織田信奈のSSの練習

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相良良晴は信奈に仕えない

巻ノ一 信奈がなんぼのもんじゃい

 

 思春期のリビドーを抑えきれない青少年、相良良晴(さがらよしはる)は高校二年生。

 エロゲーの代わりに『織田信長公の野望 武将風雲録』にのめり込んでいた。

 良晴は日本の端っこ、九州の薩摩を支配地とする島津でプレイしていた。辺境の勢力による天下統一。縛りプレイと言うやつだ。

「さすがは織田軍、鉄砲の数が多いな」

 敵の火網に捉えられた味方の兵が、みるみる内に減って行く。だが島津一族は戦闘力の高い武将が揃っている。負けはしない。

 時刻は零時を回っていた。眠い、と眠気をこらえてセーブをした所で意識を手放した。寝落ちだ。

 しかし、気がつくと戦国時代の合戦場だった。

「ふぁっ!?」

 濃厚に漂う血の香りも悲鳴もリアルな夢を構成する材料にしか思えなかった。

 ドドドドと地響きをたてながら走り回る騎馬武者の乗る馬は、現代の競走馬に比べて小柄だが迫力はあった。

 バーン、バーンと鳴り響く火縄銃の銃声は現代の小火器より『鉄砲』と言う物を強く意識させる。

「うひょ、すっげぇ。天と地とみたいだ!」

 この段階で良晴は自分の夢だと思っていた。何しろ直前までゲームをしていたからだ。

 大声で歓声を上げる良晴は周囲の注意を集める事になった。「みゃあ、みゃあ」と鳴き声をあげながら味噌臭い臭いを漂わせて雑兵達が向かってくる。

「何だ、俺様とやろうってのか?」

 夢だと思い込んでいた良晴は強気だった。

「我は天を動かし男、相良良晴なり。我が首、欲しくばかかってこい」

 堂々たる名乗りを上げた良晴は、落ちていた槍を手に戦国無双か戦国BASARAの様に暴れまわった。槍の一閃で吹き飛ぶ敵兵は良晴の筋力に驚愕の表情を浮かべていた。勿論、廉価な槍だ。良晴の力に耐えきれず、ミシミシと音をたてて砕けた。

 だが戦場に武器は幾らでも転がっている。FPSのゲームより簡単な現実だ。

「ふははははっ、ぬるい、手ぬるいぞ!」

 鬼神のごとく暴れまわった良晴の周りは屍の山が出来ていた。残されたのは猿顔のおっさん一人。

「こ、降参するみゃあ」

 猿顔のおっさんがそう言った瞬間、少女の声が響いた。

「木下氏(うじ)にはがっかりでござる」

 次の瞬間、おっさんの首がころりと転がっていた。ホラー映画のスプラッターシーンに慣れていた良晴は動じる事無く吠えた。

「何奴!」

 全身、真っ黒な忍装束の少女が良晴の足下に跪いていた。

「拙者の名は蜂須賀五右衛門(はちすかごえもん)。これよりご主君におゆかえいたちゅ」

 格好よく現れて決めた積もりが、噛み噛みの台詞だった。だから悪いやつでは無いと思った。

「おう、俺は相良良晴。よろしくな!」

 極上のスマイルを向けたが、五右衛門は噛んだ恥ずかしさから顔を下げたままだった。

「それで五右衛門、この辺は詳しいか?」

 良晴は今を生きる男だ。猿顔のおっさんも死体の仲間入りをして最早、興味の対象外だ。

 良晴が五右衛門に状況を聞いた所、ここは尾張と三河の境で織田と今川の係争地だという。

「今川家があるって事は桶狭間より前か……」

 歴史の偉人、信長に会いたいと思った。

「んじゃ、織田の本陣に行ってみるか」

「ふふ。切り替えの早い御仁(ごじん)でござるな」

 良晴は五右衛門をお供に、織田の本陣に向かう事とした。

 

 

 

 敵の矢弾が飛んでくる中、近習の者が盾に成っていた。その中心に茶髪の少女が居た。

「ふぎゅる、ふぎゅる、ふぎゅるぅ~」と唸っている。

 みそ王国尾張を治める姫大名の織田信奈は今川軍の猛攻を受けていた。戦線は突破され本陣にまで敵が迫っている。

「姫様、申し訳ございません。今川軍を抑える事が出来ませんでした。ここはお逃げ下さい!」

 重臣の柴田勝家が馬を飛ばして戻って来た。丸に二つ引きの旗が津波の様に押し寄せて来るのが見えた。木瓜の旗は少なくすぐに飲み込まれてしまう。

「捲土重来、清洲に籠城して応援を待ちましょう!」

 しかし信奈は退いて籠城する事を潔しとは捉えなかった。

「是非もない」

 信奈は死を覚悟した。その時だった。

「相良良晴、見参ッ!」

 戦場に大声が轟いた。あれは何者ぞ、と両軍兵が注目する中で、黒い制服を纏った良晴が大量生産の廉価な槍を手に駆けていた。向かう先は今川軍。

「な、なんだぎゃ、あの出で立ちは!?」

「バテレンだぎゃああああ」

「怖いみゃああああ」

 怯える雑兵を凪ぎ払い一騎駆けをした良晴は今川軍を撃退に成功した。あまりにもご都合主義な良晴の奮戦も、夢だと思い込んで脳のリミッターが外れていたからだ。

「ふはははははは、見たか、我が力を!」

 血塗れの槍を誇らしげに掲げる良晴の背後に五右衛門が現れる。

「相良氏、拙者が見込んだだけの事はある。しゃしゅがでごじゃる。これよりわがちからをおみせしゅる」

 五右衛門も配下の川並衆(かわなみしゅう)を率いて追撃に加わる。泣き叫ぶ負傷者も容赦なく討ち取って行く。敗残兵から金目の物や手柄の稼ぎ時だった。

「す、凄い」

 見惚れる勝家に信奈は声をかけた。

「六(りく)、何をしてるの! 今こそ今川を撃ち破る好機よ」

 織田軍は敗走する今川軍を追撃した。そして良晴は信奈の本陣に招かれた。

 好意と興味の視線を受けながら良晴は信奈と対面する。

「近くで見ると猿みたいな顔してるのね。あんたの名前は?」

 そう言われて良晴は眉をひそめながらも答えた。

「相良良晴」

 自分に敬意を表さない良晴の態度に、信奈も思う物もあったが言葉を続ける。

「そう、相良良晴ね。相良良晴、わたしを主と仰ぎ、忠誠を永遠に誓いなさい」

 信奈は手を差し出したが、良晴は信奈の手をはね除けた。

「断る」

 ざわめく周囲を気にせず良晴は答えた。

「我は相良良晴、何人にも媚びぬ、仕えぬ」

 その瞬間、信奈は火縄銃を良晴の顔に向けた。しかし良晴は動じない。

「火の付いてない火縄銃で何しようって言うんだ?」

 それどころかゲス顔で馬鹿にした表情を浮かべた。

「ッ!」

 脅しの積もりが逆に指摘されて信奈は憤怒の表情を浮かべた。

「俺がその気なら、お前、死ぬぞ」

 そう言った瞬間、五右衛門が背後に現れて信奈の首元に刃を突きつけられていた。

「殺しておきますか、ちゃがらうぢ」

 赤い瞳をギロリとさせて五右衛門は良晴に指示を仰ぐが、良晴は首を振った。

「それは面白くない。やっぱり正々堂々と戦でどっちが強いか勝負を付けたい」

 だから今は命を預けておいてやると続けた。

 

 

巻ノ二 竹中半兵衛、くすん、くすん……

 

 噛み付いて来るなら潰すだけ。火の粉を払う様に織田の追っ手を殲滅した良晴は、尾張から美濃へやって来ていた。

 ここは稲葉山城の麓、井ノ口の町。

「相良氏、竹中半兵衛は在宅してるそうでござる」

「ご苦労」

 良晴は九州の島津を手に入れてゲームと同じ様に西から天下統一を狙う計画だった。

 そのついでに途中の国で有名武将や軍師が居れば会うか引き抜きを考えた。

 先ずは美濃斎藤家の竹中半兵衛だ。

 そんな良晴に従うのは五右衛門の他に、信奈を見限った前田犬千代の姿もあった。

 犬千代は良晴の武に惚れ込んだのである。

 良晴が通りを歩いていると老人が足蹴にされていた。

「金出せよ。貯め込んでいるんだろ!」

 白昼の強盗、恐喝も戦国乱世では日常茶飯事だった。ちらりと視線を向けた良晴は強盗の肩を掴んだ。

「何だよ!?」

 振り返った強盗の顔面を良晴の拳が襲った。

「うるせえんだよ。町中で騒ぐな。それと俺の邪魔だ」

 義侠心では無い。ただ目障りだった。それだけだった。

「この野郎!」

 強盗は人目も憚らず短刀を向けて来た。周りから悲鳴やどよめき声が上がったが、良晴は平然としている。

「……良晴は言った。お前、邪魔」

 犬千代は担いでいた朱槍で強盗を殴り倒した。

「おっ、偉いな」

 血で汚さなかった事を良晴は誉めた。気絶して放り出された強盗はその後、役人の手で捉えられた。

「とりあえず宿を取るか。飯にしようぜ」

「……お腹へった」

 そんな一行はやって来た役人に呼び止められたが、良晴は「気にすんな。良いって事よ」と言い食事に思いを馳せて立ち去った。

 

 

 

 金なら戦場で川並衆が回収した物がたっぷりあった。良晴は貧乏浪人と違って豪遊した。

「うこぎだ。じゃんじゃ持って来てくれ」

「……煮込み鍋も良いけど、油で揚げても良いかも」

 ただし元が貧乏性なのか、注文する料理のレベルも低すぎた。うこぎ尽くしのフルコースだ。

 旅館の仲居は妙な客だと思いながらも、厨房に要望通りの料理を伝えた。

 ずるっ……ずるっ……とうこぎ汁をすする音が部屋に響く。

「おくつろぎの所、失礼します。お客様に会いたいと言うお方が参られておりますが」

 仲居の言葉に犬千代は首をかしげるが、良晴は頷いて招き入れた。

「わっちは安藤伊賀守守就(いがのかみもりなり)と申す。おぬしが尾張侍を蹴散らして来た相良良晴じゃな。美濃にまで噂は轟いておるぞ」

 敵の敵は味方とも言える。安藤伊賀守は良晴に興味を持ち、可能であれば斎藤家に勧誘しようと考えていた。

「おっさん、腹減って無いか?」

 安藤伊賀守の台詞をスルーして良晴はうこぎ汁を勧める。

 食べたい時は食べ、笑いたい時は笑い、眠くなったら寝る。人間本来の生き様を地で行く良晴だった。

「いただこう」

 そんな良晴に苦笑しながらもうこぎ汁を受け取った。

 食事の箸を進める内に酒が入り、安藤伊賀守は饒舌に成っていた。

「わっちは道三どのの片腕で斎藤家の家老なんじゃ」

「へぇ、おっさん偉いんだな」

 等と相槌を入れながら良晴もうこぎ料理をヒョイ、パク、ヒョイ、パクと口に運ぶ。

「おっさん、俺の仲間に成らねえか?」

「なんじゃと」

 安藤伊賀守の箸が止まる。

「わっちは斎藤家に仕える身じゃ。おぬしの申し出は嬉しく思うが、家老としての務めがある。これでも美濃三人衆に数えられる……」

 良晴は安藤伊賀守の言葉をぶった切った。

「うるせェ! 行こう!」

 目を丸くして犬千代と五右衛門は成り行きを見守った。

 安藤伊賀守は口元に笑みを浮かべながら答えた。道三の生きてる限り、自らの主君を違える訳にはいかない。「それがわっちの士道じゃ」莞爾(かんじ)として笑う安藤伊賀守に、脇で聴いていた二人は感じ入った。これこそ武士である、と。

 しかし良晴は違った。

「うるせェ! 行こう!」

 話をまったく聞いていない。傍若無人、まさに我が道を往くであった。しかし安藤伊賀守は何やら感動していた。ここまで求められた事が無かったからだ。しかし自らの忠節を曲げる訳にはいかない。そうなると堂々巡りだが、自分の代わりに竹中半兵衛を推挙して来た。

「竹中半兵衛?」

 この当時、美濃に優れた軍師が居ると他国にはまだ広まっていない。知名度で言えば斎藤家の極一部に知られるだけの存在で、地方限定のアイドルみたいな物だ。

「わっちは叔父じゃ。半兵衛にとっては育ての父同然でな。わっちが言うのも何だが、可愛いぞ」

「へぇ可愛いのか」

 瓢箪から駒、棚からぼた餅の様な展開だが、良晴は可愛いと言う単語の方に反応した。成るように成るのが人生だ。

「うん、もちろんじゃよ」

 良晴は安藤伊賀守の手をガシッと握った。

「おっさん! あんた最高だ」

 快活に笑う安藤伊賀守とは対象的に、犬千代と五右衛門は覚めた目を良晴に向けた。

 

 

 

 場所は変わって竹中半兵衛の住まいだが、部屋の中は荒れていた。

「くすん、くすん……」

 犬千代と五右衛門に得物を向けられて、ぽろぽろ涙を溢す少女を前に良晴は何も言わない。

 足元にはビリビリに破かれた護符が散らばっており、安藤伊賀守が土下座していた。

「申し訳ない、良晴どの! 半兵衛の不始末は我が教えの不徳と致す所。じゃが半兵衛はまだ幼い。どうかわっちに免じて、平に御容赦願いたい」

 少女は竹中半兵衛重虎。良晴が会いたかった相手だ。

 安藤伊賀守に案内されて意気揚々とやって来た良晴だが、半兵衛は過剰な反応を返して来た。陰陽道の式神(しきがみ)を使った攻撃である。

 しかし良晴の仲間は一騎当千の強者(つわもの)、式神ごときに遅れは取らない。返り討ちにした結果が現状だ。

 良晴はがっかりしていた。可愛いと言うと美人な大人を想像して居たが子供だった。

「おっさん、あんたは気にすんな。悪いのはこいつ自身だ。チッ、それにしても子供かよ……」

 良晴は大人な女性を求めていた。性的な意味でも。

「くすん、くすん……子供じゃありません……やっぱりいぢめますか?」

 これでも十四才だと言うが、良晴には子供にしか見えなかった。

 男の性への執念は深い。ベータがVHSに敗れたのもアダルトビデオ普及が一端を担っている。現代人である良晴はエロ画像やエロ動画をネットで収集した。エロへの執着は語学の壁も越え、PCスキルさえ上げる。そして今回は生身の美女を期待していた。その期待が大きいだけに、期待外れの失望は大きい。

「うっぜぇ。立場を弁えろよガキ。おっさんの家族で無ければ殺してんぞ」

 良晴はぐちぐちした陰気な女は好みでは無かった。かと言っても暑苦しい身勝手な女も嫌いだ。

「あうぅ……」

 付き合うなら、それなりに個人を尊重してくれる距離感が大切だ。

「半兵衛、そなたも頭を下げよ」

 半兵衛もようやく落ち着いたのか、叔父に促されて謝罪をして来た。

「うぐぅ……すみませんでした。反省しています……いぢめます?」

 イライラして来た良晴の空気を読んで犬千代が間に入った。

「……そこまで。誰もいじめない……だから泣き止む」

「ぐすんぐすん……」

 半兵衛は犬千代の言葉にこくりと頷いた。

 

 

 

巻ノ三 んにゃんにゃ!

 

 戦は終わらせるより始める方が難しい。事業の立ち上げ、資金繰り、人材の確保、幾らでもやる事がある。単に終わらせるだけならば投げ出せば良いだけだ。

 人との繋がりも終わらせるより作り出す方が難しい。ボッチが世間に受け入れられ難いのと同じだ。

 竹中半兵衛は大恩ある叔父、安藤伊賀守の推挙で良晴に仕える事と成った。しかしまだ仲間と言える程、信頼されてはいない。

 美濃から西に向かう良晴は近江に入った。

「ここらは浅井(あざい)の領地か。小谷(おだに)城も見ておきたいな」

 犬千代は良晴の服を引っ張った。

「……近江の名物は焼鯖そうめん」

「ああ、それも食いてえな」

 物見遊山気分で良晴は、浅井長政の居城小谷城を目指した。

 現代であれば北陸自動車道か国道365号線を北上する所だが、この時代、地方の交通網の発達は遅れていた。びわ湖タワーに代わって滋賀県民の憩いの場所であるカインズホームも存在しないのである。

「あれが小谷城か」

 途中で調達した馬で何だかんだと言いながら小谷城の近郊までやって来た。良晴が積み上げられた石垣と曲輪に目を向けていると、半兵衛にばっさり否定された。

「いえ、良晴さん。あれは山本山城です。小谷城はその向こう、あちらです」

『織田信長公の野望』ではゲームの容量と言う制限で全ての小城を網羅してる訳では無かった。ゲームでは近江と一括りにされて滋賀県全域が浅井の支配地と成っていたが、現実は簡略化されている。浅井は北近江を勢力圏とし、南近江は六角の勢力圏だった。

「あ、そっか?」

 良晴はあっけらかんとして笑っている。そんな良晴の横顔を眺めて半兵衛は、この人はおバカさんかもしれないです。おバカさんなダメ男を支えてあげなくては、と言う考えに至った。

「あっちが浅井長政の城なのか」

「良晴さん、浅井家の御当主は久政殿ですよ。長政と呼ばれる方は聞いた事がありません」

「マジでか」

 信長の代わりに信奈が居る世界だ。知恵者の半兵衛が言う事なら事実なのだろうと納得した。

 この頃、浅井久政は六角義賢の膝下に屈しており妻子を人質に差し出していた。家族への情愛よりも民や家臣を案じたのである。その事を半兵衛から聞かされて良晴は感心した。平凡な男なら家族を選ぶが流石は君主であると。

「近々、御嫡男の賢政殿が六角の家老平井定武殿の御息女、小夜姫と婚姻なされるとか。これで北近に於ける六角の影響力が増しますね」

「平井定武ねぇ……」

 良晴のゲームや時代劇で得た知識では、浅井が六角に臣従していた事まで描かれてはいない。近江の支配者は浅井長政で、信長の妹を妻にする。その程度の物だった。

「平井殿は六角の重臣です。次期当主を六角寄りに取り込む積もりでしょう」

 と言われても、長政の居ない浅井に魅力を感じなかった。次の目的地は彦根に変わった。オタクな良晴は、徳川譜代の井伊家が普請した彦根城が見たかった。

「彦根城と言う城は知りませんが、佐和山城の向かい側に彦根山と言う山があるそうです」

 良晴は所々、抜けた言葉を発する。現に、三河の松平元康は今川義元の忠実なパシリで、徳川家康の名前は世に出ていなかった。そんな良晴の言葉を拾って半兵衛は考えを述べた。

「あ、それかもな」

 良晴達は琵琶湖沿いに南へ下り東山道を進んだ。

 

 

 

 島津家久は薩摩島津家の四女である。その瞳は翡翠の色で、アクアマリンの様な色素の姉達と違う。その為か、姉妹の中で産まれた腹が違う事から家中で「あれは島津の出来損ないぞ」「姉に似てなか」と囁かれ気にしていた。

 家族とは血の繋がりだけで出来る物では無い。家久は姉達に愛されている幸せがあった。

 だが家久は薩摩武士である。家族に庇護されるだけでは駄目だ。人は生まれと血筋が全てだ。姉達を支え島津の家を守り立てる事が末子の務めと認識していた。持って生まれた役割である。

「家久、あなたまだ子供よ。島津の家を守る為にも見聞を深めて来なさい」と姉、歳久に言われて各地を回る事と成った。だが上洛はまだ早いと言う事で、京を除いた畿内の街を巡り歩いていた。

「ふむ、もう見る物は見た。そろそろ薩摩に帰るかの」

 奈良の大仏も見て伊勢神宮も参拝し目ぼしい物は見終り、そろそろ帰郷しようと家久が考えた頃だった。

 尾張と三河の国境で戦があると言う事で、本州の武士がどれ程の物かと見に向かったが、伊勢から伊賀越えで山に迷い込み近江に行き着いた。

 すでに戦は終わってるやも知れぬとがっかりしていると、村が見えてきた。

「ここは帰り道を聞くど」

 分からないなら素直に聞く。下手に迷うよりも正解であった。

 家久が村に立ち寄るとどういうわけかひっそりとしていた。

「うう~。留守なのか。誰も出て来てくれんぞ?」

 不思議に思いながらも村の中で一番大きな家の前に来た。

「むっ」

 静かだが人の気配がする。庄屋の家だろうと当たりを着けて中に入ってみた。

「ごめん! おいは島津家久。道を訊きたいんじゃが!」

 家久の大声に家中の者が駆けて来た。家久は老いた男の頬に光る涙の痕に気付いた。

「おまいはどうしたんじゃ?」

 不躾ではあるが素直な気質を家久に見た家の主は事情を話した。

「実は六角様が戦を成されると言う事で、村から兵を出さねばなりません。男手は戦で減り、今度は娘達も差し出せと言われました」

 兵役は民の勤めである。だから家久はそう言う物なのだろうと理解した。

 しかし民が戦に苦しめられているのも分かる。泣いてる家族を見てると義侠心が沸き起こった。

 弱者を守るのは武士の勤めである、と。

「泣いていてもらちがあかん。おいが六角の大将の首を盗るど。それでよかか?」

 そうすれば戦が終わると家久は考えた。極端だが間違ってはいない。

「六角様の首をですか!」主は驚き聞き返したが家久は有言実行、悪党成敗の行け行けどんどんな性格である。

 家久の言葉に家人の娘が泣いた。主も娘は守りたい気持ちがある。お頼みしますと申し出た。

 あぐらをかく家久の前に周囲の地形を記した絵図が広げられた。

 今回の戦は、浅井との境に存在する肥田城の城主、高野瀬秀隆に不穏な動きがあった。その懲罰として六角が攻勢に出る形だった。

「攻め手は、六角の義治様が戦の御大将として御出陣されるそうです」

 六角が根こそぎ動員した兵力は二万を超える。ただし戦場に展開する兵力は限られた。

 肥田城の包囲形成、それとこの機会に動くかもしれない浅井への備え。分散し配置されている事が予測出来た。

 二万の兵でも分散していれば野戦で撃破する事も可能だ。問題は家久に手勢が無いと言う事だった。家久の視線が絵図に注がれる。肥田城の武家屋敷、町屋は防御効果を期待出来る。つまり六角の兵を引き付けられると言う事だ。城の脇を流れる宇曽川に視線を向ける。

「六角は水攻めを考えちょるな」

 水攻めにはおあつらえ向きの地形だった。

 戦の勝敗を決する最大の要因は神や仏の御心で、天の采配だ。すなわち人智の及ばぬ天候や地形、植生、風土が影響するのであった。

「おいが皆を守ってやるど!」と力強く言うと家久は北に向かった。

 それに家久は信じていた。立派に戦えば立派に死ねる。そうすれば島津の名を汚さず姉達にも褒めて貰えると。だから今、死ぬとしても怖くは無かった。

 

 

 

「ふあぁ」

 良晴は欠伸をしながら伸びをした。野宿をして一夜が開けた。

 佐和山城に近付くと六角の軍勢が取り囲んでいた為、彦根山まで向かう事が出来なかったからだ。

 蹴散らすのも面倒臭いので良晴は六角の包囲を避けて西へ向かったが、進んだ先も肥田城に通じる橋梁や道が六角に封鎖されていた。

「ぞろぞろと鬱陶しいな。何なんだあいつら」

 寝起きで不機嫌な良晴は、昨日の夕飯の残りである手羽先をむしゃむしゃと食べながらぼやいた。

「相良氏。九州はまだまだ先でござる。こんな所で足止めを食らうなら六角の連中、皆殺しにしまちゅか」

 良晴の考えでは堺で船に乗って九州に行く予定だった。しかし行く先々で六角が軍事行動を行っている為にフラストレーションが高まる。

 山間部の走破は不可能では無い。今の良晴なら六角の警戒が手薄な所を通過出来るだろう。

(いや、俺が何でこそこそとしないといけないんだ?)

 考えたらムカついて来た。良晴は諸悪の根元である六角の責任者をぶち殺そうと考えた。

「それも良いな」

 五右衛門の差し出した竹筒の水筒を受け取りながら答えた。六角をぶっ殺すと。

 剣呑な空気を良晴が放っていると、何か塊が山の斜面からごろごろと転がってきた。落石か、とそれぞれ散らばったが、それは人だった。

「あーっ、痛っ……」

 起き上がって、きょろきょろと良晴達を見回すのは島津家久だった。

「おいは島津家久。六角義治はここに居るのか? 居たらその首貰うど」

 首を貰うと言われて、素直に答える訳無いだろうと思いながら良晴は答えた。

「いや六角義治と言うやつはここに居ない。それより、そいつが六角の大将なのか?」

「おう。義治が大将じゃ」

 その言葉に良晴は頷くと獰猛な笑みを浮かべた。家久はびくりと体を震わせた。武者震いか恐怖による物かは分からない。ただ良晴の笑みに脅威を感じて距離を取った。

「六角義治の首、この相良良晴が貰おう」

 はっとして家久は食ってかかる。

「んにゃんにゃ! 義治の首はおいが貰うど!」

 家久には約束があった。皆を守ると。姉達に、それでこそ島津の一門と褒めて貰える好機だった。しかし良晴にその機会さえ奪われ様としている。

 手足をばたつかせた家久の抗議は、良晴から見ればリズムを取って踊り狂ってる様だった。純朴な家久をからかうと楽しそうだが良晴は悪戯心を我慢した。

 家久が島津家の者である以上、知己を得て損は無い。打算的感情が動いた。

「分かった。利害は一致してる事だし、君に協力しよう」

 要は六角をぶち破って九州に行けさえすれば良いのだ。上手く取り入れば血を流さずに島津を味方に出来るだろう。

「んにゃんにゃ? 義治の首をおいに譲るちゅうのか?」

 これまで島津の家中で蔑まれてた来た家久は、自分に手を差し出して来た良晴に戸惑った。

 良晴が頷くと半兵衛が微笑み、五右衛門も目を細めた。生暖かい周囲の視線を受け家久は、きょろきょろとどこかへ視線を飛ばして落ち着き失っていた。

 

 

 

「ちぇすとおおお!」

 良晴の叫びが耳を打つ。家久は目を輝かせて視線を向けた。まさか本州でそのかけ声を聴くとは思わなかったからだ。

 肥田城を巡る戦いは浅井、六角軍の衝突となった。浅井軍先手の大将、百々内蔵助が六角軍によって討ち取られ上坂刑部、安養寺氏秀らが防御戦闘を繰り広げて居た。

 良晴は宇曽川を渡り六角軍の背後に迂回していた。繁みの中で良晴は半兵衛と顔を付き合わせている。

「良晴さん、浅井軍は六角本陣を突く様です」

 半兵衛の指差す通り、六角軍と対峙する第一線の浅井軍は予備隊を動かして攻撃準備の行動を欺瞞しているが、後方で賢政の本隊が攻勢転移を行うべく集結を行っていた。

「そうはさせん」

 繁みから出ると良晴は駆け出した。

「相良さぁ、おいも行くど!」

 家久達も続く。

 後方警戒に当たっていた六角の雑兵が良晴達に気付いた。しかし遅い。

 良晴の攻撃が雑兵を刈り取るまで一瞬の出来事だった。鈍い音と共に地面に沈んでいた。

 本陣の奇襲とは深く静かに浸透突破する事が成功の秘訣だが、良晴は雄叫びをあげた。

 集まってくる敵を容赦なく潰していた。

「ば、化物だ!」一騎当千の仲間を連れた良晴は戦場に現れた魔王だった。血に彩られた戦場で恐怖が伝播するのは早い。後衛部隊は一瞬で崩れ去った。

 敵は良晴の動きに付いていけなかった。五右衛門は自らの選択が間違っていなかったと誇らしく思った。半兵衛は軍略を撃ち破る良晴の武に圧倒された。

 家久は姉を思い出した。島津家の次女、義弘は武神と呼ばれる存在だ。良晴は姉にひけをとらない。それ以上だった。

「よか武者ぶりじゃ」

 そう呟く家久の刀も血を吸っており赤黒く染まっていた。

 前は良晴が切り開いており、討ち漏らした敗残兵を刈り取る簡単な仕事だ。家久の背中を守るのは島津の精兵にもひけをとらない五右衛門と川並衆。「お頭や半兵衛ちゃんとは違った魅力が」等と申していた。


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