ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

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第三部は恐らく次で終わります。
第三部終了で物語も折り返し視点です。


蹂躙

 ◆◆◆

 

 米国・ホワイトハウス。

 

「全滅、だと?」

 フェアクロフ国防長官は手にした書類を取り落とした。

「太平洋最強の第七艦隊が? ものの20分でか?」

 そしてその場に膝をつく。

「…馬鹿馬鹿しい夢だ。早く覚めてくれ……」

 茫然自失、といった様子で彼はただそう呟いていた。

 

「なるほど」 

 メルヴィル大統領は椅子に座ったまま呟く。

「この作戦における唯一の成果は、我々がこの世界の現状を正しく把握できたということだ。教育費は世界一高くついたがな」

 眼鏡を拭きながらそう言った。

 その口調はつとめて冷静であったが、どこか焦点の合わぬ視点は彼の焦燥を如実に表していた。

「大統領……グアムの航空部隊を引き返させるべきでは…?」

 アシュベリー国務長官が告げたが、メルヴィルは「もう遅い」と返した。

「グアムの離陸時間と現在の時刻を考えれば、彼らはもう東京に到達している。そして恐らくは……」

 

 その直後、グアムの航空部隊全滅との報が入った。

 

「奴は核から生まれ、核を自在に操る。そんなモンスターを核で倒せるものだろうか?」

 メルヴィルは椅子に深く腰掛けたまま天を向いた。

「英雄の刃どころか、栄養満点のディナーなのかもしれんな」

 

 絶望は、世界に伝播し始めていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【1:53 グアムの第36航空団、東京湾上空へと到達】

 

 護衛艦隊が全滅する直前、はるか高空に爆音が響いた。

 米軍の最新鋭ステルス爆撃機が現着したのである。

 ゴジラに滅ぼされた数万の米兵の恨みを果たすべく、地中貫通爆弾(バンカーバスター)、MOPⅢが投下された。

 厚さ数十mのコンクリート陣地すらも容易に貫通し、木っ端微塵に破砕する、核兵器を除けば世界最強クラスの威力をもつ爆弾である。

 弾頭尾部のロケットブースターが点火し、音速を越えた速度で20トンの巨体が一斉にゴジラの頭部、背鰭に命中した。

 あまりの衝撃にゴジラは頭を少し下に動かした。

 瞬間、猛烈な爆炎がその頭部から背中を包む。

 

命中(BINGO)!!」

 爆撃機のパイロットは確かな手応えを感じていた。

 そして、爆炎の下からゴジラの死体が見つかることを期待する。

 

 爆炎の下から現れたのは、天空に向けて口を開け、背鰭を輝かせるゴジラの姿だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【1:34】

 

 やや時は遡る。

 

 首相官邸屋上。

 

 そこでは閣僚達が集結し、陸自の輸送ヘリの到着を待っていた。

 東京湾の方角の空は赤く染まり、さながら爆撃下の戦時中を彷彿とさせる。

 誰もが言葉を失い、下を向いていた。

「畜生…。なぜ日本なんだ…。なぜアメリカでもX国でもなく日本なんだ…。日本人(おれたち)が何をしたって言うんだ…。畜生、畜生……」

 悔しげにそう呟く桜坂を除いて。

 

 すぐに二機のヘリが現れた。

 まず一機目のヘリが屋上のヘリポートに着陸し、閣僚の乗り込みを待つ。

「総理! 呉号作戦の可否について井村統幕長より連絡があります!」

 運悪く、ヘリが着陸すると同時に首相補佐官からその報が入る。

「後にしてくれ! 今は総理を乗せるのが先だ!」

 桐谷がそう呼びかけたが、吉田は「いや」と首を横に振る。

「早急な事態の対応を優先したい。私は二機目でいい。君たちが先に行ってくれ」

 桐谷は少し不満げな顔を見せるが、すぐに「分かりました」と答えた。

 吉田は補佐官から携帯電話を受け取ると、騒音を避けるため磯谷防衛相とともにいったん官邸内に戻っていった。

 

 桐谷、桜坂を始めとする閣僚九名が一機目のヘリに乗り込む。

 すると桐谷は、思い出したように携帯電話を取り出し、何者かに電話をかける。

「山根君か。私だ、桐谷だ。池田君から例のモノは受け取ったか。…ああ、良かった」

 そんな桐谷の様子を、隣に座る土井文科相が訝し気にのぞき込む。

「ああ、日本はもうダメだ。ゴジラがどこまでやるのかは分からんが、もうアメリカも当てにできない。君だけが頼りだ。くれぐれも変なことで命を落とすなよ。…ああ、それを言いたかっただけだ。頑張れよ。また会おう」

 それだけ告げて電話を切る。

「誰ですか? 相手は」

 深溝外務相が問いかける。

「古い知り合いだよ。知り合いと言っても年は離れているがね。真面目だが気さくで面白い奴だ。また会って話すのが楽しみだよ。前に会ったのはいつだったか……」

 これまでとは打って変わって桐谷は穏やかな表情を浮かべる。

「あまりにも絶望的な非日常に出会うことで、日常の尊さが分かるものだな。先月までの日々がこんなにも恋しいとは」

 やがて、ヘリがゆっくりと宙に舞う。

「ちょうど百年、か。嫌な時代に生きてしまったものだ…」

 その時、遠くの空がまばゆく光った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……もう無理か。分かった。自衛隊最高指揮官として、護衛艦隊の撤退終了後、呉号作戦の終了を許可する」

 そう告げて吉田は電話を切った。

「………」

 磯谷防衛相は肩を震わせ、必死に涙をこらえていた。

 そんな磯谷の肩を、吉田が何も言わずにポンと叩く。

 

 二人がヘリポートに向けて歩き出そうとした時だった。

 窓の外で、まばゆい閃光が煌いたのである。

「…なんだ、今のは。雷か?」

 吉田が怪訝そうに呟く。

 

 その正体は、米空母『フランクリン・ルーズベルト』を撃沈せしめた最大級の核熱線であった。

 光の柱が東京湾を貫き、米艦隊の中核たる『フランクリン・ルーズベルト』を一撃で全壊した。

 衝撃波が千葉市と周囲の都市を全滅させ、海を越えて都心部に迫りつつあった。

 

「総理、危険です。一旦建物の奥に」 

 首相補佐官がそう言いかけた直後だった。

 

 バリン、と勢いよくガラスが割れる轟音が響いた。

「なんだ!?」と吉田が背後を振り向いた瞬間。

 大量のガラス片とともに衝撃波が暴風となって襲い掛かった。

 吉田の正面に立っていた磯谷がガラス片を全身に浴びて吹き飛ばされ、さらに吹き飛ばされた磯谷の体にぶつかった吉田も同じように壁に向けて飛ばされた。

 補佐官たちの悲鳴が響き渡る。

 

 同じ頃、二機の陸自ヘリも衝撃波の洗礼を受けた。

 中に乗っていた桐谷たちは、何が起きたかを推察することすらできなかった。

 突然乗機が激しく揺れ、桜坂など何人かがヘリから吹き飛ばされて落ち、何処かに衝突して肉片となった。

 ヘリは桐谷など中に残った乗員を乗せたまま近くのビルに激突し、爆発四散した。

 もう一機のヘリは官邸に着陸することすらできぬまま、一機目と同様の運命を辿った。

 

 

「……ぅう……」

 官邸内が静まり返った後、吉田はうめき声をあげて目を開いた。

 右手の甲に大きいガラス片が刺さり、とめどなく血が流れている。

 周辺にも数えきれないほどの細かい瓦礫やガラス片が落ちていた。

 建物自体には深刻なダメージはないようだった。

 

 吉田は自分に折り重なって倒れている磯谷をどかしながらゆっくりと起き上がる。

 そして、自分の体がやけに濡れていることに気が付く。

「磯谷君……君は」

 無事か、と言いかけて吉田はその言葉を飲み込む。

 磯谷の体には、顔、腕、体の至る所にびっしりとガラスが突き刺さっていたのだ。

 その体からは途方もない量の血が染み出していた。

 吉田は、自分の体が濡れていた原因を悟り、戦慄する。

 

「ぁ……ぁ………」

 磯谷は口をパクパクと動かし、掠れた声を出した。

 その目にもガラスが刺さり、物を見ることすら叶わなかった。

 吉田は、磯谷が意図せず自分の身代わりとなってガラスを全身に受けたことを知り、その場にガクリと膝をつく。

 周囲では、首相補佐官ら役員が折り重なって死んでいた。

 

 この衝撃波は都心中の建物に大打撃を与え、地下に逃げずにいた都民の多くが飛来したガラス片と瓦礫の餌食となり、死亡した。

 一方、米艦隊を殲滅したゴジラは東京湾を歩き、都心へと向かいつつあった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【2:03 ゴジラ、都心まで10㎞圏内に到達】

 

 東京は既に行政としての機能を完全に喪失していた。

 都庁では多数の人員が逃走しながらも、都知事を始め一部の役員は最期まで自らの職務を果たすべく避難誘導を続けていたが、先の衝撃波で人員に多大な被害を受け、ついにその機能を停止することとなった。

 閣僚の大半は既にこの世になく、警察や消防も統制を失って路頭に迷うばかりであった。

 SNSで多目的シェルターがなすすべもなく焼却されている様子を目撃した人々は、車や瓦礫で埋め尽くされた都心をただその足で逃げ惑う。

 その人の流れを制御できるものは、もはやどこにもいなかった。

 

 その時、人々は終末の咆哮を聞く。

 そして、高層ビルの隙間から、都庁ビルより大きい山のような生物がこちらに迫っていることに気付く。

 

 怪獣と対面した人間。

 それは例えるなら、幼児と、その目の前にいる蟻の大群のようなものだった。

 幼児が遊戯のつもりで彼らを踏みつぶせば、彼らは簡単に全滅する。

 あるいは石を落として一匹ずつ潰していくかもしれない。

 もはや、都心に残された数百万の生命は、ゴジラの手中に収められたのである。

 

 人々は終末を呪った。

 己が迫られた理不尽な宿命を恨んだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【2:15 ゴジラ、江東区新木場に上陸】

 

 運命の時は来た。

 怪獣王は、百年の時を経てついに東京に帰還したのである。

 

 ゆっくり海から足をあげると、ゴジラは立ち止まって東京を見下ろした。

 その街は既に、衝撃波の洗礼を受けて廃墟と化していた。

 建物自体は無事なものの、ガラスと細かい瓦礫がそこら中に散乱する死の街と化している。

 そしてそういったものの隙間に、生き残った人間たちがもがいているのが見える。

 

 地上に逃げた人たちを置き去りにして締め出す形で、都心内にある多目的シェルターの入り口は全て閉められていた。

 だが、ゴジラは知っている。

 その扉の下に幾万もの人間が怯え隠れていることを。

 ゴジラが自分たちに気付かない僅かな可能性にかけて、身を寄せ合って恐怖に震えていることを。

 怪獣王が気付かないはずがないのだ。

 

 ゴジラを前にしては、皆、殺される。

 貴賤も年齢も性別も、一切の別なくただ殺される。

 その真理だけが都民に突きつけられる。

 

 ゴジラはビルを積み木のように容易く崩しながら赤い火炎をばら撒いた。

 火炎は建物の隙間に入りこんだ人間を綺麗に洗い流し、黒炭へと変えてゆく。

 洪水の濁流のように炎は都心中に流れ出していった。

 次にゴジラは口から吐き出すものを青い熱線に切り替え、シェルターの扉に向けて撃ちだした。

 扉はあっという間に蒸発し、中に籠る人間ごと気化したガスへと変貌させられた。 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 中央合同庁舎第4号館前。

 

「シェルターまでもう少しです! さあ、早く!」

「もういい! もう遅い」

 辻一尉の言葉を振り切り、池田は庁舎の前で足を止めた。

「何故ですか!! さっきの衝撃波で足を止められた以上、今急がなくては間に合いませんよ!」

 福原が懸命に叫ぶ。

 三人は、先の爆発の際に防火扉の中に避難していたため、衝撃波による被害を免れていた。

「何度も言っただろう。どこに逃げても同じだ。ゴジラはどんな場所であっても焼き尽くす」

「まだそんなことを言ってるんですか! いい加減にしてください!」

 辻は怒声を張り上げて池田を叱咤する。 

「そう思うならあそこを見てみろ」

 そう言って池田はビルの隙間を指さした。

「ゴジラだ。本物だぞ。もうどこに逃げても間に合わん」

 

 池田が指を差した先。

 遠くの空にそびえ立つ巨神がそこにいた。

 今まさに日本という国そのものを滅ぼそうとしている、大いなる亡国の巨神が。

 

「あぁあ……!!!! あれが……!!」

 福原はゴジラに気付くとガクリと膝をつく。

「あいつが……!!!」

 一方で辻は拳を握りしめ、怒りを露わにしていた。

「ついに本物とご対面だ。長らく怪獣の研究者をやっていたが、最期に本物と出会えただけ私は幸せ者なのかもしれないな」

 池田はそう言いながら自らのスマートフォンでゴジラの写真を撮った。

「さて、私は家族に電話する。君たちは逃げるなり諦めるなり好きにしてくれ。君達には世話になったな。感謝している」

 池田はそれだけ告げてスマホで家族に電話をかけ始めた。

「議長……私は一体どうすれば……」

 福原は当ても問いかけるが、家族と言葉を交わす池田にその問いは届かない。

 

 怪獣王の咆哮が天に轟く。

 三人はついに自分の運命を知る。

 

 ゴジラがここまで来たということは、単純な事実を物語っていた。

 国家をかけて動員された自衛隊、そのすべてが壊滅し、突破されたということだ。

「………負けたのか……自衛隊(われわれ)が……」

 辻はその場に崩れ落ち、落涙する。

「議長!! 議長、助けてください!! 議長ー!!」

 福原は自分の頭を抱えながら池田に助けを求める。

 同時に、ゴジラが赤い火炎を噴き出した。

「あぁっ!! 来るっ!! 来る来る来る来る!!!」

 福原が頭を抱え込んだまま地面にうずくまると、ほぼ同時に池田は家族との電話を切った。

 炎が都心を縫ってその場に迫る。

 

「これが、怪獣か」

 池田がそう呟いた瞬間、その空間は猛烈な赤い炎に飲み込まれた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 見渡す限りの、赤。

 全てが業火に包まれた美しい世界。

 その様子だけを見た人間は、いったいどうやってここが東京であると気付くだろうか?

 何もかもが赤のこの世界に、人間がいた痕跡はないのだから。

 

 怪獣王は高らかに咆哮をあげた。

 それは、百年前の同胞の無念を晴らしたゆえか?

 醜い人類への復讐を果たしたゆえか?

 人間にそれを知る術はない。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 倒壊した瓦礫の隙間で、吉田は辛うじて生を保っていた。

 だがその命も、今まさに尽きようとしていた。

 

 百年前の首相の血を授かって生まれ、自らも首相になった男。

 彼に与えられた宿命とは、今ここでゴジラに倒されることだったのだろうか?

 百年前と同じ、否、それ以上の悲劇を繰り返すことだったのだろうか?

 

「私は……」

 閉じかけた目で必死に怪獣王の姿を睨みつけながら、彼は声を絞り出す。

「貴様を………」

 一瞬、ゴジラが彼と目を合わせた。

 

 そして、勝利の雄叫びを上げる。

 吉田を嘲笑うように。

 

 ゴジラの背鰭が淡く光り始める。

 

「許さない………絶対に……」

 

 その男の体は瓦礫とともに綺麗に消え去った。

 

 

【2:30 千代田区はじめ都心部壊滅、閣僚及び自衛隊幹部の生死不明】

 

【同刻 日本国の国家機能が喪失する】

 

【2:45 メルヴィル大統領、大統領令20580号に署名】

 

【同刻 在日米軍の全面撤退が決定する】 

 

 

 

【人類生存数:92億8169万人】


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