はりまり   作:なんなんな

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またちょっと短いですがいい感じにオチができてしまったので。
今回はいつもの注意事項ももちろん、本作内での過去の描写と齟齬が無いか心配です(痴呆)。


廿話 隠し事

「さーて、鬼が出るか蛇が出るか、ドラゴンが出るか。ま、美味しいお茶とサンドイッチくらいは出してもらおう」

 

 ザクザクと芝を踏んで上機嫌で歩く魔理沙の後ろをハリーたちは額に汗を浮かべながらついていく。

 ドラゴンを手に入れたかもしれないハグリッド。その小屋について来ようとするメリッサ。スネイプに見つからないようにうまくハグリッドを助けようという話なのに、(ハーマイオニー曰くスネイプの手下である)メリッサが居たら本末転倒だ。でも、なんとか取り繕おうとしたハリーたちの口を「ま、お前たちの気が進まんなら私1人で行くだけだ」というセリフが塞いだ。

 

「なぁ、杞憂で済むと思うか?」

 

 ハグリッドの小屋の前まで来ると、昼間だというのに、その窓まで完全に塞ぎ切られていた。

 

「なんだ、ハリーに、ロン、ハーマイオニー。……それにお前さんもか」

 

 家の異様な雰囲気とは対照的に、ハグリッドはにこやかな様子でハリーたちを出迎えた。魔理沙と目が合ったときは、髭の奥で多少口角が下がったようだが。具合が悪くなったのはむしろ4人の方だ。ハグリッドの背後、部屋の中からムワァッと熱波が降りかかった。分厚いカーテンを閉め切っているだけでなく、暖炉もフルに稼働しているようだった。

 4人は入口すぐの妙な位置に置かれたテーブルにつくよう促された。妙なのはテーブルの位置だけではない。普段はのんびりしたハグリッドとの会話だが、今日は向こうからどんどんと話題を振ってきた。なにかをごまかそうとしているのは明らかだった。用意されたお茶は、この熱気の籠った部屋で飲むには少し熱すぎる。

 

「そう言や最近、よくいっしょにおるな。マルフォイとも」

 

 クィディッチの話題や勉強のことに乗るのをハリーとハーマイオニーがなんとか我慢したら、今度は魔理沙の方に目を向けた。

 

「もともと、何かと縁があったしな。汽車でもそうだし、私とグレンジャーは入学前の買い出しでも顔を合わせた」

「顔を合わせたからって仲が良くなるとは限らないわ」

 

 ハーマイオニーはツンとそっぽを向いた。スネイプを抜きにしても、この2人はとことん相性が悪いのかもしれない、とハリーはおかしく思った。

 

「そう言やドラコとハリーも買い出しの時に会ってたんだったな」

「あー、うん。顔を合わせたからって仲が良くなるとは限らないね」

 

 ハリーはドラコと初めて会った時のことを思い出した。ああ、最近はよく一緒にいるけれど、むしろあの時のことを思い出すたびに感情が冷える思いだ。お互いのことを全く知らない間柄で、ドラコの口から出てきたのはマグル生まれや貧しい人に対する差別に侮蔑と、自己愛、尊大さばかり。たまに愉快なヤツに見えても根っこは"アレ"なんだな、と。

 

「なんだよ、根に持ってんのか~? 悪かったって。な」

 

 ハーマイオニーはわざと馴れ馴れしく大げさに抱き着こうとする魔理沙を「初対面のことだけじゃないでしょ!」と押しのけた。

 

「いやぁ、それにしてもあっついなぁ。燻製でも作ってるのか? でもなぁ、卵の燻製ってのは殻を剥いてから燻すもんだぜ」

 

 と、さっきのせいでずれた襟元を整えて椅子に座りなおしながら、唐突に魔理沙が本題へ切り込んだ。ハグリッドがいくら努力したとしても狭い小屋。暖炉の火に揺れる黒い球体は嫌でも目に付く。ハリーたちは少し気の毒になって言い出せなかっただけだ。

 

「いやぁ、ちぃとやり過ぎてな。表面が黒く固まっちまったんだ」

「じゃあ早く引き上げないとな。違うか?」

「違わないが、うむ。……要求は何だ」

「潔いな。じゃあお茶のお替りとサンドイッチが欲しい。あ、茶は冷めたやつで」

 

 ハグリッドはウグゥと鼻を鳴らした。しばらくすると魔理沙の言ったとおりのものがでてきた。

 

「お、ありがとよ。挟んであるのは何だ?」

「イタチの干し肉とチーズだ」

 

 ハグリッドは不満げに鼻を鳴らしながらも律儀に答えた。

 

「ううむ、メリッサ、お前さんには箒の材料とかを工面してやっちょるだろう。ハリーもどう言ってそそのかされたのか知らんが……」

 

 ハグリッドはそれぞれの前にサンドイッチを配ると同時に、順番に恨めしそうな視線を送った。ハリーは「そういうことじゃないんだよ、ハグリッド」と誤解を解こうとしたが、魔理沙が「ああ、まったくもってな。本気で脅すつもりなら、もっと思い切った要求ができるネタだぞ?」とセリフを重ねた。ロンはうんうんと頷いた。ハーマイオニーは「あんたにその危険があるのよ」と額に手を当てた。

 

「だからな、本題は――」

 

 ふいに、魔理沙の瞳が輝いた。ハグリッドはどきりとした。ハーマイオニーはそれ見たことかとため息を吐いた。

 

「そのドラゴンがなんて種類なのかってことだ」

 

 魔理沙はニヒぃと歯を見せた。「メリッサが『どっち』でもそれは本題じゃないんじゃ……」ハリーが首をかしげる間もなくハグリッドが答えた。

 

「ノルウェー・リッジバックっちゅーやつだ。ドラゴンの中でもなかなか尖ったやつでな。火を吐くことを覚えるのなんて一番早い」

「ほう、ドラゴンと言えば火だが、そういう意味ではかなりドラゴンらしい種類ってことか」

「そうだとも」

 

 ハグリッドはさっきまでのことは忘れたように上機嫌になった。自分の家の広さや材質も忘れているようだ。

 

「だが他のドラゴンと違ってこいつは何でも選り好みせずに食べる。陸に住んでる生き物殆どに、水の中のものまでな。鯨だってこいつらにとっちゃあごはんだ」

「それって人間も危ないんじゃ……」

 

 ハリーとロンは青くなった。でも魔理沙とハグリッドはそういう方に考えないようだ。

 

「じゃあ餌は楽な方か」

「いや、そこはな。子供のころはちょっと気を付けて専用のものを上げた方が良いらしい。ブランデーと鶏の血を主にな。本で読んだんだ。三十分おきにやらんといかんそうだが、心の準備は万端だぞ」

「ハグリッド、子供の間の世話はいいけれど、ドラゴンはずっと子供じゃないのよ」

 

 ハーマイオニーが諭すように言った。

 

「ううむ、まぁ、そうだとも。でもな、ドラゴンほど素晴らしい生き物はほかに無い」

 

 ハリーはなんと言おうか困った。少なくとも、素晴らしいかどうかは問題じゃないはずだ。

 

「まぁそう言うなよ」

 

 他の子供達と違って、魔理沙はいかにも楽しそうにサンドイッチを頬張った。

 

「ハグリッドも飼育のプロフェッショナルだ。ヘマなんてしないよな」

「ああ、もちろんだとも!」

 

 魔理沙がドラゴン飼育なんて面白そうなことに反対するわけがなかった。まして自分で責任を取らなくてもいいならなおさらだ。ハグリッドは援護に気を良くして意気込んだ。

 

「ハーマイオニーも、ドラゴンを間近で見られるなんて、こんな勉強の機会が他に有るか? 魔法生物学の先生だってドラゴンの赤ちゃんを触ったことがあるかねぇ?」

 

 ハーマイオニーはハグリッドほど簡単ではなかったが、それでも先生以上の知識というものに全く心が揺れないわけでもない。

 

「素晴らしいのはもちろんだが、もうひとつ、よく考えてみろ。このドラゴンの卵ほど珍しいものもそうそう無いんだぜ?」

 

 ハリーには返す言葉が無い。それに、何を言ってもハグリッドは聞き入れそうにはないし。ひとまず、注意しなければいけない相手だったメリッサがドラゴン飼育に乗り気だということで安心しておくことにしようと考えた。

 

 

「ほんと、ドラゴンの卵ほど珍しいものも無いよなぁ……」

 

 湖底の談話室で大烏賊を眺めながら魔理沙はつぶやいた。

 さて、ドラゴンそのものへの興味はもちろん有る。ところで「どこからそれが湧いてきたか」だって気になる。

 

「あら、メリッサさん、どこへ行ってらしたの? 気付いたらはぐれているものですから驚きましたわ」

 

 奥の女子寮の方から、烏賊が目に入らないように横歩きをして、ダフネがやってきた。

 

「ああ、図書館に戻ってたんだ。これ、借りようと思ってな」

 

 魔理沙は手に持っていた本をたたんで表紙を見せた。ドラゴンの本。ハグリッドが読んでいたものだ。小屋に行った帰りに図書館に寄ったのだ。

 ハグリッドのところに行ったことまで言うとドラゴンのことを隠すためにどんどん難しい会話になりそうだから伏せておいた方が良いと考えた。少なくとも、この談話室では。ドラコでなくても、野性的なハグリッドを不快に思うスリザリン生は多い。ドラゴンのことを知れば、先生に密告するやつの割合はそれなりにあるだろう。ならば行先から誤魔化すべきだ。いつもどこかに行っている私の行方なんて、いまさらイチイチ確認するヤツは居ないのだから。

 

「あら、そうでしたの」

 

 ダフネは悲しく思った。今まで、メリッサが1人でどこかに行くことはよくあったが、それについて嘘を言われたことはなかったと思う。少なくとも、図書館にだけ行ったのではない。

 居ないことに気付いてすぐ、ダフネはメリッサが戻っているかもしれないと、ちょっとロックハートの新しい本を借りるのも兼ねて図書館へ探しに行っていたのだった。

 

「ところで、ドラゴンの卵っていくらで買える?」

「え? 確かウェールズ・グリーン種ですと……いえ、存じませんわよ?」

 

 

 ドラゴンの卵は幾日かをかけて、静かにその様子を変えていった。炎の明かりに照らされて、厚い殻の中にぼんやりと見える。最近では明らかに形ができてきていた。

 

「そろそろか」

 

 魔理沙はちょくちょく卵の様子を見に来るようになっていた。色々と忙しい間を縫って訪問するのはそれなりの苦労を伴う。しかしそれだけの価値はあると考えた。それにハグリッドにとっても悪いことではなかった。まだ要注意な生徒だとは思っているものの、ドラゴンの飼育に好意的な同士は1人しかいないからだ。

 

「ああ。だが、まだあとちぃとかかるだろうな。いよいよ中で羽根の棘まではっきり見えるようになって来てからが本番だ」

「待ち遠しいな。そうなるまであといくらだ?」

「例の本によると、今ぐらいだともう数日だそうな」

「じゃあ足して、孵るまであと一週間とちょっとくらいか。予定がうまく空いてればいいが」

「心配せんでも、生まれるときにゃあ知らせてやる。そんときにゃ、ハリーたちも呼んでやろう」

 

 ハグリッドは暖炉に新しい薪をくべた。火の勢いが変わるのに反応して、卵の中でドラゴンが身じろぎしたように見えた。

 

「そう言えば、ハリーたちは最近来てないのか?」

「テストがどうとかって言うし、それにどうもドラゴンが気に入らんらしい」

 

 残念そうに髭をなでる。白いすすがついた。

 

「じゃが、孵るとこを見たら考えが変わるだろうさ。ドラゴンの美しさが分からんことはなかろう」

「私も、ぜひとも見るべきだと思うぜ。こんな機会も無いだろうしな。まったく、どうやって手に入れたんだ?」

 

 何回かの問答の後にダフネから聞き出した値段は、魔法界の経済に疎い魔理沙にとってもかなり法外なものに聞こえた。しかも、本に書いてあることからするとハグリッドが育てようとしているのはダフネが言っていた種類よりももっと希少だという。正直、ハグリッドの一生の給料より高くつくと思うのだが……。

 

「それこそ、こんな機会はもう無いだろうな。村のパブで呑んどったら、ドラゴンの売人なんだか、男と賭けをすることになってな」

「え、そんなことで貰えるもんなのか」

 

 魔理沙は唸った。魔法界の規制は抜け道が多い印象だが、まさかドラゴンも脅しだけで、本当はその程度の扱いなのか? それじゃあわざわざダフネの"連れお花摘み"を断ったり、ハリーの監視について全く抜かりなくやっているようにスネイプを誤魔化したりせずに、卒業でもしてからゆっくり機会を探せば良かったではないか。

 しかし、そういう失望を感じ取ったのか、ハグリッドは「いやいや、」と首をふった。

 

「ただ単に賭けをしたんじゃないとも。実を言うと俺だから渡したんだろうな。相手も、俺が森番の仕事や色々飼っちょることを話してから初めてドラゴンの卵を出してきたし」

 

 そう言いながらひとしきり火の世話をして、ハグリッドは「まぁ、俺も酔っとったからどんな交渉をしたか詳しくは覚えておらんが」と自慢げに椅子へ深く腰かけた。魔理沙はいかにも尊敬しているように目を輝かせながら「『ドラゴンの卵を出してきたし』って何だよ」と思った。渡す相手のアテも無しに懐に入れてパブへ行くようなものなのか? ドラゴンの卵ってやつは。

 

「それでも、賭けの後にも渋っとったがな。『ちゃんと世話できんやつに渡すとあとが大変だ』っちゅーて。だがとっておき、フラッフィーの話をしてやったらとうとう素直に頷いた」

「フラッフィーって?」

「三つ頭があるでっけぇ犬さ。あぁ、見せてっちゅーても見せてやれんからな。どこで飼っとるかは秘密だし、何より危ないからな」

 

 魔理沙は「えぇー」という声にため息を隠した。どこで飼ってるかもどれだけ危ないかも知っている。

 

「そんな危ないもんをどうやって飼ってるんだ?」

 

 魔理沙は少しだけ身を乗り出した。何と言っても性格はともかく実力は確かなスネイプが手ひどくやられた相手だ。荒っぽい突破ではなく、"手懐ける"方法は非常に興味深い。魔理沙は純粋な興味半分、「教えないでくれよ」という反対の気持ちも半分で質問した。あの三頭犬は凶悪大量殺人犯の復活を食い止める守りの1つなのだから。

 

「それも秘密だ」

「知らないからってんじゃないよな?」

「そりゃそうだ」

「でも教えてもらえないんじゃ、知ってるなんて信用できないぞ」

「……今度は何を企んどるんだ?」

「わかったわかった」

 

 ハグリッドは注意すべき生徒を相手していることを思い出したようだ。魔理沙はちょっと安心しながら「何も企んでませんよ」と手を上げた。

 

「でも、それで売人は納得したのか? 禁製品を扱ってるやつなんて、私よりよほど手厳しい気がするが」

「そりゃあ……」

 

 ハグリッドは「あ」という顔をした。魔理沙は「あーあ」と顔を覆った。


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