牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 第4話投下させていただきます。またしても必殺『よくわかんないところはダイジェストにして虎徹は絡ませることなく話を進める』を使用してしまいました。
 そして、あまりにも兎にかわいげがないわ、話の中に女っ気がないわでうんざりしていたので、ツンデレ純情ヒロイン青薔薇さんを出してみました。
 ・・・うん、初対面の虎徹に対する扱いのひどさは兎さんとどっこいどっこいだね。もっとかわいげを出しなさい!女の子でしょう!
 バトルに飽きたからさらっと流したらまた短くなったよ!そして炎が出張りました。
 1年前の出来事なので、青薔薇さんがヒーローになった時期を捏造させてもらいました。実際、彼女は兎並みにホラーに狙われやすいと思います。
 読み直して思いました。ちょっと虎薔薇っぽくなったかもしれません、と。


#4 歌姫

 流離いの歌人、

 愁嘆の果てに栄冠を掴むれば、

 鮮麗なる希望の韻、

 深閑たる玉樹の森に谺す。

 

 

 

 ――魔戒詩編第八十節より

 

 

 

  #4. 歌姫~虎と彼女の今昔~

 

 

 

 時はバーナビー=ブルックスJrがヒーローになる1年前。

 夜闇に包まれた中、ブロンズステージの一角にある、寂れた小さなバー。『Bar Snowdrop』という錆びた看板が街頭に照らされて鈍く光る。

 ゴリ・・・ボリ・・・ゴリン・・・。

 シックな内装の店内はがらんどうだった。

 その奇妙な咀嚼音のする、カウンター部分を除いて。

 カウンターに座っているのは若い男だった。茶髪を撫でつけ、ギャルソンエプロンをまとったバーテンダーだ。

 すぐ隣のスツールに、恐怖に目を見開いた女の氷像がなければ。そして、そのバーテンダーがその氷像にかぶりついて、少しずつ咀嚼・嚥下していなければ。

 彼はこの店に似合いの存在と言えたかもしれない。

 ボリンッ。

 氷片を凍った肉と一緒に噛み砕いて、男は笑う。

 「嗚呼。」

 男が口を開いた。うっとりした、妖艶な声音だ。

 「なんて美しい、手。」

 男は凍らせたことで出血しない女の手首を手に取り、宝物にそうするかのように口づけた。

 「ふ・・・ふふ・・・ふふふふふ・・・。」

 薄暗いバーに、男の低い笑いが響き渡った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「また不採用!」

 カリーナ=ライルはアルバイトの採用面接の結果通知書を見て唸った。

 淡い金髪に、ぽってりした唇の、かわいらしい少女である。もうすぐ中学校〈ジュニアハイスクール〉を卒業して、高校〈ハイスクール〉に入ろうかという彼女は、これを機に夢に向けて新しい一歩を踏み出そうとしていた。

 すなわち、アルバイトをしようとしていたのだ。

 シュテルンビルトでは、15歳以上の労働は法律的にも認められている。ちゃんと両親と学校にも許可を取っているし、後は勤め先を探すだけなのだ。しかし、肝心の勤め先が見つからなかった。

 

 

 

 カリーナはただの女学生ではない。

 秋にデビューしたばかり、タイタン・インダストリー所属の新人ヒーローだ。

 名前はブルーローズ。歌を歌わせてくれる代わりに、悪人を退治して、人命を救助する。氷の能力を持った、女王様。

 しかし、カリーナは気乗りしなかった。彼女は歌いたいのだ。そんな危なくて泥臭いことがしたいわけじゃない。

 それでも、引き受けた以上、やるしかなかった。肌に合わない女王様キャラを演じるのも、能力を使った悪人退治と人命救助も。

 

 

 

 とはいえ、ヒーロー業はヒーロー業〈それはそれ〉である。カリーナは自分の力で夢をかなえるべく、歌手のアルバイトを探していた。

 結果は現在、惨敗状態。どこに至ってもカリーナの若さをなめてかかられるか、あるいは歌なんていらないとすげなく断られるかの二択だった。

 ――フンだ!こっちの方こそお断りよ!

 お決まりの断り文句が連ねられた通知書を丸めてゴミ箱に放り込むと、カリーナはため息をついた。

 一応、他にも面接を受ける予定は組んである。

 ――ちょっと危ないけど、ブロンズの方も探してみようかな・・・。

 思い立ったが吉日とばかりに、カリーナはネットを開いて探し始めた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「手首蒐集家〈リストコレクター〉?」

 「そう。今ブロンズステージを恐怖のどん底に突き落としている殺人鬼なの。」

 魔戒騎士鏑木・T・虎徹は、お気に入りの焼酎を飲みながら尋ねた。

 ゴールドステージにある、会員制のバーにある、ボックス席である。

 彼が向かい合ってるのは、褐色のヒーローにして、一大企業のオーナー――ネイサン=シーモアその人である。

 このバーは、ネイサンが個人出資しており、密談には最適なのだ。特に、今回のような物騒な内容だと。

 二人ともグラスで飲み交わしているが、全く酔っておらず、真剣な目をして、テーブルの上の何枚もの写真を見ていた。

 それらに映し出されているのは、男女問わない、死体だった。

 あるいは鈍器で頭を殴打され、あるいは刃物で体を刺され、あるいは毒でも飲まされたか、口から血を吐いているらしい。

 近くに置かれている封筒から、それが警察からの貸し出し資料だということがわかる。

 「死因はばらばらだけど、共通点があるから、連続殺人だとわかったの。

  あなたにもわかるでしょう?タイガー。」

 「手首がねえ。」

 「そう。手首がきれいに切り取られてるのよ。

  左右問わず、あるい両方とも。」

 写真をにらんで唸るように答えた虎徹に、ネイサンは続けた。

 「んで?その連続殺人鬼がどうしたんだ?

  言っちゃあ悪いが、ヒーローの管轄だろ?

  魔戒騎士〈俺たち〉は人間同士の争いには基本的に手出しできねえんだけど。」

 「その連続殺人鬼が、ホラーとかかわりを持ってるかもしれないといっても?」

 ソファに身を沈めながら言った虎徹に、ネイサンは静かに言葉を紡いだ。

 ぴくりっと虎徹は眉をひそめる。

 「・・・どういうことだ?」

「この殺人鬼、だいたい週1ペースで人殺ししてたんだけど、先月から突然殺人を止めたの。」

ここでネイサンはグラスを傾けて唇を潤してから、続けた。

「心境の変化なんて馬鹿なことは言わないでよ?

 その代わりというのもおかしいんだけど、入れ替わるように・・・。」

「行方不明者が出たのか?」

虎徹の言葉に、ネイサンは重々しくうなずいた。

「ヘリオス〈うち〉の社員なの。

 したっぱだろうと、社員にかわりはないわ。」

「・・・どう思う?ザルバ。」

『写真じゃなんともいえねーよ。』

 話を振られた魔導輪がしれっと返した。人間なら、肩をすくめるリアクションが付いてきただろう。

 『お前はどう思うんだよ、虎徹。』

 「・・・気になるな。無関係じゃないだろうな。」

 考え込むように虎徹は返した。

 ブロンズステージ自体、無法者の吹き溜まり的側面がある。誰が死んだ、いなくなった、やれ売春だ、人身売買だ、といったことが水面下で横行しているのだ。

 行方不明者が増えた程度で目くじらを立てるのもおかしいが、虎徹には奇妙な確信があった。

 『勘か?』

 「勘だ。」

 魔導輪の問いに、しれっと答える魔戒騎士。

「それに・・・。」

 「まだ何か気になることがあるのか?」

 「ブルーローズがね・・・。」

 「ブルーローズ?

  ああ、新しく入ってきた・・・。」

 虎徹は首をかしげるが、すぐに得心がいったらしくうなずいた。

 「あの子、歌手のバイトを探して、どうもブロンズに降りていってるようなの。」

 「はあ?」

 虎徹は首をかしげた。

 「おいおい、ブルーローズって、女の子だろ?

  ブロンズに降りるって、何考えてるんだ?」

 『こりゃ、ほんとにホラーがいるとしたら、格好の餌食だぞ。』

 顔をひきつらせた虎徹に、ザルバが苦々しげに吐き捨てた。

 「そうでなくても危ねえよ!」

 「悪いけど、頼まれてくれるかしら。」

 指輪に向かってどなった虎徹を、ネイサンが真剣なまなざしで見つめた。

 お人よしを地でゆく虎徹に、断れるわけがなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなことはつゆ知らず。

 それから数日後の夕方、学校が終わったカリーナはブロンズステージの大通りを歩いていた。

 ブロンズは治安が悪いが、大通りは比較的まだ安全だ。

 ――ええっと、この辺よね?

 キョロキョロと見まわすと、お目当てのバーがあった。

 『Bar Snowdrop』。ここだ。

 準備中の看板が掛けられているが、ちゃんとアポは取ったし、問題ないだろう。

 「こんにちは・・・。」

 緊張で声が上ずったが、カリーナはノックして、木製の扉を開いた。

 シックな内装の店内では、バーテンダーらしい青年がいそいそと開店に向けて動き回っている。

 「ああ。いらっしゃい。

  電話してくれたライルさんであってるかな?」

 振り向いてニッコリ笑うバーテンダーに、カリーナは赤面した。

 かなりのイケメンだ。

 「は、はい。」

 「ちょっと待ってて。つまみの下ごしらえだけでもしておきたいからね。」

 頷いたカリーナに、バーテンダーは微笑みながら言う。

 「とりあえず入って、向こうの席にかけて。」

 

 

 

 「それじゃ、歌手をやりたいんだね?」

 「ええ。」

 改めて小さなボックス席でテーブルを挟んで向かい合いながら、カリーナはうなずいた。

 「うちみたいな小さな酒場でやりたいなんて、君も変わってるね。

  よかったら、何でうちを希望したのか、教えてくれないかな?」

 「私、歌手になりたいんです。」

 履歴書から目を上げたバーテンダー――ライナス=エンゲルスと名乗った青年の問いかけに、カリーナはすっと背筋を伸ばして答えた。

 「場所なんて気にしません。

  ネットに出してましたよね?

  一日の疲れを癒し、明日への希望を持たせるお店だって。

  私の歌で、そのお手伝いをしたいんです。」

 真剣なカリーナの表情に、ライナスはしばし考え込むと、「それじゃ」と立ち上がった。

 「ちょっと、君の歌を聞かせてくれるかい?」

 

 

 

 カリーナが案内されたのは、店の片隅にある、グランドピアノだった。

 「店を開いた時に、妻が置いたんだ。

  彼女はピアノがうまかったよ。」

 「え・・・結婚なさってたんですか?」

 ピアノのふたを撫でながら言ったライナスに、カリーナは意外そうな目を向けた。

 まだ若いから、てっきり未婚かと思っていた。

 「まあね。

  ・・・もう、どこにもいないけど。」

 小さくぽつりとつぶやいたライナスに、カリーナは自分が地雷を踏んだことに気が付いた。そういえば、彼の語り草も過去形だったではないか。

 「あ、ごめんなさい!」

 「気にしなくていいよ。もう昔の話だからね。」

 あわてて頭を下げるカリーナに、ライナスは微笑んだ。

 「さあ。歌ってくれないかな?」

 「は、はい。」

 促され、カリーナはピアノのそばに立つと、深呼吸してから、歌いだした。

 

 

 

 ブルーローズの時は、タイタンが作曲したポップな歌を歌うが、カリーナ個人はもっとしっとりしたバラードを好む。

 歌ったのは、カリーナがいつか自分自身で歌いたいと願っていたそれだった。

 

 

 

 カリーナは気が付かなかった。

 彼女を見つめるライナスの柔らかな視線が、一瞬垂涎物のごちそうを見る目をしていたことに。そして、我がものにしたいと言わんばかりに彼女の細い手首を熱っぽい眼差しで凝視していたことに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「それじゃあ、さっそく明日から歌いに来てくれるかな?」

 「いいんですか?!」

 歌い終えた後もいくつかのやり取りをしてから、申し出たライナスにカリーナは表情を輝かせた。

 「こんな小さなバーでよかったら、君の夢のお手伝いをさせてほしいんだ。」

 「そんな!とっても綺麗なお店じゃないですか!

  こちらこそ、よろしくお願いします!」

 カリーナは達成感に浸りながら、頭を下げた。

 詳しい労働時間帯〈シフト〉と時給を話し合い、カリーナが荷物を持って店を出た頃には、とっぷりと日も暮れて、すっかり暗くなり、街並みはネオンサインに支配されていた。

 ――うわー・・・すっかり遅くなった。

 急いでケータイからメールを打ちながら、カリーナは早足で家路を急ぐ。

 シルバーに出れば安全なのだが。

 ふと、カリーナは視線を感じたような気がして、メールを打ち終えた顔をあげて振り向いた。

 家路を急ぐか、飲みに向かうかで雑踏を行きかう人々の中、流れに流されずに、その男は道の端にたたずみ、カリーナを凝視していた。

 白いコートに、黒いレザー服。ツートンカラーのハンチング帽をかぶり、変な髭をした、背の高い男。琥珀の双眸が、がっちりという擬音が付きそうな勢いでカリーナの栗色の双眸と、ぶつかった。

 ――うわ・・・何あれ・・・。

 あからさまに変な人間に絡まれたと思ったカリーナはふと、昨日トレーニングセンターに寄った時、先輩ヒーローであるファイヤーエンブレムことネイサンから受けた忠告を思い出した。

 ――今、ブロンズは手首集めてる殺人犯がいるって・・・。

 まさか。

 ぞっとしたカリーナは急いで踵を返すと、早足で歩きだした。

 いくつもの角を曲がり、カリーナはようやくシルバーステージへ上がるためのモノレールの駅へ向かう。

 そこで恐る恐る振り返った。

 男はやっぱりそこにいた。

 ――ヤダ、ついてこないでよ!

 元来気丈なカリーナはきっと男を睨みつけた。

 きょとんと男は表情を崩して、目を瞬かせた。幼さを感じさせる仕草だが、カリーナはそうは騙されるかと目に力を入れる。

 ツンと前を向いて、カリーナは駅の構内に入っていった。

 カリーナは気が付かなかった。

 睨みつけられた男が苦笑するように黒髪を掻くと、ゆるりと踵を返したことに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌日の夕方。

 ――げぇ。

 ブロンズのモノレールの駅から出たカリーナは表情が引きつりそうになった。

 白いコートにハンチング帽をかぶった、変な髭の男が、駅前に立っている。

 ――なんでそこにいるのよ!変態!

 盛大に内心で男を罵りながら、カリーナは目を合わせないようにうつむきながら、男のわきをすり抜け、そのまま早足で店に向かう。

 時折ちらりと振り向いてみるが、ヒーローとして鍛え始めたにもかかわらず、男はカリーナから一定の距離を保ったままついてきているようだ。

 ――ついてこないでって言ってるじゃない!このヒゲ!

 果たしてヒゲが罵り文句になるかは不明だが、とにかくカリーナは内心そう吐き捨て、男を振り切るべく、細い路地に入った。

 「よお、お嬢ちゃん。どこ行くんだ。」

 路地を入ってしばらく歩いてると、腕に龍の刺青を入れた、明らかにガラの悪そうな男が、にやにやしながら彼女に話しかけてきた。

 カリーナは男を気丈に睨みつけると、その脇をすり抜けようとした。

 「無視しないでさ。俺と遊ぼうよ。」

 「急いでるのよ!」

 どいてとカリーナが叫ぶより早く。

 「俺の連れに何か用事か?」

 ぽんと肩に手を置かれ、カリーナは誰かに抱き寄せられた。

 ――え?

 ハッとカリーナが振り返ると、そこにはあの白いコートの男が人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。

 「っ!

  て、てめえは!!」

 「どうも。この間は悪かったな。」

 ひらりとカリーナの肩を抱いてない手を振って、男が口を開いた。

 飄々とした、いたずら小僧が次のいたずらを企むような口調だ。

 カリーナが視線を前の男に戻すと、男ははっきり顔をひきつらせて、白いコートの男を見ていた。

 「た、タイガーの知り合いだったのかよ!

  畜生!」

 悪態をついて男は回れ右をすると、路地の奥に姿を消してしまった。

 「大丈夫か?」

 しばしあっけにとられていたカリーナを引き戻したのは、白いコートの男の声だった。

 「だ、大丈夫よ!離して!」

 ぱしんっと手を払い、カリーナは男から距離をとる。

 こちらを助けて油断させる。不審人物が犯罪を起こす際の常套手段だ。ドラマか何かでそんなシーンがあったと思いながら、カリーナは男を睨みつけた。

 「た、助けてくれたことには礼を言うわ!だからって、私の後をついてこないでよ!」

 「あ、ばれてた?」

 「バレバレよ!」

 ちっとも悪びれたふうのない男に、カリーナは怒鳴っていた。

 「何なのよ、昨日から!」

 「お前さ。」

 すっと男がカリーナの前に距離を詰めて立つと、栗色の瞳を覗き込むように口を開いた。

 「『Bar Snowdrop』に出入りしたようだけど、あの店はやめときな。

  命がいくつあっても足りねえよ。」

 「な・・・!」

 いきなりバイト先の名前が出て、カリーナは目を白黒させた。

 が、すぐに持ち直した。

 「言いがかりはやめてよ!」

 すぐに男に食って掛かった。

 「ライナスさん・・・お店の支配人さんはすごくいい人よ!

  あんたみたいに胡散臭くないわ!」

 「胡散臭・・・。」

 ガツンと男は殴られたようにショックを受けているようだった。

 これ幸いとカリーナは身をひるがえして、男の前から逃げ出した。

 

 

 

 「っていうことがあったんですよ!ほんっとむかつく!」

 「それは大変だったねぇ。」

 カリーナは持ってきた少しばかり大人っぽい衣装に着替え、カウンターでグラスを磨くバーテンダー――ライナスに愚痴っていた。

 「ブロンズは治安が良くないからねえ。変な言いがかりをつける人もいるよ。

  でも、カリーナ君が無事でよかったよ。」

 「わたしなら大丈夫ですよ!」

 ヒーローなんだし。

 とカリーナは内心続けた。

 いざとなったら得意の氷の能力を使って、自分の身くらい自分で守れる。

 「ふふふ。カリーナ君は頼もしいな。

  そうだ。まだ店を開くまで時間があるから、1曲歌ってくれないかな?

  練習と思って。」

 「え?」

 カリーナはきょとんとライナスを見た。

 「昨日の曲、実をいうと結構気に入ったんだ。

  もう一度聞かせてほしいんだけど・・・ダメ、かな?」

 「そ、そんなことないですよ!

  いいですよ!」

 衣装の裾を翻し、カリーナは小ぶりなステージ――グランドピアノのそばに立つと、息を吸い込んで歌いだした。

 ライナスはグラスを置くと、目を閉じてうっとりと旋律に耳を傾ける。

 カリーナは自分を拾ってくれたライナスに感謝をこめて歌の続きを紡ごうとして。

 「か・・・かはっ・・・あ・・・!」

 唐突に息が苦しくなり、かがみこんだ。

 否。誰かに首を絞められている。

 「ラ・・・!」

 「やはり、絞殺はよくないな・・・悲鳴の旋律が聞こえない・・・。」

 助けを求めようとしたカリーナを、ライナスは穏やかにほほ笑みながら見つめた。

 彼のひじから先の両手はなかった。

 もしも、その場に誰かいたら、その人間は悲鳴を上げていただろう。

 何しろ、ライナスのひじから先の両手が、カリーナの背後に回り、彼女の首を絞めているのだから。

 「君の手は素晴らしく美しい。

  アンナの・・・妻の手によく似ているよ。」

 カウンターを飛び越え、ライナスは呼吸困難でうずくまったカリーナに悠々と歩み寄った。

 「だから、その手を僕にくれないかな?

  大丈夫。残った君は」

 僕のディナーだ。

 そう続けて、クカッとライナスに成りすましていたモノが開いた口は、ぎざぎざの牙が並んだ、凶悪なものに変貌し、冷たい冷気を吐き出していた。

 「だ・・・!」

 誰か助けて・・・!

 とぎれそうな意識の中、能力を使うこともままならないカリーナがそう願った時だった。

 バダンッ!ドギャッ!

 「グハァッ!」

 勢いよく店の扉が開け放たれ、飛び込んできた何者かが、その勢いのまま“ライナス”を殴り飛ばした。

 “ライナス”本体がダメージを受けたせいか、カリーナの首を絞めていた手が外れた。

 「ゲホッ!ゲホゲホゲホッ!」

 床にうずくまったまま盛大に咳き込むカリーナは、何とか顔をあげ。

 「あ・・・。」

 自分をかばうようにたたずむ、白いコートの背中が目に入った。

 ――あの、変な奴・・・。

 「何とか間に合ったようだな。」

 ほっとした調子で白いコートの男が振り返り、口を開いた。

 安心したらしい優しい目でカリーナを見つめてくる。

 「ずぅぅぅ・・・!

  貴様ぁぁぁ。」

 カウンターに備え付けられたスツールに身をもたせ掛けるように、“ライナス”が立ち上がった。そのそばにひじから先の両手が従者のように浮遊する。

 「手首蒐集家〈リストコレクター〉でホラーか?

  人間と化物、双方利害の一致って?冗談じゃねえ。」

 苦々しく吐き捨て、白いコートの男は小さく振り向くと、カリーナに言った。

 「すぐに店から出ろ。」

 「で、でも、あんたは?!」

 「俺は大丈夫だから。」

 グイッと男はカリーナの手を掴み、無理やり立たせると、扉に向かって引きずっていく。

 一見すると無防備だが、“ライナス”の方を警戒しているのは明白だった。

 「悪いがここから先はR指定だ。」

 ウィンクして、男は強引にカリーナを店の扉から外に放り出し、扉を閉めた。

 「ちょ、ちょっとぉ!」

 カリーナは声を張り上げ、扉を引っ張ったが、鍵をかけられたのか、びくともしない。

 やがて、中からドンドンバタガタと騒がしくなった。

 ドゴンッ!

 ひときわ大きな音がとどろいた。

 びくっとカリーナは肩を震わせた。

 一体店の中で何が行われているというのか?

 “ライナス”は?

 あの白いコートの男は?

 頭の中いっぱいに疑問符を浮かべる中、カリーナは店の扉が少し開いたことに気が付いた。何かがぶつかって、鍵が外れたのだろうか?

 そっとカリーナはその隙間から店内を覗き込み。

 彼女は栗色の大きな瞳を、さらに大きく見開いた。

 店内にいたのは、真っ白なトカゲを無理やり人型にしたような異形と、金色の虎のような鎧をまとい、剣を持った人物だった。

 “ライナス”も白いコートの男も、どこにもいない。

 カリーナが絶句している中、金色の騎士が動いた。

 ヒュ・・・ザゾンッ!

 長剣を振りぬいて、真っ白なトカゲの化物が吐く冷気をものともせず、異形を真っ二つに切り裂いていた。

 ビチャアッ!

 ヘドロのような血をまき散らし、怪物の残骸が店の床を汚すが、次の瞬間、その死体はきれいに消えてしまった。

 ガシャンッ。

 ガラスの割れるような音とともに、金色の騎士から鎧が光の粒子となって剥がれ落ちる。

 その中から現れたのは、あの白いコートの男だった。

 ――あいつ!

 カリーナは大きく息をのんだ。

 

 

 

 「あーあ、首、跡残ってるぜ。本当に大丈夫か?」

 「平気よ、このくらい。」

 店を出てきた白いコートの男――鏑木・T・虎徹と名乗った彼の隣を歩きながら、カリーナは平然と言った。

 店から少し離れた、裏路地だ。大通りは人目があるので、カリーナのことを気遣ったろう、虎徹がぴったりとくっついて歩いてやっている。

 「ファンデ塗ればごまかせるし。どうってことないわ。」

 「・・・。」

 唐突に虎徹は立ち止まると、カリーナの頭をぽんぽんと撫でた。

 「やめてよ!子供じゃないわ!」

 「よく頑張ったな。」

 手を払いのけようとしたカリーナに、虎徹が穏やかに言った。

 「あの化け物に襲われて、怖かっただろ?

  お前は強いよ。よく頑張った。」

 「・・・~~~!!」

 じわっとカリーナの目に涙が浮かぶ。

 信じていたライナスに裏切られた。ライナスが人間じゃない化物だった、しかも噂の殺人犯だった衝撃、危うく殺されそうになった恐怖と絶望。少し時間をおいて、それらがリアルに感じられるようになった。

 必死に強がろうとした。どうってことない、大丈夫、と。

 「もう、大丈夫だ。」

 「~~~~!

  うわあああああああん!!」

 虎徹の言葉に、カリーナは大声を上げてわんわん泣き出してしまった。

 

 

 

 ――うわー・・・ハズい・・・っていうか、ありえない・・・!

 もうすぐ高校生になろうかというのに、しかもヒーローをやっているというのに、家族でもない赤の他人の前で大声を上げて泣き出してしまった。

 ひとしきり泣いてやっと落ち着いたカリーナは鞄からハンカチを取り出し、涙を拭いながら真っ赤に泣きはらした目で、気まずげに虎徹を見た。

 虎徹は優しい表情でポンポンとカリーナの頭をなでると、「そろそろ帰るか?」といった。

 「駅まで送るよ。ブロンズは物騒だからな。」

 「うん。」

 コクリと、カリーナはらしくもなく、素直に頷いた。

 その道中、カリーナは虎徹から夜闇をうごめく怪物ホラーのこと、それらを退治している魔戒騎士のことを聞く。もちろん内緒だと釘を刺されたうえで。

 ネイサンと彼が旧知の間柄で、心配されていたことも。

 「そっか・・・ネイサンが・・・。」

 「心配してたぞ。今度会ったらお礼言っとけよ。」

 「わ、わかってるわよ。」

 調子を取り戻して強気に言い返すカリーナに、「元気が出たみたいだな」と虎徹は笑いかけた。

 「しかし、どうして『Bar Snowdrop』に行こうとしたんだ?」

 「あ・・・。」

 問われて、カリーナは黙り込んだ。

 一瞬、あんたには関係ないわよと突っぱねそうになったのはご愛嬌。

 「あ、そういや、ネイサンが言ってたっけ。

  “歌手のバイト”を探してるって。」

 「そ、そうよ!悪い?!」

 つっけんどんに言うカリーナ。

 「そんなわけないだろ。

  ブロンズっていう場所に来るのがよくないだけだよ。」

 ここで虎徹はワシワシと黒髪を掻いてから申し訳なさそうに口を開いた。

 「とはいえ、せっかくのバイト先をつぶしちまったからな・・・。

  代わりのバイト先紹介するから、勘弁してくれよ。」

 ハの字に眉を下げ、虎徹は情けなさそうに笑った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 現在。

 虎徹から紹介されたバイト先――シルバーステージにあるそこそこのバーで一曲歌い終えたカリーナは悶々と悩んでいた。

 以前からヒーローを続けることに不満があったが、ここ最近はますますその不満が強くなっているのだ。

 友達には内緒にしなきゃいけない、学校を抜けることもあるから、一人で補習を受けねばならず、補習が終わって友達と遊びに行くとなってもすぐにドタキャンしなきゃならない。家族との関係も芳しくない。(カリーナが反抗期に入ってしまったからというのもあるが。)

――こんなに報われない仕事だとは思わなかったな・・・。やっぱりヒーロー、やめようかな。

 他のヒーローたちと違い、カリーナにはヒーローを続けたいという意思も、理由もないのだ。モチベーションが上がるはずもなかった。

 深々とため息をついた時だった。

 「よう。歌、よかったぜ。」

 すとんと隣に腰を下ろしたのは、虎徹だった。チップだろう、すっと1シュテルンビルト札をカリーナに差し出す。

 やはり、あの白いコートに黒のレザー服という何とも怪しい格好だった。

 1年経った今も、虎徹は時折、歌を聞きにこのバーに顔を出す。もっとも、こうやって近くで話をするために顔を合わせたのは初めてだった。

 「あ、ありがと。」

 チップを受け取り、カリーナは礼を言った。

 「ねえ。」

 ふと、彼女は訊いてみたくなった。

 「なんで魔戒騎士やってるの?」

 ――なんで命を賭けてあの化け物と闘えるの?怖くないの?

 それは、カリーナがずっと感じていた疑問だった。

 「ん?」

 虎徹はお冷を入れたグラスを置くと、首をひねってから答えた。

 「そんな難しい理由なんてねえぞ?」

 「私が聞いてるのよ?教えなさいよ。」

 促したカリーナに、虎徹はしれっと答えた。

 「だって、誰にも内緒にしなきゃいけないんでしょ?

  それで誰かに認められるわけでもなし、報われないじゃない。」

 まるでヒーローみたいに。

 「んー・・・。」

 ヒーローのような男は小さく唸った後、ややあって、垂れ目気味の琥珀の双眸をカリーナに向け、真剣な響きの声で言った。

 「俺は単純に人助けしたいから、かな。

 実はヒーローと魔戒騎士、どっちやるか迷ったんだけど、こっちの方が俺にしかできないからさ。」

 ここで虎徹は言葉を一度言葉を切って、微笑んでから続けた。

 「お前だって歌が好きだから歌ってるんだろ?同じだよ。」

 「・・・。」

 カリーナは小さくうつむいた。

「好きでやってることなんだから、誰かに認められるとか・・・どうでもいいんじゃねえのか?」

 内心の悩みを見透かされたように言われて、カリーナはぎくりとした。

 その時だった。

 設置されているテレビから、HERO TVのライブ映像が届いた。

 どうやら石油コンビナートの火災事故が起きたらしい。

 画面の中では、他のヒーローたちが必死に救助消火に当たっている。

 それを見たカリーナは、立ち上がっていた。

 ――あああ!もう!

 その通り。誰かに認められなくたって、歌も、ヒーロー活動も。

 「店長!私、ちょっと用事が入りました!」

 勢いよく言って、カリーナは店を飛び出した。

 「なんで魔戒騎士をやっているのか・・・か。」

 スツールに腰掛けたまま、虎徹は小さくつぶやいた。

 そのまま意識が過去に飛んだ。

 

 

 

 『お父さん!お父さん!』

 『虎徹・・・。』

 血を吐きながら、冴島正宗は幼い虎徹の手を、真っ赤になった手で優しく握った。

 『“守りし者”となれ・・・強くなれ・・・。』

 『お父さん!』

 

 

 

 ハッと意識が引き戻される。

 わっとテレビの中が騒がしくなったためだ。

 遅れてブルーローズが登場したらしく、画面の中で倒れそうになったクレーンを氷漬けにして止めている。

 『おい、虎徹。いつまでぼさっとしてんだ?』

 「はいはい。ンじゃ、そろそろお仕事とするか、ザルバ。」

 左手の中指の指輪に言って、虎徹はスツールを立ちあがった。

 

 

 

 

 #4END

 GO TO NEXT!

 

 

 




 よお!実は虎徹の親父とも懇意にしてた方、ザルバだ。
 ブルーローズとの昔話、どうだった?
 なかなかかわいいところのあるお嬢ちゃんだっただろ?
 ところで、お前ら、火の色と温度の関係について知ってるか?
 火ってのは、温度が高くなるとオレンジから青に変わるんだぜ?
 もっとも、その調整は簡単にできるもんじゃねえがな。
 次回、“劫火”。
 お?兎ちゃんは誕生日か?いいねえ。しっかり楽しんどけよ。
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