第102話「Beginning ~始まり~」
シャンと、活気のいい音と共にカーテンが開かれる。窓から差し込む朝日を一身に浴びるのは、この家の主――佐藤和真。
カズマは気持ちよく伸びをした後、再びベッドへ横になることはせず、クローゼット前に移動。寝巻にしていたジャージを着替え始める。
そんな彼を、奇怪な目で見守る双子の剣がいた。
「弟よ。今日も主が朝早くに起きたぞ」
「いつも昼過ぎに起きる主が、また早起きしたぞ」
「ついに怠惰から抜け出しおった」
「女神のいうニートではなくなったのか」
「にーと? にーととは?」
「ニートというのは――」
アグニとルドラがいつものように喋り出す。以前、彼等の声で起こされた時は本気で売ってやろうかと思ったが、それは過去の話。今の佐藤和真にとっては小鳥の囀りに過ぎない。
テキパキと着替えを済ませて部屋を出る。当然兄弟は放置した。洗面所で洗顔を済ませて眠気を取った後、朝食を済ませるべく食堂へ。足早に辿り着くと、扉の向こうから聞こえる騒がしい声を聞きながら扉を開けた。
「おはよう皆。よく眠れたかな?」
「あらカズマさん。今日もご機嫌麗しゅう」
カズマに言葉を返したのは、席に着いて朝食を待っていたアクア。どちらも普段と違う心穏やかなテンションであった。
早起きを心掛けているカズマ。女神らしい振舞いのアクア。明日はキャベツが空から降ってきそうだと言われてもおかしくない様子の二人だが、その理由はこの屋敷にいる来訪者にあった。
トタトタと、可愛らしい足音がカズマの耳に入る。音のした方へ顔を向けると、そこにはこちらを見上げる小さな客人が二人。
「カズマおにーちゃん! アクアおねーちゃん! おはよ!」
「お、おはようございます。カズマお兄さん。アクアお姉さん」
「おはよう、こめっこにシルフィーナ。今日も元気な二人が見れてお兄ちゃんは嬉しいよ」
「挨拶もちゃんとできてエライエライ。さぁ、朝食ができるまでアクアお姉ちゃんとお話しましょう」
めぐみんの妹であるこめっこに、ダクネスの従妹ことシルフィーナ。彼女等の屈託のない笑顔を浴びて、カズマとアクアは自然と笑みを零す。
エリス祭でこの街に訪れた二人だが、もう少しこの街にいたいという本人達の希望を呑み、この屋敷に泊まらせていた。保護者二名は最初反対してきたのだが、折角できた貴重な同年代の友達。二人をもっと仲良くさせたい親心が最終的に勝利した。
破天荒なこめっこがシルフィーナを振り回している場面がほとんどだが、シルフィーナも嫌いではないようで、二人の関係はとても良好。加えて、シルフィーナは病弱と聞いていたのだが、こめっこの活気に引っ張られてか、はたまたアクアの女神自然光を浴びてか。元気な姿を見せていた。そして、影響を受けた者があと二人。
「普段の姿を知っているからこそ、我が妹に良い顔している二人を見るのは……なんというか、凄く変な気分です」
「気持ちはわかるが、おかげで二人とも喧嘩せず生活習慣を改善できている。シルフィーナの楽しそうな姿も見られて私は満足だ」
朝食を準備しているめぐみんとダクネスが口を零した。
昼過ぎまで寝て屋敷でグータラしていたヒキニートや、酒の一升瓶を抱えソファーで眠りこける駄女神の姿はどこへやら。カズマは早起きを心掛け、アクアも朝からお酒を飲んだりしない。喧嘩も起こさず、大人しく朝食を待っている。自分達は立派な大人だと言い張るかのように。
生活習慣改善は辛いものだとカズマ本人すらも思っていたのだが、こめっことシルフィーナの笑顔を見ている内に気にしなくなった。至福の時を味わったカズマは、しみじみと呟いた。
「めぐみん、ダクネス……子を持つってのはこういうことなんだな」
「カズマがこっちを見ながら急に変なことを言い出しましたよ。このおたまでぶっていいですか?」
「落ち着くんだ、めぐみん。暴力的行為は二人の教育に悪いだろう」
二人の視線に怒りの色が混じっているが、カズマは気にしない。椅子に座り、朝食を心待ちにする子供達の様子を見守る。
「はやくごはんほしい。トリ、先っちょだけでいいから食べていい?」
「いいわけねェダロ! テメェが来てからこのやり取り何回目だ!? 子猫ちゃんもヨダレ垂らしてこっちミンナ!」
「なーお」
「鶏に生まれたことを恨むんだな。なんなら我がひと思いに食べてやろうか?」
「ダメだよケルちゃん! ご飯まで待てだからね!」
「冗談だ、本気にするな小娘。あとその呼び方はやめろと言った筈だが?」
朝食を待っていたのは彼等だけでなく、ペット達も傍で待機していた。内二匹は悪魔で、一匹は火を噴く謎の生物だが。
子供達とペット達の戯れを見守っている内に、朝食の準備が終わる。全員が食卓に着き、団欒を交えながら食事の手を進めていった。
美味しそうに食べるこめっことシルフィーナの姿を見て、またもカズマに笑みが零れる。と、こめっこがリスのように頬へ含ませていた食べ物を飲み込んだ後、声を上げた。
「ねーちゃん達はいつ冒険に出かけるの?」
ピタリと、食事を進めていたカズマの手が止まった。同時に心の中で呟く。ついに言われてしまったかと。
ここ数日、彼は真人間の生活を送っていた。しかしその暮らしは、とても冒険者には見えなかった。ギルドには一切赴かず、モンスター討伐もご無沙汰。装備の手入れすらしていない。強いて言えば、警邏と称して街を散歩しているのみ。
冒険者にとってクエストは貴重な収入源。だが今のカズマは、バニルとの業務提携等もあって金に困っていない。つまり無理してクエストをこなす必要がないのだ。
このままのんびりしていたいのがカズマの本音だが、こめっこが冒険者にそんな姿を望んでいるわけもなく。シルフィーナとの交流で満足してくれているのではと思っていたが、ダメだったようだ。
こめっこの問いかけを聞いためぐみんが、今こそ好機とばかりに口を開いた。
「カズマカズマ。こめっこは私たちの冒険者としての雄姿を見たいそうですよ。こめっこを本当に喜ばせたいのなら、今度こそクエストに出かけるべきではありませんか?」
「私も同感だ。最近はモンスターとの強烈なプレ……激しいぶつかり合いをしていないから、身体が鈍っている。ここは歯ごたえのあるモンスターで鍛錬といこうではないか」
同じくウズウズしているであろうダクネスも便乗してくる。子供を盾に意見を投げてくるとはなんて汚い大人だと思うも口には出さず、平常を保ったままこめっこに言葉を返した。
「いいかこめっこ。冒険者というのは、日々モンスターを討伐しているわけではないんだ。こうやって朝食を取りながら新聞に目を通し、世界情勢を知ることも立派な務め。日々の散歩だってそう。冒険者が街を歩くことで、悪さをする輩が現れないよう治安維持に貢献しているんだぞ」
「街を歩くだけで犯罪の抑止力になるほどカズマは腕っぷし強くないでしょう」
めぐみんの小言にイラっとしたが、事実ではあったので言い返さずにカズマは話を続ける。
「休める時にはよく休むのも冒険者として立派な仕事だ。アクアだってそう思うだろう?」
そして、ここまで静観していたアクアへ同意を求めた。彼女も自分と同じで、面倒なことは避けたい性分。こちら側についてくれる筈だ。
「カズマの意見には同意だけど、こめっこちゃん達にそろそろ私達の雄姿を見せたいのも事実ね。いいわ! 今日はクエストに行きましょう!」
「はっ?」
アクアの出した答えは、カズマの期待を裏切るものであった。彼は内心動揺しながらも平静を装ってアクアに言葉を掛ける。
「いやいや何をおっしゃってんのアクアさん。俺達は面倒なクエストをわざわざこなす必要ないんだって。それに、今の時期はめぼしいクエストもないだろ?」
「昨日ギルドに顔出したら、ジャイアントトードの討伐クエストが貼られてたわよ。そういえば、私達がこっちに来て初めてのクエストもジャイアントトードだったわね。今度こそあのカエルどもに女神アクア様の恐ろしさを思い知らせてあげなきゃ!」
「頭から丸呑みされる未来しか見えないんだが?」
ジャイアントトードは久しく狩っていないが、最初の頃の印象がどうにも強く、同じ結果になるのではと思えてしまう。それに、こうして啖呵を切っている時のアクアは総じて負けることが多い。
「アクア達と冒険を始めたのもちょうどこの時期でしたね。格段に成長を遂げた我が爆裂魔法で、今度は反撃の隙も与えぬよう、一発で全てのジャイアントトードを粉微塵にしてみせましょう!」
「じゃ、ジャイアントトードか……フフフッ、ようやく私もあのヌメヌメを……い、いかん! 今はシルフィーナの手前。落ち着くんだ私……!」
まだカズマが許可を出していないにも関わらず。めぐみとダクネスはやる気満々。そんな中、アクアが思いついたようにポンと手を叩いた。
「そうだわ! お兄ちゃんも連れていきましょ! お兄ちゃんも私達と同じであのカエルどもには苦い思いをさせられたの! きっとお兄ちゃんも一緒に戦ってくれる筈だわ!」
「お前の脳内バージルさんはなんでそんな甘々なんだ」
門前払いになるのがオチだと、彼女はいつになったら学習するのか。懲りずにジャイアントトードを狩りに行こうとしているのが答えなのかもしれないがと、カズマはため息を吐く。
「魔王のおじさんも連れて行くの?」
すると話を聞いていたこめっこが、突然そう尋ねてきた。聞きなれない言葉に首を傾げ、カズマはたまらず聞き返す。
「魔王のおじさん?」
「青い服着た白髪のおじさん。この前は魔王だった」
どうやらバージルのことを言っていたようだ。何故魔王と呼ばれているのか疑問に思っていると、エリス祭での舞台劇のことを言っているのではとダクネスが耳打ちで教えてくれた。カズマが納得する横で、こめっこは続けて問いかける。
「魔王とねーちゃん、どっちが強いかな?」
「そんなの決まっているでしょう! 我が爆裂魔法は最強です! たとえ魔王が相手だろうと、一撃で仕留めてやりますよ!」
「話の流れだと魔王はバージルさんってことになるんだが、お前バージルさんに爆裂魔法ぶち込もうとするなよ? 絶対だぞ? フリじゃないからな?」
やらしそうなめぐみんへカズマは強く釘を刺す。わかってますよと彼女は返したが、いつかのダンジョン探索の時でバッタリ会った時には本当に爆裂魔法を撃ち込んだ前科持ちなので信用ならない。
「というわけでカズマ! 先にお兄ちゃんの所に行ってお願いしてきて! 依頼って形なら引き受けてくれる筈よ!」
アクアは両手を合わせてお願いしてくる。どうやらアクア自身が行っても引き受けてくれないだろうと学んではいたようだ。
カズマは周りを確認する。めぐみんとダクネスだけでなく、こめっことシルフィーナも期待のまなざしを向けている。悪魔達は見守るだけで間に入ろうとはせず。
やがてカズマは、観念したかのように呟いた。
「しょうがねぇなぁ……」
アクアが言っていたように、こめっことシルフィーナにカッコいいところを見せたいのは事実。カズマはアクアの頼みを受けた。もし子供二人がいなかったら断固拒否していたであろう。
カズマは朝食を食べ終わった後、アクア達へ「俺が行っても受けてくれるとは限らないぞ」と念押ししてから外出。お隣のバージル宅へ向かおうと屋敷の門を通り過ぎた時であった。前方に黒髪黒装束の少女――タナリスの姿を発見した。向こうもカズマを見つけたのか、挨拶するように手を振ってきた。カズマも手を挙げつつ彼女のもとへ。
「ようタナリス。アクアに用事か?」
「グッドタイミングだね、カズマ君。というのも、用があるのは君なんだ」
「俺?」
彼女が屋敷へ来るのは、大抵アクアと雑談するため。だが今回は違ったようで、指名されたカズマはたまらず聞き返す。
「今からバージルと話しに行くところだったんだけど、君も聞いておいて損はない話かなと思って、呼び出しに来てたんだ」
「マジか? 実は俺も今からバージルさんの所に行こうとしてたんだよ」
「へぇ、何か頼み事かい?」
「あぁ。百パー断られるだろうけど」
「その口ぶりだと、アクアが面倒なこと言い出したのかな? お父さんは相変わらず大変だねぇ」
「誰がお父さんだ」
タナリスと行き先が一致した為、カズマは彼女と共にバージルのもとへ。短い距離の中、カズマはアクアに対する愚痴をタナリスに聞いてもらいながら歩いて行った。
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太陽の浴びせる熱が冷めてきた秋の入り。バージルがこの世界に来てから、ちょうど一年が経とうとしていた。
女神エリス、女神アクア合同祭を終え、街の人々は今年のキャベツ収穫祭がいつになるか語り合っていた頃。バージルは街を離れず、なるべく依頼も受けず鎮座していた。無論、悪魔への襲来に備えてだ。
しかし、その兆候は見られなかった。王都での襲来以降パッタリと悪魔の話を聞かず。同時に魔王軍も最近は大人しく、新聞に目を通しても目立った襲撃はない。嵐の前の静けさとでも言うべきか。今日もバージルは自宅兼事務所デビルメイクライで本を読み、静かに暮らしていた。
元凶たるアーカムの所在がわからない以上、こちらから出向くこともかなわない。いっそ先に魔王へ挨拶しに行くべきかと考え始めていた時であった。
ガチャリと、ドアノブの回る音が響く。既に来客を察知していたバージルは、栞を挟まず本を閉じる。家に入ってきたのは、黒髪黒服の少女と茶髪の冴えない男。もはや彼にとってお馴染みの人物となった、カズマとタナリスであった。
「やぁバージル。ちょうど暇そうにしてるね」
「依頼のつもりなら運が悪かったな。しばらくの間休業中だ。街中で済むのなら受けてやらんこともないが」
「そう邪険にしないでよ。今日はお話だけしに来たんだから」
タナリスは明るく笑い、我が家のように遠慮なくソファーへ座る。一方でカズマは「俺は依頼のつもりだったんだけど……」と小言を口にしながら、タナリスと対面する形で別のソファーに腰を掛ける。
「で、何の用だ?」
「本題に入る前に聞きたいんだけど、僕がこの世界に堕天した経緯って話したっけ?」
用件を尋ねると、タナリスは唐突に話題を振ってきた。どういう意図かを探る為にも、バージルは会話に応じる。
「地獄行きだった筈の俺を転生させた罰、だろう?」
「そうそう。まぁそれより前からちょくちょくやらかしてたから、そのしわ寄せもあるんだろうけどね」
女神にとって堕天は耐え難い罰の筈だが、タナリスは全く気にしていないどころか堕天を楽しんでいる素振りで話す。
と、話を聞いていたカズマは割って入るように声を上げた。
「ちょっと待って。バージルさんって地獄行き確定だったの?」
「当然だろう。天国に送られる悪魔がどこにいる」
「それ以外にも色々と理由はあるけどね。まぁその話は置いといて、僕に堕天の命を下した上司がいるんだけどさ」
語れば長い話になりかねないからとカズマの質問は軽く受け流し、本題へ話を戻す。タナリスは世間話をするかのような口調でバージルに告げた。
「アーカムを転生させたの、多分その人だと思うんだ」
「……何だと?」
何の気なしに語られた、元凶の存在。流石のバージルも話に食いつかずにはいられなかった。
「名前はシルヴァ。僕やアクアと同じ女神で、今は僕の上司。あっ、僕は堕天使だから元上司と呼んだ方がいいのかな」
「何故その女神が黒幕だと?」
「アーカムの額に埋め込まれていた眼……あれは彼女のものだよ。最初に見た時から見覚えがあるなーと思ってたんだ。やっと思い出せてスッキリしたよ」
タナリスは晴れ晴れとした顔で語るが、すぐに訝しげな面持ちへと変わる。
「でも、彼女がアーカムを転生させた理由が全くわからないんだ。だから多分ってわけ」
つまりシルヴァという女神が関わっているのは確定だが、彼女の意思によるものかは定かではないということ。
しかし事実だけ見れば、シルヴァが協力的な可能性は高い。でなければ眼を埋め込む真似などしないであろう。
アーカム同様ロクでもない奴であれば遠慮なく叩き潰せるのだがとバージルが思う中、静かに聞いていたカズマがおずおずと手を挙げた。
「あのー……アーカムって誰のこと?」
カズマの発言を聞いて、そういえば彼には話していなかったかと思い出す。
タナリスはカズマにアーカムの存在と、彼がこの世界で暗躍していた事実とその目的を語った。カズマは終始理解が追い付かない様子であったが、全て聞き終えて情報を整理した後、彼は深いため息を吐いた。
「知らなきゃよかった……」
「アクアも狙われている以上、この話はカズマ君の耳にも入れておいた方がいいと思ってさ」
「だとしても、俺がどうこうできる範疇を飛び越え過ぎてるって……」
厄介事に巻き込まれるのはもう何度目か。カズマが項垂れるのを見て、バージルは幾ばくか同情を覚える。
しかし、狙われていると知っていてアクア達に何も知らせないのは些か不安が残る。が、下手に彼女等へ伝えれば問題をややこしくしそうなのは火を見るよりも明らか。唯一まともに話を聞きそうなカズマへタナリスが知らせたのは、必然としか言いようがなかった。
「で、貴様は何の用でここに来た?」
タナリスの用件は済んだと見て、バージルはカズマに話を振る。カズマは顔を上げると、少し申し訳なさそうな面持ちで応えた。
「ホントは依頼をするつもりだったんですけど、休業中って聞いたから別にいいかなって。あと絶対受けてくれなさそうだし」
「……内容だけは聞いてやろう」
彼の様子からして面倒事だと確定したが、バージルは一旦耳を傾ける。その返答を聞いて僅かな希望を抱いたのか、カズマはバージルと向かい合って話した。
「訳あってアクア達がジャイアントトードの討伐クエストに行きたいと言い出して、ついでにバージルさんにも――」
「断る」
「ですよね」
当然、答えはNOであった。もっとも彼の中では依頼内容を聞く前から既に決まっていたが。バージルの返答を聞き、カズマは再び肩を落とす。
これで話は終わり――であればよかったのだが、扉の向こう側からやかましい気配が近づいてくるのをバージルは感じた。
その予感通り、程なくして扉は勢いよく開かれた。
「カズマカズマ! お兄ちゃんOKしてくれた!? してくれたわよね! 今度こそあのカエルどもに女神としての威厳を見せつけてやるんだから!」
「バージル! 今日こそ伝説の魔剣士の力を見せてもらいますよ! そして我が爆裂魔法とどちらが強いか決着を付けましょう!」
「ジャイアントトードでヌメヌメにされ、カズマの巧みなプレイとバージルの暴力で痛めつけられる……あぁっ! 想像しただけでたまらん!」
噂をすれば何とやら。入って早々騒ぎ立てる彼女等を見てバージルは苛立つ一方、今の話を聞かれずに済んで幸いだったと心底思った。
押しかけて来たアクア達を保護者のカズマが返そうとしているのを確認し、バージルは目を閉じて嵐が過ぎ去るのを待とうとしたが――そこへ別の嵐がやってきた。
「バージル! いる!?」
扉が力強く開かれた音と共に、慌てた様子で入ってきたのは銀髪の女性。これまた顔なじみのクリスであった。彼女は真正面に座るバージルへ目線を合わせた後、程なくして傍にいたカズマ達の存在に気付いた。
「あれ? どうしてカズマ君達もここに?」
「まぁ色々あって……クリスこそどうしたんだよ? えらく慌てて入ってきたけど」
「っとそうだった! それに、カズマ君達を探す手間が省けたしちょうどいいや!」
クリスの言葉にカズマ達は首を傾げる。視線を一挙に集めたクリスは一度呼吸を整えると、バージル達に用件を告げた。
「ギルドにバージルとカズマ君を探してるって、王女様の側近の人が王都から来てるの!」
新たな厄介事の来訪を前に、カズマは心底嫌な顔を見せ、バージルはたまらずため息を吐いた。
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「お久しぶりです。バージルさん、そしてカズマさん」
渋々であったが、クリスと共に冒険者ギルドへ移動したバージル達。ギルド内の受付前で待ち構えていたのは、クリスの言う通り王女アイリスの側近の一人、魔法使いのレインであった。慌ててやってきたクリスとは対照的に、レインは落ち着いた様子で深々とお辞儀をし、バージル達と向かい合う。
「アイリス様のご命令に従い、バージル様並びにカズマ様御一行を王都に招待したく、お迎えに上がりました」
「絶対に嫌だ! どうせ高難易度クエスト吹っ掛けてくるんだろ! アイリスの頼みと言えば俺が何でも受けてくれると思うなよ! そもそも本当にアイリスの命令かどうかも怪しいけどな!」
歓迎ムードのレインに対し、カズマは早々に断固拒否の態度を取る。無礼だぞとダクネスが叱る横で、バージルが一歩前に出た。
「まずは訳を話せ。冒険話を再び聞かせろ、などとぬかすつもりなら帰らせてもらうが」
「……現在、城にお客様をお招きしておりまして。その方が、数々の魔王軍幹部を打ち倒したバージル様とカズマ様御一行にぜひお話を聞きたいと」
「そうか、では遠慮なく帰らせてもらおう」
「ま、待ってください!」
出向く必要のない事案だと判断したバージルは踵を返す。だが、後ろからレインの慌てた声で呼び止められる。
「お願いします! 此度の会談は王都の……いえ、アクセルの運命を大きく左右するものなのです!」
「ほれ見たことか! やっぱり面倒事だ! そういう荷が重たすぎる役割はもうゴメンなんだよ! それに家ではこめっことシルフィーナが腹を空かせて待ってるんだ! 俺も帰るからな!」
傍で聞いていたカズマが再び声を荒げ、バージルに倣ってレインから背を向ける。そのままギルドを出ようとしたが、ダクネスに首根っこを掴まれて捕らえられた。
抵抗するカズマを横目に、今度はめぐみんがレインに質問した。
「魔王軍襲来とはまた違った緊急事態のようですね。その口ぶりから察するに客人は、どこか別の国から来訪してきた王族といったところでしょうか?」
「申し訳ありませんが、この場で相手方の身分を明かすことはできません。ただひとつ私からお伝えできるとすれば……いつでも戦えるよう準備をお願いします」
するとレインは、意味深な言葉を吐いた。気になったバージルはレインの方へ振り返ると、彼女の表情は先程よりも険しいように見えた。
「私達の実力も見たいってことなのかしら? ならちょうどいいじゃない! こめっこ達へのいい土産話になりそうだわ!」
「私も行きますよ。ジャイアントトードを屠る程度では、今の爆裂欲を満たしきれないと心配していたので」
元々クエストに行きたがっていたアクアとめぐみんは、モンスターとの戦いも期待できそうだとレインの誘いに乗った。二人は訴えかけるようにカズマの方へ視線を送ったが、当のカズマは知ったことかと手を払う。
「おー、そーかそーか。なら勝手に行ってこい。俺は早く家に帰ってこめっこ達の面倒を――」
「クリス、しばらく屋敷を空けることになるかもしれない。すまないが、私達の代わりに屋敷でこめっことシルフィーナの面倒を見てもらえないだろうか?」
が、乗り気なのは二人だけでなく。ダクネスも参加を表明した。そのついでに一緒にギルドへ来ていたクリスに、屋敷で預かっている子供達の世話を頼む。
「勿論だよ! 親友の頼みとあらば引き受けるしかないよね!」
「じゃあ僕も手伝うよ。どうやら王都にいるお客人は、僕まではお呼びでないみたいだからね」
これをクリスは二つ返事で承諾。タナリスも世話係の方へ回ると告げた。返答を聞いたダクネスは礼を告げた後、首根っこは掴んだままカズマを見る。
「正直な所、どんな無礼を働くか予想もつかないお前を連れて行きたくはない。しかしレイン殿の話が本当ならばやむを得まい。何がなんでも私達と共に来てもらうぞ」
「いや何勝手に話進めてんだよ。国の危機だとか言われても俺は絶対に行かないからな? いつまでも頼み込めば折れてくれるチョロいカズマさんだと思うなよ? ねっ? バージルさん」
それでも彼は挫けない。カズマは依然として反対の意を示し、同じく帰ろうとしていたバージルに同意を求めてきた。対するバージルはしばらく沈黙していたが、やがて彼はレインの方へ向き直りながら答えた。
「気が変わった。その客人とやらの面を見に行く程度はしてやろう」
「へっ?」
先の態度から一転。バージルも王都へ行くことに決めた。彼の返答を聞いて、カズマは素っ頓狂な声を上げる。
どうやら、ただ冒険話をするだけでは終わらないらしく、おまけにレインは相手の素性を明かそうとしない。流石のバージルも気にならざるをえなかった。彼女の表情を伺うに、全てが真っ赤な嘘とも感じられない。このまま帰って後ろ髪を引かれる気分のまま過ごすよりは、顔だけでも見ておいた方がスッキリする。あとは、自分がいる必要性を感じなくなったところで帰ればいいだけのこと。
「ちょっと待ってくださいよバージルさ――」
「カズマ君」
ただ一人の反対派となってしまったカズマはバージルに声を掛けようとしたが、それを遮るようにクリスが割って入った。カズマは彼女に顔を向けるも、クリスは何か言いたげにじっと見つめたまま。ここまで一貫して意見を曲げようとしなかったカズマであったが、クリス――もとい女神エリスの無言の圧には勝てなかったようで。
「……あぁーもう! しょうがねぇなぁー!」
結局カズマは、いつものように諦めの言葉を叫んだのであった。
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クリスを屋敷に案内したり、二人だけで広い屋敷に子供二人、ペット数匹は大変なので助っ人を二名ほど呼ぶ等、諸々の準備を済ませた後、彼等はレインに連れられて王都にテレポート。移動した先は城の前だったので、観光する隙も与えられず城の中へ。レインを先頭にして広い城内を歩いていく。その道中で、ダクネスは釘を刺すようにレインを除く者達に告げた。
「いいか? くれぐれも無礼な真似はするんじゃないぞ?」
「その台詞、城の中に入ってから何度目だよ? 俺だってちゃんと場を弁える時は弁えるぞ」
「アイリス様と初めて会って早々にチェンジと言い出したのはどこの誰だった?」
ダクネスの反論に、カズマは何も言い返さずプイとそっぽを向ける。そんな彼等の会話を耳にしながらバージルは黙って歩いていたが、静かなのは彼だけでなく。賑やかし筆頭である筈のアクアとめぐみんも同様に、緊迫した面持ちで足を進めていた。
「で、バージルさんはいつものこととして、アクアとめぐみんも急に黙り込んでどうしたんだよ? もう歩き疲れたのか?」
「そんなわけないでしょ。ヒキニートのカズマさんじゃないんだから。ただ、私達が向かってる上の階から、なーんか嫌な気配がするのよね」
「私が感じるのは、魔力の圧迫感とでもいいましょうか。もしかしたら、城に来ている客人というのはとてつもない強者かもしれません」
「……マジで?」
いつになく真剣な二人の話を聞いて、カズマが慄く声を上げる。だが引き返すにはもう遅く、レインが足を止めた。彼女の前には巨大な扉。レインは扉をノックし、中にいるアイリスへ声を掛けた。
「アイリス様、バージル様とカズマ様御一行をお連れ致しました」
「ずっと気になってたんだけど、私達がカズマのオマケみたいに言われてるのちょっと複雑なんですけど」
アクアの小言は聞き流され、レインは扉を開ける。扉の向こうは、勢かつ厳格な雰囲気を感じられる客間であった。壁沿いには絵画やインテリアが並び、部屋の中心にあるテーブルを囲んでいる。既に席へ座っていたのはアイリスと、客人であろうフードを被った人物。アイリスの隣にはクレアが立ち、客人の隣には同じくフードを被った従者らしき女性。従者は豊満な肉体を持ち、フードの下からは赤髪が顔を出していた。
バージル達がアイリスのもとへ近寄ると、座っていた客人が不意に立ち上がった。その者はスタスタと移動し、バージルの前に立つ。アクアと同等くらいの身長である客人を見下ろすと、フードの下に隠れていた金髪と紅眼を見た。客人は、女性と思わしき少し幼げの残る高い声でバージルに問いかけた。
「アンタがバージル?」
「何者かも明かそうとしない奴に名乗るつもりはない。まずは答えろ。貴様は誰だ?」
ダクネスの度重なる忠告など放り投げ、バージルは客人に高圧的な態度を取った。後ろでダクネスの慌てる声が聞こえたが無視し、客人の返答を待つ。
しかし、客人は望み通り答えようとせず。バージルの言葉に対して鼻で笑う。
「私の名を聞こうだなんて百万年早いのよ。ま、アンタ達にわかりやすい紹介をしろって言うなら――」
彼女はそう告げると、顔を覆っていたフードを自ら取る。
「魔王の娘、で伝わるんじゃないかしら?」
その下に隠されていた、魔族らしさのある二本の角を見せつけ、バージル達に正体を明かした。
今更ですが、魔王の娘ちゃんに関しては原作でほとんど明かされていないため、ほぼオリキャラとなります。ご了承を。