あの世に逝けずこの世を彷徨う少女の霊がいた。
最近、交通事故に遭い亡くなってしまった少女の霊だ。
この幼い少女は自分が車に轢かれて死んだことを覚えている。
だが自分の死を理解することが、受け入れる事が出来なかった。
その為に死後もあの世に逝けず、自分が死んでしまった場所から離れることが出来ずにいた。
こういった霊を一般的には地縛霊と呼ぶ。
少女はなぜ自分がここにいるのか、ここから離れられないのか分からなかった。
どうして家に帰ることが出来ないのか、どうして周りにいる人は自分を無視するのか。
悲しくて悔しくて、ずっと、一人で泣くことしか出来なかった。
暫く経ち、一組の夫婦が少女の元を訪れた。
その夫婦は少女の両親だった、それを見た少女はパパとママが私を迎えに来てくれたと思った、嬉しくて泣きながら少女はパパとママの胸に飛び込もうとした。
だが、少女の身体は大好きなパパとママの身体に触れることなく、すり抜けた。
すり抜けた両親は少女の姿が見えていなかった。
手に持った花を用意していた花瓶に入れて、手を合わせていた。
パパは悲しそうな顔で、ママは涙を流しながら…。
少女はそんな両親を見て、自分が死んでしまったことを理解した。
『そっか…あたし、死んじゃったんだ……』
少女の唯一の心の拠り所であった両親の存在。
それが消えてしまった今、少女に残されたものは何もなかった。
ただただ立ち尽くすだけ。
その辺に咲くたんぽぽのようにじっとその場にいる。
たんぽぽと違うところは、少女は死ぬことなく、老いることなく、変わることなくその場にあり続けると言う事。
地縛霊となってしまった少女はもうここから天国に逝くことはできない。
時は流れる。
誰も自分に気づくことがない日々は過ぎていく。
そんな日々の中、少女はふ、と昔のことを思い出した。
人が死ぬと天国から天使が迎えに来てくれるという話を。
『…早くあたしを迎えに来てよ、天使さん…』
天国は空の向こうにあるのだろうか。
空を見て大きく手を伸ばす少女だったが…その時。
「やっべ!」
何かが割れる音と青年の声にふと我に返る。
『あ……』
少女の目に映るのは両親が自分の為に持ってきてくれた花と花瓶が、青年の物と思われるスケートボードによってぐちゃぐちゃに壊れた無残な後だった。
「げ、俺のスケボーが汚れちまったぜ、このクソ!」
苛立ちを花にぶつけ、青年たちはまた遊びに戻った。
『パパとママのお花…』
少女の目に涙が浮かぶ。
ぐちゃぐちゃにされた花と倒れた花瓶を元に戻そうとする少女。
だが、霊体である少女の手はそれをすり抜けてしまう。
何度も何度も繰り返すが、どうしても、両親からの贈り物に少女の手が触れることは出来ない。
そんな少女の姿を『見る』ひとりの少年がいた。
オレンジ色の頭をした中学生、名前は黒崎一護、強い霊感を持つ少年だ。
一護は少女に近づき声をかけた。
「大丈夫か?」
少女は驚きながら一護を見た。
死んで初めて、見える人が現れた。
「ひっでぇな、あいつらがやったのか?」
幽霊である少女を怖がる様子もなくぐちゃぐちゃになった花と花瓶を見て顔を歪めていた。
その様子に幽霊である少女の方が戸惑いながらも返事をする。
『う、うん』
少女の返事を聞いた一護は良い笑顔を作ってこういった。
「そうか…待ってろ、俺が懲らしめてきてやる」
『あっ…』
待ってと声を掛けようとしたが一護は青年たちの元へと歩いていく。
『あのお兄ちゃん…あたしが見えるんだ…』
◇
突然の出来事だった。
一護がスケボーで遊んでいた青年たちに近づき、一番近くにいた男を蹴り倒した、男は数メートル蹴り飛ばされ悲鳴を上げる間もなく気絶した。
突然のことに周りにいたその男の友人3人は驚き、蹴り飛ばされた男に駆け寄っていく。
「「「や、ヤマちゃん!?」」」
ヤマちゃんと呼ばれた男は白目を剥いて気絶していた。
「こんなところでスケボーなんかやってんじゃねぇよ…」
男三人は友人を一撃で気絶させた一護の力にビビりまくっていた。
それでも、ちっぽけなプライドで虚勢を張った。
「て、てめぇ!?いきなりヤマちゃん蹴り倒しといて何のつもりだぁ!?」
「何考えてんだコラ!?死ぬか?あぁ!?」
一護は三人をじっと睨みつける。
それだけでびくりと肩を震わす三人の青年。
「な、なんとか言いやがれ!このぉプッ!?」
男が何かを言う前に一護の蹴りが顔面をヒット。
そのまま言葉もなく倒れ伏した。
「今度はトシリンが!!」
ただのガキじゃない、ここでやっと男たちは自分と一護の間にある力の差に気づいた。
「あ、あいつ…間違いねぇ黒崎だ!馬芝中の黒崎だ!!」
「知ってるのかデンちゃん!?」
一護の事を知っているデンちゃんと呼ばれた男、さらに説明を続けようとしたがそれはできなかった。
目の前にいる一護の目が言っていたのだ、これ以上喋ったら…。
男たちが黙ったのを確認して一護は話を始めた。
「お前ら、あれ見ろ」
倒れた男(トシリン)を踏みつけながら一護は電信柱の下でぐちゃぐちゃになった花と花瓶を指さす。
青年たちはあれがなにか?とまだわかっていないようだった。
「そこの臭いの、あれはなんだ、答えろ」
「え、俺? あ、あの…こないだここで死んだガキへのお供え物…とか?」
「へぇ…知ってたんだな…じゃあなぜそのお供え物があんなことになってるんだ?」
一護の鋭い視線に青年たちは声も出ない。
「そ、そ…それは…」
「それは?」
「お…俺らが…スケボーしてて…倒しちゃった…から?」
「倒しちゃったから、だぁ?ごめんで済んだら死人はでねえんだよ!」
そういって一護はその青年たちを少女の前に連れてきて土下座で何度も謝らせた。
『もういいよお兄ちゃん…』
「…そうか…これに懲りたらこの辺でスケボーすんじゃねぇぞ!」
少女の言葉に一護は青年たちを蹴り飛ばした。
青年たちは謝罪の言葉を叫びながら逃げ帰っていった。
◇
青年たちもいなくなり、その場には一護と少女の霊だけが残った。
「あいつらもあれで懲りたと思うから、勘弁してやってくれ」
『びっくりしたけど、いいよ…でも…お兄ちゃん、ホントにあたしが見えるんだね』
「あぁ…小さい頃から幽霊が見える体質らしくてな…さてと、それじゃ俺は帰るよ。新しい花と花瓶を明日にでも持ってくるからな」
『……うん、ありがとうお兄ちゃん』
「どういたしまして、早めに成仏しろよ」
そういって一護は去り、少女の霊だけがその場に残された。
少女はまた電信柱の下…花瓶の傍へと座り込んだ。
『…あたしを見る事が出来る人がいたんだもの…天使さんも、きっといるよね?』
また明日になればお兄ちゃんが新しい花を持ってやってくる、それまで迎えが来なければいいのにな。
そう思いながら少女は顔を伏せて時が経つのを待った。
『濃い…魂…どこだ……近く…近くにある……』
誰かの声がした。
一護や花瓶を倒した青年たちのような人の声ではない。
恐ろしい声だった。
少女は顔を伏せていた。
その恐ろしい声の主が自分に気づかずに通り過ぎてくれることを祈りながら…。
だが。
『……魂……』
『あぐっ』
少女の小さな体を鷲掴み、持ち上げる化物。
ギリギリと締め上げられ苦しみに歪む少女の顔。
化物はそれを見てニヤリと笑っていた。
そのまま口を大きく開き、ゆっくりと少女を口元に運んでいく…。
少女は恐怖のあまりに目をぎゅっと閉じた。
最後に浮かんだのは自分を見てくれた一護の後ろ姿だった…。
『助けて…お兄ちゃん…!!』
届くはずがない声、届くはずがないその声を、ちゃんと聞き届けた者がいた。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
化物の叫び声と同時に走る衝撃と開放感。
ふわりと浮かんだ少女の身体が誰かに受け止められる。
『………え?』
少女はゆっくりと目を開けた。
そこにいたのは、一護…ではなかった。
少女と同じ年か年下の少年。
まだ幼い、一護と同じオレンジ色の髪の少年だった。
「ごめん、怖がらせちゃったね」
笑顔で少女に謝る少年は、見た目よりも大人びて見えた。
『ウグゥ…』
少女を掴んでいた腕を無くした化物は苦痛の声を上げていた。
少年は苦しむ化け物を見て、まるで銃口を向けるように指先を向けた。
「消えろ、悪霊」
『ア、ア……アアアアアア!?!?』
光。
青白い光が少年の指先から放たれ、その光は少女の霊を食らおうとしたバケモノを消し飛ばした。
少女は自分を助けてくれた少年の顔を見る。
(似てる。さっきのお兄ちゃんに…)
『…あ、ありがとう…』
少年の腕の中から離れてお礼を言う少女。
少年はその言葉を申し訳なさそうにして受け取っていた。
「うん…どういたしまして、君を迎えに来る人がもう少し早かったらこんなに怖い思いしなくて済んだのに、ごめんね………あ、ほら、お迎え来たよ」
少年は空に向かって指を差した。
それにつられて空を見上げる少女。
『あ…』
何かが空を飛んでいた、それはすごい速さで少女の元へとと近づいてくる。
だんだん近づいてくるそれは、何かに乗った女の人だった。
桃色の着物を着た青い髪の女性は笑みを浮かべながら少女の元へと降りてきた。
『ごめんよぉ遅くなっちまって…』
「本当だよぼたんさん、俺が間に合わなかったらこの女の子やばかったよ?」
『最近虚の動きが活発化して霊界もてんてこ舞いなんだよぉ、悪かったねぇ』
少年にぼたんと呼ばれた女性は少女の頭を撫でながら申し訳なさそうにしていた。
「霊界探偵増やした方がいいんじゃないの?」
『あはは、コエンマさまに伝えとくよ……さて、お嬢ちゃん。あたしは水先案内人のぼたんさんだ。迎えにきたよ』
そういって手を差し伸べてくるぼたん。
少女はその手を取り、ぼたんの乗ってきた櫂へと座った。
「それじゃ、その子。よろしくお願いしますね」
『ぼたんさんに任せなさい!』
浮かび上がるぼたんの櫂。
『待って。きみの、君の名前を教えて』
最後の別れになる。
少女は自分を助けてくれた少年の名を尋ねた。
「俺は……黒崎悟、6歳。今年小学校に入学したばかりのピッカピカの一年生さ」
『…サトルくん、ありがとう!』
少女を乗せたぼたんは霊界へ向かって飛び立っていった…。
少女の姿が見えなくなり、悟はため息をついた。
空に浮かぶ太陽はすでになく、空にはお星さまが浮かんでいた。
「お説教は確実だなぁ…」
そう呟くと少年・悟は急いで帰路についた。