牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 かなり長らくお待たせしました。
 pixivの方ではとっくの昔に完結していたので、こちらの方を完全に忘れていました。かなり今更感がありますが、こっそりひっそり投下しておきます。
 この物語は、作品への情熱、原作二つへの作者の愛、作者の趣味と特撮におけるロマン、捏造、作者の煩悩から絞り出した変な汁、以上の成分を多大にまぜこぜして、さらに自己解釈のもと好き勝手に切った張ったして、お送りしました。
 さらば、魔戒騎士。
 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。



#26 回帰

光あるところに、漆黒の闇ありき。

古の時代より、人類は闇を恐れた。

しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、人類は希望の光を得た。

 

――魔戒詩編序文より

 

#26. 回帰~永遠不滅の大団円~

 

ユラリっと魔導陣が揺らめくと、黒い霞のような邪気を吐き出す。

可視化するほどの濃厚な邪気に、思わずヒーローたちは息を詰まらせた。

ズルリッとそれは魔導陣から歩み出てきた。

狼を模した漆黒の鎧、ぼろきれのようなマント。黒霞のような邪気を溢れさせるその姿は。

「暗黒騎士、呀〈キバ〉ですっテ・・・?!」

寒気を振り払うように、何とかセシリーがそう絞り出した。

「魔剣に喰われたはずだ!

 なんで生きてやがる!」

身構えながらも虎徹の問いに、漆黒の騎士は答えた。

『我は滅びぬ。現世に闘争と怨嗟の声が在る限り。

 何度でも、蘇る。我は呀、暗黒騎士なり。』

『友切じゃねえ!鎧だけが取り込んだ陰我で動いてやがる!』

鎧そのものを震わせるような暗黒騎士の声音に、ザルバが叫んだ。

その通り、その声は友切の声どころか、人間の出せる音域の声ではなかった。

背筋をぞっと震わせたのは、ヒーローたちをはじめとした非魔戒関係者の面々だ。

「・・・てめえの目的は何だ。」

『知れたこと。この世界に、怨嗟と憎悪と、闘争を。』

唸るように問いかけた虎徹に、せせら笑うように暗黒騎士は答えた。

「そうはさせないでござる!」

「そういうことだ!」

素早く踏み出し、一同を背にかばうように、魔戒騎士二人は武器を抜刀する。

『我は最強の魔戒騎士だぞ・・・?

 ただの人間風情が勝てると思ってるのか・・・?』

「ハッ!チャンチャラおかしいな!」

不敵に笑いながら、虎徹は退魔の剣を構える。

「魔戒騎士は“守りし者”だ!

 守るべきもののないお前が、最強なわけねえだろが!」

視線を交わして頷き合うと、白衣と黒衣の魔戒騎士は、それぞれの鎧を召喚しようと剣先を頭上に向けた。

ヒョウッフヒュッ。

ところが、描かれた光の円は、鎧を召喚する間もなく掻き消えてしまった。

「なっ?!」

「そんな?!」

『邪気が強すぎるんだわ!召喚陣がかき消されてる!』

『鎧の保管先でも問題が生じてるかもしれねえぞ。』

それぞれの魔導具たちが苦々しげに言う中、暗黒騎士はすっと手を伸ばした。

ヒュパッ!バシッ!

『邪魔するなら容赦はせぬ。死ね。我が前に立ちはだかる者は鏖〈みなごろし〉よ。』

肉厚の刃の、身の丈ほどの鉄塊のような魔剣――ホラー食いの魔剣が浮き上がり、矢のように飛んでいくと、その手に収まる。漆黒の切っ先を敵に向け、暗黒騎士は重々しく宣言した。

「みんな、逃げろ!」

振り向きもせずに虎徹が怒鳴った。

次の瞬間、暗黒騎士は動いた。

邪気をほとばしらせ、ぼろきれのようなマントを悪魔の翼のように広げながら、斬りかかってきたのだ。

ギャリィンッ!

「くうっ!」

とっさに虎徹は応戦した。

剣圧だけで吹き飛ばされそうになりながらも、剣の腹をはじくように力を加え、受け流す。

まともに打ち合えばこちらが吹っ飛ぶことは目に見えている。

ガギャッ!ギギィンッ!ギンギンギギギィンッ!

打ち合いが始まった。

巨大な身の丈ほどの大剣を使っているにもかかわらず、暗黒騎士の動きは棒切れでも振り回しているかのように軽やかだった。

対する虎徹とイワンは度重なる連戦のせいで、体力がいい加減限界に近かった。それでも二人はよく動いていたと言っていいだろう。

しかし、鎧が使えない今現在、圧倒的なパワー差を埋めることができず、吹っ飛ばされては立ち上がりかかっていくことを繰り返していた。

もちろんヒーローたちも応戦しようとした。

ダメージを与えられずと、二人の魔戒騎士が攻撃する隙を作ろうとしたのだ。

二人の攻撃の合間を縫うように、氷が、雷が、炎が、風が、そこらに散らばっている瓦礫が暗黒騎士に直撃するが、漆黒の鎧にはそよ風同然らしく、まったく傷つかず、怯む様子すら見せない。

氷でさえあっという間に砕けて、動きを鈍らせることすらできてないのだ。

セシリーも法術を使おうと界符を取り出すが、舌打ちした。数が足りない。

――拘束術式は使えないわネ。

仕方なく界符をしまい、魔戒筆を構える。

そんな一同の様子を目の当たりにし、剣を打ち続ける虎徹の左中指で、ザルバは腹を決めた。

この決断を下すのが二度目であるのを、彼は覚えていない。

『虎徹!』

「何だ?!」

距離を取って叫ぶ黄金騎士に、魔導輪は叫ぼうとした。

『俺を』

「召喚陣を描け!牙狼!」

ザルバの言葉をさえぎって怒声がとどろいた。

見れば、いつ魔導陣から出てきたのか、ぼろぼろビシャビシャの黒ローブの男が、肩で息をしながらそこにいた。

眉間の十字傷をあらわにした、端正な顔立ちの男――友切。

「あいつまで!」

バーナビーがギョッとしたように叫んだ。

「早くしろぉ!」

「聞いてはダメです!虎徹さん!」

叫ぶ友切に、バーナビーは負けじと叫んだ。

次の瞬間虎徹は動いた。

ヒョウッバァンッ!

自分のすぐわきに召喚陣を描き、なけなしの魔導力をつぎ込んで強引にゲートを安定させる。

ダンッ!

地を蹴って友切は召喚ゲートに飛び込み、光の円ともどもその姿を消した。

「消えた!」

ぎょっとしてドラゴンキッドが叫んだ。

「虎徹さん!」

「俺はあいつを信じたい!だからお前も俺を信じろ!バニー!」

驚いたバーナビーに、再び暗黒騎士に斬りかかりながら虎徹が叫んだ。

「最初から殺す気だったら、暗黒騎士にかかりきりになってるあいつを不意打ちすればいいワ。・・・それをしなかったからって味方と決まったわけじゃないけどネ!」

バウッ!

言い終えると同時に、セシリーは魔戒筆で魔導文字を描き、暗黒騎士めがけて桜色の光弾を放った。

ゾバッ!

振り向きざまに剣を一閃させ、光弾を斬り消すと、暗黒騎士は攻撃目標を変更した。

魔戒騎士二人から、魔戒筆を構えるセシリーに。

ズダンッ!

金属の床を大きくへこませ、踏み込む暗黒騎士に、セシリーは素早く魔戒筆から魔導旗に持ち替えた。

バサッ!

青い布がなびくのをものともせず、暗黒騎士は布ごと斬り裂かんばかりに剣先を突き出した。

ヒュパッ!

魔導旗を目隠しに、女魔戒法師はトンボを切り剣先を躱し、跳び上がりざまに魔戒筆を翳した。

バウッ!

桜色の光弾が暗黒騎士の鎧に炸裂し、騎士はたたらを踏んでよろけた。

その鎧からとめどなくあふれる邪気が一瞬薄れた。

「効いてる・・・?」

誰かのつぶやきもつかの間、着地ざまのセシリーを狙い、暗黒騎士の剣が再び繰り出された。

ギョバガツッ!

セシリー自身は身をのけぞらせるように斬撃をよけたが、とっさのことで魔戒筆は退き損ね、穂先の根元から切断され、ただの棒きれにされてしまった。

そのまま暗黒騎士はセシリーを叩き斬ろうと再び剣を繰り出すが。

ガギャンッ!

「てめえの相手はこっちだ!」

「させぬ!」

割って入った黒白の魔戒騎士二人の刃3つに受け止められた。

「そのまま食い止めテ!」

折れた魔戒筆は放り捨て、跳びさがりつつポーチから再び界符を取り出して言ったセシリーに、二人の魔戒騎士は言葉の代わりに刃を振り上げた。

――拘束術式ほどじゃないけド!

界符と一緒に取り出した小瓶から指先にクリーム状の薬品を掬い取り、界符の端に素早く塗りつけ、次の瞬間、彼女は界符を指先から放った。

瞬間。

ビャジャランッ!

界符から一気に4本の光の鎖が放たれ、暗黒騎士を絡め取る。

素早く身を翻し、距離を取る魔戒騎士二人をよそに、暗黒騎士は身をよじらせる。

パヂンッ!

やはり本来の術式より威力は矮小なものらしく、鎖は糸のように細く頼りないうえ、暗黒騎士が身じろぎしただけで簡単に輪が弾ける。

すぐに完全に破られるに違いない。

「破ッ!」

素早く両手で印を結んでセシリーが吠えた瞬間。

ボッ!ズッガゴウンッ!

界符の魔導文字と塗られたクリーム状の秘薬が赤く光ったかと思うと、鎖が轟音を立てて爆発した。

煙がいまだにまとわりつく暗黒騎士は、それをものともせずに攻撃目標を再びセシリーに定め、漆黒の刃が繰り出される。

踊るようにその攻撃を避け、セシリーは眉をしかめた。

――変ネ?さっきの拘束爆裂術式は魔戒筆の攻撃法術よりも威力は上なのに、怯む様子すら見せないなんテ。

「おらぁ!」

「つああっ!」

咆哮とともに、再び魔戒騎士二人が斬りかかる。やむなく暗黒騎士は攻撃目標を二人に再度変更した。

ヒーローたちも援護攻撃を再開した。

何とか鎧の召喚、もしくはそれに相当する有効策を打ち出さねば。

距離を取って、セシリーは難しそうに眉をしかめる。

しかし、彼女が何か考え付くより早く。

ビヂィッ!

伸びきったゴムがちぎれるような。あるいは崩壊寸前の廃墟に最後のヒビが入ったような。

とにかく、その音は不吉なまでに轟いて聞こえた。

はたと近接攻撃にかかり気味の魔戒騎士二人と暗黒騎士を除いた全員が、その音のした方へ顔を向けた。

ビヂッバヂビヂビヂヂヂヂ・・・!

見れば、魔導陣――真魔界に通じる金属の輪が、怪しげな紫の火花を散らしている。

「今度は何なのよ?!」

「縮小術が解けル!」

怒鳴ったブルーローズに、セシリーが顔をひきつらせた。

「真魔界行きの魔導陣なんて本来馬鹿でかい出力に応じて、馬鹿でかいでかさなのヨ!

 それに無理やり縮小術をかけて小さくしてあの大きさだったノ!

 ラムダが死んだから術が解けたのヨ!」

説明してセシリーは鍔迫り合いをしている黒白の魔戒騎士たちに向かって吠えた。

「逃げテ!魔導陣が巨大化したら、このフロアを押しつぶしかねないワ!」

その叫びに戦い続ける3人以外の全員が顔をひきつらせた。

瞬間。

バヂンッ!

メリメリメリメリッ。

ひときわ派手な紫の火花を散らし、構成分子を軋ませながら金属の輪は見る見るうちに天井を突き破らん大きさまで肥大化した。

「嘘?!」

ガギンッ。

ギギギギギ・・・。

楓の叫びをよそに、そのまま固定していた留め具から放たれた巨大な輪は、バランスを崩すように一同めがけて倒れこんできた。

「きゃあああああっ!」

「みんな伏せてええええぇ!」

悲鳴を上げる楓の声に負けじと、ブルーローズは残り一丁のフリージングリキッドガンの狙いをつけて叫ぶ。

バギバギバギッ!

放たれた氷が魔導陣を斜めに傾いた絶妙な状態のまま縫いとめた。

ガギャンッ!ギンギンギィンッ!

剣撃が無粋に響き渡る。

どこ吹く風どころか、そんなことは関係ないと言わんばかりに、虎徹とイワンは、今にも倒れこまんという格好の魔導陣の下で暗黒騎士に剣を繰り出している。

ビャゴウッ!

二人の剣をはじいた暗黒騎士が跳び上がる。

ぼろきれのようなマントを悪魔の翼のように広げ、もはや魔導陣の効力が無くなり、ただの輪となったそこをくぐり、三角跳びの要領で天井に足をつけると、それを足場にしてさらに跳ぶ。

メギャンッ!ガヂゴロンッ!

蹴りを入れるように金属の輪に着地した暗黒騎士。その衝撃でブルーローズの氷は砕け、再び輪は動きだす。

しかし、残っている氷が邪魔になったか、あるいは暗黒騎士の体重の関係か、いずれにせよ、輪はそのまま一度倒れる(一同は輪の外に退避していたし、魔戒騎士二人は輪の内側にいたので無事だった。)がそのまま勢い余って立ち上がり、縦になったままゴロゴロと回転し出した。輪の内側に暗黒騎士を乗せて。

輪の大きさと速度もあって、このままでは女神像をぶち破って外に放り出されるに違いない。

『野郎!あれを使って街に逃げ込む気だ!』

「逃がすかぁ!」

「逃がしはせぬ!」

ザルバの叫びに虎徹とイワンは大きく跳んで輪の内側に飛び乗ると、暗黒騎士を挟み撃ちにして剣を繰り出す。

「お父さん!」

「危険です、お嬢様!」

飛び出しそうになる楓を押さえ、マクシミリアンが言う。

ピピピピピッ。

『ちょっと!繋がるようになったらさっさと連絡してちょうだい!どうなったの?!』

「「「「「「今それどころじゃない!!」んだ!」」のよ!」」んです!」

強引につながれたらしいPDAの通信先のアニエスは、ヒーローたちの叫びに目を点にした。

次の瞬間、ジャスティスタワーの女神像に迫る彼女の乗ったHERO TVの中継ヘリはとんでもないものを目撃する羽目になった。

バドォォォォォンッ!

轟音とともに女神像の後頭部をぶち抜いた巨大な金属の輪がゆっくりと回転しながら放物線運動を描いていく。

「何ですか?!あれ!」

ぎょっとしたヘリのパイロットが喚く中、カメラマンが「あれ?」とつぶやいた。

「どうしたの?」

「あの輪っか、人が乗ってます!」

「何ですってぇぇぇぇ?!」

アニエスの金切声がヘリの中に響き渡るのをよそに、なおも金属の輪のうちでは、虎徹とイワンが暗黒騎士相手に大道芸人も真っ青な殺陣を繰り広げていた。

剣撃によって飛び散る火花が、漆黒の闇を彩る。

「おい、あれなんだ?!」

「輪っか・・・?」

ちらほらと街を行き交う人々が頭を上げて、ジャスティスタワーから飛び出した金属の輪を見た。

やがて空気抵抗の関係か、あるいは三人の体重の関係か、とにかく輪は空中で横倒しになり、三人は素早くその上に移動すると、再び剣を振りかざし斬り合い始める。

 

「ワイルド君!折紙君!」

すぐさまスカイハイが輪が通過したことによってできた大穴から風を巻き上げて飛び出す。

「スカイハイ!輪が市街地に落下したら大変なことになるわ!何とか海か河まで運んでちょうだい!」

あわててファイヤーエンブレムが叫ぶ。

「追いかけないと!」

他のヒーローたちが回れ右をして駆け出し始める。

「ええと、確かここに・・・あっタ!」

ポーチを漁るセシリーは、そこから新しい魔戒筆を取り出した。

どうやら今回のように万が一筆が壊れた時のための予備の筆らしい。今まで使っていたものとは異なり、柄の先に魔よけの鈴はついていない。

ヒュパッ!

魔導力を込めて筆先を振ると、金色の球体が現れる。

セシリーはその上に飛び乗ると、そのまま大穴から飛び出した。

「あ!待って!」

ビュゴウッ!

「お嬢様?!」

「きゃあああああ?!」

そんな彼女に気が付いた楓はコピーしていたスカイハイの能力を使い(一度バーナビーに触れたが、勝利を喜び合った際に再びスカイハイに触ったため、上書きされた。)、同じく大穴から飛び出したが、うまくコントロールできずにセシリーを追い越したところで落下しそうになった。

「楓〈アホルン〉!」

パシッ!

間一髪。セシリーが楓の手を掴んで球体の上に引き上げる。

今から引き返すわけにもいかない。ぐずぐずしていると、暗黒騎士は虎徹とイワンを振り切って逃げだしかねないのだ。

「仕方ないわネ。しっかりつかまってなさイ!」

「うん!」

頷いて楓はセシリーの腰にしがみついた。

 

「また階段を下りるの?!」

「エレベーターを使いましょう!アニエス!輪の位置は?!」

ドラゴンキッドに答えて、PDAに尋ねたファイヤーエンブレムに、両の手を後ろ手に拘束されたまま近寄る者がいた。

「アニエス=ジュベール!すぐに今から私が言うことを放送するんだ!」

「マーベリック!」

ファイヤーエンブレムの肩越しにPDAを覗き込みながら言った老人に、ヒーローたちは足を止めて一斉に険しい視線を向けた。

「てめえ!この期に及んで何を企んでやがる?!」

怒鳴って掴みかかったバイソンには答えずに、マーベリックは大きく息を吸い込み、腹の底から嘲笑うような声を出した。

「ふははははは!いくらヒーロー諸君といえど、あのアンドロイドを止められるものか! 私の野望をすべてぶち壊しにしてくれた、あの鏑木虎徹とかいう男と一緒に死ねばいいのだ!」

一体この男は何を言ってるのか。

思わず身動きを止めるヒーローたちをよそに、マーベリックはさらに叫んだ。

「サマンサ=テイラーの口封じに適当に罪を押し付けた男が、飛んだ計算違いだ!

 もうこうなれば、お前たちはアンドロイドの暴走でみんな死んでもらうしかないのだよ!」

「あなたは・・・何を言ってるんですか?!」

思わず叫んだバーナビーにも、マーベリックは悪役丸出しで叫ぶ。

「飛んだ計算違いだよ、バーナビー!

 せっかく二十一年前に顔を見られたにもかかわらず生かしてやったのに、記憶を取り戻すとは!あのまま偽りの記憶を信じていればよかったものを!」

これではまるで友切たちなどいなかった、マーベリックがすべてを――バーナビーの両親とサマンサの殺害まで仕組んだかのようではないか!

ここでファイヤーエンブレムは無言のまま通信を切った。

バイソンも黙ってマーベリックを離した。マーベリックは先ほどの悪役振りなどなかったかのようにうなだれる。

「・・・これが、今の私にできる精いっぱいだ。

 あの暗黒騎士もアンドロイドということにして、全ての黒幕が私ということにすれば、パニックを抑え、後で彼らにかかる負担が少なくなるだろう。」

ここでマーベリックは両ひざをついて、涙声で呻くように言った。

「本当に、すまなかった!」

「・・・。」

バーナビーは静かに目をそらした。何か言わなければと思う半面、口を開けば何を言うか自分でもわからなかったからだ。

今はこの男よりも、虎徹の力にならなければ。

「・・・僕は、ヒーローです。この街を守るために、虎徹さんたちに、力を貸します。」

育ての親に背を向けて、代わりにバーナビーが言ったのは、こんなことだった。

「・・・いってきます。」

ぽつりと言って、バーナビーは他のヒーローたちが待つ機材搬送用のエレベーターに駆けだした。

 

* * *

 

吹きぬける凄まじい風に白と黒のコートをなびかせながら、シュテルンビルト上空にて、虎徹とイワンは暗黒騎士めがけて刃を繰り出していた。

ガギャァンッ!

「わあああああっ?!」

「イワンッ!」

イワンの軽い体重がたたったか、あるいは暗黒騎士の長大な剣がいけなかったか、とにかく、とうとう暗黒騎士の強烈な突きを受けて、ガードした体制のままイワンは輪の上からはじき出された。

パシュッ。

虎徹はとっさに剣を左手に持ち替え、ワイヤーを飛ばした。

アンカーがイワンの右手に巻き付くが、次の瞬間、突きだされた漆黒の刃に、左手の時計から伸びるワイヤーは根元から斬られた。

暗黒騎士はいつの間にか、右手にホラー食いの魔剣を持ち、左手には黒炎剣を握っていた。

ワイヤーを斬ったのは、黒炎剣の方だった。

「マジかよ!クソッタレ!」

悪態をつきながらも、剣撃によってぼろぼろになりつつある白いコートをなびかせ、虎徹は剣を持ち直し、暗黒騎士に斬りかかった。

こうなったらイワンには悪いが、彼一人に何とかしてもらうしかない。

 

一方、空中に放り出されたイワンは、その勢いのまま近場のビルの窓ガラスに叩きつけられそうになり。

「スカーイハーイ!」

ビュッゴオウワッ!

間一髪。追いついたスカイハイの風がクッションになり、それを免れた。

「折紙君!無事かい!?」

「スカイハイ殿!かたじけない!」

礼を言うイワンに頷き、スカイハイはそのまま彼をそのビルの屋上(その方が距離的に近かった。)におろす。

「私はあの輪が市街に落下するのを防がなければならない!そして行かなければ!すまない、折紙君!」

「タイガー殿をお頼み申す!」

すぐさま風をその身に纏い、弾丸のように飛ぶスカイハイに折紙は頷くと、ビルを降り始めた。

 

ヘリからの中継映像――金属輪の上で剣撃を繰り出す虎徹と暗黒騎士の映像と、続いて入ったマーベリックのこれでもかという悪役振りに、人々はそういうことかと眉をしかめながらも映像に見入った。

ある家庭では、「おじさん、頑張れ・・・!」とトニー少年が手を握りしめ。

ある刑務所の談話室では、画面を見上げるエドワードが、「あんたならできるさ。」と小さくつぶやき。

別の家庭では、「本当にヒーローだったのね、あんたの旦那さん・・・。」とつぶやきつつ、ラグナイト夫人が子供たちを抱きながらモニターを見つめ。

シュテルンビルト中の注目を集め、死闘は続く。

 

「スカーイハーイ!」

ブッドオウワウッ!

金属輪は二人の剣士を乗せたまま徐々にその高度を下げていくが、そこに追いついたスカイハイが風を巻き上げ高度を上げようとした。

しかし、暗黒騎士はそれに気づくや、マントを翻し、輪から飛び降りた!

「逃がすかっつってんだぁぁ!」

続いて飛び降りた虎徹に、スカイハイはぎょっとした。

「ワイルド君!」

すぐに彼を助けに行きたかったが、この輪を何とかしなければならなかった。くどいようだが、これが市街地に落下したら、多大な被害が出てしまう。

仕方なく、スカイハイは金属輪を川に誘導すべく風を巻き上げた。

 

飛び降りた虎徹は高層ビルの壁面に退魔の剣を突き立て、落下スピードを遅くする。重力にそのまま身をゆだねている暗黒騎士とは明らかに距離が開いた。

ズダァァァンッ!

アスファルトに小さなクレーターをつけ、暗黒騎士は幹線道路のど真ん中に降り立つ。昼夜問わず車両が行きかうシュテルンビルトの道路の、ど真ん中に。

パッパァァァ!

クラクションを激しく鳴らし、大型トラックが佇む暗黒騎士めがけて突っ込んできた。

ザギドンッ!

次の瞬間振り向きざまに、暗黒騎士が放ったホラー食いの魔剣の巨大な斬撃が、大型トラックを真正面から縦に真っ二つに斬り裂いていた。

真っ二つにされたトラックは、そのまま暗黒騎士のわきを素通りし、歩道や反対車線に突っ込み、文字通り、大惨事となった。

ガギャンッ!

ようやく降りてきた虎徹が飛び降りざまに剣を振り下ろし、暗黒騎士がそれを迎え撃つ。

「みんな、逃げろぉぉぉ!」

虎徹の叫びに、硬直していた通行人たちが我に返り、悲鳴を上げて逃げ出した。

車の運転手たちも、ドアから飛び出して逃げていく。

無人となった幹線道路で、虎徹は再び暗黒騎士と対峙した。

『なぜ人など守る?』

暗黒騎士が口を開いた。

『我を生み出したのは人ぞ。我に殺されるのは、いわば自業自得。

 愚かなことよ。』

「悲しい奴だな、お前。」

剣を構えたまま、虎徹は言った。

「確かに、お前は人間のあれ・・・何つうの、悪いことっつうか、行いっつうか」

『業、か?』

魔導輪のツッコミに、虎徹は大きくうなずいた。

「そうそれ!それから生み出されたのかもしれねえ。けど、人間はそれだけじゃねえよ。」

虎徹は知っている。

「自分の中に暗い部分を持っていても、それに負けないくらい輝く部分を大切にしている連中がいる!そいつらはお前とは何の関係もねえ!自業自得なんて知るか!

 勝手にほざいてろ!」

『鎧を召喚しろ!牙狼!』

声が、聞こえたような気がした。

虎徹はそれに応えた。

退魔の剣の切っ先を頭上に向けるとヒョウッと光の円を描いた。

円の中の空間から光があふれだし、そこから鎧のパーツを持った魔天使たちが飛び出し、背中の翼を羽ばたかせ、次々虎徹に鎧を着けていく。

最後に兜をつけ、紫のマントをなびかせて牙狼の姿となった直後、別の空間から放り出されるように現れた友切が、アスファルトに叩きつけられながらも、うつぶせのまま呻くように懇願した。

「俺の、陰我を断ち切ってくれ・・・牙狼・・・。」

虎徹は無言で剣を構え直す。

ズダンッ!

アスファルトを踏み砕き、暗黒騎士の持つ、二つの漆黒の剣が金色の騎士に振り抜かれた。

 

「イワン!」

「セシリー殿!」

地面すれすれで球体から降りたセシリーと楓に、道路を走っていたイワンは足を止めた。

「これだけ、距離が、あれば、鎧を、召喚できル?」

『それはできるわ。でもここでそうしてどうしろというの?』

かなり魔導力を使って激しく息をしながらも尋ねたセシリーに答えたのはシルヴァだ。

『ここからじゃ暗黒騎士のところにたどり着いた時には制限時間がきて鎧を解除せざるを得ないわ。イワンの魔導力も限界に近いから、魔導馬も召喚できないし。何か有効な手立てでもあるの?』

「博打だけどネ。でも勝算は十分あるヨ。」

何とか息を整えながら言って、セシリーは魔戒筆をイワンに突き出した。

「イワン、光矢流星ヨ。」

「光矢流星・・・そうか!その手があった!」

疲れ切った表情ながらも目を輝かせてイワンはうなずいた。

「コウシリュウセイ・・・?」

「魔戒騎士と魔戒法師の合体奥義だヨ。」

怪訝そうな楓にセシリーは説明する。

「魔戒剣を弓に、魔戒筆を矢にして、攻撃を行うノ。

 単発だけど、単純な威力だけなら烈火炎装を上回るワ。

 たダ・・・。」

ここでセシリーは表情を不安げに曇らせた。

「さっきも言ったけど、この奥義は魔戒筆を矢として放つノ。つまり、魔戒筆は使い捨てになるノ。あたしの魔戒筆はこの一本。斉藤のところに引き返す時間もないから、攻撃チャンスはたったの一撃。後はないワ。」

セシリーが言った博打という意味はそういうことだったのだ。

「効果はあるはずヨ。あいつ、魔戒筆の霊気に怯んでたようだったかラ。」

「はいっ!」

頷いて、イワンは最後の力を振り絞り鎧を召喚した。

ヒョウッバァンッガシャンッ!

白銀の騎士は、双剣の柄を合わせてブーメラン状にすると、距離を取った女魔戒法師から投げ渡された魔戒筆を受け取り、弓に矢をそうするようにつがえる。

シャァンッ!キリ・・・!

涼やかな音色とともに、銀狼剣は白銀の光の弓に、魔戒筆は光の矢に姿を変える。

矢を引き絞り、白銀の騎士は道路の遥か向こうで黄金の騎士と刃を交える漆黒の騎士に狙いを定める。

 

取り出した魔導火で、黄金騎士は鎧に炎を灯し、魔戒騎士の奥義、烈火炎装を使おうとした。

ブッバァァァァァァァァァァゴギュリッ。

「んなっ?!」

しかし、ライターから灯された火は、次の瞬間金緑色の軌跡を描いて、ホラー食いの魔剣のバスト像の口に吸い込まれるように消えてしまった。

『あの魔剣、やっぱろくでもねえよ!

 魔導火まで食うか、普通!』

『黄金騎士よ、そなたの血肉を、我に捧げよ。』

ザルバの悪態に、暗黒騎士が口を開いた。

否、その声音はこれまでのものよりも甲高く、女のバスト像から発されていた。

めりめりと音を立てて、ホラー食いの魔剣の柄から生えた闇色の触手が暗黒騎士の籠手に巻き付き、腕と一体化している。

『まずいな。暗黒騎士と魔剣の関係が入れ替わった。』

「つまり?!」

ガギャインッ!

ザルバの言葉に問い返しながら、虎徹は斬りかかってきた暗黒騎士の攻撃をさばいた。

先ほどよりもパワーとスピードが増しているような気がする。

『呀の鎧が乗っ取られたんだ!暗黒騎士の方は、魔剣の端末にされちまったんだよ!』

「やることは変わらねえなら問題ねえ!」

剣をはじきながらも答えるが、どうしたものか。

特製ライターからは魔導火をすべて吸い出されてしまい、魔戒騎士の奥義烈火炎装は封じられたも同然だ。

ザルバも魔導火を吐くことはできるが、また魔剣に吸収されるだけに終わるだろう。

どうすればいい?

{虎徹!シルヴァからだ!イワンが光矢流星を使う!

 タイミングを見て離れろ!}

突如入ったザルバの念話に、虎徹は内心にやりとしながらも「了解!」と心のうちで答えた。グッドタイミングだ。

――頼むぜ、イワン!

剣を叩き上げるように弾き、反動で虎徹はトンボを切るように飛びさがった。

 

――臨、兵、闘、者、界、陣、烈、斉、禅!

集中力をあげるまじないを口の中で唱え、イワンは引き絞った矢を放った。

パアァンッ!

ギャウッ!

空気を斬り裂いて光の矢は、虎徹に剣をはじかれたせいで姿勢を崩した暗黒騎士めがけて一直線に突っ込んでいく。

ビャアアアアンッ!

白銀の光の花が咲くように、閃光が漆黒の騎士を包み込む。

 

「やった?!」

ヘリのパイロットがつぶやくが、「ひっ!」とカメラマンが喉を鳴らして、叫んだ。

「まだです!」

 

『我、健在なり・・・!』

閃光の中から、暗黒騎士は再びその姿を現した。

しかし、ダメージは免れられなかったらしい。

下半身と黒炎剣を持っていたひじから先の左腕は跡形もなく消し飛び、血液代わりに邪気をぼろぼろと吐き出している。

そのままの状態でも空中に浮いているのは、ホラー食いの魔剣の刀身から生えた黒い蝙蝠のような皮翼のせいだろう。

――倒しきれなかった!

トドメを刺すべく踏み込む黄金騎士だが、暗黒騎士はひらりとその攻撃を躱し、翼を羽ばたかせ、はるか高くに高度を上昇させる。

『力を蓄えねば・・・!我に糧を・・・!』

「畜生!」

苦く虎徹は毒づいた。

跳び上がっても相手の方が自由に動ける分、攻撃が空振りしてしまう。下手に跳べば反撃を食らう可能性だってある。

烈火炎装さえ使えたら、魔導火の斬撃をお見舞いしてやるのに。

このままでは逃げられる。

「スカーイハーイ!」

「サアアアアアッ!」

「ファイヤァァァァ!」

ヒーローたちの雄叫びがとどろいたのはこの時だった。

スカイハイが連れてきたのだろう、近場のビルの屋上に立つドラゴンキッドとファイヤーエンブレムと、スカイハイの風と炎、雷のブレンド攻撃に、暗黒騎士は身動きを止めた。

 

ガシャンッ。

「ハアッハアッハアッハア・・・。」

今度こそ魔導力を根こそぎ使い切り、鎧を解除したイワンは崩れるように座り込んだ。

セシリーも限界らしく、足元をふらつかせる。

――クッ・・・情けないけど、手詰まりネ。

「セシリーさん!」

「大丈夫・・・ちょっとクラッとしただケ・・・?!」

答えかけて彼女は目を剥いた。

心配そうに見上げてくる楓の背中――リュックの蓋の隙間から、きらきらした光が漏れてくる。

「楓〈アホルン〉、そレ・・・!」

「え、あ・・・お母さんの筆が・・・!?」

言われて楓は、心の魔界で絵を描くときに使って、後はおざなりにリュックに突っ込み、穂先が出ていた友恵の筆を引っ張り出した。

キラキラした淡い光の源は、その筆の穂先だった。

――トモエの筆・・・?そっカ、霊獣ノ!

「楓〈アホルン〉!その筆を虎〈ティーゲル〉のところへ持って行っテ!」

「え?!」

いきなり言われて、楓は目を白黒させた。

「その筆なら十分魔戒筆の代わりになるワ!

 イワンはもう限界、今動けるのはあいつしかいないのヨ!」

「・・・わかった!」

頷いて楓は駆け出した。

グイッ。

「きゃあ!」

「虎徹のところにつれてって、その筆を渡せばいいんだな?!任せろ!」

楓を抱え上げたのはロックバイソンだった。

お姫様抱っこしたまま走り出したヒーローは、楓が普通に走るよりは速かったが、それでも十分な速度とはいえない。

バキバキバキ・・・!

「ギュウっ?!」

「遅いのよ、鈍牛!」

突如姿勢を崩しかけたロックバイソンだが、すぐに姿勢を制御してブルーローズによって凍らされてツルンツルンになったアスファルトを滑って、加速する。

「楓ちゃん!お願い!」

「うん!」

懇願するように叫んだブルーローズに楓は頷く。

 

黄金騎士はビルを駆け上がり、足止めを食らった騎士に斬りかかるが、よけられてしまう。

何とか別のビルに着地したところで、ザルバが叫んだ。

『シルヴァからだ!“筆”が来るぞ!受け取れ!』

 

バキバキバキッ!

バヒュウッ!

「ジャンプ台よ!跳びなさい!」

「ギュウウウウウ?!」

そのままありったけの氷で目の前に即席のジャンプ台をこしらえたブルーローズは、自身はドリフトをかけつつ止まる。

悲鳴を上げつつも空中に吹っ飛ばされたロックバイソンは、一瞬自身が高所恐怖症だということも忘れ、動いた。

「行くぞ、楓ちゃん!」

「え?!」

「おおりゃああああ!」

「きゃああああ!」

腕の中の楓を高く投げ上げた。

楓は悲鳴を上げたが、すぐに視線を頭上の金色の騎士に向ける。

――届いてぇ!

「お父さん!」

渾身の力を込めて、筆を投げた。

振り向きざまに、騎士は手を伸ばし、筆を掴み取ろうとした。

しかし、筆はその指先をかすめるだけに終わり、重力に引っ張られ、楓ともども落下運動に入ってしまった。

――そんな!

青くなった楓はそのまま落ちていき。

ボフンッ。パシッ。

「虎徹さん!」

両目を青く光らせ、ファイブミニッツハンドレッドパワーを発動し、跳び上がってきたバーナビーの左手に受け止められた。

右手に筆を掴み取ったバーナビーは、そのまま再び筆を高く投げ上げた。

把矢ッ。

今度こそ、騎士は筆を掴み取り、弓に矢をそうするように牙狼剣につがえる。

鈴韻ッ!綺悧・・・!

涼やかな音色とともに、牙狼剣は黄金の光の弓に、魔戒筆は光の矢に姿を変える。

矢を引き絞り、黄金の騎士は炎と雷、風の刃をよけている漆黒の騎士――正確には、その手に持つ肉厚の刃の大剣に狙いを定める。

一撃だった。

破無ッ!

弾けるような音を立て、光の矢は放たれた。

漆黒の騎士が迫りくる矢に気が付いた時には、矢はもうよけようのない位置まで迫っていた。

轟華ッ!

漆黒の空を彩り、黄金の光の花が咲く。

『バカな・・・たかだか一人の人間如きに、我が、負けるなど・・・!』

黄金の光に包まれ、ぼろぼろと崩壊していくホラー食いの魔剣が、信じられないとばかりに呻いた。

「一人じゃねえよ!」

黄金騎士は言った。

光の弓から元に戻った牙狼剣を携えて。

「俺は決して一人で戦ってるんじゃねえ!誇り高き牙狼の英霊たちと、この街を守る仲間たち、大切な人たちの想いが常に一緒だ!」

カシリと剣を構え直し、虎徹は吠えた。

「一人ぼっちのお前なんかに、負けるわけねえだろ!」

 

地上のアスファルトの横たわったまま、友切と名乗っていた男は、その叫びを聞いた。

嗚呼、なんてまぶしい光だ。

いつの間にか忘れていた。誰かと一緒なんて煩わしい。

目的を邪魔するなら友でも斬るつもりだった。だから友切と名乗っていた。

“守るべきもの”があるだけで、ああも人は輝けるのか。

友切――否、冴島鬼切は、最後の力を振り絞って、天を仰いだ。

 

斬ッ!

最後に残った暗黒騎士の鎧の残骸を跳び上がりざまに斬り捨てる。

今度こそ、暗黒騎士は完全に砂と化して、消え去った。

黄金騎士はそれを見届けるまでなく、紫のマントをなびかせ、地面に降り立った。

威風堂々としたその姿は、最強の魔戒騎士そのものだった。

ガシャンッ。

黄金の鎧が光となって剥がれ落ちるや、虎徹は崩れ落ちるように膝をついて、激しく息をついた。

しかし、すぐに立ち上がって姿勢を正す。

「お父さぁぁん!」

バーナビーによって無事に地面に降りた楓が大きく手を振りながら駆けよってきた。

「楓!」

愛娘を抱きとめ、虎徹は満面の笑みを浮かべた。

「お父さん!すっごくかっこよかったよ!大好き!」

「!」

その言葉に、虎徹は目を丸くしてから、うれしくてたまらないという代わりに楓を抱え上げた。

「わっ!ちょっと、お父さん!」

「楓~!パパも楓のことが大好きだからな~!」

「わかったからおろして!」

顔を赤くして叫ぶ楓に、駆け寄ってきたヒーローたちも苦笑いした。

バイソンに背負われるイワンに、へとへとのセシリー、ようやく駆けつけたマクシミリアンと静流。

モニター越しに、斉藤とベン、ヘリの上ではアニエスがほほ笑む。

「みんな、ありがとな!みんなのおかげだ!」

楓を抱き上げたままあいてる手でサムズアップして見せる虎徹に、誰もが笑みを浮かべて頷いた。

「よかったですね、虎徹さん。」

いろんな意味でそう笑いかけたバーナビーはすぐに顔をこわばらせた。

倒れ伏した黒ローブの男が、うつろな表情をこちらに向けている。

「お前!まだ生きてたのか!」

キッと眉を吊り上げ、バーナビーは男を睨みつけた。

ハッと一行が息をのんで後ずさる中、虎徹は楓を下し、男に向かって一歩進み出た。

「虎徹さん、危険です!何をされるか」

「バニー。」

虎徹は静かに呼びかけ、首を振った。

「もう長くない。」

虎徹の言葉に応えるかのように、男の体に走るヒビが一層深くなった。

男の体は石膏のように白くなり、劣化したかのようにヒビだらけだった。

「フ・・・自業自得だ。ざまぁない。」

自嘲するように鬼切は言った。

「恨み節でもぶつけるか?牙狼。

 放っておいても私は死ぬ。これ以上ない、みじめな死に方だ。」

「・・・じゃあ、一言だけ言わせてくれ。」

憐れむような眼差しを男に向けて、虎徹は言った。

「ありがとな。」

「・・・は?」

思わず鬼切は訊き返した。

何故礼を言われるのか、さっぱりわからない。

あれだけ回りくどいことをやって、散々苦しめてきた敵に礼を言うなど、この男の神経がさっぱりわからない。

「お前が鎧を持ってきてくれなかったら、あいつに負けてたかもしれねえ。

 だから、ありがとな。」

ここで虎徹は言葉を切ると、困ったような顔になって続けた。

「あー・・・俺な、誰かを恨んだり憎んだりすんの、苦手なんだわ。そういうのって、すげえしんどいし。それにいい気分しないしな。

 だったら、ありがとうの方がいいだろ?」

にっと笑った虎徹に、鬼切は呆気にとられたような顔をしてから、ふっと小さく笑った。

「・・・なら、俺も礼を言おう。ありがとう、牙狼。」

ここで彼は大きく息をつくと、顔を伏せて小さくつぶやいた。

「次は、肩を並べて、戦いたいものだな・・・。

 ともに、“守りし者”として・・・。」

「できるさ。きっとな。」

いつか、どこかで。

ザラン。

冴島鬼切は白い砂となり、消えた。

虎徹は、悲しげな表情で男のいたところを見つめると、祈るように顔を伏せた。

バーナビーは友切のいたところと、虎徹を交互に見詰め、複雑そうな顔をしていた。

「さーて、それじゃぁ」

踵を返して、おどけた様子で虎徹が言いかけた時だった。

突然空が明るくなり。

シュテルンメダイユをすっぽり包み込みそうなほど巨大な、光り輝く円盤が上空に出現した。

それを見るなり、魔戒関係者たちは顔をひきつらせた。

「ぼ、“忘却の旋律”・・・マジでか。」

「ここまで大事になったら、出ますよね、そりゃあ・・・。」

「元老院のお偉方も、ようやく重い腰を上げたってところかしラ。」

三者三様に話す中、円盤が徐々にその光を強めていく。

「お嬢様、失礼します。」

マクシミリアンは、手早くおろおろしている楓の耳に耳栓をし、両目をふさぐ。

「え?え?」

「な、何々?」

「どうしたの?」

「おい・・・虎徹?」

「こ、虎徹さん?」

何が何やらさっぱりという様子のヒーローズに、虎徹は済まなさそうに両手を合わせた。

「バニー、みんな、後始末とつじつま合わせ、よろしく。」

ボヒュッ。

円盤から閃光と轟音がとどろき、一同の意識はそこで途切れた。

 

* * *

 

1ヵ月後。

シュテルンビルト郊外にある空港行きのリムジンバス乗り場の前に、バーナビーと虎徹はいた。

バーナビーはトレードマークの真紅のライダースジャケットに大きなスーツケースを傍らに置き、虎徹は真白の魔法衣にハンチング帽をかぶっている。(魔法衣は修復済みらしく、新品のように傷一つなかった。)

「本当に驚いたんですよ、」

バーナビーが口を開いた。すねているとも苦笑しているとも取れる口調で、表情は穏やかだった。

「目が覚めたらあなたや先輩たちはいないし、そもそもあなたの指名手配情報が丸ごと消えてたんですから。」

「あー、そのことは苦労させたな。

 ほんとに悪かった。」

苦笑交じりに頭を下げる虎徹に、バーナビーは「ええ。」と肩をすくめる。

「しかも、人の記憶だけならまだしも、新聞やネットまで消されてましたよ。あなたの指名手配に関する記事の部分だけ真っ白な新聞を見たときは頭の中まで真っ白になりましたよ。」

『元老院の誇る最大の隠ぺい工作機“忘却の旋律”は、発動すれば指定事象に関する記録と記憶の双方を丸ごと消しちまうからな。対象外になるのは、魔戒関係者とその身内、そして魔戒関係者が自分で素性を明かした者のみだからな。』

ザルバの補足に、虎徹はうなずいた。

つまり、虎徹が指名手配されたこと、暗黒魔戒騎士と空中デスマッチした挙句、光矢流星で仕留めたことはすべてなかったことにされたのだ。

「アニエスが発狂状態で電話かけてきたからなー・・・。」

「マーベリックもフォローしてくれなかったら、もっと大変なことになってましたよ。」

バーナビーの言葉に虎徹は彼を見つめた。

家族のように大切な乳母は彼岸の彼方へ、そして養父は冷たい格子の中。

バーナビーが、その命と引き換えに失ったものは、決して小さくない。

「正直、まだマーベリックのことは複雑です。」

ぽつりとバーナビーは言った。

「あの後、町中の人々の記憶の空白を自分の能力の暴走のせいだとして、あなたや先輩のことを守ってくれても。サマンサ殺しの罪をもかぶってくれても。

 僕を、守るためだったとしても。」

まだ、許せそうにない。

虎徹は沈んだ表情のバーナビーの頭をいたわるようにそっと撫でた。

「大丈夫ですよ。

 僕は独りじゃありません。あなたがそうであるように。」

その手をやさしくどけて、バーナビーは言った。

「それに、ここでへこんでいては、これからの旅が大変ですから。」

 

バーナビーはヒーローを辞めた。

もともと復讐のためのヒーローだったが、ジェイク戦後、虎徹とともに街を守り、マーベリックに恩を返すために続けていた。

しかし、マーベリックが捕まり、虎徹がシュテルンビルトを離れることでヒーローを続ける動機をも消失してしまったのだ。

虎徹は、呪いが解けて命が助かっても、約束は約束だからと、楓(彼女は学校があるので、年が明けてからすぐにオリエンタルに戻った。虎徹は事後処理などのためシュテルンビルトに留まらざるをえなかったのだ。)との約束を守り、管轄守護を辞した。

ついでに、能力の方はいまだ減退中である。

ちなみに、マーベリックによって消去されたパーソナルデータは削除されたままだったが、司法局に申請すれば、職員たちは不思議がりながらも急ピッチで復旧してくれた。

 

「世界を、見てこようと思います。

 いろいろ見て、勉強してきます。」

「そうか。気をつけてな。」

笑いかけた虎徹に、バーナビーは頷いて尋ねた。

「あなたはオリエンタルタウンに戻るんですよね?」

「ああ。いい機会だから後継も育ててみようと思うしな。」

いい人材がいれば、だが。

続く言葉は心のうちでつぶやき、虎徹は笑う。

「オリエンタルに来たら連絡よこせ。うちに招待してやるよ。」

「行く機会があれば、そうします。」

頷いたバーナビーは、ここで改まった様子で深々と頭を下げた。

「いろいろありがとうございました。」

「よせよ!なんか照れるじゃねえか!」

ぎくしゃくとあわてる虎徹に、バーナビーはくすっと笑みをこぼした。

『元気でな、兎坊や。』

「次に会うときには、兎坊やなんて呼ばせませんからね、ザルバ。」

『ハン。期待せずに待っとくぜ。』

魔導輪が軽口をたたいたところで、虎徹が思い出したように声を張り上げた。

「おお、そうだ!」

ごそごそと虎徹が懐から取り出したのは。

「あ・・・。」

渡されたのは、あのピンズだった。

「拾ってくれたんですね・・・。」

「せっかくのおそろいだからな。」

にっと笑って自分の分のピンズを見せる虎徹に、バーナビーは微笑を返してピンズを眺めてから、そっとポケットにしまった。

「それから、こっちは餞別な!」

「何ですか?これ。」

渡された平べったい長方形の包みに、バーナビーは目を瞬かせた。

「ほら、だいぶ前に、お気に入りの絵本があったって言ってたろ?」

「え・・・これ・・・?」

虎徹の言葉に、バーナビーは包みをまじまじと見た。

「わざわざ探してくれたんですか?」

「おう!・・・と言いたいとこだけど。」

と、虎徹はいたずらが見つかった子供のように頬を描きながら白状した。

「実はそれ、うちの倉庫にあったんだわ。日本語のやつも一緒に。」

「日本語の?」

「もともとその本、日本で出版されたやつを英訳してこっちに持ち込んだ人がいるらしいんだ。ちなみに、本の中のモデルは俺のご先祖様な。」

『ああ、俺様の最初のパートナーらしいな。』

「覚えてないんですか?」

『さてね。忘れちまったよ。』

尋ねたバーナビーに、ザルバはしれっと答えた。

「あ、開けるのはバスの中か飛行機の中にしとけよ。」

「・・・わかりました。」

包み紙を抱え直し、バーナビーはうなずいた。

そこでようやく。

「あ・・・。」

「どうした?」

「思い、出したんです。」

包み紙を見て、バーナビーは失われていた最後の記憶の断片を思い出した。

「この絵本、ラストが白紙なんですけど、母が言ってたんです。騎士の未来と同じように、僕の未来も決まってない、この絵本のページのように、僕が自分で描いていくんだって。

 その言葉の、続きです。」

『きっと幸せになったはずよね。正宗さん。』

母は、そう言っていた。

「きっと僕の母は、あなたのお父さんに助けられたことがあると思うんです。僕が、あなたにそうされたように。」

「マジでか。」

微笑んでいったバーナビーに、虎徹は改めて自分とバーナビーの奇縁を認識して苦笑した。

離れていても、繋がっている。

改めて、それを確かめた。

「お元気で。」

スッとバーナビーが握手を求めて右手を差し出した。

「お前もな。ちゃんと飯食って、いろいろ見てこい、バニー。」

その手を握り返し、虎徹は笑い返した。

そうして彼はふと腕時計に目をやり。

「だっ?!列車の時間がヤべえ?!

 じゃーな、バニー!」

顔をひきつらせ、白いコートを翻して駆け出した。

その後ろ姿を穏やかに見つめ、バーナビーはぽつりと言った。

「ありがとう、牙狼。あなたに会えて、本当によかった。」

やがて到着したバスに、バーナビーはスーツケースを持って乗り込んだ。

席に身を沈めながら包み紙を取り去り、絵本をめくり始める。

黄金騎士が黒い魔物を次々と倒していく。

やがてボロボロになった黄金騎士が光の扉を抜けて。

最後のページをめくり、バーナビーは手を止めた。

白紙のはずのページに描かれたそれに、バーナビーは笑みを浮かべながら、長い金のまつげを涙で濡らした。

「本当に、お節介な人だ・・・。」

 

「なー、ザルバ。バニーの奴、最後のページ見たかな?」

『多分今頃、見たんじゃないか?』

オリエンタルタウン行きの列車に揺られながら、魔戒騎士は魔導輪とのんびり会話していた。

「バニーの奴、どんな反応してるかな?驚いてくれたらサプライズ成功!ってところなんだけどな・・・。」

『さあな。案外泣いてたりしてな?』

「まさか。」

ザルバのからかいに、虎徹はそんな言葉を返した。

 

* * *

 

アポロンメディアCEO、アルバート=マーベリックの不祥事が表ざたになった事件――通称、マーベリックスキャンダルから1年後。

ND1979年12月25日。

星座の名を冠する不夜都市は、何一つ変わらずに海を臨む河口に、その輝く街並みを横たえていた。夜である。

分厚い漆黒の雲に覆われた空は、前日降り続いていた雪は止んでいた。

 

ブルーローズの新曲が騒がれる中、とある書店でカリーナ=ライルは一冊の本を手に取っていた。タイトルは『バツイチ子持ちをおとす百の方法』。

 

キース=グッドマンはソウルメイトであるジョンのリードを引きながら、散歩コースとしている公園を駆けていた。

いつかベンチに座っていた女性に恥じないよう、自分は元気だよ、もう大丈夫だよ、とアピールするかのように。

 

とある静かなバーでグラスを傾けるアントニオ=ロペスは、「ギュウ?!」と飛び上がりそうになった。隣に座って一緒に飲んでいたネイサン=シーモアにお尻を撫でられて。

 

ホアン=パオリンはかわいらしいワンピースを身につけ、恥ずかしそうにしながらも笑いかけた。ミルクティー色の髪には、両親から贈られた大切な紫苑のヘアピンが飾られている。

 

イワン=カレリンは黒コート姿で獄中の親友に会いに行っていた。最近相撲にはまり出したらしく、関連雑誌を見せてにこにこと笑っている。

『イワン。そろそろ。』

「もうそんな時間?」

口をはさんだシルヴァにいって、イワンは雑誌をしまって椅子から立ち上がった。

「それでは!ごっつぁんです!」

――この子はどこへ行くのかしら?

――イワン、お前はどこへ行く気だ?

ひそかに魔導具と親友がそう懸念する中、イワンは颯爽とコートを翻し、歩き出した。

暗黒騎士を撃破しても、カナンを打倒しても、夜闇を跳梁跋扈する怪物たちは、相変わらずシュテルンビルトにはびこっていた。

 

* * *

 

「久しぶりです、お父さん、お母さん・・・。」

河をはさんでシュテルンビルトの輝く街並みを臨む、静かな共同墓地。

除雪の済んだシュテルンビルトとは対照的に白に覆われ、バーナビーは一人、花束を抱えてそこにいた。

「あちこち行ってみました。でも、やっぱり僕はこの街がいいみたいなんです。」

言ってバーナビーは墓石に積もった雪を払い、花束を置いた。

ふと、墓石に刻まれた両親の誕生日に気が付く。

「あ・・・。」

ポケットから旅の間持ち歩いていた両親の写真を取り出した。

赤ん坊の自分も一緒に移っているその写真の端には、自分の誕生日と、生誕時の体重が書き込まれている。

それは、退社間際に斉藤から教えてもらった、あのアンドロイドのセーフティに設定されていたパスコードだった。

――僕は両親から愛されていた。でも・・・。

二人は、もういない。いなくなってしまった。

「お父さんとお母さんに会いたい。」

ぽつりとバーナビーはつぶやいた。

声に出せば、自然と欲求は高まる。

「虎徹さんや、みんなに、会いたい・・・。」

涙声でバーナビーはつぶやいた。

この二十六年の人生で、一番輝いていたのは、つらく苦しいことも多かったが、ヒーローをしていた時だと、やっとわかった。

あの人とかかわってホラーに狙われることになっても、会いたい。

自分の思考に沈むバーナビーは気が付かない。

墓石の影からずるりと這い出た鉤爪を生やした異形が、音もなく、バーナビーに忍び寄り。

ボシュッ!

次の瞬間、バーナビーの左側から放たれた桜色の光弾の直撃を受けて砂と化して消えた。

ハッとバーナビーがそちらを振り返ろうとして。

ドゲッ!

「ぶふっ?!」

「あー!もう、鬱陶しイィィィィ!」

銀髪を髷にして、いくつか簪を挿したセシリーが、背後から若者の腰に蹴りを入れて、バーナビーを雪の中に突き倒した。

「こんな真夜中ニ!墓場で一人でめそめそウジウジしないでくれル?!

 それとも、あんたホラーになりたいノ?!」

「そんなわけないでしょう?!」

びしっと魔戒筆の穂先を突き付けて怒鳴るセシリーに、立ち上がってバーナビーはとっさに怒鳴った。

「じゃあ、さっさとあっち行きなさいヨ!あっチ!」

怒鳴ってセシリーはシュテルンビルトを指さした。

「で、でも・・・。」

バーナビーは言葉に詰まり、うつむいた。

あそこに戻ったって、一番会いたいお節介な魔戒騎士はいないのだ。

「面倒くさい坊やネ。1年前から全然変わってないじゃなイ。」

鼻で笑ってセシリーは、バーナビーを覗き込むように見上げる。

「あたしもこれでもお節介な方なノ。だから、あんたにいいこと教えてあげるワ。

 この話を聞いてどうするも、あんたの自由。勝手になさイ。」

言って、セシリーは己の知ることを若者に告げた。

 

「行ったか?」

「えエ。面倒くさい坊やよネ。あれで二十とっくに過ぎてるなんてネ。」

バーナビーが立ち去ってから墓地に踏み込んできた男の問いに、セシリーは振り向きもせずに肩をすくめて答えた。

男は、青い狩衣のようなコートを纏い、ウェーブのかかった銀髪を垂らしていた。

男の名はユーリ=ペトロフ。セシリーの呼びかけで、ルナティックを廃業する代わり、法術を学んでいる魔戒法師の卵である。

「さて、仕事に邪魔な兎ちゃんは行ったし、そろそろ取り掛かりまショ。」

シャランと簪を揺らして、セシリーは言った。

頷いて、ユーリは片手に持っていた奇妙なハンドルのついたアタッシュケースを地面におろし、魔戒筆を構える。

墓石の影から次々と素体ホラーが這い出てくる素体ホラーたちに、セシリーは魔導旗を構え、ユーリはアタッシュケースに魔導力を贈る。

ガシャンッカシャカシャカシャシャッ!

『ギャァ。』

アタッシュケースが変形していき、二本脚の機械仕掛けの竜――号竜となる。

かくして魔戒法師二名(一名は見習いだが)による、ホラー退治が始まった。

 

* * *

 

ジリリリリンッ。

明日のお茶うけに煎餅を作っていたマクシミリアン=倉橋は、エプロンを取り、黒電話の受話器を持ち上げた。

「はい。鏑木でございます。」

『マクシミリアンさん?お父さんいる?』

「これは楓お嬢様。ご連絡ありがとうございます。しかしながら旦那様はただいま出かけておいでです。」

『また、ホラー退治?』

「はい。」

頷いた執事に、楓は残念そうに『そっか・・・。』と言った。

「お嬢様からお電話があったことはお伝えしておきます。」

『ありがとう。

 ・・・あのね、マクシミリアンさん。』

「はい?なんでございましょう?」

『私も、魔戒法師の修行、受けなくちゃダメ、なのかな?』

楓の声が不安そうに陰る。

「・・・誰かにそのように言われたのですか?」

『ううん。前にセシリーさんにちらっと言われただけなの。はっきりそうしろと言われたわけじゃないの。・・・それにね、この間個人懇談で、進学の話が出てね。オリエンタルタウン〈こっち〉の中学校より、ヒーローアカデミーの中等部の方がいいんじゃないかって言われて。でも、そうしたら仲のいい友達とは離れ離れになるし・・・どうすればいいか、わかんなくて。』

楓が電話してきた理由を察し、マクシミリアンは軽く眉をひそめる。こういう時こそ、虎徹が必要なのに。本当にタイミングの悪い。

「将来が、不安なのですね。」

『うん・・・。』

「お嬢様。私の立場からはこれだけは申し上げることができます。」

ここで執事は言葉を切ると、本当に真摯な様子で言葉を紡いだ。

「旦那様は、あなた様がどんな選択をなさっても、きっと味方してくださいますよ。そして、私もあなたの味方です。」

『・・・うん。ありがとう。』

楓の言葉に、明るさが戻った。

『まだ時間はあるし、じっくり考えてみる。ありがとう、マクシミリアンさん。』

「お役に立てたなら、光栄です。焦らず、じっくりご熟考なさってください。お嬢様。」

微笑んでマクシミリアンは楓が電話を置くのを待ってから、受話器を置いた。

 

* * *

 

今日はクリスマス。

なのに、先ほどまでシルバーステージの学習塾で勉強漬けだった子供たちは、ようやく一息つきながらも家路についていた。

クリスマスまで勉強とか、マジありえない。

ともあれ、ようやく自由の身となった解放感から、十人ほどの子供たちはわいわい騒ぎながら、家路をたどっていた。

この塾は少々手狭な路地裏にあり、自家用車が入ってこれないという難点がある。そのため、子供たちは自分で車が止められそうな大通りに向かわなければならない。

一応防犯ブザーをはじめとした防犯グッズは持ち合わせているし、不審人物には近寄らないよう言い含められていた。

しかし、この日はクリスマスということでだれもが浮かれていたに違いない。(ついでに明日から塾も冬季休業に入ることも災いしていただろう。)

路地裏の片隅にいた、真紅の服の白髭男――いわゆるサンタコスチュームの男に話しかけられて普通に相手してしまったのだから。

「メリークリスマス!プレゼントだよ!」

担いだ白い袋から取り出したリボンのかかった箱を一人につき一つ渡され、「小せえ!」だの「ダサッ!」だのと文句を言いながらも、受け取ってしまった時だった。

突如脇から伸びた小麦色の手が、子供たちのうちの一人からリボンのかかった箱を持ち上げ奪い取った。

「おいおい、知らない人から物をもらっちゃいけないって言われなかったか?」

手の持ち主は、背の高い男だった。黒髪を肩で切りそろえた、独特の髭の男は、白いコートに黒いレザー服を纏って、ツートンカラーのハンチング帽をかぶった独特のスタイルの持ち主だ。

年の頃は・・・髭のせいで30代ほどに見えるが、それがなかったら20代でも通じそうだ。

「何だよ、おっさん!返せよ!」

プレゼントを奪われた子供が文句を言ったが、男は相手にせずに、コートのポケットから取り出した銀色のライターでプレゼントに火をつけようとした。(不気味なことに、その火はテラテラと光る金緑色だった。)

瞬間。

『シャアアアアアアッ!』

突如プレゼントの箱に切れ込みが走り、ギザギザの牙のついた巨大な口をバックリと開いて、男の首をかみちぎろうとした。

口が開かれたと同時に、その箱を遠くに投げ飛ばしてなかったが、今頃男は頸動脈からの出血多量でこの世とおさらばしていたに違いない。

「う、うわああああああ?!」

「きゃああああああ!!」

「ぎゃああああああ?!」

悲鳴を上げて子供たちはいっせいにプレゼントを放り出して逃げだした。

『『『『シャアアアアアアッ!』』』』

地面に落ちたリボンがけの箱は同じように巨大な口を開いて、子供たちを追いかけようと宙に浮き上がる。

バヂバヂバヂィィンッ!

しかし、次の瞬間、箱の群れはガラスにぶつかったように透明な壁に弾かれる。

狭い路地の壁に貼られた界符――そこから展開された防御用の結界により、逃げた子供たちの後を追えないのだ。

「残念。子供は帰って寝る時間なんでね。」

「白いコートに、丹塗りの鞘の退魔の剣。魔戒騎士だと?」

にっと笑ってコートから丹塗りの鞘の退魔の剣を取り出して言った男に、サンタ姿の男は毒づいた。

「それに、」

スラリと鞘から直刃の刃を抜いて、男――虎徹は不敵に笑う。

「ここから先はR指定だ。ホラー“ロクンサタス”。」

 

今日も今日とて、現金輸送車を襲った強盗犯を確保し、ヒーローズは一息ついていた。

本日のMVPに輝いたスカイハイのインタビューも終わり、これから引き上げようという時だった。

『シャアアアアアッ!』

ビルの上から跳びこんできた、漆黒の鱗に鉤爪を持つ異形が、思わずかたまったヒーローたち目がけて爪牙を向けようとした時だった。

「ツアアッ!」

ザンッ!

銀の閃きが、異形を斬り裂き砂と変えた。

スタッガシャンッ。

着地ざまに、銀の鎧を解除して、イワンは「フウッ。」と一息ついた。

「折紙さん!」

「イワン!」

「やあ折紙君!」

「元気だったか?」

「ちょっと背が伸びたんじゃない?」

銘々言葉をかけるヒーローたちに、イワンは礼儀正しく頭を下げた。

「お久しぶりです、みなさん。」

「ねえ、その・・・タイガーは?元気にしてる?」

おずおずと尋ねたのはブルーローズだ。

「あの・・・連絡ないのですか?」

思わずイワンは呆気にとられた表情で聞き返した。

「全然。」

「あの野郎、あれからメールの一つもよこさねえんだよ。」

「さみしい、そしてさみしい。」

「やっぱり、ボクたちが忘れたこと、怒ってるのかな・・・?」

しょんぼりとドラゴンキッドが言った。

それはない。即行でイワンとシルヴァは思った。

「あ・・・タイガーさん、サバックのゴタゴタのあと四皇ホラー討伐の旅に出てたから、それで連絡できなかったのかもしれませんね。」

「四皇ホラー討伐の旅?」

訊き返したファイヤーエンブレムに、イワンはうなずいた。

「元老院直々の指令でしたし、その後は元老院付きになってますます忙しくなられたようでしたし。」

『まあ、彼のような腕の魔戒騎士をおとなしくフリーにしとくほど、元老院は落ちぶれてないわ。』

聞き捨てならないことを言ったイワンとシルヴァに、ヒーローたちはいっせいに硬直した。

「元老院付き?」

『ええ。単純に言うなら、出世、という所ね。』

しれっとシルヴァは言った。

 

* * *

 

「そう言えば、一つ聞きたかったのだが。」

「何?」

素体ホラーの軍勢を蹴散らし、墓場から退散したセシリーとユーリは歩きながら会話していた。

「なぜ、牙狼は虎なのに狼の名がつくのだ?どうにも解せぬ。」

「ああ、そういうこト。」

ユーリの問いに、セシリーは答えた。

「大昔はね、ちゃんと牙狼の鎧も狼を模してたのヨ?

 でも何代か前の牙狼のときに鎧が壊れちゃったらしいのヨ。」

「は?」

思わずユーリは訊き返した。

「・・・魔戒騎士の鎧とはそう簡単に壊れるものなのか?」

「そんなわけないでショ?詳しい記録とか知らないし、事情とかも知らないから確かなことは言えないんだけど、とにかく壊れたらしいのヨ。」

ここでセシリーは言葉を切ると視線をさまよわせた。

「んで、当時の魔戒法師が総がかりで修復したんだけど、何をどうしたか今の形になったらしいのヨ。どっちかっていうと虎っぽい形にネ。偶然らしいけド。」

「・・・なるほどな。」

頷いてユーリは歩を進めた。

「あ、そうそウ。帰ったら、秘薬調合のテストするからネ。」

「?!」

見習い魔戒法師の将来に幸あれ。

 

* * *

 

ホラー“ロクンサタス”は、真っ赤な鱗に覆われた巨体(恐怖映画に出てきそうな悪趣味極まりないサンタを連想させるモンスターだった。)を揺らして、プレゼント状の攻撃端末(例の巨大な口つきリボンがけの箱)を次々放ってきたが、片っ端から虎徹に斬られる。

挙句、虎徹が魔戒騎士の最高位、黄金騎士と知るや、逃走に打って出た。

ホラーの間でも、虎徹が元老院付きに出世したのは有名らしく、まずかなわないと悟ったらしい。

しかし、虎徹に逃がす気はない。

特にこんな、こどもの夢をぶち壊すような悪趣味極まりないホラーなど、即行で倒しておきたい。

能力を発動し、スピードを上げ、あっという間に追いつく。

減退し続けていた能力は、一分を残して、とどまってくれた。五分から一分に縮まったのであっても、十分だ。

能力が切れたところで、黄金の鎧を召喚し、身に纏う。

ボウウゴウワッ!

斬ッ!

金色の騎士は、最後の抵抗とばかりに腹の真ん中の巨大な口で噛みついてきたホラーを、烈火炎装で斬り捨てた。

ホラーが砂と化して消えたところで、虎徹は鎧を解除して地面に降り立った。

ホラーが逃げ回ってくれたせいで、どこかの建物の屋上だ。

足元はガラス張りの天窓となっている。

「終了!」

ネコのように伸びをして、虎徹は笑った。

『悪趣味なホラーもいたもんだな。』

「まったくな。子供を餌にするなんて、ムカつく限りだぜ。」

定位置の左中指に納まっているザルバの言葉に頷いて、虎徹は帰ろうと一歩踏み出した。

瞬間。

ミシッ。

足元のガラスが、いやな音を立ててきしんだ。

「ゑ?」

思わず虎徹が呻いた直後。

パリィィィンッ!

瞬時にガラスが砕け、魔戒騎士はまっさかさまに転落した。

「んなあああ?!」

能力は先ほど使い、ワイヤーをひっかけられる場所もない。

万事休す。来たるべき衝撃に備え、虎徹が覚悟を決めた時だった。

「何やってるんですか、虎徹さん。」

ぼふんっと彼は抱き留められた。

真紅と白のコントラストのヒーロースーツを纏った若者に。背中とひざ下に腕を入れられた、いわゆる、お姫様抱っこポーズで。

ズガアッシャンッ!

天窓の真下に展示してあった高級自動車を着地の衝撃でスクラップにし、彼は虎徹を下すとフェイスガードを跳ね上げた。

「バニー!」

「お久しぶりです。」

エメラルドの双眸に穏やかな光を宿し、バーナビーは白皙の美貌に笑みを浮かべる。

「なんでここに?!」

「あなたの幼馴染の女性から聞いたんです。

 ひどいじゃないですか。シュテルンビルトに戻ってきたなら、一言くらい言ってくださいよ。

 あなたが復帰したなら、僕もヒーローに復帰したっていいじゃないですか。」

驚く虎徹に、バーナビーは両手を腰に当てて文句を言った。

「いや、正確には、戻ってきたってわけじゃねえんだけど・・・。」

「なんでですか。あなたここにいるでしょう?」

ごにょごにょという虎徹を、バーナビーは隠し事は許さないとばかりに睨みつけた。

『虎徹は出世したのさ。その辺の管轄守護じゃない。元老院付きにな。』

「まあ、そうなんだけどな。だから正確にシュテルンビルトに戻ってきたっつーわけじゃねえんだよ。」

ごにょごにょと決まり悪そうにしている虎徹に、ザルバが再び茶々を入れた。

『何言ってんだ、“戻ってきた”というのはあながち間違いじゃねえだろ。何しろお前はシュテルンビルトでの活動時期が長いんだ。この近辺の指令には、まず駆り出されるようになるだろうから、やっぱりこの辺にいるようにしてるんだろ。虎徹。』

「・・・それにしても、楓ちゃんはいいんですか?傍にいるためにわざわざ管轄付きを辞めたんでしょう?」

『その楓嬢ちゃんにケツを叩かれたのさ。なあ、虎徹。』

「うっせ。“家でゴロゴロしてるお父さん、カッコ悪い”って言われて、挙句、元老院付きになれって辞令にどうしようか迷ってたら、“ウジウジしてるお父さん情けない”ときたら、やるしかねえだろ?」

半ばやけくそ気味に、しかしどこか嬉しそうに答えた虎徹に、バーナビーはほっとしたような笑みを浮かべた。

ああ、この人は変わってない。

「じゃあ、僕が復帰しない理由はないですよ。」

大切な人と一緒に生きたい。

この人がこの街の闇を守るなら、自分は光を守る。

そのために、バーナビーは再び、ヒーローになる。

「じゃあ、バニー。悪いけど、この車の後始末、よろしくな。」

「はあ?!」

思わずバーナビーは虎徹を見た。魔戒騎士はいたずらっ子のように笑っている。

「ちょっと!これは虎徹さんのせいでしょう!たまには虎徹さんが何とかしたらどうです?!

 復帰早々に高級自動車壊したなんて、元KOHとしてカッコが付きませんよ!」

「バニーならバーニア使って別んとこ着地すりゃよかったじゃねえか。ということでこれはバニーの責任だぜ、ヒーロー。」

「窓割ったのは虎徹さんじゃないですか!助けた人間にそういうこと言うのってどうなんですか?!」

「だッ!あれだ、フカダキョーコだっつーの!」

「不可抗力ですか?!どうすればあんな所から落ちてくるんですか?!」

『おい、二人とも。』

ぎゃんぎゃんと口げんかする二人に、ここでザルバが口をはさんだ。

『喧嘩するのは結構だが、囲まれてるってわかってやってるんだろうな?』

『『『『『シャアアアアアアッ!』』』』』

ザルバの言葉に、周囲を見回す虎徹とバーナビー。

無人の自動車展示場の中は、どこから湧いて出たか、十数匹ほどの素体ホラーが二人に迫ってきている。

「相変わらず吸引体質だねえ、バニーちゃんは。」

「シュテルンビルトだからですよ。旅をしていた間はホラーなんて一切見かけませんでしたよ?」

コートから退魔の剣を取り出す虎徹に、バーナビーはむっつり言いながら、フェイスガードを下して身構える。

「サポートは任せてください、虎徹さん。」

「頼むぜ、ヒーロー。」

言って虎徹は退魔の剣を丹塗りの鞘から抜剣し、白銀の切っ先を素体ホラーたちに向け、不敵にほほ笑んだ。

「さあて、ホラー狩りの時間だ!

 ワイルドに吠えるぜ!」

 

 

#26END

GARO & BUNNY ALL EPISODE END

 

 

【原作】

『牙狼〈GARO〉』

『TIGER & BUNNY』

 

【シナリオ】

亜希羅

 

【文章】

亜希羅

 

【キャスト】

黄金騎士“牙狼〈ガロ〉”:鏑木・T・虎徹

バーナビー=ブルックスJr

銀牙騎士“絶狼〈ゼロ〉”:イワン=カレリン

鏑木楓

ブルーローズ:カリーナ=ライル

ロックバイソン:アントニオ=ロペス

ファイアーエンブレム:ネイサン=シーモア

スカイハイ:キース=グッドマン

ドラゴンキッド:黄宝鈴〈ホアン=パオリン〉

アニエス=ジュベール

マクシミリアン=倉橋

セシリアル=クルシェフスキー

藤林静流

ベン=ジャックソン

斉藤

アルバート=マーベリック

ルナティック:ユーリ=ペトロフ

 

暗黒騎士“呀〈キバ〉”:友切(冴島鬼切)

布道ラムダ

 

冴島正宗

鏑木友恵

 

【スペシャルサンクス】

感想を送ってくださった皆様

ここまで閲覧してくださった皆様

 

原作となる二つの作品を愛している皆様

 

【そして】

ここまで閲覧してくださった皆様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーナビー=ブルックスJrのヒーロー復帰のニュースがシュテルンビルトを騒がせた夜のことだった。

少年は小遣いを持って近くの雑貨屋に繰り出していた。

「おじさん!バーナビーのカード、ちょうだい!」

「あいよ。ちょっと待ってな。さっきので店頭のは売切れちまったから、新しいのを出すからな。」

雑貨屋の店主がそう言って、倉庫に向かう中、少年はポケットから勘定用の紙幣を取り出した。

その時だった。

強く吹いた風が、少年の手から紙幣をさらった。

「あ!待て!」

あわてて駆け出した少年は、水たまりに落ちた1シュテルンビルト札に向かった。

水にぬれたことで、紙幣の中央に施された透かしがくっきりと浮かび上がる。己の尾を咥え、剣に刺し貫かれる、蛇の紋章が。

しかし、少年が紙幣を拾うより早く、黒い皮手袋に覆われた手が、紙幣を拾い上げた。

「あ!返してよ!それ、僕んだよ!」

少年が文句を言ったのは、黒いマントにフードを深々とかぶった、怪しげな影だった。

ヒュパッ。

ところが、黒マントは塗れた紙幣を持つのとは、反対の手から真新しい1シュテルンビルト札を取り出し、少年に渡した。

「え・・・あ、ありがとう。」

見た目は怪しいが、意外といい人なのかもしれない。

そう思いながら、少年は雑貨屋に取って返した。

黒いマントの男は、しばし紙幣の真ん中に施された独特の意匠を注視したのち、シュテルンビルトに君臨する摩天楼の群れを見上げた。

ふっとその口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

まるであざ笑うかのように。

 

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