「そうそう、下から擦り上げるような感じでさ」
「こ、こうか?」
「おぉおぉ良い感じやん!」
苦手な部類トップ3には入るであろう、刈り上げ爽やかイケメンこと八木君の指導のもと俺はドライブの練習に勤しんでいた。内容としてはお互いネットギリギリに立ち八木くんが上からボールを落とす、それを俺が下から擦り上げるように球を打つというものである。
「あと注意するなら実際打つときはこの下から擦り上げる動作にプラスして球を前に押しだす、という作業が付いてくることぐらいかな。下から擦り上げるだけじゃ球は飛ばないからな!とまぁ、こんな感じだけど大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「そこは『一番良いのを頼む』だろ?」
こいつ…出来る…!
そう、この八木君練習していて気づいたのだがとってもいい奴。俺のようなボッチにも友達のように接し、会話の引き出しも非常に多い。リア充御用達の美味しいスイーツから今週発売のラノベ新刊までなんでもござれだ。しかし、だからこそ俺は疑ってしまう。この会話に何か意図はあるのか。俺と会話を合わせるだけ合わせて心の中で指をさし笑っているのではないか。言葉の裏を探ってしまう。
「なぁ比企谷…ありがとな」
は?藪から棒にお礼とな?急なお礼に戸惑う俺なんて御構い無しに彼は言葉を続ける。目を伏せ、ポツリポツリと呟く。
「正直この部活最近までだれてたんだ。集まる奴らは斑ら、来ても喋るかゲームばかりでテニスなんてこれっぽっちもしない。そんな中戸塚は違った。一人でも練習を続けてたんだ。でもあいつ…あんな性格だからさ、俺たちを注意できなかったんだ」
あははと乾いた笑いを浮かべる彼は何処となく修学旅行で見た葉山を連想させた。どっちつかずで、自分を偽り続けた葉山に。
「だけど、お前が…お前たち奉仕部が戸塚を変えてくれた。あいつ、俺らに直接『ゲームばかりやるなら出て行ってよ!』って言ってきたんだぜ?いや俺らもビックリ、ポカーンよ。そんでおもむろに一人で練習始めるもんだから俺らもしょうがなーく混ざるんだけどその時気づいたよ、俺らと戸塚の間に大きな差が出来上がってたことに。そこからは皆んな必死だったわ、差を埋めるために死に物狂いで練習練習」
気づけば元の爽やかイケメン八木君に戻っていた。あくまで俺らはきっかけを与えただけであり、その先を良くも悪くもするのは自分次第。戸塚はそのきっかけを上手く利用し自己改革に成功したというわけか。ふとコートを見渡せば練習に汗水を垂らす部員たち。己の行いを反省し、次へと移せる彼らは戸塚にとって『良い』仲間なのであろう。
「貴方のやり方、嫌いだわ」
「人の気持ちもっと考えてよ!」
急に彼女たちの声が浮かんだ。俺にとってあの二人は仲間だったのだろうか。
いや。
俺はあの二人の仲間になれていたのか…?
「奉仕部については戸塚から聞いたんだよ。自分のことを変えてくれたってな、凄い感謝してたぞ。だから、俺はお前がこのテニス部に入ってくれることを嬉しく思うし歓迎する」
最高の笑顔で、まっすぐ俺を見て、手を差し伸べる。
「ようこそ、テニス部へ」
「あぁ…よろしく頼む」
その手を握ることは出来なかった。