崇められても退屈   作:フリードg

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第1話 空腹だから降りる!

 

「ふぁぁぁぁぁぁ………」

 

 

 

 大きく、大きく欠伸をするのは、1人の少年。

 何度も何度も手を口許に当てては、大あくびを繰り返す。

 

「………暇」

 

 開口一番。出てきた言葉はたった一言『暇』。

 

 一体何時からそこにいるのだろうか?

 それは本人にも判っていなかったりする。

 

 それよりも……もっとおかしい事を、説明しよう。

 

 実は、少年の足下には何もないのだ。

 その下には、広がる白い何か(・・)。その白い何かは 時折、少年の傍も高速で飛来してくる。が、ぶつかったりする様な事は一切なく、ただただすり抜けていく様だ。

 

 正体を説明すると………、それはただの《雲》。

 つまり、この少年、空を飛んでいる……、いや、空に浮いているのだ。

 

 その高度は 空に浮かぶ雲をも掴める程の高い位置であり、強風が吹き荒れ、()であれば、立ち入る事の出来ない領域。

 

「んん……むにゃむにゃ……。……ん?」

 

 軈て、一面雲の海だったのだが、何度も吹き荒ぶ強風により、散らされ晴れてきた。

 

「ここ……、帝国の……北あたり、かな。大分流されてた。腹も減ってきたし……、むー……むにゃ……んんっっ!」

 

 暇な上に、眠そうにしていた少年(多分)は ぱちんっ!! と両頬を引っ叩く。どうやら、眠気を強引に吹っ飛ばした様だ。行動を開始する様子。

 

 そして、何やら上を見上げた後。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 そう一言呟いた後、一歩、前へ足を出した。

 すると、先ほどまで宙に浮いていたと言うのに、まるで急に足場が消失したかの様に、落下を始める。

 

 それでも慌てた様子は一切なく、ただただ両手を広げて風を受け、高速で落下。

 

「似た匂い……。多分、そうだ。結構久しぶり」

 

 ぎゅんぎゅん、と速度を速め、軈ては地面までの距離が殆どなくなった。

 

 場所は人気のない路地。人前で落下すれば、大分賑やか? になってしまうのを彼は、学習した事もあり、知っているから、今度はしっかり落下点を狙っていた。地面との距離が0になる直前に、くるっと一回転をして、両足で着地。

 

 何をどーやったのか、完全に落下の速度も殺して、辺りに衝撃波の1つも出さずに着地する事が出来ていた。  

 

「確か……、ここはタイゲンって町だったっけ?」

 

 町の名を思い出しつつ、路地から顔を出すと、随分と賑わっている事が判った。

 町のあちこちに、張り紙が張り付けてあり、それが理由である事も直ぐに。

 

 

 

 

 

「さぁさぁ、これから一番の目玉のショーが始まるよーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 大きな声が響くと同時に、元々沢山いたのにも関わらず、更に人集まりができてきた。

 簡易ステージが設けられており、人は沢山いるものの、一望する事は出来る。

 

 

「あぁ、お集りの皆さん! 本日のサバティーニ一座の目玉でもあり、期待の新人による、アクロバティックなバランス芸をお楽しみください! そして、頑張ってもらうのは、こちら、アカメちゃんとツクシちゃん!!」

 

 紹介された2人は、笑顔で周囲に手を振りながら自己紹介。

 

 

「こんにちは、アカメです!」

「よ、宜しくお願いします。ツクシです!」

 

 

 細身の長い黒い髪の少女アカメ、そして、幼いながらも起伏に富んだ身体付き、やや短く薄い茶色の髪の少女ツクシ。

 

 2人は、自己紹介を終えると同時に、芸を始めた。

 

 少女が無数の短刀を、ジャグリングし、更に短刀増えて、増えて、その数が増すごとに歓声を呼び込む。

 そして、もう1人の少女が、大きな大きな壺を頭の上に乗せ、絶妙なバランスを維持したまま、Y字バランスを取り、またまた歓声が生まれる。

 

 2人ともが美少女だと言っていい容姿だと言う事も拍車をかけている事だろう。

 だが、少年が注目していたのは、その芸の技ではない。その2人の容姿、……以前見た事があった。

 

「………んー。あ、そっか。あの時(・・・)の子達? かな。でもなんで こんなトコに? ってか、なんで旅芸人?」

 

 周囲が賑わい続けているのに、まるで対照的に冷ややかな視線を送っているのは、先ほどの少年。

 どうやら、アカメやツクシの2人を見た事がある様で、不思議がっている様子だった。特にその職に。

 

「まぁ、別に良っか。それより……あ、いた」

 

 彼はステージではなく、その横の方に視線を向けた。そこには、一座の簡易控室になっている様で、何人かが目に入った。因みにその中に、いる人物に様があったのだ。

 

 すいすい、と人混みの中を縫って、時間は少しばかりかかったものの、抜け出す事ができ、その場所へと到着。

 

「久しぶり。アム」

「え……? あっ、君はっ!」

 

 突然話しかけられて、それに一応、部外者立ち入り禁止にしていた場所だったから、少し驚いた様だが、誰なのか判った様で、直ぐに笑顔になった。

 

「わっ、見に来てくれたの?? 嬉しいなぁ!」

「ん。偶然だよ。ほら、アムがやってる一座のチラシ、見たからね。大盛況みたいじゃん」

「まぁね~。なんたって、新人の加入が大きいかな? ほら、今 頑張ってくれてる2人! あの子達が入ってきてくれたおかげで、大分儲かってるんだ。この1ヶ月はほんとっ! 偶然でも嬉しいよ。なんたって、命の恩人なんだし!」

 

 ぎゅっ、と少年を抱きしめるアム。

 

 彼女は一座団員の1人で、名はアムーリャ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅芸人であるが為、様々な問題や悶着があったり、と文字通り命が危ない様な事も多数あった。

 そんな中でも、最も危険だったのが、次の町へと向かう途中、一座が危険種(エビルバード)の群に遭遇してしまった事だ。

 

 危険種とは、1匹現れただけでも大騒ぎする獰猛で凶悪な生物。超小型から超大型まで幅広く存在し、危険度事に階級が違う。エビルバードは《特級》に分類される危険種で、その上には、《超級》しか存在しない。つまり、上から2番目の危険生物だから、そんなのが群で現れた! ともなれば、最早災害だ。

 

 精々単体での遭遇の経験しかない一座のメンバー達は、勿論そんなのに遭遇した事などある筈も無く、全員が等しく死を意識した様だった。

 

 そんな修羅の場に、ひとりの少年が降りてきたのだ。

 

 降りてきた――、と言うのは比喩ではなく、見たまんま。上には、ただただ空が広がるだけだと言うのに、周りには岩山等の高所は無いと言うのに、エビルバード達の上にひょい、と飛び乗って、そこからは早かった。

 

 まるで姿大人と子供。大人が子供をあやすかの様に、姿かたちを見ればアンバランスなんだけど、色々やってるうちに、エビルバード達は逃げていった。

 

 何よりも驚きなのが、村1つを容易に滅ぼす大食漢として恐れられているエビルバード。無限の食欲を持つとされていて、食欲は生存欲よりも上位に位置しており、死ぬまで攻撃性は失われる事は無い。

 

 ……にも関わらず、少しばかりの攻防らしきものはあったんだけど、あれよあれよという内に、エビルバードの群は、脇目も振らず、逃げていったのだ。

 

 当然、この世のモノとは思えない光景を目の当たりにした一座のメンバー達は、暫く誰も言葉を発する事が出来ず、思考も完全に停止していた。

 

 

 そんな静寂な間に響いたのは、”くぅ~……”と言う音。

 

 

 とりあえず、正気は取り戻し、一体何の音? と意識しだした所で、目の前の少年が開口一番。

 

『腹、……減った』

 

 との事だった。

 どさっ、と腰を下ろし、腹部を抑える姿。空腹なのだと言う事は一目瞭然。……でも、その姿は、あの危険種を追い払った剛の者とはとは程遠く、比較的一番傍にいたアムーリャが持っていた携帯食の干し肉を恐る恐る渡した所……。

 

『っ!!!』

 

 眼を輝かせて、ひょいっ! と受け取りそのまま、ばくっ と一口。

 何処か愛らしさも併せ持つ少年の仕草の1つ1つに、ずきゅんっ! と心を打たれ、危険も去った事の安堵感も一気にアムーリャは、ふにゃりと笑う。

 その笑顔は伝染し、瞬く間に周囲が笑顔になったのだ。

 

『どうもありがとう』

 

 その後は、飲料水を一気飲みして、一息ついた所でお礼の言葉。

 正直な所、特級危険種(エビルバード)の群を追い払ってくれた事の方がそれこそ天地の差がありそうな恩なのだけれど――、と苦笑いをする面々。

 

 訊くところによると、あくまで此処に来たのは偶然で、空腹だったから、降りてきた(・・・・・)らしい。

 

 降りてきた、と言うのはまさに見た通りなんだけど、当然ながら納得した者は皆無であり、その後は、少しばかり一緒に行動。

 

 一座のメンバー達ともそれなりに打ち解けた所で、いつの間にか少年は姿を消していたのだ。タイミングで言えば、座長であるサバティーニは、彼の腕っぷしを見て ある事(・・・)に勧誘をしようとした時だ。

 

 

『――辞めておいた方がいいよ?』

 

 

 その言葉だけを残して、音も無く姿を消したのは――。

 


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