ご迷惑をかけて申し訳ありません。
冗長な破壊描写が続きましたが、次回からは四章となり、また新しいストーリーが始まります。
次は早めの更新を目指しますので、どうかご期待ください。
◆◆◆
千葉県沖合における最初の爆発から僅か6時間。
この短い時間に、東京は滅びた。
日本を主導する面々は軒並み破壊の業火に消え、日本そのものの機能が完全に停止したのである。
破壊と恐怖だけがこの街を支配した。
逃げることにすら疲れた人々は、その場に力なく座り込み、そのまま炎を身に受けた。
最後の希望をもって怪獣と対峙し続けた人々は、今ここに万策尽きたことを悟った。
それはここ、市ヶ谷の中央指揮所も同様であった。
【2:15】
「ゴジラ、都内に上陸!」
観測士の悲痛な叫びが響き渡った。
まだ呉号作戦の終了より20分も経っていない。
「統幕長、間もなく脱出用のヘリが到着します、それまで…」
「いや、間に合わんだろう」
閣僚の避難に伴い首相官邸より中央指揮所に戻った井村統幕長だったが、部下の言葉を遮るようにそう告げた。
「皆、これまでのようだ。ここまでよく戦ってくれた」
井村は席から立ち上がると、全員に聞こえるように大声で言った。
「………」
その場に沈黙が走る。
井村をはじめ、そこにいる全員が自らの運命を理解したのである。
「呉号作戦の開始から僅か二時間余りだ。二時間余りで参加部隊の八割以上が消滅した。我が国が誇る精鋭集団と最先端の兵器が、だ。もはや、誰にもあの化け物を倒すことはできない」
「しかし統幕長! 西部方面隊と無傷の航空戦力を結集すれば第二次攻撃は可能です! ただちに”呉二号作戦”を立案すべきと自分は考えます!」
有永航空幕僚長も声を張り上げた。
「そんな暇はない! もうゴジラはここから数㎞圏内にいるんだぞ! 退避する暇も、次の行動に移る暇も与えてはくれないんだ、奴は……」
それに対し、利賀陸上幕僚長がそう反論する。
「だから諦めて何もするな、と言うのか! 死する瞬間まで職務を全うしてこその自衛隊員だろう、違うか!!」
「……」
有永の言葉に答えるものはいなかった。
「考えましょう。我々に残された時間で、何ができるか」
長野統幕副長が井村に呼びかける。
「…岡崎総監に繋いでくれ」
ふと井村はそう命じた。
「岡崎総監ですか? …了解!」
やがて、正面モニターに岡崎の姿が映された。
『統幕長……ご無事でしたか……』
意気消沈し、心身共に消耗した様子の岡崎がそう言った。
「いや、もうすぐ無事ではなくなる。ゴジラはたった今都心に上陸した」
『……!! では、統幕長は…』
「中央指揮所より朝霞へ、最後の司令を伝えたい」
井村がそう告げると、岡崎の表情がにわかに変わった。
「我々が生きて帰らぬ時は、岡崎総監を陸幕長臨時代理とする。君が主導となり、生き残りの統幕監部の面々から我々の後任を選出してくれ。以上」
『………』
井村の言葉が岡崎の胸に重くのしかかる。
だが、こみ上げるものをこらえて岡崎は答えた。
『了解いたしました。必ずや次の作戦でゴジラを討ちます』
「感謝する。武運長久を祈る」
そう言って井村は画面に向かって敬礼を送った。
一人、また一人とそれに続き敬礼を送る。
岡崎たちが同じように敬礼を返した後、画面は暗転した。
それとほぼ同時に、指揮所内が大きく揺れた。
「!!」
その地響きこそ、まさしく怪獣王の到来を物語っていた。
「奴め……真っ先にここを狙う気か」
長野統幕副長が苛立たし気に呟く。
「皆、慌てるな。ここからが最後の任務だ」
腕を組みながら井村が告げる。
その表情に恐れはない。
「これから臨時に部隊を編成、奴に可能な限り接近し、何か弱点がないか探す。これから奴と戦うであろう人類全体のために、我々が」
井村が言葉を告げている最中だった。
その瞬間、真っ赤な炎が指揮所内に猛烈な勢いで流れ込んできた。
紅炎は一瞬にして指揮所内を埋め尽くし、壁を溶かし、蒸発させながら建物の隅の隅にまで広がった。
自衛隊員たちは井村の話を聞く態勢のまま、瞬時に全身の水分が抜けて真っ黒な消し炭に変貌した。
井村たち幹部も全く同様であった。
ほんの一瞬だけ全身を焼かれる激痛を味わいながらも、一秒後には自分が死んだことにも気づかないまま黒炭となっていた。
人生最後の任務を全身全霊をもってこなす、ただその意思を堅く胸に秘めたまま、しかし彼らが最後の任務を果たすことはなかった。
◆◆◆
【3:00】
ゴジラは都心中央部に鎮座し、地平線の彼方の先、数㎞に及ぶ広範囲を滅した。
東京23区はほぼその構造を完全に失い、埼玉県南部に至るまでが丸ごと消滅した。
ゴジラから見える範囲の全てが荒原と化したのである。
もう、何人の人間が死んだのかすら誰にも見当がつかなかった。
日本国民はただただ恐怖に怯え、狂い、泣き叫ぶのみであった。
政府が崩壊し、情報発信も停止し、テレビはひたすら数時間前に発せられた避難情報を繰り返し続けた。
政府の公式発表も途絶え、何人もの人間が連絡を試みるが通じない。
ゴジラが高空に向けて射出した核熱線により都心上空に大規模な電磁パルスが発生し、都内は電波すらも届かなくなっていた。
もし仮に届いたとしても、情報の担い手である人間が全滅している以上、返信の可能性は全く見込めない。
警察も消防も自衛隊も息の根を止められ、”逃げ方”を統制する組織もいなくなった。
皆が思い思いの方法で逃げようとし、それ故に事故や衝突が多発する。
避難者が当たり前のように車に轢き殺され、道に放置されている。
しまいには、精神を蝕まれたものが快楽殺人まで犯すようになった。
そのような光景が日本中で起こり始めていた。
だが、それだけ多くの人間に悲劇をもたらしても、ゴジラの怒りはほんの少したりとも緩和の兆しを見せなかった。
上陸当初と全く変わらぬ怒り狂った表情で、ゴジラは南に向けて移動を開始した。
彼が目指すは、人類絶滅。
たった一人の人間すらも生かすつもりはない。
全ての人類を等しく死と絶望の底に叩き落すまでその足が止まることはないのである。
◆◆◆
【3:15 ゴジラ、神奈川県川崎市に到達】
東京以降の蹂躙の様子は、どこもかしこも似たようなものであった。
人々は統制を失って逃げ回るか観念して多目的シェルターに籠るかのどちらかとなり、そしてどちらもゴジラによって須く抹殺された。
【3:25 ゴジラ、横浜市に到達】
ゴジラは時節咆哮をあげながら、視界の中に存在する全ての人工物に攻撃を加えた。
人々の怨嗟と恐怖の声をその耳に刻みながら、ひたすら壊し、壊し、壊した。
◆◆◆
「ごめんなさい!!」
瓦礫に挟まれた一人の女性が涙を浮かべて叫ぶ。
彼女の腕には、片腕が千切れ、息も絶え絶えになった小さい娘の姿があった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
”誰に”、”何に対して”『ごめんなさい』と言っているのか、彼女自身も分からなかった。
ただ口をついて現れる言葉はそれだけだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
その言葉を繰り返す声は、次第に気力を失っていく。
腕の中の娘は、もう完全に冷たくなっていた。
瓦礫が彼女の全身にのしかかった。
全身の皮膚が引き裂かれ、体がバラバラに千切れていくのが分かる。
「ごめんなさい………」
◆◆◆
【4:00 ゴジラ、鎌倉市を経由して平塚市に到達】
【4:35 ゴジラ、静岡県熱海市に到達】
【5:58 ゴジラ、静岡県静岡市に到達】
ゴジラの進撃は終わらない。
赤く燃え盛る日本の姿は、衛星写真ですらはっきりと確認されていた。
◆◆◆
【2054年 11月4日 6:06 東京都の日の出】
東京の街に朝日が昇る。
そこは、一切の物音が絶え、静寂に包まれていた。
瓦礫の山が平坦に広がる広大な空間は、雲に覆われて薄暗さを保っていた。
"死"を具現化したその街跡に、人影はない。
やがて、厚い雲から雨が降り始める。
ゴジラが飛散させた放射性物質を濃密に含んだ、死の黒い雨である。
雨は都心の各所で燃え盛る炎の勢いを弱めさせたが、一方で僅かに生き残っていた人々にはさらなる苦しみをもたらした。
わずか6時間前にはここが日本国の中心地であり高層ビル群が立ち並ぶ大都会であったなど、誰も信じられないくらいに東京は破壊しつくされていた。
◆◆◆
静岡県浜松市。
そこに住む住人は、いつも通りの朝を迎えていた。
『関東に巨大生物上陸 自衛隊の防衛作戦続行中』
『避難区域拡大 関東全域に避難指示』
SNSに表示された情報はそこで止まっていた。
内閣やテレビ局などのアカウントは、全て夜1時頃から更新が停止していた。
テレビはどのチャンネルも映らない。
このような状況に、浜松市の市民は不安を覚えずにはいられなかった。
しかし彼らは日常へと動き出す。
ある者は会社へ行き、ある者は学校へと向かう。
ある者は買い物へ赴き、またある者はレストランへ足を運ぶ。
危機感が欠如している、と言えば確かにそのとおりである。
しかし彼らは決して、事態を楽観視していたわけではない。
むしろ心の奥底では今も言いようのない不安を抱えている。
だが、どうすることもできないのだ。
避難の指示がなければ避難すらできない。
何も言われないのであれば、いつも通りに過ごすしかない。
何をすべきか分からない人間は、結局いつも通りの日常を歩む選択肢をとることしかできなかったのである。
◆◆◆
【6:10】
浜松中央警察署。
ここでは、早朝であるにもかかわらず招集された職員たちが情報の収集と今後の動向を話し合っていた。
「ついさっき県警本部からの連絡があったのか? 本当なのか?」
現場に現れたばかりの
「間違いありません。かなり錯乱している様子でしたが、”ゴジラの攻撃を受けている”と言っていました」
部下の報告を受けて田丸はにわかに体を震わせた。
「そんな馬鹿な……。政府発表が停止したままなのも、警視庁とも公安委員会とも連絡がつかなかったのは、やはり……」
「署長、話し合っている時間はありません。一刻も早く住民の避難誘導を行うべきです!」
部下の一人が田丸に詰め寄る。
「市役所は何をしているんだ? 一刻も早く避難指示を出すべきだろう」
「それが…先ほど市役所に連絡したところ、あちらもかなり混乱しているようで…。まともに取り合ってもくれませんでした」
「首都圏の一切の機関と連絡が取れなくなったのだ、混乱するのも無理はない。…では、静岡は避難指示を発令する暇すらなく……」
「署長、もはや国や市の指示を待っている暇はありません。我々だけでも独自に避難誘導を行うべきです!」
「そうだな……だが我々だけでは圧倒的に数が少ない。付近の消防や自衛隊にも協力を要請しよう」
◆◆◆
【7:04】
警察署でそのような緊迫した話し合いが設けられている間にも、浜松市の人々はいつも通りの日常へと動き出していた。
避難指示や警報が発令されていないため、電車も普段通りに動いている。
「あ、おはよー」
「おはよー!」
通学路で出会った女子高生の集団が友人に挨拶をする。
「ねえヤバくない? 昨日からテレビもネットも全部つながらないの」
「それ! 何も家ですることなかった!」
昨晩の不安すらも話題の種にして彼女たちは談笑する。
彼女たちもまた、何か嫌な予感を感じていた。
彼女たちの短い人生においても、何度か災害やそれに類するものを経験したことはある。
しかしそう言った事例においても、テレビやネットの全てが悉く機能を停止するなどと言う事態にはならなかった。
今身の回りに起きていることが明らかに異常な事態であることは、彼女たちであっても認識できていた。
「ねえ…ウチら、大丈夫なんだよね?」
談笑のさなか、誰に促されるわけでもなくふと一人の女子が言った。
「…………」
沈黙が走る。
親や大人たちが言う”大丈夫だ”などという言葉を、彼女たちが鵜呑みにできるはずがなかった。
ただ彼女たちは、仲のいい友人と一緒にいることで不安を紛らわせているに他ならない。
「私、死にたくないよ」
違う女子が言うと、「あのさ」とさらにもう一人の女子が声を張る。
「みんな考えすぎだって! 死ぬわけないじゃん! 大体さ」
彼女が言い終わる前に地面が小さく揺れた。
「…は? 地震!?」
しかし、その揺れは彼女らがそれを認識したころには止んでいた。
「え? 何…!? 一瞬じゃん」
と、呟いた時には再び揺れが起きていた。
かと思えば、またその揺れは数秒で収まる。
「何、何!? ちょっと待ってよ、本当に怖いんだけど…!!」
女子の一人が友達にしがみつきながら叫ぶ。
「……”足音”………?」
その時、彼女は遠くから迫ってくるパトカーの音を聞いた。
『住民の皆さんは直ちに多目的シェルターに向かってください! 怪獣が浜松市に接近しています!! 住民の皆さんは直ちに……』
彼女らは呆気にとられるばかりだった。
「…ウソでしょ」
かりそめの日常は、あっけなく立ち切られた。
映画の中のような光景にいつの間にか入りこんでいる感覚が、彼女たちに襲い掛かる。
だがそれ以上にストレートに彼女らの心に突き刺さったのは、他ならぬ死への恐怖である。
訳も分からないまま彼女たちは走った。
怯え泣き、言葉を発する暇すらなかった。
やがて、女子の一人が足を止める。
日向を走っているはずなのに、いつの間にか日陰になっていたからだ。
友達は彼女の方を振り向くことなく走り去ってゆく。
一人残された彼女は、全てを悟って後ろを見た。
全長264mの巨神が、東の大地、掛川方面に立っていた。
漆黒の巨体が東の空に昇る太陽を遮っている。
日本国を滅ぼした亡国の巨神は、自らに焼き尽くされんとする矮小な人間たちをぐるりと見渡した。
人々の阿鼻叫喚がこだまする中、その少女だけはその場から動かず、否、動けずに怪獣を見つめていた。
怪獣の咆哮が浜松市の全ての空間に響き渡る。
彼に殺された一千万の人々の恐怖と苦痛をその絶叫に乗せて。
【7:15 ゴジラ、静岡県浜松市に到達】
【人類生存数:92億7332万人】