。)は漆黒の海中にまっさかさまに落下した。

 水柱を上げ、まとわりつく泡と海水の中、虎徹は海面を目指して浮き上がろうとした。

 ワギワギワギワギ。

 『あなたの肉をちょうだい。』

 『お前の血をおくれ。』

 『汝の骨をよこせ。』

 『君の臓腑をくれ。』

 『あなたの、お前の、汝の、君の、全てを、ちょうだい、おくれ、よこせ、くれ。』

 はるかな水底から出現した、いくつもの白い手がおぞましい言葉をささやきながら、白衣の魔戒騎士を絡め取る。

 放せという代わりに、虎徹は右手に持った剣をふるうが、水に邪魔されて思うように扱えないうえ、移動すらできない。

 そうしている間にも、どんどん腕は虎徹に絡みついていき、繭のように彼の体を覆い尽くす。

 『虎徹!鎧だ!早く召喚しろ!』

 あわてた声を出すザルバだが、もう指先程度しか自由にならない虎徹には、言われなくても分かってるっつーの!それができたら苦労しねーよ!と内心で悪態をつくことしかできない。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「虎徹さん・・・!」

 まさに絶体絶命というありさまの虎徹が映し出される蜃気楼を、バーナビーは不安げに見つめた。

 一方の楓はというと、キラキラと光る絵筆を動かし、母が未完だといった翼人の絵に次々と色を足していた。

 騎士には細かな装飾が描き足され、翼は一回り大きくなった。

 しかし。

 ふいに楓は絵筆を止めた。

 「・・・足りない。」

 ぽつりと難しそうに、少女はつぶやいた。

 うまく言えないが、これで完成だといえない。

 何かが足りないのだ。

 「お母さん・・・。」

 『そうね・・・何かが足りないのよね・・・。

  描き始めた時から思ってたの。何が足りないのかしら?』

 友恵も一緒に首をひねっており、この絵が完成でないことはわかっても、何を描き足せばいいのか、そこまではわからない。

 母子がうーんと頭をひねった時だった。

 「・・・尻尾とか、どうでしょう?」

 蜃気楼から絵に視線を移し、ぽつりとバーナビーが口をはさんだ。

 ハッと二人は青年を見た。

 「その絵・・・虎徹さんらしさが足りないと思います。

  虎徹さんなら、尻尾くらいあってもいいと思います。」

 ぼそぼそと言ったバーナビーに、二人は目を輝かせた。

 『それだわ!』

 「それだよ!ありがとう!バーナビー!」

 楓はバーナビーに駆け寄ると、その右手を取り、絵筆を握っている自分の手に重ねさせる。

 「一緒に描こう!バーナビー!お父さんを助けよう!」

 「で、でも・・・。」

 絵を描いたところで、何になる。

 バーナビーの中の覚めた部分が、この期に及んでそうつぶやく。

 『駄目よ、バーナビー君。』

 にっこり笑って、友恵が言った。

 『君が思いついたんだから、君が描かないと。

  君にはその力があるはずよ。

  自分で未来を決めて、自分で描く力が。真っ白な未来を、君自身の色と形で埋めないと。』

 『騎士さんの未来と同じように、あなたの未来も決まってないのよ。

  この絵本のページのように、あなたが自分で描いていくんだから。』

 その声が、記憶の中の亡き母と重なる。

 「・・・楓ちゃん。」

 バーナビーは目線を下に下げ、魔戒騎士の娘と目を合わせる。

 頷いて、楓はバーナビーと一緒に、手に握る絵筆を持ち上げた。

 キラキラと金の光がカンバスに、新たな色を描く。

 虎のような、縞模様の金色の尾。

 「できた。」

 「完成ですね。」

 『すごいわ!二人とも!』

 手を打って、友恵は我がことのように口元をほころばせた。

 『これが見たかったの。見せたかったの。ありがとう、楓、バーナビー君。』

 友恵が満面の笑みを浮かべた直後。

 パアッ!

 カンバスから、金色の光があふれ、絵は姿を消した。

 

 

 

 

 ドバァァァァァァン!ドドドドドド・・・!

 放物線運動を描いて海面に突き立ったいくつもの漆黒の刃から、漆黒の海水が水柱を上げて吹きだした。

 間欠泉のように、勢いのあるそれのせいで、真魔界を覆い尽くさんとしていた虚無の海はさらに水位を上昇させる。

 『シャアアアアア!』

 『シャアアアアア!』

 はるかな地平から、黒い霞のようなものが漂ってきた。

 否。それは黒い点の一つ一つが漆黒の異形――素体ホラーの大軍勢だった。

 自分たちの絶対領域が荒らされたことに対する反攻か、黒霞のような大軍勢はカナンめがけて殺到する。

 しかし、女神は一顧だにせずに、軽く腕を一振りした。

 ビャギャウンッ!

 途端にそこから発生した黒い光が扇状に広がり、素体ホラーの大軍勢をごっそり薙ぎ払った。

 『闇より出でし、我が子らよ。』

 柔らかな声でカナンが口を開く。

 慈母のような穏やかな声音だった。

 『今こそ回帰のときだ。妾は絶対破滅を司る者、カナン。虚無の海に沈み、無となるのだ。』

 メギメギメギメギッ。

 漆黒の水面から湧いて出るいくつもの白い腕がまだ残っている素体ホラーを絡め取り、片っ端から黒い海に引きずり込んでいく。

 

 

 

 

 いくつもの白い腕に一部の隙間もなく包まれ、手足を掴まれ、虎徹は必死にもがいた。

 もう息が続かない。

 息苦しくなり、体に思うように力が入らなくなった時だった。

 パアアアアッ!

 突如その躰は金の光に包まれ、白い腕の繭を瞬時に消し飛ばした。

 金色の光はそのまま流星のように水面に浮き上がる。

 パッシャァァァァァンッ!

 水柱を上げて、波濤を散らし、虎徹は空中に姿を現した。

 黄金騎士“牙狼”の姿となって。

 しかし、その姿は今までの見慣れたものと異なり、背には一対の大きな金の翼をつけ、腰からは金と銀の縞模様のある尾が生えている。

 一瞬、虎徹は何が起きたのかわからなかった。

 しかし、すぐに対応できたのは人間の意識をくみ取るソウルメタルの鎧から流れ込む想いを受け取ったからだ。

 お父さん、虎徹さん、虎徹君、頑張れ、頑張ってください、頑張って。

 鎧の中で想いを感じ取ったのはほんの一瞬のことだ。

 翼を羽ばたかせ、空中に浮かび上がる騎士は、そのまま牙狼剣を振りかざすと、褐色の女神目がけて突っ込む。

 ビャギゥンッ!

 再び右腕を振って、扇状の黒い衝撃波を繰り出すカナンだが、騎士はそれを紙一重でかわし、女神目がけて肉薄する。

 ブワリッ。

 ギャアオウッ!

 女神の手の中に、彼女の身の丈と同じくらい長大な漆黒の剣が出現し、彼女はその切っ先を突進する騎士めがけて繰り出した。

 ギャリィンッ!

 耳障りな音を立てて、騎士は牙狼剣の切っ先を持ってその一撃を受け止める。

 ここにきて、カナンはそれまで浮かべていた慈母の笑みを崩し、狼狽したかのように大きく赤い目を見開いた。

 そんな馬鹿な。

 そう言いたげに、肉厚の唇を震わせ、漆黒の剣先にいる、彼女からしてみれば蚊トンボと大差ない、しかし彼女の攻撃を受け止めた金色の騎士を凝視する。

 「つあっ!」

 裂帛の気合いとともに、騎士は剣先を強く押し出した。

 ガギャァンッ!

 剣を押し返され、女神はよろけ、腰ほどまで浸らせた海面を波立たせて、後ずさった。

 翼を翻し、騎士は剣を構え直す。

 その姿は、絶対破滅を司る者を、無言のままにこう威圧していた。

 お前を人間界には行かせない。お前になど、負けはしない。屈しはしない。けして!

 愚かな!

 それを見下ろし、カナンは唇をしならせた。

 不敵な笑みは、褐色の肌に散った水滴と相まって、情婦のように鮮烈だった。

 バサァッ!

 今度は、4枚8対の翼を大きく広げると、褐色の女神は、灰色の空目がけて飛翔した。

 ドッバババババッバババ・・・!

 同時に噴き出し続けていた水柱が太くなり、その勢いが増した。

 「何だ?!」

 『強行突破する気だ!』

 褐色の巨体を見上げた虎徹に、左手のザルバが叫んだ。

 「強行突破?!」

 『先に真魔界を虚無の海に沈めきって、人間界への干渉力を強化する気だ!

  魔剣が強化されたら、セシリーでも抑えきれねえぞ!』

 そんなことはさせねえ!

 そういう代わりに、虎徹は翼を広げ、カナンの目線と同じくらいの高さに飛び上がる。

 ギャギャギャギャギャギャギャギャウッ!

 女神の周囲に何百という数の漆黒の剣が出現する。

 女神カナンは幾多の異名を持つ。

 “夜の女神”、“メシアの断片”、“真魔の塵”、“メシアの淀み”、“殺しの女神”、“壊しの剣”。それらは、彼女の攻撃が剣によるものに由来しているからだ。

 ビャビャビャビャビャビャアアンッ!

 空を裂いて、黒剣が漆黒の海に雨のように降り注ぐ。

 自分に当たりそうなものだけ弾いて、金色の騎士はカナンに肉薄する。

 ビュッガアウンッ!

 再びカナンは手に持った剣を振り下ろすが、今度はその剣を紙一重でよけ、騎士はそのままカナンに向かって真っすぐに突っ込む。

 ギョバウッ!

 左手を翳し、カナンは騎士を掴み取ろうとするが、次の瞬間、その手首に尻尾がまきつけられ、強引に軌道を変え、さらに迫る。

 ギャウッ!

 カナンの額の白毫が光り、緑の熱線が騎士を薙ぎ払う。

 ガシャンッ。

 断轟ッ!

 衝撃で鎧が外れたが、虎徹はそのまま一直線にカナンの眉間目がけて、まっすぐ構えた剣を突き立て、そのまま貫いていた。

 『バカな・・・!』

 黒い泥に姿を変えながら、水面に沈みゆく女神が、かろうじて呻いた。

 『妾は絶対破滅を司るカナンだぞ・・・?

  妾を倒すなど・・・貴様、何者なのだ・・・?』

 「我が名は牙狼!黄金騎士だぁ!」

 虎徹の朗々とした咆哮が真魔界に轟く。

 あれほど激しく吹きだしていた水柱は姿を消し、潮が引くように、漆黒の海はその面積を縮めていき、やがて完全に消失した。

 元通りの灰色の大地に何とか降り立った虎徹は、そのまま元来た道――心の魔界へ続く道へ向かった。

 

 

 

 

 「やったよ!バーナビー!お父さん、勝ったよ!」

 蜃気楼の前で再びかたずをのんで見守っていた楓は、飛び上がるようにとなりのバーナビーに抱きついた。

 「・・・ええ。」

 万感の思いを込めて、バーナビーは楓の頭を撫でた。

 そうして、彼は再び視線を上げたが、その時には虎徹の様子を映し出していた蜃気楼は影も形もなく。

 「あ・・・。」

 いつ来たのか、彼の目の前には、死んだはずの両親が立っていた。

 『ジュニア・・・。』

 いとおしむように、両親は大きく目を見開くバーナビーの頭を交互に撫で、やがて幻のように消えてしまった。

 『幸せに、ね・・・。』

 母の言葉だけが、白い空間にこだまする。

 「今の・・・?」

 「お父さん・・・お母さん・・・。」

 尋ねた楓に、バーナビーは小さくつぶやいた。

 見ていてくれたんだ、ずっと。

 目の奥が熱くなったバーナビーは目元をぬぐった。

 「お~い!」

 手を振りながら、虎徹が駆けてきた。

 「お父さん!」

 「虎徹さん!」

 叫んで、二人は駆け寄った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ジャスティスタワーの女神像内部では、突然素体ホラーたちが身動きを止めた。

 そればかりか、一斉に床に溶け込むように姿を消した。

 勢いを増していた魔剣も突然操り糸が切れたように床に転がり、動かなくなる。

 「な、何だ・・・?」

 誰かのつぶやきに、答えたのはシルヴァだった。

 『邪気が消えたわ。』

 「ってえことは・・・。」

 「タイガーが勝ったんだ!」

 パッと顔を輝かせてドラゴンキッドが叫んだ。

 「・・・ほんとにやっちゃったノ。」

 少々呆れ気味にセシリーは呻いた。

 セシリーとしては、虎徹が殺されたら、魔導陣をくぐってバーナビーのところに行くつもりだったのだが、それはあくまで保険であって、何となくやり遂げるだろうなと思っていた。

 しかし、それはあくまで予想であって、実際に目の当たりにすると感心するしかない。

 ――伝説の再来ネ。

 内心でつぶやいて、彼女は苦笑する。

 当の本人が聞きつければ、俺はそんな大仰なものじゃないと言うに決まってるだろうが。

 ユラリッ。

 魔導陣が一瞬揺らめくと、中からぼろぼろクタクタ、ついでにずぶ濡れの虎徹と、その手を握る楓、反対の肩を支えるバーナビーが姿を現した。

 「虎徹!ハンサム!」

 「タイガー!バーナビーさん!」

 「ハンサム!無事?!」

 口々に名前を呼びながら、ヒーローたちは疲れ切った魔戒騎士と、その娘、命を拾い上げた青年のもとに駆け寄った。

 「無茶しやがって!」

 「お疲れ様、タイガー。」

 「お帰り!そしてお帰り!」

 「お帰りなさい!」

 「無事?!って何でびしょびしょ?!」

 大騒ぎするヒーローたちに、虎徹は苦笑する。

 ああ、ようやくこの場所に戻ってこれた。

 肩を叩いたり、抱きついたり。

 互いの無事を喜び合う一同。

 「お疲れ様です、タイガーさん。」

 歩み寄ったのは、同じくぼろぼろのイワンだった。

 「折紙もお疲れさん。お前が助けてくれたんだろ?ありがとな。」

 自分の胸元を指して言った虎徹に、イワンは首を振った。

 「僕だけでは無理でした。皆さんが力を貸してくれたおかげです。」

 「そんなことないよ!折紙さん、カッコよかったもん!」

 口をはさんだドラゴンキッドに、イワンは少し照れ臭そうにほほ笑んだ。

 しかし、すぐに表情を暗くした。

 「ラムダを・・・救えませんでした。」

 すっと彼は懐から一枚の金属板を取り出した。

 それは、ラムダが例の羽虫モドキに変形させた、あの金属板のようにいくつもの切れ込みが走っていた。

 「ラムダが持ってたんです。墓にでも備えようと思って。」

 虎徹の視線に応えて、イワンが説明した。

 「・・・あいつも、道さえ間違わなければ、いい魔戒法師になったろうにな。」

 「・・・はい。」

 視線を落とす魔戒騎士2名に、セシリーはため息をついた。

 全く、彼らは優しすぎる。

 ――らしいっちゃあ、らしいんでしょうけどネ。

 その時だった。

 ジャコリッ。

 矢の装填音に、ハッと一行が振り向いた。

 「やめろ、ルナティック。」

 虎徹が静かに、そして威圧的に言った。

 そこには、手錠をかけられたまま尻もちをついているマーベリックに、クロスボウの発射口を向けたルナティックがいた。

 「・・・この男が何をなした?」

 ルナティックが口を開いた。

「世界の破滅をもくろんでいた悪しき者たちの言うがままに、罪なきものを犯罪者に仕立て上げ、うつろな正義の傀儡どもにいいように追いかけさせ、それを高みから見物していただけではないか。

 否、それだけならばまだしも、八百長、ヒーロー制度におけるマッチポンプ、それらはすべてこの男の差し金だ。

 生かしておく理由が見つからぬ。タナトスの声を聞かせるにふさわしい。」

 虎徹と同じくらい威圧的に言い放ち、ルナティックはクロスボウの引き金から指をどかそうとしない。

 ヒーローたちは動けない。下手に動けば、その瞬間にルナティックはマーベリックを消し炭に変えるだろう。

 「お言葉ですが。」

 ここで口をはさんだのはマクシミリアンだった。

 「旦那様を陥れた云々については棚上げします。私も思う所がありますので。

  しかしながら、一言申させていただきたい。

 八百長、ヒーロー制度におけるマッチポンプ、それらについて、この方一人がどうにかできることでしょうか?」

 「・・・。」

 ルナティックは無言のまま仮面を、魔戒騎士のわきにたたずむ執事に向けた。

「旦那様のパーソナルデータ削除の件についてもそうです。たった一晩で、一人の人間がなし得ることでしょうか?この方は記憶改竄のNEXTです。しかし、それにも限度があるでしょう?

 たった一人とはいえ、膨大な個人データを一晩で削除するには、手が足りないと思いますが?」

 「・・・何が言いたい?」

 ルナティックが問いかけた。彼にもわかっていたが、それでも問いかけずにはいられなかった。

 「協力者、内通者がいるということね?

  少なくとも、司法局の内部に。」

 要約したのは、マーベリックと同じく企業の上に立つ人間であるファイヤーエンブレムだった。

「その通り。このお方一人殺しても、トカゲのしっぽ切りにされるだけと思いますよ。それなら、捕まえて情報を吐かせる方が得策と思いますが。」

 マーベリックは顔を青くした。

 おそらく、この腕が能力制御錠で拘束されてなければ、能力を使って自分の記憶を壊して廃人に成り下がっていただろう。

 彼らは何もわかってない。ウロボロスのなんたるかを、まったくわかっていない。

「あラ。正義の味方なんてうそぶいてるくせに、やることは証拠の隠滅なのネ。案外、しょぼいわネ。」

 鼻で笑ったセシリーに、ルナティックは仮面を向けた。

 睨んでいるのかもしれない。

 「ルナティック!その人を殺すな!」

 ここで口をはさんだのはバーナビーだった。

 虎徹に肩を貸したまま、彼は一歩踏み出し、ダークヒーローを睨みつけた。

 「バ、バーナビー・・・。」

 「呼ぶなと言ってる!」

 青い顔のまま呼びかけたマーベリックを一顧だにせずに、バーナビーは怒鳴った。

 「・・・何故かばう。」

 理解できないと言いたげに、ルナティックは再びマーベリックに視線を戻す。

「この男は貴様の人生すら玩んだのだぞ?記憶を書き換え続け、己を見世物とし、操り人形に仕立て上げた男を、貴様は許せるのか?」

 「許せるものか!けど!」

 バーナビーはようやくマーベリックに視線を向け、苦々しく言い放った。

 「僕が許せるようになるまで、生きておいてもらわないと困るんだ!」

 その言葉に、マーベリックは息をのんだ。

 嗚呼。

 わきで事の成り行きを見ていた虎徹は、微笑んだ。

 ――なあ、バニー。そう言ってる時点で、もう結論は出てるんじゃねえのか?

 結局、バーナビーは心底からマーベリックを憎み切れてないのだろう。いつか許すという選択肢を用意しているのが、何よりの証拠だ。

 楓が反対の手を握ってなければ、虎徹はバーナビーの頭をくしゃくしゃと撫でていたことだろう。

 そのことをルナティックも悟ったに違いない。

 ややあって。

 「・・・二度はないと思え。」

 スッとボウガンの発射口を上に向け、ダークヒーローは踵を返した。

 「再び無辜の民を陥れて見ろ。今度こそタナトスの声を聞かせるまでだ。」

 ゴッゴォォォォォォンッ!

 青い炎を巻き上げ、ルナティックは女神像の目となる窓のガラスを突き破り、去って行った。

 ほうっとヒーロー全員が肩の力を抜いた。

 正直、全員体力が底を尽きかける寸前で、とてもダークヒーローを捕まえる余力はなかった。

 「あの、この後どうしましょう?」

 恐る恐る口をはさんだのは、静流だった。

 「片付けはヒーローの皆さんにお任せするとして、その・・・。」

 「・・・虎徹さんは当事者ですから、いないとまずいですね。」

 「あー・・・。」

 バーナビーの言葉に、虎徹はげんなりした様子で呻いた。

 「元老院から呼び出し食らうかもな・・・。

  “何表の世界で騒ぎ起こしてんだぁ!”とか何とか・・・。」

「僕も怒られますよ・・・。呪印にかかってたとはいえ、禁止されてる魔戒騎士同士の闘争をやってしまったわけですから・・・。」

 肩を落として、背後に暗雲を立ち込めさせて、イワンも一緒に呻いた。

 そんな二人を見て、セシリーは苦笑いした。

 少なくとも、今回の戦いでは功労者であるのだ。情状酌量の余地もあるし、多少掟を破ったり、騒ぎを起こしても大目に見てくれるだろうと思いたい。

 ともあれ、落ち込んでいても仕方ない。

 「とりあえず、マックスは楓を」

 みなまで言えなかった。

 次の瞬間、背筋が凍るような寒気を感じ、虎徹はバーナビーの手を振り払い、身をひるがえして魔導陣を睨んだ。

 イワンもまた顔をこわばらせ、姿勢を低くする。

 ユラリっと魔導陣が揺らめくと、黒い霞のような邪気を吐き出す。

 可視化するほどの濃厚な邪気に、思わずヒーローたちは息を詰まらせた。

 ズルリッとそれは魔導陣から歩み出てきた。

 

 

 

 

 

 #25END

 GO TO NEXT!

 

 




 よお!友という意味の名を持つ方、ザルバだ。
 始まりあれば終わりあり。
 さらば、ヒーロー!
 さらば、シュテルンビルト!
 さらば、魔戒騎士!
 さらば、“牙狼”!
 次回、“回帰”。
 じゃーな、みんな!また会う日まで!
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