季節外れ感ありますが、花火見に行きます。
いい感じに書けませんでした。難しいですね。
もっと本読みます。伊織さんみたいに。
✱
雨で惜しくも中止にされてしまった花火大会の延期を知らせる紙が届いたのは、9月も半ばに入ろうとしていたある日だった。まだ暑さは残るが、8月に比べれば随分と過ごしやすくなっていた。
大量のてるてる坊主を作ったにも関わらず、こんな時だけ当ててみせる天気予報が見事に的中――バケツをひっくり返したかのような大雨が降って、花火どころではないとなった当日の朝。生ける屍という言葉を具現化したような刀剣たち(主に短刀諸君)のことを思えば、この知らせはそれこそ「天の恵み」のように思えた。現に短刀たちはその知らせを聞くやいなや本丸中を駆けて踊り回って、それぞれの保護者にあたる打刀や太刀男士に叱られている。
「随分と賑やかだな」
その騒ぎを聞いて、自室から階下に降りてくる姿があった。―この本丸の審神者たる、伊織である。雪のような色をした、片側だけ耳にかけた白髪に、同じく真っ白な肌。白い睫毛のカーテンから覗く灰青の瞳が眩しい。少しばかりサイズにゆとりのあるワイシャツにスラックスを履いている。手には何やら紙の束を抱えていた。
「あるじさま!」
ぱあっと顔を綻ばせ、振り向いたのは今剣。花火大会を一番楽しみにしていた者達の1人だった。それを合図に、わらわらと他の短刀達が集まってきた。
「聞いてください!花火大会が、あるらしいんです!来週!」
「主君も、一緒に行きましょう!」
「……花火大会?中止になったんじゃなかったのか」
きらきら輝く大きな瞳を見つめながら、伊織が首を傾げる。
「延期にすることが決定していたそうで、来週開催されるのですよ」
微笑みながら、少し離れたところから一期一振が答える。例の知らせの紙を手渡し、主も行かれますか?と尋ねる。伊織はそれを受け取り、日時の欄に目を走らせてから、数秒考え込んで、仕事次第だから考えておく、とだけ返しておいた。
✱
「ええーーーっ、いけないんですか!」
花火大会当日。思わず目を伏せたくなるほど眩しい青が空に広がっている。外は本当に9月なのかと疑いたくなるような暑さだ。一面の青に、雲は何処だと問いたくなる。
本丸では、役目を終えたてるてる坊主(昨日も掛けておいたらしい)を片手に、今剣がこれでもかという程に不満を表にしている。伊織が、仕事が片付きそうにないため、花火を見に行けるか分からないと言ったためである。
「…出来るだけ早く片付けて向かうつもりだが…一緒にここを出られる保証はだな………本当に済まない」
申し訳なさそうに頭を下げる。元来、伊織の仕事の早さは一級品で、書類は遅くとも提出日の2日前までには片付けておくことを徹底している。が、前日になり急に政府から仕事が回され、そちらにかかりきりになってしまっていた。―結果、その仕事は見事片付けてみせたものの、彼が兼業している現世での仕事の書類が片付かず、今日に持ち越してしまい、花火大会に行けるかわからなくなった、というわけであった。
頬を膨らませた今剣は、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。目は涙で潤んでおり、歪んだ口元はぷるぷると震えている。
と、そのとき。
「まあ、そんな顔をするな、今剣よ。俺達が一緒に着いていくのだし、主もこう言っておるのだ、信じて先に行っておこうではないか。綿菓子でも何でも買ってやるぞ!」
はっはっは、と笑いながら岩融が歩いてきた。不機嫌な今剣を前にどうしてよいか分からない伊織に、助け舟を出してくれたのである。ぽん、と肩に置かれた大きな手が、今剣を落ち着かせる。
「……ほんとうに、あとからでも、きてくれますか?」
ビー玉のような赤い瞳に、伊織の姿が映り込む。彼はふっと微笑んで、今剣の頭をふわりと撫でた。
「…ああ。夜までには必ず終わらせる。約束しよう」
「………わかりました。じゃあ、…ゆびきりをしましょう」
「わかった」
細く長い伊織の指と、まだ小さい今剣の指が絡まる。
ゆびきり、げんまん。
うそついたら、はりせんぼんのます。
ゆびきった。
✱
果たして伊織は見事、約束通りに夜までに仕事を終わらせた。時計の短針は、4を指している。――まだ余裕がある。
記入を終えた紙の束を丁寧に封筒に入れて、糊で封をする。
「じゃあ、これを取り急ぎ向こうに持っていってくる。すぐ戻っては来れないだろうから、お前も他の誰かと行っていて良いぞ。付き合わせて悪かったな。短刀達には、後で必ず合流すると伝えてくれ」
早口にそれだけ伝えると、伊織は靴を履いて外に出る。
「わかりました。お気を付けて」
玄関の前で伊織を見送ったのは、彼の近侍である、へし切長谷部だった。伊織の今日の仕事は現世でのものだったため、彼に出来る事は殆ど無かったものの、彼なりにできる範囲での補助をしていた。
伊織が小走りで門を出ていくのを見て、長谷部は踵を返し、本丸の奥へと戻っていった。
廊下を歩くと、あちらこちらの部屋から、弾んだ声が聞こえる。花火が始まる前に出店を堪能したい男士達(主に短刀達)は、一足先に会場へと向かうことにしたのだ。各々、浴衣や甚平を着て、いつもとは違う装いや雰囲気に心を踊らせているようである。
「…俺も準備をするか」
彼もまた、自室へと向かう。つい最近与えられた個室で、まだ新しい浴衣を手にする。紺色のシンプルなそれは、花火大会に是非着ていきたいと思い、燭台切光忠に見立ててもらった一品。9月なので少し肌寒いかと心配したが、外はもう夕方だというのに蒸し暑い。この天気なら、大丈夫だろうか。
着付けは以前他の男士から教えてもらっていたので、ぎこちない手つきではあったがなんとかそれなりに着付けることができた。あとは外に出て、会場に向かうだけであるが―――彼は、そこから外へと足を向けることは無かった。ただ、何かを待つようにじっと、窓の外を見つめるその藤色の瞳からは、興奮と不安が入り混ざった複雑な色が読み取れた。
✱
「……なんだ、行っていなかったのか」
「主人が帰る時間に誰もいないというのも良くないかと思いまして」
無事書類を提出し終えて、現世から帰ってきた伊織を迎えた長谷部の姿に、伊織は目を丸くした。他の刀剣達は皆出払ってしまったらしく、いまここには2人しかいない。伊織にとって全員が出ていなかったのは意外であったが、長谷部はそれを、
「何だそれは…先に行っていていいと言っただろうに」
「ええ。ですが俺は………」
長谷部は一瞬だけ躊躇ったが、直ぐに思い直して口を開く。
「主と、一緒に行きたいのです。…駄目でしたか?」
親離れのできない子供のような言葉を口にしつつも、彼の目の中に何か芯のようなものを見出した伊織は、少し驚いて、頷く。
「…構わん。それなら、一緒に行くか」
「ありがとうございます!」
ぱあ、と目を輝かせ、長谷部が嬉しそうに礼を言う。
「着替えられますよね?行く前に…」
「ああ。少し待っていてくれ」
「待てというのならいつまでも」
「はいはい」
呆れたように少し笑って、伊織は着替えるべく階上へと向かう。
彼の戻りを待つ間、長谷部の頬は緩みっぱなしであった。敬愛する主人と共に出かけられることが嬉しいのだろうか。―否、彼のその顔色からは、そんな簡単な一言で片付けられるものではない感情が垣間見えた。もっと深くて、蓋をしめてもとろとろと溢れ出てくるような。
✱
見渡す限り、人、人、人。
会場には、まだ花火には早いにも関わらず、どこから来たのかと思うほどの人でごった返している。出店からは威勢のいい声が聞こえてくる。風に乗って香ばしい匂いも漂ってきている。
「すごい数だな……歩くのも一苦労だ…」
「そうですね…」
「あいつら、ちゃんと見つけられるかな…」
浴衣を着た伊織と長谷部が、先に此方へ向かった仲間達を探して、人の波を掻き分けつつ前へ前へと進んでいく。が、あまりの人の多さに思うように体が進まない。
「主、大丈夫ですか?」
はぐれることを心配したのか、長谷部が手を差しのべる。伊織が彼の意図に気づき、その手を取った。手を繋いで、歩いていく。長谷部が人の間を縫っていくように進み、彼に手を引かれた伊織がそれについていく。何度か周りの人間と肩をぶつけたが、それでも手は離れなかった。握った手から、相手の温度を感じる。それが、これだけの人の中で、ほんの僅かではあるが安心感を与えてくれた。
暫く進んで、ふたりは漸く人の海から抜け出すことができた。
―――が、長谷部の足は止まらない。
脇道に逸れて、まだ先へ。
「…おい、どこまで行くんだ」
「もう少しです。」
もう手を繋いでいる必要もなくなったのに、長谷部は手を離さない。長谷部は黙って、奥へ奥へと。――確か、この先は神社?そんな所に、何の用が。伊織は疑問符を浮かべながらも、彼の後ろを歩く。引かれるままに、ただただ歩く。後ろを振り返ると、祭の提灯が遠くなっていくのが見えた。まるでこれから、知らない世界に連れていかれるような、そんな感じがしてしまう。
「着きました」
そこにあったのは小さな神社。赤い鳥居を潜ると、奥にぽつんと置いてある賽銭箱。もう寂れてしまった神社だが、伊織もここの事は知っていた。知り合いの政府職員曰く、ここは縁結びの神社だったらしく、今でもその加護を祈ってか、女性を中心に参拝者が来るとのことだ。その知り合いに伊織もどうせなら祈ればいいのに、とからかわれたのは、また別の話。
「なんで態々こんな所に?…待ち合わせ場所にするには些か奥に入りすぎてるんじゃないか」
やっと足を止めた長谷部に、伊織が怪訝そうな顔をして問いかける。もう日は沈みきってしまって、木々が生い茂るこの神社は薄暗い。場所といい時間といい、ここは待ち合わせには不向きだろうと、そう告げる。
だがしかし、相手の考えはそうではなかった。
「…いえ、此処に来たのは待ち合わせの為ではありません。…………彼奴らを呼ぶ前に、少し、少しだけ、お時間をいただけませんか」
振り返る長谷部の目は、いつになく真剣で、どこか不安を孕んでいて。伊織は思わず息を呑んだ。
✱
「何だ急に、改まって。今、此処でなければ話せない内容なのか?」
ざぁっ。
風が木を揺らす。地面の黒も揺れる。
乱れる髪を手で軽く抑え、伊織が目を細めた。
遠くから、声が聞こえてくる。出店の客引きの声、何かを焼く音、水笛の音、子供の笑い声。それらが全て、ほんの数10m向こうでの光景なのに、とてつもなく遠いような気がして。まるで、ここら一帯だけ別の世界として切り取られてしまったような…
伊織の問いに、長谷部が口を開く。
「そうです。…今、他に誰もいないこの状況でないと…俺にとっても、貴方にとっても」
「私にとっても?…よく分からんが……まあ、言ってみろ、なんだ?」
恐らく嫌だと言ったところで此奴は話を始めるのだろう。それに自分の為にもという言葉が引っかかる。そう思い、伊織は先を促した。
その言葉を、耳を通して脳が受け入れたところで、長谷部の手に力が入る。どくん、どくん。心臓の音が彼の頭の中に響く。ほんの数歩前に居る主君に聞こえてしまうのではないかと思えるほどに声を上げる胸を抑えながら。乾いた唇が、紡ぎ出すことば。
あるじ、いえ、いおりさま。
「俺は……ずっと、貴方を尊敬してきました」
「………」
「初めて会った時から、ずっと」
「………」
「…ですが、数ヶ月前から、昔とは違うなにかが、俺の中に湧き出てきたんです。勿論、今も貴方の事は尊敬していますが……それとは違う……」
「……」
伊織は何も言わなかった。ただ、長谷部の目をまっすぐに見て、彼の言葉を待った。
「……それで…その…」
長谷部が口篭る。伝えたい事はちゃんと、決まっているのに、言葉にできない。音にできない。口にしてしまうのが怖い。口に出した言葉は取り返しがつかない。もし、もしも、自分の言葉が原因で、主人を傷つけてしまったら?拒絶されてしまったら?
言葉を詰まらせる長谷部に、伊織が声をかける。
「焦らなくていい。…どうせ、まだ花火まで時間はあるんだ。…ゆっくりでいい。ちゃんと、聞いているから」
低く、だけどとても優しい声で、諭すような口調。長谷部は少し頷いて、思いを声に変える。
「…その気持ちが、少し前に…漸く分かって。それで…主に伝えたかったのですが、中々ゆっくり二人で話す時間が取れず……」
「うん」
「……ので、今日、こうしてここに連れてきました。」
「…うん」
「主、俺は……………」
あなたが、すきです。
絞り出すように、伝えた言葉は、確かに伊織の元まで届いていた。彼はただ目を見開いている。
「……好き?…私を?お前が?」
「……はい。」
「………そうか…」
驚きつつも、それを言うために態々…と苦笑する伊織に、長谷部は慌てたように言葉を重ねる。
「一応、言っておきますが……主人としてではなく――」
「言うな。あそこまで言われて分からないほど鈍くは無い」
少しむっとした顔でそれだけ返す。それを見た長谷部がそれは済みませんでした、と軽く頭を下げた。
「…この事を伝えたくて、こんな所まで連れてきてしまいました……万が一にも、他の連中に見られるわけにはいかなかったので。……主のためにも」
「私の?」
「はい。…女性だと、分かってしまってはいけないかと…」
「…ああ……」
伊織は、
実を言うと、伊織の帰りを待つ間も、彼女の手を引き道を行く間も、ずっと長谷部は葛藤していた。本当にこの想いを伝えるべきなのかどうかを。男性として生きる彼女にとって、それは重荷になるのではないか。自分から想われる事は迷惑なのではないか。そんな不安が、彼の頭をずっと支配し続けた。
しかし、今日伝えなければ、次いつ機会があるか分かったものではない。人の多い本丸では2人きりになる事自体頻繁にあることではないし、なったとして、こんな話をいつ誰が来るか分からない本丸でできるわけではない。―というわけで、こうして今に至るわけである。
さて、長谷部の必死の想いを聞いた伊織はというと、顔に困惑を描いている。「好き」が「主従関係として」ではなく「男女として」のものであると、彼女も理解はしていた。だが、それをどうしていいか分からないのである。
伊織は異性から人気がある。が、向けられるのはいつも彼女の事を「男性」であると思っている「女性」からの好意。「女性」と知って好意を寄せる「男性」は、長谷部が初めてである。今までは何かと理由をつけて断り続けていたが、今回に限ってはいつもと同じようにはいかない。…それに、伊織の中にも長谷部に対して「特別な思い」が芽生えているのを感じていた。
「…………」
どう答えるべきか逡巡する伊織に、長谷部が優しく声をかけた。
「…主。別に俺は、返事が欲しくて告白した訳ではありません。ただ…言っておきたくて。俺の気持ちを、知って欲しくて。それだけなんです。だから」
その言葉を遮るように、伊織の手が長谷部の襟元を掴む。そのまま手前に少し引くと、2人の距離が近くなる。
「………えっ、と…あるじ…?」
互いの呼吸音さえ聞こえてきそうな距離。藤色の双眸が、真っ直ぐに自分を見つめる灰青を捉える。
「……私も、君に特別な感情を抱いているのは事実だ。…だが、未熟故これが恋かどうかは分からん」
距離の近さにはくはくと口を動かしながら、長谷部の脳は必死にその声を捕まえようとしていた。
「君の想いは確かに分かったし、とても嬉しかった…だが、こんな私が――」
言いかけたその唇に、ふわりと触れる柔らかいぬくもり。伊織の言葉は吸い込まれてしまった。
2人の距離はもう、無い。
「なっ…」
驚いて、反射的に長谷部を押しのけ、距離を取る。その顔は、いつも冷静な彼女にしては珍しく、桃色に色づいていた。
「………すみません、つい」
口元を抑えながら申し訳なさそうに目を伏せる長谷部。彼の顔もまた、ほのかに紅い。
「ですが………そのような事を、仰らないでください。俺は、主がどうして時折そこまで自分を卑下なさるのかは分かりませんが……俺は、貴方が好きなんです。他の誰でもない、貴方が。例え貴方が他の誰かを愛していても、何処にいても、何をしていても」
端正な顔を歪ませて、長谷部が訴える。
「…そんな、泣きそうな顔で言われても、説得力が無いぞ、馬鹿者……」
「……主こそ」
伊織は、言葉では表せない、だけどとても綺麗な、哀しい微笑を浮かべていた。
「………君の想いに、応えよう。私で良ければ」
また、風が吹いた。
長谷部の眼から零れたひとしずくは、風が飛ばしてしまった。
それ以上何も語ることなく、数秒の時が流れた。2人にとっては、何年もの時のように感じられたかもしれないが。
そうして沈黙の後、今度は伊織が長谷部に手を差しのべる。
「戻ろうか。皆探しているだろうから」
✱
「ぬしさま!いらっしゃいましたか。ささ、こちらですよ」
再び人混みの中に潜り込んだ2人は、暫く歩いて小狐丸を発見した。他の刀剣男士達は既に場所も取り、出店の料理に舌鼓を打っているそうだ。花火の時間まであと半刻ほど。
「場所を確認したら、俺が何か買ってきましょう。主、何か食べたいものはありますか?」
「……否、私も行こう。お前一人では大変だろう」
「いえ、俺なら…」
そう言うと、長谷部にしか見えないように、僅かに眉間に皺を寄せる伊織。驚いた長谷部に、小声で告げる。
「分からんのか。…一緒に行きたいと言っている」
ふいと前を向き直し、小狐丸の後をついていく。長谷部は呆然と、数秒の間そこに立ちすくんでいた。何をしてる、置いていくぞ、という声に、漸く我に返って駆け出す。
「っも、申し訳ありません!」
はらりと落ちる、桃色の花弁。
✱
「綺麗だなぁ、花火というのは」
「すごくきれい〜〜〜!今年はもう見れないのかと思ったよ〜〜」
「晴れてよかったね」
「かじきとうのおかげですね!」
夜空に咲く大輪の花を見ながら、各々感想を口にする。皆、楽しんでいるようだった。それを見て安堵し、買ってきたかき氷を口にしつつ、伊織も長谷部と並んで色鮮やかな空の花を見つめた。甘味が苦手なために選んだ甘さ控えめの宇治抹茶のシロップが、今日だけは少しだけ、いつもより甘く感じた。それは、自分の中にある想いがそうさせるのか、それとも彼の想いがそうさせるのか、彼女には分からなかった。
隣に座る長谷部を一瞥する。花火は他の男士同様、彼にとっても珍しいようで、その目は空に釘付けになっている。そんな彼に、一言だけ。
「改めて、今後も宜しく頼む。…有難う、今日は」
ぽつりと呟かれた声は、周りの誰にも聞こえていなかったが、長谷部だけは聞き逃さなかった。
夜空に吸い込まれそうになっていた長谷部は、顔だけ伊織の方を向けて、
「はい。こちらこそ」
と、子供のように笑った。