崇められても退屈   作:フリードg

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第4話 返したから還る!

 

 

 

 

 その鳥――半身は白く、半身は黒い。

 

 

 帝国に、いや この世界に長年に渡って言い伝えられ続けた伝説の鳥。

 

 《神鳥》の話。

 

 その言い伝えは 辺境によって、異なる部分は出てくるものの、大筋では同じである。

 言い伝えられている相反するとも言っていいその色が意味するのは、色の数2つ。

 

 

 《慈愛》の白と《断罪》の黒。故に天使と悪魔とされていた。

 

 

 帝国では、遭遇、そして何よりも断罪、その機会が他に比べて圧倒的に多い為、何処よりも根強く伝わっていた。

 ただ その鳥には 慈愛も断罪も善も悪も何もない。ただ 無害には無害、有害には有害でもって、空より降りかかってくる。感情無く審判を下す。そう、恐れられていた面もある。

 

 

 即ち――厄災である。

 

 

 そうとしか伝わっていない場所もあり。勿論、それは事実な面もあったりする。時代によって、異なる部分を見せるが、大体は変わらない。

 

 

 だが、帝国では、弱者を糧にし続ける為政者が多い故に、脚色して人々に伝えなければならなかった、と言う裏の事情も勿論あった。

 

 それは、己の身に降りかかってくる可能性のある厄災なのだから、一般市民が、神鳥を利用し、妙な企てを起こさない様に、時間をかけて、浸透させていたのだ。

 

 だが、天をも味方につけようと、或いはその力を得ようと、帝国自体が何度も試みた事ではあるが、歴史上では一度も成功例が無い。

 

 そんな代物を、一般人が得る等とは到底有りえない。出来るとするなら、因果律を覆す様な真似が出来る神しか無いだろうとされているが、帝国に対する唯一絶対の懸念に対しては、念には念の入れようだった。

 

 

 神鳥伝説は、情報操作によって 誰もが知っていて……、それでいて本質は誰もが知らない代物、である。

 

 

 

 それは、帝国であっても例外ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

――こ、これ……は?

 

 目の前に現れたのは一羽の鳥。(厳密には、目の前、じゃないと思えるが…)

 ゆっくりと、それでいて大きく翅を羽ばたかせながら、近づいてくる。人間など、丸のみにしてしまう程の大きさの怪鳥だった。

 

 だけど……、不思議と恐怖の類は無かった。

 

 さっきまで、自分が殺された事、仲間達が殺された事、帝国への憎しみ、………死ねない永遠の恐怖。それらの感情が渦巻き、恐怖していて冷え切っていた筈の心がまるで洗い流されていく様だった。

 

 大きな鳥は、その姿に見合う大きな翅を広げ、軈て白い輝きを放つ。

 

 眼も眩む光は、暗黒の世界を一瞬で白く染めた。

 

 

 

「っっ!!」

 

 白く染まった瞬間……、突然 眼を開く事が出来た。まるで、身体の動かし方を忘れてて急に思い出せたかの様な、自由の効かなかった身体が突然言う事を訊いてくれたかの様な、そんな感覚。

 

「こ、これは……?」

 

 眼を開き広がる光景。アムーリャ自身が覚悟していた地獄絵図は、そこには無かった。

 あの暗黒の広がる世界で、感じられた現世は、仲間達の鮮血が、四肢が、贓物が、……全てが切り刻まれ、血の海と化していた筈だったが、まるで嘘の様だ。

 

 仲間達は……、確かに倒れているものの、誰一人として 血を流している者はいない。斬られた後も、まるで無い。ただ、生きているかどうかは、一見では判らないだけだった。

 

 そんな光景に唖然としている時だ。

 

 

『――丁度、30分くらい、だね』

 

 

 突然、背後から声が聞こえた。

 その声に反応して、身体に電流が走る。思わず飛び上がってしまう反動を抑えつつ、ゆっくりと振り返った。一度、殺されると言う体感をしたアムーリャだが、……恐怖を感じなかった。……その声が、誰のものなのか……、それがよく判ったから。

 

「おはよう。アム。うん。良い夢は見られなかったみたい、だね。いつもの顔が崩れてるよ。悪夢には、敵わない、って事かな」

 

 あの少年が、立っていたんだ。

 再会したあの時と、まるで変わらない笑顔で。

 

「っ……、っっ……」

 

 言葉にならなかった。

 少年の背後に、光の扉が開く。後光が後ろから差し込む。そんな光景を見た気がした。

 

「ちゃんと気を付けて、って言ったでしょ? ……詳しく説明しなかったのは、悪いと思うけど。ちょっと色々とあったから」

 

 苦笑いをしている少年を見て、漸くアムーリャは声を出す事が出来る。

 

「きみ、は…… い、いや、あなたは……、いったい……?」

 

 目の前の少年は、間違いなくあの(・・)少年だ。それは間違いない。自分自身の事を『アム』と呼ぶ事もそうだし、『気を付けて』と言った事もそう。あの場には2人しかいなかったんだから。

 

「混乱、してるみたいだね。うん。当然だと思う。全部は出来ないけど、今の、アムの……、皆の事だけは説明するよ」

 

 正体について、答える様な事は無く、説明をした。 

 何故、生きているのかを。

 

巻き戻した(・・・・・)。君達の時間を。だから生きてるんだよ。色々と制限があるから、あまり長くは戻らないし、さっきの子達が残ってると、色々と面倒だから、少し待つ事になったけど。遅くなってごめんね?」

「い、いや……その……」

「ん? やっぱり、判らないかな。説明するの、苦手なんだ」

「そ、そうじゃなくって……、おどろきの連続、だったから……。でも」

 

 アムーリャは、自分自身の身体を見た。

 手を開き……そして 握りしめる。2~3度繰り返し、その後は撃たれた(恐らく)であろう頭、額を触った。

 

 そこには、傷口などある筈も無く。手に血も付かなかった。

 

「助けてくれたのは、いったいなんで……? それに、君は本当に何者……? っ……」

 

 アムーリャは1つの可能性を見出した。

 その圧倒的な技量、超常現象。それらを可能にする存在。

 

「帝具………」

 

 思わず口にしたのは《帝具》。

 

 それは、今から約千年前。 

 大帝国を築いた始皇帝が国の全ての叡智を結集させて製造したと言う無数の兵器。

 

 今までは、文献でしか知る事が無かった伝説級の装備。

 

 そして その能力は、まだまだ未知数なものが多く、時間や空間をも操る帝具があっても不思議じゃないのだ。だからこそ、目の前の少年がしてきた数々の超人的な力も、その帝具を用いてのモノであれば、と 納得できる。

 

 だけど、返答は違った。

 

「帝具? ……んーと。それとは違うよ。天然の力」

「え………?」

 

 そうとだけ言うと、少年は踵を返した。

 

「でも、これで恩は返す事が出来た。これからは、気を付けてよ。もう、あの子達はこの周辺にはいないみたいだけど、アム達が生きてるの、バレたらまた、さっきの子達が来るかもしれないから、十分に注意してね。何度も助けれないから。今回もたまたま、だからね」

「ま、まって……」

 

 手を伸ばすが、少年を掴む事は出来なかった。

 

「恩、って。いったい……? 私、あなたには 何もしてあげれてない。守って貰ってばかりなのに……」

 

 歩いていく少年の背中を見ながら、つぶやくアムーリャ。

 その言葉を訊いて、少年は振り返る事こそ、無かったが、立ち止まって一言。

 

「ごはんだよ」

「え?」

 

 返答は貰ったものの、何を言っているのか判らないのも当然だろう。だけど、直ぐに理解する。

 

「ほら、初めて会った時、恵んでもらったから。アムに。……一飯の恩は忘れない。そう、決めてるからね。……勿論、アム自身の事も好きだから、と言う事もあるよ」

「っ」

 

 アムーリャは、思わず絶句した。好きだから、と言う言葉も多少あるが、それよりも、少年が言っている、『ごはんを恵んでもらった』と言う言葉だ。

 それは、初めて会った時に、おなかを空かせていた彼にあげた保存食の干し肉。たったそれだけの事に、ここまでの事をしてくれた事に、驚きを隠せられない。

 

「美味しかったんだ。ありがとね?」

「そ、それだけで、こんなに……?」

「うん。でも、これでおあいこだから、あまり求めちゃダメだよ? 僕みたい(・・・・)にするとは限らないから」

 

 そしてその後、だった。

 振り返った少年は、軽く手を振り微笑むと、ゆっくりと宙に浮く。地面から足が離れ、瞬く間に上昇していく。それを見たアムーリャは、今更ではあるものの、大事な事を訊き忘れていた事に気付く。

 

「ま、まってっ! き、君の名前……、訊いてなかった!」

 

 そう、彼と一番話したのは、一座ではアムーリャ。

 だけど、そんな彼女でも、彼の名前を訊いてないのだ。一緒に行動をした時間が短かったから、と言う理由も勿論あると思うけれど、エビルバードの群を退散させる、と言うあまりに圧倒される光景を見せられたから、なのかもしれない。

 

 

 

『ん……、僕の名はね』

 

 

 

 もう小さくなっていると言うのに、彼の声だけは、届いた。……心に直接響いたのかもしれない。

 

 

 

『シロ。じゃあね。アム』

 

 

 

 それが最後の言葉だった。

 《シロ》と名乗る少年の姿は完全に見えなくなり、それと同時に、仲間達も目を覚まし始めた。

 

 まるで、止まっていた時が動き出したかの様に――。

 

「み、みんな……っ」

 

 生きている事を見たアムーリャは眼に涙を溜める。

 

 仲間達の誰もが自分自身は死んだ筈、と恐怖していたのだが、涙ながらに飛び込み、抱き着くアムーリャを見て、どうやったかは分からないが、自分達が助かった、と言う事実は判ってきた。

 

 

 その後は、アムーリャから状況を説明される。

 

 簡単には納得出来なかったが、白昼夢を見ていたにしては、あまりにリアルすぎるし、何より全員が共有している事、そして、生きている事が何よりの証拠である、と納得する事が出来た様だ。

 

「シロ。そう名乗ったのか……。アムーリャ」

「うん」

 

 コウガは、アムーリャに再度確認を取ると、ゆっくりと頷いて、そして呟いた。

 

「もしかしたら、彼はシロ……白。白と黒の神鳥の半身、……その化身、なのかもしれない」

「「「え……?」」」

 

 コウガの言葉に皆が注目した。

 

「あれの言い伝えは、場所によって様々だ。天使だったり、神だったり、様々な形容がある。……オレ自身が何年か帝国に潜ってた時に訊いた話にも、バラつきがあった。……だが、田舎の町では、こう言われていたのを思い出してな」

 

 コウガは、空を仰ぎながら答えた。

 

「恩は決して忘れず、報いる童の伝説。その町では、その日、一日を穏やか暮らすだけではなく、神として崇めて、供え物をし続けているそうだ。老人たちは、口を揃えて言うそうだ。『過剰に接するのは良くない。程々を一番好む』とな」

 

 コウガの言葉を訊いて、ザバティーニは察した。

 

「引き込もうとした時、嫌そうな表情をしていたが……。求められ続けるのは嫌だった、と言う事なのか……?」

「そうかもしれない。腐った帝国を根本から正したい、と言う想いは、確かに大事だ。……だが、それはあくまで人間側(・・・)の都合だ。……彼には関係が無かった」

「それでも」

 

 アムーリャは、助けてくれた少年を、シロを思い描き、呟いた。

 

「彼は、とても優しかった。だから、私達の事だって助けてくれた。だから忘れちゃいけない。……シロの事」

「当然、だな。掛け値なし、いや釣りがくる程の恩人だから」

 

 アムーリャの言葉に皆が頷いた。

 

 頼り続ける訳にもいかない事は判る。そんなの事が出来るのなら、今の帝国が腐りきる様な事は無かっただろうし、何よりも帝国が黙ってみている筈がないと思うから。

 

 あれだけの力を、得ようとしない訳が無いから。

 

 

 

「さて、これからの事だが」

 

 ぱんっ、と手を叩いて、皆の顔を見るザバティーニ。

 

「俺たちは一度死んだ身、もう怖い物ない、……と、言いたいが、それは無理だ。めちゃ怖かったし、コウガ達が殺られた時は、脇目も振らず逃げ出してしまったよ。……二度も味わうなんて御免だ。だが……」

 

 ザバティーニは全員の顔を見た。 

 

 確かに殺された。自分自身も最後は逃げた事もそうだ。痛い目をみれば、動物は学習し、回避しようとするのが常。……だが、帝国に逆らう意味を改めて知った今でも。

 

「抜けたい、と思う者は止めん。相手の強さも想定の遥か上だったしな。……もう、ワシ自身が偉そうに言える立場じゃないが、それでも、付いてきたいと思うなら…… 」

 

 にやっ、と笑い続けた。

 

 

「これから南を目指そうと思うが、どうだ?」

 

 

 その言葉に異議を唱える者はいなかった。

 

 此処から南には――反乱軍……、いや、革命軍が拠点としているアジトがある。 

 

 帝国の情報を中から得続けてきた一座だったが、今回の一件で完全に消滅した(と間違いなく思われている)。だから、同じスタンスでは 非常に危険だし、敵戦力との差を垣間見た為、無駄死にする可能性が非常に高い。

 

 なら、意味のある行動を取ろうと思ったのだ。生きて、更に力をつける為に。

 

 

――シロ、君。ありがとう。君にもらった命、大事に使うから。……好きって言ってくれて、……ありがとう。私も、大好きだよ。

 

 

 アムーリャは、空を仰いで、高くに手を伸ばし、心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 そこは、人が、いや 生物では到達する事が出来ない領域。

 青と白に挟まれた世界。

 

『相変わらずだ。お前は、ヒト(・・)を好き過ぎる』

 

 そんな世界で、話し声?が聞こえてくる。

 

『うん。好きだよ。でも、云われた通りじゃん? 干渉しすぎて無いし。今回だって、ほんとにたまたまだったし。……って、自分では思ってるつもり。貰ったから、ちゃんと返した。それだけ』

『はぁ。記憶(・・)継いでると言うのに、判らん訳ないだろ? 基本、何するも自由だが、関わりすぎると、色々とめんどくさいぞ。過剰にいくと直ぐに飽きるし、何より退屈になる。……お前の時間(・・)も少なくなるぞ? そもそも、飯なんぞ、食う必要だって無いだろ。妙な事覚えちまって』

 

 軈て、一面の白が晴れ渡り、鮮やかな緑が、大地が見え始めた。

 どうやら、遥か上空にいる様だ。――大きな翅を羽ばたかせながら。

 

『それに関しては、少ない方が良いかもしれないね。逆に長過ぎるからこそ、退屈しちゃう、って思うんだ。ご飯だって、美味しいよ? 満たされるのだって、好き。自由なんだから、良いじゃん』

『はぁ。まぁ 一理はあるな。ん?』

 

 大きく羽ばたかせた翅に陰りが見え始めた。

 

『……時間(・・)だ』 

『判った』

 

 それは、太陽が沈み、夜が来る様に…… 黒く、闇色に染まっていく。

 

 暗黒と化した、ナニカは 羽ばたかせるのを止めて、地上へと降りていくのだった。

 

 

 

 


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