牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 え~、遅ればせながら、第3話投下します。
 このあたり、本当にまじめに見てなかったので、話の流れがいまいちです。結果、最終手段、『よくわかんないところはダイジェストにして虎徹は絡ませることなく話を進める』を実行させていただきました。
 ダイジェストにしたら、あら不思議。思いっきり字数がスリムになったよ!
 あと、今回はTV版牙狼~GARO~第3話『時計』をリスペクトさせてもらいました。あの話、独特の空気で好きなんです。
 なお、冒頭の魔戒詩編ですが、これは捏造です。他の魔戒詩編は一応手元に資料があるのですが、この部分は私がそれっぽく書いただけです。ごめんなさい。
 え?劇場版?未視聴なので、このシリーズには基本的に加えません。そのうち誰かの回想という形で語ることもあるかもしれませんが。
追記 原作牙狼のキャラクターの出演を期待されてる方もいるかもしれませんが、牙狼バニの世界は、冴島鋼牙たちが活躍した時代より未来の出来事なので、こういう事件があった、こういう人がいたという描写はあっても、登場はしません。ごめんなさい。


#3 車輪

 その者、月日のごとく、人の縁により巡り巡りて

 汝に災いをもたらさん。

 数多の壁を踏み壊し、裡に宿るものを食らい、

 地の果てを目指し疾駆する者、己の尾を食みし蛇に似たり。

 

 

 

 ――魔戒詩編第壱〇七節より

 

 

 

  #3. 車輪~人の縁も車の輪も回るは同じ~

 

 

 

 きらびやかなネオンが照らす不夜都市、シュテルンビルト。

 今日も今日とて、魔戒騎士鏑木・T・虎徹は退魔の剣を手に、ビルの林を縫うように人ならざる化け物を追っていた。

 

 

 

 ブロロロロ・・・。

 ハイウェイの高架下を一台の原付きが走っていく。

 乗っているのは、金髪にヘルメットをおざなりに乗せただけのいかにもチャラチャラした感じがする若者である。

 その時だった。

 高架下をひゅんと突き抜けたところで、彼は砂にまみれた一代の自転車のそばをすり抜けた。

 そこそこスピードを上げていた彼は気がつかなかったが、自転車は歩道の真ん中に横倒しになり、カラカラと力なくタイヤを回していた。まるで先ほどまで誰かが乗っていたように。

 そこからしばらく走ったところで、彼はふとサイドミラーに目をやり、ギョッとした。

 両の目を青く光らせた白いコートの男が、猛スピードでこちらを走って追ってきている!

 「な、何だぁ?!」

 ギョッとした若者はアクセルをふかし、何とか男を引き離そうとする。

 だが、背後の男はまるで引き離される様子がない。それどころかどんどん距離を縮めてきている。

 「あのおっさん!NEXTかよ!!」

 仰天した若者が角を曲ろうと、ハンドルを切ろうとした時だった。

 ザランッ。

 「え?」

 間の抜けた声を出した若者の両腕――肩から先がごっそり砂となったのだ。

 悲鳴を上げる間もなかった。

 ザザランッ!

 ガガガガガガガッドッゴォォォォォォンッ!

 あっという間に若者は全身砂と化し、バイクは横転してそのまま近くの電柱に激突、炎上してしまった。

 砂と化した若者が乗っていたバイクのそばまで来た白いコートの男――虎徹が苦々しげに顔をゆがめた。

 「くそっ!おい、ザルバ!どっち行った?!」

 『右だ!ビルを挟んで向こう!

  速度からして自動車か?どんどん離れていってやがる!』

 「くそったれぇぇぇ!」

 吐き捨てて虎徹は発動中のハンドレッドパワー任せに大きく跳んでビルを跳び越えると、再び道路を走りだした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌朝。

 「シュテルンメダイユ地区、サウスブロンズの幹線道路で連続玉突き事故・・・。

  奇妙なことに事故車両には運転手がいた形跡のみで姿はなかった・・・。」

 シュテルンメダイユの中心にあるジャスティスタワー――司法局などの重要施設のあるひときわ高いビルの一角に設けられたヒーロー専用のトレーニングセンターにて。

 トレーニングの合間の休憩で、アントニオはベンチに座って、今朝、駅の売店で買った新聞をガサガサ鳴らしながら読んでいた。

 いつもの皮ジャン姿でなく、シャツにハーフパンツという格好で汗が滲んでおり、彼がつい先ほどまで激しいトレーニングを積んでいたことが一目でわかる。

 「あら、それ、知らなかったの?

  今朝ニュースでやってたわよ。」

 ストンと彼の隣に腰をおろしたのは、黒人の男――失礼、一応女性を自称しているので、人物と表記し直そう――である。

 しなやかな筋肉は、ネコ科の肉食獣を思わせる。ピンク色の頭髪はほとんど坊主に近いほど短い。トレーニングで汗をかいてもいいように今は薄化粧だが、普段はつけまつげからアイシャドウ、ルージュに頬紅とバッチリバチバチに化粧している。

 ランニングシャツを纏っただけという典型的なトレーニングウェア姿の彼女の名は、ネイサン=シーモア。シュテルンビルトにおける七大企業ヘリオスエナジーのオーナーにして、同社所属のヒーロー・ファイアーエンブレムの正体である。

 「今頃ポセイドンラインはてんやわんやだろうな・・・。」

 一人ごちたアントニオ。

 ポセイドンラインはシュテルンビルトとその近郊における交通全般を管理している企業だ。交通事故が起これば、警察の次に忙しいとさえ言われている。

 「噂をすれば、ね・・・。」

 「やあおはよう!そしておはよう!」

 トレーニングセンターに金髪の青年が入ってきた。

 長身に水色をメインにしたトレーニングウェアを纏った、アメリカ系の青年である。

 しかし、さわやかなあいさつとは裏腹に、青い目の下にはくっきりと隈ができていた。

 彼の名前はキース=グッドマン。ポセイドンライン所属のヒーロー、スカイハイの正体である。

 「どうしたの?!スカイハイ!

  隈がすごいよ?!」

 仰天したのは、肩で切りそろえたミルクティー色の髪の少女――ホァン=パオリンである。

 十代にようやく入ったたばかりだろうか、小柄な彼女は、名前からわかるとおり、中華の出身で、ヒーローになるためにシュテルンビルトにやってきた。

 オデュッセウスコミュニケーション所属の最年少ヒーロー、ドラゴンキッドは彼女が演じてる。

 「ああ・・・キッド君は昨日の事故を知っているかい?」

 「うん。サウスブロンズで玉突き事故って。」

 「そうだ。ひどかった。とてもひどかった。」

 悲しそうにキースは首を振る。

 夜中だからまだ通行が少ないと思ったら大間違い。不夜都市シュテルンビルトの交通状況に昼も夜もない。幹線道路に出れば昼夜問わずに自動車が行き交っている。

 たまたまラッシュの時間を外れていたものの、それでも玉突きされた勢いのまま歩道に突っ込んだ事故車のせいで、死者まで出てしまい、サウスブロンズの病院はけが人で満員御礼状態である。・・・ありがたくもないことに。

 そして何故スカイハイが寝不足なのかと言えば。

 「事故を発見したのは私なんだ・・・。

  しかもそれだけじゃない。」

 「え?」

 寝耳に水とばかりにキョトンとするパオリンに、ハッとした様子であわててキースは首を振った。

 「す、すまない!

  今のは聞かなかったことにしてくれ!」

 「でも・・・。」

 「会社命令なんだ。怒られてしまう・・・。」

 心配そうなパオリンに、キースは悄然と言った。

 何故だか彼に犬の垂れ耳とフサフサの尾が、落ち込んだ様子でしょぼんと垂れて付いている幻が見えたのは、アントニオとネイサンだけではないだろう。

 「そっか・・・。」

 「気にしないでくれ。

  それより、今日はバーナビー君の姿が見えないようだけど、彼はどうしたんだい?」

 普段誰よりも早くトレーニングセンターに顔を出している新人ヒーローの名を上げ、きょろきょろするスカイハイに、ネイサンがくすっと笑う。

 「アニエスから聞いてないの?

  今日のハンサムの予定。」

 「うん?」

 「密着取材!ルーキーヒーロー、バーナビー=ブルックスJrの華麗なる一日!

  ハンサムのオフの日を密着取材ですって。」

 首をかしげたキースに言って、ネイサンはフフッと笑う。

 「顔出しヒーローの辛いところだな・・・。」

 遠い目をするアントニオ。

 おそらく内心で「俺は正体隠してて良かった・・・。」と思っていることだろう。

 「しかし、お前、寝不足なら休んでた方がいいんじゃないか?」

 「大丈夫だ!そして平気だ!」

 ヒーローだからね。

 何ともくさいセリフだが、スカイハイの正体であるキースが言うと、サマになってしまうから不思議だ。

 ピピピピピッ!

 「あ!ボク、もう行かなきゃ!」

 パオリンの左手首に巻かれているPDAが鳴りだした。

 おそらく彼女のマネージャー兼保護者代理のナターシャからの呼び出しだろう。

 「じゃあ!トレーニング頑張ってね!」

 軽く手を振ってからパタパタと退室するパオリンに、年長者たちは暖かな目で「おう!」「またね、パオリン。」「ありがとう!そしてありがとう!」と声をかける。

 パオリンが完全に出て行ったところで、年長者たちはガラリと真剣な眼差しになって改まった様子でアントニオの持つ新聞を見た。

 「またあの怪物――ホラーの仕業かしら?」

 難しげな表情で言ったのはネイサンである。

 彼女もまた、アントニオやバーナビーと似たような経緯で虎徹と面識があり、ホラーの存在を知る数少ない人間である。

 「早めに何とかしないと、HERO TVまで話がいきかねないわよ。」

 いくらヒーローだろうと、あんな怪物と真っ向から戦うなんて御免である。

 冷静なネイサンでもホラーは怖いらしく、褐色の肌を両手でさすっている。

 「スカイハイ、何か知ってるのか?」

 「・・・見てしまったんだ。

  怖かった。・・・そして悔しかった。」

 アントニオに尋ねられたスカイハイが、重い口を開いた。

 

 

 

 キングオブヒーロー、スカイハイはその日課に、夜中のパトロールが加えられているのは有名な話だ。

 紫と白を基調にした騎士服のようなヒーロースーツを纏い、ゴールドからブロンズまで、得意の飛行能力で飛んで回っているのだ。

 そして、彼がそれを目撃してしまったのは、昨夜のパトロールのさなかだった。

 サウスブロンズに差し掛かった時のこと。

 何やら急に道路を逆走し始めた軽トラックを発見したのだ。

 シュテルンビルトの交通を一手に担うポセイドンラインの社員として、そしてヒーローとして、スカイハイがそれを放っておくわけがなかった。

 「それはいけない!すぐに反対車線に移るべきだ!」

 ややずれた注意をしながら、スカイハイは速やかに動いた。

 能力を発動し、軽トラックを浮かび上がらせたのだ。

 ところが。

 運転席を覗き込んだスカイハイは絶句した。

 いない。安っぽいシートには、なぜか大量の砂がたまっているだけだ。

 ならばなぜ、この車はかなりの速度で道路を逆走などしていたのか。

 キキキィィィィィッ!ドガンッ!ドガガンッ!ドガドガッドッガガンッ!

 スカイハイが思考する間もなかった。

 大きなブレーキ音と、連続する重い衝突音。

 スカイハイが振り向いた時には、色鮮やかな自動車が連続四台ほど追突を起こし、最後の車両――先頭を走っていた自動車が勢いのまま飛び出し、歩道に突っ込んだのだ。

 通行人の悲鳴が上がる中、スカイハイは決定的なものを目撃してしまった。

 歩道に突っ込む直前。

 運転席にいたドライバーの中年男が、茫然とした表情のまま砂と化して消えるところを。

 ほんの一瞬だけのことで、ポセイドンラインの高性能なヒーロースーツのカメラを通したからこそ目撃できた光景だった。

 スカイハイはすぐさま思った。

 これは自分の手には負えない、ワイルド君に言わなければ。

 スカイハイもまた、ネイサンたちと似たような経緯でシュテルンビルトの魔戒騎士、鏑木・T・虎徹のことを知っていた。

 

 

 

 ともあれ。

 「私は見ていることしかできなかった。

  目の前で人が死んでいったのに、助けることができなかった!」

 話し終えたところで、悔しげに拳を握り締めるキース。

 ようやく彼が寝不足の理由が分かった。

 会社に戻った後、どうして事故を防ぐことができなかったか詰問もされたのだろう。だがそれ以上に、自分のふがいなさが悔しかったのだ。

 「・・・無理もないわ。あの怪物たちは尋常じゃないもの。」

 首を振るネイサン。

 アントニオも痛ましげな顔をしてキースを見ている。

 「とにかく、今日の昼に虎徹に訊いてみよう。

  何かわかるかもな。」

 「今すぐ訊かないのかい?」

 新聞を畳んで言ったアントニオに、キースは首をかしげる。

 「あいつは、ああいう仕事してるだろう?

  そのせいか、基本的に夜型らしくてな。

  以前朝方に連絡したらめちゃくちゃ不機嫌で怒られた。」

 うんざりした調子で言うアントニオ。

 ちなみに、朝方などと言っているが、一応午前十時を軽く過ぎていた。

 「よろしくね、雄牛ちゃん。」

 「モウッ!尻を揉むな尻を!」

 ウインクしながらいつものように尻を揉んだネイサンに、アントニオは悲鳴を上げた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「おはようございます。もう昼ですよ、旦那様。

  いい加減起きてくださいませ。」

 「ううう・・・太陽が・・・黄色い・・・。」

 マクシミリアンに布団を引っぺがされて、虎徹は呻きながらも身を起こした。

 シックな内装に、アンティーク系の調度品。物書き用の簡単なデスクの上には、書きかけの書類がいくつか散らばっている。

 かなり広い部屋だ。

 ゴールドステージにある、かなり大きな屋敷の二階にある一室である。

 その表札には“Saejima”と表記されている。これは虎徹の父方の姓だ。Saejima――冴島。聞くものが聞けばわかると思うが、魔戒騎士の名門、最強の称号“牙狼”の系譜である、あの冴島である。

 虎徹を見ていると全くそのように思われないかもしれないが。

 そして彼があえて冴島ではなく鏑木を姓として名乗っているのにもきちんと理由があるのだが、これは余談であろう。

 ともあれ。

 ようやく起きてきた虎徹は寝ぼけ眼をこすりながら、身支度を整え、一階の食堂に下りて昼食兼朝食をとる。

 このころになるとようやく思考がはっきりしてくる。

 もっとも、今日の虎徹はキースに負けず劣らずに目の下に見事な隈を作っていたが。

 「寝不足ですか?」

 「一晩中ホラーと鬼ごっこしてりゃな。」

 言葉通り、昨日、虎徹はザルバとともに日が沈んでから再び日が昇るまで、延々とシュテルンビルト中を一匹のホラーに引きずりまわされたのだ。寝不足にならない方がおかしい。

 食後のコーヒーを淹れてくれた執事にお礼を言って、虎徹はカップに口づける。

 豊かな香りを漂わせるそれは、見事に虎徹の好みどおりだ。

 「パーフェクトだぜ、マックス。」

 「感謝の極み。」

 ニッコリ笑うマクシミリアンに、虎徹はアイロン済みの新聞に目を通す。

 琥珀の双眸が、サウスブロンズの玉突き事故の記事で痛ましげにゆがめられた。

 「一晩中追っかけて捕まらねえ・・・。

  ちくしょう・・・。」

 『無理もねえさ。

  相手はホラー“ルイーホ”だ。』

 昨日の追跡劇を思い出してうめいた虎徹に、中指のザルバが口を挟んだ。

 「ホラー“ルイーホ”。別名、車輪の悪魔。日本では火車などと呼ばれておりますね。」

 カチリッと眼鏡を押し上げてマクシミリアンが口を挟んだ。

 「・・・情報不足か。

  ちょっと調べてみるか。」

 一人ごちて、虎徹は残ったコーヒーを飲み干すと、席を立った。

 

 

 

 『ホラー“ルイーホ”?』

 「ああ。」

 肩と耳で挟んだスマホに言いながら、虎徹は古めかしい革の装飾の本をめくった。

 通話相手はアントニオである。

 虎徹がいるのは、大きな本棚がいくつも並んでいる書斎だ。

 歴代の魔戒騎士や魔戒法師が著した書物や、魔界の文章、ホラーや魔戒騎士について記載されている魔戒詩編、加えてそれらを解読するには膨大な知識が必要になるので、そのための資料などがいくつも収められている。

 大きな屋敷でもかなりのスペースを占めている一室だ。

 虎徹は、書斎の片隅にある黒檀のデスクに無造作に腰かけ、左足は下ろしたまま胡坐のように中途半端に組んだ右足の上で広げた本を見ながら言った。

 「普通のホラーなら人間に憑依するのが定石だ。

  だが、こいつは違う。“車輪の悪魔”の異名の通り、こいつが憑依するのは車輪だ。」

 『車輪って、自動車とかのタイヤのことか?』

 「半分外れだ。

  いいか、アントン。車輪だぞ?

 自動車や自転車、バイクとかのタイヤだけじゃない。電車の車輪、台車とか、小さいものならカートやスーツケースの下についているのだって、立派な車輪だ。」

 『ちょっと待て・・・。』

 アントニオの声がかすれた。

 『車輪なら無差別なのか?!

  それなら・・・!』

 「憑依対象はシュテルンビルト中にある。

 奴は憑依したものに接触していた人間を操作して、最終的に生体エネルギーを全部吸い取って砂に変える。スカイハイが見たのはそれだ。」

 苦々しげに虎徹は言った。

 

 

 

 虎徹は話し半分程度に聞いているが、虎徹の祖先、もっとも偉大な魔戒騎士“牙狼”の称号を持つ男に、冴島鋼牙という男がいた。

 鋼牙が討伐したホラーの中に、時渡りの異称を持つホラーがいた。このホラーは時計に憑依したのだ。鋼牙が活躍した時代はすでに腕時計が一般化しており、このため鋼牙も昨夜の虎徹のように一晩中ホラーと鬼ごっこをする羽目になったのだ。

 おそらく、今回虎徹が相手にすることとなったホラーは、このホラーの亜種だろう。

 

 

 

「とにかく、日が沈んだら絶対に乗り物に乗ったりするな。車輪が付いているものにも触るな。

  どこに現れるかさっぱりなんだ。

 昨日のように事故などで乗り物が駄目になっても、憑依した車輪さえ無事なら近くにある別の車輪に憑依し直しちまう。」

 『何とかなるのか・・・?』

 不安そのものといった声を出すアントニオに、虎徹は努めて明るい声を出した。

 「だぁいじょうぶ!

  俺がこの街で何年魔戒騎士をやってると思うんだ?二十年だぞ、二十年!

  すぐにチャチャッと片付けるさ!

  安心して悪人退治に励めよ、ヒーロー!」

 『・・・わかった。

  言った手前で何だが、無茶はするなよ。

  ワイルドタイガー。』

 「ああ。」

 亡き妻が考えてくれたヒーローの名で呼んでくれた親友に頷いて、虎徹は通話を切った。

 「とはいえどうするかな~・・・。」

 はあっとため息をついて、虎徹は右足の上に広げていた本に目を落とした。

 そこには、中世に出現したホラー“ルイーホ”が馬車や荷車に憑依しまくった挙句、一夜にして城下町一つを廃墟にしてしまった記述があった。

 「シュテルンビルトをこの二の舞にするわけにはいかねえ。

  かといってやみくもに追いかけたってな~・・・。」

 『あるじゃねえか。最良の手段が。』

 「ん?」

 平然と言ったザルバに、虎徹は視線を向ける。

 『餌だ。小生意気な“兎ちゃん”を使えばいい。』

 「だっ!ザルバ!お前!」

 虎徹は不快な目を魔導輪に向ける。

 『一応“餌”として申告してるんだろう?

 建前だろうと、有効活用しているように見せないと、“銀牙”の坊主に持ってかれちまうぜ?』

 「あのな!あいつはそんな奴じゃ・・・!

  だぁぁぁ!クソ!」

 ザルバの容赦ない言葉に、虎徹はワシワシと頭を掻くと、後ろに手をついたまま、書斎の天井を見上げた。

 「とにかく、一旦バニーに会っておくか・・・。」

 小さくつぶやくと、虎徹は本を閉じて立ちあがった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて。

 所変わってゴールドステージの大通り。

 こじゃれたカフェに座って、バーナビー=ブルックスJrは軽い昼食をとっていた。

 サンドウィッチとコーヒーを前に、小難しい文庫本のページをめくる姿は、下手な俳優よりもサマになっている。

 そして、彼から少し離れたところにテレビカメラとスタッフ達が一様に陣取っていた。

 「いい絵が撮れたわね。

  さすがバーナビー。」

 上機嫌に、しかし不敵に笑うのはHERO TVの名物プロデューサー、視聴率の魔女こと、アニエス=ジュベールその人である。

 豊満な肢体にブラウスとスリットの深いスカートを纏い、ウェーブの入った金髪をなびかせた美女であるが、もちろん仕事もできる。

 視聴率のためならば悪魔にでも魂を売ってしまいそうだ、というのはどのヒーローが言い出したのか。

 そのままホラーに魂を売らないでほしいものだというのは、虎徹の言である。

 「それじゃ、ちょっと休憩ね。」

 アニエスの言葉に、スタッフ達もそれぞれ休憩をとりだした。

 「お疲れ様、バーナビー。

  もういいわよ。」

 「はい。アニエスさんこそお疲れ様です。」

 ニッコリほほ笑んでバーナビーは頷いた。

 

 

 

 オフの日を密着取材。最初ロイズからそんな話を聞いた時、正直バーナビーはいい気分はしなかった。

 しかし、これも目的のためと思えばいくらでも耐えられる。外聞を取り繕うのは誰よりも得意としているバーナビーは、こういう時のためにわざわざ外向きのスケジュールを用意しておいたのだ。

 午前中は街のパトロールを兼ねた散策をする。声をかけてくるファンにも嫌な顔一つせずに、ばっちりとファンサービス。バーナビーは完璧主義者なのだ。

 そういうわけで、今はこじゃれたカフェで昼食をとっている様子を撮影したところで、撮影スタッフも休憩に入ったのだ。

 

 

 

 「疲れないかぁ?そういうの。」

 唐突にかけられた声にバーナビーは顔を上げ。

 ヒクッとひきつりそうになった顔を、とっさに眼鏡を押し上げることでごまかした。

 「・・・何ですか、おじさん。」

 「何って・・・散歩?」

 首をかしげる虎徹は、白いコートの下に漆黒のレザー服をまとった姿だ。

 見当たらないが、おそらく剣も持っているに違いない。バーナビーには奇妙な確信があった。

 「何で疑問形なんですか。」

 ため息をつくバーナビーは、虎徹の目の下の隈に目ざとく気が付いていたが、あえて何も言わなかった。

 このおじさんのことだ。どうせ昨夜もあの怪物相手にすったもんだしていたに違いない。

 ――まったく、自分の体調くらい管理できないなんて・・・。

 バーナビーが内心そう呆れた時だった。

 「ちょっとタイガー!」

 アニエスの金切り声がいきなり割り込んできた。

 ビクンッと虎徹の肩が大げさなくらい震える。

 「よ、よお。アニエス・・・。」

 「この間の石像事件!容疑者の一人がいまだに行方不明なのよ!

  あなた、何か知ってるんでしょう?!」

 ツカツカとピンヒールを鳴らしながら歩み寄ってきたアニエスに怒鳴られ、虎徹は居心地悪そうに身じろぎする。

 「あー・・・。

  いや、まあ、その・・・。」

 「人のスカウトを蹴ったかと思えば、一般人のくせに積極的に事件に首を突っ込む!

  あなた何を考えているの?!」

 気まり悪げにもごもごという虎徹に、アニエスはギャンギャンと怒鳴りつけた。

 「スカウト?」

 「十年くらい昔だったかしら?

  ヒーローにならないかってスカウトしたのよ。

  結果は見ての通りだけど。」

 「は?」

 アニエスの言葉に、バーナビーは思わず虎徹をまじまじと見てしまった。

 「今度こそ白状してもらうわよ!

  何を隠してるの?!」

 アニエスの容赦ない言及に、虎徹は助けを求めるような視線をバーナビーに向ける。

 ため息一つ。

 「そのくらいにしてあげてください、アニエスさん。」

 バーナビーは助け舟を出すことにした。

 「もう次のスケジュールが迫ってますし。」

 「え?ああ!本当だわ!

  次の場所へ行く準備をしないと!」

 言われてアニエスは気が付いたらしく、あわててその場を離れる。

 「いやー、助かったわ。サンキュー、バニーちゃん。」

 「バニーじゃありません。バーナビーです。

  それと、貸し一つですよ。」

 ヘラリと笑う虎徹に、バーナビーはむっつりと言葉を返した。

 「ンじゃ、そろそろおじさんもお暇しようかな。

  体を壊さない程度に仕事、頑張れよ。」

 と虎徹は席を立ったところで、付け加えるように言った。

 というよりも、後々のことを考えると、おそらくこれが本題だったのだろう。

 「そうそう。これ注意しとかないと。」

 「?」

 「バニーちゃん、日が沈んでから乗り物に乗るなよ。

  バイクや車はもちろん、電車も禁止ね。」

 「は?」

 急に言われたことについて行けず、バーナビーは頭上に盛大にハテナマークを飛ばした。

 「・・・何でですか?」

 「おじさんの仕事がらみの話だから。」

 しれっといった虎徹に、バーナビーはそれ以上の言及を止めることにした。

 さすがにこれ以上あの化け物とは関わり合いになりたくない。

 「じゃあな。そんなちょびっとだけじゃなくて、ちゃんと飯食えよ。」

 余計なお世話です。

 バーナビーが言い返す前に、虎徹は店を出て行った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ああ、まったくとんだ休日だ。

 何とかバーナビーは一日のスケジュールを消化し、帰途に就こうとしていた。

 時刻はとっくの昔に夕刻を過ぎて日が沈んで、街は夜闇とネオンサインに支配されている。

 すでに夜闇を跳梁跋扈する異形と、彼らに対抗する魔界騎士との闘争の時間となっていた。

 

 

 

 バーナビーは、カフェを出てからも、街をパトロール代わりにゆっくりと散歩して、最後に景観を楽しむ予定で新設されたビル、フォートレスタワーに向かった。

 ところがそこでエレベーターに爆弾が仕掛けられていることが判明。その場で解体することとなった。

 最後の導線上下2本で迷ったものの、何とか無事解体。一件落着、と言ったところだ。

 その騒動ですっかり午後の予定を消化しきってしまった。

 

 

 

 ――とにかく、今日はもう帰ろう。

 ため息をついてバーナビーが踵を返した時だった。

 唐突に道路の方が騒がしくなる。

 喧騒は悲鳴に、平穏は混乱に、それぞれ変貌する。

 ――何だ?

 何か事件が起きたのか?

 「大変よ!バーナビー!」

 眉をひそめるバーナビーに、何やらスタッフの一人から聞きつけたアニエスが駆けよってきた。

 「近くでダンプカーの暴走事故が起きたらしいわ!

  すぐに向かってちょうだい!」

 「!」

 やはり、今日は、最後までろくな目に合わないらしい。

 ため息を押し殺すと、バーナビーはうなずいて、近くに止めてあったトランスポーターに颯爽と向かった。

 

 

 

 「だああ!くそっ!

  あの野郎、ちょこまかと!」

 『虎徹よぅ、この調子じゃ、また昨日の二の舞だぜ?』

 腕時計に仕込んだワイヤーを使って、ビルの屋上に立ち、討伐目標のホラーを追う虎徹が毒づくと、左手のザルバがげんなりした調子で言った。

 ブロロロロロロッ!キキキキィィィィ!

 幹線道路を見下ろすと、巨大なダンプカーがウィンカーも出さずにいきなり車線変更すると、速度無視をして、道を突っ切り出した。

 もちろん、他の通行中の車両は急ブレーキをかけたり、ハンドルを切ったりして、路上は文字通り阿鼻叫喚の様相を醸し出している。

 「うああああ!!止まれぇぇぇ!」

 ダンプカーのドライバーは絶叫しながら、必死にブレーキを操作しようとしているらしい。

 しかし、ホラーに憑依されたらしいダンプカーがそれで止まるわけがなかった。

 虎徹が必死に追いかけるのをよそに、ダンプカーはカーブを曲がり、視界から見えなくなる。

 『虎徹!大変だ!』

 急にザルバが声を上げた。

 「どうした?!」

 『あの兎坊や、お前の警告無視しやがった!

  すぐそばにホラーの気配がするぞ!』

 「バニーちゃんんん?!」

 ザルバの言葉に、虎徹は素っ頓狂な声を上げた。

 「!

  ひょっとして、ヒーロー活動中で」

 『ヒーロー用のバイクに乗ってた?』

 「だああ、くそっ!」

 虎徹の言葉をつなげたザルバに、虎徹は頭を抱えそうになるが、すぐに気持ちを切り替えると、勢いよく駆け出す。

 「ザルバ!どっちだ?!」

 『左だ!そのまままっすぐ・・・?!』

 「どうした?!」

 ビルのふちで足を止めた虎徹が指輪に向かってどなると、指輪は怪訝そうにしながらもホラーの行先を告げた。

 『上に向かってる?

  まっすぐ・・・こりゃ、エレベーターか何かに乗って、ビルの上に向かってるな。』

 「自分から逃げ場をなくす?

  バカか?」

 こちらとしては、地面を走り回って追撃を振り切られる方がよほど厄介だというのに、一体どういう腹積もりなのか?

 「まあ、こっちとしちゃあ好都合だけどな!」

 ワイヤーを繰り出し、空に舞いながら、虎徹は不敵に笑った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 虎徹がたどりついたのは、閉店した大型デパートだった。

 ショーウィンドウが派手に破られているのは、バーナビーが乗ったチェイサー――正確には、それに憑依したホラーの仕業であるに違いない。

 バーナビーの体を操ったのだろうか、エレベーターの電源は入っていた。

 エレベーターに乗り、虎徹はザルバの誘導に従って屋上へ向かった。

 

 

 

 チン。

 小気味のいい音を立てて、エレベーターが到着した。

 デパートの屋上は、児童遊園地らしい。なぜか電源が入って、電飾がピカピカと輝いていた。

 広場の中央には、乗り捨てられたらしいチェイサーが、エンジンをかけっぱなしのまま横倒しになっている。

 「バニーは・・・?」

 『おい、虎徹ぅ・・・。』

 素早く視線を走らせ、バーナビーを探す虎徹に、ザルバが引きつった声を出した。

 強烈な殺気が降り注ぎ、虎徹はハッと顔をあげ、ひくっとその顔が引きつった。

 20年魔界騎士をしていたが、さすがにこれは予想外、と言いたげな顔だった。

 『遅かったな。魔界騎士。』

 野太くくぐもった声が降り注いできた。

 『あんまり遅いから、このうまそうな坊やを先に食っちまおうかと思ったよ。』

 「ザルバぁぁ・・・。

  あのホラーって、乗り物にしか憑依できないんじゃなかったか?」

 『正確には車輪だぜぇ、虎徹。

  んで、あれも立派な車輪ってこったな。』

 ひきつった声でやり取りする二人が見上げているのは、このデパートの名物、巨大観覧車だった。

 そう観覧車。――立派な車輪である。

 施されたネオンが輝く中、観覧車のゴンドラの一つに、ぎょろりと真っ赤な目玉が開き、魔界騎士を睥睨する。

 『いい街だなぁ。体に不自由しなくてよぉ。

  だいぶ力もついてきたし、そろそろ』

 ジャギンッジャギジャギィィィン!

 観覧車の形成している鉄骨が一斉に変形すると、無数の棘やら、回転ノコやら、ハンマーやら・・・凶悪な物理トラップに変貌した。

 『邪魔者には消えてもらおうか!!』

 ビャビャビャビャビャッ!!

 「だあああああっ!」

 一斉に放たれる矢のような鉄棘の雨をサイドロールで回避し、虎徹は視線を巡らせる。

 「ザルバ!バニーは?!」

 『上だ!一番上のゴンドラ!

  気絶してやがる!』

 次々と向かってくる凶器の群れから逃げ回りながら、虎徹が尋ねると、魔動輪は答えた。

 

 

 

 バーナビーは赤と白に、黒のアンダーを合わせたヒーロースーツに身を包んだまま、ぐったりとしていた。

 ザルバの言葉通り、ホラー化した観覧車の一番上のゴンドラの中にいた。

 ヒーロースーツのヘルメットに覆われ、その表情がいかようなものかまではうかがい知ることはできない。

 もっとも、観覧車の真下にいる虎徹たちには、その姿さえ分からなかったが。

 

 

 

 ――ええい!ままよ!

 シャンッ!キイン。

 虎徹は退魔の剣を抜剣すると、ファイブミニッツハンドレッドパワーの能力を発動して、大きく飛びあがった。

 白いコートの裾が翼のように舞い上がり、シアンが青白い光の軌跡を描く。

 『バカがっ!』

 嘲笑と一緒に、ホラー・ルイーホは凶器の群れを空中の虎徹に向けた。

 ビャビャビャビャ!ギュリィィィィィィンッ!

 鉄棘の矢を何本も撃ち出し、回転ノコを向ける。

 キンキンキンキキキンッ!トンッ。

 虎徹はすべて退魔の剣で叩き落とすと、回転ノコの柄を蹴って、さらに高く飛びあがる。

 『こ、の!』

 軽業師のような身のこなしに、ホラーが悪態をついた。

 虎徹はそのまま観覧車の鉄骨を足場に、トラップと凶器の群れを、あるいはよけ、あるいは迎撃しながら上へ上へと向かう。

 観覧車はゆっくりと回っているので、虎徹がバーナビーのもとにたどり着いた時、そのゴンドラは頂上よりやや下にあった。

 メギャァッ!バンガラランッ。

 「バニー!」

 ハンドレッドパワーで扉を強引に引きはがし、放り捨てる。はるか下で、扉の残骸が地面に叩きつけられる音がしたが、虎徹は気にも留めなかった。

 「う・・・。」

 かすかにバーナビーが呻いた。どうやら生きてはいるらしい。

 虎徹は抜身の剣を右手に引っさげたまま、左手でバーナビーを引きずり出し、肩にかつぐ。

 ギュリィィィィンッ!シャリィィィンシャリィィィン。

 回転ノコの回転音と、ギロチンのような巨大なハサミの刃をすり合わせる音がゴンドラに迫るが、虎徹は迷わず飛び降りた。

 巨大なハサミが二人の胴を分断しようと迫るが、虎徹は退魔の剣ではたいて躱し、続く回転ノコと鉄棘の矢の群れもきれいにさばく。

 パシュッ!カキュウンッ!

 そのまま地面へ降り立つのは、いくらハンドレッドパワーを活動していてもきついだろう。虎徹は左手のワイヤーを放ち、鉄骨の一つに引っ掛けた。

 だが。

 ズパッ!

 ホラーは自分の体となった鉄骨に巻きついたワイヤーを、とげをはやすことで引きちぎってしまったのだ。

 「ちょっ!」

 虎徹が初めて顔色を変えた。

 「くっ!」

 せめて落下速度を遅くしようと、剣を鉄骨につきたてようとした時だった。

 「スカーイハーイ!」

 ブワッ!

 夜風ではない、急な風が虎徹とバーナビーを抱きとめるように空中に制止させる。

 「やあ!ワイルド君!無事かい!?」

 「スカイハイ!」

 さわやかな声とともに虎徹の隣に立ったのは、紫と白を基調にした鉄の仮面の騎士――スカイハイだ。

 「バーナビー君が突然いなくなったと聞いて、探してたんだ!

  そしたら」

 「ここを見つけたのか・・・。」

 閉店しているはずのデパートで、屋上遊園地だけが稼働しているとなれば、それは目立つだろう。

 「バーナビー君は?無事かい?」

 「ああ。気を失っているだけだ。」

 スカイハイの問いに答えて、虎徹は怪物観覧車を見上げた。

 ジャギィィィン!ギュリャアアアア!

 スカイハイの乱入にホラーも驚いたようだったが、すっかり調子を取り戻したらしく、新しく変形させた回転ノコをこちらめがけて投げつけてきた。

 虎徹が剣を構えるより早く。

 「スカーイハーイ!」

 ゴゴォォウッ!

 スカイハイの声にこたえて、出現した風の障壁が回転ノコをはじく。

 「スカイハイ!」

 「何だい?」

 「バニーを連れて下がっててくれ!これは俺の仕事だ!」

 「・・・わかったよ、ワイルド君。

  気を付けて。」

 虎徹の肩から浮き上がったバーナビーをスカイハイが肩に担ぎ直した。

 トンッ。

 同時に虎徹はスカイハイの能力の干渉から外れて、屋上に一人、降り立った。

 ふっとその両目からシアンの光が消え去り、元の琥珀色に戻る。

 『そろそろ仕上げといこうぜ、虎徹。』

 「ああ。ワイルドに吠えるぜ!」

 ザルバの言葉にうなずいて、そのまま虎徹は中指のザルバの口を剣の刃に滑らせる。

 そうして今度はその剣の切っ先を頭上に向けるとヒョウッと円を描いた。

 すると、その軌跡が金色に輝き、虎徹の姿を包みこむと、虎を模した金色の鎧をまとった、魔戒騎士“牙狼”の姿となる。

 手にした退魔の剣も、刃が一回り大きくなって鍔飾りがついた牙狼剣となる。

 『だからどうした!』

 しかし、ホラー・ルイーホは余裕だった。

 『そのような矮小な体躯で、ワシの巨体に何ができる?!』

 巨大な観覧車そのもののホラー・ルイーホ。それに対し、虎徹の体は身長180センチ。比べるまでもなく、アリとカマキリのような圧倒的差があった。

 しかし、騎士は嘲笑を相手にしなかった。

 ガギャギャギャギャンッ!ズバギィィィィンッ!

 一っ飛びに飛び上がると、凶器の群れをさばいて、観覧車を支える鉄骨群の中心に牙狼剣の刀身の押し込んだ。

 『ご・・・が・・・・?!』

 『甘いねえ。過信しすぎだよ。』

 ホラーの苦悶に、ザルバが嘲りを向けた。

 

 

 

 車輪とは、単純な円状の物体ではない。回転させることで、物質の運搬などに用いる様々な力を生み出す。その回転の軸を壊してしまえば、それはもう、車輪ではなくなる。

 

 

 

 メギッ・・・!

 観覧車を支える鉄骨群が一斉に軋んだ。

 ギギャァァァァンッ!

 そのまま牙狼剣を一閃し、鉄骨群の中心を真っ二つにした。

 『グ・・・ガァァァァァ!!!』

 ひとたまりもなかった。

 断末魔とともに、車輪の悪魔は、憑代となっていた巨大な車輪と共に崩れ去る。

 ガラガラと轟音をとどろかせながら鉄骨が崩れ、ただのジャンクの山となる。

 騎士は崩れる鉄骨を足場にしながら、観覧車から離れていた。

 ゴドォォンッ!

 最後にゴンドラの一つが落下してきたところで、騎士はようやく肩から力を抜いたようだった。

 ガシャンッ。

 ガラスの砕けるような音を立てて、虎徹の体から金色の鎧が光の粒子となって消えた。

 「あ~・・・疲れた~・・・。」

 とりあえず今日は安眠できそうだ。

 と虎徹は小さく笑った。

 「ワイルド君!」

 歓声を上げながら、スカイハイが舞い降りてきた。

 「ワイルド君ワイルド君!

  やったね!やっぱりワイルド君はすごい!そしてすごい!」

 「お~、スカイハイ、ご苦労さん。」

 その場にバーナビーを下すと、スカイハイは虎徹に勢いよく抱きついた。

 その背中に犬の尾がぶんぶん振られている幻影が見えたような気がしたのは、虎徹の気のせいではないだろう。

 ぽんぽんとその頭をヘルメット越しに軽く叩くように撫でる虎徹。

 「さて、スカイハイ。」

 「何だい?」

 少しスカイハイが落ち着いたところを見計らって、虎徹は身を離していった。

 「後始末を頼んで・・・いやぁ、ダメだな。」

 首を振って、虎徹はその提案を没にした。

 スカイハイの天然ぶりは世間に広く広まっているし、虎徹自身も知っている。

 この事態をうまくごまかせと言っても、彼には無理だろう。

 となれば。

 「やっぱ、バニーちゃんしかいないか。」

 いまだに気を失ったままのバーナビーを見下ろして、虎徹は深々とため息をついた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「シュテルンメダイユ地区、サウスゴールド、××デパート屋上遊園地にある、巨大観覧車、一夜にして倒壊。

 一連の自動車暴走を引き起こした犯人による人為的倒壊か・・・。」

 ガサガサと新聞を鳴らしながら、記事を読み上げるのは、アントニオである。

 ジャスティスタワーにある、ヒーロー専用のトレーニングセンターである。

 「虎徹か・・・。」

 「タイガーの仕業じゃないかしら?ここまで派手なのって。」

 遠い目をして新聞から顔をあげたアントニオに、隣に座ったネイサンが呆れた顔で言った。

 「車に憑りつく奴じゃなかったのか・・・?

  虎徹・・・。」

 「違うわよ、車輪に、でしょ?」

 口を挟んでネイサンは首を振った。

 「ほら、観覧“車”。“車輪”じゃない。」

 ネイサンが指摘した時だった。

 「おはようございます。」

 不機嫌そのものといった様子でバーナビーがやってきた。

 「あらおはよう、ハンサム。」

 「おはよう。」

 朝の挨拶をする古参のヒーロー2名に、バーナビーはむっつりとうなずいた。

 「あのおじさんはぁぁ・・・!」

 「な、何かあったのか?」

 「あなたの幼馴染!ほんと、何とかなりませんか!!」

 おずおずと尋ねたアントニオに、バーナビーが食って掛かってきた。

 ――あらぁ、地雷だったみたいねぇ。

「あんのおじさんはぁぁぁ・・・化物退治で観覧車一つ倒壊させておいて、後始末を僕に押し付けたんですよ?!

  どう言い訳しろっていうんですか?!」

 どうやらそれがいら立ちの原因らしい。

 「しかし、虎徹がそうしないと、お前さん、今頃化物の腹の中だったんじゃないか?」

 「だ!か!ら!後始末したでしょう!

 あの自動車事故は人為的なものとして、それを起こしている犯人がデパートに逃げ込んだから追いつめたけど、観覧車を倒壊させて、どさくさに紛れて逃げたって!」

 どうやらこの新聞記事は目の前のハンサムが立てた筋書きに沿ったものらしい。

 何とかなだめようとしたアントニオに、バーナビーはいらいらと吐き捨てる。

 「これで貸し二つですよ!おじさん!」

 自分が助けられたことはきっちり棚上げして、バーナビーは吠えた。

 

 

 

 「フエックシンッ!」

 シュテルンビルトのどこかの雑踏で虎徹が盛大にくしゃみをしたのはご愛嬌。

 

 

 

 

 #3END

GO TO NEXT!




 よお!兎ちゃんの見張り役を兼ねている方、ザルバだ。
 文句があんなら、虎徹の言うことくらい
 聞いときゃいいのになあ、あの兎ちゃんは。
 さて、たまには昔話の一つでもしようじゃねえか?
 お前らも知ってると思うが、虎徹は意外と顔が広いんだ。
 その知り合いの中には、なかなかかわいらしい女もいるんだぜ?
 虎徹は気が付いてないけどなぁ。
 次回、“歌姫”。
 ワイルドに吠えてやれよ、虎徹!
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