牙狼バニ〈GAROBANI〉   作:亜希羅

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 お待たせしました。ついにイワン君の登場と相成る第7話前篇の投下です。また長くなったので、前後篇に分けました。すいません。
 この話で一番どう整理をつけたものか考えたのは、エドワードがどうしてヒーローアカデミーにやってきたのかという点です。結局話の中で明らかにできなかったので、ここでヒーローへの未練からと言い訳をさせてください。したがって、イワン君への復讐なんて、たまたまアカデミーに来たら、そこにイワン君がいたので、彼を見かけたために勢いのままその場のノリで実行してしまったという、後先考えてない物です。
 後、イワン君の生い立ちについても完全に捏造です。このシリーズ内でのみの設定ですよ。
 おじさんの華麗な活躍を期待していた方には申し訳ありませんが、今回の主役はイワン君です。牙狼の出番はありませんよ!
 イワン君を優先したら、月と兎の存在感が薄くなった不思議。この調子でジェイク戦を乗り切れるのか?兎は。それ以前に彼に掛けられた呪いが放置プレイ気味な始末。
 後、今回登場するホラー“ザゲオーク”は、割と最初から考えてたオリジナルホラーです。元ネタはウルトラマンティガの方に登場する怪獣です。あっちの方がごつごつしてて泥臭いですけど。
 作者は特撮ものは大好きです。オタクとまでは言えませんけど。


 ※今回イワンがソウルメタル製の手裏剣を使ってますが、これは作者がイワンの折紙らしさを追求した結果の追加装備です。本家の絶狼は使わないことは十分承知してますので、ご了承ください。


#7 旧友

 双璧をなす盟友、

 偕老同穴の契りを結ぶ。

 群雲の下、

 其の絆は久遠の彼方へ。

 

 

 

 

 ――魔戒詩編第三十九節より

 

 

 

 

  #7. 旧友~もう一人の魔戒騎士~

 

 

 

 

 それは、刑務所の一角から始まった。

 ザラ・・・。

 それは、砂の鳴る音とともに、やってきた。

 パラリ。

 「!

  何だこれ?砂か?」

 その閉ざされた独居房で、夜も遅く、今日もああでもないこうでもないと脱獄の方法を考えていた男は、自分の頭に振ってきたものを手にとって不思議そうに首をかしげた。

 それは、どこにでもある砂粒だった。

 しかし、それが突如頭から降ってくるなど。

 男が不思議そうに天井を見上げた。

 ぎざぎざの牙がびっしり生えた、巨大な口。

 目にもとまらぬ勢いで己に降り迫ってくるその光景を見たのが、彼の最期だった。

 バシャ・・・。

 それは、獲物を得て、満腹になったサメが深海に潜るように姿を消した。

 大量の砂を、独居房に残して。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 「僕の両親を殺した人間の手掛かりなんです。」

 ところは、ネイサンの個人出資のバーである。

 バーナビー=ブルックスJrと、鏑木・T・虎徹、ネイサンはそれぞれ酒を飲みながら、ルーキーヒーローの身の上話を聞いていた。

 

 

 

 

 あの後。犯罪アジトの一斉摘発はルナティックとホラー“ルナーケン”の乱入によって、しっちゃかめっちゃかになりながらも、何とか終了した。

 結果は無残の一言だった。

 ルナティックの高熱の炎による最初の一撃で、おそらくほとんどの人間が死んだのだろう、ルナティックを追って飛び出したバーナビーを除いた、消火・救助活動にあたるヒーローたちの努力もむなしく、救助できた人間は、たったの一名。

 彼にしても重度の火傷で、今は警察病院のICUで昏睡状態。とても話が聞けるような状態ではなかった。

 ヒーロー管理官であるユーリ=ペトロフに頼み込んで、わざわざ病室に行ったバーナビーも浮かない顔で戻ってきた。

 そうして、バーナビーが次に向かったのが、アントニオのところだった。彼の幼馴染の魔戒騎士に連絡を取ってほしいと。

 偶然その場に居合わせたネイサンが密談の場所を提供するから、そこで互いに情報交換しようということになったのだ。(ネイサンとしては事情を把握していざというときにフォローに当たるためという狙いもあった。)

 ただし、ネイサンの同席にバーナビーは嫌そうにした。しかし、ネイサンはヤワではなかった。文句を言いそうになったルーキー坊やに向かってにっこり笑って、

 「仕事ほったらかしにして、暴走する兎が偉そうにしてんじゃねえよ。」

 とドスの利いた声で脅したので、おとなしく折れた。

 あの救助活動の時、ヒーローたちは死に物狂いで頑張っていたというのに、この兎ときたら、ルナティックが逃げても戻ってくることなく、その場に現れた魔戒騎士を揺さぶって八つ当たりしていたのだ。腹の一つや二つ立とうというものである。

 

 

 

 

 閑話休題。

 ともあれ、バーナビーが話し出した内容をおおざっぱにまとめると、こうである。

 バーナビーは、両親の死後、彼らと親交のあったマーベリックの庇護の下、暮らしていた。

 いつか絶対に、仇を討つと誓って。

 警察も捜査を打ち切ったが、バーナビーはあきらめなかった。彼の記憶に、その手がかりがあったからだ。

 炎の中に立つ、犯人と思しき男。その左手の甲に彫り込まれている、独特の意匠の刺青。

 忘れないように、何度も何度もスケッチブックに書き付けた。

 中学〈ジュニアハイ〉に上がってからは、スケッチを片手に聞き込みをした。

 法廷にも出入りして、犯罪者を調べた。そんな時だった。

 ついに手がかりを見つけたのだ。

 喉仏に、同じ刺青を入れた男、ベンジャミンを。バーナビーは面会を申し込もうとしたが、ベンジャミンはそれから間もなく亡くなってしまった。

 手がかりは再び闇に沈んだ。

 バーナビーはあきらめなかった。

 ヒーローになって自分自身を餌に、絶対に、例の刺青を旗印としている犯罪組織を・・・ウロボロスを突き止め、両親の仇を討つ。

 バーナビーはそう、誓ったのだ。

 

 

 

 

 「それがウロボロスか・・・。」

 苦々しげに言った虎徹に、バーナビーはうなずくと、暗い炎を宿した目を虎徹に向けた。

 「今度はこちらの質問です。

  おじさんと奴・・・ルナティックの関係は何なんです?」

 「え~っと・・・何で話がそこまで飛ぶの?」

 首を傾げる虎徹に、バーナビーとネイサンは顔を見合わせると、二人同時にため息をついた。

 「このおじさんは・・・。」

 「自分の仕事〈ホラー狩り〉なら変にキレるのに、肝心なところでは鈍感なんだから・・・。」

 「悪かったな・・・。」

 ぶうっと口先を突き出す虎徹に、苦笑しながらネイサンが解説する。

 「あのパワードスーツの男がウロボロスで、ルナティックがそいつを殺した。

 ウロボロスがいるかもしれない犯罪者のアジトが摘発されそうになった矢先、ルナティックがそれを焼き払った。

  ハンサムは、ルナティックもウロボロスで、奴らの処刑人じゃないかと考えてるのよ。」

 「おお。なるほど。」

 ポンッと手を打った虎徹に、バーナビーは気を取り直したように再度問いかけた。

 「で?

  なんで、ルナティックはおじさんのことを知ってたんですか!?」

 「俺が知るかよ!」

 首を振る虎徹。

 「ルナティックが?」

 聞き返したのは、その場にいなかったネイサンである。

 「そういや、あいつ、俺を見るなり、『魔戒騎士?!』って驚いてたみたいだったな・・・?」

 「魔戒騎士のことは一般人には秘密なんでしょう!?

  じゃあ、なんであいつがおじさんのことを知ってるんですか!」

 「いや、だから俺が知るかって・・・。」

 詰問するバーナビーに、もごもごと言う虎徹。

「この際だから訊いとくけど、あんたの正体知ってるのって、アタシたち以外で誰かいるの?」

 「ん?」

 ネイサンに尋ねられ、虎徹は腕組みしながら考えた。

 「ヒーロー以外で・・・魔戒関係者以外で・・・家族以外で・・・。

  う~ん・・・思い当たらねえなぁ・・・。」

 『まあ、目撃者の記憶を消すことは魔戒騎士の義務だ。

  ほったらかしにしとく甘ちゃんなんて、こいつくらいなもんだ。』

 「だっ!

  なんかヤだろ?!赤の他人に頭ん中いじられるなんて!」

 わざわざ虎徹が持ち込んだらしいストックホルダーに納まったザルバが口をはさむが、虎徹は嫌そうに言い返した。

 「・・・あ。」

 「何か心当たりがあるんですか?!」

 ふと思いついたように顔をあげた虎徹に、バーナビーが身を乗り出した。

 「ひょっとしたら俺じゃないのかも。」

 「・・・言ってる意味がよくわからないんですが?」

 怪訝そうに問い返すバーナビーに、虎徹はしれっと答えた。

 「俺が魔戒騎士をやってるのは、二十年前からだ。

  それ以前の魔戒騎士を目撃したのかも。」

 「ちなみに前任者とは?」

 「・・・俺の親父。」

 しれっと答える虎徹。

 ちなみに、シュテルンビルト守護の任に当たっている魔戒騎士はもう一人いるし、虎徹の前にはベンがいるが、今の虎徹と同じスタイル〈格好〉でホラー狩りをしていた騎士は、彼の父――冴島正宗くらいしか思い当たらない。

 「・・・言っとくけど、親父は二十五年前に死んでるからな。」

 バーナビーが何か言うより早く、虎徹はグラスを傾けながら言った。

 「親父の交友関係もよくわかんねえんだよな。

  ある日突然やってきて、親父の知り合いだーって言われても、俺にはわかんねえ。」

『まあ、あいつ・・・正宗は、基本的に無愛想だったから、交友関係も、虎徹〈こいつ〉と違って狭かったけどな。』

 「親父、ああいう性格だったもんなー・・・。」

 虎徹とザルバは二人一緒に遠い目をする。

 無愛想?虎徹〈この男〉の父親が?

 まったく想像がつかない。ネイサンとバーナビーはほぼ同時にそう思った。

 「・・・つまるところ、手詰まりってことね。」

 「そーゆーことになるな。」

 「・・・。」

 三人は三者三様に肩をすくめ、この話し合いはお開きになってしまったのである。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 数日後。

 日が高く、雑踏から離れたとある裏路地にて。

 ザシュッ。

 銀の閃きが、薄暗い怨念――陰我を斬り捨てた。

 「フウ・・・。」

 小さく息をついて、青年は両の手に一振りずつ携えた直刃の剣をコートの内側にしまう。

 青年と言っていいのか。小柄な体躯は、少年からようやく青年になったばかりと言っていいだろう。

 レザーらしき黒いコートを羽織り、黒いブーツと、紫のアクセントが入った黒服姿の、全身黒ずくめ。アクセサリだろうか、シルバーのペンダントが胸元に光る。

 左右にはねた奔放な髪は見事なプラチナブロンドで、白い肌といい、明らかにロシア系だろう。

 顔はというと、太めの眉がりりしい、紫の双眸の、美少年である。

 『そろそろお昼にしたら?イワン。

  頑張りすぎよ。』

 「シルヴァ・・・うん。そうだね。」

 青年――イワンはうなずくと、黒いコートの裾を翻し、歩き出した。

 ちなみに、シルヴァと呼ばれた鈴のような音色の女性らしき声の持ち主は、どこにも見えたらず、不気味なことに、声はイワン自身から聞こえたようであった。

 

 

 

 

 イワンが向かったのは、大通りにある、日本食の定食屋だった。

 お昼の時間を大幅に過ぎているため、客はイワン以外おらず、ガラガラである。

「すいません!この肉うどんと天ぷら定食、餡蜜と、たい焼きと、抹茶パフェをお願いします。」

 「はい。」

 いかにもバリバリのロシア系の美少年が頼むにはいささか偏ったラインナップに、普通は目が点になりそうなものだが、慣れているのか、店員はすらすらと復唱すると、オーダーを届けに行くべく、奥へ引っ込んだ。

 『いつも思うんだけど、そんなにおいしいの?日本食。』

 「シルヴァ!日本食は最高でござるよ!」

 『イワン。言葉。』

 「あ。」

 ・・・ひょっとしたら、独り言の多い客と思われているのかもしれない。

 ともあれ、美少年は届けられたメニューをぱくぱくと平らげ、食後にまとめて届けられた、和風スイーツを幸せそうな顔で攻略していく。

 パフェの最後の一口をスプーンですくった時だった。

 ジャッジャジャン♪

 『三時のニュースです。』

 ふと手を停めて、少年は顔をあげる。

 店の片隅に設置されている液晶テレビのニュースに流れるのは、シュテルンビルトのヒーローたちだ。

 ダークヒーロー・ルナティックの出現により、ヒーローたちはその存在価値を問われ始めた。ボランティアに精を出し、市民により親近感を出そうとしているようだ。

 イワンは手を止め、幸せそうな表情を一変、切なげな顔でテレビ画面を見上げている。

 『・・・まだ引きずってるの?』

 「・・・。」

 カチン。

 シルヴァという声に、イワンはスプーンを口に運ぶことなく、ガラスのパフェグラスに戻し、うなだれる。

 「わかってるよ・・・僕には資格がない。

  失くしてしまったんだ。だから、僕は・・・。」

 カラリ。

 器の中でスプーンはまわして、イワンは呻くように言った。

 最後の一口を食べる気は、とっくに失せてしまった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 支払いを終え、店を出たイワンは道を歩き出す。

 「キャー!バーナビーよ!」

 「バーナビー!こっち向いてぇぇ!」

 「バーナビー様ぁぁぁ!」

 黄色い悲鳴が飛び交う人ごみのそばを通りかかったイワンは、やむなく立ち止まるしかない。

 ほとんどが女性のその向こうでは、施設の慰問を終えたばかりらしいバーナビーが、真っ赤なスーツを身につけ営業スマイルで、花束を施設の責任者に手渡している。

 「やっぱりバーナビーさんはすごいな・・・。

  同じアカデミーの出身でも、こうまで違うなんて・・・。」

 『イワン。』

 「ん?」

 大勢人がいるところでは促されてもなかなかしゃべろうとしない、シルヴァの声が、珍しく険しさを宿して言った。

 『彼、“返り血付き”よ。』

 「えええ?!」

 大声を上げてしまったイワンを何事かと女性たちが何人か振り返ってきた。

 はたと気が付いたイワンはそそくさと近くの路地裏に身を潜め、うつむいて話しかけた。

 「彼って・・・バーナビーさんが?!」

 『何言ってるのよ。噂になってるでしょ?』

 ハクハクとしゃべったのは、イワンが身につけている胸元の銀色のペンダントヘッドだった。狼の仮面をつけた顔のモチーフで、妖艶な口元が女性を模していることがわかる。

 ペンダントヘッド――シルヴァは言葉を続ける。

 『大甘ちゃんの“牙狼”が“返り血付き”の人間を放置してるって。』

 「でも・・・まさか、バーナビーさんだったなんて・・・。」

 イワンは真っ青な顔で考え込んだ。

 「・・・やっぱり、殺さなきゃ、だよね?」

 『“掟”に従うならね。』

 胸元に話しかけるイワンに、シルヴァは答えた。

 「でも、タイガーさんも何か考えがあるのかも・・・。」

 『大甘ちゃんなだけよ。“牙狼”の系譜は特にそう。』

 つんと澄ましたように受け答えるシルヴァに、イワンは考え込んだ。

 「どうかしましたか?」

 「っ!」

 話しかけられ、イワンは振り向いた。

 大通りに続く出口の方に、バーナビーが怪訝そうに立っている。

 「先ほど、大声を出してましたから。」

 「・・・。」

 イワンはたじろいだが、すぐに表情を引き締めた。

 ――殺すんだ・・・“掟”は守らないと・・・。

 シャリリン。

 どこに隠し持っていたか、イワンは素早く両の手に一振りずつ直刃の剣――退魔の双剣を構えた。

 「え?」

 バーナビーが呆けた顔をし、間の抜けた声を出す中、イワンは距離を詰めようと駆けだそうとして。

 「な~にしてるんだ?バニーちゃん。」

 ポムっとバーナビーの肩に手を置いて、その背後から、“彼”は現れた。

 「おりょ?イワンじゃん。何してんだ?こんなとこで。」

 「僕はバニーじゃありませんバーナビーです!

  って、おじさんの知り合いですか?」

 文句を一息に言ってのけてから、バーナビーは怪訝そうに、立ちすくんだイワンときょとんとしている“彼”を見比べる。

 「タイガーさん!なんでこんなところに!」

 何とか声を出したイワンに、“彼”――虎徹はにっと笑ってバーナビーの肩越しに手を振る。

 「ようイワン!元気そうだな。」

 そうして彼はバーナビーのそばをすり抜け、二人の間に立つと、さっそく紹介を始める。

 「あ、バニー、こっちはイワン。俺の同業者。」

 「同業者?」

 聞き返し、バーナビーは一拍考え、以前聞いた腹の立つおしゃべり指輪の言葉を思い出した。

 『虎徹以外にも魔戒騎士はいるし』『おう。もう一人な。』

 まさか。

 「彼も?」

 「そ。魔戒騎士な。」

 「う・・・あ・・・ええっと・・・。」

 急いで両手に持った退魔の双剣をしまい、イワンはぼそぼそと自己紹介をする。

 「イワン=カレリンです・・・。

  魔戒騎士・・・銀牙騎士“絶狼〈ゼロ〉”です・・・。」

 「イワン、紹介するな。って言っても知ってるか。

  こっち、ヒーローのバニーちゃん。」

 「バニーじゃありません!バーナビーです!

  何度言ったらわかるんですか!このおじさんは!」

 『おじさんですって。言いえて妙よね。』

 「し、シルヴァ!」

 あわてたような声を出すイワン。バーナビーは驚いたような顔をするが、すぐにすっと目を細め、イワンの手元に目をやった。

 『残念。私は魔導輪じゃないから、指にはいないわ。ここよ、ここ。』

 微笑むように言ったシルヴァに、バーナビーはすぐに彼女の居所を察したらしく、イワンの胸元に目を落とした。

 にっこりと口元を笑みの形にするシルヴァ。(しかし、付き合いの長いイワンには、それが愛想笑いだとすぐにわかった。)

 『呑み込みの早い坊やだな。

  魔戒騎士と聞いて、すぐに魔導輪を連想するたぁ。』

 「さすがバニーちゃん。」

 感心する“牙狼”のパートナーズ。

 「シルヴァも元気そうだな。」

 『虎徹もね。その変な髭、まだ剃らないのかしら?』

 「だっ!変っていうな!

  剃る予定はねえ!」

 シルヴァにからかわれ、虎徹は剃られてたまるかと言わんばかりに手で髭を覆い隠す。

 「っ!

  それじゃあ、僕はこの辺で!」

 ハッとPDAの時計表示で時間を確認したバーナビーは、次のスケジュールに向かうべく踵を返した。

 「バニー、一人で暗くて危ない所へ行くなよ~。」

 「子ども扱いしないでください!」

 虎徹の警告(ふざけているようにしか聞こえないが、バーナビーの現状を考えるに、なかなか的確な警告である。)に、怒鳴り返しながら、バーナビーは雑踏に姿を消した。

 「あ・・・。」

 イワンは小さくつぶやいて、うなだれた。

 結局取り逃がしてしまった。

 「バニーには手を出すな。」

 ビクッと肩を震わせ、イワンは虎徹を見上げた。

 「あいつは、俺が助ける。」

 強い輝きを秘めた琥珀に射抜かれ、イワンは何も言い返すことができず、立ちすくんでしまった。

 虎徹が去ってから、シルヴァが声をかけるまで、ずっと・・・。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 翌日のことである。

 「はあ・・・。」

 ゴールドステージにある大きな日本家屋。その日本家屋の縁側で、正座したままイワンはうなだれていた。ちなみに、魔戒騎士の黒コート姿ではなく、藍色の袴姿である。

 昨日見た、虎徹の真剣な表情が脳裏から離れない。

 あれが当代“牙狼”の継承者、最強の魔戒騎士。

 大甘ちゃんなんてとんでもない。最強の名にふさわしい、覇気を兼ね備えていた。

 「やっぱり、僕には無理かも・・・。」

 ため息をついて、イワンはつぶやいた。

 とてもじゃないが、ああやってふるまう度胸が、イワンにはなかった。

 『イワン。ちゃんと修行だってやって、私との契約だって済んでるのよ?

  どうしてそう卑屈になるの?』

 「・・・。」

 胸元のシルヴァに、イワンは答えられなかった。

 

 

 

 

 イワン=カレリン。

 彼の持つ銀牙騎士“絶狼”の称号は、自称と言っていいが、魔戒関係者の間では“牙狼”の系譜に次ぐ実力を秘めているとかなり有名だ。もともと銀牙騎士はきちんと系譜を持っていたが、それが絶えてからは、“絶狼”という称号を持って代々血のつながりのない師から弟子へ受け継がれるものとして、存在し続けている。(開祖とされる涼邑零は、生涯独身だったという話だ。)

 イワンは孤児だ。正確には、捨てられたのだ。NEXT能力に目覚めた際に、実の両親から。そこを先代“絶狼”である師匠に拾われ、イワンは魔戒騎士としての教育を受けたのだ。

 

 

 

 

 「僕は僕、か・・・。」

 よく亡き師匠が言っていた言葉を、イワンは思い返した。

 『最強の魔戒騎士は“牙狼”。それは変わらない事実だろう。

 しかし、“牙狼”には“牙狼”にしかできないことがあるように、“絶狼”にも“絶狼”にしかできないことがある。

 お前も同じだよ。お前はお前なのだから。イワン。』

 「師匠・・・僕にはわかりません・・・。」

 しょんぼりとイワンが呻いた時だった。

 「イワンさん。お届け物ですよ。」

 「静流〈シズル〉さん・・・。」

 家政婦として長くこの日本邸で働いてくれている日系女性の名を、イワンは呼んだ。

 藤林静流。四十代に入ったばかりの女性は、少ししわが多く、後ろでおだんごにした黒髪には白髪が混じりながらも、美しく優しい顔立ちをしている。

 割烹着姿の彼女(イワンが思うに、昔懐かしの日本の母とは、彼女のような女性のことを言うのだろう。)は、すっと赤い封筒を差し出す。

 「指令書・・・。」

 イワンはそれを受け取ると、懐から取り出した銀色のライターで、青白い火をつける。

 めらめらと燃え上がりながら、封筒から空中に向かって銀色の魔戒文字が吐き出された。

 「え・・・?」

 それを見て、イワンは紫の瞳を大きく見開いた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バーナビーは、ため息をついていた。

 「帰りたい・・・。」

 それはもう、切実そうに呟いていた。

 

 

 

 

 ボランティア活動の一環としてバーナビーが今日行ったのは、母校であるヒーローアカデミーでの特別講義である。

 人に教えるなんてガラじゃないが、「今が一番のがんばりどころだから」とマーベリック直々に頼みこまれては、バーナビーに断る術はない。

 何とか、一日のスケジュールをこなし、バーナビーは今、控え室となっている教員室で、精神的疲労のあまり、うなだれていた。

 

 

 

 

 とにかく、今日はもう会社に戻らず直帰でよかったはずだ。

 荷物をまとめて帰ろうとした矢先だった。

 「そういわずに!少し話だけでもしていかないかね?!」

 「こ、校長先生、勘弁してください・・・。」

 何やらあの好々爺の校長、ティモ=マッシーニが、誰か捕まえてきたらしい。

 好奇心に負けて、バーナビーはそっと戸を開けて、廊下の様子を見た。

 ティモ校長にずるずると半ば引きずられるように歩くのは、黒いコートに黒ずくめの、プラチナブロンドの少年。

 「イワンさん?」

 「!

  バーナビーさん!」

 がっちりと目が合ってしまった両者。

 「二人とも知り合いかね?

  ちょうどいい!卒業生同士、お茶に付き合ってくれないかな?」

 「いえ僕は」

 「僕は用事が」

 「まあいいからいいから」

 よくない!

 心境が見事にシンクロした二人をよそに、ティモ校長はバーナビーの腕をもつかむと、イワンと一緒にずるずると校長室に連れ去ってしまったのである。

 

 

 

 

 「え?イワンさん――いえ、イワン先輩、アカデミーの卒業生だったんですか?!」

 驚いたバーナビーはまじまじとイワンを見てしまった。

 当のイワンはというと、居心地悪そうに身じろぎしているのみで、出されたコーヒーに手もつけない。

 「そうだよ。」

 答えたのは、イワンではなく、ティモ校長である。

 「スカウトもあって、在学中のヒーロー候補二番手だったんだよ。」

 「・・・もう、いいじゃないですか。昔のことです。」

 これ以上話したくない、とでもいうかのようにイワンは首を振った。

 「お手洗い、お借りします。」

 「場所はわかるね?」

 「ええ。」

 立ち上がって退室するイワンをよそに、バーナビーは視線を校長に戻した。

 いっては何だが、あんなに頼りなさげな少年が、スカウトまで来ていたヒーロー候補にして、魔戒騎士とは。

 ――そういえば、あのおじさんもヒーローにスカウトされてたな・・・。

 魔戒騎士の素養はヒーローの素養に共通するものがあるのだろうか?

 「イワンの奴、実はヒーロー一歩前だったんだな~。

  言ってくれりゃよかったのに。」

 ギクリッと肩を揺らして、バーナビーは声のした方を振り返った。

 そこには、窓の桟に腰掛けた虎徹(ちなみに白いコートに黒いレザー服の魔戒騎士スタイルである。)が、腕組みして首をかしげていた。

 「だ、誰だね、君は!」

 「おじさん?!」

 「どうも!お邪魔してま~す。」

 ぎょっとするティモ校長と声を上げるバーナビーに、虎徹はヘラリと笑う。

 「どこから入り込んでるんですか!

  あなたという人は」

 「(バニー、まずい。)」

 文句を連ねようとつかつかと歩み寄ったバーナビーの耳元に、虎徹は小さくささやいた。

 「(ホラーがこの学校の敷地内にいる可能性が高い。)」

 「!!!」

 一瞬で事態を把握したバーナビーは、必死に頭を働かせた。

 窓から見える外は、すでにかなり日が傾いている。

 あの化け物に対抗できるのは、現時点ではこのおじさんだけだ。

 イワンもいるが、あの頼りなさでは、土壇場で役に立たないことも計算に入れなくてはならない。となれば、このおじさんを敷地内にとどめた方が、利口だ。

 ざっとそこまで計算すると(ひどいことに完全にイワンを戦力外扱いしている。)、バーナビーはティモに向き直った。

 「僕の知人なんです。

 ヒーローにスカウトされたこともあって、一度アカデミーを見学に来たいと言ってたので、今日誘ったのですが・・・また遅刻したみたいですね、タイガーさんは。

 僕がいないからって、勝手に敷地内に入るのは、感心できませんね。」

 ――さすが兎ちゃん、完璧な外面だぜ。

 ザルバがひそかに呆れるのをよそに、ぎこちなくも虎徹も話に合わせる。

 「お、おう!せっかくの誘いなのに、遅れて悪いな、バニーちゃん。

  そう固いこと言うなって。いいだろ、ちょっとくらい。」

 「僕はバニーじゃなくて、バーナビーですよ。」

 ごまかすにしても、それだけは忘れずに言って、バーナビーは笑顔で、しかし目は全く笑ってない様子で、虎徹にそっとささやいた。

 「(貸し三つですよ、おじさん。)」

 バーナビーも大抵、粘着質である。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 トイレに行くとは言ったが、イワンはそんな気はなく、中庭に出た。

 中庭に建っているMr.レジェンドの像の前で、イワンは足を止める。

 「エドワード・・・。」

 しばし像を見上げ、彼は小さくつぶやいた。

 「呼んだか?」

 ハッと振り向くより早く。

 ガシッ!

 「グッ・・・!」

 ――イワン!

 シルヴァは声を上げそうになったが、我慢した。

 彼女のパートナーはヘッドロックをかまされ、締め上げられている。

 「え、エド・・・ワード・・・?」

 「ああ。俺だよ。」

 どんっと背中を突き飛ばされるように解放され、イワンは咳き込みながら背後に建つ人物に向き直った。

 オレンジの囚人服に、薄黄色のパーカーを羽織った、丸坊主の青年。赤毛の眉に茶色の瞳の、整った顔立ちをしている。

 イワンは彼を良く知っていた。

 「どうして・・・。」

 「どうして?

  脱獄したんだよ。お前に復讐しにな。」

 「え・・・?」

 イワンはビクンと肩を揺らした。

 

 

 

 

 「しかし、イワンはどうしてヒーローにならなかったんだ?

  別に無理してこっちの道に進むこともないのに。」

 校長室では、虎徹を交えてお茶の続きが営まれていた。

 おしゃべりな虎徹が加わったため、会話は弾んでいる。

 いくつか雑談を終えた後、虎徹はそう尋ねた。

 「彼の仕事をご存じなのですか?」

 「ええ。似たような仕事をしてますので。」

 夜な夜な化物退治とは、口が裂けても言えないが。

 尋ねたティモに、虎徹はうなずいた。

 「彼がヒーローにならなかった理由ですか。

  ひょっとしたら・・・あの事件のことを気にして・・・。」

 「あの事件?」

 虎徹がさらに深くツッコもうとした時だった。

 「うわああああ!」

 悲鳴が空気を震わせる。

 「イワン?!」

 「今の、イワンさんの声ですよね?!」

 言いながらバーナビーは窓に視線を走らせる。まだ日は沈んでない。

 ホラーの仕業じゃないとすると、一体何が?

 とにかく、放っておくわけにはいかない。

 すぐさま二人は外に飛び出すと、悲鳴する中庭に駆けつける。

 「ぐぅぅぅ・・・!」

 「見ろ!俺を蹴落としたくせに、ヒーローにならなかったお前に、何ができる!」

 散々殴られ、蹴られしたのだろう。

 倒れ伏しているイワンに、さらなる苦痛を与えようというかのように、エドワードが足を振り上げている。

 「やめろぉ!」

 「イワン先輩!」

 駆け込んできた虎徹とバーナビーに、彼はちっと舌打ちした。

 ザズブ・・・。

 「今はこの程度で勘弁してやる!」

 捨て台詞を残して、両目をシアンに輝かせ、NEXT能力を発動させると、エドワードの体は水に潜るように地面に消えてしまった。

 「ど、どうなってるんだ?!

  NEXT能力???」

 ぱちくりしながら、エドワードの消えたあたりをうろつく虎徹をよそに、バーナビーはイワンに駆け寄った。

 「イワンさん!大丈夫ですか?!」

 「平気ですよ・・・このくらい。」

 すっくとイワンが立ち上がった。

 「魔戒騎士〈僕たち〉は、この程度、けがのうちにも入りません・・・。

  そんなヤワな鍛え方はしてませんから・・・。」

 よく見ると、イワンの体は土で汚れているだけで、大したダメージを受けているようには見えない。

 しかし、その表情は殴られでもしたかのように、沈みきっているようだった。

 「大丈夫かね?!」

 ティモが中庭に登場したのは、この時だった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 場所を再び校長室に移し、

 「彼は・・・エドワードは、僕の親友・・・いいえ、親友だったんです。」

 沈んだまま、イワンは懺悔でもするかのように語りだした。

 

 

 

 

 イワンがアカデミーに在籍していた頃、何かと落ち込みがちな彼を励ました一番の友達。それがエドワードだった。

 エドワード=ケディ。明るくて、正義感が強くて、困った人間を率先して助ける、理想のヒーロー像の持ち主。NEXT能力も、地面や壁を砂状化して移動できるという奇襲にはもってこいの能力を持っていた。

 当時、ヒーローアカデミーでヒーロー候補の最右翼と騒がれていた青年である。

 その事件が、起きるまでは。

 

 

 

 

 校外で、イワンとエドワードは人質を取った強盗に遭遇。

 アカデミーでは校外での能力の使用は禁じられているが、エドワードはその持前の正義感から能力を使い、強盗に立ち向かった。強盗の持つ銃を奇襲して奪おうとしたのだ。

 しかし、一人では、銃を奪いきることができない。イワンに助けを求めるエドワードに、イワンは動けなかった。

 強盗犯とエドワードがもみ合ううちに、銃が暴発。人質を、誤射してしまったのだ。

 これにより、エドワードはヒーローになる資格を失い、刑務が課せられた。

 

 

 

 

 「友達を助けることすらできなかった僕に、ヒーローになる資格なんてない。

  そう、思ったんです。

  でも・・・。」

 脱獄したエドワードは、イワンに会うなり言ったのだ。

 “俺を蹴落としたのに、ヒーローにならなかったとは、なんて傲慢なんだ。”と。

 ――逆恨みじゃない。

 ――逆恨みじゃねーか。

 魔導具と魔導輪がほぼ同時にそう思った。

 この調子だったら、仮にイワンがヒーローになっていても、別の形で恨み節を聞かされただろうな、と彼らはこっそりと思った。

 「んで?おとなしく殴られたと。」

 問いかけた虎徹に、イワンは黙ってうなずいた。

 魔戒騎士として鍛えぬいている肉体にはさして意味はないが、それでかつての友人の気が晴れるなら。償いのつもりで、イワンはそうするつもりだった。

「それでエドワードの気が済むなら・・・それが彼の悲願だったヒーローにもならなかった僕の、償いです。

  それで殺されるなら、本望です。」

 ふー・・・。

 虎徹は深く息をつくと、イワンの手を引いて立たせる。

 「イワン。ちょっと来い。」

 「え?」

 「悪い。ちょっとこいつ借ります。内内の話があるんで。」

 二人に言い残し、虎徹はイワンの手を引いて校長室を出ると、少し離れたところにある用具室に彼を連れ込んだ。

 そうして虎徹はふざけて飄々とした雰囲気を一掃させ、がらりと真剣なまなざしになる。

 「・・・何で俺がここにいるか、わかるよな?」

 「・・・僕の失敗時のため、ですね。」

 「ああ。」

 気まずげなイワンに、虎徹はしっかりとうなずいた。

 「今回のホラーが、エドワードかもしれないってことも・・・。」

 「能力を見てなー・・・。

  被害者と思しき人間がいたところに、大量の砂が残ってたっていうからなぁ。」

 『ホラーは、対象がNEXTだと、似たような能力の奴が憑依するからなぁ。

  まあ、NEXT自体最近出始めたもんだから、詳しいことは何も分かってねえがなぁ。』

 続けたイワンに、唸った虎徹と口をはさんだザルバ。

 

 

 

 

 虎徹がアカデミーにいるのは、“番犬所”直々の命令からである。

 “番犬所”の主、三神官は見極めたいのだ。果たしてイワンが、魔戒騎士として、使い物になるかどうかを。

 

 

 

 

 「ちょっとザルバは黙ってろ。

  ・・・戦えそうか?」

 「・・・。」

 「訊くまでもなかったか・・・。」

 黙ってうつむいたイワンに、虎徹はため息をついて頭を掻いた。

 ややあって、虎徹はすっと視線を険しいものにして言い放った。

 「また同じことを繰り返すのか?」

 「え?」

「親友だったホラーが、何の罪もない人々を次々食い殺していくのを、ただ黙って・・・いや、殺されてあの世から眺めているつもりか?」

 「!!」

 ハッとイワンは息をのんだ。

 「いいか、イワン。

  お前はもう魔戒騎士なんだ。

  “守りし者”なんだぞ!」

 『最強の魔戒騎士は“牙狼”。それは変わらない事実だろう。

 しかし、“牙狼”には“牙狼”にしかできないことがあるように、“絶狼”にも“絶狼”にしかできないことがある。

 お前も同じだよ。お前はお前なのだから。イワン。』

 虎徹の言葉に応えるかのように、亡き師匠の言葉がイワンの心のうちによみがえる。

 しかし、縁側で思い返したものと、それは全く重きが異なっていた。

 ぐっとイワンは目を閉じる。

 コートにしまっている退魔の双剣と、首にかかるシルヴァの重みをしかと感じてから、彼は顔をあげた。

 「タイガーさん!僕、行ってきます!」

 凛とした表情で言うと、イワンは勢いよく用具室から飛び出した。

 『薫陶ありがとうね、タイガー!』

 どこか嬉しそうな、シルヴァの感謝の声が外から聞こえてくる。

 『大丈夫かねえ?あの坊やは。』

 「大丈夫さ。あいつは・・・いや、あいつも魔戒騎士だ。」

 どこか心配そうなザルバに、虎徹はしっかりとうなずいた。

 「おじさん!」

 金切声が用具室に飛び込んできた。

 「ば、バニーちゃん??

  どうしたの、血相変えて!」

 目を白黒させる虎徹をよそに、バーナビーは怒鳴った。

 「ルナティックです!」

 「はあ?」

「校長と話してて考えたんですけど、ルナティックが、本当に言葉通り罪人をさばいているものとしたら、あのエドワードっていう脱獄囚も」

 「狙われる?!」

 ぎょっとする虎徹。

 「?

  ところで、イワン先輩は?」

 今更ながら用具室を見回すバーナビーに、ザルバがしれっと答えた。

 『虎徹が焚き付けて、エドワードに憑依したホラーんとこ行っちまったぜぇ。』

 「エドワードがホラァァァァァ?!」

 「バニーちゃん、声が大きい!」

 用具室で騒ぐ二人は、すでに日が沈みきったことに気が付かなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 カツ、カツ、カツ・・・。

 イワンはアカデミーの駐車場に出ると、その中央にたたずんだ。

 「・・・エドワード。僕はここにいる。」

 『イワン!下よ!』

 ぽつりとイワンが言った直後、胸元でシルヴァが叫んだ。

 言われるまでもない。

 真下の地面からイワンの足首を掴もうと突き出された白い手を、イワンは高々と飛び上がり、トンボを切りながら、離れたところに降り立った。

 黒いコートの裾がカラスの羽のように翻る。

 「懲りずにノコノコやってきたか。

  今度こそ、ぐうの音も出なくしてやる。」

 ずざぶっと地面を波打たせて、シアンの双眸のエドワードが現れた。

 彼のシアンの双眸から光が消えたのを確認して、イワンは踏み込んだ。

 一っ飛びに間合いを詰め、エドワードの目の前に、青白い炎を灯す銀色のライターを翳した。

 「?

  な、何がしたいんだ、お前は?!」

 いきなり目の前に立たれたことに驚いた顔をするエドワードに、イワンは大きく目を見開く。

 ――違った?!エドワードじゃない!

 『イワン!彼は人間だわ!』

 「どうしてわからなかったんだ?!」

 『彼、ホラーの匂いを纏ってるのよ!そのせいでわからなかった!』

 胸元のペンダントと話をし出すイワンをよそに、エドワードはカッとまなじりを吊り上げた。

 「無視、するなぁ!」

 エドワードが拳を振り上げようとした時だった。

 ビャッ!

 ゴッゴォォォォンッ!

 突如飛来した青い炎の矢が、近くの車を吹き飛ばす。

 「「なっ・・・!」」

 二人が硬直すると同時に、そこから少し離れた場所に、青い炎を外套のように纏った怪人物が降り立つ。

 「おとなしく罪人として己の咎を贖っていればよいものを。

  あえてタナトスの声を欲するか。」

 「「ルナティック!」」

 新たに出現したダークヒーローのことを二人ともニュースを見て知っていた。

 特にエドワードはさっと顔色を変えた。

 「う・・・うわあああ!」

 「あ!」

 足をもつれさせ、恐怖にひきつった声を上げて、彼は逃げ出した。逃げ出そうとした。

 ビャビャビャッ!

 ゴッゴゴォォォォォゥゥゥ!!

 ルナティックが構えたクロスボウから青い炎の矢が放たれ、エドワードの前に青い炎の壁を作り上げる。

 恐怖のあまりパニックに陥った彼は能力を使うことも忘れていた。

 「タナトスの声を聞け。」

 「どこを見ている!」

 「!」

 立ちすくんだエドワードにクロスボウの狙いをつけようとしたルナティックは、その声にゆるりと振り返った。

 丸刈りにした頭と、オレンジの囚人服に、羽織った薄黄色のパーカー。

 そこには、もう一人のエドワードが立っていた。

 「エドワードは俺だ!

  そこにいる奴は違う!」

 「お・・・お前・・・!」

 立ちすくむエドワードにはすぐに分かった。あれは、イワンだ。

 イワンのNEXT能力は、触った人物の容姿と声を完全にコピーする擬態術だ。

 しかし、ばれないわけがない。

 「・・・あえて自らの咎を贖うか。」

 正体がわかりきっているのだろう。

 ルナティックは静かな声で、クロスボウを“エドワード”に向ける。

 黙って“エドワード”は頷いた。

 「イ」

 バンバンバンッ!

 エドワードが彼の名前を呼ぼうとした瞬間、銃声が三発とどろいた。

 「警察だ!貴様!ルナティックだな!

  その男をどうするつもりだ!」

 トレンチコートを羽織った背広の男――ドラマに出てきそうな刑事が、拳銃を構えて、ルナティックを睨みつけていた。

 「「イワン!」先輩!」

 「エドワード!」

 虎徹、バーナビー、ティモ校長の三人が駐車場に駆け込んできたのは、まさにこの時だった。

 「っ!」

 多勢に無勢――何より、虎徹の姿を見るなり、ルナティックはおびえたようにその体を震わせた。

 「ルナティック!貴様には訊きたいことがある!」

 キィン。

 バーナビーが能力を発動し、一っ飛びに蹴りかかった。

 負けじとルナティックは格闘に邪魔なマントを燃やし、拳に炎を纏ってバーナビーの攻撃を受け流そうとする。

 ルーキーヒーローとダークヒーローが打ち合いながら駐車場から離れて行ってしまい、その場には二人の魔戒騎士と刑事、アカデミーの校長と脱獄した囚人だけが残る。

 「さあ、君!こっちに来るんだ!」

 刑事は拳銃を懐にしまい、立ちすくんでいるエドワードに歩み寄ると、その手を引っ張ろうとし。

 どろんっ。パシンッ。

 “エドワード”の姿から元の姿に戻ったイワンが、その手を振り払った。

 険しい表情で、エドワードをその背にかばう。

 「い、イワン?」

 どうしたんだと言いたげなエドワードをイワンは無視した。

 説明できる余裕がない。

 「何をするんだ!

  ルナティックが戻ってくる前に」

 「どうして彼が本物のエドワードだとわかったんですか?」

 静かに尋ねたイワンに、刑事は戸惑ったように、

 「どうしてって・・・勘だよ!刑事の勘!」

 戸惑ったように、それでも早く避難しないと、と言いたげな刑事に、イワンは無言のまま、素早く左手を突き出した。

 シュボッ。

 刑事の顔の前に、青白い炎――銀牙騎士に供与される、魔導火が銀色のライターから灯される。

 火を目にするや否や、刑事は一瞬呆然とした後、その茶色の目がグルンッと白目をむくと、悪鬼のような形相となった。薄い唇からこぼれる白い歯もまた、ギザギザの牙となる。

 白目に浮かびあがったのは、ルーン文字のような記号の羅列だ。

 「お前が!正体か!」

 カチンッとライターのふたを閉め、イワンが叫んだ。

 よろよろと顔を押さえて後ずさった刑事は、怨霊のようなおどろおどろしい視線をイワンに向けた。

 「こ、小僧ぉぉぉぉ!

  貴様、魔戒騎士か!」

 「そうだ!

  エドワードの仕業に見せかけて、“食事”をしたのはお前だな!」

 何のことかわからず怪訝そうな顔でイワンと刑事を見比べるエドワードをよそに、魔戒騎士は詰問した。

 刑事は、もはや人のよさそうな態度はかなぐり捨て、悪鬼のような形相で笑いながら叫んだ。

 「ああ、そうだよ!

 脱走したそうにしてるから、看守を通じてよさそうな脱走ルートを吹き込んでやったのさ!」

 「あ・・・。」

 そういわれてエドワードは思い出す。

 この刑事は、数日前に殺人事件の聞き込みか何かで、奥の独房の囚人を訪ねてきていた。HERO TVにイワンが映ってないことにいら立っていたエドワードが、つい冗談を装って、看守にいい脱走ルートはないか尋ねて、たしなめられるところを見られていた。

 「ついでに二~三人、駄賃代わりに食わせてもらっただけさ!

  どうせ罪人だぞ?ルナティックの代わりに掃除してやったんだ!何が悪い?!」

 ひとしきり笑って、“刑事”はイワンの背中にかばわれるエドワードを御馳走でも見るような目つきで見ながら言った。

 「そこをどけ、小僧。

  つかの間の自由を楽しませたんだ。

  その罪人も俺に食わせろ。」

 『だから、エドワードからホラーの匂いがしたのね。

  マーキングをしてたんだわ。見分けがついて当然よ。』

 シルヴァがうなるように言った。

 「断る!」

 シャリリン!

 コートから退魔の双剣を取り出し、逆手に構えながらイワンは叫んだ。

 「エドワード!逃げて!」

 「イワン・・・?」

 おろおろとイワンの顔を見るエドワードはなかなか逃げ出そうとしない。

 パシュッビインッギャンッ!

 「うわああ?!」

 「世話の焼ける!さっさとこっち来いって言ってんだ!」

 エドワードの腕に絡みついたワイヤーが、彼を引きずるように発射源の虎徹のもとへ連れて行く。

 ちなみに、ここまでティモ校長が全く口を挟んでないが、彼はバーナビーとルナティックの二人が飛び出すなり、背後から虎徹に首を打たれて気絶中である。

 さすがにホラーと魔戒騎士の闘争を見せるのは、高齢の彼にはハードルが高いと判断したためだ。

 「タイガーさん!ありがとう!」

 双剣を構え、イワンは駆け出した。

 ガギィンッ!

 「なっ・・・!」

 「これが魔戒騎士の退魔の剣か。大したことないな。」

 イワンが繰り出した一撃を、男は右腕の甲で軽々と受け止めたのだ。

 いや。よく見ると、コートやスーツなどの服自体は切れている。しかし、斬れた布の下から、灰色の鱗が見えた。

 

 

 

 

 「何つう硬さだ・・・傷一つねえ・・・。」

『襲撃現場に砂を残して、ソウルメタルの攻撃にも耐える硬い鱗・・・虎徹、奴はホラー“ザゲオーク”だ!』

 遠目からティモ校長を担いで観戦に徹している虎徹が呆れると、ザルバが口をはさんだ。

 「な、なんだよ、なんで、イワンが、刑事に切りかかってるんだよ!?」

 混乱状態のエドワードが後ずさりながらうめいた。

 「あれが、イワンがヒーローを目指さなかった理由だ。

  よく見てろ。」

 虎徹は顎でしゃくって、エドワードに促した。

 「訊きたいことは後でイワンに訊いてみな。

  きっと教えてくれるから。」

 

 

 

 

 「くっ!」

 ガギンガンガンガギギギギンッ!

 イワンは呻いて、目にもとまらぬ剣撃を次々と繰り出す。

 しかし、“刑事”はにやにや笑いながら、固い鱗に覆われているだろう、腕を使って、その攻撃を次々はじく。

 「どうした魔戒騎士!それだけか?!

  今度はこちらから行くぞ!」

 ヒュザッ!

 大きく飛びさがり、“刑事”はぐっと大きく息を吸い込む。

 「ゴバァッ!」

 ビュゴッ!ボゴォッ!

 その口から高速で吐き出されたものを、イワンは間一髪でよけた。

 背後でアスファルトが砕け、ざらっと砂の崩れる音からイワンはその正体を悟る。

 ――砂を高圧で吐き出してるのか!

 「踊れ。魔戒騎士。」

 にやっと笑い、“刑事”は次々と砂の塊を吐き出した。

 ビュゴゴゴゴゴゴッ!ボゴゴゴゴゴッ!

 「うわあ!」

 悲鳴を上げながらも、イワンは華麗なフットワークでそのすべてをよける。

 

 

 

 

 『ちょっと押され気味じゃね?』

 「いや、あいつくらいの年ならあんなもんだろ。

  まだ経験が十分じゃねえんだから。」

 のんきにイワンの動きを評価する“牙狼”のパートナーズに、エドワードは気が気じゃなかった。

 「イワンッ!

  くそ!」

 ガシッ。

 「どこ行くんだ。」

 駆け出そうとしたエドワードの肩を押しとどめて、虎徹が言った。

 「イワンを助けるんだよ!

  危ないじゃないか!」

 「復讐しようとした相手をか?」

 「っ!」

 虎徹の言葉に、エドワードはハッとした。

 「本当はもう、わかってんだろ?」

 虎徹の言葉に、エドワードは力なくうなだれた。

 そう。わかっていた。本当は、単なる八つ当たりで、逆恨みだということくらい。でも、気持ちが納得しなかったのだ。

 「あいつは大丈夫だよ。」

 「でも!」

 「あいつは魔戒騎士だ。“守りし者”は、負けねえよ。」

 穏やかに言った虎徹を、エドワードは不安そうに見上げてから、イワンに視線を戻した。

 

 

 

 

 イワンは一度開けられた間合いをなかなか詰められないでいた。

 退魔の双剣はしょせんは近接武器。近寄らなければ意味はない。

 しかし、イワンの目に、諦めはない。

 ――僕は魔戒騎士なんだ・・・。

   “守りし者”なんだ!

 虎徹の薫陶を胸に、若き魔戒騎士は砂の高圧射撃攻撃をよけながら片方の剣をしまい、コートの懐に手を滑り込ませる。

 刹那。

 その手がひらめいた。

 キパッ!ガスリ!

 「ギャアアァァァァァ!」

 砂を吐くのをやめ、“刑事”はのけぞって左目を抑えた。

 ソウルメタル製の十字手裏剣が、深々と刺さったそこを。

 見逃すイワンではない。

 「うおおおっ!」

 すかさず再び双剣を構え、黒いコートを翼のようになびかせ、“刑事”に切りかかる。

 しかし、“刑事”は何とかその攻撃をよけて距離をとると、左目から十字手裏剣の刃を引き抜き、投げ捨てる。

 ヂリンヂリンと手裏剣が地面で固い音を立てる中、隻眼となった“刑事”はのけぞるように天を仰いだ。

 「ガアアアアアア!」

 ドバアッ!

 足元のアスファルトが一瞬にして砂に分解され、刑事の姿を繭のように包み込む。

 ザバァッ!

 砂の繭を断ち割って、それは現れた。

 上半身は人で、下半身は魚――人魚。とっさにそう思うだろう。しかし、灰色の鱗に覆われ、包丁の刃を思わせるごつごつしたひれを両腕に備えたそれは、ただの魚というよりも。

 「鮫・・・!」

 『ホラー“ザゲオーク”の本性よ!イワン!』

 「承知!

  貴様の陰我、拙者が断つでござる!」

 イワンは両手に持った剣の切っ先を頭上に向けるとヒョウッと円を描いた。

 二重に描かれたその軌跡はイワンの頭上で一つになると、銀色に輝いて、その姿を包みこむ。

 あまりのまぶしさに思わずエドワードは目を細めた。

 次の瞬間光の中から現れたイワンの姿に、彼は大きく息をのんだ。

 銀色の、狼。

 とっさにそう思った。

 狼を模した銀色の鎧を纏っている。

 手に持っていた双剣も気のせいか、刃が一回り大きくなり、鍔飾りがついたような気がする。

 「銀牙騎士“絶狼”、推参だな。

  イワン!そのままやっちまえー!」

 声援を送る虎徹をよそに、エドワードは魂を抜かれたかのように銀色の狼を凝視するしかできない。

 ザブッ・・・!

 ホラー“ザゲオーク”が動いた。

 地面を砂と化して潜行し、獲物に迫るその姿は、まさしく鮫そのものだ。

 ザバッ!

 鮫が飛翔する。

 波濤のように砂が舞い散り、銀色の騎士は双剣を構え、とびかかってくる鮫を迎撃する。

 ガギギギィンッ!

 ザブッ。

 再び鮫は頭から地面に潜って潜行するが、今度はなかなか姿を現さない。

 鮫が獲物の周囲をぐるぐるとまわって様子をうかがうように、騎士の隙を狙っているに違いない。

 「拙者にそれは通用しないでござるよ。」

 騎士がイワンの声で平然と言い放った。

 ガキン。ヒュパパパパ・・・ギギィィィィィィンッ!

 手に持った双剣の柄を合わせ、一つの剣――銀狼剣にすると、頭上でバトンのようにくるくると回してから、おもむろに地面に叩きつけたのだ。

 びりっと地面に、水面に落ちた水滴が水面を揺らすように、その振動が響き渡る。騎士にはわかった。振動の伝わり方がおかしな部分が一か所だけあった。そこがホラーの居所だ!

 「そこだ!」

 シュボォォォォォッゴウゥゥッ。

 騎士は振り向いて、どこからともなく取り出した特製ライターで銀狼剣に青白い炎を宿し、構える。

 簡易版の烈火炎装だ。

 ザバッ!

 人ひとり丸々呑み込めそうな巨大な口を開いて、忌々しい騎士を丸呑みにしようと、地の鮫は砂を蹴散らしながら躍り出てきた。

 斬ッ。

 一閃。地の鮫は、二枚におろされるように、真っ二つになっていた。

 ベシャシャン。

 そのまま鮫の死体は地面にバラバラに落ちる。

 ゴウッ。

 その死体を、断面から燃え移ったらしい青白い炎が包み込む。

 ガシャンッ。

 ガラスの割れるような音を立てて、イワンの体から銀色の鎧が光の粒子となって消える。

 「ハア、ハア、ハア。」

 息を切らして、イワンは膝をついている。

 まだ完全に鎧に慣れてないようだ。

 グシャッと炎の中がつぶれるように崩れ、ただの燃えカス――灰となる。

 「イワン。」

 イワンの前に人が立つ。

 イワンが顔をあげると、それがこわばった顔のエドワードだとわかった。

 「・・・お前がヒーローにならなかった理由が、さっきの化物なのか?」

 「・・・うん。

  ずっと迷ってたんだ。

 でも、あの事件で、友達一人助けられないやつに、ヒーローみたいに、誰かに希望を与えるような役は向いてないと思ったから、こっちに進むことにしたんだ。」

 ここで、イワンはずっと喉に引っ掛かった棘のような感情を吐き出すことに決めた。

 「・・・ごめん。

 あの時、動けなくて。僕が動いて、それでエドワードが怪我したらどうしようって迷ってしまったんだ。本当にごめん。」

 「・・・。

  あの化け物は、何なんだ?」

 「ホラーって僕たちは呼んでる。」

 静かに尋ねるエドワードに、イワンはできるだけわかりやすいように、魔戒騎士とホラーのことを語り始めた。

 

 

 

 

 「もう大丈夫そうだな。」

 立ち上がったイワンと、エドワードが向き合いながら話しているのを見て、安心したように微笑みながら虎徹が言った。

 その様子に、もう殺気立ったものはないのだから。

 『今回出番なしかよ。』

 「若手の成長に貢献するのも先輩の務めだぜ。ザルバ。」

 すねるように呟いたザルバを、虎徹がたしなめる。

 『いや待て虎徹。』

 「うん?」

 『兎坊やの近くからホラーの気配がするんだが。』

 「バニーちゃんんんん?!」

 素っ頓狂な声を上げて、虎徹は駆け出した。

 もちろん、まだ気絶中のティモ校長をアスファルトの上に寝かせて。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 バシバシンッ!

 「クソッ!」

 「愚かなり。貴様らヒーローの薄絹のような正義など、我が断罪の炎の前には無力。」

 バーナビーはヒーローアカデミーの校舎の上で、時間切れを起こした体でスミに追いつめられていた。

 一歩さがれば、地面めがけてまっさかさまだ。

 「貴様はウロボロスじゃないのか?」

 「・・・浅慮なり、若きヒーロー。

  我は孤高の月、ルナティック。月に並び立つものなどいない。」

 言外に、仲間などいないということを聞かされ、今度こそバーナビーは頭の中が真っ白になった。

 「そんな・・・。」

 再び振り出しに戻ってしまった。

 うつむいたバーナビーに、ルナティックがクロスボウを持ち上げるより早く。

 「シャアアアアアッ!」

 どこから湧いて出たのか、突き立った棒状のアンテナの上に、素体ホラーが一匹降り立っている。

 「っ?!」

 「ホラー?!」

 とっさにクロスボウの狙いを変更したルナティックと、ハッと顔をあげたバーナビー。

 「何?!」

 バーナビーの言葉に、驚愕した様子を見せながらも、ルナティックは動いた。

 ビャッ!

 ゴッゴォォォォウッ!

 飛びかかってきた素体ホラーめがけて青い炎の矢を浴びせたのだ。

 だが。

 「シャアアアアッ!」

 魔導火でもない普通の炎がホラーに通用するわけもなく、素体ホラーはあっさり青い炎の弾幕を突き抜け、二人めがけて飛びかかってきた。

 ゾンッ!

 しかし、次の瞬間その腹から、銀色の刃を生やす。

 「シャギャ」

 「空気読めよ、この化け物!」

 怒鳴って背後にいた虎徹(ハンドレッドパワーを発動して駆けつけたらしく、両目がシアンに染まっていた。)は、刺し通していた退魔の剣を斬り上げた。

 ゾパッ!

 ザランッ!

 あっという間に、素体ホラーは砂と化して消えてしまった。

 ストッ。

 「・・・魔戒騎士か。」

 着地してから、血糊を払うように軽く一振りして、剣を鞘に収める虎徹に、ルナティックが声をかけた。

 「ああ。お前は親父の・・・冴島正宗の知り合いか?」

 「是。」

 虎徹の問いに、ルナティックはうなずいた。

 「変な知り合いがいたもんだな、親父も。」

 「冴島正宗は」

 「死んだ。もう二十五年も昔の話だ。」

 肩を竦めた虎徹にルナティックは何か言いかけるが、虎徹はさえぎるように言った。

 「・・・了。」

 頷いて、ルナティックは改まった様子で虎徹を見やった。

 「星の都を陰より守護する魔戒騎士。

  今代の名を聞いておきたい。」

 「虎徹。鏑木・T・虎徹。

  またの名を、ワイルドタイガー。」

 「覚えておこう。金色の虎を継ぐ者よ。」

 まるで敬意を払うように胸に手を当て、お辞儀をすると、ルナティックは青い炎を纏い夜空に飛び立った。

 ――考えてみりゃ、ホラー“ルナーケン”のことは、あいつのせいだけじゃないか。

 その青い軌跡を見上げながら、虎徹は思った。憑依された女性の弱さも、いけなかったのだ。

 「何で逃がすんですか。」

 むっつりと言い放ったのはバーナビーだ。

 『おいおい、兎坊や。

 あそこで虎徹が実力行使に出ようとしたら、位置的にお前さん、黒焦げにされるか落ちるかの二択しかなかったぞ?』

 ザルバの指摘に、バーナビーはプイッとそっぽを向いた。

 騒ぎを聞きつけたのか、サイレンの音が聞こえてくる。

 「まあ、その、なんだ。よかったな。」

 「何がですか?」

 むっつりと聞き返したバーナビーに、虎徹は続けた。

「とりあえず、ルナティックはお前の仇の関係者じゃない。それだけははっきりしただろ?」

 「・・・聞いてたならさっさと助けてくださいよ。」

 「だっ!

  ハンドレッドパワーを使ってたから、遠くからでも聞こえたんだよ!」

 ワタワタと言い訳する虎徹は、バーナビーがかすかに笑みを浮かべたことを知らない。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 手錠をかけられ、護送車に連れて行かれるエドワードを、イワンは切なげに見送った。

 あれこれと質問はしてくれたが、イワンはまだ、エドワードの気持ちを聞いてない。

 やはり、届かなかったのだろうか。

 不安に心細くなった時だった。

 「助けてくれて・・・ありがとうな。」

 ぽつりとエドワードは言った。

 振り向きもせずに、ただ足を止めただけで。

 「ヒーローみたいだった。それだけだ。」

 そのまま彼はすぐに護送車に乗り込もうとした。

 「エドワード!」

 たまらず、イワンは声をかけていた。

 「待ってるから!ずっと!」

 エドワードの後ろ姿が頷いたように見えたのは、決してイワンの気のせいじゃないだろう。

 扉が閉められ、護送車が発進する。

 イワンはそれが見えなくなるまでずっと見送っていた。

 実に、晴れ晴れとした表情で。

 

 

 

 

 

 #7END

 GO TO NEXT!




 よお!虎徹のパートナーな方、ザルバだ。
 シルヴァの奴、余計なこと言いやがって。
 ところでお前ら、子供は好きか?
 親にとって無二の宝と言われてるな。
 だが、世の中にはそれを平然と踏みにじって食い物にする、
 ホラーみてえな連中がいるんだぜ。
 次回、“遠想”。
 ワイルドに吠えてやれよ、虎徹!
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