牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 それでは、第6話、投下させていただきます。
 満を持してルナティックさん登場です。タイトルの月は、ルナティックと今回登場するホラー・ルナーケンの、ダブルミーニングです。
 オリジナルのホラーを考えるのも、なかなか大変なんですよ。
 そういうわけで、ちょっと使いやすそうな彼女をリサイクルさせてもらいました。攻撃パターンや容姿などが違うと思う方もいるかもしれませんが、出現時代と素体とした女性の陰我が違うからということで、強引に納得してください。
イワンがいないぞとずっと思っている方。もう少し待ってください。次回登場しますから!


#6 狂月

 天空の真円、高々と舞い上がらん。

 皓々たる黄金の光、騎士の力となり、

 紅の慟哭、闇蠢く者の歓喜をなす。

 其は久遠の彼方より変わらぬ理なり。

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第四十二節より

 

 

 

 

  #6. 狂月~処刑人と魔戒騎士~

 

 

 

 

 彼女は、絶望の極みにあった。

 愛した男が殺された。焼き殺されたのだ。

 自分は罪を犯してしまった。でも必ず罪を償って、刑務所から出て、君のもとに帰るから、待っていてほしい。

 そういってくれた男はもういない。

 親も友も、男以外何も持たない彼女は、今度こそ、全てを失ったのだ。

 刑務所から来た通知に、彼女は声を張り上げわんわんと泣き叫び。

 気が付けば、ダウンタウン地区にある廃屋にたどり着いていた。

 階段を上って天井近くまで行くと、梁の上を伝って歩き、用意していたロープを結びつける。

 「さよなら。」

 輪にしたロープの端をクビにかけ、彼女は微笑みながらそこから飛び降りた。

 ゴギンッ。

 首の骨がへし折れる音とともに、その細い体躯は弛緩した。

 ゆらりっとその穴の開いた天井から差し込む月光に、揺れる女の体躯が一瞬陽炎のように揺れた。

 直後。

 『ーーー!!!』

 この世のものとは思えない叫びをあげて、動かなくなったはずの彼女が首の縄に手をかけ、梁の上に這い上がった。

 それはまるで、産声のような、咆哮だった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 辺り一面に満ちる炎の海。

 かけっぱなしのオーディオから流れるのは、甲高いオペラ。

 幼い少年は茫然と座り込んで目の前の光景を眺めているしかできない。

 炎の海となっているのは、格調高いインテリアに飾られていたリビングだった。

 フローリングに倒れているのは、代わり果てた愛しい人たち。

 そして、炎の海の奥で、誰かが笑う。

 顔がよくわからない。

 もう少しで見えそうなのに。

 ゆっくりと、それが振り向いた。

 

 

 

 

 「うわあああああ!」

 もう何度目になるだろうか。

 バーナビーは絶叫とともに飛び起きた。

 薄暗がりの寝室。ベッドの上で、息を乱しながら、バーナビーは夢を思い返す。

 忘れるものか。二十年経とうと、絶対に。

 寝るためだけの部屋なので、昼だろうと寝室のカーテンは閉め切っていた。かすかに光が差し込んできているので、もう朝らしい。

 ベッドの上でバーナビーが頭を抱えていると、手首のPDAが静寂を切り裂いた。そういえば、いつもならもう出勤している時間だろう。

 しかし、バーナビーは舌打ちしてPDAを引きちぎるように外すと、部屋の隅に放り投げた。

 ようやっと両親の仇の手掛かりがわかりそうになったのに、全てを台無しにされたのだ。それでのこのこ会社に行くなんて、到底そんな気分にはなれなかった。

 バーナビーはそのままシーツを跳ね飛ばし、リビングへ向かうと、電脳世界のアンダーグラウンドに何か動きがないか確かめるべく、ネットを立ち上げた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 『こっちは両親を殺されてるんだ!!』

 虎徹は脳内をこだまするバーナビーの鬼気迫る発言を思い返しながら、手元の資料に目を落とした。

 虎徹は、冴島邸の書斎で、デスクに座っていた。

 彼が手に持っているのは、ネイサンが今朝、ヒーローの特権を用いて取り寄せた、とある事件の資料である。

 “ND1957年12月24日 ブルックス夫妻放火殺人事件”と銘打たれていた。

 虎徹も魔戒騎士という仕事柄、人の心の闇を垣間見る機会はあったが、その事件もかなり凄惨な物であった。

 ロボット工学で著名な学者夫妻を狙った殺人と思われ、挙句放火までされている。当然邸宅は全焼。生き残ったのは、当時夫妻に雇われ、その日は風邪で休んでいたという家政婦のサマンサ=テイラー女史と、ブルックス夫妻と親交があったアルバート=マーベリック氏と外出していた、

 「・・・バニーだけか。」

 ぽつりとつぶやいた。

 ――ネイサンがあんな顔してたわけだ。

 おそらく、彼女も自分に資料を提供してくれる際に、概要を知ったのだろう、と虎徹は思った。ネイサンの苦々しげな表情とともに。

 

 

 

 

 パワードスーツ襲撃事件から一夜明け。

 駆け付けた警察にヒーロー〈ネイサン〉とHERO TVプロデューサー〈アニエス〉からのとりなしもあり、事情聴取もそこそこに、虎徹は早々に帰途に就くことができた。

 バーナビーだけは違った。事情聴取も拒否し、不安定な精神のまま、NEXTが回復するや否や、立体駐車場の天井を突き破ってロケット花火のごとく打ち上がり、エスケープしてしまったのだ。

 『ハンドレッドパワーって、ああいう使い道もあるんだなぁ。』

 のほほんというザルバをよそに、虎徹をはじめとしたその場に居合わせた人々は呆然と夜空を見上げるしかなかった。

 ともあれ。

 元来お節介な虎徹は、好奇心も手伝い、ネイサンにバーナビーの過去の洗い出しを頼んだのだ。

 本来、これは禁則事項〈タブー〉だ。ヒーローは正体を隠す。当然その個人情報も。いくらバーナビーが顔出しヒーローだからって、軽々しく過去を詮索していいはずがない。

 しかし、ネイサンも昨夜巻き込まれたので、思うところがあったらしく快く引き受けてくれた。

 そして、現在その資料が虎徹の手元にある。読み終わったら、ヘリオスエナジーに返却に行かねばならないが。

 

 

 

 

 ――どのくらい苦労したんだろうな、あいつ・・・。

 資料によると、バーナビーは事件当時たったの四歳。両親の愛情を思いっきりその身に受けてしかるべき四歳の子供が、暖かな団欒を過ごすはずの聖なる日に、たった一夜にしてすべて失った。

 ――そっか・・・それでか・・・。

 必死に生きてきたのだろう。泣くまいと。強くあろうと。

 あのやたらツンケンしたヤマアラシのような態度も、人に好意を示すということに慣れてない様子も、全てに合点がいく。

 そして、昨晩のバーナビーの態度から察するに、昨日のパワードスーツの男は、両親を殺した人間について何か知っていた・・・もしくは、それに近い何かを知っている可能性があったのだろう。

 取り乱しても仕方ないのかもしれない。

 『復讐ねえ。そんなにいいもんか?』

 「がらんどうのまま生きるよりはマシだろ?」

 一緒に資料を眺めることになったザルバが口をはさむと、虎徹は首を振った。

 何もかも失くして無気力に、ただ惰性で生きるよりは、それが歪んでいようと、目的を持って生きた方がはるかにいい。

 『そりゃ経験者だから言うのか?虎徹。』

 「っ!」

 虎徹の脳裏をある光景がよぎる。

 二十年以上昔の、古い光景だった。

 胸に大きな刀傷をつけ、血を吐きながらうずくまる、白いコートの男。

 虎徹の実父にして先代“牙狼”の称号を持つ男、冴島正宗の死にざまだった。

 「ちげえよ!いつ俺が復讐に走った?!」

 いつになく虎徹は厳しい表情で中指の契約相手を怒鳴りつけていた。

 さすがにこれはザルバもまずい発言をしたと思ったらしい。

 『悪かったよ。

 けど、坊やも難儀な奴だよなぁ。四つで両親亡くして、ヒーローになったらなったで“返り血付き”になっちまうんだから。』

 「そうだなあ・・・。」

 最後のことに関しては決して他人事ではいられない。

 もともとは虎徹の力不足で巻き込んでしまったのだ。(これに関して、ザルバは9割バーナビーの自業自得と思っていたが、虎徹は自分の責任だと信じて疑わなかった。)

 もともと見捨てるつもりはなかったが、助ける理由が増えた。

 ――なあ、バニー。復讐が間違ってるとは言わねえよ。

 虎徹は心の中であの肩肘張った兎に呼びかけた。

 ――けどな。生きる目標が復讐だけなんてそんな人生、悲しすぎるぜ?

 親になってわかることもある。

 虎徹はシュテルンビルトから遠く離れて暮らす愛娘、楓のことを思い返した。

 オリエンタルタウンにある母方の実家に、妻の死後から預けているが、もしも自分が死んで、楓がその復讐のためにその身を捧げるように生き始めたら――。

 考えただけで、虎徹は胸が痛くなった。そんなさびしいだけの生き方、親なら間違っても望まない。

 ――きっと、お前の両親も願っているはずだ。

 お前の幸せを。

 トントン。

 書斎の扉をノックする音に、虎徹は顔をあげた。

 「マックス?」

 「失礼します。旦那様。

  このようなものが。」

 呼びかけた主人に応えて、入室してきた執事がスパッと差し出してきた真紅の封筒に、虎徹は眉をひそめた。

 “赤の指令書”。またホラーが出たのか。

 ため息交じりに虎徹は封筒を受け取ると、銀色のライターを取り出して火をつけた。

 ウネンッ。

 封筒から吐き出された銀色の文字に、虎徹は眉をしかめながら、カチンとライターの蓋を閉じた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「えぇぇぇぇ?!

  ハンサムがドタキャンですってぇぇぇ?!」

 ブルーローズはスタッフの一人に怒鳴っていた。

 所は、とある野外劇場に特設されたステージ裏の控室である。

 「なんで?!どうして!!」

 「アポロンメディアのロイズ氏がおっしゃるには、連絡が付かないと・・・。」

 「向こうから仕事持ちかけといて?!

  何考えてるのよ?!」

 

 

 

 

 ブルーローズが憤慨しても無理はなかった。

 今回の共同ヒーローショーを企画したのはアポロンメディアの方なのだ。ブルーローズは引き立て役――面と向かっては言われなかったが、顔合わせの時のバーナビーの雰囲気からいやがおうにもそう悟ってしまったのだ。

 何てイヤなやつなの?!

 その後でブルーローズは荒れに荒れたが、せっかくヒーローをもう少し続けることにした(けして、ヒーローをしてたらお節介な魔戒騎士に会う機会が多いからとは微塵も思ってない。)以上、多少の不満は我慢して、ショーに協力することにしたのだ。

 それを、よりにもよって持ちかけてきた側が――正確にはバーナビーがドタキャンしたのだ。

 事情があったのかもしれないが、それにしたってありえない。ブルーローズは怒り狂っていた。

 

 

 

 

 「あの、代わりと言っては何ですが・・・。」

 「何よ?!」

 「アルバイトを派遣するから、勘弁してほしいと・・・。」

 「アルバイトぉ?!」

 なめてるのか、アポロンメディア!!

 ブルーローズがそう怒鳴るより早く。

 「控室ってここでいいのか?」

 「はい。」

 案内してくれたスタッフにうなずかれる虎徹の姿が目に入り、がちんとブルーローズは硬直した。

 相変わらず白いコートに黒いレザー服の、一見すると怪しい格好だ。

 ――なんで?!なんでここに?!

 真っ白になるブルーローズをよそに、虎徹は彼女を見かけると「よう!」と気軽そうに声をかけてきた。

 「斉藤さん・・・アポロンのメカニックに頼まれてさ。

  大変だったな。」

 「え?」

 聞き返し、一拍の間を開け、ブルーローズは尋ねた。

 「ひょっとして・・・アルバイトって・・・あんた?」

 「おう。」

 「えええええ?!」

 素っ頓狂な声を上げるブルーローズに、虎徹は、

 「こんなおじさんが助っ人で悪かったなぁ・・・。」

 とすねるようにぽつりと言った。

 ブルーローズの叫びの意味を取り違えていることを、虎徹も周囲の人間も、わかっていなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「あなたたち!これからも私たちヒーローをしっかり応援しなさい!

  ハートをがっちりホールドしてあげるわ!」

 ウィンクするブルーローズを最後に、幕が閉じる。

 割れんばかりの大歓声と拍手はこのショーの成功を如実に示していた。

 「はー、やっと終わった。」

 ブルーローズの隣でポーズを決めていたヒーロースーツ姿のバーナビーがぽつりとつぶやいた。

 「つーか、これ息苦しすぎだろ?」

 カシュンッと音を立てて、跳ね上げられたフェイスガードの下には、虎徹の髭面が収まっていた。

 「いつまでハンサムの声出してんのよ、気持ち悪い・・・。」

 「きっ・・・?!」

 鳥肌を立てながら言ったブルーローズに、虎徹はショックを受けたような顔をして、後ずさった。

 「気持ち悪い・・・気持ち悪いって・・・。」

 「違っ!

  そうじゃなくて」

 「タイガーさんがバーナビーさんの声を出してるのが似合わないだけですよ。」

 ショックを受けた様子でうなだれる虎徹にブルーローズはあわてるが、すかさずスタッフがフォローを入れる。

 「・・・しょうがねえだろ?ここにいるのはバニーじゃなきゃいけないんだから。」

 気を取り直して、それでも虎徹は拗ねたように、ボイスチェンジャーのせいでバーナビーそっくりに出る声で言った。

 

 虎徹がブルーローズの手伝いのために、アルバイトとしてアポロンから派遣された経緯は、ざっとこうである。

 出かけようとした虎徹のところに電話がかかってきた。

 それは、アポロンメディアのヒーロー事業部統括部長、アレキサンダー=ロイズ氏からのものだった。

 彼は、先日、ファイヤーエンブレムの無実を晴らすために虎徹が付き合った実験のことを斉藤から聞き、バーナビーのヒーロースーツを(多少の誤差はあれど、)着ることができること、さらに同じ能力であることも聞いたらしい。

 連絡が付かなくなったバーナビーの代わりに、このショーだけでいいから、とアルバイトとして影武者を依頼してきたのだ。

 お人よしの虎徹に断れるはずがなく、(途中ヘリオスによってネイサンに貸し出し資料を返却し、)言われるままに向かったアポロンメディアでは、すでに準備万端と、虎徹の体形をごまかすための詰め物と身長ごまかしの付いたアンダースーツと、バーナビーのヒーロースーツ一式、加えてチョーカー状のボイスチェンジャー(着けるだけでバーナビーそっくりの声を出せる、斉藤特製の一品)が用意されていた。

 そうして、他のスタッフたちとともにブルーローズのもとへ向かったわけである。

 

 

 

 

 「お疲れ様です、おかげで助かりましたよ、タイガーさん。」

 笑いかけてくるスタッフたち(コテツという発音は呼びづらそうだったので、タイガーと呼んでくれと虎徹の方から言ったのだ。)に、虎徹は何とか気を取り直して頷くと、ヒーロースーツを脱ぐべく舞台の奥へ向かった。

 「カ・・・じゃなくてブルーローズもご苦労様。

  ちゃんとまじめに仕事して、えらいな。」

 「子ども扱いしないでよ!

  さっさとそれ脱いできたら?!似合わないんだから!」

 とっさにブルーローズはそう怒鳴ってしまった。

 「わかったわかった。」と頷いて先を急ぐ虎徹をよそに、その後を続くブルーローズはがっかり肩を落としていた。

 褒められてうれしかったのに、とっさにあんなことを言ってしまった。

 ハンサムの声をしてるのがいけない、とブルーローズは改めて、ドタキャンしたバーナビーを恨めしく思った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「ックシュン。」

 「体調でも崩したかい?バーナビー。」

 「いえ、大丈夫です、マーべリックさん。」

 ぴんと背筋を正して、バーナビーは言った。

 所は、アポロンメディアのラボである。

 「アニエス君から聞いた。

  君の気持ちは痛いほどわかるが、君はとっくに社会人だ。

  どんな事情があっても、無断欠勤は感心できないね。」

 「・・・すいません。」

やんわりと咎めるマーベリックに、バーナビーは頭を下げた。

「今回はロイズ氏のとっさの機転で何とかなったからよかったようなものの、君はわが社の代表でもあるんだ。

 君の行動一つで、アポロンメディア自体に迷惑がかかることもある。

 そうなれば・・・我々の真の目的も果たせなくなるんだ。」

「父さんと母さんの仇討が・・・!」

大きく目を見開いて息をのんだバーナビーに、マーベリックは「シッ」とささやいた。

「声が大きい。

 ヒーローが復讐を考えていると知られるのは、今の世間ではよくない。」

 言外にどこの誰が聞いてるかわからないというマーベリックに、バーナビーはすぐに「すみません」と謝った。

 「それで、どうしてまた急に呼び出してきたんですか?」

 バーナビーが休みを決め込んだのにも関わらず、アポロンメディアのラボにいるのは、目の前の養父に呼ばれたからだ。

 「少しでも、君の助けになれればと思ってね。」

 と、マーベリックがバーナビーを案内したのは、大きな円筒形のカプセルの前だった。

 「高濃度酸素供給カプセルだ。

  疲労回復に役立つよ。」

 「ありがとうございます。」

 「早速使ってみたらどうかね?」

 「え・・・?」

 バーナビーは戸惑った。

 気持ちはありがたいが、今は“奴ら”の足取りを調べたい。でも、養父の申し出をむげにするわけにもいかない。

 ややあって。

 「それでは、お言葉に甘えさせてもらいます。」

 ハッチを開いて、カプセルの中に入り込むと、バーナビーは目を閉じた。

 「おやすみ、バーナビー。」

 マーベリックは穏やかに笑った。その両目をシアンに輝かせて。

 

 

 

 

 ピピピピピ。

 スーツのポケットに入れていた携帯電話が鳴ったのは、マーベリックがバーナビーを“寝かせて”から、しばらく経った後だった。

 「はい。」

 通話に出るなり、マーベリックは凍りついた。

 聞こえてきたのは、あの声だった。二十年前、マーベリックを恐怖のどん底に突き落とした、あの男の声だった。

 「わ、わかっている!

  ちゃんと、お前の立てた筋書き通り、ことを進めている!」

 マーベリックは通話相手に向かってどなった。

 そうでもしてないと、恐怖のあまり電話を切ってしまいたくなる。

 「頼む・・・バーナビーには・・・エミリーの息子には、手を出さないでくれ!」

 切羽詰ったその叫びに、通話相手は答えた。

 お前次第だ、と。

 それから二言三言言葉を交わしてから、電話は切れた。

 マーベリックは、ツーッツーッというケータイを片手にしたまま、うなだれて呻いた。

 「エミリー・・・許してくれ・・・。

  私は・・・臆病者だ・・・。

  こうする以外、バーナビーを守る術を思いつかない・・・。」

 ひそかな懺悔を聞く者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 この間プレゼント選びを手伝ってくれたお礼を兼ねて。

 そういう名目で、ブルーローズをお勧めのアイス屋――虎徹が伴侶が健在だったころ、家族三人で一緒によく行った老舗だ――に連れて行こうと、先に着替えた虎徹は、色直しに手間取っているブルーローズことカリーナを、特設ステージの外で待っていた。

 白いコートに、黒のレザー服、加えてツートンカラーのハンチング帽をかぶった虎徹は、明らかに浮いていた。

 「ねえおじさん。

  そこで何してるの?」

 「ん?」

 虎徹が見下ろすと、青い風船を持った子供が、まん丸の瞳でこちらを見上げてきている。

 「友達を待ってるんだよ。

  坊主はこんなところでどうしたんだ?」

 「ヒーローショーが終わったから、ママが迎えに来るのを待ってるの!」

 答えた虎徹に、子供も元気よく答えた。

 「そうか。楽しかったか?」

 「うん!

  でもねぇ。」

 ここで子供は不満そうに口をとがらせながら言った。

 「どうしてヒーローは悪い奴を捕まえるだけなの?」

 「うん?」

 虎徹は首をかしげた。

 「やっつけちゃえばいいのに!

  悪いことしたんでしょ?なんで?!」

 「う~ん・・・。」

 虎徹は腕組みした。

 シュテルンビルトには、死刑制度がない。

 基本的に悪事を働いた人間は刑務所行きだ。もっとも、その長さは悪事の内容に比例して、懲役が軽く百年を通過しているケースもごろごろしている。

 それも恩赦が出るから短くなることもあるし、懲役を過ぎれば、何食わぬ顔で出てくる悪人だっているのだ。

 そういう意味では、ヒーローは真に悪をさばくということはできないのかもしれない。

 ホラーが出現した、だから退治するという魔戒騎士とは、根本的に異なる部分でもある。倒しておしまいという単純にはいかない部分だ。

 「難しい話だなぁ。」

 虎徹は苦笑した。

 昔の――無邪気にヒーローを目指していた頃の虎徹なら、きっと言いよどんでおしまいだっただろう。

 しかし、魔戒騎士としてシュテルンビルトの闇を駆け抜けている男の言葉は違った。

 「なあ、坊主。

  考えたことはないか?」

 「?」

 「悪人だって、人間なんだ。

 そいつを大事に思ってる奴・・・例えば、父ちゃんとか母ちゃんとかが、絶対どこかにいるんだ。そいつが悪いことしたからいなくなれってことになったら、きっとそいつの父ちゃんたちは悲しむぜ。」

 虎徹が見てきたホラーの被害者たちや憑依された者たちの遺族は、今も帰らぬ被害者たちを待っている。

 虎徹は、彼らを見るたびに切なさと申し訳なさでいたたまれなくなる。

 人間は、死ねばそこまでだ。もう二度と、戻ってこない。

 「じゃあ!悪いことされた人は?!

  そのまま泣いて苦しんだままでいいの?!」

 それでも子供は納得できないらしい。

 「そうだなぁ。納得できないなぁ。」

 泣き寝入りするしかない、ホラーの被害者たちを思い、虎徹はうなずいた。

 しかし、虎徹は信じている。人間は強い。

 くじけても、立ち上がることができる。

 「いつか坊主にもわかる時が来るよ。」

 ぽんぽんと頭をなでると、子供は不満そうに虎徹を見上げた。

 「やっぱりおかしいよ・・・。」

 子どもは納得できなさそうにつぶやいた。

 「タイガー!」

 どうやら、待ち人が来たらしい。

 カリーナは、私服姿で小さなポシェットを下げてやってきた。

 「じゃあな、坊主。」

 ポンッと子供の頭を一度撫でて、虎徹はカリーナの方へ向かった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 その夜のことだった。

 「ちょっと遅かったな。」

 そういって虎徹は梁の上からそれを見下ろした。

 ダウンタウンにある、打ち捨てられた廃屋だった。

 朽ちた階段を上った先にある、梁の上に掛けられたロープと、その先端に作られた輪。明らかに首つり自殺を行った痕跡だ。

 『女だな。』

 かすかに残る“陰我”から読み取ったのだろう、ザルバが言った。

 虎徹はロープに触れた。魔導輪ほど鮮明には読み取れないが、魔戒騎士にも陰我の持つ大雑把な感情を読むことはできる。

 “置いてかれた”“ひどい”“私の彼”“燃やされた”“もういない”“刑務所”“帰ってくる”“約束”“絶望”“憎悪”“赦さない”“赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない”

 「っ・・・!」

 最後はホラーに浸食されたからだろう。塗りつぶされるような憎悪だけを感じた。

 ため息をついて、虎徹はロープから手を放した。

 断片的な情報を総合するに・・・。

 「ネイサンが疑われた刑務受刑者焼死事件の遺族か・・・。」

 なんてことだ。

 『後追い自殺を図った矢先にホラーに憑依されたってところか。

  この匂い・・・ルナーケンだな。』

 「ルナーケン?」

 『憑依した人間を蛹にして、満月の光を浴びて完全体になるんだ。

  蛹のうちは雑魚だが、一度孵化したら、手におえねーぞ。』

 「満月?」

 虎徹は空を見上げ、天空を彩る血のように赤い“満月”に苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 いよいよもって急がねば。

 「ザルバ!どっちだ?!」

 後を追うべく、虎徹は廃屋を飛び出した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ヒーロースーツを着込んだバーナビーは、他のヒーローたちと一緒にダウンタウンの一角にある古い教会に集っていた。

 この教会に、犯罪組織のアジトがあるという情報が入ってきたのだ。

 アニエスの指示のもと、ヒーローたちは包囲網を作り上げ、今か今かと番組スタートの合図を待つ。

 バーナビーは予想する。

 この犯罪組織の中に“奴ら”の一因がいるなら、絶対にこの間の――ルナティックとか名乗ったやつが登場するだろうと。バーナビーの予想が正しければ、ルナティックは“奴ら”御用達しの処刑人だろう。情報漏れを防ぐために、命と一緒に口を封じているのだ。

 ――来るなら来い・・・!

   “奴ら”が捕まらないなら、お前から訊きだすまでだ!

 バーナビーはフェイスガードの下で、エメラルドを憎悪に燃やしていた。

 

 

 

 

 『おい、虎徹・・・まずいぞ。』

 「ああ。なんてこった・・・。」

 ザルバの言葉に、虎徹は路地の影から教会を見上げた。

 ヒーローたちに包囲されたあの教会を。

 『ホラーの匂いはあそこからするんだ。

  タイミングが悪いにもほどがあるだろ?!』

 「恨むぞ、アニエス・・・。」

 おそらくこれから見込まれるであろう視聴率に、垂涎しているだろう、女プロデューサーの名を、虎徹は呻いていた。

 彼女には、ホラーのことがばれてしまった以上、説明はしたが、関わらせたくないという気持ちにかわりはない。

 「アントンに・・・バイソンに話して、何が何でも通してもらった方がよさそうだな。」

 手遅れになる前に。

 虎徹がそう言って駆け出そうとした時だった。

 不気味な叫びが、空気を切り裂いた。

 

 

 

 

 「うわああああああああっ!!」

 「ひぃぃぃぃぃっ!」

 バラタタタタタタタッ!

 ガウガウガウガウンッ!

 悲鳴と絶叫、銃火器の唸りが教会内の空気を引き裂く中、それは、ずるずると犯罪者たちに迫っていた。

 顔にひびの入った、黒い、ところどころ破けた喪服を纏った、女。ありえない方向に曲がった首といい、どう見ても、ゾンビにしか見えなかった。

 「来るな!来るなぁぁぁぁ!」

 犯罪者たちが恐怖のあまり絶叫するが、女はずるりずるりと歩を進め、男たちに腕を伸ばした。

 銃弾は、いくつも確実に女に命中しているにもかかわらず、女は穴だらけの体をそのままに、犯罪者たちにゆっくりと、しかし確実に迫っていった。

 

 

 

 

 「何が起こったっていうの?!」

 中継車の中でアニエスは仰天した。

 あの青い炎の使い手――ルナティックがやってくることは予想したが、これは完全に計算外だ。ひょっとしたら中で仲間割れでも起っているのか。

 だが、そうすると、あの恐怖と混乱に満ちた叫びの説明が付かない。

 それでも、ぐずぐずしてはいられない。采は投げられたのだ。

 「突入よ!

  ぐずぐずしない!」

 アニエスの言葉に、茫然としていたスタッフたちは飛び上がるように動き出した。

 

 

 

 

 女プロデューサーの言葉に動き出したのはヒーローたちも同じだった。

 壁になるロックバイソンと、バーナビーが先陣を切り、その後を自然系能力者の四名が距離を開けながら続く。

 教会の扉をロックバイソンがタックルで破ろうとした時だった。

 ビャッ!ババリィィンッ!

 ゴッゴォォォォォンッ!

 青い炎の矢がステンドグラスを砕いて教会の中に突っ込み、内部を燃やしだしたのだ。

 「うわあああああああああ!!」

 「助けてくれえええええ!!」

 「ぎゃああああああ!!」

 犯罪者たちの絶叫がとどろく中、バイソンは急いで扉をタックルでこじ開けた。

 ドバダムッ!

 教会の中は、すでに炎の海だった。

 「う・・・。」

 バーナビーは思わず悪夢をフラッシュバックしそうになり、動悸が激しくなったが、すぐに視線を走らせた。

 青い炎の矢。それは。

 「タナトスの声を聞け。」

 「ルナティック!」

 割れたステンドグラスの向こう、青い炎をほとばしらせながら街灯の上にたたずむルナティックがいた。

 バーナビーは動いた。

 犯罪者の命も、ポイントも、どうでもいい。

 絶対に、逃がさない。

 キィン。

 能力を発動させ、赤く輝くヒーロースーツとともにステンドグラスのあった場所からルナティックめがけて飛びだしたのだ。

 『ちょっとバーナビー?!』

 「あいつはハンサムに任せましょう!

  アタシたちはここの人たちの救助よ!」

 アニエスがとがめるが、ファイヤーエンブレムはすぐにきびきびと指示を出す。

 虎徹と同じく事情を知っていたファイヤーエンブレムは、ルナティックが現れた際、バーナビーがどう動くのか、予想できていたのだ。

 「みんな入るなぁ!」

 虎徹の声がとどろいたのはまさにこの時だった。

 ハンドレッドパワーを使い、白いコートの裾をなびかせ、目にもとまらぬスピードで教会のうちに飛び込んだのだ。

 

 

 

 

 ――タイガー?!何故ここに?!

 ヒーロースーツからのカメラのライブ映像を見ていたアニエスは一瞬考え、その一瞬で恐ろしい結論に達した。

 「映像をバーナビーのスーツのカメラに絞って!」

 「アニエスさん?!」

 「早く!!」

 「は、はい!」

 ――化物退治屋のタイガーがいるってことは、あの化物がいるってことじゃない!!

 つい先日の立体駐車場のことを思い出しながら、アニエスは歯噛みした。

 あんなものを、お茶の間に放送するなんてとんでもない。

 ――早くあの化物をどっかに連れて行ってよ!!

 愛しの視聴率を妨げるそれを、アニエスは早く何とかしてくれと信じてもない神に祈った。

 

 

 

 

 虎徹は炎の海となった礼拝堂を駆け抜け、ゆらゆらと進行方向を乱入してきたヒーローたちに向けようとした女ゾンビの襟首をつかんだ。

 「どっせぇぇぇぇぇぇ!!」

 ババリィィィィンッ!

 大きく跳び上がりルナティックが割ったものとは別のステンドグラスをぶち破って、女ゾンビともども、虎徹は教会から飛び出した。

 いくらなんでも、彼女をテレビカメラに映すわけにはいかない。

 外は。

 真紅の月光――満月の放つそれに満ちていた。

 『ーーー!!!』

 彼女は、歓喜の叫びをあげる。

 『虎徹!月光を浴びせてどうするんだ!』

 「しょうがねえだろ!こいつを公共の電波に乗せられるか!」

 文句を言うザルバに、虎徹は言い返しながら、空中で素早く彼女を突き飛ばし、距離をとって地に降り立った。

 ストッ。シャン!

 ダウンタウン特有のひび割れたアスファルトに立った虎徹は、素早く剣を抜剣した。

 ミシッと彼女の全身にひびが入った。

 シャァァァァァァンッ!

 涼しげな音を立てて、彼女の体が砕ける。

 羽化。まさしくその言葉は適切だった。

 砕けた彼女の体から、それは顕現する。

 女だった。完璧、という以外の形容ができない、素晴らしく美しい女の容姿を持っていた。銀色の長い髪に、青い月光で編まれたようなドレスを纏い、背には毒々しい朱色の蛾のような翅を広げ、青白い肌のその女は赤い目と口元を吊り上げ、笑った。

 フワリ。

 舞うように、女が右手を挙げた。

 ヴワッ!

 その手の先に現れたのは、棘をいくつも生やした金色の球体だった。

 これこそが、虎徹の追っていたホラー――ホラー“ルナーケン”の完全体であるに違いない。

 『見ろ!完全体になっちまったぞ!

  言っとくが、一筋縄じゃいかねえからな!

  “月”に気をつけろよ!』

 「月ぃ?!」

 聞き返した虎徹にザルバが答えるより早く。

 ブワンッ!ギィンッ!

 女の手の一振りに応えるかのように飛来した金色の球体を、虎徹はとっさに退魔の剣ではじいていた。

 『それが“月”だ!

  ルナーケンの最強の武器だ!』

 ザルバの声に、虎徹は剣を構え直し、女めがけて踏み込んだ。

 バヂィンッ!

 「バリアか!」

 女が背の翅を羽ばたかせて、作りだした透明な壁に、剣の刃がはじかれた。

 ガキュインッ!ブブワッ!ギンギンギィンッ!

 「クソォッ!」

 虎徹は悪態をついた。

 こちらの攻撃は翅のバリアによって防がれ、あちらの攻撃は“月”によって360度、どの方向からも自在に仕掛けられてくる。

 “月”はあるいは鈍器のように虎徹を殴打しようとし、あるいは矢のように棘を伸ばし、あるいはレーザーを撃ってくるなど、多彩な攻撃を仕掛けてくる。

 もちろん、虎徹はすべて紙一重でよけるなり防ぐなりしていたが。

 ――バリアを作るなら!

 虎徹はハンドレッドパワー任せに、女――ホラー“ルナーケン”の懐に飛び込む。

 スパンッ!

 そのまま剣を振りかぶると見せかけ、さらに踏み込みルナーケンの背後に回り、蛾のような翅を斬り落とした。

 『あああああ。』

 女が悲鳴を上げた。歌うかのように、優雅で美しい悲鳴を。

 そのまま虎徹は退魔の剣を突き出し、女を背中から串刺しにしようとする。

 だが。

 ヴヴァッ!

 「だっ?!」

 攻撃は回避された。

 女は自分の体を無数の蛾に分解し、剣の刃をよけてしまったのだ。

 蛾の群れは耳障りな羽ばたきをしながら虎徹から少し離れたところに集まり、再び女の姿を形作る。その背には、虎徹が斬り落とした、翅もあった。

 嘲笑うかのように、女は妖艶にほほ笑んだ。

 同時に虎徹の体から青白い光が消える。

 ハンドレッドパワーが時間切れを迎えたのだ。

 『思い出した!女は本体じゃない!』

 ここでザルバが喚いた。

 「じゃあ何なんだよ?!」

 『“月”だ!

  “月”を斬れ!虎徹!』

 女から目を離さぬように気を集中しながら尋ねた虎徹に、ザルバが吠えた。

 「そういうことか!

  それならワイルドに」

 不敵に笑い、虎徹はザルバに剣の刃を滑らせてから、剣先を頭上に向けてヒョウッと円を描いた。その軌跡が金色に輝き、虎徹を包み込む。

 金色の虎を模した鎧姿、黄金の魔戒騎士、牙狼の姿となる。

 「吠えるぜ!」

 再び騎士が剣を構えた。

 ルナーケンが躍るように手を振った。

 それに応えて“月”が宙を舞う。

 回転しながら飛んできたそれを、騎士は剣を使ってはたいて防御する。

 ギンギンギィンッ!

 ビャッ!

 ルナーケンは“月”から光線を放つ。その一瞬、“月”は空中に静止した。

 騎士はその一瞬を見逃さなかった。

 斬ッ!

 踏み込みと同時に放った剣の一撃が、球体を両断する。

 『あああああぁぁぁぁぁぁ。』

 今度こそ、女は悲鳴を上げながら座り込んだ。

 くたりっとその背で、蛾のような翅が生気を失ったように萎れていく。

 ザリッ。

 目の前に立った黄金騎士に、女は弱弱しく顔をあげた。

 『命乞いかよ。』

 呆れた調子のザルバ。

 虎徹は一瞬手が止まりそうになったが首を振った。

 「・・・会えるといいな、“彼”に。」

 一言、声をかけた。

 もう人間の意識は残ってないのはわかっていた。それでも言わずにはいられなかった。

 斬。

 女は袈裟懸けに斬り捨てられる。

 その一瞬。女の目に、それまでのものとは異なる輝きが宿った。

 「嗚呼・・・そこにいたのね・・・!」

 嬉しそうに笑い、彼女は空に向かって手を伸ばした。

 「言ったでしょう・・・待ってるって・・・!」

 パアンッ・・・。

 彼女の身は青白い光となってはじける。キラキラと光の粒子が雪のように舞う中、虎徹の体から鎧が金色の光となって剥がれ落ちた。

 「やりきれねえよなぁ・・・ザルバ・・・。」

 女が消えた場所を見つめながら、虎徹がつぶやいた。ギュッとその手を握りしめながら。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バーナビーは苦戦していた。

 ルナティックは強かった。アポロンメディアの天才メカニック、斉藤謹製のヒーロースーツであっても、ルナティックの熱を完全に防御しきれないのだ。

 能力が時間切れし、対空のための背中のバーニアが燃料切れを起こしたところで、無様に地面に叩きつけられ、バーナビーは起き上がろうとしたが、目の前に青い炎を灯したクロスボウを突き付けられる。

 「偽りの正義を語る、愚かなヒーローよ。タナトスの声を聞け。」

 ルナティックが淡々と言った時だった。

 パシュッ!ビインッ!

 「ふざけるなあぁぁぁぁ!」

 クロスボウを持った右手にワイヤーが絡みつく。

 左手の時計からワイヤーを飛ばした、虎徹が離れたところに立っていた。

 「?!

  ・・・魔戒騎士?!」

 ぎょっとしたルナティックが虎徹の方を見やるなり、言った。

 「何が正義だ!

  この顔面手形野郎!」

 虎徹は感情のままに怒鳴っていた

 “彼女”を斬った瞬間、流れ込んできたその陰我を完全に読んだ。読んでしまった。

 

 

 

 

 必ず刑を全うして戻ってくるといった男を待っていた、“彼女”。何度も面会に行き、そこで模範囚であると看守からも聞いて、刑期が短縮されて、もうすぐ出てこれると互いに喜び合った、その翌日。

 彼は、焼き殺された。無残に炭化させられたのだ。

 この、正義の代行者を気取る男によって。

 

 

 

 

 「あのホラーを生み出したのは、お前だぁ!」

 虎徹の糾弾に、ルナティックはビクンと大きく体を震わせた。

 だらんとクロスボウが力なく下される。

 ――今だ!

 バーナビーはすかさずルナティックに飛びかかろうとした。

 だが。

 ゴゴォォォォウッ!

 ルナティックはまたしても青い炎を巻き上げ、ロケットミサイルのように夜空に飛び出してしまった。

 「軽々しく正義気取ってるんじゃねえよ、この化け物精製野郎〈モンスターメーカー〉が。」

 焼き斬られたワイヤーを手に、虎徹は毒づいた。

 「うわああああっ!」

 「へ?」

 バーナビーが絶叫とともにとびかかったのは、虎徹だった。

 「どうして逃がすんですか?!」

 「無茶いうなよ!ワイヤーが焼切られて」

 「やっと見つかったのに!奴らの・・・ウロボロスの手掛かりだったのに!」

 「う、ウロボロス?」

 バーナビーに襟首を掴まれ、揺さぶられながら、虎徹は途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 シュテルンビルトのゴールドステージのどこか。

 高いビルの屋上、転落防止のフェンスの上に見事なバランス感覚を持ってたたずむ、ルナティックは、茫然とわが手を見やった。

 ひそかに尊敬している、魔戒騎士。

 この街の平和を守る、知られざるヒーロー。

 彼のようになりたい。そう願ってきた。

 それなのに。

 『あのホラーを生み出したのは、お前だぁ!』

 初めて会った、あの人の後継者は、怒りに満ちた眼差しで、己をそう罵った。

 わからない。どうして罵られてしまったのか。

 ルナティックは首を振った。しばらくこの場から動けそうもなかった。

 

 

 

 

 #6END

 GO TO NEXT!

 




 ハァイ。魔導具な方、シルヴァよ。
 いい加減ザルバのおしゃべりには飽きてるんじゃないかしら?
 今回は私が予告させてもらうわ。
 あなたたち、魔戒騎士が“牙狼”だけと思い込んでないかしら?
 私がパートナーにしてる坊やは、ちょっと頼りないけど、
 “牙狼”と同じくらい強いわよ?
 次回、“旧友”。
 見切れてないでしっかりなさい!坊や!
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