見事な剛球を額に受けてしまって、仰向けで倒れている男。
そして、実を言うと、今の結果は、チェルシーにとっても、ちょっとばかり意外な展開でもあった。
何せ、先ほどあの男は、タエコの一撃、それも最速だと言っていい抜刀術を難なく躱してのけたというのに、非力だと自覚している自分の投石。……たかだか、そんなものが、急所であるといっていい眉間に直撃してしまったのだから。
まぁ 正直ギャグっぽいからそれ程までには驚かないし、何より……。
「おおっ、中々良い球投げるな? 良いモン持ってるぞ。エースになれるな、チェルシー! うんうん、身体がやっぱり資本! やっぱりチェルシー、NICEBODY♪」
右手挙げてサムズアップしてるから。
そう言われても、全く嬉しくないし、更にイヤラシイ。
チェルシーは、何個目になるのか判らないけれど、口の中で転ばしている飴ちゃんをがりっ! と噛み砕きながら。
「うっさいっっ!! こんのアホぉ!!」
と盛大に罵声を浴びせるのだった。
通じているとは到底思えないけど、言わずにはいられなかった様子である。
大きく息を罵声と共に吐いてしまった為、チェルシーは咽てしまっていた。
「チェルシー、大丈夫?」
「はぁ、はぁ……、ん。大丈夫。タエコさんは? 大丈夫??」
「問題ない。胸を触られたくらいだし。身体に支障はない」
「う、う~ん……、タエコさんが……そういうなら………」
本当に何ともない様子のタエコ。……触る、というより、揉まれる、なんだけど、行為の最中は兎も角、今は ほんとに表情も全く出てない。
女の子としての恥じらいは無いのだろうか……? いやいや、あの男が言うように、その様なものを持っていては、暗殺者としては欠点だといえるだろう。だけど、どこか納得のいかないチェルシー。
そんな中であっても、男は健在であり、現在進行形、ノンストップだ。
「おーい、バカを言うなよ? チェルシー。オレが傷つけたりする訳ないだろ。綺麗な身体なんだ優しくするさ。なんたって、タエっちもチェルシーも大好きなんだからな? あいらぶゆ~!」
ひょいっと起き上がっては、歯の浮くようなセリフをさらっと言ってのける。
完全に女の敵だと思えるんだけど、ここでまた興奮してしまえば思うつぼだ、と思ったチェルシー。
漸く、学習をしてきた様子だ。学習能力の高さも、暗殺に必要だ。
「……も、変態に何言っても無駄ってわかったから。というより、タエコさん。こいつと知り合いだったんだ」
「ん。以前、鍛えてもらった事があったんだ。大分世話になった。それに、私だけじゃない」
「そーそー。あの頃のタエっちも可愛かったなぁ。今は綺麗になった、ってとこかな? うんうん、しばらく見ない間になぁ」
「っっ!」
ぱしっ、と叩くのは、タエコのお尻である。こんな場面でもさりげなくセクハラを忘れてない。ここまで来れば大したものなんだけど、看破は出来ない様子で、また チェルシーは投石開始。今度は無言で。
頭にしっかりと命中したけど、くるりとチェルシーのほうを向いて、今度は真面目? 顔になった。
「それはそうと、チェルシー。オレの事を変態っていうのはやめてくれよ」
「何でよ。ほんとの事じゃない」
これが報いだ、と言えばせめてもの抵抗、ささやかな抵抗だ。相手が不快に思っているのであれば、絶対止めない、と思ってたチェルシーだったが……。
「違う。そーじゃないんだ。変態はなんか嫌だから、せめて『えっちぃ~』くらいにが一番良いt“ぱかんっ!”いてっ!」
またまた 訳の分からない事を言い出したので、もう一度、無言で投石をしたのだった。
そして、更にその後。
「なぁ、タエっち」
「? 何ですか?」
何はともあれ、セクハラ連発も息をひそめだした様子(多分)。
「チェルシーとタエっちが一緒にいるって事は、チェルシーもタエっちのいる……、えと、なんてったっけ? オ、なんとかって会社」
「オールベルグです」
「そ、それ。それん中に入ってんの?」
男の質問に、タエコはゆっくりと頷いた。
暗殺者である事は判っていた様子だったが、何処かに所属しているかどうかはわかってなかった様だ。……別にだからと言って不都合でもある訳もないし、言ってなくたって問題ないだろ、とチェルシーは思いつつ、気を静めていた。
そんな時に目が合って。
「………そうか。ううーん。それはそれは……。チェルシーの事が心配になってきた……」
「はぁ?」
今度は、いったい何を言っているのか判らなかった。
セクハラ行動は兎も角、確かに 危険種から助けてくれた事は事実だが、いったい何が心配だというのだろうか。
「暗殺稼業の危険度を言ってんの? でも、今更じゃん。盛大にダメ出ししてくれた癖に、何を言ってるのよ、あんた」
手を腰に当てて、そういうチェルシー。
だけど、男は首を横に振る。
「いやいや、違うって。そーじゃない。傷つくのは嫌だけど、自分で決めたんなら否定する気はないって、ダメ出ししてもな。…………そうじゃなくて、あの会社はちょっとアレで」
「は?」
男は、そう言うと、人差し指の第二関節を折り、口元に当てながらつぶやいた。
「……チェルシーも、変な方向に目覚めたりしたら嫌だなー。今はちゃんとノーマルだと思うし。ギルルやドラ子の2人は……まぁ、最初っからもったいない気がしてたんだけど、もう、仕様がないしなぁ、手遅れだし、一線超えちゃってるし。う~ん、好いた惚れたは自由なんだけど、やっぱり、お兄さんとしては複雑な気持ちだというか、健全じゃないというか。……間違ってるの、そっち! って言った時、ぜ~んぜん相手にしてくれなくなって、寂しかったというか~。うぅん、妹に無視される、毛嫌いされる兄ってこんな気分なんだろーなー」
うう~~ん、と唸りながら何かぶつぶつとつぶやいてる。
「?? さっきから何言ってるの? ……ついに、おかしくなっちゃった? 元から変だけど。……変態だけど」
「だーかーら、チェルシー変態禁止! えっちぃ~にしろっ!」
「絶対嫌っ!!」
この相手が喜ぶような事は決してしないと、改めて心に誓うチェルシーだった。
「それにチェルシー……っと、チェル
「っっ!!!」
「お? 嬉しかった? ついにくらっと来た??」
「違う! 誰がチェルちんよ!!」
今度は、腹に向かって右ストレート。また、躱されるか? と思ったんだけど、今回は充てる事が出来た様だ。
「えー、いいじゃん。ほら、言ってなかったけど タエっち、タエコを呼んだ時もそうだけど、オレ、大体話す相手には、あだなで呼ぶんだよ」
「呼び捨てのほうが100倍マシ! 女の子に、ち……、っ それはないでしょ! 言わせないで!」
「あー……、まぁ、確かにそうかな。お? そーいや、ちょっと照れてるチェルシー、可~愛い! もっと見せてみ?」
「うっさい!」
「まぁまぁ、んー……、なら、チェル子?」
「却下!」
早速学習した事をもう忘れそうになってるチェルシーとそれをも計算に入れているであろう男の話、押し問答は、その後も暫く続いた。
楽しそう? に言い合ってる2人を見て、タエコは思う。
「……(チェルシー。身体能力は、並って言ってたけど、凄く高いと思う……、あのひとに、一撃でも入れれるだけでも、達人以上の使い手……)」
そう、少々ずれた考えをしていた。
致死性のある攻撃ならまだしも、こ~んな、日常ラブコメ攻撃。当たったほうがご愛敬である、というのを、本能的に判ってるだけの事なのだ。
いや、むしろふれあい、とでも思ってるかもしれない。
そうこうしている内に……。
「はぁ、遅くなってると思って見に来てみれば。大体事態は判ったよ」
「あっ……」
「随分とまぁ、……レアなケースに遭遇したもんだねぇ。久しく見なかった顔だよ」
少々遅れてこの場に参上したのは、ババラ。
歳はかなり言ってるものの、ババラも女は女だ。怒ってるところや、攻撃してるところの顔は、ちと怖いが、普段のその容姿から、推察するに、若いころは(本人も自分で言ってるけど)きっと可愛かっただろう。
と言う訳で、ババラも乱入した様だが、彼の反応は……如何に??