これはその男が戦い抜いたアリゾナ戦役と、その後武蔵野文芸大学ライドバック部部長になるまでを描いた物語。
※基本的にアニメではなく原作準拠になっていますので、アニメ版と設定が大きく異なる部分があります。
◇
最高高度を目指して昇り始めた太陽が、どこまでも続くようなその荒地の砂を灼く。これから太陽の高度がもっとも高くなろうとしているその地は「水」というものと縁がないように干からび、大地もそれを求めるようにひび割れる部分さえあった。
そんな荒地の中、野営地、というには随分とお粗末な、テントの集まりがあった。火薬と、油の入り混じった臭いの空間。日差しから身を隠すように作った日除けの陰で、男はただ黙々と作業を続けていた。
『……に陥った……バックル! 果たして反撃の……はあるのか!? 次回! ……を……しみに!』
ノイズ交じりに流れていたその映像を男が消す。果たしてどれほどその画面を見ていたのか。ノイズがあったことさえ、いや、映像さえ流れていたことを気にもかけていない様子で作業を続行している。
年の頃20代後半から30代。見ようによってはもっと年のいった顔つきに見えるかもしれない。ずんぐりとどこか小柄でありながらしっかりとしたその体格は動物でいうなら熊かグリズリーといったところだろうか。
「へっ。こんな荒野のど真ん中でお子様向けの
と、不意に揶揄するような声が男の背後から響いた。だが、それでも男は声の方に振り返ろうともしない。ただひたすら、手にした装置で何かを調べつつ、目の前にある機械を事細かにチェックするように整備していく。
「気楽なもんだな、これから死ぬかもしれないってのにアニメとはよ? まあてめーの国じゃ、そいつはお家芸だもんな?」
なおも挑発的な言葉を投げかける男。しかし、彼は聞こえていないとばかりに、あくまで作業を続ける。
「おい、何とか言ったらどうなんだ
怒鳴り、男は絡んだ相手に足を振り上げて砂を浴びせた。ところがそれでもなおその日本人、と呼ばれた男は振り返ろうとしない。
「この野郎……!」
「俺達が今いるのは戦場だ。調整不良で死ぬなどマヌケな真似をするつもりはない。それに無駄に暴れて体力を消耗する気もない。そして……何を見ていようと俺の自由だろ。数時間後に命を落とすかもしれないんだ、好きにさせてくれ。最後に見たものがくだらない世界情勢のニュースだったなどと思いながら死んでいくよりは数倍マシだ」
低く、唸るように返されたその声に、頭に血が上って拳を固めていた男の動きが止まった。威圧感あるその声だけで、半ば強制的に血気に逸った心を静めさせられる。
日本人と呼ばれた彼の言ったことは全て正論だった。ここは戦場の入り口、数時間後にここから死地へと赴く。それも彼らは傭兵、いわば「使い捨ての駒」だ。これからの作戦は正気の沙汰とは思えない、成功率は著しく低い作戦なのだ。
それでも、否、だからこそ男はなおさら食って掛かった。彼自身死ぬことなどなんとも思っていない。だが表面上はそう思っているはずであっても、心のどこかで死を怖れている。だから当り散らしたかった。
「てっ、てめえ! 偉そうに説教垂れるのかよ!」
ところが目の前の日本人はどうか。死を目前に彼は全く臆する様子もなく、まるでそんなことなど意にも介さないように、自分の「死の鉄馬」をひたすら手入れしている。それが納得できない。気に食わない。
「そんなつもりはない。……ただ俺が言いたいのは邪魔をしないでくれということだ。どれだけ馬鹿げた、俺達が使い捨てられるような作戦であろうと、可能性があるのなら俺はそれに賭ける。そしてその失敗確率を少しでも下げられるのなら、そのために準備をするだけだ。だからその邪魔はするなと言いたい」
馬鹿な、と絡もうとした男は口篭った。今まで、自分は死ぬことばかりを考えていた。どうあがいたって成功するはずのない作戦だ。
敵に包囲された味方基地の退路を確保するため、その包囲網の一部を破る。それも正規の軍ではなく寄せ集めの、大した戦力も与えられていないこの部隊で、だ。つまりその鉄壁ともいえる相手を打ち崩すなど到底不可能。いわば自分達傭兵は捨て駒として作戦をやらされ、失敗したという事実でもって敵の戦力判断の材料か陽動という名目辺りで使い捨てられるか、より強力な援軍を要求するための口実として使われる。そういう認識だった。だから相当運がよければ生き残れる、しかしどうせ死ぬだろう。そんな考えだった。
しかし目の前の日本人からは微塵もそんなことを感じられない。この男は死ぬ気など毛頭なく、これからの戦いを生き残ることしか考えていない。なぜ、そう思えるのかが不思議でならなかった。
「その辺にしておけ、エドガー」
ふと聞こえた自分の名に、日本人に絡んでいたエドガーと呼ばれた男は声の方へと振り返る。
「そこの
「うるせえ! 1人だけいい顔しようとしやがって……。おう、そこまで言うなら勝負しろクロード! この後どっちが戦果を上げられるか! 負けた方が勝った方に1杯だ!」
「ああ、乗ってやる。……ま、お互いが生きて帰ってこられたら、な」
クロードと呼ばれたその男がそこまで言うと、エドガーは面白くなさそうに鼻白んだ。そしてずっと背中を向けたままだった日本人に、見えないとわかっていながらも中指を立てて見せ、その場を離れていく。
「……邪魔して悪かったな。あいつとは何度か同じ戦場に立ったことがあるからわかるんだが、悪い奴じゃないんだ。作戦前で気が立っているんだろう」
「戦車も無しにたった30の部隊で敵の包囲網の一部を破れなど、死んで来い、という命令の作戦と同義だ。誰でも当り散らしたくはなる」
やはり男は無愛想にそう淡々と答えた。しかしその背からは死への悲壮感が感じられない。クロードはそう思っていた。
「そう言っている割には死ぬ気はなさそうだな、
「知ってどうする? 俺の名など、数時間後には意味を成さなくなっているかもしれない事柄だ」
「それは違うな。……たとえその人間が命を失おうが、そいつが存在したという記憶は残る。俺はお前に会った。そしてお前も俺に会った。それは記憶に刻まれる。ならそれは無駄な行為ではないだろう」
「俺もお前も両方死ねば、やはりそれも意味のないことだ」
クロードは笑う。この男はわからない。死への悲壮感は感じないというのに、言っていることが全く釣り合わない。リアリストなのかニヒリストなのか判断がつかない。同時に、これほど肝の据わった男がなぜ傭兵稼業などをしているのか、そこもまた興味を惹かれた。これだけの逸材、軍に正式にでも留まればすぐにでも優秀な指揮官として頭角を現すだろう。
しかしそれは聞かない。この世界の暗黙の了解。人には誰しも触れられたくない過去がある。クロード自身もそうだ。だから、それは聞けないことなのだ。
「まあいい。そうならないことを祈るだけだな。……この馬鹿げて無謀な奇襲作戦で、互いに命を落とさないように、な」
オカクラ――岡倉天司郎は答えなかった。やはりただ黙々と作業を続けるだけだった。
クロードは彼が整備するその「死の鉄馬」を眺めた。一見すればバイク、だが大きく違うのはフロント部分に補助パーツとして
ライドバック――操縦者を背負うように走行する姿からつけられた可動型の二輪車両。それが、その鉄馬につけられた名前だった。
◇
「報告します! エリアEの警備にあたっていた偵察兵から入電! 敵輸送ヘリが何かの機動兵器を投下、その後それが第一次の防衛ラインと戦闘に入ったとのことです!」
「明瞭に報告しろ。何か、ではわからん」
「申し訳ありません! 今映像が来ました!」
太陽の日光を遮るためのテントの中。駆け込んできた兵士に対して司令官と思しき男は不機嫌そうに返答した後、目の前のノートPCから流れてきた映像に目を移す。そしてそれを見るなり、声を大にして笑った。
目の前の映像は、人のように立ち上がり、しかしバイクのように2輪で走る車両が、左手の盾で弾丸を弾きつつ、右手に持つ機銃で味方の防衛ラインへと攻撃を仕掛けている様子だった。
「……こいつは傑作だ! おい貴様、これが何かわかるか?」
「確か……ライドバックという二輪車両でしょうか?」
「そうだ! オートバイに手を生やし、立てるようにしたなどというSFの中でやっておけばいい乗り物だ! 車両として認められて数年だが所詮はただのバイクの延長線上に過ぎない、そいつを戦線に投入して来た! どういうことかわかるか!?」
はぁ、と報告に来た兵士は曖昧な返事を返す。わからないのは事実であるが、それ以上にこの指揮官は目の前の映像に何も思わないのか。
「たかがバイクに乗った反乱軍がこの国連軍の包囲網の一部を破るだと!? それではせいぜいゲリラが破れかぶれで特攻してくるようなものではないか! それでこちらの包囲網を破るなど、夢物語もいいところだ!」
愉快に笑う司令官に、報告に来た兵は少し怪訝そうな表情のまま流れてくるノートPCの映像を見つめていた。
確かに大局的に見ればそうだろう。だが偵察が主な任務のこの防衛ラインは装備が整っているわけではない。現に目の前の映像では機銃で応戦する味方に対し、敵のライドバック部隊は補助パーツとして取り付けられている左手に持った盾でその被弾を防ぎ、右手に持った重機関銃でこちらの部隊を薙ぎ払っている。一方的な展開だ。本来車両に固定でもしなければ使えないはずの重機関銃を、人間の腕より遥かに強化された腕でもってああも取り回せるということはある種の脅威ではあろう。
だがそうはいっても目の前の司令官の言ったとおり、目の前の映像でこそ一方的な戦いを演じて見せているライドバックだが、所詮はバイクの延長線上に過ぎない存在である。地上戦においての主力は戦車。それに敵うはずもない。この防衛ラインを突破できたとして、次は突破不可能な戦車隊が控えている。
しかし偵察隊の防衛ラインの人間はこれでは犬死ではないかと思わざるを得なかった。それでもたかが一兵士である彼にそれを意見する権利も度胸もない。黙って、次の命令をただ待っていた。
「……いいだろう。反乱軍め、奇を
声を噛み殺しながら司令官は静かに笑い、そして命令を下した。
「キーファに連絡だ! 第8小隊を迎撃に向かわせろ!」
「第8小隊……あの『死神部隊』をですか!?」
「そうだ! その防衛ラインで敵を撃滅させろ! ゲリラもどきのバイク連中に、地上戦と言うものをわからせてやれ!」
◇
『ファルコン1より各員へ。味方を2機失いはしたが、予定通り第1次防衛ラインを突破。本番はここからだ。敵さんも本命を出してくるぞ。気を引き締めてかかれ! これより加速する! 各員、スタンディングフォームから
『了解!』
どこか喜びを孕んだようなその声に、続く兵たちも士気は十分とばかりに応え、言われた通りの命令を実行した。これまで操縦者を
そんな中にあって、岡倉も命令を実行してスプレッド・レッグス・フォームの形態をとって加速しつつも、あくまで機体の状況をチェックしていた。今の初戦は相手の偵察部隊、戦いのうちにも入らない。そこで何か事があっては笑い話にすらならない。被弾状況をまずチェック。元はバイクの延長線上とはいえ、これは戦線に投入されている特注品。通常のライドバックよりも小型化され、それに伴ってエンジンの排気量も400ccと極限サイズまで落とし、さらに多少の追加装甲と間に合わせの装備が施してある。だが些細なダメージであっても駆動系に影響が及べば最悪走行不能、あるいは補助であるとはいえ戦いにおいて必要不可欠な腕パーツの稼動不能などという致命的な事態を引き起こしかねない。
しかし案の定、自分の機体はオールグリーンだった。当然といえば当然ではある。今の戦い、防御用の左手にマウントされた盾以外に被弾はない。
その上で、改めて今度は武装をチェックする。今さっき確認した左手の盾、強度面になんら問題なし。数発の銃弾痕はあるが、受けたのは装甲を抜くには程遠い威力だ。
次いで使用した右手に握り締める重機関銃。こちらも
加えて両肩に急遽増設された小型の
あとは武器ラックには虎の子の無反動砲が1発分だけマウントされている。これは人間の力よりも強力な反動に耐えられるライドバックの腕の仕様のために急造された、通常の無反動砲をさらに一回り大型化した武器だ。対戦車戦においておそらくもっとも有効打を与えられることが可能であろう、しかし一発限りの使い捨て武器。それが予算がかさむという理由だけで配給が1機に対して僅かに1発、というだけでも、どれだけ期待されていない作戦であるかが証明されている。
さらにラック内には人が撃てるサイズの対戦車ロケット砲、RPG7が2発、今岡倉が肩から下げている分を合わせて合計3発。他に対人用として
あとは携行小銃火器の予備マガジンが少々、これが彼の全武装だった。いや、彼だけではない。この部隊のライドバックの武装は基本変わらなかった。差があるとすれば携帯できる武器を個人の好みで変える程度。
それでこれから間違いなく立ち塞がってくるであろう、地上戦の主役、戦車部隊を相手にするのだ。本来勝ち目などあるはずがない。そして彼らは知らない。その相手がよりにもよって「死神部隊」との異名まで持つ国連軍第8小隊であることも。
『前方、戦車部隊の展開を確認! 横一列に陣形を取っています!』
仲間からの悲壮感溢れる報告に、部隊に緊張が走るのがわかった。無理もない。これから自分達に死の砲塔が向けられ、無慈悲な弾頭が飛び交ってくるのだ。
『ファルコン1より各員へ! 聞いての通りだ、一気に駆け抜けるぞ! ここを抜けちまえばあとは目的の敵の補給基地だけだ! 行くぞ!』
低重心のスプレッド・レッグス・フォームのまま、フルスロットルのバイクよろしく、28機のライドバック部隊が加速する。その部隊目掛け、地上戦の王である戦車は砲塔を向け――一斉に戦車砲を発射した。120ミリ口径から放たれる一発は、直撃なら身体の原型も留めずに即死させ、近くに着弾しただけでも爆発でやはり命が奪われるほどの破壊力だ。轟音と悲鳴が入り混じり、さっきまで命あった人間が吹き飛ばされていく。
『く、くそったれー!』
恐怖に耐えられなくなったか。誰かがロケット弾を8発、全弾発射した。しかしまだ有効射程とは言えない。
『まだ撃つな! もっと近づくんだ!』
ファルコン1というコードネームの、指揮を執る男が命令するが、さらに数発のロケット弾が後方から飛ぶ。だが着弾より早く、戦車からの機銃斉射により次々と迎撃されていく。それでも数発は地面に、そして1発は戦車に命中した。しかしダメージを与えた様子はない。
戦車から2度目の戦車砲の一斉射。被害はますます増していく。ライドバック部隊の混乱もさらに増し、恐怖に負けて勝手にロケット砲を撃つ者が絶えない。
『まだだ! 戦車への有効打がなくなる!』
なおもファルコン1は叫ぶが、もはやその命令がどこまで通っているかもわからない。残存部隊は既に当初の6割、完全に混乱状態にあった。陸戦最強の戦車にたかが変形するバイクで挑んだところで勝てるはずがない。誰もがそう思っていた。
それでも部隊は死の前進を続ける。ようやくそろそろ射程か、とファルコン1がロケット砲の一斉射撃を命じようとしたその時。相手側の戦車は煙幕を撒き、後退を始めた。
『
ロケット弾の狙いが絞れないとなれば戦車部隊の動揺すら誘えないだろう。加えて、後退を始めたとなれば煙幕を抜けた瞬間にはまた相手の主砲が待ち構えているに違いない。
それを破るには相手の後退速度より速く接近し、この煙幕を逆手にとってそれに乗じ、戦車最大の武器である戦車砲が使えない位置にまで肉薄するしかない。だが相手が戦車というこの絶対的な恐怖を前に、飛び込める仲間が果たしてどれだけいるか。既に先の2発の戦車砲で恐ろしさは十二分に伝わっている。怖れから前に飛び込めなければさっきの繰り返しで嬲り殺しの運命が待っている。冷酷で確実なこの作戦を取っただけでも、相手は只者ではないとわかった。
だとするなら、もはや撤退するしかないのか。そんな考えが指揮官の頭によぎった、その時――。
『こちらエイプ2。このままじゃジリ貧だ。先行して混乱を誘う。ついてこられる死にたい奴だけついて来い』
聞こえてきたのは、低い唸るような声だった。その通信が切れるなり、1台のライドバックが猛加速するのが、指揮官の目に映る。小型化されたために限界サイズである400ccの排気量を誇るエンジンが唸りをあげ、熊のようにずんぐりとした体型の男を乗せた鉄馬が煙幕の中へと飛び込んでいく。
『待てエイプ2! 無茶だ、狙い撃ちにされるぞ!』
その叫びを無視してエイプ2――岡倉はさらにエンジンをふかした。煙幕の中で目の前のコンソールを指先で叩いて火器管制システムを立ち上げ、左側のMLRSだけを起動させて着弾地点を定める。
(……相手の後退速度は一定、それなら狙える。こいつだけで1両抜けるとは思っていないが、やられっぱなしは気に食わねえ。……地上戦の王者とふんぞり返ってる連中に、新しい戦争って物を教えてやる……!)
◇
『煙幕内部より熱源反応4! グリム5を狙ったものと予測!』
『グリム5に迎撃させろ。直撃したところで問題にもならないはずだ』
『煙幕内から敵ライドバック出てきます! 数……1! 遅れて6!』
『1だと……?』
一連の無線のやりとりの最中、戦車部隊の指揮を執っていた男は訝しげに声を上げた。既に主砲を2発相手部隊に叩き込んでいる。損害は相当になっているはず。いや、それ以上にあれだけの脅威と恐怖感を植えつけられ、それでもなおも先行して突撃できる人間がいるというのか。
『こちらグリム2、先行して来る馬鹿からは俺が1番近い。手出すんじゃねえぞ、キーファ』
入ってきた通信にキーファと呼ばれた銀髪の指揮官は一瞬眉をしかめる。今通信を入れてきたグリム2の車長はこの第8小隊においてもナンバー2であり、キーファを目の敵としている人間だ。手柄を上げたいという野心があるのだろう。本来なら数両による射撃を考えていたが、言い争うのも不毛である。そもそもたかがバイクを相手に戦車が遅れをとるはずがない。そう思い、彼は申し出を許可した。
『……いいだろうグリム2、先行の1機を任せる。残りは後方に集中しろ』
未だ晴れぬ煙幕によって視界は良好とは言いがたい。それでもグリム2の両翼につけた彼の乗るグリム1と4からなら援護は可能だろう。外部モニタを通して、その煙幕を飛び出すバイクは見て取れた。
グリム2の主砲が火を吹けば、それで終わりだ。乗っている人間ごとチャチな二輪はバラバラに飛び散る。
――はずだった。
「馬鹿な!?」
身を乗り出し、映像を見ていたキーファは叫んだ。グリム2の主砲が火を吹くその瞬間、バイク、否、ライドバックはその名の由来を知らしめた。
それまでのバイクのような低重心のスプレッド・レッグス・フォームからスタンディングフォームへ、立ち上がるように制動しつつ体を起こす。同時に左肩にマウントされていた、グリム5を狙ったと思しきMLRSをパージ。その勢いも利用し、立ち上がりながら右
機体でいうと2台分、一瞬のうちに高速ターンしつつ横にスライドしたそのライドバックの横を砲弾は飛び去っていった。同時にライドバックが加速する。さらに戦車に肉薄しつつ、左手を背に回す。そして盾を持っているはずのその左手から覗いたのは――。
「無反動砲……!? グリム2! 避けろ!」
ライドバックがグリム2の陰に入る。キーファが敵を見失った次の瞬間。
隣の戦車の車体が、爆発音と共に一瞬ぐらついた。
それだけでキーファには想像がついた。グリム2は撃破された。側面から、あの通常よりも大型の無反動を撃ち込まれたのだ。地上において最強のはずの戦車が、たかがバイクの延長線上にしかない機体に撃破されたのだ、と。
『こ、こちらグリム4! 敵ライドバック……グリム2に無反動砲を撃ち込みました! グリム2からの応答なし! 繰り返す、グリム2からの応答なし!』
僚機からの通信に一瞬放心状態だったキーファは我に返った。車内に「後退しつつグリム2の後方に砲塔を向けて監視を怠るな!」とまず指示を飛ばす。次に狙われるのは自分の戦車かもしれない。なら、その前に姿を見せた瞬間に主砲でカタをつける。前から来るか、後ろから来るか、確率は2分の1。そしてキーファは後方から来る方に賭けた。仮に前から出てくれば装甲の厚い前面を盾に攻撃を防御し、肉薄される前に砲塔を回頭させて狙い直せばいい。
少し落ち着きを取り戻し、彼は味方の隊にも無線で指示を出す。
『各員遅れてくるライドバック隊に主砲を定めろ! グリム4はそいつに機銃で応戦しつつ、動きを逐一報告!』
『りょうか……うわあ!』
『なんだ!? どうし……』
だが、キーファのその先の言葉は出てこなかった。グリム2を撃破したライドバックは予想通り彼の戦車を狙ってきた。ただし、飛び出してきたのは前でも後ろでもない、グリム2の
キーファは悟った。左手に持っていた無反動砲がなく、代わりにその左手を支えとしてグリム2の車体を
「これが……ライドバック……!」
既に相手の射程内、砲塔の回頭は間に合わない。機銃での応戦。だが着地と同時に相手は左手にマウントされた盾で身を守りつつ、そのずんぐりとした操縦者が肩に何かを構えるのが見えた。
いかに戦車が強硬な存在であろうと、装甲の薄い部分を狙われれば撃ち抜かれる。そして相手が構えるのは対戦車用ロケット砲――。
「RPG!」
そのキーファの叫び声と同時、グリム1からの通信が途絶えた。
◇
『な、何者だあいつ……』
『たったあれだけの時間で2両の戦車を黙らせちまいやがった……!』
後続に続いたライドバック隊の面々は皆信じられないとばかりに我が目を疑った。
地上戦最強のはずの戦車が、この僅かな時間に、産声を上げてから10年も経っていないバイクの延長線上でしかない車両に撃破されたのだ。
『チャンスだ! 相手は混乱してる! 撃てる者は両翼へロケット砲を叩き込め! その隙に突撃するぞ!』
ライドバック隊から雄叫びが上がる。残っていたロケット弾を乱射しつつ、スプレッド・レッグス・フォームのライドバックは加速を始める。戦車からの主砲が飛んできてまた数名が吹き飛ばされるが、今度は怯むことなく、彼らは突撃していく。
「あの
独り言を呟きながら、エドガーも味方に続いていた。先ほどまであれほど恐怖の対象でしかなかった戦車砲に対し、今ではそこまでの怖れを覚えない。感覚が麻痺したか、あるいはあの日本人の活躍に見とれてしまっているのか。
2両の戦車を撃破した岡倉だが、追撃の手を緩めなかった。たった今撃破した戦車の陰から右半身だけを乗り出し、残ったMLRSからロケット弾を発射。後退を始めた戦車の足回り付近に着弾し、速度が落ちる。同時に撃ち終えたランチャーをパージ、不規則に左右に機体を揺らし、主砲の狙いを定められないようにしつつ、機銃による迎撃を盾で防ぎながら一気に戦車へと肉薄していく。
そしてハッチに取り付き、機械の腕でもってそれを無理矢理こじ空けた。開くと同時、中からの小火器による反撃を盾で防ぎつつ、岡倉は手榴弾を2発、無慈悲に中へと放り込む。そのまま後退、慌てて戦車から飛び出ようとする兵目掛け、ライドバック右手の重機関銃を3点バーストした。飛び出そうとした最前の兵が肉塊となって吹き飛び、続こうとした兵も押し戻されつつ、直後に内部で爆発が起きる。これで3両目。
「マジかよ……。あんな方法で戦車を潰しちまうなんて……!」
エドガーはただ戦慄していた。あれは人間ではない。地上最強と言われる戦車に対して全く物怖じせず、一気に肉薄し、あまつさえ対戦車用の武器も使わずに無力化させる。そんなことが出来るとしたらもはやモンスターか何かの類だ。
その時、まだ距離があったエドガーは、後退している1両の戦車が岡倉に狙いを定めていることに気づいた。いくらモンスターといえど、戦車砲が当たればその身体が持つわけがない。いや、直撃でなくても危険に違いない。
『エイプ2! 後ろだ! 狙われてる!』
叫びながら、エドガーは砲塔を岡倉に向けている戦車に向けて全力でライドバックを走らせた。彼はまだ虎の子の無反動砲を撃っていない。スプレッド・レッグス・フォームからスタンディングフォームに切り替えつつ、腰にマウントされたライドバック専用無反動砲を構える。
だがそれより早く、戦車の主砲は火を吹いた。
『
しかし、そこに岡倉はいなかった。着弾した、その位置から数台分、横軸に移動していた。彼にはそれが目で追えなかった。
続けて、岡倉の前方に位置するもう1両の戦車も彼に狙いを定めて発射。だがこれも命中することはなかった。今度はエドガーにもかろうじて目で追うことが出来た。
「は……ハハッ……!」
エドガーは笑い声を上げた。そして2射目を撃たせる前に、自分の前にいる戦車へ無反動砲を撃ち込む。ダメージは十分、少なくともここからの2射目は無くなった。
『何者だよてめえ! ありえねえ、ありえるはずがねえ! 今のは
叫びつつ、エドガーは続けてRPGを肩に構える。無反動砲で受けたダメージ部分へと追撃。火薬が炸裂し、戦車の装甲に穴が空く。爆発の衝撃で中の人間はもはや生きてはいないようだった。だが念を入れ、手榴弾を放り込む。
その間も、敵陣片翼3両目の戦車に岡倉はRPGを放っていた。さらに合流した味方の無反動砲により、戦車は動きを停止する。最も端の1台は、MLRSの乱射と突撃したライドバック隊の攻撃で沈黙している。
逆側も同じだった。残ったライドバック隊の突撃、虎の子の無反動砲。それにより残り2台も既に行動不能、完全に沈黙している。
戦いは終わったのだ。たった28機の、試験的に運用された小型ライドバック隊によって、8両という戦車の小隊が全滅した。戦車戦を終了するファルコン1の声に歓声が上がる。残存兵力は13機。損害は大きかったが、あとは後方の補給基地を叩くだけ。戦車という絶対の存在を失った基地は、もはや張子の虎でしかないだろう。
そんな歓声の通信に混じり、低く唸るような声が返って来たのを、エドガーは聞き逃さなかった。
『……散弾ステップはたまたま練習して、結果として出来たというだけだ。俺はただのファンに過ぎない』
◇
予想通り、補給基地はあっさりと見捨てられた。敵にとって重要拠点であることに違いは無いだろうが、重機関銃を装備したライドバックは、火力だけで言うなれば装甲車と似たようなものだろう。そこに独特の三次元的な動き、加えて戦車部隊を突破したという事実。これだけの状況が突きつけられれば、敵もまともに戦意を保つことは出来なかった。結果、当初不可能と目されていた作戦は成功した。軍事用に改良された僅か30機の小型ライドバックによって。
その夜は宴だった。生き残った人間達が酒を飲み交わし、馬鹿騒ぎをする。勝てるはずのない戦いで生き残るどころか勝ちまで収めた。その事実は残った11人の戦士たちの気分を盛り上げ、より気分を高揚させていた。
その輪の中に岡倉の姿はなかった。彼は昼と変わらず、自分のライドバックの前でなにやら作業をしていた。おそらくもう出撃の命令は下らないだろうことはわかっていた。あとは本隊――反国連勢力、「
だから今の彼は、ライドバックをいじることで全てを忘れたかった。今はただ、独りになりたかった。馬鹿騒ぎをするつもりなど到底無かった。
「やっぱりここにいやがったか、『英雄』さんよ」
しかし自身が望むと望まざるとに関わらず、そういう場に呼び寄せられてしまう運命にあるのかもしれない、と時に彼は思う。今も既にかなり酔った風の男が2人、彼に絡んできていた。片方は見覚えがある。出撃前にも絡んできたエドガーと言う男だ。
「……何か用か?」
「挨拶だな、おい。あんたがいねえと場が盛り上がらねえだろうが。たった1人で戦車部隊に突撃し、4両もの戦車を沈めた。おまけに『スティンガーの散弾ステップ』なんて離れ業を披露してくれたと来たもんだ。……出撃前はああ言ったが、実のところ俺もライドバックルは嫌いじゃねえし
「……『ゴブリン』?」
作業の手を止め、岡倉は2人のほうを見上げて尋ねた。男達はニヤニヤと笑ったままその問いに答える。
「ああ。そのずんぐりとしたあんたの体型、まるでファンタジーに出てくるゴブリンそのものじゃねえか、ってな。どうだ? 気に入ったか?」
「呼びたければ勝手にそう呼べ。別に嬉しくもなんとも無い」
「そう言うなよゴブリン。……俺たちが今日撃破した戦車部隊、国連軍の第8小隊らしいぜ? 俗に『死神部隊』と呼ばれ、指揮を執っていたのはキーファって有名な小隊長だったらしい」
「キーファ……」
噂にだけは岡倉も聞いていた。国連の「死神部隊」、第8小隊。それを指揮する小隊長のキーファ。相当の切れ者で、指揮も一流だという評判だった。思えば、今日の戦いはまさに模範的な戦車戦だった。主砲の先制射撃、恐怖感を植えつけさせて射程を保つための
「ともかく来いよ、ゴブリン。お前が来りゃあ皆喜ぶんだ」
「……作業がひと段落したら行く」
「おう、絶対来い。約束だ」
2人はそう言い残し背を向ける。岡倉も作業に戻ろうとして、ふとあることを思い出した。
「待て」
「あん?」
「出撃前にお前と賭けていた男……クロードとかいったか? あいつはどうなった?」
「ああ……」
それまで陽気に話していたエドガーの顔が一気に曇った。それで岡倉は彼が言わんとしていることを察する。
「……死んだよ。
「……そうか」
そうだけ言うと、岡倉は再び作業に戻る。エドガーも「へっ」と一言だけこぼし、仕切りなおすように手元の酒を呷った。
「……もしあいつを弔ってやろうとか少しでも思うんなら、後ででもいいから来いよ。必ずだぞ」
「わかった。行こう」
その返事にエドガーは満足そうに笑みを浮かべて去っていった。だがそんな彼の表情と真逆、岡倉の心はどうしても晴れなかった。
人が死ぬ。それは戦争の常だ。だが、あとどれだけそれをやれば、人は己の愚かさに気づくのだろうか。
『……この馬鹿げて無謀な奇襲作戦で、互いに命を落とさないように、な』
言った本人が死んでどうする、と彼は心で1人愚痴る。また自分は死に損ねた。そして別な人間が死んでいった。自分も、また人を殺した。挙句、救出したかった人間を救うことも出来なかった。
それでも、と彼は思う。この超大国による支配を変えなければ、いつまでもこの愚かで虚しい紛争が続くだけだ。だったら、それを早く終わらせるしかない。
岡倉は作業の手を止めた。キリが特にいいわけではない。いや、そもそもなんとなくやっているだけのこの作業にキリも何もない。弔いの酒は飲まねばなるまい。それこそが、生き残った者の義務であり、せめてもの手向けであると、彼にはわかっていたからだった。
◇
彼は、兵士だった。戦闘やら兵器やら、そんなものは嫌になるほど経験してきたし使ってきた。そして数えるのを諦めるほど人を殺めても来た。
彼のことを「英雄」と呼んだ人間がいた。だが、そんなものは幻想だと、戦場で初めて人を殺した時から気づいていた。かつて彼は英雄に憧れた。ヒーローになりたかった。しかし所詮なんと言われようが、自分は人を殺す機械でしかないと気づいた。
以来彼は自分のような戦う人間は増えるべきでないと、憎しみ対する憎しみという報復の連鎖を断ち切らなければならないと、超大国による支配に反旗を翻した。その思想に命まで賭ける思いで、全てをなげうつことを惜しまなかった。
そんな戦い続けた中で彼が出会ったのがライドバックだった。彼はライドバックに熱中した。それこそ、少年が新しいおもちゃを買ってもらったかのように。ひたすらに乗り回し、関連書籍を読み漁り、題材としたアニメまで鑑賞し、そしてよくも飽きないなと言われるほどにいじり回した。
この作戦に参加した理由は、そこの部分が大きく占めていたのだった。奇襲作戦として初めて戦場でライドバックが使用される。そしてそれ以上に最大の目的だったのが、ライドバック開発の権威の1人であるキリー・マッキャノンという女性の博士の救出であった。
岡倉はキリー博士と面識が合った。彼女と飲み交わしたこともあったし、研究していた内容を一部受け継いでもいた。そんな中ライドバックを軍用として利用できないかと考えた国連軍により彼女は誘拐された。だから岡倉はそんな彼女を救い出したく、反国連軍に傭兵として志願した。
だが結論から言えば博士の救出は失敗した。包囲された反国連軍の基地の退路を確保し、さらに敵の補給線を叩くことには成功した。しかし肝心の博士は既に補給基地からは移送された後だった。加えて敵の戦車部隊を破ったのが正式の部隊ではなく、過半数を失った寄せ集めのライドバックによる傭兵部隊。反国連軍としてはそれを正式な戦果として認めてしまってはメンツが潰れることになる。だから、その戦いは記録からは抹消された。
この戦いは、後に「アリゾナ戦役」と呼ばれることになる。初めてライドバックが実戦投入されて「ゴブリン」のあだ名を持つ男を生み出し、その後の戦局すら大きく変えることとなった戦い。しかしそれは、こうして歴史の闇に葬り去られることとなったのだった。
◇
アリゾナ戦役から約1年。国連軍による支配は終わり、世界は変わった。岡倉天司郎は特に何をするでもなく、祖国である日本にいた。かつての思想は果たせた。だがキリー博士は救い出せなかった。そのことから彼はもう戦うことに疲れてしまっていた。ただなんとなく毎日を生き、傭兵稼業で稼いだ金で夜は飲み明かす日々。もういい加減人生に疲れを感じ始めていた、そんな時だった。
「あなた、岡倉天司郎ね?」
飲み屋のカウンターで1人飲んでいた彼の隣に、1人の女性が腰を下ろす。
「……人違いだ」
「あら、そんなわけ無いと思うんだけど。『アリゾナ戦役』の英雄、記録からは抹消された伝説の『ゴブリン』……」
「……あんた、何者だ」
岡倉の目が鋭く相手を見据える。美人といえる類の女だろう。髪を後ろで括り、左目の泣き黒子が印象的な女性だ。だが、それは表面上。腹の中までは全くわからない、彼はそう見抜いていた。
「ふふふ……。いい目。ああ、紹介が遅れたわね。私は横山みさを。
「大学講師様が俺に何のようだ?」
「あなた、行き場所がないんでしょ? だったら、私がその場所を提供してあげよう、ってわけ。あなたが必要なのよ」
「くだらん。余計なお世話だ」
無下にあしらわれても、横山は「まあそういわず聞きなさいな」と話を続けた。
「……あなた、アリゾナ戦役後の世界情勢ぐらいは知ってるわよね?」
「
だが、それで何が変わった? 結局は何も変わらない。そして俺は何も出来なかった。キリー博士を救い出せず、ただライドバックをいじることと人を殺すことしか脳のない人間だと改めてわかった。……俺などという人間はそんな存在だ。そんな俺を、あんたは必要としてると?」
「ええそう。必要としているわ」
はっきりとそう言いきった横山に対し、岡倉はフンと鼻白んで、手前のグラスを空けた。
「……俺の監視か」
「あら、さすがは『ゴブリン』。勘がいいのね、ふふふ……。ま、半分はそうね。あなたに余計な行動を起こされるのは困るから」
「あとの半分は?」
「私はライドバックに興味がある。でも今武蔵野文芸大学にはライドバック部はない。そこで……あなたに部長となって部を設立してもらいたいの。顧問は私がやるし、あなたの学内での活動その他についても一切保証してあげるわ」
再びつまらなそうに岡倉は鼻白み、追加の酒を注文した。
「あ、あたしにもウーロンハイいただけるかしら? あとお通しも」
ちゃっかりと注文を追加した横山を睨みつけ、岡倉は口を開く。
「……監視ならわざわざ俺を大学内などに置く必要はないだろう」
「そうね。でも、出来れば目の届くところにいてくれた方がこちらとしてもありがたいじゃない? それに……あなたもその方がいいでしょう?」
「どういう意味だ?」
お待たせしましたー、と2人分の酒とお通しが1人前、用意される。目の前のウーロンハイを一口呷ってから、横山は岡倉の問いに答えた。
「ふふふ……。だって、あなたはライドバックをいじっていたい。違う? 大学の部活動で、という名目ならそれは好き勝手に活動することが出来るもの。……それに、キリー博士の残した研究、それを進められるとしたら、今となってはあなたしかいないでしょうからね」
「なぜそのことを!? ……いや、その前にその言い方……。じゃあキリー博士は……」
「ええ。殺されたわ。GGFの救出作戦が失敗してね」
グッと奥歯を噛み締め、岡倉は目の前のジョッキの酒を一気に半分ほど流し込む。亡くすには惜しい人間だった。話した時間こそ短かったが、ライドバックの未来を語り合ったあの時ほど心踊った時はなかった。
『いつか最高のライドを魅せてくれる人間が現れるその時までに、その人間の希望に応えてくれるような最高のライドバックを私は作りたい』
そう言った彼女の瞳は輝いていた、と思い出す。素晴らしい理想だと思った。岡倉自身もそれに希望を委ねたいと思った。
しかしその彼女はもういない。そして彼女亡き今、それを自分が継げるのだろうか。継いでもいいのだろうか。
「……俺が部長として部を立ち上げれば、あとはライドバック部は自由に活動していいんだな?」
「ええ、どうぞ。ただ、顧問である私の目の届く範囲で、だけど。キリー博士の遺産を研究するなり、好きにライドバックをいじるなりしてくれて結構よ。私もキリー博士の研究には興味があるもの。……ああ、お望みなら学生会と自治会辺りに肩入れしてもいいわ」
癪に障る笑顔だと思いつつ、岡倉はその恨み言をジョッキの中の酒と共に飲み干した。条件としては悪くない。もう自分にはライドバックをいじるぐらいしか、生きる意味はないのかもしれないのだから。
「……横山先生。その提案、お受けします。今後よろしくお願いします」
不満はあったが、自分を拾ってくれるといった人間だ。岡倉は彼女の方を向き直り、せめてもの誠意でもってそう頭を下げた。
「ええ、こちらこそよろしく。岡倉天司郎……いえ、伝説の英雄、『ゴブリン』さん……。ふふふ……」
◇
かくして、武蔵野文芸大学にライドバック部が立ち上がった。だが、岡倉にとって部員だの部活だの、そんなものは基本的に興味は無かった。学生会にも自治会にも、可能なら肩入れしたくない。ただ、ライドバックをいじり、キリー博士の遺産を少しでも研究したかった。
彼は自分用のライドバックとしてカスタマイズのしやすい125ccのSARUを選んだ。そしてもう1機、部で保有する機体にはスペイン語で「炎」を意味するフェーゴ。こちらに岡倉の研究成果を組み込みつつ、試用していくつもりだった。一応「部で保有」という名目だが、どうせ誰も入部などしないだろう。データを入力しつつ、時折自分で動かせばいい、彼はそう思っていた。
しかしそんな彼と意思と裏腹に、最初の年こそ形だけだった部に、翌年には部員が入部してきた。時代の後押し、ブームと言うのもあるのだろう。マニア垂涎の機体であるRBZを引っさげ、自身も非凡なセンスを持つ片岡珠代、機械マニアでライドバックの写真を撮りたいと言う河合堂太、翌年にはライドバックいじりに興味があるという菱田春樹。
そしてさらにその翌年。岡倉はキリー博士が求めていた「最高のライドを魅せてくれる人物」と、ついに運命的に出会うこととなる。
こうしてかつて「ゴブリン」と呼ばれた男、岡倉天司郎と、やがて「イコン」と呼ばれる存在となる尾形琳の2人が出会い、琳がフェーゴに乗ったその時から――。
世界を変える物語が、幕を開けるのだった。
オリキャラのネーミングについて……どちらも印象派の画家、エドガー・ドガとクロード・モネから取ってます。基本的に登場人物が日本人の画家から取られているようだったので。
原作キャラのキーファについてですが、原作9巻で「アリゾナで貴様に殺された部下達と、オレの顔のキズの礼だ!」と岡倉に言ってますので、部隊は全滅するも本人はなんとか生き残り、「ゴブリン」のあだ名を持つ岡倉にやられたことを後々知った、という形にしています。また、10巻においても横山がキーファの説明をしてますので、国連軍の小隊の隊長、ということで描いています。
キリー・マッキャノン博士について。
資料を集める時に検索したところ、一応キリー博士がライバの基本設計を行い、アリゾナ戦役はそれの救出作戦もかねていた、とネット上で見かけました。アニメでそれを0話として描く予定もあったとか。
原作には名前も出たかどうか、というところですが、終盤のベレンヘーナのプログラム云々という話に絡めて、岡倉は以前に彼女と会っていて、そのプログラムを研究していた、ということで辻褄を合わせようと思いました。
批評募集タグですが、そもそも自分はミリ関係においてかなり素人でして、一応はネットで調べたりはしましたが、どうやったら戦車の装甲が抜けるかとか、戦車の正しい運用方法とかその辺をほとんどわからずこれを書いてしまいました。
ですのでその辺り、あからさまにおかしいと言うところがありましたら指摘していただければと思います。
RIDEBACKは原作、アニメ、ノベライズ版と全てが異なる作品です。原作はかなり重く、アニメもテコが入ったもののやはり重めな内容、一方でノベライズは完全にifとなっていて、純粋なスポーツ、あるいはアクションとして痛快なストーリーとしてライバが描かれています。
どれも味があります。個人的に押すならノベライズ版ですが。まあスティンガーの散弾ステップを本編に登場させてる辺りでわかるかもしれませんね。
しかしアニメのOPは冗談抜きでカッコイイと思います。