ヘッポコバトルの回です。ドラマの牙狼はあんなにスタイリッシュなのに、私が書くとどうしても偽者くさくなってしまいますね・・・。
少し時を巻き戻そう。
虎徹からの逃亡に成功した“カスト”は、傷が癒えるのを待つべく、身を隠すために帰宅した。
回復力が尋常ならざるホラーでも、魔戒騎士のソウルメタル製の剣に斬られれば無事では済まない。急所こそ外していたものの、斬られたのは顎、このため今晩の“食事”は打ちきりになってしまった。
“カスト”の傷が癒えたのは、夜が明けてからだった。
元の人間の姿に戻ったカストは、夜のうちに家に帰っていたため、新しいスーツを取り出した。今日は会社はないが、なんとなくそんな気分だった。
女上司はカストのことを上に報告していなかったらしく、おかげで辞表は提出せずに済んだ。会社は辞めずに済み、いやな上司はいなくなり、万々歳、といったところだ。
自分は“力”を手に入れた。昨日はおかしな奴――あれがこの街を守護する魔戒騎士か――に襲われたが、あの程度ならどうということはない。次に会ったら今度こそ喰い殺してやる。
いいや、あの魔戒騎士だけじゃない。自分をNEXTだからというだけで区別した人間どもすべて喰い殺してやればいい。何て素晴らしいんだ!
“人間が重んじるべきもの”の縛りから外れたカストは、クローゼットの奥に長くしまわれていたせいで少ししわの入ったスーツを朝の風になびかせながら、そんなことをウキウキと考えていた。
その時だった。
グスグスという泣き声に、“カスト”はついっと振り返った。
そこには、殴られたのだろうか、頬を真っ赤にし、泣き腫らした顔の少年が、路地の片隅で鼻をすすっていた。
くしゃくしゃの茶髪は短く、ややぽってりした体格の少年は、十代に入ったばかりだろうか。
「どうしたんだい?坊や。」
せっかくいい気分だったのに、こうもめそめそされては自分まで落ち込みそうだ。
迷惑半分、後はわずかな憐憫も手伝い、カストは腰をかがめて問いかけた。
「あんたに・・・ック・・・関係ないだろ・・・!」
涙でぬれた頬をぬぐいながら少年が顔を上げた。
ボロボロと涙をこぼす少年に、カストは辛抱強く問いかけた。
あるいは、少年が放つ負の感情に、カストと同化したモノが強く惹かれたからかもしれない。
「当ててみようか?
坊や、NEXTなんじゃないかな?」
途端に少年はビクンと肩を震わせた。
「な・・・何で・・・!」
驚いたような顔をする少年に、カストは苦笑して見せた。
「おじさんも、坊やくらいの年は苦労したからね。
こう見えてNEXTなんだよ?ほぉら。」
キィン。
能力を発動してシアンに染まった双眸を笑みの形にたゆませるカストに、ようやく少年は安心したように笑った。
少年の名はトニーといった。
シュテルンビルトのゴールドステージ、そこでも特に有名な私立の小学校〈エレメンタリースクール〉に通っている。
トニーがNEXT能力に目覚めたのはつい最近のことだった。
出張しがちな父親が、お土産に買ってきた石でできた子犬のキーホルダー。それを指先でつついて遊んでいた時のことだ。
突然指先が青く光ったと思ったら、丸まっていた石の子犬がすっくと立ち上がり、大きく伸びをしたのだ。
あわてて鏡を見ると、茶色のはずの目が青く光っている。
急いで両親にいい、あちこちで調べてもらった結果、トニーは“触れた石像を自在に操れる”能力を発現したと判明した。
最近はNEXTも増えてきたけれど、やはり何があるかわからない。
トニーの両親は問題ないと変わらぬ態度で接してきたが、これによりトニーの周辺は激変した。
特に学校では、これまで親しく話しかけてきた子たちが急によそよそしくなった。
トニー自身も、うまく能力をコントロールすることができず、ふとした拍子に発動してしまうのだ。幸いトニーの能力は石像に触らなければどうということのない能力であるが、発動すれば目の色が変わり体から光が放たれるので、やはり気味悪く思うらしい。
極めつけは、校内でも一番の人気者アイザックの態度だった。彼はNEXTに偏見を持っているらしく、ヒーローのことさえ好いていない様子なのだ。
彼はフィギュアスケートのジュニアスターだ。みんなの人気者であるアイザックが率先して誰かを嫌えば、当然他の者もそれに倣う。
そして今朝。フィギュアスケートの大会に出場するアイザックを、トニーは応援に行った。嫌われていても、トニーは友達だと思っていたし、フィギュアスケートはよくわからないけれど、カッコイイと思うからだ。
ところが、アイザックはそんなトニーに、他の大勢の応援に来たクラスメートの前で言い放ったのだ。「友達でもないのに、やめてよね。NEXTのくせに。気持ち悪い。」と。
トニーがその言葉にどんなに傷ついたか。落胆したか。一言に言い表せるものではない。
茫然とするトニーは取り巻きのクラスメートから殴られ、その場からたたきだされた。
そうして、走って走って。スケート場から離れた路地で、トニーはぐずぐずと泣きだしたのだ。
そんな話を涙ながらひとしきり語り、トニーは再び目に涙をためる。
ギュッと膝の上で固く握った手を一層強く握りしめた。
そんな少年を眺め、カストはポツリと言った。
「・・・どうして仕返ししないんだい?」
「え?」
ハッとした様子でトニーが顔を上げた。
「仕返しすればいいじゃないか!君には“力”がある!
その力で仕返しすれば、誰も君に何も言わなくなる!」
「だ・・・だけど・・・。」
能力を悪いことに使ったらいけないって・・・。
ボソボソとトニーは呻いた。
トニーのあこがれのヒーロー、スカイハイはいつも言っていた。ヒーローだけじゃなく、NEXTはその能力は正しいことに使うべきだと。
「じゃあ、これからずっといじめられていくのかい?」
囁くようにカストが尋ねた。
ハッとトニーが顔を上げた。
「これからも“気持ち悪い”って言われて、一緒に遊ぶ友達もいなくなって、ずっと一人で生きていくのかい?NEXTというだけで!
他にもNEXTはたくさんいるのに!」
蜘蛛が獲物を保存するために吐きつける糸のように、カストの言葉は毒をもって迷える少年を絡み取っていく。
「おじさんもね。この間会社の偉い人にNEXTだっていうだけでいじめられたんだ。
だからね、一杯悩んだけど、仕返ししたんだよ。」
「・・・どう、なったの?」
恐る恐るといった様子で、震える声でトニーは尋ねた。
「会社の人達は、おじさんのことを認めてくれたよ。
もうおじさんのことをいじめる奴らはいなくなったんだ。」
なにしろ、今はおじさんの腹の中だからね。と声に出さずにカストは笑う。
「・・・僕にも、できるかな?」
「できるさ。
何ならおじさんが手伝ってあげよう!」
何かを決めた様子で頬をぬぐったトニー少年に、カストは力強く頷いて見せた。
「ほんとに!?
ありがとう!おじさん!」
「いいや。困った時はお互い様だよ。」
カストはにっこりと笑った。
「まずは坊やの能力にちょうど良さそうな石像を見つけてこないとね。
・・・ああ!あれなんてどうかな?大きさといい、申し分ないはずだ!」
「どれどれ?
わあ!ほんとだ!あれならいいや!」
カストが指さしたのは、ビルの一部としてはめ込まれたような赤銅色の巨像だった。
目を輝かせる少年は気がつかない。
カストが食材を見る眼差しで少年を眺めたことを。
それは、養殖にちょうどいい高級魚を手に入れた漁師が、どんな餌を食べさせて太らせようかと思案している様子にも似ていた。
* * *
そして、現在。
バーナビーはとてつもなく面白くなかった。
例のおじさんに邪魔されて(※あくまでバーナビーの観点です。)、蓑虫状態になってしまい、折角の一番乗りが無駄になってしまった。
当のおじさんは何やらヒーローの一人と知り合いらしく、しゃべるだけしゃべったらさっさとどこかへ行ってしまった。
――確かロックバイソン先輩と知り合いのようだったな・・・。
どういうことか、後であのロートルヒーローにきっちりと訊かねば。
バーナビーがついついロックバイソンと虎徹のやり取りに気をとられているうちに、事件は新たな進展を見せる。
スカイハイがさっさと空中高くに舞い上がり、能力を使って犯人の少年を空中に浮き上げたのだ。
とある目的から注目を浴びねばならないバーナビーは、悔しさのあまり歯噛みした。これでポイントはスカイハイにもっていかれてしまう。
しかし。
「大丈夫か!坊や!」
突如現れた少し寄れたスーツ姿の赤毛の中年が、スカイハイを殴り倒し、折角確保した少年を抱きかかえ、脇のビルに飛び移ってしまったのだ。
「くっ・・・しまった・・・!
そして油断してしまった・・・。」
悔しそうな声を出すスカイハイ。
ヒーロースーツの装甲越しに殴られたため、大したダメージは受けていないらしく、せいぜい空中で少し姿勢を崩しただけで、それもすぐに整えられる程度のものだった。
しかし、バーナビーは内心ガッツポーズをした。
よし!これでまだ自分が挽回できるチャンスが現れたということだ!
「斎藤さん!彼らを追跡〈トレース〉してください!」
『もう既にやっているよ!』
スーツに内蔵された通信機越しにアポロンメディア所有のトランスポーターに通信を入れると、優秀なメカニックがキヒッという特有の笑いとともに言った。
まだ発動中のハンドレッドパワーを頼りに、バーナビーは逃げた標的を追うべく走り始めた。
「あの方向・・・!
まずいぞ!」
ロックバイソンは犯人の逃走方向を確認してギョッとしたような声を出した。
「タイガーの行った方向ね。
つまるところ、あきらめる気はゼロといったところかしら。」
肩をすくめると、ファイアーエンブレムもマントを翻し、ヒーロースーツと同じく炎の装飾を施された愛車に乗り込む。
「つれってって上げるわ。雄牛ちゃん。
その代わり、今度付き合ってよね。」
ウィンクするファイアーエンブレムに、「すまん!」と言って、ロックバイソンはその車体の後部に掴まった。(彼の大きすぎるヒーロースーツでは車に乗り込むことはできない。)
ガルンッ!
エンジンが唸りを上げて駆け出した。
「こうしてはいられない!
さあ!私たちも急ぐぞ!」
「うん!」
「ええ。」
スカイハイの声に、ドラゴンキッドが元気良く、ブルーローズが控えめに頷いた。
アイススケート場のエントランスは避難する人々でごったがえしだった。
「楓!どこだ!楓~!」
必死にあたりを見回す虎徹に、答える者は誰もいない。
「なあ・・・。」
「あれってさ・・・。」
そんな虎徹をよそに、スケート場の一角で顔を青ざめさせながら、HERO TVのライブ映像を映すケータイを覗き込んでいる少年少女の一団がいた。
彼らは、一瞬映像に映し出された少年の姿を知っていた。
「トニー・・・だよね?」
「オレたちのせい、だよな・・・。」
決まり悪そうな少年少女達に対し、アイザックはフンと鼻を鳴らした。
「何だよ。勝手にキレたのはトニーの方だろ?
僕は悪くない。」
フンと鼻を鳴らして、アイザックは金髪を掻き上げた。
きらびやかなスケート衣装に、避難のためにスケートシューズを脱ぎ、代わりに履いたスニーカーのかかとをトントンと鳴らして、アイザックは続ける。
「どうせヒーローが何とかしてくれるさ。
あいつら、“セーギノミカタ”だからね。」
あからさまに小馬鹿にした調子で言うと、アイザックは立ち上がる。
「逃げよ。付き合うことないさ。」
「どこへ行くんだい?」
踵を返しかけたアイザックの前に、一人の男が立ちはだかった。
少ししわの入ったグレーのスーツに、赤毛の小柄な中年の男。
かけている眼鏡は度が合わないらしく、少し目を細めている。
「何だよ、おじさん。どいてよ。
化け物が騒ぎ起こしてこっちに来るって言うから逃げようって言ってるのにさ。」
つっけんどんにアイザックが言い放つ。
「だそうだ。
聞いたかい?これがこの坊やの本音だよ。
おじさんたちのことを人間と思っていなかったんだとさ。」
ゆるりと男が振り返った。
ズンッ。
バリッガガチャァァァァァンッ!
重い足音がして、エントランスホールに張られていたガラスが割れる。
砕けたガラスを踏みしだいて現れたのは、近くの公園に鎮座している獅子の像だ。青銅色であるその背に、きっとまなじりをつり上げたトニー少年がまたがっていた。
「・・・そんなふうに思ってたんだね。」
「トニー・・・!」
まさか聞かれているとは思ってなかったのだろう。
それまで余裕そのものだったアイザックの表情が初めて青ざめる。
それまでアイザックは取り巻いていた少年少女たちはいっせいに悲鳴を上げて逃げだしたが、トニーは気にも留めなかった。そんな余裕もなかった。積りに積った怒りが腹の中を暴れ回る。
「人のことを化け物扱いしやがって・・・!
絶対許さない!思い知れぇぇぇ!」
トニーの叫びに応えるように、獅子が石の喉を震わせて吠えると、勢い良く飛びかかってきた。
「ぴぎゃあああああああ!!」
アイザック少年は悲鳴を上げて、腰を抜かしたため逃げられない。
「やめろぉぉぉ!」
虎徹が割って入ったのはまさにこの時だった。
両の目を青く光らせ、ファイブミニッツハンドレッドパワーを発動し、拳を振りかぶった。
バッゴォォンッ!
鍛え抜かれたその肉体、さらに百倍に強化されたそれに、石が耐えられるわけがなかった。あっさり砕かれ、トニー少年は虎徹に猫のように襟首を鷲掴みにされる。
「ひっ!」
殴られる!
とっさにそう思ったトニー少年は目を閉じた。
だが。
トスン。
軽い音を立てて、トニーは地面におろされた。
「何でこんなことをしようと思ったんだ?
さっきの話から察するに、いじめって奴か?」
膝をついて同じ目線になった虎徹が、ちらっと後ろを振り返りながら問いかけた。
青ざめたアイザックは腰を抜かして座り込んでいるのが見えた。よほど怖かったらしく、がくがくと震えている。いや、それだけではなかった。その服の股間部分の色が変わり、異臭が鼻をつく。――どう見たところで失禁しているようにしか見えなかった。
「場所を変えるか。
そっちの坊主も着替えて来い。」
苦笑するように虎徹が言った。
「待て!!
って・・・え?」
バーナビーが到着したのはこの時だった。
そして彼の発動中のハンドレッドパワーが時間切れしたのはまさにこの時だった。
「バニーちゃん・・・。
タイミングがいいんだか悪いんだか・・・。」
帽子を押さえて俯くように虎徹が呻いた。
* * *
スケート場の玄関前の広場は避難が完了し、閑散としていた。
その場に残っているのは虎徹の他、バーナビーを始め遅れて駆け付けてきたヒーローたちと、騒ぎを起こしたトニー少年と被害に遭いそうになったアイザック少年である。
カストは虎徹の顔を見るや、急いで身をひるがえし逃げてしまった。
この時、虎徹は目ざとく気がついた。カストの視線が一瞬垂涎もののごちそうを見る目をバーナビーに向けたことに。
ちなみに、近くにはいないが、テレビカメラもあるに違いない。
今さら遅いかもしれないが、顔を晒さないように、虎徹はハンチング帽を脱ぐとトニー少年にかぶせ、代わって自分はポケットからサングラスを取り出した。
バイザーのようなそれは、時折大人数を前にホラー退治をせねばならない際に、虎徹が変装として使用しているものだ。・・・特徴的な髭とスタイルの良さ、加えて白いコートという目立つ格好のせいで、あまり意味がないというのは本人だけ気が付いていない。
『おい、虎徹。』
「・・・わかってる。」
小さく囁いたザルバに、虎徹は静かに頷いた。
昨日の今日でカストの顔を忘れるわけがない。ホラーの存在を感知する魔導輪であるザルバも反応をしているのだ。
――この件が片付いたら、楓を送っていき次第何とかしないとな。
心の中で呟いた虎徹は、ハンチング帽で頭を隠され、険しい顔で地面を睨みつけているトニー少年に向き直った。
「んで、もう一回訊くぞ?
何でこんなことをしようと思ったんだ?」
ひょいっとしゃがんで視線を合わせ、サングラスをずらして琥珀の目を見せながら虎徹は再度尋ねた。
「・・・。」
クシャリっとトニー少年はかぶされたハンチング帽をより深くかぶって沈黙を選ぶ。
「どいてください、おじさん。」
虎徹を押しのけてバーナビーが立つ。
「理由なんて後でいくらでも聞けます。
彼は犯罪者だ。」
バーナビーの冷たい言葉に、トニーはビクンッと肩を震わせた。
「ちょっとハンサム、言い過ぎよ。」
「大人げないわね。」
「言いすぎだよ!」
ヒーローズ女子組(一部自称含む。)に非難されるが、バーナビーは毅然と言い放った。
「こんなところでぐずぐず言ってても仕方ありませんよ。
僕達はヒーローだ。
犯罪者を逮捕する仕事です。」
「ヒーローだからこそ!」
立ち上がった虎徹が険しい眼差しでバーナビーを睨んだ。
「子供の味方をしてやるんだ!
子供の味方のヒーローが!子供を怯えさせてどうするんだ!!」
それは、バーナビーが見た虎徹の姿の中で最も苛烈な部分といってよかっただろう。
ホラーと対峙している凛とした姿とも、普段のふざけているともつかない飄々とした姿とも違う、激しい部分だった。
「ああ、大きな声出して悪かったな。つい、な。」
意外な虎徹の一面を目の当たりにして黙りこんでしまったバーナビーをよそに、あわてて当の本人は腰をかがめ、おずおずと帽子の隙間からこちらを見上げてくる少年に笑いかける。
「ワイルド君。もう一人の子の着替えが終わったよ。」
と、スカイハイが着替えてラフな格好になったアイザック少年を連れてやってきた。
よほど屈辱だったらしく顔を赤くしているが、トニー少年の姿を見るや再び青ざめてスカイハイの陰に隠れた。
「おっと!
ところで、彼は何をそんなに怖がっているんだい?」
「あー、うん。無理ないかな?」
と虎徹は先ほどの状況をかいつまんで説明した。
「まあ、やり過ぎではあるが、自業自得でもあるな。」
ロックバイソンが困った様子で頬を掻きながら言った。
「っ!
僕は悪くない!あいつが勝手に」
「ちょっと!何言ってんのよ!」
逆上気味に叫んだアイザック少年に、ブルーローズが咎めるような声を出す。
ロックバイソンとファイアーエンブレムだけが気がついただろう。
アイザック少年を見つめる虎徹の目が、くだらないものを眺める冷ややかなものであったことに。
「バイソンとファイアーエンブレム。
悪いけど、その子連れて別んとこ行ってくれ。
話が進みそうにないんでね。」
「・・・わかった。」
「そうね。」
虎徹の言葉に頷いて、年長ヒーロー二人はアイザック少年を連れてスケート場を後にする。
この場にいたくもなかったらしい少年は、実にすがすがしい足取りをしていた。
「さてと。」
改めて虎徹はトニー少年に向き直った。
「坊主、自分の能力〈ちから〉、好きか?」
「・・・。」
トニーは答えなかった。
「おじさんは嫌いだったな。おじさんの能力はさっき見たと思うけどバリバリのパワー系。そこのバニーと同じ、ファイブミニッツハンドレッドパワーだ。」
ここでバーナビーはマスクを上げていたため、秀麗な顔立ちを心外そうに虎徹に向けた。
何で自分とこのおじさんの能力が同じなんだと言いたげである。
「坊主くらいの時、おじさんも苦労したな。
能力の制御もうまくできなかったから、玄関の引き戸をふっ飛ばしちまうし、いろんなものを片っ端から壊した。
そのせいで、まあ・・その・・・あんまり好かれてなかったな。」
苦笑が交じるような声で言う虎徹。
「けど、ある日。ヒーローに会った。Mr.レジェンド。最初のヒーローだ。
銀行強盗に巻き込まれた時、命を救ってもらって、言ってくれたんだ。
その力は、人を助けるためにあるって。」
虎徹の声は誇らしげだった。
「それから、この能力のことも、嫌いじゃなくなった。
パワー系に限った話じゃない。
NEXTの能力は使い方次第で、心を救うことだってできるんだ。」
「・・・心を?」
ここでトニーが初めて反応らしい反応を返した。
「ああ。俺の知り合いに手から煙を出す能力者がいるんだけどな。
まあ、そんな能力だから、あんまり好かれてなかった。うっかり発動させようもんなら、煙い煙いってな。
けどな。あいつは結婚したんだぜ。素敵な能力だって嫁さんから褒めてもらってな!」
「どうして?」
「聞いて驚け!
あいつ、プロポーズの時、“I love you”ってメッセージを煙で出したんだぜ!
ロマンチックだろ?」
ここで一息ついた虎徹に代わって、スカイハイが口を開いた。
「それは素晴らしい!そして素敵だ!
でも君のも素晴らしい能力だ!」
「え?」
「大きな石像さえあれば、倒れてきた鉄骨をどかせられる!重いものを持ち上げられる!
人助けに向いている!」
ここでスカイハイは声の調子を至極真面目なものに変えて続けた。
「私の能力は風だ。
今でこそ落ちてくる人たちを受け止めたり、私自身が空を飛ぶことに使っている。
でも、使い方を間違えたら、街をめちゃくちゃに荒らすことだってできる。」
最後の下りで声の調子が沈み気味になった。
それだけでトニーは、スカイハイが過去に能力の制御に失敗したことがあり、自身の能力を好いていなかったことを悟った。
「・・・ごめんなさい。
僕・・・アイザックに“NEXTなんて友達じゃない、気持ち悪い”って言われたのが悔しくて。
おじさんが一緒に仕返ししてくれるって言うから・・・。」
おずおずとトニーはそう言って頭を下げた。
「そうだな。まあ、子供の喧嘩に仕返しなんてのはよくある話だ。
けど、能力使ったのはいけないことだ。折角の能力が泣くぜ?」
「能力は泣かないわよ。バカじゃないの?」
おおらかに頷く虎徹に、ブルーローズが茶々を入れた。
「だっ!例えだ例え!」
「ねえ・・・そのおじさん、どこにもいないよ?」
おずおずとドラゴンキッドが言う。
「なら、そっちを探したほうがよさそうですね。」
「残念。それは駄目だ。」
つまらなそうに虎徹達の説得の様子を見ていたバーナビーが姿勢を正してそう言うが、虎徹はずらしていたサングラスを目元に直して言った。
「? どういう意味です?」
バーナビーの問いに、虎徹は答えなかった。
* * *
ともあれ、一応事件は収拾された。
自首という形になったトニーはパトカーに乗せられた。
未成年であることと、後から駆け寄ってきた一部のクラスメートたちによる事情説明があったので、情状酌量は認められて保護観察処分に落ち着くだろう。
「ちょいまった。」
と虎徹は懐から手帳を取り出すとさらさらとボールペンで書きつけてからそのページを破りとり、開けていた窓から少年に渡した。
「それ、おじさんのケータイ番号。何かあったら連絡してくれ。
相談相手くらいにはなれると思う。」
「・・・あ、あの!」
「ん?」
優しく笑いかける虎徹に、トニーは思い切ったように声を出した。
「ありがとう!おじさ・・・ううん、えっと、ヒーロー!」
「!」
虎徹は驚いたように瞠目し、ややあってホニャリッと笑ってから、照れ臭そうに頬を掻いた。
「どういたしまして。」
ブロロロ・・・。
エンジンがかかり、トニーを乗せたパトカーが夕暮れの街へ消えていく。
『嬉しそうだな。』
「そりゃあな。もう一つの夢だった・・・いや、夢だ。」
ザルバに答え、虎徹は踵を返した。
ピロリロリン♪
メールの着信音に、虎徹は懐からスマホを出した。
ややあって。
「か、楓ぇぇぇ。」
先ほどまでの風格はどこにもなく、虎徹は情けなさ丸出しでオーイオイオイと泣き崩れた。
「“友達と先に帰る”だなんてそりゃないだろ!!
パパだって会いたかったのにィィィ!」
「どういうことですか、おじさん。」
「楓ぇぇぇぇ。」
ようやくマスコミから解放されたらしいバーナビーがやってきたが、泣き崩れた虎徹が彼に答えるはずがなかった。
『あー、もうちょっと待ってくれ。
いったんこうなったらなかなか落ち着かねえんだ。』
呆れた調子のザルバに、バーナビーの虎徹を見る眼差しがあからさまに見下したものとなった。
「ぐず・・・。
昔はもっと甘えん坊だったのに・・・!
パパ大好きって言ってくれたのに・・・!
友恵ぇぇぇ、楓が、楓がぁぁぁ。」
『あー、楓ってのは娘のことな。
友恵は奥さん。こいつの嫁にはもったいないくらいいい女だったぜ。』
おそらく、ザルバは遠い目をしていることだろう。
バーナビーは絶句した。こんな胡散臭いを地で行く男が結婚していたうえ、子供までいたなんて。
「おい、虎徹。」
フビーッと虎徹が鼻をかんだ時だった。
「連れてきたぞ。」
「何だよ!もう事件は解決したんだろ?!
僕だって帰りたいんだ!」
茶髪の大柄な男――二メートルはあるがっちりした大男で、ラテン系だろう。皮のジャンパーを羽織り、豪快な胸毛を少しのぞかせている彼こそロックバイソンの正体で、本名をアントニオ=ロペスという。――に引きずられるようにアイザック少年がやってきた。
ちなみに、他のヒーロー達はすでに撤収済みで、虎徹に呼ばれたバイソンことアントニオと、いまだにヒーロースーツを纏ったバーナビーだけがこの場にいる。
少し離れたところに現場検証の警官たちがいるが、それもすぐに引き上げるだろう。
うんざりと顔に書いてあるような少年の態度に、虎徹はハンチング帽をかぶり直そうと頭に手をやり。
「あ。」
そう言えば、帽子はトニー少年にかぶせたまま、そのまま持っていかれてしまったのだ。
――まあいいか。
肩をすくめ、虎徹はサングラスをわずかにずらした。
「な、何だよ・・・!
あいつをいじめてたのは、僕だけじゃないんだぞ!
ヒーローが出てきたから、みんな態度を変えただけで」
「見せてやる。」
虎徹の視線に対抗するように喚きだしたアイザック少年に、虎徹が静かに言った。
「お前さんが造り出しそうになったものを。
お前さんがこれから造り出すかもしれないものを。
見せてやる。」
静かなはずの言葉に気圧されるように、アイザック少年は黙り込んだ。
「おい、虎徹・・・。」
『日が沈んだ!来るぞ!』
虎徹が何をする気なのかわかったらしいアントニオが咎めるような声を出すが、ザルバが叫ぶ方が早かった。
その声に応えるように、地平の彼方――ビルの群れの奥にわずかにのぞいていた太陽が完全に没した。
既に街灯が点いているにもかかわらず、わずかに暗くなり、ほんの少し寒くなったように思われたのは気のせいだろうか。
「何が」
「バニー!」
怪訝そうな顔になったバーナビーを、虎徹が叫ぶように押し倒した。
刹那。
二人の鼻先を異形の鉤爪がかすめた。
「クソヒーロー!邪魔ばっかりしやがって!」
怒鳴ったのは姿を消していた中年――カストだ。
ただし、纏ったグレーのスーツは右肩から先が大きく裂け、異様に膨らんだ鉤爪の付いた右腕を生やしている。
「こいつ・・・!」
バーナビーの脳裏を先日の“キャサリン=グレーデン”の一件がよぎる。まさか、この男も彼女と同じだったというのか。
「な、なんだよ・・・!
こいつも、」
化け物なのか。
声にこそ出さなかったが、アイザック少年の言わんとしたことを悟ったらしい“カスト”が血走った眼で声高に叫んだ。
「貴様らのせいだぁぁぁぁ!
貴様らのような奴がいるせいで、俺たちNEXTはぁぁぁ!」
メギィッ!
その異形の腕が、近くの中金の標識を木の枝か何かのようにへし折り、まだ人間の左手で鈍器のようにかまえる。
「ひやあああああああ?!」
アイザック少年の絶叫が轟く中、虎徹はふと気がついた。
自分は今、肝心な武器〈退魔の剣〉を持っていない!
――しまったぁぁぁ!
楓を駅まで送ってから、屋敷に寄って取りに行こうと思っていたのに、完全に予定が狂ってしまった。
『虎徹!剣がないぞ!』
「っ!
ないから何だ!やることは変わらない!」
焦ったザルバの声に、虎徹はひきつりそうになる表情を押さえ、コートのポケットから取り出した手袋(中指部分にザルバの顔出し穴付き)を素早くはめると、ファイティングポーズをとった。
「バニー、さがってろ!」
「ハンサム、こっちだ!」
アントニオの声に、バーナビーはようやく弾かれたように動き出した。
さっと身をひるがえして先輩ヒーローのそばに駆けて行く。
「逃がすかぁぁぁ!餌ぁぁぁぁ!」
“カスト”がバーナビー目がけて左手の標識をを繰り出そうとするが、そうはさせじと虎徹はファイブミニッツハンドレッドパワーの能力を発動させると二人の間に割って入る。
ガツォッ!
振り下ろされた標識を左手の甲で軌道をそらすように払いのけ、そのままカウンターで右の拳を叩きこむ。
ズザザザッ!
そのまま吹っ飛ぶかと思われた“カスト”は両の足を踏ん張り、スライディングをかけるかのように数10センチほどでとどまると、すぐに今度は鉤爪を虎徹めがけて叩きこもうとする。
虎徹はあるいはよけ、あるいは払い、基本的に防御に徹しているようだった。
何かを待っているのか。それとも・・・。
誰も自分のことに注目していない。
そう悟ったアイザック少年は逃げようとそろそろと体を動かした。
このままここにいたら確実にあの化け物に殺される。冗談じゃない。今日だって、あの化け物〈トニー〉に殺されかけたのだ。もう十分だ。さっさと帰ってママの温かいハンバーグを食べてベッドに入りたい。そうすればこんなバカげたこと、夢だと済ませることができる。そうとも!
「逃げるのか?」
しかし、そうは問屋がおろさなかった。
アイザックが体の向きを変えた時、小さく振り向いて自分を連れてきた大男――アントニオとか呼ばれていた――が言った。
しっかりとアイザック少年の細腕を捕まえて。
「お前は、自分が犯したかもしれない罪から逃げるのか?」
「僕は知らない!」
アイザックは金切り声を出した。
「虎徹が・・・あそこで戦っているバカが言っていた。
“化け物は生まれるんじゃない、人間が作り出すものだ”ってな。
あの化け物を見ろ。
おそらくだが、坊主のような人間に差別されて、悩んで苦しんで追い詰められてああなったんだ。
もちろん“化け物であること”を受け入れちまった弱さを持っていたこともある。
俺だって偉そうなことは言えない。そんな資格はない。」
ここでアントニオは気まずげに視線を落とすが、しかし次の瞬間にはしっかりした眼差しを怯えきった少年に向けた。
「けどな。だからって逃げていいと思ってるのか?
昼間のトニーって坊主だけが悪い。本当にそう思っているのか?
トニーがああいう行動に出たのはお前さんにも責任の一端があるんだぞ。
トニーは途中で間違いに気がついたからよかった。
なら、これから先は?二人目、三人目の“トニー”を作るのか?」
ここでアントニオは語気を強めると、グイッと少年を前に押し出し、顔をそむけさせないようにしっかりと顎を固定させ、異形と化した“カスト”に向けさせた。
「ひいっ!」
「“トニー”ですめばまだいい!
あの化け物を作るのか?!
そうなったら、何の関係もない人間が襲われて、そのたびにその家族や大切な人間が苦しんで悲しむことになるんだぞ!
それでいいと本当に思っているのか!!」
悲鳴を上げるアイザック少年に、アントニオは容赦なく突き付ける。
本当はこんなことしたくない。ヒーローは常に誰かに希望を与えるものだ。だが、この少年には荒療治が必要だ。憎まれてでも、考え方を改めさせる必要がある。トニーのためにも、アイザック自身のためにも。
「逃げるんじゃねえ。
しっかり、見ておけ。」
――負けるなよ、虎徹・・・!
痛くないように、しかししっかりとアイザック少年の腕をとらえたアントニオは、すがるような眼差しを、奥で防戦一方に見える高校時代からの幼馴染に向けた。
何度目かの攻防だった。
ガギャンッ!
硬い音を立てて、カストが凶器に使っていた標識が中ほどから折れ曲がり、くの字に変形した。
ブガァッ!ギドッ!ガンガラガランッ!
くの字型になった標識をもう使い物にならないと判断したのか、“カスト”はそれを虎徹めがけて投げるが、あっさり虎徹はそれを右手ではじき防御する。
地面を転がる標識の残骸が鋭い音を立てた。
「まだ戦うつもりか。
諦めて餌になれ。人間。」
ぎらぎらした食欲にまみれた目で、“カスト”は口を開いた。
そう、食欲。“カスト”は、食卓に並べられた皿の上のごちそうを見るような目つきをしていた。
「生憎あきらめの悪さと体の頑丈さが取り柄なんでね。
かかって来い。戦ってやる。」
ちょいちょいと左手で手招きし、虎徹は不敵に笑う。
それは、野生の虎が今にも獲物に飛びかからんと姿勢を低くしている姿にも似ていた。
『ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!』
そんな虎徹の言葉をただの虚勢とでも思ったのか、“カスト”がのけぞって笑いだした。
夜闇に哄笑が不気味にこだまする。
ボコボコボコッ!
再びスーツを引きちぎって、“カスト”は変貌する。
二メートルはあろう、赤毛の鬣を生やした、巨大なトカゲ男のような姿に。
『これでも戦うつもりかぁ?』
虎徹は答えない。その時だった。
ギャルンッ!
エンジンの唸りとともに、一台のタクシーがドリフトをかけながら広場に登場した。
バムッ!
「虎徹!」
運転席側のドアを開けて怒鳴ったのは、中年をとっくに過ぎた黒人の男だった。
肥満気味の大きな腹をした、昼間に普通に見かければ人受けのするタクシーの運転手といった雰囲気であったが、その気迫はホラーに退治している虎徹に勝るとも劣らないものだった。
「受け取れ!」
タクシーの男が助手席から引っ張り出したものを虎徹目がけて投げつける。
虎徹はそちらを見ることなく、回転しながら飛んできたそれを反射的にそれを受け取った。
丹塗りの鞘に収まった長剣――魔戒騎士の一番の武器、退魔の剣。
「サンキュー、ベンさん!
信じてたぜ!」
ニッと強気に笑うと、虎徹は白いコートの裾を翼のように翻し、シアンに輝かせた両目のまま、剣を持ってない左手で異形を殴り飛ばしたのだ。
ドザンッズッシャァァァァ!
“カスト”はボールのようにバウンドして、地を滑って虎徹達から距離をとる。
シャンッ!
勢いよく虎徹は抜剣した。
ちょうどこの時、虎徹の能力が時間切れを迎えたらしく、シアン色から元の琥珀色の双眸に戻った。
「ワイルドに吠えるぜ!」
そのまま虎徹は中指のザルバの口を剣の刃に滑らせる。
そうして今度はその剣の切っ先を頭上に向けるとヒョウッと円を描いた。
すると、その軌跡が金色に輝き、虎徹の姿を包みこむ。
「な、何・・・?!」
アイザックの戸惑ったような声をよそに、虎徹は虎を模した金色の鎧をまとった、魔戒騎士“牙狼”の姿となる。・・・狼の名を冠しているものの、虎の姿をしてるのには、また理由があるのだが。
手にした退魔の剣も、刃が一回り大きくなって鍔飾りがついた牙狼剣となる。
『しょうがないからカウントしてやるよ。
99,9秒だ。抜かるなよ。』
鎧の隙間から顔を出しているザルバが虎徹にだけ聞こえるようにこっそりと囁いた。
「また・・・。」
「やっちまえ!虎徹!」
「虎徹!行けぇ!」
バーナビーの戸惑った声をかき消すようなアントニオとベンの声援に応えるように、剣を携えた金色の騎士が石畳を踏んで疾風のように駆け抜けた。
『グアアアアアッ!』
“カスト”が吠えて鈍器のような拳を振り上げる。
しかし、騎士は振り下ろされたそれを軽く手を当てるだけで軌道をそらし、そのまま右手の剣をたたき込む。
ザンッ!
『ギヴぇぇぇぇぇ?!』
右ひじから先を斬り落とされた“カスト”が悲鳴を上げる中、斬り込んだ勢いを殺すことなく身をひるがえした騎士はペースを落とすことなく一気に切りかかった。
ギィンッ!ガギッ!ギンギンギィンッ!
右腕を奪うことでアドバンテージこそ確保できたものの、その後の攻勢はほぼ互角だった。
目にもとまらぬ速度で繰り出される剣を、怪物は左手一本でさばき切る。
次に騎士が振り下ろした剣を、“カスト”は爪先で簡単に受け止めた。
剣筋を見切られたに違いない。
『ギヒャァァァァァッ!』
歓喜の声とともに、“カスト”は騎士を空中高くに投げ飛ばした。
騎士は空中ながらも素早く体勢を立て直す。
だが。
メリボギィィンッ!
『死ぃねやぁぁぁぁ!』
ギョパァッ!
雄たけびとともに“カスト”はそばにあった街灯を土台ごとひっこ抜く(内部に通っていた配線が安物の糸のようにブチブチとちぎれていた。)と、空中の騎士に投げ槍のように投げつけたのだ。
ハンドレッドパワーに匹敵する怪力ホラーの真価を発揮した瞬間だった。
「まずい!」
バーナビーは声を上げる。
「空中じゃ逃げ場が・・・!」
「安心しろ。」
ポンっとルーキーヒーローの肩を叩いて、ベンはニヤッと笑う。
「あんなのピンチの内にも入らん。」
「行くぜ!ザルバ!」
『あいよ!ガァァァァァ!』
虎徹の声に応えて、再びザルバが火を吐いた。
ゴウゥゥゥゥ・・・。
金色の鎧に、金緑色の炎が装飾のようにまとわりつく。
「魔戒騎士の奥義、烈火炎装だ。
あれを見れるなんて、ラッキーだな。ヒーロー。」
呆けた様子のバーナビーに向かって言ったベンの言葉に応えるように、炎を纏った騎士が空中で身をひねった。
ガゴドォォンッ!
空中高くで凄まじい轟音がした。
だが。
「オオオオオオッ!」
次の瞬間、高く上った三日月を背景に、金色の虎は鎧同様に炎を纏った牙狼剣を振りかざし、怪物目がけてまっすぐに落ちて行く。
普通に落ちて行くよりも明らかに加速がついている。
「あの街灯を蹴って足場にした?!
ハンドレッドパワーもなしに?!無茶苦茶だ!!」
バーナビーが金切り声を上げる中、あわてて“カスト”が残った左手を翳した。先ほど同様に剣を受け止めるつもりなのだろう。
斬ッ!
一閃。
騎士の剣は、異形を翳した左手もまとめて、その頭の先から股間までを真っ二つにしていた。
ゴウッ。
同時に斬られたその断面に魔導火が燃え移った。
断末魔すら上げず、“カスト”は金緑色の炎に包みこまれ、燃やされていく。
それが、NEXTであることを理由に苦しみ続け、ついにその苦しみから解放されることができなかった、哀れな男の最期だった。
ガシャンッ。
ガラスの割れるような音を立てて、虎徹の体から金色の鎧が光の粒子となって消える。
虎徹は複雑そうな、憐れむような表情で徐々に勢いを弱めていく炎を見つめた。
グシャッ。
とうとう炎の中身が音を立てて崩れ、ただの燃えカス――灰となった。
ふとバーナビーは、アイザック少年の方へ目を向けた。
アイザック少年は真っ青を通り越して土気色の顔色で灰のあったところを見つめている。
しかし、アントニオに捕まえられていない方の腕がかすかに震えながら、強く握りしめられるのを、ルーキーヒーローは確かに見た。
そうして彼は何となくではあったが、アイザック少年が思うところあったのだろうと思った。
* * *
数日後。
アイザック少年は、再び学校に来ていた。
実のところ、彼はあのスケート大会の日、トニー少年が警察に自首してから何があったのか、よく覚えていない。
何となくではあるが、とても恐くて、そして不思議な体験をしたような気がする。思い出そうとすると震えと吐き気が止まらなくなるので、無理に思い出すのは避けている状態である。
両親が言うには、事情聴取で警察に付き合ってもらっていて、ヒーローのバーナビーに送ってもらって帰宅したらしい。
もっとも、その後慣れないことに心身ともに負担がかかったためか、アイザックは熱を出して寝込み、学校を欠席してしまったのだが。
教室に顔を出すと、クラスメートたちは変わらずに接してきた。相変わらず、トニーの周りは人気がなかったが、トニーは気にしておらず、ぶかぶかのハンチング帽(アイザックは気にしてなかったのだが、虎徹のものであった)を時折眺めていた。
異変があったのは、今日の体育の授業だった。
グラウンドに出てサッカーをしている時のこと。
突然突風が吹いたと思ったら、鉄製の大きなサッカーゴールが倒れて、ゴールキーパーをしていたエンリコの片足を下敷きにしてしまったのだ。
泣き叫ぶエンリコをよそに、監督の先生は顔を真っ青にして、人を呼びに行ってしまった。
大きなサッカーゴールは大の大人が十人いてやっと動かせるくらいだろう。
おろおろしたり、エンリコに励ましの声をかけるクラスメートたちをよそに、トニーが真っ先に動いた。
校庭の隅にある、レジェンドの石像――さして大きくない、大柄な大人くらいの大きさのそれに迷わずに触れて、能力を発動したのだ。
先日の事件を知るクラスメートたちはいっせいに悲鳴を上げてトニーから飛びのいたのだが、トニーは泣きそうな顔をぐっと引き締め、そのまま石像をエンリコが下敷きになっているサッカーゴールの元へ導いた。
エンリコもギャーギャー悲鳴を上げていたが、トニーはそのまま石像をかがませ、ギギギッと重い音を立てて、ゴールを持ち上げさせたのだ。
「誰か!」
誰もがそんな少年の行動に茫然とする中、トニーが毅然と声を張り上げた。
「エンリコを助けてあげて!
僕は能力を使ってるからできないんだ!」
しかし、誰も動かない。
トニーが怖いのだ。
トニーの瞳がみるみる不安そうに陰っていく。そんな時だった。
「よ、よし!任せてくれ!」
アイザックは勇気を持って一歩踏み出した。
「エンリコ!大丈夫かい?!」
「な、なんとか・・・でも・・・足が・・・!」
「ほら、この手につかまるんだ!挟まれてた方の足には力を入れるなよ!」
「ああ・・・。」
そうして何とかエンリコをサッカーゴールの下から救出することに成功した。
二人がサッカーゴールから離れたところで、トニーは石像にサッカーゴールをおろさせた。
「トニー!」
ふうっと一息ついたトニーに、アイザックは声をかけた。
「かっこよかったよ!
ヒーローみたいだった!」
その言葉に、トニーはきょとんとした後、「そ、そうかな・・・?」と照れ臭そうに笑った。
――なんだ。
ストンとアイザックの胸に、それは落ちてきた。
――NEXTだろうと、トニーはトニーじゃないか。
そうしているうちに少年たちの周囲に次々とクラスメートが集まってきた。
「ごめんな、トニー!」
「トニー、お前、実はすげえ奴だったんだな!」
「その能力、かっこいいな!」
次々かけられる言葉に、トニーは嬉しそうに笑う。アイザックも、肩を貸してもらっているエンリコも、クラスメートたちも。
その笑顔は、昏い感情を食い物としている怪物たちが、裸足で逃げ出すほど、まばゆいものだった。
* * *
ガラン。
ベルの音を立てて、観音開きの扉が開かれる。
シルバーステージにある渋い雰囲気のバーだ。
ピアノに合わせてしっとりとした雰囲気の歌が流れる店内に、白いコートをなびかせ、下ろし立てらしいツートンカラーのハンチング帽をかぶった男――虎徹が入って来る。
コートの下に纏うのは漆黒のレザー服だ。ホラー退治〈仕事〉の予定はないのだが、この間のように予定になくとも遭遇する可能性を考えて、夜に出歩く時、虎徹はなるべくその服を着るようにしているのだ。
バーの客は慣れっこなのか、はたまた虎徹の存在に気が付いていないのか、とにかくまるで彼の様子を気にしていないようだった。
店の奥にあるカウンターには先客がいた。
ビールのジョッキを傾ける大柄な革ジャンの男――アントニオだ。
その横には、酒などまるで飲む気がないらしく、泥水のようなコーヒーを前に置いたバーナビーが座っている。
もっとも騒ぎにならないように、顔出しヒーローの彼は軽い変装――金髪を首の後ろで束ね、眼鏡を赤いフレームのものにし、サーモンピンクのジャケットを羽織った姿である。
これだけで印象はガラリと違ってくる。
「よお。」
「先飲ませてもらっているぜ。」
軽く右手を上げる虎徹に、アントニオは気さくに笑った。
「それで?」
鋭く声を出したのはバーナビーだった。
一挙手一動を逃がさないとばかりに、虎徹とアントニオの双方を交互に睨む。
「お二人はどういう関係なんです?」
「「腐れ縁の幼馴染だ。」」
見事に声がハモった。
「焼酎。ロックで。」
「かしこまりました。」
カウンター内のバーテンに、帽子をとってバーナビーの隣に座った虎徹が注文する。
メニューを見ずにしたので、おそらく通いなれているのだろう。
「高校の時だよな?
確か、お前が俺のこと聞いて喧嘩売りに来て。」
「ああ。負け知らずの『壊し屋』がいると聞いてな。」
頷いたところで、アントニオは虎徹にうんざりした視線を向ける。
「お前・・・こいつ〈バーナビー〉に俺のこと話してなかっただろう?
あの翌日、トレーニングセンターで質問攻めにあったんだぞ?」
「いやあ・・・そのうち言おうと思ってたんだけど、こっちも予定が嵩んじまって・・・。」
決まり悪そうに頬を掻いて視線をあさっての方へ向ける虎徹。
実際、バーナビーのフォローのために、虎徹はアントニオを始めとする自身が面識を持っているヒーローには彼のこと――ホラーの返り血を浴びてしまったことを話しておくつもりだったのだ。
「おじさん。」
ズイッとバーナビーが割って言った。
「これ!さっさと外してください!」
「あー・・・うん。ダメ。」
突き付けたバーナビーの骨ばった左手を前に、虎徹はフルフルと首を振った。
途端にバーナビーの目つきが険しくなる。
「何でですか?!」
「それ話す前に場所を変えるか。
いいよな?アントン。」
「アントンはやめろ・・・。」
うんざりした調子ながらもアントニオは頷き、しぶしぶと言った様子でバーナビーもグラスをもって席を立ち、虎徹も出されたばかりの焼酎の入ったグラスを持って、近くのボックス席に移る。
ここならば、多少聞かれたらまずいことを話しやすくなる。あくまで多少であるが。
「それな、ザルバ〈こいつ〉の分身。
お守りな。」
ひょいっと虎徹が左手を翳した。
その言葉に応えるように、中指に鎮座しているザルバが、口から銀色の細長いものを吐きだす。木製のテーブルの上に落ちたそれは蛇のようにくねくねと動き自分の尾を咥えると、あっという間に銀色のリングとなった。
「こんな感じで。」
「「気持ち悪っ!」」
平然と言い放った虎徹に、さすがのアントニオも顔を引きつらせ、言うまでもなくバーナビーとユニゾンでツッコミを入れた。
「何てものを人につけさせてるんですか!」
「だぁから、“お守り”だって言ってるでしょ~。
それつけてると、ホラー――例の化け物が近くにいるかとか、居場所とかがザルバにわかるようになるんだよ。
バニーが危ないってわかったら、いつでも俺が駆け付けてやれるようにってさ。」
「僕はバニーじゃありません!バーナモガ」
「ハンサム。声が大きい。」
文句を言おうとしたバーナビーの口をとっさにふさいでアントニオが注意した。自分でバラしては折角の変装が台無しになるところである。
「ほら!バニーちゃん、顔出しして大変だろ?
ヒーローなんてやってるとただでさえ、恨み、つらみ、妬みとかそういう意味で注目の的なのに、顔出しなんてしたら、余計いろんなもの引き寄せちゃうから。
・・・ホラーとか、さ。」
最後の方だけ声をひそめて言った虎徹に、バーナビーは苦虫を百匹まとめてかみつぶしたような顔をした。
確かに注目を浴びるのはバーナビーの“計画”にとっては必要なことであったが、余計なものまで釣れるとは計算外だ。
好き好んで化け物など引き寄せたくない。
「できることなら夜中出歩かない方がいいけど、ヒーローやってたらそういうわけにもいかないだろ?
だから、“お守り”ってわけ。」
「・・・わかりました。」
しぶしぶとではあったが、バーナビーは指輪を外すことをあきらめたようだった。
「せいぜい足を引っ張らないようにしっかり守ってくださいね。おじさん。」
「はは・・・結局それなのね・・・。」
眼鏡を押し上げたバーナビーに、虎徹は苦笑気味に肩を落とした。
「それじゃ、僕はこの辺で。」
「お?もう帰るのか?」
「ええ。」
席を立ったバーナビーは虎徹に恨めしげな目を送ると、高飛車に言い放った。
「僕の貴重な時間を無駄にしたこと。忘れませんから。」
「あはは・・・覚えとくわ・・・。」
苦笑いしながらヒラヒラと手を振った虎徹に、今度こそバーナビーは自分の分の伝票を持って席を立った。
「なんつーか・・・よく付き合ってられるな・・・。
扱いにくくないか?」
バーナビーが去ったところでグラスを傾けながら虎徹が口を開いた。
言うまでもなく、バーナビーのことである。
神経質そうなところが、どうもそりが合わなそうだと思ったのだ。
この分では幼少の夢――ヒーローへ就職していたら、彼とは大げんかをしていたに違いないだろうと思う。
「そうでもないぞ。
一応先輩には敬意をもって接してくれている。
腹の底では何を考えてるかさっぱりだが。」
言外に盛大に猫を被っていることを指摘するアントニオ。
「あー・・・TV見ててそう思ったわ。」
「で?どういう経緯で知り合ったんだ?
まさかハンサムと会ってたとは思わなかったんだが?」
頷いた虎徹に、アントニオは呷ったジョッキをテーブルに置いて尋ねた。
彼としてはようやく本題に入ったつもりである。
「んー・・・お前ん時と一緒だよ。」
「ホラーに襲われたのか・・・。」
「まあ、あの見た目だし。
襲ってくれって全力で言ってるような外見だもん。」
「・・・いい年こいたおっさんが“もん”言うな。」
「いいじゃん。別に。」
つまみに一緒に頼んだピーナッツをかじりながら、虎徹はこともなげに言う。
「それにしても・・・お前、あんな気持ち悪いもんを友恵さんに渡してたのか・・・。」
「だーかーら!そうでもしてないとホラーが寄って来るから危なかったつーの。」
先ほどザルバが吐き出した分身指輪を眺めながら、アントニオが呻くと、虎徹はムウッと口を尖らせた。
「でさ・・・。」
「ん?」
「バニーちゃんも・・・その、同じだから。」
「何が?」
「友恵と。ホラーの返り血浴びちゃったんだよ・・・あいつ。」
ブッフゥゥゥゥゥッ!
虎徹の言葉を聞いたアントニオは、盛大にビールを噴きだした。
「だっ!汚えことしてんな!独身ビーフ!」
「おまっ!何でそういうことはもっと早く言わないんだ!?
何時だ?!ハンサムは知ってるのか?!」
飛び散ったビールが自慢の髭についた虎徹が文句を言うのを無視して、アントニオは腐れ縁の幼馴染を詰問する。
目の前の男が結婚した女性がまだ独身であった頃、彼女がホラーがらみの騒動に巻き込まれ、夜闇をうごめく怪物の返り血を浴びてしまったというのを、アントニオは虎徹が結婚した後に聞いたのだ。
返り血を浴びたものはホラーを引き寄せる格好の餌となり、さらに百日の後、地獄のような苦しみとともに死に至る。
幸い、その時にはすでに彼女の呪いを解くことには成功していたが、それを聞いた時、アントニオは心臓が縮むという感覚を本気で実感したのだ。
それを、またしても顔見知りが味わうことになった。気が気でない方がおかしい。
「この間のヒーローリーグの総合成績発表のパーティーの後だ。
バニーは知らない。言ってないからな。」
「おい・・・まさか“キャサリン=グレーデン”か?」
「・・・当たり。」
ホラーの憑依体に思い当ったらしく、恐る恐る尋ねてきた親友に、虎徹はお絞りで髭をぬぐった後神妙な顔で頷いた。
なにしろ、目の前の男はキャサリンがデビュー当時から応援していたのだから。ホラー化していたとはいえ、あこがれの女性が後輩を殺しかけた挙句幼馴染によって葬られたと聞けば、どんなリアクションをとるかは推して知るべし、である。
「・・・そうか・・・キャサリンが・・・。」
「ま・・・まあ、そのうちまたかわいい子が出るって。」
あからさまにがっくりと肩を落としたアントニオを、虎徹は慰める。
「とにかく、そういうわけだから、バニーがやばそうな所に行きそうになったら、それとなくフォローしてくれないか?」
「ああ・・・。ネイサンにも話しておこう。力になってくれるはずだ。」
「頼む。」
本日都合が悪くて同席できなかったファイヤーエンブレムの本名を挙げると、虎徹は真剣な表情で頷いた。
「ところで。」
「ん?」
「お前、何でハンサムのことをバニー〈ウサちゃん〉なんて呼んでるんだ?」
「おう!ナイスネーミングだと思わねえ?!」
嬉々として虎徹は話しだした。
#2END
GO TO NEXT!
よお!分身を気持ち悪いと言われちまった方、ザルバだ。
気持ち悪いはねえだろ。ちゃんと役立ってるし。
ところで、お前ら乗り物は好きか?
自動車、自転車、バイクに、電車。
人間が考えた便利な移動方だが、
これらに共通して使われているある部品は、
かなり大昔から存在しているものだってあるんだぜ?
次回、“車輪”。
おっと!兎ちゃんは一日密着取材か?大変だな。